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庭先から、濃厚な梅の花の香りが漂ってくる。 夜の闇に姿は見えないが、その香りは確かに春の訪れを告げていた。だが、梅香を運ぶ風はまだ冷たく、身体ばかりか心まで凍らせる。 良房は染殿の寝殿の庇に座り、ただ梅の香りだけを肴に、一人で酒を飲んでいた。 あげられた御簾の向こうに、黒々とした夜の庭が広がっている。月はない。明かりといえば、良房の傍らにぽつりと灯された燈台だけだ。 良房は側の脇息に寄りかかり、矢継ぎ早に杯を煽っていた。だが、いくら飲んでも、酔いが回らない。心は重く塞ぎ、そのせいなのか寒さのせいなのか、身体は小刻みに震えている。良房はやがて杯を置くと、深い溜息をついて、脇息の上に身を伏した。 身体も心も疲れ果てている。良房の頭の中に、ここ数年の辛労の数々が甦った。 文徳帝は、明子と鬼の浅ましい交合を目の当たりにした衝撃なのか、それとも鬼の凄まじい毒気に当てられたのか、それからすぐに重い病の床に伏してしまった。そして、それ以後は誰とも会いたがらず、やがて重態に陥った文徳帝は、都中をあげて行った祈祷の甲斐もなく世を去ったのである。 帝の急死に、世の人々は様々にその死因を憶測しあった。なぜ突然重病に陥ったのか、最期を看取った乳母や薬師も、首をひねるばかりだ。 最期まで目通りを許されなかった良房にも、文徳帝がなぜ死に急ぐようにして世を去ったのか、本当のところはよくわからない。結局、文徳帝は誰にも胸の内を明かすことなく、重い心を抱いたままただ一人であの世へと旅立ったのだった。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m↓お友達の家の庭に咲いていた枝垂れの紅梅。梅の花って、結構好きなんです。香りも良いし。特に、紅梅は色もきれいなので、一本あるだけで庭が華やかになりますね。ああ、庭のある家に住んでいる方が羨ましい…。(我が家は激狭ベランダのみ…(T_T)
2008年04月28日
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蔵人の悲鳴と物音に驚いて、殿上間から数人の公卿たちが顔を覗かせる。 鬼はその公卿たちの目の前で、さっきまで蔵人が立っていた簀子の上に、悠然と明子の身体を下ろした。そして、公卿たちをその金色の瞳で射すくめると、そのまま明子の身体を押し開き、その面前で平然と交わり始めた。 明るい夏の日差しに照らされた清涼殿の簀子で、恐ろしくも淫らで浅ましい光景が繰り広げられる。明子の剥き出された肌は見ているものの目を射るように白く輝き、淡い色の黒髪が鬼の青黒い身体に蛇のように絡みついていた。鬼は明子の身体を弄びながら、吼えるような喜悦の声を上げる。明子もそれに応えて鬼に四肢を纏わらせ、細く甘い声で喘いだ。 しんと静まり返った清涼殿の中で、鬼と明子の交合がいつ果てるともなく続いている。公卿たちは驚きのあまりか、鬼に金縛りにかけられたせいなのか、誰一人として身動きすることも声を上げることも出来なかった。 その中には、良房の顔も混じっていた。良房は顔をどす黒く染め、小刻みに身体を震わせながら拳を握り締めるが、殿上間の扉の影から動くことが出来ないようだ。 夜御殿の中では、文徳帝ががっくりと崩折れ、まるで死んだように褥の上に倒れ臥していた。 その傍らで、継子は鬼と明子の浅ましい声から逃れようとするかのように、両手で耳を抑えて蹲っていた。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m↓清涼殿全体はこんな感じ。手すりのすぐ向こうの廊下みたいな部分が「簀子」。「殿上間」は建物の一番左端辺りにあります。
2008年04月26日
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文徳帝は明子を取り返そうと思わず鬼に飛び掛ろうとしたが、鬼の恐ろしい眼差しに金縛りでもかけられたのか、どんなに身を捩っても指先一つ動かすことが出来ない。 それを見た鬼は、またにやりと笑うと、文徳帝を挑発するように明子の衣に手をかけた。そして、襟を掻き分けて首筋と肩を露わにすると、明子の白い肌に舌を這わせる。 文徳帝は歯軋りをし、明子に哀れむような視線を投げかけた。だが、文徳帝はうめき声をあげて、そのまま目をつぶってしまった。 それまで鬼に襲われて気を失っていると思っていた明子が、いつの間にか鬼の首にしがみつき、自分から鬼の顔に唇を寄せているのだった。明子の目は酔ったような怪しい目つきに変わり、もはや文徳帝の方など見向きもせず、鬼の荒々しいくちづけに答えている。 鬼の方も、やがて文徳帝のことなどどうでも良くなったのか、もう人目もはばからずに明子の衣を引き裂くと、白い乳房を露わにしてむしゃぶりついた。鬼に乳首を吸われて、明子は細い喜悦の声を上げる。そのあまりに浅ましい姿に、文徳帝は動かない身を捩って絶望のうめき声をあげた。 その声に気づいたのか、殿上間から出て弘徽殿の方へ向かおうと簀子を通りかかった一人の蔵人が、不審げに清涼殿の奥を覗いた。鬼はその気配に、何を思いついたのかまたにやりと笑うと、床の上に押し拉いでいた明子の身体をしっかりと脇に抱え直した。そして、一気に夜御殿から躍り出し、驚愕のあまり立ち竦んでいる蔵人を、簀子から庭の漢竹の脇に蹴落とした。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m↓現代の京都御所清涼殿にある漢竹(かわたけ)。清涼殿の前庭に、呉竹(くれたけ)と対になって植えてあります。
2008年04月25日
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だが、その時だ。 どこからか、地の底から響くような低い擦れた笑い声がした。側にあった几帳が小刻みに揺れ、二台の燈台の火がふっと音もなく消える。 突然の笑い声と暗闇に驚いた文徳帝は、思わず明子の身体から手を離し、枕元の辺りに置いてあるはずの守り刀を手で探りながら叫んだ。「何者だ!」 その問いに答える者はいなかった。だが、いつの間にか、辺りには薄っすらと蒼い光が満ちて揺らめいている。 継子は慌てて襖を開け、明子を守ろうと夜御殿に飛び込んだが、間に合わなかった。 隅の几帳の後ろから飛び出した鬼が、文徳帝のすぐ目の前から明子を攫い、その身体を脇に抱えるようにしてもう一方の隅の暗がりに降りた。そして、明子をその屈強な腕に抱きしめると、文徳帝の方を向いてにやりと笑った。 その夜御殿の天井に届きそうなほどの巨大な身体と金色に鈍く光る瞳。牙の先に涎を滴らせた大きな口からは、まだ文徳帝を嘲笑うような低い笑い声が洩れていた。 文徳帝は驚きのあまり、褥の上で半ば立ち上がりかけたまま、身動き一つ出来ないでいる。 継子ももうこうなっては鬼から明子を取り戻すことは出来ない。ただ両手を揉み絞りながら、行方を見守っているほかなかった。 明子は気を失ったように、鬼の腕の中でぐったりとしている。鬼は明子の身体を抱き起こし、青黒い大きな舌を出して明子の頬を舐め、相変わらず文徳帝から目をそらさずに低い声で嘯(うそぶ)いた。「この女は、私のものだ……」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2008年04月24日
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文徳帝は明子の手を握り締めたまま、じっと明子の顔を見守っている。明子は長い間文徳帝の顔を見つめていたようだったが、やがて俯くと小さな声で呟いた。「主上のお気持ち……そのような想いでおられたなど、わたくしは今まで一度も考えたことがございませんでした」 そして、文徳帝に取られた手をそっと握り返すと、囁くような声で言った。「主上にとって、わたくしはただ名ばかりの后。気に染まぬ女を無理やり押しつけられたと、疎まれ蔑まれているものと思っておりました。でも、わたくしは主上をお恨みしたことはございませぬ。寂しゅうはございましたが、それもこのような家に生まれた女としてのさだめと諦めておりました。でも、主上は心の底ではわたくしを愛しいと想っていてくださった。わたくしはそれをお聞きしただけで、もう何も思い残すことはないほどでございます」 明子は顔を上げて文徳帝の顔を見た。文徳帝はほとんど泣きたいような笑顔を浮かべて、明子の方へ腕を差し出す。そして、その腕を明子の身体に回し、しっかりと抱き寄せた。「私たちはずいぶんと長い回り道をした。その時をもう一度取り戻すことが出来るだろうか。私はこれからの時間をすべてそなたに与えよう。私のすべてもな」「わたくしの主上……」 明子はそう言うと自分から文徳帝の腰に手を回し、自分の頬を文徳帝の胸に強く押しつけた。半ば継子の方へ向けられるようになったもう片方の頬に、淡い灯火に照らされた涙が光っているのが見える。文徳帝は愛しげに明子の髪をまさぐり、感極まったように一際強く抱き締めると、その頤(おとがい)に指を添えて明子の唇にくちづけしようと顔を寄せた。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2008年04月23日
