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面白い、というか、考えさせられる記事を発見小論文を自動で採点するソフト、その功罪(2部に分かれているんだけど、これはその前編)タイトルどおり、大学の教授が、小論を自動採点ソフトを使って評価するケースが増えている、という話。どんなソフトかというと、学生の書いたエッセイをスキャンして、キーワード、単語同士の関連性なんかを探して、エッセイ全体が模範解答にたいしてどの程度のものか、を見るらしい。ホントに、そんなことで評価ができるのか??記事に出てた教授の話だと、「…われわれは楽しくやりがいのある仕事がしたいのだ。退屈ながらも必要な仕事は、コンピューターが片付けてくれる」学生のエッセイを読むのが退屈だって言うなら、楽しくやりがいのある仕事って、なんなんでしょうね?ちなみに、この教授、社会学を担当してるんだけど。この手の授業で、学生が自分の授業をどれくらい真剣に聞いていて、どれくらいしっかり自分の課したリーディングを理解していて、それらをどういう風に解釈して、表現しているか、というのが分かる一番の材料が、エッセイじゃないかな、というのが、私の考え。生徒にしたって、今までの自分の考えをしっかりまとめて、授業外のリサーチなんかも一生懸命やって、いろんな苦労をしてエッセイ書いて教授とコミュニケーションしよう、と試みているはずなんだけど。それを採点するのがコンピューターって、そりゃないよ、と思ってしまう。「このソフトにより、教師陣はより多くの小論文や作文を課せるし、労せずに採点する(ことができる)」教授が労せずに小論文や作文を課せるようになるってことは、ソフトの傾向を対策して、学生だって「労せずに」エッセイを書くソフトを使うようになる(絶対でてくるよ、この手のソフト)。「授業ではこんなことを言ってたあの学生が、こんなエッセイ書くわけない」って、疑われることもないもんね。ビジネスとしては、非常においしい。こういう傾向が強くなると、学習することの本来自体が変わってくる。「実際に学んでいるのは、プログラムをごまかす方法だよ」とは、ある教授の話。私が書いたEブックに書いてあるような、相手を説得するような議論の流れを作る、とか、分かりやすい簡潔な文章を心がける、とか、機械相手だったらそんな気遣いをすることもなくなるのかな。文中のキーワード拾ってもらえばいいだけだもんね。で、勝手な想像だけど、英語があんまり得意でない留学生なんかは、内容より文法ミスを拾われて、他の生徒より必然的に点数が落ちるのでは。「文法より内容」が評価対象になるべきなのにね。(試しに、異なる主題のエッセイに、やたら難しい語を入れて書いた作文を評価に書けたところ、ほぼ満点の評価がもらえたとか)この採点方式が主流になるのはどれくらい先かは分からないけど、確実に増えてるのは確か。向上するソフトの性能と、それを出し抜こうとする学生達のいたちごっこが展開されそう。書き手の論理的思考は、そんな中でどんな風に伸びていくんですかね??
2005.08.31
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前にブログに書いた記憶はあるのだけど、過去ログで見つからないので、同じネタで(^^)昨日の記事で、留学したばかりで授業についていけないのは、英語力のせいだけじゃなくて授業がホントに難しいか、問題ありなのかもしれない。というようなことを書いたけど、「問題あり」の部分、教授との相性もよく考えた方がいいと思う。相性、って言うか、教授の、自分に対する評価がどんなものか、ってことになるのかな。特に、生徒が外国人ってことに対して、どういう風に接してくれるか。米国カリフォルニアなんかは、外国人ばっかりで、教授もかなり彼らを扱い慣れていて、私自身、それほど苦労した覚えはないんだけど、教授の中には 1. 外国人特有の悩みを一切考慮してくれない あるいは逆に 2. 外国人(特に日本人)をステレオタイプし、それを評価に響かせる というタイプは、やっぱりいるらしい。1のタイプは、例えば授業についていけないって相談に行くと「君は留学生だから。他の人はちゃんとついていけるんだから、君のためだけに授業の速度を落としたり、特別扱いするわけにはいかないよ」というようなことを言う。留学生ってマイノリティーを無視してるわけだね。アンタが好んで留学してきたんだから、オレは知らん、みたいな。教授っていうのは、生徒にサービスするものであって、現地の学生でも授業についていくのが難しい生徒にはちゃんとアドバイスしたり、場合によっては課題量を調整してくれたりして、自分の授業から学生が最大のものを得る努力をするもの。「留学生だから」って、無視されるって事は、そういった授業に遅れた現地の学生のサポートもほとんどしない人だと見ていい。もちろん、留学生側の質問の仕方も大事。「留学生だから、わかりませーん」という言い方をされると、教授だって参ってしまうわけで、それだけで特別扱いするのは、向こうとしてもやっぱり不公平ってことになる。「課題のリーディングを毎日○時間やっているけど、どうしても追いつけない」「リスニングが弱くて、今日の講義はこの部分が聞き取れなかった」「ディスカッションの発言のタイミングが分からない」といったように向こうが具体的なアドバイスを出せるような相談をしてみて、それでも相手になってくれないようだったら、教授に問題ありとみていいと思う。(その手の教授は、他の生徒からもうわさが聞こえてくるはず)タイプ2は、例えば「アジア人は発言が少ない」と最初から思い込んで、ディスカッションで無視する、とか、「留学生で英語が書けない」ってことで、無条件でペーパー評価を(内容を見ずに)落としたり、とか。偏見が頭に刷り込まれているので、発言しようとする態度を見せても気がつかなかったり、文法ミスばかりチェックして、ペーパーの主張を気にかけなかったり、なんて人も。1と2のタイプをあわせたような教授に当たったのが、大学時代唯一連絡を取り合っていた友人M。彼女とは、高校の交換留学プログラムで知り合って、その後テキサスの大学で建築を専攻していたのだけど、設計のプロジェクトで、どうしても教授を納得させる作品ができなかった。理由は、彼女の設計が「日本独特のものだから」どんなものを作って持っていっても、「これは西洋では通用しないよ」といったことを言われたそう。