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まだ五月病になるのは早すぎるんだけど…あー休みたい休みたいっと考えてみたら、もう3年ほどどっこも旅行に行ってない。息子の誕生日に合わせて旅行に行っていたのが7歳までのことだから…休みたいっていうかどっか行きたいのかな??とにかく充電したいもう、なんか自分が擦り切れてるような気がしてしかたない会社での人間関係も町内の役員も親の会の役員も息子とのケンカも学校の心配も一瞬だけ忘れてのんびりしたい~~0(><0…っていうのはやっぱり許されないことなのかしら…許されるならやっぱりハワイがよいな~~
2010.03.29
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ついに最後の日が来てしまった24日、修了式絶対に泣かないでいようと思ったのに先生に最後のあいさつに行って「1年間本当にありがとうございました」と、お礼を言ったとたん涙がこぼれて…泣けて泣けて…最後はクシャクシャの顔でのお別れになってしまった何度も経験した自分の卒業式でさえ今まで一度も泣いたことなんかないのに大好きな先生とお別れするのがこんなに寂しくて辛いものだと初めて知った転任先の学校は、市内とはいえ遠くうちの会社のお付き合いもない学校だった泣いて言葉に詰まる私に「泣くのは2年早いぞ 応援してるからね!!」と明るく言ってくれた先生にただうなずくしかできなかった先生には本当にもう感謝の気持ちでいっぱいまるで天からの贈り物のような1年間だった児童クラブでも、中心となって息子の障害に関わってくれた指導員さんが異動になるときいてもうみんないなくなっちゃう…寂しいけど寂しがってばかりいられない先生が残してくれた色々なことをダメにしないように積み上げていきたいまずは…怒りすぎる自分をなんとかしなきゃなぁ本当に本当にありがとうございました先生の、転任先でのご活躍を心よりお祈りいたします
2010.03.26
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はい、逃げてます。現実から。息子の担任の先生ともうお別れなのだという寂しさから。やさしくて厳しい理想のお母さんのような先生。私から「こうしてほしい」と言わなくてはいけないような事は何ひとつなかったこの1年間。先生の個人的な時間を何度も私たちのために割いてもくれた。親の会で主催する講演会にきてくれたり一緒に主治医の話を聞いてくれたり果ては息子の発表会を見に来てくれたり…何よりも一番ありがたかったのは先生のクラス作り。3年の頃はクラスから浮き上がり仲間に入れてもらえないと泣く事もしばしばだった息子。今では、息子を邪険にする子はクラスの中にほとんどいない。これは、一部の子しか見ていない児童クラブの指導員さんでさえ「周りの子たちが本当に変わったね」と驚くほどの変化だ。でも・・・本当に大好きになった先生なのでお別れするのがとっても辛くってそれが明日に迫っているので私はもう泣きそう。(当の息子はケロッとしている)連休中は、そのことをできるだけ思い出さなくて済むようにミステリーやマンガの本を図書館からいっぱい借りてきてひたすら読んだ。読み飽きたら録りためた海外ドラマ。それも飽きたら部屋の掃除と片付け。(↑順序が逆では…?)そんなふうにして連休は乗り切った。だけど…やっぱり今日は考えてしまうわ…。
2010.03.23
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毎日凝りもせずバトルを繰り返す私と息子。たぶん原因は私に「大らかな心」がないせいね…。本当に腹が立って泣きそうなくらい情けなくなって夜でも、家を飛び出したいくらい腹が立つこともあってでも、息子と2人だから私が飛び出しちゃうとさすがに夜、一人にするのはちょっと…と思うと、飛び出すことすらままならないそんな時は、我が息子ながら本当に憎ったらしく思えてしかたないこともあるだけど眠ってる時の彼はいまだに、天使だと思うもう10歳なのに背はクラスでもチビっちゃいけど彼なりには大きくなってだんだん「幼さ」が消えてきているけどそれでも、眠る彼を見るとまだまだ天使のようにかわいいと思ってしまう(←親バカ)ま、寝てる間だけなんだけどね…
2010.03.19
