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先日の二階訪中ミッションに同行された方から聞いた話である。3,000人の民間人が二階氏とともに北京を訪れ、習近平出席が長時間のスピーチをされたという。政府からは高官が訪問するにいたっていない中、異例のことであり、主席が割いた時間も異例のことであったようだ。その中で、主席は、阿倍仲麻呂から日中の歴史にさかのぼって関係を述べ、近年、残念な時期もあったが、長い歴史のことを考えてこの苦難を乗り越えて行けると信じているというものだったらしい。歴史認識を攻めている中で、お手本を示した首席の話は、70年談話のベースを影響しようとするものだったと考えるのは稚拙だろうか。多くの民間人と日中関係者を集めた会合での話に込めた中国側の意図は明確なようだが。外交の機微をどのように受け止めるか、日本の外交力が問われている。
2015.05.31
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最近は、告別式があっても内内での争議を済ませましたという案内が多い中、たまたま式場時間の案内が回ってきた。お世話になった先輩だったので告別式に参列させていただいたが、予想の半分ぐらいの方が集まられた。たぶん、通夜に多くお参りされたのだろう。それでも内々の争議にできなかったのは、奥様が団体でご活躍され高いポジションにあり、内々にはできなかったのだとわかった。ご主人に劣らない供花・弔電・参列があり盛大にお送りされた。告別式では、故人の業績とお子様方のご活躍につい目が及ぶのだが、自分が最後を迎えたときにも、参列者の目は子供たちに注がれるのだろうと思った。どんな形で社会貢献し、どんなふうにより幸せな生活を具現化してくれそうなのかと思いをめぐらされた告別式だった。
2015.05.30
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戦後日本の社会は恵まれた環境にあった。戦争は放棄せよと敗戦の結果のお仕置きを受けたが、軍事費を免除されて民生の復興に集中できた。わき目も振らず復興に若者を取り組ませるために世界の工場で品質管理の行き届いた量産品を生み出すスキルを磨き、世界から品質に関してダントツの信頼を得るようになった。多くの人を品質管理のチームワークができるようにマス教育・生産する体質を構築した。これに対する反省が個性を尊重するゆとり教育だったが、指導する側が十分な見識がなく、うやむやのうちに解らなくなってしまった。そして戦後70年の決算を行い、総理の談話が検討中だが、難航しているようだ。戦後、世界の中でまれに見る恵まれた環境下で生活してきたものが、恵まれた環境が当たり前と思って、これを評価しないで、世界でこの環境を支えている人々に対する感謝と応援の心を持てないでいることが大きな問題である。最近の若者はという言葉は自分で天に向かって唾していることになる。老いの繰言を繰るよりも、若者に対して世界で努力してくれている人々の懸命の努力の姿を理解できるようにするなり、お手伝いできるような交流の場を設けるなど残るエネルギーを最大限つぎ込んでゆかねばならない。生きているのは大変だ。私の戦後70年の談話は以上である。世界のマフィアには巻き込まれないように細心の注意が必要だが。
2015.05.29
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世の中のトレンドに逆らっては効率の良い仕事はできない。と教えてくれた先輩がNPOから去られることになった。NPOをはじめてほぼ5年。一昔と状況は変わり、思うように若い世代が動かなくなったことも一因があるようだ。仕事人生で人脈の限りが見えてこられたのだろう。自身が判断されるととどめようがない。最後に私が担当している仕事の総括と収支計算書の提出を求められたが、その中に光と影をしっかりと見据えておられたようである。光とは、「勝ち馬」が見えるのか。影とは、一旦成功したかに見えても継続する手立てがあるのかどうかということである。しっかりと基盤を見据えて、更なる勝ち馬を追い求めて活動の発展を図ってゆかねばなるまい。次の世代に引き継いで行かねばならないことである。
2015.05.28
