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他人の不幸を何とも思わない人間が増えていくのだろうか。そういう教育が堂々とされているのだろう。中国は、台湾は中国の一部だというが、実効支配していたわけではない。根拠もないのに主張しているとすれば、それが正義だろうか。段々人間が殺伐な感情に捉われてきているのではないだろうか。打ち上げ花火ばかりみているようだ。誰がやっているだろうか。勿論それをしている人たちがいるし、強かな思惑もあるのだろう。自民党の総裁選挙は安倍氏しか立候補にならないという。わざわざ負けると解って立候補はしないらしい。目先の利益ばかり考えているのだろう。人材がいないのだろう。 ・人を育てないから、それだけの人材も育たない。若手の政治家が、口ばかりで議員になって、今度は、非難されても議員辞職をしようとはしない。 安倍首相と肩を並べた写真があった。公募して自民党議員になったらしい。それにしても次々と襤褸が出ては世間を騒がせる。どれだけへまをしても責任を取らない政府らしい。 ・へ2・・・驚き桃の木山椒の木。世の中は上手くいかないようにできている。まだ政治を遣るらしいひとたちは、果たしてその資格があるだろうか。誰も反対しない。日本はどうなるのだろうか。戦争に負けなければ、この道を続けるのだろうか。この道しかないという。戦前もそういっていた人たちが、国民を不幸にしたのだ。危ない。人材はいないのだ。民族が滅びるのかもしれないのか。ふとそう思った。
2022.08.31
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人間が死ぬ瞬間には、脳内にベータエンドルフィンが大量に分泌されて快感を得られるのだという。但し自殺者は違うらしい。私は、今の生活にストレスを感じているが、乗越えられるだろうと思う。拠って立つ自分の措かれている環境と、遺伝的要因が限界をも想像させるが大したことではない。日本人は、忍耐強いと言われる。国民性もあろう。狭い国土で鎖国を経験し、世界の列強に伍して行くためには、富国強兵で国民の権利を制限しなければならなかっただろう。そして、現在資本主義経済の只中で、新たな選択を迫られている。個々人が個性を問われてもいる。「甘えの構造」があるだろう。周囲を頼る依存性も抜け切れてはいない。ナオトニー的な資質もあるだろう。それが何であろうと正面から取組んで克服しなければ、明日はない。「青いバラ」は、ペチュニアで失敗して、パンジー由来の青色色素で、バイオテクノロジーの遺伝子組み換えによって成功した。
2022.08.31
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個人のフラストレーションもそれが自分内のエリアで終われば大したことにならないのが普通だろう。暴走するフラストレーションもある。これが他人の権利を脅かし、ついには社会秩序のルールを逸脱して、犯罪にもなる。引き起こすものはストレスだろう。ストレスは万有引力による重力のように常に生物を地上に押し付けてもいる。ひとは膨脹し易い厄介な存在でもある。身の程知らずという。 ・物議を齎す人間の多くが、身の程知らずのフラストレーション野郎でもある。人間が抱えている自分の課題を卑劣に逃げようとしていることが多い。誰もが苦労して生きている。ズルをして生きてはならないのだ。自分だけが楽をしようとする。「薬」に頼ろうとする。それを許している社会がある。「薬」にも合法と非合法があるだけだ。麻薬によって人格を破壊され、国家も存立を危殆に瀕した歴史さえある。この社会には目には見えないタブーがいくつもあるがいってはならない名前さえある。 ・へ2・・・自由社会だと勘違いしている。自分だけがフラストレーションを持っているのでも、ストレスがあるのでもない。誰もがもっている。そしていつも軌道を外れる。常軌を逸してはならないのであって、そのためには自己修正しなければならない。それは自己責任でしかない。「Aは非Aに非ず」が公理である。そろそろ私もフラストレーションが蓄積してきたようだ。イエローカードが出る前に、すべきことがある。
2022.08.31
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ドバイ。拠って立つ存在理由が一人ひとりにはある。それをどう表現することができるかだろう。自己充足では足りないところに生きる上の難しさもある。その視座がどこにあるかでもあろう。 ・へ2・・・最期まで、下駄を履くまで人の評価はできない。死後評価される人も多いだろう。寧ろ生前の行為が死んでから非難されることもある。個人を客観的に評価することは不可能ではないにしても極めて困難だ。だから誤解されることが大半でもあろう。ひとはその心の持ちようでも大いに変化しうるだろう。 ・君子豹変す。法にも「事情変更の原則」がある。環境が変われる人の心も変わるだろう。だが、社会がそれを認知するかは一様ではない。おかれた体制でも違うだろう。謂わば薄氷の上でしかない。 ・へ2・・・ひとの幸不幸は一概にはいえないが評価はされるべきだろう。許せることと許せないことはある。人の品格は尊重されねばならない。若いからよくて、老人だから不幸なのではない。のびのび生きているかだろう。それが若い時か、そうでないかの違いがあるだけだろう。若い時にはそれだけ多くの努力をしなければ生甲斐を感じられないだけだ。
2022.08.31
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種の絶滅の急激さとは、環境の急激さに必ずしも比例せず、緩慢な環境変化が進行し、ある臨界点を超えた瞬間に一気に絶滅するのだという。たとえば、水生の生物は、じりじりと死んで行くのではなく、ある許容範囲を超えると一気に絶滅するパターンをとるのだ。それまでは、元気に泳いでいるのだという。他の種は平気だったりする。たった温度1~2℃の境界線でしかないという。或いはその差はコンマ以下もある。徐々に進む環境の変化に対して生物は、寧ろ鈍感でさえある。危険なものから逃れようとする余り、その時期を見失うのかも知れない。自分に口実を与えて何時までズルズルと日々を過ごしてしまっている自分がいないだろうか。やがて、自分だけの「ヘイフリックの限界」が待つだろう。身体を張ってひとは、生きているだろうが、上を向いたり、下を向いたりして前を見損なうらしい。今の自分に気づかないまま時は流れて、秋は深まるのであろうか。
2022.08.31
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プラハ。僅かな知識でこの社会を理解することなどできはしない。毎日でも弛まず努力して、新しい知的シャワーを浴びてこそ得られるものもある。育てる知識の薔薇には新鮮な水を与えてこそ。何が自分に足りないのか、それが解かるまでやるしかない。それでは終わらない。そこから新しいステージが始まるからだ。生き死にばかり考えていてもそれは、門の入り口でしかない。 ・同じ本を何度でも読むこと。「古事記」の文庫本を毎年買って読むという研究者がおられた。そんな努力をしているのが本物の研究者なのだろう。いつも智識に謙虚であるからだろう。自分を甘やかせる人は人生にも甘える。甘えた人の話は聴くに堪えない。どこの世界でも甘えた人は多いだろう。それが社会のガンにもなる。日本は潰れるだろう。それは厳しさが足りないからだ。 ・へ2・・・真剣に生きているものだけが知る社会がある。真剣でなければ視えないOUV がある。自分にとってのOUVを、探して行かなければならない。時間は無いが、時間は作らねばならない。自分の生きている間が、そのわずかな光の輝く時間でもある。智的シャワーを毎日浴びねばならない。
2022.08.31
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福岡空港~上海空港で5時間のトランジット。その間、何もすることがないので、ぶらぶらした。そのあとプラハへ。・帰りも同じルート。。帰りは、2020.1.18.それこそ新型コロナウイルス感染症が、騒がれだした直前であった。それから、どこへも行けなくなってしまった。ある意味人生被害でもある。チャンスがなくなった人も大勢るからだ。「ロシアは、価格高騰と困窮で圧力をかけ、ヨーロッパを弱体化させようとしている」とゼレンスキー大統領は言っている。ロロナ禍で、社会的変化が起きているが、不幸になる人は数知れないのだろう。同一の文でも、文脈によって全く異なる物理特性をもち、あるいは、同じ物理特性が文脈によっては全く異なって聞こえる。 故に、言語は、生得的な言語能力によって習得や経験の積み上げでは習得不可能であるという。(ある「人間を科学する」という講座から引用した。) ・語彙を理解したからと言って、文が書けるわけではない。小説はひとつの事例でしかない。すべてを表現することなどできはしない。まして短歌や俳句で、それが、どれだけ優れたものであっても限界があると思う。それは短歌や俳句の世界で通用するものでしかないだろう。日本文学も日本という国が作り上げた文化の一現象でしかないだろう。お山の大将も所詮は狭い世界の話だろう。そして、現代は「あなたが、「おもしろい」と思ったことを、「あなたがやりたいやり方で」やりなさい」としか言わないのだ。 ・へ2・・・それは認識科学が、いかなる意味での「科学」かを問い、新しい意味での「科学」を、「ホント」であろうと「ホント」でなかろうとも・・・「おもしろい」をつきとめることが、「ホント」を突き詰めることになるというのだ。成程。広い視野という漠然としたものでは宇宙など分るはずはないのだろう。
