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6月は中頃、会社の登山仲間達と乳頭山へと登って参りました。■今日は天気が良いw 車道はタケノコ採りの車でいっぱい!蟹場温泉の近くの草むらに車を泊め、8:50登山開始。孫六温泉口からの一般的なコース。孫六手間の登山口にある湧き水は夏なお冷たく、見逃せない甘露水だ。登山口からは一気に130M登る!しかしブナ林の中なので気持ちが良い!!■標高1280Mの田代平山荘■田代平から山頂へのラスト田代平からは視界が開け、展望を楽しみながら登れます。頂上も見えてきます。足場も岩混じりとなります。■乳頭山頂上1477,5M 因みに乳頭山は三角点が無い!11:10山頂到着晴れていると思いきや、秋田駒方面は雲って見えない・・・。頂上では昼飯を食し、12:30下山開始。帰りは来た道ではなく、一本松沢を下りました。■良質なネマガリダケ(根曲竹)が登山道に覆い被さってます。下山はこのタケノコ採りという別の仕事が加わった為、登山よりも時間がかかった様な気がします。とはいえ目に付くと採らずには居られない(´-`)■先輩、下山中に採りすぎです。。■いいタケノコですよね!!■秘湯黒湯■秘湯孫六温泉 下山してきましたw■孫六温泉久々の登山でしたが天気が良く、新緑と初夏の陽の光をたっぷりと浴び、疲れることなく順調に登る事が出来ました。これからは夏山の季節ですな!
2010年06月25日
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先日ではありますが、ETC割引を使って遠出して参りました。基本的に土日祝日は¥1,000というこの割引ですが、平日でも平日昼間割引、深夜割引、通勤割引というのも存在し30%~50%OFFのそれでもだいぶ安く乗れます。非番の夜、中々寝付けなかった為に夜遅くに出発。深夜割引を使用します。途中、東北道の長者原SAで仮眠を取り、行く当てもなく進んでいきます。AM7:00。そろそろサービスエリア内の食堂が開く時間となりましたので菅生PAで朝飯。■朝の東北道をひたすら南下先程休憩した時にガイドブックを立ち読みしてきました所、福島県になかなかよろしい温泉を見つけました。秋田中央ICから約310Km、福島飯坂ICで下車。福島駅前から東西に延びる福島吾妻裏磐梯線(県道70号線)を吾妻高原に向けて走らせました。■今回のターゲットは福島県、高湯温泉なる処です。そして高湯温泉、安達屋旅館には高速を下りてから40分程で到着しました。■霧の中の安達屋旅館 標高750Mにあります。高湯温泉とは→高湯温泉観光協会先ずは温泉、今日は日帰り入浴と言う事で700円を払う。日帰り入浴にしては割と高額な方だと思う。しかも1時間以内の入浴が絶対条件という時間制限制!!キャバクラか!!ここ安達屋の日帰り入浴は1時間以内の入浴で平日 午前10時~午後5時までの受付土・日・祝 午前10時~午後1時までの受付(休日は要注意)大人1人700円でタオルはご準備下さいとの事。さて、最初は内湯へ■内湯シャワー水道はここ内湯にしかありません。続いて「薬師の湯」へ■薬師の湯、高湯温泉の湯は非常に美しい澄んだ乳白色です。北東北の乳白色の温泉は数ありますが、どこも硫黄臭がキッツイ温泉ばかりですが、ここはそうでもありません。浸かっていても体にしみこむことなく、また低刺激でいつまで浸かっていても良さそうな当たりの優しい湯です。最後は「大気の湯」ここ安達屋でも一番大きい大露天風呂で高湯温泉といえばこの露天風呂だろ!並の有名な露天風呂です。内湯の所から渡り廊下で外へと繋がっております。■大気の湯 傘は内湯の近くに貸し出してありました。縦長に広く存在し、この霧のせいもあって風呂の奥まで見えない程広い露天風呂です。2枚目の写真はその中盤くらいにある洞窟風呂とやら。中に入れます。因みに大気の湯は18時から21時までは女性専用となります。男性諸君あしからず。あっという間に1時間が経とうとしていたので時間ばっちりに上がりました。■囲炉裏 ラウンジで安達屋旅館の温泉は慶長十二年に開湯したそうで大変歴史のある温泉宿です。初代当主の菅野三四郎が仙台城に赴く途中、夢枕に一人の行者が現れ「武門を解き西の山に温泉を探し諸人のために尽くせ」とのお告げがあったそうな。我に課せられた天命と信じ、山中を幾日も探し歩いた所、大きな岩がある荒涼とした所にたどり着き、そしてその上に一人の高僧が存し「万来、万来お前が来るのを一千年も待っていた」と告げた。三四郎は「正にこの光景は夢枕に現れたものと同じであり、今こそ所願達成のとき」と経を唱えながら岩を取り除こうとしたところ不思議と金剛力が出て岩は砕け散り温泉が湧き出たのが始まりと言う。どんな病気でも三日入れば治ると言われた名湯だそうな。さて、温泉に浸かって運転の疲れも取れた所でさらに先へと進む事にした。高湯温泉より先に進むと磐梯吾妻スカイラインという有料道路になります。■絶景ポイントである不動沢橋なのだが… 因みに晴れている時の不動沢橋→■霧の欄干の下はというと…(((((((( ;゚Д゚))))))))ガクガクブルブルガタガタブルブルなんか危険な看板が現れました。■毒ガスとな それにしても天気が悪い。視界も最悪です。スカイライン高湯料金所のおじさんが浄土平まで行けば視界が晴れてるよとの事だったので期待。■一切経山(いっさいきょうざん)1948.8m 噴煙が…■噴煙口ズーム これは危険だここは標高1,500メートルの浄土平と言う所。ちょうど福島市と猪苗代市の境に位置するこの一切経山は吾妻連峰を構成する山の一つ。今も火山活動を続けている活火山である。登山も可能だがごらんの通り火山ガスが充満しており入山時には最新情報を!少しずつ天気が回復して参りました。■湖見峠 磐梯山とそこをめぐる4つの湖(猪苗代湖、小野川湖、秋元湖、桧原湖)が遠望できる。そうして土湯峠を過ぎ、土湯料金所を通ってからまたも温泉地を発見してしまった。。。野地温泉へGO!向かった先は新野地温泉 相模屋旅館土湯峠には鷲倉、赤湯など名湯が数多く存在し、中でも有名なのがここ新野地温泉。標高約1200Mに位置する温泉地だ。■旅館本館から階段を下り、趣ある廊下を行くと 露天風呂にありつけます。■露天風呂 噴煙が目の前で絶えず上がっております!■露天風呂&脱衣所です。 思い切り野外ですw天気も割と回復し、太陽が時折顔を出す様になりました。ここ新野地温泉 相模屋旅館は泉質も雰囲気もGOOD!この露天風呂は夜に酒でも飲みながら入りたいです。はしご風呂もして腹も減った所、旅館の人に聞いた所北方まではここから約1時間程度との事でしたので、今は未だ昼ですが夕飯は喜多方で食う事に。■国道459号線 道の駅裏磐梯■岩魚の塩焼■磐梯山喜多方版へと続く
2010年05月13日
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国道459号線を西へどこまでも行くとやがて喜多方の街中にぶつかります。■蔵馬車が対向してきた! 喜多方に来たぜ!とりあえず駅の方へ行ってみた。■お忍び■喜多方の町並みさて喜多方まで来たんだから喜多方ラーメンでしょうな。ベタではあるが無難でしょう!前に登山の会議で喜多方を訪れた時はそう有名でもない店に入ったので、今回は有名店に入りたい。携帯で検索した所、「坂内食堂(ばんないしょくどう)」が熱いらしい!!以前福島出身の同期も美味いと言ってたお店だ。■坂内食堂 巨大な緑色の看板が目印です。 地図と詳細は食べログで→坂内食堂車は公園はさんで直ぐ近くの喜多方市役所の駐車場が無料で利用できます。良いかは分かりませんがこっそり使わせていただきましたm(_ _)m■店内は割と広い私は今回一番オーソドックスで安価な支那そば 600円を注文!■支那そば(中華そば)600円 大盛りは850円先ず麺。手打ちの中太平麺は喜多方ラーメンそのもの。食感はもちもちと少々アルデンテ気味で喉越しも良かったです。スープはあっさりだけど深みがあってガッシリしてる、けどくどくない。終始どんぶりを離さず飲めました。そんでチャーシューは見たとおり、とろける様な柔らかさと歯ごたえのある部分が分かれており最高でした!肉そば(ここで言うチャーシュー麺)を頼むと麺が見えない程このチャーシューが来るみたいです。ここは朝7:00から19:00まで営業しているので朝ラーメンも可!今日みたく中途半端に15時に来てもお客さんは沢山おりましたが並ぶことなく入れました。温泉に浸かってラーメン食って、大満足でしたがそろそろ日が暮れてきた。明日は仕事と言う事で帰路につかなければならない時間。帰りは国道121号線(会津街道)を山形に抜けお馴染み国道13号線から山形道で寒河江経由、月山を抜けて酒田へ。日本海沿いに秋田へと帰りました。■遊佐の十六羅漢楽しい後の仕事は怠いね。
2010年05月13日
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今年初の更新です!!m(_ _)mあけましておめでとうございます!!さて、3月になりましたね!!最近少々慌ただしくて、まぁいつもの事ではございますが、更新をサボっておりました。どうぞお許し下さい。と言う事で、先日ではございますが花巻は鉛温泉へと再び行って参りました。例の藤三旅館でございます。今回は日帰り入浴ではなく、宿泊として行って参りました。なんぼ飲んでも構わないように今回は車を使いません。秋田から秋田新幹線で盛岡へ、北上まで向かいそこから花巻まで戻る形です。北上では八王子からの同僚が待機してました。■花巻駅花巻駅からは鉛温泉のある花巻南温泉郷まで無料のシャトルバスが出ております。→■旅館に予約さえあればバスは予約なしで利用できますので大変便利です!新花巻からも出ております。■シャトルバス アポなしでも乗れます!と言う事でやって参りました。■藤三旅館※旅館の中や温泉については前回のレポとリンクの公式HPを参照して下さい。今回は宿泊という形でありますが、お部屋は作家、田宮虎彦が泊って「銀心中」を執筆した20号室に泊めていただきました。丁度正面玄関の写真で見ると玄関の真上3階の場所に20号室があります。とりあえず風呂がたくさんある旅館なので湯あたり寸前まで湯につかり、晩飯までの時間をつぶしました。さて、PM6時!!お待ちかねディナータイムwキタ━━━━━━━(゚∀゚)(゚∀゚)(゚∀゚)━━━━━━━!!■特Aランクの前沢牛です!!やんべー美味ですw 肉は生でも食える程の新鮮で味深い前沢牛しゃぶです!!肉に何か施した!?ってくらい素でも甘みのあるそして霜降りなんですけど適度に歯ごたえがありました。是非牛刺しかユッケで食ってみたかったです。風呂上がりで酒も入り、ぐでんぐでんになりつつも料理が美味いから酒がなんぼでも入っていきました。そうしてグダグダしていると仲居さんがやってきて布団を敷くとの事。(この旅館は基本部屋食です)我々はアルコールを飛ばす意味合いも兼ねて今日何度目?になる風呂へGO!!■ほぼ限界の状態今日一日大変贅沢に過ごせました。本当に。でもこの宿と料理を考えたら料金は安いと思います。とてもお勧めのお宿です。
2010年03月02日