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TPP交渉は、どの国にも譲歩を迫る厳しい交渉である。今日はベトナム総領事館の投資セミナーに参加したが、その席で参加者から質問が上がった。TPP交渉に乗るということは、すでに進出済みの日本企業にも立地条件が変わるので、投資の引き上げを考えざるを得ない大型投資も出てくると思われるという質問だ。大型投資を引き付けておくために保護主義を続けるのは国家経済を弱めてしまうかもしれない。メリット・デメリットをよく考えて決断することになるとの総領事の回答に、参加者一同の大きな感慨がよぎった。若い国は違うなあ。あえて困難と挑戦することをしないと、グローバル経済の仲間に入れてもらえなくなるという危機意識である。そのセミナーでは、日本から進出した中手企業がベトナム人材のパワーを全面的に活用して、独自に届く注文を日本の技術援助なしに独自に解決しながら、驚くほど力をつけて成長している様子が報告されただけに総領事の話は非常に説得力を持って受け取られたのである。高齢の高級官僚が国家経営の問題であると言われてきたが、若い官僚を中心にした柔軟性とバイタリティーを見せつけられる感じがした。日本の若者も、欧米で学ぶだけでなく、このようなアジアの若い国がどのように課題に挑戦しているのか身近に学んでほしいものだと強く思った。
2015.05.27
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戦後の日本の復興は、平和憲法・日米安保・軍事費からの解放・人口ボーナスなどの環境により、戦後の世界経済の復興と途上国の興隆に支えられた奇跡のような条件で成し遂げられたことは疑いこともない。平和憲法も玉砕を恐れない軍事力を恐れた各国がその牙を抜く措置であり、周辺国にも理解され歓迎されて成り立ってきた。しかし、その不戦憲法が逆手に取られることはないか、わかりや言うと「なめられることはないのか」というポイントが今日の安保法制整備の元になっているのだろう。私の義父から聞いた話だが、ミャンマーの奥地まで進むにも、日本の兵站線は届かず、現地調達を進めるために軍票でミャンマーの農民から食糧を購入していた。もちろん軍票は敗戦と同時に紙くずに帰してしまったが、農民たちは日ごろからの地道な農村活動への協力姿勢を見て、食料調達に協力したり、敗戦後の逃走・降伏を支援してくれた。もちろん戦っている中でも、前線の兵士たちは対戦するとお互いに殺意を推測して、鉄砲を地面に向けて発射しあうことが多かった。ちなみに義父は相手に発砲したことがなかったと聞いた。それが平和の処し方のコツだと教えてくれた。我々は、戦争にいたらないような相互理解の努力、戦争回避のための信頼関係作り、不幸にも紛争が起こった場合にも無用な殺戮の回避、紛争後の復興協力などでベストを尽くす必要がある。法制整備だけが、平和維持・拡大の取り組みでないことを理解する必要がある。そして、戦後の日本の平和な期間の継続への取り組みを拡大してゆく必要があると思う。
2015.05.26
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日本国民の戦争アレルギーが顕著である。安全保障・治安維持などという言葉が出ると、全体主義・言論弾圧を連想するのである。アレルギーとは生理的な用語だが、この問題に対処しようとするのに軍事外交的な論議だけでは国民の納得を得られないのではないかと思う。国民のアレルギーの元は、第2次世界大戦に巻き込まれていったことに対する後悔がDNAに焼き付けられているので、これに拒絶反応を示すのだと思うのである。とりわけ、戦前の政府でも要職を務めた岸信介氏の孫が先頭に立って推進する安保法制整備には拒絶反応が大きくなるのは自然な流れだろう。シームレスな対応ということで、いろいろ事態を想定することも大事だが、ぜひ、先の大戦にいたった事態を今回の法制整備がどのように民意がコントロールできるのかという論議をすれば、日本独自の安全保障メンタリティーにも適うと思われる。安部総理は子供がないだけに、これぐらいの配慮をしないと「先の大戦の禊」を試みているだけということにつながりかねない。
2015.05.25
