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現実は厳しく、今日一日を生きることさえ大変かもしれません。しかし、その中でも未来に向かって夢を描けるかどうかで人生は決まってきます。自分の人生や仕事に対して、自分はこうありたい、こうなりたいという大きな夢や高い目標をもつことが大切です。京セラをまず西ノ京で一番、その次に京都で一番、それから日本一、世界一の企業にしたいという大きな夢を創業時から描き続け、努力を重ねてきたことによって今日があるのです。高くすばらしい夢を描き、その夢を一生かかって追い続けるのです。それは生きがいとなり、人生もまた楽しいものになっていくはずです。4歳で敗戦を迎え、主食のお米は配給、遊びと言えば追いかけっこや、かくれんぼ、本当に何もない時代でしたが、あれこれと将来の夢を描いたからこそ、幸せに暮らせたのだと思います。お盆や正月には、親戚縁者が集まり、将棋や囲碁で大人を負かすと、それこそ有頂天になりました。物資は貧困であっても、精神的には豊かな時代であったと思っています。それもこれも、常に夢見る男、夢があったからこそ、希望をもって今日までこれたのだと思います。いつもこのフィロソフィを見ると、「夢を描く」ことの大切さを、再認識します。合掌
2021/03/31
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ものごとの結果は、心に何を描くかによって決まります。「どうしても成功したい」と心に思い描けば成功しますし、「できないかもしれない、失敗するかもしれない」という想いが心を占めると失敗してしまうのです。心が呼ばないものが自分に近づいてくることはないのであり、現在の自分の周囲に起こっているすべての現象は、自分の心の反映でしかありません。ですから、私たちは、怒り、恨み、嫉妬心、猜疑心など否定的で暗いものを心に描くのではなく、常に夢を持ち、明るく、きれいなものを心に描かなければなりません。そうすることにより、実際の人生もすばらしいものになるのです。「人生を考える」というフィロソフィになり8節を学んでいますが、その第1回目に「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」という人生の方程式を学びました。その中で、「考え方にはマイナス百からプラス百まである」と言われ、人生は心に描いた通りになるから、常に、ポジティブに、前向きな考え方を、しなければならないと学びました。そして「考え方」「熱意」「能力」という三要素の中でも、一番重要なのが「考え方」であり、心に描いたもの、心に抱いたもの、自分が持っている考え方、思想、哲学、それらがそのまま人生に表れると教えられました。 正しいことを思い、道徳にかなったことを考え、良いこと、優れていることを行う、これに徹したいと思います。合掌
2021/03/30
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人生はドラマであり、一人一人がその主人公です。大切なことは、そこでどういうドラマの脚本を描くかです。運命のままにもてあそばれていく人生もあるかもしれませんが、自分の心、精神というものを作っていくことによって、思い通りに書いた脚本で、思い通りの主人公を演じることもできるのです。人生というのは、自分の描き方ひとつです。ボケッとして生きた人と、ど真剣に生きた人では、脚本の内容はまるで違ってきます。自分というものを大事にし、一日一日、一瞬一瞬を、ど真剣に生きていくことによって、人生はガラッと変わっていくのです。自分の人生を振り返ると、次男として生を受けるなり、母親の実家に養子となり、その実家が世界大戦で空襲に合い、それがそっくり第三国人に乗っ取られ、戸籍喪失となり裁判により復籍です。大学も無事卒業できるはずが、途中で破綻となり、やむなく独立して事業を起こすのですが、その半世紀近い歩みも、それこそ浮沈変転の繰り返しとなりました。こうして思い出すと、あまり普通の人が体験しないことが、次々と自分の身に降りかかり、一日一日をど真剣というか、その場その場を、それこそ必死で生きてきたように思います。たった一回しかない人生、残りの人生も、一日一日をないがしろにすることなく、ど真剣に生きていきたいと思っています。合掌
2021/03/29
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人生や仕事の結果は、考え方と熱意と能力の3つの要素の掛け算で決まります。このうち能力と熱意は、それぞれ0点から100点まであり、これが積で掛かるので、能力を鼻にかけ努力を怠った人よりは、自分には普通の能力しかないと思って、誰よりも努力した人の方が、はるかにすばらしい結果を残すことができます。 これに考え方が掛かります。考え方とは生きる姿勢でありマイナス100点からプラス100点まであります。考え方次第で人生や仕事の結果は180度変わってくるのです。そこで能力や熱意とともに、人間としての正しい考え方をもつことが何より大切になるのです。このフィロソフィは、あまりにも有名でどなたもご存知だと思います。ようするに能力と熱意は0~100迄で示されますが、考え方だけは-100~+100迄となっています。しかもこの考え方というのは、「人生を歩いていくための方向」であって、東西南北というような全方向をいうのでなく、水平線の方向、つまり一直線になっていて、プラスかマイナスしかないのです。自分の考え方が、プラス側10なのか、50なのか、あるいは100なのか、それともマイナス側に0なのか、100なのか、それがポイントになるわけです。さらに、この方程式は、掛け算になっていますから、例えば頭が良くて、何ごとにも熱心に取り組む人が、ちょっとでもマイナスの考え方を持っていたとしたら、・・・・それが、掛け算ですから、答え、つまり、その人の人生の結果は、大きなマイナスになってしまうのです。要するに、どんな時でもポジティブに、前向きでなければならないと思います。合掌
2021/03/28