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日記を溜めてしまうのはもう性格としか言いようがないな。本当に済みません。なんとか生きている管理人です。例の九州レポートの続きを今更ながら書き込みたいと思います。2008/12/14(汗)長崎に着いたので新地中華街へ我々は向かった。■長崎新地中華街 肉まんを食らう連れ前回この中華街に来た時は皿うどんを御馳走になったのでこんかいは長崎チャンポンを攻めてみた!!■大エビのチリソース煮と共に頂く!杏酒も頂きました。ここのお店です→長崎新地中華街【中国名菜京華園(きょうかえん)】この後は日本三大夜景の一つ、標高333mの稲佐山からの長崎の夜景を見るべく長崎ロープウェイ乗り場へと向かった。■これが函館・神戸に並ぶ長崎の夜景神戸は見た事がないので何とも言えないが函館とはまた違い、坂と港の街、長崎の夜景は視野に収まらない程の範囲に渡って夜景が広がる。夜景を堪能し、長崎駅前に戻った我々は今晩の宿をごく一般的な駅前のビジネスホテルに決め、チェックインしてから駅前に飲みに行きました。長崎の海産物を肴に一杯やって寝ました。2008/12/15朝は少し早めに起きた。昨夜飲みながら明日どこへ行くか連れと話をしたのだが話はまとまった。我々はとある島を見るべく船に乗る事になった。■という事で、着いたのが長崎港タクシーの運ちゃん曰く、今日は風があるから沖が少し荒れるかもしれんよ~、だと。■本土を離れてゆくそして船に乗る事30分・・・タクシーの運ちゃんの言ったとおりになった!!■小さい船だったので波で3~4m上下を繰り返すorz■カメラが傾いているのではありませんwそうして海賊船バイキング状態ではあったが今回のお目当ての島が見えてきた・・・!■軍艦島だ!実はこの船、軍艦島クルーズという軍艦島を船から眺める事だけしか出来ない(上陸は不可)不完全燃焼しそうなクルーズなのである。軍艦島とはもうご存じの方も多いと思うがかつて海底炭坑によって栄え、本当は端島と言うのだが鉄筋コンクリートが密集して建てられたその外観から軍艦島と言われている。昭和49年の閉山からは朽ち果てた無人島となり廃墟の島となったのだ。※「軍艦島」で検索するとわんさか資料が出てきます。近代化遺産として、また大正から昭和に至る集合住宅の遺構として注目されている為、世界遺産登録暫定リストに残ったらしい。島内への立ち入りは長らく禁止されていたのだが2005年報道関係者限定で特別に上陸が許可され、荒廃が進む島内各所の様子が各メディアで紹介された。島内の建築物はまだ整備されていない所が多いもののある程度は安全面での問題が解決できたため、島の南部に整備された見学通路に限り、2009年から観光客が上陸・見学できるようになった。解禁後の1ヶ月では合計4601人の観光客が端島に上陸している。■コンクリートで覆われたまさに軍艦の容姿■鉄筋コンクリートの高層アパートも崩れかかっている長崎港から南西の海上約17.5キロメートル、唯一の資源も失った島だけに、手つかずのまま残った遺産を見る事が出来た。今度は是非上陸して隅々まで見てみたいものだ。■軍艦島クルーズの船長崎港に戻るとなにやら賑わっていたので覗いてみたら長崎県水産加工振興祭なるイベントをやっていた。■12月とはいえ日差しも暖かく、外で何か焼いている!■八森の観光市みたいだw外で焼いていたのは長崎は島原半島瑞穂町で採れる新鮮な岩牡蠣だった。1袋0.7Kgタップリ入って500円!それを炭火で自分で焼いて食うという何とも粋なイベントだw■冬牡蠣だ!■平和祈念像思わぬ祭で小腹を満たし、そろそろ長崎を後にしないといけない時間がやってきた。長崎駅へ向かった。■長崎駅は猫が沢山いる。上に見える白い列車は これから乗る特急かもめ博多行■長崎駅で売っていた美味なアイス→■■■車内は凝ったデザインですな~!■白いカモメ号は自由席も自由席とは思えない程綺麗!!13時過ぎに長崎を出発、次に来るのはいつだろう。有明海を右手に見ながら九州を東へ進んでゆく。博多に到着して直ぐにまた特急に乗り換え小倉、小倉から門司港についたのは16時半を回っていた。■門司港駅 相変わらず大正浪漫な駅だ。門司港駅前をぶらつき、駅蕎麦を軽く食らってから小倉へと向かい、そこから特急で博多へと戻った。博多には予め宿をとっておいた。宿にチェックインだけ済まして荷物だけ置いて向かった先はと言うと、まぁ、博多といえば中州の屋台だろ!!!■福岡は博多、中州の屋台と、いうことで中州フィーバー!!!■雨が降ってきて肌寒くなってきたが 身を寄せ合って飲む屋台はあったか~いよ博多ラーメンから始まって牛すじ、おでん、天ぷら色々屋台をハシゴして今回一番の出来上がりです。m(_ _)m雨の中ふらふらしながら宿に戻り爆睡したのは確かですがあんまり覚えてないです。
2009年10月23日
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2008/12/16 最終日■今回泊まった宿 山本旅館博多の都心、祇園に位置する宿で、駅からも中州までもアクセスが良く、今回素泊まりで1人¥3,000という破格の値段!今日は最後の日と言う事で太宰府天満宮にお参りして帰ろうと言う事になりました。博多から太宰府天満宮へは大まかにこんな感じです。博 多 ↓(JR鹿児島本線)二日市 ↓(西日本鉄道太宰府線)太宰府博多駅で今から丁度良い時間帯の列車を調べたら…寝台特急はやぶさ熊本行・・・どうも今回の旅行で富士もはやぶさもどっちも乗る事になりました。狙った訳でないのに偶然時間帯が合いました。■博多駅 はやぶさ号、熊本行き入線二日市駅から西鉄に乗り換えなんですがはやぶさは二日市駅に停まらないんですよw狙ったんじゃねーかw博多を出るとはやぶさは鳥栖まで停まらない訳で、それから二日市まで別の特急で引き返す事に。今回はゾーン券だから特急も乗り放題なので大丈夫なんです。■鳥栖駅での駅蕎麦 かしわ蕎麦■そして二日市駅到着。二日市駅からは西鉄バスで西鉄二日市まで確か100円程度だった。■太宰府天満宮の表参道太宰府天満宮は学業の神、菅原道真公ゆかりの神社。私は来年とある昇進試験を控えていたので十二分に拝んで参りました。(お陰様で無事合格できましたw)今回の九州旅行もこれでおしまい。明日は仕事という時間の無い大変忙しいのが社会人。やってられないですな。帰りも時間をかけてゆっくり帰りたいのですが今回帰路はANAの旅割を使って一気に東京へ飛ぶ事となりました。■福岡空港 博多から地下鉄で2駅です。■15:20 全日空258便 羽田行き空を飛ぶのは久しぶりだ。■夕暮れ時、遠くに富士山が見える。1時間足らずでもう関東まで来たんだな。■房総半島上空で回転して羽田の滑走路に進路を合わせる羽田には定刻で到着、行く時は18時間もかけて行ったのに1時間半で着いちゃいました。う~ん・・・羽田からは東京モノレールで真っ直ぐ浜松町へそこから山手線で東京駅へ■東京からは新幹線で秋田へ■福岡空港で購入した空弁を新幹線で食らう 結構有名な中央軒の辛子めんたい弁当東京からこまちで4時間、連れは秋田市在住なのでここで分かれる。ありがとう、お疲れさん!おかげで今回も楽しかったよ!私はそこから羽越線最終列車の羽後本荘行で由利本荘市の巣へ帰りました。九州はまだまだ見るところが沢山ある。これからもまだまだ旅を続けて見知らぬ地へ挑戦を続けたいと思う。時間は自分で作るものである。~九州レポ完~
2009年10月23日
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由布院は町名とは「湯布院」であるが、駅名と温泉名は「由布院」である。しばしば「湯布院温泉」と表記されるが、実際には「湯布院温泉」なる温泉地は存在しない。過去に由布院町と湯平村が合併した際、湯布院町として誕生したそうな。しかし挾間町・庄内町と合併し、現在の由布市となり消滅。もともと大分県の温泉といえば別府温泉が余りに有名でここ湯布院の地は超僻地であったそうだ。町はかつて、バブルの波に飲み込まれる所であった。ダム計画、巨大リゾートマンション計画、農家と細々と経営する旅館屋は横行する地上げ屋に追い詰められ、古来守ってきた緑と静けさは失われようとしていた。そこで立ち上がったのが湯布院の若者を初めとする町民であったと。本当の意味での癒し。時が経つのを忘れてしまう様な場所。町民の切なる訴えが湯布院を救ったのである。本日泊まる宿は由布両築さんである。落ち着いた古民家造りの旅館でありつつも和モダンで過ごしやすさレベルは相当に高いであろう。丁度CPによる割り引き対象の宿だったのでここを選択。理由は今となっても謎なのだが、我々は何故か露天岩風呂付の特別室、萩の間へと通された。身の丈に合わぬ突然のイベントに超あんぐりな我々ではあったが、今回はマジ特別なんだとか。とりあえずチェックインは済ませたので夕暮れの湯布院の街を夕飯まで散歩する事にした。めぼしい酒を土産屋で購入し、まとめて発送!流石は大分県、焼酎の種類が多い。今すぐ酒が飲みたくなる。意志が弱い我々、酒を見たら飲まずには居られない。夕飯まで時間があるので通りすがりの居酒屋に乱入。晩飯の助走をつけようw■地鶏のたたき■酒は勿論、大分麦焼酎ここであんまり食ってはこの後の晩飯が勿体ない!18時に撤退!お店の人は「もう良いの!?」って感じでしたが後があるのです…本当にごめんなさいm(_ _)mすったげ美味でした!! 特に山芋ステーキwこのお店です→■お食事処 龍庵■日がすっかり落ちた湯布院には月がさて、両築に戻って温泉に浸かり、ディナータイム((o(´∀`)o))ワクワク■今宵のお品書きどれもこれも美味で口に合うものばかりであった。湯布院は地鶏初めとする美味しい特産品が沢山ある。■鍋物(地鶏豊後赤鶏)晩飯をたらふく食らうなり、猛烈な眠気が襲ってきた。今日も一日かなり疲れてしまった。おやすみなさい。。湯布院【3日目】朝風呂を浴びて朝飯を食らう。窓の外は霧がかかっている様だ。■朝霧のご様子温泉の地、湯布院は朝は深い霧に覆われる。地形的なもの、気象的なもの、温泉の影響も大きいであろう。今日もぶらぶらスケジュールが重なるであろうから早めにチェックアウトを済ませた。それと朝だけのこの霧を存分に味わいたいのもある。■湯布院の朝とりあえず金鱗湖へ向かう事に。金鱗湖までは500メートル程両築を出ると女将さんが買い出しついでに金鱗湖まで送ってくれるとの事! 本当、最後の最後まで済みません…。最高の宿でした。■金鱗湖その昔、湖とは言わず池と言い、由布岳の麓にある事から「岳ん下ん池」と言っていたのだが、明治17年に大分の儒学者毛利空桑が池の脇の露天風呂(写真中央の萱葺き屋根)から湖面を眺めていると魚が飛び跳ね、鱗がおりしもの夕日に映えて金色に輝く様子を見て「金鱗湖」と名付けたそうな。■朝日の霧の中、幻想的である温泉の沸く湖の為、水温は30℃もある。その為様々な生物が生息し、熱帯魚であるティラピア(豊後鯛)も生息。そんな湯布院はそろそろお別れである。駅に戻り、駅の足湯に浸かってから10:01分由布院発の普通列車豊後森行きに乗り込んだ。■由布院駅で■由布院駅にある足湯 足湯券とオリジナルタオルを駅で購入がたごと各駅停車の旅、久しぶりな感じである。山岳列車と言うべきか、久大本線はのどかな高原鉄道である。10:31豊後森到着■豊後森駅豊後森駅は久大本線の重要な拠点駅としての機能を持っている。かつては宮原線と言う路線からの列車も発着していたが現在宮原線は廃線となってしまっている。豊後森からは11:00日田行き普通列車出発谷間の天ヶ瀬温泉を抜け、日田駅到着11:31日田駅11:52久留米行き普通発車■途中、夜明駅通過 縁起の良い駅として観光スポットそして12:50久留米駅に到着した。■久留米駅到着 ここはもう福岡県である。久留米では久留米ラーメンを食らうべく、タクシーの運ちゃんに職質、やはり大砲ラーメンが熱いらしい!■大砲ラーメンの久留米ラーメン久留米ラーメンは九州を代表するラーメンの1つベースは豚骨で、豚骨ラーメンの元祖にあたる。麺は博多ラーメンよりも若干太麺なのである。しっかしコイツは博多ラーメンを遙かに上回る程豚骨臭い!豚骨の臭みが気になる人は駄目かも分からん。店内に入った瞬間濃厚な豚骨臭が漂う。が、スープはかなりあっさりで濃厚、クリーミーである。麺も加減が丁度良く、スープに良く馴染んでいた。久留米からは普通列車で鳥栖駅まで向かい、酒を購入。■鳥栖駅そこから14:20発特急かもめ27号長崎行きに乗り込んだ。■特急かもめ27号長崎行流石はA特急、しこたま速い。左手に有明海が見えてきた頃にはうとうとと眠ってしまった。■長崎駅到着!15:52着坂の街長崎、駅を出た瞬間に圧巻される!■路面電車で移動諏訪神社へ行きお参り。■境内からは長崎市内が一望出来る■みかん■長崎の有名な眼鏡橋続く