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文徳帝は優しく明子の髪を撫でながら言った。「良房への意地から、私は今までそなたを省みなかった。私がもっとそなたに心を配り自分の側で常にいたわっていたのなら、あのような男をそなたに近づけることなどなかったのだ。そなたを奪われたのは、すべて私自身の愚かさのせいだ。あれからずっと後悔していた。そなたを取り戻したい。そして、そなたに許しを乞い、失われた時を少しでも良いから贖いたい。でも、今までのことを思うと、なかなかそなたに自分の気持ちを打ち明ける勇気が出てこなかった」 文徳帝は少しはにかむように微笑むと、自分の座っている褥を指差した。「だが、病になってここに長い時間臥すようになってから、そのことばかり考えるようになってな。そなたの面影が頭に浮かんでならなかった。それに、私は父帝のことを思い出したのだよ。父上は病になられてからわずかな間で亡くなられた。まだお若く、少し前までお元気だったのに。人の一生というものは、計り知れないものだ。明日も生きているという保証は、この世に生きている者には誰にもないのだよ。たとえ尊い帝の身分であってもな。もう無駄にしている時間はないと思った。それで、思い切って、良房にそなたをここへ連れてきてもらったのだ」 文徳帝は褥の上にきちんと座り直し、明子の手を両手で取って言った。「今まで、そなたにはずいぶんと寂しく惨めな思いをさせたと思う。今更こんなことを言っても、そなたの心はもはや私の方へは向いてはくれないかも知れぬ。いや、そなたに憎まれ、疎まれていたとしても当然だ。だが、まだ希望はあると言ってはくれないだろうか。それが駄目なら、せめて今までの仕打ちを許すと……」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2008年04月22日
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文徳帝は吐き捨てるようにそう言うと、しばらく黙ってしまった。だが、明子が自分をじっと見つめているのに気づくと、優しく視線を戻して、明子を慰めるように言った。「それで、そなたには出来るだけ逢わないよう決めた。逢えば逢うほど、そなたが恋しくなるのがわかっていたから。どうしても逢わなければならない時は、出来るだけそなたに無関心でいるよう努めた。だが、それがどれほど苦しかったか。あまりにも苦しいので、もう良房につまらぬ意地を張るのなど止そうと、何度も思ったものだ。特に、側でそなたが伏しているときなど、つい想いが募ってそなたを抱きしめたりせぬよう、自分を抑えるのに必死だった。いつも背を向けて、そなたの方を見ないようにしていたのは、そなたに心を奪われてしまうのが怖かったからなのだよ。それなのに、まさかそなたが他の男に奪われてしまうとは……」 文徳帝は胸に手を当てて低くうめいた。「あの葛城上人という男に、そなたの祈祷を命じさせたのはこの私だ。そなたが物怪にひどく苦しめられ、もはやどのような祈祷も効かないと聞いて、私はいても立ってもいられなかった。それで、藁にも縋るつもりであの男を連れてくるよう良房に命じたのだが、それが仇になるとは。当麻鴨継にそなたとあの男のことを聞いた時、私はもう目の前が真っ暗になって、怒りのあまり卒倒しそうだった。殺しても飽き足りぬと本気で思った。だが、それと共に、私は自分の馬鹿さ加減にも気づいたのだ」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2008年04月18日
