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1990年代後半からの日本と韓国の国際競争力の差の変化は、韓国側の方が優位につけていることは誰もが意識しているだろう。大きな差は、国家戦略の差にあると思う。強引なまでの韓国ブランドの世界の舞台での押し出しであり、日本のトップも必死で追いかけているように思う。日本が国家戦略を打ち出せ切れないのは、日本の国が先の大戦の結果を総括できずにいることも大きい。国家戦略が、また全体主義国家・軍国主義国家につながらないかという潜在的なアレルギーを持っているように思える。したがって、国論をまとめるのは、福祉とバラマキ、安心にかかわる政策ばかりになってしまうところに辛さがあると思う。日本は平和主義・人権尊重の精神で、技術技能面で世界の福祉向上に貢献してゆくという思想で国家戦略をまとめてゆくことができるはずである。もう、戦前の空気だけで軍国主義路線を引っ張ってゆくような路線には陥らない。トラウマを乗り越える時が来ていると思うのだが。
2013.08.31
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広島平和資料館で感じたことは、原爆が作られてしまうと、関係者が実際に使ってみたいという魂がこもってしまうことだと思った。完成すると作られたものが消費・実用という出口を求めるということだ。今でも、核兵器が化学兵器が一般兵器が作られているが、「作られたもの」自身が出口を求めるのではないだろうか。これらは陳腐化して廃棄される期限がくるとどこかで出口を求めるのだとすればハケ口に注意しなければならない。太古からこのような事態にならないように、平和運動やスポーツなどで武力対決を回避する活動が行われてきた。しかし、ちょっとした火種で出口に火がつく。92年の湾岸戦争、2002年からのアフガニスタン・イラクでの戦争など10年前後の間隔で起こる戦争・紛争に十分注意したい。 シリア・エジプトにしれも、この周期に当たるだけに、火種の扱いがこのような兵器の廃棄・入れ替えの対象にならないように祈るばかりである。
2013.08.30
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来年の海外留学生の訪問に備えて、広島の平和資料館を尋ねた。啓発課で、海外留学生などの海外からの訪問者の応対を尋ねたが、被災者ボランティアで英語で語れる人は少なく、また、子供たちに自身の被爆体験を語るという範囲内のことだった。中沢啓治氏のはだしのゲンばりの強い思いを伝えてくれるような話し相手は難しいようだった。ただ、はだしのゲンの原画展が静かに開催されていた。日本人は顔を合わせて自説をぶつけるのが苦手な国民である。嫌われたくないという想いが強すぎる。そして主張は政治勢力に利用されるので、そのような機会を避ける癖がある。核実験が行われるたびごとに市長は、その国家元首に対して抗議文を送りつける。世界で唯一の被爆体験自治体の市民が、外国からの訪問者を受け入れるのに、展示だけに頼るのはおとなしすぎると感じた。市長が絶対悪だと断言するのに市民のおとなしい態度を見ると、前市長のように浮いた市長になってしまわないかと心配になる。もし、もう一度広島に原発が落とされようとも、相手国には原発の反撃をすることを米国に要請はしないというのが、絶対悪の反対語だと思いながら、記念館を後にし、慰霊塔にお祈りした。
2013.08.30
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留学生の広島平和学習ツアーの準備で広島に来ている。あす、平和資料館を尋ねる前に宮島にいき、厳島神社にお参りし、豆狸で穴子丼と牡蠣のオイル焼きと宮島ビールをいただいた。そこで帰り際にドイツ人とスペイン人の30歳代の前半の若者にであった。入れ違いなので、十分に話はできなかったが、日本と日本人を本当に楽しんでいるようだった。人々の共有する価値観を感じ取り、おだやかでやさしい日本人が作り出したものと守り続けているものに共感を覚えるということだった。これは、中国などを訪問して感じられるものと全く異なる感覚で、日本で心がリラックスできると言ってくれた。これが成熟というものだろう。経験しなかった高齢化社会を迎えているが、欧州にも評価してくれる人々があることを励みに世界の中で大切にしてゆくべき日本の特徴を極めてゆきたいものだ。
2013.08.29
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各国の資金繰りが怪しくなってきている。 少し不安がよぎるようなタイミングで、外交の懸案を解決することが重要である。 平時に交渉しても、原則論で衝突し、暗礁に乗り上げるばかりである。 多少、手を差し伸べることが望まれるさ状況の時にこそ、相手の評価も明確になる。 外交当事者には、今のタイミングを大事にして、懸案の解決を優先して、より質の高い国際貢献の足場を固めるときだろう。