自分では、日本様式を入れてる訳でもなんでもなく、授業の内容や教授の批評を聞いて一生懸命それに見合うものを作っているのに、「日本人だから、君には西洋の建築は理解できない」の一点張りだったそう。(わたしゃ、彼女の作品を見たわけでもないし、建築のことはさっぱり分からないので実際そうだったのかは分からないけど)まず、「東洋人に西洋の建築が理解できない」と、最初から判断を下しているところ、そして、彼女が2つの文化の様式のギャップに悩んでいることについてなんらアドバイスをせずに、評価しているところ。これじゃあ、授業を受ける側は苦痛だよね。結局、Mは、そのクラスをどうしてもパスできず、3年終わりになって専攻をCivil Engineeringに変更した。もっと理解のある教授だったらそんな必要もなかったのかもしれないけど、「あの教授のクラス、必修だからねー」ということで。(実際、セオリーなんかはかなりいい成績を取っていたみたい)留学生っていうのは、「本来現地の生徒が学ぶべき場所で、学ばせてもらっている(特に州立大学なんか、税金払っている親は自分の子供が落ちて州・国外から学生が入ってくるのを面白く思ってないみたい)」んだけど、その反面、その学校に外からの文化や価値観を持ち込んで、質を上げる役割も果たしている。英語力や、文化の相違のために、不要な差別を受けるいわれはない。自分の実力のなさを嘆くばかりじゃなく、もっと客観的に状況を見て、教える側の評価もきちんとできるようにならないと損することになるよ。(…といっても、自分の実力を向上する努力も、もちろん伴っての話。できないことは、やっぱり威張れるものじゃないですね(^^; )というわけで。いい教授を選ぶ目も養っておきましょう。
2005.08.30
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アメリカの留学先では、ほとんどのとこで新学期が始まっているはずですねー。(他の国も同じなのかな?)FreshmanからSenior、どの学年かに関わらず、新しい学期、新しい教授、新しい講義、新しいディスカッショングループ…は、緊張するものだと思うけど、クラスや教授によっては言ってる事が、全く分からない!!!って、パニックに陥る人もいるのではないでしょうか?正確に言うと、パニックに陥る人は、留学1、2年目の人が多いのかな。年数を積んでる人は、パニックにはならないけど、やっぱりさっぱり分からないクラスはあるのかもしれない。自分は結構英語ができる、と思っていた人に限って、「言ってることが分からない」ことのショックは大きいと思うけど、これ、英語力とはあんまり関係ない。慣れです。慣れ。←断言しちまっていいのかな~??外国語で授業を受けるって、そりゃ、大変だけど、それより大きな要素って、教授の話し癖とか、クラスの進め方のパターンに慣れることだと思う。いきなり本題に入る教授、全然関係ない話から始める教授、前触れも為しに課題に関する質疑応答が始まるクラス、なんて、新しいクラスの授業スタイルには現地の生徒でも戸惑うらしい。だけど、留学生ってことを意識しすぎると、周りはみんな初回の授業から平然と溶け込んでいるように見えて、自分だけが取り残された気になってしまう。で、「自分だけついていけないのは英語力のせいかなー」なんて思い込むと、他の授業でもそういった思い込みが邪魔して必要以上に固くなってしまうんですねー。もちろん、実際の授業にでて、自分の英語力がどれくらい足りないかをアセスメントして努力を続けていくことは大事だけど、新学期早々自己嫌悪/ホームシックにならないために、こんなことも頭に入れておくことが大事。すぐにドロップアウトしないで、期間ぎりぎりまで粘ってみるまあ、あんまり必修に関係ないクラスならさっさと落としてもいいと思うけど、今後どっちにしてもとらないとならないようなクラスは今のうちに取っといた方がいい。「もうちょっと英語力が上がってから」なんて言ってると、どんどん後がつまってきちゃうので。最初「とてもついていけない」と思っても、上に書いたような教授やクラスそのもののクセなんかに慣れちゃうと、結構イケたりする。何より、ついていく気になって頑張ると、最初の一ヶ月くらいで結果が出てくるから、最初の中間テストくらいまで頑張って、それでもダメなら考える、くらいの姿勢でいた方がいいと思う。周りの生徒、教授に相談他の生徒の反応を見てみて、周りも苦労しているようなら、それは授業が本当に難しいか、授業の進め方(教授含む)に問題があるワケで、自分の英語力はそれほどマイナスになっていないってことになる。難しいって言ってる生徒と話し合って、みんなで対策を話し合ったり、できる生徒に助けを求めるのもいい。あるいは、教授に直接掛け合う。この時は、クラスの、どういうところでつまずいているかを、はっきり言う。ただ、「難しいです」っていうと、向こうも「ああ、君は留学生だから、しょうがないね」みたいな結論に走っちゃって、クラスそのものを改善する気にはなってくれない。雑談が多すぎて、ポイントがつかめない、とか、ディスカッションの意図をはっきりさせないまま、話があちこちに飛んでついていけない、っていう風に、具体的に問題を話すと、「じゃあ、他の生徒もこれで苦労しているのかな」と相手も思ってくれて、意識して授業スタイルを改善しようとしてくれる(してくれない教授も多いけど)そういった批判がしにくいって時は、「私はこういうところで苦労しているんだけど、何かアドバイスはありますか?」って、相談してみる。ついて行けませんって愚痴じゃなくて、ついて行こうって努力しているところをアピールすると、有効なTipsをくれたり、授業中気を使ってくれたりする。これは、ディスカッショングループだけでなく、かなり大人数のクラスでも実際に効果あった。(教授に相談したら、「分からなくなったらすぐ手を挙げて教えて」って言われて、それからは手を挙げると優先して指してくれるようになった)とりあえず、こういった努力をしてみて、それでもよくないクラスだって判断したら、ためらいなくドロップしちゃえばいい。その時は、自分ができなかった、と思わないで、教授やクラスメートが悪かったと思うようにする。実際、そういう場合が多いし、ちゃんと結果が出せるクラスもあるんだから、気にすることはない。場数を踏むこと、も、大事ですよ~~。新学期、みんなの健闘を祈ります!!
