全13件 (13件中 1-13件目)
1

29日土曜日、数日前まで各地で夏日が記録されたが、昨日から12月の気温になって縮んでいた。自宅はマンション8階なので窓を閉めていると下の音もあまり聞こえない。それでも何やら騒がしい気配がしたのでベランダに出てみるとマンションの児童公園に人だかりがしている。児童公園はマンション外の人にも公開されいるので、近所の保育園や託児所の子供たちがよく利用している。お爺さんが下まで写真を撮りに行くこともないので8階のベランダからズームしてみた。どうやら近所の保育園か託児所のハロウイーンパーティーのようだ。最近のアメリカの事情は知らないが、日本では本来の意味から離れて聖バレンタインデイとともにコマーシャライズされ、年々派手になっているようだ。子供たちだけでなく渋谷の街など何日間も道路が仮想の若者であふれるようである。大人が騒ぎ立てるのもどうかと思うが子供たちの仮想はかわいく良い。お母さんの趣味の違いなのだろう派手な子もいれば地味な子もいる。それはそれでいい。一方お母さんたちの熱心さに比べて白けた行動をする子供もいる。仮装してブランコや鉄棒でもあるまいが、子供の発想は自由である。しばらく写真を取り合ったりして、アメリカからやってきたような格好のおじさんとおばさんからプレゼントの入った袋をもらっている。本来ハロウイーンでは玄関や門にカボチャをくりぬいて作った灯篭(Jack-O-Lantern)にロウソクを灯して子供たちを待ち受ける。子供たちは徒労を組んで各家を周り"Treat or Trick"(良い物ちょいだい、くれないと悪戯するよ)と言ってお菓子をもらって歩くわけだ。30年以上前アメリカに渡って最初の秋、隣家の2歳くらいの子が我が家のドアをたたきそれを叫んだ。と言っても幼児の言葉は何を言っているのかわからず、ハロウイーンの習慣も知らなかったので困ったことを思い出す。日本でのハロウイーンでは誰もそんな準備をしていなく、またそんな危険を冒させる親もいないので親は自分でプレゼントを用意して渡す。子どもたちはプレゼントをもらうと中身を見せ合い、三々五々帰っていった。ハロウイーンで思い出すのは日本の亥の子祭りだ。私が育った四国の片田舎では里芋の幹を乾かしたズイキを芯にして藁を巻き付けて固く縛り、鬼の鉄棒のようなものをこしらえ、子供たちが農家を回って庭でぽんぽんと地面を打った。農作物を食う虫をその音で追っ払うのだそうだ。その行為で子供たちはお菓子をもらってみんなでパーティーをしたものだ。その藁槌を打つ時わらべ歌は「お亥の子さんの晩に 餅つく家は 箸で家建てて 馬糞で壁葺いて」とはやし立てた。それ以上の歌詞は思い出せないし、意味も全く解せないがそう唄ったような気がする。石原前都知事は数年前の築地市場の移転経過はもう忘れたそうだから、私が80年近く前のことを正確に思い出せるはずもない。記憶違いがあるかも知れないので眉に唾を付けながら読んだ方がよいかもしれない。
2016.10.29
コメント(1)

東照宮に入るとすぐにある神厩舎には有名な三猿の彫刻、これまた修復中とてレプリカが飾られている。ガイドブックに記されているのだろう外国人観光客も皆足を止めている。若い人は決まって猿真似の写真を撮る。香港かシンガポールからと思われるお嬢さんが可愛いのでついシャッターをきってしまった。グラスマークをつけて掲載させていただく。もう一つの超有名作は眠り猫、団体客への説明を漏らし聞くと、この子猫は爪を隠しているのに大きな意味があるのだそうだ。と言うのは子猫の裏側は子雀の彫刻で、猫は詰めを隠してスズメを狙わず、それは戦いのない世を象徴しているらしい。小雀は逃げているようにも見えるが説明はそうなっている。外に出ると美しい五重塔がある。例によって東京スカイツリーで有名になった心柱が見えるというので別料金を払った。 裏側に回ると一階部分には金箔で装飾された心柱と数体の仏像が祀られているがここでは写真は撮れない。地表レベルに降りて縁の下を覗くと確かに基礎石の上に中ずりになった心柱の先端が見える。うまく写真が撮れないがここは撮影OKなので数多く打ってみた、数撃ちゃ当たるの通りその一枚が下の写真。表の切符売り場にあった写真が下のもの混雑の境内を抜け脇参道に戻ると苔むした石垣が日に浮かんで美しい。
