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一日だけと依頼された出版社での仕事は、結局金曜日まで延長となった。この雑誌は若い女性向きの雑誌で、美容、健康、グルメ、恋人関係などがテーマである。当然ライターもデザイナーも全員女性だけど、社風なのか、今まで行ったどんな会社よりおしゃれな女性が多い。中でも、アシスタント・アート・ディレクターのマギーさん(多分20代半ば~後半)は、藤原紀香似の群を抜いた美人だ。同じ女性の私でもどきどきしてしまう。スキのない美へのこだわりが随所に見られ、同じデザイナーでも服飾の方かと思ってしまう。スキのないというのは、眉毛の形からメイク、アクセサリー、ペディキュア、髪型のひとつひとつに至るまで、毎朝大変だろうなあというほどの手の入れようなのだ。チャイニーズ・アメリカンの彼女は背が高く、小麦色の肌をしており、いつもキャミソールやタンクトップのような薄着&サンダルで仕事をしている。ファッションの基本としてはbebeみたいな感じ。寒くないんだろうかー?とおばさんは思ってしまう。私がおじさんなら、絶対口説いている。ふと我に返って、自分の姿を考えてみる。髪はのばしっぱなし、メイクは適当、靴はヒールがなく、カバンは無地の黒レスポ...。これではいかん。もうちょっと女にならなければ。週末は買物だ(感化されやすいヤツ)。
2005/04/28
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去年お世話になっていた人材派遣会社は、はっきり言ってとってもタカビーだった。電話で仕事の依頼がかかってきて、それが都合が合わないとかで断ったりすると、「あっ、そう。ふんっ!」って感じで電話を切られてしまう(マジよ、マジ)。それでもその会社はいいクライアントを持っているので、今まで下出に出ていた。先週まで働いていたコーポレートの職種で「私はここの職種に合わないと思います」と告げても何の反応もなし。結局そこの契約終了期間を言った言わないでモメて、縁切り状態になった。私としては自分が礼儀と節度を守ったと思っているので、その会社に期待することはもう何も無い。ダメ押しで、友人から聞いたところによると、その会社は給料を50%ピンハネしているそうだ。人材にも派遣先企業にもよくない会社なのだー。で、随分前からコンタクトのあった別の派遣会社に連絡を取った。私の担当になったジョアンヌさんは明るい女性で、出版関係の仕事がいいという私の希望をよく考慮してくれた。余りにも仕事がなくてそれ以外のプロダクションの雑用でもいいと言っても、「お互いなるべくハッピーな仕事をした方がいいと思うの」と言う人だった。誰でもつっこめばいいという派遣会社が多い中(人を探すのって大変だから仕方が無いんだけどね)、偉いと思う。登録をしたのがもう去年の8月になるが、別の会社で働いていてその仕事を受けられない時でも、「As long as you have something to do, that's great. We can work together another time. Keep in touch!」という優れた対応をする人だった。月曜日に電話をして、その夕方一件の出版社を紹介してくれた。火曜日たった一日だが、大手の女性誌で、とても楽しく仕事ができた。アート・ディレクターの希望で、水曜日にも続けてブッキングしてもらえた。彼女は昼休みに電話をくれ、私が楽しく仕事をしているかどうか確かめ、クライアントにも人材に満足しているか連絡を取り、フォローアップを欠かさない。前の派遣会社とは偉い違いである。これが人材派遣のプロなのだー! もっと早くにここで仕事をすれば良かった...。
2005/04/27
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年上の友人に電話で相談に乗ってもらっていた時の事。相談したのは、私が勤めていたコーポレートの仕事=給料良し(でもウィンドウズ)と、好きな出版系の仕事=給料安しと、どちらを選べばいいのかしら~と言う事。コーポレートは正社員になって欲しいような事を言われたが、やっぱり嫌だった。出版の仕事は楽しいけどお給料はコーポレートのほぼ半額。意見が一致したのは「最近さあ、もう辛い事ってしたくないと思うのよねえ」という事。もう40歳にも近くなると(怖っ)、やっぱり人生って顔に出る。テレビとか見ていても、おばさんでもおじさんでも不幸そうな人はそういう顔になっているし、幸せそうな人はそういう顔になっている。生き甲斐を持って生き生きしている人は周りで見ていても、いいエネルギーを発散しているように見える。学校在籍時から失業中の現在まで曇りがちな私の顔だが、他人がみるとどういう顔になっているんだろうか。夫が帰って来たので続きはまた。