2005.08.29
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アメリカの、大学入学対策サイトを見つけました。Thomson Peterson's 大学の選び方、SATやTOEFLのオンラインテスト、カウンセリング、入試についてのQ&Aなどが載ってる。左脇のColleges & Universitiesの欄のInternational Studentsっていうとこにアクセスすると、質問に答えて自分にあった学校(アメリカ国内)のアドバイス、カタログ、申請用紙がもらえるみたい。ウチのサイトで紹介してるのは、どっちかというと留学してから役に立つ情報が多いけど、留学を目指している人も結構アクセスしてくれているようなので、この手の情報も、役に立ちそうなのがあったらちょっとづつ訳して載せていきます。ちなみに、びっくりしたのが、カウンセリング。入試カウンセリング、とでも言うのかな。生徒や親と面談して、性格、興味、学力などを考慮して、進学すべき大学や、入試エッセイの書き方なんかをアドバイスしてくれる、といったものらしいけど。(カウンセラーは、何千もの大学の入試オフィスに足を運んで調査を行なっている、まさに入試のプロ)一時間の費用が250ドル。弁護士並みですな。入学に関しては、気軽に決めて入っちゃう印象のあるアメリカ人も、これだけ苦労してるんだなあ。競争率も、年々厳しくなってるみたいだね。また、ここのサイト参考にさせてもらって、チョコチョコ記事にしていきますが、ひとつ、面白いQ&Aがあったので、これだけ。学校の成績がすごくよく、いろいろなクラブや奉仕活動に参加している海外の生徒。英語力がいまいちでSATの点数が上がりません。SATを基準に大学を決めるべきでしょうか?という質問で。まあ、大学によっては要求点数に満たないと問答無用で足切りされちゃう場合もあるのだけど、海外出身の生徒は、その大学のDiversity(いろんな人が集まってるって意味)を高める役割を果たす、という学校側にとっても有利な要素があるので、SATの点数より高校の成績や学校外の活動なんかを重視する傾向があるそう。だから、申請書にそういったこと、何でもいいのでなるべく多く書いて、入試エッセイでは自分の海外(=日本)での経験が、希望の大学にとってどんな利点をもたらすか、ということを強調して、他の生徒との「差別化」を図ると受け入れてもらえる率はかなり高くなる、ということ。SAT1200点でコーネルに申請しても、十分OKだよ(もちろん、高校のGPAが満点に近いにもかかわらず、という場合だけど)という例が出されてました。昔の話になるけど、自分もSATの英語はめちゃめちゃ低かったですな(汗)。半分行ってたのかなーってくらいで(正確なとこは覚えてません。いやなことは、記憶から抹消するタイプです)。バークレーの要求点数にはとどいてなかったのは覚えてますが。留学生は、SATの英語はできないものとして、TOEFLと高校の成績の方をより重視するみたい。本当の実力より低い大学に入ってがっかりしないように、この手の留学ノウハウはよく勉強しといた方がいいですね。日本人て、特にそういう謙虚な考え方をしちゃう人が多いから。(日本の留学期間も、「○○大は、日本人がストレートで入るのは難しいですから、まずコミカレに入ってトランスファーしましょう」といったアドバイスをしてるようだけど、どうなんだろうね。現地の人のアドバイスとも合わせて考えるべきかも)
2005.08.28
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今日は、ちょっと実用的なお話を。歩いてる時、友達と話している時、ベッドに入った後、なんかに、いきなりいいアイディアが浮かぶことってないですか?あ、これ授業で発表したら面白そう、とか、ペーパーのネタに使える!とか、この問題、もしかしたらこういうやり方でやったら解けるんじゃないかなー、とか。大学時代にも結構あったけど、社会人になった最近でも、「(翻訳)ああ、この訳語があそこにぴったりじゃん!」「(通訳してて)え~、この単語は、後で調べとかなくちゃ」「あ、このネタブログ/マガジンに使える(←一番多い)」なんて、ひらめきは、常にあります。junquitoは、感覚が鋭いのだ(はは、その場で思い出せない、思考回路の流れが遅いだけだったりして)。で、問題は、それを3秒後にはド忘れしちまうんですね~~大体、すごいアイディアがひらめいて「あとで使える!」と思っているうちに、そのアイディアがなんだったか、ひどい時にはアイディアをひらめいたこと自体忘れてしまう(笑)。こんなの、私だけかな~~??大学の時は、ある本を読んでて、別のクラスやペーパーの引用に使いたいな、と思うと、そこに印つけて「○○で引用!」とか脇にメモしておくんだけど、肝心のクラスに出席する時や、ペーパー書く際にメモしたことを思い出さないんで、当然その本の印つけた箇所を見直すこともない、なんてことがよくあった。今でも、メモなど、複数のノートや紙切れ、PCのいろんなフォルダにしまくるので、メモしたことを思い出してもそのメモが見つかることがない。似たような人に、こんなやり方を紹介。情報起業家の中ではすごい有名な方が、あちこちで紹介しているので知っている人もいると思うけど、学校生活の中でも、すごく役立つと思う。あ、その前に、大学生以上になると、日本ではごく当然になりますが、今時、留学先でもメール対応の携帯ってみんな持ってるんでしょうか?電子手帳くらいの大きさの、持ち歩きできるメール受送信できる機械なんかもあるんですが、そういうのを使っていると仮定させてもらいますね。で、それを使ってひらめいたことを片っ端から自分にメールする。いつでも、どこでもひらめいたことのキーワードを簡潔にメール。「○○(本の題名)の何ページ、英語のペーパーで引用」「コンピューターサイエンス、このコマンドを使ってみる(コマンド名だけでも分かるよね)」なんて感じで。