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文徳帝は憤りに頬を赤く染め、薄い唇を噛みしめながら続けた。「良房の言いなりになったのは、恒貞親王のことだけではない。生まれた時から、私には自分の意志などなかった。私は物心ついたときから、いつもいつもあの良房とその妹である母の五条后に生活のすべてを監視され、自分のしたいことなど何一つ出来なかったのだ。そればかりか、父の仁明院からはこう言われたことすらある。幸せに穏やかに暮らしていきたければ、良房には逆らわぬことだ。ただ言いなりになってその意思に従ってさえいれば、良房はそなたを守り慈しんでくれる、と。そんな平安など、私は欲しくはない。私はただ自由が欲しかったのだ。自分の意志で思うように生きていけるという誇り高い自由が。だが、結局すべては良房の思惑通り進み、私は東宮になった。東宮になっても、私には自分の自由に出来る公の勤めなど何もない。そればかりか、良房は私の私生活まですべて仕切り、妻まであてがうという。それも、自分自身の娘をな。だが、私にはそれを拒むことすら出来なかった」 文徳帝は明子の方へ手を伸ばし、俯いている頤に指をかけると、その顔を上向かせた。そして、その頬を指先で撫でながら言った。「仕方なくそなたを娶ったというのは本当だ。だが、そなた自身を見た時、私が心からそなたを慕わしく思ったというのも、また本当なのだ」 そして、ふいに明子から手を離すと、明子の視線から逃れるように横を向いて言った。「それから、私がどれほど苦しい思いをしたか、そなたは知るまい。私はそなたが恋しかった。そなたと褥を共にするたび、悦びでいつも身体が震えるような気がしたものだ。だが、そなたを寵愛すれば、それはすなわちあの良房を喜ばせ、ますます増長させることになる。私は、それだけは我慢がならなかった。良房をこれ以上のさばらせるくらいなら死んだ方がましだ」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2008年04月17日
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文徳帝の細い目がぎらりと光った。明子はますます肩を落として項垂れた。文徳帝は脇息にもたれ、昔を思い出すような寂しい眼差しで話を続ける。「私は別に帝になどならなくても良かった。親王のままでいて、一生を詩歌や管弦と共に過ごすのも、気侭で良いと思っていた。いっそのこと出家でもして、静かな山の中で修行三昧の日々を過ごすことになったとしても、それはそれで良かったのだ。あの恒貞親王のようにな」 文徳帝の顔が苦しげに歪む。「恒貞親王があのような境涯に陥られたのは、すべて私のせいだ。心の優しい穏やかなお方であったものを。私にはいつも気を使ってくれ、兄のように学問など教えてくださったりしたものだった。それに、本当は東宮になることなど望んではおられなかった。それなのに、良房たちは寄ってたかって親王を陥れ、無理やり東宮を廃して廃屋同然の淳和院へ押し込んだ。そればかりか、とうとう出家まで無理強いさせてしまったのだ。恒貞親王のお苦しみを思えば、私はそれだけでも到底良房を許すことは出来ない。だが、それらはすべて、私を帝にするためになされたことなのだ。その上、恒貞親王の苦境を目の当たりにしながら、私にはそれを止める力など全くなかった。恒貞親王にほんの少し援助することさえ許されなかった。すべてあの良房の言う通りに従うしかなかったのだ」*注…この辺りの政治的な経緯や、明子と文徳帝との出会いの話は、この物語の51~くらいに書かれています。まだお読みでない方や、忘れちゃった♪という方は、ちょっと遡ってみてくださいね。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2008年04月16日
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明子の後姿は、固まったように動かなくなった。文徳帝は優しくも寂しげな色のある眼差しで続けた。「初めて出会った時のことを覚えておるか? 私は今でもよく覚えている。今日と同じように暑い夏の日で、そなたはすぐそこの昼の御座の前に、良房に伴われて座っていた。確か、今とよく似た淡い青色の唐衣を纏っていたな。その顔も、その髪も……私は今もあの時のそなたの姿を、ありありと思い浮かべることが出来る。私はその時思ったものだ。なんと美しい女人だろう。まるで吉祥天女のようだ。これほどまでに美しい女がこの世にいるとは。こんな女人を后に出来るのなら、傀儡に等しい帝であってもそう悪くはないのかも知れぬ、と」 文徳帝は優しい目で明子を見つめていたが、急に苦々しく眉をひそめた。「だが、その時良房と目が合ってしまった。あの時の、良房の得意満面な顔。