2009年06月14日
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さて、本州もここでおしまい。いよいよ関門海峡を越え九州はもう目と鼻の先である。下関では機関車の交代が行われる。東京から牽引してきたEF66機関車から関門海峡専用機のEF81機関車がこの先の門司まで担当する。機関車の切り離し作業もまたギャラリーでごった返し!高校時代乗った時は誰もいなかったのに・・・■EF66任務終了■後ろで控えているのが交換するEF81■すげーギャラリーの数さて、下関を発車すると間もなく列車は地下へと潜り出し、関門トンネルを走り出す。門司駅到着、9:40■門司駅さて、さっき取り替えたばかりのEF81機関車も門司で任務終了、そしてここにて富士号とはやぶさ号はお別れ、富士号は日豊本線を経て大分へ、はやぶさ号は鹿児島本線を熊本までそれぞれ別れてラストスパートをかけるという訳だ。■EF76はやぶさ側 ここからは九州専用の交流機関車ED76が終点まで牽引。今考えるとこの列車も本当に忙しい列車だ。先頭のはやぶさ号が先に門司駅を熊本へ、それから14分後の9:54、富士号が大分へと出発する。小倉を過ぎ、北九州市も遠ざかってゆく。日豊本線に入ると窓の外には風光明媚な周防灘が広がってきた。12月だというのに穏やかな日差しが降り注ぎ、南国へ来たことを感じさせてくれる。山陽本線内での濃霧による遅延は宇佐駅発車時点で54分遅れになっていた。終点大分到着は12時過ぎ頃であろう。東京を出発してから既に17時間が経っていた。定刻に走っていても昼前の到着なので十分に朝寝坊出来る寝台列車である。2度寝3度寝4度寝と何度も転寝をする。この最も贅沢で幸せな時間を何時間でも味わっていたいとそう思った。列車は柳ヶ浦を過ぎると内陸に入り、国東半島を左手に抜けてゆくと右に大きくカーブする。そうしていると今度は左手にまた海が広がってくる。別府湾だ。天気がよければ豊予海峡沖に四国が見えるのであろうが今日は薄っすら霞がかかっている。■別府湾を望む終点大分はもう間近である。温泉街、別府に到着~そして終点を告げる放送が流れ、東京から18時間09分ようやく終点の大分県、大分駅に到着!■大分駅到着! 12時12分 55分遅れでしたこの列車も2009年3月14日をもって廃止されてしまった。九州へ行くには新幹線か飛行機が最もなのであろう。足早な旅行もいいが、今回の様なスロー旅行の方が私は好きである。残念だが富士はやぶさもこれが最後の乗車。日本一の長距離旅客列車よ、お疲れさん。とりあえず大分まで来たものの、やはり寝台列車に長く乗っていた分の老廃物(?)を流す為、別府まで戻ることにした。■別府駅前の足湯ならぬ手湯■竹瓦温泉うーん懐かしい、高校以来である。10日近くに渡った学生旅行の締めくくりはこの温泉であった。私の中で非常に思い出深い温泉である。あの時は入って左側の砂湯をやらなかったので今回は砂湯に埋まる事にした。■はい埋まりましたw 超オススメ!!砂湯効果は過去に指宿温泉で臨床実験済みだ!その効果はマジで絶大なものである。なんというか砂が全ての疲労・老廃物を体の隅々からずっしり吸い取ってくれるような感覚だ。実際血液なんかは超綺麗になるらしい。見た目はカオスだがやってみると超極楽である。ここ別府温泉は古い温泉街の雰囲気が湯気と共に漂うなかなか情緒ある日本指折りの温泉街である。街中至る所に大小様々な温泉が存在し、別府八湯などと言われている。さて、中も外もピカピカになった一行は山を登る事にした。一旦大分に戻り、そこからは久大本線で由布院を目指すことに決定。大分からは普通列車で約30分である。■特急ソニック25号 大分終着九州入りが昼であったので辺りはもう夕方、九州だから冬というよりか12月はまだ秋なのだろうか、紅葉の終わった山中を由布院目指して登り始めた。そうしていると真正面に堂々たる由布岳が姿を現した。■由布岳そして~由布院駅到着。よくよく考えたら九州の内陸を攻めたのは今回が初めて。由布院を選んだのには特に理由は無いが大分からのアクセスも比較的良く、また由布院まで来れば美味いもの&温泉に出会えるだろうという思いでやって来た訳である。■由布院の街中を旅館へ歩く■由布院ならどこからでも見える由布岳続く
2009年06月13日
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寝台列車に揺られながら随分飲んだ。どんなに洒落た居酒屋よりもずっと楽しく飲める気がする。そうしている内に寝てしまっていた。何となく目を覚ますと日付は既に変わっていた。停車かと思うと大阪駅であった。2分遅れのAM1;10着寝よ…。■漆黒の中をただひたすらに走る。(最後尾車両より)それでも目が覚めてしまう。5時頃であっただろうか、未だ消灯時間の薄暗い通路で車窓を眺めていた。カーブを大きく回り、尾道大橋を通過。久々の風景だ。広島県に入った様だ。しかしこの時間に広島県?・・・こりゃ遅れている。それもその筈、辺りは夜でもはっきり分かる程の深い霧。瀬戸内特有の冬の濃霧である。広島駅手前のセノハチは難無く越えたが運転停車を繰り返し、広島駅には約40分遅れの5:58着であった。そうしている内にだんだんと東の空が明るくなってきた。朝靄の中に宮島が見えてきた。■瀬戸内海の夜明けどうやら今日は天気が良さそうだ。霧が晴れ、朝焼けの中に瀬戸内海の島々が見えてくるとテンションは朝からヤバくなる。■御来光!徳山・防府・新山口・宇部、山陽道は間もなく終点である。■新山口駅からの朝飯 穴子飯 因みに友人は何故か車内販売でもみじ饅頭を買っていたwそして下関には50分遅れで到着した。【続く】
2009年06月12日
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友人と「九州へ行こう」って話になった。去年の暮れの話である。(今回は写真が非常に重たいです。ご了承ください。m(_ _)mそうと決まれば話は早い。2008年 冬【初日】季節は冬と行っても今年の冬は秋田の冬らしくない穏やかな小春日和が続いていた。私と友人は九州へ向かうべく、秋田発12:01秋田新幹線こまち16号東京行きに乗っていた。盛岡を過ぎた頃であろうか、西日が強く私は窓のカーテンを半分閉めた。今日は明け番という私は眠くてしょうがない。仙台の到着を告げる放送を聴くも間もなく白昼夢に浸っていた。気がつくと列車は高層ビルの間を縫う様に走っている。もう東京都に入ってしまっていた。16:02上野下車■ああ上野駅今回の旅行も東京を出発として計画を立てた。九州へはここから寝台列車で約17時間かけゆっくりと向かう事にした。寝台列車に野郎二人で乗るんだからせめて酒と肴は必需品であろう。また17時間も寝台に乗る訳だ、色々とつまみは必要である。アメ横でそれらを揃え我々は東京駅へと向かった。東京駅7番線ホームには既に今回の列車は入線していた。■寝台特急富士・はやぶさ号知っている方も多いとは思うがこの列車は2009年3月をもって廃止となってしまった。九州と首都圏を走る列車は今はない。 ■ホームの時刻表からも消えるであろう。今回私たちはB寝台を選んだ。個室も良いのだが飲んでいくなら開放型のB寝台が好きなのだ。それにこの寝台も今回が最後の乗車となるであろう。最後は一番"プレーン"な設備で見届けたい。そんな訳でホームはカメラマンでごった返し。ホームの輸送さんも大変そうだ。■B寝台は基本中の基本ではあるが、やはりこれが原点!■18:03分東京発大分行き 今回は富士側へ乗車ガタン、という発車と同時に乾杯、こーれが堪らん。■南へ 東京はどんどん流れてゆく東海道を西へどんどんと進んでゆく。今しか味わえない一時を贅沢に味わいたい想いだけ。ついでにアメ横の酒も存分に味わいましたw~2日目へ続く~
2009年06月11日
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ETC割引を使い、暇をもてあましている休日は秘湯めぐりをするのが(゚д゚)ウマーな最近でございます。去年の11月下旬の話になりますが花巻は鉛温泉へ調査に行って参りました。今回は日帰り入浴です。前々からここの藤三旅館というお宿が気になっておりました。秋田自動車道を南下、北上JCTから東北道へ花巻南I.Cからは岩手県道12号線をひたすら走る!DSC_0095 posted by (C)やまのみち■藤三旅館までやって参りました! 旅館部と自炊部と分かれております。■藤三旅館 旅館部正面玄関堂々とした木造3階建て・総けやきづくりの本館その歴史ある佇まいが来る人を歓迎してくれる。■今時この造りで残っているのは素晴らしい■鉛温泉 藤三旅館の由来600年程前、藤井氏が高倉山麓で木こりをしている時に、岩窟から出てきた白猿が、桂の木の根元から湧出する泉で手足の傷を癒しているのを見て、これが温泉の湧出であるとことを知り1786年に長屋を建て温泉旅館として開業したのが始まりだそうです。 公式サイトにもありますさて、ここの旅館は田宮虎彦の「銀心中」の舞台にもなった旅館であり、実際に田宮虎彦が執筆の為に滞在した部屋も存在する。先ずはこの旅館で一番新しい風呂場、白糸の湯から■白糸の湯 白糸の滝が見えるハーフ露天風呂です。 窓を開けると豊沢川を挟み白糸の滝が映ります。■自炊部方面、河鹿の湯他にも桂の湯(露天)・銀の湯(貸切可能)白猿の湯と全部で5つの温泉を楽しめます。全部源泉100%掛け流しの温泉です!※生憎桂の湯と銀の湯は写真無しです。公式HPでどうぞ→■さて、この旅館の5つの温泉の中で最も特徴ある白猿の湯へと行ってみましょう!この白猿の湯は深さがなんと1.25Mもあり、立った状態で入浴する温泉なのです。また風呂場は旅館3階分の吹き抜けとなっており、非常に幻想的な雰囲気に包まれた他に類を見ない湯場となっております。■白猿の湯 ※ここは撮影禁止箇所です。清掃時間中により 入浴者がいない為、許可を頂いて撮っております。ここのお湯は当然旅館に1つしかない。その為男女別ではなく混浴である。しかし時間帯で男女が分けられているので時間を守って入りましょう。■自炊部の売店一通りの湯に浸かり、ツヤッツヤになった私はホクホクしながら帰路についた。泉質は滑らかで後味さっぱりな温泉でした。今度宿泊で来たいと思います!
