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今日も仕事でした。〆切があるので元旦も出社します。日系の仕事もちょろちょろ直しが来ていて、結局完了しませんでした。それでも、今年の始めの無職状態からすれば、仕事があるというのはいいことだと思います。今年の総括。2月。グランドキャニオン近辺の国立公園めぐりを2週間。楽しかったなあ...。無職だったのになあ...。3/23まで無職。不動産会社に派遣に行くも、使っているシステムがウィンドウズであったため苦労する。一ヶ月で契約を切ってもらう。5月中頃まで大手出版社で時々働き、下旬に子供雑誌にフリーランスで雇われる。9月で全員解雇とも知らずに..。9月。日本に帰る。自分の育った神戸に久しぶりに帰郷。10月。5月に働いた大手出版社に復帰するも、下旬に今行っているスポーツ雑誌に雇われる。今年達成したこと。グランドキャニオン旅行。子供の頃からの憧れだった。貯金額が希望金額(といっても年の途中で目標を減額したけど)に達する。育った街を訪ねる。子供時代を過ごした家と学校を夫と巡る。履歴書をある程度更新できた(職歴が増えた)。今年失敗したこと。アメリカの会社で働くつらさを味わう。飼っているオカメインコに怪我をさせてしまう。一歩間違えれば死んでいたかも知れない。不可抗力とはいえ(タマゴを抱いていたメスがちょっかいを出したオスの足にくらいつき、大出血させる。病院に連れて行くのが遅かったら危なかった。まさか同居鳥をそこまで攻撃するとは思わなかった)、気をつけねばならない。来年の目標目指すは正社員だけど、フリーランスでも履歴書に書けるようないい仕事&会社を見つける。夫と鳥たちと夫の子供と仲良く、いつも笑っていられるように。企画している本を完成させる。ヨーロッパに行く。こんなもんかなあ。後で書き足そうっと。皆様、良い新年をお迎えください。
2005/12/30
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ちょっと前のとっても寒い夜のこと。ある日本食レストランの前で、新聞配達をしている女の子をみかけた。日も暮れており、寒いのに、重たそうな新聞を乗せた小さな荷車をコロコロと引いていた。最近は日本語の無料情報誌が多く発行されていて、日系レストランや食料品店の入り口によくおいてある。おいてあるということはもちろん誰かが配達しているということで、それがこんなに小柄な女の子だとは想像もしなかった。彼女が毎日配達しているのか、たまたまその日だったかは知らないけど。私はその姿に妙に感動して、その話を会う人ごとに話した。「偉いね。仕事がんばっているんだね。」というのが私の感想だったのだ。夫他、大抵の人はまあ、言うなれば無関心。中でひとり、予想しなかった反応をした友達がいた。「時間の無駄だよね。日本へ帰ればいいのに」そ、そうかあ。私は自分がアメリカに残りたいがために不毛な仕事をしたこともあるので、その新聞配達の子に同情した訳だけど、友達にしてみれば不毛は不毛なのでやめればいいことなのだ。でも、そうしなきゃ、アメリカに残れないとしたら? アメリカに残ってやりたいことをするために新聞配達をする状況になってしまったとしたら? 親の金銭的援助がないから食べていけないとしたら? 私も言われたことがある。アメリカで日系企業で働いていて、お給料が安くてお金がないことを愚痴ったりすると「日本に帰ればいいじゃん」って。それを言われると何も言い返せなかった。でも、そんなことを言う人に限って、誰かのサポートで永住権を持っていたり、仕送りで食べていける人だったりした。苦労を選んですることはないけど、人には人の生き方ややり方があるものだ。そうまでして残ったアメリカに何を見いだすかは、人それぞれだしね。
2005/12/26
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木曜日の〆切のあと、余りにも疲れてしまってずっと眠くて仕方が無い。金曜日は夜11時前に就寝。翌朝9時くらいに起きたものの、午後3時から昼寝。クリスマスイブディナーの予約が6時半だったので5時半くらいに目覚ましをし、ディナーにお出かけ。また11時頃に寝て、翌朝10時半に起床。そして、今日のクリスマスディナーは夫がステーキを焼いてくれたんだけど、その時の飲んだワインが原因でまた寝た。この二日間で何時間寝たんでしょうか。病気かも知れない(涙)。イブの夜のディナー後、ロックフェラーセンターのクリスマスツリーを見に行った。今年のイブは今までになく暖かい夜で、ツリーの周りは観光客でごった返していた。明日はクリスマスの代休で、会社はお休み。まだ眠れる。嬉しいな...。
