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日々は自己嫌悪のシャワーを感じながら生きてきた。安息日をもつ人たちは易々と生きて行けることだろう。 僕たちは、悉く裏切られた日常に悪寒を感じ挫折し妥協しながら来た。それしかないと自分を追い詰めながら、自己嫌悪に顔を歪めて耐えてきた。好きでもない歌謡曲を唄う。時々自嘲的に家族たちを見回して、納得するしかない人生が見える。ただ、このまま惨めに死のうと決意してもいる。今夜も自己嫌悪のシャワー浴びながら、癌になるぞと脅かされながら、煙草をふかし、ひとりで酒を飲むだろう。
2005.11.30
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母国ブルガリアは、歓迎ムードだそうな。地元の女性は「ハンサムである以上に、彼のハートが温かい、そういう人が有名になるのは、すごくうれしい」との報道をみた。「ブルガリア」の文字は毎朝見ている。ブルガリア・ヨーグルトだ。きっと美味しい牛乳を飲んでいる純朴な人たちの住む国なのだろうと想像している。琴欧州を見ていると外国人という気がしない。朝青龍にしても、母国はモンゴルである。国技の相撲が外国人に席捲される日も近いのではないか。スポーツとしての相撲では、上半身の強い外国人には負けるだろう。パワーの違いがあるだろう。まあ何時までも、野球や相撲の流行る時代ではないかも知れないなあ。寂しくもあるけど。年間6回の興行も再考の時期かも。相撲界も再編される予兆かも知れない。ブルガリア人の大関の最速昇進である。
2005.11.30
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早く飲みたいので、もう沸いたと思い造ったところ豪くぬるい珈琲を飲む羽目になり吐き出したことがある。珈琲は、90度くらいが美味しい。未だそれ程のマニアではないが、何度か飲んでいれば判るだろう。ひととの付き合いも同じかも知れないと思う。思い知るのはそう容易くできることではないし、それ程優しい世界でもない。一度知ったことは肝に銘じなければ二度とないチャンスだろう。恋愛にしたところが、夫婦になれば所謂「恋愛」ではない。新しい愛情を感じなければ「フレッシュ」ではなく、それは、相手に求めることでもない。自分が、「ぬるい珈琲」を飲もうとしているだけだろう。「move」だろう。朝日を観に外に飛び出し、夕日を追いかける少年のころの感性を取り戻すには、五感を研ぎ澄まし、熱いコーヒーを飲まねばならない。そして、震えて眠る夜が必要だろう。
2005.11.30
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それは、ひとのこころやからだは、一瞬も油断がならないということだ。歯が抜けるくらい難でもないと多寡を括っていたら、歯が欠けると顎の中心が狂い、噛む位置がズレてくるらしい。ダメージは脳にも影響があるかも知れない。食物を噛む力が弱くなると、いずれ胃にも負担をかけるようになり、消化にも影響して来るだろう。脳ホルモンのバランスを壊すかも知れない。歯が弱くなることは、ヒトの脳やからだにもさまざまに波及をして良いはずは無い。もともと現代は便利さの追求に走り、五感を減退させてもいる。このままだとヒトの種としての生命力にも係わるのではないないだろうか。人間にとって、五感を豊かに保つことは、大いにその人の人生にも係わることでもある。多くの病気は、五感に係わることだからだ。それは、歯が白いことだけが、「歯が生命」のタレントではいられないが、歯は、生命にとって侮れない存在だ。そして何を学ぶかだろう。いくつかの人生に必要なハードルをクリアーできずに、自己撞着していては、五感を磨くことはできない。自分の謂わば「心の歯」を磨かないと、何れ現実と言う手強い相手に対して、舐める味も噛みしめる力もなくしてしまい、理解力も失せることになるだろう。就中、自分の周囲を見回してみることだろう。どこから創めるかだ。
2005.11.30
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映画「ハリー・ポッターと炎のゴブレット」で、Hermione は、随分エレガントになった。そして、友情とBrave heartを愛する女性に成長した。J.K.ローリングは、9歳の時に南ウェールズのタッツヒルという小さな村に引越して、教会の隣に住むようになるが、お墓があった。然し彼女は、そこが好きだった。「だって、名前のアイデアの宝庫でしょう」と言うのだ。ハーマイオ二ーの名前は、そこから思い付いたらしい。ひとの才能は、育った環境に大きく影響されるものだ、然し生かすも殺すもその人の思考でもあるだろう。お墓が、気持ちが悪いと嫌がるようでは、何かを見逃すかも知れない。ローリングは、お墓でハーマイオ二ーという名前の宝石を手に入れたのだ。私は、初めてこの名前を本で読んだ時変な名前だと思ったが、読んでいるうちに好きになってしまった。
2005.11.30
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庭のパンジーたちが寒そうにしている。太陽が生物に恩恵を与えていることがしみじみ感じられる時でもある。愚かなことを繰り返しているが、人間は何が生甲斐なのだろうと思う。ひとりひとり相違する思いがあろう。今日の憲法62条に基づく国政調査権発動は、衆院国交委員会の参考人質疑で「耐震データ偽造問題」で関係者の証言がされ、テレビ中継されていた。彼らの弁明に拘わらず、見えてくるのはミミズが路上でもがき苦しむ醜態でしかない。彼らは棲む場所と違う場所に引き出されて自分の正当性を主張しなければならない下手な演技者だろう。かって多くの政治家が同じ醜態を演じたが事実を曲げることはできない。何時までも春ではなく、夏でもなく、秋でもない。そして冬に耐えねばならない。ながい冬に耐えられた生物だけが、またあの柔らかな陽射しを浴びるだろう。
2005.11.29
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日本の医療費は高いのか。ハワイに行った時、医療費が日本と違うと注意された。運良くお世話にならずに済んだが、どうなのだろうか。今日抜歯のため近くの歯科に行って来た。麻酔して其の時は何でもなかったが、麻酔が切れだして痛みが出てきた。徐々に口の中の歯のリストラクチャーが整備されようとしている。どうやらジャングルの泥沼から脱出できそうだが、どれだけ治療費がかかるやら分からない。持病の方は、月20千円余かかるのに、今日の支払いは、710円だった。嗽薬と飲み薬も含んでいる。どうやら、高額な支払いが後であるかも知れない。どうも医療費は油断なら無い。外に出たら、風が冷たくなっていた。今夜は冷えそうだ。どちらさまも風邪を引かないように、ワインでも如何でしょうか。麻酔のあとだが大丈夫かなあー。
2005.11.29
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どうも私の脳は、最近ゴチャゴチャしている情報の洪水だが気にしない。人間でも、他の殆どの生物でも、日の出る前後にみんな目が覚める。だからおそらく体の中で、脳の中で矢張り感じるところがおそえてくれるのではないか。ひとの脳は、サーカディアン・リズムが形成するシステムが、視床下部の視交叉上核の部位にあり、一日の周期リズムを刻んでいる。然し何故個人差があり、25時間なのだろうか。これも或いは、「100匹目のサル」のミステリーと同じだろうか。内部で既にある程度の準備ができているが気付かないだけかも知れない。何か外部からの少しの「信号」を俟っているだろう。恐らく「ニュートンの林檎」もそうなのであろう。私たちは、内部に蓄積続けている情報を吐き出すチャンスがあるだろうか。それは、TPOを掴むだけだろうが、確率は低いだろう。いずれにしても、それまでは、私の脳はゴミ捨て場と変わらない。然も、其の価値があるだろうか。