2005/04/26
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私は体が比較的頑健だ。鉄欠乏症(貧血)と頭痛と腰痛が持病である以外は、アレルギーもないし喘息もない。皮膚も丈夫で何かに反応してかぶれてしまうという事もない。それを幸いと言うべきなのだろうが、元気な人間なりにいろんな思いをしてきた。子供の頃、近所の仲のいい子に喘息持ちの子がいた。私は小学校サッカーで朝練やマラソンをしていたので、その子に通学途中、朝の練習が気持ちいい事を何気なく話したことがある。その子は、「私、運動できへんねんから、そんなこと言わんといて欲しいわ」と私に怒鳴った。それが、自分と同じように運動ができない子がいるんだという認識を初めて持った時だ。小学校高学年の時は、私は徒競走で一番になるような子だった。ある日、作文で、今度も仲がいいと思っていた子に、私の悪口を見つけたことがある。「Daviちゃんは、かけっこが速いことを自慢している。偉そうだ。私は走れないのに、人の気持ちを思いやらない子だ...」子供時代の私を庇う訳ではないが、誰かにみせびらかそうなんて気はなかった。かけっこで一等賞になって嬉しかっただけの事。それをそんな風に思われていたのがショックだった。会話ではその子からそんなに不愉快だと言われた事はなく、先生が一冊にまとめた文集にその作文を見つけた時は悲しかった。以来、自分を自慢することがないように気を使うようになった。もちろん学校や社会で習った「人の気持ちを考える人になりましょう」というのもあった。むやみやたらと体の弱い人に対して親切にするというのでもなく、助けがいる人には手を差し伸べられる人間になろう、という学校の先生の教育にも助けられた。こんな事を思い出したのは、夫の子供から言われた一言がきっかけだった。私は植物を植えるのが大好きで、今年はひまわりとコスモスを植えた。真夏は反射熱が激しいのでベランダで植えることはなく、家の中で日当たりのいいところにプラントを植えている。最近芽がでて、細いながらも成長している。土を触っていると子供が寄って来たので、植物の種を植えた事、夏になると花が咲く事などを話した。都会育ちの子が植物に興味を持ったのかと思ったが、次の一言は私の幻想を打ち砕いた。「私、花粉アレルギーなんだよね」....。存知ております。なのでひまわりはPollen Free(花粉なし。本当かどうかは知らないけど)の表記のあるものを買って来てあった。コスモスは...調べなかった。室内でも育てやすい、丈夫な種を選んだらコスモスだった。コスモスの花粉が飛ぶかどうかを調べずに買って来た私が多分悪いのだろう。夫も花粉アレルギー。花が咲き、緑が萌える春が来て浮かれている私に「花粉がつらくてやってられないよ」と言う。そして「君はアレルギーがなくて、いいね」私の人生、そんなんばっかりや。色んな人に色んな事を言われて、めちゃめちゃ気を使ってるっちゅうねん。人の痛みがわかる人間になりなさいって。わかろうと努力してるっちゅうねん。でも、私の痛みは誰がわかってくれるんや。と思った。普段は思わないけど、今日は思った。今日ぐらい、思わせて。もしコスモスから花粉が飛んだら、私は育てたコスモスをひっこ抜かなくてはいけないのだろうか。
2005/04/24
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久しぶりにイースト・ビレッジに行った。といっても時々食料品の買い出しに夫と行くのだけれど、いつもは買物が終わるとまっすぐ帰っていた。今回は友達と会って周りをみてまわったのだけど、なんとも日本人街になっていることに驚いた。結構昔からあるサンライズ・マートという日系食料品の他に、JAS Martというスーパーができたのが数年前。日系のパン屋ができた以外にもたくさんの居酒屋があり、私の知る限りではラーメン屋があり、焼き肉屋、おもちゃやなどがある。ここ数年でもっと数は増え、まるで新宿の裏町にいるような雰囲気すらある。友達と入った小さな洋服店「Vui Vui」では日本人の店員がベトナム直輸入の服を売っていた。日本人でニューヨークで起業している人たちのパワーはすごいと思う。その洋服屋さんなんて、ビレッジで店舗を借りて品物を仕入れて売っているなんて大変だろうなと思う。こういう人たちは私が知らないだけで、きっともっといるんだと思う。入ったのはここだけだけど、他にどのくらいの日本人のお店がイーストビレッジにあるんだろうか。日本生活延長の温床になってしまいがちだけど、いろんなアイデアやパワーがもらえるような気がする。また今度ゆっくり行ってみようっと。
