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2006.10.31
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マンズワイン小諸ワイナリーでは、毎年この時期に収穫祭として2日間にわたってワイン祭りを行っています。プロの歌手や地元の演奏家も出演し、なかなか楽しい催しです。それに便乗してうるとびーずさんが世話役になって、オフ会を開いていますが、僕は例年はカレンダーの印刷に追われる時期だったので昨年は欠席して、参加するのは今回が3回目です。300円のグラスを買えば、何倍でもワインが飲み放題ですからワイン好きな左党にはたまらない企画ですが、いつも問題になるのは足。伊那から小諸に行くには、公共交通機関はまったく不便なのです。車で約2.5時間ほどかけて行くしかありません。そこで今回はきむちゃんを誘って行くことにしました。きむちゃんの車に同乗させてもらえば、僕はウシシシという虫のいい計略です。いえ、ワイナリーでは僕が我慢して、ヨタママさんのみどりのゆびというペンションで夜の部を楽しめばいいと思っていたのですが、現地に着いたらきむちゃんが「オレ、ワインはあまり趣味ではないからMさん飲んでよ」と、嬉しいことを言うではありませんか。僕の山荘で待ち合わせて車に乗せてもらったのですが、出発直前に急な集金人が来るという連絡があって、なんとカミサンから僕の財布をとりあげられてしまったのです。山荘には現金は釣り銭しかおかないので、途中の郵便局でおろしてとぱるるの通帳を渡されたのです。そんなわけで、途中の郵便局で停めてもらったのですが、土曜日はなんと簡易郵便局は休みなんですね。ポケットにあるのは1万円ほど、心細い思いをしながら行ったのですよ。そしたら、きむちゃんが分厚い財布からポンと100万円ほど(嘘)貸してくれて、ほっと胸をなで下ろした次第。きむちゃんありがとう、これからもよろしくね。実は行った目的はもうひとつあって、娘のハナを社交界にデビューさせることだったんです。犬は、子犬のウチになるべく他犬や様々な人といい関係をつくると、成犬になってからむやみにケンカをしたり、吠えついたりしないのです。 ヨタママさんのところのヨタくんも、うるとびさんのところのキイちゃんも、とても性格のいいワンちゃんだと知っていたので、ここで勉強させて貰うことにしたのです。いやはや、ハナは大きなワンちゃんたちにちょっかいを出しながらも、仲良くしてもらい社交界デビューができましたよ。夜はおいしい晩餐会、そしてにわかづくりの楽団ながら見事な演奏、堪能させていただきました。朝は、きむちゃん、ハナと女神湖まで散歩。昨夜は嬉ションをしてしまったハナなので、オムツをしてもらいましたが、一度も濡らすことがなく、走り込んだ林の草むらで満足そうにキジ撃ちをしていました。 もう、元気いっぱいです! トイレ探しそして、朝食の後はみんなと別れて、秀0430さんと「脱ダム」の現場見学にドライブです。ご記憶の人もあるかと思いますが、今年の梅雨末期に長野県は洪水被害に見舞われました。その原因がどこにあるのか、果たして田中前知事が掲げた「脱ダム」という選択は正しかったのかどうかを、予定地を見ながら検証してみようということで、秀さんとは以前から計画していたものです。 ダム建設予定地とかくブログで、頭だけで理論を組み立てるだけでは足りないことを、現場を踏みながらひとつひとつ検証してみることが必要ではないかという判断です。ということで、その報告は秀さんのブログ「脱ダムの現場で考える」でお読みください。何か、他人まかせで卑怯ではないかとお思いの方、そのとおり。運転も秀さんまかせ、僕は、もっぱらダムができたら埋まってしまう場所の紅葉見物となりました。皆さんもどうぞ…。 その後、秀さんを秘密の場所にも案内して、ブログでは書けなかった話題なども話し合うことができ、有意義で楽しい一日でした。ところで、今日は僕とカミサンの様子なども写真でお見せしましょう。ただ、裸なのであまりしげしげとは見ないでくださいョ…。 やっぱり、家に帰るとホッとするな~
2006.10.30
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>msk222さんが、なにかにつけて持ち上げるきっこの日記だけれど自分は一貫して判断留保してきた。いまでも、留保姿勢は変わらない。なにか裏があるのだろうが、あのブログはフツーだと思えない。>このヒントフォーラムだって、なにか怪しい雰囲気がするらしいけれどひっくりかえしても精々貧相なオヤジのゴタクぐらいしか詰まってなくて、それも過去にバカみたいに不相応な月謝を払ってきた身過ぎ世過ぎで心得た「なけなしの貯え」を楽天の寛容なのをいいことにぶちまけているだけだ。と、シャルドネさんから指摘されるほど、実のところ僕はまじめに「 きっこの日記」を読んでいるわけではない。この日記の記事をとりあげたのは2回か3回、それどころか、最近はシャルドネさん初め交流リンクしておられる方々の日記についてもさらっと流し読みするだけで、コメントもなかなかできなくて申し訳なく思っている。「きっこの日記」については、むしろシャルドネさんの方が何だかんだ言いながらきちんとチェックしているのだろう、と思う。と、いうところを踏まえて、あえて「きっこの日記」について書いてみたい。きっこ=横山希美子さんが書いている内容が、一個人の知りうる情報としては内容が濃すぎるということで「これはスクープを公開するために匿名の架空の日記で出しておいて、それをマッチポンプ的に報道するための偽装サイト。きっこというのは複数の可能性もある」というような疑問が出されている一方、ジャーナリストの松永英明氏なども相当詳しく調べ、検証している。なかには、その松永英明=きっこなどという珍説もある。楽天ブログでも銀魂うさぎさんが、きっこ=実在せず、男性が書いているとしている。実は、あるとき僕が「きっこの日記」の作者の身の安全について心配する記事を書いたときに、松永英明氏からメールを頂いて「きっこの日記」について意見交換をした。メールでの私信の内容はここでは書かないが、松永英明氏はきっこの日記の作者を知っている(はずだが)。当然ながら本人ではない。僕は、「きっこの日記」の内容をすべて肯定しているわけではない、皇室の問題やタレントや、最近では「作家の猫殺し」の話題など、僕にとってはどうでもいいことだからほとんどスルーしている。しかし、政治ネタについていえば、・既成マスコミが踏み込めない部分まで書けている。・ブログという、新しいフリー個人メディアだから切り込める可能性としての評価。・いわゆる「2ちゃんねる」情報の野放図までの無責任さと比べると、記事の信頼性は高い(と思う)。・歯に衣せず、反体制側の視点からの切り込みは、一種カタルシスを晴らしてくれる面が多々ある。あとは、個人的な好みだが、文体のおもしろさもあげられる。ということで、僕は好きなブログのひとつとして「きっこの日記」を評価している。例えば、ボクシングの亀田選手を「クソガキ」呼ばわりするなど、ところかまわず噛みつく記事に対して、批判もある。さほどの権力をもたない個人など放っておけばいいのにとさえ思う。しかし、日に20万、30万アクセスあろうと、たかだか個人ブログ。なるほどと思おうと、事実無根と思おうと、眉唾で読もうが、それは僕にも読者にも関係ないこと、誰にでも取捨選択の自由があるのだから、嫌なブログと思えば読まなければいいだけのことではないだろうか。僕は、興味をもつ記事については関心をもって読ませていただくし、紹介もする、ということだ。もちろん、興味のない内容についてはスルーしている。ただ、正しい体制批判が現在のマスメディアにとってあまりにも欠けている。「きっこの日記」が金正日体制とまで並べて危険視されているが、そのへんの感覚が僕のようなボンクラにはどうにも理解できないところだ。叩くんだったら、もっと先に叩くべきメディア、対象があるんじゃあないですか、といつもいつも思うのだが…。正直いって、こんな記事を書く時間ももったいないとさえ思ってしまうのだ。
2006.10.29
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昨日の酒の話題のつづきです。話題といっても、酒飲みはほとんど知っている内容ですから、いまさら読むこともないでしょう。僕は大酒飲みではありませんが(強調)、ほぼ毎日口にします。酒を飲む理由は3つ+αあります。その1は、一日を解きほぐすといいましょうか自分をリラックスしてぐっすり眠るためです。その2は、料理をおいしく食べるためです。日本酒、ワイン、焼酎、ビールなどは、ほどほどに胃袋を刺激するとともに、口に残った料理の味をすすぐ役目をしてくれますから料理がいつまでもおいしく食べられます。それでついつい食べ過ぎてしまうことが多々なんです。カミサンが、2日ぶんとおもってつくっておいたおでんなどの鍋を空にして叱られたことなど、数知れず…。その3は、コミュニケーションを楽しむためです。アルコールが入ると、当然口が滑らかになります。一緒に飲む相手も同様ですから、互いに本音での応酬になります。ある人の川柳に「真実のほうばかり向く酔っぱらい」というのがありますが、飲んで口を滑らすことは、実はその人の本質である場合が多いのです。ときどき、酒癖の悪い人がいます。普段は借りてきた猫のように大人しいのに、酒を口にすると急に目が座り居丈高になったり、また、ところかまわず異性に触りまくったり抱きついたりする人です。これは、潜在する本質がでているということでしょうね。僕は基本的に、酒乱、グチ、セクハラ癖のある人とは酒席を共にしないことにしています。注ぐこともしません。(もしかしたら、僕がオサワリしていたりして…^^;)。そして最後に、+αこれは、自分の気持ちを高揚させるためです。アルコールが自制心を少しマヒさせてくれるので、大勢の前での発表や、口にしずらい事、■の告白(?)などに使うことがありました。もっとも、飲み過ぎると肝心なことを忘れ言いそびれてしまうことも多々。カミサンにも一生に一度ぐらい愛の告白をしなければと思っていたのですが、いつもその前に酔いつぶれてしまって、もうその気も失せました。よその女性にはできるのに、なぜだろう…。 明日は小諸でワイン飲み放題のオフ会。酔った勢いで、何を口走るかわかりません。ということで、自宅におりません。都合のつく人は、マンズワイナリーで…。といっても、顔がわからないよね。参加者の中で、いちばんステキなのが僕です。
2006.10.27
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僕の少年時代からの夢は、養蜂業者でした。蜂が好きでしたし、一年中花を追いかけて日本中をさすらい、生涯独身で、行く先々で恋をする。男のロマンだなーと思っていました。現に高校時代には、分蜂した日本蜜蜂を飼っていて、毎日スズメバチ退治に明け暮れたものです。スズメバチはミツバチを食べてしまう大敵です。ところが社会人になって、それから独立することになり、そのうえひょんなことから結婚などしてしまったものですから、その夢も破れてしまったわけです。話は変わりますが、夢破れた腹いせというわけではありませんが、家では焼酎を飲むことが多いのです。日本酒やワインほど癖がないので、深酒しても悪酔いすることがないと言われていますが、実際はどうでしょう。ちょっと焼酎について語ってみましょう。僕より酒通は多いでしょうから、間違っていたらご指摘ください。ご存じのように、焼酎には甲類焼酎と乙類焼酎があります。甲類焼酎は、チュウハイなどのベースとして使われるものです。連続式蒸留という方法でつくられ、原料の香味の特徴をなくして無味無臭です。一方、乙類焼酎は、単式蒸留という昔ながらの方法でつくられる焼酎です。蒸留方法がシンプルなためアルコール以外の香味も抽出され、それが原料独特の風味や味わいになります。乙類という呼び名は、甲類よりも悪いというイメージを抱かせるため、いまは「本格焼酎」と呼んでいます。かつては、安かったこともあり、チュウハイブームで甲類が主流でしたが、今は品目や銘柄の多彩な乙類のほうが人気があるのではないでしょうか。そのかわり、日本酒に負けないほど値段も多種多様ですね。いわゆる「本格焼酎」の原料には、いも、麦、米、そば、黒糖、酒粕などさまざまな種類の原料が用いられており、それぞれの原料ならではの香味を持っています。僕の近隣でも、山葡萄や桃、柑橘類などをつかっての焼酎があります。思いつくまま、代表的な原料のクセをあげてみます。・いも焼酎さつまいも特有のソフトで甘い香りがあり、水・湯で割っても味がくずれない特徴があります。・麦焼酎味は麦特有の香ばしい香りがあり、まろやかで癖がないのが特徴です。・米焼酎濃醇で旨みがあるのが特徴ですが、最近はフルーティで吟醸香のあるものがうけているようです。・そば焼酎そば特有の香りと爽やかな丸みがあります。・黒糖焼酎奄美大島でつくられるラム酒的な焼酎です。焼酎のなかでは最もウイスキーに近い風味が感じられます。・酒粕焼酎酒粕に籾殻をまぜて蒸留する伝統的な製法でつくられる焼酎で、ソフトで芳い香りのある風味です。僕は、雑魚ですからどれでも飲みますが、最近は米焼酎を飲むことが多いです。理由は簡単、比較的安いからです。と、ひととおり蘊蓄を傾けて、実は今の夢は日本中の地焼酎を求めて旅をすることなんです。もちろん飲んだらその地で一泊しなければなりません。そこで、ウンがよければほのぼのとしたおとなの恋なども…。不純でしょうか。
2006.10.26
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らくちんランプさんのブログを覗いたら、藤田東吾社長がそのまま販売されようとしている偽造マンションの証拠になる資料を官邸届けようとしている映像がUPされていたこれは2本あってその様子はTBSの女性記者も撮影している。藤田社長が、国民の命にかかわる問題だから総理に渡したいとしているのだから、阿部総理が直接受け取らなくても、官邸の代理が受け取ることをできるはずなのに誰も受け取らない。また、警備の警官も官邸に取り次ごうとしない。そして、TBS記者がこの様子をずっと取材していたのに同社のニュースで一言も触れられていない。いったいこの国はどうなっているんだろう、まさか北朝鮮並みに後戻りしてしまったのではないだろうかと、暗澹たる気持ちにさせられる出来事でした。しかし、出来事といっても国民の目には何事も伏せられたまますすんでいて、補選でも自民党は粛々と2勝し、民主党はバカなスキャンダルに足下を掬われ、弱小野党は手も足も出ず、阿部政権の支持率は高い水準をつづけていくのでしょうね。メデタシ、メデタシ、権力に不都合な汚れはみんな消される、美しき日本国!ところで、昨夜はヤフーのニュースでも画像入りで掲載されていましたが、今朝には削除されています。また、これらの顛末を伝えたらくちんランプさんのブログにこんなコメントが、Posted by : 筋email : URL : IP : 210.136.161.14素人がジャーナリスト気取って調子に乗ってるなよ。きっこにリンクされた奴が過去にどうなったか調べてみな。また来るから、それまでに裏の取れてない部分は全てのエントリーから削除しておいたほうが身のためだ。 本当に、みんなボンヤリしている間に、いつのまにか金正日に占領されて、マスコミぐるみサルグツワかけられてしまっているのではないでしょうか? (転載の許可を得てあります。皆様も転載おねがいします。) =======================================================藤田社長より皆様へ 今の日本の闇を暴いて明るくしたい世界中の仲間の皆様へ Help me, and Help Japan! Why not help Japan that has most beautiful mountain Fuji in the world, together? 僕は、今、誰も手が出せなかった日本の霞ヶ関の不法行為を、白日の下に晒し、日本を美しい国にする為に、一国民として、安倍総理大臣の手足となって戦っております。 ところが、真実を伝えることが出来ない日本のマスメディアは、国民の意識を情報操作して、自分達の不正を隠してきました。 その中で、唯一正しい情報を公表できるインターネット上で、ようやく流れ始めた僕の戦う状況をご覧頂き、様々なご心配を頂いていることを深く感謝しております。 僕は、耐震偽装事件に遭遇するまでは、一票の格差や厚生省、社会保険庁、郵政省など、日本の政治家や官僚機構が死守しようとする、既得権の存在を不合理だとは思っていましたが、正直見てみぬ振りしていました。これらの問題に真に立ち向かっていた人々に本当に申し訳なく思います。済みませんでした。 そして、僕は、遭遇してしまったのです。日本の一部の政治家や官僚が、国民の命を侵害するリスクを無視し、如何なる手法を用いても、それを隠蔽して、自らが有する権益を守ろうとする闇の姿です。 友人から届いたメールをご覧下さい。彼は、大手広告代理店、電*に勤めています。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「藤田へ テレビ局の知り合いに調べてもらったら、藤田の判決後の記者会見のVと、総理官邸に行った時のVが、両方とも、すべてのテレビ局で、「使用禁止」の扱いになってた。とんでもないぜ。裏から政府が糸をひいてるのは間違いない。 つまり、「どんな理由があっても放送に使ってはいけない」という扱いだ。 当然、自民党からの圧力だ。テレビ局で、映像素材に、この「使用禁止」の札が掛けられるのは、よっぽどの場合、それだけ藤田の行動がやつらにとって脅威なんだな。 ヤフーなんかの画像も、藤田関連のものは、どんどん削除させられてる。お前の姿を映した映像が、you tubeに出たのは最高の正解だね。お前は運がいいよ。俺も出来る限り力を貸したいけど、お前の友人だとして、お前の逮捕前後から張られてるから、うかつに手助けできない。申し訳ない。このメールも***の家から打ってる。情報だけはどんどん伝える。このメールを利用してもいい。とにかく頑張れ、負けるな、俺も頑張る!とにかく、自民党の工作員は、仕事が早いから、こっちもスピードあげろ!外国特派員協会で記者会見するのもいいかも、分かるか?じゃあまたな! **」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 僕は、正直、僕がやっていることの何が悪いのかが分りません。 同じ国民の命が危険に晒されているのに、国土交通省も、役所も、同業の指定機関も、建設業者も、警察も、東京地検も、マスコミも、政治家も、情報操作によって真実から眼をそらされている多くの国民も、見てみぬ振りしています。僕がしていることは間違っているでしょうか? しかし、僕を助けようと、どんどん多くの同胞が集まってき始めました。僕だけでは、動かせない壁、乗り越えられない壁に突き当たりつつあります。 国民の命の危険を、官僚や警察や地検が隠蔽して、首相に伝えることも出来ないような、国であってはいけないはずです。日本は一見穏やかで自由な国に見えますが、不当な差別や不法行為がまかり通っています。 下記にコピーした、You tubeの映像を見てください。国民の命を無視して構わないという、首相官邸の責任者がいます。命の危険を伝えるのを阻止しようとする警察がいます。どれだけ多くのマスメディアが取材をしていて、しかし、一切報道していない状況が見えます。僕が持っている資料には、国土交通省と地方行政が生み出した偽装マンションの証拠があります。 この国は、ひょっとしたら、イラクや北朝鮮と変わらないレベルの法意識を持った上層階級の人間が、市民の犠牲の上に君臨している国かもしれません。知らし召さなくてはいけません! この闇を白日の下に晒して、明るく美しい日本にする為に、力を貸してください!!! 海外のメディアにも意訳したものを流して頂ける方はいますか?どんどんやってください。必要なら取材を受けます。
2006.10.24
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風呂釜だけ買ってくれるんなら、わたしがボランティアで浴室の工事をしてあげますよ。なんて、嬉しいことを言ってくれる人が現れた。しかも、2~3人が一度に入れる風呂釜は仕入れ値そのまま、分割でもいいという条件だ。「うちはいつもふたりで入っているわよ、ときどきは子どもだって…」なんて人もいるかも知れないが、家庭の風呂のことではないよ。相撲取りでも2人くらいは入れるかも、というサイズ。その人が、いかにも頭領という感じの渋い大工さんをつれて山荘を見に来た。頭領は現場をみて、「う~ん、これは手がかかりそうだな」とつぶやいた。しかし、彼はボランティアでと一度言い切った言葉は撤回しないという。カミサンができたての囲炉裏で、あり合わせの田舎料理を温めながら椀に出す。山荘の池からあげたヤマメのみそ漬けも賞味してもらう。「うん、これはいける」と、彼も頭領もすっかりリラックスして、工事の段取りをはじめた。…シメシメ。昨日はその頭領が、ワゴン車で奥さんとともに幾つものダンボールを運んできた。いったい何事かと開けて見たら、揃いの食器やグラスがギッシリと詰まっているではないか。「いやネ、知り合いが小料理屋をやっていたんだけれど、最近畳んでね。使ってくれたらありがたいと思って持ってきたんだ」という。「もう、ただただありがたいです」、というしかない。この山荘は、自分ひとりで頑張ったような印象で書いてきたが、実は幾人もの人の世話になって育ってきている。内容をここで詳しく書くわけにはいかないが、物心の物も、心もだ。そのなかでも、とくに世話になった親しい友だちは、物だけでなく、物作りの達人や、田舎暮らしの達人たちの生き方などを特集している雑誌のバックナンバーを送ってくれた。それはこの地方の書店に売っていなくて(図書館でとってもらうという手があるが、保存したい本だからダメ)、本を出している出版者の編集部にいる友人に頼んであったのだが、「ああ、いいよ」と二つ返事をくれたのにナシのつぶてだった本だ。こういうのには弱いんだなー、涙がでる。最近では、ある楽天友達が囲炉裏用の自在鉤を送ってくれたのだが、これがなんと江戸時代の刀鍛冶が叩いて造ったものらしく、シンプルかつ重厚な逸品だった。古美術収集家のから譲り受けていたものを、もう使わないからと送ってくれたのだ。そのように、ブログでは大層なことを書きながら、皆さんにお世話になってばかりで、失礼ながらこの場でお礼申し上げます。あっそうそう、ボ○○○○くんもお酒もありがとう。じっくり楽しませていただくよ。そのうえお節介だけれど、あせらず、じっくりと仕事探すんだよ。と、ここからが本題。実は、ボランティアで風呂場をつくってくれると申し出てくれた彼は夫婦ともS学会の会員。政治的には立場が異なることは、双方とも承知でつきあいをしている。元々はわが社の事務員をしていた女性の紹介で知り合ったのだが、風呂の一件だけでもわかるように、とてもお人好しで気のいい人物だ。自分の経営している会社の印刷も、S系に出さずに僕のところにもってくる(よね)。彼は、ある国の少数民族出身の従業員を受け入れたことが縁となって、そこに学校を建てようという運動をしていた。とても貧しい地域で、学校も遠くロクに学校に行ってない子どもも多いというのだ。僕ははじめ、また学会独裁者の勲章ほしさの偽善かと不信の眼で見ていたのだが、どうやら彼のまったく単独独自の行動だったとわかって、僕も娘の使っていたオルガンや電子ピアノなどを寄付した。どうやら、その活動も軌道に乗って、彼宛に現地の授業風景などを写した写真や感謝の手紙なども届いていることから確かなようだ。もちろん、この国の名前や地域なども知っているのだが、このブログは誰が読んでいるかわからないので、ここで詳しくは公表しない。僕は、S学会については過去の苦い思い出もあったり、政治的に拭いがたい不信感もあり相容れない。ご承知のようにここでは厳しく書いているし、今後も変わらないだろう。しかし、個々人は別だ。もちろん組織と結びついてのつきあいはだめだ。あくまで一対一としてである。先の食器をくれた頭領夫婦もあるいは、そうかも知れないがありがたく頂いた。これらの人々は僕とは違って、そんな素直な人柄だけに折伏に抵抗なく応えたのだろう。日蓮の掲げた、いかなる凡夫にも「仏性」が秘められており、「南無妙法蓮華経」と題目を唱えれば「仏性」が現れる、という思想はもちろん僕でも肯定できる。しかし、それが具体的につめてゆくとなぜ、百編千編の教義に分裂して、池田教とまで揶揄される個人崇拝になったり、政治的野望に結びつくのかがわからないのだ。たとえば、立正佼成会や霊友会など新宗教も日蓮系で、政治的にも動いているが、それらと比べても、突出して脂ぎった宗教と見えてならない。こんなところが、僕の理解の範疇で理解の及ぶところではないのだが…。もちろん、もっとほかにも学会系の知人が何人もいる。しかし、知るかぎり(ほとんど)人柄の良い人たちばかりで、本音で語るときには学会の批判も一定程度するし、本当にあの組織に所属しているのだろうかと疑いたくなるくらいだ。あるいは、このような疑念をもつ僕のほうが人格欠落者ということかも知れないが、たぶんこれは死ぬまで直らないだろう、ナ。 今日の日記は、僕の人間関係のバランス上何かとデリケートな問題もあり、コメントにご返事しない可能性もあります。 あしからず、読み飛ばしください。
2006.10.23