2016.10.28
コメント(0)

日光旅行2日目、いろは坂の渋滞が始まる前に早めのバスで奥日光・湯ノ湖まで登って紅葉を探索する予定であったが、あいにく相棒が風邪気味でお腹を壊した。渋滞するかもしれないいろは坂が心配になったのでこの日は気楽に市内で過ごすことにした。何十年ぶりかで東照宮を巡り、うん十年前の修学旅行を思い出すことにした。かってここは旗を掲げたバスガイドのお姉さんに従う修学旅行生が渦巻くところであった。いま修学旅行はまれにしか合わない、代わって旗を持って率いているのはアジア系言語を話しているガイドさんである。金ぴかで極彩色の神社とも廟ともつかむ意味不明の社ではあるが、神君家康と言う位であるから東照宮は神社である。ところが本殿と塀一つ隔てて陽明門の隣の、鳴竜で知られる本地堂は薬師如来を本尊とする寺院である。神道と仏教が一体化され、神仏混交の時代を挟んで神と仏の上下関係は時代とともに変化してくる。明治以降は神社が寺院の上にみられる傾向があるが、家康、秀吉、乃木大将、東郷元帥たちは神になれても如来仏にも菩薩仏にもなれないところを見ると、やはり仏が神より尊い存在なのかもしれない。ともあれ東照宮に詣でるには身を清めなければならない、せめて立派な金張りの瓦で飾られた手水舎で手を清めることになる。手水もてみずと読むかちょうずと読むかで印象は異なる。御手洗もお手洗いと読んでしまったら御手洗さんに失礼だろう。身を清め銅製の鳥居をくぐると左右両側にスカートを付けたような建物の鼓楼と鐘楼が構えている。ここの銅製灯篭は屋根付きで鳥かごのようにつるされている。下の写真で階段の上左が鼓楼。階段正面の安建築の工事現場のようなテント張りがあの陽明門である。60年以上前に修学旅行でここを見たとき、陽明門は一日眺めていても飽きない美しさで日暮の門とも称されるとガイドされて、わが美意思のなさを嘆いたものであるが、この無残な形は何とかしてもらいたいものである。例えば下の写真は一昨年訪れた同じ日光山内の輪王寺の修復現場である。陽明門など比較にならないスケールの建造物であるが工事用テントには実物大の絵が描かれていた。資料によれば陽明門はまだあと3年ほどが修復機関だそうで、都合6年間倉庫の改修のような醜い姿を見せるらしい。高い拝観料が泣いていることだろう、徳川の将軍がこれを知ったら怒り心頭で建築奉行は切腹を命じられたことだろう。やはり神社より寺の方が人にやさしいのかもしれない。とはいえ高い拝観料(¥1300)のてまえテントの下を通って門をくぐることはできる。さらに修復の終わった部分は見られるように幕に覆われていない部分がある。全体的に白が基調であることが分かる。たぶん白い彫刻は鏝絵ではなく彩色木彫であろう。陽明門と本社・拝殿の間にはもう一つの唐門がある。こちらの方は修復が終わて見事な彫刻を見ることができる多くの木彫人物像が見られるが、中央には中国伝説上の帝である舜帝が座し帝に仕える64人の像が彫られているという。家康をそんな偉大な帝になぞらえての彫刻で顔を家康に似せて彫ってあるという。それにしても屋根や塀には金がふんだんに使われ徳川幕府が諸藩から材を搾り上げ、藩を弱体化させる仕組みが東照宮に象徴されている。今も修復代の多くは全国の人々から集められた税金から賄われているのだろう。返す外国人観光客を見てふと思ったのは今や世界中から貢がれていることである。
2016.10.27
コメント(0)

近年秋になると毎年日光を訪れている。以前はわが家から東武線に乗るには浅草へのアクセスが大変だったが、最近は新宿・池袋から鬼怒川・日光へ直接繋がった電車ができている。JR・東武線を相互乗り入れのこの電車は便利な存在になった、池袋から直行約2時間で東武日光に就く。10月23日、天気予報に反してかなりいい天気であった、東武日光駅からの中禅寺湖行バスは長蛇の列である。このバスは数百メートル離れたJR日光駅が始発である、そこで勝手知ったるところなのでJR 日光駅まで歩いた。いつもそうするのは混雑を避ける意味もあるがクラシックな明治の洋館つくりの駅舎を見るのが楽しみだからである。