2013.08.28
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留学生の中にも、苦学して留学してくる人と、国費留学など10数万円の奨学金のつく恵まれた留学生がいる。それらの学生も母国の学校では親友として付き合っていたものが、日本へくると余裕資金の違いから行動様式が変わり、お付き合いする日本人も異なってきて、いろんな義務的な行動も出てくるようになる。その中で、親友とのつきあいや約束をめぐって相克が起こってくることがある。地元で国費留学生のアパートに泊まって、近隣の名所を巡ろうという約束をしていたものが、土壇場でキャンセルをくらって、我が家に駆け込んできた。国費留学生に何が起こったのかはわからないが、苦学してきた留学生仲間は、国費留学生を「自己中」の性格だったと、皆怒っている。恵まれた条件とそれを勝ち取ること。勝ち取ったら、また、次のチャンスを求めてさらなる活躍の場所を求める。そのような同窓生は自分にも心当たりがある。この同窓生は大変出世して一部上場企業の幹部に上り詰めたが、果たして留学生達の将来には何が起こるのか、興味津々である。
2013.08.27
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遠い親戚より近くの他人と言われる。緊急災害のおりなどにはご近所づきあいが大事なことをいやというほど思い知らされる。これは近所づきあいに限らず国の場合にも言えることである。しかし、近いだけに利益の相反することが多く、疎遠になりがちだし、感情的にもなりやすい。とはいえ、お隣の事情はよく知って、いざというときに適切な対応ができるようになっておきたいものである。日本にとっては、中国・朝鮮・ロシア・台湾・フィリピン・米国・カナダなどであろう。国家というのが個人のエゴをベースとし、国益でまとまるのだが、個人は古い国益の価値観に立脚した既得権者をきらって国境なき活動に流れたり、抜け道を求めたりする動きが出てきている。あまりの激しさゆえにそのストレスに耐えかねて日本に旅行してほっとした癒やしを感じる隣国の人々も多いようである。日本のカワイイファッションなどに眉をひそめる日本人の熟年者も多いようだが、ヒスパニック系(中南米系)アメリカ人の英語教師が言った言葉が忘れられない。「学校で銃の射撃事件が起こるアメリカに比べたら、カワイイファッションに浸れる日本の若者がいかに幸せで平和なことか」。常にお隣の国の人たちの言葉に耳を傾け続けていたいものである。
2013.08.26
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米国、メキシコ、デンマーク、フランスからの高校留学生が9月に広島平和資料館を訪問し、記念公園に千羽鶴を供えるので、準備会を行った。学生は、それぞれのホストファミリーやクラスメイトに手伝ってもらって250羽ずつ折り鶴を持ってきてくれた。また、宿題として、WIKIPEDIAの英語版または日本語版で「原子爆弾」の記事を読み、「犠牲者」「軍隊」「科学技術者」の立場でどう考えるかをまとめておき、意見交換してもらった。優秀で素直な学生がそろっているので、米国の学生でも原爆は罪である。メキシコの学生は科学技術者を目指すが、放射線問題、安全問題などが解決しない限りは核技術は使用しないなどの意見が述べられた。討議するのは平和資料館を訪問してのことなので、それぞれの存念を述べてもらうにとどめ、戦争は始めるのは簡単だが、集結させるのは容易なことでないことなども補足して後日の感想文提出をお願いして準備会を終えたが、1時間弱の意見交換は本当に中身が濃いと思った。このようなしがらみのない留学生の意見をこれからも広げてゆきたいし、継続してゆかねばならないと思った。このうち、メキシコの留学生ははだしのゲンの第2巻を読んで強い刺激を受けたといっていたので付言しておこう。
2013.08.25
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大企業で高いポジションを務めた人は、周囲の人々に支えられて大きな仕事を成し遂げている。しかし、大企業を去っても、自分は大きな仕事ができると錯覚して、わきの甘い事業に手を付けることがよく見られる。いわゆるボンボンである。このボンボンのお相手をするときには、総括的な補佐をしようとすると大変な労力がかかる。しれでも暴走されることも起きがちである。かと言って、避けてしまうとその人を自分が見捨てて失敗に導いたと冷たい奴だと後ろ指をさされかねない。そこで、総括的なポジションにつかずに、自分ができる範囲を明確にして、わきを固めた仕事だけは支援するように心がけている。一寸した仕事でも営業許可や相手国の法律などで、取引が制限されていることも多いので、自身で確認できる仕事しか受けないようにする。それが自分の身を守ることであり、引いてはボンボンを救うことにもなると考える。ボンボンを友人に持つことは、なかなか大変である。
