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息子のパソコン机の引き出しの奥に、もう10年ほど前に英国留学時代に家に出した手紙が入っていた。ハハハ、健気なことを書いて…。息子(長男)が帰国してから1年ほどは、何語なのかチンプンカンプンな電話が掛かってきて閉口したものだ。スペイン人のスタディがいたと、後から帰国して訪ねてきた友人からも聞いているのだ、奴めチャッカリと…。親孝行をするという約束をきっちりと守ってもらうために、これを記録しておこう。前略 Cambridge First Certificateも終わり、学校の修了課程も予定より半年ほど早く5段階の最上レベルに到達してしまいました。学校からもうすべてOKだから学費の納入が済んだら卒業認定期までもう学校に来ないようにといわれてしまいました。今までは学校と研究でとても忙しかったのに急にヒマになっています。帰国準備のためのアルバイトをしようと一日中何件も探していますが、こちら(イギリス)はとても不況なことと帰国までに働ける期間が短いなどのことで断られつづけています。日本人観光客も入る店が面接に応じてくれて、激安の給料(1日の食費+α)でもよければと言われ、あまりにも安いのでどうしようかと友達にも相談して、背に腹は代えられないと次の日にお願いに行ったら、もう別の人に決まっていました。しかもその人は相談した友達の一人でした。試験CIASSで一緒に勉強した日本語堪能な韓国人でした。不況時代にはまさに弱肉強食だということを思い知りましたが彼も生きるために精一杯だからしかたがありません。イタリア人やスペイン人の友達が訪ねて食事を作ってくれたり、バイト口を一緒に探したりしてくれますが、学校にも行けず仕事もできず無為徒食でいるのはとても辛いです。修了試験の結果と卒業認定書が2月末に出るので、それまではなんとかやり繰りをして生活をしていなければなりません。学校の試験結果には自信があるので、おそらく3月の2日か3日には帰国できることになりそうですが、チケットの予約をまだしてないのでなるべく安い便を探そうと思っています。帰国の日程が大体決まってきたら日本の友達たちからの手紙が急に増えてきました。帰ったら自分のいるところに寄れという手紙ばかりですが、福岡から北海道までいるから、本気にしてみんな寄ってきたら家にどのくらい帰れないかわかりません。やっぱり家に直行したいです。さて、こちらに暮らしていた間にすごい量の荷物ができてしまいました。生活用品は友達に譲ったり捨てたりしても、学校から買わされた高価なテキストは死んでも捨てたくありませんし、CFCのために読みあさった英語の小説なども同様です。なんとこの一年、こちらでは衣類は一着も買わず、本と食料ただけに回していたので殆どの服はボロボロで捨てても惜しくはありません。それでも友人たちから貰った貴重な資料や本は家に送りたいのですが送料がバカ高いので、飛行機の重量規制一杯までは持って、残りは送ります。重い荷物を持っての移動は大変なので、もしも時間がとれるようだったら、最寄り駅か空港に迎えに来てくれると嬉しいです。仕事の都合がついたらでいいです。こちらでは考える時間がゆっくりとれますので、日本に帰ってからの構想も練っています。語学や学んだことを生かせる仕事をと考えています。帰国してから話しますからアドバイスをお願いします。イギリスの生活で信じられないくらい大勢の友達や知人ができました。それも世界中の人たちです。これは英語ができるとか学校で何かを学んだこと以上に、僕にとって貴重な財産ができたと思います。イギリスでは、楽しいことも嫌なことも沢山ありました。IRAのテロや交通事故とも近くで遭遇してあわやと思うことや、食事を誘ってくれた人がホモだったりと怖い目にも逢いました。日本から留学した女の子が、イギリスにいてロクに英語も喋られず、イギリスの不良に騙されて落ちぶれてしまう人も何人かいました。同じ日本人の僕たちまで軽く見られているようで嫌で辛かったです。しかし、同じ日本人でもとてもバイタリティー溢れる人と何人か友達になり、さまざまな風景や習慣や考え方を体験でき、僕にとって血や肉になったことは(体は痩せましたが)一生の宝になります。夢が実現できたのは両親のおかげです(ヨイショ)、有難うございました。帰国したらしっかり働いて、少しでも恩返しをしたいと思います。(だけど最後の家賃と食費の仕送りはお願いします)。帰国したら、日本の大学で学んでいないhandicapと闘わなければならないかも知れません。だけどイギリスでの生活で文字通りハングリー精神(腹ぺこ、耐乏)を身につけましたので、きっと耐えることができると思っています。では長々と書いてしまいましたが、最後に日本に帰ったらお母さんの料理が食べられると、今の心はそればっかりです。家族の皆さん、そしてトン(注・犬のこと)もテン(猫のこと)も元気で! ―チャイコフスキーNo.6を聴きながら―Sugurup.s 最後のUKだからおみやげできるだけがんばって買います。特に(弟の)WA○RUと(妹の)○NAKOリクエストがあったら大至急教えてください。バイトで足りる範囲だけれどネ。
2006.02.28
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「電話代が安くなる」という誘い文句でネット環境をこれまでのADSLからBフレッツ(光通信)に切り替えた。工事も終わって、さて、と思ったら……つながらない!!!プロパイダーにも、光への変更を事前に申し込んでおかなければならないというのだ。早速、つながったばかりの光で電話をしたら、認証番号やPWは重要事項につき郵送になるので、早くても3月6日頃になるという。ということは、それまで日記の更新をしなくてもいい、いやもとへ、できないということなのだ。それどころか、メールもネット検索もできないことになる。無事開通したときに、メールボックスはいったいどのような状態になっているんだろう。玉石混淆、迷惑雑多の情報が山ほど溜まっているだろうと、今からうんざりする。ということで、今は息子のPCで日記を書いています。自宅の息子のPCは幸いなことにADSLのままつながっていました。しばらくは、日記更新もメール交換も不自由な状態が続きますので、ご容赦を。 これでも謝っているつもりです…。ここからは、日記です。昨日は長野県議の北山早苗さんに、県議会の様子と百条委員会とやらのデタラメぶりを伺いました。今、県議会そして百条委員会では、露骨な田中康夫潰しをはかっていますが、聞きしにまさるひどさですね。聴いていた人は30人足らずでしたが、それほどだったのかという驚きの声があがっていました。2月9日10日の日記にも書いた、田中康夫vs県議会、そして「信毎」でも外から見ていた概略を書きましたが、指示メール破棄問題などでっち上げの証拠で知事に冤罪を着せようとしていることが、赤裸々に語られました。しかし、一部の県幹部と県議会で徒党を組んでかつての利権構造を復活させようという県議等の動き、いつの世も悪の種はつきずまじとはいえ、情けないですね。これらの事実を正確に伝えるどころか、反田中闘争の機関誌のようになってしまった「信濃毎日新聞」情けないぞ。先にも書いたように、「信毎」には良心的な記者もたくさんおります。バグダッド南部の発電所や浄水場に滞在するなどして、空爆下のイラクの様子を取材し、新聞や雑誌、写真展などで発表している安田純平さんなども「信毎」の記者でした。今夜、ある会で同席する予定の「信毎」支社長もとても誠実で、道理のわかる人です。論説委員主筆ととして迎えた中馬清福さんなど、しばし三大紙の論説には書けない切り口で問題をズバリと切り開いて見せてくれます。しかし、組織の舵取りをするトップの意向で、先の「県予算に対する社説」のように恣意的にねつ造に近い記事を流すと、それまでの方々が積み上げてきた信用が逆の意味で効いてしまい、県民に誤解を拡げることになっています。今日は、くだんの支社長ともじっくり話し合ってみたいと思います。小林とむぼさん作品のまねき猫がバレンチョコをもって届きました。このことも日記にUPしようと、写真ともども用意してあったのに自分のそれらがPCに入っていて、UPできません。世界に羽ばたくアーティストドール作家の作品ですから、それはそれは楽しく見事な猫ちゃんです。わが社の玄関で皆様のお出迎えをして貰おうかと言ったら、妻が、「こんな楽しくて可愛い猫ちゃん盗まれたらどうするの、恐れ多い」といいます。さて、どこに飾りましょうか…。いずれ、その猫のすべてをボカシもモダイクも入れずに写真公開しますから、お楽しみに!下の写真は、とむぼさんのアリスです。ちょっとボケているのは単に写真がヘタだっただけのことです。
2006.02.26
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写真は文とは無関係です(念のため)フィギアスケートのショートプログラムで、荒川静香も村主章枝も年の功というのか、実力をほぼ出し切って見事だった。安藤美姫は緊張感から、もうひとつ実力を出し切れなかったようだ。とはいっても、大観衆の前であれだけの演技ができることがとてつもなくすごいことではある。よくリラックスして競技にのぞみなさい、と人は言うが、それなら、そう言う人が自分で都合良くリラックスできるのだろうか?仕事でも競技でもそうだが、リラックスしたと思えるのは、何もかも終わってのんびり風呂にでも浸かっているときに、ようやく感じる状態ではないだろうか。我々の人生において考えても、皆んなほどほどの緊張感のなかで仕事をし、休憩時間や仕事から解放されたときに、ようやくリラックスができている、というのが本当のところではないだろうか。それなのについ何気なく、他人にはリラックスしなさいと(自分では)できもしないことを強いているようなことが良くある(天に唾^^;)。誰もが、緊張したり落ち込んだり、リラックスしたりと繰り返しながら生活しているわけだが、僕の思うに優れた競技者も人生の達人も、こうした波を上手にコントロールできている。逆に、生き下手だったり普段の力が出せない人は、波がフラットだったり、波が大きすぎたり小さかったりとバランスが悪いように思う。達人は、落ち込みから回復してゆくの上昇気流、あるいは緊張感を逆に勢いにして、ものを成し遂げてゆく。どの競技を観ても感じるのだが、いい仕事をし終えた選手は、穏やかなリラックス感に包まれている。表情にほのかな感謝の気持ちが表れているのが読み取れる。人はこれを、勝って気分がいいのだから当然だろう、と思うかも知れない。しかし、これが出来るからいい成績を得られ、出来ない人は肝心なときに実力を出し切れないのだと思う。ちょっと逸れるが、いつも人のうわさ話や悪口ばかりいう人がいる。良いことがあると自慢げに振る舞い、うまくいかないと何でも人のせいにする。飲むと愚痴ばかり言って悪酔いする。このスパイラルに陥ると、どんなに周囲に良い条件が整っていても、まず浮かび上がれないものである。他人の悪口や、愚痴が聞くほうにどんなに悪影響を与えているのか気づかないことが、この悪循環のスパイラルに入っている証拠なのだ。いったんこの渦が回り出すと、抜け出ることは容易ではない。そうした自己嫌悪、他己嫌悪に陥り、よりスパイラルは加速するのである。一概に決めつけてはいけないが、優性な素質をもつ、まじめで優秀な人ほど、こうした状態に陥いりやすい、というのが僕の実感だ。飛躍するが、たとえば長浜の幼児刺殺事件の容疑者も、中国ではとても優秀な女性で身内や近所の評判も良かったという。一方、前に僕の書いた「日陰で生まれる子どもたち」で職場で子供を産んで育ててしまう中国女性など、一見したところでは谷口容疑者よりはるかに過酷な生活を送っているが、見た目にはそれほどストレスを感じず、のほほんと過ごしているように思える。まじめだったり知的水準が高かったりすることのほうが、むしろ不幸の結果へと(自らを)導いてしまうこともあるのかも知れない。この日陰の親子の将来は、僕からみると絶望的にさえ感じるが、意外にしたたかに生き抜いてゆくのかも知れない。本当に頭の良い生き方とは、緊張感や落ち込みを承知していて、上手にやり過ごしてゆく力だと思う。だからリラックスがより生かされるし、物事を良い結果に導いていくのではないだろうか、と最近つくづく考えさせられている。このように書いていて、「ではお前はどうだ」と言われると、面目ない、そうなんである。うまくいかない失敗を山ほど積み重ねているから、ようやくこんな生意気なことも書くだけなら書けている。物事の成功法はともかく、失敗の仕方だったら幾らでも教えることができる。生徒募集!(笑) 私信>青空に溶けて仕舞ひし雲雀かな佳句、そしてお気遣いありがとう。僕はいたってマイペースな男なので大丈夫です。物事も体調も、どんなに努力しても頑張っても、できることはできるダメなときはダメなものです。マイペースで行くことです。いずれ、“そんな時代もあったなぁ”と苦しかったことを懐かしむときが来るでしょう。お互いに“若かったなぁ”とゆっくり飲み交わすときもあるやも知れません。楽しみにしています。PS 僕は反面教師としてならともかく、先生などと呼ばれる人間ではありません。 この世で出会う人、みな先生ということで…、よろしく。
