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弟のアート作品 日常の新聞紙で包まれてしまったからだ閉じ込められているようでも文字の隙間から心は自由に逃げていく。。。。折りたたまれる日常 何の気なしに 繰り返される 日常に隠された 見えない今日 気配を感じる 沈黙の時間に 身体を溶かして 漂う粒子になってみる そちらから見える今日は 何色で どんな形が 景色なのか 節目のおわり おわりは始まり
2017.03.31

講談社文庫 アートの先生にオノ・ヨーコの本「グレープフルーツ・ジュース」をいただいた。日常にふっと一筆書くような、何ともすっとした言葉と、コラボした写真がマッチする不思議。詩も写真もページの余白にずんずん世界が折りたたまれて、今見ているページの今日は、それらのたまたまの1ページに思えてきた。ジョンレノンのイマジンを3度聞いて、そのまま、石の呼吸がきこえる感じになっていった。習慣的な日常だけではつまらない、と書いてあった。なんだかとてもしっくりとわかる。毎日見ている景色は一つの世界で、やっぱりその絵の後ろには見えないページが折りたたまれている。1年が365日で、明日で今年も節目になるが、365×よくわからないくらいたくさんのページがたたまれている一日ずつ。見える世界は一つのようで、感じることも一つのようだが、別のところから別の自分が今を見ていると想像するだけで面白い。イマジンのほ、ほ~ほおおお~♪が何度もページの間を行き来する今年度もあと1日。
2017.03.30
春は異動の季節。いろいろお世話になった大好きな人々とのお別れのときが近づいています。考えただけでも悲しくなって、テンション下がり下がり、とうとう風邪をひいてしまいました。ダブルで悲しい・・・今日はケアもキャンセルして静かに悲しんで過ごすことにする。十分悲しんで、そのあと復活する予定です。今日の雪はホント冷たいなあ。。。。
2017.03.27

青春の喜び ひとつ歳をとり ひとつ大人に近づいた 大人だからしっかり 大人だから落ち着いて そんな大人からのことばはムシムシ いつから大人なんて気にしない いつまでも子供だって 柔らかい心でいるのがいいところ クロッカスが開くと たんじょうび いつまでだって青春を楽しめる すてきなすてきな たんじょうび 弟が24歳になった。にじゅよんさい、はすてきな響きだ。23さも25でない。一番うきうきする二十代。18歳、震災の年に社会人になった弟は、施設に慣れるのにもすごく頑張っていた。環境の変化の中で成人を迎え、ことばで「おとな」を覚えながら、本当に大人になることを毎日少しずつ勉強していた。一つ一つの行動や、考え方を体験しながら、自分の体調や気持ちに向き合いながら、自分の世界を広げている。障害や病気のハンディは周りから見るよりも大変だと思う。肢体不自由の私とは全く種類の異なる困難さは、社会人になったからこそ見えてくるものも実に多い。地域で生活することは楽しくて素敵なことではあるが、限定して守られていない分、そこはかとなくあいまいでつかみどころのない暗黙のルールの中で自分を適切にコントロールしていかなければならない。私は障害が重い分限定や制約の多さの中で不自由も感じるが「守られ度」が高い分、つかみどころのなさを解決するチャンスにも恵まれていると思う。弟の24歳に両親はもっとしっかり、の願いがプンプンするメッセージを送ったが、まあ、親の願いとしては理解できるけど、こどもにしたらちっともうれしくない。私はとにかく楽しく、笑顔がたくさん見たい。弟の笑顔は、ほんと、周りも幸せになっちゃうのだ。誕生日おめでとう。また1年一緒にくらそう。
2017.03.25
