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「この本を買ってきてほしい」と手渡された新聞広告の切れ端の、つまり買ってきてほしい本のほうではなくて、おまけにくっついていたぎざぎざのすみっこに、半分消えている文字で、聖ヒルデガルドの治療学と書かれていて、驚きました。これは一か月くらい、前のおはなしです。聖ヒルデガルドという人のことは、私は全然知らなかったのだけど。あの囲炉裏端系の○○○さんのリーディングを受けた時に、「私は過去に、ヒルデガルド・フォン・ビンゲンに仕えた、修道女でした」というのがありました。この修道女の人の名前を耳にしたのは、この時が初めてだったと思います。これは、数年前のおはなしです。その頃はまだ、この修道女の名前でネットの検索しても、あまり引っ掛かりは無くて、良くわからないままだった記憶があります。その名前を、切り取った新聞の片隅に見つけたわけなので、おどろいて、アマゾンで調べてみたら、たくさんの本も、出版されていたことを知りました。その本は、こちらの『聖ヒルデガルドの治療学』ゴトフリート・ヘルツカ ヴィガート・シュトレーロフ、著 フレグランスジャーナル社 2013年 です。この人のことを調べてみると、不思議な感じがします。中世ドイツのキリスト教の修道女だったとのことなのですが、ヒルデガルドがやっていることは、いわゆる魔女裁判にかけられた魔女たちがやっていたといわれていることのような感じです。ここに書かれているのは、魂と心と体と病気との関係。それを食事や、薬草(ハーブやアロマ)や、宝石(パワーストーン)で、癒したり予防したりするというもの。教会内でも、こういうことがOKだったということが、とても意外でした。☆占星術的には、前に誰かに、「あなたは、サビアンシンボルに、十字架がたくさん出てきますよね。」と言われたことがあったことを、思い出します。多いと言っても、ASCと冥王星の、2個ですけれどもね。2個だけれども、ASCと冥王星だと、なんか深い感じはしますよね。ネイタル月の「メリーさんと羊」も、何か関係しているのかしら?☆○○○○○ ○○ ちゃんのところに行って、なにかを見てもらった時も、「修道院に居た前世もある」と言われたことがありました。その過去世の影響で、現世では、お金に対して、「は? これは何ですか?」となっているとのこと。☆いわれてみると、合唱をやっていた時も、ほぼ宗教音楽だけを、歌っていましたね。合唱入門で有名な「第九」以前に、一番最初に、初めて合唱に参加したのが、モーツアルトの「レクイエム」だったり。そういえば、アマゾンで検索すると、ヒルデガルド・フォン・ビンゲンで、CDもたくさん出てきます。私はまだ聞いてないので、どのようなものかはわからないですが。この修道女の人は、音楽も作っていたのかしら?
2013.06.29

6月16日(日)は、神話研究会で、古事記上の巻の最終回、海幸彦と山幸彦をやりました。次の絵は、その時私が描いた絵です。これをこうしてアップしていて初めて気がつきましたが、この絵は、十牛図第十図の時の、続き絵になっていますね。十牛図第十図の時に描いた絵は、こちらです。もちろん、神話研究会の時には、第十図の時に描いた絵のことは、意識レベルでは、忘れているのですが、定期的なお絵描き講座では、このような続き絵は、頻繁によく起こります。そこの、言葉ではうまく言えない、だけど絵に描くことで初めて見えてくる「続き絵」の部分などからも、その人の中で起こっている「変化」や、その人の中に流れている「神話」を、読み解いて行ったりしています。私が描いたこの絵を、自分で読み解いて行くとすると。。。この神話研究会の絵では、写真ではわからないと思いますが、赤い渦巻と対になって、白い渦巻が描いてありますので、これは、赤色と白色の対の絵ということになります。中央の球のところで、その二色は、混じっています。わたしは、自分では、これは、火水(かみ)と風土(ふうど)の混合と読みます。火水(かみ)は、つまり、神(かみ)で、古事記は神のおはなしでもありますが、そのほかにも、風土記があります。それと同じように、古事記の中でも、上の巻の終わりのなってくると、天つ神と国つ神の存在が出てきます。そしてそれらは、婚姻によって、混合されて行きます。絵の背景の白色と黒色は、シュタイナー派で言われている、「大きなUの字」を思わせます。この世に生まれてきて、生きて、そして死んでゆく、「大きなUの字」のことです。