2006.02.22
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出入り禁止のチェックをするのが毎朝の日課になっているにもかかわらず、メールボックスには手を変え品を変え、相変わらず迷惑メールが入ってきます。フィルターを工夫して、ある程度は撲滅しています。しかし、テキもサルものアドレスを日替わりで変え「お元気ですか」とか「お久しぶり」とか「よろしく」など、紛らわしいタイトルをつけて入ってきます。その手のものは自動的に迷惑フォルダに行くようにしてあります。だが、あまりバリアーを高くすると本当の“友達”からきた必要なものも犠牲になってしまうこともあり、まったく困りものです。メールとして送られてくる殆どはPRか迷惑メールですが、なかには役に立ち面白いものもあります。そんな一つをご紹介しましょう。手抜き日記の方便ですが、僕の日記よりは確実に役立ちます。題してインターネットで現役医師がお答えします!さまざまな質問が寄せられ、医師たちがフリーな立場で回答をするのですが、医師によってこれほど見解が分かれるのかということも参考になります。無料で読むことができますから、皆さんも登録してお気に入りに入れておくことをお薦めします。下記のものは「ヘアカラーについて」の質疑を適当に抽出してコピペしたものですが、なかなか楽しめました。 ヘアカラーにつきまして 初めまして ○中○一と申します。 お答え頂ければ幸いです。 質問は、ヘヤーカラーについてです。 婦人科の先生から直接聞いたという方の話でした。 子宮全摘のために開腹術をしたところ、子宮がその女性の髪の毛のカラーと同じであった。 なおかつ、ヘヤーカラーの香料の香りがした。とドクターがおっしゃっていたそうですが。 そのような(色素が移行して沈着する。)ことが起こりえるのでしょうか。 そのような危険があるならば、娘に髪の毛を染めることを止めさせるつもりでいる父親です。 もし学会誌に投稿されていましたならば娘に読ませたいと思っております。 学会誌名、Vol No 年月日をご存じであればよろしくお願いいたします。 ●投稿者 松山の専門医 消化器内科大学病院で消化器をしておりますが ヘアカラーによる肝障害などの報告があります。 2003年内科学会雑誌英文 Drug-induced hepatitis due to repeated use of hair dye として報告があります。 髪を染めるのですが、口もしくは気管から吸収されると考察されてあったと思います。 子宮へ色素が沈着するかどうかは不明ですが、参考としてください。 ●投稿者 いち内科医 一般内科内科の立場からもそのようなことはありえないと考えます。まず、毛髪から吸収、あるいは毛根から吸収というのは考えにくいでしょう。ヘアカラーは毛髪が対象ですから、毛髪 から体内へという流れはありえないと思いますよ。安心されてください。そのあたりのことは、ヘアカラーのメーカーのほうで実験済みだと思います。どうしても心配ならば、ヘ アカラーのメーカーに問い合わせるというのもひとつの手で、けっこうこういう場合親切に教えてもらえますよ。 ●投稿者 唐津の医師 循環器、糖尿病 循環器科 ・ヘアカラーはもともと除草剤と似たような成分が入っています。また添付文書には皮膚にはつけないようにと書いてあります。(絶ッたい不可能なのに)皮膚にそのようなものを 撒いていい事があると思いますか?私は娘、息子に絶対そのような事はさせません。 ●投稿者 保険薬局薬剤師のももです。 多くの先生方の議論、とても興味深く拝見させていただきました。 ただ、大学時代に親にナイショでこっそり髪を染めた私からは、ちょことだけお話させてくださいね。 まず、ヘアーカラーの体への影響はもう沢山の先生が書いて下さった通りですが、それがタバコやお酒、コーヒーなどの摂取とどれだけ体へ及ぼすリスクが違うのかってことです よね。薬剤師の観点からしますと、全く同じだと思います。むしろタバコの方がリスクは大きいです。(これは断言できますね) それから、使用するかしないかですが、娘さんの年齢がおいくつかはわかりませんが、高校生くらいであればまだ成長段階ですので、成長期に揮発性物質が体内に入ると、成人よ りもリスクが高くなるので、「大人になるまで」という限定つきで娘さん自身の健康のためといって延期するのも方法だと思います。18歳を過ぎたら、それほどお父さんが神経 質になられる必要はないでしょうし、むしろ言われた娘さんの気持ちを考えると、余計反抗してしまいそうですね。 あと、妊娠した場合は胎児への影響が少なからずあるので、もちろんヘアカラーは控えるべきだと思います。 ヘアーカラーに限らず、パーマもそうですね。 あと、海外輸入の製品よりは国内製造の商品のほうがずっと安全です。ヘアカラーに使用される化学物質の基準が全く違うので、海外のほうが日本のものよりもずっと揮発成分が 多いです。 お幾つの娘さんのお話かはちょっとわかりませんが、大事なことは「止めさせること」ではなく、「体に少なからず影響がある」という認識をしっかりもってもらうことだと思い ます。「ヘアーカラーが嫌い」とか「娘の髪の色が変わった姿を見たくない」という親の気持ちもわからなくもないですが、タバコやお酒の嗜好品と同じです。リスクをしっかり 認識した上で、本人がしっかりと物事のよしあしを見極められるようにすること。そして、今はヘアカラーをしていても、いざ結婚して妊娠した時に、「あ、そうだ体に悪いから 止めよう。」と思えるような教育をするほうがわたしは大切だと思います。 ちなみに大学時代に真っ茶だった私の髪は、今は思いっきり地黒です♪ いや~海外の学会に行くと、髪が黒いと「あの時の日本人」って覚えてもらいやすいし、金髪が多いなかで長い黒髪で颯爽と歩くのって、結構気持ちがいい。 (すみません、薬と関係ない話で) だから、「ヘアカラーがダメ」ではなく、「染めないほうがかわいい」っていって止めさせる方法もあるってことですよ。余談でしたね、失礼しました。 ●投稿者 hero2005 全科 人前でタバコを吸う方は、犯罪者であるとの認識を持っております。自分自身が喫煙による害を受けるのは自業自得で仕方ありませんが、同時に他人に対して害を及ぼしています 。 他に同じ空気を吸う人がいる場所での喫煙は「自爆テロ」であるというのが持論です。他人がいる場所で、喫煙をするヒトには「人権を論じる資格はない」と思っております。喫 煙は病気です。医学会では、もはや嗜好品との認識から除外されています。異常な病的な生活習慣です。マナーを守って喫煙をというコマーシャルをみるたびに、マナーを守る人 なら喫煙は絶対しないだろうと感じています。他人が吸う空気を、汚して不快な気分にさせる行為はどのようなかたちであってもマナー違反です。 妊婦の喫煙、飲酒は胎児への影響を考えるともはや、非常識としかいいようがありません。妊娠中の髪の染色は、食品添加物の含まれる食品やサプリ同様に控えるのは当然のこと です。全く同感です。 法にふれない範囲内で、自分自身で何をしようと他人に直接の迷惑をかけない限り、どうなろうと自業自得です。最終的には自己責任といえるでしょう。 ●投稿者 へたれ循環器専門医 循環器内科この話題で、hero2005先生にいささか真意が伝わらない面もあったかと思いますが、基本的にはhero2005先生の言う事も正論であり、行き違いに関しての議論は 本筋ではなかろうということで特にカキコもしませんでした。まきさんのコメントは私の真意に近く、解説に感謝しております。喫煙の害、特に受動喫煙の害に関してはもっと公の場でやるべきですよ。国民の健康を犠牲にして天下り先を確保しようとする財務省には反吐が出ます。●投稿者 漢方医結論から言いますと、あまり使用しない方がよいと思います。 世界一のがん研究機関であるIARC(国際がん研究機関)の報告によると、「毛染め師」はGroup2A(発がんの可能性がかなりある職業)になっています。しかし、ha ir dye に関しては、Group2C~Group3(発がんの可能性は低い)となっています。 要するに、毎日染料を触っているような人はがんになる危険性がかなりあります。時々ならあまり危険性はないように思いますが…。 またアミノ化合物ですから、シンナー(トルエン)のように貧血、肝障害がでる可能性はありますので、健康には良くないでしょう。あとは使う人ご自身の判断です。 インターネットで「hair dye」「carcinogen」「toxic」などを入れて検索するとかなりの数がヒットします。 ご参考になれば幸いです。 元 この分野の研究者(現 漢方医)より どうですか、ここで登録できます。無料会員で十分楽しめます。もちろん、僕は紹介料など貰っていませんよ。
2006.02.21