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核軍縮会議での削減提案が、米・英・加の反対で否決された。なぜ、これらの国はイスラエルを保護するのかと一般の日本国民はいぶかしく思うだろう。私は米国・英国で10年にわたり生活していたのでわかるのだが、ユダヤ人のホロコーストや民族浄化に対する警戒感は尋常ではない。欧米の他民族からの虐待の歴史がある上に、イスラム各国との確執も根深いからである。そのために小さいころからイスラエルの国防と自身の安全確保に関してしつけられてきている。また、それに関する偏見を持つ人々に対する攻撃は鋭く、日常の生活や活動にも大きな弊害が生じるぐらいである。もちろん、弁護士・会計士・政界などに人材を輩出しており、政治的にも経済力でも隠然とした力を持っている。また、これらの人々や団体に助けられた人々も多い。そのような事情を知るにつけ、中東の非核化と簡単な言葉では片付けられないものがあり、それこそ中東和平への困難な仲介役に成功しないと難しいほどのことだが、日本の言論ではそこまで突っ込んだ指摘は内容である。もし、発言をするのなら、相応の覚悟が必要になるのだが、表面的なコメントで終えるのは、これもまた外交なのだろうか。
2015.05.24
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積極的平和外交を戦後一貫して推進してきたというが、武力を使わないPKO活動によって進められてきた。しかし、これを武力の行使も辞さない活動に変わりつつあることが、国民の懸念であることは明らかである。歴史認識といえば、歴史は血塗られており、直近の戦争にしても日本の行動が積極的平和主義とどう違ったのかが、解き明かされないとアジア諸国は理解しないと思う。自国の存続と繁栄の危機にさらされていたので、積極的に共栄を図る勢力と平和を求めて強調してきたことが、もともと権益のあった国々に否定され紛争にいたり、武力解決に貶められたと主張するのであろうか。従軍慰安婦どころではない、もっと深い歴史認識のもとでの発言が求められているように思う。植民地主義時代を終えて、国際法のもとでの国益維持を図る諸国との連携で、平和を維持してゆく外交を積極的平和外交と呼ぶのだろうか。手の内を読まれると外交は敗北することがあるので、手の内を明かさず紛争になるネタを先延ばしできるように努力することが平和外交なのか、非常に難しい。「複雑怪奇」という言葉を使ったときが負けなのだろう。平和を希求する科学者・宗教家・文化人・草の根教育者などの勢力を拡大・結集する必要があるようだ。武力だけではないネットワークづくりも高度な積極的な平和外交だと思う。
2015.05.23
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我が家のPCや電気製品が次々とダウンしてきた。そろそろ買い換えたいなあと思っていた矢先なのでグッドタイミングといわれればそれまでだが。しかし、昔はもっと長持ちしていたような気がする。しかし、20年経った商品の消耗・磨耗でも製造者責任を問われる今日なので、消耗寸前で雑音がうるさいなど当たり障りのない機能が故障して買い換えてもらうほうが良いのかもしれない。新製品は省エネ設計になっているし、機能は大きく向上している。買い換えてうれしくなるから大きな進歩があるのだと思う。財布にはやさしくないが、技術革新の激しい時代に、適切に商品が入れ替えられるのは結構なことだ。どうか収入のほうも比例して行き渡るようになれば、これこそ経済成長といえるのだろう。
2015.05.22
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歴史認識というと後ろめたい感覚に追い込まれる。誰も過去を問えば、がんばった側面と不都合な事実を抱えているからである。朝鮮半島の歴史にしたところが、昔から三つ、二つ、四つの国に分かれて地で血を洗う歴史の繰り返しであった。中国にいたってはもっと複雑である。自身の歴史はさておいて、日本にだけつらく当たるという側面は無きにしも非ずである。しかし、歴史を重ねて成長する国であれば問題ないのが、その行く末が同じアジアの民族を征服しようとしたのが受け入れがたい事実なのだと思う。アヘン戦争などもかなり屈辱的な戦いであっただろうし、その代償として香港との分裂を味合わされた。もちろん、香港の租借は、中国近代化に大きな成果を生んだことも事実である。