私はそんな良房が憎くてならなかった。そして、私は思い出したのだ。どれほど心奪われる慕わしい女人であったとしても、所詮そなたはあの良房の娘なのだ、とな」「なぜ、それほどまでにわたくしの父を疎まれまする? わたくしにはただ優しいだけの父でございます」 明子は少し俯くと、小さな声で訴えた。文徳帝は哀れむような視線を明子に投げたが、顔つきは強張ったままだった。「そなたにはわかるまい。私が今までどれほど良房を憎んできたか。確かに、良房は私にとって肉親の伯父であり、私が帝の位に就けたのもすべて良房のおかげだろう。だが、そのような帝位を私が欲しがったとでも言うのか?」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m↓時代小説にリアリティを持たせるためには、まず作者自身が体験してみなければと思って、今まで機会を作っていろいろやってみました。これがその一つ…十二単を着てみよう!の時の写真です。(ショートカットの髪は御愛嬌^^;)十二単、ひじょ~に動きにくいです! 重いです! この装束はかなり本格的なものでしたが、それでも五つ衣(グラデーションつけて重ねてある部分ですね)は比翼仕立(重なりの部分だけを一枚の着物にくっつけてある)。平安時代には5枚or7枚と実際に単を重ねていたので、更に重かったことでしょう。おかげで、「十二単を着て、全力疾走はできない!」ということを、身をもって知ることができました(笑)。以後、私の小説には、そういうリアリティのない描写は登場しないようになりましたとさ…。ちなみに、唐衣というのは、一番上に着ている丈の短い着物です♪
2008年04月14日
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「主上はお加減が悪いと、父が申しておりましたが」「たいしたことではない。少し寒気がしたり、頭が痛かったりするだけだ」 良房の名を聞くと、文徳帝はいつも少し機嫌が悪くなる。それに明子も気づいたのだろう。文徳帝の気持ちを和ませるような、優しい甘い声音で言った。「それを聞いて、わたくしも安堵いたしました。主上が病床にあられると聞いて、わたくしも心からお案じ申し上げておりました。でも、わたくしは病弱で、主上にはかばかしくお仕えすることも出来ませぬ。それに主上には他にもっとしっかりしたお方が数多侍っておられますれば、わたくしのような物知らずがお側にいてもかえって足手まとい。わたくしのことを疎んじられず、こうしてお側に呼んでくださっただけでも嬉しゅうございます。主上にとっては、ただ名のみの后に過ぎないこのわたくしを……」「そうではない!」 優しくしみじみと語る明子の声を遮るように、文徳帝は低いが強い口調で言った。明子はいつにないその声音に驚いたのか、ふいに顔を上げて夫の顔を見たようだ。文徳帝もじっと明子の顔を見つめている。そうして、長い間視線を交わした後、文徳帝はなおもじっと明子の顔を見つめながら言った。「そうではないのだ……私はそなたのことを一度も疎んじたことはない。いや、むしろ、長い間ずっとそなたに恋い焦がれてきた。初めて会ったあの時から……」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2008年04月12日
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夜御殿の中は薄暗かったが、小さな明かりが灯っていて、文徳帝と明子の様子はよく見える。 文徳帝は厚い繧繝縁の畳の上に敷かれた褥の上に起き上がり、肩に白綾の綿入れをかけて脇息にもたれていた。冠を形ばかり頭に載せているが、鬢の髪は乱れて青白い頬にかかっている。先ほどまで、この褥の上に横になっていたのだろう。 明子はその文徳帝の前に、継子には背を向けるようにして座っていた。少し俯いた艶やかな頭から長い黒髪が流れ、豪華な葵襲の袿の上で波打っている。その髪からだけでも、明子の美しさは十分に推し量れるほどだった。 文徳帝はしばらくじっと明子を見ていたが、やがてぎこちない声音ながら明子に話しかけた。「ずいぶん長い間染殿に下がっていたようだが、加減が良くないのか?」「いいえ、それほどでは。少し疲れたので、ただ里でゆっくりと過ごしたかっただけでございます……」 明子も小さな声で返事をする。言っていることも声音も、以前の明子と変わりはない。継子が安堵の息をつくのと一緒に、文徳帝の方もそっと溜め息をついた。「そうか、それなら良いのだが。そなたは最近頻繁に染殿に下がり、東宮御所の方にもほとんどいないというのでな。もしかして、具合でも相当に悪いのではないかと思ったのだ。それに、そなたとはもう長いこと会っておらぬ。久しぶりにそなたの顔も見たいと思った」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2008年04月11日