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「きっこの日記」は、一個人のブログとしては現在では断トツに注目され、時にはそこからの情報によって、国会や社会が動くという現象も起きていますから、流されている情報の真偽はともかく、もはや一種の社会現象ともいえるのではないでしょうか。ある程度予想されたこととはいえ、このことでブログ内で“「きっこの日記」の作者は○○だ”というような、推理、推測記事のようなものが現れてきています。立ち返れば「きっこの日記」の原点は、それを職業としない“単なる”一私人の公開日記です。きっこさん本人が、自分の個人情報(に近い部分)を自ら公開するのならともかく、他人が勝手に(ハンドル名)横山きっこさんにかかわる個人情報を調べ公開して、後から本人が黙認したからかまわないではないか、と言えるものではないと僕は思います。そもそも「きっこの日記」のスタート段階は、このような現在の政治問題を発信するための日記ではありませんでした。最初は、タレントのMAXファンとしての、のほほん日記のなかに、政治ネタが庶民的カタルシスの範囲で書かれていたと記憶しています。その独特な文体と、床屋談義か井戸端会議的に語られる、玉石混淆の雑多な情報が面白がられ人気があったわけです。きっこさんが、自分を特定できる情報を発信したとしても、それが(危険な)反動として自分に跳ね返ってくる心配はなかったわけです。だから、ずいぶんきっこさんを特定(想像)しやすい記事を書いていたし、それらしい写真も掲載されていました。しかし、現在置かれている状況はその頃とは随分変わっています。ある新聞記者のブログで<耐震設計偽造問題では「きっこのブログ」が情報発信源になり、そこから情報を入手して各メディアは取材に走った>とまで書いているように、一個人の私的ブログだったはずのところに、事件渦中の当事者が投稿したり、それをマスメディアが後追いするなど、少なからぬ社会性をもったブログとしての影響を与え始めています。記事内容が、反権力の立場から書いていることと、時に記者クラブなどの大本営発表に頼る記事より核心を突くものがあるだけに、外野から見ていて、書き手の身および記事の影響による安全性へ、若干の不安が拭えません。それを犯人捜しをするかのように、横山きっこさん個人を炙り出そうとする自称もの書きブロガーたちが蠢いています。よく、名をなしたタレントの無名時代の映像や、昔のAV映像などを発掘して得々と暴露する三流四流メディアがあります。迷惑メールとしても送りつけられてきますね「流出モノ」とかいって。こうした、興味本位だけで無責任な個人暴きをするメディアの手法は、いかにも下品でいやらしさを感じます。これがタレントなら、なかば公人としての人格をもっているわけですから、泣き寝入りも有名税としてしかたがないのかも知れません。しかし、ブログでどんなに社会的時評を書こうと、それが一私人の日記であるかぎり、その私人の個人情報は手厚く保護されるべきものでしょう。ましてや、彼女は好んでか好まざるか、危険と隣り合わせた場所に置かれているかも知れないのです。知られることになったとしてSPがつくわけでもなく、基本的に自分で自分を守るしかすべがないわけです。彼女の日記に、好感して溜飲を下げるのも良し、反発して批判記事を書くのも良し、しかし身元暴きをして悦にいるなどは、品性卑しきもののすることとして自重すべきでしょう。過ぎれば「個人情報保護法」違反として罰則を受けることもあり得るわけですから。やや話題が変わりますが、僕は「きっこの日記」や銀魂うさぎさんの「ハートを撃て」の果たしている役割を評価しつつ、当然ながら、そこから得たソースをそのまま自分のブログで流すということはしません。しばしば興味深い情報が書かれていますが、「きっこの日記」や「ハートを撃て」に書かれている情報は、ときに「内部告発」や当事者からのメールがあったり、情報源の精度は高いだろうと予想されますが、そのほとんどは僕らには裏の確認が不可能な二次、三次情報なわけです。きっこさん自身が「単なる自己満足ブログです。」と言うように、これら社会ネタのブログも一ブロガーの“日記”として、あくまでうわさ話として読む、囁くというレベルでとどめておくのが、無難だと思っています。ブログ上で俎上にあがる人のほとんどは当事者や公人であり、ケチョンケチョンにこなされたとしても「それは操作された嘘の情報を信じるのはバカの勝手。真実を書くのはあたしの自由。」というように、読者が取捨選択して溜飲を下げればいいだけの話しでしょう。「きっこのブログ」や「ハートを撃て」の記事をヒントに、庶民が「耐震偽装問題」や「ライブドア」、「米国からの輸入肉問題」を語るのは、おおいに結構なことで、そうした逞しい好奇心から地に着いた民主主義も育ってゆくと、僕は思いますがそれだけがすべてではないのです。ただし、報道機関は別です。それらの情報を丸投げ報道したとしたら、そのメディアの責任は重大です。どんな情報であれ、一次情報者からの裏を自らがきちんととって報道するのが、マスメディアの原則でなければならないからです。裏のとれていない情報をそのまま流用したとしたら、その時点でマスメディアとしての魂は売り渡されたと判断するべきでしょう。そんな馬鹿な記者はいないよ、と言うかも知れませんが、あえて言いましょう。マスコミは「記者クラブ」などで流される情報を、裏をとらずにそのまま流していませんか。政府や官庁などから渡された情報を、そのまま鵜呑みにして流していませんか。「米国とのBSE問題」にみられるように、“大本営発表”はしばしば悪質な情報操作がされているものです。相手がどんな立場の情報であれ、不確かなものをそのまま流すことは、プロのマスメディアにはあってはならないのです。一個人の感性で運営しているブログはときに、ときにゴシップ紙やイエローペーパー的であっても、読者はそこから真実をみつけて受け取ればよいのです。ちょっとなー、と思ったら捨てて、情報の精度を見抜き取捨選択してゆく目を、養い鍛える場にすればよいのです。そこに、既成マスメディア発信とブログ発信の性格の違いがあると思うのです。 この日記について、関係する複数の方からメールを戴きました。稚拙な記事にわざわざありがとうございました。お申し越しのこと、諒解しました。
2006.02.19
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滋賀県長浜市でおきた、幼稚園児2人が殺害された痛ましい事件は、容疑者が中国から嫁いできた女性だということで、重苦しい問題を投げかけている。リンク友だちもさまざまな角度からこの事件を書いている。シャルドネさんの「長浜幼児殺害の『衝撃』」、エムツーさんの「これが「反対」なら・・・・」、秀0430さんの「『事実』を考察する上での気になる事件」、そしてスコット五郎さんの「滋賀県長浜市で園児二人殺害事件:俺の推理」は、ご本人も海外での生活が長いだけに、具体的に考えさせられた。僕はつい最近、日陰で生まれる子どもたちという記事を書いた。日本国内でも近隣諸国の(ばかりではないかも知れないが)女性との国際結婚はこれからもより増えてゆくだろうし、それに対する日本の社会的受け入れ態勢、問題点をきっちり解明しておかないと、今後はよりさまざまな形で問題が噴出してくるだろうと感じている。だいぶ昔の記事だが、僕も中国人女性と結婚した知人のことを「中国人のお嫁さん」というエッセーで、一種の問題提起をしているので再掲載してみたい。 大チャンは腕のいいコックだった。街では有名な中華料理店で家族と一緒に働いていた。ちょっと石倉三郎似の風貌だが気の好い性格だったため仲間達には人気があった。しかし、40歳を過ぎても嫁さんがいなかった。見合いも数十回したが、女性の前にでると固まってしまうという欠陥があって、なかなか良い伴侶が得られなかった。たまたまつきあってもいいという女もあったが、財産狙いがアリアリのすれっからしだったりして、そのたびに大チャンは手もふれず傷つき別れた。大チャンは郊外の林のなかにしゃれた家を持っており、横浜中華街でのコック修行時代に覚えた中国語は達者で、信州大学に中国人留学生がくると頼まれて、よく生活の世話をしていた。ひとりの留学生を面倒をみたのが縁で、その留学生の親戚だという娘と見合いをすることになった。中国の大学を卒業していて、わずかながら日本語もできるという。見合いのために行った中国から帰った大ちゃんはご機嫌だった。その相手はとても美人で、日本には憧れていたといって、結婚をOKしてくれたというのだ。中国の親戚は、日本に嫁に出す条件として相当な額の支度金を要求した。また、半年に一度は里帰りをさせるという条件もついた(その後、里帰りのたびに土産として数十万円の電化製品などを日本から送っていた)。すっかり彼女を気に入っていた大ちゃんは家族を説き伏せ、数百万円をつくり迎えにいった。ある日、僕は大チャンとバッタリと市役所で会った。連れてきた女性と入籍しに来たというのだ。「この人、こんどぼくのワイフになるSさん。よろしくね」連れの女性は小さく会釈をした。スタイルもよく、なるほど大チャンが惚れるのもムリがないと思えるほどスラリとした美人だった。大ちゃんの家は一軒家で、隣接する家はなく静かな場所だった。結婚した中国からのお嫁さんは、そこで大ちゃんの帰りを待つという生活になった。大チャンの店は夜の9時まで、帰りは10時過ぎになる。住み慣れない土地にきた心細さと、帰宅の遅い大チャンを待つ淋しさからか、はじめは明るかったお嫁さんはだんだんふさぎ込むようになってしまった。いっそ、店の手伝いをしてもらったらどうだ、という周囲のすすめで、フロアーで料理を運ぶウエイトレスをすることになった。美人ではあったが難しいところがあった。些細なことですぐに落ち込んだり、客が触れたといってはそっぽを向いたり、体調が悪いと職場放棄をすることがたびたびだった。一緒に働いていた兄嫁等が、辛抱強く接客態度を教えようとしたが「私はホステスをするために日本に来たのではない」といって、素直に言葉を受け入れなかった。そのうちに、気に入らないことがあると中国に里帰りをし、二ヶ月三ヶ月と帰ってこなかった。当然、家族からは鼻つまみものの嫁になっていった。大チャンといえば、「いまに良くなるから、日本に慣れるまでだから、それまで我慢してくれ」と庇いつづけていた。ある日事件が起きた。フロアーで客と彼女がやり合ったのだ。身体に触れた、触れないといったようなことで揉めた。狭い店内なので、通るときに身体が触れあったのかも知れない。兄嫁が取りなしに入ったが、こんどは客の味方ばかりするといって激昂し、テーブルの料理をフロアーにぶちまけてしまった。兄たちもさすがに怒りだして大チャンに、「あの女と離縁しろ、それが嫌ならこの店を出て行ってもらう」と告げた。それまでも、さんざん揉めてきたすえのことであるから、大チャンは決意した。「わかった、俺たちがでてゆくよ。」大チャンは、森の中の一軒家を売り、中国の嫁さんを連れて東北のある温泉町の旅館に職をみつけて住んだ。大チャンがこの街を離れてから1年ほどして、街角で偶然であった。たまたま里帰りしていたという。「今、どうしているの? 彼女は元気…」という僕の問いに、「あぁ、何とかやっているよ」と一言だけつぶやいたが、あとは黙して語らなかった。大チャンを思うにつけ、幸せな結婚ってなんだろうと考える。下記のものは、上記の日記にいただいた(2005/04/24)のコメントです。Re:中国人のお嫁さん(04/24) シャルドネ☆さん 彼女だけを悪くは言えないです。国際結婚というものは、もともとそういうリスクを帯びているものだと思わずにいられません。それをリスクだと知らないわれわれの社会がナイーブなだけなのではないでしょうか。まして、排外的で異質なものを潰すことには余念のない企業社会が日本の現在を覆い尽くしています。今日あるビジネスの関係で訪ねた法人の社長さんは美しい中国女性でした。日本籍を取得して、日本名も持つ方で、日本語は極めて堪能という人。私特有の複雑なものいいにもまったく混乱せずに理解をされていたのにも驚くばかりです。日本の企業社会がどれほど排他的であるのかを話題にしていろいろ体験談を交歓してきました。日本企業が開発者や零細ベンチャー事業に対していかにか獰猛で躊躇ない簒奪を実行するのかを私が述べると、彼女は日本で本格的な開発事業者が大手企業に過酷に抑圧をされるのだから、中国人が日本のビジネスで多少とも制約されても仕方がないな、と笑い話になりました。