以前にも書いたがこの駅にはかって皇族や外国大使などのVIPを迎える部屋があったりして、今2階がその資料展示室になっている。駅前からは日光連山の山並みが美しい起伏をしている、そしてその山並に合わせたような見事な佇まいの建物は看板から金物店と読めるが、その板看板や釣り灯篭などが美しい。今時金物商売は大変だろうが見事な山形建築である。日光市では景観条例で和式デザインの建築が推薦され、街並みのバリやフリー化、地下配線化などに努めているらしい、街路灯も各町でデザイン化されたものに統一されているようだ、駅前は石屋町ということで≪石≫のデザイン磴が並んでいる。やはり山並みがないと何の変哲もない街だが、通りの左右を比較すると明白なように、電柱がいかに都市の景観を損じているかが分かる。頭は隠れているが夕日の男体山が多しい姿を見せる、この山一つで雲が発生している様子から山国の天気が如何に地域的で細かく変化すのかが分かる。昼頃日光に着いたのでまだ十分時間がある、奥日光での本格的紅葉見物は次に日にするとしていろは坂だけ見物しながら中禅寺湖まで行ってみることにした。渋滞は覚悟のうえで、ゆっくりいろは坂の紅葉見物をしようと思い立ったわけである。いやはや、やっぱり音に聞こえた渋滞である。ふつう40分くらいのところ2時間以上かかった。それで紅葉は始まったばかり、やはりまだ奥日光まで登らなければならないようだった。中禅寺湖で華厳の滝だけ見物して下山したが、来るたびに外国人観光客が増えている。今や50-60%は東アジアからの観光客だ。日本がこれだけポピュラーになることは実にうれしいことである。今年は長雨で日照時間がなく紅葉は端から期待できないが、水量は十分で華厳の滝は大きい。何年か前の地震による岩盤崩落で二段滝になってしまったが、十分な水量はこれを克服して大滝と化していた。予報に反して翌日はまた快晴、行きなれたホテルのもみじが一週間後の色付きを予告している。ホテルの池畔にきれいなキノコが生えていた、美しい姿かたちである。
2016.10.26
コメント(0)

現在のの白樺湖は一大観光地であるがこの湖は比較的新しく、1938年工事が開始されたが第二次大戦中中断され、完成したのは戦後間もない1946年である。本来農業用水で、高地の水が冷たくて稲作に適さなかったため太陽光で水を温めるための温水池であった。1955年になって電気が開通し、今回宿泊した池の平ホテルが開業している。このホテルは1964年昭和天皇・皇后の行幸啓、1969年には当時の皇太子・妃、常陸宮・妃の宿泊と華々しい歴史を持つが、現在は子ども連れ中心の大衆ホテルである。私が初めて白樺湖を訪れたのは1958年でまだ数件の家しかなかった気がする。当時まだこの地のことをあまり知らず、行く予定もなかったが前日単独行の蓼科山で霧にまかれ私は山の牧場に泊めてもらって翌日ここを知ったわけだ。その時予定外のハイキングをしたのが湖に続く下の写真の霧ヶ峰高原である。ホテル玄関先から見る白樺湖と車山方面この写真を見るだけでは低地に見えるが湖面の高さは海抜1416m、車山の頂上は1925mの高山なのである。今回の旅の唯一の目的は≪黄金アカシア≫の紅葉を見ることであった。2年前にここを訪れ、黄金アカシアの美しさに魅了された。その時知ったのは白樺湖の関係者が北海道で黄金色に輝くニセアカシアを知り、この地に移植してどんどん増やしたのだと知った。そして私も昨年帯広近辺のフラワーガーデン巡りをしたとき各所で発見することができた。そこでは秋の紅葉も美しいと知った。リフトの両側に並ぶ黄金アカシアは見事に色図いている。リフト頂上からは草原の下りと樹幹の下りの遊歩道がある。後者は≪黄金アカシアの森≫と名ずけられており、白樺湖を眺めながら下ると黄金アカシアにまじかにふれられる。黄金アカシアの紅葉と言われても葉が紅色に染まるわけではない、そこで2年前ここを訪ねた時の私のブログ写真を引用したのが次の2枚の写真である。確かにこちらは若々しくまだ多量に葉緑素を含んでいることがわかる。霧が晴れて車山の頂上が見える、点のように見える丸屋根ドームはかって天体観測に用いられていたものである。遊歩道にはアカシアだけなく、コニファーガーデンを始め外国の針葉樹林などもある。