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なんだか、3年前の高遠菜穂子さん等拘束事件の是非論という振り出しに戻ってしまった感じがしますね。あの時は、季節の変わり目の空のように刻一刻と状況が変化しており、結果論として事件が起こったわけですから、高遠さん等も何がまずかったの反省や総括はしたと思います。そのうえで、現在の活動がよい方向でつづけられている。それだけで十分ではないでしょうか。批判するとしたら、彼女のささやかな出来事より、アメリカに盲従し巨額の税金を垂れ流してきた政府とか、いくらでも対象はあると思うのですが―。彼らの行動を登山の例えに諫める話は、当時からもっともよくあったパターンです。登山家の野口さんも自らの例をあげて彼女等を批判しました。しかし、ある人にブログで批判に破綻があることを指摘され、以後沈黙してしまいました。ハイキング気分で高山に登る人は問題外として、どんなベテランでも高名な登山家でも、運が悪いと遭難します。野口さんは、スポンサーつきでテレビ局で設定した登山が多いので、(周到に準備さえすれば)山は遭難しないのが常識という“思いこみ”があったとしてもそれは理解できます。親しい友人に、テレビで山の映像(ビデオカメラ)には引っ張り出されるK君や、日本はもちろん南米の山々の写真で売り出しているN君など専門家がいます。彼らはよく嵐が来る前に山に入り、岩陰でビバークしながら嵐が通り過ぎるのを待って撮影をするといいます。嵐の直後がもっとも変化に富んだ美しい景色と出会えるからです。もちろん地形を知り尽くし、装備を尽くし、トレーニングを積んでの撮影です。それでも、一度や二度ならず、ダメかも知れないという命の危機を感じた場面に直面したことがあるといいます。どんな周到な予測や準備でも裏切られることは、自然界ではあり得る覚悟が必要といいます。彼らは、それでも山に登り撮影をつづけています。N君は来年、半年ほどかけて南米の山々の難所といわれる地の撮影にでかけます。山に対する万一の準備はしても、治安の悪い地域では人から襲われる可能性だって否定できません。では、彼らがそんな危険な道を歩まず、おとなしく街の平和な光景を撮影していればいいのか、あるいは家族はそれを望むのかも知れませんが、そうしないでしょう。仕事に対する自尊心や使命感があるからです。イラクで殺されたのにほとんど批判の対象にならなかった人に、報道記者としてはベテラン中のベテラン橋田信介さんがいます。彼は、ベトナム戦争をじめアジア各地の戦争、湾岸戦争、カンボジア内戦、ビルマ動乱、ボスニア内戦、パレスチナ内戦、アフガン戦争なども取材し、CNNやニューヨークタイムズにスクープ報道を提供していました。戦場ジャーナリストとして紛争地帯の裏表を知り尽くしていた人でした。そんな人でもNHK記者だった小川功太郎さんと一緒にイラクで殺されています。その小川功太郎さんが死の直前に友人に宛てたメールが僕の日記、あるジャーナリストの遺書で紹介してありますから、ぜひお読みください。この二人の死をもってしても、戦争というものもまた人間の常識とはかけ離れた次元で行われ、それを予測することは実際には不可能だということが僕のようなボンクラでさえ理解できます。この小川功太郎さんも高遠さん等の事件のことも書いています。そして今、小川さんが惨状のさまを伝えたそのファルージャの再建プロジェクトに高遠さん等が力を尽くしています。誰でも命はひとつしか持っていません。そして誰もが命を地に返すときを迎えます。どのように命が断たれるかはその場になってみなければわかりませんし、その使い道については他人を巻き込むような不当なものでないかぎり、本人の意思と運命のもとにあるべきです。高遠さん等が、幸いにも断たれなかった命を、どのように使うかについては彼ら自身がもっとも強く意識して行動しているはずです。それでもなお批判を感じるのも、好き嫌いを思うのもそれは自由ですが、世の中に緊急に批判すべき問題は、あらゆる場面に山積しているのに、こんなお嬢さんひとりの過去にこだわりつづけるのはなぜだろう? と僕には不思議に思えてならないのです。 今、批判すべき矢面にたつべきものは日本のマスメディアである。ジャーナリストの江川紹子さんの悲痛な想いをクリックして読んで貰いたい。
2006.10.22
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>私は、チャチなんかばかり入れているノンポリ(自分ではチョッとはリベラルだと思ってはいるのです)の暇人で、msk222さんの意見にはついていけませんが、シャルドネさんのコメントにある『妙な自己顕示の存在を推量せざるをえないわけで』ていう点が最も私の心を捻じ曲げさせている点です。暇爺2003さん、僕は自分の考えは書きますが、“だからついてきなさい”というようには誰にも言いません。あの事件をなるべく客観的に判断して戴きたいと思って書いた次第ですが…。彼女の「自己顕示の存在」については否定しません。ただ、それがなぜいけないのか僕にはわかりません。どのような活動でも、多かれ少なかれ自己顕示はつきものです。自己顕示で放火するというのならともかく、人助けをしようということを自己顕示したい人がいるなら、どんどんするべきだ、と僕は思います。むしろ昨今の“目立つ人を叩く”だけのマスコミやネット界などでの口先評論家の蔓延に危惧を感じます。たとえば、アフガンでは中村哲医師グループが医療や環境支援で地道な活動をしています。ネパールでは氏原暉雄元信州大学教授がケシに替わる作物としてソバ栽培の普及で成果をあげています。暇爺2003さんが先日見に来た赤そばの花「高嶺ルビー」は、その成果の逆輸入なのです。高遠菜穂子さんのイラクでの活動も戦争が始まる以前からのものですが、たまたまイラクだったことから事件に巻き込まれたということでしょう。現在はアンマンからの間接支援ですが学校建設など成果が実りつつあります。それらの活動も、個人レベルでの活動ですから、地球全体からみれば砂に水を撒く程度のことでしかないかも知れません。しかし逆の見方をすれば、個人レベルでもあれだけのことができるのに、国や国連ではいたずらに空論を消費し、JICAなど一部の活動でお茶を濁しているだけ(のように見えます)。(日本にだって困っている人はいるのに)わざわざ海外に行かなくてもとか、ただの「自己顕示欲」さ、と切り捨てるのはラクです。では、そう発言する人たちがみんな、日本で、自分の足下で何かできているのか、できている人ほど他人の活動批判に走ったりしません。自分の直接的利益につながらないことを自主的につづけることは、口でいうほど易しいことではないはずです。だから、僕はそれができている人たちを尊敬し、応援したいと思うのです。これは、誰もがそうすべきだと言っているのではありません。人の価値観や生き方は自分で決めて動けばいいことで、他人から押しつけられるものではない。彼らも、自分の意思でそうしていてそれによって(批判者たちに)迷惑をかけているわけではないのだから、外野から足をひっぱるべきものではない、と僕は思います。>私の基本姿勢は、『政府のやることに不満があるなら選挙で勝つように努力するべきじゃないか』っていう考えです。国民が等しく持つ政治参加の権利は選挙権だと思っています。選挙で自分の意見に近い候補者を送り込み政治を変えるのが民主主義の基本じゃないでしょうか。至極まっとうなご意見です。少しでも心ある人はその努力をしていると思います。しかし選挙結果がすべてだから「政府批判」はすべきでないというと、それは違います。選挙で自分の意中の人を代弁者として送る努力をしますが、その人が自分の意見のすべてではないからです。ましてや、現在の小選挙区制などでは有権者のかなりの意思は切り捨てられる運命にあります。(十分おわかりでしょうが)例えば5人候補がいても、1人しか当選しないとなると8割近くの意思が切り捨てられることもあります。そのうえ、はじめから権利を放棄したり無関心だったりで(実態を知ればそれは危ないことなのに)投票しなかった人も入れると、実際に政治が多くの有権者の意思通りに機能する仕組みになっているかどうか、はなはだ疑問に思うわけです。それを埋める活動が、公民館活動や、さまざまな市民活動だったり消費者運動だったり、ボランティア活動だったりすると思っています。もし、政府の機能がそれらを不要とするほど優れた立派なものであれば、それはとてもありがたいことでしょうが、そう成るはずもありません。それと、僕個人の意見としてはいわゆる「民主主義」は、かならずしも正しいものではないと思っています。数の論理で、賛成多数を選択するというのはルールとしては仕方がないのでしょうが、真理は得てして少数の中より生まれるものです。それが長い努力や啓蒙によっても、人ごととして無視され(民主主義と名の暴力にも)潰されて、その一部がようやく陽の目をみる。たとえば女性参政権や、足尾鉱山など延々とつづく各種の公害認定、エイズ訴訟なども、はじめに言い出した人は変人・狂人扱いをされて続けてきたわけです。真理や正義があってもそのまま理不尽に朽ち果てた失意の人などは数知れないでしょう。民主主義はときにかなり残酷なものです。>投票できる立候補者が居ない。なら自分が立候補すればいいじゃないですか。これも、よくある正論です。言うまでもありませんが、世の中は政治だけで成り立っていません。様々な職業や立場があって、理想をいえば各人の能力に応じたポジションでそれぞれ活躍し、社会が構成されればそれが一番よいことではないでしょうか。英語は嫌いでも器用だから大工さんになるとか、音痴だけれど料理を作らせたら絶品だとか、様々な才能があります。本来、優れた才能をもつ人は、才能を生かせるポジションをまっとうすべきで、安易に政治生命という命を張り合うヤクザな世界に転身すべきではないと思います。自分の才能の可能性を殺して、塾で好きでもない学科を詰め込み、大学で才能の伸びる盛りを遊ばせて、たまたま暗記力のあった者を法曹界に送り、勉強は嫌いでも喧嘩と体育が大好きでプロレスラーになった人を選挙に立たせる。それでも、(レスラーとしての)人気があれば当選するのが民主主義という政治の仕組みではありませんか?自分のポジションを守りながら、専門分野から気づいたことを発信したり、発言してゆく。そして、政治家として社会に献身しようという気骨や才能のある人を見つけて送り出す努力をする。そのことのほうが、札束を手に我もわれもと名乗り出るよりどれほど大切なことかと思います。ちなみに僕は、選挙にでて政治家を目指すほどの、知力も勇気も財力も、なにより志がありませんから、そんな、勇気あるひとがいれば応援しているのです。 と、この場では自分の考えをはっきりと書いていますが、みての通りの普段はただの遊び人の趣味人間ですよ。怖がらずにこれからも遊んでください。ネネネ…。
2006.10.21
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今日の「きっこの日記」はすごいことになっている。日本のマスコミの歴史にとってエポックになる一瞬かも知れない。何はともあれ、転載許可の言葉通りにここにもコピペします。皆さんもどうぞ!■2006/10/20 (金) 藤田社長からの公開メッセージ 1 「安倍総理殿、国家に巣食う者を弾劾致します」 平成18年10月20日 安倍晋三総理大臣、長勢甚遠法務大臣、但木敬一検事総長、東京地検の皆様、そして、官僚、政治家、マスコミ、関係業者、そして国民の皆様 イーホームズ株式会社 代表取締役 藤田東吾 安倍総理大臣に置かれましては、日頃ご公務ご多忙の中、本日の、私からの通報を受け付けて下さり、誠に有難う御座います。深く感謝の意を申し上げます。 私は、今日の午前中、川崎市内のマンション(エグゼプリュート大師駅前)と、設計事務所のアトラス設計の、二つを訪ねて来ました。何れにおいても、この度の「耐震偽装隠蔽事件」を解き明かす上で、とても重要な証拠となるからです。 私が解き明かしたいものは、一部の官僚と政治家が、国民の命と財産を軽視して、癒着業者とともに利権を死守しようと、違法行為を犯したり、または少数の弱者をスケープゴートに見立てて、不正を隠蔽するという国家体質を暴きたいのです。そして、この体質を日本から除却しなければ、子供達の為に明るい未来はないと信じているからです。 よって、私は、以下の事実を記者クラブや国土交通省に隠蔽されないように、直接、安倍総理大臣にお渡し、事件の解明と住民の安全確保を早急かつ遺漏なき対応をお取り頂きますようにお願い申し上げます。 まず、エグゼプリュート大師駅前は、建築確認の構造計算図書が偽装(改ざん、若しくは不整合)されていました。ところが、中間検査の直前の二日前に、計画変更が川崎市において下ろされました。しかし、工事は建築確認の図面のまま進行したものと考えるのが当然であり、計画変更によって偽装マンションが隠蔽された可能性が99%以上はあるものと考えられます。■2006/10/20 (金) 藤田社長からの公開メッセージ 2 この偽装マンションを生み出したのは、たとえ藤光建設サイドからの圧力があったにせよ、川崎市と国家であります。 一方、国家は、ヒューザーの小嶋氏を、グランドステージ藤沢のマンションに偽装があるのを認識していながら、お客様に引き渡したとして、詐欺罪で逮捕しました。小嶋氏は、引渡し直前の、平成17年10月下旬の段階で偽装を認識したと思われますが、この時点では既に完了検査も終了していました。 であれば、このエグゼプリュート大師駅前は、中間検査を1月末に行った時に、構造計算書の偽装が、川崎市によって隠蔽されたわけです。販売案内のHP(下記参照)を見ると、来月11月の竣工で、翌12月に入居予定となっています。つまり、販売は大方終了し、購入者は引越しの準備をし、新居に入る段取りや買い物を楽しみに進めているはずです。 私は、川崎市と国交省建築指導課の罪は、建築行政を行なう者自らが隠蔽したとして、小嶋氏より遥かに大きいと思います。イーホームズでは、2月に構造計算書の偽装を認識し、川崎市と国家に通報しています。しかし、隠蔽されてしまいました。強制捜査と私の逮捕で追求も出来なくなりました。 現段階でも、非破壊検査を、国家が関与しない公正中立な第三者機関等に徹底的に行なわせるべきです。99%以上の確率で偽装マンションのはずです。この偽装を生み出したのは、川崎市と国家官僚です。彼ら公務員が偽装マンション(小嶋氏流に言わせるなら、殺人マンション)を、生み出したのです。