2005/04/23
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夫が前の会社を辞めたせいで、今まで会社が自動的にやっていてくれたことを自分でやり始めた。この間の401Kの事もそうだし、今度は生命保険や遺言状までやっている。夫は保険をもうひとつかけるようにしたという。今までの保険は前妻さんと子供が受け取る事になっていたのだが、私の分もかけ始めたというのだ。曰く「俺が働けなくなってもDaviの生活が困らないように」。保険金をいくら毎月かけているのかは聞かなかったが、なんだか出費が増えているような気がする。かわいそうな夫。ばりばり働く嫁をもらったと思ったら、とんだお荷物を拾ったのかも知れない。前妻さんは専業主婦だったが、働く意欲があるのかどうかは私は知らない。多分夫からの仕送りで一生を過ごすのだろう。わかっていて離婚した夫だが、私さえ働いていればもうちょっと気も楽かも知れない。なんだか情けなくなった。私は結婚はしない&できないかも知れないと思ってキャリアを築いてきたのに、ここにきて行き止まり。夫とはいえ、誰かに頼る生活をしている自分が情けない。いっそのことどこかの職種に関係ない会社ででも働こうかとも思う。でも将来を期待して行った大学を卒業して、その技術を生かせない仕事につくのは、やはり夫も私も納得できない。今週も何もなし。今月中には何かを見つけたいなあ。
2005/04/21
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ブルース・ウィリスを筆頭に、ベニチオ・デル・トロ、ジョシュ・ハーネット、クライヴ・オーエン、イライジャ・ウッド、おなじみマイケル・マドセン、ミッキー・ローク(!)、ルトガー・ハウアー(!!)といった新旧豪華キャストで送る、フランク・ミラー原作の「シン・シティ」。白黒のアメコミのひとコマひとコマをそのまま画像にするという、制作・監督のロバート・ロドリゲスの意欲作である。私は原作の漫画を読んだことがないのだけど、かなり忠実に漫画のコマを映像にしたのだろう。白黒なのだが、ところどころにハイライトがしてあり(女性の瞳だけ青いとか、血だけが赤いとか)、映像の撮り方がかなり凝っている。この映画の製作話は雑誌やテレビで取り上げられていたのだが、まず特筆すべきなのが、ほぼ全カット何も無いグリーンバックで撮られたという事。役者たちは何も無いところで、人殺しをしたりケンカしたり、苦しみにもだえたりするのである。ロケに行く必要がないので、ブルース・ウィリスは10日、他の役者たちは数日で仕事を終えたらしい。その翌週に公開されたマシュー・マコノヒー主演の「サハラ」は、1億3000万ドルの製作費(の割には受けず、興行的に失敗の感あり)と皮肉な対比をされていた。ハリウッドの異端児(?)ロバート・ロドリゲスは、若干36歳にして既に数多くのヒット作を生み出しているが、彼のプロファイルも面白い。ハリウッドで成功したにもかかわらず、今でも地元のテキサス州オースティンに住み(そこのスタジオでこの映画は撮られた)、名の通ったシェフでもあり、バンドを組んだり、小さい4人の息子と遊んだりしているそうだ。やはりというかオタク系の人で、昔は漫画を書いており、フランク・ミラーの大ファンだった。フランク・ミラーは前回何かの映画の脚本を担当して失敗し、自分の漫画の映画化をとても渋っていたのだが、ロドリゲスの説得に折れた。ロドリゲスが、「I don't want to adapt Sin City, I want to translate it.」と言ったからだそうだ(By Entertainment Weekly)。本当かどうかはちょっとわからないけど、ロドリゲスは脚本を書かず、漫画のセリフやコマの画像をそのまま映画にしたのだという。