「北京の反日デモどころか、国会議事堂に投石したいのは日本で本気で研究開発ベンチャーをやってきた日本の事業者たちでしょう」と私が述べると恬然と笑みを浮かべて頷かれました。(2005/04/26 09:49:18 PM)Re:中国人のお嫁さん(04/24) alex99さん とてもいい人だが、女性から見て魅力的でない男性だったのだろうと思います。価値観次第ですが。日本の女性とは結婚できない男性が、経済力をエサに中国女性や東南アジアの女性と結婚するという例が多いようですが、根本において間違っているように思います。彼女達だって、できれば自分の理想の男性と結婚したかったのでしょうが、貧しさゆえに、経済的な理由でランクを落として、理想とはほど遠い日本人男性と結婚した。よくある話ですよね。しかし、そのうちに、押さえていた不満が噴出するでしょう。彼女の場合はちょっと性格的に問題があったかもしれませんが、彼女が感じた「理想との乖離」、「哀しさ」は理解できるような気がします。だからよけいに荒れたのでしょう。(2005/04/27 03:58:45 AM)返事を書くRe[1]:中国人のお嫁さん(04/24) msk222さん シャルドネ☆さん>彼女だけを悪くは言えないです。こういう側面もあり、もっと悲惨な面もあります。また、経済的な諸々もあるのでしょう。歴史教科書や過去の問題もあるのでしょうが、けっきょくは、近隣の人々と現在どのようにお付き合いができているかが大切だと思います。経済だけがひとり歩きしていたら、問題はますます深刻になってゆきかねませんね。(2005/04/27 12:40:58 PM)返事を書くRe[1]:中国人のお嫁さん(04/24) msk222さん alex99さん>日本の女性とは結婚できない男性が、経済力をエサに中国女性や東南アジアの女性と結婚するという例が多いようですが、根本において間違っているように思います。>彼女達だって、できれば自分の理想の男性と結婚したかったのでしょうが、貧しさゆえに、経済的な理由でランクを落として、理想とはほど遠い日本人男性と結婚した。>よくある話ですよね。ありすぎる話しです。あまり、よい結果を生まないケースが多い。もちろん、とてもうまくいっている少ないケースもありますが…。>しかし、そのうちに、押さえていた不満が噴出するでしょう。>彼女の場合はちょっと性格的に問題があったかもしれませんが、彼女が感じた「理想との乖離」、「哀しさ」は理解できるような気がします。>だからよけいに荒れたのでしょう。-----これもそうですが、経済だけでこころの安息が得られないという典型だと思います。
2006.02.18
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春 の 水雪解の水が川幅いっぱいに流れている豊かにたゆたいながら頬と頬とをよせあって冬のあいだ遠い山の頂であるいは谷間でじっと黙って考えていた夜明けのように今は本流に沿って飛沫をあげるおとなしくしろよ とヨセフに似た波が岸辺まで押しかえしてくるこの嬉戯 笑い濡れたひとみをあげてこの世という時間の通路をそっとかいまみる水の妖精それは遠い日の初恋に似たためらいがちな合図岸辺の葦が静かに手をふる思い出の最後のああ 春の水が流れている流れている (伊沢幸平・詩) 偶然開いた本のなかにあった詩が目にとまった。伊沢幸平という作者に記憶が蘇ってきた。僕が高校時代に教わった現代国語の教師だ。僕の母校は信州の山深い中にあったが、疎開したまま住み着いた学者や芸術家、文学者が母校の教師になって、生涯を送る人が多かった。その頃は、まるでありがたみは感じなかったが、卒業後数十年してからこれらの方々に師事できた幸運を感じている。略歴があった。 伊沢幸平明治四三(一九一〇)年~昭和五一(一九七六)年。詩人、評論家。上伊那郡富県村(現伊那市)生まれ。東洋大学文学部卒。小林秀雄に師事。創元社に勤め、哲学書出版に携わるかたわら詩作、評論執筆、読書の生活を送る。昭和二〇年伊那市に疎開。戦後は鉱山会社経営、『伊那タイムス』勤務ののち、昭和二六年高校の国語科教師となる。伊那中学(現伊那北高校)在学中にすでに三種の同人誌を発行しているが、同人雑誌好きは生涯かわらず、関係した同人誌は十指に余る。『信濃毎日新聞』等にも評論、詩作を発表。著書には評論集『机上滴々』(昭和二七)旧美篤村史『みすずーその歴史と自然』(昭和三六)歴史編執筆。詩集『途上』(昭和四二)があり、没後友人知己の手で『伊沢幸平集』(昭和五三)が編集、刊行された。「春の水」は寒さ厳しい伊那谷に訪れた春の喜びを、幸平の詩に時に見られる突飛な比喩を用いず、素直に歌いあげている。詩集『途上』に収められた。
2006.02.17
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一般にはあまり馴染みがないかも知れませんが「日本映画監督協会」(崔洋一理事長)という団体があります。なんと楽天にブログがありました(実は僕も知りませんでした^^;)。映像作品の制作者たちの団体で、もう70年になるといいます。「日本映画監督協会」の70周年記念の映画が創られました。名付けて、『映画監督って何だ!』という映画です。その映画の伊藤俊也監督から、年賀状をかねてご案内を戴いているのをすっかり忘れていました。_(_^_)_10年ほどまえに僕の書いた短文の映画化についてわが家を訪ねてきてくれたのが縁で、伊藤監督とはここ10年ほどの親交があります。1昨年もご夫婦で信州に訪ねてくれて、崖崩れのつづくアルプス山中を案内してすっかり怖い思いをさせてしまいました。『映画監督って何だ!』という映画は、5名のプロの俳優を除いて、制作から助監督、百数十名におよぶキャストなどなど、協会員が総出で映画を作ったとのことです。完成を記念して、東京と京都で上映会があり、ことに京都では3月2日から19日まで映画の上映会と監督のお話(講演というような堅苦しい話しではないようです)があります。僕は、15日に大阪まで行く予定がありますから、14日か16日に寄ってみようかとも思いましたが、伊藤俊也さんは、2日と19日に出る予定になっているということで、残念ながらお会いできないかも知れません。そんなわけで、お近くで興味のある人は参加したらいかがでしょう。直接興味深い話しを聞くことができますよ。上映会場 京都文化博物館 電話 075-222-0888 日程 3月2日(木)、19日(日) 13:30~、17:00~の2回上映『映画監督って何だ!』注)19日は13:30~のみ2006年日本映画監督協会作品(カラー・約90分)※ビデオ作品監督:伊藤俊也脚本:伊藤俊也 音楽:宇崎竜童出演:小泉今日子、佐野史郎、石川真希、原田芳雄、監督協会員多数 3月3日(金) 13:30~、17:00~の2回上映『無法松の一生』1943(昭和18)年大映京都作品(モノクロ・83分)監督:稲垣浩原作:岩下俊作 脚本:伊丹万作 撮影:宮川一夫出演:阪東妻三郎、月形竜之介、永田靖、園井恵子、川村禾門、沢村アキオ、杉狂児、山口勇、葛木香一、尾上華丈 3月4日(土) 13:30~、17:00~の2回上映『雨月物語』1953(昭和28)年大映京都作品(モノクロ・96分)監督:溝口健二原作:上田秋成 脚本:川口松太郎、依田義賢 撮影:宮川一夫出演:京マチ子、水戸光子、田中絹代、森雅之、小沢栄、青山杉作、羅門光三郎、香川良介、上田吉二郎、南部彰三 3月5日(日) 13:30~、17:00~の2回上映『血槍富士』1955(昭和30)年東映作品(モノクロ・94分)監督:内田吐夢原作:井上金太郎 脚本:三村伸太郎 脚色:八尋不二、民門敏雄出演:片岡千恵蔵、月形龍之介、喜多川千鶴、田代百合子、植木基晴、植木千恵、進藤英太郎、加東大介、横山運平、小川虎之助 3月9日(木) 13:30~、17:00~の2回上映『樋口一葉』1939(昭和14)年PCL、東宝作品(モノクロ・83分)監督:並木鏡太郎原作:八木保太郎 脚本:八住敏雄 撮影:町井春美出演:山田五十鈴、水町庸子、堤真佐子、高田稔、英百合子、渋谷正代、三浦矢柄子、宮川澄子、宮野照子、佐山亮、清川虹子 3月10日(金) 13:30~、17:00~の2回上映『人情紙風船』1937(昭和12)年PCL、前進座作品(モノクロ・86分)監督:山中貞雄脚本:三村伸太郎 撮影:三村明 音楽:太田忠出演:河原崎長十郎、中村翫右衛門、中村鶴蔵、坂東調右衛門、山岸しづ江、霧立のぼる、御橋公、市川楽三郎、市川菊三郎、山崎長兵衛 3月11日(土) 13:30~、17:00~の2回上映『赤西蠣太』1936(昭和11)年千恵蔵映画・日活作品(モノクロ・77分)監督:伊丹万作原作:志賀直哉 脚色:伊丹万作 撮影:漆山裕茂出演:片岡千恵蔵、瀬川路三郎、林誠之助、阪東国太郎、矢野武男、赤沢力、柳恵美子、原健作、比良多恵子、香住佐代子 3月12日(日) 13:30~、17:00~の2回上映『王将』1948(昭和23)年大映京都作品(モノクロ・92分)監督:伊藤大輔原作:北条秀司 脚本:伊藤大輔 撮影:石本秀雄出演:阪東妻三郎、水戸光子、三條美紀、滝沢修、小杉勇、斉藤達雄、大友柳太朗、香川良介、三島雅夫 3月16日(木) 13:30~、17:00~の2回上映『昨日消えた男』1941(昭和16)年東宝作品(モノクロ・89分)監督:マキノ正博原案:ダシール・ハメット 脚本:小国英雄 撮影:伊藤武夫出演:長谷川一夫、山田五十鈴、高峰秀子、徳川夢声、江川宇礼雄、鳥羽陽之助、清川虹子、清川荘司、進藤英太郎、鬼頭善一郎 3月17日(金) 13:30~、17:00~の2回上映『西鶴一代女』1952(昭和27)年新東宝・児井プロダクション作品(モノクロ・136分)監督:溝口健二原作:井原西鶴 脚本:依田義賢 美術監督:水谷浩出演:田中絹代、山根寿子、三船敏郎、宇野重吉、菅井一郎、進藤英太郎、大泉滉、清水将夫、加東大介、小川虎之助 3月18日(土) 13:30~、17:00~の2回上映 ※2作品連続上映『狂った一頁』1926(大正15)年新感覚派映画連盟、ナショナル・フィルムアート作品(モノクロ・59分)監督:衣笠貞之助原作:川端康成 脚色:犬塚稔、沢田暁紅、衣笠貞之助、川端康成出演:井上正夫、中川芳江、飯島綾子、根本弘、関操、高勢実、高松恭助、坪井哲、南栄子『十字路』1928(昭和3)年衣笠映画連盟、松竹作品(モノクロ・無声・65分)監督:衣笠貞之助脚本:衣笠貞之助 撮影:杉山公平 美術:友成用三出演:千早晶子、阪東寿之助、小川雪子、相馬一平、中川芳江、関操、二條照子、小沢茗一郎 ■ ゲストのお話 ■(各日・各回上映前、20分程度) 3月2日(木)『映画監督って何だ!』 後藤幸一(協会専務理事)、伊藤俊也(映画監督) 3月3日(金)『無法松の一生』 中島貞夫(映画監督) 3月4日(土)『雨月物語』 田中徳三(映画監督) 3月5日(日)『血槍富士』 鳥居元宏(映画監督) 3月9日(木)『樋口一葉』 山際永三(映画監督) 3月10日(金)『人情紙風船』 土橋亨(映画監督) 3月11日(土)『赤西蠣太』 太田米男(大阪芸大教授) 3月12日(日)『王将』 山内鉄也(映画監督) 3月16日(木)『昨日消えた男』 松尾正武(映画監督) 3月17日(金)『西鶴一代女』 中島貞夫(映画監督) 3月18日(土)『狂った一頁』 上倉庸敬(大阪大学教授) 3月19日(日)『映画監督って何だ!』 監督たちのシンポジウム(阪本順治他)
2006.02.16