2005/12/24
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NYのストは3日間続き、いろんな人にいろんな影響を及ぼした。〆切が迫っていた日系の仕事は延びに延びて、編集さんは会社にお泊まりをしたそうだ。私も原稿が遅れた影響で、木曜日は朝から真夜中までカンヅメ。こんな働き方をしていたら体を壊しそうだ。結局金曜日の朝に納品したのだけど、変更箇所がまだあったらしい。社内でやっていただくことになったのは申し訳ないけど、正直疲れて死にそうだ。忙しすぎてクリスマスショッピングどころかカードを送ることもできなかった。もう明日はクリスマスイブ。時すでに遅し。年々クリスマスカードが手元に来なくなっている。そのかわりに来るのがクリスマスメール。機能的というかお手軽というか、動画になったものや家族の写真を使ったものとか様々。明日、私もメールを作ろうかしら...。年賀状なら今からでも遅くないよね。しかし、こんな働き方をしてはいけない。
2005/12/23
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何ともストレスフルな一週間が終わった。アート・ディレクターからは怒られ、隣のインターンには意地悪をされ...。でも結局、アート・ディレクターは私に怒鳴った事に対して自己嫌悪をしていたらしく、あのあとずっと私に優しかった。インターン君の壁も落ちて来て、仕事の上では普通に話しているので、何が気に入らなかったのか今では不明。まだ壁はあるけど、もう気にすることもあるまい。それにしても、アメリカの企業でインターンも含めもう5社くらい働いたけど、どこもテンパーのある人が多く、ちょっと嫌になってきた。大げさでもないのよ。日本でもバブル時期、かなりの数の会社を点々としたけど、感情にまかせて怒鳴られたり(他の人が怒鳴られているのを見たことははある)、理不尽ないじめにあったことはない。あるかも知れないけど、思い出す程の事もない。傷ついたのは、アメリカで働いた時のことばかりだ。私は言葉の暴力をいつまでも覚えているタイプの根暗な人間なので、そういった事はなかなか忘れはしないのだ。と、そんな事を考えていると、日系の仕事からちょっと面白そうなお話をもらった。まだ本決まりではないけど、うまくいけば今後日本と繋がりが持てるかも知れない。今まで、あんなに苦労してアメリカの学校を出たんだから、アメリカで正社員になることを一種のゴールみたいにしてきた。でも、それに疑問を持ち始めたこの時期に、こういう話があるというのも何かの啓示かも。安易な考え? 挫折? それは来年に向けて、これから自分で考える事だ。
2005/12/18
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今の会社に、日本人の女の人がいる。同じ部署なので、時々日本語で話をしている。もちろん近くに誰かひとりでも日本人以外の人がいたなら、必ず英語で話す。滞米生活が私より長い彼女も、それはもちろんふたりの間の暗黙の了解だし、最低限のマナーだ。ところがこの間、私のキュービクルで彼女と日本語でちょっと世間話をしていると、私の隣のキュービクルに座っている白人のインターンの男の子(21歳)が、突然私とのキュービクルの間の壁にポスターを張って、私たちの姿を視界からシャットアウトするという行為に出た。びっくりした。私のキュービクルは一番奥で少し隔離されており、彼としか隣接していない。なので日本人同士で話す時は、彼女は私のキュービクルに来ておしゃべりをする。彼は学生インターンなので会社にいる時といない時があり、そんなに私たちが日本語で話をしているのを見ているとは思わなかったし、そんなに彼を不愉快にさせているとは思わなかった。そして、それをものすごくあからさまに表現されたのだ。アメリカの会社で外国語で話すのは、確かによくない行為だ。反省すべきは私たちの方なのだろう。しかし、こんなに露骨に、しかも同僚に「外国語で話すな、不愉快な奴らめ」みたいな態度に出られると、やはり凹んでしまう。道ばたで「F*#%ing, Chinese(教養の無い人はアジア人=中国人だと思っている)」と言われるのとは訳が違うからだ。そう、そんなに不愉快だったのね。若いから、あからさまにそういう事が平気でできるのだ。周りから見れば、私との間にポスターで壁を作ったのは明らかだ。前のインテリアの雑誌では、部で私以外の人が全員ヒスパニック系だったために、スペイン語でやりとりが行われていた。私は全然不快ではなかった。それは多分私が英語のネイティブ・スピーカーじゃないだだろう。反省すると同時に、この若い白人の男の子に外国人は不愉快だと思われ続けないようにするにはどうすればいいのか、ちょっと悩む。