春が進み、弟の体調が変動している。上がったり、さがったり、動きすぎたり、止まりすぎたり。もう3週間絶え間ない。障害の特徴とのお付き合いだが、お付き合いする方も大変だ。特に家族は実に、とっても、くたびれる。あらゆる刺激に過敏になってくる時期。春の光の明るさ、暖かくなる気温、乾燥、気圧、もろもろにいちいち反応している。本人が一番つらいのだから、環境を調整するのがいいのだが。それにしても微細過ぎて、いちいち、いちいち疲れる。春の光に暗幕。気温に衣服。乾燥のかゆみに繊維の素材。気圧には、、、、!もはや宇宙にお願いしたいところだ。気圧安定のカプセルに入っているわけにもいかない。3連休、私は緊張で表現して耐えに耐えていた。父は仕事。ついに母も噴火した。私のガス抜きは、おしゃれをして春の外出を考えること。それでも、環境から逃げられない閉塞感は実に苦しい。加えて、春は異動や卒業で人の環境も変わる。ものすごく頼りにしていた人とお別れかも、、、と思うだけで悲しくなる。次には出会いがあるのだけれど、その出会い育てるのにまたゼロから時間がかかると思うとどんよりしてしまう。長い目でみれば、この別れも進化の一つ、チームメンバーの拡充、世界の拡大、自由の可能性への道すじ。と、無理にでも気持ちを引っ張っていくようにする。さあ、気を取り直して。弟も、今だけ、今だけ、苦しみは必ず軽くなってよくなるときがくる。困った時は、今のことだけ。私もそうやってきたら大丈夫だったのだから。がんばれ、とはいわないで、大丈夫ということにしよう。
2017.03.21
橋 次の時代に橋を架ける時がきた 遠くに見えた対岸も 渡れそうにない川の流れも 今なら何とかなりそうだ 知恵と 技術と 仲間とともに 未知を切り開こう 橋を渡す 希望の力を 願いと 夢と 情熱が支えるのだ しなやかに 逆風さえ包み込む 力強くて美しい橋をかけるのだ さあ、準備はいいか
2017.03.20
なごり雪 そんなに急がないで と かけ出す春を 大粒の雪が包んでいく 少し後ろを振り返れば 足跡にしみこむ水分 消えるまで ひといきついて がんばった時間と握手してから そっと 私の背中を押そうもう少し消えずにいてほしいなごり雪
2017.03.15
一輪の花 悲しみの道のりに 終点があるとすれば ともに歩いた人と見る一輪の花 どんな花に どんな思いを込めるのか 靴ひもを締め直したら また進もう 東日本大震災、七回忌の今日それぞれの復興の今をみた。 私の暮らしにも確実に6年の月日が流れているのに その時刻には身体全体が再び記憶の揺れを体験した。 周辺のことをもう知っている今は この時刻から地域全体で起きた変化まで なぞるようにまた明らかになる。なかなか忘れられない。脳が覚えているのだ。 目に見える定点観察に形になる生活にも 節目に踏み出す人々の歓声にも 小さな石を積み上げる6年分の痕跡があった。 何も見えないところに明日への希望を見つけだし自分にできることを考えて行動した人ばかりだ。悲しみは同時にやさしく、力強く、包み込む大きさもある。確実にまた一年が始まる。
2017.03.11
いよいよ春ですね。居間のベッドで感じる春。その一番は朝日の明るさ。次に父の花粉症。同じころ仕事が忙しくなり夜が遅くなる。私の就寝も遅くなる。さらに弟のばたばたする足音。眠れなくなってくる。もうすでに2週間続いている。だんだん早朝に拡大していく。深夜に拡大する前に食い止めたい。家族の疲れもピークになるころ。今年は私も風邪をひいたので家族の忍耐力タンクの減少速度が速い。私はなるべく無になって影響されないように自分を守る。受け流して自分の分が目減りしなように気を配る。家の外はうきうきわくわくの景色だが、家の中では毎年苦労する。はやくガス抜きをして乗り越えたい3月だ。はあ~~~。"(-""-)"
2017.03.10