法の衡平を重視するなら、小嶋氏を逮捕した以上は、川崎市の倉形課長、国土交通省の当時の北側一雄大臣、佐藤信秋事務次官、山本繁太郎住宅局長、小川富吉建築指導課長、田中政幸課長補佐、高見企画調査官も同じく逮捕するべきです。この者達は、小嶋氏より、建築行政のプロとしての立場からも、遥かに悪質です。そして陰湿です。 因みに、イーホームズでは、1月24日に行なわれた本件計画変更の内容については不知です。また、今の段階で状況がどうなっているかは同じく不知です。よって、今日、私は現場に行って参りました。現場は既に竣工間近です。既に、総戸数42戸の内、30戸以上の成約になっているとのことです。また完売も間もないとのことです。■2006/10/20 (金) 藤田社長からの公開メッセージ 3 もし、このまま誰もが見てみぬ振りしたら、ここにもうすぐ住む住民の方は、国家と川崎市によって耐震強度の偽装が隠蔽されたことを知らずに、一戸当たり平均3名の家族として、136名の命が危険に晒されながら住み続け、そして、ローンを払い続けて行きます。安倍総理、果たして、このような犯罪を許してよいのでしょうか。 10月18日に、私が語った司法クラブでの発言を、99%のマスコミは黙殺しました。まさか、この事実も黙殺してしまうのでしょうか。許してよいとはとても思えません。 私は、イーホームズの代表者として、一国民として、国家に巣食う者を弾劾します。安倍総理大臣お力を発揮してください。日本のマスコミには期待できません。とは言え、私一人の力では及びません。どうか、日本の皆様も、力をお貸し下さい。お願い致します。 そして、事実を明確にし、検事総長や、東京地検が、これらの役人を犯罪者として逮捕できないなら、小嶋進さんは無罪放免として即刻に釈放するべきです。そして、「秋霜烈日」のバッジを外して検事を辞職し、司法の職から離れるべきです。総理大臣も、法務大臣も、自らの責務を果せないなら政界から去るべきです。道徳的に不適合者です。 また、同時に、株式会社田村水落が関与した全ての建築物について、即座に再計算及び非破壊検査を実施して、住民や利用者の命の安全確保を果すべきです。そこには、アパグループが関与した多くの物件が含まれています。 次に、渋谷区代々木のアトラス設計に関する調査を行って参りました。ご存知の通り、渡辺朋幸氏が代表を務める設計事務所です。何故、調査を行ったかと言うと、渡辺朋幸氏が建築士の免許を持たない無資格者でありながら、名義を借りて設計事務所を経営し設計業務を行っているとの、確度の高い情報を得たからです。私は驚きました。今回の耐震偽装事件に関連して、姉歯元一級建築士が建築デザイナーの秋葉氏に建築士免許の名義を貸与したことで、姉歯氏も、秋葉氏も逮捕されました。皆さんご存知の通りです。■2006/10/20 (金) 藤田社長からの公開メッセージ 4 現在、アトラス設計の渡辺朋幸氏は、平成17年10月にイーホームズに姉歯氏が行なった構造計算書の偽装を指摘したと評価され、耐震偽装景気に便乗して、マンション販売講習会等で構造設計の講演をやっているなどと聞きました。しかし、一級建築士も持たず、建築構造士でもなく、JSCA会員でもないなら、分不相応といわざるを得ません。また、秋葉氏と同じく、名義借りによって逮捕されなければ不公平となります。 よって、渡辺朋幸氏が本当に無資格なのかを確認するために、東京都や、建築士会、そしてアトラス設計の調査を行なってきたのです。この結果、与えられた情報どおり、無資格者でした。ある一級建築士の名義を借りて、アトラス設計事務所を運営していました。至極かつ誠に残念ながら、秋葉氏と同様に逮捕されなければなりません。 もし、逮捕しないのなら、その差別的扱いを正当化する理由を、法の衡平性の観点から、但木検事総長は明確に国民に対して説明する義務があります。 東京地検の皆様には、改めて、胸に付けた「秋霜烈日」のバッジの意味を思い起こし、あなた達が、法を司るものとして自らが正しい者であるのか否かを明らかにしてください。もし、明らかに出来ないのなら、バッジを外して、司法の世界から去るべきです。 尚、川崎市のマンションと、アトラス渡辺については、詳細データを以下に掲げます。 1.(仮称)エグゼプリュート大師駅前 http://www.myhome21.jp/ 建築場所 川崎市川崎区大師駅前2丁目12番34号 RC構造、地上15階建て、延べ床面積3,461?u 建築主(デベロッパー) 株式会社伸明ハウジング 代表取締役 山崎伸 藤光建設株式会社 代表取締役 佐藤雅彦 設計者 藤光建設株式会社一級建築士事務所 橋本清 構造設計 株式会社田村水落設計 代表取締役 水落光男 川崎市まちづくり局指導部建築審査課長 倉形紳一郎 044-200-3019 国土交通省住宅局建築指導課 03-5253-8111(代表) 山本繁太郎住宅局長、小川富吉建築指導課長、田中政幸課長補佐、高見企画調査官(1)確認済証番号 eHo.05.A-01003000-01号 (平成17年8月12日)■2006/10/20 (金) 藤田社長からの公開メッセージ 5 (2)計画変更:確認済証番号 eHo.05.A-01003000V-01号 (平成17年11月2日) この11月2日の計画変更は、杭の変更(現場造成杭から規制杭への変更)である。工事は10月17日に着手しており、杭の変更以外の建築計画は、当然に、(1)の確認図面通り進行しているものと考えるのが常識である。 (3)現場の中間検査は平成18年1月26日に川崎市が行った。合格としている。 しかし、この直前の2日前、平成18年1月24日に、再び、計画変更図面が川崎市に対して申請され、この計画変更の確認は同日付で川崎市が下ろしている。この規模の、中間検査とは、建物の2階部分の構造躯体までが終了した時点で行われる。よって、2日前に計画変更された図面が、現実の工事に反映されているとはまずもって考えられない。素人でも分かることです。 イーホームズでは、2月において、上記建築計画の構造計算図書に偽装を認識しました。この通報を川崎市に行ないましたが、計画変更で処理したとして、それ以上の調査も追及もしませんでした。国に通報しても、関知しない、特定行政庁との間で処理してくれと言われました。田村水落が関与した多くの物件の再調査を行なうように、田中政幸課長補佐に電話で僕から話しましたが、国は動きませんでした。結果的に、構造計算が偽装されたままのマンションが、今では完成間近に到ってしまいました。被害を発生させ、拡大させてしまったわけです。 2.アトラスの渡辺朋幸の名義借り状況 住所 東京都渋谷区富ヶ谷1-9-19 2階 社名 有限会社アトラス設計 代表取締役 渡辺朋幸 03-5465-1137 一級建築士事務所登録 管理一級建築士氏名 小林昭代(名義貸与人) 以上■2006/10/19 (木) 藤田社長からアパグループへ アパグループ 元谷外志雄代表殿、元谷芙美子殿 貴殿らは、私に対して、名誉毀損での訴えを検討中と貴社のHPにて掲げております。もし、あなた達に真実があると確信しているのなら、どうぞ訴えて下さい。私は、あなた達を通じて、今の日本が抱える闇を暴くために既に覚悟を決めております。戦う気があるなら、今すぐにでも訴えなさい。現実に、事業規模200億円に到るアパガーデン若葉駅前の物件が半年を越えて工事が停止している現状を前にして、あなた達がどういう理由で私を訴えるのか楽しみに待っています。 平成十八年十月十九日 藤田東吾 ※なお、このメッセージも転載自由です。1人でも多くの人に真実を伝えたいと思う人は、ご自分のブログやサイトなど、どこにでも自由に転載してください。(きっこ)
2006.10.20
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暇爺2003さんから戴いたコメントについて、「高遠菜穂子さんの、イラクで武装勢力に拘束された問題」については、日本人のなかでも少なくない意見を代表していると思いますので、改めてとりあげてみます。もちろん様々な意見があっていいし、どれが絶対とは決めつけられないことだとは思いますが、事実関係だけははっきりしておいたほうがいいでしょう。 >「自己責任とは…」。本当なら、自己責任なんだから助ける努力をしなけっりゃ良かったんだと思います。そうしたら高遠さんも苦しむこと無かったでしょうしね。(そりゃそうだ。天国に行きゃ苦しまないもんね)政府が、頼まれもしないのに余計なことをしたんだと思っています。国民から攻撃されないようにね。『落石危険』の標識みたいなもんでしょう。まず拘束事件の経過をフリー百科事典『Wikipedia』から牽いてみましょう。イラク日本人人質事件(いらくにほんじんひとじちじけん)とはイラク戦争に関連して、2004年、イラク武装勢力がイラクに入国している日本人を誘拐・拘束し、自衛隊を撤退などをもとめた一連の事件である。これは米軍のファルージャ攻撃を境として頻発した、数ある外国(非イラク)人拉致事件の一部である。当時、日本政府は、イラクへの渡航自粛勧告とイラクからの退避勧告を行っていたが、一方でイラクでの日本のNGOのボランティア活動を公然と支援していた。この一連の事件について、日本国内で自衛隊の撤退を要求するデモが実行され、また 被害者に対する批判、さらにその批判に対する批判で国内政治家・マスコミ・世論が様々な見解をぶつけるなど、日本国内の注目を集めた。というものでした。これに対する、批判派と援護派の主張、そしてまとめも『Wikipedia』に出ていますので、ここで改めて僕の意見をのべるよりそちらで読んでいただくほうが正しく理解できると思います。ひとつだけ申し述べるとしたら、政府には(政府にとって、意に沿うか沿わないかにかかわらず)国民の生命と財産を守ることが憲法によって義務づけられています。仮に無謀運転や過失で交通事故を起こした人でも、大怪我をしていたら救助しなければなりません。この原則は頭に置いたうえで、『Wikipedia』に書かれている内容をお読みください。批判と擁護日本では、解放された三人に対して、「イラク三馬鹿トリオ」「風任せ三人組」などとバッシングが相次いだ。これが、「いわゆる自己責任論」である。人質の家族が政府関係者に激しい口調で自衛隊撤退を要求する映像がテレビで放映されたのをきっかけに、一種のモラル・パニックに陥った。特に、インターネットでは電子掲示板において非難が相次いだ。ただし、「自己責任」という単語に本来非難の意味はないが(詳細は「自己責任」の項目参照)、人質事件では用語がもっぱら人質やその家族などを批判・非難する形で、本来の意味とはかけ離れて使われた。非難や中傷の多くは、本来の意味からかけ離れた「いわゆる自己責任論」や、下記に示すような事実誤認や、人質を攻撃するための偽情報(「ヒミツの大計画」等)を基にしていた。自己責任論の始まりとして、人質の持ち物として朝日新聞社本社ビルの入構証が犯行グループによってビデオ撮影・放映された際に、朝日新聞社が「彼はフリーの記者・カメラマンであり、自己責任においてイラクに入国した」と述べた事だという説もある。ただし、朝日新聞社の発言自体は自己責任という言葉を正しく用いていて、人質を非難するような内容ではなかった。なお、人質になったカメラマンは、週刊朝日、サンデー毎日、読売新聞などに写真を持ち込んでいた。自己責任論がさらに人口に膾炙したのは、4月12日午後、竹内行夫外務事務次官が記者会見で、「邦人保護に限界があるのは当然だ。自己責任の原則を自覚してほしい」と言ったのがきっかけと言う説もある。しかし、『読売新聞』『産経新聞』は竹内外務事務次官の会見以前から「自己責任」と非難していた。自民党の柏村武昭参院議員は参院決算委員会で「自衛隊のイラク派遣に公然と反対していた」という理由で人質のことを「反日的分子」と決め付けた。(日本は思想と言論の自由が保障された民主主義国家であるので、日本国民は政府の政策に反対であれば、反対であることを表現する権利が保障されている。したがって、「政策に反対しているから反日的分子」という決め付けは、思想と言論の自由を無視した不当な中傷である。国会という開かれた場で、このような不当な中傷を行うことは法律にも抵触する。柏村議員の国会での発言は、犯罪を構成している。)(下につづきます、ここをクリックしてください)
2006.10.20