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翌朝は清らかに晴れ渡った夏の青空が広がり、明子の久しぶりの外出に相応しい爽やかな陽気だった。 昨夜は幸いなことに鬼が現れなかったせいか、それともこの明るく輝く夏の日差しのせいか、今日の明子はいつになく正気を取り戻しているようだった。継子が話しかけてもよく返事をするし、女房が広げてみせる鮮やかな衣装の数々にも興味を示している。顔つきや眼差しにも生気が戻り、久しぶりに夫に会うのを楽しみにしているような雰囲気さえあった。 継子は明子が元に戻ったような気がして嬉しく、思わず袖の陰で涙ぐんだ。そして、この様子ならば帝に会わせても大丈夫かもしれないと、密かに安堵したのだった。 良房の牛車に同乗して内裏へ入った明子は、そのまま良房に伴われて清涼殿へ上がった。継子もすぐ後ろに控えている。 文徳帝は寝室である夜御殿(よんのおとど)に篭っておられるようだ。どうやら病というのは本当らしい。 良房は明子を連れて夜御殿に入り、しばらく何やら話をしていたが、明子をそこに残したまま一人で出て来ると、継子に言った。「主上は明子としばらく二人きりで話がしたいそうだ。人払いをせよとのご命令だから、そなたは台盤所(だいばんどころ)の方へでも下がっているがよい。私は少し蔵人頭(くろうどのとう)に話があるから、殿上間(てんじょうのま)にいる。用があるときは、女官にでも言って呼んでもらってくれ」 良房はそう言うと殿上間へ去り、辺りにいた文徳帝付の女官たちも一斉に衣擦れの音をさせて台盤所の方に下がって行った。継子も当然その後に従うべきなのだが、継子にはどうしても明子から目を離すことが出来なかった。 それで、そっと人目を避けてそこに居残り、誰もいなくなったのを見極めると、側の几帳を一つ夜御殿の前に持っていき、その陰に隠れた。そして、夜御殿の入り口の襖をほんの少しだけ開けて、中の様子をうかがった。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m↓こちらは、現代の京都御所清涼殿の御帳台。現代の平面図が手元にないので定かではないのですが、平安時代と同じ造りになっているなら、この御帳台の右の狛犬の後ろの暗がりの向こうが「夜御殿」。継子はこの暗がりに身を潜めているっていうイメージです。ちなみに、御帳台の真後ろに「台盤所」、この広い清涼殿の左端に「殿上間」があります。台盤所は帝のお食事の支度をする場所という意味ですが、普段は帝に仕える女官たちの控え室になっていました。殿上間は五位以上の位を持つ殿上人の詰め所で、蔵人頭は帝の男性秘書官である蔵人のリーダーです。
2008年04月10日
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「何かあったのでございますか」「いや、今日内裏へ主上のご機嫌伺いに上がった時、主上が是非とも明子を内裏へ連れてくるようにとおっしゃったのだ」「何か御用でも?」「さあ、何もおっしゃってはおられなんだが、主上は明子が近頃ほとんどこの染殿に篭って誰にも会わないことを、どうやら心配しておられるらしい。気にかけていただいているのは、こちらとしては大変ありがたいことだ。それに、主上はここ最近少し身体のお加減が悪くてな。それで私も今朝お見舞いに伺ったのだが、病のせいで少し気弱になられているのかも。明子に会いたいなど、滅多に仰せにはならぬお方じゃからの」「それで、どうなさるおつもりですか」「帝からの直々の仰せだ。もちろん、明子は連れて行かねばならぬ。見たところ少しぼんやりしているだけでそれほど加減も悪くない様子。明日の朝、私が内裏へ連れていくから、そのように手配しておいてくれ。そなたも明子の供をするように」 ちょうど寝殿から家司が来客を告げに来たので、良房は継子にそういい置くと席を立ってしまった。継子は困り果てて、帳台の中に座っている明子の方を見た。 このお方を内裏へなど連れて行って大丈夫だろうか。もしあの鬼が現れでもしたら。 継子はぞっとして思わず身を震わせたが、帝のご命令には従わなければならない。自分が側にずっとついていて、もし万が一異変が起こったら何とか明子を人目に触れさせぬよう計らうほかあるまい。継子にはそう決心するしかなかった。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2008年04月08日