2022.08.31
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和白干潟のクロツラヘラサギ。秋になればまた干潟には、渡り鳥がやってくる。そして越冬して春を持つだろう。渡り鳥たちは、渡りという生涯の試練を知っている。それは生き残るために必要だからだ。ヒトも試練のない人生はない。なんのためにというと、時々わからなくなる。自分のためだけだろうか。私のしていることが周囲を動かしている部分もある。私も社会環境に影響されないわけでもない。していることが無為に思えないでもないが、それでも止めないところを見ると、それは何だろうか。マントラも、これは真実だと主張しているが、それも「空」だろう。 ・仏教は、戦争を言わないというが、権力者に従属したり、戦争反対したわけでもない。言行一致しないのが、世の恒でもある。真面目な人間が干上がってしまう。素直な人間が辛酸をなめなければならない社会だろう。あとからきた若造に大きな顔をされても官僚社会では苦労する。PCが昔はなかった。然し人間として人格の未熟な連中ばかりだ。機械のしもべでしかない。そういえば宦官のようなものだ。 ・へ2・・・ネガテイブ・マインドの方が、よく理解できるようだ。まあ、それでも強かにいきていくしかない。どうせ雑草の道は苦労して何ぼだ。午後からエクササイズの講座がある。好い大学とは老人にやさしい大学で、学生たちの評判とは違う。体を鍛えるのではなく、健康寿命のためである。
2022.08.31
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日本人として暮らして還暦も過ぎたが、振り返れば恥ずかしいことばかりだ。もう要らないと言われているのではないかと、時々僻んで見たりもする。それが社会システムでもあると冷静には中々なれないでいる。 ・日本列島という極東の小さな島国に住んでいる。子どもの頃からその地図を何度見ただろう。今ではグーグルアースで、空からの映像さえある。恐らく実際見る映像と変わらない。仮想空間の中で様ざまのことを体現できる。日本民族も、そう決めた要件でしかない。何れは消えるのだろう。争うためにする国境問題ではないだろうか。人間はみな同じだ。 ・へ2・・・この世で詰まらないことを止めれば要らなくなってしまう人間社会なのだろう。徒なこともする。それを徒にしないために苦労もしなければならない。苦労するのが人生の根幹ではないだろうか。少し体が軽いと感じている。明日は、公開講座で、「レッツ、エクササイズ!」というー健康維持とリフレッシュのためにーというのがある。ストレッチやウオーキングの方法を専門家から教えて貰うことになっている。
2022.08.31
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一般に知られている事実というのも、歪められていることは多いに違いない。有名というのは、名が知られていることだが、創られたイメージもある。意図的な作為もある。大統領というのも、シンボル的な権威があるに違いない。創られた権威がある。中島敦にもある。現代の社会はそうして創られたイメージで充ちている。誤解するのを敢えてさせてもいるに違いない。 ・事実が暴かれては、まさかというショックを与えられる。中島敦という作家が、作品を通じて世に問おうと、20近くの作品を残したが、どこに彼の文学的価値があるのだろうか。彼は夭折するまでの「10年間」で、何をしただろうか?死ぬまでの10年間に就いて、そのひとの意味がある。 ・へ2・・・人間の10年間というのは、其の人の一生の中で、殊に最後の10年間に、どう活きるかだ。それをどう自覚しているかでもある。中島のケースは、まだ謎に包まれているのではないだろうか。少なくとも私には、これから。
2022.08.30
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自己責任の原則というのは、自由の代償だろうか。管理のできない人が病気になる。病気になれば病院に行く。うまくいけば助かるが、助からない場合もある。大抵治療することになり医療費がかかる。それで、仕事ができなくなり、一家離散もある。貧乏になる。家も持てなくなる。マイナススパイラルに陥ることにもなる。ある程度仕事をしている間正社員はほごされているが、臨時雇用や、パートで休めない人もいるし、ワーキングプアも増加している。定年になってから増悪化するのが多いだろう。健康保険も若いころは必要がなくても中年以降に病気も出てくる人が多い。 ・無理な仕事をさせられてストレスが溜まり、病気にもなる。それでも自己管理ができていないと、解雇されることもある。社会は健康な人を必要としており、病人は落伍者になる可能性がある。すぐに治る病気であればいいが、そうでなければ、家族を養うこともできない。追い込まれた中小企業が無理な労働条件で仕事をしていることもある。超過勤務をしないとやれない仕事もある。それでも病気になれば自己責任になる。 ・へ2・・・一概に自己責任といえるのだろうか。それが社会の原則だというが、国が国民の健康で文化的な生活を保障できないからでしかない。そして、病気にならないような環境をどれだけ配慮しているだろうか。少なくとも会社と対立しなければ、自分の健康を守ることができないという経験を私は経験している。それは一般にあることではないだろうか。もし、会社のいうままになっていたら、今日の私はいないだろうと思う。
2022.08.30
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韓国すなわち悟りがまったく独自でしかも自由でひろびろとしている正覚をした禅僧は良寛そのひとだという。和歌や漢詩や仏語がある。童心を持った70歳の老人が無心に子供と遊ぶ姿はほほ笑ましい。良寛は主として乞食の行で古仏と一体になろうとした。ブッダは住む家を持たず、乞食をしてかろうじて飢えをしのいだ。良寛はこの乞食の行こそブッダへの思いの強さに他ならないだろう。 良寛は師道元よりも乞食の行で優っていたというべきだろう。他の僧侶に比べて良寛はまさにその点において、玲瓏玉の如き詩人なのであろう。そして正覚のひとであった。 吾髑髏を笑えば 髑髏我を笑う ああ 秋風こう野 雨颯颯
2022.08.30
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ヒトもまた進化の途上にある。ゲノムの解読がされ、塩基配列がわかれば、生命の誕生由来のDNAの たどってきた経過がわかるようになる。「バイオインフォーマティクス」という新しい分野だ。それは、「個とは何か」と言うDNAレベルの解析が可能になる。人類は他の動物とは、混じりあうことのでき ない大きな遺伝子プールをもっており、進化のためには多様性のある「遺伝子プール」にしておく必要がある。然し、一定の頻度で突然変異があり、血友病の人が10万人1人の確率で生まれる。それは、誰も6~7個の病因遺伝子を劣性遺伝子として持っており、新たな障害者は絶えることがないという。即ち、誰の身の上にも起きる可能性があり、それは偶然の結果でしかない。その引き受けてくれた障害者を守るのは人類として当然のことだ。「遺伝子プール」を健全に守ることが、種としてのヒトの進化 にとって非常に大事だと、専門家はいう。
2022.08.30
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ボスネコ。500年前、中世のヨーロッパの英才たちは教会の僧侶たちだったが、彼らが議論していたことは、恐らく現在から見れば陳腐なものだ。現代はどうか。今から500年も経過すれば「現代」も「中世」になる。未来の人々から見れば、最先端科学者の議論も幼稚な取るに足りないくだらない研究かも知れないし、議論であることだ。それはスタイルにすぎない。「万物は流転する」も古代のギリシャ哲学であって、キリストも、ブッダも、マホメットの教えも、その時代のスタイルで決められるに過ぎない。 ・絶対はない。その時の解釈がどうかで相対的な理解がされていく。中世の偏見も、いずれは、現代が未来から評価されることとあまり変わらないかもしれない。西洋と東洋も、南北問題も、スタイルの違いでしかない。いずれは古臭いコンセプトになる。ただ私たちは、現代という世界から逃れられないだけだ。ここで収支を合わせねばならないし、未来からみて祖先にならねばならないだけだ。 ・へ2・・・ライフ・スタイルは、個人に与えられた権利であり義務でもある。どう生きるかが問われてもいる。それこそその真の憲法がない。それは自然であり、天の摂理によって知るしかないらしい。しかし、それはあってなきが如くではない。それこそ自らの人生の問題の所在である。 仏教の悟りは、輪廻転生を断つことだと説いているが、科学的ではない。
2022.08.29
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ブルーマウンテンズ国立公園。宇宙に広がっている真空の世界は、私たち生命にとっては、死の世界でしかない。これまで生きてきて見慣れた風景や、光景は、それは宇宙の中では奇跡に近い存在でもある。やがて私たちの未来に起きることは、絶対零度の宇宙の闇の中に帰って行くまでの時間でしかない。生命はもともと孤独な存在でもあるのだろう。太陽の光に包まれて刹那の時間を生きてもいる。 ・黄斑とは、わずか数ミリの窪みでしかない。それで視力を維持している。壊れ易い存在でしかない。視力によって90%近くの情報を得ているのであり、見えなくなればそれを喪うことになる。一寸したトラブルが起きれば人生も一変するし、暗転もする。40ケタの宇宙で、ヒューマンスケールで物事を考えているだけでは足りないのだ。 ・へ2・・・なんとつまらないことで時間を徒にしているのだろうか。そのことに気づかないはずはないが、黙って時の過ぎるのを待っているのだろう。まるで過ぎ越しでしかない。エリートたちはやがて衰弱して木偶の坊になってしまう。ああ、何のための教育なのだろうか。誰のためか。「沈黙の羊たち」がいる。
2022.08.29
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そう人間は、易々と虚偽に塗れてしまうのだろうか。昆虫でさえ罠を仕掛けている。悪知恵を持つ人間であればなおさらだ。旧統一教会を知らないとすれば、政治家はもぐりでしかない。堂々と言い逃れをしようとしているのは、それだけ国民を蔑ろにしているからでしかない。証拠は出ているのに言い逃れをしようというのだ。冗談は、トランプだけにしてもらいたいものだ。「アクション・フレーム・オブ・レファレンス」の中で、人間は自分の措かれた環境で生活をしているが、だんだん物が見えなくなる。目で見えていても、脳で感じなければ認識できない。「星の王子さま」は、地球に来て、砂漠を美しいという。そして本当のことは隠れていてそのままでは見えないと。ひとは、祖先からの知恵を遺伝子として受継いでいるが正確に翻訳ができないでいる。右脳には分かっているのに、左脳でことばに「置き換え」ができない。スキルのないニューロンは、やがて死滅する。環境という世界に制約されながら生物は生きており、「ヘイフリックの限界」はすべての二倍体生物の動物にあるだろう。癌にはないが。歴史を学ぶのをを忘れて生きてきたのかも知れない。利己的な自己保身もある。傷つかないクリスタルの肌では何も感じない。ものを見る眼も涙を流さないと乾燥して見えなくなる。国際社会は「貧困と無知」で、其の矛盾に苦しむ世界だ。その真実を見せまいとする既成勢力があり、見ないと信じることができない想像力のないひとたち、ビジュアルの世界になっている。恐らく、偏頗な人間が増えていくだろう。「アクション・フレーム・オブ・レファレンス」は、自分の創り出したバリアーで萎むだろう。世界中に不幸があり、涙を流す場所があるに違いない。
2022.08.29
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内藤いづみ著「最高に幸せな生き方死の迎え方」「緩和ケア」の医療システムの遅れや、患者の囲い込みに走るだけの医者たちが大勢いる。医者が日本で一番遅れた集団ではないかとさえ思わせる現状だ。「ターミナルケア」のできない医療は、現代医療とはいえない。 患者の死を受け入れる心理過程ふつう五段階あるという。 否認ー怒りー取引ーうつ状態ー受容。何度かこのプロセスを繰り返しながら「受容」にいたるのだという。どれだけのひとが「緩和ケア」の恩恵に浴することができるであろうか。ひととしての尊厳を本当に得られる環境だろうか。せめて最期だけでも安らかにありたいものだが・・・。 薬品会社の出前みたいな医師たちに生命を託することができるだろうか。時々素晴らしい医師もおられるだろうが、出会える確率は低いだろう。「天災」と同じように突然降りかかるキュアの見込みのない病である「火の粉」はまだ暫くはそう容易く逃げられそうにない。
2022.08.29
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チャーは、モモの子で、娘の部屋で生まれた。2011年で東日本大震災の年だ。モモ。交通事故で、後ろ足が変形している。社会的動物であることを逃れられないのだから、完全に自由もない。他人と比較しても仕方がないが、ついそういう目をもってしまいがちだ。それは競争社会であり、そうでなければならないと思い込んでもいる。安心するためにしていることといえばそれは下らないことが多いのでもある。永遠の愛も、それが本当なら、人間はこれまで活きてはいない。キリスト教も他の宗教もそうだが、それぞれの終末は、過ぎてしまっている。自分の感じている準拠枠は、自分のイメージの世界でしかない。 ・目覚めては眠り、起きて眠って一生を終ってしまう。それは一つの存在の1クールでしかない。見どころを知っているかどうか、自分の人生も違うだけだろう。ガイドブックやコンパスもなしに世界や宇宙に飛び出している。現代のドンキホーテに過ぎないだろう。自分の都合の好いように世界は変えられはしないのだ。適応できなければ淘汰されるだけだ。 ・へ2・・・夢紀行をしているのだろう。それで好いではないか。人間はまだ未完成な生き物でしかない。自分の存在を認識できただけでも幸運なのだろう。過大な夢を持ち過ぎると自滅もする。欲がない人間はいないが、欲があり過ぎても折角の人生を徒にしてしまうだろう。自分の貴重な生命を歌謡曲や小説のようにしてはならない。日々新鮮であるために、何が出来るかでもある。
2022.08.29
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食べてはすぐ吐く猫とか、手間のかかる猫たちである。後始末を人間にさせる。もう10数年になる。結構ネコも長生きだ。人間とネコと、一緒に暮らしていると、どっちが利巧かわからなくなる。「天才と分裂病の進化論」から、確定した事実の要旨とは、1、人間とチンパンジーは、共通した祖先であること。2、ヒトは、殆ど皮下脂肪がなく、菜食で、言語を持たず、半ば樹上、半ば地上で生活していた。3、原人の遺骸の発見は、川辺、湖畔、海などの水辺であること。4、人間に必要な放熱システムには、水が供給されなければならない。腎臓はあまり水を貯蔵できず、皮膚や裸の身体は汗によって効果的に冷やされる。人間に充分な水がなければ、死がおとずれること。5.人間とチンパンジー・類人猿との違いは脂肪である。脳の大きさ、皮下脂肪の蓄積、体形は、すべて脂肪が関与している。6.分裂病は、人間が分岐する前に人間に入ったこと。7.人間が、以前の脳の大きさのままで、人間としてジャンプしたのは謎であり、こころの機序が未だ説明できないこと。科学的解明が確定した事実から、物事を出発するのが有効であろう。余計なことを知り過ぎて挫折を味わうことになるのは、減数分裂に学ぶことができる。長文過ぎると駄文になるのと同じように、できるだけ無駄をなくすことが必要である。科学の解明は単純ではないが、言葉に置き換える能力がいるのではないか。膨大なコストを払うことになるが、生命の機序が解明されねば次のジャンプはできないだろうと思う。
2022.08.29
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「清朝皇族の末裔たち」・・・の本の中で、作者の子供のころの話があった。 ・・・入学以来、私は朝ご飯を食べたためしがなかった。昼ご飯と晩ご飯が食べられればそれでも有難いことだったのだ。毎朝すきっ腹を抱えて教室に入り、・・・ぐうぐうなるお腹を抱えて思わず生唾を飲み込んだのだった。四時限目の授業になるころには、あまりの空腹にじっとしていられず、目がくらみ、そわそわして終了のベルが鳴るのを今か今かと待ち受けた。ベルが鳴ったとたん飛ぶようにして家に帰るのである。しかし、ある日走って家に帰ってみると、母が、力なく告げた。 「一粒のコメもないんだよ」 しかたなくがっくりと肩を落とし、すきっ腹をかかえたまま、とぼとぼと学校に戻った。がらんとした教室の中で、一人椅子に腰掛けて、ぼんやり黒板を眺めていた。・・・・。 ・この溥儀の一族の子孫である作家は、その日、やさしい先生に家につれて帰って食事をさせてもらった。先生の厚情にこたえるために自主的に家事を手伝い、毎年最も優秀な成績をあげることで恩に報いたという。 ・へ2・・・「艱難汝を玉にす」。「裔」の「流れ」というような生易しいことではない。厳しさを知っている人間とどうして判り合えるだろうか。強かな外交交渉をできる人間を鍛えることだろう。
2022.08.29
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和白干潟。 秋に来て渡り鳥たちは、越冬して春には、繁殖地へ帰っていくが、サギ類たちは、その前後に周辺から集まってくる。どこか、ネガティブになっていたようだ。気力が湧かないというか。少し涼しくなり、疲れが取れてきたのだろうか。いつもいいばかりではない。収穫が近いこの時期に、いつも台風が来て農作物にダメージを与える。防災には弱い社会でもある。 ・次々に嫌なこともあるが、それも過ぎてしまえば何ということもない。楽しいことも一瞬でしかない。もう夏が、過ぎてゆく。目の前の出来事を、自分なりに熟しながら暮らしていくしかない。 ・へ2・・・もっとましなことをしたかったが、器が小さいのだろう。体力にも、学力にも自信が持てなかったもある。マラソンをするとすぐに息切れをしたが、肺病になりかけたり、胃炎でもあったから、痩せてもいた。もっと集中力があればできたことはあるのだろうが、気まぐれでもあったのだろう。どうやら遺伝もあるが、蓄膿症でもあり、うつむいていると息が苦しくなる。早く治療しておけば何でもないが、それが放置していた。なるべくしてなる人生でもある。もう後悔しても遅い。いつも気づくの遅かった。人生に王道はないというが、自分の人生には、救ってくれる天使もいない。小さい失敗も蓄積すれば、大きなダメージにもなる。誰にも文句が言えないが、社会から疎外されたり、人生被害を受ける人たちがいることを忘れてはなるまい。社会的ステータスのある人たちの責任は重い。国民を不幸にする政治は、許されない。悪魔に壁に叩きつけられて殺されるようなことはすべきではあるまい。
2022.08.29
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加齢以外でホルモンの分泌にはストレスが大きな影響があり、男性ホルモンのテストステロンはストレスで減少する。がっかりすると下がり、叱られても下がり、逆に上手くいったり、褒められると上がるらしい。それを「ウィナーズ・エフェクト」という。勝つとテストステロンが上がって意欲がまし、また頑張るから勝つというように、らせん階段を昇って行く。 ・男性ホルモンは、リスクを取ることもするらしい。リスクを取ろうとしない政治家は男性ホルモンが欠乏しているのかも知れない。精神活動を活発にし、NOを供給して動脈硬化を防ぐ、酸化ストレスを下げる効果もある。どうも日本の政治家の男性ホルモン分泌が少ないのではないだろうか。70歳を過ぎた首相ではリスクを取ろうとしないわけだが、年齢ばかりではないのだろう。男性ホルモンは、判断力、集中力などのメンタルにも影響するらしい。 ・へ2・・・男の場合、恋愛すると男性ホルモンが上がり、結婚すると下がるらしい。そのかわりセロトニンが出る。成程、ちゃんとフォローしてくれている。人間の身体の仕組みは精緻であり、ちゃんと理屈に合っている。今更だが、政治家の免疫系の傾向が見えてくる気がする。重要な職務を、すぐ投げだすのは男性ホルモンが低下してもいるのだろう。
2022.08.29
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他の動物に比べて、ヒトの脳は巨大化した。動物の体重では、60kgで、脳は、200gというのが平均値らしいが、1400gくらいある。7倍はある。それは単なる倍数でしかない。実際はそれ以上に、ヒトの進化は、私たちのイメージの想定外だ。いまや75億人に大繁栄した生物といえども末路がないわけではない。その成功ゆえに没落もする。 ・潤沢で有利なものがあったとしても、それを利用できなければ意味がない。人の行動はアイロニカルなものになりがちだ。都合のいいように物事は運ばないが、自分のもつ有利な形質を活かすことは大切なことだろう。日本人の胃の消化酵素の中には欧米人には無い消化酵素があるそうだ。それは海藻類を先祖が良く食べていたからである。海苔の消化酵素がそれらしい。人間のからだは、長い歴史で作られた組織でもある。その地に適応できたから生き延びて来られた。 ・へ2・・・本気で探そうとするかだろう。日本人は世界から誤解し続けれれている。それは、自分たちが何者かを知らないから、自己主張もできないからだ。中国やアメリカを懼れることは何もない。新しい発想を以って新しい時代を切り開きさえすればいいのだ。日本人にとて、自分たちのスペースくらいはこの宇宙にはあるからだ。
2022.08.28
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想定外に対して、何かいい話が聴けるのではないかという思いの期待は、それも想定外に終わったようだ。それでも聴きごたえある話だった流石慶応の名誉教授だろう。ことばが洗練され練れた講義だと思った。それこそ錬金術を操るプロなのだろう。女子大で集中講義をされて、その最終日で講演会をされたようだ。日曜日で参加者が少なかったが好い話を聴いて満足した。 ・ケルトからEUへの意味が少し理解できたようだ。そして、なぜケルトが、歴史に残らなかったのか、ギリシャ文化との違いがあったようだ。然しヨーロッパのルーツは、 The Celts である。想定外の時代で想定外の発想とは、どこにあるのか、それは、自分たちの身近にあるということだった。当り前の話であるが、固定観念に縛られていては出来ない。 ・へ2・・・ケルト人は、移動し、木の文化で、自然宗教であったという。それは歴史から消えた原因でもあるが、そのミームは残っている。大陸のケルトと、島のケルトに分類されるが、島のケルトの一派がスコット、ピクト人の末裔である。「蛍の光」と「故郷の空」のルーツの話が面白かったので、あとで、You Tube できいてみようと思っている。
2022.08.28
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観音菩薩は「六時観察三輪応」。専門家に聞いたわけでもないし、自分なりに解釈し考えているに過ぎないが、それでいいと思っている。急ぐことではない。仏教では、理解の深度のステージが違うらしい。阿羅漢を目指す人と、更にその上を目指すひとがいる。私たちは、ただ教えを聴いて理解することしかできない立場なのだろう。布施や善行をして功徳を積むしかないのだろう。身分社会の時代の仏教の在り方は、すべてを受け入れることでしかない。 ・普遍的真理を得られるのは庶民ではないという。誰も仏教徒になれなければ、滅んでいくしかない。僧を明治以後は拒んだ社会には僧はいなくなるのは当然だろう。修験者もいまや自称たちでしかない。自然淘汰があるとすれば、必要なものが残るのだろう。棄てたものは元には戻らないものもある。 ・へ2・・・聖書にしろ、般若心経にしろ、書いてあることを真実と信じるから、信仰が生まれる。半信半疑でどれだけ読んでも信仰にはならない。ことばだけの理解でしかない。頭で理解するのではなく、背骨で聞けというのだ。訳が解からないのは本気で理解しようとしないからかもしれない。どんなに小さな観察でさえ時間が必要なのだ。
2022.08.28
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ひとは狭い世界にいながら、何と考える愉しみがあるのは素晴らしい。どこにいようと他人に拘束されない自由がある。然し、自分でそう思っているだけかも知れないが・・・。それでも、神に似せて創られたという人間が「ネオテニー」だとか、「誤ってできた」だとか。まるで出来損ないの動物のようだ。成る程、思い当たることも多いので寧ろ面白いと思うのは、私が「ネオテニー」だからであろう。指摘される特徴が私の性格のようでもあるからだ。家畜犬にしても、オオカミのまるで幼形成熟だという。愛犬家が多い訳だ。なぜ女性が「赤ちゃんのような男」が好きなのかもわかる気がする。いつか、真夏も過ぎて行くだろう。少し朝晩が涼しくなったようだ。私は、すべてをリセットできたかはわからないが、兎に角やり直しのつもりでいる。勿論解放されている訳ではない。この社会で生きていくのを止める積もりもない。秋がそこまで来ており、夜空の向こうには素敵な明日は待たないが紅葉くらいは見られるだろう。それこそ、「考える」には何とゆたかな世界だろうか。
2022.08.28
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法の秩序という規範の中で私たちは暮らしているが、あらゆる暴力にもさらされた存在でもある。国家権力も、権力者のリーダーシップによっては、独裁国家にもなる。歴史を見ると日本の民主主義の歴史は浅いのであり、成熟した民主国家とは言い難い面もないわけではない。或いは逆行しかねないのであり、常にその危険はある。暴力を使えば、ひとびとは自分の思うようにできるという思想の人たちが存在するからだ。 ・暴力によって女性を支配し、それが男の甲斐性だと思っている男さえいる。そういうやつが、組織の中ではチンピラでもある。上には弱い。熊本の田舎である刑事裁判の傍聴をしているとき、暴力団の幹部という男が、まさに演技でもしているようにしょげ返って被告席に座ったのを見たが、あれが街中にいるときは偉そうにして子分を下僕のように使い威張りまくるのだろうと思った。 ・へ2・・・一昔前には何が言いたいのかわからないような日活映画があっていた。やくざ映画が持て囃された時代もあった。そんな時代は忠臣蔵も流行っていたものだ。アウトローが、ヒーローのように扱われたりした。韓流ブームも日韓関係の交流改善にはならなかったのだろうか。憎しみの連鎖が人間を歪にする。
2022.08.28
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和白干潟に飛来したハクチョウ。この世の中で、どれだけ理不尽なことが、21世紀になっても終わりそうにない。一部の者たちが、富を独占しているからだ。そして核戦争も脅しのために存在している。いうことを聴かなければひどい目に合わせるというのだ。トランプ前大統領も、プーチン大統領と変わりはない。相手を脅して、物事を進めようとしていた。彼一人ではない。アメリカのコロナ被害も、最大の責任は誰だろうか。ロシアは、悪いのはウクライナや欧米だといっている。ロシアの国民たちの声が聞こえない。マルクスは、この事態を何というだろうか。内なるものは移ろい易いものでしかない。刻々変化している。そして表現しようとした企みは不遜でしかない。ことばでなど表現できるほど単純ではない。文学とは所詮それくらいのものではないか。こころの襞を描いたとしてもそれは、ほんのひとつのシーンでしかないのではないか。過去に戻ることなどできはしない。時は不可逆にある。日本には一次史料が少ない。何でも水に流そうとする。流せない歴史的事実があるというのに。 ・政治家たちは誤りを繰り返している。真剣に歴史を学ぼうとはしない。自分に都合の悪いことを忘れようとする。看過できないことがある。小沢代表は、猫を被るつもりらしい。そうはいかない。そこに腐敗の元凶があるからだ。大事なことを棄てて何をしようというのだろうか。何もありはしない。彼には目的しかない。それは社会全体のそれではない。 ・へ2・・・音声ループというのは興味深い。音声ループの記憶は二秒くらいで消えてしまう。音声による意味が二、三秒しかストックできない。然し、どうして二秒以上の情報を持ち得るのだろうか。調音反復システムと音声保存システムが関与している。脳の高等な機能のひとつとされている。情報をオンラインできる為だ。左脳の別々の場所で管理している。私たちは聴いたばかりの話を、音声に変換している。そして、自分の都合のいいように使っている。都合の悪いことをすぐ忘れてしまう。
2022.08.28
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「ロシアは、わざわざ死傷者を数えたりしない。ほとんどが支配した領土の住民だからだ。」というウエブの記事があったが、新ロ派住民のことらしいが、韓国の徴用工たちも同じだろう。戦場に駆り出されて使い捨てにするのが、ロシアのやり方であり、昔の日本でもある。それは、中国でも、アメリカでも同じだろう。国家エゴとは、人間の命を軽視することだからだ。ロシアによるウクライナ侵攻も、ロシアが勝利すれば、ウクライナという国家も同じ目にされるに相違ない。台湾や、韓国そして日本も、侵略されれば同じことが起きるだろう。自由・民主・人権の法の支配が基本的価値であり共有する世界観だ。人間もメタモルフォスでステップ・アップするのかも知れない。自分の何が信用できるだろうか。もし芥川龍之介にメタモルフォスがあったなら彼の呪縛から解放されえただろうか。彼の「遺書」によれば、衒いを棄てた男の一介の男の自殺でしかない。「僕はひとりならば或は自殺しないであろう。・・・」とは何ぞや。 「僕は現在は僕自身には勿論、あらゆるものに嫌悪を感じてゐる。」とは。それは、単なる「敗北の文学」でしかないのだろうか。戦前の日本の文人は肺病という強敵に翻弄されて殆どステップ・アップもできず、況してやメタモルフォスをやでしかない。 文学士ではない。だからひねた見方などしない。ありのままを受け取るだけである。それほど時間をかけたくはない。じめじめした空気や、雰囲気も好きではない。女性を愛人にはしたくない。友人でいい。だから基本的には芥川のような封建的な奴は嫌いである。都会人ぶっているようなひねたやつは好きになれない。 ひとにメタモルフォスがあるはずはないのかもしれない、それに近いものはあるとしても・・・。それでなければ、いわれている戦前と前後の日本人のメタモルフォスも怪しくなる。私たちは異常に高過ぎるコストを支払わされて生きて来たのではないか。これからもその背負い込んだ大いなる負の遺産だ。
2022.08.28
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映画のオリビアの顔が段々マザー・テレサのようになって行きますね。体の動きがよく似ていて、昔どこかで見たニュース映画のようでした。「私は、神の使う鉛筆です」というフレーズがありました。修道女という存在の威厳を示した言葉に聴こえました。インドがどういう国なのか、余り知りませんが、いまやインドは人口14億人の国家であり、その今後の存在が、世界で大きく注目されてもいます。 勿論宗教活動は多くの複雑な面を持っていますので、色んな見解があるでしょうけれど、見棄てられた人びとを救済にするひとたちが何物であっても、その行為は尊ばれるべきものでしょう。どうも最後までDVDを観ていませんが、マザー・テレサのことばや行動が人びとに感動を与え受け継がれていくのでしょう。人間は、自分の眼で確かめたものが一番心を打つものです。 自分が「神の鉛筆」に過ぎないということばは、それこそ信仰をもつものでなければ理解できないのかも知れない、深遠な意味を持つのでしょう。然し、恐らくそれは自分を卑下したものではないと思う。寧ろその反対の意味でしょう。マザー・テレサは、神以外は誰をもどんな権力をも撥ね退ける決意があるのでしょう。それが信仰を持つ者の強さでもあります。 厳しい試練に耐えたものだけが得られる境地というのは、私など到底得られるものではないのでしょう。想像することぐらいしかできそうにありません。 マザー・テレサのことば、 「愛されるよりも、愛することを・・・」。どこか絵にかいた餅の様に、名声も消えていくのだろう。完璧な人間もいないし、おそらく神も。それでも信じている人たちが大声を上げるとき、何かが壊れるかもしれない。自分で思うことをどうして他人にも信じさせたいのだろうか。心の声を聴こうとはしない。自分たちが優れた人間だと思いたいのだろうか。思うのは勝手だが、それは自分のものでしかない。人間の生命は、たとえ悪人でも、ホームレスでも、尊重されるべきだ。そして邪魔者扱いしてはならない。
2022.08.28
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アメリカ科学アカデミーの会員でもあった元スローン・ケタリング・ガン研究所会長のルイス・トーマスは、患者の治療成功率についての講演で「あらゆる病気の90%は医師の手助けなしで、自然に治癒できるという。医者は残り10%のうち7%はレスキューすることができる。しかし残り3%に関しては、何もできない。」と述べている。医者の実力は、そんなものだ。何と患者たちは、博愛主義者なのだろうか。それこそ97%を医者のおかげだと思い込まされているのだ。ことさら否定はしないが、治療費の高さで患者が受けるショックを和らげる方法だとしたら、何ともお寒い。 記憶のへのアプローチを勉強中である。認知心理学から見た知性と理性。娘の教科書だった本らしい。結構面白いので勉強している。
2022.08.27
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ヒヨドリ。今自分の闘う相手を間違えては、時間の無駄でしかない。誰と闘うのか。これが意外と難しいことでもある。大きな間違いとは、安易に思い込んでいることかもしれない。そしていつまでも同じ相手ではない。遣り過ぎないことだ。相手は自分の中にいることが多い。元も子もなくなる。冷静に物事を見ることは何と難しいだろうか。 ・さまざまなベクトルの違いを考えなければならない。アクセルとブレーキを間違えると、コンビニの店頭に飛び込んでしまうかもしれない。折角の努力も水泡に帰してしまう。一瞬の気の弛みで懲戒解雇の人もいるのだろう。自分の弱点に気付こうとしないからだ。うぬぼれている時ほど危ない。相手の煽てに乗るからだ。 ・へ2・・・世の中はそう都合よくはいかない。必ず落とし穴がある。油断させて,わなを仕掛けられることばかりだ。自分がどんなに間抜けかは、体験していることだ。それを見逃しているに過ぎない。どんな間抜けをしたか反省できないからでもある。さて、だれの前にも夜明けが来た。
2022.08.27
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いくつかのこともそれが幸運だったのかどうかは判らない。あとが悪いこともあるから。「塞翁が馬」それはつくづく思う。作用と反作用もある。此世及後生。目の手術をすることもあり、病院には阿弥陀経とか般若心経とかの小冊子を持参していた。入我我入とか、色々頭の中で考えてみた。やはり私は漢字脳でもある。 ・百千万劫難遭遇とは。それこそ仏教は、遠い世界になりつつある。自分たちのルーツを知らずして、自分の存在も薄い。欧米に近づくほどそれは深まるのだろうし、漢字文化は滅びつつある中で、真剣な解説書もない。運もあてにはならないのだ。 ・へ2・・・神風も吹かない。何が運がいいのだろうか。あてにはならない。自分だけで思っていることでしかない。ただ、自分がしていることを理解してくれる人がいるのはうれしいことだ。つまらないことかもしれないが、真面目にしていることを,理解できることがある。ちゃんと挨拶をしてくれるナースがいた。自分の仕事に誇りを持っている人はみな美しい。
2022.08.27
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子供の頃の思い出は、怖いと思う大人たちではない。自分の孫や子供のように見守ってくれた人たちだった気がする。声をかけてくる大人に,気をつけろという最近のそれではない。子供誘拐して殺したりする人もいなかった。子供は宝であり、社会が守ってくれていた。泣いている子供いたら、親切なおばさんがいつもそばにいた。知らないおじさんから叱られたこともある。 ・たいていそうれは正しいことだった。自分が悪いことをしたからだ。天知る,地知る,吾知る。うそを言ったら、針を千本も飲まされる。卑怯なことをするな。言われることは皆正しいことばかりだった。ひねくれ者は自分だった。大人たちが大きく見えたものだ。あの人たちは今どこへ行ってしまったのだろう。 ・へ2・・・大人たちは萎んでしまったのだろうか。いつのまにか年を取ってしまったが、こら、なにをしているのか。大きな声が聞こえてくる気がする。いまもびくびくしているこころがある。何も心配することもなく生きていた頃が懐かしい。
2022.08.27
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25日に、4回目のワクチン接種をして、その影響かどうかわからないが、昨夜から熱が出て、先ほどまで具合が悪く、休んでいたがやっと、元気が出てきた。社会的ステータスがその意識を決定すると言われるが、大抵そうなるが、それでもそのステータスもその時々で違うし、部下が上司になることもある。階級社会は続いており、尊敬できることではないが、盲信している人も多い。職位は必ずしも適正ではない。一々腹を立てていたら身がもたない。 ・人の品格というのは、簡単でもない。威張る人に何故威張るのか訊いてみたいが、それも本当のことは言わないだろう。自分でもわからないでいるかも知れない。30年以上普通の社会人をしたので、色んな経験もした。偶々同じ職場になっただけだが、卑屈な人もいれば、自惚れ屋もいたし、何故そうなのか解らない人もいた。まるでエゴイストを地で行くような人物もいたが、今まで生き延びているのか知らない。 ・へ2・・・社会的弱者を守らない社会は結局衰退してしまう。一日数千のレベルで細胞は傷付きアポトーシスをしているが、自死も生き延びるために必要なのだ。他人に親切にすることは結局自分も他人から親切にされることに繋がっている。心の卑屈さは、行動の卑屈さになる。品格の無さは心から来る。豊かな心が他人を温かく迎え入れるに違いない。それが結局自分の生命を守ることにもなるのだろう。ヤジを飛ばす首相の品格とはその社会的ステータスに相応しいのだろうか。
2022.08.27
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<作品>「夢十夜」、「文鳥」・11回目の講座。あと8回。・鈴木三重吉「鳥」「文鳥」の抜粋のリーフレット。・明治39、40,41年メモ。Dream に構想メモ。・手拭いが蛇になる。「第4夜」。・「漱石先生の暗示」タイトルの本が出版された。・「永日小品」と「夢十夜」、 「夢十夜」が理解できないと「永日小品」は分からない。・蛇はこころのこと。泥棒三態。「こころ」に繋がっている。「カネとこころ」の関係。・猜疑心の強い男。・・・「こころ」の先生。・漱石は、マルクスを知っている。労働価値の考え方が違う。・カネで平等にはならないと漱石は考える。肉体労働と精神労働を色分けしている。漱石には差別観がある。 「文鳥」・鈴木三重吉・・・「鳥」「文鳥」を読んでいる。漱石の教え子。・この作品は、女の話。・「昔し美しい女を知っていた」。・・・「文鳥」のこと。・文鳥の死と女の死、がだぶっている。・明治41.6.2 「日根野れん」が死んでいる。漱石は同居したことがある。・お茶の水高女出身。漱石の好きだった女性だという説がある。・文鳥・・・「れん」のこと。面影がある・・・「永日小品」「こころ」「草枕」・女とのエピソードを文中にいつまでも引っ張っている。・「永日小品」「こころ」にもつながっている。・「文鳥」の死。・・・女の死を予感させる。 青梅や 空しき籠に 雨の糸・6月20日。・「道草」 お縫・・・日根野れんのこと。漱石の想い女性か?・結婚して不幸になっていく女。 自分の世界と文鳥の世界の間にある障子のような存在。障子で隔てられている。仕切りがあることを襖・障子という表現でしている。・漱石の作品大胆に踏み込んで読まないと分からない。・「文鳥」はある女のことを描いた作品である。 「夢十夜」・1夜.2夜,3夜,4夜,5夜・10夜,9夜,8夜,7夜,6夜・2分割して、話が対になって描かれている。・5-6、7-4、8-3、9-2、 10-1 が「遊び」の要素がある。・漱石流のジョーク。・「1夜」疑うから・・・百合が出てきた。 欺かれたから。・百年待てなかった男。疑ったから夢はかなえられない。・星が霊、百合が肉。・「1夜」「10夜」セックス・ドリーム。漱石にも関心があった。夢である必要がある。・違う世界にする必要があった。・「10夜」豚になめられる男。・「9夜」「2夜」・・・対になっている。・お百度・・・裏切られて夫に対する恨みを晴らすためにお百度を踏んでいるという解釈もできる。他力本願。・自分ではどうにもならない。・「3夜」の内の鏡と「8夜」外の鏡。の世界。対になっている。・鏡の中の動くものは卑しい。・水鏡。自分の心を見ようとしない。・金魚売の存在。・「7夜」「4夜」海と川の対。・似たような話を「対」にしている。・「5夜」・シ・ラー「人質」 「走れメロス」・あまのじゃく・男が疑う。・「3夜」「文弥殺し」・ハーン「日本海に沿って」・7月下旬~怪談の季節。・「永日小品」・人間にはどうすることもできないこと。・「夢十夜」違う視点。どうすることもできない相手。人間。運命。魔的なもの。総体的に書いている。
2022.08.26
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和白干潟のクロツラヘラサギ。リタイアする前に、自分の余生についてあまり考えたことはなかった。そういえば、子供のころからかもしれない。それほど他に優れたところもなかったこともあるが、大学進学も、工業高校だったこともあるが、就職して横浜で働くまで考えたことはなかったのではないだろうが、無関心だったのだろう。環境が変わってから、初めてこれではだめだと確信したのだろう。それで親をはじめ多くの人たちに迷惑をかけたかもしれない。変な奴だと思われたのだろう。 ・そうしたければ、もっと早く始めればよかったのだ。テストで、あまり準備をしなかったし、成績も兄弟もいなかったのでやり方もわからなかったのだろう。田舎で、競争相手も少なかったし、担任の先生たちも予科練くずれがいたりで、教師の能力も高くはなかったのかもしれない。それだけ放任されていたかもしれない。会社で、入社の感想文を書かされて、「私は、ただ目の前の社会の窓が開いたので、寝ぼけ眼で出てきただけだ」と書いたら、人事部の人から、いろいろ聞かれたが、夜間大学に行くように勧められた。働きながら勉強している人は大勢いるとのことだった。 ・へ2・・・3か月ほど、寮生活をして、好き嫌いの多かった食事がなんでも食べるようになったとか、多くのことをそこで学んだ気がする。要するにリセットさせられたのだ。銀座で始めて、レストランでカレーしか注文できなかったが、ライスカレーではなく、カレーライスというのだと知ったし、ルーが、ご飯と別に出てきたので驚いたのもある。品川のプリンスホテルで、新入社員の歓迎会があったが、水洗トイレだったのもショックだった。あれもこれも自由で平和だったからできたのだろう。憲法25条 すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上に及び増進に努めなければならない。プログラム規定にすることなく、実行すべきである。
2022.08.26
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一つのことが上手く行っても、それよりも大事なことが上手く行かなければ、元も子もないことがある。「手術は成功したが、患者は死んだ」では意味が無い。得てしてそんなことが世の中には多いものだ。栄誉を得るために、自分の命さえ投げ出す事をした。それは尊いとされた。靖国に祀られることが英雄とされた時代がある。軍部の増長はそうして肥大化もした。 ・余りにも私たちの目標は高すぎるのだろう。抑えても、抑えても欲望は強まっていく。際限のない欲望だ。自分の過大な欲望のために破滅した人は数知れない。一部のことを視て全体を視ない。つい視野が狭くなってしまう。上を向いてばかりで歩いていると脳は真っ白になってしまう。物を考えられなくなる。ヒトの脳は蒼穹ばかり見て居れないようにできている。 ・へ2・・・よく観察すべきで、早とちりの人生になりかねない。カネを稼いでも遣い途の無いのでは意味が無い。利他的行動が、相手を救うとは限らないだろう。一つのことを上手くやろうとして、他のことがおろそかになる。自分だけが幸福になろうとして周囲を顧みない人は多いのだ。本当は何がしたいのか解らないで、突っ走っても行く先が崖の上では、余りにも悲しい。
2022.08.25
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平易にいえば、小さく分析して行けば真実はあるだろうか。そしてそれが積み重なって世界はできているのだろうか。重大な問題や物事を小さく見ようとしているように見えてならない。それでは、この地形も人間社会も変えることはできないだろう。人間は、生命の誕生を知ろうとしているが、おそらく解明まではまだ相当時間がかかるだろうし、宇宙への旅立ちも、この重力を容易に撥ね退けるだけの科学も持ってはいない。私たちは、明るく気楽に生きようとするが、現実は、多くの矛盾がある。現代の日本人は、客観的に見て、日本社会がどれだけ公平で文化的であるか疑問を持ってもいるだろう。イギリスのシンクタンクの調査によれば、そういう日本でさえ世界レベルからみれば過剰に資源を消費をしているという。そして、世界が日本並みに消費すれば、地球が2.5個必要だ。マスコミの報道も、事実の矮小化がみられるし、政治も同じだ。物事をズタズタに分断し、世界レベルで解釈しようとはしない。この社会変化を如何に適正に概念化するのかが問題だ。そして、世界で惹起している難しい社会的現象を同じテーブルで議論すべきであり、一部の者たちの支配に委ねるべきではない。 自己中心的な国家が、世界の覇権を持つべきではない。自殺拡大の思想が、世界を崩壊させるかもしれない。世界は一つであり、共存こそが生き残るために必然でもある。戦争を止めるべきであり、武器よさらばである。
2022.08.25
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4回目のワクチン接種の通知が来たので、早速予約をして出かけてきたが、少し安心した。自分が死んだと思いこむ現象さえ心理学では珍しくない。飲酒運転の警官のひき逃げやさまざまな不可解な言動も、恐らく日頃の勤務態度とは違うのではないだろうか。自分の起こしてしまった行動を否定したいという心が引き起こしているのではないだろうか。それには泥酔状態が人格を喪失させてもいたのだろうが、少なくとも初めての飲酒ではあるまい。酒と脳の関係もある。酒は麻薬と認定されていないだけではないか。勿論麻薬ではないが、習慣性をもっていることはある。 ・酒の効用だけが強調されてもきた。未だに酒が大半の人に飲まれてもいる。禁酒にでもなったら、恐らくアメリカの禁酒法時代とはいかなくても大変な事態になるだろう。然し、必要悪なのだろうか。限度を守ることができれば問題ないということでもない。酒で人生を狂わせ、家庭崩壊と、犯罪と多くの悲惨な事件も生んでいるのも事実だ。脳の一番暗い場所さえ解明されてはいない。人間の「無知」が引き起こしている不幸は計り知れない。 ・へ2・・・社会で起きている出来事をどこまで知っているだろうか。知らされているほんの一部の氷山の一角しか視ていないのだろう。ボロボロと核心は外されて報道されているに違いない。そのことに送り手も気付いていないかも知れない。悲惨な出来事が終わらないのはすべての処理が中途半端だからでもある。文学の講座で、ドッペルゲンガーのことを思い出した。もう一人の自分がいる。心理学には、エイリアン・ハンドもある。多くの想像が頭を掠めた。
2022.08.25
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NHK九州沖縄スペシャル「博多港・引き揚げはこうしておこなわれた」というのがあった。引揚げ時に女性が暴虐な暴行を受けて、九大の医師が、超法規的な措置で1000名もの堕胎手術をしたという。終戦後に両親と乳飲み子の私も米軍の艦船で帰国した。600万人もの日本人が国をはなれて踊らされ、その半数が死んで行ったという事実をどう受け止めればよいだろうか。大きな犯罪に対して、国民はなんと寛容であることか。これだけの人びとを塗炭の苦しみに陥れながら、誰が責任を本当に取ったのであろうか。占領軍に罪を問われたものたちばかりが戦争犯罪人ではない。それを支えた戦争推進者たちは、どんな報いを受けたであろうか。余りに悲惨な出来事ゆえに忘却の彼方に消し去ってしまいたい気持ちもあろうが、まだ中国や韓国のひとびとの怨念がある。戦争の惨禍を忘れてはならない。横浜みなとみらいの「日本丸」をよく見に行ったが、引き揚げ船であったという話を聴いた。痕跡はひとのこころに残っている。
2022.08.25
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国家の利害が対立して戦争にもなるが、それは回避できない問題でもない。回避するかしないかだ。日本には中国人も韓国人もかなり滞在している。戦争となれば大混乱だろう。一変する暮らしがある。然し、戦争にならないとは限らない。だから平和憲法だった筈だが、いまだに論理を尽くす努力をしない。行ってそうではないという人が必要なのだろう。知識人はいつも臆病だ。しなければならない人がしない。誰が悪いというのではない。戦争はしないと初めから云えば好い。 ・また国境線でもめている。誰のものでもない地球の問題を忘れている。この世に正義はないのだろうか。その時々で変わってしまう。 ・へ2・・・それこそくるくる変わる世情がある。嘘があり、事実もあるのだろう。それがすぐには明らかにされない。いつも遅れて明らかになる。混乱するから・・・といわれるが、自分たちの立場のためではないか。国民は中々利口にならない。それはそうさせないからでしかない。
2022.08.25
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カワセミ。・何が美しく見えるかは簡単ではない。人間の意識は単純ではないことを示している。隣国の韓国でも中国でもないものが、やはりあるのだろう。中国を旅行して水を飲むことができなかった。飲んだら腹痛を起こすだろうとあったからだ。勿論それは中国だけではない。他国も同じだ。日本人が日ごろ飲んでいるものと成分が違うものがあるからだ。 ・へ2・・・ひとがそこの土地の水に適応しているからでもある。だから日本国内でも水が変わるといわれる。旅立つときには水に・・・と言われた。元気な若者の、老人ではまた違うらしい。環境に適応できるレセプターや柔軟性が違うのだろう。 ・富士山をみて美しいと思うのが誰でも同じかというとそうではない。何とも思わない人たちがいるということだ。仏像をみれば手を合わせる日本人は多いだろうが、西欧人から見れば単なる美術品でしかない。或いはその以下でものでしかないかもしれない。異教徒の仏像でしかない。 ・へ2・・・白川水源郷の水辺で何とも言えない水の風景であるが、少なくとも私には癒しの場だが、外国人にはそうは見えないかもしれない。湧水が流れているだけの風景でしかないかもしれない。どちらが正しい訳でもない。そう見えてしまうということだ。もしかしたら、西欧人のこどもで近くにボールでもあれば投げ入れて遊ぶかもしれない。それを責めることができるだろうか。朝青竜も同じではないだろうか。文化の違いがあるのだろう。日本人の文化を侮辱しているわけではない。
2022.08.25
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志賀島より。サイエンスとは、何だろうか。般若心経は、なぜ、不生不滅等というのだろう。決定論的に言われることは多い。高千穂で聴いた神話や、天孫降臨にしても、なぜ現実とフィクションを操ろうとするのか。仕組まれた社会が、どうもサイエンスとは違う。 ・生物の種の違いによる生命の最大寿命の違いはどこから来るのだろう。ガラパゴスゾウガメが170年で、ヒトは、これまで確認された最大寿命は122年である。猫や犬などは、自分たちがどれだけ生きるかさえ知らないでいる。偉大な学者たちでさえ、自分の寿命さえ知らないで平気で暮らしている。ほんの一部のサイエンスを知っていたとしても、目の前の死に抗うことさえできない。 ・へ2・・・ああだ、こうだというだけで、音声ループのように直ぐに忘れている。自分にいま大事なものは何ですか?何を優先すべきですか。死んでしまってからでは遅い。巧妙に仕組まれた細胞には死があるように、社会にも狡猾な人間たちの罠がある。何故それを安易に信用するのだろうか。現実と虚偽を操る人間の企みを見破らねばならない。
2022.08.25
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「何が違う、どう違う」・男と女の恋の中枢。恋はながつづきしない。離婚は4年がピーク。・3年間しか、ふつうの恋は持たない。多様化のため。4年目に別の恋をするように仕組まれている。・理由は、子孫をのこすため。・7;10 の腰のくびれ。子供を産むのに適応。・ドーパミンの存在。・脳の巨大化の理由。・女は、記憶を頼りに男を選ぶ。・夫婦で子育て・・すべての哺乳類 3%しかいない。・すれ違い・・・男女。会話のすれ違い。どうしておきるか。・脳の同じところが変化する。ドーパミンが出る。・心拍数男「大」・・・100を超えると攻撃的になる。攻撃の時、話を止める85%。・女性は少ない。・男・・・感情を読み取れない。(相手の気持ちを)。・女・・・相手をそれほど努力しなくても相手がどう思っているかが解る。・会話・コミュニケーション・・男女の能力の差がある。・解決方法・・・男が女に質問をすることで。・社会・夫婦の関係次第。・キーワード;「あなたの夢は何ですか?」。「成し遂げたいことは何ですか?」・相手のゴールを聴くこと。・男女・・・子孫を残す。から・・・パートナシップへ変化している。特徴・女・・・調和する能力が男より優れている。
2022.08.24
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Clive Rromhall著"The Eternal Child" 「幼児化するヒト」で、「幼形成熟」が出ている。ペドモルフォシス(幼形進化)の一部で、「動物が体の発達の遅滞によって幼形を保ったまま成体になって性的成熟に達する現象」とされる。ことにモンゴロイドは、その要素が強いと言う。霊長類の幼少期の特徴をとても多く備えており、オトナになっても保持しているという。ヒトは、毛のない皮膚と幼児的な性質の状態で生きる戦略を構築しているだろうか。それは成功だったのか。私たちのもつ遊び好きな資質は、幼形成熟に基づくものであろうか。進化の過程で幼児化するというミラクルを遣ってのけた生物なのであろうか。思えば、ダーウィン・モーツァルト・アインシュタインにしたところが如実のその特徴をもっているだろう。今日のヒトの体の特質は、あらゆる面で捕食者には狙われやすいであろう。にも拘らず何故生き残れたのか?人間の幼児化の歴史と進化との係わりは、興味深い。然しこの極端な幼児化のシナリオには、指摘のように子供をもとうとする衝動が消滅して行くであろうという最大の課題があるだろう。幼児タイプの典型は、何にでも興味をもつことだろう。そして、いつまでも遊んでいたいのだ。気紛れで新しい物好きで、しかも反抗的でもある。
2022.08.24
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ある択一式のテストで、5問が出たが、正解なしも含まれていた。つまりかなり確信がなければ勘だけでは通用しない。通常のドラマでは、善悪があり、善人と悪人の区別があるし、勧善懲悪的なストーリーになる。最近は、ひねくれているものが増えている。善人だけとか、悪人ばかりもある。目立つものが好まれているからだろう。しかし、人間が、他の動物にはならない。もちろん奇怪なものがあるだけだ。 ・常識があるからだろう。最近の国際情勢を見ると、欧米の首脳と、プーチン大統領や、習近平主席など、資本主義と共産主義のイデオロギーの対立が、激化してきた。日本の存在は、その中で揺れ動いてもいる。そうならざるを得ないからだ。政府は、核の傘で安全だといいたいらしいが、それは希望的観測でしかない。いざとなれば、以前もあったように頭越し外交もされるに違いない。具合が悪くなれば、米軍の駐留も撤退するだろう。最後まで、日本を守るつもりはない。 ・へ2・・・惨めな思いは、何度経験しても気持ちのいいものではない。信頼してもいざとなれば、他人には冷たく、身内には甘いのが常でもある。そして、裏切られる時もある。愛国心だといっても、いざとなれば家族であり、自分の命でもある。だからこそ核兵器を他国より多く持ちたいのだろう。他人を信じていないからだ。核を作り続けていたロシアが、経済や文化では二流国でしかない。彼らのやってきたことは正しいのだろうか。
2022.08.24
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「幸 福」 ・「高瀬舟」。「足る」を知る男。条理が立ち過ぎる。鴎外のエリア。・中島敦と鴎外の関係、何がどう違うか。中島「狐憑き」と「高瀬舟」。・安楽死・幇助。・小説の中の一行が問題。重要な一行がある。それが何か注意して見る癖をつければ見える。・鴎外のタッチと中島の文章との違い。「鶏」・・・共通点はユーモア。・鴎外は、漱石から学んでいる「滑稽」を、「吾輩は猫である」。・「かめれおん日記」参照。・中島は、芥川にも学んでいる。・清張「ある小倉日記」に鴎外が出てくる。・鴎外の「鶏」は、中国への差別意識がある。漱石も同じ。・作家が他の作品から自分のものにする。自分なりに消化する技術がポイント。・スティーブンスン「南島の話」がある。・・・漱石の「坊ちゃん」の下敷きに繋がっている。坊ちゃんには松山は、南の島。発想を盗んでいる。・夢と現実の逆転。・パスカル「パンセ」の「幸福論」。キーワードは、「気晴らし」。・徒然なるままに。兼好。宗教性。アンニュイが重要。・ぼんやり、倦怠感。アンニュイは何かを生む。人間は空白のままではいられない。・「石化」する。石のようになる。漱石。・のんびりと暮すこと。幸せに暮らしなさいの意味。・モンテニューとパスカル。・小説は真面目に教えるものではない。・徒然なる。徒然草。・享楽主義者・耽美派。井伏鱒二。・傲慢と怠惰。・李徴。・パスカルの文章。「パンセ」を読み直せ。・中島の幸福はこれとは違う。・昔男ありけり。旧い文体。・真面目というより、余裕を以って書いている。・中島は喘息の病気を抱えている。足るを知る男。・「幸福」は、暢気な小説のように視えて中島のキー・ワードがすべて出てくる。・足るを知る男(高瀬舟)。何か不安で仕方がない(李徴)。・中国の話に良くある。夢の中で。夢と現実。・宗教心。仏教。・「高瀬舟」のトーン。身分がひっくり返る。長老と下僕の立場がひっくり返る。「幸福」は、鴎外の高瀬舟。・中島の鴎外の漢文の素質に共鳴している。・足るを知る。気付かせないように書く。・幸福・・・鴎外は言わない。諦念。・中島的なことばとして、「幸福」。見方でひっくり返る。・下僕は幸福な男。・「名人伝」幸福を張り合わせてみる。
2022.08.24
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もし100年間懸命に研鑽したとしてもどれだけものを知ったといえるだろうか。人間関係も解らないことばかり。生きているのが厭になるくらいしらないことばかりだ。これは無智でしかない。自分がどれだけのものを所有していると言えるだろうか。この世界の一滴でもない。これは無得でしかない。無智亦無得。大きな目から視ればそれはいえる。 ・他人事ではなく、長年連れ添った妻から濡れ落ち葉シンドロームのように棄てられるかもしれない。光源氏も、老いて惨めな思いをしただろう。あっという間もない。惨めな気持ちを知っていようといまいと、ヒトの価値は変わらないが、理解しなければならない自分の存在はあるのだろう。 ・へ2・・・自分のみているものが真実かどうか。普遍的であるか、科学的であるか。その視野の広さで、洞察力の深さもある。時代の深度もある。21世紀も22年8か月過ぎたが、私たちは変わらない。変わろうとしていないからだ。今生きているだけ、以記をしているだけで、精一杯なのだろうか。
2022.08.24
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人生は、経済だけに左右されるのではない、大金を手にすることしか考えない精緻な頭脳なのではない。人間は、もっと別の妙味のためにあるだろう。この社会の現状の追い詰められた人間の不安や苦難はどこから来ているのだろうか。おそらく世界で起こっていることは、鎖のように繋がる病根があるはずだ。歴史の実情が整合しないのは、させない勢力が強いからだろう。然し、それでもいつか将来の希望を持つことができる。それは、歪めているものを見出し、ただ今までのように現実にサーチライトをあててみるのではなく、太陽光のような「やわらかな光をあて」視ることなのだ。自然光でみることによって、影になっている部分を確り見分けられる筈だ。何よりも雄弁なのは、客観的事実だろう。世界で起きている赤裸々な現実を直視して、逃げないことだ。問題の所在を見極めて、冷静に判断していけば、人間の頭脳は必ず解決策を見出す合理性と精緻さは兼ね備えている。
2022.08.24
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