それもこれも含めて、歴史認識をたどりにたどるということを続けると、人類の起源、生命の起源にまでゆきつく。ここまでゆくと、すべての生きとし生けるものとのみなすべてが仲間であり、命のやり取りを共生という次元にまで高めて考え付くことになる。そこまで考えが及ぶような教育・文化を岡本太郎や中村佳子は、活動として展開している。我が家の娘たちは、「森の学校」や「岡本太郎」が大好きである。あまり難しい話を娘たちとしたことはないが、「孫育て」や「小学校児童の教育」で、このような想いをベースにしていることは心強い。ご都合のよい歴史認識で争うよりも、生きとし生けるものの自然の中での発展の位置づけを学びあい、お互いの調和を図る生き方を学ばせているのはとても大事な歴史認識だと思うのである。
2015.05.21
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大きな会社で管理部門の仕事の経験しかなかった私は、好景気だという話を聞いたことがなかった。営業部門・生産部門などにいると数字が語りかけてくるところがあっただろうが、いろいろな部門の数字が集計されてくるので、それを日々の呼吸のようには感じられなかった。そして、好景気だとは誰も言わす、常に危機感を訴えて、最悪の事態に備えてということをやっていたので、好景気感を持ったことがない。もちろん日ごろの挨拶が「ぼちぼちでんなあ」という土地柄だから止むをえないのだが、退職すると同じように数字が追いかけてくるわけではなく、好景気という感じは薄い。しかし、企業業績の数字を追いかけていると現在が好景気だということが感じられる。そして、この景気がどこまで持続できるのかにも関心が沸く。東京オリンピックまでの大手を振った大盤振る舞いまでは読めるが、その後、56年前の景気後退まで繰り返すのだろうか。これだけの経験を積んだわけなので、五輪後の落ち込みを招かないような施策が打ち出されないとおかしいのだが。
2015.05.20
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泣く子と地頭には勝てぬというが、選挙の敗者の選挙後の生き方は難しい。とりわけトップといわれるポジションに関してはなおさらである。大阪都構想を掲げて戦った橋下市長に関しては、敗戦の分析を避けたが、僅差だっただけに惜しまれることがたくさんあるように思う。戦う姿勢を前面に出すあまり、いろいろな問題発言もあった歴史もある。このようなエピソードがある地域・階層でうらみつらみを沈殿させ、無用の反対派を作り上げたようにも思える。問題意識や政策は多くの支持を得ながら、エピソードを掘り起こして恨みがましい感情があおられたりすることを見ると、リーダーは身辺をきれいにするとともに、人格・見識を磨いておかねばならないことも知らされた。ただ、これだけ多くの支持を得た政策面では敗北後もしたたかによい政治にむけた戦いを進めてゆくべきなのだろう。敗戦を通じて、戦争に勝つという吉田茂の言葉もある。いわゆる軍事費なしでの戦後復興を図るという図式である。負けて二重行政の無駄を排するという活動を期待したい。
2015.05.19
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誰も平和を願っていることは間違いない。しかし、人類の歴史は戦争の歴史である。自分の身は自分で守るということもほとんど真理に近い考え方である。そこに自己防衛・国防というほとんど真理に近い考え方が生まれる。一方で、身を守るために最低限の武装を憲法で認める国がある一方で、安全のために銃砲の携帯は禁止している国がほとんどである。混迷を続ける人間社会において、「テロをはじめとした過激派」をアジテートする勢力も耐えない。戦争を行えば戦勝国と敗戦国が生まれ、敗戦国の惨めさについては日本も十分に味あわされてきた。それでも身を守る本能に根ざした軍需産業は、新規技術開発を重ねてより複雑さを増し、成長を続ける。一端配備された装備は、速いペースで陳腐化し、その活用場所を性急に求める。不穏な事態があればビジネスチャンスと事態を後押しする。抑止力というが、事態の制圧を目指しながら拡大を続ける。戦争が終わったときには、こんな馬鹿なことは止めにしようと心底願うが、次の世代には忘れられてしまう。戦争する知恵を、本当の人々の繁栄のための行動への知恵に使わないと、また、軍事産業の思う壺にはまってしまう。
