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厳しい格差社会はグローバルに進んだ情報社会の結末とも言いうる。世界の量産商品の開発に成功した会社や経営者が極端に高い報酬を獲得する。一方で世界商品に挑戦しながらその開発と普及に失敗した企業は悲惨な最期を遂げ、敗残者の中から多くの低所得者を生み出す構造が定着し、低所得というより雇用の場から除外される事態が起こっている。これに対応するには、世界的な量産ではなく、地域に密着したきめ細かいニーズに対応した商品を作るか、世界的な量産品に使われる特徴ある部材を作成するかである。今の日本人の閉じこもり具合からすると世界に知られた量産品というより、地域に密着したり量産のお供をする部材品の方に活路を見出すところに入っていると思われる。そのような時代には、きめ細かい感性を多くの人が持ち、自発的によりよい社会を生み出そうという熱意(継続・持続的)のある活動を求められる。それこそ民主主義の社会であるだろう。トップダウンの専制的なやり方が及ばないところである。格差社会の解消は、専制的な社会ではなく、民主主義的な自立した献身的な個人の集まりである必要がある。情報技術はこれらのニーズに答える重要なツールである。これらの動きを先進的に実現する社会でありたいもので、その意味では米国は先行している部分が多いように思うが、穏やかで安心できる社会と両立できるのが日本ではないだろうか。
2013.06.30
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以前は、米国がくしゃみをしたら日本は風邪をひくといわれていたが、今は中国がくしゃみをすると日本が風邪をひき、韓国は肺炎を起こすじだいになってきた。これだけ中国が大きくなってくると風邪をひく地域も日本だけではなく、拡大してきている。情報技術が進んだ時代では、ビジネスモデルと特定されたとたんに新興国の追い上げが始まり、受け身の労働者はどんどんその仕事を奪われてゆく。受け身にしていると取り残されるのが格差問題の本質だろう。これは政府にデモをかけてもどうしようもなく、自分自身で存在意義をかけて社会に挑戦・提案してゆかねばならない時代になってきたことを意味する。チャレンジしない人は旧新興国人という扱いに甘んじる社会が到来したと言えよう。やや東洋的な考えかもしれないが、遺伝子のスイッチをONにして、周囲への貢献を真剣に考える中で居場所を見つけるということしか言いようがないのではないだろうか。その意味でも、従来の雇用関係とは次元が違ってきているように思える。
2013.06.29
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C型肝炎の治療を2008年から2009年に受け、今日は4年後のフォローアップであった。ウイルスのRNAは検出されず、肝細胞の破壊される度合いも正常値が続いている。インターフェロンとリバビリンの併用で、血糖値が上がったり、貧血を起こす副作用をのりきり、ほぼ完治にいたった。糖尿病もインスリンが欠かせなかったのが、トラゼンタとアマリールなどの併用で、インスリンも不要になった。肝炎が無くなった後には、糖尿病の化学治療だけが残るところにまで治療してもらった。西洋医学のおかげであり、また、妻の玄米菜食によるものと感謝に耐えない。西洋医学は、原因がわかれば治療方法を広く確立するというやり方であり、しっかりと結果を出してくれる。また、東洋医学では科学で解明される前の知見を活用するもので、両方とも貴重である。人間は科学で解明されるものと、道への畏敬によるものの双方によるもので、決して傲慢になってはならないものだと思いを新たにした。
2013.06.28
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団塊の世代の多くが定年退職して、まだいくらかの元気が残っている。この世代は一番大事だと思う。生まれてきて、扶養する義務から解放され、自分の好きなことで社会貢献できる時を迎えているからだ。死後の世界に天国や地獄があるのではなく、この時間が天国であり、地獄なのだと思う。年金をもらいながら、炭酸ガスを排出している。もし、できるなら何かの社会貢献を行いたい。お節介にならないように、提案は続けていきたい。提案に何の反応もなくなってきたら、田舎の畑を耕そう。たぶん、親の世代が子や孫を思いながら静かに穏やかに耕作し続けたであろうことを受け継ごう。
2013.06.28