2005.11.29
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ブログでリンク先が増えている。最近よくコメントを呉れるのが女性なのもまあ悪い気はしないが、問題はつづくかだろう。どうも私は女性との話が苦手である。学生の頃、国立大薬学部の女性とくらいしか文通をしたことがない。ブログでノルウェー、英国、ニューランド、上海の在住日本人だがリンクしているし、インドのことや、エヴェレストのトレッキングをしたひととか、世界中走り回るマイルマニアも居られる。IDDMとか躁鬱の方とか、いずれにしても、得難い情報のソースである。然も、全国区だ。私などからすると、HMS,MITOCW,とかUTOCWもあるし、意外と人生は面白くなってきたが、まあ先の生活のこともある。それでも、何か活路を見つけるつもりでいる。それより、あとで後悔しないように好きな時間を堪能している。どうぞよろしく。
2005.11.29
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昨日、突然幼馴染の今井君から「亡弟の忌中につき・・・」のはがきが届いた。昨夜電話したら彼が出て弔辞を述べたが彼の愛弟は、今年の5月に白血病で余命半年と宣告されたらしい。そして11月中旬に逝去されたとのことだ。まだ50代である。彼は、元々無口で余り語らなかったが、筆舌に尽し難い壮絶な死であったろうことが、頭髪が全部抜け落ちたということばでも仄聞できる。何とも悲しい話だ。今井君とは、小学から中学までクラスメートということもあり親友のひとりである。その後も不思議な悪縁で親交がある。彼の父上が刑務官で厳格な方だというのを知っていたが、私の母が胃癌で熊本市内の個人胃腸科に再入院した時、他人の付添いを嫌がる母のために私は、最期の数ヶ月間を医院に泊り込んで看病していた。そんなときに、今井君が、東京から突然見舞いに来てくれ、直後お父上もご丁重なお見舞い戴いた。そして、驚愕したのは、その翌日にお父上が心臓麻痺で亡くなられたことを知った時だ。私は、お父上が一度お見舞のあと、直ぐに引き返して来られ数冊の週刊誌を持参されたのに感激したのを覚えている。今井君との数々の思い出は、今は私の財産でもある。今度熊本に出かけた時逢おうと約束した。
2005.11.29
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これまでどれだけ住みかを換えて来たろうかと考えると11回くらい転居したことになる。ひとは生まれて成長して生殖し移動して死ぬのだから、普通の人生ともいえるかも知れない。何故移動するかといえば、そうする必要があるからだろう。動物は移動して食をえなければならない。生きることは移動することになるだろう。何かを得ながら、何かを失う。捨てなければすぐ腐ってしまうものばかりだろう。人のセルも数年で変ってしまう。新陳代謝で生きているとすれば、常にあたらしい太陽を追わねばならない運命なのだろう。ただ受け止めて吐き出すだけだろう。「自己否定を意味せざる人生の肯定は無い」と「三太郎の日記」はいうだろう。
2005.11.28
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畏れとは何か。真実の前で謙虚に頭を垂れることが少なくなってはいないか。宗教性を明治以後喪失した歴史があるだろう。世の中の事象を因果関係で説明しなければ気がすまなくなっている。自然への畏敬が減少して、何でも自分の思いままにならないと、切れたり、もう駄目だと諦めてしまう。世の中は自分の思いのままにできる存在であるかのような幻想を抱いているひとさえいる。そして、自分の思い通りにならない子はいらないと思う親さえいるだろう。ただ、宗教を持てば良いと言うことでもない。もう非科学的な生き方はできないひとが多いだろう。であれば私たちは、哲学をもたねばならない。厄介で、苦労を伴う努力をして、時間はかかっても、自然への畏敬を持たねばならないと思う。
2005.11.28
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J.K.ローリングの「ハリー・ポッターと炎のゴブレット」を鑑賞して来た。ハーマイオニーが良い演技でしたね。然もドレスアップした姿がエレガントなのです。内容はこれから観る人に悪いので止めますが、私は中々だったと思います。ローリングは、流石に英国人ですね。「Mum」に拘るところとかね。米国の編集者が、勝手に「Mom]に換えたのが気に入らなかったそうな。根っからの読書家で、スケールの大きな空想家が日本にもいないだろうか。ローリングは、恐らく誰に対しても決して哄笑しない女性だろうと思う。登場人物に対する思いやりに溢れている。殊に、ハーマイオニーは賢いだけでなく、友情に厚い勇気のある女性でもある。今日は、館内では珈琲とチリ味ドッグをお供にしました。ドライブも郊外なので、秋の風景が愉しめて良い気分転換になりました。めでたし。
2005.11.28
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ライアル・ワトソン著「潮流のながめ」の話は作り話らしい。「一つの群れの若いニホンザルのメスが、餌のサツマイモを海で洗って食べた。海水で洗って食べてみると美味しいじゃないか。そこで他の若いメスが真似をしだした、若いオスも続いてだんだん皆真似を始めた。そして、「100匹目のサル」は、臨界点を超え常識化することをいう。其の時点で各地の海岸線に棲むサルが、海水でイモを洗い出したという話だ」。「閾値を超えさえすれば、世界が変わる」ということらしい。ひとは信じたいものを信じる動物だから面白いテーマだろう。ひとの遺伝子に情報として入っていく機序が解明できないでいる。話は違うが、どうも男より女性のブロガーが何かを見つけそうな気がする。彼女たちの積極的なアプローチと社交性は、全方位だからだ。何かを探しているだろう。それが何かは知らないが。さて、今日は、例のシネマでも観ようかと出かけてきます。福岡は、晴れて暖かそうです。
2005.11.28
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玄侑宗久・有田秀穂「禅と脳」を朝から読んでいる。こういう本が朝から読めるなんてね、然も月曜日の朝です。それにCDが50枚になりまして、其の時々で好きな曲が聴けます。其の時の気分に合った曲にしています。これから珈琲にします。眠れないひとに、坊さまのことばです。「目を閉じて、目線を水平線よりも「↑」に持って行き、ゆっくり頭を左右に揺らすこと」だそうです。少なくとも羊を数えるよりか効果があるそうです。私も一度遣ろうと思います。根拠は、水平より「↑」だとものが考えられなくなり、左右に振るとロジカルな思考ができないらしい。瞑想のプロの話だ。そういえば脳科学と脳医学は、何を根拠に脳手術をしているのだろうか。どうも疑念が湧いてきた。右脳も左脳も、大脳皮質も脳幹にしたところが、未知の世界ではないか。脳のマップは、これからだ。焦らず珈琲ブレイクします。ブログの皆さん。おはよう!