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紅梅に雪もう十余年も前、庭師の知人が標高1000米ほどの山中から仕入れたという日本石楠花を庭先に植えていった。専門家の彼が植えたものだから、翌年には見事な花が咲き眼を楽しませてくれた。その後も、毎年六月頃になると美しく花が開き楽しんでいたのであるが、気のせいか年ごとに花の色が褪せてゆくのを感じた。当家の標高は約650米、土目ということもあるだろうが、この350米程の標高差という環境が、花色をすこしずつ変えてしまったのだろうか。そのうちに枯れてきた。何故だろうと思案にくれているうちに、ふいに原因が眼の前に飛び込んできた。僕を追いかけてきたわが家の飼い猫が、その石楠花の下を掘り、用足しを始めたのである。きっと毎日、そこをトイレにしていたのだろう。樹木に尿を直接掛けたのでは強すぎる。僕たち人間も、全く達った自然環境の中で生きていれば、肉体的には勿論、精神的にもまた微妙に違った色調に染められるのかも知れない。それが地域性による人柄としてもあらわれるということも、少しは影響しているのかも知れない。『ロマソ主義』という本だったか、その作者(たしか女性だったが失念した)が、「ドイツ人は大自然のきびしさに養われたから、生真面目になり、愛情と快活さに餓え、なによりも家と心情の内部を求めようとする。かまどの火のかたわらがいちばん心の安らぎを感じる」という意味のことを書いていた。「またドイツ人は、家のみならず自然そのものとも離れがたく結びついている。暖炉のかたわらで、彼等は過ぎ去った日々を思い、やがて来る春の息吹が、冬を追い払うのを待ちあぐねている」とも書いている。今年は、雪国にはことのほか厳しい冬になったが、それでも今日あたりはだいぶ暖かくなり、ここ信州伊那地方でも気温が日中は10度近くにもなった。しだいに長くなってゆく昼、それに応じて早くなるあけぼのの訪れ、少しなま暖かくなった宵の光、零下10度以下の日々を超えたから感じる、春の予感にみちた日々…。そうしたものが、冬の自然を乗り越えるたびに少しずつ人々の風土性をつくるということは、たしかにあるのだろう。ドイツというとベートベンやブラームスをはじめ、きら星のごとく作曲家など芸術家が思い浮かぶ。ベートーヴェンを起点とする十九世紀の浪漫主義運動は、自己表現、自己の内面表出を特徴としたと思うが、ドイツの自然がそれらの作風をつくりあげるのに影響を与えていたのだろうか。春の予感を感じる季節になると、さまざまな感情が去来してきて、何かを書かずにいられない気持ちにもなってくる。と思っていたら、囲碁仲間のポン友が春の宴をするから出てこいという電話をよこした。啓蟄には少し遠いようにも思うが、そういう何かが蠢き出す季節なのかもしらん。
2006.02.15
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オリンピックが始まって、日本勢は今のところ期待したような成績が出ていない、しかしそんなことは実際どうでもいいことだ。世界中から天才が集まり、力の限り戦っても与えられるメダルは3個だけ。ましてや金メダルは1個しかないわけだから、宝くじにあたるより狭き門であり、それも偶然という可能性のほとんどない世界で競うのだから、メダルに届かなくてもそれは仕方がないことだ。それにしても、出場前の選手がインタビューに応えて「皆さんに感動を与えるように頑張りたい」といい、あわよくばメダルを穫った選手にマスコミが「感動をありがとう!」などともち上げ、それに同調している姿を見ると、僕のようなへそ曲がりの人間は白々しい気分になる。今度も有望だと言われたスノーボード男子HPの選手が、出かける前のインタビューで「ぜひ、皆さんに感動して貰えるようにメダルを穫りたいと思います」などと答えているのを聞いて、ああ、この選手はダメだろうなと予想していたら、案の定だった。「感動」などは、無心に闘いに挑んでいる姿があって受けるもので、選手に押しつけてもらって、わき上がるものではない。僕は、メダルを穫った選手が喜んでいる姿を見て「良かったね」くらいに思っても、心が震えるように感動することはない。勝った選手や関係者は素直に喜べばいいのであって、賞賛はしても感動とは別のものだ、と思っている。オリンピックなどで感動するのは、その舞台に立つために困難を乗り越えようとひたむきに努力する姿であったり、メダルに届かず、静かに敗れゆく者の後ろ姿だ。たとえば、癌を克服してフィギアのペアで米国代表になった井上怜奈さん、晴れ舞台に立つまでの凄まじい人生記録がテレビでも紹介されたが、彼女はインタビューには淡々と受け答えしていた。当然語り尽くせない苦労があっただろうが、それを表に出すような弱い性格だったら、オリンピックの舞台には立てなかっただろう。だから、彼女の生き方と重なる演技が観る者に感動となって伝わってくるのだと思う。人生をかけるほどの苦労や努力は、一遍の気の利いたセリフで集約できるはずもない。せいぜい有森裕子の「自分を褒めてやりたい」などくらいが上々といったところだろう。ショートプログラムで6位だった井上・ボルドウィン組が、フリーでは何位になろうと、仮にずっこけたとしても僕は彼らの演技から、心地よい感動を受けるだろう。スキーモーグルで15位に終わった里谷多英からも、感じるものを受けた。過去2大会連続メダルを獲得した里谷だが、昨年2月に起こしたスキャダルをきっかけに、不運が続いていた。出場停止処分などの練習や実戦の不足から、この大会に向けて急いだ無理がたたって、今年になって痛めた腰は、痛み止めの注射がなければかがむことさえ困難な状態だったという。メダルに届かなくて当然ではあったのだろう。15位という結果に、インタビュアーから(スキャンダルのことなど)「色々あったね」という問いに思わず目から涙が一筋流れたが、じっと唇を噛みしめ、淡々と「これが自分の実力です」「こんなはずじゃなかったとも思わない」と語っていた。どのような結果であろうと、言いわけをしないと決めていたそうだ。僕は、このようなに姿こそ感銘を受ける。メダルという結果は、穫ればとったでいいが、その人の人生の通過点の記念スタンプのようなものであって欲しい。最終目標だとしたら、残りの人生はなんと不幸なことであろう。メダルを穫ることは、宝くじを買うより難しといったことと矛盾するようだが、誰かは絶対に穫るのである。そんなことに感動したとしても、それはワンパターンの感動で、造られた演出に陶酔してみるだけのものだ。感動は勝者が表彰台に立つ姿より、むしろ敗者たちのみせる涙や言葉にこそ、多様で胸に響くものが凝縮されていると思う。しかも、それは競技場の片隅にこそ転がっているのだと思う。
2006.02.13
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恥ずかしながら今頃「ALWAYS 三丁目の夕日」を観てきました。わが街には映画館が2つしかありません。かつては4館あり、邦画・洋画などと分かれていたのですが、残念ながら現在上映するのは特別話題になったものか、アニメなどお子様向きのものが多いのです。話題になっていて観たい映画も、公開から3ヶ月以上ときには半年も経ってからかかる始末です。たぶん、後に行くほど配給金額が少なくてすむということだろうと思います。カミさんはミュージカルとやらを観に行ったので、ひとりで出かけました。日曜日だというのに映画館には10人ほどの観客しかおりません。なるべく人気のない前のほうの真ん中へんに座って、待機しました。ハンカチが必要な映画だと聞いておりましたので、みっともない顔を人に見られたくなかったからです。この映画の原作は西岸良平のコミック「三丁目の夕日」を、『リターナー』の山崎貴監督が映像化したものです。舞台は、建設中の東京タワーが少しずつ空へ伸びていく昭和33年。夕日町三丁目で、慎ましくも笑顔の絶えない日々を送る人々の姿が、VFXを取り入れて感動的に表現してあります。近所が集まったテレビ観賞、僕も小学生の頃テレビのある友達の家に寄り込んで相撲中継を観たことを思い出しました。どこかで心のつながりをもっていた近所の人々のやり取りや、一平と淳之介たち子供の冒険や遊びなど、現代では見られなくなった風景のなかでのやりとりは、やや作りが入っていますが、地域が断片化し、冷めた人間関係が広がる現代の日本社会が何を喪ってしまったかを訴えかけてきます。これでもかと、泣き笑いの込められた映画ですが、軽すぎず重すぎず、一定以上の年代の日本人琴線にしっとりと響く映画ではないでしょうか。(僕の琴線はグッショリと濡れてしまいましたが…)出演は、鈴木オートの夫婦に堤真一と薬師丸ひろ子。薬師丸ひろ子は少女時代に「戦国自衛隊」にも出ていたはずですが、あまり記憶にありません。しかし、ここでの演技は存在感があり、堤真一とともに好演でした。わびしい小説家の茶川役の吉岡秀隆は「北の国から 2002遺言」で共演した内田有紀とせっかく結婚したのに最近離婚して、実生活と重なりピッタリの役柄でしたね。東北から集団就職した女の子の六子役の掘北真希も可愛かった。そして、小雪演じる飲み屋のママ役もすこぶるよかった。こんなイイ女ではなかったけれど、青年時代についつい夜明けまで過ごして(手も触れることなく、いや手だけは触れたかナ)小料理屋のママとも重なって、ウルウルでした。団塊付近の世代にとっては、少年から青年へのさまざまな記憶が呼び起こされ、とても優しく洗われる気分になるのではないでしょうか。もちろん、厳密に考察すればちょっとできすぎ、作りすぎの部分もなきにしもあらずですが、小理屈をつけて観るより、すなおに泣いてくるのが、この映画の正しい鑑賞法だと思いました。まだ観ていない人は、ここで予告編を鑑賞できます。しかし、予告編だけですと、ただの感動押しつけ映画のように錯覚するかも知れません。ぜひ映画館でご覧下さい。ハンカチかティッシュもお忘れなく。
2006.02.12
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温かいお茶をどうぞうさぎビルの一角にピンクの看板のマッサージ店があります。10坪ほどの小さな部屋が二つあるだけですが、なんと三人の若い女性が暮らしながら仕事をしています。女性たちは中国人です。「女性客歓迎」と書いてあるけれど、女のお客さんが入ってゆくのは見たことがありません。女性は肩こりをしないのでしょうか。僕は肩が凝らない体質なので(笑)お世話になったことはありませんが、ウサギを食べられそう(?)になったことがある、例の彼女たちです。ウサギに餌を与えにゆきますからときどき顔を合わせることもありましたが、まさか3人も住んでいるとは知りませんでした。しかも、そのうちの一人には赤ちゃんがいますから、正確には4人ということになります。その中の一番若い女の子が結婚することになりました。新居はウサギ部屋の真上です。どうやら相手は日本男子のようですが、冷蔵庫や洗濯機などの電化製品はすべて女性が買ってきましたから、ヒモにでもなるつもりなんでしょうか。当然ながら女性には就労ビザがありません。一応、どこか企業の研修生という名目で来日して、そのまま住み着いたものでしょう。大家は友人なので、何かと僕をあてにして飛んできます。(飛んでくる、というのは方言でしょうか)今日も、新婚家庭用の部屋を住めるように直すので、ドアの鍵を取り替えるので手伝ってくれといいます。ビルの中にありますが、人気のないとにかく寒い部屋です。温度計を見たら、日中なのに零下2度。冷蔵庫としてちょうどよい温度です。この寒い部屋でどのような新婚生活が始まるのでしょうか。中国内陸部は、日本の冬とは比べものにならないほど寒いので平気だそうです。彼女たちの言うには、(こんな生活をしていても)日本での生活は天国のようなものだといいます。カモ(?)になる男性とはまだ会っていませんが、どんなマヌケな男か早く見たいものです。彼女たちは、子どもを欲しがります。日本で、日本人との間に子どもを生めば永住権を得やすくなるからです。だから、いうなれば相手は、正式に結婚さえしてくれれば誰でもいいのかも知れません。風俗店の一室で生まれた子どもも、そのような意図がアリアリです。以前にこの件を書いたときに、シャルドネさんから「彼女たちを同じ人間として考えたらまちがいだ」という趣旨のことを指摘されたことがあります。ここでは、男は種付けのために必要であって、さて動物的彼女と無事に最後まで添い遂げることができるのでしょうか。(もっとも、熟年離婚ブームですから、僕だって保証のかぎりではありませんが…)そう、先輩の女性も、マッサージベットのうえで子育てをしてしまうなど、ウサギなみです。心配なのは、こうして育った子どもが大きくなるにつれ、どのように育ってゆくのでしょう。元議員だった僕の友人のもとには、外国から出稼ぎに来て日本人の子どもを生んだ女性たちがよく相談に訪れています。彼は、この地で国際交流協会の代表として、外国籍の人たちの面倒を見てきたので、それを聞きつけて遠くからも相談に訪れています。この時期になると、就学間近の子どもをもつ母親の相談が多いようです。相談にのってあげても一円にもならないどころか、生活費を貸したまま返らないことさえあるようです。本来なら、行政などが対応すべきですがまだ、対応が遅れていたり手つかずだったりするようです。議員たちも彼らの手助けをしても票にならないので、あまり手を出したがりません。こうした人々の手助けが、正しいことかどうかについては意見も分かれるところでしょう。今、詳しい実態はわかりませんが、日本ではこのように歓迎されざる母子家庭が増えています。在日朝鮮・韓国人は長い歴史があり、ほとんど日本人にとけ込んでいますから別格です。ブラジル人たちは基本的には日系ということになっていますからコミュニテーをつくって、自主学校で教育するようなところも増えています。フィリッピンや中国、東南アジアから人たち、これは殆どか飲食・風俗店などで働く女性たちです。脆弱な生活基盤しかもっていません。本来なら、日本で稼いだ後は国に帰って悠々自適に生活してくれれば一番いいわけですが、日本の生活に慣れてしまうと帰りたがらないようです。母国に、稼げるインフラがないということもあるのでしょう。さて、このままハーフの子どもたちが増えていったら、新たな社会的問題が発生してくるのは間違いないでしょう。こんな田舎町でも、日本人でいったら中学生くらいの子どもたちが平日の真っ昼間に集団で遊んでいる姿をよくみかけます。彼らが、日本社会からはじき出されたまま、青年になっていったら、堕ちこぼれは犯罪に手を染めてゆくことも考えられます。外国籍の人たちが票になるかどうかという、腰の引けた議員根性でやり過ごしてしまうと、いずれ大きな社会問題として表出してくるような気がしますが、いかがなものでしょう。問題が起き始めてからでは遅いと思うのですが…。
2006.02.11
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県民が四面楚歌状態のなかで立ち上がって見事に当選したあとも、県議会によって前代未聞の罷免をされた田中知事でしたが、再選挙も長野県民の圧倒的支持を受けて再選されました。その後は「脱・ダム」宣言、「県庁内大改革」、「脱・記者クラブ」宣言、など、矢継ぎ早に“改革”を断行し、森林整備による“緑の公共事業”、「製造業・農林業・観光業」×「福祉医療・教育・環境」の3×3(スリー・バイ・スリー)による新たな産業と雇用の創出促進、といった事業を進めてきた田中知事ですが、ここにきて支持率が30パーセント台を低迷しています。今年の夏には知事選があるが、これでは再選もおぼつかないではないかと心配するむきもあります。一時は80パーセントを超える支持率だった田中県政が、なぜ、このような状態になっているのでしょう。幾つかとりざたされていますが、僕の視点で気がつくものをあげてみましょう。そのひとつは「五輪帳簿焼却疑惑」。これは、冬季長野オリンピックの招致活動に使われた出あろう20億円という金額の動きが、あやふやのまま帳簿が消却されたというものです。吉村前知事時代の事件で、田中康夫も知事選では疑惑の解明を公約していた問題です。ところが、解明が進まないどころか、当時のオリンピック招致の責任者だった人物が田中康夫後援会(しなやか会)の会計として起用されている、ということで県議たちも鬼の首をとったように大騒ぎをしています。これはおかしい。「五輪帳簿焼却疑惑」は、本来前県政時代の問題で、それを支えてきた人たちにこそ、その時代に解明しなければならなかったわけです。そして、そのしなやか会の会計についている人に疑惑と証拠があれば、風聞として流すのではなく、きちんと正面から証拠を添えて刑事告発なりするのが筋ではないでしょうか。いつの間にか、田中知事が「五輪帳簿焼却疑惑」に関わっているかのようにすり替えて喧伝していることに不自然さを感じてなりません。たしかに、オリンピック招致に重要な役割を果たしてきた人が、後援会の会計に収まっていたことには、僕も首を傾げるところです。が、例の名刺折り事件の部長を骨のある人だとして県の重要ポストに登用しようとしたように、田中知事の過去の人事のやりかたを見ていると、予想外の出来事ではありません。敵側にいたから干すという手法でなく、能力さえあれば誰でも登用してゆくというところがありますから、さもありなんというところかも知れません。もうひとつ、田中知事誕生前から田中知事を支えてきた後援会幹部K氏(下水道業者)が、下水道工事で県の担当者に(自社に有利になるよう)働きかけた、と言われる問題。これは、働きかけたとするメモを、知事が廃棄させたかどうかをめぐって「百条委員会」にかけられました。下水道局に働きかけたという後援会幹部は、選挙の時にはずっと知事を支えていた人なので、僕も少しは経過を知っています。前県政時代は、県議や県幹部たちのコネや利権駆け引きが入り乱れているのが実情でした。その中で、ある程度の規模の業者でないと入札に参加できないというハードルがあって、大きな土木工事のほとんどは県外のゼネコンに流れていました。ところが、実際の工事は(ジョイントという名目の)丸投げで、県内の業者に下請け、孫請けされていることが多かったわけです。このような仕組みを壊して、地元業者に直接入札参加できるようにしたのが、田中知事でした。この仕組みに詳しかったK氏が、知事や県庁内の担当者に(県内業者が直接発注できるというように)指導し、結果的に県内の業者に仕事が回るようになったというのは、利益誘導というより、ある意味で必要なことでもあったわけです。結果として、工事規模に比較して県費の支出が大幅に圧縮されているわけです。ただし、疑いを持たれやすい事案については、後ろ指のさされない方法をとるべきだった、というのは当然です。それにつけても、「百条委員会」なるところで、県議たちが大騒ぎしている案件は、前知事時代には考えられない、小さなものばかりです。偽証の疑いをいわれる証言者まで用意して、多数決で知事を犯罪者のごとく有罪の評決をするのは、魔女狩りとしても異常です。これから、仕立て上げた罪状をどのように立証させてゆくのでしょう。指示メモを破った破らないということの罪科が、どのように確認されるのかじっくりと見てゆきたいと思います。それはそれとして、田中知事も公職の責任ある立場に立った以上“李下に冠を整さず”は当然です。行政のトップとして疑惑をもたれないように、日頃の活動を律してゆかなければなりません。ましてや前県政の腐敗を強く糾弾して、支持を受けてきたわけでもありますから。そういった意味では、脇が甘いと指摘されても仕方がないでしょう。さて、これらの話題が地元紙の信濃毎日新聞では、特集を組んだり、3段、4段抜きの記事として大きくとりあげられています。ちなみに信濃毎日新聞は長野県民の6割以上が読んでいるオピニオン紙です。今の小坂文部大臣など小坂財閥の経営する新聞ながら、戦時中には、唯一軍部を批判する社説を掲載するなど、これまではリベラルで進歩的な新聞として県民の信頼と支持を受けてきました。その「信濃毎日新聞」が、この数年一貫して田中知事に批判的な記事を流しつづけています。「信毎」記者の知り合いもおりますので、意見を聞くこともあるのですが、彼らからは県政に対してはしごく真っ当な答えが返ってきます。どうやら、内部に田中県政ウオッチングの特別チームがつくられ、そこの主導で記事が編集されているようなのです。その火元が「脱・記者クラブ」宣言にあるとしたら、マスコミとしてまことに恥ずべきことです。いうまでもありませんが、記者クラブという制度はそこに加盟しているマスコミにとって、まことに便利でラクな仕組みです。机や通信機器など用意されていて、ぬくぬくと待っていれば大本営ならぬ行政などから情報が伝えられ、それを記事にすればいいわけです。「信毎」は県内トップのマスコミとして記者クラブを仕切る役割も多かったので、ニュースも早く手に入れやすかったことでしょう。週刊誌やミニコミ紙などは仲間はずれですから、そこには同席できず、情報が伝わらないこともありました。しかし、これらのシステムは問題があります。一番大きな問題は行政(ことに理事社者)にとって都合の良い情報が、精査されずにそのまま流れるきらいがあります。もちろん「信毎」にも地道に足で記事を稼いでいる記者も大勢いますから、それだけで誌面ができているということはありません。部分的には大新聞より主張もしっかりしていて、いい記事も掲載されています。しかし、こと県政関連の記事については、徹底して田中批判へと導かれる記事構成になっているようです。新聞社としての体面もありますから、表向き過激な表現はありません。しかし、ソフトだからよりボデーブローは効果的に効くわけです。このチームは、地道に記事を集めている一般の記者たちとは治外法権的に存在しているのでしょうが、公器ともいわれるマスコミとしては誠に無不可思議な動きです。田中知事も、あらかさまにこうした「信毎」の姿勢を批判しますから、より燃えさかるという面があるのかも知れません。田中康夫という人は、その場の損得を計算をしない人ではありますから…。「信毎」がオピニオン紙としての立場を自覚するのなら、そろそろ大局的な視点で県政を俯瞰するべきだと思うのです。ここまでの田中県政は、旧い枠組みを壊しながら、県庁職員の県民への奉仕者としての意識改革をさせてきました。そのことは県に関わる人は誰もが感じているところです。また、あれほどあった財政赤字も見事なほど改善させてしまったけれど、新たに創ろうとしている諸々の試みはどれもスタートしたか、ようやく軌道に乗せ始めたものが殆どで、目に見える成果が少ないわけです。たとえば、林業の再生の一環としての木製ガードレールも費用が(既製品の3倍)と予算が掛かりすぎるということで、県議会では予算案を否決してしまいました。試作段階のものがコスト高につくのは当然で、大量生産されるようになればコストも下がのは自明の理だと思うのですが。何よりも、(使う場所によっては)美しい景観と、切り捨てられるか放置されていた間伐材の活用や、林業の再生、地場産業の育成としても一役買うわけですから、これを政争の具にして潰してしまうといった短絡発想に、一緒に荷担するかの編集は、本来のオピニオンの役割からはずれているといえます。