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バブル気味な株式市場に警戒感を抱き、安全をねらって金に替えたが、これがびっくりするような急落である。15%近い下落は、株式市場の比ではない。安全に対比させたつもりが大損である。すべての常識を疑う必要がある時代とはいえ、長く価値の基準になってきた金の価値まで疑うというのはなじまない。これは、金を保有してきた国や機関が、手放しているのだろう。それほど台所事情が厳しいところが出てきていると見なければならないのだろう。リーマンショック、ギリシャ・EU金融危機に続いて、中国や日本までも次のリスクが考えられる。日本の場合は成人病・生活習慣病のようなものですぐに危機が表面化することはない。やはり、あるべき姿にむけての地道な努力が結果となって表れてくるのだろう。金の価格変動におおきなうねりを感じつつ、日々の着実な行動を見直したいものである。
2013.06.27
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日本は高い教育で近代化に成功したと言われる。しかし、近年、ITなどの進歩によりアジア諸国の教育水準は飛躍的に高まり、国際テストでは上海・韓国・香港・台湾・シンガポール・オーストラリア・ニュージーランドなどにも引けをとるようになってきた。もちろん、受験する生徒を操作して高く見せようとしている国はあるかもしれないが。しかし、教育において先行しているという思い込みは捨てたほうがよい。これは外国語教育でも当たっているかもしれない。また、外国人との接点という点でも、他の国に比して少ないのではないだろうか。昭和の高度成長とそのころに形成した国民資産に甘えて、その成功体験に酔うのが恐ろしい。日本が安全であるという常識以外では、すべてを疑っても良いと思うし、その安全も心して守らないと、継続は難しい。安全を維持する努力を冷静に続けたいものである・
2013.06.26
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OBになると、残された時間が少なくなるので結果を急いでがむしゃらになりがちである。動機が善ならば、多少の無茶苦茶は許されるのであろうか?私は、敬虔を積んだ人間だからこそ、いくら動機が善であっても筋は通す道を選ぶ。時間はかかるかもしれないし、元気な間に結果が出ずに他のところが先に行こうが、それはそれで、先に行くところの方が先見の明があったとするべきなのだろう。何もOBになってから、他の邪魔立てをするのは意に沿わない。しかしながら、多少の無茶苦茶をしても平気の平左の人が多いのには驚く。とくに地位の上がった人に多いのを見ると、柔道連盟や野球連盟のトップと同じ体質が日本社会に巣くっているとしか考えようがない。小さな社会の大将を味わい尽くすという体質は、第2次大戦前とは違った意味で危険な兆候だと思える。お隣の国のことばかり批判するだけではなく、しっかりと自分の国の足元を固めたいものである。
2013.06.25
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古事記と日本書紀が同じ時期に編纂された。日本の歴史記述が7世紀に始まった。創める必要があった。果たして聖徳太子は実在の人物か?和をもって貴しとなす日本精神の根源は何だったのか。小学校の同窓会では、このような話までが出てきた。そして、日本との外交関係の難しい中国、韓国に関しても1980年~1990年代に独立精神を国家の基本に据えて国家統一の理念を作り上げた。一方で、やや強引な論理立てを行うのが歴史だとの話になった。同じ時代を生きて、ほぼ人生の長さと同じぐらいの生い立ちを追いかけながらの話であり、非常に説得力のある話になる。平和で共存してゆく社会を作り上げるのに歴史が必要になり、それを貫く共有すべき価値観が必要なのだろうが、中韓両国の収穫に据えられるのは独立を勝ち取り、守り抜こうとするファイティングスピリットであり、日本人が介入しずらいものである。一方で、日本のサブカルチャーが世界に静かに広がるのは、和をもって貴しとなすという包容力が作り上げるものではないかと思ったりもする。太古からの歴史をさぐれば、中韓諸国との懐の深い交流はあったのだが、このあたりに歴史の始点を置きながら、中韓の魅力を高めてもらう歴史認識も入れてもらいたいものだ。
2013.06.24