庭に春一番のクロッカスが咲いた。春がきましたね~。先週から不覚にも風邪をひいてしまった。今年初めての風邪だ。風邪といっても風邪の入口の入口みたいな緊張と淡の量で、速攻頓服を始め、めでたく収束モードになった。体調変化は一人ひとりのセンサーで察知するものだが、原因が様々でもその人の弱いところに現れる。私は緊張だし、頭痛や腰痛、はたまた、弟などは注意力が散漫になって行動の強さが変化する。近頃は何事も予防が大切で、ひどくなる前に手当をするのが流行っている。おかげで何でもかんでも、あらゆるリスクを想定して対策を取ろうとすることも多い。日頃の備えは大切だし、防災のように危険を想定しておくのは安心につながるだろう。それでも、少し方向がずれると、全てを心配しすぎて、考えすぎて、周囲が危険だらけになってしまい、それだけでくたびれてしまう。案外これは、弟の考え方でもある。心配ごとはある程度で手を打つのが懸命だ。全ての危険に一斉に降りかかる確率はだいぶ低い。なんだけど、そういう私も体調レベルが低い時代は、ほんの少しの淡や呼吸の変化があっという間に肺炎になって命にかかわったし、対応が遅れると大きな波になって回復にも時間がかかった。元気になるとつい、そういうことを忘れるけれど、おかげで体調チェックのメモリが何段階にも細かくできたし、時々振り返ってメンテナンスしたりすることもできる。おかげさまで、私には対応策がその都度増えて安心も増えているということだ。色と黒の間にはとてつもなく広いグレーの河が流れている。グレーゾーンというとなんだかはっきりしなくて、じつにあやしい感じがするものだ。なんでもとりあえずグレー、ってことでお茶を濁すこともある。それでも、一人ひとりのグレーゾーンに近づいてよく観察してみると、濃いめのグレーがちょっと薄くなる段階が見えたりするものだ。ものごとをいつもザックリしか見ない人には全部一色だろう。細部にこだわる人の川幅はとても広いかもしれない。見方しだいで物事は同に出も見える。鳥の目、虫の目は誰にでもあるに違いないが、色々なスケールの人が力を合わせて一つのことを観察すればするほど、いろいろな景色も見えてくる。私の淡はいつも微細な兆候の始まりだけれど、父の目、母の目は全然違う。ザックリの母は今回はのんきだったけれど、痰と呼吸音にうるさい父のリスク管理が正解だった。まあ、風邪の原因は父からうつったんだけど。早く対応してもらったから許すとしよう。最後に病院で先生に判定してもらって仕上げの薬を飲み始めた。弟にはこの春の季節が微細なセンサーをフル回転させてグレーの幅を広く渡る季節なのだ。クロッカスが咲いたその日がくるまでに、じわじわと気温や水、光の条件が変化させてきたのだ。目に見える現象を包む広い周囲の見えない世界を感じ取るセンサーを磨いたり休ませたり、電源を入れたり切ったりしながら、私たちは生きているんだな。みんながいろいろな感度のアンテナを働かせているだけに、ぴぴぴ、と響き合うとすごくうれしいのだと思う。クロッカスが咲いて、だからうれしい。
2017.03.07

仙台市立川前小学校の6年生からメッセージをいただきました。卒業前の最後の道徳の授業で私の資料を読んでくれたそうです。仙台市の副読本(6年生)の最後にいのちと震災の資料にしてもらった。この時期にみんなの卒業を祝い、震災のことを考える時間に役立つことはとてもうれしい。40人の6年生からのことばは、どれもすごくうれしい!ありがとう!!私もちょうど6年生の今頃、とても体調が悪くて、病室で特別の卒業式をしていただいたことを昨日のことのように思い出す。これから時間が流れていく。子どもから大人になるときに、みんなにも素敵な時間を過ごしてほしい。いのちはもろいときもある。いのちは案外強い。いのちは自分だけのものではない。いのちはずっと生き続ける。花の冠のひまわりの種をプレゼントした。きっと今の夢を大切に育てて、自分だけの花を咲かせる時がくる。私も応援団にしてもらいました。ひまわりを咲かせてね!春はこんな出会いがあるから本当にうれしい季節だ。がんばれ!みんな。卒業おめでとう。
2017.03.02
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