The delusion world

The delusion world

2009.05.27
XML


明らかに3人分以上ありそうな気がするのは、立花が上条のために大量のパンを買っていた――どうやってそんな量を買ったのかは不明である――からなのだが、上条がそれに気づく由はない。
 しかし、『それ』は上条の悩みを取り払うのに十分だった。


「ええい、たかがパンが怖くて空腹に耐えられますか!! こんなパン一口で食ってやる!!」


 所詮パンだと。空腹には耐えられないと。ここに、上条当麻は『くさや&ばななパン』に勝負を挑むことを決意した。
 教室内から歓声が上がり、彼は一瞬にして注目の的となった。ある者は期待の、ある者は羨望の眼差しを向け、またある者は驚愕の表情を彼に向ける。上条に昼食のパンを買ったはずの立花でさえ、その目には少しだけ期待の色が混ざっている。

 教室内は無言。
それを確認すると、上条はヒーローになったかのような気持ちで『くさや&ばななパン』の封を開けた。

 まずは肝心のブツを掌の上に乗せる。見た目は色、形、大きさ共に何の変哲もなさそうなクリームパン、臭いは無い。ここまでは聞いていたとおりだ。聞いた話によるとパン生地は普通で中に入っているクリームが『異常』な程に不味いらしい。



「そうや! それができるんはカミやんしかおらんで!」
「おう、やってやるぜえぇぇぇ!!」


 『クラスの三バカ《デルタフォース》』による三者三様の叫び声が上がり、その一瞬後、上条は掌に乗っていたパンを全て口の中に詰め込んだ。
 実際、上条にはちょっとした勝算があった。それは『くさや&ばななパン』のパン生地は極普通のパン生地だという点である。要するに中のクリームが出てくる前にさっさと飲み込んでしまえばいいのだろう、と上条は思っていたのだ。

 それが、どれだけ浅はかな考えかも知らずに。

 実はこのパン、かなりの薄皮なのだ。しかも学園都市の進んだ技術を無駄に利用しているせいでパン生地の厚さは1mmを切る。そのため、噛むどころか口の中に入れただけでもクリームの、くさや七・ばなな三の風味が口の中に広がるのだ。
 そしてそれは上条とて例外ではない。

口の中に広がる、くさやなのかどうかも怪しい味、そのすぐ後に妙にフルーティーなばななの味、最後にほんの少しだけパン。
 その三つが織り成す味は、上条の想像を、想像できるかどうかは別として、遥かに上回っていた。上条は両手で口を押さえて床を転げまわる。その姿を、誰もが無言で見つめていた。

 それから約一分後。静まりかえった教室内に、


「ぐっあああぁぁぁぁ!? まずぅーーーーー!!」





 4


 第4学区へと続く道路を赤いスポーツカーが走っていた。運転しているのは東雲百合、ここでも気だるそうに助手席に乗っているのが木下匡だ。
 平日の昼過ぎということもあってか、道路を走る車どころか、歩いている人さえ少ないような気もする。


「……あの聞き方はよくないんじゃないかしら。あの子、明らかに怪しがってたわよ?」
「別に構わんさ。俺たちが知りたいのは『アレ』の事だけだ。その過程でたかが女子生徒に怪しまれようが問題ない……違うか?」



確かに木下の言うとおり、別にあの少女に信用してもらう必要は無い。そのせいで事件のことを詳しく語ってくれなかったことに問題はないのか、と問われても問題ないと答えられる。恐らく昨日の事件の全容は監視カメラにでも映っているだろうし、そこで何が起こったのかは容易に想像できる。

 『上条当麻』が自らの『能力』で男の能力を打ち消し、殴り倒した。

 この程度のことだろう。状況から見てそうなったのは十中八九間違いない、が、東雲は内心でため息を吐いていた。隣に座る木下に対してだ。
 木下は、仕事の出来る男かそうでないかというと、誰もが出来ると答えるほどの男だ。しかし、一度何かしらの目標を持つと、他の事を蔑ろにしがちなのが玉に瑕なのである。まあそれを解っていて行動を共にしている自分にも、きっと問題があるのだろう。


「しかし、奴の『幻想殺し《イマジンブレイカー》』とは一体何なんだろうな」


 ふと、車が信号待ちで止まっている時、木下が思いついたように呟いた。信号待ちで停まっているとはいえ、未だ運転中なので大げさに首を向けることはせず東雲は答える。


「超能力ならどんなものであっても、消し飛ばしてしまうそうよ。昨日、あの不良の男と対峙した『上条当麻』がやったことと大差ないんじゃないかしら?」
「そう、それだ。超能力であれば消し飛ばせる? しかも演算や制限もなしにだと? 馬鹿げてる。奴は化け物かってんだ」