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小学校の同窓会でこんなに興奮するとは思わなかった。一番の感激は、ガキ大将の出席である。このガキ大将は特徴があって、寡黙だがめっぽう喧嘩が強い。正義感が本能的に備わっていて、わけのわからない暴力のはけ口を一番嫌っていた。チンピラの暴力を徹底的に憎んでいる正義の味方だったので、何か理不尽があると口には出さずに彼の出番を待ち、そのしっぽにくっついていたのが思い出された。昔の風貌を残していたので、思わず「いろいろお世話になりました」と駆け寄って握手すると、これまた昔のままでそれほどでもないと柔らかい握手が戻ってくる。私だけで話に次々に彼に寄ってくる同窓生が多かったのは、思いは私だけではなかったのだと思ったことと、その後の話題が出てきても、昔の通りしっかりと話を聞きながら是是非非を通す目線が厳しかったことである。どんな人生を歩まれたのかいろいろ聞きたいと思ったが、一次会で帰られた。次回はいろいろ伺いたいものである。また、体罰で有名な先生が手術後の体調を押して参加されたことである。直接の担任ではなかったが、学年では有名であったが、同窓生から是非という誘いに乗っていただいて参加していただいた。1次会で帰られたが、2-3次会で、愛情のある体罰は、生徒の方も悪いということが解っていたし、その次にはビンタがあることもわかっていて、しっかりと両足を踏ん張り、歯を食いしばって準備したうえで体罰を受けた。愛情と思慮にあふれた体罰で、それぐらい悪いことと知りながら痛い思いをしたとの回想があった。このようなご時勢で、先生も信念をもって参加され、毅然と皆の話に耳を傾けられてのだと思い巡らせた。不思議な興奮が今も続いている。
2013.06.23
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54年ぶりの再会。25人集まったが、顔と名前が瞬時に解ったのは、2にんだけ。それぞれに尋ねあうなかで、やっと7人ぐらいが判明した。先生も勘違いの記憶もあったりして、落ち着くまで、30分ぐらいかかった。残りのメンバーはクラスが一緒になったことがなく、初対面のようなものだった。初めて想いをよせたひとや、学生運動の結末と今後の日本の舵取りなど、多いに話はもりあがった。3次会までやっても、論議は入口までしかゆかない。次回の再会を誓って解散した。しっかり生きることが求められていることを実感した。同窓会はいいものだ。
2013.06.22
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韓国は国連事務総長を送り出している。これは、常任理事国やこれを狙う国の出身でないことが条件だからだそうな。しかし、満場一致の信任をうけるなど世界の政治家から羨望の的である。巡ってきた役割を実直にこなし、韓国の評判を上げている。先ごろバーナンキ連銀総裁が来年1月での任期満了にあたって、世界のマネーのコントロールに関して日銀の機能に大きく委ねるような動きを示したようである。株価乱高下を通じて、どこからかお金が集まり、動いているようであるが、世界経済の基盤になる金融について期待が高まっているようである。日本の一般投資家としても自然に国際金融に巻き込まれてゆくようだが、回ってくる役割には適切に対応して、パンギムン事務総長のような評判を勝ち得たいものである。
2013.06.21
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先日、インカ帝国展を見てきた。スペインのインカ帝国攻撃に見る、金への渇望が醜いまでの収奪を生んだが、インカといっても一枚岩ではなく、内部の抗争を抱えながらのすきを突かれた面がある。強欲が大きなエネルギーになるが、その集め方、向け方にはリーダーの見識と統率力がものを言う。政治家に求められるのは、そのようなエネルギーの集め方と方向付けし納得させてゆく力だろう。松下幸之助氏は、将来の日本を担うリーダーに育ってほしいと政経塾をつくり、自分で考え、人脈を育み、発言行動する人材を輩出したいという想いであり、いくつかの根本的なテーマを熟成に投げかけた。国土・税金と財政・観光外交などであるが、本人の必死の取り組みにもかかわらず、有識者・官僚にも納得されずに放置された課題である。しかし、今になってすべての課題が当時、取り組みを開始しておれば現状より優れた日本を現出していただろう。幾分かは実現しているのは確かであるが。朝のドラマで欲の皮のつっぱたオトナどもがとばあさんが起こっているが、なんとか政治にかかわる人はこれを上手に集めて、松下幸之助の提起した課題の解決に振り向けてほしいものである。
2013.06.21