2005/12/16
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クリスマス前で働かないアメリカ人。今週号はページ数が普段の半分に減ったというのに、なぜか私ひとり忙しい。勤め始めて二ヶ月近く、仕事を任されてきたと思えば嬉しいかもしれないのだが...(ポジティブに考えればね~)。普段やらない仕事とかもまわってきて、編集者たちとのやりとりも増えた。そんな忙しい中、事件(?)は起こった。編集の女の子が「私、今日は4時に帰るから」と、私がやっていた仕事に文字を入れたいと言い始めた。早く仕上げて欲しいのは知っていたが、アート・ディレクターの許可なしにレイアウトを渡すことはできない。アート・ディレクターは午後ずっと会議で不在。彼女の頼みに根負けしてレイアウトを渡してしまったのが私のミス。会議から帰ってきてから、アート・ディレクターになんでそんなことをしたんだと怒られた。根負けした私が悪いのはわかるんだけど、アート・ディレクターの言い方が嫌らしかった。「君の上司は誰? 誰が君を雇ったと思っているんだ?」そんな事、派遣社員に言うか、普通...。上下関係をきっちりさせようなんて言い方するアメリカ人、初めて見た。「俺が雇ってやったんだぜ」...ってか。英語で言われたからその時はそう思わなかったけど、日本語で悪い方に訳したら、ひどい言い草に思えて来た。日本であちこちの会社を点々としたけど、上司からひどい言葉を言われた記憶ってない。バブルの時期に20代だったから、怖い物なしだったかも知れないけど。それにしたって、アメリカに来てからというものの、人間のできた人を上司に持った事がない。みんなテンパーがあって、いつもイライラしたヤツばっかり。うちふたりはゲイだから仕方ないのかも知れないけど(すごい偏見)。まあ、派遣だからいつ辞めても辞めさせられてもいいんだけど、嫌な思いをさせられるのだけは本当に閉口する。アメリカで働くってこういうことなんだろうか? 違う職種や会社に行けば、気持ちよく働けるところにいつかは出会うのだろうか...。
2005/12/15
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メグライアン主演の「恋人たちの予感」という映画には、クリスマスツリーがよく出てくる。主人公たちが路上で売っているクリスマスツリー用の生木を抱えて家に持っていく姿が印象的だった。うちの近所の路上にも今頃になるとツリー屋さんがどこからともなくやってきて、店を広げるのだ。夫と結婚して初めての年に、この大きいツリーを買おうと思って夫に大反対された。「あれは葉っぱがぼろぼろ落ちるし、根っこがないから設置が大変なんだよ」とのこと。それに、年があけると、あれだけ家庭で愛されたツリーは単なる産業廃棄物となり、ぼろぼろになって路上にいくつも横たわる。そんな哀れな姿をみて(同時にこんなに木を無駄にするアメリカ人に割り箸文化をとやかく言われたくないわと思いながら)、生木を買うのをあきらめた。なので二度ほど鉢植えを買ってきたのだが、結局すぐ枯れてしまった。ある年、夫が突然生木を買うと言い出した。気が変わった理由はわからないけど、今度は私がいやになった。だって、年明けのあの惨状...。それでも何となく流れで買ってしまったのだ。大きさは6フィートくらい。そんなに大きくもないが、うちのリビングに設置するとすごく立派だ。オーナメントを買い足し、夫と夫の子供と一緒に飾り付けをした。ライトをつけると、気分はすっかりクリスマス。今年、子供が、「(ママと住んでいる)自分の家は、作り物の小さなツリーしかない」と言った。夫はそれを聞いたのかも知れない。お金の問題じゃなくて、そういうのが面倒くさいと思うのはわかる気がする。私も夫がいなければ多分しないだろうし。しかし、大きな生木のツリーの飾り付けを嫌う子供がいるはずもない。そういう経験って、子供には大切なのだと思う。根っこを切られて売られている時点で、枯れる運命のツリーたち。ロックフェラーセンターのクリスマスツリーだって、何十年も大地に根を張って育ってきた木なのだ。ひどい文化だよね。でも、そういうのをバカにできない自分もいる...。
2005/12/11