メモは、全部自分のメールボックスに、同じアドレスで送られてくるので、フォルダに振り分けしてもいいよね。で、できればメールチェックする際にクラスごととかに分類しておいて、そのクラスのノートにキーワードを元にしたアイディアを書き取っておく。書いたらメールは削除。(これも、多くなると見直すのがめんどくさくなって、結局メールの中に埋もれちゃうから注意)ウェブメール(サーバーのサイトにアクセスすると見られるヤツ。Hotmailとか)のアドレスを使えば、キャンパスやサイバーカフェからでもチェックできるから、外で学習する際も便利じゃないかと。携帯やメールの使えない環境だと、ちょっと無理だし、一通送るのにかかるお金も考慮しないといけないけど(そんなこと心配するくらいひらめくんだったら、羨ましい)。他にも、PDAみたいにどこでも持ち歩いてまとめてメモできるものがあればそれでもいいし、そういう意味で言ったら、スケジュール帳とか持ち歩いて、何でもかんでもそれにメモしてしまえばいいんだけど、これだと読み返さない確率が高い。メールは、必ずチェックするからね(少なくとも、メールボックス見て、あ、こんなの送ったっけって、一回は思い出す)。あと、メールの普及してない昔の話だと、何かをひらめいたらすぐに近くの公衆電話に走って、留守電に内容をメモしておく、ってヤツがあった(有名な作曲家が、メロディーがふと浮かんだ時、電話口で歌ってたそうだ)。私は、こっちのがいいなあ。皆さんも、何か実践してるいいアイディアあったら、教えてください~~(実は自分が一番知りたいのだ)
2005.08.27
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ポッドキャストにハマってます。アップル社の回し者ではないですが、iTunesはすごい。iPod持ってなくても音楽再生ソフトとして使えるし(もちろん、Windows対応。わたしゃ、Windows派です)CD取り込み、audibleで買ったオーディオブックの自動取り込みに加えて、音楽配信も利用できちゃう。で、私が一番使っているのは、ネットラジオとポッドキャストの検索&ダウンロード。iTunes云々は、いろんなサイトで説明あるのでそっちで調べていただくとして、本日はjunquitoお気に入りの中で、みんなの役にも立ちそうなポッドキャストをいくつか。(役に立たないというか、教育上疑問のエッチトーク番組とかは省きます(笑)。知りたい人はこっそりメールで…←教えません。)あ、その前に、junquitoがポッドキャストを選ぶ基準って、ちょっと変わってるかも。基本的に、「毎日ちょっとずつ」聞く、デイリーニュースとかは、すぐ聞いてないのがたまっちゃうし、ダウンロードもめんどくさいので、一回30分前後のヤツを何週間に一回とか更新するタイプが多いです。長めのリスニングをしたい人は、参考になるかも。スパイク・リーのInside Man Podcast基本的に、スパイク・リー監督の語りに、Shadow casterと呼ばれる男性が時々質問をする、という形で、4回にわたって彼が今撮影している映画の収録裏話や、現在に至るまでの映画に対する姿勢、思い出なんかを語ってる。(つい最近、4回目が配信されたけど、番外編が後日あるそう)スパイク・リーの映画自体は、マルコム・X以降見ていないのだけど、「若手黒人監督の衝撃的でビュー」と騒がれた時から、すでに20年、20本の映画を手がけてるということで、語り口も私が覚えてるインタビューに比べてかなりベテランぽい(けど、きついのは変わってないかも。汗)。iTunes exclusiveの企画だそうで、聞きたいならiTunesをダウンロードしないといけないみたい。Radio Economicsサウスカロライナ大学の経済学の教授が、電話で世界の経済学者にインタビューをする、というもの。経済については、無知に近いので、勉強になるかなーと思って。初心者の意見で言わせてもらえば、インタビューの相手によってはかなり退屈、不可解なものもある。まず、自己紹介から始まって、専門分野の説明、その後でインタビュアーがインタビュイーの有名なセオリーや現在の活動についていろいろ質問するという形だけど、自分の分からない分野だと放送の内容だけじゃ理解しにくい。もちろん、大学教授が多いので、語り口はかなり丁寧で非専門家でも分かるように説明してるけど。講義リスニング&ノート取りの練習材料として使えると思う。Lord of the Rings Radio Episodeアメリカ26歳「指輪オタク」男性が、独自にLoad of the Rings(小説と映画の両方)の解釈を語る。初期の回は、バックグラウンドに子供の声らしきものが入っていたりして、素人っぽい感じが好ましいのだけど、「指輪」には相当入れ込んでることが伺える。中身も結構濃いです。ただ、私「指輪」一個も見てないんですねー。本も、興味ありつつ読んでないし。だから、ストーリー全然わかんない(「ハリポタ」も同様)。登場人物の名前とか、特定のシーンとかの言及がバンバン出てくるんで、見てない人にはきついですな。逆にストーリー知ってると面白いかもしれない。回が進んでくると、映画のシーンの音声とかも流してます。「指輪」ファンは、聞いてみるといいかも。個人的に、ポッドキャストやるとしたら、こういう感じのがいいなあ、と思ってる。洋書を読み進めながらリスナーと特定シーンの解釈を語り合う、みたいの。どう思います??(わたしゃ、自分の声を最大に嫌っているので、たぶん実現しないだろう--誰かやってください)House Repblican Podcastこれに対抗して、House Dems(Democratics) Podcastもあるんですが、たまたまこっちを登録した。両方聞くとさらに面白いかもね。共和党の会合の録音。みんなも多分見たことあると思うけど、代表の人が統計資料を並べ立てて、俺達はこんなにすごい成果を挙げてるんだぞ、と演説をぶち、その後記者団の質問に答えるってやつね。あれが、ポッドキャストで聞ける。政策なんかは、ローカルネタが多くて興味ないのも多いけど、質疑応答の形なんかは、留学してる人には参考になるかなあ、と。The Twain ReaderThe Adventures of Tom Sawyerを一章ずつ朗読してる。要は、フリーのオーディオブックですな。男性がベッキーの声までやってしまうとこが、ちょっと違和感だけど、訛りとかは一応まねしてるみたい。ソフトな声で、かなりイメージが違うのだけど。これは、初心者向けかな。原作本片手に聞いてみると、リスニングの勉強になる。リンクについては、iTunesからのダウンロードしか分からないので、iTunes持ってる人はそこから検索してください。持ってない人は→ http://www.apple.com/jp/itunes/download/あと、また面白いの見つけたら、また紹介しま~す。
2005.08.25
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留学していた時、平和学の講義でNeedle Exchangeという機関(NGO)で働いている女性の話を聞いた事がある。Needle Exchangeとは、どういうプログラムか、というと、サンフランシスコを拠点に、ドラッグの常用者に対し、新品の注射の針を古い針と交換で提供しているところ。ここで、まず引いてしまった。ヒッピーの、ドラッグ促進運動か??と。説明を聞いてみると。「注射を使ったドラッグ(どんな種類かは知らないよ。)を使っている人は、低所得者が多く、ホームレスすれすれの生活をしながら(あるいはホームレスの人も)、食事を買うよりドラッグにお金をつぎ込む人が多い。当然、新しい針は買わずに他人と使いまわし。私達のミッションは、こういった人たちにドラッグをやめさせることではなく、彼ら(と、彼らが性関係を持つパートナー、及びその結果生まれてくる子供)がAIDSなどの病気に感染しないように新しい針を提供することです。」もちろん、針を交換してもらうにあたって、感染病やOverdoseを防ぐための情報を載せたパンフレットを配ったり、希望者にリハビリの施設を提供したり、ということもしている。要は、やめることができない人を拒まずに、感染を防ぐ、ということに焦点を当てているのだ。それでも、聞いている側はやっぱり納得できない。「でも、感染の恐ろしさだけを教えて、新しい針を与えなければ、それがきっかけでドラッグを絶つのでは?あんた達(Needle Exchangeの人)は、ドラッグ常用者に逃げ道を与えてドラッグをやめる意思を阻んでいるのではないか?」という意見が、学生から出た。その質問に、講師の女性が一言。「たとえAIDSになるって分かっていても、やめられないんですよ。」だったらせめて、感染という危険を彼らから取り除くところから、アプローチしていきたい。なんていうか、この考え方にはショックを受けた。こういう風に、ドラッグを使う、「犯罪者」を、「被害者」に見立てて解決法を考え出す、という人の話を聞いたのは、初めてだったから。ドラッグ常用者を「犯罪者」にしてしまえば、彼らの処置は簡単である。彼らから針を取り上げてしまえばいいのだ。針も買えないほどお金がないんだから、感染が怖いなら使用をやめるだろうし、それでも古い針を使い続ければ感染するのも自業自得、社会が手を差し伸べる価値もない。ところが、彼らを「被害者」としてみると、一人一人にドラッグ常用者になった特別な事情があり、食べ物すら買えない、AIDSで死ぬかもしれないという、恐怖を持ちながらも、それでもどうしてもヤクをやらないと生きていけない、って言う、何重の苦しみを持って生きてる像が浮かんでくる。彼らから、針を取り上げることは、彼らを更なる危険にさらすだけで、なんの解決にもならないよ。と、こういうわけだ。実際、グループで配布しているパンフレットには、「オレンジジュースは静脈に直接打ってはいけません(←うろ覚えなので、信じないように)」とか、常用者の安全を考えたアドバイスが多く載ってた。まず、危険を避ける。リハビリは2の次、という姿勢だ。この講義を聞いた時は、それでもやっぱり納得いかなかったんだけど、その後、いろんなところで似たようなジレンマに出会う。 ホームレス女性に、女性用コンドームを与えてたボランティア先のグループ 不法労働者の子供を、正式に学校に通わせようと働きかけてたグループ対して、州政府は 仕事を持たないシングルマザーの福祉援助(Welfare)を大幅カット (カットすればあわてて仕事を探すだろうから) 不法労働者及び家族の医療サービス拒否 (こうすれば、アメリカ来ることも考え直すだろうから) 物乞いをするホームレスを逮捕 (物乞いできなければ、ホームレスをやめるか、町を出て行くだろう…それとも、飢え死にしてもいいや、とか?)こういった、あまりに対照的なポリシーを目の当たりにして、いろいろ考えさせられた。「海外に住んで、価値観の違いを学びました」という人は多い。個人主義と集団主義とか、日本人はもっと積極的にならないとダメだとか、そういう価値観のことについて語る人が大部分だけど、私が思い知らされた一番の「価値観の違い」って言うのは、アメリカ国内にも存在してる、上のような2つの世界の「目」だったと思う。参考:Needle Exchangeについて(UCSFのサイト)
2005.08.24
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今読んでる本CATCH-22日本語の本読んだりしてるんで、なかなか進まないんだけど(今4分の1くらい)、すっごく面白い。意味不明のジョークも満載だけど、それでも面白い。Catch-22っていう言葉だけなら、聞いたことある人もいるかも。矛盾だらけの軍の規則で(物語の舞台は第2次世界大戦中のアメリカの部隊)、「精神に異常を来たしている旨を本人が報告すれば、その者は空爆のミッション出動を免除される」「自分が精神に異常を来たしていると報告できる者は、正常な精神の持ち主であるので、ミッションに出動しなくてはならない。」という二つの規則があるため、戦場に行きたくない主人公には逃げ道がない。…って、これが代表的なcatch(落ち、とか、落とし穴)なんだけど、他にもいろんなcatchがあって、みんながみんな、今の位置から動けないでいるっていう、面白いといってもブラックジョーク的な面白味がある。他にも、父親に冗談で名づけられたMajor Major Major (前の2つが名前で、最後が名字)がMajor(少佐)になって、Major Major Major Majorって、書類にサインしなくちゃいけないのを激しく嫌がったり、「おまえ、いつオレがお前を処罰できないって言わなかったんだ?(When did't you say we couldn't punish you?)」という、わけの分からん質問を部下にする上司がいたり(ちなみに答えは I always didn't say you couldn't punish me. "I never said..."と答えるといつ言ったか、の質問に答えることになるので)、この手のばかばかしいエピソードがいっぱいで、笑えます。その一方で、いきなり読みたくなったのがS.E. Hintonって女流作家のThe Outsiders。私の世代の洋画好きなら(特に女性)、絶対映画みてるはず(83年公開ということなので、ちょっとずれてるけど。83年は、私まだ小学校高学年です)。当時無名だった出演者全員が、数年後にトップガン、ダーティダンシング、カラテキッド、ブレックファスト・クラブ、ホテル・ニューパンプシャー、ミスター・ソウルマン、ゴースト、ヤングガンその他もろもろのヒット作を出して、伝説になってしまった(誰だか、わかる??)。映画でボロ泣きした後、洋書を手に入れて読んだのが高校生の時。話の筋を知っていたせいもあって、比較的読みやすかった。話もテンポいいしね(本でも、泣きましたー)。amazonの書評を見たら、「ハイスクール時代、この本が課題で出されて、みんな、普段は課題図書なんて大っ嫌いなのにこの本だけは夢中で授業に先駆けて読んでた」といった感想があった。そんな感じの本です。現在の大スター(もう、消えちゃった人もいるけど)がクソガキを演じる姿を満喫し、適度なレベルの英語を勉強し、さらに青春時代に浸って感激したい人に、映画と本の両方お奨めです。こっちは、衝動的にサイトに紹介文アップしてしまった。作者のHintonが、実は映画の撮影にも参加して、マット・ディロンと仲良しだったことも分かるサイトのアドレスも載せてます。→ ここをクリックてわけで、仕事に戻ります(汗)。
2005.08.23
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話が前後するけど、2日前の記事で紹介した「アメリカのスーパーエリート教育:「独創」力とリーダーシップを育てる全寮制学校(ボーディングスクール)」という本。エリートを育てる全寮制の学校、に大部分を割いていたけど、周りの生徒と違う、いわゆる障害を持った子たちのために特別プログラムを用意している全寮制学校も一章(といっても数ページだけど)を割いて紹介されていた。落ち着きのない子供、いつまでも言葉が発達しない子供、周りで起こってることに全く興味を持たない子供、字が読めない子、こういう子たちは、日本の場合、あまり程度が激しいと「障害児」として「特殊学級」に入れる。それ以外の子は、「問題児」として、クラスで疎い目で見られたり、叱られたりして、落ちこぼれていくか、不登校になってその後の人生に大きな悪影響を及ぼす。アメリカでは、こういった子供達を、はっきり「能力の異なる子」(高い/低いという尺度でなく)と認識し、その能力に合わせた教育をするべく専門化のいる学校で勉強できる機会が与えられている(もちろん、前に言った様に、機会は必ずしも均等ではないかもしれないけど)。「選ばれた者」のための特別教育には疑問を抱く自分も、こういった特別プログラムを提供するシステムの導入は、日本でも大いに、且つ真剣に勧められるべきだと思う。日本人としては、多少の学習障害があっても、普通の子たちに混ざって、普通に扱われたい、って感情が強い。特に親としては、そうすることによって、我が子が一般社会に認められる人間になる、そして、世間がそういう人間を受け入れる環境を作る努力をするのに貢献することになる、と考える。だけど、子供の立場としてはどうなんだろう。子供は、自分が特殊だなんて、もちろん思わない。自分がみんなと一緒だと思う、というよりは、みんな、自分のように物を見聞きし、事を学んでいくものだと思ってるはず。それが、なぜか自分がどんなに頑張っても、どんどん取り残されていってしまう。みんなが読める字が読めるようにならない、みんなが覚える九九が、どうしても覚えられない。宿題も、なぜかやる気が出ない(自分では、到底できるものに思えない)。これらが、自分ではどうしてだか分からないのに、先生は一方的に怒り、友達にはバカにされ、テスト評価では「できない子」のレッテルを貼られる。本当は、自分ではどうしようもないところで、脳の構造が人とちょっと違っているだけなのに、学校というものさしではそれが「頭の弱い人」ということになってしまう。そのものさしの中では、どう頑張っても上に行くことができないので、次第に本人も「おばか」「問題児」であることを認めるようになる。こういう子、日本の社会に一体何人いるんだろう。アメリカでは、こういう現象がちょっとでも見られると、親や教師がすぐ子供をカウンセリングさせる。そこで、LD(learning disability とか、最近ではもっと politically correctにlearning differenceというらしい)の兆候が見られると、今度は詳しく、その症状を調査し、薬による治療を行なうと同時にその子の能力にあわせたインストラクターを用意する。字が読めないのは、もしかしたらなんらかの異常で字が躍って見えたり、さかさまに見えたり、文字は理解できても単語として文字の塊を認識できない、という障害もあるそうで、それらの原因を突き止め、そうした異常を解決すべくプログラムを組んでその子を導いていく。