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這って途上国で仕事をした人は、会社を信用しない。見事な経歴の持ち主の話しにうっとりしていても、その役員は飛び回っていて、なかなかつかまらない。お願いしたことに対するアテンドが弱い。小さなことがどんどん次回切れになってゆく。こんな経験をいやというほどしてきたからだろう。信用できる個人や顔の見える会社だけを信頼して仕事をする。これが途上国での仕事の秘訣のようだ。それではどのようにしてこのような個人を見つけるか。それは、小さな課題をどんどん投げかけてゆくしかない。大きな戦略も、すべては小さなアクションから構成されるので、小さなアクションに時宜を得たアクションが返ってこない会社や個人は振り落してゆかねばならないだろう。何も途上国の仕事だけでなく、日本の国内でも通用する話かもしれない。
2013.06.20
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国の姿勢が変わってきたと思った。外国人雇用には厚生労働省のハローワーク機能と入国管理局の審査機能の二つが関連して、たらいまわしになって決まらないものと半ば腹を括っていた。まず、厚労省傘下の外国人サービス相談センターに行くと、午前中に厚労省の担当官が説明してくれ、午後からは入国管理アドバイザーが相談に乗ってくれ、半日余りで相談が完了した。センターでは、外国人留学生が就職の相談に訪れたり、企業の面談が行われたりして、従来のお役所とは様変わりした姿を見せてもらった。こんなに優しいお役所はないのではないかと思わせられた。
2013.06.19
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若者の就職などで苦戦が続いているようだ。いろいろ準備している中で、内定が取れずに苦労するのだろうが、誰も助けるわけには行かない。断りに次ぐ断り。そこで真剣に悩む。悩んだ先の反省が学習の集大成である。などという私もいろんな提案書を提出しながら壁にぶつかっている。世の中、提案書がすんなり受け入れられる方が希だということを未だに学ばせてもらっている。また、経験豊富だと言われる我々でも、断りを通じてしか学べない。要は現場で実力が出てくるわけだし、断られたり通ったりするのが社会の現実を知ることにつながり楽しいのだから、不採用通知は社会勉強の一番の醍醐味であり、第三者がなんとも申し上げようがない。OBのオッサンでも楽しんでますよ。
2013.06.19
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あれほど日本経済をけん引していたのに、関西の電機会社は?という記事が日経新聞の関西版に掲載されている。三洋電機の井植 敏元会長である。シャープなどをわがことのように感じておられるようだ。そしてパナソニックも当時の輝きがない。一方で、テンプスタッフの篠原社長が私の履歴書で、一番のどん底のおりに松下幸之助氏の著書に励まされ、続けることで道が開かれると背中を押されたという。松下幸之助氏が名古屋の商工会議所で講演したときに幸之助氏の思想に導かれていたらさぞや松下電器は万全ではないかと尋ねられた時、社員はそれに気づかない。東大もの暮らしですわと答えたという。それにしても幸之助氏に励まされた人間だけに、氏を言葉に出して評価してくださる方がいるとうれしい。さて、OBになって活動を始めると、50年以上に亘って日本を支えてきたような老舗の団体でも不祥事が起こっている。いろいろな活動で、しっかりとした思想と行動基準を定着できる努力を怠らないようにしたいものである。
2013.06.18
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留学生の受入は大変ですねと周囲から言われる。その裏側にはいろんな聞き手の想いが入っていて面白い。1.経済的な負担。2.自分の過程の領域を乱される。(生活リズム、清潔感)3.ホストとしての気づかれ。(こどものしつけ、生活習慣の違い、友人関係)4.料理の好き嫌い。5.民間外交としての留学生の国に対する気遣い。などが主なものだと思う。たしかに経済面は大きいが、交換留学生に対する条件として学校が負担するものもあり、このプログラムによる受け入れの場合は負担感はない。すぎからの要件は、自分の子供を育てた経験や留学に派遣した経験が大いに役立つ。また、一人として同じ子供はいないので、新たな出会いになるのだから楽しめる社会貢献と考えたら用と思う。いろいろ預かる中で、日頃見過ごしがちな自分の生活の仕方も考えさせられることも多い。今預かっている子は、末っ子ながら身ぎれいに整理整頓清掃がしっかりできる子である。どのようにして躾けられたのか。留学を前にして学校の先生から躾けられた面も多いように思う。日本企業に採用されたり、取引する場合はこれをマスターしておかねばならないと躾けられたのだろう。家内が部屋の照明器具を蛍光灯からLEDに付け替えると言った際でも、どうぞと即座に応えて入らせてくれる。ちょっと待ってという私の書斎とは大違いである。こんなちょっとしたことでも刺激を与えてくれる留学生は、重要な家族の一員である。東京に離れて住む息子がたまたま帰ってきたが安心して東京に帰って行った。
2013.06.17
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今日は、ベトナムからの留学生2名を奈良観光に連れて行った。早朝から、近鉄の1デイ周遊きっぷをフルに生かした旅行である。2大世界遺産を回るように、朝は法隆寺と中宮寺。午後は東大寺の大仏。今回の法隆寺は、地元のボランティアガイドに解説をお願いした。20年のベテランで、海外からの訪問者も数多く受け入れられ、自分でも解説どころをポケットファイル2冊にまとめて当意即妙で応答される。聖徳太子という日本人の文化・メンタリティーの原点になる人物であり、日本に留学したことから是非理解して帰ってほしいと思ったから連れて行ったが、興味をそらすことなく有意義な時間にしてもらったのはありがたいと思った。多少の出費になるが留学生には、京都・奈良の案内は欠かさない。これも私の想いである。今日は、ボランティアの想いが調和する一日であった。果たして、これからの日本の外交にいかほどの効果があるのかと問われれば確信はないが、信じて続けるばかりである・なお、うれしいことに法隆寺も東大寺も中国人の観光客が多かったのにはほっとさせられた。
2013.06.16
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プロ野球の加藤コミッショナーが苦境に立っている。ボールの基準が変わったことは明白になった。その事実はコミッショナーの責任にないと言えるかどうかが課題であり、能力を超える職責を受け入れた課題なのか、職責を全うする組織の運営力がなかったのかが問われている。野球大好きだけで片付けられず、今までの外交官の実績までが疑われかねない事態である。果たして、これぐらいの組織運営力で日本の外交のトップが運営されていたのかなどなど。晩節を汚さないというのは、好きなことがあればあるほどに難しい。好きという小さな夢が、日本の野球のグローバル化にささやかな貢献をしたいという既成事実につながり、それなりに実績を積み上げてゆけば行くほどに、実務判断について見落としがでてくるというのは、どこにでも起こりそうなことである。社会的な地位がある人ほどに取り巻きが必要になり、取り巻きを上手に扱わねば晩節を汚しかねない落とし穴が待っているということだろう。前のめりにならぬように自戒したいと思う。
2013.06.15
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いろいろな組織から協力要請があるが、引受には十分な注意が必要である。自分の経歴が相手先に与える影響があって、思わない作用をしていることがあるからである。あの人がいるからには、その方面については吟味されているはずだと勝手に想像されてしまう可能性がある。もちろん、逆に買いかぶられるほどのありがたい効果があったりもするのだが。いずれにせよ、役職を引き受けるときには十分に注意して責任と義務の所在と、そのための情報把握のあり方が明確でないと、欠席裁判を受けないとも限らない。プロ野球機構の高反発ボールの導入でも、コミッショナーが聞かされてなかったなどというわけのわからない事態が起こったりするからである。高額な報酬を得ているポジションでさえそうなのだから、OBが活動するような無報酬の活動で後ろ指を刺される事態に追い込まれるようなことがあれば、全く割に合わない。もちろん、年金生活で自分の楽しみだけに生きるより、社会に貢献する仕事ができるのなら、大いに貢献するべきであるが、前のめりの姿勢が過ちをおこさないかどうか、役職就任にはくれぐれも十分な注意が必要である。
2013.06.14