2013.08.24
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高齢化と財政逼迫などむつかしい時代が訪れている。しかし、どこの国も財政は逼迫しており、日本に向けた海外の目も財政赤字を上回る個人金融資産とのトレードオフで見られていて、他国ほどの深刻さは見られない。要は、この金融資産がうまく投資に向けられたり財政赤字の解消に向けて動いているかどうかが課題であると見られている。他国から見ると羨ましい状況である。しかし、成長を支える動きでは、必ずしも楽観を許さない。過去に成長を支えてきたグローバルな商品・サービス展開については、顔とも言われたテレビや情報機器で中国・韓国・台湾にお株を奪われてしまった。これは、華僑のネットワークや華僑に匹敵しようと努力した在外韓国人ネットワークのなせる技である。内向きな日本人とは異なり、在外の人たちとベクトルを合わせて取り組んでいることが大きい。日本人は、日系人とのネットワークが苦手であるが、そろそろ日系人の日本の誇りというものを日本側が取り入れて日本総合力を考える時期に来ているのではないかと思う。小さな違いにこだわりすぎるくせを改め、本当に日本が何をやりたいのか、どのような位置づけにありたいのかを討議、主張し始めるときが来たのではないかと思う。
2013.08.23
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OBになってからの組織は現役時代の名残があって興味深い。組織のトップにある人は、思いだけが先行する。できそうな人材に趣旨を述べて、出来ると思って話しをかけたと持ち出す。自尊心に働きかけてプロジェクトを興し、進めさせる。現役時代の指揮命令ではない。趣旨を話して賛同させて動かすのである。トップは責任をとらず、最終的な責任だけとるのだろう。トップが指示命令する組織携帯とは異なる、ボトムアップの不思議な組織の動きになる。もちろん、断りそうになるとそれを補うような人材を集めておいて、逃げ場をなくし、絶対的に無理なことだけを除外し、少しずつ前進させる。このような既成事実を積み上げてゆくのが、日本の組織運営なのだろう。着実ではあるが、大きな倫理観のある人材がいないとなし崩しに既成事実が積み上がってしまうので、危うさと表裏一体である。事業を行うのは、人材の育成と表裏一体である。
2013.08.22
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大学生の留学生が愛知への旅行から帰ってきた。青春切符を買っていたので、いろいろ回ってきたのだと思ったら、友人と友人の兄の家庭に泊まっただけで、4回分を残したままにしている。日本語の初級をマスターして、あちこち京阪神を案内してやったが、自分で旅行せずにアルバイトでコツコツと貯金していたが、やはり旅行を自分から仕掛けてゆくのは、まだ得意ではないみたいだ。彼女の友人というと、日本全国を飛び回っているのだから、それぞれに性格なのだなあと思う。帰ってきて、愛知県の仲間と別れてさびしかったと言っているのだからいよいよ性格だろう。家の仕事や言いつかった仕事はきっちりできるので、そんな性格を活かして活躍するのだろう。帰ったら、日本人の旅行サポートのアルバイトは決まっているようで、その点はしっかりしている。
2013.08.21
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8月初めまで、我が家にステイしていた留学生が、帰国前に旅行して、同じ国からの留学生のアパートに泊めてもらうことになっていたのが、ドタキャンで我が家にすがってきた。同じ国から来た友人に対するドタキャンはないだろうと思いつつも、そこで頼ってくるのは人とのつながりの方なんだと思って受け入れてやることにした。グローバル時代になれば、同じ国の人で友人だから頼れるというのではなく、考え方や気心が知れているから信頼できる人というのが、国籍を越えて信頼できるのだということなんだと改めて教えられたように思う。もちろん、このような海外で活動する人だから言えることなのだと思うが、自身の心情や行動指針というのは重要なんだと思い知らされた。
2013.08.20
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GDPに対して、GNHという幸福度指数を持ち込んで、世界一幸福な国ブータンを提唱したのは記憶に新しい。GNP、GDPの一人当たりの額を競うことが多いが、だれも心の奥底で、GDPがすべてではないことを知っている。欧州を訪問して、その街並みの美しいことに驚く。GDPだけでは測れない努力をしている。窓に花を飾る。定期的に家のペンキの塗り替えをする。などなど。外で仕事をするだけでなく、家に帰ってからの仕事に熱心に取り組んで、美しい街並みと文化活動が支えられている。そろそろ成熟化してきた日本人も、この辺りを欧州の人たちから学ぶべきなのだろう。GDP+社会を豊かに美しく快適にする取り組みを考え、幸福度と好感度を高めてゆきたいものだ。
2013.08.19
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第2次世界大戦後、日本は復興するために、世界一の品質の良い商品をつくることに命懸けで取り組んだ。これを成し遂げるためには、単に製品だけを作るのではなく、これに携わる人々が生活のありかたまで品質を上げる取り組みをおこなってきた。教育でさえ、品質管理のように偏差値を作り出し、偏差値にこだわり、底上げを行う教育までしてきた。その反省が個性を尊重するゆとり教育であったが、これは画一的な価値観を伴わないので、混乱を招いてしまったが、一歩、日本を出ると、外国人の日本人に持つイメージは、公共を尊重する個人的なしつけができていて基礎能力が高く、他人への思いやりができるチームワークの好きな民族だと期待されている。このように期待されると日本人として悪い気はしないし、日本の生活を振り返ってみれば思い当たることも多い。自分で自分のことがわからないが、相手から期待されるとその気になるものである。中国や韓国に対しても、いろいろ挑発は多いと思うが、日本人も日本人でそれぞれの国の良さを取り上げ、相手に期待してみることは大切だと思う。日本人は、小さなことをきっちりとこなすことに優れてはいても、大きな世界を相手に、ここぞと戦略をもってリスクを冒すような取り組みは苦手である。いわゆる地味にコツコツやる以外のことは不得意である。一方、大陸の人々は戦略的思考に優れている。そこが中国、韓国メーカーが今日の成功を遂げている理由である。そこで、韓国や中国のわかものや企業を支援して、世界戦略商品を大いに開発して普及してもらう仕事をしてもらうようにし、その若者や企業を成功に導けるように部材や財政的に支援してゆくようにすべきであろう。相手の国の美点を認め、大いに期待と協力をしてゆくのがこれからの閃絡的互恵関係だと考える。
2013.08.18
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歴史認識を問われる日本。日本国の起源は、日本国のアイデンティティーは。日本は世界でも珍しい単一民族などと言われるが、誰もが南方系・北方系などの混血であることは知っている。私の住む枚方市は、百済王一族の禁野(不輸不入の地)があり、百済王寺の遺跡もある。また、千字文を日本に伝えた王仁博士の墓と伝えられている遺跡もある。朝鮮半島との交流の深さと幅広さを実感している。その朝鮮半島との外交で、日本は難しい課題を背負っている。朝鮮半島は、国家の起源を先の抗日独立戦争に据えている。これにより南北との統一と、他国からの独立を保つようにし、国民のコンセンサスを作り上げている。日本と言えば、国家としての基盤は大和朝廷においている。これは、国家として独立した外交を必要としたことによると考えられる。これは、大和民族という単一民族から出たものではなく、中国や朝鮮半島などの干渉に対して、統一した外交が必要になり、日本列島の諸豪族が統合したことに起源することは間違いがないと思う。それまでは、諸豪族がそれぞれにとりわけ朝鮮半島と交流し、朝鮮半島勢力の内戦に関わり、混乱もしていたと思われる。しかし、日本列島の諸豪族が朝鮮半島諸国の支援を受けながら互いに戦うのは愚行だと気づき、統一戦線をとるようになったのが6-7世紀ではないかと思う。このような日本の独立精神こそ日本のアイデンティティーだと主張するべきだろう。そのために大和朝廷、とりわけ、奈良時代にいたって、国史の編纂が必要になったと考えられる。しかし、古事記は神話という部類に属するし、日本書紀も奈良朝廷の都合のよい記述を中心に編集されているので、説得力に欠けるきらいがある。日本書紀によるものの、現代日本の姿勢を明らかにするような国史を編纂し直し、平和主義、民主主義、基本的人権の尊重を主張しなおすようにしたいものである。終戦記念日さえ忘れてしまう30-40歳代の人々をにるにつけ、歴史とアイデンティティーの最再認識の必要性をひしひしと感じる8月である。
2013.08.17