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アメリカも年末にパーティーが多くあり(忘年会)、今週は自分の会社の部署パーティーと、夫の会社の妻参加パーティーに行って来た。火曜日は自分の会社。若い世代の人が多く、場所はテックスメックス(TEX/MEX=テキサス&メキシコ料理)のお店。マルガリータは飲み放題、メニューの殆ど全てが揚げ物料理。しかも量が半端じゃない。ニワトリ一羽をまっぷたつに切った半羽分の揚げ物にマッシュポテトをたっぷりとか、とにかくワイルド。アメリカだなあ。木曜日は夫の会社。ぐっと年齢層が高くなり、ちょっと高級なフレンチ・レストラン。そんなにフォーマルじゃないけれど、それなりにドレスアップしてお出かけ。前菜にステーキタルタル、メインはシーバス、デザートはスフレ。その間の水曜日は私の作ったスキヤキどんぶりである。何でもこいだ。しかし確実に体重が増えている事には間違いないだろう。在米8年、今でも不特定多数の人と英語で雑談するのは苦手だ。パーティーの場に出たり会話をする事自体は嫌ではないんだけど、大勢の人に聞かせるように自分からトピックを立てる、というのはあまりしない。もっぱら相づち組。人のトピックに乗っかってコメントをすると言うのは、会話に参加していますよ~という意思表示のつもり。アメリカに来た当初なんて、人の会話が聞き取れないもんだから、相づちもYesかNoかA~haくらいだった。それから考えれば進歩である(8年かけて...)。年末という気はしないけど、もうあと三週間で今年は終わる。19日の週くらいからアメリカ人は休暇を取り始め、社会機能が麻痺(笑)。クリスマスを過ぎてしまえば比較的あっさりと日常に戻ってしまう。日本人は年末年始とお正月の方が大切なのに~。月曜日もパーティーだ...。
2005/12/08
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アメリカに住み始めて8年。最近やたらとヨーロッパに行きたくなってきた。この8年間で海外に出たのは日本とカナダのみ。ビザの事が一番のネックで、海外に行く時はいつもびくびくしていた。2年間の期限付きグリーンカードを移民局に紛失されてから、空港の入国審査ではいつも小部屋に連れていかれていたからだ。何にも悪い事はしていないし、全くやましい事もないんだけど、万が一いちゃもんを付けられて、アメリカに入れない事態になるのが嫌だったのだ。しかし、去年の6月にやっと10年もののカードを手にしてから、私の人生は変わった(はず)。もともとアメリカよりヨーロッパの方が好きだった私。日本からはあんなに遠いのに、OL時代はヨーロッパにもっと気軽に行っていた。NYからロンドンやパリは7時間(だっけ?)前後。余裕で近いのだ。なのに、今までは全然行く機会がなかった。日本にいるとテレビや雑誌でヨーロッパの情報がいっぱい入ってくるのに、アメリカではなかなかそういう事がない。アメリカ人は国民の半数以上がパスポートを持っていないらしい。世界を知らずに自分たちは世界一だと思っている田舎もんたち。だからアホな戦争を起こすのよ。夫が都合で、2月のコスタリカ行きをつぶしてしまったので、4月にひとりでスペインに行きたいなと思っている。バルセロナのサグラダ・ファミリア教会やガウディの作品を見てまわりたい。本場のフラメンコが見たいしパエーリャが食べたい。フランスでフランスパン(これが一番)が食べたいし、イタリアでパスタが食べたい。アフリカもいいな。行きたい、行きたい、行きたいよ~。
2005/12/07
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ウチの学校は、卒業後4年間は在校生と同じ特典が受けられる。図書館の解放だったり、進路について相談したり、中でもコンピューター関係の学割は、4年といわずずっと続けて欲しいものである。で、今日学割でiPod Nanoちゃんを購入(^^)。こういうウォークマン系は私は全くと言っていいほど無頓着で、数年前までは日本で2980円で買った「カセットテープの」ウォークマンを使っていた(化石)。CDウォークマンをクリスマスプレゼントに夫からもらったのが2年前。もうiPodが浸透し始めてきた頃だったか...。やっと化石脱出!である。でも<自分への>クリスマスプレゼントなので、まだ開けないけど。本題はここから。Nanoちゃんを買いに学校へ行くついでに、学校の図書館に寄った。毎年卒業生の作品を選抜してまとめた本があり、それの2005年版があるかどうか見に行ったのだ。自分の作品が載っていれば買うつもりだった。高価な本を(といっても$45...)