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OB生活になると、いろいろな出会いがあり楽しいことや考えさせられることが多い。特に、自分が乗り越えられなかった壁を偉い人間というのはどのように乗り越えたのかは興味深いことである。偉くなった人間の共通項は、継続ということである。我々が壁にぶち当たった時に中止しようと思うが、その壁が出発点であるという強い意志があることであろう。もちろん、継続するだけの資金力が必要だが、日頃の経費を切り詰めて継続資金に充てていることである。さらにどうしても凡人にはできないことは、善意であればその活動で多少のつじつまが合わないでも周囲で空気をつくりあげ、その方向に満ちこんでしまう力である。これは、多少の矛盾することも含まれるので凡人には乗り越えられない。倫理上の問題なども、周囲の錯覚のような合意を作り上げ、乗り越えてしまうことである。大義と倫理がぶつかったとき、大義を通して平然としていられるのは驚きである。このあたりは、凡人としては倫理の問題まで乗り越える真似はできない。今まで、清濁併せのむという言葉を知っていたが、間近に見る機会はなかった。それを指摘したら、子供みたいなと一蹴されたが、凡人にとどまることには誇りを持ちたい。
2013.06.13
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OBになってから、元経営者からNPOの仕事への手伝いを求められることが増えた。印象強いのは、こがねもちではあるが、財布の紐が硬い。NPOと言いながら、収入のあてのない仕事には一銭も支出しない。もちろん、自分に対してもそうだから、手伝う側にたいしても同じである。合わせて、事業をすすめるにあたって、成約してからでないとつじつまを合わせない。法律すれすれで事業を行い、成約してから法律的なつじつまを合わせるのである。いやはやハラハラドキドキで心臓によくない。現役時代でもそうだったんだと頷かざるをえない。我々ペイペイは、十分な体制を準備しながら事業を進めてきたが、経営者というのは道なき道を切り開いてきたんだと妙に納得する。しかし、早く体制を万全なものにしないとどこかで破綻するのではないかと心配することしきりなのだが。えらい人のけたの違いを痛感する今日この頃である。
2013.06.11
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今何してる。これには企業秘密も入っていて応えにくい。しかし、OB生活だと経済面は年金で支えられているので、機密の度合いは緩くなる。そこで、周囲の人には取り組みを話すようにする。それにより、共感と興味が得られるので、そのほうのメリットが大きい。いろいろ共通の話題も出てくるので、得られるものもある。たくらみ事は静かに行うべしという現役時代のくびきから解放されるのは有難い。その代り、話の次が求められるので、言ったことは実行してその結末を話さねばならない。有言実行の厳しさが待っている。それでも、これが張り合いであり、生きがいではあるまいか。
2013.06.10
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今日は、義母の満中陰。娘2人は、それぞれに還暦も過ぎ、第一の人生を終えたところ。そこまで義母には長生きしてもらったおかげで、天国の義父にも子育て報告を自信をもって報告できるように思えた。やはり、親というのは子供の第一の人生を見届けるぐらいの長生きが必要だと思えた。そして、子供とその従兄弟が第2の人生について満中陰で和やかに、かつ、緊張感をもって語らいあい、それをおじ・おばのみんなが茶々を入れるというのは、実に微笑ましい。おかあさん。ありがとう。そして、ご苦労様でした。
2013.06.09
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第2次世界大戦の総括はなかなかできていない。憲法改正ができて初めて戦後政治が終わるなどというが、周辺諸国からは理解されないだろう。第2次世界大戦は、やむにやまれぬ大和魂といいながら理屈抜きで突入した戦争だと解釈されているからだろう。このあたりは、いろいろ研究が進んで、学者・研究者・作家が周辺諸国との関係を明らかにしようとする努力がなされてきているが、日本の世論・教科書にまでまとまるところはない。日露戦争の前後で、日本は植民地主義・帝国主義の仲間入りをして、欧米諸国と同じように行動しようとして欧米諸国からは警戒され、アジア諸国からも裏切り者扱いされるようになった経緯がある。アジア諸国からは、欧米諸国と同じ行動への反動が、日本を標的にして向けられてしまう結果になってしまったことを国民が共有すべきであろうと思う。ようはいじられやすい国になっていることだ。この日本の経緯を明らかにするのは、旧軍属やそれを導いた学者などの抵抗もあって難しいのかもしれないが、事実は事実として受け入れる必要があるのではないかと思う。それでなければ、いじられやすい国を脱却できないのではないだろうか。
2013.06.08
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歴史認識というが、歴史は通常は語られない。前からの流れを変えたときに、変えた側が変化を定着させるために作られることが多い。創業などといっても、その前からの世の中の動きを集大成して作られるわけだから、無から有を生んだというものではなく、今まであったものに新しい息吹を吹き込んで作られるものである。戦争後には、勝者がその事実を定着させるために作られると見なければならない。勝者側は、着々と積み上げてゆき徹底を図ってゆく。敗れた側についても論点があるならしっかりとそれを積み上げて残してゆくようにしなければならない。枚方市には、百済王神社と蝦夷のアテルイの墓の両方が存在する。東北に金が算出することに端を発して、朝廷側がここを平定するまでのストーリーは「火炎」に詳しく述べられ、NHKのBS連続ドラマにもなった。歴史認識が問われている今、一方的なストーリーの固着化に対抗する日本側のストーリーも次代を担う子供たちに徹底されなければならない。敗戦国であっても、その意図したところを明確にしてゆく時が来たと見るべきである。
2013.06.07
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一国のイメージということになると内側から見る目と外側から見る目とでは、違いがあるのは当然である。しかし、その乖離があまりに大きいと、よほど注意をしてかかる必要が出てくる。中国や韓国はもうほとんどの人が解るようになってきているが、振興国となると、実態はなかなかつかめない。もちろんアフリカ諸国などでは、大きな案件を扱う場合は外国留学経験者が垢抜けた論理を展開するので、びっくりすることもある。一方で、アジアの国々では、いろいろな社会システムが整っていないのに、背伸びしてわかったような話をするので、その気になっていると、全くな紙が理解されていないことがあったりする。このようなズレに直面しそうになった時には、その国の先駆者になったつもりで、その国の将来のグローバル化のために良かれと思われることを実践・説得してゆくことなのだろう。ともに明日を作り上げてゆく視点がないと、「解っていない」というようなボヤキに満ちてくることになると思う。それにしても、外面と内面のズレを把握することは重要であり、一筋縄でいかない問題である。
2013.06.06
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海外で活躍する人には、中国や韓国のやり方に批判的な人も多い。日本のマネをして、低コスト・低価格で日本の基盤をそのまま奪ってゆくというものだ。しかし、ここで感情論を乗り越えて冷静に見ると、市場のニーズにギリギリまで応えてゆこうとする日本の関係者の努力がなかったという側面も否めない。海外に留学する子弟の数などはその典型である。また、海外の現場で努力する人材の数も同様である。ネクストチャイナということで、ベトナムシフトがかまびすしいが、このに留学する韓国人学生や韓国人ビジネスマンの数は、日本をはるかに凌駕している。要は、子弟を学ばせる、自分もその国に身を置くという本気度が試され、結果として出てくるように思う。日本も本気で、対応を考える時であり、他人にやらせるという程度の気持ちでは、本気に勝てないと思うのである。
2013.06.05
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日本の大企業経験者は、石橋を叩いてもまだ渡らない。競合している企業が動き始めて、世に知られ始めたころに、資金力にものを言わせて追い抜こうとする2番手商法である。マネシタ電器などと言われるやり方である。これもグローバルな規模で同じやり方を中韓企業に仕返しされている。これだけ激動する世の中なので、いくつも重要なビジネスチャンスはあるが、大企業経験者と一緒に仕事をしていると、全くスピード感がない。なるほど、この人たちの後輩が苦労するのも良くわかるという感じがする。スピード感のなさが弱みにならないように、企画をシッカリと練って、早く決断させ、スムーズに行動に移せるように先回りして考えてやる必要がある。相変わらず、大企業経験者は上げ膳・据え膳の準備をしてやらねばならないのは大変なことである。
2013.06.04