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(上からのつづきです)この事件について、批判・擁護の両派の意見も掲載されています。まず批判派の意見から。批判派の主張・政府の政策を批判しておきながら、政府に助けを求める(しかも、その手段がかねがねの自分たちの主張=自衛隊撤退)と言うのは自分の人権や自由の主張としては度が過ぎているのではないか。 ・危険な地域を必要な安全確保(民間軍事会社に護衛を依頼するなど)もなく移動するなど無謀な行動をしておきながら、帰国の際の飛行機代までも無料にしろと主張するのも度が過ぎている。山岳遭難などでも捜索・救助費用は請求される。 ・家族が政府の救助活動の足並みを乱すような発言をしたことにも責任がある。 ・人質たちの要求がテロリストの要求と一致し過ぎており、それ故に解放されたのだとしたら、ますます「政府は自分たちを助けなかった」などと政府を非難する必要も資格も無い。むしろ自作自演説を立てられても致し方ないのではないか。 ・人質たちがイラクで行っていた(行おうとしていた)ボランティア活動とは、一人は「10代少年男性限定の無料シャワーサービス」であり、一人は「現地を取材して劣化ウラン弾を批判する絵本を描く」であった。生命を賭してまで行う必要のある活動であったのか疑わしい。 ・人質に「自己責任」を問うことが批判されるが、ならば彼らは“自分の身は自分で守る”という最低限の自己責任を果たしていたとでも言うのか。「米軍のイラク攻撃や日本政府の自衛隊派遣のせいで危険になった」と言うが、そうだとしてもその状況下で見切り発車的に安全確保も無く入国したのは人質たちの判断であり、それには責任が伴う。 ・テロリストの要求に屈すれば、日本人に対するこうしたテロが常態化することになる。 ・批判派の中にはバッシングに賛成しない者もいる。特に嫌がらせ電話や手紙などの行為をするのは批判派でもごく一部である。しかし、擁護派が「誘拐への対応」や「何が原因であったのか(再発防止の観点から)」に関して誤った説(“テロには屈するべきだ”、“誘拐の原因は100%政府にある”)を広めようとしている限り、反論せざるを得ない。それが間接的に人質批判になるのは避けられない。 批判派の主張にある事実誤認上であげられた批判派の主張は、そのほとんどが事実誤認に基づくものであった。・「政府の政策を批判しておきながら、政府に助けを求める(しかも、その手段がかねがねの自分たちの主張=自衛隊撤退)と言うのは自分の人権や自由の主張としては度が過ぎているのではないか。」 ・事実誤認の箇所 まず人質は政府に助けを要求していない。{つかまっている人質は救出を要求することはできない}また、日本政府は人質を救出していない。そもそも、政府の行動(自衛隊派遣)が、人質達に迷惑(誘拐)をかけているわけであるから、「人権や自由の主張としては度が過ぎている」は成立しない。 ・「危険な地域を必要な安全確保(民間軍事会社に護衛を依頼するなど)もなく移動するなど無謀な行動をしておきながら」 ・事実誤認の箇所 3人の行動には特に無謀であったという部分は認められない。陸路を非武装で移動するやり方は、当時一般に行われていた方法である。非武装で相手に脅威を感じさせないことで、相手からの攻撃を受けないというやり方もNGOやボランティアの間で当時一般に行われていた方法であり、妥当である。非武装でボランティア等をやっていた三人は最終的に解放されたが、もしも3人が民間軍事会社の護衛と同行していたとすれば、最初に捕まった時点で殺されていた可能性が高く、危険が高いという考え方もある。 ・家族が政府の救助活動の足並みを乱すような発言をしたことにも責任がある。 事実誤認の箇所 政府が救助活動を行っていない以上、「家族の発言で政府の救助の足並みを乱した」などということはありえない。 ・人質たちの要求がテロリストの要求と一致し過ぎており、それ故に解放されたのだとしたら、ますます「政府は自分たちを助けなかった」などと政府を非難する必要も資格も無い。むしろ自作自演説を立てられても致し方ないのではないか。 事実誤認の箇所 「人質たちの要求がテロリストの要求と一致し過ぎ」などという事実はない。一致している部分があるとすれば、自衛隊派遣に否定的という部分ぐらいであるが、2003年から2004年にかけては自衛隊派遣に否定的な日本人は結構多かったので不思議ではない。例えば読売新聞が2003年7月に行った世論調査では、自衛隊のイラク派遣に反対する人は43.2%で、賛成する人(30.5%)を上回っていた。「一致し過ぎ」という決め付けは不適当。 ・人質たちがイラクで行っていた(行おうとしていた)ボランティア活動とは、一人は「10代少年男性限定の無料シャワーサービス」であり、一人は「現地を取材して劣化ウラン弾を批判する絵本を描く」であった。生命を賭してまで行う必要のある活動であったのか疑わしい。 事実誤認の箇所 ボランティア活動の必要性とリスクの判断はリスクを引き受ける当人が判断すればいいことであって、他人が批判するようなものではない。(当時、ボランティアを受けていた子供達の仲には、肝炎の疑いのある子供がいたが、この子供は「Tさん(人質になったボランティア)来るまでは病院にいかない」と言っていたため、そのボランティアは非常に心配していたという情報もある。) 人質に「自己責任」を問うことが批判されるが、ならば彼らは“自分の身は自分で守る”という最低限の自己責任を果たしていたとでも言うのか。 事実誤認の箇所 そもそも日本語の文章になっていない。「自己責任」の意味を理解していない。自己責任とは、自分の決断した結果(リスク)を自分で引き受けるということである。「自己責任を問う」という言葉自体が日本語になっていなくて意味不明である。日本国内で道路を歩いているだけでも“自分の身は100%自分で守る”ということは事実上不可能である。歩行者がルールを守って歩いていても、飲酒運転で暴走する車が突っ込んできたらアウトである。歩行者は交通ルールを守ることで、妥当な範囲で安全を確保して危険を引き受けているにすぎない。ちなみに、3人のとった行動を見ると、ヨルダン出発時点では妥当な範囲で安全を確保していたといえる。 ・「米軍のイラク攻撃や日本政府の自衛隊派遣のせいで危険になった」と言うが、そうだとしてもその状況下で見切り発車的に安全確保も無く入国したのは人質たちの判断であり、それには責任が伴う。 事実誤認の箇所 「自己責任」の意味を理解していない。3人は自分の判断でイラクに入国し、自身でリスクを引き受けた。「自己責任」の考え方から見れば、3人の行動には何処にも問題はない。あと、3人は妥当な範囲で安全確保をはかっていた。 ・擁護派が「誘拐への対応」や「何が原因であったのか(再発防止の観点から)」に関して誤った説(“テロには屈するべきだ”、“誘拐の原因は100%政府にある”)を広めようとしている限り、反論せざるを得ない。それが間接的に人質批判になるのは避けられない。 事実誤認の箇所 “誘拐の原因は100%政府にある”と主張している人などいない。事実に反した嘘である。なお、“誘拐の原因は政府にもある”と主張する人はいる。この説は事実関係からみて正しい説である。 事実誤認の箇所 批判派は「間接的な人質批判」などしていない。直接人質を攻撃している。人質攻撃の根拠も「いわゆる自己責任論(自己責任の概念から外れた論)」、「偽情報(「ヒミツの大計画」等)」、「事実誤認」等であり、論理的に行動するのなら「避けるべきもの」ばかりである。「避けられない」などということはない。 批判派の中には「ヒミツの大計画」等の偽情報を流して中傷をする人も多かった。 批判派が事実検証もしないで広めたニセ情報には、他にも下のようなものがある。・「人質は帰国の際の飛行機代までも無料にしろと主張した」←(事実に反した嘘) ・「山岳遭難などでも捜索・救助費用は請求される」←(公的機関は捜索・救助費用の請求などしない)(そもそもイラクの件では政府は救出を行っていない) 「政府がイスラム聖職者会議に接触し、多額の謝礼を支払った」←(出所不明の噂話。日本政府はこのような主張はしていない。イスラム聖職者会議は明確に否定している。) (まだ下につづきます、ここをクリックしてください)
2006.10.20
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(上からのつづきです)擁護派の主張をみてみましょう。擁護派の主張・彼らが行っていたのはれっきとした国際貢献活動である。実際に役に立っている活動である。 ・批判の際に口にされた「いわゆる自己責任論」は、本来の自己責任の考え方から完全にかけ離れたものであった。 ・自衛隊撤退要求の為に日本人をテロの標的にすることは、自衛隊派遣がなければ起こるはずもなく、危険を増大させた政府関係者が、被害者に対して「自己責任を自覚してほしい」と要求することは、危険を増大させたことに対する政府の責任を誤魔化すための詭弁と考えられる。 ・日本政府は人質解放の為に何も行動していない。 日本政府は人質事件を、人質の危険を増やすことを承知の上で、自衛隊派遣を正当化するための宣伝に利用した。(この件は、国会でも問題にされた) ・小泉総理がファルージャでの住民殺害を無視し、一方的に武装勢力をテロリストと呼んだために、武装勢力の反感を買い、人質解放が遅れた。 ・日本政府は人質が殺されたほうが良かったと考えている。(人質解放に尽力してくれたクバイシ師の指摘) ・この人質事件に関して仲介者に対して一人当たり1億円の謝礼金が支払われたという話をする人もいるが、妥当な根拠が提示されたことは一度もない。日本政府はこのような主張をしたことはない。 ・人質の母親が勤医協病院の看護師として勤務している事もあり、人質家族と共産党との関係を主張する記事が、ネットや『週刊新潮』に流されたが、勤医協病院の従業員がすべて共産党員であるわけでなく、言いがかりの域をでていない。誘拐事件の最中に、誘拐被害者やその家族のプライバシーを取材したり報道することは、事件解決には何も貢献せず、野次馬の好奇心を満たすぐらいの意味しかない。このようなかなり問題のある報道姿勢をとるマスメディアがいくつかあった。 ・批判的な見解が述べられる際には、日本のNGOがイラク国内でボランティアを行うことを、当時の日本政府が公然と支援していたことはほとんど口にされなかった。 当局者はいずれも要求に屈し自衛隊を撤退させることは考えられないと述べたが、このような政府関係者の言動は、人質の解放を実現しようと訴える人々に批判された。 意見の相違点のまとめ誘拐された原因は何か 批判派:現地の危険度の調査や安全確保も無く入国したこと 擁護派:タイミングが悪かった。3人も危険については調べていたし、イラク入国時点では十分と考えられる警戒はしていた。ただ、3人がイラクに入国したタイミングと、米軍によるファルージャ攻撃、およびそれに対して発生した連続誘拐事件の発生が重なってしまった。3人はほとんど最初の被害者であった。このタイミングではイラク入国前に誘拐の危険を察知することは、まず無理であった。 人質の解放につながった要因は 批判派:政府がイスラム聖職者会議に接触し、多額の謝礼を支払った。(なお、この主張の根拠は皆無である。日本政府はこのような主張はしていない。イスラム聖職者会議は明確に否定している) 擁護派:武装勢力の出した解放声明によると、「イスラム聖職者会議の働きかけ」「日本国内の反戦デモ」「人質たちのボランティア活動の実績」が要因と考えられる。 そして、著名な個人からの意見も賛否両論掲載されています。そのなかで、作家の高橋源一郎さんの意見が、この事件に対しての僕の感情を代弁してくれていますので紹介します。(要旨)「政府のエラい人」は国民の保護、人質の救済をいちばん先にやらなければならない。人質のしたことが「迷惑」ならば、そういう「迷惑」をどんどんかけてもらいたい。自分の「血税」はそのために是非使ってもらいたい。大歓迎だ。カネがかかったから払えというなら、為替差損で国に何兆も損させた人や誰も来ないホテルを年金基金で建てた人に請求書を回せ。人質は日本人へのテロ攻撃の危険を減らしてくれ、日本人の名誉を高め、日本の安全に寄与した。日本にはブッシュに気に入られることばかり考えているコイズミのような人間だけでなくいい人間もいることをイラク人に証明してくれた。政府や一部マスコミは彼らに感謝状を送るべきだ。そして高橋は、人質3人に呼びかけた、「こんな恩知らずの国のことなんかもう放っておきなさい」
2006.10.20