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私たちはともすると、物事を複雑に考えてしまう傾向があります。しかし、物事の本質をとらえるためには、実は複雑な現象をシンプルにとらえなおすことが必要なのです。事象は単純にすればするほど本来の姿、すなわち真理に近づいていきます。たとえば、一見複雑に思える経営というのも、突き詰めてみれば「売上を極大に、経費を極小に」という単純な原則に尽きるのです。京セラの「時間当たり採算制度」も、この単純化して物事をとらえるという考え方をベースにしています。いかにして複雑なものをシンプルにとらえなおすかという考え方や発想が大切なのです。塾長は、複雑な現象を単純にとらえる。つまり複雑そうに見えるけれども、その複雑な現象を起こしている源は何かを見ていくことが必要と言われ、平面交差の十字路を例にとり説明して頂きました。平面交差の十字路があり、そこへ四方から一度に車が入ってくる。その交差点には信号がありません。曲がろうとする車もあれば、直進する車もあって、たちまち大混乱に陥ります。そこで、私は立体交差点をつくります。上から見れば十字路の交差点のように見えますが、一方が下を走り、一方は陸橋になっているわけですから、信号がなくても車はスムーズに流れるようになります。これは二次元のものを三次元に置き換えることにより、難題を解かれたわけですが、それは、ファクターを一つ加えることにより、現象を単純化したものだと言われました。ちなみに、この話は数学におけるノーベル賞と言われるフィールズ賞を受賞された広中平祐さんとの話だそうです。そして、本当に頭のいい人は複雑なことを単純に説明出来る人だそうです。それはそれとして、一番の問題は、シンプルに見るためにはどうすればいいのかということです。これが塾長のお話では、分かったようで分かりにくい、大変難しいお話でした。ようするに、雑ぱくな感覚では、複雑な現象をシンプルにとらえることなどできません。ところが、座禅を組んだ時のように心を静めて、落ち着いた眼で物事を見ると、その神髄が見えてくると言われるのです。そして、例の「この世に生かされたまま、仏様の境涯に至る」という六つの修行・六波羅蜜の「禅定」、即ち、心を静めることだそうです。そうすれば「心眼を開く」と言い、心の目が開き見えてくるそうです。合掌
2021/03/27
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人は、誰しも単純なミスを起こすことがあります。また、してはならないと知りながらも、つい魔がさしたように不正を行ってしまうことがないともかぎりません。こうしたミスや不正を防ぐためには、複数の部門や人が関わるダブルチェックのシステムが働くようにする必要があります。物品の購入における受け入れ部門と、検収部門という複数部門によるチェック、公印の捺印における捺印者と保管者という複数の人によるチェック、数字の計算における二者検算等はその代表的なものです。特に、金銭関係や、物品の管理においては、このダブルチェックを徹底し、ミスや不正を未然に防止する体制にしておかなければなりません。この「ダブルチェックの原則を貫く」ということは、「稲盛和夫の実学―経営と会計―」にも書かれていますが、その意図するところは、意外にも<ダブルチェックによって会社と人を守る>ということです。アメーバ経営は、「人の心をベースとして経営する」となっています。人の心をベースに経営していくなら、この“人の心が持つ弱さ”から、社員を守るという思いも必要と言われるのです。例えば、材料や部品の購入ですが、要求元が業者に直接電話などで依頼したり、値段や納期の交渉をしては、いけないということです。どうしてもそこには、お互いに無理な貸し借りが生まれてきます。相手に対する思いやり、前回の無理を帳消しにしようとし、そこにはあってはならないことが生まれてくるというのです。それも、仕事がよくできる人や、思いやりのある善人にそういう人が多いと言います。特にダブルチェックの必要な作業が、「稲盛和夫の実学」に掲げてあります。項目だけ羅列しますが、一度、そうなっているかチェックしてみて下さい。「入出金の取り扱い」「現金の取り扱い」「会社印鑑の取り扱い」「金庫の管理」「購入手続」「売掛金、」「買掛金の管理」「作業屑の処分」「自動販売機、公衆電話の現金回収」等々です。合掌
2021/03/26
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物事を処理するに当たっては、どんぶり勘定で捕らえるのではなく、一つ一つ明確に対応させて処理することが大切です。たとえば伝票なしで、現金や物を動かしたり、現金やものの動きを確認せずに、伝票のみで処理するというようなことがあってはなりません。売掛金の入金チェックにしても、どの売上分を、どの入金分で、受け取ったのかを個々に対応させながら、一対一で消し込むことが必要です。また生産活動や、営業活動においても、「総生産」や「総収益」といった、いわゆる収益と、それを生み出すために要した経費を、正確に対応させ、厳密な採算の管理を行うことが必要です。製造業と言われる当社は、多くの人がいろんな材料・部品を加工し、一つの商品を造ります。工程別や商品別にアメーバ(小集団)が組まれ、部門の収支を明確にすると共に、日次決算をしております。お金が動こうと物が動こうと、そこには必ず伝票がついてまわり、その伝票をパソコンに入力することにより、収支が見えてくるわけです。伝票なしでお金や物が動くことがあってはなりません。普通の会社は、資材が資材課の判断で、材料や部品の発注をすると思いますが、当社は、各現場が、この材料をいくらで、何個、何時までに、買って下さいという「購入依頼伝票」が発行されます。当社では、「人、物、金、すべてのものが動く時には、必ず伝票が付いてまわる」ということが徹底されており、その結果、日次決算が可能となりました。合掌
2021/03/25
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問題が発生したときや、仕事に行き詰ったときには、その対象となるものや事象を、真剣に、謙虚に、観察し続けることです。たとえば、製造現場では、あらゆる手を尽くしても、歩留まりが思ったように向上せず、壁にぶちあたることがよくあります。そんなときは、製品や機械、原材料、治工具にいたるまで、工程全体を、すみずみまで観察し、素直な眼で、現象をじっと見つめなおすことです。不良品や整備の悪い機械があれば、その泣き声が聞こえてくるはずです。製品そのものが、解決のヒントを語りかけてくれるのです。先入観や偏見をもつことなく、あるがままの姿を、謙虚に観察することが大切です。私たちの商品は、お客様が、「あぁしたい、こうしたい」といった、想い・願いをカタチにしたものですから、出来上がった商品に対するお客様の想い入れは、並大抵のものではありません。それだけに、「なぜ、こんな作り方をするのか?」「なぜ、こんな部品がつくのか?」、製造工程で分からないことが次々と出てきます。結果的には、その仕事に携わった者すべてもお客様と一体になります。一台、一台、お客様の想いをカタチにする。毎日が、変化に富んだ素晴らしい仕事であり、ありがたいことだと感謝しております。合掌
2021/03/24
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私たちが作る製品は、「手の切れるような製品」でなくてはなりません。それは、たとえばまっさらなお札のように、見るからに鋭い切れ味や手ざわりを感じさせるすばらしい製品のことです。製品にはつくった人の心があらわれます。ラフな人がつくったものはラフなものに、繊細な人がつくったものは繊細なものになります。たくさんの製品をつくって、その中から良品を選ぶというような発想では、決してお客様に喜んでいただけるような製品はできません。完璧な作業工程のもとに、一つの不良も出さないように全員が神経を集中して作業に当たり、一つ一つが完璧である製品作りを目指さなければなりません。このフィロソフィは、大変レベルが高く、私達つくる者の"精神的なもの"までが、問われます。そもそも京セラフィロソフィは、「人間として正しいことをする」がベースになっています。塾長によりますと、京セラフィロソフィは、一種の「戒律」でもあると言われます。戒律とは、仏の戒めを自発的に守ろうとする心の働きをいう「戒」と、僧に対する他律的な規範をいう「律」を合わせた言葉です。一般的には、信者が信仰生活において守るべき規律・規則のことを言います。お釈迦様は、「六波羅蜜」という修行をせよと言われます。いわゆる、布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧です。布施(ふせ):相手の利益になるよう教えを説くこと持戒(じかい):仏の戒めを守ること忍辱(にんにく):種々の侮辱や苦しみを耐え忍び心を動かさぬこと精進(しょうじん):ひたすらに努力し励むこと禅定(ぜんじょう):心が動揺することがなくなるまで寂静(じゃくじょう)になること。智慧(ちえ):ものごとの筋道を立て、計画し、正しく処理していく能力。それが、フィロソフィ2では「六つの精進」として、1.誰にも負けいない努力をする。2.謙虚にして驕(おご)らず。3.反省ある毎日を送る。4.生きていることに感謝する。5.善行、利他行を積む。6.感性的な悩みをしない。となっています。合掌
2021/03/23
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先週の土日は、フィロソフィをお休みしましたが、もう一日、ここのところ、かなり激しくなった米中間の争いが、周辺国を囲い込んでの争いに変化してきましたので、そのことを書きたいと思います。アラスカ州での非難合戦は、中国外交トップ楊共産党政治局員によると、「中国には中国式民主主義がある」「米国民の多くは民主主義への信頼を失っている」と報道陣の前でまくし立てた。さらに、「いち早く、新型コロナの封じ込めに成功した習近平国家主席を頂点とする、共産党一党支配こそ、米国式の民主主義に代わる優れた仕組みだ」と、楊氏は言い放ちました。ようするにトランプ前政権の対中圧力は、2国間の経済取引でしたが、バイデン政権に変わり、今は、米中の国家間の違いに変質しているのです。さらに、バイデン政権は周辺国を巻き込んでいるのです。バイデン政権の周辺国の巻き込みには、中国には、120年前に屈辱の歴史があるのです。1901年、義和団の乱を受けて、西洋列強8カ国連合が、当時の清朝に、北京議定書を結ばせたのです。列強8ヶ国とは、イギリス・アメリカ・ドイツ・フランス・オーストリア・イタリア・ロシア・日本の8ヶ国に、スペイン・オランダ・・ベルギーの3ヶ国を加えた11ヶ国です。そして、この条約締結により、列強諸国による中国の反植民地化がさらに進み、その後の日露戦争や、日中戦争へと広がることになります。中国にはこの苦い歴史が想い起こされると同時に、現在は、昨日ブログで書きましたように、強力な軍事力を持っていますから、絶対に二度と繰り返さないように出てくるはずです。さて、そんな背景の中で、日本はどのように対応していけばいいのでしょう。合掌
2021/03/22
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米国と中国の中間地・米アラスカ州アンカレッジで、米中外交トップ会談が行われました。冒頭から、激しい非難合戦を展開、それでもお互いに一歩も譲らず、真っ向から対立しました。その前に、アメリカは、事前に日米豪印の首脳オンライン会議を済ませ、日・韓では外務・防衛の首脳が顔合わせをし、「2プラス2会談」で、同盟関係をしっかり固めた上での中国との会談でした。アメリカは、なぜ、そんなことをしなくてはいけないのか?そこには、信じられない程、強力な中国の軍事力があるのです。下記に、米軍や米国防総省による、中国軍と米軍のアジア前方展開の主な海空戦力があります。中国軍と米軍のアジア前方展開の主な海空戦力米軍 中国軍<現在> → <25年> <現在> → <25年>250 250 主力戦闘機 1250 1950 爆撃機 175 225 10 10 哨戒機 15 30 1 1 空母 2 3 4 4 強襲揚陸艦 8 12 12 12 主力戦闘艦艇 60 108 10 10 主力潜水艦 56 64 この数字を見れば、米軍は質では勝るとしても、アジアに配置している通常戦力の物量では、中国軍に圧倒されています。アメリカでは、2027年までに中国が台湾を侵攻する危険を示唆しています。この戦力の違いを見れば、日米豪印の首脳会談や、日米韓が一体になるのも当然でしょう。それと、中国の態度が、世界中で、一歩も譲らず自国の思い通りに振る舞っていることも、すべて理解できるのではないでしょうか。合掌
2021/03/21
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まだ、子供の頃、高台にあった実家のお婆ちゃんは、朝になると天気の日は、日の出を何回も頭を下げて拝み、夕方には沈みゆく夕陽に手を合わせ、何ごとかをしばらく祈っていました。古来、日本人は自然とともに生活し、自然界や動植物は支配するものにはあらず、ともに生き、ともに生かされた存在であったと思います。その姿がお婆ちゃんそのものだったと思います。それと、お彼岸と言えば、一族郎党が集まり、みんなで先祖の墓参りが恒例の行事でした。その後は、大人は宴会が始まり、私達子どもは、久し振りに集まる従兄妹同士で大賑わいでした。そんなことを思い出しながら、今日は夫婦で神峯山寺に向かい、両親と兄夫婦の墓参りです。お寺から彼岸法要の塔婆を受け取り、墓前では、私たち皆が、幸せに暮らしていることの報告です。神峯山寺と言えば、1300年の歴史を持つ古刹で、日本最初の毘沙門安置の霊場でもあります。仏教では、この世に居ながら六波羅蜜という次の6つの修行をすれば、悟りの境地、即ち彼岸へ行けます。布施:(ふせ)他人のために惜しみなく善行を施すこと 持戒:(じかい)戒律を守り、他人に迷惑を掛けないこと 忍辱:(にんにく)身に降りかかる災いを受け入れ、耐え忍ぶこと精進:(しょうじん)誠心誠意努力を続けること禅定:(ぜんじょう)常に静かな心を持ち、動揺しないこと智慧:(ちえ)怒りや愚痴、むさぼりに捉われず、ものごとの真理を正しく見極めること今日は、難しいフィロソフィの話はお休みにして、墓参りの話を書こうと思いましたが、また、また、分かりにくい仏教の話に落ち着きました。お許しください。合掌
2021/03/20
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企業での技術開発やものづくりには経験則が不可欠です。理論だけではものはできません。たとえばセラミックの場合、原料である粉体を混ぜて成型し、高温で焼けばでき上がるということは、勉強さえすれば誰でも理解できます。ところが、粉体を混ぜるということがどういうことなのかは、実際に自分で手を染めて苦労してやってみないと決してわかりません。液体や気体なら完全な混合ができますが、粉体はどこまで混ぜたら混ざったといえるのか、これは経験則でしかわからない世界です。この経験則と理論がかみ合ってはじめて、すばらしい技術開発やものづくりができるのです。これも「現場主義に徹する」と同じでことだと思いますが、実際に、自分で手を汚し、汗をかき、手を染めてやってみなければ、本当にそれが「つくれるか」どうかは分からないということです。モノづくりをしていて、自分ではできないので、分からないまま外注するのは、そのものがつくれるとは言えません。大掛かりな設備が必要としても、その現場を確認し納得することが必要です。モノづくりというのは、原材料を手にし、実際に切ったり張ったりして、部品も実際に取り付け加工し、初めでどうすれば、よりよくできるかが分かるのです。時間とお金がいくらかかろうが、自分で作る限りは、実際に手を汚し汗をかくことです。現場をわからずしてモノづくりはありません。しかし、現実は、それを省くモノづくりが横行しています。人生のほとんどを「モノづくり」に費やし、本当に楽しく有意義な人生だったと思います。残りの人生は、<電動アシスト四輪車両>に全力を尽くしたいと思います。合掌
2021/03/19
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ものづくりの原点は製造現場にあります。営業の原点はお客様との接点にあります。何か問題が発生したとき、まず何よりもその現場に立ち戻ることが必要です。現場を離れて机上でいくら理論や理屈をこねまわしてみても、決して問題解決にはなりません。よく「現場は宝の山である」といわれますが、現場には問題を解くためのカギとなる生の情報が隠されています。絶えず現場に足を運ぶことによって、問題解決の糸口はもとより、生産性や品質の向上、新規受注などにつながる思わぬヒントを見つけ出すことができるのです。これは、製造や営業に限らず、全ての部門にあてはまることです。このフィロソフィで感じることは、やっぱり創業当初のことですが、私はモノづくりは全く初めてのことですから、どんな機械を使い、どう加工するのかを、一つ一つ、すべて自分で体験しました。近くの木工所にベニヤの切断を依頼しましたが、寸法にバラつきが出て仕事になりません。寸法公差を1ミリに求めましたが、とんでもないと断られ、切断機を購入し、自分で切断をしました。金属加工、木工作業、化成品の加工、縫製作業など、いろんな作業を内製しているのは、「現場主義に徹する」の教えの通りです。このことが、一台からの受注生産に徹することができました。今では、各現場では、他社ではできないことがたくさんできるようになっています。合掌
2021/03/18
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物品や原材料を購入する場合、大量に買えば単価が下がるからといって、安易に必要以上のものを買うべきではありません。余分に買うことは無駄使いのもとになります。たとえ一時的に大量に安く購入できたとしても、これによって在庫を保管するための倉庫が必要となったり、在庫金利が発生したりといった余分な経費が掛かってきます。さらには製品の仕様変更などの理由で、まったく使えなくなってしまう危険性もあります。やはりメーカーはメーカーに徹し、ものづくりそのもので利益を上げるということに専念すべきです。必要な時に、必要なだけ購入するという考え方が大切です。「必要な時に必要なだけ購入する」この原則を、厳格に社員に守らせようとすると、大きなトラブルになります。私自身が、これを守れなかった時期もあります。しかし創業の翌年1973年に、オイルショックに見舞われ、主材料のアルミや全ての材料が日に日に値上がりし、受注するにも材料代がいくらになるか分からず、見積もりができなくなりました。競合メーカーが、見積もりができないというのを、当社は当座買いに徹し、受注日の価格を基準に、見積もりをして次々受注を拡大、一気に競合他社を出し抜くことができました。他社は、材料がいくらに上るか分からないから、見積もりができないというのです。その次のバルブ崩壊(1991年~1993年)の時は、アメーバ経営導入でこのフィロソフィがあり無事パスしました。しかし、資源の枯渇や原油の動き等で、先行き間違いなく値上がりするという時には、どうしても心が揺らぎ、まとめ買いをしてしまいます。それでもこの50年を振りかえると、やはり当座買いが正しいことが分かりました。「必要な時に必要なだけ購入する」、何があろうとこれに徹することが大切です。合掌
2021/03/17
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私たちは余裕ができると、ついつい「これくらいはいいだろう」とか、「何もここまでケチケチしなくても」というように、経費に対する感覚が甘くなりがちです。そうなると、各部署で無駄な経費がふくらみ、会社全体では大きく利益を損なうことになります。そしてひとたびこのような甘い感覚が身についてしまうと、状況が厳しくなったときに、あらためて経費を締めなおそうとしても、なかなか元に戻すことができません。ですから、私たちはどのような状態であれ、常に倹約を心がけなければなりません。出ていく経費を最小限に抑えることは、私たちにできるもっとも身近な経営参加であるといえます。昭和16年、日本が第二次世界大戦に参戦した年に生まれ、4歳で無条件降伏の終戦を迎え、幼稚園・小・中・高の頃は、それこそ焼け野原から立直る時期で、食べ物にも苦労する時代でした。今思うと、私はその環境のおかげで“克己心(こっきしん)”が養われたように思います。克己心(こっきしん)とは、自分の心に打ち勝つ心であり、自分の欲望や邪念を制し、目標を目指して邁進(まいしん)しようとする心持です。それには、常に自己啓発本などで克己心を鍛えることです。とはいうものの、やはり私も奢りたかぶる時代がありました。フィルムカメラが無くなりムービーやデジカメを供給する弱電3社、重電3社を取り込んだ時は、もうこれで一安心と、慢心したものです。しかし、これもつかの間、ほぼ3年後には、あっと言う間に海外生産に移行してしまうのです。一瞬にして全ての得意先が海外へ移転してしまいました。これを機にアメーバ経営を導入するのです。経営者は、十年はおろか、二十年、三十年、いや永久に会社の繁栄を維持しなければなりません。努力を延々と続け、その間わずかでも慢心することがあってはなりません。初心を忘れず、倹約を常に心掛けたいと思います。合掌
2021/03/16
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今日から、「日々の仕事を進めるにあたって」という10ヵ条のフィロソフィの紐解きが始まります。日々の仕事を進めるにあたって、原理原則のようなものです。初日は「採算意識を高める」です。京セラでは、アメーバ単位で「時間当たり採算制度」を実施し、職場での仕事の結果が誰にでもはっきりと分かるようになっています。社員一人一人が経営者の意識をもって、どうすれば自分たちのアメーバの「時間当たり」を高めていけるのかを真剣に考え、実践していかなければなりません。常日頃、鉛筆一本やクリップひとつにいたるまで、ものを大切にしようといっているのは、こうした思いのあらわれです。床にこぼれ落ちている原料や、職場の片隅に積み上げられている不良品が、まさにお金そのものに見えてくるところまで、私たちの採算意識を高めていかなければなりません。何も分からないままモノづくりの工場を始め、すぐ20人、30人と人が増えました。しかし、モノづくりをしている以上、コスト、原価がどうなっているのかを考えずに、経営がうまくいくはずがありません。作業する人達が、まず、原材料や部品のコストが分からない限り、原価意識など持てる筈がありません。さらに、生産性も考えるようになり、初めて採算意識と言えるのではないでしょうか。現実に仕事をしている人達は、近くの家庭の主婦であり、アルミケース等は初めて目にする状態で、まず、最初にしたことは、月末には生産をストップし、全員で在庫調べをし、部品名を覚えてもらうことでした。そして、次には全員に作業日報を付けてもらい、何時から何時まで、どんな作業を何個仕上げたかを記録してもらいました。同じ作業をしても、個人で生産数が違うことが分かりました。現在は、各部門の進捗ボードに、午前・午後に別け、部門員一人一人の誰が、何を、何個、生産するかという「日次生産予定表」に張り出されます。全員の作業予定とその結果が分かります。一人ひとりの採算意識を高めない限り、会社は存続していかないと思いますが、そのためには、このように十分な準備が必要で、時間も数年かかると思います。合掌
2021/03/15
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目標を達成するためには、その目標が全員に周知徹底されていなければなりません。つまり全員が目標を共有化し、自分たちのものになっていることが必要なのです。営業部門でも製造部門でも、当月の「受注」や「売上」、「総出荷」、「総生産」、「時間当たり」などの数字が全員の頭にしっかりと入っていて、職場の誰に聞いても即座にその数字が口をついて出てこなければいけません。京セラの「アメーバ経営」と「時間当たり採算制度」では、目標を全員に周知徹底し、共有化を図ることによって一人一人の参画意識が高められ、これが一丸となって目標達成に向かうエネルギーとなるのです。これほど道理が通り、当たり前のことはないのですが、これを徹底するには、条件があります。それには、会社のあるがままの現状や、その結果を、理解してもらわなければなりません。業績が悪く、良くない時だけ頑張れ!頑張れ!と言っても、誰も協力してくれません。良い時も悪い時も、すべてあるがままの現状を皆が理解してくれれば、目標を周知徹底することができるのです。アメーバ経営を導入し、導入途中で断念する会社があります。導入後まず最初に始まるのは、会社のあるがままの姿を、全従業員に知ってもらう資料作りから、始まります。それが許せないのです。透明性の高い経営でないと、アメーバ経営は始まりません。会社のすべてが、自分で理解できるようになって、初めて、従業員みんなが経営者マインドを持つことができるのです。「会社の透明性を高める」、「会社のすべての数字を明らかにする」、これは、特にオーナー色の強い中小企業にとっては、大変難しいことです。合掌
2021/03/14
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新たな目標を立てるときは、あえて自分の能力以上のものを設定しなければなりません。今はとてもできそうもないと思われる高い目標を、未来の一点で達成するということを決めてしまうのです。そして、その一点にターゲットをあわせ、現在の自分の能力を、その目標に対応できるようになるまで高める方法を考えるのです。現在の能力をもって、できる、できないを言うことは誰でもすることです。しかし、それでは新しいことや、より高い目標を達成することなどできるはずはありません。今できないものを、何としても成し遂げようとすることからしか、高い目標を達成することはできないのです。このことは、アメーバ経営導入当初、営業会議で、日にちが変わるまで議論を重ねました。「どうして、できもしない目標を掲げなければならないのですか?」「現状を打破し、成長しなければならないからです!」売上が2年で半減し、そこから立直るためにアメーバ経営を導入しました。<受注と売上の確保・増大を図り>、<会社を成長させる>のが、営業の「役割」と「責任」です。今できないものを、何としても成し遂げようとすることからしか、現在より成長することはできないのです。成長するために目標を決め、PDCA(計画・実行・評価・改善)を繰り返すのです。合掌
2021/03/13
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京セラでは不良資産を発生させることを厳しく戒(いまし)めております。必要なときに必要なだけ買い入れること、必要なものだけを作ることが原則です。余分なものを買ったり、余分なものを作ったりすると、不良在庫を発生させ無駄な経費を使うことになります。しかし、万一不良資産が発生した場合には、ただちにこれを処理することです。一時的には損失を出すことになりますが、目先の数字にとらわれず、勇気をもって不良資産を処理しなければなりません。これをせずに問題を先送りにすると、さらに大きな損失につながります。経営は常に健全な資産状態で行われる必要があるのです。理屈では理解できても、実際に現場でこれを実践するとなると、随分と反発が出ました。アメーバ経営を導入するまでは、私自身が、そうしていなかったと思います。しかし、創業の時、父親から釘を刺されたことがあり、銀行から借金することがあっても、絶対に手形で物を買ってはならないと告げられ、それが保証人(銀行借入)になる条件でした。銀行は、返済能力のないところには絶対にお金は貸さない。一方手形は、何の保証もなく日銀券を発行するようなもので、お前には、日銀券を発行できるような資格はどこにもないということでした。お陰さまで、創業以来、車の購入も含め、一枚の自己手形を発行することもなく、すべて現金払いで来ることができました。廃業をも考えざるを得ない時期がありましたが、そんな時でも「健全資産の原則を貫く」ことができたからこそ、今日まで継続することができたと感謝しています。企業理念にあります“全従業員の物心両面の幸福を追求する”ためにも、この「健全資産の原則」を貫き通さなければならないと思います。合掌
2021/03/12
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経営というものは、月末に出てくる採算表を見て行うのではありません。細かい数字の集積であり、毎日の売上や経費の積み上げで、月次の採算表がつくられるのですから、日々採算をつくっているのだという意識をもって経営にあたらなければなりません。毎日の数字を見ないで経営を行うのは、計器を見ないで飛行機を操縦することと同じです。これでは飛行機はどこへ飛んでいき、どこに着陸するのか、わからなくなってしまいます。同様に日々の経営から目を離したら、目標には決して到達できません。採算表は一人一人の毎日の生きざまが累積した結果であるということを忘れてはなりません。最初の一言、「経営というものは、月末に出てくる採算表を見て行うのではありません」が、胸に突き刺さります。創業当初、売上と仕入れを日々集計し、必ず、売上が多いことを確認しました。そもそも、アメーバ経営を導入するまでは、振替伝票で経理処理し、翌月20日過ぎに、会計事務所からのB/S、P/Lを見て、初めて前月の収支を確認することができたのです。アメーバ経営を導入し、会計事務所を始め、経理の責任者も不可能といったのが、「月末締め日には、その月の決算ができるようにする」ということでした。話を聞く前にそれはムリと判断したのです。アメーバ経営を導入し、27年目の現在は、業務管理日報で、日次決算ができる数字をまとめ、月末には財務会計とアメーバ経営の管理会計を検証し、整合性を確認しています。これができてこそ、「日々採算をつくる」ことができるのです。アメーバ経営・管理会計システムを導入しない限り、これはムリではないかと思います。合掌
2021/03/11
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経営とは非常にシンプルなもので、その基本はいかにして売上を大きくし、いかにして使う経費を小さくするかということに尽きます。利益とはその差であって、結果として出てくるものに過ぎません。したがって私たちはいつも売上をより大きくすること、経費をより小さくすることを考えていればよいのです。ですから、「原材料費」は「総生産」の何パーセントでなければならない、とか「販促費」はこれくらい必要だろうといった常識や固定概念にとらわれてはなりません。売上極大、経費極小のための努力を、日々創意工夫を凝らしながら粘り強く続けていくことが大切なのです。「売上を極大に」するには、まず、営業努力だと思いますし、経費を極小にするには、製造現場の末端まで徹底する必要があります。これもアメーバ経営を導入し、パート女性からそのことを学びました。以前は、床に定価票や取り扱書が散らばっていても、そのままでしたが、アメーバ経営を実践するようになり、男性社員がそれを踏みつけて通るのを見て、パートの女性がその社員を叱り付けたのです。製造現場に、原価意識が芽生えてきたのが、それで気づくことができました。今では、売上極大・経費極小の両方とも、製販が一体になり、会社全体で取り組むようになりました。他にもいっぱいありますが、アメーバ経営は、一人一人が経営者ということを実感することができます。合掌
2021/03/10
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今日からのフィロソフィは6ヵ条続けて、アメーバ経営の神髄 「一人一人が経営者」 に入ります。アメーバ経営を実践していると、チョット信じられないと思いますが、一人一人が経営者感覚で、採算を意識するようになりました。まず初日のフィロソフィは、「値決めは経営である」です。経営の死命を制するのは値決めです。値決めにあたっては、利幅を少なくして大量に売るのか、それとも少量であっても利幅を多く取るのか、その価格設定は無段階でいくらでもあるといえます。どれほどの利幅をとったときに、どれだけの量が売れるのか、またどれだけの利益が出るのかということを予測するのは非常に難しいことですが、自分の製品の価値を正確に認識した上で、量と利幅との積が極大値になる一点を求めることです。その点はまた、お客様にとっても京セラにとっても、ともにハッピーである値でなければなりません。この一点を求めて値決めは熟慮を重ねて行わなければならないのです。「値決めは経営である」、このことを創業までに知っておれば、もっと仕事をスムーズに進めることができたかもしれません。創業して、一番先に苦労したことは原価計算の雛型というのか、フォーマット・テンプレートを作ることでした。原材料の重量や面積で材料代を出し部品代を加え、材料ロスや加工賃を算出するのです。大手企業の商品を、相手先ブランドで受注生産しましたので、まず営業部と商談し、購買部に精密な原価計算書で了解を得て、設計や技術部・製造部に納得してもらって、初めて受注になるのです。商品が完成すれば、今度は検査部の方が、何人も来社され、製造現場の視察から、出来上がった商品を厳密に検査されました。とんでもない苦労がありましたが、それがあったからこそ現在があると思います。話がそれましたが、商談がまとまるまでにどんな苦労があろうと、最終的には「まず売値ありき」でした。大手企業さんは、その商品を販売して利益を出されるのです。品質・納期・とくに価格のすべてを満足してもらって、初めて商談が成立します。しかし、それを提供する会社としても、利益を出さなければ、会社は存続できません。「値決めは経営である」、これほど分かりやすいフィロソフィはありません。しかし、これほど難しいこともないと思います。合掌
2021/03/09
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「新しいことを成し遂げる」というテーマで、6話のフィロソフィを紹介しましたが、今日は、その最後になる7番目のフィロソフィです。新しいことをなし遂げるには、まず「こうありたい」という夢と希望をもって、超楽観的に目標を設定することが何よりも大切です。天は私たちに無限の可能性を与えているということを信じ、「必ずできる」と自らに言い聞かせ、自らを奮い立たせるのです。しかし、計画の段階では、「なんとしてもやり遂げなければならない」という強い意志を持って悲観的に構想を見つめなおし、起こりうるすべての問題を想定して対応策を慎重に考えつくさなければなりません。そうして実行段階においては、「必ずできる」という自信を持って、楽観的に明るく堂々と実行していくのです。このフィロソフィに接するたびに、世の中のことが何も分からないまま31歳で、何としても自分の会社を興したいと思うだけで、創業しました。その時に、このフィロソフィを知っておればもっと楽だったかもしれません。こうしたいと思ったら、楽観的に着手しないと、何事も始まりません。しかし、一旦着手すると、とんでもない問題が次々と出てきます。その時は慎重にならざるを得ません。しかし、私はそんな時に、数え切れない多くの人に助けられ、何とか今日までやってくることができました。これを紐解くと、とんでもなく長くなります、どうか、この通りに実行してください。合掌
2021/03/08
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昨日は、会社全員で「信念を貫く」ために、企業理念や信条を紹介しましたが、塾長は、サミュエル・ウルマンが書いた「青春」という詩に、「信念を貫く」という内容が全て入っていると言われました。「青春」 原作 サミュエル・ウルマン 邦訳 岡田義夫青春とは、人生のある期間を言うのではなく、心の様相を言うのだ。優れた創造力、たくましき意志、燃ゆる情熱、怯懦(きょうだ)・(いくじのないこと)を退ける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心、こういう様相を 青春 というのだ。年を重ねただけで、人は老いない。理想を失う時に、初めて老いがくる。歳月は、皮膚のしわを増すが、情熱を失う時、精神はしぼむ。苦悶や、狐疑(こぎ)・(相手のことを疑うこと)や、不安、恐怖、失望、こう言うものこそ、あたかも長年月のごとく人を老いさせ、精気あるある魂をも、芥(あくた)・(つまらないもの)に帰せしめてしまう。年は七十であろうと、十六であろうと、その胸中に抱きえるものは何か。いわく「驚異(不思議で驚くべきこと)への愛慕心」、空にひらめく星辰(せいしん)・(夜空で光っているように見える天体)その輝きにも似たる事物や、思想に対する欽仰(きんぎょう)・(尊敬し慕うこと)、事に処する剛穀(ごうき)・(何事にも気性が強く屈しないさま)な挑戦、小児の如く求めて止まぬ探求心、人生への歓喜と興味。人は、信念と共に若く、恐怖と共に老ゆる。人は自信と共に若く、恐怖と共に老ゆる。希望ある限り若く、失望と共に老い朽ちる。大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大偉力との霊感を受ける限り、人の若さは失われない。これらの霊感が絶え、悲嘆の白雪が人の心の奥までもおおいつくし、皮肉の圧氷がこれをかたく閉ざすに至れば、この時にこそ人は全くに老いて神のあわれみを乞うるほかはなくなる。青春という期間は、年齢で決まるものではない、心の様相で決まるのだ、とサミュエル・ウルマンの言葉、この言葉を忘れずに、残りの人生を過ごしたいと思います。合掌
2021/03/07
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仕事をしていく過程には、さまざまな障害がありますが、これをどう乗り越えていくかによって結果は大きく違ってきます。何か新しいことをしようとすると、反対意見やいろいろな障害が出てくるものです。そのようなことがあると、すぐに諦めてしまう人がいますが、すばらしい仕事をした人は、すべてこれらの壁を、高い理想に裏打ちされた信念でもって、突き崩していった人たちです。そうした人たちは、これらの障害を試練として真正面から受け止め、自らの信念を高く掲げて進んでいったのです。信念を貫くには大変な勇気が必要ですが、これがなければ革新的で創造的な仕事はできません。アクテック株式会社は、会社経営をしていく上で、必要な企業理念を掲げています。まず、何のために経営しているかという企業目的です。アクテック株式会社は、全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類・社会の発展に寄与することを目的とする企業体です。私達が目指す物心両面の幸福とは、経済的な安定や豊かさを求めていくと共に、仕事の場での自己実現を通じて、生きがいや、働きがいといった人間としての心の豊かさを求めていくものです。さらに、この企業目的を達成するための信念を、「信条」として掲げています。 私達は仕事を通じて、社会に貢献しなければならない。社会から要求される商品を生産してこそ、私達の会社は存続し、ひいては私たちの生活も確保できるものと認識します。社会から要求される商品でも、お客様に喜ばれる優秀な商品を創造し、しかもこれを安く、納期通りに確実に提供してこそ、社会的な価値を発揮し、私達の会社も進展し得るものと確信します。次に、企業目的を遂行していく上での経営指針とか綱領などを表した経営理念を掲げ、さらに、社訓、行動指針と続きます。長くなりますので省きます。合掌
2021/03/06
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ものごとを成し遂げていくもとは、才能や能力というより、その人の持っている熱意や情熱、さらには執念です。スッポンのように食らいついたら離れないというものでなければなりません。もうダメだ、というときが本当の仕事の始まりなのです。強い熱意や情熱があれば、寝ても覚めても四六時中、そのことを考え続けることができます。それによって、願望は潜在意識へ浸透していき、自分でも気付かないうちに、その願望を実現する方向へと身体が動いていって、成功へと導かれるのです。すばらしい仕事を成し遂げるには、燃えるような熱意、情熱をもって最後まで諦めずに粘り抜くことが必要です。創業の時、100%受注生産と決めたのはいいですが、当時は、インターネット等はなく、すべてが一軒、一軒の訪問販売でした。自分の考えているようにはいかず、もうダメだと思ったことは数えきれません。それでも頑張り続けて49年、現在も、お客様の注文がなければ仕事がありません。それこそ、「もうダメだというときが仕事のはじまり」です。このフィロソフィを、繰り返し、繰り返し、唱え続け、仕事に励みたいと思います。合掌
2021/03/05