まずロドリゲスは、こういう映画にしたいのだと、ジョシュ・ハーネット主演の数分のごく短い短編映画を作り、配給会社や役者たちに見せた。その画像を一分見たブルース・ウィリスは二つ返事で「俺はこの映画に参加する」と決めたそうだ。この短編が、映画の冒頭シーンに使われている。いろんな予備知識を仕入れて予告トレイラーで胸をどきどきさせて見に行ったのだが....話的にはうーーーんって感じ。男性なら楽しいのかなあ。フランク・ミラーはいい年のおっさんで(神父役でカメオ出演している)、描かれている女性がみーんな男に尽くす美人ばっかり。10代と20代のいい体を持った女しかいてはいけない映画なのである。その他、全編にわたって血は飛ぶし(と言っても白黒だけど)、体はばらばらになるし、人間ドラマはやっぱり浅いなと思う。まー、マンガだからなー、と言えばそれまでなんだけど。割り切って素晴らしい画像と、豪華キャストを楽しむにはいいかも知れない。ミッキー・ロークは太ったなあとか、ルトガーおじさまは年を取ったなあとかという見方もある。ベニチオファンは見たら悲しいかも知れない(プッツンした役をやらせたら最高ね、彼)。オタクファンには必見の映画である。
2005/04/20
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面接に落ちてしまいました。今回は結構希望の職種&会社で、かなり意気込んででかけたものの、やっぱりだめでした。長い面接経歴で、担当者が「この人は今ひとつかな」と思っているというのがわかってしまい、また落ち込み。しかも、今行っている会社は今週で終わり。大嫌いなウィンドウズから解放されるのは嬉しいんだけど、やっぱり仕事があるって良かった。また仕事探しに逆もどりである。ふー、疲れた。さすがにダブルパンチだったので気落ちが激しく、気を取り直すために久しぶりに友達に電話をかけまくった。私は普段余計な電話をしない人なので、電話をかける時は自分の中で処理しきれない時。迷惑なヤツである。でも電話をかけても愚痴ばかり言うのではないけどね。ただ、言葉を外に出さないといけないと思って。だって、夫は人が落ち込んでいる時に傷口に塩を塗るタイプの人なので、ヤツには相談できない。なんで仕事が取れないのかは色んな考えがある。プレゼンが悪いのか、作品が悪いのか、態度が悪かったのか、言葉遣いが適切ではなかったのか、等々。履歴書は通って面接にはたびたび行くので、完全に可能性が無い訳じゃないのはわかる。ただ、まだデザイン業界が景気が良くないのと、応募者全員の中からNo.1にならないといけないというのが大変なのだろう。全員の中からたったひとり...ううむ。追記:その夜、崖から転落する夢を見た。虹色の雲に見とれていると足を踏み外して、海にまっさかさま。その海というのもカリブ海のような凪いだ海ではなくて、日本海みたいなごつごつと岩場の突き出た暗い海だった。その岩場に当たって目が覚めた。汗びっしょりで、時計を見たら午前4時半だった。うわー、まいってるんだあと思った(涙)...。
2005/04/19
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昨日のイタリアンで、私と夫の友人の奥さん(日本人)が、偶然同じアントレを頼んでいた。シーフードたっぷりのペスカトーレ。日本でおなじみのペスカトーレって、NYのパスタ屋では余り見かけない。定番ともいえるボンゴレだって見かけない。だからたまにペスカトーレやボンゴレを見つけると、懐かしくて頼んでしまうのだ。そして食べて行くうちに、私はぺろりとたいらげ、その奥さんは全部食べることができなかった。聞けばアメリカの食べ物は量が多くて全部食べることは余り無いというのである。そして気が付いた。私の胃袋がアメリカサイズになっている事を...。どんな洗面器に入ってきたようなパスタでも食べられるし、最近ではステーキも10オンスは軽い。おいしく食べられる限界は200グラムぐらいだろうけど。日本に帰った時の食事のあのもの足りなさ... ファミリーレストランで出された数ミリの厚さしかない肉の切れ端をステーキと呼ぶなんて、と驚愕したものである。おかげさまでそれほど体重は増えてはいないけど、この先中年になってどう体に出てくるのか不安でもある。
2005/04/16
