The delusion world

The delusion world

2009.05.27
XML
 1


 明けて九月十一日。
 少女が不良の男に襲われ、通りすがりの少年に助けられた次の日。首辺りまでしかないが綺麗な黒い髪、やや丸い輪郭に大きめの瞳が特徴的な、それでいて少し大人びた印象を受ける少女は、授業中も、今現在である昼休みに入ってからもずっとあの少年のことを考えていた。
 明日からは大覇星祭の準備期間で半日授業になるので、それを知っている生徒たちは少し浮かれたような雰囲気が感じられたが、この少女にだけはそんな様子は全く感じられない。

あの後、少年は警備員《アンチスキル》と風紀委員《ジャッジメント》を呼び、先に到着した風紀委員――白井黒子《しらい くろこ》という、この学校に在学している風紀委員――に私を預けるとすぐにいなくなってしまった。その風紀委員が「またあなたですの?」とか「無責任」とか「無節操」とか、最後の言葉が気になるが、少年に言っていたところを見る限り顔見知りらしい。
 すぐにいなくなってしまった、というのは助けられた側としてどうかとも思うのだが、助けてもらわなければ(恐らくだが)ここには居られないので愚痴を言うわけにもいかない。
 ただ、昨日逃げている途中でどこかに落としてしまった鞄は見つからなかった。そのせいでいつもとは違う鞄を使わなければならないし、お気に入りのペンはどこかにいってしまった。


「ちょっと、乃依? あなた朝から変だけど大丈夫?」


 ふと、クラスメイトから話しかけられた。昨日の件は警備員や風紀委員が秘密裏に処理してくれたため、学校内では一部の人間しか知らない。教師やこの学校に居る風紀委員などだ。



「う、うん。ちょっとね……」
「もしかして恋の悩み? そうだったら聞かせなさいよ。ほら、どんな人か白状しなさい」


 ロングの髪を肩の辺りからロールにしているクラスメイトは、途中から『恋の悩み』だと決め付けて少女の頬を指で突いている。その顔は何とも楽しそうな表情をしている。
 少女、こと乃依は友人の甘い幻想《かんちがい》を殺そう《ただそう》として、ふと、本当に否定できるのかどうか危ういことに気づいた。

彼女は昨日助けられてから今まで、寝ているとき意外ほとんど自分を助けてくれた少年について考えていた。どうして助けてくれたんだろう、とか、一体何者なんだろうとか。
 これでは恋する乙女と何ら大差無いではないか。いや、もしかすると自分はあの少年に対して感謝を飛び越えて恋愛感情まで抱いているのかもしれない。


 そこら辺は、そういったことに疎い彼女には、今一解らなかった。


 傍らでは、むぅ、と唸る乃依を見て「え? 何? 本当なの?」とクラスメイトが困惑していたが、考え込む乃依の視界には入らない。
そんな時、乃依の思考を、クラスメイトの困惑を断ち切るように校内放送が鳴り響いた。


『第3学年、柚桐乃依《ゆずぎり のい》。至急職員室まで来るように。繰り返す、第3学年、柚桐乃依。至急職員室まで来るように』


 短い音を立てて放送が切れると、クラス内の視線のほとんどが乃依に集まった。この学校では校内放送で呼び出されるなど中々無い。それも『至急』という言葉つきなら尚更だ。


 まあ、昨日起こった事件のことを考えれば自分は確かに珍しい物なのだが。きっと呼び出されたのもその件についてだろう。


「それじゃ、ちょっと行ってくるね」
「はい、行ってらっしゃい。あ、それと早く帰ってこないと私があなたのお弁当食べちゃうわよ?」


 言われて、そういえばお昼ご飯食べてなかったな、とどこか他人事のように思う。だが、いくらお腹周りのお肉が気になる年頃とはいえ、昼食抜きはさすがにキツイ。よほどダイエットでもしてなければそんな事はしたくない。


「……帰ってきてご飯無かったら怒るから」





「うーん、乃依ってばまだこの前勝手にお弁当食べたこと怒ってるのかな? だってしょうがないじゃない。乃依のお弁当って、すごく美味しいんだもの」


と言って乃依の鞄からお弁当を取り出していた。本来の持ち主のいない机の上にそれを広げると「いただきます」と律儀に挨拶をして食べ始める。

 少女はその味に時折至福の笑みを浮かべていたが、帰ってきた乃依によってその顔が恐怖で彩られるのはまた別の話である。


 2


「失礼します。放送で呼び出された柚桐ですが」


職員室のドアを開け、そう不特定多数の教師に言い放つと、近くにいた老いた教師が歩み寄ってきた。齢五十二にして白衣を羽織っているせいか、マッドサイエンティストと呼ばれても――実際にそう呼んでいる生徒もいるらしいが――おかしくなさそうな教師だ。
その様子を見て、こちらを見ていた他の教師は自分の作業に戻る。ある者は自らの弁当へと向き直り、ある者は教材の整理を再開した。