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京セラの歴史は人のやらないこと、人の通らない道を自ら進んで切り開いてきた歴史です。誰も手掛けたことのない新しい分野を開拓していくのは容易ではなく、海図や羅針盤もない状況で大海原を航海するようなものです。頼りになるのは自分たちだけです。開拓するということはたいへんな苦労が伴いますが、反面これをやり遂げたときの喜びは何ものにも代えがたいものがあります。このような未踏の分野の開拓によって、すばらしい事業展開ができるのです。どんなに会社が大きくなっても、私たちは未来に夢を描き、強烈な思いを抱く開拓者としての生き方をとり続けなければなりません。このフィロソフィに触れると、世間のこと、ものづくりについて、何も知らないまま、ただ自立したいという思いだけで創業したことが思い出されます。その結果は、言葉にならない、困難辛苦に襲われました。頼りとするのは、<自分の思いと考えだけ>、とにかく、<自分の進むべき方向を、自分自身で考える>の連続でした。周辺の人びとに助けられ、80歳の今日までやって来れたと感謝しています。塾長によると、「開拓者であれ」、確かにたいへん厳しい生き方かもしれませんが、それを習慣にすれば、鋭い感覚が身に付き、勘が冴えるようになって、正しい判断ができるようになるそうです。合掌
2021/03/04
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私は、結婚して半世紀が経って、ようやく“桃の節句・ひな祭り”を、楽しめるようになりました。実子は、1970年に結婚して、3人の男の子に恵まれましたが、すべて“端午の節句”でした。続いて男の子が2人産まれたときは、次は女の子をと期待したのですが、やっぱり男の子、以来、半世紀が過ぎて、ようやく孫娘に恵まれたのです。昨年は、長岡天満宮で七五三のお祝いでした。子供の頃は、兄と私、下に妹二人でしたから、春(3月)になると家の中はパッと明るくなり、妹二人の桃の節句を楽しみ、5月には、鎧兜の段飾りが、どっしりと家の中に飾られました。遊びが少なかった昔は、「桃の節句」と「端午の節句」は、親戚縁者も含めた一大行事でしたが、それだけでなく、隣近所の子供どうしにとっても、忘れられない想い出となっています。それが結婚してからは、大きな「鯉のぼり」を建てることや、「段飾り」の準備に追われ、端午の節句が近づくと、その準備と後始末が大変で、その大変さばかりが印象に残っています。ところが今は、孫娘のおかげで、昨年は晴れやかな七五三のお祝いをし、今日は“桃の節句”です。責任がないからか、息子の時とは違い、何の気づかいもなく、うれしいばかりです。これも、日本ならではの風習かもしれませんが、先人が、孫・子の成長を願い、永年受け継がれてきたものと思います。あらためて孫娘の成長を願うしだいです。今日は、難しいフィロソフィは一服し、「桃の節句・ひな祭り」についての想いを書きました。合掌
2021/03/03
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人はえてして変化を好まず、現状を守ろうとしがちです。しかし新しいことや困難なことにチャレンジせず、現状に甘んじることは、既に退歩が始まっていることを意味します。チャレンジというのは高い目標を設定し、現状を否定しながら常に新しいものを創り出していくことです。チャレンジという言葉は勇ましく非常にこころよい響きをもつ言葉ですが、これには裏付けが必要です。困難に立ち向かう勇気と、どんな苦労もいとわない忍耐・努力が、必要なのです。自分たちにはとてもできないといわれた難しいものをつくるというチャレンジの連続が、京セラを若々しく魅力ある会社にしてきたのです。「チャレンジ」「挑戦」というと、たいへん格好よく聞こえますが、ここで大切なことは、格闘技にも似た激しい闘争心を、持った人でないと、チャレンジしてはならないと、塾長から教わりました。軽々しく挑戦すれば、とんでもない大失敗を招いてしまいかねませんから、勇気にもとる人、忍耐力に乏しい人、努力を怠る人、そういう人に「チャレンジ」という言葉を軽々しく使ってもらっては困るとのことです。チャレンジする人は、勇気と人一倍の忍耐力を持ち、さらに誰よりも努力家でなければいけないと言われ、もう一つ大切なことは、野性的で少し野蛮なところが必要とのことです。文明の興亡を見ても、野蛮人が文明人を席巻した歴史があり、例えば、ローマ帝国が滅びたのは、好戦的なゲルマン人が侵攻して来たからであり、かつては蒙古民族が、ヨーロッパまで国土を広めました。つまり、新しいことを成し遂げるには、「何があってもこれをやり遂げるのだ」という、野蛮人にも似た貪欲さ、闘争心が必要なのです。合掌
2021/03/02
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仕事において新しいことを成し遂げられる人は、自分の可能性を信じることのできる人です。現在の能力をもって「できる、できない」を判断してしまっては、新しいことや困難なことなどできるはずはありません。人間の能力は、努力し続けることによって無限に広がるのです。何かをしようとするとき、まず「人間の能力は無限である」ということを信じ、「なんとしても成し遂げたい」という強い願望で努力することです。ゼロからスタートして京セラが世界のトップメーカーになったのは、まさにこのことの証明です。常に自分自身の持つ無限の可能性を信じ、勇気を持って挑戦するという姿勢が大切です。このことは、「人間の無限の可能性を追求する」ではなく、「人間の無限の能力を信じる」に言い換えることができると思いますが、精神障害者の就労支援をして、私は強烈に感じました。彼らは、自分の役割と責任を、自分なりに認識すれば、ど真剣に取り組んでくれました。そして、周辺の人が苦労していたことが、彼らは、こともなげに予定通りに仕上げてくれるのです。アメーバ経営を導入し、一人一人の仕事と、その量が割り当てられ、それを作業日報で、日々、出来たか出来なかったかを報告します。日々、仕事の成果を検証することは不可欠です。このことで、彼らの無限の能力が、「見える化」したのです。作業日報も、彼らの報告が一番正確で細やかです。そして、いがいにも精神障がい者の長期就労が実現したのです。能力というのは、頭の良し悪しだけではなく、身体的能力も含みます。元気に休まず出勤することも立派な能力の一つです。それと能力は、鍛え磨かれれば、進歩するのです。毎日朝晩に運動すれば、次第に身体は丈夫になりますし、学力も勉強すればどんどん向上します。ようする我々は、能力を磨いて向上させ、進歩させていくための地味な努力を積み重ねていくことです。合掌
2021/03/01
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