「読めないのは、学校や家でやる気を出して読んでないからよ」と非難することはない。こういう特殊な脳を持った子は、ある一方で障害をきたしている一方、実はすごい才能を秘めていたりもする。自閉症の子がいい例だよね(ダスティン・ホフマン主演の「レインマン」を見ると分かると思うけど)。だから、障害面をカバーしながら、そういった特別な才能を引き出してやる、という目的も、教育者側にはある(その才能が社会に還元されれば、結果的に社会の得になるわけだし)。こういう見方で「落ちこぼれ」や「不登校」の子を見ることの出来る日本人は、いないんじゃないかと思う。「特殊学級」って言うのは、要はこういう「特別な子」が他の子の授業に支障を来たさないように「隔離」しておくためのもの、っていう見方が強いよね。例え専門家の先生を置いたとしても、各自の能力は異なるわけで、ADHD(注意欠陥多動性障害、いわゆるいつもそわそわして物事に集中できない子)と自閉症の子を同じ特殊学級に入れて教育しても、成果がでるはずがない。日本で、これらの問題に対応できるようになるのは相当先になるかもしれない。そうすると、親が専門家になって家庭教育をするか、上の著者が進めているように、アメリカのようなシステムの整った学校に留学させる、ということになるんだろうな。まだまだ、こういった社会的障害の方が日本ではずっと問題のような気がする。本の紹介はこっち→ http://junquito55.com/sankou.html
2005.08.21
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昨日紹介した本に続いて読んでいるのが「ハーバードで語られる世界戦略」JapanTimesの記者大門小百合さんのFellowship留学に、MSNなどで国際記事の解説を書いている(もう書いてないのかな?)夫の田中宇さんが同行し、それぞれの立場からハーバードの授業内容やアメリカの様子を語る、というもの。まだ読み終わってないんで、感想は後日にするとして、その中で紹介されていたOpen Course Ware at MITというのが気になったので、調べてみた。サイトは、ここ→http://ocw.mit.eduこれは、すごいっす。マサチューセッツ工科大学で教えている相当数のクラスのシラバス(一学期のクラス概要)、リーディングリスト、講義ノートなどをオンラインで情報公開してる。2000年からのプロジェクトということで、クラスも相当数あります。まずは、上のトップページから、下のほうにあるCourse Listをクリック。このページから、興味のあるDepartment(学科)を選んで、さらにその中からオファーされているクラスをクリックしてみよう。自分はとりあえずWomen's Studiesから、Writing about Race というコースを選択。左側のSyllabusを選択すると、コース概要がPDFでダウンロードできる。そのほか、Calendarで、各クラスにどんな本を読んで、どんな課題をやっていくのかを紹介、Readingsには、課題の本のリストが、載っていて、Assignmentsというところでは課題ペーパーの説明や、生徒の作品(?)例が、やっぱりPDFで見られるようになっている。Political Scienceのクラスでは、実際の講義の内容をまとめたノートも、PDFで公開している。もう1つ、先ほどのCourse Listに戻って、上から2番目の項目、Video Guideを選択してみよう。サイエンス系が主だけど、オーディオ、ビデオレクチャーが聞けるものもある。(私が見たのはMedia, Education and Marketplaceって言うコース。)もちろん、これだけでは「授業を受ける」のと同様の経験ができるわけではないけれど、これらのリソースをうまく使えば、独学者でもかなり役立つのでは。シラバスとリーディングリストを見て、教材(大体書店で手に入るもの)を手に入れ、テーマにしたがって読んでいくだけでも、すごいと思う。(特にエンジニアとか、科学系は、リーディングの内容が分かれば相当の情報になる。)留学している人、というよりは、留学を考えている人、留学したいけどできない人、海外の一歩進んだ情報を手に入れたい人は、ぜひサイトを覗いてみてください。
2005.08.20
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日本から先月届いた本が届きました(またしてもamazon経由。アメリカと日本のアカウントを持っているので予算配分が大変である)で、最初に読み終えたのが「アメリカのスーパーエリート教育:「独創」力とリーダーシップを育てる全寮制学校(ボーディングスクール)」ハーバードとペンシルバニア大学のロースクールを卒業した弁護士の石角完爾氏が、自身で調査したアメリカのトップの全寮制学校(中学、高校)の実態を詳しく記述している。徹底したエリート教育の内容を公開して、アメリカに優れた政治家、企業家、芸術家が出る背景をここに見出している。私は、知らずと親の視点から読んでましたが。確かに、こんな環境のところに子供を入れたら、親は誇りだろうなあ。(うちの子はまだ4歳と1歳だから、子供の独立心を育てるとか、まだ自分の中にはないなあ。他国に4年間、10代の子供を預ける親御さんの勇気、恐れ入ります。)ただ、日本人では、多分普通の高校生でこの手の学校に留学するのはいろいろな壁があって、実際行くのは難しいだろうなあ。アメリカでは、こんな教育を受けることもできるんだー、という感覚で読むと結構面白い。(全寮制学校の様子を知りたい、というなら、このブログでかなり前に紹介した岡崎玲子さんの「レイコ@チョート校」のが面白いかも。こっちは留学生の視点からの体験記)本の内容としては、全寮制学校のシステムの概要説明と入学のためのガイドブック的要素がいい具合に混ざってる(やっぱり、親を対象に書かれてると思うんだけど)。