この、神話研究会の絵では、数字の「6」と「9」は、丸のところで、合体しています。ひとつの、「天地人」の統合のかたちも、みることができます。少しずつ、少しずつ、赤から白に移行している実感が、わたしの実人生の中で、強まってきています。☆このほかにも、講座では、興味深いテーマが浮かんできたりしました。それは「美とは?」というものでした。山幸彦にしても、オオクニヌシにしても、女性にみそめられる人だったので、美しい男だったと言われていたり。コノハナサクヤヒメのおはなしや、ヤマトタケルのおはなしなど、古事記には美しい人や美しい神が、登場します。「美」とは何ぞや?について掘り下げてみると、なかなか興味深い深層の扉が、開かれる感じでした。人は美の中に、何を見ているのか?というような、おはなしになりました。☆そして、古事記全体を振り返ってのまとめを、簡単にすることは難しいですが、ひとつのキーワードに「蛇」ということがあるようにも思いました。「蛇」にしろ、「熊」でも「サメ」でも良いわけなのですが、それらは国つ神と深い結びつきを持っていて、大変なパワー・生命力の象徴なわけですが、それらとの結びつきが、少しずつ少しずつ、恥ずかしいこととして、裏に回ってゆく経緯が、古事記から読み取って行くことができることがわかりました。余談になりますが、先日テレビを見ていたら、コマドリ姉妹が蛇料理を食べているのを、見ました。たしか、マムシとかハブとか、毒蛇と呼ばれているものだと思います。だけど、コマドリ姉妹のおひとかたは、この食事で若い頃、ガンを克服されたのだとか。ふうむ。蛇は、たいへんな滋養強壮食でも、あるわけなのですね。☆そうだ。私はこの絵の中に、古事記が持つ神話性と生命力と、その両方を描きたかったのかも、知れません。《追記です。》それで、このあたりのことを、欧米に対応させたときには。タロットの、ライダーウエイト版の、1.魔術師における、「白い百合と赤い薔薇」の象徴に、置き換えられるのかも知れません。そして、このことは、シュタイナー対応では、白がアストラル体、赤がエーテル体ということも、言えるのかも知れません。アストラル、つまりそれを言葉と結び付けたのがアストロロジーで、これが白色。地上のガイヤそして、月の象徴、エーテル体が、赤色ですね。
2013.06.23

皇居一周をしている時に、やはりなぜか、お堀が見えると、ホッとします。水には、ホッとさせる作用があるのですね~。このあたりは、お堀の周りは、城壁ではなくて、土手のように、草が生えています。皇居の周囲のお堀は、城壁のところと、土手みたいに草が生えているところの、二種類のパターンがあることがわかりました。遠くに、雨に煙った国会議事堂が、見えました。このあたりの道路の向かいは、英国大使館です。広大な敷地です。このあたりからは、水瓶座地区になります。英国大使館の向かいのあたりの、お堀のようすです。どこか牧歌的な印象です。門が見えてきました。半蔵門です。半蔵門のところで、甲州街道の国道20号線が、内堀通りと交わり、T磁路になっています。そのT字路のあたりは、とても水瓶座的です。おそらくこのあたりが、水瓶座30度あたりになると思います。橋の上は、こんな感じです。一般の人は通行できません。この橋は、有事の際に、将軍をいち早く甲州方面に逃がすための道として作られたのだとか。この橋のあたりは、お堀の水までの高低差が、こんな感じに、かなりあります。そして、魚座地区へ。国立劇場です。このあたりの、お堀のようすです。最高裁判所です。ここも、魚座地区になります。この建物は、しらべてみたら「白御影石」で作られているとのことですが、私は見るたびに、中学生の時、美術の授業で彫った、発砲コンクリートの塊を、思い出します。なぜかそれに似て、とても軽い石の素材でできているように、感じるのですが、白御影石だとすると、そんなに軽い重量ではないのだと思います。このあたりの、お堀のようすです。初めて皇居を一周してみました。一周してみて、マラソンの人たちは、だいじょうぶなのかな?と思いました。走っているから、だいじょうぶなのかな?いやいや、走っているからとか、そういうことではなくて、おそらく、やはり、何の目的でその場所を歩くのかによって、感受することは、まったく違ってくるのでしょうね。星図めぐりで、サイン体験をする目的で、皇居を一周すると、かなり強烈な印象がしました。それを言葉にすると、いつもはたとえば、「今日は、牡羊座地区」と決めたら、「赤色ワールド体験」だとしますね。それが、皇居一周でサイン体験となると、一気に、赤色から紫色までの、全色フルカラー体験みたいな感じで、土地が、山盛りフルコースの御料理を提供してくれる感じです。時間にしたら、ゆっくり歩いて2時間かからないくらいの時間だったのですが、内容はなかなかもりだくさんで、2時間しか過ぎていないのが、不思議なくらいでした。12本分の時代劇の映画を、一気に見たような、そんな感じがしました。
2013.06.22

インスパイア星通信 【夏至】を、アップしました。http://brog.inspire-k.net/?eid=301☆わたしは、インスパイア吉祥寺に、毎月、第一・第三・第五の木曜日に居ます。6月は、20日。7月は、4日と18日です。お時間は、午後1時から午後7時までです。インスパイア吉祥寺での鑑定の料金につきましては、《どうぞこちら》をご覧ください。当日のお申し込みも大歓迎ですが、あらかじめご予約いただけますと、確実です。ご予約のお電話は、お店の090-8594-4141へお願いします。メールでのご予約は、こちらのメール予約質問へお願いします。ご連絡をお待ちいたしております。
2013.06.20

今回、皇居一周をした日は、ちょっと今日と同じみたいに、梅雨時に来た台風の影響で、低気圧度の高い一日でした。晴れの日を良き日とする価値観からすると、なんという日に、ということになってしまうのかも知れませんが、この日は、普段感じることのできない、皇居が持つ、白から黒までのトーンのグラデーションすべてを、体感することができたように思います。中沢新一さんが『アースダイバー』講談社 2005年の中で、皇居を「象徴の森」と表現されていますが、それを読んで感じられることは、やはり天皇という象徴的存在が存在する皇居の、「ゼロ・ポイント性」かな、と思いました。その精神としての構造は、河合隼雄さんが述べておられる「中空構造」という、古事記にも描かれている、日本人の特質なのだろうと、思います。「象徴の森」そして「中空構造のシンボル」としての皇居は、今日のようなお天気の日に一周すると、その低気圧に曇った向うに、まるで映画を見ているみたいに、さまざまな眠っている「土地の記憶」を再現して、見せてくれたように思います。北の丸にある、東京国立近代美術館。その向かい側のお堀は、平川濠。このあたりは、江戸城天守閣の背面に近いため、お堀の水と周りの土地の高低差が、どんどんと険しくなって行きます。北の丸公園の入り口です。北の丸公園の中にある日本武道館の建物は、東京星図では、射手座15度から19度に対応されると松村先生の『運命を導く 東京星図』には書かれています。(この度数は、最初に0度を使わない数え度数に変換してあります。)その向かい側、北桔梗門のお写真が、次のものです。このあたりは、まさしく、江戸城天守閣の真裏になります。それにしても当然なのだと思いますが、皇居を一周すると、警察官の方たちに、常時、監視されている感じです。こういう場所はあまり他にはなくて、似たような感じがしたのは、日銀を一周した時。たくさんの監視カメラに、常に監視されていました。次のお写真が、乾門です。ものすごく警備が厳重でした。どうしてかなと思っていたのですか、地図で確認すると、乾門のあたりは皇居に地続きの場所なのですね。乾門の反対側、北の丸公園の方向を撮ったのが、次のお写真です。そして、東京国立近代美術館工芸館の建物です。おおよそこのあたりまでが、射手座地区になります。このあとが、代官町通です。片側は、えんえんと塀が続きます。マラソンランナーが走る皇居一周のルートでは、この代官町通が、山羊座地区になります。代官町通が終わるあたり、パーフェクトに堅牢なお堀の城壁が、道の両脇に姿を現します。そこを過ぎると、再びお堀が姿を現します。この代官町通には、独特の息苦しさが、感じられたように思います。それは、言葉に表すとしたら、性急な時代の変化がもたらした断層、のような感じのものです。ここを通ると、そういった意味での、少し不自然さが、感じられます。本来の姿として、北の丸も含まれた土地が、少なくとも、全体であるような、そんな感じです。今回わたしは、塀側の道を歩いたので、それで余計にそう思えたのかも知れません。道の反対側の土手の上が歩けるかどうか、確認はできていないのですが、もし歩けるとしたら、そちら側も歩いてみたいと思いました。
2013.06.19

皇居の中心から、パレスホテルの方角が、乙女座地区になります。皇居内部では、その方角には、皇宮警察があります。宮内庁病院も一部、乙女座地区にふくまれるかもしれません。次のお写真の、大手門も、乙女座地区に含まれると思います。そして、おおよそ、天秤座の方角は、次のお写真のあたりです。皇居の内部では、皇居東御苑の中の、二の丸庭園のあたりが、天秤座地区の方角です。☆それでは、蠍座地区は?とした時に、まっさきに浮かぶのが、平川橋=不浄橋の言い伝えです。この橋は、ちょうど地下鉄の竹橋駅のあたりにかかっています。この日も現地で、「ふむふむ、これが平川橋か」と思って見てみたのですが、木製の優美な橋の姿です。だけど、不浄橋の伝説が怖くて、お写真には撮りませんでした(汗。。。)※現在の橋は昭和63年に改架されたもので、台湾ひのき製とのことです。それで、そのあと平川橋や平川門についていろいろ調べてみたのですが、徳川の長い時間の中では、さまざまな変化が推測されるようです。ちょっと調べると、「平川門は、江戸城三丸の正門であり、 死者・罪人を運ぶので不浄門であり、奥女中の通用門であったのでお局御門でもあり、田安・一橋・清水の徳川三卿の登城口でもありました。」ということで、なかなか謎の場所になっています。そんなことって、ありえない、と思ってさらに調べて行くと、罪人や死人、そして糞尿は、確かにこのあたりから城外に出された記録が残っているらしいのですが、その時には橋は使わずに舟で出した説、もあることがわかりました。また、平川門の近くに、別の門があり、それが不浄門だったのではないか、という説もありました。もしほんとうに、三の丸正門・不浄門・お局門・徳川三卿の登城口が、同じ一つの門だったのが事実だとすると、江戸の人々の精神構造に、私はとても関心が出てきてしまいますね。不浄橋と不浄門を「あぁ、きれい」と感じた、私の感性が蠍座的なのかなぁ?と、その日は思いながら歩いていたのですが、この深いポイントには、がぜん興味と関心がわきおこりました。
2013.06.18

祝田橋から、凱旋濠を撮りました。この橋は、明治39年(1906)、日露戦争勝利記念の凱旋道路開通の際架けられた、土の橋とのことです。当時の皇居のこちら側の町名が祝田町という町名であったので、この名前が付けられたそうです。祝田橋は、双子座地区の方角です。その近くの城壁の跡です。現在でもすこしの狂いもなく、組立っています。皇居一周というと、マラソンする人が走るルートが有名ですが、それはおよそ5kmとのこと。今回は、おおよそそのルートを歩きましたが、ゆっくり歩いたので、一周するのに2時間弱、かかりました。皇居の中心から、おおよそ東京国際フォーラムの方向が、蟹座地区になります。皇居前広場は、蟹座地区の方向から獅子座地区の方向にかけて、広がっています。次の写真が、坂下門です。こちらも警察官の方は立っておられましたが、石橋のところの正門と違って、実用の門らしく、用事のある人たちの実際の出入りがありました。こちらは、坂下門から入った先にある、宮内庁内局の建物だと思います。次の写真が、和田蔵から東京駅の正面を望む方向です。獅子座16度のラインになります。皇居前広場のこのあたりは、皇居の「表の顔」という感じの場所です。お堀と地面の高低差もあまりなくて、穏やかに明るく開けた場所で、活気あるエネルギーに満ちています。
2013.06.17

今までに、皇居には何度か足を運んだことはありますが、わたしは実際に、二重橋を見るのは、初めてでした。二重橋というと、この橋のことと思っていましたが、そうではないということも、今回初めて、わかりました。こちらの橋は、「石橋」というのだそうです。まずは、石橋のあたりの風景から。奥に見える白いお城の建物が、伏見櫓です。石橋の近くまでは行けますが、ふつうは中に入ることはできません。石橋を渡ったところには、門があって、門の入り口には、衛兵さんが両脇に、おひとりずつ立っています。衛兵さんの後ろには、小さな衛兵小屋のようなものもあります。ちょっと、おもちゃのマーチに出てくる兵隊さんのような感じがあります。おそらくこのあたりは、双子座地区の方角です。さらに内側のお堀に渡されている、こちらの次のお写真の、鉄の橋が、正式な「二重橋」とのことです。鉄の橋になる前の、木造の橋だった時の、橋の構造が「二重橋」だったのだとか。このあたりは、お堀の周りがずっと、おしゃれな金属製の囲いで囲まれています。こちらの石橋の門が、皇居の正式な門とのことです。他の場所にはない、独特のゲニオスロキが、感じられます。和洋折衷でありながら奥ゆかしさも感じるような、そんな場所のように思えました。《追記です。》一度こちらのブログをアップしてから、気がついたのですが。この二重橋のあたりは、言葉的に、「二重」ということがいくつも重ねられていることに、気がつきます。歴史的に、一番最初の由来とされているのが、奥の「鉄橋」がかつて、木造構造だった時の二重構造であったことは、ブログの中にも書きましたが。それが鉄の橋に建て替えられてからも、手前の石橋の橋の下に、二つのアーチがあるので、「二重橋」と呼ばれているという誤解が、浸透している感じです。いやいや、そうではありません。橋が二つ、二重にかけられているから、二重橋なのでしょう、と思っておられる方も、多いのだとか。このしつこいくらいに「二重」が重なっているあたりに、おそらく双子座地区であることのゲニウスロキを見出すことも可能なのかも知れません。この場合の「双子座」というのは、サインとしての双子座というよりも、星座としての「双子座」の意味合いです。このあたりから、「双子座」の、「サイン」と「星座」の、失われた結びつきを取り戻す糸口が見つかるかも知れないと、思いました。
2013.06.15

皇居を一周してみて、そのサインの違いがどのように表れているのか、サーチしてみることにしました。まず最初は、春分点探しです。内堀通りに国道246号線が合流している、三宅坂のあたりは、この牡羊座01度の春分点らしい、強力なエネルギーが流れ込んでくるポイントとして見ることができるように思いました。三宅坂の合流点の写真を撮るのを、なんと(!)、忘れてしまいました。そのかわり(?)、交差点に面したところにたわわに実る枇杷の実のお写真などを撮りました。次のお写真は、その三宅坂に接している「最高裁判所」の角にある小さな公園です。三宅坂の合流ポイントを春分点とするとすると、このモニュメントのある公園あたりが魚座30度になります。そこから見た、皇居は、お堀の向こうにあります。内堀通り沿いに、牡羊座地区を歩いて行きます。憲政記念館の横のあたりを通り、この時計塔はたしか、国会前庭洋式公園に立っていたものだと思います。こちらが、牡牛座地区の官庁街です。東京星図では牡牛座に、太陽・金星・水星・木星・冥王星の5天体が集合しています。そのなかのひとつ、警視庁の建物です。よくニュース番組で見る建物がこれなのだなぁ~と思いました。その隣にあったレンガ造りの建物。法務省旧本館のようです。警視庁のほうを振り返ると、遠くに国会議事堂が見えました。このあたりのお堀は、こんな感じです。法務省旧本館のとなりの、法曹会館の建物です。☆明日は、皇居前広場と二重橋のあたりをアップする予定です。
2013.06.14
歳差運動による春分点移動について、考えていました。春分点を、牡羊座01度に固定して構成するのが、トロピカル方式。それに対して、恒星との関係に固定点をもって、春分点を移動させてゆくのが、サイデリアル方式らしいです。☆通常の占星術は、トロピカル方式を使っているとのこと。(『完全マスター西洋占星術』P.465)使っているとのこと、というのは、無責任な言い方のように思われるかもしれませんが、通常は、自分が使っている占星術は、トロピカル方式のものなのだ、とは、意識することは、ほとんどないのです。☆それに対して、先日、ブログにアップした、THE世界遺産でもやっていた、インド占星術は、サイデリアル方式を使っていると、前に耳にしたことがあります。わたしはインド占星術の知識がないので、これは確実なことではないのですが。ですが、テレビ番組の中でも、あの巨大な観測のための建造物を使って、恒星の位置も確認していましたので、サイデリアル方式なのかも知れないと、思いました。今まで自分が使ってきたのと違う方式と耳にして、そしてなおかつそれは、恒星との位置関係で春分点を移動させているとわかってくると、なんとなく相手のほうが優れもののような気がして、とても気になっていたのですが。☆このことを考えていまして、けさ起きた時に、ふと思い出したのが、アインシュタインの相対性理論でした。それによると、たしか、地球のような質量性の重い天体が存在していると、その周辺の宇宙空間は歪むのでした。こうなってくると、「可視の光を頼りに、世界観を構築すること」さえ、絶対では無いことになって行きそうです。難しいけど、おもしろい。おもしろいけど、難しい。
2013.06.12
天文学と占星術は、かつては、一体のものでした。それが分離してからしばらくたつのが、西欧や日本なわけですが、インドでは今でもそうではないらしいことを、きのうのテレビで知りました。それは、『THE世界遺産』という番組で、きのうは、ジャイプルというところに、18世紀初頭に建てられた、天文学の巨大な装置の建造物が、取り上げられていました。その番組の公式HPは、《こちら》です。☆わたしは今までは、占星術の歴史に関心を持つことはなかったのですが、少し前から、いろいろと調べています。その歴史の中で出会った、正方形の中にひし形を描いたホロスコープが、番組の中では、今でもインドでは使われていました。インド占星術を学ぶと、この四角いホロスコープを使うのかしら?☆占星術の歴史をさかのぼると、メソポタミア文明の楔形文字の世界にまで行き着くのだそうですが、そのあたりの内容を紹介している本を見ても、占星術の基本フォーマットはほとんど変わってないことに、驚いたりもしています。それは私の想像を超えて、すっごい、固定宮な感じです。占星術は、水瓶座の象意に分類されたりするわけですが、さもありなん。頑固にここまで生き残っているのか、と、感慨を新たにしています。☆メソポタミア文明って、紀元前3500年とかに栄えたのだそうですが、すごい歴史ですよね。紀元前3500年は悠久すぎて、気が遠くなる感じがします。でもこの文明でできたもので、現在でもつかわれているものは、占星術以外にもたくさんあるのだそうです。そのひとつは、たとえば、60進法。これは今でも、時間の中に生きています。1時間が60分なのは、その影響の名残だとか。また、一週間が7日間であるのも、この文明の名残だそうです。学校というシステムも、この文明で発生したのだそうです。☆トランスサタニアンを使わない占星術では、土星は山羊座と水瓶座の支配星となるそうですが、この占星術・時間の単位などは、まさに水瓶座的な土星を思わせるなぁと思いました。これは、悠久の時間の中を、変わらずに生きて行く不変性・普遍性を持っている感じです。そのフヘン性たるや、はんぱない感じですね。こんなにさまざまな文明を乗り越えて、最強に長生きなものって、他にあるのかしら?とにかく、すごいですね。
2013.06.10

みなさんは、現在の、全天の星座の数は、いくつがご存知ですか?答えは、88個らしいです。わたしは、このことも、つい最近まで知りませんでした。これらの星座は、それぞれお話し伝承や、神さまとの結びつきがなされてきたわけですが、これを調べはじめると、むちゃくちゃ面白いです。(写真は『星と神話 物語で親しむ星の世界』講談社 P.84~85 へびつかい座・へび座です。)このへびつかい座は、すこし前に、13星座占いの物議をかもした星座です。さそり座といて座のあいだにあって、この両足の先が黄道に触れています。その物議の経過はさておき、このへび使いの神の名は、アスクレピオス。この神さまは、治療の神さまです。このあたりがわかってくると、実におもしろいです。どうしてかというと、オポノポノや整体とも、つながって行くからです。潜在意識との関わりの持ち方が、古代の人々はとても豊かであることが、わかります。☆黄道十二星座の神話と、占星術で使われている12サインとの結びつきは、根源へのさかのぼりができると、可能である道筋が、少しですが見えてきました。たとえば、牡羊座の星座と神話から、そのエッセンスを「種」とし、牡牛座の星座と神話から、そのエッセンスを「大きな卵」とする、古い時代の考え方を見つけることも、できました。ここまでさかのぼることができると、星座の神話と、12サインの性質との隙間が、少しずつ埋まってゆくようにも思います。この断絶をつなぐことができることは、とてもうれしいことです。より12サインが豊かなものになってゆきます。
2013.06.05

毎月、第三日曜日に開催しています、神話研究会で、7月に『古事記』が終了したあと、『星座と神話』にふれてみたいと考えていまして、すこし前から、その準備にとりかかっています。(写真は『星と神話 物語で親しむ星の世界』講談社 P.180~181 ふたご座です。)このことに手をだし始めてから、いろいろな方向に矢印が拡散して、とても面白くもあるのだけど、膨大だなぁと、まるで星空の広さ奥深さを前にしたちっぽけなわたし、みたいにもなっています。☆占星術で使う12サインには、星座の名前がついていますが、実際には、1サインは、黄道(太陽の通り道)の360度を、12等分に割った30度なので、「番地のようなもの」と言われています。それでは天文学的に、黄道と星座の関係性は、まったく何の関係もないかというと、そうではなくて、それぞれの星座のサイズに大小はあるものの、黄道上には12サインの順番で、これらの12の星座は並んでいます。と、このように、ここで、占星術と天文学の接触が始まります。ふだん占星術を使う時には、天文学を意識することはほとんどありませんので、通常のわたしの頭の範囲を、より拡大させて行かなくてはなりません。☆星座は世界各地で、神話と結びついています。いわゆる西洋占星術の場合は、ギリシア・ローマ神話との結びつきを知ろうとすると、それはとても簡単で、たとえば上のお写真の本なども、そのことについてわかりやすく書かれています。(この本は、児童書です。)ただ、その神話の内容と、実際に使われている占星術の12サインのそれぞれの特質と、何らかの結びつきがあるか?というと、はてなです。そこについて触れている本とも、(きっとどこかにはあるのだと思いますが、)私は今のところまだ、残念ながら、出会っていません。もう少し歴史をさかのぼって、古代エジプトやメソポタミアの星座と神話にまで手を伸ばすと、何か手がかりが得られるかも知れません。少しずつ、手を伸ばしてゆきたいと、思っています。☆歳差運動による春分点の移動のこととか、地球が自転していることとか、普段考える必要のないことにまで、考える範囲を広げています。あ~ぁ、わたしの頭の中は、今までほんとうに、太陽系止まりだったのだなぁと、つくづく感じています。だけど、恒星の星座の世界にまで、拡大して行くことは、なんてすてきなことでしょうか。どうやら人類の歴史的にも、太陽信仰の前に、星信仰が長い間あったようなので、これはその歴史をさかのぼる旅でもあることが、わかってきていて、膨大だけど、たのしいです。☆《追記です。》このブログをアップしたあとで、「ユング」という言葉、もしくは「ユングだったら」という思いが、わたしの中に浮かびました。(ユングだったら、この隙間を埋めようとしたのではないか、という思いが、浮かんだのです。)それで、『ユングと占星術』マギー・ハイド、著 青土社という本の存在を思い出し、近くの大型本屋さんに、その本をチェックしに行きました。びつくりです。その本を手に取ってみたら、まさに本の書き出しが、春分点が魚座にあることについて書いてありました。さっそく購入してきました。これからちゃんと、読んでみようと思っています。
2013.06.03

タロットの大アルカナの最終カード、21.世界において、そこに描かれているのは、両性具有の人とされてきたのが、今まででした。両性具有。つまり、男性性と女性性を統合した者、という意味です。だけど、このことについて、私はいまひとつ、ずっと、良くわからずにいました。☆『タロットバイブル』レイチェル・ポラック、著 朝日新聞出版 2012年のなかには、P.52に次のような文章があります。「『3.女帝』と『1.魔術師』に関して、「黄金の夜明け団」は『3.女帝』をヴィーナス(ギリシアではアフロディーテ=Aphrodite)、『1.魔術師』をマーキュリー(ギリシアではヘルメス=Hermes)と結び付けています。この2つの名前を一緒にすると、「両性具有(hermaphrodite)」、男性性と女性性の完全な融合を意味します。」私はこの文章とであい、そうだったのか、とたいへん腑に落ちたように思いました。これは占星術に置き換えた時、金星と水星の統合ということになります。それはつまり、ライフシンボルの、左の柱と右の柱の、統合です。☆ここでは、男性性と女性性の統合と言った時に、月と太陽の統合でもなければ、金星と火星の統合でもないわけなのです。ヤッキン・ボアズの柱の統合が、両性具有とされていることになります。これは、月という女性性と太陽という男性性の統合、または、金星という女性性と火星という男性性の統合に比べた時に、とてもライトな(色彩に変換した時、実に天国的な、水色と黄色の)男性性と女性性の統合を言っていたことがわかり、「なんだ、そうだったのか」と、このことに対する今までの自分自身の力み過ぎ具合に、ほっと、解放が訪れたりもしたのでした。
2013.06.01
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