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青年のことを書こうと思うが、書くことによって彼に不必要な類が及ばないとも限らないので、ここから書くことは彼が語った内容を僕が脚色したものと受け取って欲しい。A青年が僕が誘った「高遠菜穂子イラク報告会」に参加したのは、これまでこのような催しにはまったく出たことがなかったこともあった。それより少し前に、やはり僕が誘った「読書をすすめる」会に出てみて、市民グループという人たちの活動が、自分のこれまで聞かされてきた内容とはまるで違い、むしろ血肉になっていると思ったこともある。今まで学会に対する弾圧者の手先とされてきた人たちが、ごく普通というかもっと高い次元で素直に勉強しあっている。大学の先生まで、普通の市民の情報を真剣に聞き学んでいる。小学生だった頃から「未来部」の仲間たちと、さまざまな宗教に関する勉強を受けてきたけれど、最後にはそのなかでも学会のもつ教典が一番優れたものという結論でしめくくられていた。宗教指導者としても、最後にはI先生ほど優れた人物は他に存在しない、と教えられてきた。どのような場合でも、S学会を信じることで難局は乗り切れると信じて、一本道を歩くように生きてきた。そして、自分の身の回りに起きた不幸なできごとに対して、戴いた言葉は「家族の信心があったから、これくらいで済んだ。信心がなかったら、一家離散まで行ったかも知れない」これってありかと思った。弟が死んだのに、自分も死のうと未遂までしたのに、これくらいで…かよ、と。彼はそれ以来、ひとつの真理だけにしがみつくのは危険なことだと気づきはじめたのだ。自分がさんかしいているボランティアでも、さまざまな試練をもった人たちが様々な価値観を、共有の場で認め合って生きているではないか。ひとつの、絶対的なものに頼らずとも、支え合って生きているではないか。自分のボランティア活動に、笑顔で喜んでくれる障害者たち。実際は自分がこの笑顔に励まされ、挫折から立ち上がることができたではないか。「読書会」では、どんな肩書きをもった人もそうでない人も、同じテーブルで和気藹々と意見を述べあっている。自分のいままでの経験では、宗教関係でも、自衛隊でも、絶対的な上下関係のなかでしか思考してこれなかった。彼の中でカルチャーショックが起きていたのだ。自衛隊でさえ恐くて、一人ではバリケードから一歩もでられなかったイラクで、高遠菜穂子という人はいったいどんな活動ができていたのだろうか。「自己責任とは…」。さまざまなものが彼の脳裏に周回した。「やはり、現場で実践している人の言葉は重みがありますね…」彼の、報告会会場を出ての第一声だった。僕は報告会について、それ以上の感想を聞くことはしなかった。彼が、自分のポケットから財布を取り出して、高遠さんの今後の活動資金のためにカンパをしようとしたことや、やや上気し輝きをましたかの眼をみれば反応を確かめるまでもなかった。僕は言った。「本当にイラクの人々のために活動しようと思ったら、金を出すとか物を送るとか、施設をつくるとかより、心の傷を癒すように努力することではないかな。彼女のやっていることは、そのほんの一端かも知れないけれど大切な一端だと思うよ」「そうですね。日本政府がやってきたことはイラクというより、アメリカに対する支援ですね。それも莫大なお金を使って、いったいどれほど役だったのでしょうか」僕はいった。「もちろん、日米関係は大事だ。だからこそ、日本は独自の立場からアメリカに発言したり、耳の痛い言葉も吐いていかなければならない。単に従属だけでは、アメリカの失敗を日本も背負い込み、世界から信用されない国になってしまう」「僕は、いまはアメリカより中国や韓国との関係をどのように修復するか、アジアで日本がどのような立場を築くことができるか。とくにインドなどとの関係もポイントではないかと…」彼も、若いなりに日本をとりまく国際情勢を学んでいるようだった。その後、公党の選挙上手の話になり、選挙時期になると毎回電話をくれていたが、いつからかとぎれた高校の同級生のことなどを例にあげてみた。「それは、学会のなかではもっとも大事にされている活動のひとつで、F票作戦というやつです。FはフレンドのFで、(学会内の)活動化はそれぞれの交友関係のデータをもって、ひとりひとりの評価がされていると思います。無党派で、あまり政治に関心のない人はとくにマークして、必要なときに頼めるように関係をもつように努力しています。スーパーなどで偶然出会うフリをすることもあります。Mさんは、Fとして魅力なしとされたのでしょう。」芸能人の信者が多いね。「そうです。芸術部といって、学会では信者となっている芸能人や(信者の)可能性のある芸能人を優先的に引き立てようとしますから…。コンサートなどで三色旗の一団から応援を受けているのは大概入っている人たちです。」芸術部の仕事は何があるの。「久本さんや柴田さんは、宗教行事にもよく参加して信者たちの前で挨拶をしたりしますけれど、普通は宗教のことより、各地の要請ででかけ行事や折伏の手伝いが主な仕事ではないですか」「そう、僕も20歳の頃、友達に誘われてついていった場所で“信心しなかったら不幸を背負い込むことになる。君を助けたくてこうして説得しているんだ”と朝から晩まで軟禁状態のなかで折伏を受けたことがあるよ。そのとき一番大きな声で僕を説得しようとしたのが黒柳某といって、後に国会議員になっているよ。芸能人もそんな折伏をするの?」「いえ、めぼしい折伏候補が集まったところで、“芸能人の○○さんに会わないかい”と誘うのです。上戸彩とかタッキーとかくらいの有名人が顔をみせる場所なら、よほど遠くてもいっぱい集まります」「信者でいるとお金の寄付とかはどうなの…。商売に役立てようという人もいるんじゃないの?」「もともと病人と貧乏人の集まりといわれてきた宗教ですから、お金は出せる人が出すということでいいと思います。でも、親たちはけっこう出しています。ポストも金次第のぶぶんもありますから…。そして宗教法人で税金もあまり心配ないから、学会の貯金はトヨタ自動車より多いと聞いています。そのうえ、本がでるたびに読みたくなくても買わざるを得ません。ハードカバーで高い本が多いです。『人間革命』もたくさん出ていて、僕も読みましたが、一般論や自慢話めいた内容が多くて…、たぶん、ポスト池田のあとは内部分裂するのではないでしょうか。いくつもの路線ができはじめていますから…。ウチも僕一代で終わるでしょう。でも、心配なのは仕事がなくならないかということです。自営業なので、止めたら関係の仕事を干されることは覚悟しなければなりませんから…」と、延々とつづくのだが、あまり書くと本人の特定につながり、迷惑をかけかねないので、これはあくまで僕の脚色ということでご理解願いたい。 [
2006.10.19
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最近、イジメによる自殺のニュースが目につきます。教師がイジメに荷担していた事件がブログのなかでもさまざまに指弾されています。僕は、あえてベツの角度からイジメについて触れてみたいと思います。イジメでとくに問題になるのは、学校や教育委員会の隠蔽体質、責任回避であったり、それに荷担は論外としても見抜けなかった教師に責任の追及がなされています。イジメは最近に始まったことではなく、僕らの少年時代にもあったと記憶しています。僕自身ももうすっかり大人になってからの同級会で、「君にイジメられた」と指摘され、驚いたことがあります。僕には、イジメをしたという自覚症状がまったく記憶にのこっていないのです。というより、特別勉強のできなかった子(今、考えると障害をもっていたのかも知れないのですが)が何となく仲間はずれにされるのが気の毒で、僕の方から話しかけたりして気配りをしていたつもりなのです。僕にイジメられたといった人は、当時は頭も良くスポーツ万能の少年でした。身体の小さかった僕は、優秀な彼はなんとなくけむったく、その子には声をかけず、近所のガキ大将や女の子たちと遊んでいたのですが、その彼はそれを「差別されていた」と受け止めていたようなのです。その彼は学校卒業後、ある総合商社につとめ、長い海外赴任から帰ってきたときの同級会で、僕に向かって、「今だからいうけれど、君にはよくイジメられた」といいました。僕には、そういわれる真意がどうしても思い当たらず、根掘り葉堀り聞き出してようやくそれらしいことにたどり着きました。戦争疎開で村にきた彼の家では、当時僕の生家から農地を借りて耕作していました。夏休みに子どもたちが川遊びに行くときには、おにぎりとトマトやキュウリをもって行き、一日中過ごすのですが、彼はほとんどそれに参加しませんでした。僕たちは「勉強ばかりしていて付きあいの悪いヤツだ」くらいにしか思っていませんでしたが、彼の言うには、あの頃は野菜などを勝手にもってゆけるほど家に余裕がなかった、というのです。僕の家は、わりあいたくさんの野菜をつくっていたので、トマトやキュウリ、そしてスイカなどをこっそりと畑からとっても親には叱られませんでしたから、それができたのです。酒を飲みながらポツリポツリと彼が話すには「この頃はみんなが僕を差別して、とくにMくんは裕福なのを鼻にかけ、僕を仲間はずれにしていた。」、というのです。僕は、意識して差別したつもりは一度たりともないつもりでしたので、ただ唖然と彼の話を聞いていましたが、数十年も前の事なのになにか胸の奥が痛むのを感じました。 *・「イジメ」には、(暴力など)あきらかに双方が認識できるものと、イジメられた側だけが認識するものとがある。・「イジメる」側は、(シカトやイジメ側と仲良くするなど)無頓着にイジメに荷担していることがある。このことは意識しなければならないが、どうしたらいいのだろう。基本的には、家庭や学校、そして社会が幼い頃から教えるべきことは、相手側に立って考える・行動する訓練を身につけさせることだろう。僕には、この「相手側にたって」ということが欠けていた。いや、今でも欠けているように感じる。ことに、身近と感じている人を無頓着な態度で傷つけることを何度となく繰り返してきた。ゆすりやタカリ、極端に暴力的なイジメには社会的な救済機関を再点検することも、教育機関などの抜本的な改革も必要だろう。今の、他に責任を転嫁しあう体質を温存させたままでは、どんなに責任者を糾弾しても本来の解決にはならない。今は“ことなかれ”の学校や教師が増えているというが、何かあると一斉に当学校だけに追求の眼が注がれるという現状では、そうなるのもむべなしと思う。イジメは、普通は加害者はもちろん被害者にも、その双方の家族や社会環境に原因がある。今回のように学校や教師に原因があることはごく希だと思う。きちんと対応ができない教師がいるのは、「教員免許をとる」ための勉強に人生の多くをつぎ込み、社会的応用力が欠けてしまっているということはないだろうか。教員免許は、一定の社会経験を経た人に社会的な推薦によって受験資格を与える、というのではいけないだろうか。また、自分の子どもがイジメにあっているとき、家庭はとかく学校や相手の子どもへ一方的な非難を向けがちだが、わが子をひ弱に育ててはいなかっただろうか。イジメをはね除けるような強い子にする家庭教育はできていただろうか。勉強ができることだけを、子どもの目標として、社会性や自主性のないひ弱な子どもに育ててはいないだろうか。社会には、見て見ぬふりをする、他人の子どもに無関心なことが当然という風潮を蔓延させてしまったという反省があるのだろうか。ひとつの事件を捉えて、その犯人捜しだけに無条件に反応し、あらたなイジメを集中しているという自覚があるのだろうか。実際には、事件の本質は、その当事者しかわからないものだ。個々の事件については当事者間で徹底的に解明してみることは必要だが、マスコミや我々は、いたずらに社会的リンチのような非難に集中するより、社会全体の仕組みや現象を自ら反省し点検しなおすことこそ必要ではないだろうか。
2006.10.18
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パンフレットの写真撮影にお邪魔したのですが、もうすっかりごちそうになってしまいました。いえ、撮影する人は中山秀幸さんですから、僕はアシスタントのようなもの。彼が撮影したあとはもちろん大宴会となりました。こんなものもあって、豪快にこのように焼いて食べました。うまかった!というような食べ物の話は、山荘森樹のページにまかせて、ここでは教育について少し考えてみることにします。実は、この大宴会にはライダーの風間嘉隆さんが同席していました。風間さんは現在はバイクで日本の分水嶺にかかる国道の全走破をめざして、2年ごしのツーリングをつづけている72歳の青年です。一昨日は鳥取、そして彦根に泊まり、昨夜は伊那市長谷を訪れたわけですが、つくづく青春は年齢ではないなということを感じさせてくれる人です。風間さんは元大手都市銀行の取締役などをしていましたが、定年を機にキッパリと仕事からは足を洗い、残りの人生は自分のためだけに使うと決めて、大型バイクを駆って日本中をめぐり、南アルプスを中心にやはり日本中の山を走破しています。バイクを乗り始めたきっかけについて話してくれました。風間さんの息子さんが高校1年の頃、無免許運転でバイクを乗り回していたそうです。それで「バイクに乗りたいなら免許をとれ、そうしたらバイクを買ってやる」と言ったそうです。そうしたら息子が、「高校を卒業するまで免許をとらない、バイクにも乗らない。そのかわり卒業したらバイクを買って欲しい」と…。当時、神奈川県は高校生の暴走族が問題にされ、神奈川県教育委員会では各学校に「高校生が免許をとったら停学にせよ」という通達を出していたそうです。これに対して風間さんは、これは本末転倒でおかしい。高校に行かなくても、バイクに乗って新聞や牛乳配達をしたり、出前などしている少年たちがいるのに、高校に行っているから免許を取ってはならないとは、教育の責任回避以外のなにものでもない、と発憤したそうです。息子さんが大学に入ったときに風間さんは息子さんと親子でバイクの免許を取りました。若い生徒に交じり、52歳で教習所に通ったのです。その後、還暦を迎えた年に、赤いオートバイを購入した風間さんは、初めて息子とともにツーリングを楽しむことになりました…。以来、バイクの面白さにすっかり魅了されたシルバーライダーは、北は利尻島から南は屋久島まで日本中を巡り、それとともに各地の名山に登ってきたのです。バイクでツーリングをするようになって、身体も精神も若返ったといいます。たしかに風間さんは、60歳前半にしかみえません。ツーリング中のウキウキとするような思い出話も尽きることがありません。本も何冊か書かれていますから、読んでみるのもいいでしょう。つぎの日記ではイジメについて触れてみたいと思います。
2006.10.17
