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低気圧が近づいている。弟はからっきし体調が悪い。どよん、として、体も重そうだ。失敗続き。そのたびに気分のアップダウンで、ケアする人も、聴いている私もくたびれる。元々感覚過敏のある発達障がいなのだから、周囲の変化に敏感に反応するのはいつものことなのだ。けれど、センサーの感度を自分で調節できないのにどんどん変化に侵入されるのはたまったものではないだろう。目標を下げて対応しているうちにその快適になれて、努力センサーも低下してしまったようだ。健康な人々も、こんな季節の変わり目や天気の変化にはついていけない梅雨の時期。毎年私も呼吸の調子にひやひやする。注意深く観察していても、ひょんな時に境界を越える。あ、油断した、と思ったときには遅くてがっかりする。心も体も繊細なセンサーで守られている。自分の意志で調節できる底力は、体力がついたり練習したりの経験で、メモリの数も種類も増やすことができる。失敗しては、こんどこそ、の連続なのだけど、目標を下げた快適につかりすぎるとそこから出るのがおっくうになる。何もないところにアンテナを立てるところから仕事からするのが、私たちのケアなのだ。アンテナを設置するのによさそうな土地探しからしなければならない。いいかと思ったら、霧深い沼地だったりして、ずぶずぶと倒れてしまったりするから難儀だ。心の中を探るのはそんな作業と似ている。よく見えない知らない土地をおそるおそる探索するのだ。目で見るだけで見えなければ、電波も使い、石を投げてみて音を聞いたりもする。似たような場所に行ったことや見たことのある人の体験談も役にたつ。やる気があっても、障がいのためになかなか目標に到達できない弟のアンテナを、一緒に立てて、支えて、磨く仕事はときにとてつもなく長い道のりに思える。せっかく立てたアンテナを高くするのと同時に、土地を改良して土台をしっかりすることも方法の一つだ。今は多少天候が悪くてなかなか条件が整わない小休止。小休止できることも、そうできる条件があるからこそ。自分のアンテナがどうなっているか、たまにはチェックしておこう。今日は、休養デイ。
2017.06.30
医療レスパイトを楽しく過ごすために多雪なことの3番目。ずばり、スタッフとのコミュニケーションだ。これが一番大変、かつ、一番大切。そのためには、スタッフの人となりを知り、一日も早く仲良くなること。一段でも心のバリアを低くすること。一瞬でも早く、同じ大地に立つこと。これが、新しい環境を自分のものする何よりも早い近道なのだ。けれど、一番長く遠い道のりでもある。人と人はそれぞれの身体性と心理的距離の中で自由自在に関係を調整している。そのみえない距離感と、空気感を読み取り、察知して、ドンピシャのタイミングを見つけて適切な言葉をやりとりすることを目指すのだ。知恵と勇気と技が要求される。人々は人生の中で多くの人と出会い、色々な関係を気づきながら生きてきたと思うけれど、私たちのように直接身体を預け、ついでに命も預ける毎日というのは、常時緊張の連続だといくことをまず知ってほしい。逃げもかくれもできない。自分で動けないし、嫌だやめて、ということもできないのだ。そんな状況をまず想像してみることから初めてほしい。おそらく、想像することも難しいかもしれません。自分の身体を自動的に利用しているのが普通だ。あまりにも当たり前のことは、それが「ない」ということも想像しにくいことだろう。だから、人々は、なくして初めて大切なものに気付いたりするんだね。どんな人にも長所と短所があるのだから、わたしは、まず、その人のいいところを見つけるように観察する。そして、苦手なところはちょっと目をつぶって、得意分野で共感して自信を深めてもらうようにしてみる。これは、まあ、母の受け売りだが、案外うまくいく。若い時は、自分の要求が通らず我慢の連続でいることに怒ったり、すねたりしていたけれど、いいかげん三十路も近づいてみると、相手が気分よく仕事してもらったほうがケアも和むことを知った。本当に力量不足で苦手な部分には折り合いをつけることにした。それはその分、他のスタッフがそれらを補いあい、総体としてケアの質が保たれればよし、としたからである。つくづくと、みんさんによって生かされる総体としての私である。私という存在が保たれるのは、みなさん次第ということでもある。考えるとちょっと恐ろしい部分もある。在宅生活のケアは行き届き、気心のしれた人々との安定した関係ができあがり、充実もしている。けれど、これが当たり前になって、ラクチンすぎると完結していまう。他の不便をうけいれられない自分にはなりたくないとも思うようになった。完結した心地よい当たり前には、知らない世界は入り込めない。新しい出会いの驚きは表向きのウワッツラになって通り過ぎる。本当の面白さや感激は、それらを超えたところに行かなければ見ることもできなければ心に染みることもない。あまた存在する人間の中で、私が出会える人はほんの一握りなのだ。私に与えられた時間も、そんなに底なしではないだろう。時間の長さよりもひとつひとつの出来事の中にいくつでもうれしいことや心を動かされることを見つけていきたい。たった一人の私が何をどこまでできるのか。今までやったことがないチャレンジなのだ。その機会がついに与えられた。だから、やってみることもできる。レスパイトで出会うスタッフは年に何回かもしれないが、それに向けて、他の場面で技を磨くことはできる。そうしてみると、日々のくらしの中にもチャレンジ応用編は案外あるものだ。相手を知るたびに、その人がそれまでたどった知らない世界からたくさんのことを教わる。同じ人からでも、どんどん聴きだす話の中にまだまだ知らない世界がてんこ盛りだ。常に自由にコミュニケーションできない不便さがあるおかげで、そうできる世界のすばらしさも見えてくる。そんな気持ちで、今日会う人たちの様子を観察し、そこから何かをもらってまた私は元気になるのである。元気になる医療レスパイト。自由が増える医療レスパイト。初めて会うことになるであろう出会いのひとつひとつを楽しめる私でいられるよう自分メンテナンスも準備もぬかりなくしていこう。次は9月。ちょっと楽しみ。
2017.06.28

6・21上毛新聞より震災以来、群馬県みどり市笠懸小学校とのうれしい交流が続いています。ひまわりの種がきっかけで、なんと第二校歌までできてしまった!今年はみんなでそれを手話で歌っている記事が送られてきました。すごいですね~(≧▽≦)みなさんが一生懸命練習する様子が目に浮かびます。この詩はサカタのタネさんと一緒に始めた復興プロジェクトがきっかけですが、どんどん人と人がつながって、今ではみどり市の地域のみなさんにまでたくさんの種が届けられてみんなで被災地の復興を祈る活動に発展しています。その中での小学生のみなさんとの出会いは私にとっても大きな希望と力となり、お互いにぐんぐん大きく元気を育てたいねという気持ちになっています。いつかみどり市のひまわり畑を見にいけたらいいな、が、今では、いつか絶対見にいくぞ!の野望になりました。群馬県には行ったことがないけれど、だんだん近づいてきているような気がしますね(^_-)-☆嬉しいですね(^_-)-☆その気持ちでひまわりに水をやる度に、気持ちも大きく膨らんでいくんですね(^_-)-☆今年も暑くなりそうです。ひまわりをたくさん咲かせよう。みんなも元気にしていることを祈っています。
2017.06.27

精神の木詩と切り絵のコラボ展示「みえない手」が終了しました。期間中たくさんの人においでいただき、本当にすてきな出会いの連続でした。うれしい気持ちでいっぱいです。切り絵作家の森屋さんは横浜在住のため、毎週仙台に通い、横浜からもおいでいただいたお客様があり、本当にありがたいことでした。仙台にびすた~りのような素敵な場所があることを知っていただいて、また笑顔の輪が広がりました。これからも新しい世界を見にいく旅を楽しみに、ますますやる気が出ました。お世話になったみなさまに心から感謝しています。また、お会いしましょう! 精神の木 かつて私が誕生したとき どこかの山にぱちんと芽吹いた若い木が 今ではきっと等身大になっている 輝く自然の美しさと対話しては 旺盛に細胞を増やし 葉を茂らせ どこかの山で どこかの風に吹かれている いつからか目を閉じると 見えるようになった私の木は 鏡のように対になり 苦悩の鋭い風にしなり 悲しみの冷たい雨に打たれても 黄金の夕日に反射する 燃える光を手のひらに受ければ 生命のしずくとなった 精神の木は枯れない 年輪を増やす度に 木漏れ日の輪郭を広げ その幹に触れるだけで 記憶に刻んだよいことを思い出させる やがて身体を手放すとき 私はこの木の住人となり 木洩れ日の一つになろう ささやかでもやさしいまなざしで 誰かの小さな芽を包むのだろう そうしてできた精神の木がつくる森で 生まれた風が今日も私を通り抜ける 最終日でさあ、搬出という日に、父がギックリ腰になった。いっぺんに母は一人で3人を介護する状況に。仕事でいつも指示する方に慣れている生活なだけに、父からはびしびし介護の細かい指示が飛ぶ。父担当の部分は、母よりキメ細かいので、いちいちチェックされている。母はお願いの仕方が足りない、とぼやく。(これについては、お互い様だ)それぞれ、得意分野ではさくさく回るが、他人のところを担当するのは大変である。それでも、やってみるから相手の大変さもわかるというもの。はやく元気になって一人に一人ずつの介護体制に落ち着いてほしいものだ。弟いわく「びっくりごし」。たくさん手伝って、感謝される弟であった。。。。さあ、またいつもの日常をがんばろう。
2017.06.26

医療レスパイトから帰って、すぐ翌日から通所再開しています。いやいや、我ながら、体力がついたな、と自信を深めた。といいながら、1週間の疲れが出る週末は、やはりほっとしてどろどろだらだらしています。色々とやらなければならないこともあるのだけれど、せっつく事務員の母をムシして「今日はやらない」と一言。こんなふうに、一日の予定を自分で決めるのは、多くの人には当たり前のことだろう。しかし、私には長い時間が必要だった。自分の身体の主人は、わたしだ。と、これに気がつき、自分で体調変化をリサーチし、、試行錯誤して試し、調節する機微を体系つけ、ちょうどよいタイミングで支援者に伝える。これらを、ほぼ、自動的にこなしている健康な人々はすごい。同時に、それが当たり前の人々に、私の置かれているびみょーな『快適』をいかに伝授して理解してもらうかが実に苦労の連続かも知る。医療レスパイトの練習の2番目で大切なことは、私の内部で起きている体調変化を理解してもらうことだ。要は「大越桂の取り扱い説明書」を使えるようにすることだ。調査票や聞き取りで大筋は伝えても、一度に微細な変化までキャッチしてもらうことはできない。ケアのスタッフも交代制なのだから、何をどのように申し送ってもらうかや、正確に引き継いでもらうことが大切だ。伝言ゲームのうちに、また初めからやり直し、ということもよく起きる。目に見える体調や、バイタルなど数字にできるものは客観性があり、個人差なく理解してもらいやすい。それは大切なことだが、その先の、体の内部で起きているもろもろ、をはやく伝えてはやく快適に近づきたいと思うのが常である。寝具一つで体温が変わり、固さや寝心地でいっぺんに筋肉の緊張も変化する。不安を感じただけでぜいぜいしてきて痰が上がる。トイレ一つで汗だくになり、交換してもらうまで待つだけで身体が勝手に反応していく。自分の呼吸の音を聞いているだけで緊張が強まる。吸引の必要を伝えたくてもナースコールを押せない。もうひといき、吸引してほしくて、そう考えるだけでもう次の淡が上がってくる。とまあ、悪循環にはまると変化も早い。以前ならもう痰の多さで嘔吐していた。言葉を伝えられるようになって一番よいことは、要望をはやく伝えられるようになったことだ。具合が悪くなる予兆のうちに、対策を講じることができた。今のケアを受けるのか、受けないのか、自分で決めることができた。いやなことを断ることができる自由は、全介助のものにとっては精神的な自分を守るうえで最も大切なことだ。今回の練習では、ベッドの固さはいいけれど、私には少し暑かった。室温と、アイスノンでできる調節をして少し快適になった。監視カメラとモニターで状態をナースセンターに届けてはいるけれど、たった一人で吸引のタイミングを伝えるのが課題だ。時間で巡回してもらう時間で間に合うくらい安定していられればいいのだけれど。そう思うと、もう、大丈夫かな、と痰が上がってくる。いつも、近くに吸引をしてもら環境が当たり前のようにあったことに改めて感謝する。でも、今の私なら、何かできないかと考える材料も、一緒に作戦会議をしてくれる支援者もいる。毎日、弟の通所に母が送迎する間、15分ではあるけれど、一人で留守番もできている。必ず15分後にはかえって来る、という安心ができてからは呼吸もずっと安定するようになった。何事も始めの一歩はある。こちらからも伝える努力をし、受け取る努力をしてくれる関係には信頼関係が作り出される。自分でつくる自分の「取説」。自分が伝えたいことと、支援者が知りたいことを両方突き合わせていこう。歩よればきっと間に流れる幅広の深い河は小川になり、ひょいと飛び越えられる時がくるだろう。こんな笑顔でいたいよね。。。。
2017.06.25

行ってきました!宮城県立こども病院での医療レスパイト入院です。ベッドの寝心地は?気管切開している私は体調管理入院です。福祉制度のショートステイには年齢が過ぎている私は、もちろん大人扱い。なので医療枠ということになりますね。病名が呼吸不全となっていて、びっくり(*‘∀‘)ですが、こちらは書類上のこと。途中で本当に体調が悪くなったら、そのまま検査治療に入ることができるときいて、お~っ、と安心した。なにはともあれ、病棟の環境やスタッフに慣れることが課題です。6歳の時に足の手術で入院し、1年リハビリ入所して以来の医療療育センターです。こども病院と合併して、医療も福祉も一か所で連携してできるようになった。隣に肢体不自由支援学校もあるので、教育も連携している。私の病棟は、障がいのあるちびっ子とお母さんの母子入院の人たちや、医療ケアの人たちの個室が中心のエリア。別の階には学童のみんなの病棟があるそうです。幼稚園の時に入院したのはそっちだったのだな。懐かしい。案内された個室はとてもきれいで窓が広かった。いろいろな病院の入院経験があるが、やっぱり新しい病棟は施設も最新式で最先端という感じでした。各部屋の配置や案内もこどもらしく工夫されて暖かい色あいだし、プレイルームも明るい感じで楽しそうだった。具合が悪いわけではないので、ホテルに一泊の感じでベッドのまったりしながら、医療ケアの作法や病院のルールを習った。体験入院なので今回は母が付き添い、生活の流れやケアの計画をスタッフとやり取りしてくれた。まず初めの課題は、生活環境全体を知ること。弱視の私は部屋のつくりを解説してもらって、頭の中に地図を描く。生活しながらだんだんと地図が描きこまれていく。部屋に落ち着いてしまうとなかなか勝手に探索に出かけられないので、ひとまず今回は想像図でレイアウトすることにした。よかったのは、入浴の体験をさせていただいたこと。リフトのバブルバス、とすごい設備でした。今度は好きなシャンプーともってきていいというので、わくわくだな。場所がわかると、様々な音のする方向がわかるし、何が起こるかをよそうすることができる。見える人には何でもないことでも、みえない私には第一関門である。からから、というスタンドの音や、ナースコールの音、先生やスタッフの声を判別して覚えること、赤ちゃんの泣き声が集中する時間帯、みんなの食事の食器の音などなど。知ることは山ほどある。けっこう忙しい。なので、まずは、初めての場所に私達を連れていくときには、是非館内の配置を教えてくださいね。視覚障がいの人への支援と重なりますね。場所がわかったら、今度は自分の居住環境を調節すること。続きはあした。。。。
2017.06.22

さすが、晴れ女の私。いい天気コンサートの素敵な時間にみなさんとご一緒して元気チャージマンタンしたところで。いよいよ今から医療レスパイトの体験に行ってくるよ私が宿泊に出かけるということは、何かと準備も大変だ。数日前から、あれもこれも、細々とスタンバイすることから仕事が始まる。たった1泊でも大騒ぎだ。荷物の準備を見ただけで、弟の不安もつのり始める。行動にも影響が現れる。さっそく昨日から不穏になり緊張して胃腸に変化がでている。そのことでまたまた不安になる弟であった。こちらは前もって全員のスケジュール表を作り、時間をとって一人ひとりの動向を確認できるようにして安心させた。当然生活の時間配分や、支援の人の流れも変わるので、そちらの段取りも大事。それらがあって初めて私は出かけられる。自分の行動が周囲の人々の支援によって支えられている度合いが多いほど、少しの変化に繊細になる。かくいう私も、誰もいない個室でたった一人の時間をどう過ごすのか。今回はスッタフに「私の取説」を伝授するのが大きな目標だ。何事も始めの一歩から始まる。みなさんにいただいた幸せもカバンに入れたし、と。ではでは、行ってきま~す!(^^)!
2017.06.20

きれいなお花が届いていました出版展示記念コンサートの一日。満席にてみなさんとご一緒に、素晴らしい時間でした。松坂優希さんのピアノ、渡辺祥子さんの朗読、半澤千恵子さんと穀田千賀子さんの手話で味付けされた切り絵と詩がみんな喜んでいました。チャイコフスキー「四季」と詩のコラボ「ひかりの輪」も、「みえない手」の12ヶ月も、音楽と朗読に加えて手話のおかげで見える言葉にしていただき、みなさん音楽を聞いて言葉を聞いて動く言葉を見て、体全体で詩を味わっていただくことができました。音楽のどの部分にどの言葉を入れるかが緻密に計算され、同様に詩の心情と音楽の構成がそれぞれのプロの経験と知恵からすごいタイミングで生み出される過程を聞くことができた。手話は通常の通訳とは異なり、詩の行間にある心情を表情と動きで表現される。その様子はまるでダンスのようでもある。身体表現はとっても奥が深いこれまでは、コンサートの2時間が精一杯で本番参加で失礼していたが、今回は終了後の打ち上げまでいさせてもらって、裏方の仕事や準備とまとめの流れもご一緒することができた。私は何もしないしできないのだけれど、物事が一つの流れでできあがっていく様子をみながら、いわば表の姿であるコンサートの数時間を支える多くの人と時間の底ちからも感じました~。長時間車いすに座るだけだが、だいぶくたびれたけれど、最後までいられるくらい体力がついたこともうれしい。コンサートというライブ感の中には今、一度しかない、人の出会いと感動の共有がある。また、それぞれの時間に散っていく人々。会場を出る一歩が軽やかになってほしいと思いました。私は十分幸せをチャージして、そのままフクフクに包まれて、今日もまだ一日中フクフクしていますさあ、また頑張るぞみなさんありがとうございました。またお会いする日まで元気でね!
2017.06.18

展示をご覧いただいたみなさん、ありがとうございます今度は昼間に出かけてみました。実は11日(日)の父の日に、初めて夜バージョンンのびすた~りに行って、夜景のきれいさに感動してきたところでした。休日の夜レストランに行って家族で食事、というのは初めてだった。すごく特別なひと時でした。昨日は、会場となっている長町遊楽庵びすた~りを経営するほっぷの森のみなさんのコミュニケーション講座におじゃましました。就労に向けて日々がんばっているみなさんと年に一度お会いするのは私にとっても刺激になり楽しみな時間です。http://www.hop-miyagi.org/様々な障がいとつきあいながら、仕事に向かってスキルを磨いているみなさん。中とで障がいを負った人や、普段私が通所する施設に通う仲間のみんなとは異なる障がいの種類の人々だ。そもそも働くことに向けて頑張れること自体、すんばらしいと思うテーマはコミュニケーション。私の場合筆談や、常に医療管理を受けながら生活することなどをお話しするうち、離れたくても離れられない親との関係をついついぶっちゃけてしまった~。介護する方は大変だろうが、介護を受ける者にも案外苦しい気持ちがある。話すことができて、私にとっても救いになった。幼少期に自分の思うことがうまく伝えられなくて、自立したい気持ちと葛藤したあたりが今回は作品「親鳥」にしてもらったこともうれしいことだ。いくつになっても親子の関係はおわらない。けれど、自立の形も様々ある。初めから障がいと一緒の私たち。中途から困難を抱える人々。病気や障がいの状態が刻々と変化することに対する不安や恐怖、また自分自身を理解してもらいたい気持ち、それを表現する方法、などの中にもそれぞれの親子の関りが存在しているのだ。私自身はこれから高齢になっていく親とどのように向き合い、また自分の生活をどうしていくのかが大きな課題になっている。自分の問題は自分のものだけではない。他の人々の様子を知ることがまた、新しい発見や考え方をもたらし、励ましになる。今日頑張ったことは、一人で電車にのって仕事場に来たこと。こう話してくれた女性のことばが染みた。当たり前のようで当たりまえでない日々のたくさんの出来事に思いを寄せられる自分でいたいとまた思った。こどもの立場で親を見るばかりでなくて、ちょっとは親の気持ちを想像してみることをときどき思い出すことにしよう。親鳥。誰にも二人ずついる親鳥。みなさんの親鳥はみなさんの心の中で微笑んでいるでしょうか。。。。。 親鳥 翼に守られ 見届けられているうちは 一人前になりたくて 一人前の扱いを 一日もはやくと望む子供 親離れの時が近づき いつがそのときかと 一人前を誇らしく想い 一人前の自由と恐れを 引き受けられると自負する子供 潔く手放す親鳥の後ろ姿は いくらか小さくなったとしても 親の仕事を全うして そうしていのちはつながれるのだ 群れの中の日常に あるときふいに訪れる交代の時 親鳥は一声 鳴くのだろうか 空に一筋 決意の線を引くのだろうか
2017.06.14

東北障がい者芸術公募展Art to You展が今年も開催されます。3回目となりました。今回も弟の作品が入選しました~しか~も2点もやったね~めでたい、めでたい昨年の入賞に気をよくして、その後に描いた夏と秋の作品でした。細かい仕事より、どど~んとぐいぐい色を載せるのが弟の作品のいいところです。昨年の展示には私も出かけましたが、東北各地からのすごい作品が沢山ありました。障がいがあっても、というより、むしろ障がいがあるおかげで、素晴らしい作品ばかりでした。病気や障がいを抱えているから、一層、内面の自由度が表出されるととても素直で勢いがあり、見る人、触れる人の心髄にストレートに響くのだと思う。なんでもありで、なんもいい、の世界。今年も楽しみ。680点の応募からの149作の力作をみに行こう2017.7.6~910:00~19:00せんだいメディアテーク1F オープンスクエア入場無料
2017.06.13

教育芸術社 MOUSA2https://www.kyogei.co.jp/textbook/hs/「はなさくら」が混声合唱曲になって高校の教科書に掲載されました 佐井孝彰さんの作曲で、とっても美しい音楽にしていただきました。音楽に時間に高校生が歌ってくれる日も近いのです。うれしいな~~~~~(≧▽≦)佐井先生に曲をつけていただくと私の詩は、いつも気持ちそのままに私自身を外に向けて連れ出してもらえる。どこへだって行けてしまう。誰とでも会うことができる。詩に込めた気持ちが何倍も鮮明になる。香りと温度を与えられておしゃれした素敵な音楽の時間に包まれる幸せを運んでくれる。は~、幸せ。誰かの心に一度しみとおって、その人の声になって私が言ったことも見たこともないところで音となって聞く人の心に届く旅のチケット。楽譜という招待状が全国の高校生の手元に届くものもうすぐ。来年の4月から使われるそうです。一足早く、見本を届けていただき、そ~っと開くと。。。。かわいい音符がにこにこと並んでいた。早く歌って~と笑っていた。はなさくら・・・震災で津波が押し寄せた到達点に桜並木を作ったさくらの道のうたです。毎年少しずつ大きく育って、きれいな花を咲かせるでしょうね。合唱になって歌われるとき、来年の春の桜は花びらが一枚ずつ音符になることでしょうね。東北の震災を体験した人もしていない人も、東北に近い人も、そうでない人も、歌に触れることで少しだけ震災を生きる人がいることを思い出し心を寄せてみてくれるといいな。歌いながら想像した風景や思いが、きっとみんな一人ひとりの毎日に繋がっていくのだと思います。高校生が歌ってくれた歌声を聞くのが新しい私の希望になった。楽しみですわくわくと待ちますよだれか聞かせてくれる日をね~はなさくらあの風が流れるようにこの気持ちを話そうあたたかい潮風香る桜さく木の下であの時のあなたの笑顔交わしたあの約束この花がいつも見ているたとえ二度と会えなくても思い出あざやかなままで月日は過ぎるけれどあなたに触れたいときは桜さく木の下へ見届けてわたしの姿たしかに歩いているこの花にいのちをつなぐ決してあなたを忘れない