いろんな種類の樹木の中には紅葉し損ねたナナカマドもあるが、赤い実はあるがそれもまばらである。先日の新聞によると今年は悪天候のせいで夏の受粉率が悪く木の実が少いそいだ。冬を前にクマが里に下りてこないか心配である。ホテルの周りの黄金アカシアの並木もまだ青みを残して紅葉の盛り前である。帰りの茅野駅で特急のホームに出ると大きな黒曜石が置いてある。この硬くて黒光りする石は太古から石器の材料で青森県の三内丸山遺跡でも出土するらしい。この時代すでに信州と津軽で交流があったことの証明らしい。帰路、韮崎あたりで特急≪あさま≫の窓から美しい≪甲斐駒ケ岳≫の姿が見えた。私ははこの山容が好きでここを通るときはいつも楽しみにして眺めている。全国に多く存在する≪駒ヶ岳」≫はみな美しい。私が見たり登ったりしたことがあるのは北海道の大沼駒ヶ岳、秋田駒ケ岳、木曽駒ケ岳それにこの甲斐駒ケ岳で、それらは皆名山である。雲で分かたれているがその先に南アルプスの北岳、間ノ岳、農鳥岳などがかすんで見えた。実は北岳は3192mで富士山に次いで日本第二の高さを誇る山であるが甲府方向からは南アルプスの最高峰に見えない。
2016.10.16
コメント(0)

10月11日は新聞休刊日、隣人に処理をお願いしなくとも新聞受けに溜まることがないのでいい季節には一泊旅行に出かけることが多い。10月の旅は信州の白樺湖・池の平である。ここには子供から年寄りまで楽しめる施設を併設する大衆的ホテルがある。個人旅行なのでチェックイン時間より少し早く着き、小さなリフトで隣接する〈黄金アカシアの森〉に登る。この時期、あたりはピンクの「コルチカム」が咲き誇っている。球根花によくみられる葉より先に花が湧き出ている。いかにも人工的ではあるが登りリフトの下がまだ花盛りなので結構楽しめる。リフトでの見物は花畑の上を地を這うように進むのが気持ちいい。短いリフトの終点平地には今チョコレートコスモスが満開で、色もさることなが鼻を近づけるとかすかにチョコレート(ココア)の匂いがする。そういえばフランスではココアを頼むとき〈ショコラ〉と頼むが、スティック(板)チョコレートを買うときはなんというのだろう。残念ながらフランスでチョコレートを買った記憶がない。その香りにひかれてかモンシロチョウやキチョウがとまっている。毒蝶のツマグロヒョウモンではない他の種のヒョウモンもいた。下りは短く傾斜も緩やかで足の悪い私でも十分歩ける。草花を楽しんだ。細かい名は分からないが蓼と思われる花がまだ咲いていた。アカツメクサもシロツメクサとともにまだ頑張っている。クローバーがなぜ詰め草と呼ばれるかを知る人は少ないが陶器を船で輸送する時に詰め物として用いたのである。今でいえばさしずめ〈プッチンシート草)であろうか。紅葉した黄金アカシアの隣では下野(しもつけ)が鮮やかである。よく似た花をつける下野草があるので注意が必要だ。驚いたことまだ緑色を残すアジサイがあった、白く満開のアジサイもある。巨大なフジアザミ、子供のこぶし大である。普通のアザミは上を向いて咲いているが、その重みからかこれは垂れ下がって咲いている。富士山ろくに多いことからの命名。ナナカマドも肝心の葉は赤く染まりそうもないが実は例年通りり鮮やかである。ちょっと穂が大きな薄であるが車山を背に勇ましい姿を見せている。今の車山はほとんど熊笹で覆われているがかっては山全体がこのような薄で覆われ見事であった。
2016.10.15
コメント(0)

10月10日、久しく日の光を感じなかったのにこの日は好天、それだけでなく東京の気温は30度以上もあり、全国各所で真夏日を記録した。異常天候も度を越している、真面目にならないとそろそろ転機を操る神様にも天罰が下るだろう。この日知人の出展する美術展に招待されて上野に行ったついでに頑張って前から気になっていた国立科学博物館のシーボルト特別展に足を運んだ。ロンドンのScience MuseumやワシントンのSmithoianには比べようもないが、近代科学が生まれてまだ150年もたたない我が国の博物館としてはそれなりのものである。ただ政府もノーベル賞何人目的などと言うまるで実業家のような発想ではなく、全国の修学旅行生の必須見学場所となるようなものを作ってほしい。