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僕の次男は、北海道の大学に行っていたが、家業が苦しくなったときに自主的に中退して僕の仕事を手伝った。現在はある会社の社員として働いているが、週5日制になっているので土日には山荘に手伝いにきていることが多い。山荘付属の食堂と釣り客は妻にまかせているのだが、釣った魚をバーベキューで食べたいというお客さまのために炭おこしや、釣れなかった人には代わりに釣ってきたりしなければならない。それに、敷地内のゴミ拾いや掃除、補修などやることは多い。息子の友人として、週に1度くらいは来て一緒に手伝ったりしてくれるのが、先日僕が一緒に「高遠菜穂子イラク報告会」に参加したAくん。息子はAくんとは高校の同級生だったが、信州に戻ってからAくんとともに、身体障害者の活動をサポートするボランティア団体に参加し行動をともにしてきた。Aくんは高校を卒業して自衛隊に入っているが、習志野空挺団を最後に除隊している。Aくんの家はみんなSという宗教に入信しており、ことに父親は熱心な活動家だったようで、子どもには幼い頃から、宗教のこと人つき合いのことなど厳しく指導してきたようだ。S宗教の指導部では左翼への対抗意識が強く、ことあるごとに「打倒、K産党」という言葉を引き合いにだすくらいだったから、高校生平和ゼミに参加していた僕の息子やその家族とは近づかないほうがいい、という意識だったらしい。ちなみに、僕のやっている印刷所は僕の生き方もあって、市民運動など反体制側の仕事が多いというレッテルだった。もちろん僕は仕事は仕事とわりきっているから、どんな仕事でも受けていた。ある時期には右翼系の新聞だって刷っていたのだから。単に予算の足りないときに持ち込まれる困った仕事が多かっただけのことだ。それでも田舎町だから、ちゃんとレッテル貼りをしてくれる。僕もそれを気にしていなかったが、だ。Aくんの弟Bくんは、車の整備コンクールの全国大会で入賞するほどの優秀な整備士だったが、あるとき統合失調症、俗に言う精神分裂症が発症した。そのためのさまざまな問題行動もでてきて、家族は大変な苦労をしたそうである。父親は信仰の力によって何とかしようと、Aくんや家族とともにお題目をあげて回復を目指したという。と同時にBくんのためにさまざまな説法をこころみたという。(現在も、家族は信者でありAくんも在籍しているために、特定できる事柄やこのあたりの詳しい記述は避けるが…)結果として、Bくんは自らの命を断ってしまった。Aくんも、弟Bくんを救えなかったことなどや失恋などが重なり、心身症気味となり、自分も命を断とうと思うようになったという。そのときの心境は、自分がこの世に存在すること事態が罪悪なのだという嫌悪感にさいなまれていたという。それを救ったのが、何気なく参加したボランティアであり、そこでの仲間たちだったという。自分よりもっと大変な障害を抱えながら明るくけなげに生きている身障者であったり、そのサポートを生き生きと楽しんでいる仲間たちの姿であったり、本音で語り合える友人たちであったりと、自分の中にはじめて社会が開かれてきたと感じたという。「未来部」と呼ばれた幼い頃から宗教のすばらしさについて教えられてきて、今でも宗教の根源の教えは正しいものという確信があるが、宗派になったときにその建前の裏側に見え隠れするもの、たとえば折伏と呼ばれる勧誘活動(本当に良いものなら、無理強いしなくても入るはずだのに、入会させるための心理的マニュアルまでも使うなど)、選挙活動などへの政教一致、あまり読みたくない高価な出版物の購入など個人崇拝への強要、(そうだろうとは思ったが)何よりも本当に必要なときに役にたたなかったという失望感などなどあり、今になって正しく実像が見えてきたような気がする、という。息子を訪ねてきて、わが家で貧しい食事をともにし、僕ともさまざまな意見交換をするようになって、もっともっと社会を知ろうという気になったようだ。それで、僕の参加する催しにもついてきて、見聞きするようになってきたということで、元自衛隊員として、高遠菜穂子さんとの出会いの感想を語ってもらおうと思う。と、気をもたせるようだが、書くにあたってまだ彼との了解をとってないので、しばらく後になるかも知れない。「僕などとつきあっていることをお父さんはどう思うだろう」と聞いたら、「たぶん、勘当ものですね。でも、知り合えて本当によかった」と答えてくれたAくんだ。 この記事に対する質問や問い合わせなどにはお答えできないこともあります。
2006.10.15
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「高遠菜穂子イラク報告会」が中川村であって、29歳の若者を伴って行ってきた。中川村は、平成の大合併に与せず自立を選択した村だ。「九条の会中川」という運動に熱心に取り組んでいる、元議員の平沢さんという尊敬する方からのお誘いがあったからだが、もともと高遠さんとは一度会ってみたいと思っていた。高遠さんはご存じのように、イラクの子どもたちのための支援活動をしていてイラク抵抗勢力に拘束された一人。このときの彼女等の行動について、小泉首相の発した「自己責任」という言葉を引き金に日本中が蜂の巣をつついたような大騒ぎになったことは記憶に新しい。高遠さんは、テレビで見た姿よりとても落ち着いた美しさを湛えていて、一種の貫禄さえ感じた。その後の活動の成果が着実にあがっている自信のあらわれだろう。彼女は、拘束事件の4ヶ月後にはイラク支援を開始している。僕は言葉だけで彼女を批判する有象無象、実績で示す彼女に強く共感する。といっても、さすがイラク入りは自重して、日本からクゥエートのアンマンに通いながら、イラク国内にいるイラク人支援者と協力をとりながら活動している。活動の主な柱は、「子ども支援プロジェクト」と「ファルージャ再建プロジェクト」で、これを現地イラク人スタッフと共に進めている。イラクの孤児たちの自立支援のために集める目標とした金額5000万円も、これまでの講演活動などでほぼそれに近い額が集まったという。それで、さまざまな支援を行っているが、彼女の偉いところは単に物を与えるというやり方ではなく、自立を促す方向で資金を有効に使っていることだ。いま、イラク国内ではアメリカの手先と位置づけられた日本人への批判が強く、その風当たりは日本人と交流をもつイラク人にまで及んでいるという。イラクでの風当たりとは、ときに死をも意味する。そのために、ずっと彼女等日本人の介在を伏せて活動していて、メディアの取材にもスタッフの顔を映さないようにしているという。彼女のイラク人支援者たちは、“高遠菜穂子”という名前を前面に出さないように、さまざまな活動をしてきたという。「みのもんたの朝ズバ」の映像にもでたイラク人青年は、イラク軍にいてアメリカ軍と戦っていた。空爆などで、家族を殺された若者の多くはいわゆる武装勢力と呼ばれるレジスタンスに参加して、戦っている。それらの人々はアルカイダ系の外国人武装勢力ともアメリカ軍とも戦っているが、日本での報道は一括りにした武装勢力としてしか呼ばれていない。熱心な支援青年も、高遠菜穂子と知り合って間もない頃は、彼女と激しく議論したという。青年たちの「肉親の命を奪い国を破壊した狼藉者たちと戦い抜くことこそ平和への希望」という考え方と、彼女の「武器では何も勝ち取れない、国民の自立をサポートすることが平和への道」とする考えとの違いを埋めたのは、彼女の実践だった。彼女の集めた資金を元手に孤児たち自らの手で自立の家を建てたり、学校を建てたりするなかで、この青年も彼女の熱心なサポーターに変わってゆき、(日本人と付きあうという危険を犯してまで)バクダットからアンマンまでの連絡や、物資輸送をしているという。その彼は、ネット上でアメリカを批判する記事を書いて配信したため、現在は米軍に逮捕されているという。今でも、イラク人スタッフが日本人とのつながりがわかると襲われることがあるという。それが、最近では彼女らの活動実績に感銘したイラク国内の有力者たちの理解もでてきて、活動がずいぶん進めやすくなってきたという。日本では報道されていないイラク報告と、彼女の活動報告はパソコンメディアをスクリーンに映しながら2時間近くにわたって行われた。いわゆる、ジャーナリストのイラク見聞録というものではなく、現地スタッフの映像による証言とか、彼女の実績そのものが生で語られて、伝わるものがあった。ところで、僕が誘って連れて行った29歳の青年は創価学会会員の家に生まれた自動的会員、そして元自衛隊員。その青年の感じた報告会への感想や、学会の内情、そして青年にまつわる諸々についても後日に報告しよう。
2006.10.14
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北朝鮮が本当に核実験をして、いよいよ金体制の崩壊が始まったとみていいだろう。パチンコでもポーカーやオイチョカブ、チンチロリンでも、ギャンブルで勝ち逃げするのは難しいものだ。賭場やカジノでは、胴元は少額のうちはほどほどに客を儲けさせて、客がツキがあると思いこみ、気分よく大勝負にでたところで大逆転となる仕掛けをしておく、というのはヤクザな世界の常套手段だ。チンピラギヤンブラーの北朝鮮は、これまでもジョーカーならぬ幾枚もの外交カードを使って勝負を続けてきた。そして、ここで大勝負にでたつもりなんだろう。この勝負のゆきつく結果は、金正日は失敗を思い知り、パンツまで脱がされて寒空に投げ出されるか、やけくそでとことんカードをつぎ込み、放射能をばらまいて最後には政治亡命か、ことによったら命を落とすことになるだろう。しかし、これが金正日や北朝鮮だけのことならまだいい。このことによって、世界の思惑が蠢きだしているのはもはや常識だ。その主な国は米国、中国、ロシア…。ことに米国が危ない。ブッシュは、イラク介入で受けた失敗をここで取り戻そうと画策するかも知れない。有事になって得をするのは軍事産業はもちろんだが、高騰する原油によって儲けているメジャーや投機ファンド、軍事・民生にかかわらず、物資をあずかるさまざまな産業がウハァウファの恩恵を受けることになるだろう。しかし、戦争という行為はもともと消費だけがあって生産はない。そこで消費される膨大な戦費はいったい誰が出すことになるのだろう、これまでの実績をみればもう言うまでもないだろう。たぶん、荒廃した身元は韓国が引き受け、そのメンテナンスは米国、そしてそれら諸々の費用負担は日本が出しなさい、というようなシナリオは目に見えるようだ。阿部も、日本が金だけだすのはつまらん、応分の血も流すことによって費用をケチろうと、日米軍事同盟をいっそう一体化する作戦にでるだろう。産業界に戦後復興の甘い蜜を提示するかも知れない。かねてから日米軍事協力強化の法体制に熱心な麻生外務大臣が、北によるミサイル発射のときに「われわれは北朝鮮に感謝せねば…」と本音を漏らしたが、いずれにしても、みえみえの粗筋が敷かれている。三菱や石川島などもてぐすね引いているだろうし、ソニーも有事となればミサイルの誘導装置関連で電池の失敗を取り戻せるかも知れない。それにしても、結果としてかかる莫大な費用は誰が負担するのだろう。イラクでの死者がすでに65万人を超えたと言うが、この狭い国で軍事行動となれば何人の命が失われるのだろう。僕にはそら怖ろしくて、予想することもできない。北朝鮮は、当初核カードをチラつかせることで単独で米国と交渉しようとした。その結果、不可侵の確約を米国からとりつければ、中国やロシア、韓国、日本といった周辺国と張り合っていける外交力をもつことができるともくろんでいたが、米国や中露が先に結託してしまい、明らかに作戦が狂いだしたのにそれを核実験というカードを見せることによって、取り戻しにいった。もはや、ゲーム者としての能力は破綻しているのだ。日本は、この世界戦略ゲームに参加するということは、相当なテラ銭を覚悟しなければならないだろう。クワバワ、クワバラ…。 なお、この記事は単なる僕の妄想ですから、あまり専門的な突っ込みを入れられても玄人好みのご返事はしかねます。お手やわらかに…。
2006.10.13
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と、『信毎』の全面を使ったDoCoMoのCMに抜擢された彼と一緒にと、仕事の依頼が!あるパンフレット作成に、彼の写真を使って僕が制作して欲しいとのこと。早速、来週にでもとりかかることにしました。さて、ちゃんとしたものができるかな。 まあ、お茶でもどうぞ。
2006.10.12