2015.05.17
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総領事館でホーチミン生誕125周年記念式典に出席した。ホーチミンは誰もが知る偉大な革命家であり、建国の父である。国民のだれもがホーおじさんと親しく呼ぶ人格者であり、詩人であった。国民が建国の志とその生き方を伝承することに心を寄せて、生誕5周年ごとに記念式典を開催しておられる。その式典には、各界・各階層の代表者にホーチミンについての発見を10分程度のスピーチにまとめてお話しさせておられる。日本の政界・経済界・研究者、ベトナムの学生・友好交流団体などの代表がそれぞれの視点でベトナムとホーチミンを語られ、ポイントをつかんだ話を聞くことができて大いに参考になった。歴史を正しく認識して、将来をまっすぐに見つめて話しできることの素晴らしさを感じたし、このような姿勢が貫かれるなら、ベトナムは間違いなく発展すると思った。もちろん日本もベトナムの占領の歴史があり、必ずしもよき支配者だったかはわからないが、米国やフランスのような露骨な戦闘態勢にあったわけではなかったので、お話しは少し楽だったのだとは思う。しかし、相手国の機関の代表者に、友好団体とはいえ故国の指導者のことを語らせるというのは非常に意義深いことである。できれば中国や韓国の独立運動の指導者について日本側のしかるべき指導者が語れるようになればよいとも思った。いずれにせよ、ホーチミンのように優れた人格者であってのことかもしれないが。
2015.05.16
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安全保障法制の審議が始まった。日本人には軍部アレルギーがある。戦前軍部の独走を止められなかったつらい記憶があるからである。軍部を暴力装置と定義して大騒ぎになった議員がいた。今、自衛隊は軍部ではなく、良識の文民統制の下にある良識ある組織だというのが訴えたいことだと思います。しかしながら、組織は一端スタートすると自分の組織の利益を求める機能が鎌首をもたげ、仮に失敗しても、その失敗を認めず終わりなき活動を開始するから国民はハテナと思うのでしょう。日本人は上位者の意向に忠実で、空気を読む賢しさを持ち、組織の中では上司・上官の意向を尊重して自己保身を図る性質を持つだけに心配になります。要は、国民が良識を持って、相当力の圧力を受けても、多少の不利益を蒙っても自己の考える正義を貫けるかどうかが問題です。また、過半数で押し切られたときに反対勢力はどのように対処すべきなのか。民主主義の中で少数派のとるべき道については良い答えは見つかりません。とりわけ戦争という局面で反戦勢力はどのように行動するべきなのか。ビル クリントンがベトナム戦争に参戦拒否を行ったというくらいしか事例が見当たりません。どこかに亡命するしかないのでしょうか。
2015.05.15
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原発を誘致するためには住民が賛成しておきながら、問題が起こると補償を求めて大騒ぎする。どちらに転んでもお金のかかる原発に対して、涼しげに推進する電力会社にもあきれるからである。本当を言えば、東京五輪までの間に富士山の噴火も南海トラフ地震も起こらないでほしいと神頼みする状況なのだが。世界に責任をもつ取り組みというなら、東京都で行う競技に関しても他地域で行える緊急対応ができるようにしておく必要があるだろう。東京は、戦前に開催を返上した前科があるのだから。スポーツ選手にとっては、以前とは比較にならないぐらい経済と密接に結びついており、中止になると、それこそ補償を求めて国際訴訟にさえなりかねないと思うから。住民訴訟よりもっとたちの悪い問題になりかねないと思う。
2015.05.14
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中国が首脳の広島・長崎訪問を促す国連決議を修正した。日本は戦争加害者なのに被害者として摩り替えようとしているというものである。大きな立場からすれば、戦争は被害者を生む行為であり、戦勝国・敗戦国ともに犠牲者・被害者を生むものであり、テロ・ゲリラの時代になると一般市民も巻き込まれざるを得なくなってきていることを理解すべきである。とりわけ核兵器が使用されたら悲惨な結末をむかえることを国家の首脳が理解することは重要である。その意味でも、これらも包含した戦後70周年の首相談話は注目される。
2015.05.13
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朝、痰をはこうとしたら、いやな血のにおい。47年前の思い出す匂い。ティッシュにとると血がにじんでいる。鼻血を吸い込んだのかと思い、時間をかけて痰を観察するが、うっすらとした血はひつこく残る。すぐに近所の結核医療センターに駆け込み、直接撮影・CT撮影、喀痰検査を受けて、顕著な結核ではないことが判明した。しかし、糖尿病の血糖値コントロールがこの3-4ヶ月悪く、免疫力の低下が恐れられるとのことであった。47年前の喀血は、丁度連休明けのことであり、部活のメンバーにも大変迷惑をかけた。同じ時期に糖尿病の食事療法などが悪いことに対する警鐘を鳴らしてもらったのだと思う。季節ごとにかかりやすい病気があり、これを予防したり、悪化させないように生活習慣を整える必要があることを思い出させてもらった。国だけではなく、自身の歴史認識もしっかりと図るようにしよう。
2015.05.12
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テロが広がってきて、テログループ同士が入り乱れて争うまでにいたっている。国防意識が高まり、防衛費・軍事費が増額されてくる。ところが、テロにも反テロにも軍事産業からの武器支援が届くようになる。政情不安になると軍事産業はほくそ笑むというのは、悲しい人間社会の業である。武力で課題解決は行われることは難しい。小さないさかいを平和裏に解決することが大切である。多くの価値観がぶつかり合うグローバル社会で勇気を持って話し合う力と姿勢をもった次の世界を担う若者の育成に関わっているが、小さな努力だが生涯続けてきたいと思っている。
2015.05.11
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現役時代には、「いるを量って、出づるを制する」「赤字は罪悪だ」というのは経営指針だと教えてくれた諸先輩。NPOになると赤字に陥っても、ちゃっかり自分の取り分を持っていかれる。現役時代に迫られたのは何だったのか。命がけで取り組んできたのが、その時々のテクニックだったのかとがっかりさせられる。認知症というにはあまりにも情けない。人の振り見てわがふりを直そう。自分の行動指針を守れなくなったらNPOもあっさり身を引こう。晩節は汚せない。
2015.05.10
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ボランティア活動では、構成員はビジョンをおおむね共有している。しかし、自分こそが一番貢献しているという自負を持っている。そんな中で、自説を訴えても素直に聞いてもらえないことも多い。そんな中で、それぞれにちょっとした成功談を聞きながら、それらの話の断片をつむぎなおして自説を訴えると納得性が高くなり、チームワークが出来上がる。聞くことが大事だ言われてきたが、年を経るにつけその重要性がわかってくる。リーダーシップとは、しっかりとシナリオを準備しておくが、それを前面に出すのではなく、メンバーの意見をできるだけ織り込んで、シナリオを完成してゆくことだと、今頃になって気づいた。
2015.05.09
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日本では住宅が空き家になる空家率が高くなっている。にもかかわらず、都会の中心部には高層マンションがどんどん建てられ共稼ぎ世帯や高齢者が入居している。これらも団塊ジュニア世代が退職するころには大幅な余剰住居を生み出すことになる。当たり前でわかっているけれどもこの流れは止まらない。これらの余剰はどうなるのだろう。ニューヨークでは昔、都心の開きマンションがスラム化の根源になった。この再生には30年以上の時間がかかった。日本ではどうするのか。これは、アジア・中国の高齢者を受け入れる受け皿になるように考えられる。グローバル化で人が往来するようになったが、中国人観光客も将来日本人は本当に老後のおもてなしをしてくれるのか見ているのではと思うのは、思い過ごしだろうか。