これこそが将来科学者になる人口を増やし、ひいては日本の科学技術のレベルを上げるものだろう。実用的目的を持った研究がノーベル賞を受けたことはなく、また賞の趣旨にも反することは明らかである。何人の政治家や官僚がノーベル憲章や推薦人への委員会の趣旨説明に目を通しているのだろう。いかに優れた機械や電気製品を発明してもそれはノーベル賞のカテゴリー外である。要はそういった文明の利器を生み出す根本原理の発見に対する賞なのだ。分かりやすく言うとアインシュタインは複数回受賞に値するが残念ながらエディソンは資格がない。さてそんな日本の科学の草創期を導いてくれた大恩人、フィリップ・フランツ シーボルトが没して今年は150年ということで、両国・江戸博物館と上野・科学博物館でシーボルト回顧展が開かれている。考えてみれば究理〈物理)、舎密(化学)、動物学、植物学、鉱物学、文化人類学など我が国でのルーツをたどってゆくと皆この人物にたどり着く。国立科学博物館玄関横の巨大オブジェ・マッコウクジラ日本の名機・デコイチの現物展示1931年竣工の本館はネオルネッサンス様式で外観はあまり見栄えがしないが、内部は見事な造形である。ネオルネッサンス様式と日本の伝統的左官技が生み出したドーム天井。シーボルトを運んできたのは三本マストのドリー・ヘズェスタ号、当時オランダのアジアの出先バタビア(今のジャカルタ)から40日を要したという。シーボルトはドイツ人医師であるが日本への思い御しがたくオランダ人と詐称しての入国である。一説によるとそのオランダ語はひどくドイツ語訛りであったらしいが長崎の日本人役人には区別できるはずもない。長崎入港に際して緑あふれる光景に感動し、さらにそれが自然林ではなく人工林であることを知って感銘を受けたようである。彼は医師としてよりも日本の植物、動物、鉱物に多大の興味を示し、それらの収集品をオランダに送り続けたそうである。標本とシーボルトの直筆のサイン日本植物誌 Flora Japonca裏表紙写真がない時代なので彼は日本人画家・川原慶賀を養成して正確な博物図版を作成した。それをもとに「日本植物誌」を出版している。当時はヨーロッパ人が多くのプラントハンターをアジアや南米に送り込み、園芸愛好家に売っていたようである。ロンドンのキューガーデンに見られるように多くのヨーロッパの植物園や庭園にみられるアジアの植物はその多くがこのようにしてヨーロッパに渡ったようである。日本動物誌 Fauna Japonica日本の動物についても「日本動物誌」を刊行が刊行されたがこれは5巻までの出版で未完に終わったようである。シーボルトの日本人孫弟子にあたる宇田川榕庵は≪舎密開宗(化学入門)≫や≪植学啓原(植物学原理)≫などを著し、我が国の化学や植物学の開祖となった。現在でも用いられている化学や植物学の用語の多くは宇田川の案出したものである。面白いのは古来仏教などの経典が巻物あるいは折り畳み冊子で出版され,日本人がこの様式に慣れていることを利用して、≪菩多尼可経(ボタニカ経)≫ 題した経典形式で植物学とは何たるかを説いている。”近代生物学はリンネに始まりーーーー” という経文は傑作である。学芸員との会話で横の階段踊り場にはこの博物館の創設者田中芳男の像と小冊子があるのでぜひ見てほしいといわれた。田中芳男はシーボルトの愛弟子伊藤圭介に博物学を学んだ英才で、文部官吏を務め多くの外国の博覧会への我が国の出展に係わり、教育博物館の必要性を訴え、現在の科学博物館の前身≪文部省博物館≫の創立を主導した人物である。今回はシーボルト展の見学でここを訪れたが一階上の〈日本人と自然〉コーナーになぜかあの忠犬ハチ公がいると聞いていたので会いに行ってきた。渋谷駅や大館駅のハチ公像もこれだけしっかりとしたモデルがいればよく似ているのは当然だろう、もっとも老齢時のハチ公はもう耳が垂れていたという説もあるがやはりハチ公の姿は立耳がいい。日本人なら誰でも知っているあのハチ公に会えたのはうれしかった。
2016.10.14
コメント(0)