人としての好き嫌いと、信州を発展させるためには田中知事にどのようなものを求め、活用してゆくかは分けて考えて欲しいのです。「信毎」を信頼している県民がどれほど、記事によって迷いを生じているのか、その影響を自覚して欲しいのです。そして、ことあるごとに足を引っ張ろうとしている県議たちと、その黒幕たちにも言いたい。自分たちの仕事(平たく言えば利権)の根拠を奪われた遺恨があるとはいえ、知事提案のすべてを否定すしてゆく議会運営に、本当に長野県を変えて発展させようという意志があるのでしょうか。仮に思惑通り知事の首をすげ替えることができたとして、前県政のような好き勝手な県政運営はできようもないことを、いったい自覚しているのでしょうか。新しい発想や創造の芽が出る端から摘み潰してゆく人たちが、担ぎ出そうとする人と、いったいどんな改革をすると言うのでしょう。改革というお題目だけ貼っておけば、すべて解決するというものではないはずです。田中知事になって4年、ようやく財政再建団体の入口から脱出し、全国的にみても飛躍的に健全財政に向いてきた長野県です。しかし、そのためにさまざまな緊縮財政をとってきました。僕たち零細印刷業なども、学校や役所の売り上げは何分の1にまで落ち込みました。土木建設業もだいぶ淘汰され、多くの人が転職を余儀なくされました。田中県政の目玉であった福祉予算でさえも、厳しいやりくりの中で少なからず削られてきました。これは、他の誰かが知事になれば直ちに改善できるというものではなく、県民がひとしく分け合い乗り越えなければならない痛みでもありました。そうした痛みの声を、聞き漏らすことなく少しでも改善させ、低いほうに手厚く盛るよう調整をしてゆく県政を、もう少しじっくりと田中知事とともに育ててみたらどうだろう、と僕は思うのです。僕らも、田中知事のすべてを無条件に肯定するわけではなく、詰め寄って糺したいものも少なからずもっています。耳の痛い言葉であっても、機会があれば知事にもの申してゆくつもりです。それらは、すべからず信州が良くなるための、人々の生活や環境が改善されるものとして発せられば、必ず通じてゆくだろうと信じています。急ぎすぎて、ここまでのすべてを喪うことのないよう、長野県民の皆さんには考えて貰いたいのです。
2006.02.10
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2000年までの長野県は知事選というとほとんど無風に近い状態でした。副知事が知事に立候補し、信任投票のような選挙が行われてきました。過去の長野県は55年体制をそのまま反映するような政治的枠組みで、自民党系会派と社会党会派が県内の政治勢力を2分する形で支配してきました。戦後ずっと、その県会の2大政党が、相談(談合)しながら知事候補を決めてきました。県議会(最大会派)が知事を(候補者として)指名し、県議会で指名されること=知事の椅子が約束されたような状態だったので、戦後は3人だけという長期にわたる知事の座にもかかわらず、知事は県議会の意向で動く番頭さんのようなものでした。県議たちはもっぱら、地域と県とのパイプ役としての役割を強調し、いかに県の予算を獲得してくるかが力量としてアッピールされてきました。ちなみに、長野県には北高南低といわれる南北格差がありました。北信地方にはオリンピックや新幹線やが誘致され、道路や施設では南信にくらべ立派な物が多かったようです。県内でみると、日に数十台しか通らないのに高規格道路が整備される一方、下伊那といわれる県南地域では、すれ違いもままならない林道のような曲がりくねった細い道が、主要道として放置されていたりしました。その南信でも、大物県議を出していた伊那では、大きな県的施設や競技場なども次々にでき、その県議の引退近くには、お土産でしょうか夜空を煌々と照らす大きなサーチライトつき竜のモニュメントまで完成されました。(さすが、信州の夜空を照らす趣向には地元民の批判も強く、現在は消灯したままです)今になって、一つひとつ指摘してゆけば、数え切れないほどのムダな施設が県議たちの予算ぶんどり合戦によって、県議の力量まかせなアンバランスな配分をされてきたのです。2000年の知事選挙では、共産党を除く県会すべての会派が副知事だったI氏を知事候補に指名し、共産党推薦の候補との一騎打ち(といえば聞こえはいいが、いわば信任投票)といういつものパターンに持ち込まれようとしていました。それまでずっと、県議会実力者たちの談合による知事で押しつけられてきたこともあり、さすが県民のなかからも疑問の声がわき上がってきました。ある県民が、新聞に「こんなことでいいのか、知事選び」という内容で投書したことがきっかけになって、県民が主体性をもって知事を選ぼうという機運が自然発生的にわき起こりました。そうして、ひそかにこれぞと思う幾人かの人を俎上にあげ検討されてゆきました。しかし、すでにI候補は県議会のほとんどの会派や、市町村長、市町村議会の支持をとりつけ、知事後継者として活動を始めていたのです。そのため、これはと思う人も二の足を踏んでなかなか立ち上がろうとしませんでした。その経過から名前が浮上してきたのが、現知事の田中康夫です。彼の自伝的女性遍歴を赤裸々に書いた有名な「ペログリ日記」なとどから、心配する声もありましたが、文学のなかのことと政治とは別です。文学は面白くなければなりませんから、書いていることがすべて作者の事実とは違うのです。ということは僕も力説しました。しかし、その時点では誰も勝てるとは思っていませんでした。それにしてもこのままでは長野県はあまりにも恥ずかしい。ドンキホーテと呼ばれるかも知れませんが信州再生のために戦って欲しいという県民の要請に、「よし、自分の命をかけてやりましょう」と引き受けてくれたのが田中康夫でした。もちろん、引き受けて貰うにあたって白紙委任というわけにはいきません。長野県の財政は、オリンピックの乱費や県議たちの予算ぶんどり合戦など、前県政の放漫経営もあって危機的状態でした。これまでと同じ状態で予算を組んでいけば、数年で県財政の破産状態ともいえる財政再建団体に転落する寸前にまで悪化していました。ただ一矢報いるというのでは困る。信州再生のために、知事として最低限貫いて貰いたいこと、やって欲しいこと、やっては困ることを出し合いました。ちなみに、田中康夫擁立の可能性を探るために、始めて南信を訪れたときには僕も同席して、ひとつだけ注文をつけました。それが、どの政党とも節度ある距離を置いて、常に県民の側の視線で働いくことを約束して欲しい、ということです。そのときの田中康夫とのやりとりは、以前に日記の中に書きました。信州再生へのビジョンは、案ずるより産むが易しで、僕らの考えているようなものよりはるかに斬新で画期的なものでした。ことに脱ダム宣言でもわかるように、環境行政に対する思想、行財政改革、利権体質破壊、地域文化再構築への考えかたは、目をむくほど大胆ですばらしいものでした。ここまでやって大丈夫だろうかと、それまでの県政での経験しか知らなかった県民の多くは半信半疑で聞いたものでした。ただ、保険の約款のように小さい文字でぎっしり書いてあったので、どれほどの県民が読んだのかはわかりませんが…。しかし、いかにしてもこれまでの県政の、淀みきった流れだけは断ち切らなければならない、というのがその当時の県民の願いでした。それから以降は、もう日本中の皆さんが知てのとおり、7割という支持を受けて当選し、県議会の横暴による罷免を受けた出直し選挙でも圧倒的支持を受けて当選しました。長くなりましたので、田中県政の課題などは明日の日記に書くことにします。
2006.02.09
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また、しっかり降ってくれました。雪。ネットオークションで、品物が目の前にないのをいいことに偽物やコピー商品を売りつけられるということはよくあることです。ことにブランド商品は、日本で作られることもありますが、多くは隣国や中国・東南アジアなどで作られ密輸入されてきます。それらはネットオークションなどを通じて販売されていることが多いですね。ネットの手軽さから、うっかり買ってしまう人、半ばコピー商品と知りながら買う人など後を絶たないわけです。偽物でも安いのだから割り切って使えばいいではないか、という人がいるかも知れませんが、これは違います。切磋琢磨して一つのブランドが市場で高い評価を受けるまでには、多くの企業努力と資金がつぎ込まれて、ようやく確立されるわけです。消費者はブランドがひとつの目安となって、安心して買い物ができるわけです。ソニーやホンダなどと同じことですね。中国などで、日本の工業製品のコピー商品が大量に作られていますが、これらは日本製品を分解して模倣すれば開発費がかかりません。そのようなコピー商品が自由に多量に出回ってもいいということになれば、世界の市場は大混乱に陥り、結果的に良い物が生まれにくいということになります。巨額な開発費をかけたものを真似されたら、努力したほうが一方的に損になるわれですから。このように、努力して育ててきた正規品の経営を圧迫し、市場の健全な発展を阻害し、粗悪品がはびこると結果的に消費者へもリスクが跳ね返るということになります。僕の、リンク友だちのひとりリボンリボンさんは、オークションでコピー商品を買ってしまったことをきっかけに、コピー商品を無くすための啓蒙活動をして、その情報交換をこの楽天広場の自分の日記で続けています。リボン2さんの掲示板に、コピー商品を買ってしまった人が、販売した業者の情報を記載したことから、その業者から「(名前を公表されたことによる)営業妨害、名誉毀損」だとして、ブログ上での公式謝罪を求め、リボン2さんがこれを拒否して訴えられるという事件がありました。これは、(掲示板を消して)謝罪すればそこで一件落着したわけですが、それでは何のための情報交換広場だということになります。これを突っ張れば裁判ということになり、弁護士費用も含めて相当程度の裁判費用を覚悟しなければなりません。一個人としては難しい判断でした。誰だって、得にもならないことに時間や費用をかけたくなどないわけです。たぶん、業者側もそれを狙っての恫喝だったのでしょう。しかし、リボンリボンさんはこの裁判を受けて立ち、これまで裁判をつづけてきました。双方の資料が出され、状況が進むにつれ、むしろ原告に非があるかがはっきりしてきて、リボン2さんも反訴という方針を打ち出しました。これらの経過のあと、相手側から和解の申し入れがなされ、訴訟の取り下げが提示されてきました。裁判所もこれを受けて、リボン2さんを訴えた原告がコピー商品と知らず(?)に売っていたという非を認め、掲示板掲載内容の事実関係が正しかったことが明らかになり、名誉毀損したことにはあたらないと認定しました。そうして裁判所から和解勧告が出されました。裁判所としては、原告は被告(リボン2さん)の言い分を(逆に)すべて認めてた(白旗状態)のだから、これ以上裁判をつづけるより和解したらどうだろうか。ただし、原告が(コピー商品と知らずに売ったのに)詐欺師呼ばわりしたまま放置するのは行き過ぎだから、(その部分については)謝罪しなさい。というような、和解案が出されました。リボン2さんはこれを拒否して裁判で、この事件の経過や、コピー商法の実態などを明らかにしてゆくつもりでしたが、弁護士や裁判所などの説得で、和解に応じる方向で結審されることになりました。事実上勝訴した裁判に、時間と費用をつぎ込んでこれ以上つづけても得るものがないし、それとは別に、掲示板での、行き過ぎた書き込みを消さなかったことがプロバイダ制限法にかかってくる、という問題も発生するからです。よく自動車事故の事故割合の算定でもそうですが、民事裁判ではスッキリと白黒をつけてしまうということは少ないようです。事件の経過を見守ってきた僕からみると、かならずしもスッキリした解決とは思えませんが、これ以上時間や経費を掛けて、原告を追いつめても得るものは少ないでしょう。むしろ、そのエネルギーを生産的なものにまわしたほうが、どれほど役立つことでしょう。これまで毅然と闘ってきたリボン2さんに、心からご苦労様でしたと労いたいと思います。リボン2さんは、これらの経験をもとに、こうした不正コピー品販売被害を防ぐための啓蒙をさらに進めるための活動を始め、その組織作りを始めています。この3月にも発足の集まりが予定されています。協力できる方はぜひ声を掛けてやってください。ところで、僕はブランド品を持つことにはとんと興味がないのです。良い物であれば、100円商品であろうとノーブランド商品であろうとかまわないという主義なんです。ただね、中身のないものをメッキや、詐称で騙そうという手口には、つい熱くなってしまうのですね、政治も同じ。リボン2さんにも声援を送ってきたのですが、これもただのオッチョコチョイということで。なお、この経過は僕の独断の認識で書いているもので、リボン2さんの意志とは関係ないことをお断りしておきます。