2017.06.10

展示にお越しのみなさん、ありがとうございます!さっそく感想をお届いただき、嬉しいです。なのに~~~!まだ、私は会場で、見ていないのだ(T_T)え~~ん!!早く見に行きたいよ~(^o^)/今日お届けするのは夜バージョン。びすた~りは古民家を改築したお店です。そこにたたずむ時間と歴史が合わさって、まろやかな空気が流れる場所です。雰囲気満点。そこで生まれる切り絵の影がこれまたなんとも美しい。影と空気が動きだす。せかいつらいといえるあなたがいてくれるそれだけですくいつらいといわれるあなたもだれかにすくわれるそうしてひとりひとりがしらないうちにせかいはすくいのほうへまわっているたったいまもあなたのぶんを
2017.06.08
医療レスパイトに向けて準備している。手始めに、水筒の予防注射。2回が義務になったという。小さい時に1度したものの、、、水ぼうそうの体験者の話を聞けば聞くほど恐ろしい。というわけで実施。実費にて1万円もかかった。健康を守るのにはお金がかかるのである。
2017.06.07

こんな感じでお入りくださいすてきでしょ!(^^)!
2017.06.05

大越桂×森屋真偉子展示「みえない手」が始まりました初日からおいでいただいたお客様、本当にありがとうございます。切り絵作家 森屋真偉子さんとのコラボ作品が、びすた~りの店内に飾られた様子は圧巻です。一人でも多くの人にごらんいただきたいです。夜の搬入の様子を見るだけで、なんとも幻想的で大人っぽい。しかも、BGMはジャズだったとか。すんごく素敵だーーーー。テーマのみえない手は震災後に多くの人に支えられ助けられたことへの感謝のきもちから生まれた作品でした。それから時間を経て、また出会いがあり、まいこさんの作品になって形になったことがとても嬉しいです。大好きな場所びすた~りがあったおかげです。お店にたたずまいを知っているまいこさんが開いた切り絵の新境地は本当に美しいです。彩色した紙を切り、さらに手作りした額には少し浮かして額装してあります。画材が乾いて生まれる風合いが詩の世界感とよくマッチしています。額の地にも彩色してあるので、影が生まれるのが格別に美しくなるヒミツなんですよ~。光と影の移り変わりは繊細な気持ちの移り変わり。日中と夜でも表情が全然違います。近づいて、離れて、詩を読んで、また近づいて・・・色々なお楽しみがあるはずです。震災を含め、ずっとずっと頑張ってきている人。色々な困難を抱えても今日を生き延びている人。苦しいことに包まれて先がみえない気持ちに負けそうな人。つらいことも見方を変えればいつからか小さな力になるり、味方になる。小さなことを喜ぶと、一歩を進める希望になる。そんなことが見てくださるひとりひとりの心の中にぽっと生まれるといいなあと思います。想像力を働かせて、びすた~りのドアを開いて店内にお入りください。あなたの今日が、あんがいすてたもんじゃないと思えるはず。好きな作品をひとつでも見つけていただいたら嬉しいです。横浜在住のまいこさんは、初日に誕生日を迎えました。一年前から準備して、それはそれはすんごい集中力で仕上げた子供たち(作品)です。ゆっくりご覧くださいね~。※カレンダーとポストカードも販売しています。こちらも美しくできあがりました~。6月3日(土)~6月25日(日)長町遊楽庵びすた~り にて仙台市太白区長町3-7-1(地下鉄長町駅徒歩5分)022-352-765111:00~21:00貸し切りの時間帯は入店できません。お電話でご確認を!
2017.06.04
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