2009年05月31日
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日記の書き方なんぞ忘れてしまうくらいここ数ヵ月間、ほったらかしにしてしまいました。申し訳ございません。至って健康です。今日から日記を再開したいと思います。過去の様に毎日は出来ないとは思いますが定期的に更新していきたいと思います。■秀麗無比なる鳥海山 毎日手を合わせてます。。この鳥海山の麓は由利本荘市で毎日せっせと働いております。残雪の春山は、特にこの鳥海山は毎日表情豊かで仕事場からも堂々たる姿で見え、見ていて飽きません。しかし余り眺めるのに没頭して仕事をさぼってはなりません。そんな鳥海山に先日、春スキーに行って参りました。■矢島口のある祓川まで自宅から1時間!雪の壁をすりぬけ鳥海山や島口に着いたのはお昼の11時頃でした。■愛車のポンコツフォレスターSTI風味先日、母校からワカンを借用してきているので雪の状態次第ではスキーを担いで登ろうと思いましたがギリギリスキーにシールで登れそう。■山スキーにシールを貼って今日は登ります!祓川ヒュッテ(11:10出発) ↓七ツ釜避難小屋(12:30 昼食)GWのトレースが幾つもあった。ツボ足、スノーシュー、スキー様々な後が見受けられた。七ツ釜避難小屋直下の急斜面はシールが効かなかった・・・!仕方なく担いで登る。。七ツ釜避難小屋で昼食。東京、仙台からの登山客と一緒にカップラーメンを食す。GW明けを狙ってきたのだが途中10数人ほどのパーティーとすれ違う。聞くと半数はこの七ツ釜で引き返し、もう半数は頂上まで行ってきた様な話であった。七ツ釜小屋の周りの積雪は50~100cm程、水はまだ出ていなかったので、ナルゲンに入れてきた本荘社宅の美味しい水で沸かして食ったヽ(´ー`)ノ■山頂は 遠いな・・・登っては止まり、登っては止まるそうして七高山山頂(2229.2M)に到着したのは15:30であった。■七高山 山頂 やっとちだぁ~・・下りはシールを脱ぎ、リトルクレバスに注意しながら一気に下降!!!ズサ━━━━⊂(゚Д゚⊂⌒`つ≡≡≡━━━━!!上りで6時間もかかったのに下りは40分でした!帰って鏡を見ると、きれいな逆パンダ状態でした。
2009年05月30日
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また開いてしまったorzという訳で我々は宮島の朝を迎えた。今日は宮島で管弦祭というお祭りがあります!ワーイヽ(゚∀゚)メ(゚∀゚)メ(゚∀゚)ノワーイ■管弦祭についてはこちら→■■船が浮かんでおります。管弦祭とは旧暦7月18日頃の昼の満潮時に厳島神社火焼前(ひたさきまえ)の海で行われる厳島神社の年中行事のこと。つまり満ち潮の時じゃないと出来ない祭で毎年満ち潮になる今日に行われるという事なんですね。■満ち潮でいかにも厳島神社らしい風情がありました。天気も良いので自転車で島内をぶらつく事に。■宮島観光ならレンタサイクルがお勧めです! 宮島航路宮島桟橋で格安で借りられます。宮島で結構有名な牡蠣料理店が御座いまして、丁度昼飯時でしたので牡蠣を頂いちゃいます。■ごっつぉー登場w 生牡蠣降臨!!! 焼きがきのはやし→■生牡蠣怖い・・・という人も大丈夫。新鮮な無菌牡蠣ですから安心して食べる事が出来ますよ。宮島にはザザザザーという音が響き始める。どうやら潮が引いてきたみたい。■昼飯を食べている間に干潮になってしまいました。完全な満ち潮になると潮干狩りの人たちで大鳥居の周りは大賑わいになります。潮の満ち引きが激しい瀬戸内ならではの風景です。腹ごしらえも済ませた一行は船で広島市へ戻り、広島市平和記念公園へ向かいます。■原爆の子の像ここも初めてだったお二人さん、凄くショックが大きかったみたい。私も2回目とはいえ重い。凹む。■相生橋からでも今、広島市はここまで復興し、緑も沢山あります。■平和記念公園の向かいの広島市民球場原爆で何もかも失われ、それでも血の滲む思いで復興に励み、そんな中気を紛らわせてくれたのが野球であったと聞いた事があります。原爆被災者の支えでもあったという広島カープ本拠地広島市民球場が老朽化により、今年2009年春、その半世紀余りの歴史に幕を下ろす。夢と感動をありがとうこう記されておりました。そしてなんだか試合やっているみたいです。高校野球の応援が聞こえてきます。もう入れなくなる事ですしちょっと入ってみましょう。■わーお!全国高校野球選手権広島大会をやっておりました。というかあの広陵高校の試合でした!※因みにこの年広陵高校は広島代表で甲子園出場を果たしました!広島旅行も終盤、我々は広電胡町で下車、広島の飲み屋街へと繰り出した!■広島焼き 広島焼き「八昌」→■■これ、最強秋田から来た凸凹トリオは大いに騒いで今回の締めくくりとしました。今夜は東国へ向けて夜行列車で帰りますので飲み屋街を抜け、広島駅へと向かいました。■廣島驛■今回もお世話になりますこうして我々広島を後にした。昨日通った道をどんどん東へ東へと進む。■本日最後の停車駅富士はやぶさ号も大分草臥れてきていた。あちこちからギシギシミシミシと聞こえてくる。人間ならエバーライフの皇潤あたりでも飲めば治りそうだが車両はそうもいかない。来年には廃止されてしまうのだ。とりあえずこの先寝台列車は日本から無くなってしまうのだろう。このスローでノスタルジックな旅もいいんだけどなぁ・・・そう思いながら別途で横になりいつの間にか爆睡モードになっていました。夏の広島へ、レポ終了
2009年01月23日
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さて、尾道を後にし、我々は呉線経由で宮島へ向かう事となった。尾道駅で呉線瀬戸内マリンビューの指定席券を購入、三原からの乗車で広島駅を目指す。■前回の広島旅行で気に入ってしまった瀬戸内マリンビュー■瀬戸内海に沿ってローカル線、呉線を走る今日の宿は宮島にあるのだが、晩飯は18時からだそうで時間を軽く計算してみたが・・、・・・・・ガ━━(゚Д゚;)━━ン!間に合わないじゃん!■宿と緊急交渉!!(´Д`;)20時が夕食タイムリミット!!!どうも瀬戸内マリンビューで広島まで乗ったら間に合わない事が判明、途中の広駅で下り普通列車に追い越されるという事が分かったのでそちらへ乗り換え。広島駅は華麗にスルーして速攻JR宮島口駅へと向かう。■ようやく辿り着いた宮島航路桟橋。JR宮島口駅から徒歩5分宮島航路は現代でただ一つの鉄道会社が経営する航路、国鉄時代の青函連絡船とかは有名だったけどいまは青函トンネルに変わり残されたのはただ一つ、この宮島航路だけなのです。さて、先ほども述べた様に宿の晩飯は20時が限度。この船が宮島に到着するのは19:55・・ギリギリだぁぁ(lll゚Д゚)ヒィィィィ■本土を離れてゆく■すると宮島の厳島神社大鳥居が見えてきました。今日は完全に満ち潮ですな。ってな訳で宮島桟橋に到着するなり猛ダッシュ!!!⊂(゚Д゚⊂⌒`つ≡≡≡.・*.・:★'.・'夕食にありつけた訳です.・*..・・:☆' ビールやばかった(´ー`)風呂に入り今日一日の汗を流し、夜の宮島散策へと出かけた。■廿日市市~広島市の灯り■厳島神社大鳥居■今日は満月、満ち潮な訳だ。なかなか今日は濃厚な1日でした。明日も天気が良い事を祈り夢の中へGO!
2009年01月06日
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2008/07/18翌朝、トンネルの音で目が覚める。と同時に車窓が明るくなり敦賀の町並みが見えてきた。丁度いま北陸トンネルを越えたらしい。爆睡でありました。この青森発、日本海号大阪行きは敦賀にて毎朝機関車の交換が行われます(通称:釜換え)機関車はここから大阪まで走り、その日の晩に大阪から青森へ走り、またその日の晩に大阪へ向かい、途中のここ敦賀で業務を引き渡す、という交代制なのです。■EF81の釜換え ここは敦賀駅んで腹も減ったので駅弁を車販より購入3人いるので3つとも種類の違うのを購入■それぞれ右から 北陸名物 甘えび寿し 柿の葉寿し 焼きさば寿し列車は湖西線へと入り、進行方向向かって左手側には雄大な琵琶湖が姿を現す。■琵琶湖 乗務している車掌にもよるのですが ここを通過時に琵琶湖に関するガイドアナウンスが入る時があります。京都を過ぎるとおよそ30分ほどで新大阪へと到着する。■次は終点の大阪 ラストスパートさて、我々はここから広島まで新幹線を利用するのだが今回は4人用個室を利用する事に。ひかりレールスターという新幹線をご存じだろうか?新幹線とは忙しいビジネスマンの交通手段のイメージが強く、旅行に使うのも確かに早くて便利なのだがどうも堅苦しい。そんな顧客ニーズに答えて開発されたのがこのひかりレールスターまずは百聞は一見にしかず→■■新幹線と飛行機が対立する中で、陸路の長所を生かし、ゆとりある空間を築いちゃったのです。で、これがソレ■これでもスピードはのぞみと同じくらいだよそして話は戻るがこいつには4人用個室がついている。4人揃わなくても今回の様に輩が3人いれば3人から利用可能なんです。(フルムーンに限っては夫婦2人でも利用可能)それがコレなかなかモダンでいいんでないですか?コンセントや読書灯も完備され、なかなかいいんでないですか?■壁にあるコレを押すと車内販売の方が来てくれます。■レールスターの個室はこういう120mm券で発券されます。そうして一気に山陽路を駆け抜け、広島県福山駅へと到着。今回は福山駅がスタートです。■んでまぁ、こちら方面に行くのはお解りでしょう。。ここから山陽本線三原行きに乗り、尾道へ向かう訳です。■帰省の奇声をあげる今回は前回春に訪れた時の逆コースで行く事にした。天気予報では雨の筈だったのですがコレが意外と良い天気!むしろ凄く暑い・・・時間はお昼なので尾道ラーメンを食うべく商店街へと向かいます。■商店街からの小路を見上げる。今回案内したお店は朱華園というお店。広島県でも有数の 行列の出来るラーメン屋 なのだ。気になる人は朱華園で検索してみて下さい。尾道ラーメン=朱華園という位置付けかもしれません。■朱華園の暖簾をくぐる先輩w 我々3人は強運の持ち主で、先ほどから威力を発揮中。まずは天気が最強の晴れに。そしてこの朱華園も我々が難なく入って丁度満席、外には恒例の行列が。■朱華園のラーメンシンプルな鶏ガラ出汁だけど癖になる味。春に紹介した「つたふじ」は麺の断面が●だけどここは楕円気味。喉越しはこっちのが好きかも試練。腹も満たされた我々は尾道の街中をぶらぶら彷徨う事にした。■尾道最古の神社といわれる艮神社 樹齢900年を超える大楠は圧巻坂道を登って登って登ると暑いんですけどでも町並みが尾道らしくて足は止まらない。登って登ってのぼり終えればこんな景色と潮の香が。天気も良くしまなみ海道が四国の方まで見えました。ここは千光寺公園、千光寺 街を一望出来る場所です。千光寺山からはロープウェイで一気に下って、先ほどの艮神社の所まで戻れます。が結局また登る。尾道は相変わらず坂が多い。それが最大の魅力なんですよ。■映画「転校生」で有名な御袖天満宮 ここの階段で転げ落ちて魂が入れ替わるって話だったね。いつ来ても飽きないのでまた来てしまいましたが同行して頂いたお二人さんも尾道をたいそう気に入ってくれました。■坂に面して家が連なる尾道 ぜひ一度おいでませ。 その3へ続く・・・
2009年01月06日
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※これは2008年7月18日からのレポートです。今年の春に広島に行ってきた私ですが、一人の仲良しの同期がまだ広島に行った事がないって事と、しこたまお世話になっている先輩、全国歩いているが広島には行った事がないのだそうで。そうなれば話は早い。揃って行っちゃいましょう!2008年7月17日(金)一仕事を終えてからの出発。昨日結団式も兼ねて秋田駅前の大衆居酒屋で一杯やって、志気は揚揚な今回の凸凹コンビならぬ凸凹トリオは秋田駅4番線へ集結。西への旅立ちは日本海大阪行きが今回もまた時間的にも予算的にも丁度良かった。■寝台特急日本海大阪行まぁ、車内では第二次結団式が盛大に執り行われたのは言うまでもない。
2009年01月06日
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長い間姿を眩ましてしまい申し訳ございません。ここに復活致します。というのもネット環境が無くなってしまったのです。実は、話せば長くなるのですが今は秋田市におりません。去年の10月より由利本荘市におります!(実家がどんどん遠くなる・・・この由利本荘市の巣がまた古いのなんのネットどころかテレビもまともに写らなくて。それで最近ようやくネットを受信(ココ大事)する方法に成功し、ここに復活した訳なのです。長い間サボってしまいましたので少しずつではありますがこれまでの事を報告していきたいと思います。遅くなりましたが、あけましておめでとうございます!
2009年01月06日
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たまには五能線の写真を撮ってみた。 有名な小入川鉄橋
2008年05月20日
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日程3日目朝目覚めると広島は曇り。なんとなくどんよりであった。々迷ったのだが尾道へは呉線を使い瀬戸内海沿いにぐるりと向かう事に決めた。 丁度観光列車に瀬戸内マリンビューという列車があり、速でもあるのでこいつを使う事にした。■広島駅の鳩 平和の象徴である■瀬戸内マリンビューの入線 なかなか綺麗な列車ですよ広島版リゾートしらかみ号とでも言ったら良いであろうか。オールや浮き輪がまた演出的に盛り上げてくれている。■瀬戸内マリンビューの車内 こ、これはなかなか・・・呉線の名の通り、呉線は呉市を通る。呉市といえばあの有名な戦艦大和の生まれた軍港の街である。その雰囲気を列車にタイアップさせるとはなかなか斬新である。■この瀬戸内マリンビューはええじゃん広島DCで運行された 観光列車で、呉線の広島~三原を1日2往復している。 瀬戸内海を堪能するにはなかなか宜しい! リゾートしらかみ号と同じ臨時列車なので運転日には注意です。 広島始発三原行きは10時06分、私はこの1号を利用。終点三原までは2時間ちょっとの汽車旅 ■まるで船に乗っている様な車窓が広がる。瀬戸内海の海岸線 ぎりぎりに線路が通っている呉線は最高に気持ちが良い。 やはり同じ海でも日本海とは全く違い、穏やかで優しい海である。 ■車窓からの1枚 三原にはお昼過ぎに到着。ここから2駅先が尾道である。 ■というわけで尾道に到着 あ゛~・・・ 帰ってきたぁ・・・ ■相変わらず坂の多い街ではあるが、■尾道 新千光寺道 この尾道の坂が空気が風景が忘れられず、 今回舞い戻ってきた訳だ。 尾道は映画の街であり文学の街でもある。尾道を舞台にした映画は数多くあり、「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」は尾道三部作と言われている。志賀直哉、林芙美子といった文豪も尾道でその生涯をおくった事でもしられている。 ■尾道市 志賀直哉旧居からの風景 志賀直哉はこの風景を見ながら 執筆していたんでしょうな。■西國寺の参道 長い階段ずーーっと桜のトンネル状態■千光寺公園■千光寺公園から尾道市内としまなみ海道 ちょっと雨降ってきました。 尾道はこんなに魅力的でなにか引きつける力があるのにどうやら若い人がどんどん少なくなっているみたい。現によーく街を歩いていると空き家が沢山目に付く。なんとも寂しい事だ。 坂が多く、てくてく散策しているうちに日が暮れました。晩飯は定番ではありますが尾道ラーメンにします。 ■つたふじのラーメン ここ、つたふじは尾道ラーメンでも3本指に入るほどの有名なお店いつも行列が出来、有名人もそりゃー沢山来ているみたい。この日は雨でしかも閉店ぎりぎりの時間だったのですんなり入れました。んー確かにうまい。 が、個人的には去年入った壱番館のほうが好きかな■千光寺公園の夜桜 日が完全に暮れ、明後日は仕事。そろそろ帰らなければなりません。私は尾道駅に戻り、寝台特急富士の切符を購入。尾道駅に停車する唯一の特急列車がこの寝台特急はやぶさ・富士号のしかも上り東京行だけのみ。■23:48尾道発 去年の3月だろうか、一人で日本をぐるぐる歩いたその最後に門司から東京まで乗った列車がこの富士はやぶさだったのを思い出す。まさかまた乗れるとは。その時ははやぶさ側に乗ったから今回は富士側をあえて選択。一日歩いたので疲れました。 日程4日目 ■東京到着 東京からは別に何もする事もないので速攻接続のこまちに乗り込み秋田へと戻りました。やはり広島は第二の故郷と言えるでしょう。広島への移住を本気で考えてしまいそうになる。しかし、現実はそうもいかない。だから私は旅をするのである。 終わり。
2008年04月09日
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日記へコメントを頂いたりしているにも関わらず、一ヶ月近くにもわたり、更新をサボっておりました。思い返せば普段とあまり変わらない生活を送っていたと思うのですが、どうも体がついて行かない。これは年なのか!?強いて言えば最近実家が引っ越しする事になり(引っ越しといっても今の借家の実家からやまのみちの本家の実家へまた戻るだけだが)休日は八森でせっせと巣の移動をしておりました。これがまたたいへんでございます。まだ完全には終わっていない次第でございます。 そんな中、故郷尾道へ花見に行って参りました。今回はそん時のレポです。 ●日程1日目 急遽実家が引っ越しする事になり、連休を仕組んで八森へ来ておりました。親戚や近所の人も手伝いに来てくれていたので大まかな荷物の移動は意外にも早く終わりました。夜、テレビを見ていたら九州の方の桜が写っており私はそれを見て尾道の千光寺の桜が恋しく以下略次の日旅行を計画、岩館駅へと向かい広島までの片道切符と今夜の寝台特急日本海号の切符を入手、行き当たりばっ旅スタートである。■ 東能代から乗車。善は急げとばかりの旅のスタートである。■とりあえず去年使ったガイドブックだけは持ってきた。秋田を過ぎ、照明が落とされる。早くに寝付いたのだろうか、秋田あたりまでの記憶しかない。 ●日程2日目朝の放送で目が覚めた。 列車は加賀温泉を過ぎる頃だ。金沢駅を過ぎると車内販売が始まった。流石は西日本、窓の外は桜が既に満開である。■越前のかにめし朝食からカニを食す。駅弁物とはいえ腐っても越前蟹だ。 新大阪からは新幹線乗継となる。とはいえ到着は10時過ぎ寝台で二度寝して到着を待つという贅沢行為に及んだ。二度寝三度寝と繰り返しているうちに、窓の外には広大な琵琶湖が現れてきた。関西への到着である。 新大阪には予定通り到着。どうせなら終点大阪まで行きたい所ではあるが今回の旅行は広島メインなので急いでいる訳だ。 ■新型のN700系、3月のダイヤ改正で大増発された。新神戸、岡山を過ぎ、昼前に広島へと到着した。 ■広島市の繁華街、秋田の川端みたい広島に来たんで昼飯は広島焼きを食す事に。ここ銀山町(かねやまちょう)付近は広島焼きの有名どころが多い。しかし営業しているのは大抵夜になるので、昼から有名広島焼き店舗へ入りたければ駅前がお勧めである。私は広島駅ビル、アッセ内にある麗ちゃんに向かう。去年も入ったところだ。 ■駅内で上等な広島焼きを食える。これは便利だ。 腹も膨らんだ事で、私は宮島へと向かった。 宮島へのアクセスは広島駅からJRか広島電鉄で船乗り場の宮島口まで行く事が出来る。広電なら1時間30分ほど、JRなら20分の移動時間。宮島口駅から宮島までは船で15分。■JR宮島航路 ここはJR唯一の航路線である。■宮島の厳島神社が見えて参りました。この日は完全な引き潮、厳島神社は潮干狩りの人で賑わっておりました。 宮島につくなり自転車を借り、厳島神社へと向かいました。 ■有名な厳島神社の境内。 ■潮干狩りをする人■アサリ 宮島は桜が満開でした。 ■枝垂れ桜と宮島の鹿 花札の絵みたいだ。 ■宮島といえば杓子のお土産 ■参道では宮島名物もみじ饅頭や牡蠣を食う事が出来ます。■宮島の岩牡蠣 うまし~~■もみじ饅頭うましww 最近はチーズ入りやチョコ入りとかの アレンジ品も増えてきましたな。 夕方になり宮島を後にする。広島市内へに着く頃には日が暮れておりました。札幌ラーメン、東京ラーメン、尾道ラーメン、博多ラーメンとご当地ラーメンが数あるが、実は広島ラーメンというのも存在する。特徴は、豚骨をベースに鶏ガラ、野菜などを煮込んだ濃いめのスープに醤油を加えたいわゆる「豚骨しょうゆ」味である。 このため、同じ広島県内で有名な尾道ラーメンとはかなり異なり、豚骨ラーメンと醤油ラーメンの折衷といった感がある。 JR広島駅から広電で20分ほど南へ向かうと江波という地名がある。私はここ江波にある陽気という有名広島ラーメン店へと足を運んだ。 ■陽気 メニューは中華そば600円とその大盛りのみ。広電江波行に乗り、終点江波駅から徒歩20分程、住宅街でちょっと分かりづらいが有名人も数多く来ている行列覚悟の店、歩いている人に聞けばすぐに分かるであろう。 この日は広島駅前の旅館に宿泊、泥のように眠りました。 日程3日目、尾道編へ続く。
2008年04月08日
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ダイヤ改正の本日、私は丁度仕事で出ておりました。例の鹿角花輪気動車も701系大館行の快速に置き換わり日本海2、3号も消え、LED表示には「日本海」とだけ出るようになりました。連日ファンで賑わっていた駅も静まりかえりかわってSuicaの導入によるイベントで盛り上がりを見せておりました。 私は、まー鉄道は好きっちゃ好きです。否定はしません。しかし臨時が走るからといってこぞって見に行く廃止になるからラストランを乗りに行く珍しい列車が回送で通るからカメラを並べるそいういった事には全く興味がないのです。ですから鉄道のイベントとかには見向きもしないのである。私が好きである鉄道とはごくごく自然な形のものであり普段何気なく走っている列車、今回のダイヤ改正で最後の貴重な運転といって持て囃される列車ではなく国民の生活の中に溶け込んでいる当たり前の存在というその存在が好きなわけで、ですから今回の様な廃止になる→もう見られないから撮影に行くそういった概念をもたれてしまっては結果としてそれは自然な形から相反する存在になってしまう。こうなるともう既にこの時点で私の中では廃止されているも同然一時の癒しでしかない、これは単なる「愚にもつかぬ祭」張りぼてで作られたごまかしでしかない様に思える。廃止が決定したからといって写真を撮りに行く私なら廃止になる前の自然で当たり前の列車を撮る方がよっぽど美しく撮れるのではないか、よっぽど価値のある写真が残るのではないかと思う。秋田支社が過去に行った、五能線の車両を旧国鉄時代の朱5号というカラーにリメイクした事業があったがあれこそが自然な形を生かし、ごく当たり前な生活の中にある鉄道をより引き立てた、成功例の1つといっても良いと思う。それにより五能線は今、国鉄色の車両が当たり前の生活の中に存在している事として密かに且つ暗黙の定着として認められている。団塊の世代、世代交代の時代の今高度経済成長により大量生産されたものが今正に一斉に朽ち果ててきている。人もそうだが建築物から何から何まで世代交代の時期といえるであろう。そんな中、過去の遺産を次の世代へ繋ぐというのは難しい事ではあると思うが、ちょっと発想を変えればより効率的に、斬新且つ低コストで実現できるのではないかと思う。これからの鉄道社会にはその点を期待しつつ、私も今のグダグダの人生をなんとかしなければ未来がないなーと思う今日この頃である。
2008年03月15日
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明日3月15日、JRグループのダイヤ改正となります。今ふと秋田魁新報のHPを見ていたら秋田駅の写真がトップに載っておりました。秋田魁新報の記事 秋田-鹿角花輪間を走っているキハ28・58系のお別れセレモニーだそうです。今日まで毎朝毎晩のようにファンが押し寄せ写真を撮りまくっていましたがそれも今日で本当に引退となるっぽいです。まー自分もこの列車には昔っから今まで相当世話になったので引退、しかも廃車となるのはまた少々残念な気持ち。■快速鹿角花輪行(07 1月撮影)秋田に遊びに来て実家の八森へ帰るとき夕方五時過ぎに日勤を終えて帰省するとき元々旧国鉄時代の急行列車を担ってきたので701系に比べたら断然乗りやすく、東能代からの五能線への接続もあった為、必然と利用してきた訳だ。八森の実家の机の引き出しをあさっていたらこんな写真が出てまいりました。 ↓ ■急行よねしろんー何というか、若いですな。 急行よねしろ時代のキハ28・58の編成98年 7月28日、小学生の時に東能代駅で撮った写真でしょう。私が初めて飛行機に乗る日、家族でこの急行よねしろに乗った記憶があります。満席で東能代から終点の秋田までずっと立っていました。と言うわけで、私が散々世話になりましたこいつも今日で見納めと言う事です。明日からは普通の電車の快速列車が秋田大館間を往復し、花輪線へは大館で接続をとる、という形でスタートします。 せめて廃車は勘弁してやって頂きたく思う。 鉄道博物館にでも置かせてやればいい。世代交代、なんでしょうが出来ればもう少し頑張って頂きたかった。いつの日かこいつのマスコンを握ってみる日が来ないかなーなんて半分冗談半分本気で思ったりなんかも。ともかく感謝の意と、お疲れとでも言っておこう。
2008年03月14日
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と言う事で東京へ到着した訳です。昨日慌てて最終に乗り込んだので秋田にサイフ忘れて来やしたぜヽ(´ー`)ノ実は私、会社のYOSAKOIのメンバーなんですよ。今年の1月に入隊したばかりのぺーぺーです。来月東京でデカい大会があり、そこで東日本のYOSAKOIメンバー全員による披露がある為、その全体練習という事で本日東京へと参りました訳です。 ホテルが浜松町の汐留であったので大江戸線で本日の練習会場且つ来月の大会会場でもある東京体育館千駄ヶ谷へと向かいました。 まさかの東京体育館に驚きました。確かここ去年のバレーボール・ワールドカップでメイン会場に使われたりした偉大な場所なんですよね・・・? ■ 巨大なモニターある。能代工業高校のコートもなかなかだと 思っていたが、、、 今回の練習には100人ほど集まりました。それで全体練習なんですが、骨の髄まで、ガッタガタになるまで踊り続けました。 明日は立派に筋肉痛でしょう。
2008年03月11日