2006.02.08
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また寒くなりました、信州は五寒二温くらいかな。以前に書いたが大腸癌の手術をした友人がいる。手術も大過なく終わって、今は自宅で静養しながら快復を待っている状態である。元気なときには“俺はいつ死んでもいい”と公言してはばからなかった男が、入院中に家族、とくに自分の娘から付き添って貰っているときに、まだまだ死ぬわけにはいかない、と何度も思ったそうである。大腸の一部分を切り取ったため、手術から45日ほど経つがまだ本調子には遠く、外に出歩くのも億劫のようである。しかし、手術前とくらべ表情は至って明るい。明るいのにはわけがある。自宅の風呂では寒いので、昼間の銭湯にでかけている。そこで、以前によく行った飲み屋のご主人Yさんと毎日のように出会うそうである。じつはそのYさんも癌が見つかり、昨年の11月に手術をしている。そのため、戦友のような気分で「互いにがんばろうな」と励まし合っているという。Yさんは、友人より発見が遅れ、進行が3段階目というところまで来ていたため、だいぶ大きく切除しなければならず、転移の疑いもあるということで抗癌剤を服用しているとのことであった。抗癌剤は副作用が強くて、髪の毛が抜けたり、虚脱感があって、飲むのがとても辛いとのことであった。そのため、友人に「早く見つかってよかったな。オレもせめてもう1ヶ月早かったら良かったけれど…」と、つくづくと羨ましがるそうである。友人は“いつ死んでもいい”と公言していたくせに、術後の体調がどうのこうのとグチるのであるが、このときばかりは何だか嬉しそうに語るのである。人間の幸福ってなんだろう、と考えることがよくある。今の友人からすれば“生きている”ことが幸福であり“普通に飯を食って普通にウンチができる”つまり健康でいること以上の幸せはないのだろう。では、曲がりなりにも五体満足な僕は幸せなんだろうか、と思う。今が“幸せ”だとはなかなか実感できないのである。聞きかじりだが、仏教に 有れば有ることで苦しみ、無ければ無いことを苦しむ。 有れば有ることで憂え、無ければ無いことを憂う。 親・兄弟・妻子・田畑・財宝・金・名誉・地位など、 それは一切に通ずる。ゆえに憂いは、有る者も無い者も同じなのだ、という言葉があったが、昨今の耐震偽造、ライブドア、東横インなどの事件を見ていてもつくづく感じる。一市井人が、百年、千年生きても稼げないかも知れない金を一時期に手に入れた彼らが、果たして幸せ感を味わっているのだろうか。一時はそう感じたときがあったかも知れないが、袋だたきにあっている今はどうなんであろう。あたら人によっては若くして命さえ失う結果になっている。冷静に考えてみると、誰もがこの世にあるのは天文学的な確立のなかで生かされている。宇宙での地球の生成から始まって、植物から動物へ、動物から人類への変転、そして今の自分につながるまで、気の遠くなるような経過を経てきているのである。単に、父親の精子の何億分の1の核が母親の卵子に命中しただけの偶然ではないのである。だから、この世にあるすべてのものは奇跡のような出来事の中で存在しているといっても過言ではない。人が動植物を可愛がったり、あるいは困ったり苦しんでいる人に何らかの手助けをしてあげたり、目標の階段を一歩でも上ることができたとき幸福感を感じるのは、奇跡のようにこの世に生かされているというDNAを無意識のうちにもっているからではないだろうか。まことに嫌らしい発想かも知れないが多くの場合、幸福は、自分より不幸の存在を身近に確かめることができたとき、あるいは不幸な自分が一歩階段を上ることが出来たときに、感じるものである。単に金儲けや、地位や名声を得られたとしても、それは他人がうらやむだけで、当の本人にとっては、いっそう幸福という目標が遠くにあるのを確認できただけなのかも知れない。虹は、どこまでいってもその根本に立つことは出来ないのである。いま幸福になりたかったら、もういちど身近な薄暗闇を見回すことだろう。自分より寂しい人や不幸な人はいくらでもいる。それらの人に少し手を差し出すだけで、少なくとも今よりは確実に幸福感を味わうことはできる。こんなことを書くと、奴は坊さんにでもなるのかなと思われるかも知らん。さて、久しぶりに不幸な女性のために街に繰り出すか。
2006.02.06
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タイトルとは関係ないけれど、よく行くオンボロ食堂で黙々とそばを食べているおじいちゃんと出会いました。大正時代につくられた建物で、天井もなかなかのものです店の片隅にはタヌキどんが見つめていますこの店は、80歳近い老夫婦がやっています。床も傾き、客席にはコタツもあるというチョークラッシックな店で、伊那にきたネットともだちをご案内したこともあります。今年も、押し寄せる(?)チョコレートの山をどう処分しようかと頭を悩ませていた(嘘)ところに、楽天ともだちからこんなメールが入りました。バレンタインデーで募金ができるというではないですか。僕に義理チョコをくれる予定のひとは、ぜひこちらに送金してあげてください。僕もホワイトデーには、皆さんにここへの募金で、お返しします。■ JIM-NETへの参加加団体 日本チェルノブイリ連帯基金(JCF) / 日本国際ボランティアセンター(JVC)/ アラブの子どもとなかよくする会 / アジアと結ぶ市民の会・長崎 / 子どもの平和と生存のための童話館基金 / イラク医療支援・通販生活 / 劣化ウラン廃絶キャンペーン(CADU-JP) JIM-NET事務局 : 〒390-0303 長野県松本市浅間温泉2-12-12 電話:0263-46-4218■募金先郵便振替口座:00540-2-94945口座名:日本イラク医療ネット 貧乏な人用募金クリック募金は、自分のサイフから1円も出すことなく、クリックするだけで募金スポンサーが替わりに募金をしてくれます。メールをくれた人のイメージです
2006.02.05
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長野県は、何本もの山脈に区切られているので、同じ県といっても地域事情がまったくちがいます。僕の住む伊那谷と木曾谷はすぐ隣なのに、間を中央アルプスが走っているため木曾まで行くのに塩尻回りで1時間半ほど要していました。中央アルプスには、その昔物流が行き来した“権兵衛峠”がありましたが、冬季は通行止めで、夏車で走っても、抜けるのに2時間近くもかかりました。この道は、国道361号として、岐阜県高山市を起点として長野県の高遠町に至る延長約152kmの幹線道路でした。しかし、木曽谷から中央アルプスを横断して伊那谷と連絡する区間では、権兵衛峠と姥神峠の2箇所で自動車の通行ができなくなっていました。その、木曽谷と伊那谷を結ぶ権兵衛峠道路の険しかったところにトンネル(延長4,467m)を掘っていたのですが、いよいよ明日開通します。初期工事から約10年ほどかかって、ようやく完成したものです。このトンネルを通ると、伊那と木曾が45分ほどでつながることになります。この道は高地を通るため、晴れた日には木曾側と伊那側ではまったくちがったすばらしい景観が開けています。目障りな看板などが立てられないように、景観条例がつくられましたから、美しい山岳道路になると思います。関西・中京方面から伊那に来る予定のあるときには、一度通ってみることをお薦めします。貫通した様子も見ることができます。
2006.02.03
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わがやさしき恋人よ、あなたに千回の接吻を送ろう。だが、そのお返しは残念ながら受けとることはできない。受けとったなら、きっと私の血はまたまた燃えあがり、荒れ狂うことだろうから。 ナポレオン→ジョゼフィーヌ宛私の大事な宝、しっかりとお前を抱きしめて、数限りなく接吻する。こうして別れていてみると何もかもわかる、一つ一つが感じられる。どんなに強くお前を愛しているかが、しみじみわかる。いや、わたしたちはもうひとつ身体になり始めているのだ。どうか私を安心させておくれ。 ドストエスキー→アンナ(妻)宛こうまで書けたらうらやましいね。思っていても書けないものだ。えっ!?、今日は接吻の日ではなかったの…か。
2006.02.03
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昨日の雨で世の中が洗われたのでしょう、抜けるような青空が広がっていました。今日は、空きっ腹に美味しい酒をしっかりいただき、久しぶりに半日ほどの二日酔いでした。酒のない国に行きたや二日酔い 三日目には帰りたくなるというのは都々逸の一節でしたか。僕は、♪日暮れには帰りたくなる酒の国 といったところでしょうか。昨日は、遅れ遅れになっていた同人誌を製本所に出したあと、文芸グループの例会。役員の改選などをした後、お説教をされながら飲んだお酒の美味しかったこと。やっぱり、お説教はいけません。酔いが一気に回ってしまいます。飲む前にお説教をされて、飲みながらお説教をされ、家に帰ってまでお説教です。もう、昼頃まで酔いが残ってしまいました。原因ですか?それぞれ違う案件なのです。仕事が遅い、つきあいが悪い、人の言うことを聞きすぎる。ええ、ええ、みんな僕が悪いのだから、しかたがありませんがね…。実際のところ不器用で、仕事の合間にしている同人誌の編集に思わぬ時間がかかってしまったのです。“中途半端な内容で出したくない、完成するまでは人前にでたくない”と、禊ぎのため友だち(文芸仲間)断ちをして、いたのですが「つきあいが悪い」と叱られてしまいました。それはそうだよね、本が遅れているのにブログは書いているし、コメントまでしている。すっかりチェックされていました。これを読んでまた叱られるかな。そんなわけで、今日はやけ酒です。どなたか一緒に酔っぱらってくれませんか…。なんて書くと、また叱られる…。
2006.02.02
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