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義母の初盆で、家内の実家でお迎えお送りを経験した。比較的近いところに嫁いだ義理の妹がしっかりと仕切ってくれ、無事に初盆も終えた。介護、葬儀、初盆と義理の妹あっての法事を済ませることができた。田舎は、濃密な人間関係で結ばれており、冠婚葬祭に追い回されるような傾向もあるが、故人の人となりや暮らしぶりがよくわかり、次々と起こることにその因果が生活の知恵が詰まっており、日本文化の基本を思い返すこともあり、充実した日々を過ごした。もちろん、家内は若いうちからこのような身近な行事に追われるのが嫌で都会に嫁いだのだが、高齢になるとこのような素朴な人間関係と自然豊かな環境は、大いに寛げたようだ。しかし、自然豊かな環境を維持管理してゆくことは容易なことではないが、できるだけ手がかからないように管理してゆくことさえうまく周囲と調和すれば快適なように思えた。さて、田舎の慣習についてゆけるかどうか、これから周囲の人々に起こることにどう対応してゆくかにかかっているが、葬儀から初盆まではうまくなじめたのではないかと思う。今後の年と農村部のありかたを考えたら、次の世代につないでゆくためにも、田舎にもなじまなくてはならないのだと思う。
2013.08.16
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日本人の第二次世界大戦に至る認識が問われている。中国に対しても、韓国に対しても、明治維新後は、それぞれの独立運動を支援する立場を日本はとっていた。大隈重信はもちろん、脱亜入欧を後に唱えた福沢諭吉でさえも独立を考えられる人材の育成と支援を行ってきた。最初から征韓論を唱えていたのは西郷隆盛ぐらいなものであり、西郷隆盛が韓国の殖民地を指導していたら、後のものとは違ったものになっていたかもしれないが、いずれにせよ、支援していたが、現地の独立運動そのものも後ろにある支援国などの思惑がからみ、複雑怪奇な運動になってきたので帝国主義の一角に組してゆくようになったのである。それぞれの国が独立したうえは、独立を果たした勢力による歴史が正統派の歴史として、複雑怪奇な独立の運動とその混乱が単純化されてしまって、日本の殖民地時代の課題を大きく取り上げて、独立を果たした勢力の運動こそが国家のアイデンティティーであるように述べられ、多くの記念館に勧善懲悪の物語として刻まれているのは、少しいびつな感じがする。これを正そうとするなら、日本の歴史博物館を建設し、アジアの歴史と日本の関わりの歴史を述べるものである必要があると思う。そして、単に太平洋戦争に至る時代だけでなく、太古の時代から交流を重ね、お互いに影響し合ってきた歴史をこそ展示する必要があると思う。震災の復興も大事である一方、外交の修復事業も重要であるとおもう。韓国などは歴史(独立)博物館を無料で入館させ、市民や外国人観光客に無料で開放している。日本も国営での事業を考える必要があると思う。
2013.08.15
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たかがゲームと見過ごせない。ゲームで育った世代は非常に戦略性に富んでいる。人と人の積み上げてきた歴史の機微を理解せずに結論から入って納得を呼び起こす。これはビジネスの世界でも、競争相手を徹底的に調べ上げ、競争優位の商品を生み出す手法に通じる。また、外交においても、徹底したプロパガンダで圧倒しようとする。詳しい機微を知らない人々はプロパガンダの圧倒的な情報量に屈してしまう恐れさえある。ビジネス社会では、このようなゲームのような戦略が成功することは止むを得ない側面があるが、外交では誤った歴史認識につながる恐れがあり、危険である。1910-40年代の日本の微妙な立場は中々説明しにくいが、そろそろ勇気をもって主張する時期がきているように思う。本来、アジア全体の独立を支援しようとしたのに、独立運動の複雑な絡み合いの中で、訳が分からなくなり、いずれにせよ日本の安全と周辺諸国の発展を願っての活動を行った迷いが複雑怪奇な情勢を生み出したことである。そして、追い込まれてからに日本は冷静さを失ってしまったことなどを冷静に述べる必要がある。このような総括がなければ、どうにも中韓台関係を治められずに、ゲームに巻き込まれてゆくような懸念を抱くのだが。ゲームを始めてしまうと売り言葉に買い言葉の無益な衝突だけが行き交うことを恐れる。
2013.08.13
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終戦の日を控え、終戦を境に手のひらを返す仕打ちをうけた歴史の物語が盛んに放映される。朝廷と京都を守ろうとした会津藩が、維新の中で逆賊になってしまう。ゼロ戦で神風特攻隊として軍神とあがめられた人が、終戦後、太平洋戦争の決着を先延ばしにして被害を拡大したとして、周囲から批難される、などなど。企業社会でも、社長交代や上司の交代で手のひらを返すような処遇を受けることなど、人間社会にはこの類の話が絶えない。人間社会は核も複雑なものかとあきれて感心して、手が止まってしまったことが何回あったであろうか。今となっては、そのころからブレナイ自分らしさを一本通していたらよかったのにと後悔しきりである。人間社会とは、所詮、椅子取りゲームの審判に対するゲームが重要な部分を占めるものだと割きり、しかしながら、それだけではない、人類社会に対する大きな流れの中に自分を位置づけ、少しの余力を自分らしさにかけるべきだったのだろう。今、OBとなって、この自分らしさに100%かけて、社会生活を人間らしいものにする活動に身を置けるのが幸せである。自分だけは自分に手のひらを返すことがないのだから。