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今日は凄くあったかい春の陽気でございました。最高気温は平年を大きく上回る4月中旬並みとなったみたい。しっかし、そんな陽気とは裏腹にこまちが急に運転を見合わせる事態になった原因は雪でも風でもなく人身事故でもなく秋田新幹線こまちのトンネルに設置された落石検知装置が作動し、下り3号が3時間に渡り停車、(当初は落雪検知装置と聞かされていたのだが・・・?)到着も3時間以上遅れての到着となった。天気がこんなにいいのに落石とは本当に勘弁していただきたい。私も当然お客さまもそう思う事であろう。到着の時にさぞお客さまから怒られるであろうと思いきや天気も良いのが幸いなのか、ほとんど苦情も寄せられずにスムーズに改札されていかれました。夕方には遅れも大分落ち着き私は最終のこまち34号で東京へと向かいました。明日へと続く。
2008年03月10日
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暇な休日、朝からスキーがしたく思い一応秋田市にある太平山スキー場オーパスへ行ってまいりました。■平日という事もありガラガラ新雪でほとんど人もいなく、コンディションは良好であります。さて、管理人は普通のゲレンデスキーとは違う少々特殊なスキーを履いております。バックカントリースキー、所謂“山スキー”と呼ばれるものです。スキー=滑り降りる道具ですが、山スキーは自然の山を登る事が出来ます。ハイクアップといいます。その為、一番違うのが金具、ビンディングが山スキー独特の金具を板に装着しております。踵を解放し、つま先だけを固定された状態になるため、通常の歩行の要領になります。そこでもう一つ特殊なのがスキーシールというものを板の裏に貼ります。シールとは→■■板 ロシニョール BANDIT B2■ビンディング ディアミール FREERIDE PLUS■シューズ スカルパ F3・イントゥイション■ポール ブラックダイヤモンド カーボンファイバーポール■スキーシール ブラックダイヤモンド グライドライドスキンとはいえ、ここは歴としたゲレンデ今日は踵を固定しゲレンデスキーの要領で滑り降りる技術を磨きました。オーパスははじめてきましたが市内からのアクセスが良く、斜面は全体的に緩やかなので初心者や家族向きかもしれません。
2008年03月01日
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新入社員としては最後の研修となるでしょう。福島県新白河にある総合研修センター(通称、学園)へ3日間の研修へ行っておりました。冬の新白河、秋田に比べたらそりゃ暖かいがやはり冬本番のこの季節。沿岸で育った私にしてみれば内陸の底冷えというものには慣れないものがある。■とはいうものの夕焼けは久しぶり学園の売店でもSuicaが使えるようになっていた。12支社ある我が社の新入社員が何人かに分けて集合しているため、色々と情報を共有できる。東京はどーのこーのとか長野はあーだこーだ青森はあんだはんでこんだはんでだとか。自分も秋田はこんでこんで、と。研修の時間はあっという間に過ぎ秋田に帰る日になりました。秋田新幹線へは仙台乗り継ぎで向かうため、仙台で晩飯を食います。話は変わりますが管理人は長い間、親不知に悩まされておりましたが今月になってようやく落ち着きました。なので仙台での晩飯はなにか久々に歯ごたえのあるものを食いたく思います。牛タンですな。■仙台駅構内にある牛タン通り 利休利休はいっつも行列。運良く2~3人しか並んでいなかったので乗り継ぎの時間でも入って食う事ができました。■カウンターに座る事ができれば目の前で焼いてくれます。■牛タン定食なんつーか、厚い。それでいてかみ切れるのは凄いというか贅沢というか。なかなか関心してしまいます。ビールは余り好きではありませんがこれは飲みたくなります。仙台牛タンもSuicaで食える時代になりました。秋田駅のNEWDAYSでも3/15のダイヤ改正からは信じられない事にSuicaが使えるみたい。秋田新幹線にもモバイルSuica特急券が使えるようになりおちおちしているとマジで時代に取り残されそうで恐怖さえ覚えます。こまち29号が秋田に着くのは22:00頃。仙台からは十分に寝る事ができるのでスラブ軌道独特のカタい揺れに苦戦しながら大雪の降る秋田へ戻りました。
2008年02月11日
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1月17日、秋田の冬の風物詩であり秋田固有の祭事伝統行事である梵天祭が太平山三吉神社で行われた。秋田駅からも巨大な梵天を奉納、私も地元の白瀑神社以外の祭に参加するのは初ではあるが、これもいい機会と思い参加する事となった。役割は御神酒持ちw県内様々な梵天祭があれど、ここ太平山三吉での梵天祭は俗に「けんか梵天」とまでいわれるほど荒々しく勇壮なもの。もともと梵天とは神様が降臨なさる場所を示し、それは神聖な場所である事を意味させる。民俗学の大家、柳田国男によると語源は「ほで」という古語で、いわゆる「秀でたる」意味を有し、神様が降りられる祭場を標示するため、高く茂った樹木や竿に御幣・幣束をつけて標示したとされる。※太平山三吉神社由緒抜粋■我々は安全・無事故祈願!■いろんなぼんでん見るのも、当然参加するのも初めてだがなかなか面白かった。クライマックスの興奮は祭独特のもの、これだけは変わらない。こうした文化は守り継がれていってほしい。
2008年01月17日
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さて、明けましておめでとうございます。1月も早終わろうとしている今日、今年最初の初更新でございます。管理人は今日まで正月気分が抜けなくて更新も仕事も何もかもをサボっておりました(嘘)とりあえずせっかくの初更新なので元旦の初詣の事でも載せましょう。1月1日行く年来る年を見終え私はスーツ姿で真夜中、吹雪の中の秋田市を自転車で走る。何故スーツ姿なのかはさておき2007年の行く年来る年は我が前世の故郷もとい、我が第二の故郷、尾道が映った!お陰で2008年をスキッとキレ良く迎える事が出来た。ありがとうNHK!さて、自転車で向かった先は秋田市は新屋の三皇熊野神社初詣にここを選んだのは秋田市に身を置いている間は三皇さんを氏神様として奉っているからである。am0:20既に参道には参拝客の列が50m程出来ておりました。■三皇さんは思ったより混んでいた。三皇熊野神社は秋田市南部地域の守り神。秋田に根付いてからはよく訪れている。皆さんそれぞれの想いを抱き新年の詣に来ている様子。合格祈願の御守を買う学生や交通安全、家内安全を買う老夫婦やら私はそんな中、破魔矢と熊手、新しい御幣を貰う。■おみくじ 控えめに吉と出た。八森以外で年を越したのは人生初めてになります。慣れませんが新鮮でございます。と、いう事で謹んで新年の御喜びを申上げます。今年も何卒宜しくお願い致します!遅…
2008年01月01日
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さて、今年ももう終わりますな。久々に八森に帰ってきて鰰とか鰰とか色々食べて栄養つけて、窓の外は雪景色、久々に大晦日らしい大晦日まぁ元旦から仕事だけどねそういえば去年の今頃は年賀状配達に精を出していたんですな。→■年明けはどうも実家で出来そうもありません。そういう運命の職場ですからしょうがあるまい。秋田の独身寮で独り年を迎えるのも悲しいのでせめて神社に行って年を越そうかと。このサイトも2回目の年越しとなります。はやいもんですねー、今年は色々と激動の年でした。最早平成19年に思い残す事などあるまい。では皆さん、よいお年を!
2007年12月31日
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遅番の仕事が終わった午後8:00、明日は休みという事でちょっとマルスを見てみる。あけぼの号、上野までゴロンとシートが2つ3つ空席がある。テレビで奥多摩の紅葉が見ごろとやっていたので今夜は東京へ旅立つ事にした。12月3日■あけぼのから見える東京のあけぼの平日の早朝という事で通勤ラッシュに揉まれながら上野から有楽町へ移動、朝飯は有楽町のガート下で食います。■有楽町 まんぷく食堂■山手線東京駅からは中央線快速高尾行に乗り奥多摩を目指します。吉祥寺駅と国分寺駅にヤボ用で立ち寄ってから立川駅へ青梅線に乗り換え青梅駅まで行きさらにそこから奥多摩行きに乗り換える。奥多摩は「奥」と言うだけあって遠い。しかし青梅を過ぎたあたりではもう山の中、同じ東京都とは思えない車窓が広がってきました。■御岳駅 ■まるで山岳列車。紅葉が真っ赤である。東京駅から2時間、ようやく青梅線最終地の奥多摩駅へ到着しました。未開拓の地です。■山ん中の田舎街は東京都奥多摩町。これなら八森と良い勝負だよ 空気が森林の中みたいに青々としている。奥多摩の日原渓谷沿いに遊歩道がありそこから紅葉を満喫できるみたいです。燃えるような赤とはこの事であろうか。平日の為か観光客も余りいなく盲腸線の奥多摩自体が秘境に近いのであろうか、ほぼ紅葉を独り占め状態!森林浴ならぬ紅葉浴を十分に満喫するにはこの頃がお勧めなのかもしれない。■道端の商店で 山葵その後都内に戻り、神保町の石井スポーツで買い物してから日大M氏とまたもや有楽町の屋台で飲んでおりました。明日は泊りの仕事があるので最終のこまちで今日中に戻る筈が。。(;゚Д゚)・・・以下略、その後ちょっと大変でした。
2007年12月03日
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さて、久々の更新。管理人は辛うじて生きております。やりたいことは沢山あれど、時間と体がなかなかついてゆかず、なんとももどかしい。そんな中で幸い京都へは行くことが出来ました。今回はそのときのレポです。という訳で11月9日、私は青森駅へやってきた。今回は寝台特急日本海2号で京都へ向かいます。既に電光掲示板には「日本海2号大阪行」の表示が。■青森駅 ここから西への旅は始まるのだ。■何度乗っても寝台列車というものは興奮する。 やはり一晩同じ列車と付き合うという旅心とは また違う優越感染みた何かがドーパミンを分泌させるw■旅の計画は旅の中で立てるのが私流 行き当たりばったり、我が人生を旅に暗示せり弘前、秋田、酒田、新津、列車は秋夜の列島を西へ西へと走り抜ける。枕に頭を落とし、レールを叩く音を子守唄に寝台特急日本海号の夜は更けてゆく。。11月9日「皆様、おはようこざいます。本日は11月10日土曜日 列車は湖西線を大阪へ向けて時間通りに運転しております」車内放送で目を覚まし、窓の外を見る。まだ夜明け前の琵琶湖が青黒く見えるここは滋賀県湖西線、京都はもう目と鼻の先である。西日本に来たことをふつふつと感させる。山科駅を通過、列車は東海道線へ乗りそして時間通りに京都駅へ到着、■京都~ 京都~ ご乗車お疲れ様でした~ひとまず駅の蕎麦屋で朝飯。どんぶりの底まで見える透き通った西国独特のだし汁がまた改めて西日本の地にいる事を感じさせてくれる。■嵐山 渡月橋山陰本線で嵐山へ。高校の修学旅行以来か紅葉はまだ少し早いかな。それでも木々は秋色に色づき始めている。■天竜寺 霊亀山天龍資聖禅寺といい 後醍醐天皇を慰めるために、足利尊氏が 嵐山を背に建てた国指定重要文化財■金閣寺 相変わらず輝いていやがります京都の空気ってなんか独特。修学旅行、外国人の定番の旅先であるのだが何度来てもいい所だ。東日本の人間だからだろうか。とりあえず優雅な時間がゆっくり流れてる。■後ろに見えるのは銀閣寺昼飯は銀閣寺の参道外れにある店で生意気に湯葉なんかを食いました。■湯葉 うーん・・確かに湯葉だな。ちょっと分厚いビニール袋がふやけた・・みたいな。■鹿苑寺での御朱印 今回は同僚のSさんも同行。 各所で御朱印を頂いておりました。■南禅寺■伏見稲荷神社 京都に来たら何故か必ずここへお参りします。 いつ来ても千本鳥居は圧巻である。伏見稲荷から奈良線で京都駅へ帰る。京都をだらだらと放浪しているうちに日は落ちてしまった。今日泊る宿はなんとカプセルホテルとかではない。祇園の料理旅館である━━━━(゚∀゚)━━━━!!というか京都っぽい宿がどこも満員でお金ないのに・・・orz■料理旅館 白梅わーお、すんげー入りづらい(;´Д`)祇園白川沿いにある白梅は江戸末期の創業新撰組が祇園を走っていた頃でございます。と、紹介にある。老舗だ、老舗。SHINISE白川にかかる小橋を渡った所に敷居がありそれを跨ぐとおいでやす~なリッチな旅館だ。梅ヶ香というお部屋へ案内される。そんでグデーっとしていたら早速はじまりました!京懐石料理タイムである!キタ――(゚∀゚)――!!豪・華・絢・爛 食うのが勿体無いのが次々と出て参ります(;゚∀゚)どれもこれも雰囲気とは関係なしに美味。よく京料理は薄味で淡白で、なんて言いますがそんな事ない。ちなみに熱燗を頼んだらこんなのが出てきました若女将曰く、場所が祇園だけに運がよければ本物の舞妓さんを見つけることが出来るとのこと。とはいえ確立的にはポケモンで言ったら出現率がドードリオからブーバーくらいだろう。モンスターボールを持って夜の祇園の街へと繰り出した!■祇園結局舞妓さんは出現せず。。。祇園をぶらぶらダラダラしておやすみしました。11月11日■朝の白川 白梅の小橋から撮影今日は帰る日なのですが午前中は時間もあるので清水寺へと向かいました。白梅はやっぱり料理旅館、朝飯からしてビックなもの。普段胃が受付けない朝食の量でもこれなら食える。出し巻き卵とかはTVでもよく紹介されているみたい。■■八坂の塔が正面に見えるお勧めの小道 ここをまっすぐ行き、産寧坂を上れば 清水寺への参道、清水坂へと繋がる。■説明不要、ベタである■スイカ割りの要領でやれば問題ない。 自主神社の恋占いの石そこから六波羅蜜寺へ行き、心身を無にし生意気に写経なんかをする。■一番上にある丸まった筒の下にあるのが 私の書いた摩訶般若波羅多心経 写経したものを納める。納経 右為 無病息災短かった京都旅行もいよいよ終盤である。京都駅へと向かい、新幹線の切符を購入。■N700系がきた!偶然。今年の7月に出たばかりの 新型車両新幹線東京駅に着き、こまちで秋田に帰ろうとするが、こまち29号 満席 こまち31号 満席 こまち33号 満席(最終)わはー、ぬかったぜ(;゚∀゚)東京駅、久々のJR東日本我が領域わはー完全にぬかった。こまちは全車指定席、立席で秋田まで4時間というのはどうよ。という事で最後の切り札、寝台特急あけぼの号!■あけぼのの車窓から明日も休みだし、まあ横になって秋田へ帰りましょう。旅疲れもあれど、今となっては第二の住まいのあけぼの号上野駅13番線からゆっくりと走り出す。これにて今回の旅行は終了、良い旅だった。気のせいか服には京都の匂いがしみ込んでいる?東日本に来て気づいた事、いや、気のせいかな。