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だが、そんな継子の必死の努力も、もう限界に近づいてきたようだ。 月日が経つにつれて鬼はますます明子にのめり込み、最近は夜中ばかりでなく、油断すると昼間明子が帳台で昼寝をしているときにすら姿を現すようになってしまった。明子の方も、日に日に魂が抜かれていくように夢うつつになっている。 継子自身ももう疲れ果て、一人でこの恐ろしい秘密を抱えつづけることが難しく思えた。 それで、その日の夕方、久しぶりに明子の元を訪れた良房に、継子はとうとう明子と鬼のことを打ち明けようとしたのである。 だが、まるで恋をしているかのようにうっとりと自分の娘を見つめている良房の顔を見ると、継子は結局良房に何も言えなかった。良房は昔から一人娘の明子を溺愛し、自分の娘は天女と見紛うほどの完全無比な女人であると崇拝しているのだ。継子は明子と鬼の淫らな密通を打ち明けることによって、良房のその夢を打ち壊すことが出来なかったのである。 良房の方は明子が気鬱の病にかかっていると信じているようで、帳台の中に篭ったまま顔を見せるだけではかばかしく返事もしない明子をしきりに気遣っていた。そして、困ったような顔で継子に言った。「近頃の明子の加減はどうだ?」「いつもとお変わりなくお過ごしでございます。ただ、誰ともお会いにはなりたくないご様子」「そうか、それは困ったな」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2008年04月07日
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そのようにして、もう一年近くが過ぎてしまっただろうか。継子は日々心が休まらず、夜もゆっくり眠ることが出来なくて、すっかりやつれ果ててしまった。 その上、月日が過ぎるにつれて、明子の様子も少しずつ変わっていった。物静かで大人しい性格とはいえ、以前はまだ継子とおしゃべりを楽しんだり、女房の滑稽な仕草に笑い声を立てることもあった。 それなのに、最近は側で何を言っても何が起こっても、まるで興味を示さない。しゃべる必要があるときはきちんと答えるものの、それ以外はまるで人形のようにぼんやりと座っていることが多くなった。 継子たちだけにそうであるのならまだよい。明子は今まで敬愛してきた父の良房はおろか、心から可愛がっていたはずの息子の惟仁親王にすら、関心を示さなくなってしまったのである。 良房は太政大臣となって最近とみに忙しく、なかなか明子の様子を見にくることが出来なかったから、継子は明子が気鬱の病にかかって人に会いたがらないとだけ言い繕っておいた。 だが、可愛そうなのは、惟仁親王の方である。まだ幼くて母君が恋しい年頃の惟仁親王は、始終明子に会いたがり、ようやく対面が叶うといつまでも側に纏わりついて離れようとしない。だが、継子はいつ鬼が現れるかと気が気ではなかった。それで、何とか惟仁親王を引き離し、明子に会わせないよう心を配っていたのだが、それは親王の幼い柔らかな心を傷つけてしまったようだ。惟仁親王はだんだんと寂しげな陰のある少年になっていった。 継子はそれが不憫であったが、明子が自分の浅ましい姿を最も知られたくないと思うのは、この一人息子であろう。だから、継子は自分の心を強く戒めて来たのである。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2008年04月05日
