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2012.11.28
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カテゴリ: 読書案内
【車谷長吉(ちょうきつ)/赤目四十八瀧心中未遂】
20121128

◆生への執着は、性への執着でもあるのか


この小説を読んだきっかけは、10年ぐらい前に友人が勧めてくれたことによる。
当時、私もまだ若かったから、この狂信的な暗さに閉口してしまったが、今改めて読み直してみると、とてつもないリアリティに驚きを隠せず、つくづくその完成度の高さに舌を巻いてしまうのだ。無論、この作品で直木賞を受賞している。
車谷長吉は私小説を書く作家として、内容的にも話題を呼んだが、最近は私小説家としての看板をすっかり下ろしてしまったようだ。残念。(ウィキペディア参照)
車谷の作品を読むことでいつも感じるのは、生きるという行為は決して生半可なことではないということだ。慶応大卒の肩書きがありながらも、サラリーマン生活を辞めたあたりから徐々に傾き始めていく。
自分自身に対する信頼を失いつつあった車谷は、半分ヤケっぱちになっていたのか、底辺へ底辺へと没入していく。浮浪者一歩手前のところでどうにか食いつないでいく状況は、ほとんど惰性で、自己実現からはほど遠い。せめて親元に身を寄せているならば食うことには困らないし、社会との接点を持たず、引きこもっていられるではないか。では一体何をどうしたいのか。
サラリーマンを辞め、友人たちとの付き合いを断ち、親とも連絡を取らず、たった一人孤独の闇をさまよい、たどりついたのが尼崎だったのだ。

主人公の生島は、汚い老朽木造アパートの一室で、焼き鳥用の臓物を切り刻み、串刺しにする仕事にありついた。世話をしてくれた女主人は、堅気の生島が一体どうしてこんな場末の吹き溜まりのようなところへ流れて来たのか不思議に思っている。その一方で、気安さから、自分が進駐軍相手の売春婦だったことを打ち明ける。生島は、この女主人のところへよく来る“アヤちゃん”と呼ばれる在日の女のことが気になって仕方がない。それはもう見ずにはいられない美貌の持ち主で、体じゅうから色気が漂っているのだった。

内容は、主人公・生島が尼崎にたどりつき、“アヤちゃん”と出会い、この“アヤちゃん”という女がどういう女なのかもよく知らないうちに、その妖艶な美しさの虜となり、貪るように交わるまでを陰湿なまでに生々しく綴っている。
将来に対してろくに夢や希望もない男が、死ぬことさえ叶わず、とりあえず生きているだけのその日暮らしの中に見出した一筋の光。それは、神や仏などではなく、惚れた女の肉体を得る悦びだった。この刹那的な交合に、どうしようもない孤独と絶望を感じてしまうのは、私だけであろうか?


「私が私であることが不快であった。私を私たらしめているものへの憎悪、これはまるで他人との確執に似ていた」
「私は私が私であることに堪えがたいものを感じた」

とにかく自分自身がキライなのだろう、この著者は。10年前の私は、この小説に嫌悪さえ抱いていたが、今は全く平気だ。私は今の自分が好きだから、この主人公に対して半分同情さえ寄せられるほどの余裕もある。年月というものは、人を大人にしてくれるのだ(笑)
上っ面な恋愛小説に拒絶反応を起こす、本格的な読書家の方におすすめしたい作品だ。


『赤目四十八瀧心中未遂』車谷長吉・著

☆次回(読書案内No.21)は松尾スズキの『クワイエットルームにようこそ』を予定しています。

~読書案内~   その他

■No. 1 取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ
■No. 2 複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!
雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!
■No. 4 完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する
■No. 5 青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ
しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる
■No. 7 白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す
■No. 8 ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている
■No. 9 女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説
■No.10 或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル
■No.11 東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず
■No.12 お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人
■No.13 レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?
■No.14 山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く
■No.15 佐藤春夫/この三つのもの 細君譲渡事件の真相が語られる
■No.16 角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く
■No.17 室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛
■No.18 織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話
■No.19 谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。

◆番外篇.1 新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る!





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最終更新日  2012.11.28 06:22:55
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