「おお、待っていたよ。警備員の方が、君に昨夜の件で聞きたいことがあるそうだ。奥にいるから、行くといい」


 とのことだ。どうやら呼び出された理由に関しては予想通りだったらしい。警備員が来ているというのには少しばかり驚かされたが。

 老人教師に促されて職員室の奥にある部屋、応接室へと入ると、そこには二人組みの警備員――あまりらしくは見えないが、あの老人教師がそう言っていたので間違いないだろう――が気だるそうにソファーに並んで座っていた。乃依から向かって右側には天井に向かってタバコをふかす男が、左側にはペラペラと本をめくっている女がいる。
 先に気づいたのは女の方で、読んでいた本を閉じてソファーの上に置き、


「ああ、よく来てくれたわね。そこに腰掛けてもらえるかしら?」


と、彼女らのテーブルを挟んだ向かい側にあるソファーへと乃依を促した。
 乃依は、はい、と軽く頷いて促されたとおりに腰を下ろす。と同時に男がタバコについた火を灰皿に押し付けて消していた。

 正面から二人を見据えてみたところ、どうやら二人とも二十代のようだ。ただ二人とも見た目に気を使っているような感じではなかった。

女の方は髪を邪魔にならない程度の長さで切り、後ろで纏めている。化粧の方も最低限、といった感じしかしない。服装もジーンズに長袖のシャツだけという、近頃肌寒くなる時もあるから何となくこの格好をしている、とでも言いたげな服装だ。幾分、彼女の顔が整っているだけに余計に勿体無さが際立っている。
男の方も同じようなもので、髪はボサボサ、無精ひげは剃る気が無いのか伸ばしっぱなし。服装は女のものよりも酷く、ジャージにシャツ一枚。さらにシャツは白地が少し黄ばんだやつを着ている。

この二人を見てファッションに気を使っていると言える人は中々いないだろう。少なくとも自分の知る限りではいないはずだ。


「始めまして、柚桐さん。私は東雲百合《しののめ ゆり》。こっちは同僚の木下匡《きのした ただし》よ。早速だけど、昨日のお話しを聞かせてもらえる?」


 東雲はソファーに腰を下ろした乃依に催促する。木下はというと特に話すこともないのか、相も変わらず気だるそうに、ただし視界にしっかりと乃依を捉えつつソファーに座っている。
 乃依は再び、はい、と答えると昨日の出来事を話し始めた。



普段はバスで寮まで帰っているが、忘れ物を取りに行っていたために最終バスに乗り遅れ、歩いて帰らなければならなくなったこと。

 その途中で見知らぬ男に声をかけられたこと。

 怖くなって逃げ出すと、男が能力を使いながら追いかけてきたこと。

 路地裏に逃げ込んでしまい、男の炎に足を取られ、追い詰められてしまったこと。

 誰でもいいから助けを呼ぼうとしたときにあの少年が現れたこと――――。



そこまで話したとき、今まで気だるそうにしていただけの男、木下が初めて反応らしきものを見せた。その目に先ほどまでの脱力感は全くない。


「ちょっと、その少年について質問をしていいか? 答えられる範囲でいい」


 木下はそう言うと、乃依の反応を待った。彼女としては別段断る理由もないので頷きだけで答えると、木下は再び口を開いた。


「その少年は君の知り合いか? 容姿なんかは覚えてる?」
「いいえ。全く知らない人でした。……容姿は、印象に残っているのは髪の毛がツンツンしている、ぐらいです」

「そいつは何か言ってたか?」
「特に何も言ってなかったと思いますけど」

「もう一つ。どうやって『強能力』の男を倒したか覚えてる?」
「えっと、それは……よく見えなかったので解りません」

「最後。そいつの身元を特定できそうな事柄は何かない?」
「…………なかった、と思い、ます」


 質問は計四つ。そのどれもが件の少年に関することだ。
 ちなみに二つ目までは真面目に答えている。三つ目は彼女自身全く理解ができなかったことなので半分事実、半分嘘の回答。四つ目に至っては真面目に答える気はなかった。質問の内容を聞いてみて、この二人は明らかに少年の身元を特定したいだけではないということが解ったからだ。身元の特定だけならそこら辺の監視カメラにでも映っている姿を解析すればいい。

 それをしないということは、後ろ暗いものがあるか、そもそも知りたいことが少年の身元じゃないかのどちらかだ。


「ふむ。ここにも少年の情報はなし、か。一体何者なんだろうな」


 木下はわざと疲れたように――乃依にはそう感じた――言うと、ソファーから立ち上がった。聞きたいことはこれで全て、ということらしい。
 東雲も木下につられて立ち上がり、それに少し遅れて乃依も立ち上がる。


「お昼休みにわざわざ呼び出して悪かったわね」


 そう東雲が言った後、三人が別れるまで会話はなかった。東雲と木下は教員に送られ校舎から出て行き、乃依は自らの教室へと戻る。

 途中、一度だけ横目で二人の顔を見てみると、既に乃依に対する興味はほとんどなくなってしまっているようだった。それが如何なる理由からかは、彼女には解らない。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2009.05.27 22:19:59
コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: