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メリー・クリスマス!今年のクリスマス(冬至)に向かって一か月くらい前からつくった、わたしのセラピーキャンドルです。サイズはけっこう大きくて、高さは20センチあります。一日の日照時間が、少しずつ短くなって行く時にその時に浮かび上がる、さまざまなものと、ゆっくりと向かい合ってみました。だけど、冬至の日を境に反転してまた、日照時間は、少しずつ長くなって行きます。このプロセスはデドックスとかクリーニングと言われているプロセスにとってもよく似ていますね。クリスマス(冬至)に向かう時はわたしにとって、一年のうちでも、大切にしたい少し特別な時期です。
2013.12.25

これは、きのう、神話研究会で、私が描いたギリシア神話のゼウスの絵です。実際の絵に近い写真にしたいと、少し編集したりしてみたのですが、なかなかオリジナルな絵が持つ感じを、うまく出すことはできなかったので、同じものを2枚アップします。対応惑星は、木星ということもあってか、描いている最中、とても大きい感じがしました。いつもと同じサイズの画用紙を使っているのですが、とにかく、大きい感じにあふれていました。それでわたしは、久しぶりに、椅子から立って、絵を描きました。☆一日たって、絵を見てみると、自分自身が、もうすでに、木星期を過ぎていることが、この絵の中には表れているようにも思いました。木星期を体験して過ぎた人の絵のように、思えました。向かう先は、やはり、もうすでに、土星期なのです。きのう時間が来た時は、まだこの絵は描きかけで、もっと唐草模様とかを、描き足したいと思っていたのですが。今見ると、もう、これはこれで良いようにも、思えています。☆きのうは、冬至だったわけですが、他の参加者の方たちの絵にも、なにかその、冬至の特別感が、感じられていました。他の方たちの絵を見ておられた、参加者の方たちみんなが、それは感じておられたようでした。きのう取り上げたゼウスの神話やその解説の中にも、「古代テーバイの暦は、冬至を年のはじめとすること」や、「ヘーラクレースの誕生日は、ゼウス・アポローンその他の暦の神々とおなじく、冬至のようである」という記述が出てきたりして、とてもタイムリーでした。
2013.12.23

王子神社の、拝殿です。王子神社の御祭神は、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)、伊邪那美命(いざなみのみこと)、天照大御神(あまてらすおおみかみ)、速玉之男命(はやたまのおのみこと)、事解之男命(ことさかのおのみこと)の五柱で、総称して「王子大神」とお呼びしているとのこと。「王子大神」というのは、紀州(和歌山県)熊野三社権現(本宮・那智・新宮)の御子神さまの呼称で、熊野古道には多くの王子神が祀られていたのだそうです。王子神社の、創建は詳らかではありませんが、源義家の奥州征伐の折、社頭にて慰霊祈願を行い、甲冑を納めた故事も伝えられ、古くから聖地として崇められていたと思われます。元亨2年(1322年)、領主豊島氏が紀州熊野三社より王子大神をお迎えして、改めて「若一王子宮」と奉斉し、熊野にならって景観を整えたといわれているそうです。(以上、王子神社の公式HPより、引用してまとめさせていただきました。)こちらは、王子神社の拝殿の前の、こま犬です。拝殿の前の、ご神木です。王子神社の表参道から見た、鳥居です。この日は、星図めぐりに行く前に、浅田次郎さんの憑神という映画のことを、思い出していました。[asin:B000UPTE02:detail]確か、そこに出てきた、「神は永遠・人は刹那。でも、神は刹那に嫉妬する。」というような言葉を、思い出していました。(ちょっとこの言葉は、正確ではないのですが。。。)この、神さまと人間の定義は、わたしの中に、生き続けている定義となっているなと、思いました。これらのことを、別の言葉で表現すると、神は普遍。人間は有限。でも良いのかも知れません。それで、王子神社には初めて行ったのですが、とても良い神社で。(良い神社というのは、きのうの私にとっては、な、わけですが。。。)正殿の前で参拝していると、たしかに、普遍にアクセスできた、手ごたえがありました。これはつまり、難しいことではなくて、何も考えずに、無心になるということなわけですが。。。そういうアクセスができると、人は、日ごろの穢れを落として、パワーチャージができるのだなぁ、と、パワー・スポットが持つ、効用みたいなものを、あらためて、認識したりしたのでした。普遍の世界は、不変で、無時間の世界で。。。その無心の光は、私たちの中にもあるのだけど、ときどき忘れたり、してしまうから。だから、エネルギーレベルで、車とガソリンスタントみたいな感じで、神社がいろいろなところにあるのだと、思いました。☆《王子稲荷》王子稲荷は、その洪積層と堆積層の境の坂の、下のところにあります。写真の奥に見えているのが、王子稲荷です。毎回、星図めぐりは、どこに行くのか、自分のアンテナを立てて、場所をサーチしているのですが。。。今回は、はっきりと、王子でした。そしたら、王子稲荷で、撮影をしていました。「何の撮影ですか?」と聞いても、そこに居たスタッフさんは、教えてくれなかったのだけど、帰り道、商店街とかで、今放映中の、あるテレビドラマで、町興しをしようと盛り上がっていることがわかりました。私はそのテレビドラマとか、見たことはないのだけど、つまり、王子は今、いつもよりも、エネルギー的に、少しホットな場所になっていることがわかりました。撮影していたのは、そのドラマの最終回だったみたいで、このあと間もなく、このテレビドラマは、終了したみたいでした。撮影中のため、かろうじて本殿の参拝だけは、させていただけたのですが、王子稲荷の中を散策したり、あちこち撮影することは、残念ながらできませんでした。上の写真は、王子稲荷の脇の坂道です。坂を上ってみたら、そこには公立の小学校がありました。ちょっと、天空な小学校のような感じがしました。それで、再び、その坂を下りてみました。王子稲荷の保育園に生えていた、イチョウの樹です。保育園の隣にあった、王子稲荷の門です。この日は、「きつね」についても、考えました。少し前に、テレビでなのですが、「王子の狐」という落語を、たまたま見ました。そこに出てくる、視点が、おもしろいなぁと思いました。男の人の語り口をしている時は、男の人側の視点と気持ちを。女の狐の語り口をしている時は、女の狐側の視点と気持ちが、その落語では、ほのぼのと語られていました。落語の他にも、「手袋を買いに」や「ごんぎつね」の絵本のおはなしも、思い出していました。[asin:4591005313:detail][asin:4039632702:detail]これらの、落語や絵本に共通しているのは、狐というのは、家や町などの周りの境界線のあたりに、存在しているものなのだと、思いました。落語に出てくる女の狐も、街の中心でまともな暮らしを営んでいるのではなく、街のはずれに住んでいます。絵本に出てくる狐も、村はずれから、村の暖かい人の暮らしや親子の情愛を、見ています。狐自身は、それらの町の中心や、まともな暮らしや、暖かい家族から、一歩身を引いて、離れたところで見ている存在なのだなぁと、思いました。帰り道から見えた、夕日です。射手座地区は、東京の他のところに比べると、とても坂や階段が多い、アップダウンのある地域です。☆こちらの《東京星図めぐりレポート》のサイトに、第76回射手座地区の音無渓谷・王子神社・王子稲荷を、全部まとめてアップしてあります。
2013.12.21

今日はこれから、インスパイア吉祥寺です。今回は、インスパイア星通信のブログに、記事をアップしていないのですが、早矢先生をはじめ他の先生方の、すてきなお知らせがありますので、良かったらどうぞご覧くださいね。インスパイア星通信のブログは、《こちら》です。最近は、東京地方も、めっきりと寒くなってきました。冬の景色は透き通っていて、凛としていてきれいだなぁとも、思いますが。どうぞみなさまも、お身体に気をつけられて、暖かくしてお過ごしくださいね。☆わたしが、インスパイア吉祥寺に居りますのは、毎月、第一・第三・第五木曜日です。12月は、19日です。来年1月は、16日と30日です。お時間は、午後1時から午後7時までです。インスパイア吉祥寺での鑑定の料金などにつきましては、《どうぞこちら》をご覧ください。当日のお申し込みも大歓迎ですが、あらかじめご予約いただけますと、確実です。ご予約のお電話は、お店の090-8594-4141へお願いします。メールでのご予約は、こちらのメール予約質問へお願いします。ご連絡お待ちいたしております。
2013.12.19

東京の射手座地区には、『運命を導く 東京星図』にあるように、射手座のサインを象徴するような、東京ドーム(射手座01度)や、日本武道館(射手座15度から19度)などがあります。でも、実際に、東京の射手座地区のいろいろな場所を歩いてみると、そのような闘魂あふれる場所の他に、あんがい、落ち着いた古い歴史のある、少し地味目な場所が多いことに気がつきます。これは、東京の始原図で、射手座に土星が入っている影響かも知れません。先日訪問した、王子のあたりも、そのような古い歴史を持った場所です。次の写真は、王子駅近くの、音無川です。音無川というのは、石神井川の北区のあたりの、呼び名だそうです。昔は実際にここに川が流れていましたが、現在では本流は、人工的に掘った地下トンネルを通って、隅田川に流れているそうです。その跡地に作られているのが、この音無親水公園で、循環式の水路となっているとのこと。昔はここは、渓谷と呼ばれていたそうですが、現在も少しそのような雰囲気は、残されています。☆音無親水公園の北側の崖の上に、王子神社があります。親水公園から神社に上る階段があります。このあたりは、武蔵野台地とよばれる洪積台地と、沖積低地の、ちょうど境目になります。その落差が、坂道となって、上野から王子のあたりまで、えんえんと続いています。坂道の上には、大きなイチョウの樹が生えています。次回、王子神社のレポートをアップしたいと思います。