2005.11.28
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勝手に、ローリングの娘ジェシカに乾杯したくなった。口実だ。カマンベールチーズと鮭缶とボジョレ・ヌーヴォーで、肉を妻が焼いている。どうもすみません、どうしようもない男です。ローリングは人生に二番目の最良の日を迎えてしまう。プルームズベリー社が「ハリ・ポッターと賢者の石」を出版すると引き受けてくれた時だ。1997年7月に最初の本ができて、彼女は、興奮してその本をわきの下に抱えて、一日中歩き回る。娘ジェシカが本を読めるようなり、はじめてのことばが「ハリー」と「ポッター」だという。本屋に行く度にジェシカは、「ハリー」「ポッター」と大声を上げたそうだ。娘は、公園に連れて行かれ疲れるまで遊ばされて、ローリングは娘が寝入って、近くのカフェでたった一杯の珈琲で粘ってできたのが、「賢者の石」だ。最初のファンの少女が、書いたレターが、”Dear Sir”だという。ワインが脳を駆け巡っている。
2005.11.27
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J.K.Rowling も最初に通った学校は、プリストル郊外にあり「そこはまるで、席も先生の独断で決まる「頭のよさ」順になっていて、私は十分間ほど観察されて「頭のトロイ」生徒にされた。まるで、スネイプ教授のモデルになった先生が何人もいた」と「ハリー・ポッター裏話」で書いている。学校に於ける先生の生徒に対する観察は、大抵精確ではないだろう。そして、こどもたちの柔らかな感性をズタズタにすることもある。その被害者は、多いのではないだろうか。先生の責任だけではない。日本の教育制度に原因があるだろうことは、多くのひとが知っていることだろう。最近韓国の全国統一センター試験のニュースが報道されて、学歴がその後の人生の全てを決めるという話があったが、日本も同じだろう。然し、学力ばかりでは、社会のエリートになれないこと、またエリートだけが、国際社会では通用しないことが顕在化し始めている。「頭がよい」と言われたのは、単に与えられた課題に対する学力、記憶力であって、複雑になる現代社会に対する外交力や先見力ではないことが分かってきた。余り訓練を受けていない教師の識見は、高いだろうか。教育は、幼児、中等教育時期にこどものゆたかな発想力や可能性に満ち溢れている才能を殺してはいないだろうか。ことに、子どもの頃にモノを論理的に理解させる訓練ができいないと、あらゆるところで行き詰るだろう。どうやら、原因が「教師」という名のPTSDもどきの患者が多くみられるようだ.
2005.11.27
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一葉「かく斗思ふだにも人しらば しなんいのちのかひは有けり」図書利用とCD・擬態・偽りの種子・ユング・心の治癒力をうまく引きだす・老化に挑む・よみがえる脳、延びる寿命・動物と人間の世界認識・イリュウジョンなしに世界は見えない・禅と脳・日本の古代遺跡・34福岡県・樋口一葉作品研究・ハリー・ポッター裏話・CD九州民謡MITOPENCOURSEWARE を開くと誰にでも窓口が開かれている。姑息な条件を持ち出すなど陳腐だろう。誰でも自分の能力を磨けば良いのだ。そうすれば見えないものも見えて来るし、どこにでもマイスペースが拡がるだろう。もうそういう時代がそこまで来ているのに、一葉のような天才が古井戸の中で死ぬことはない。一葉が「片恋」とは、哀しいではないか。タイトルは、どれだけ高そうに見える峰にも、その上の雲があるだろうと私が勝手に思ったまでだ。余計なはなしだが、これでも生きているから、昨日食べた秋刀魚が生臭い息を周囲に撒き散らしていることだろう。そして口の中が綺麗でも、否黴菌が一杯でも、愉しいことはあるのだ。
2005.11.27
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凡人は、愚かだろう。然しめげては生きていけない。恐らく殆ど間違いや誤解しながら失敗を繰り返す実験材料だ。私たちの脳は、生きるべきすべての知識を受け継ぎ、あらゆる状況にも対応できる能力をもつ遺伝子による「先祖脳」をもっているに相違ないが、翻訳できないか、ことばに「置き換え」ができずにいるだろう。ヒトに生きる「目的」がないというのが、現在の生物学の成果である。「天地創造」とか「受胎告知」とか、まじめに信じるひとがいたら、無駄な人生だろう。それでも、ヒトにもゴールというものがあるに違いない。其のゴールは、これから天才が創るものではないことだけは確かだ。愚かな大多数の凡人が辿り着く場所だからだ。たった一度きりの本番が生物の運命だ。上手く遣れたかどうかは死ぬ時か、そのあとで分かることだろう。私にしたところが、めげないのではなくめげてはいられないで生きている。思えば滑稽な人生だ。笑えるが、振り返るのは死んでからで良い。時間は、一瞬の輝きでしかなく、ああでもない。こうでもないと道に迷ってばかりいる。それでも、樋口一葉のように少年のこころを持っていたいと思う。希望を叶えるのは、めげない少年の飽くなき夢であろうからだ。
2005.11.27
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これから何ができるかが問題だ。可能性は、眼に見えない程スケールの大きいものでないといけない。すぐにも消えるような知識で以って、明日を侮るな。自分の闘いを、そんなに小さくしては、何の意味も無い。「ヘイフリックの限界」が、すべての人間のスタートである。
2005.11.26
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どうも私は何か悪いことでもしたかも知れない。そんな豪雨です。11月下旬に、こんな集中豪雨のような嵐になるかな。雷もゴロゴロしてますね。妻子が外出中で心配です。ピカリもあるので外を歩いているひとは怖いでしょうね。雨の音がますます酷くなるようです。庭のパンジーもいくつかの鉢植えですが、折角の花弁が痛むでしょうね。傘でも濡れそうな豪雨になっています。この時期の豪雨は、珍しいと思うけど少し小降りになったら、もう暗いですが、犬小屋と花を観に行きますが、未だ止みそうにありません。それにしても、何があるかわかりませんね。酒でも飲んで早寝でもした方が良さそうですが、夕食は、私が用意することになりそうですが・・・。「炎のゴブレット」を読んでました。来週観に行きます。
2005.11.26
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車で福岡市の香椎にある不老水という名水を月に数回汲みに行く。今朝も水タンクを持って行ってきたが、流石に1度に20Kgは重くなった。近くに駐車ができないので、300mくらいしかないが運ぶのが辛くなったので、台車でも探そうと思う。まあ運動にはなるのだけれど。遂楽をしたくなるのがいけないのかも知れない。兎に角名水で飲む珈琲は一段と美味い気がする。気分の所為だろうが。水汲みは午前中が良いようだ。今日は土曜日だがいつもは平日に行くことにしている。それでもひとは、先に女性がひとりだけだった。別に「不老水」に拘っている訳ではなく、湧水が好きだからだ。できれば、自分で獲って来たものや作ったものを食べたいが、もうそういう環境ではないし、能力もない。思えば、自然は遠ざかるばかりだ。野いちごや、芹や、土筆や、川で蟹や鮒を食べていたことが嘘のようだ。ただ珈琲だけのためにわざわざ出かけるのも莫迦のようだが、これも趣味か。「不老水」は環境省選定 名水百選で、九州には17選しかないなかの貴重な名水のひとつなのです。
2005.11.26
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ハリー・ポッター役のダニエル・ラドクリフが10代で初の出演料46億円だそうだ。面白いのかどうか微妙だが。よくみると自己愛でしかないものが多いが自分で気が付いないのは哀しい。恐らくそう演じているケースもあるだろうが、タレントがそうだろう。あとで聞く話は無残である。恋愛に溺れる男女は、自己愛だけでは生き残れない。ブログもそうかも知れない。量は質とは違うだろう。ただ現代は「量」に価値があるだけだ。個人主義が与えるものは、狭い。あまりにも狭いものでしかないが、無いよりかましだろうと、どこの政府も国民を脅している。「マイスペースは、ありますか」が、キーワードでもある。世界を歩き回っても、気付くのは「青い鳥」かも知れない。切り開かれなければならないのは、自分の脳のなのだ。生物は、利己的な遺伝子に支配されているというから、自己愛も自然の成り行きだが、それだけに鼻に付くのであろう。自己愛はせめて身内のはなしであろう。自己愛では、海の底にも届かないだろう。
2005.11.26
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一葉「暁月夜」は、古今集「有明のつれなく見えし別れより 暁ばかり憂きものはなし」を最終章で引用する。日本文学は、その抽象性にあり、想像力である。此処まで来ると宗教のようなもので、理解するにはレセプターがいる。一葉は、どこまでも少女なのだろう。少なくとも少女のこころをもつ作家なのだと思う。「我が思う人ほど恥かしく恐ろしき物はなし」というのだ。昔の日本人は、文学では、女を見たいと想い、女のことを訊くだけで結婚を意味し、女が、「物言はず畳みて手文庫に納める」だけで受け入れたことになるのだから。何とも男に都合の良い話だろうか。それこそ封建の磐石の証なのだ。それは、日本だけではないが。私の興味は、現在の文学で問題の所在なのだが、意外とユニークな教授のようだ。まだ、たった始めて少しの時間でしかない樋口一葉である。感想は変わるかも知れない。さて、今朝も毛布に包まりながら、そろそろ昨日買ったクリスマスブレンドを飲もうと思っている。それから、実はボジョレ・ヌーヴォーもまた1本購入している。いつから祝杯を創めようか心待ちにしているところだ。
2005.11.26
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我が家は、どんなに寒くても石油ストーブを使わない。まだ暖房は使用していない。居間は床がフローリングなので冬は結構冷える。朝3時に大抵起床するので底冷えがするようになったが、誰もエアコンと電気コタツの使用の申し出がない。仕方ないので、私は、防寒服と毛布で寒さを凌いでいる。意外と寒がりなのだ。今年は異常気象でいつまでも猛暑が続いたし、秋から冬への移動も九州は遅いようだ。私は、キッチンのテーブルを勉強机にしており防寒服に毛布を足に巻いて、スタンドとPCを相手にしている。流石に疲れと寒さが強くなると、PCと一緒に、日本間に移動する。座椅子と応接台があり、寒さ対策をしてから朝の明けるのを待つ。もうすぐ12月だが、まだ我が家の越冬隊員から「部屋暖房」の話はない。
2005.11.25
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明治27年12月「大つごもり」から明治29年7月随筆「すずろごと」を発表するまで、一葉には「奇跡のジャンプ」がある。これを「奇跡」と言わずして表現の仕様がない。肺結核から同年8月重態となり、遂に11月23日午前25歳の死去となる。古典文学と明治中期の狭間の世界に生きた若き天才は、たった17ヵ月で「たけくらべ」「十三夜」「にごりえ」など珠玉の作品を残した。ままならぬ世を知り、其の現実の暗闇の内部から描こうとした数少ない日本の作家であろう。寧ろこれだけの過酷な環境で進化を遂げるとは人間のもつ潜在力は、素晴らしいと感動せざるを得ない。他人のコピーから始まり、それを消化してのちあたらしい創作に置き換えるのが一葉の仕事であった。一葉の感性は、まさしく日本人のこころであろう。
2005.11.25
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一葉「暁月夜」F大講座I講師メモより明治26年作品。一葉22歳。当時一葉は、原稿料は薄謝に近く精神的にも物質的にも行き詰まりを感じていた時期だ。ヒロインの一重は「私し一生ひとり住みの願ひあり」なのだが、最後の章で謎解きがされるが、因縁話に過ぎない。謂わば蛇足である。後年の「たけくらべ」の一葉であれば、この章は書かれないだろう。「暁月夜」も、相変わらず古典のモチーフが使われており、露伴の「風流仏」や紅葉の「拈華微笑」が引用されている。ふたりが出会うシーンは、「拈華微笑」と同じ「人力車」だ。そして、ことばを発しない間はうまくいったが、ことばをだしたためにうまくいかなくなるという。当時の尾崎紅葉を知る読者であれば、二人の謎解きは、知れていただろう。そして、物語の展開は「かぐやひめ」だ。男が女を求める伝統的パターンでもある。古典では、男が女を見ようとすること、訊くことは結婚を伏線にした行為と看做された。何と素朴なことだろうか。平面的にみれば敏と一重は、自分のことしか考えないありふれた悲恋だが、実は一重の弟の甚之助はふたりと違い、他人を思い遣る心を持ち、無私の姿を描いて生き生きとして「気ばたらき」を見せている。これは、一葉が書きたかったことだろう。この作品は駄作と言われる。然しよく読めば「風になびく富士の煙の空に消えて 行くへも知らぬ我が思いかな」など、西行への憧憬がある。そして一葉は、自分はその出家さえできないという絶望感があったのではないか。一葉は、既に家長であり「ますらお」であらねばならなかった。一重の「一生ひとり住み」は、一葉の思いでもあった。「暁月夜」は、古典のスタイルに一葉の思いをブレンドしようとして失敗したが、然しのちの「たけくらべ」に到る片鱗が見られる興味深い作品でもある。PS講義を終えて、近くのタリーズで、ある女性からのお奨めの「ティラミスラテ」賞味してきた。ティラミスと生クリームと珈琲とのブレンドが女子大の帰りには相応しいテーストだろう。それからスタバによったらもう「クリスマスブレンド」が出ていたので買って帰りました。
2005.11.25
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昨年に引き続き合計特殊出生率が、1.29%になり今世紀中ごろには国民の三人に一人が65歳以上の超高齢化社会になるという。人口を維持するのに2.08%が必要な水準と言われるから、小子化対策が問われてもいる。アメリカ 2.01% 02年資料による。フランス 1.88% 02年イタリア 1.27% 02年ドイツ 1.34% 02年スウェーデン 1.65% 02年韓国 1.16% 04年 日本が高齢化社会となる背景には、戦後平均寿命が一貫して伸びていることがある。日本に於ける出生率の低下は、何が理由なのであろうか。三つ理由上げると、ひとつは、女性の労働の変化に対する対応の遅れ、ふたつめは、子育ての支援サービスが十分でないこと。そして、若者が社会的自立ができずにいるひとが増えており、然も結婚をしない人が増えているのだという。「結婚によるデメリット」を意識し出したのではないか。確かに、結婚は、人生にとって絶対条件ではなくなった。子どもを産んで苦労するより、歳をとってもいつまでも綺麗でいたいと言う女性が多くなるのだろうか。結婚することで受ける女性のデメリットは男性に比べればはるかに大きいと感じ出しているようだ。これも人間が、世の中を損得でみていることに由来しているだろう。シングルマザーが、ローリングのようにベストセラーを出す時代でもある。晩婚化も不妊もリスクを伴う選択だろう。賢い女性は結婚を選ぶだろうか。私にはよく判らないが、またぞろ安易な「高齢者給付を少子化対策に振替えよ」という議論が出ているのは笑止だろう。PSさて、今日は、午後から女子大で、一葉の「暁月夜」「雪の日」の講義がある。一葉も生涯といっても25歳だが独身だった。彼女は、結婚をどう思っていただろうか。余りに違う時代背景だが、一葉の子孫を見てみたかった気もする。
2005.11.25
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ポッターマニアたちが愛するハリーは、大人顔負けのことを遣ってのける。未だ少年なのに、優秀な大人の魔法使いさえ殺してしまうヴォルデモート卿を相手にして負けないのだ。1997年賢者の石がベストセラーとなり、その後5巻出版されているが、メガヒットを続けている。世界60ヵ国語に翻訳され200ヵ国以上でマニアがいるという。そして明日26日日本でも、映画シリーズハリポタ4「炎のゴブレット」が上映される。既に最高傑作との報道がされている。21世紀になっても、ポッターシリーズに、何故大人も子どもも夢中になるのだろうか。勿論英米の巨大メデアが後押ししているからだろうが、それだけでは読者はついていかないだろう。ひとびとのこころを救済しようとする宗教も、真理を求めるくせに現実の世界では無力でしかない。その無力感がファンタジーを生むだろうか。このとてつもなく永いシリーズを、易々と読みこなす子どもたちやポッターマニアたちの集中力は大したものだと思う。これらの資質は、おそらくこれからあらゆる困難に対して求められる能力でもあるかも知れないと思う。ポッターマニアの私も、勿論「炎のゴブレット」の鑑賞が愉しみです。
2005.11.25
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どうも老人に近くなると昔のことばかりと嘲笑されそうだが、母が52歳で胃癌死したので、しばらく父と暮らした。料理は、それまで母ばかりだったので早速困った。毎日のように煮つけと焼き魚とスキヤキだった。これでは堪らんと、料理を覚えようと思ったが、親父も私も母に甘やかされていたと見えて、手の込んだものはできないままだった。母は料理が好きで、旨いものを食べさせて呉れていたのをあとで知った。親父の手料理と言えば、野菜の煮つけと刺身くらいだったが、よく母の料理の話をしたものだ。私も、独身時代が永かったので、どうにかひとりで生きていけるだけの料理はできるようになった。まあスキヤキくらいは友人に褒められるようにもなった。そして、最近妻子が仕事で遅くなる時は、私が夕飯の準備をさせられている。できるものは、親父の真似ぐらいしかできないが、娘たちには、親父の味になるのかも知れない。
2005.11.24
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少し頭の整理をしないといけないと思う。整理ができないのは頭が悪いのであろう。ボケ易いのは、生真面目で几帳面なひとで、単調な生活をし外出の嫌いなひとで、家族との会話が少ない人つきあいが嫌いなひとが、なり易い。少し相違するのは、趣味としたいことがあることと外出が好きなことくらいだ。ボケの危険度は高いようだ。最近食事も運動も怠けている。PCで、食品交換表のソフトで管理できるし、自己管理もできるが時々忘れてしまう。ADAのガイドやHMSやJoslinの資料も参考になる。あとは、自分に厳しく遣るだけだ。何でもそうだろうが、一番悪い性癖はものぐさなことであろう。何でも始めるのは誰でもできるが成果を上げるには、整理すること、まとめることができるかだ。
2005.11.24
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まず、自分に気付くことだ。自分の興味、目標、計画、夢をこれからの人生に持ち込むことだ。自分は誰であり、自分は何を望んでいるかを知ることだろう。病気をもっていれば其の管理と自分の生活との折り合いをつけることだ。そして大事なことは、自分の弱点を正しく認識する能力がなければならない。それは、適切な情報を得るために必要だ。多くの情報を知ろうと思えば知ることができる情報社会になりつつある。其の教育は欠かせない要素であろう。これが、私たちが、たとえ病気持ちでも優雅に人生を生きることへのアプローチになるのではなかろうか。社会的なサポートは、法整備されてはいないし自己責任の原則と言う人権無視が大勢である。「リア王」の悲劇は、まだ繰り返されている。
2005.11.24
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まさに「シスの復讐」は、よく考えたら幼稚なストーリーだが、ビジュアル的には凄いと思うし、ルーカスは天才なのだろう。ゲイツにしてもアメリカならではの世界がある。26日から「ハリー・ポッターと炎のゴブレット」が放映予定である。ローリングの経歴も劇的だ。ファンタジーも、その表現力は、豊かなボキャブラリーで溢れている。MITOCWやHMSにしてからが、包括的で素晴らしい企画であろう。中国もいつの間にか有人衛星を打ち上げたし、日本人は何をしているのだろうか。不思議だ。これだけの教育と情報を持ちながら、その享受しているものをペイしていないのではないか。多分、国家も未熟だが、個々の文化的能力も世界のレベルを保持していないからだろう。天才は、土壌がなければ育たないだろう。よく判らないが「シスの復讐」や「ハリー・ポッター」のメッセージが、どれだけ理解できるかは、個人のレセプターの問題だ。
2005.11.24
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このセッションの目的は、病気とは何を意味し、クランケとしてどのような感情を生じ、生活にどのような影響を及ぼうかを自分で認識しながら、ことばとしてどう表現し、病気とともにあるとは何か。その気持ちを表現することができるか、である。個人としての心理的適応と、家族とのかかわりや、現況下の社会的環境とは、そもどこまで個人的サポートができているか。自己紹介しながら、どこまで自分の感情を高め、人生を肯定できるだろうか。最後にインテグレートできるだろうか。どうやら、多くが抽象的なコンセプトが支配する社会では、クランケの立場は脆弱である。医師たちが因習的な優越感を喜捨するだけでは意味がない。クランケが病因と向き合い、自分の感情と環境を認識して、化学的反応としての機序を理解することだ。それは、正しい自分のメディカルステージを知り、生きる意味を学ぶことであり人生を肯定できるかだ。私は、そして自分らしく死にたい。願わくば、自分の脳がとどく未来を描きたい。21世紀を僅かに過ぎても、世界は混迷しており、あいかわらず「無知と貧困」がある。環境は寧ろ悪化しているだろう。弱者がただ切り捨てられるようでは、ますます社会は偏頗となり、ひとの心は疲弊するのみであろう。ただ、ひとりの人間として、願わくば病気とともに生きることを学びたい。
2005.11.24
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確かに50年前とも、或いは10年前とも違う情報の拡がりと科学の進歩があるが、未だ多くは戸惑うばかりだろう。日本でもブログはここ数年のことだ。一寸早く知ったくらいでそれ程差はない。管理者も先見的なイデーがある訳でもないだろう。ネットの持つ価値と知識は、何れ分類され、解析され、インテグレードされ論理化されるだろう。個人情報保護が、どう扱われるかはまだわからない。只、システム化されることで、ハイテクが駆使されるようになり、ハイスピード化が実現される。社会に役に立つものとそうでないものとの線引きが変わり、新しい価値観が生まれる。難病は、難病でなくなり、誰でも好きな大学の講義を聞けるようになる。子供の子守が男の仕事になるかも知れない。必ずしも、ひとがいま要望するものとは違うかも知れないが、可能性は高まるのではないだろうか。そう願いたい。
2005.11.23
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釣瓶落としの夕暮れ一番星が輝いていた。星を見るのは久しぶりだ。そういえば,菊池川の近くの玉名市に住んでいた頃は、夜になると川原の周辺は外灯もなく真っ暗になり、星が良く見えた。流星も時々見た。星をみると何となく嬉しくなる。そんな夜はよく眠れた。目が欲を持つと駄目だ。どうも成果ばかりが気にかかるようだ。まだ会社員の気分が抜けない。女性が強くなったのではなく、男たちが幼児化したのだろう。60年前の敗戦で、数百万人が戦死したが、其の犠牲はいま報われているだろうか。本当に平和で価値のある生活を享受しているだろうか。いまの子供たちは、「一番星」に何かを祈ることがあるだろうか。また、漆黒の世界で、星が観たくなった。
2005.11.23
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自分の健康にカネと時間を惜しまないひともいれば、老化と血みどろの闘いを演じたり、世界を渡り歩くひともいる。或いは趣味に生きるひともいるだろう。中年から老人に近づくと大抵何かを始めるらしい。これから何を始めても大したことができないと何もしないかも知れない。老人は、人間社会の余剰だろうか。それにしては加齢が進み、脳細胞が失われるまでの時間は、何と贅沢な時間だろうか。多くを見てきたこと、経験したことは消滅するしかないのだろうか。再生医療でもおそらく血管は無理だといわれるが、できるかも知れない。ES細胞を知ってから人類は未だ日が浅いのだ。私は、病気もちで、体の中はボロボロだし、怠け者だがこれから未だ知る旅をつづけようと思っている。大して識見もないが、色々面白いことが見え出してきた。何処に行かなくても誰かが見てくれたことを、ブログやネットで見れる時代だ。知る権利は、眠っているものにないだろう。
2005.11.23
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アクション・フレーム・オブ・レファレンスの中で、人間は自分の生活をしているが、だんだん物が見えなくなる。目で見えていても、脳で感じなければ認識できない。星の王子さまは、地球に来て砂漠を美しいと思う。そして本当のことは隠れていて見えないことを知るのだ。ヒトは、祖先からの知恵を遺伝子として受継いでいるが翻訳ができないでいる。右脳には分かっているのに、左脳でことばに「置き換え」ができないでいる。スキルのないニューロンは、やがて死滅する。環境という世界に制約されながら生物は生きており、「ヘイフリックの限界」はすべての動物にあるだろう。ただ癌にはないが。観察する能力をどこかに捨てながら生きてきたのかも知れない。自己保身もあるだろう。傷つかないクリスタルの肌では何も感じないように、眼も涙を流さない乾燥して見えなくなる。国際社会は「貧困と無知」で、其の矛盾に苦しむ世界だ。その真実を見せまいとする勢力があり、見ないと信じないものさえいるビジュアルの世界になってきた。恐らく、偏頗な人間が増えていくだろう。アクション・フレーム・オブ・レファレンスは、自分の創り出したバリアーで、萎むのだろう。誰にも涙を流す場所があるというのに、ひとは感性を失いかけている。
2005.11.23
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右脳と左脳をつなぐのが脳梁で、神経細胞の束は2億乃至3億と言われる。重症のてんかん患者で切断した例がある。それらの研究から左右脳の機能が別々だと分かったが全容はわからない。そして、脳梁の役割が解明されつつある。ふたつの脳は、人間を人間にした重大な理由だろうが、機序がよく判らない。脳はこれから解明されるだろうが、まだ先は永いだろう。右脳と左脳がお互いにサポートできる環境が必要だが、現代は左脳のリードが目立っており、其のための限界が見えてきているようだ。だが、右脳の能力は、未開拓でしかない。大学のランク付けがされるようになってきたが、一位がハーバード大だ。九大は110位くらいだから、大したことはない。日本の大学も揺れている。外からの力に動揺するくらいだから、これまでも見掛け倒しだったのであろう。ひとの脳のネットワークは、宇宙くらいのスケールがあると言われる。未知への遭遇は続くだろう。
2005.11.23
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珍しく残りのブログ1本がありましたよ。一日5本楽天ブログをプレビューしていますが、今朝は次女を福岡空港に車で送ります。他の交通機関がない訳ではない。福岡空港は矢鱈便利な空港なのです。だって福岡市街に在りますからね。誰でも着陸する時大丈夫かなと思うのではないでしょうか。勿論自動操縦装置がありますが、昔は何度か墜落しました。九大に米軍機が墜落したこともある。因みに昔は旧名板付空港と言い米軍基地が併設されていました。地下鉄で、メイン駅の博多駅から5分間で着きます。リスキーな空港でもあります。さて、そんな訳で比較的早く寝まして、朝3;30には目が醒めました。これから「シスの復讐」をDVDでゆっくり鑑賞します。昨夜も2回くらい見ましたけどね。新作で1泊2日で返却です。これから珈琲飲んでDVD観て、午前6時頃娘を空港に送ります。甘い親です。旅行は、自宅から自分で歩いて出発するのが愉しいのですが、いまの子供は何処でも、ドアー・ツー・ドアーで何をしているか分かりませんね。お仕着せが当たり前の人生ではないか、と私は思いますが。それにしても京都は親子で好きですね。京都と聞くと胸が少年のようにキュンとなります。
2005.11.22
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ジョージ・ルーカスのスター・ウォーズエピソードーーシスの復讐は、勿論映画でも観たが、今日DVDを借りてきた。今夜は愉しみます。よくまあこんなものができるものだと感心します。殆ど全作品鑑賞しています。いつも思うのは、こんな同じ単純で臭いストリーなのに面白いのだろうと。恐らく、ピーターパン・シンドロームが内在するのでしょう。妻に言わせると。「よくこんなものを男たちは、夢中になるのか」気が知れないとのこと。手の込んだ画面をよく創るものだと感心が先にたちますが、確かに莫迦莫迦しいかも知れない。それこそ「未知との遭遇」のような夢がない。イデーもない。唯、近未来を自分の目で見るようで、キャラも面白いが、スター・ウォーズなのですね。よく判らないところもあるが、今夜は、朝まで愉しみます。
2005.11.22
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「ふれば憂さのみ増さる世を知らじな雪の今歳も又我が破れ垣をつくろひて見よとや誇る我れは昔の恋しきものを。」式部の歌を引用をしてみせる一葉こそ床かしい。私たちは、親がもちしものを受け取り転ばぬように行けと言われて育てられた。そして子たちに同じことばをかけている。今年も冬となり東北では雪が降っている。恐らくどこかで破れた垣根にも雪が降り積もり美しい風景が見られることだろう。一葉の「雪の日」は、勿論違う意味だが私にはそう聞こえる。そこに何を感じるかを問うている。見ようとしなければ見えないところにも、今日や、明日に繋がるものがあるだろう。もちしものは、だれかにわたさねばならないのではないか。
2005.11.22
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石畳を下駄で歩く音は心に沁みるようだ。西田哲学のあの「哲学の小径」は、昔と変わらずありしか。京の深遠は、地下水の豊かな恵みにあると思う。千年の都は、あの琵琶湖のような地下の水量が支えてきた。ヒトが生かされているのは、京のようにヒトを生かすものがあるからだろう。それはヒトの歴史だろう。いまも私は、歩き回りいつでも其の情景を脳裏に描くことができる。平安神宮の裏庭の「吾唯足るを知る」の傍の手水の南天は、健在だろうか。次女が何回目か京都に行くと言う。この前は青春十八切符で行ったが今回は福岡空港から伊丹までジェットらしい。朝7時の出発という。自宅から車で送るのを頼まれた。多分都市高速を使ったら30分で空港に着けるはずだ。そういえば、ベトナム空港でガイド言っていたが、あちらでは身内の送り迎えに、空港には10名以上は来るのだそうだ。
2005.11.22
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まだよく判らないが、樋口一葉は流石に箱庭の美であろうが、竜安寺の石庭のように日本人の故里ではあるだろう。外人からは嘲笑されても日本人の内奥は、そこの住まいそこのことばで感性を磨くのであろう。「暁月夜」を朝から読み始めた。「ザ・一葉」というA4版を縦にして3段に実に小さい字で印刷されているので、一葉全一冊が売りなのだろう。成る程これだと一挙に読めるので一々ページ捲る手間がいらない。どうせなら、B4版でもそれより拡大版でも良いパソコンの1ページくらいにして読めば大抵読めるのではないか。一葉を読み出したのは、偶々大学の講座のテーマだったからだが、未だ3回しか講義を受けていないが面白い。面白がるのは、私くらいかも知れないが、来年3月まで講義があるが行けるかは分からないが最後まで行くつもりだ。何せ教授が手を抜かないで自分でも読み直して来るのが良い。他人がどう評価しようと読む時の姿勢だろう。さすれば今どう思うかが新鮮なのであって、昔はどうでも良い。一挙に読むことが新鮮なのだと思う。一葉は明治5年生まれの25歳で明治29年に早死にしたから作品は最後の5年間に集中している。読みながらため息が出る。ことばもない。日本人の脳はどこに走ろうとしているだろうか。一葉は、奇跡の作品を残してくれた。
2005.11.22
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今日の報道では、アイランド周辺に競技場を造りとあったが実現性はあるだろうか。確かに遅れている都市に五輪は魅力だが、大分先の話でもある。新宮沖の海上にハブ空港の話もアドバルーンではないだろうか。九大移設も思惑はどれだけの先見性があったかは、10年先でないと分からないところもある。地方のテーマパークが、次々と潰れているのは人口の問題も大きい。九州は、経済的に涸渇化する運命だろう。政治力は脆弱で然も行政レベルも低下しつつある中で、あらゆる面で不利だと思う。益々取り残される地方が見える。これは、若い有能なパワーが流失しているからだろう。文化サービスにしろ、医療サービスにしろ、地方は取り残されている。気付いた時には、九州は枯れ木になって取り返しが効かないことにもなるだろう。そういう意味で福岡の五輪招致は、かなり重い話ではあるだろう。
2005.11.21
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酒なんてないにこした事はなく。美人もいない方が良い。貧乏はたくさんだ。なぜ「青いバラ」なんか作るのか、気が知れない。兎角不可解なるかな。人工甘味料で、不思議なものを食いだした人間よ。何故に口から病を病を背負い込むか。酒も飲まない人間よ。何をしようと言うか。体内で活性酸素を増やし続け、いつかは癌になり悲観にくれると言うか。やがて九州にも雪が降る。雪が降る前に砂漠になるだろうか。知らず、今宵も酒は脳内のニューロンを破壊し何時か萎縮するだろう。それでも、そうなるまでのアルツハイマーだ。酒よ、酒。狂うまでの、「酒なくて、何の己が桜哉」
2005.11.21
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何時か担当が女医さんになり、時々院長が指示しますが、どうも重症です。口を開けている自分がどことなく阿呆に思えてきますが、女医さんは厭でしょうね。同情します。もう少し歯は大事にしとくべきでした。それと口の中は、「あああ」どうしようもなく、何年も風呂に入っていません。そう、サハラ砂漠の人生を死に物狂いで歩いてきました。それでも女医さんは優しい原日出子さん・・・どんな顔だっけ。ので、まだ見放しもせず治療をしてくれるそうです。ヒトは、見られるし見るのですね。対面で、医師と患者は理性の空間ですから、あまり親しみは感じません。口説く時は、彼女の隣に座ります。よく遊んだあとは、能率が上がりますよ。
2005.11.21
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利巧な振りをすると碌なことはない。能ある鷹は爪を隠しましょう。と言って私がそうという訳ではない。腹は立つけど横井小楠では、世の役には立たない。こんなこといったらまた怒られるが、ジョークです。くだらないことで暗殺されたくはない。利巧に振舞おうとするとストレスで癌にもなるというのは証明されている。そろそろ右脳が活躍するようになるのではないか。従来の右脳は感情脳と言われたが、どうもそれだけではない。ある研究者は、「先祖脳」とも説明されている。左脳と右脳とふたつあることは、男と女のように機能分担だけではないかも知れない。片方だけで世界は偏頗だろう。惚けてばかりではいられないだろうが、分からない奴に話すことはない。他人の言うことを聞かないで、角が立つ時は「惚ける」に限る。例えば一葉の「経つくえ」のように評価されない作品の方が作家の意識がみえるだろう。世間が評価しない物の方が、実はそうではないかも知れぬ。これから、本当の価値を見出すのは、左脳ではないだろう。
2005.11.21
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此処一週間余豪くしつこいアクセスで、困っている。39ドルをカード決済しないと、大変なことになる。スパイウェアーが狙っているという。カード決済だし名前も余り聞いたことがないので、サイトで調べたら、どっこい米国で訴訟沙汰になっていた。どうやら最近MITなどにアクセスした所為らしい。今コンパネで削除したけど、今のところ停止しているようだけど。朝から、スタバで買ったパナマ サンベニートを飲んでいます。パナマ産。最近、日本人も島国根性では生きていけない。其のうち英語教育が本格化してくるだろう。大津波が押し寄せてくる。何時までも足の届く大地で住めなくなるようだ。そんな予感がしている。バブルで赤子のようにひと捻りされた日本の金融資本が、それほど急に成長しているとは思えないが、これからだろう。兎に角静かな月曜日だ。WinFixer 2005さてどうする。
2005.11.21
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郵政民営化の裏で米金融・保険業界、米政府のロビー工作を知りながら、竹中平蔵は、構造改革の掛け声だけで押し切ろうとし、反対勢力を封じ込めた。竹中は30歳でハーバード大学に留学しており、米政府との繋がりのある人物で、明らかに米国の後盾が存在しているが、彼は、国会答弁では、否定している。こういう人物を小泉政権は抱えており、政治は、彼らの手の内にある。そうしたのは国民である。原爆を正義の名の下にふたつも投下する国家は、また遣る可能性はないだろうか。先制攻撃をしたとして「リメンバー・パールハーバー」で日本は世界から非難されたのではなかったか。イラク戦争は、でっち上げの核を排除するために先制攻撃を正当化したではないか。米国だから許されるだろうか。どうも政治は不可解だ。米国の強引さは、価値観を相手に押し付けることであり、自分の手を汚さずにことを始末しようとすることだろう。それが、彼らの遣り方だとしたら、まさしく竹中がしていることではないか。今回の出来事の論理の延長線上にある気がする。私たちは、国家としても、個人としても、明日への選択肢がなければならない。他人任にせず、自分の脳で考える訓練をしないと、政治に対して大いなる禍根をのこす選択をしてしまうことにもなる。彼らには、自分の見えないものを信じられないのだと思う。もし世界中の人々がアメリカ人並みの生活スペースを持つとしたら、あと地球が4つ必要だという。富の偏りがつづけば破綻が起きるだろう。世界に貧困と無知がなくならない限り、真の平和は来ないだろう。まずこのことに結論を出さねばならない。どうしなければならないか。ミトコンドリアと細胞は共生している。知恵は出すためにあるだろう。
2005.11.20
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