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4年生も、もうあとわずかだというのに…毎日息子にメチャメチャ腹を立てている今日この頃。昨日、児童クラブでも宿題をやらず帰ってから、おばあちゃん家でもやらずテレビを見て遊んでて。結局、晩ご飯を終えてから始めて…私も新年度から親の会の役員になるため今は4月にある総会資料の作成に忙殺されパソコンに向かっていたのだけれど1時間ほど経って、なんとか形になり資料をメーリングへ上げてからふと息子の様子を見ると…宿題そっちのけでチャレンジのマンガだけをひたすら読んでいた。「もしもし? 宿題はお済みですか?」「まだー」全く、1行たりともやっていないのだった。「10時になりますけど?」言われて渋々と宿題に向かう息子。今日の宿題は漢字と算数のプリント各1枚。集中してやれば30分ほどのものだろう。しかし集中できない。1分も経たないうちに机の上にあるものに気を取られ、寝転がり、指遊びが始まり…「10時半だよ」「11時だよ」みんなと同じことができなければみんなと同じクラスにはいられないんだよ、と先生からも私からもさんざん言い聞かされている筈なのに…もうイライラが頂点に。問題が分からないというのではない。向かい続ける気力が持てないのだ。完全に集中力がゼロになっている。本当は私もここで気持ちを切り替えるべきなのかもしれない。やれない時はしかたない…と達観すべきなのかも…。だけど、やっぱりどうしても「ちゃんと宿題をやってほしい」と願う私の気持ちが強すぎて、イライラが募りまくる。それに、「しかたない」ばかりでは絶対に彼のためにもならないはず。「やれなければやらなくていい」そんな風に思い違いしてしまったらやりたくないことは絶対やらずに済ますようになる。(これを誤学習というのだけど)で、心を鬼にして眠たがる息子に最後まで宿題をやらせた。結局、昨日息子が寝たのは11時半。ありえない時間だ。そして今日朝、起きる時に眠たがり(当然だけど)「今日は絶対9時に寝るー」と誓っていた…さすがに懲りてくれたかと思った……はずなのに…また、今日も宿題をやってこず。おまけにおばあちゃん家でもやっぱりテレビを見て過ごしていた由。算数と漢字1枚ずつのプリントはほとんど真っ白状態。なんで昨日あんな思いしたのにまた今日同じことができるんだよ!!!!4年生、もう終わるんだよ??おまけに、総復習のその漢字プリントはほとんどが3年生の時の漢字なのに息子が分かったのは全体のわずか10分の1程度。3年生のとき、あんなに書き取り君で覚えたはずの漢字をほとんどなーんにも覚えていないなんて…。もう、怒りと無力感と徒労感でがっくり…本当にがっくり…この怒りをどうしよう…
2010.03.17
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息子は人の名前を覚えない。興味のある人ならすぐ覚えるがそうでなければ、何度顔を合わせても名前を覚えていないこともザラ。隔週で行っている勉強会でももう2年近く顔を合わせているスタッフさんの名前をたぶんほとんど覚えていない。それでも会の仲間の子どもに対してよりむしろ大人のスタッフさんたちに積極的に人懐こく話しかける息子。名前が分からないので話しかけるときは、とにかく背中を「ねえねえ」と叩くそうである。年中からずっと同じクラスにいる音楽教室の女の子の名前を覚えていないのにはさすがに驚いたが…(かれこれ6年間一緒なのに… しかもたった6人のメンバーなのに…)そしてその音楽教室の先生も6年ずっと同じ先生なのに「K先生が…」と私が言うと「だれそれ?」いーかげん覚えろよ…先生も6年間ずっとみている子にまだ名前を覚えられていないと知ったらきっと驚くだろうなぁそしてこの春にはもう音楽教室を卒業するから最後まで覚えなかったということになろうか…そんなことを思っていたときふと、自分のことを思い出した。当時、ものすごく申し訳なくて本当に申し訳なくてもう二度と思い出したくないくらい申し訳ない思いをした記憶。それは、高校を出て最初の夏休み。車校に通っていた時のことだ。明らかに顔は知っている子が「あ、○○~~」と、親しげに声をかけてきた。間違いなく高3の時のクラスメート。それは分かっている。分かっているんだけど…名前が…えっと…名前…だ…だれだっけ・・・???私も、そこで名前を思い出せない素振りなど見せずにごまかして適当にふるまえばよかったのだが当時はそのように臨機応変な態度のできない不器用なヤツだった。(今は多分できる。オトナになったのね♪)明らかに、はっきりと分かりやすく「誰だっけ?」というのが顔に出てしまったのだ。高3に同じクラスにいて、卒業してまだ半年も経っていないのに…自分でも信じられなかった。「…ウソでしょう?」彼女が愕然とする様子を見て私はますます焦ってしまった。結局、ものすごーく気まずい思いをしてその後も話がはずむはずもなく、車校でも、その後彼女と顔を合わせることはなかった。今思い出しても申し訳なくなる…。しかも結局私は当時も、そしていまだにその子の名前が思い出せないのだ。まさにこの親にしてこの子ありといえよう。そんな過去を持つ私がどうして息子を責められようか…でも、そういう思いをしたことでもう二度とこういうことのないように気をつけることができるようになったと思う…たぶん。
2010.03.12
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金曜日は、息子の誕生日。仕事が終わってから妹のお店でささやかなお誕生会をした。10年経ったんだなあ…。長いような、短いような。のほほんと過ごしてきた私のそれまでの月日と比べて劇的に色んなことが変化し続けたこの10年間だった。彼が生まれてすぐいろんな人生の荒波にもまれたし想像もしていなかったことがたくさんあったし…最近学校で使った、息子の赤ちゃんの頃の写真を冷蔵庫に貼ってある。「こんな可愛い頃もあったよなー」と思いながらもどこかで未だに息子を赤ちゃんのように思っている自分がいる。最近ではようやく母親離れも進んで休日には友達との約束の方を優先するようになった。どこかへ食べに行ってももう、キッズメニューでは到底足りなくて大人と同じ量を平気で平らげる。身体だけじゃなくて心もどんどん成長しているのを感じる。他の子たちよりだいぶん時間はかかるけど彼なりにちゃんと成長している。長いようであっという間だった10年間。たぶん、これからの10年の方がもっと早いんだろうなぁ…。うう…それを思うとやっぱり怖い…
2010.03.06
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実家のテレビは2005年購入のビエラ。SDカードで動画をテレビから直接録画できちゃうタイプのやつだ。(しかしPCでも携帯でも再生不能で ビエラ本体でしか再生できないため無意味。 そのためか後続機種にはその機能が省かれている)そのビエラからIrリンクで地デジやデジタル放送、WOWOWなどをDVDレコーダーに録画予約できる。(今ドキのビエラリンクではない→レコーダーの機種が古いから)テレビの番組表でぱぱっと録画予約できるのでとても便利で重宝していたんだけど最近、DVDレコーダーの方?が調子悪い。テレビから予約指令を出しても「知らんもんね~~」とばかりに無視。これはIrケーブルがイカレたか?とIrリンクテストを行うとそのときはちゃ~んと連動して動く。動くからにはリンクしてるはずなのにやっぱり録画予約を無視する暴挙に出る。「録って」(送信)→無視「録ってって」(再送信)→無視「お願い」(再送信)→無視「ホント頼むからこれだけは」(再送信)→無視「ねーって」(再送信) →「ちっ、メンドくさいな~~~」起動とでも言わんばかりに、何度も再送信を送って、ようやくしぶしぶ予約を受け付けてくれる時はまだましで手が痛くなるくらい再送信し続けても頑として反応しない日もある。そういう時は、日を改めて再度お願いしてみる、という日々を(三顧の礼か)年末くらいから送っているのだ。近所の電気屋さんにも聞いてみたけどよくわからないらしい。(レコーダー自体、旦那が持ち込んだもので そのお店で買ったもんじゃないから 修理も頼めない)レコーダ単体での地デジ・デジタル放送・WOWOWの録画予約はできないらしく試しにレコーダーの方で予約をしてみても真っ黒で音のない画面が延々と続くだけ。アナログ放送ならレコーダーからの予約で何ら問題ないのだけれど。テレビからの指令でなければどうしても録画できないのはアットワンスとかのせいであろうか?でもCSIマイアミは絶対はずせないし映画やドラマ見るのが週末の夜のささやかな楽しみだしかといって自分ちでWOWOW入るほどの余裕はないし…そんなわけでなんとかレコーダーをなだめすかしつつ今日も予約を試みる私なのだった…。
2010.03.04
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先月、週末すごく楽しみにしてた海外ドラマがあってー。「ハーパーズ・アイランド 惨劇の島」WOWOWでやってたのを実家で録画させてもらってダビングして…せっせと休みの日に見ていた。週末の夜に、2話ずつの放送で13話で完結なので2月いっぱいで終わったんだけど。久々に、「次はどうなるんだろう~~~」ってとっても気になるドラマだったんだよねー。出てくる登場人物たちも回を重ねて状況が悲惨になっていく毎に人として成長していくというかそういう所もよかったし。当初、典型的なバカップルだった2人が最後には180度印象が変わったし…あのシーンに涙した人は多かっただろうな。そしてサスペンスなので、最後には犯人が分かってとうとう先日、終わってしまった。(当然だけど)その結末には賛否両論あるみたいだけど(確かに途中いくつか矛盾点もあったし ツッコミどころは満載だったけど)私は十分楽しめたから満足。で…昨日あたりまで「あー、今週から何を楽しみにして 生きていこう…」というくらい、ちょっと喪失感があった。今の私には、そのくらいしか楽しみがないのよ…。犯人が分かったところで最初からもう一度おさらいして見るとかそこまでの思い入れはないし。仕事してても、ヤなことあっても(週末にはあのドラマがある~♪)という楽しみがあると、かなり救いになった。また何か楽しみを作らなきゃ~~このしんどい日々を乗り越えていけないわ…
2010.03.02
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