2013.12.17

思い起こすと、トランシットの木星が魚座に入った時に、明治神宮の清正の井戸の大ブレークが起きて、そしてその後くらいから、海王星が本格的に魚座にイングレスしたので。。。占星術的な、そのような背景もあってか、パワー・スポットめぐりが流行りのものとなってから、もうずいぶんと、久しいです。あまりにも流行りのものとなっているので、なかにはそれに対する、否定的な見解も、ときどき耳にしたりもしていますが。わたし自身は、『東京星図めぐり』なるものを、ずっと続けているわけでして。。。これも、広い意味での、パワースポットめぐりなわけなのですが。。。☆きのうは、王子神社と王子稲荷というところに行ってきました。『東京星図めぐり』の、射手座地区として、行ってきました。そのレポートは、近日中にアップしたいと思っています。今日は、きのうそこに行った時に感じたことを、少し書こうと思いまして。。。☆行く前に、新田次郎さんのでしたっけ?憑神のことを、思い出していました。そこに出てきた、「神は永遠・人は刹那。でも、神は刹那に嫉妬する。」というような言葉を、思い出していました。この、神さまと人間の定義は、わたしの中に、生き続けている定義となっているなと、思いました。☆別の言葉で表現すると、神は普遍。人間は有限。でも良いのかも知れません。それで、きのう行った王子神社が、そこには初めて行ったのですが、とても良い神社で。良い神社というのは、きのうの私にとっては、な、わけですが。。。正殿の前で参拝していると、たしかに、普遍にアクセスできた、手ごたえがありました。これはつまり、難しいことではなくて、何も考えずに、無心になるということなわけですが。。。そういうアクセスができると、人は、日ごろの穢れを落として、パワーチャージができるのだなぁ、と、パワー・スポットが持つ、効用みたいなものを、あらためて、認識したりしたのでした。普遍の世界は、不変で、無時間の世界で。。。その無心の光は、私たちの中にもあるのだけど、ときどき忘れたり、してしまうから。だから、エネルギーレベルで、車とガソリンスタントみたいな感じで、神社がいろいろなところにあるのだと、思いました。☆毎回、星図めぐりは、どこに行くのか、自分のアンテナを立てて、場所をサーチしているのですが。。。きのうは、はっきりと、王子でした。そしたら、王子稲荷で、撮影をしていました。「何の撮影ですか?」と聞いても、そこに居たスタッフさんは、教えてくれなかったのだけど、帰り道、商店街とかで、今放映中の、あるテレビドラマで、町興しをしようと盛り上がっていることがわかりました。私はそのテレビドラマとか、見たことはないのだけど。つまり、王子は今、いつもよりも、エネルギー的に、少しホットな場所になっていることがわかりました。☆きのうは、きつねについても、考えたので、そのこともブログに書いてみたいです。
2013.12.12

インスパイア星通信、「色彩サビアン占星術のサイトのご紹介。」を、アップしました。http://brog.inspire-k.net/?eid=354☆わたしが、インスパイア吉祥寺に居りますのは、毎月、第一・第三・第五木曜日です。12月は、5日と、19日です。お時間は、午後1時から午後7時までです。インスパイア吉祥寺での鑑定の料金につきましては、《どうぞこちら》をご覧ください。当日のお申し込みも大歓迎ですが、あらかじめご予約いただけますと、確実です。ご予約のお電話は、お店の090-8594-4141へお願いします。メールでのご予約は、こちらのメール予約質問へお願いします。ご連絡お待ちいたしております。《アトリエ・タイム》☆アトリエ・タイムの、ご参加の方を募集中です。くわしくは、《どうぞこちら》をご覧ください。占星術にフォーカスしたお絵描きをします。みなさまのご参加をお待ちいたしております。
2013.12.05
今日、12月3日(火)は、新月です。てもとの資料によりますと、朝の9時23分に、射手座11度で新月です。新月というのは、太陽と月が重なり合う状態。それで、新しいことを始めるのに、良い時と言われています。☆今回の新月は、個人的には、ほぼ私のネイタルの土星の上で起こります。そのせいか、ゆうべあたりから今日に向けて、私の《もうひとつのブログ》に、意識が向いています。こちらは、だいたい土星期に入った頃から、ぽつりぽつりと書き溜めているブログで、まだ慣れていない新しい私の要素なので、気恥ずかしさと自信の無さが、たっぷりあるブログなのですが。ゆうべ、ふと、こちらの遠藤洋子のほうのブログと、それを、リンクしようと思いました。それでけさ、あぁ、一連のそういうことは、この新月の衝動なのだと、気がつきました。☆「今季洋」という名前は、今から15年くらい前に、日常の中で、ふと、深い変性意識に入った時に、インスピレーション的に降りてきた名前で、それは、ちょっと、自分的には、大きな体験だったので、とても良く覚えています。当時はまだ、絵を描くことのほうにウエイトのある時期を過ごしていたのですが、何となくこの名前は、言葉を使うことにウエイトのある時期に使うように、思っていました。そしてまた、この名前は、土星期に使う名前のような感じがしていて。この名前は、新しい土星期の私を、ナビゲートしてくれるので、恥ずかしがってしまっておかずに、使ってゆこうと、そんなふうにわたしの肩を押してくれた、今回の新月です。☆占星術の研究者の若い方が、「複数の占星術」などもテーマにした講座を、開かれたとか。わたしもとても、その講座の内容には、関心があったのですが、残念ながら、参加することができなかったのですが。。。その方の募集案内を読むと、「占星術というのは、いつもいくつかの占星術が複数存在していた。」というようなことが書かれていて、「あぁ!」と、思いました。「色彩」のことについても、「占星術」についても、個人として感受することと、普遍的に理論化されていることがあることに、わたしも気がつき始めていまして。。。それはたとえば、「私たちひとりの人」を考えた時に、「人類共通の要素」も持っていれば、「日本人としてのアイデンティティ」も持っていて、そしてまた、「個人としての特質」も持っている。そんな感じなのではないかしら、と、思っているわけなのです。とくに「占星術」は、天王星や水瓶座の象意とされていることからもわかるように、「普遍性」が強いものであるとは思うのですが。そこに、「個人」としての体験や考え、という歯車をかみ合わせないとしたら。占星術は、宗教になってしまったり。また、ソフトの無い、ハードだけのパソコンみたいになってしまうことでしょう。☆「普遍性と個人性の統合」と言うと、とても難しいことのようにも、思われたりしがちかも知れませんが、私たちは、普通にそういうことを、やって生きている存在なわけです。どうしてかというと、さっきも書きましたように、私たちは地球人として・日本人として・個人として、普通に、生きているわけですから。☆占星術の使い方のメリットとして、通常、占星術とかを使わないと、「個人性」の中に閉じこもりやすい私たちが、もっと広い世界である「普遍性」の世界とも、実はつながりを待って生きているのですよ、ということを、ナビゲートしてくれるツールとして使えるということがあると、私は思います。そのことで、開放感が、得られます。これは、現代日本人の多くが、失いかけている、とても大切なことでもあるように、私は思っています。このツールを上手に使うと、私たちは生きていることの中に、広がり感と軽やかさを取り込むことができると思います。☆長々と書いてきましたが、そういうわけで、こちらの「遠藤洋子」のブログのほうには、なるべく、占星術やタロットのおはなしを書く時も、ちょっと教科書的な、普遍性に近い、基礎の部分に触れさせていただくことにして。《もうひとつのブログ》に書く時は、私個人が、生きて行く中で感受したり・考えたりした、少し独自性の強い、占星術のおはなしを、書き分けて行きたいと、考えています。わたしは、仕事の関係で、途中からアメーバブログも使わせていただいているのですが、こちらのほうは、楽天ブログの文章をコピーして使わさせていただいています。こちらには、もうひとつのブログからのコピーです、ということがわかるようにして行きたいと思います。とりあえずしばらくは、このふたつを自分の中で、ごちゃ混ぜにしないように気を付ける方向で、やって行ってみたいと、思っています。☆なによりも、私の土星期は、9ハウス射手座の土星期なので、こういう思考をすることが好きな、土星期なのだと思います。私らしく生きてゆく時、このポイントは、とても大切なことのように思えているし、なにより、こういうことは、とても楽しいです。
2013.12.03
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