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NYに住む日本人の間でも有名なイタリアンのお店、Basta Pasta。17丁目/5&6番街。NY在住20年になる夫が言うには、開店当初はおいしいと思わなかっしそんなに流行っていなかったらしいが、最近は誰に聞いてもとても評判がいい。オーナー始めウェイターやウェイトレスも全員日本人(多分)で、日本語のメニューも用意している。日本語が気軽に使えるので観光客目当てかと勘違いしてはいけない。あれだけ流行っているということはリピーターも多いのだろう。かくいう私もそのひとりである。NYのイタリアンは、値段を考えなければ結構おいしいところが多い。ここも決して安い値段ではない。私たちは4人で行ったのだが、ワインを一本あけ、前菜とメインとデザートでチップ込み$300くらいだった。他の店と違うところは、日本風なオリジナルな味付けのものがあることだろうか。もちろんアメリカ人客も多く、有名人もしばしば訪れるという。ビジネス風の人より、アーティスト系の感じの人たちが多いのも特徴かも知れない。予約は必要だけれども、以前友達とふたりで土曜日の夜飛び込みで行った時、30分待たされたくらいで席を作ってくれた。支配人が常に店内を見ており、サービスの行き届いた店になっている。今まで行ったレストランで、支配人が客に話しかけたり、常に気を配っているレストランで悪い目にあったことがない。何でもそうだけど、どんな仕事でも自分のやっていることにプライドを持っている人って見ていてわかる。たったひとつクレームをつけるとすれば、客がいっぱいになると居酒屋状態になり、ものすごくうるさくなること。6時半に食べ始めた時は普通だったのに、混んで来た8時頃は目の前にいる人の話が聞こえなくなるくらいうるさかった。店の規模の割にテーブルが多すぎるのだろうか? どこのイタリアンに行ってもこんなに怒鳴り合って話すことってない。なぜなんだろうなあ。天井が高いせいか? 床がカーペットじゃないせいか? それ以外はとってもいい店。改善の余地はあるのかしら。
2005/04/15
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とうとう派遣先を今週か来週で辞める事になった。悪い事収入がなくなるまたあてもなく仕事探しの日々が始まる夫に嫌味を言われるいい事ウィンドウズとおさらばできる自分のキャリア探しを元に戻せる家の掃除と洗濯ができる今の会社でもんもんと過ごして収入をもらうのもアリな人生だ。でもやっぱり、自分のやりたくない仕事を延々と続けるのは、もう今更止めたい。そのために大学に行ったし、いっぱい勉強した。「これだ!」って思うものが見つかるまで、今は我慢。未熟者のきれいごとに聞こえるけどね。夫に迷惑をかける分、もっとがんばらなくちゃ。めざせ、401K積み立て(現実も一応把握しているわよ)。
2005/04/13
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夫が会社を転職するにあたって、前の会社の401K(年金みたいなもの)を個人アカウントに移すという。老後の積み立てのほとんどない私に何かいいプランはないかと、夫について銀行に行った。私はアメリカの年金のしくみが未だわかっておらず、話を聞いてもちんぷんかんぷん。国民年金に相当するソーシャル・セキュリティーは正社員として働いていた頃のものと派遣会社からのものと毎年払ってはいるものの、それだけでは心もとない事だけはわかる。日本では正社員だった頃は会社から厚生年金を、フリーだった頃は国民年金を払っていたが、受給を受けるにはどう考えても年数が足りない。しかも、フリーだった頃は積立額の一万数千円がもったいなくて、アメリカに来る前には積み立てを止めてしまった。なので日本政府には多少の貢献はしたものの、何の請求権利もない。私のような国の将来を考えない人間が蔓延し、かつ若年世代の減少で、日本の国民年金制度が破綻しているのは世界でも有名な話らしい。アメリカでもソーシャル・セキュリティーは問題になっているが、「日本の失敗をまねないためにも」という前置きすらつく。日本経済の破綻は避けようがなく、時期の問題だというのだ。ともあれ、私の将来はアメリカ政府にみてもらうしかないのだが、これはこれで大変なのだ。60歳まであと20数年しかない(!)というこの事実。しかも今現在定職のないフリーランスである。これはやばいね。テレビで島田紳介が「40になったらな、死ぬ時の事を考え始めんねん」と言っていたが、意外と本当かも。今頃事の重大さに気づいたが...20年後もニューヨークを始め世界が平和なままとも思えないし(悲観的)、なるようになるさとしか考えられないキリギリスな私なのであった...。