2015.05.08
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20世紀は戦争の世紀と名づけられ、大戦では一般市民が巻き込まれて大量の犠牲者を生むようになった。あたかも一般市民は戦争に巻き込まれなくなりそうだが、21世紀になってもこの傾向はさらに強くなりそうである。政治家は外交・同盟で乗り切るという論議をするが、これまでの伝統的なアプローチであり、政治家は安全柵の中にいる立場である。自分の子供を戦場に送る人でもない。ゲリラ戦法が一般的になって、兵士と市民の区別がつきにくくなtってからは、市民が戦争に巻き込まれるようになってきた。南京事件などもその典型だろう。このような市民を巻き込む戦争を回避するためには、単なる戦闘の仕方のみを想定するのではなく、社会の仕組みの強さを作り上げ、それこそ全国・世界の津津浦裏にまで平和意識を実感できるような取り組みが望まれるのだろう。幸い、ほぼ完全雇用状態を実現できていることに満足せずに、振り返ってのゆとりを本当に上手に世界の福祉に役立てられるように貢献してゆくときなのだろう。ネパール・アフリカ支援など上手に取り組みを行い、世界にアピールしてゆく必要がある。米国議会であれだけの演説をする力があるのだから、もっともっと訴えかけてゆく必要があるだろう。戦争という選択肢をできるだけ念頭に置かせないような希望の光を投げかけ続ける努力が必要なのだろう。
2015.05.07
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長兄が所属する男声合唱団が多に団体との合同演奏会を開き、次兄夫婦と家内を伴って聞いてきた。それぞれの合唱団の特色を出した演目であった。戦後70年ということで核廃絶を訴える曲、東日本大震災からの復興を訴える曲なども疲労されたが、長兄の合唱団は欧米ロシアなどの愛唱曲を優れた技術で歌い上げ、一番人気を得ていた。最後は、合同演奏で迫力のある合唱を行い、その後、今日一番の歓声を浴びたのが「昴」の男声合唱用の編曲を歌い上げたものだった。ちょうど人生の締めくくりの世代になる人が中心の大合唱だったので、迫力は十分で、家内も義理の姉も男声合唱はすばらしいと絶賛していた。女声合唱もすばらしいのだが、このすばらしさをご存じないのが残念である。私自身は男声合唱の重みのあるハーモニーにはやや力を象徴する響きを感じるので、暴走しないようにという気持ちが働き、一概にハーモニーに酔いきれないのだが。
2015.05.06
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2-3ヶ月前から、RunTime ERRORなどのアイコンが出て、不気味な感じがしていたが、昨日、「ハードディスクに異常が発見されました。バックアップをして、修理または交換するようにメーカーなどに連絡してください。」という警告が出て、あわてて新しい外付けHDDを購入してメモリーのバックアップをした。PCをPCショップに持ち込んだところ、その場でダウン。新しいPCを購入して、立ち上げを行った。それやこれやでここ2日間はPCとにらめっこしながら、休み前からのテーマの中村佳子氏の著作を読み、DNAのお話を勉強させてもらった。孫たちは遠出をする当てが外れて気の毒だったが、PC環境も上がり、すこぶるご機嫌である。やはり技術革新の激しい世の中、PCなどは4-5年周期で買い換えてゆかねばならないようだ。この買い替えなどを生活のリズムの中に織り込んでおく必要があるのだと思い知らされた。体を休める延長線に機械頭脳も休養とリフレッシュが必要な世の中になってきた。
2015.05.05
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スポーツ選手を目指す子は、外国人コーチに着くようになってきた。外国人コーチはそれぞれの子供をシッカリと観察して、長所を伸ばす指導ができるからのようだ。日本人コーチは自分の成功体験が強く、自分がやってよかったというものを子供に伝承しようと考えるので、子供が受け身になるし、面白さがないためのようだ。外国人コーチは子供に自分の長所を気づくようにしかけて、自分で考えるように導くようだ。経済の世界でもいえるのだが、どうやら、日本人は第2次世界大戦後の高度成長の成功をすべての発展途上国にも当てはまると考えてお仕着せがましいきらいがある。