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人間のサガとして、多くのことをやり始めると頭が混乱してしまうし、オーバーロードでミスをしてしまう。かと言って手抜きはできない。また、一つのことだけに依存するとそれだけに全体が左右されてしまう。そこで、分業をするとともに総括をするという立場の分業が生まれる。しまし、総括をし始めると分業を担う個別のスキルは衰えてしまう。そして、年をへるとビジネスの世界でも要介護になる。ビジネスチャンスは見えるけれど、自分ではチャンスを具現できずに、周囲に当たり散らすことになる。周囲は冷めた目で、「言うだけならだれでもできる。OKY、Omeega,Kite,Yattemiro」ということになる。バブルがはじけるころから、中高年と若手の女子社員の間の確執になり、やがて中高年はリストラにいたり、女性は多様性などの旗印で今も成長と躍進の担い手となっている。分業と総括では、分業に軍配があがったように思う。業界でも総合XXメーカーというのは、中韓の企業に追い出されて、製品や技術のユニークさを誇る専業XXメーカーが力を持っている。総括・総合というのは、しっかりとしたマーケティングや人脈があってのことであり、この分業の裏付けなしには成り立たないようである。現在の中韓の総合企業も、このジレンマをどう乗り切れるかを注目してゆきたい。
2013.06.03
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敗戦の総括は難しい。「敗軍の将、兵を語らず」というのは、責任を部下のせいにしないことを言うのだろう。だからと言って、敗戦については何の説明もしないでダンマリを決め込むというのは無責任である。さて、負けたのはリーダーがメンバーの心を掴み、持てる資源を最大限に活かせていなかったことによることが大きい。ただし、戦争を始める前に資源の調査により勝利を導けるだけの優位の活用方法がはっきりしているのでなければ、開戦の意思決定者が間違っていたことになり、このシナリオを提起したリーダーの責任は重い。さて、さきの太平洋戦争の責任はだれがとったのであろうか。これは国民が判断するか、後世の歴史の判断にゆだねることになるだろうとなっていたのだろうか。今、国境問題では、イライラする国民が多く、自衛隊に期待するというコメントが電波を通じても伝わってくる。感情論として、「XXXの仇をうってやる」などの言葉が聞こえてくるが、開戦する、武力に訴えるということの終結の仕方については、日本は太平洋戦争しか経験がない。そして終結の仕方と敗戦の総括の仕方については国民に意識がないことが恐ろしい。米国は、「ベトナム戦争で撤退をする」、「アフガニスタンでも兵を引き上げる」などの終結を経験しているが、なぜか日本人は経験がない。外圧によってお仕置きにゆだねるという経験しかなく、自らさばきを下さない。こんな危険な国民は希少であることもよく理解しておく必要がある。日頃から、赤字事業にしたり、選挙で敗北したりしたときの総括などをしっかりと行える習慣をつけておくべきだろう。
2013.06.02
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政治家を見ても、大事故を起こした鉄道の経営者を見ても、年金問題で大穴を開けた人も不思議なほど罪の意識が薄い。済んでしまったことはどうしようもないという開き直りとも受け止められる。当の本人にしたら、夢のようにその瞬間は過ぎ去り、それを取り戻そうと必死になっているし、無我夢中であるということなのだろう。そして、やれるものならOKY(お前が来てやってみろ)ということになるのかもしれない。しかし、罪のない国民やお客は、明らかに犠牲になっているし、これを国民が等しく被ればよいというものでもないだろう。政治家や経営者は責任を痛切に感じる必要があるだろう。責任を感じるような人は、出世競争の中で淘汰されてしまっており、面の皮の厚いものだけが生き残るので、開き直りするような人材が最後に残るのだというのは少し辛い。また、多くの経営者が、ビジネスチャンスをほのめかして、部下に全責任を負うように仕向ける狡さを備えているのも辛い。善人は失敗の時のトカゲのしっぽ切りにあうという社会から一歩前進すべきである。このような狡さを上に立つ人が自覚していればいいのだが、多くの場合は自分に調子を合わせてくれるシンパで固めて、ダンマリを決め込んで責任をとらない組織が多くあることが問題である。どこにもこのような組織はあるのだろうが、これが少ない社会が国民やお客が安心して活動できる力を備えることになるはずである。上に立つ人は、自分の都合や心地よさにとらわれて、本当に国民や社会から期待される役割を担っているかどうかを見直してほしいものだ。
2013.06.01
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