、自分が載っていないのに買う事もあるまい(本屋の店頭では滅多に売っておらず、注文制)。クレジットの件で通知が来ていたので、最終選考にいくつか私の作品が残っているのは知っていた。さて、何作品掲載されたのか。それとも通知だけで、全部落選したのか。2005年版は、あった。最初からページをめくった。Advertising, Book, ときてEditorial...あ、ありました。私の作品。しかも見開きで。自分の作品が載っているのって不思議。しかし色がめちゃくちゃ悪い。誰だ、製版したの(怒)。先を見ると、もう一作品Editorialに、そしてBottle Designにもうひとつ。3作品選ばれていた。嬉し~~~。しかも、そのうちのひとつは、うちのクラス全員が応募したにも関わらず、私のだけが掲載されていた。なぜ嬉しいかって? このクラスの先生に、プライドをずたずたにされたから。クラスでみそっかすだと洗脳されたから。出来が悪いと言われ続けたから...。先生がずっと贔屓にしていた子のは、ひとつも見当たらなかった。芸術に善し悪しや点数がないのは大基本。先生がサイテーと思っていた作品でも、他の人が見ると良かったりするものだ。この本の選考委員に、先生にメタメタに言われていた私の作品が受け入れられただけのこと。それでも、嬉しい。本買おうっと。自慢? たまにはいいよね。私の日記よ~。
2005/12/06
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隔週雑誌の仕事は日曜日が〆切。早い時は10時すぎぐらいに帰った事もあるけど、だいたいは深夜0時前後になってしまう。昨日は私は早い方で、他の人たちは「これから長い夜になるよ~」と言っていた。いつまでいるんだろう。月曜日は当然休みなんだけど、疲れて起きられない。夫はひとりでシャワーを浴びて自分でお弁当(サンドイッチ)を作って出かけた。ごめん、夫よ...。私は10時ごろにのろのろと起き出して、日本語放送を見ながら朝ゴハンを食べて、お湯を張ってお風呂に入った。お昼くらいまで、あざらしのような速度で行動。今はもうお昼を過ぎたというのに、何もする気がおきない。午前中の予定は、フロ掃除で終わってしまった。NYは、日曜日の朝に初雪が降った。異常なまでに暖かかった11月は終わり、ロックフェラーのツリーが点灯した直後からいつもの気候に戻り始めた。日中が氷点下というやつだ。ああ。寒いよう。今夜からも雪だって...。今週はずっと寒いんだって...。天気予報は華氏20度から30度の羅列(華氏33度くらいが摂氏0度さ)...。もうちょっと休んだら、行動しようっと...。今週は日系の仕事も大詰め。がんばるぞー...(眠)。
2005/12/05
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夫の高校の同期生さんたちと、その奥さんたちも含めて忘年会をした。NY駐在が現在のところ5人。多かった時期はもっといたらしい。大学じゃなくて高校というのが何となくすごいなと思う。私は地方育ちなので、東京の進学校だの有名校だのは知らないのだけど、夫の出身校は中高一貫教育で有名なとこらしい。海外駐在=偉いわけではないだろうけど(=左遷という場合もあるみたいだし)、自分と高校が同じクラスだった人たちがこうして海外で集まるのって不思議だ。私は県立高校出身で、今NYに駐在している人がいるかどうかは聞いたことがない。名門校のお受験に血眼になっている親の話をよく聞くけど、子供にいい教育現場をあげるのってやはりいいことなんだろうと思ってしまう。夫の世代40代半ば、同期はお医者さん、副社長、会社役員....。奥さん方も女医さん、元フライトアテンダントさん...グラフィックデザイナーという職業の私は浮いていたりして。コンプレックスというのではなく、違う世界の人たちなんだなーと思う。もう慣れたけど。夫はスーツ系。私はアート(チンピラ)系。夫の前につきあっていた彼氏とも、全く違う職業だった。彼は「君とは住む世界が違って、共通の話題がない」みたいなことを、別れ際に言われた。後から考えたら、それは私と別れたいがための、単なる詭弁なのだ。だったら、日本の夫婦の大部分を占めるサラリーマンと専業主婦だって住む世界が違う。それでうまくいかない場合もあるかも知れないけど、楽しい家庭を築いている人たちだって多くいるのだ。私たちは、現在のところ、住む世界が違うけどうまくやっている。夫婦に、物差しや定義なんかないのだ。
2005/12/03
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