日本の成功はたまたま世界経済の復興期にあって、世界の工場機能を引き受けて品質本位の標準化に成功し、一方で支出・投資面では、日米安保の傘のもとで軍事支出を最小化して、民生へのお金の流れを加速させることができたことによる。しかし、新しい価値を創出していくという面に懸け、従来のモデルが勢いを失いかけてきているのは明らかである。そのような時代に日本人の過去の成功体験にすがって伝承しようという動きだけでは、明日の世界を魅了してゆく活動は生み出せない。外国人コーチの視点を大事にして、次の世の中に立ち向かってゆかねばならない。
2015.05.04
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今日は知り合いのお嬢さんのピアノリサイタルを聴いてきた。珍しいピアノの連弾リサイタルで、ブラームスやシューマンの曲であり、交響曲を作るのを途中でピアノ曲に変えたという曲も演奏され、交響曲風の構成になっているうえに、右手で4拍子、左手では3連譜を弾くという高等難度の曲をお二人が息を合わせて惹かれるのは、もう音楽というより体育会系の演技に近いと思わせる演奏だった。お二人は大阪と四国松山に離れてお住まいであり、この二人が息をぴったりと合わせて掛け合いをするのはスリリングであった。お二人の共通点は、大阪府枚方市生まれの同じ高校の卒業生というだけで、年代のいくつか離れている。同じようにドイツで学ばれたが学校も先生も違っておられるのにこの息の合った演奏というのに驚かされた。ここまで解釈が一致し、メリハリを合わせられるというのは天上のブラームス、シューマンも驚いておられるだろう。演奏を終わったお二人が付き物が落ちたような満足感に浸っておられたのが印象的だった。日本という国境を忘れさせる演奏だった。
2015.05.03
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小学校2年と幼稚園児の孫を預かったが、果たしてどこへ連れて行けばよいか思案した。まだ消化する力がないのに各種の施設に行っても、自分の経験からしてもそれほど記憶に残らず、支払ったお金が、払う側の自己満足におちいりそうに思えた。そこで、子供無料のサービスを考えてみたが、一つは「浪速のくらし今昔博物館」、もう一つは「天保山渡し船」である。その上に大観覧車をつけて回ってみた。読み通りで、子供も大喜びしてくれた。今昔館は韓国からの観光客が多く、しっかりした浴衣を200円で着付けしてくれるサービスが大好評で、江戸時代の浪速を浴衣の着流し姿でカップルや家族で施設展示を背景に記念撮影して、仲睦まじくしているのには感激した。また、大阪港を渡し船で渡るのは、市民の足として無料で開放しているのは、これも外国人観光客に好評で、街を自転車で観光する人が多く利用していた。観覧車も世界最大級ということで、3名でワゴンを貸し切って15分間、孫たちは写真を撮りまくって興奮していた。これは3歳以上800円と少し高めだが、晴天に恵まれ南から北まで360度のパノラマを見て、十分に値打ちがあった。資本主義経済の中で珍しい無料サービスを織り込みながら、孫サービスをして、わが子の子育て負担を肩代わりできたかなと思っている。
2015.05.02
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在日公館の支援をして交流会を行ったが、今回はセミナーの開催で支援を要請された。そこで、今回は支援するポイントをまとめて手順書をお届けした。中間での進捗チェックを入れて、その部分と仕上げの部分を支援すると申し上げた。ところが在外公館では、その中間に建国者の記念日行事を入れて、中間チェックを行える体制を作られた。一つのセミナーという視点だけでなく、建国者の記念行事を入れることで、同国の歴史への理解を促すとともにセミナーの広報と告知の中間チェックを行うというやり方を考えられた。単純にやり方をコピーするというところに留まらず、より広い視点で活動しようとしておられるところにスタッフの優秀さをヒシヒシと感じさせられた。世の中、賢い人が多いことに感心する。
2015.05.01
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