2007年11月24日
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本当、秋田は一気に冬になりましたな。お陰で八森の実家から秋田へ帰るときになるべく夜まで実家で怠惰な時間をとるべく奥羽線最終の上り列車、寝台特急日本海大阪行きを指定していたのですが風雪の為に列車の中で2時間近くこれまた怠惰な時間(まぁこれならいいか)を過ごす事になったりしました。■東能代にも40分近く遅れて到着秋田に着いたのは日付が変わってから。深夜、秋田駅でもまた大幅に見合わせになるであろうと。羽越線経由で大阪に向かうこの寝台、案の定なかなか秋田駅を発車しようとはしない。それを横目で見ながら寮へと向かう。寒い寒い寒い。秋田の寮が羽越線にあるので数分もすれば通過していくであろうと布団の中でその通過音を耳をこらしながら眠りに就こうとしたが・・・朝になっても通過せず・・。次の朝、出勤時にはまだ秋田駅にいました。大阪についたかなーって目覚めたお客さん、窓の外の「秋田」の駅名にはさぞ驚いた事でしょうな…。次の朝は出勤するも大騒ぎ、今年一番の“冬”に列車ダイヤも大幅に乱れ、とりあえずその日本海に乗車しているお客さまの為におにぎりとお茶を配るべく駅の事務室には朝から山積みの食料が。これからの季節は仕事も大変だー…がんばりますぞ。
2007年11月18日
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しばらくの間更新をサボっておりますが管理人は今日もがんばって生きております。とりあえずいろいろありまして運よく沖縄へいって来ました。鉄道ではなく久々に地から足を離して遠く琉球王国へひとっ飛び。■秋田空港から羽田まで■だいぶ南へ来ましたよ。沖縄本島糸満ら辺かな秋田から飛行機を乗り継ぎ、那覇空港に到着したのは午後3時頃、ホテルでだらだらしていたらもう夕方に。11月といえど、やっぱし暖かい。外で夕飯食ってから国際通りへ向かいました。■国際通りお土産は大抵ここで揃います。泡盛、ハブ酒、シーサー、さとうきび、黒糖、パイナップル、ソーキ蕎麦、ちんすこう沖縄グッツならなんでもある。■素焼シーサー 沖縄おりじなる次の日は平和研修ということで、ガラビ壕へと向かいました。■沖縄特有の墓、亀甲墓 死んだ霊魂がまた生まれ変わるようにと 墓自体が母親の胎盤の形をしているそうです。結構大きいです。ガラビ壕とは隆起サンゴによって生まれた石灰岩質の自然洞窟。沖縄弁ではガマと呼ばれ、沖縄戦時代は野戦病院として使われていた。全長500Mにもなる巨大な洞窟で非常に足場が悪く、こんなんで病院だったんだとおもうと信じられない所である。足場の悪さに至っては山岳部を経験してきた私でさえかなり苦戦しながら奥へと進んでいった。鍾乳洞みたいな槍のような天井からは地下水が滴り、足元は石灰岩質の土と混ざりまさに“田植え”状態。それで洞窟なものだから当然光のひとつ無い漆黒の闇の中、ヘッドランプ1つで進んでいく。途中からは当時のものであろう、薬ビンの残骸や人骨が足元に散らばっていた。頭蓋骨の破片、指の骨、当時の生々しさが今もなお残っていた。写真なんて撮れるような場所ではなかったのでガラビ壕の写真は一切ありません。■さとうきび畑ガラビ壕、洞窟探検みたいで最初は面白かったのですがやはり戦争の傷跡が手付かずに残っているここはなんとも重苦しい空気がありました。1時間ほどで外へ出ましたが空が見えるって平和だなって思いました。当時は光の当たる場所=死であった為、洞窟の中や防空壕の中が生活の場であったのでしょう。戦争の悲惨さを改めて思いました。■ひめゆり平和祈念資料館■ひめゆりの塔■シーサーこの日の晩飯は沖縄懐石料理が食えるという事で結構楽しみにしていました。あの独特の味はとても万人向けとはいえませんがたまに食うと美味いもんだ。■料亭那覇、安直なネーミング■泡盛にオリオンビール ラフテーと呼ばれる角煮次の日は首里城へと向かいますた。■守礼門 そういえばこれ2000円札についてるなー■沖縄の観光地3本指に入りそうなくらい有名なここは首里城沖縄とはいえ11月、この日はちょっと涼しい。半そで半ズボンでは肌寒いくらいでした。といっても花が1年中咲いている。沖縄におおらかな人が多いのは気候がおだやかだからなんでしょうね。■ハイビスカスまぁ、こんなんで沖縄とはさようなら。また寒い秋田へと帰ります。■那覇空港で久々に沖縄に来ましたがやっぱいいですな!来年の春にはまた来たいものです。
2007年11月06日
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風邪治りませんね。市販の薬じゃもう手遅れなんですかね。せっかくの2連休を自宅でゆっくり療養にあてたのに一向に良くなりません。なおも微熱が進行中です。というわけで、最終日の本日、自宅(寮)で風邪を治すべくマサイ族直伝のスパルタ式荒治療をとってみました。■用意するもの■・赤まむしドリンク 1本(リポD代用可)・ポカリスエットたくさん・葛根湯・養命酒・サウナルーム・気合い■レッスン1、精力増強の為の剤■レッスン2、電解質&水分を蓄え、新陳代謝を高める■レッスン3、基礎体温を上げ、病原菌を追い出す■レッスン4、生薬を体に取り込み、中国3000年の歴史に浸る■レッスン5、以上を服用した上で灼熱の部屋に入る事20分■レッスン6、すべてにおいて気合を忘れずに。以上を夕食後に行います。幸い寮にはサウナがあります。サウナが手元にない人は草津温泉に習った45度以上のお風呂でも構いません。結果、一晩だけ元気になって翌朝ぶり返しましたとさ気合が足りませんでしたね。
2007年10月23日
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最近管理人は風邪を引いてしまいました。風邪といっても自覚症状は微熱のみ。一番厄介である。ベンザ飲んでいるがこれ以上続くようなら抗生剤医者からもらってこねば。というわけで急に寒くなった秋深まる秋田、そろそろ白神でも冠雪してもいい頃である。皆様も体調にはお気をつけ下さい。そんな今日この頃ではあるが、同僚が京都へ行きたいと申してきた。11月の勤務を見ると丁度3連休が半ばにあるではないか!せっかくの連休だから久々に西日本まで足を伸ばすのもよかろう。そんで京都まで行くのなら我が第二の故郷、広島県尾道市まで行くのもよかろう、早速切符を手配しなければ。向った先は仁賀保駅、仁賀保駅にはマルス端末が設置されていない委託駅になるため、それを知った上で向った。マルス端末の設置されていない駅では指定席券を発券する際料金補助券という手書きの切符を売ってくれる。■せっかくなんで始発の青森から日本海号に乗り 西国の地へ誘う事に。マルス指令という指定席を扱う場所へ連絡し、指定を確保の上、手書きの切符を売ってもらう。昔ながらの切符が完成します。乗車券も出札補充券という形で作ってもらえるのですがそこまでやってもらうには迷惑であろう・・羽後本荘駅でマルス発券してもらいました。■社員の乗車証が使えるのはJR東日本最果の地、 直江津から買えばいい。とりあえず行きの切符の確保はすみました。来月までに風邪をなおさねば。。
2007年10月21日
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秋田市内の寮に住むようになり早半年が経過した。ワンルームで一人暮らしをする訳だがやはり神の存在が必要と感じこの度、自室に神棚を掲げました。■小さいお社だが立派なものだろう~牛島の三皇さんからはちゃんと伊勢神宮のお札、神宮大麻(天照大御神)を入手してきました。今度の大安吉日に神道形式で御祭しようかと!これにて我が部屋もより一層神々しい神秘の後光の中に包まれ、健全なる生活をおくれるのであった。
2007年10月12日
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明けの本日、矢島線乗った事ないので羽後本荘駅に行って矢島線乗ってきました。由利高原鉄道鳥海山ろく線が現在の名、由利高原鉄道が経営しています。実は天寿酒造の経営でもあるみたいです。そんで元国鉄でもありました。■矢島駅の往復切符 未だ硬券■おばこ号子吉川に沿い、稲刈りの終わった山間を縫うように走っていきます。■一両編成の列車はJRとはまた違った揺れ方■1時間ほど、矢島駅に到着■矢島駅自体実は全県新人の時に来たことあります。地元高校生とか小学生が多かった。廃線ギリギリとはいえやはり必要な路線なんだと思う。次また乗りに来たい場所だと思った。
2007年10月09日
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さて、パソコンの部品が到着致しました。今日から新たなPCを組むべく、家(寮)に引きこもります(`・ω・´)シャキーンマザーボードにCPUを取り付けます。■今回使ったマザボは P5K-E/WiFi-AP LGA775 CPUはCore2Quad Q6600■Core2Quad6600と巨大なCPUファン Thermaltake V1 CL-P0401 最近PC雑誌等で冷却性能評価の高いこのクーラー、 噂には聞いていたがデカイ・・・ ケースやマザボのチップセットとの干渉が心配に・・・■マザボにThermaltake V1 CL-P0401 を取り付けました。 幸いチップセットとの干渉はギリギリセーフ!!! 銅の光沢がカッコいいです!(゚Д゚)■今回メモリはDDR2 6400 1GB を4枚差し■メモリースロットは満杯に!これにてRAMは4095MB(4G)に!マザボへの取り付けが終わり、お次はそのマザボをPCケースへと取り付けます。■少しPCっぽくなってきた。今回使ったケースは オウルテック OWL-603AT(B)/N ブラック 想像以上に凄く良いケースです!お勧め!この後HDD(750G)DVD-R、3.5インチ、電源(750W)VGA(VGAはなんとEN8800GTS!!)を取り付けまして、いよいよ完成に!配線がごちゃごちゃしています。■V1とHDDクーラーが青く光っておりますw■電気消すとこんな感じ。■いかにも冷やせそうって勢い・・■正面の5インチベイにはファンコントローラーと 各機器の温度を監視できるモニターを装着。 これにてリアルタイムにPCのバイタルが分かります。PC自体は完成ですよ(゚∀゚)
2007年09月30日
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実家のPCの具合が悪くなったとのことで急遽、仕事終わってから八森へ向かうことに。■これも随分年季が入ってきました。今日はちょっと疲れていたのでしばし眠ることに。701系と違いやはり寝やすいこの列車。見事に寝過ごしました。 ■東能代駅で降りるはずが二ツ井駅まで来てしまった…orz上りの列車は・・・寝台特急あけぼの上野行き。またもやあけぼのにお世話になります。■また寝過ごして上野まで逝ってしまったら洒落にならん…■東能代駅で あけぼのは上野を目指す。パソコン所ではないくらい疲れた一日でした。
2007年09月25日
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■帰宅途中で いつもの快速鹿角花輪行さて、今使っているパソコン、VAIO VGN-TX90Sですが、モバイルノートでありながら現在私のメインPCだったりします。自宅の卓上から旅先から何から何までカバーしてきました。■常磐線 E531系の中でPentium M 1.2GHzRAM 1GBHDD 40GBバッテリー稼働時間 約10時間しかしPhotoshopCS2やエンコードなどで重たい作業をしたりするにはモバイルPCには限界がありまして、今回私はパソコンを作ってしまおうと思います (`・ω・´) シャキーン最近安くなったCPU Core2Quad6600(4コア)にVGA(グラフィック)は320MB、メモリーは4GBというモンスターマシンを作ってしまおうかと!大まかにはこんなかんじ【CPU】Core 2 Quad Q6600【クーラー】Thermaltake V1 CL-P0401 【M/B】 P5K-E/WiFi-AP LGA775 P35+ICH9R ATX 【VGA】 EN8800GTS/HTDP/320M(GeForce8800GTS)【HDD】 HITACHIDeskstar T7K500 HDT725050VLA360 【光学ドライブ】DVSM-H55N/B-BK【FDD】FA404MX(B)/BOX【OS】VISTA(初のVISTAマシンw)【ケース】 OWL-603AT(B)/N【電源】 M12 SS-600HM 【M&K】Microsoftセット【モニタ】LCD-AD191XB2さて、どうなる事やら…
2007年09月23日
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それにしても凄まじい雨でしたね。各地で反乱や土砂災害もあったみたいです。秋田駅もてんやわんやでした。またもチラッとTVデビューわかるかな? →■この雨の影響で各線共に運休が相次ぎ、また羽後境~峰吉川で土砂災害が発生、秋田新幹線こまちも終日運休に。ホームでは超豪華臨時列車の夢空間が座礁しておりました。。■最後尾のダイニングカー 豪華だ。この雨も通り過ぎ最近の秋田は曇りのち晴れの毎日。最近朝晩が冷え込む秋の今日この頃である。