2005/04/12
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昨日、私の友人が帰国した(3月18日の日記で憤慨した、不倫をしている友人)。6年間の労働ビザが切れた彼女。結局グリーンカードも申請することなく、結構潔く帰ったと思う。私は彼女には日本の方が合っていると思うので、よかったと思っている。あれだけ憤慨したものの、最後の日に結局お別れの電話はした。メールアドレスもお互いに知っているし、これからも交流がないとはいえないだろう。所詮私はハードボイルドにはなれないのか。それでも、つい昨日のチャールズ皇太子とカミラさんの結婚式を見て、またあの複雑な気持ちが蘇って来た。不倫の果ての再婚。還暦も近いふたりが結婚しようと決意するのは素晴らしいと思うけど、ダイアナ妃の事を思うといたたまれない。もしダイアナ妃が死亡していなかったら、この不倫カップルは結婚しただろうか。20歳で嫁いで来て、12歳年上の夫と不倫相手に悩まされ続けたダイアナ妃。ダイアナ妃だって不倫したじゃないかというのも、チャールズが彼女を心から慈しんでくれたのならする必要はなかった不倫騒動やスキャンダルばかりだ。やっぱりカミラさんには女王になって欲しくはないなあ。どちらが本当か知らないけど、日本のニュースでは「コーンウェル公爵夫人」と名乗るだけで王妃にはなれないという報道だったけど、アメリカのニュースでは、現在の国民感情を考慮して公爵夫人を名乗っているだけで、なろうと思えばチャールズが戴冠する時に、王妃の称号を受ける権利はあるそうだ。どちらにしろ、皇太子の妻という立場上、皇太子の姉や皇太子の弟達の嫁を差し置いて、エリザベス女王の次であるイギリス第二位の高貴な女性ということになるらしい。私はきっと古風なんだろうけど...うーん、嫌だ。やっぱり嫌だなあ....。デュ・バリー夫人を嫌ったアントワネットの心境だわ(こんな例えわかるかしらん)。
2005/04/11
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土曜日の朝、夫が子供と遊びに行っている間に、インターネットで求人を調べていた。長く寒かった冬がようやく明けたように、外は快晴で気温も高い。いいところがあったら履歴書を送付して、掃除などの家事を終えたら、外に飛び出したかった。一件いい求人を見つけて、カバーレターを書き始める。これまで何十通と送っているので、夫の見直してくれた文章やプロのライターに書いてもらった文章から、その求人にあったものを合成している。メールで送るとはいえ、何度も何度もプリントアウトして文章に間違いが無いかを念入りに調べ、ようやく送信ボタンを押した。ふと、その次の求人もいいものがあったので、自分では上手く書けたそのカバーレターをコピペして再利用しようとしたその瞬間。スペルミスを発見してしまった。どうして? どうして? あんなに何度も読んだのに。コピペした時に余計なキーを打ってしまったのだろうか? 送ったものは取り返せない。ああ......!原則的には送信前に必ず第三者に読んでもらうべきなのに、それを怠った私が100%悪い。スペルミスがひとつあるということは、自分に責任感のない人間と見なされ、決して返事はこないだろう。カバーレターを仕上げるのにかけた一時間は水泡と帰し、土曜日の快晴のお出かけは遅れ、後悔に苦しむ午後となった。今度からは絶対夫に読んでもらおう...。私のバカ。
2005/04/10
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今行っている会社では、デスク間のキュービクル(敷居)の高さが低い。だから、誰が仕事をしているかネットで遊んでいるかが結構一目瞭然だったりする。それでもこのご時世、暇な時にネットで遊ばない人がいる訳がないので、皆暗黙の了解で遊んでいる人を糾弾したりはしない。問題は、「どれだけの時間ネットで遊んでいるか」である。私の目の前の女性、20代半ばの白人女性は、チャットの女王である。「私はこんな会社で人生を終える女じゃないわ」と思っているタイプの人で、器用で仕事は早いが、責任感は余り無い。昼休みは12時きっかりに出かけ、一時間半くらいしてから戻り、その後ランチを手早くデスクで食べ(その一時間半は何をしとるんだ?)