今回の旅は長野まで新幹線で行き、そこからはホテルのシャトルバスを利用するプランである。バスはオリンピック道路を利用して梓川が名前を変えた犀川に沿ってしばらく走行するが、川を離れたところで〈中条道の駅〉で小休止する。中条は今は長野市に併合されているみたいだが隣の小川村と密接らしくたぶん同じ農業区になるのであろう、小川村の生産物が多く販売されている。巨大なカボチャが無造作に並べられている。ハロウイーンを前にしたアメリカでもこの時期よく見られる光景である。コンクールがあったらしくそれぞれに品番号、生産者、重さが記されており市販されている。優秀賞とか優良賞のカボチャはあったが多分中央の空き地にあったであろう、優勝の品は見当たらなかった。高価で買われたかどこかへ出張展示されているのであろう。ちなみに下の写真の優秀賞は72.3㎏時されているが、今年の優勝は80キロを超えたと掲示されていた。酒井さんの生産したものがいくつもあったが、小川小学校・中条小学校生の生産したものも展示されていた。中でも小川小学校3年生の作品は54.2キロと記されている、大人の女性の体重である。買った人は自分で持ち帰るらしく傷がついても自己責任の掲示、ちなみに味は???だそうだ。ジャンボ芋煮会に使ったらいいだろう。反対に小さなカボチヤもたくさん売られている、さらに装飾用のリンゴ大のミニカボチャもたくさん飾られている。白い食用カボチャ、緑のカボチャとカボチャも奥が深そうだ。個々の商品にはすべてウリ一つ一つにまで生産者の名前が明記されている。ヒョウタンウリらしい、これは小さめで普通の瓢箪よりもややずんぐりに見える。装飾用だろうか食用だろうか。瓢箪かぼちゃというのもあるらしい、たぶんこれ。白い種のハヤトウリ、青い種類のハヤトウリを購入して帰りスライスにして甘酢で食べるとおいしかった。珍しい野菜なので食べ方も記されているのは親切である。私は数年前にここの道の駅で初めて知り、後年ベランダ栽培を試みたが見事失敗した経験がある。戦後の子供時代甘いものがなく、よく好んだのがメロンウリ、あの味が忘れられない。軒下にはいかにも農家のおかみさんが小遣い稼ぎに裏庭で採取したといわんばかりの植物(花)がこれも一包みごとに出品者の氏名書きされて売られている。感心したのはこの素朴な売店の品には全てバーコードが記されていることである。これで誰の品が売れたかをすぐ集計できる仕組みであろう。小川村の人はほこりが高く周りの村々が市に併合されてゆく中2800人の村の高い文化を守り続けているという。ちなみにWebで調べると現在「村」という行政単位を持たない県が全都道府県の3分の1を占める中、長野県にはまだ33の村が存在し北海道の2倍以上の数である。ちょうどこの近くの道路標識で「鬼無里」の地名を見た。「キナサ」と読むのだそうだ。語源は平安時代にさかのぼり諸説あるが、いずれの伝説でも都から山深いこの地に落ちてきた人達がこの里を荒らしていた。里人の訴えで朝廷に退治してもらった。その時都の官吏がもうここは「鬼のいない里だ」と宣言したのが起こりだという。上に記したようにこの地の人は誇り高く、早くから自然栽培野菜などを供給していたらしく、生協野菜の供給元としても有名だそうで、わが相棒がすらりと読めたのには驚いた。各種唐辛子:一束200円は安い?綿花:コットンがこのような花から取れるとかその種から綿実油が取れることなど子供に教えるのによいであろう。もちろん生け花にも使われるだろう。麦の穂、粟(きび?)の穂など、これは勅使河原流だろうか?裏庭に植えた草花もお墓の具えや素人生け花にはもってこいか。記録し忘れたがこの風船みたいなものは何だろう唐辛子もこれだけそろうとドライフラワーにしたら奇麗だろう。やっぱい辛いのだろうか。
2016.10.13
コメント(0)

今回栂池高原への旅で利用したのはJR〈大人の休日クラブ〉という65歳以上の人だけが加入 できるJRの会の企画で、昼過ぎに都内を出て午後ホテル着、2泊して3日目の午前にホテルを 出て帰路に就くという年寄り用プランである。 往復の新幹線は長野駅まで各駅停車のあさま号、軽井沢を過ぎるとまさに車内にはお爺ちゃん お婆ちゃんと空気だけになる。 ウイークデイとてホテルも同じようなものである。オープンエアーのステージ、ラウンジ からは私の大好きな秋明菊がよく見えた。 ホテルのラウンジの前には夏の残り香のようにハンモックが随所に風で揺れている。 小ぶりの栗の実があちこちに落ちている。ホテルのシャトルバスの運転手さんは今年は天気が 良くないのでせめて道端の栗のみでも拾って帰ってください、美味しいですよと言っていた。 ホテル裏庭の草地には予期したようにいろんなキノコが生えていたが、こちらの方はとても 食べられそうにはなかった。 さらに草の上には〈くるみ割り人形〉の一場面のようにどんぐりが秋の踊りを楽しんでいる。 下の丸いのは触ると破裂してしまう胞子の粉をまき散らすキノコであろう。 下は一見なめこのようにも見えるがとにかくキノコほど素人判断が危険なものはない、時とてし命に係わるのがキノコ毒である。 ホテルは波打つ屋根を持った二棟からなっているが、スペイン語の峰とか山脈を意味する シエラという名のホテルである。例えばシエラネバダ山脈という名の山は中南米やアメリカ、 スペインなどに多くいみられる山名である。 3年ぶり位でこのホテルに宿泊したが(前回も大人の休日クラブの旅)見慣れない建物が 増えていた。ギリシャ・ローマの建築を思わせる白い建物は貸し切り温泉だそうだ。 私は貸し切り温泉というよりは広い大浴場派である。 中庭の奥には夏のプールもできていたが、その付属として野外温泉ジャグジーができていた。 その浴槽はなんとイタリアの有名な小型車である。
2016.10.12
コメント(0)

栂池高原・自然園は上段・下段の二つの湿原からなる公園である。湿原の中には小さな水たまりの池塘が点在する。ふつう今の時期池塘の周りはチングルマ、コケ類、各種ベリー類などが真っ赤に紅葉する。また多くの草の葉が黄色く染まり錦のじゅうたん模様となるが今年はご覧のとおりである。ただ穏やかのこの日池塘の水面は鏡のようで美しい空を映している。空だけでなく葉の落ちた梢や水面からすくっと伸びた水草などなども美しい影を落としている。下の写真の場合草の上半分は実態で下半分はその鏡像であるが区別がつかないくらい滑らかな水面である。本来真っ赤に紅葉した葉っぱに乏しいが紫色のベリーの実が美しい。ブルーベリーに似た完熟した実を着けたクロマメノキが美しい。信州ではアサマブドウと呼ばれ食用にしているそうだ。マナー違反であるが木道脇の実を一粒口に入れてみたが甘味より渋みの強い味がした。本来地衣類のの紅葉は池塘を彩るベルベットであるが今回は池塘に空を映す鏡の役をして貰った。
2016.10.11
コメント(0)

栂池高原・自然園の木道遊歩道は赤屋根の栂池ヒュッテ前から始まる。遊歩道はいくつかのゾーンに分かれていて一番手前の約30分のコースは傾斜もほとんどなく、車いすの人も楽しめるバリアフリーコースである。足取りがおぼつかない老人も二本のストックを頼りにゆっくりと楽しんでいた。年をとっても3千メートル級の北アルプスを眺めながら高山植物や紅葉を楽しめるところはあまり例を見ないのではなかろうか。残念ながら今年の紅葉は散々であるが、この辺り例年であれば赤・オレンジ・黄色・緑と文字通り錦綾なす美しい世界である。過去の美しい紅葉景色を思い出してしまうため、つい愚痴ってしまうが、これでも見事な山景色には違いない。それでもたまには赤いものも見える。ここでいつもひときわ目立つのは白い幹を誇示しているダケカンバの木立である。冬はいつも長い間風雪に痛めつけられるダケカンバはどこが幹でどこが根っこかも分からない形でまさしくのたうち回っている。ベリーの類やコケも色ついていない。例年は真っ赤に色ずくチングルマの葉と可愛らしい提灯型の穂先も今年は見えない。公園管理の人によると夏にはチングルマの花が咲いたが穂を付けることがなかったそうである。日照が少なかったとかでキノコの類は豊作だったことだろう。
2016.10.09
コメント(0)