2013.08.12
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海外留学から帰国した高校生の報告の簡潔で実り多い交流をしてきたことを先の述べた。昨日は、メキシコに留学する高校生の壮行の言葉に感激した。国際交流を進める会合だが、特に壮行会をするとも言っていないが、その子はやってきて、壮行バナーとノートも持ってきて皆のサインとメッセージの書き込みをお願いし、出発スケジュールを発表して見送りに来てほしいとお願いする。また、出発の気持ちとしては、現地の交流団体の支部長の家にステイすることになっているので、その団体の会員増加に役立ちたいし、その団体に我ありと名を残してきたいという。出席者はみな唖然とするぐらい気持ちがこもっていた。歴史問題とかいろいろあっても、草の根の交流は盛んであるし、未来に向けた積極的な交流に勝るものはない。歴史を軽視するのではなく、これらを尊重する中で、力強い未来を切り開ける若い力について、あまり実感がなかったが、少しずつ見えるようになってきているのは頼もしい。NHKでヒットしている「海女ちゃん」のような若者の存在感が大きく羽ばたくように期待しつつ、後押しできる活動を展開してゆきたい。
2013.08.11
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海外に出てわかる自分、自国と言われる。若い者には旅をさせよということだ。若い人の海外への送り出しをしているとこれがよくわかる。十分に安全を確保できるセーフティーネットを確保しながらの旅ではあるが、日本の生活の延長線では得られない経験をしてくる。そこでわかることは、日本や家庭や、自分を囲む人々のありがたみである。また、日本の常識を超えた暮らし方や素晴らしさも感じて帰ってくる。フランスで上流社会でホームステイして帰ってきた子は、日本の中流社会の枠を超えた富裕層の生活に驚きを感じ、また、洗練された家族への想いにも強く感じることがあったようだ。しかし、日本の普通の生活に対する想いもより強くして、両親や兄弟に対して密接い接しているようだ。だれも日本とはどういう国か断定してはくれないが、このように自ら感じたことを表現するうちに自身の日本というものが固まってくるのだと思う。今日は家内の誕生日であるが、我が家にステイした外国人の子供たちから、この日に合わせてギフトやメッセージを寄せてくれている。彼らも、海外に出て自分を掴み、また、家内のことを思い出してくれているというのは素晴らしいことだと思う。
2013.08.10
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領土問題で妥協せずというのが外交の鉄則と言われている。しかし、国家や領土というのは人工の所産であり、神が決めたわけではない。神といえば宗教でさえも、人工の所産に近い。教祖と言われた人が周囲の尊崇を得て宗教として祭り上げられたものであろう。これは本来、平和と心の平安のために造られたものであり、尊重し合ってきたものである。従って、領土問題が理由で紛争が起こるなどというのは21世紀の知見ではあり得べからざるものと言える。したがって、平和と平穏が本来の意義であり、譲歩しないというのは二次的なことだと、私は個人的に考えている。もちろんナショナリズムというのは、非常にむつかしいもので、ヤマト民族といっても、どんな人種なのか。日本人は同族だと言われるが、単なる島国メンタリティーを共有するものとしか定義できないだろう。日本的なものというのを考えれば考えるほど抽象的な価値観しか思いつかない。領土問題で大騒ぎするというのは、遺産相続で兄弟が骨肉の争いをするのと等しく、愚行だと思うのは私ひとりだろうか。
2013.08.09
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人間は生まれてくるのは自分の意識の外であるが、死ぬのは多少なりとも自分のコントオール下にある。借金まみれで、あちこちに迷惑を振りまきながら、最後には事件に至る高齢者を見るに付け、そのような事態に陥っていない今の境遇に感謝せねばならない。しかし、高齢になって過去の偉業に傷をつけながら責任も取れず右往左往する人も多いのが今の社会である。これは、終戦記念日を前に毎日テレビが特集の「生きる」という沖縄の終戦時の嶋田知事の物語にも現れ、敗戦の責任を取れずに揺れる軍部が描かれている。私も現役の頃に尊敬していた経営者にオリンパスの下山会長がおられたが、最後には赤字の海外会社への飛ばしを承認されたようである。あまりに偉大な経営者だったが故に否定され、死の直前まで周囲の人々も隠蔽し続けたようだが、日本には中央幹部に責任を取れない体質があるようで、そのDNAが悲しいし、なんとかこれを改善してゆかねばならないと、小さな人生ながらも心している。その点、私が勤めていたパナソニックの創業者、松下幸之助の生き様には感服する。死の直前まで国の行く末を案じ、松下政経塾を興し、国家を担う若者の育成に命を賭けられた。長生きすると自分の来し方を正当化する誘惑も多いが、晩節を汚さぬ生き方を心がけたい。
2013.08.08
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死んだじいさんの言葉を大叔母から来たのが「年をとっても勉強と努力や」だ。爺さんは大隈重信に心酔しており、大アジア主義によって孫文なども支援していたようだ。しかし、2,26をはじめとした時局の推移で大政翼賛に流れて行ったようだ。終戦記念の8月は重い気持ちになる。先祖だけでなく、自分の業績を振り返り、現役のころは自分のプラスの面を主張するのに忙しく、自己PRと自己弁護に終始していたが、OBになると会社の業績が傾くにつれああもすればよかった、こうもすればよかったという後悔の念も深くなるが、今となっては矢は解き放たれており、後悔先に立たずである。苦い経験を活かして、企業活動ではなく、企業を囲む教育環境に働きかけるべく、小学生から大学生にいたるまでの国際交流を支援している。そして、単なる交流だけでなく、交流を支える親の意識づくりに働きかける活動も行っている。そして、今、一番デリケートなのが、ヒロシマ平和学習の準備会である。はだしのゲンまで読ませたいが、押し付けはならない。広島ツアーは行われるのだが、その準備で何をどう伝えるか、最もデリケートである。もちろん、学習会の対象は米国・メキシコ・フランス・デンマークの高校生である。年をとっても、さらなる勉強と努力である。
2013.08.07
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昨日は、大阪グランドフロントで開催されたグローバル人材育成のシンポジウムに参加した。京都大学が5年のドクターコースでグローバルなリーダー育成をしようというのが基調講演であった。参加する人は、行政・学校関係者・企業の経営者・人事担当者などであった。世の中、グローバル人材育成時代で、どこの大学も企業も求める人材はグローバル大流行である。世界の市場に打って出てくれる強者で、世界のビジネスマンと互角に渡り合い、きっちりと契約をまとめあげてくれるし、クレームが起これば適切なスペシャリストを連れて問題の場所でピタリと解決してみせる。イメージははっきりしているが、具体的な人材となると留学経験者が本当にやってくれるのだろうか。また、自尊心の強い留学経験者が、そのような会社の概要と人脈形成の時期を我慢できるだろうかというのが論点であった。しかし、私のつたない中小企業の支援経験では、考えるお化けのような人材が欲しいわけでなく、海外工場で地道に課題解決に集中する人材を求めているようだ。それぞれの場所・会社でグローバルな人材の定義もニーズも異なっており、自分の会社・組織のオリジナルの人材育成が求められているように思えた。多彩な人材とともに懸命に世界市場にアプローチする中で、グローバル人材は生まれてくるわけで、密なコミュニケーションこそが育成の基本であるといえよう。食わず嫌いも許されないし、スーパーマンに期待も寄せられない、グローバル人材育成は自分自身の問題なのだ。
2013.08.06
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原爆記念日が明日に迫ってきた。日露戦争でも戦況を国民は正確に理解することはなかった。これが太平洋戦争に持ち込まれ、広島の原爆にいたった。それでも、一億総玉砕の旗を下ろせず、長崎の悲劇を招いた。誰も敗戦の責任を背負えない。みんなが決めた失敗だから、リーダー一人が被るのは、ヤマト魄に反するということである。そして、国防の魂となって国民の行末を見守ってくださるということである。それでなければ、国防のために、だれも戦わないという論点である。戦争を始めるのは易しいが、収束するのは難しい。これは、戦争に限らず、会社経営やスボーツ組織にも散見され、日本人が引き際の潔が悪いことを示している。戦争の収め方がわからない中では、ドンドン国外からの挑発が続く状況に対応するには、戦争の回避と先送り、終結などの研究が必要なのだろう。2013/08/05 9:52、 のメッセージ:
2013.08.05
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初めてアフリカに出張したときに、海外工場の総務責任者が話した言葉が脳裏から離れない。「アフリカには援助が必要なんです。どんな援助をしてくれるのですか。いくらお金をくれるのですか。」というものだった。アフリカでも英語で流暢にコミュニケーションできる留学経験者であり、また、どこか外資系のよい就職口があれば海外に行きたいと言っていた。援助が当たり前で、自立ということが先に出てこない話に愕然とした覚えがある。そして欧米が奴隷貿易で一方的な収奪を重ねてきた歴史を博物館でいやというほど見せられた。つい70年前まで植民地主義が横行しており、日本も最後の船に乗るような形で組したところを、同族に裏切られたようなもので、より深い怨念で見られているのが太平洋戦争なのだろう。欧米もアフリカでは大変な重い課題を抱えているし、日本もアジアで重い課題を抱えている。この重みを大きな国際貢献の理念で乗り切ることを考えさせられる8月がやってきた。足元を見れば、「はだしのゲン」で描写されたおろかな振る舞いが繰り返される危うさを内包させたいる。グローバリズムが、しっかりとしたヒューマニズムに基づき、国境を越えた人間と人間の結びつきを強めていってほしいと願いつつ、去年よりも充実した8月を過ごしたいとの想いを強める。
2013.08.04
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韓国で驚かされるのは、国立中央博物館、独立博物館である。無料で入館させ、国民にも外国人にも大いに学ばせているところである。国宝級の展示が、縦横裏側から見えるように配置してある。もちろん、激しい戦火を経ているので、復元されたものだから可能になるものだと思われるが。その中で、自国の歴史認識を大いにアピールしている。比較してみると、日本では統一的な展示は無く、それぞれが断片的に存在し、オリジナルの場所で高額な拝観料を払ってみなければならない。歴史の事実は事実として存在するのであり、それを解説する人はあっても、解釈して自身の行動にまで結びつけるのは個人個人の課題であるということになる。国家としての解釈は、高校の教科書に記載され、時々に変化してゆくものとなっている。このように日本史について国民・国家レベルの解釈を明確にしてこなかったのは、日本の歴史記述が始まった奈良時代からの課題でありかもしれない。少しずつでも国立歴史博物館という取り組みが必要になってきているように思うのは私だけであろうか。
2013.08.03
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留学生がホームステイして学ぶことは、学生寮で学ぶこととは異なったメリットがある。自分の良心とは異なった、二つ目の両親に出会うことである。人間は自立しているように思っても、両親の影響は大きい。生活の仕方、価値観などは言葉などに加えて自然と身にしみついている。学生寮では、同時代の学生がどのような価値観と行動様式を持っているかを学ぶことで大きなメリットがある。しかし、親が世代を超えて継承させたいという価値観と行動様式は、中々わからない。多くの日本人留学生が海外で寮生活をしたり、ホームステイしてこれらの経験を積んでいる。また、日本人よりもはるかに多くの外国人、とりわけ、韓国人、香港人、台湾人、中国人などが、この貴重な経験を積んでいる。日本でも留学生を送り出した親たちが、同じプログラムで来日する留学生のホストをして、子供の留学体験をもっと深く体験してみたいと考えるようになってきているようだが、非常に優れた考え方であり、送り出し、受け入れを通じて子供たちへの理解を進めたり、支援してゆきたいものである。
2013.08.02
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高齢者の同窓会がますます盛んに行われている。同窓会は、出席できる人たちは恵まれている。一方で、出席できない人の動静が気にかかる。もし天国と地獄があるとすれば、高齢を迎えて心静かに充実した気持ちで同窓会に参加できる人は天国にいる人で、同窓会などには目もくれず、生活の工夫に追われている人は天国に入ってはいない人だろう。これは必ずしも因果応報と片づけきれない不公平であることもあるだろう。とりわけ病気の子弟を抱えられた場合には不公平な気持ちを強く持たれるのではないだろうか。同窓会で昔の武勇談や置き忘れたロマンを語るのも結構だが、なんとかこのような不公平の平準化を図れないものかと思うのである。もちろん同窓会が、甘いものだけではなく、自己形成に良い影響をもたらしてくれた人への感謝を示す場所であったり。近況の交換からさらなるネットワーク効果で活動が高次元に高められるものもあるだろう。しかし、出席できない人に思いを馳せ、理不尽な不公平を少しでも和らげられることを考えるよすがとしたいと思う。日本でさえも起こる不公平は、グローバルレベルではもっとひどいものであるのも事実ではあるが、まず、日本から、また自分と同世代に思いを寄せることから始めたい。
2013.08.01
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