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2021.11.16
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カテゴリ: 気になる本
図書館に予約していた『父の詫び状』という文庫本を、待つこと1ヶ月ほどでゲットしたのです。
この本はどこを開いても、つい惹きこまれるお話が並んでいて・・・それだけ著者の生活を見る目に深みがあったのでしょうね。





向田邦子著、文藝春秋、2006年刊

<「BOOK」データベース>より
宴会帰りの父の赤い顔、母に威張り散らす父の高声、朝の食卓で父が広げた新聞…だれの胸の中にもある父のいる懐かしい家庭の息遣いをユーモアを交じえて見事に描き出し、“真打ち”と絶賛されたエッセイの最高傑作。また、生活人の昭和史としても評価が高い。航空機事故で急逝した著者の第一エッセイ集。

<読む前の大使寸評>
この本はどこを開いても、つい惹きこまれるお話が並んでいて・・・それだけ著者の生活を見る目に深みがあったのでしょうね。

<図書館予約:(10/06予約、副本7、予約10)>

rakuten 父の詫び状


東京大空襲が語られているので、見てみましょう。
p89~93
<ごはん>
 歩行者天国というのが苦手である。
 天下晴れて車道を歩けるというのに歩道を歩くのは依怙地な気がするし、かといって車道を歩くと、どうにも落ち着きがよくない。
 滅多に歩けないのだから,歩ける時に歩かなくては損だというさもしい気持がどこかにある。頭では正しいことをしているんだと思っても、足の方に、長年飼い慣らされた習性かうしろめたいものがあって、心底楽しめないのだ。

 この気持ちは無礼講に似ている。
 十年ほど出版社勤めをしたことがあるが、年に一度、忘年会の二次会などで、無礼講というのがあった。その晩だけは社長もヒラもなし。いいたいことをいい合う。一切根にもたないということで、羽目を外して騒いだものだった。
 酔っぱらって上役にカラむ。こういう時オツに澄ましていると、融通が利かないと思われそうなので、酔っぱらったふりをして騒ぐ。
 わざと乱暴な口を利いてみる。
 だが、気持ちの底に冷えたものがある。
 これはお情けなのだ。

 一夜明ければ元の木阿弥。調子づくとシッペ返しがありそうな、そんな気もチラチラしながら、どこかで加減しいしい羽目を外している。
 あの解放感と居心地の悪さ、うしろめたさは、もうひとつ覚えがある。
 それは、畳の上を土足で歩いた時だ。
 今から32年前の東京大空襲の夜である。

 当時、私は女学校の三年生だった。
 軍需工場に動員され、旋盤工として風船爆弾の部品を作っていたのだが、栄養が悪かったせいか脚気にかかり、終戦の年はうちにいた。
 空襲も昼間の場合は艦載機が1機か2機で、偵察だけと判っていたから、のんびりしたものだった。空襲警報のサイレンが鳴ると、飼猫のクロが仔猫をくわえてどこかへ姿を消す。それを見てから、ゆっくりと本を抱えて庭に掘った防空壕へもぐるのである。

 本は古本屋で買った「スタア」と婦人雑誌の附録の料理の本であった。クラーク・ゲーブルやクローデット・コルベールの白亜の邸宅の写真に溜息をついた。
 わたしはいっぱしの軍国少女で、「鬼畜米英」と叫んでいたのに、聖林(ハリウッド)だけは敵性国家ではないような気がしていた。シモーヌ・シモンという猫みたいな女優が黒い光る服を着て、爪先をプッツリ切った不思議な形の靴をはいた写真は、組んだ足の形まで覚えている。
(中略)

 3月10日。
 その日、私は昼間、蒲田に住んでいた級友に誘われて潮干狩りに行っている。
 寝入りばなを警報で起された時、私は暗闇の中で、昼間採ってきた蛤や浅蜊を持って逃げ出そうとして、父にしたたか突きとばされた。
「馬鹿!そんなもの捨ててしまえ」
 台所いっぱいに、蛤と浅蜊が散らばった。

 それが、その夜の修羅場の皮切りで、おもてへ出たら、もう下町のそらが真赤になっていた。我家は目黒の祐天寺のそばだったが、すぐ目と鼻のそば屋が焼夷弾の直撃で、一瞬にして燃え上がった。
 父は隣組の役員をしていたので逃げるわけにはいかなかったのだろう、母と私には残って家を守れといい、中学1年の弟と8歳の妹には、競馬場あとの空地に逃げるよう指示した。

 駈け出そうとする弟と妹を呼びとめた父は、白麻の夏布団を防火用水に浸し、たっぷりと水を吸わせたものを二人の頭にのせ、𠮟りつけるようにして追い立てた。 

『父の詫び状』1





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Last updated  2021.11.16 01:20:13
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