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鬼が初めて明子の元へ来た日、夜遅くなって局から明子の部屋へ戻ってきた継子は、開きかけた妻戸の隙間から洩れる光景に愕然とした。そして、そのまま妻戸の陰に隠れて、鬼と明子のやり取りを密かに聞いていたのである。 こんな恐ろしいことが露見すれば、赤子の頃から手塩にかけて慈しみ育ててきた明子は一体どうなることか。帝の后としてはおろか、一人の女としても、その運命は汚辱にまみれて狂ってしまう。 継子は鬼と明子の関係を自分の胸一つに収めることに決めた。そして、夜昼の別なく明子の側を離れないようにし、他の者たちは出来る限り明子から遠ざけておくよう骨を折った。夜の宿居も自分一人だけがすることにしたし、いつも明子の帳台の傍らにある塗籠に篭って明子を見守ってきたのだ。いつか鬼が明子から離れてくれるのを祈りながら。 だが、鬼はそれから毎夜のように明子の元に通うようになった。そして、継子には目を覆いたくなるような浅ましい行為が、夜毎に繰り返されたのである。 その度に、継子がどれほど苦労をして明子の秘密を守り通したか。それを知っているのは、あの鬼だけだろう。だが、鬼はそんな継子のことなどまるで意に介さず、時には皮肉な視線を投げかけながら、継子の面前で平然と明子と交わることすらあった。 だが、継子は恐ろしさのあまり、ただそれを見ていることしか出来なかったのである。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2008年04月04日
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そう言うと、明子はふっと気を失ったように褥の上に倒れた。 どうやら、明子は何も覚えていないようだ。だが、鬼と一晩中交わった疲れか、身体はぐったりとして生気がない。 しばらく明子を見下ろしていた継子だったが、やがて間もなく夜が明けることを思い出した。朝になれば、明子の部屋には御付の女房たちが大勢伺候してくる。 継子は辺りにとり散らかっていた明子の衣を掻き集め、ぐったりとした明子の身体に見苦しくないよう着せつけた。そして、帳を揚げて、帳台の中から鬼の臭気を追い出す。継子は何としても、鬼の存在を他の女房に悟られたり、このように浅ましい明子の姿を人目に曝したりしたくなかったのである。 その日、明子は大儀そうに脇息に寄りかかってはいたものの、一日中普段と変わらない態度で過ごしていた。いつもと同じように、話しかけられれば返事をするし、筝をすすめられれば上手に弾く。 しかし、継子には明子が半分どこか違う世界へ奪われているような気がしてならなかった。どことなく上の空で、その瞳は向けられているはずのものを見ていない。 しかも、その夢うつつの有様は、時が経つにつれてだんだんひどくなっているようなのである。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2008年04月03日
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継子は鬼が去ってからも、しばらく身動きすら出来なかった。 ふと気がつくと、辺りには朝の気配が満ちている。ようやく我に返った継子は、いざるようにして塗籠を出ると、恐る恐る明子の帳台の帳を上げた。 褥の上で、明子はぼんやりと座っていた。帳台の中には、まだむっとするような鬼の臭気が満ちている。その吐き気を催すほどの悪臭にも、明子はまるで気づいていないようだ。 それに、辺りに投げ散らされた衣を身に纏うこともなく、美しい黒髪を無残に乱したまま、露わな裸身を曝していた。その白い肌には、鬼に吸われたらしい痕が、赤い花びらを散らしたように点々と残っている。あまりに浅ましいその姿に、継子は思わず側に落ちていた単を掴むと、明子の身体を包み、単ごと明子の身体を抱き締めて言った。「姫様、おいたわしい……」 継子の目から零れた涙が、明子の頬に落ちる。その涙に呼び覚まされたのか、明子はようやく少し我に返ったようだった。だが、相変わらずぼんやりとした眼差しのまま無表情に継子の顔を見つめ、自分の頬に落ちた継子の涙を指先でなぞっている。継子は思わず明子の身体を揺すり、涙声を詰まらせながら言った。「しっかりなさってくださりませ、明子様」 その強い声で、ようやく明子は本当に我に返ったようだった。泣き顔の継子を見つめ、辺りを見まわすと、小さな擦れた声で呟いた。「わたくしは、何をしていたのだろう。何か夢でも見ていたような」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2008年04月02日
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