、午後5時きっかりには帰る(何かのクラスを取っているらしい)。4時半ごろ仕事を持って行った50代くらいの上司に向かって「私はその仕事今日はできないわ。別の人にまわして」と言いきれる強者である。で、彼女が暇な時は、ヤンキースの試合のアップデートと、チャット。あのキーボードをものすごく早く打つ音ってすぐ分かる。ワードで文章を作成していたって、あんな早さにはならないからねー。カタカタカタカタッ カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタッ あー、またチャットしてるなー、って分かる。あんな人でも面接の時はスーツを着て、意気込んで会社に入ってきたんだろうに。でもとても弁が立つので、ああいう女性は処世術がうまいんだろうなーと思う。私といえば、まだ会社を辞める事をどう上司に伝えようかと思案中。私って、どんくさい、処世術のへたくそな人間なんだわー。別にいいけどね。
2005/04/07
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今派遣に行っている会社は超コーポレートで、仕事内容から言えばクリエイティブにはほど遠い。しかし、直属の上司である韓国系アメリカ人のエルさんがとてもいい人で、気持ちよく働かせていただいている(ウィンドウズであることを除けば)。やりたい仕事ではないにしろ、三ヶ月も無職だった後の社会復帰のリハビリという思いで頑張って働いている。始めてから早や二週間、社内の雰囲気にも慣れた。しかし! そんな時に限って別の派遣会社から仕事の依頼が来た。しかも二件も。どちらも数日間の短期だったので断るのには構わなかったのだが、これがもし自分のやりたいジャンルの仕事の長期の依頼だったらどうしたらよいのだろうか。「いい仕事が入ったので明日辞めます」とはいかないのが社会人であろう。春になって求人が密かに増えているのだろうか。コーポレートのいいところは、上司がデザイナーではないため、押しが強く出られるということだ。しかし、デザイナーではないということは、イメージ作成の苦労を知らないため、アホな要求が多いという悪い面もある。そんなことより問題なのは、コーポレートを続けていると、出版社に戻れなくなってしまう。キャリアチェンジをするのは今までの人の話を総合するととても大変そうだ。本当にどの会社も経験者しか雇わない。広告代理店経験者は広告代理店に、出版社経験者は出版社に、企業デザインは企業デザインに...何て不便なんだ。キャリアチェンジに成功した人の話は、今のところほとんど聞いたことがない。いろいろ考えると、やはり、辞めたい。しかし、辞めていい仕事がうまくすぐ来るとも限らない。本当に全てはタイミングなのだ。恋人探し、アパート探し、仕事探し、チケット探し、ぜーーーーーんぶタイミング。そこに「努力」が介在するのはどれくらいの割合なのかしらん。人生、運ですわ。
2005/04/03
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今日ヨハネ・パウロ二世がお亡くなりになったニュースは一日中テレビから流れていた。夫は「カソリックが少ないアメリカ」と言っていたけど、やはりキリスト教の国なのだ。カソリック教会の五番街のセント・パトリック寺院ではずっとミサをするらしい。意外と街のあちこちに教会のあるマンハッタンだけど、教会の玄関によく「Pope」(ポープ)というプラーク(はめ込みの表札みたいなもの)がある。Popeとは「パパ」という意味で、法王のことを指す。カソリック教徒の夫などは彼の事を「パパさん」と呼んでいる。私は無神論者だけど大の教会好き。学生時代にヨーロッパ研修旅行に行ってからというもの、訪ねた街の教会には必ず行ったものだ。なぜなら教会は何と言っても芸術の宝庫だから。宗教とは偉大なのである。ヴァチカンは二度行ったが、パパさんがバルコニーに出ているところは一度もお目にかかれなかった。もう最後の方はかなりよれよれになっていらしたパパさん。教皇庁の発表では、亡くなったことを「父の家にお帰りになりました」と言った。復活祭も終わり、春を迎え、ようやく「天の父」からお迎えが来たのだ。よかったね。おつかれさま、パパさん。
2005/04/02
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