前ブログにも記したが9月30日はこの夏・秋の時期で初めて終日白馬三山が姿を見せたそうだ。紅葉はさっぱりであるが空の美しさは例えようもないくらいきれいである。自然園入口からは白馬岳が正面に見え、風の流れも一様ではないようで雲が湾曲している。南方には飯綱、戸隠、八ヶ岳などの山容が美しいベールを着けている。自然園遊歩道の直近は後立山連峰の実質的北端となる小蓮華岳、ここに例年美しい草紅葉が見られるが今年はその気配がない。秋の空は高いというが、高空に薄雲のため筋雲模様が美しい。ちじれ雲がだんだん集まると太く長引く雲となり、 段々たくましくなり、たくましさを超えて大神宮のしめ縄のように太くなる。白馬三山を包み込むような布雲、綿雲綿雲は布雲から離れたり、くっついたり、例年なら黄葉が美しいダケカンバの木も今年はもうすっかり落葉であるが、主客転倒して雲を主景と考えるといいアクセントである。のどかな木道と三千メートル級の山と空の白・青。日本の山岳界にとって貴重な文化遺産のヒュッテもきれいな雲の中に、屋根の破風窓は岳人達が外をうかがう窓だったのだろう。今もここの二階の窓にはライブカメラが据え付けられNetで配信されているみたいだ。雲の下には天を突き刺すような栂(ツガ)の梢、例年だとこの頂付近には紫色の大きなしっかりした松ぼっくりが上を向いて立っているが今年はほとんど見かけない。ビジターセンター(今は休館中)の人に聞くと、今年は日照がなく樹や草も花を咲かせても結実することがないそうである。ナナカマドやカエデの色も今年は空の飾り程度のものである。
2016.10.08
コメント(0)

今年もまた秋が巡ってきた、紅葉の季節です。9月3日ー10月1日毎年恒例になった信州小谷村の栂池高原・自然園に行ってきた。ここは1800-1900mの高地に展開するする高原湿地なので低地より約一か月早い紅葉である。結論から言って今年の紅葉は過去例をみないほど惨めなものである。今年は当地でも雨ばかりで日照が殆どなかったとかで落葉樹は紅葉せずに枯れていってしまう状況です。9月30日は今夏初めて朝から日没まで一日を通して麓から白馬三山が見えたとか、翌日からまた曇り・雨が続いているので我々は幸運に恵まれた高原歩きであった。自然園の探索路も奥の方まで行けば白馬三山を目前にして大雪渓もみられるが途中木道でない登りがあるので最初から行くつもりはなかった。そうすると白馬三山が一番よく見えるのはロープウエイの中からかもしれない。窓の反射とガラス越しの色あせを気にしながらの写真が下のものである。中央左のとんがった山は鹿島槍、その左小さな雪渓の上が五竜岳、左端の山は唐松岳である。唐松岳から写真外左に下る尾根が八方尾根で多くのハイカーが訪れる八方池がある。唐松岳と写真中央から右にかけての白馬三山の間にある切れ込みが有名な「不帰嶮(かえらずのけん)」、両側の尾根筋は指呼の間にもかかわらず嶮しい岩の道を下り落ちまた這い上がらなければならない。初雪も近いというのに頂上直下に小さな雪渓を残す嶮しい岩相の五竜岳は五匹の竜にも例えられるが一方武田(信玄)家の家紋にも似ているといわれる。不帰ノ嶮の右側に伸びるのは天狗尾根、このやや平坦な縦走路から眺める黒部谷の向こうに聳える立山連峰や剣岳の姿は圧巻である。天狗尾根に続く2峰は白馬鑓と杓子岳、本家の槍ヶ岳と区別するため敢えてこちらは鑓である。白馬鑓が岳の頂上は予想外に滑らかで平板的であるが角度を90度変えてみるととんがり峰に見えるのだろう。杓子岳の名はごつごつした岩山にふさわしくないと思うが実はこの反対側の斜面はまさに一枚板のような滑らかな斜面である。この頂上もやや平坦であるが白馬鑓ヶ岳にしても杓子岳にしてももともとは尖がっていたものが頂上が崩れて平坦な面ができたのであろう。杓子岳から鞍部を経て右側にあるのが後立山連峰の主峰白馬岳、これらの山々はやはり雪化粧姿の方が美しい。山名の起こりは春になって雪解けが始まり里で苗代を起こす時期になると白い馬型の残雪模様ができることに由来するので(苗)代馬と呼ばれたのが源らしい。したがって山名はあくまで白馬(シロウマ)である。一方他国の人たちはシロウマト読まずハクバと読む人が増え、観光重視の地域は1956年発足の村名を白馬村(ハクバ村)にしてしまった。そんなわけで今は駅名もハクバとなっている。私が初めてここを訪れたのは1958年であるが村名の呼び方が話題になっていたのを思い出す。白馬駅そのものは比較的新しく、1956年に信濃四ツ谷駅が改称されてハクバ駅になっている。(新しい端末にしてエディターがうまく作動しない、本文はバカでかいフォントであるが落とすと 改行幅がうまく制御できない。また試行錯誤の努力を必要とするようである)
2016.10.07
コメント(0)
全13件 (13件中 1-13件目)
1