 明らかな悪態をつく木下を横目に、東雲は何も言わずにアクセルを踏み込む。二人で彼の能力について推測してみたところで結論が出るわけでもない。彼女はそう考えている。
 事実、能力の持ち主である上条でさえ自身の右手に宿る力が何なのか、何のために存在しているのかを理解していないのだから東雲の考えは間違ってはいないと言えるだろう。


「東雲。お前は奴の判定が何故『無能力』なんだと思う? 俺には全くわからんよ。あれだけ価値のありそうな能力なのになぁ」


 そう言って、木下はシートのリクライニングを操作して半ば寝そべるような形になった。窮屈な車内に耐えられなかったのか、それともその姿勢の方が考え事がしやすいのか。どちらにせよ、現在も運転中の東雲にとっては思わず半目で見てしまうようなものでしかない。
 幸か不幸か、赤いスポーツカーは再び交差点で信号に停められた。そうして東雲は僅かな、信号が変わるまでの間、自己の中に埋没する。彼女が考え事をする時はいつもそうなのだ。周囲が見えなくなり、長い時は数時間この状態になっていることもある。

 何気ない顔で彼女の横顔を見る。考え込んでいる東雲は、どうやら信号が変わろうとしていることに気がついていないらしい。
 信号が変わるまでの時間はそれほど長くないものだ。一分か、二分か。運転手にとって長いと思われる時間も、数値にしてみればその程度なのである。


「信号、青になるぞ」
「え? あ、そうね。ありがとう」
「まあ、いつものことだ。ところで、考えは纏まったのか?」
「……ええ、ある程度は」


 アクセルを踏み込みながら東雲は自信なさげに答えた。少しの時間だったのだから当然といえば当然。相も変わらず人の少ない通りを右折しながら彼女は自らの推測を口にする。


「私が考えたのは二つの理由よ。一つ目は能力自体が判定し辛い、または出来ないという可能性。他の能力を消す、なんて能力、測定する方法が殆どないもの。それこそ、能力者と戦わせでもしない限り」


 上条当麻の持つ能力『幻想殺し』は強力だ。が、その特性ゆえに単体での測定が出来ない。誰かと戦わせる、などという方法は教職員が許すはずもない。

 そもそも、彼らは根本的なところで勘違いをしている。二人は上条の能力が開発によって発現したものだと思っているのだが、実際は『幻想殺し』とは彼が生まれつき持っている力なのである。即ち、超能力ではない。

 その間違いに気づかぬまま木下と東雲の会話は続いてゆく。


「ふむ、確かにそれなら理由になるかもな。それじゃあもう一つは?」


 木下は、仰向けで両手を枕にしながら聞いていた。いつの間にやらシートは限界まで倒されている。
 彼の視線は彼女の方には向いておらず、車内の灰色の天井に向けてのみ放たれていた。彼としては真面目に話しているつもりはないらしい。
 だが、


「上が、彼の能力を隠そうとしている可能性もあるわ」
「上って、上層部がってことか?」


東雲の言葉に、思わず飛び起きるような形で座りなおした。予想外の言葉だったのか、目が見開かれていた。
 東雲は頷きだけで答える。目的地は近い。おおよそ500m先の交差点を左折し、そこから少し小道に入れば彼らの帰るべき場所がある。だから話の続きは帰ってからでもいいだろうと思っていたのだが、木下は話すことを止めようとはしない。


「もう少し詳しく聞かせてくれ。興味がわいた」


 赤いスポーツカーは交差点へと差し掛かり、


「使い方によっては『超能力』にさえ勝る能力だもの」


交差点を左折して、


「利用しようと考えるのなら、隠しておいた方が悪用される心配もないしね。それに」


その先にある少し小さめの交差点を直進し、


「それに?」


向かって右側にある小道に入ると、


「彼が関わっていると思われる学園都市内の事件が数件」


T字路を元の大通りに戻るような形で右折して、


「それなのに彼に何も追求がいってないというのは、隠そうとしているようにしか思えないのよ」


白く大きな建物のある敷地内に入ると、


「なるほどな。中々、好奇心をそそられる話だ」


その駐車場に赤いスポーツカーは止まった。


「――さあ、入りましょう。話の続きは中でも出来るでしょう?」


 そう言って、車から降りた東雲の前には、大きな大きな、それでいて中はとてつもなく狭い、彼らの帰るべき『研究所』が聳え立っていた。横には、何か言いたそうに東雲を見つめた後、彼女と同じように聳え立つ建物を見る木下の姿があった。




――――――――――
あとがき

ここで第一章が終わります。
少々短いですが、元々が短編小説の予定なのでそれもありかな、とか思ってます。

第二章からは美琴、黒子の二人も参戦します。
上条君との間で一騒動あるとかないとか。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2009.05.27 22:30:22 コメント(30) | コメントを書く
[禁書目録SS とある学園都市の誘拐事件] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: