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サクサククッキー大成功日差しが明るくなってきた。それだけで体調に影響がでる弟。私の不調の心配もあって今頃どどっと疲れがでてきたようだ。突然フリーズしてバッタンと倒れる。春になるのはみんなうれしいけれど、そわそわぱたぱたバッタン、とまた心配な季節がやってきた。月に一度のカウンセリングデイ、ボランティアさんと楽しく活動するのを私は耳で見守っている。昨日は一足はやくホワイトデイのお菓子つくり。マシュマロをバターと溶かして、コーンフレークを絡めてできあがり!のサクサククッキーだ。作業の声と一緒にいい香りが立ち込める。お菓子つくりはホントに楽しい。疲れていても楽しいことには全力参加。完成のとたんにバタンキューだったけれど、それでも自分で参加する楽しみは最大のエネルギーになるのだろう。そのきもちは私もわかるけれど、それだけに突き進む切迫感に振り回されてみんなくたびれてしまう。そんなまじめさと一生懸命さにどうやったらゆとりや安心感を増やせるのだろうと思うのだが、何もしないで見守る私も疲れるのだから、追いかけて支援する人は本当に大変だ。みんなのタイミングはなかなか合わないのだけれど、かわりばんこに休み休み。こんな感じでやってくる春をみんなで乗り越えたい。サクサクカリカリみんなで食べる音も春~でした(^_-)-☆ マシュマロで作るサクサククッキー材料 マシュマロ40グラムくらい一袋 コーンフレーク大きい袋の半分 バター20グラムフライパンにバターを溶かし、マシュマロを加えて溶かし、フレークをあえて、広げて冷ます。教えてくれたとしこさん ありがとう(^^♪ 私も聞いていて楽しかったです
2016.02.28
びっくりした====!1週間ぶりにめでたく復活して出かけた通所施設。みんなに会って楽しく活動した。やっぱりいいね~(≧▽≦)さあ、帰り・・・・3時の爆破予告に対応して、仙台市の施設は安全点検するなどしたそうだ。少し周囲があわただしかった。バクハ、バクハ、と考えていたらどんどん緊張してきて、帰りの送迎車で少しはいてしまいました。心配かけてすいません。(-_-;)普通のくらしや、普通の町でも思わぬ事故や事件が次々と起きる。命を落とす人も。自分に降りかかるといのちはとたんに重くなる。毎日の生活を最新の注意で送り、やっと外出できて喜んだ同じ日に、人を驚かせて楽しむ人がいるなんて。夕方のニュースでまたちょっと思いだして緊張した。言葉の先に沢山の人がいることを改めて思います。せめて自分の言葉は大切に使いたい。
2016.02.24

なんにもない日 なんにもない日 ぽっかりと 青空に浮かんだまあるい雲が すとんと そこに たたずむように なんにもしない 風もなく ただじっとしていると ぽんと 花びらが開く 音がする ずっと遠くの 森の木立の 足もとに 初めて咲いた クリスマスローズ それを合図に 生活のいろいろな音が 動きだす なんにもしない なんにもない日 おかげさまでインフルエンザはよくなった。熱は下がってもまだ自宅でおとなしくしているので、一斉に動きだす月曜なのになんだか不思議な時間が流れている。体調がよくて予定がないのは案外久しぶりで、いつ以来か思いだせない。大抵、安静を頑張るときは体調が悪いし、入院すれば日常ではない環境で人の出入りもある。日常生活では時間刻みで支援の人が訪問してくれるので、なにもない、というのがちょっと手持無沙汰。特に痛いところもなく、ただ、休みなさいというのは、健康な人にとっては退屈で仕方のないことのように聞くが、何もしないでたった一人でいることが困難な私には、案外贅沢な時間かも知れない。私には、といったのは、一人で全部介護を引き受ける母は普段より過酷になるということで、私の不調を知ると弟も心配と不安で精神的に不安になる。そちらのケアも増えるので、私のベッド以外はあわただしい。皮膚が粟立つ、というのを初めて聞いた。ストレス満載の母がここ数日苦労している。ヘルパーさんに助けられて回るケアもだいぶ縮小した。今は最低限の範疇で私も協力している。多少の不快は我慢している。元気に日常が回るのは嬉しいことだが、その日常が細部まで多くの人に分担されて成り立っている。生物の連さののように家族も社会もみゃくみゃくとつながっている。そのバランスを維持するのは実はすごいことだ。何かがああると、日頃の仕事に対するスタンスや誠意、熱意、姿勢がよく見える。そんなことを考えられるくらい今回はプレゼントのように与えられた休暇なのかもしれない。普通でいると見えなくなり、忘れてしまうことが浮かび上がる。大抵の人はそれぞれの立ち位置で精いっぱいの日常を送っている。自分の窓からしか眺めていなかった景色が少し遠くまで見えた。クリスマスローズの花言葉はいたわり。今朝咲いた一輪は、次は母の窓からよく見えるように開いたのだろう。
2016.02.22

タミフル効果ばっちり、翌日すっかり平熱。元気です。(^_-)-☆っていうか、だんだんヒマ。一日ラジオを聞きながら過ごしています。けっこう面白い。
2016.02.19

昨日からインフルエンザです。あれあれ?という間に、受診、検査して、タミフルもろもろのフルコースを始めました。ひょっとしたらインフルエンザは初めて?と家族がいうのだけれど、自分でもよくわかりません。でもやっぱりショック。びっくりぽんだ。それでも、とりあえず自宅にもどれて熱もまあまあで一晩眠れたので、少しうれしい。インフルエンザの鼻検査は痛いね~(≧▽≦)マーゲンチューブを思いだした!夕方の受診だったのに先生も、薬局さんも待っていれくてれ、1時間半後には薬を飲めていた、ってすごいことだと思う。本当にありがたかったです。しかも薬局は営業時間すぎていたのに!!みんあで待っていてくれたと聞いて涙が出ました。自宅は即隔離室になった。私の方はいつものとおりだが、弟や家族はものものしくケアしてくれています。いちいち消毒がめんどくさいとぼやく声が・・・。弟は離れた部屋に素敵なテレビ室を作ってもらって楽しそうだ。発症前に一緒に活動した人にうつしていなければいいなあ・・・。と思いつつ、ヘルパーさんのケアも全てキャンセルになったので、1週間はなんとか過ごしたいと思います。色々なことがキャンセルになってしまったけれど、元気が一番。さっそく届いたお見舞いメールの花束が!こういうのはとっても嬉しいです!!ありがとううううう(^_^)/~
2016.02.18

行事にうるさい弟が気にしていたバレンタイン月間終了~。誰誰からもらいたい、だれだれください、と手紙まで書いての1か月。大満足のハッピーな時間だったようだ。もらう、買う、と、手に入れることへのこだわりは彼の小さい時からの特徴だが、どうやら所有への安心感は、見えなくなることの不安への裏返しのようでもある。小さい時は、手に何かふわふわしたものを持っていないと不安で、常にオシリふきをもっていた。もっているからおもちゃで遊べなくて、おいては持ち、もってはおいていたのだった。小さい子が安心毛布を手放せないのはよく聞く話だけれど、弟は安心をためる脳の働きに弱点があるのでいつまでたっても不安なのである。安心グッズは、少しずつ変化して、今は誰もが知っているスヌーピーだ。もっている、もらう、買うという行動がその気持ちの表現なのだとわかってみると、周りも納得できるし、私たちが思うようなチョコレートの意味付けとは違う意味が彼にはあることもわかってくる。だんだん年齢が上がって、単にチョコレートをやりとりすることだけではなく、応援の気持ちや感謝の心がこめられていることを理解して楽しむ様子もみると大人になったなあとほほえましい。施設では行事の中で、私もフォンダンショコラを作った。溶かしたチョコレートに溶かしバターを少しずついれて混ぜる仕事の間、いい香りが!私にとっては生活を楽しむお祭りである。結局、やっぱり誰もが、自分を思ってくれた何かをもらうことは、実にうれしいことなのであるね!!私イメージでいただいた友チョコもとってもうれしい。たくさんあるチョコレートをおじいちゃんにも配達してよろこばれていた。そうなのだ。自分のために高級チョコを買うおじさんもいるそうだから、とにもかくにも生活が楽しく元気になればそれがハッピーバレンタインですね。
2016.02.16
春を始めよう 凍った雪に反射する鋭く尖った朝の光が もう今朝は柔らかく透ける雪解けのしずく 歌う雨だれ 屋根から滑る雪のシンバル もう春だ 目を閉じできりりと顔に受けた冷気が もう今朝は新芽の呼吸を含んだ香り 足元で一ミリ チューリップが土をよける音がした もう春だ 外から入ると一目散に握る冷えた母の手 もう今朝は短い握手 私から 手渡す体温もあとわずか もう春だ さあ私の春も始めよう
2016.02.12
卒業箱 春に誕生日が来る弟は 豆まきをして 雛人形を出すと 足取りも軽くなる 玄関の横に箱をひとつ 大好きだった色々な物を 入れては出し 考えてまた入れる 今よりひとつ大人になりたくて 今よりひとつ新しい世界を知りたくて 今よりひとつ自由になりたくて 卒業箱の中にいる もう一人の自分と 納得するまで話しあい 行ったり来たり 来たり行ったり
2016.02.08

年に一度の支援者会議に出かけた。発達相談センターを会場に、通所施設2か所、ヘルパー事業所2か所、発達相談センターPTさん、看護師さん、訪問看護ステーション、総勢11名オールスッタフ勢ぞろいだった。私は午前中施設で活動してから、支援員さんと看護師さんに同行してもらって会場で集合した。みんながよく知っている人で、それぞれが同じように本人のことを把握し、小さい変化も経緯も共有していただいている皆さんである。さくっ、と簡単にできあがった会議ではない。こうなるまでに、時間をかけて、私も参加させてもらうようになり、意見をい聞いていただけるようになっての会議です。会議の参加にあたって、母がIT支援の遠くが見えるカメラを持参してくれた。弱視の私は、耳はよいが、遠くは見えない。視覚障害の人にするように、計画相談の相談員さんはいつも、会議のテーブルに座っている人の位置をあらかじめ教えてくれる。こんな心配りがすっとできる。私の状況をわかっていただいている、という大きな安心に囲まれる会議だ。さらに、カメラは最も最近の視覚支援の新兵器。見守りカメラをアイパットにランで飛ばして、私の目もとで遠くが見えるように考えていただいた優れもの。初めての外での実用!DBPOWER強い味方聴覚である程度の周辺情報を理解しても、視覚情報で周囲がわかると格別に不安が減るのです。普通は8割が視覚情報で生活しているというのと同じ。弱視の私もぼんやりながら視覚の世界はよりどころとして安心が大きい。会議では私のために、拡大して、ひらがな表記にした資料を用意していただいて感動した。初めてのときは、恐る恐る会議の場所に同席して、聞くだけでも緊張したものだが、今では要所要所で本人の意見を聞いてもらえるので、自分のこととして責任もって考えるようになった。今回の課題は体重増かに伴う介護負担、特に入浴のこれから。家族が重い重いと普段ぼやくのは聞き流せても、会議で話題定期されてみると、本当にみなさんにお世話をおかけするようになってきたなあ、と改めて考えた。申し訳ない気持ちと、それもで入浴は大好きな大切な時間、という二つがちょっとシーソーのように振れたが、自分の言葉で何とか入れるように考えてもらえるようにがんばって発言した。自分のことを客観的な場所で改めで考えると、問題点も整理されるものだった。ほかにどんな方法があるのか、誰がどこを受けもって、どうやって力を合わせるか、そんなことを一同に集まった専門家が話しあってくれている安心の中にいると、まだ解決されない問題も落ち着いて待つことができるかもと思う。カメラで視覚的にみえるようになると、自分の状況もよく見えるようになった。長い介護生活のどんなステージにいるのかも見えるようになった。ニーズはわがままと遠慮したりあきらめたりして堂々巡りしていた時間はもったいなかったとも思う。想像力のある支援者チームが何を見て、何を感じて、何を共有するかがケアの質を持ちあげてくれるのだから、それに見合うケアを受ける者の願いもしっかりもっていこうと思った次第でした。甘えてばかりはいられない。というわけで、今後の入浴ケアは宿題になった。私もどんな方法があるのか調べて考えてみたい。かえり道は久しぶりに母の運転で2人の帰宅だった。こうして二人で走るのはあとどれくらいかな、と思った。みんなが元気でいてほしい。
2016.02.04
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