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豊田勇造を聴きに行ってきた。勇造ファンからは笑われるかも知れないが、不覚にも僕はこの歌手のことを知らなかった。実は楽天友だちのDr.悠々さんからそちらに行くからぜひ聴いてみるべしというメールを頂いて、出かけてみた。Dr.悠々さんはファンが昂じて自宅で毎年“勇造ライブ”を開くほど熱の入れようだ。ちなみに、悠々さんは内科の開業医で自宅ならぬ病院のリハビリ室がコンサート会場に変身するらしい。奥さんも医師だというが、日記で拝見するかぎりリッチな医師夫婦というより、ごく普通に子育てや日々の仕事に追われ、ときには自分から料理を作ったり家事をやったり、またhumanityな立場から社会運動にも関心をもって活動する、すてきなファミリーのお手本というイメージの人だ。というは余談はさておき、そんな人が惚れて、勧めてくれる豊田勇造という歌手に興味を抱いて出かけた。場所は、飯田市にある飯田東中学校。その授業の一環として、豊田勇造ライヴが行われたのだ。飯田市は何度か行っているが複雑な地形をしていて、何度でも迷う。案の定、its-moNavで調べて、妻の言うとおりにハンドルを切ったのにまた迷った。なぜか妻の言うとおりにハンドルを切って良かったという記憶がない。一応ナビは持っているのだが、妻の自動車にはつけてないのである。ということで、めざす会場についたらもう中から歌声が聞こえていた。 相手が中学生ということもあったのだろうか、語りがとてもわかりやすく暖かく耳に入ってきた。歌はどれもメッセージ性の強い曲だが、いわゆる勇ましく体制批判や若者を煽動するというのではなく、「無理しないで自然に生きればいいんだよ、今を生きていることこそが大切なことなんだよ」といった、励ましの歌が強く印象に残った。ギターとハーモニカを使って演奏も歌も自分でこなすのだが、ふかみのある暖かく心地よい歌声も、楽器のテクニックもさすがと唸らせるものだった。ちょっと残念に思ったのは、中学生たちがあまりにも行儀良すぎて豊田さんの熱唱と、会場の反応にややずれがあったこと。手拍子や拍手も、授業だからだろうか整然として、後は歌を身じろぎもせずジッと聴いている。学校だからって遠慮することはない、もっと若者は感情を素直に出したらいい。と、歌う方としては少しやりにくかったのではないかと思ったが、おせっかいか…。多分事前に先生から指導されていたからだろうが、音楽はリラックスするために聴くモノで、だいたい起立して厳粛に歌ったり聴いたりする曲にロクなものはない。という道草はともかく、歌はすばらしかった。さすがプロというか、むしろこのように地道に歌っているアーティストの方がいい歌い手はとみに多い。 ♪何時滅びるかも知れない 街に住んで ♪夢押さえ生きるよりは ♪欲張って 欲張って ♪欲張って 死んでやる豊田勇造さんは歌いながら世界を歩いている。歳は団塊の世代だということだが、渋いマスクながら年齢よりはるかに若く感じられる。夢と希望をもちつづけるとはこういうことだろうか。 ♪老いてこそロック! ♪老いてこそブルーズ ♪老いてこそ………愛!Dr.悠々さんからは、「きさくな人だからliveのあと声をかけてみたら」と言われていたが、コンサートのあとは生徒からの花束やリンゴなどの贈呈、PTA会長さんの謝礼の言葉など、いかにも学校らしいセレモニーが用意されていて、終わるとみんなと交流するまもなく下手に案内されるというプログラムになっていて、話をするチャンスは逃してしまった。しかし、いずれ再会できる予感を強く感じた。豊田勇造さんに興味をもったら、Dr.悠々さんのブログに悠々さんの病院でのライブの様子や勇造さんの人柄などが詳しく載っていますから、ご覧ください。悠々さん、いいアーティストを紹介してくださりありがとうございました。信州には何十回となく訪れているようです(何で僕が知らなかったんだろう)。たぶんお呼びする機会があると思います。
2006.10.11
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空が冷えていくBOOK OFFを覗いたら、『快楽の動詞』という本が眼に飛び込んできた。山田詠美の書いた本だが、買うには躊躇があって(わかるでしょ)、立ち読みでページを捲った。ところがなかなか面白い。たとえば、性行為の最中になぜ日本語は「いく」「死ぬ」というのか(快楽の動詞)、個人の領域ではなぜ「だめ」という否定形に「よい」という肯定的な意味が含まれるのか(否定形の肯定)、禁欲は本当に禁欲たりうるのか(不治の快楽)―。というように日本語のもつ複雑さ、深層にメスを入れた山田版「日本語辞典」となっている。彼女はこのようにいう。小さい頃から日本文学に親しんできたので、日本語には敏感だった。その後、外国語(英語)に接する機会が多くなったわけだけれど、日本語ではこういうのに、なぜ英語ではいわないのかなと考えたりしていた。そこで、動詞や助詞をどんどん書き出していって、この動詞は本当はこういうふうに使われるのではないか、と自分なりに言葉について考えた。山田詠美は小説のテーマに、いつも人間関係から生ずる心の痛みを選んでいるが、それはけして観念としての痛みではなく、肉体を巻き込んでの痛みだ。そしてそれがあるからこその喜びを書きたいという。肉体の痛みといっても、それはセックスにつながるものだけではない。人の心や身体(肉体)のむ痛みを感じ取ることのできる感性、思いやりや優しさの大切さ、という単純だが、それが故にもっとも難しい世界を描きつづける。それは彼女の人生体験の積み重ねの中から得たひとつの結論なんであろう。だからこそ『快楽の動詞』という発想も、自然に浮かんだことなんだろう。
2006.10.10
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いとう家の家族になりました、ハナです。洋犬のような器量良しではないけれど敏捷で頭がよくて、とても自然に解け合う犬なんです。 甲斐犬の母と柴犬の父とのあいだに生まれました。漢字で書くと「鼻」でも「洟」でもなく「華」です。女の子なんだけれどここではボクってよぶからね。東京の知久平さんのところからきたんだよ。お父さんとの写真もありますから見てください。虎毛でちょっと地味なスタイルですが、自分で言うのもなんですがとても頭のいい犬で、自分の立場をとてもよく理解して、一度覚えたことは忘れません。とてもかわいがってくれた家族とも離れて、ちょっと淋しかったけれど、こちらにきてからは自然がいっぱいだから、毎日走り回っています。といっても、これからしばらくは大人になるための勉強もしなければいけないから、自由を謳歌してばかりではないんだよ。まず、いとう家に10年も住んでいる猫のテンさんとのお見合い。テンさんはアメリカンショートヘアー系の猫で、気が強くて気位が高く、一緒に暮らせるかどうか新しいお父さんが心配していたんだ。案の定、家に着いたとたんにボクがテンさんのえさを食べてしまったものだから、テンさんも警戒してボクのことを遠くからじっと観察しているだけだったんだ。でも、だんだんボクがいい子だってことがわかったらしく、今ではすぐ目の前を平気で歩いたりしているんだよ。ボクとしてはテンさんと遊びたいんだけれど、まだお父さんが許してくれないんだ。何でもテンさんはネコパンチとかいう武器をもっていて、野良猫がきても負けたことがないオテンバ(失礼)姉さんなんだそうだ。でもだんだんふたりの距離が接近してきているって、お父さんも喜んでいたよ。昼間はおかあさんと車で山荘に行くんだ。家から8キロ、15分くらいのところにあるけれど、まるごと大自然という感じでボクはすっかり気に入ってしまったんだ。お父さんとの散歩で、クマの檻も見てきたんだよ。山荘の敷地には大きなクリの木が何本かあって、いま毎日のように落ちてくるから、猿や熊が食べに寄ってくるからって、お母さんが毎日拾い集めているんだ。早朝に猿の群れがきているようだけれど、クマはまだ来ていないようなんだ。ボクが大きくなったら、追っ払ってあげるからっていうんだけれど、おかあさんは心配性だからきっと夜は家に連れ帰らされるようなんだ。そうそう、このところ雨が多かったから山荘付近はきのこがいっぱい生えてきたんだ。きのうも、信州大学ではきのこ博士といわれるくらい有名だった建石先生が、昔ゼミで教えた人たちを連れてきて、敷地内でいっぱい採って、「これは何キノコだから食べられる、これは毒キノコっていわれているけれど湯がけば大丈夫」だなんて、お父さんたちに教えていたんだよ。でも、あの先生にかかるとどんなキノコでも食べてしまいそうだから、大丈夫かなー。山荘の軒下の切り株にはナラ茸が群生していて、もう少しでおかあさんが捨ててしまうところだったんだ。もったいない、もったいない。それで、出来たばかりの囲炉裏でおかあさんがきのこ鍋をつくってみたんだけれど、東京のお父さんがお土産でもってきてくれた魚醤を隠し味にしたら、なんとみんなに大好評だったんだよ。えっ、ぼくもちょっとだけご飯に汁をかけて食べさせてくれたんだけれど、ボクには肉の味のほうが気になって…。毎日、魚釣りにくる人たちがカワイイってボクのことを撫でてくれるんだ。けれど、ボクは女の子だけれど大人のオジサンはまだニガテだな。ボクには危ない人と、優しい人が直感的にわかる本能があるらしいんだ。ときどきはワンちゃんを連れてくる人もいるけれど、そういう人はヘイキなんだよ。もちろん、ワンちゃんとも仲良くできるよ。 この山荘はペットと一緒でも平気のようだから、今度はボクのお友だちも一緒に遊びにきてね。東京の桃子おかあさんシロおとうさん、そして兄弟のトラにいさんやクマにいさんたちとも大きくなったら会いたいな。遊びにきてね。 今日は、県民文化センターで山岳写真展「貌・季節のなかで」があり、南信地方に住む山岳カメラマンたちの写真が一同に鑑賞することができました。もちろん、昨日紹介した中山秀幸さんの写真も何点か飾られています。撮影・中山秀幸 撮影津野祐二 もうご覧になった人もあるかも知れませんが、新聞の一面を使った NTT DoCoMo の広告で紹介された彼です。会場にいて、いろいろ説明してくれましたが、どの写真も本当にすばらしくて、その美しさに圧倒されました。死んでも死んでも山男(山女も)が、登りたくなる気持ちがなんとなくわかります。もっとも、これらの風景はちょっと山に登っただけでは出会えない景色です。彼は台風がくるというと山支度を始めます。嵐の来る前にめざす山に登ってビバークしながら、嵐の通り過ぎるのを待ちます。そして、風が収まる前に撮影開始。台風がすぎた後は、嵐がかすんだ空気を持ち去って、どこまでも透明な空気が広がり、山の裾野には置き去りにされた雲が神々しいまでに山をもちあげます。というような話は実は以前から聞いていた話なので、今日はそれぞれの写真家の特長、高山植物などの説明を…。しかし、これだけの風景はどんなに山好きの人がせっせと登っても見ることはできないでしょう。この会心の一枚のために、ときには何年も通って、そこにテントを張って待ちかまえているのです。そうしてモノにした一枚ですから、カメラマンにとってはときには女房よりかわいい一枚となるわけです。この写真展は今日までですから、皆さんは残念ながら観ることはできません。来年は9月頃行われる予定ですから、忘れなかったら告知します。なお、「山と渓谷社」の来年の「世界の山」カレンダーの12月には中山秀幸さんの写真で締めくくられていますから、よかったら買ってください。ご希望の場合はメールで注文をくれたら、彼に送るようにさせます。よろしく。 今日はなんと穏やかな秋日和でしょう。
2006.10.09
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あの山荘(笑)が雑誌に紹介されます。といっても、信州でしか発行されていないローカル誌ですが…。その取材と写真撮影に、写真家の中山秀幸一家がきて、取材かたがた遊んでゆきました。奥さんが編集記者として記事を書いて、中山さんは奥さんの記事には撮影を引き受けているのです。なぜこんな小さな山荘が、と思うでしょう。知る人ぞ知る奥方は僕が文学グループに引き込んだ弟子なので、つまり師匠へのえこひいきなのです。こういうのは、政治家だったら犯罪になるのかな…。そのことはともかくとして、カメラマン中山さんはニコンのホームページのイメージ写真にも使われている山岳写真家としても売り出し中ですが、なんとDoCoMoのコマーシャルにモデルとして抜擢されたのです。もちろん彼の写真も使われます。(って、僕が関与しているわけではないから責任はもてませんが…)近々ある新聞の一面にデカデカと載る予定。彼のステキな笑顔をとくとごらんあれ。僕がこれはと目をつけた人はかならず日の目をみるからと、彼に自慢したら「そうですか、ありがとうございます」と、どこまでも謙虚な好男子です。ところでもうひとつ自慢。まだ公表できないけれど、僕の文学上の弟子の作品が、ある文学賞の上位数遍にノミネートされていたけれど、なんとトップで受賞することが決まりました。まだ内定段階だから口にすることはできないけれど、いやはややってくれるもんだ。ということで、みんな僕を置き去りにしてどんどん伸びてくれる。メデタイ、メデタイ…。おかげで、僕の手持ちのウンは減るばかり…。
2006.10.08
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手作りで作ってみました。手元にあった材料で1時間ほどかかりましたが、まあまあの形でしょう。 僕のPCは仕事にも使っているので、ある程度使ったらハードディスクを取り替えます。今度は2年ほど使ったでしょうか、当然OSも入れ替えることになります。このときにいつもヘマをしてしまうのですね。前回は、メールを保存しておかなかったためにアドレスと大切な記録も飛ばしてしまいました。今度はそんなヘマをすまいと、全部別のHDにバックアップして作業に取りかかりました。ところがです、うっかりそのバックアップしたHDの領域を解除してしまいました。さあ、アクセスできません。しかたなく、データ復活ソフトで復活作業。このソフトはゴミ箱から削除したファイルも、フォーマットしたものからも復活できるというしろものですが、階層は無視してファイルが全部横並びに表示されてしまうため、そのなかから必要なファイルを探し出すのが一苦労なのです。ちなみに、そのバックアップHDのなかには20万以上のファイルが保存されていました。それを元の場所に収納し直すのですから、もう大変な作業です。もうブログの更新や作業どころではありません。ということで、ばかばかしい作業に明け暮れていました。
2006.10.07
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