2007年09月18日
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8月は25日の話になりますけど、大曲の花火大会が開催されました。JR秋田駅でも恒例の大混雑が予想されているためその日だけ対策本部みたいなのを設置し、駅員を総動員させるのですが、なんと運がよいことに私はこの日、夜勤明けであった為、未だかつて見たことのなかった大曲の花火とやらを見るべくその作戦を実行したのであった。15:30 St.Omagari■わーい、人がいっぱいだー (゚∀゚)18:30 Sajiki■桟敷には人、人、人!!どっからこんなに集まるんだ!? (;´-`)そうして夏も終わりかけている8月25日、夜夜空には花が咲き続けます。噂には聞いていたが確かに凄い。地元の花火大会のフィナーレのような花火がぼんぼんと打ち上げられ続ける。大曲駅での超激動帰宅ラッシュを回避すべく、私は大曲駅前にある同僚宅へ。本日はここでビバークです。あぁ、夏も終わるんだな~
2007年09月13日
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実は、先週2日、あけぼの号で青森に行ったその次の日!また寝台特急あけぼの号で帝都東京へと行って参りました。※だからこの日記は9月3日からのモノになります。どうも寝台列車で上野へ行く行動がしたかっただけの様子。その日、仕事していてマルスで本日のあけぼの号を空席紹介してみたら、ゴロンとシートが1個だけ!それも下段が空いていたので思い立った訳だ!丁度明日は休みだし、ぶらっと行ぐがなって思った訳だ。■2日連続で3度もあけぼのに乗車するなんて珍しかろう。。■読書灯の灯りも寝台特有の設備である。最近の日本の列車には 必要とされる機会が少なくなってきた。こうして列車に揺られながら夜は更けてゆく・・・9月4日 AM6:00朝日がカーテンの隙間から差し込んで目が覚める。放送ではあと2分ほどで大宮だそうだ。■列車の中での夜明け、この先もう経験できなくなるかもしれない。6:31 列車は時刻通りに大宮駅に到着■大宮駅、ここから終点上野までラストスパートをかけるそっからおよそ30分、あけぼの号は定時に終点上野駅へと到着した。■上野駅中央改札口腹を空かせているため、とりあえず上野駅前のいつもの朝飯屋へ直行!■これで390円くらい。早朝から深夜までやっている。 最近HPつくったみたい。ここ→■さて、今月またもや東京へと来てしまった。山手線で原宿駅を目指す。■明治神宮じつは明治神宮は初めてきました。御名御璽。東京の朝を緑の中でのほほーんしながら新宿へ■中央線特快、山の手、営団地下鉄と乗り継いで恒例の場所へ…■説明不要■仲見世通りなーんでいつもここなんでしょうな。人形焼食ってぶらぶら~■かっぱ橋で通常では手に入らない物資を買うべく 浅草から田原町の方へんで、■秋葉原ラジオセンター■総武線ガーター下にあるマニアックゾーンだが、コンデンサーやら 半導体やら細かい部品までとりあえずこの類は何でも手に入る。せっかく秋葉原に来たので携帯を買い換えますた!そうしているうちに東京も夜だ。■アメ横で帰りのつまみを買ってく。 そういえば夜のアメ横に来るのは初めてだ。明日はまた仕事、帰りもあけぼのだと完璧なのですが流石に秋田早朝着のあけぼのでそこから仕事へ行くのは宜しくない。列車が遅延なんかしたらこっちも遅刻になり兼ねない。たとえ同業とはいえ許されない。なので新幹線こまちで一気に帰ります。それもなんと人生初のグリーン車 疲れたので爆睡すべく、乗変した訳です。一瞬で秋田に着きました。今回もまた気まぐれで放浪、どうも癖になってきています。あんまし宜しくないです。休日は体も休めましょう。
2007年09月11日
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実は会社の組合活動(登山部)の一貫で今回誘われ、那須塩原へ行くことになりました。■仙台駅で途中下車■なすの号で那須塩原をめざします■到着!那須は初めての地、栃木もなかなか綺麗な地です。今日は那須の温泉郷に宿泊。国道400号線湯の春ラインを参観に抜けてゆくと今回の宿泊地塩原温泉郷はあります。■箒川沿いに宿が建ち並んでいるここは塩原温泉郷■なかなか風情のある凝った造りですなぁ(´ー`)明日はいよいよ那須岳でやんすよ。9月10日 AM5:00朝から小雨・・・orzまぁ、雨雲をテントから見るのと旅館のベランダから見るのとでは何か大きな違いがある。今回の登山口、峠の茶屋駐車場まではバスで1時間、支度をしてバスへと乗り込み登山口まで揺られながらまた寝ます。AM7:20登山開始!■山~雨はやんでくれましたがちょっと視界が悪い。よくあることです。うん。■峰の茶屋分岐峰の茶屋分岐からは茶臼岳、剣が峰、牛ヶ首への道へと分かれます。我々は茶臼岳を目指します。■茶臼岳直下になると溶岩の黒々としたゴッツい岩肌が表れ、 なんか北ア登山を思い出しましたよ。茶臼岳は日本有数の活火山で、今でも盛んに噴煙を上げています。硫黄臭くてたまりません。■山頂到着! 1915M■噴煙出してるー!(゚Д゚)今回の昼飯は予め秋田のICI石井スポーツで購入しておいたえびピラフをメインに食す。北ア合宿で槍ヶ岳の晩飯だったものと同じである。あえて同じモノを購入して参りました。久々に美味かったです。下山は雨だったので写真はありませんが、やはり能工山岳部で鍛えられたのか、意外に、屁でもありませんでしたよ!というかみんなタフで疲れたって人はいませんでした。恐るべしJR東日本登山部…。とまぁこんな感じ、久々の登山楽しめました!また誘われるといいな。
2007年09月09日
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秋田、だいぶ涼しくなりましたねーでも今日は台風一過の暑さ!そんで明日、栃木は那須塩原、茶臼岳に行ってまいります。天気は良さそう。久々の登山ですよwt
2007年09月08日
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八森の田んぼはもうすっかり秋、稲穂が垂れ下がる季節となりました。■お薬師山麓の故郷田園風景(8月29日撮影)さて、本日は久々に暇でしたので、早朝から寝台特急あけぼの号に乗って青森まで行きました。■東能代駅で多数の乗降がありました。■青森駅到着、EF81機関車よ、お疲れさん。 青森駅は青函連絡船のあった国鉄時代から何も変わらない ガラガラのプラットホームがそのまま残っている。上野発の夜行列車は最早このあけぼの号を残すのみとなったこの時代、あぁ無情・・■EF81機関車を切りはずし、反対側へはDE10ディーゼル機関車を 連結し、車両基地まで引っ張っていきます。青森からは701系、普通列車八戸行きにのり野辺地駅を目指しました。 ■野辺地駅■き・ら・き・ら みちのくで下北半島最北端の駅 大湊駅を目指すことに!■リゾート列車、津軽湾を眺めながら大湊線の旅■ごらんあれが竜飛岬北のはずれと、見知らぬ人が指をさす…■車内では津軽三味線の生演奏がありました。 津軽観光協会の人がやってくれます。■大湊駅!到着!大湊駅に着くもだらだらと恐山を眺めながら散歩、帰りの青森駅では高校時代の同級生と久々の面会、飲み屋でかるくふっかけてきました。■さて、帰りもこのあけぼの号な訳で。上野行きの寝台、いつも憧れるのだw■秋田駅を後にし、上野へ向けて走り出した。最近気まぐれな旅が多い今日この頃の報告でした。
2007年09月02日
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自転車で八森に帰ってからは例の白瀑神社へ参拝に行って参りました。どちらかと言えばいわゆる取材ってかんじですな。今回は文章はほとんど無し!写真で語ります( ̄ー ̄)■白瀑神社の入口、白瀑川に架かる橋■白瀑 酒の銘柄にもなっているこれが白瀑■滝を近くから見るとやはり結構な迫力(゚Д゚)■天気もよく葉っぱが青々としていて綺麗ですた(´ー`)■狛犬w
2007年08月29日
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メランコリーな毎日を送っておりました影響で暫くの間、更新が止まっておりましたが今日からまた再開です。夜中、寮の自室で同僚と集まっておりまして、夜も更けたのでそろそろ皆自室へ帰る時、私は明日が休みなので一言「どれ、実家にでも帰るかな」23:55 now _, ._( ゚ Д゚) は!? 終電とっくに行ったぞ!?私には自転車がある。早速荷物をまとめ、自転車にまたがり秋田市にある寮を飛び出したのは日付も変わった0:30頃であっただろうか。■深夜2時まで営業している中華そば屋は幸楽苑で 夜食&活力給油、注文したのはもちろん最安中華そば290円w■数時間前にドンキで晩飯も食ったのでこれぐらいが丁度良いwひたすら走る走る、月明かりがあるのでカモシカ山行ならぬカモシカツーリングとでも言ったらよいであろうか。道路には月の光で陰が出来るほどの明るさである。前回の北海道北東北ツーリングでも通った道を参考に真夜中の旧羽州街道を突っ走る。最高に気持ちがよい!■八郎潟商店街途中、休憩をする為に道の駅 ことおかに立ち寄ったのは夜も明けそうな3時半。東の空が若干蒼くなってきた。■私も自転車も小休止休憩室の長椅子に寝転がり、仮眠をとることにした。30分ほど寝転がってまた北上するのだ。微睡む (´-`).。oO目が覚めたのが午前9時半・・・ガ━━(゚Д゚;)━━ン!やっちまいましたな。もう完全に日が昇ってますよ。しぶしぶ7号線を北上、八竜のサークルKで朝飯を調達し能代入りしたのが10時過ぎであっただろうか。■能代南中近くの農面道路で。今日も暑ぃ・・・簡単に買い物をして実家の八森に着いたのは14時を廻っておりました…。本来は朝7時には着く予定であったのに・・・。■能代市の隣は我が町。。。そんな時代になりました。ともあれ無事自宅に帰りました。自転車で・・・。今回私は恒例のバカがやりたくて夜な夜な任務を遂行したわけでは御座いますが、非常に楽しいモノでありました。真夜中のツーリング、夜風を切るのもなかなかですよ。ほんと、メランコリーなんて吹っ飛びます。
2007年08月27日
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午前は雨でしたが午後は雲の隙間から太陽が。お盆で帰省している友人と共に地元八森は滝ノ間海岸で泳ぎました。ヽ(゚∀゚)ノウニやアワビと戯れていたらシロガヤって海草みたいな鳥の羽みたいなのに触れてしまい、 (|| ゚Д゚)イテェ!!!痛い目にあいますた。そんで今はとってもかゆーい…最高に厄介な野郎です。憎きシロガヤとはかゆーい…私の右腕は今、水ぶくれ必死!!こいつが一週間は続くらしいwwははは、笑うしかねぇやw■滝ノ間海岸の夕焼け日が沈み、水平線の上の空はまだオレンジ色、その水平線には早くも漁り火の灯りが点々と並び、そのちょっと上は紫色の空と雲、眼下に広がる八森の夜景と見慣れていたようで久しぶりに見た故郷の海を見ながら友人と二人、国道101号線を自転車で走りました。やっぱり平和な八森が大好きで御座います。持つべきものは友と美しい故郷でしょうか。故郷を離れている今日この頃、改めて故郷の美しさに感激したひと夏の出来事であります。
2007年08月17日
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みなと奉行さんより、なんかバツンが廻ってきましたよ。完全紹介制のバツンだそうで、一見さんはご遠慮願いやす~だそうで、しかも【お題】まで指定されているみたいで。◆ルール指定者以外はやらないでください。その理由はいつかあなたにも回ってくる(ハズの)バトンだからだそうです。廻された人は【】内の特定の言葉に置換して答えてください。★お題は【マルス】ということマルス? _, ._( ゚ Д゚)-? マルスマルス!?マルスってMARSですか・・!?マルスとは→■まぁ、いわゆる毎日さわっている商売道具でもあり宿敵でもある機械のことですよ、何で知っているんでしょうね?駅のみどりの窓口で切符を買ったことがある人は見たことあるでしょう、駅員がぴっぴっ、と指でたたいている切符を作るへんな機械のことです。Multi Access seat Reservation System旅客販売総合システムの略でMARS!!このマルスについて語れと言われても困るわけで。1、最近思う【マルス】最近もなにも、むかつく野郎ですよ。多機能過ぎて使いこなせるかっての (´-`).。oO2、こんな【MARS】に感動まさか「東京DL入場券」とか「ドラリオン」の会場チケットまで発券できるとはね。。。3、直感的な【まるす】いや、直感でやると誤発に繋がりますお (´・ω・`) 営業事故で事由書書かなきゃならないでしゅ。いつも論理的に真面目にたたくのがM、A、R、S、マルスだ!!!4、こんな【マルス】は嫌だ。むしろこんなマルスは良い!(・∀・)イイ!!ってなMARSが見てみたい。5、好きな【マルス】むしろマルス大好きだぁぁぁ!!!!━━━━(゚Д゚)━━━━!! ってなMARSが見てみたい。6、この世に【マルス】がなかったら。どんだけ苦労しないことか (´-`).。oO7、バトンを渡す人。鰰ぶりっ娘さんにやってもらいませう (゚∀゚)お題はずばり【鰰】でお願いいたしますm(_ _)m鰰ぶりっ娘さん、お忙しい中ごめんなさいです。。。m(_ _;)m本当暇な時で、日記のネタに困った時で構いませんよー
2007年08月14日
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