で、結論として、「日本にはこういう教育を受けられる場がない、大人は、日本の教育システムを変えるか、わが子をアメリカのボーディングスクールに留学させろ」というメッセージ濃く終わっている。これが、ちょっと引っかかった。著者も、本文中、結論は読者に委ねる、といったことは言っているんだけど、あちらの全寮制学校のシステム一つ一つを紹介するにつれて「日本にはこんな素晴らしいシステム/教師/生徒はいない」といった「比較」をする。それが、どうも手放しで賛成できない。そもそも、著者自身最初の章で「全寮制学校に行く生徒は、アメリカ全生徒数の1パーセントに満たない(トップの学校となると、さらに少ない)」と言ってるのに、現在のアメリカの成功の背景を、そういった全寮制学校の教育制度に見られる教育の姿勢に負わせているところが多い。まるで、アメリカ全国民の1%に満たない人たちが、今のアメリカを丸ごと作り出しているような印象を受ける。(学校の美術や音楽、演劇の施設を紹介し、「アメリカがハリウッド、ラスベガス、ブロードウェイを中心として世界最高のエンターテイメントを生み出しているパワーの源泉をみる思いがする」と述べているけど、アメリカ国内でで高く評価される人たちって、一般にインナーシティのゲトーとか、シングルマザーの貧乏家庭からスターダムにのし上がったようなエンターテイナーじゃない??)逆に個人的には、こういった全寮制の「伝統的」ルールが、アメリカの貧富をさらに拡げているように見えるんだけど。これらの学校は、ほとんどが私立。授業料と生活費は、もちろん高い。奨学金制度もあるけど、そもそもそれを受けるには、ある程度いい地域の家庭で、いい学校に行ってて、いい成績を出すのが条件になる。ここで、マイノリティーや貧しい家庭の優秀な子供は必然的に特権からはじき出されることになる。差別は一切ない、といいながら、生徒の人種比(本書には載せられてなかったけど)が、実際の人口の人種比と大きく異なるのは容易に想像できる(いま、アジア人が急増しているらしいけど。将来何らかの条件を設けて、それが「偶然にも」アジア人の多くを切り落とすことにはなる可能性はある)教育方針、授業内容、施設、生徒のケアなどは、確かに理想的。だけど、それを限られた人にしか与えない、そしてそれを正当化(エリートを育ててそのエリートが大衆を引っ張る、という、プルアップ方式)してるアメリカには、やっぱり疑問を覚える。例えば、こんな全寮制学校を日本でも作ろう、ということにする。問題は資金。学校と寮の建物、芸術、スポーツ施設が全部収まるだけの土地を確保し、各学科の専門家で、教育学もしっかり把握している教授陣、生徒のケアをしっかりできるカウンセラーやアドミッションオフィサーを日本中、あるいは世界中から集めてそこに住まわせ膨大な給料を払い、必要な施設(コンピューターのネットワークとか)を用意し…と、これだけのものを準備するとなると、当然多くの生徒にそこで教育を提供することはできない。国が援助するとなると、完全に不公平である。そこで、アメリカのように私立、というオプションしかなくなるけど、日本でここまで出資できる個人はいないだろうし、寄付だってそう簡単に集まらない。生徒の授業料が高くなれば入学できる子はさらに限られて…と、問題は尽きないろう。日本の教育を批判するのは簡単だけど、この本の著者の言うように、「子供達を留学させろ」というのも、どうかなー、と。アメリカの全寮制学校が積極的に留学生を、特にアジアからの学生を受け入れているのは、優秀なブレインを自国で教育し、将来アメリカのためになってもらおう、っていう魂胆が見え見えじゃないか?(実際、著者自身も述べてる)。日本の優秀な人がどんどん出国して、アメリカで活躍したって、日本は良くならない。教育改革を行なうのに、アメリカの真似をすることはないんじゃないか、というのが、ちょっと反抗的な自分の感想。ただ、アメリカの「トップクラス(一般ではない)の」教育スタイルは大いに参考にできるな、と思った。このスタイルを実践するために、合理的なアメリカは子供を親や俗世から完全隔離し、専門家による徹底教育をする。日本だったら、まだ、家庭レベルから、親が子供の独創性を伸ばす教育に積極的に参加して、先生や学校、地域体と協力しながら似たようなシステムを提供することが可能じゃないかな、というのが感想です。(この前読んだ「親力で決まる」の親野智可等氏とか、日本にも素晴らしい教育の発想を持った人はたくさんいることが分かる)といいつつ、もし、あと10年で大金持ちになれたら、メキシコからの留学生としてわが子をこんな学校に…という想像は、しちゃうなー。それも、浮かぶのは誇らしげな自分の顔ばかり。親って、やっぱり身勝手(え?私だけっすか??)。amazonのリンクができないので、サイトに紹介をアップしました。2度手間だけど、興味があったらこちらへ→留学参考図書紹介
2005.08.19
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ものを書くとき、書く内容は頭にあるのに、いざ紙(PC)に向かうと、何も書き出すことができない--こんな状況を、Writer's Blockというのだそう。理由はいろいろあると思うけど、必要以上にすごいものを書こうって、気張ってしまい、最初の一歩で躓きたくないって恐怖感から、足(手??)がすくんでしまうのでは?最初の一歩が踏み出せない--。これって、writerに限らず、いろんな場面で各人が経験してると思いますが。私の場合、留学時代に特にそれが顕著になって、今も引きずってる感があるので、ちょっと説明を。留学、ってことで、今までの慣れた環境から全然知らないところにぽーんって放り出されると、以前当たり前に思っていた「基準」ってものが、失われてしまう。大学のペーパーって、どの程度のものが「普通」なんだろう?意見を発表する時、どんなレベルの内容なら「普通」なんだろう?テスト勉強って、どのくらいすると「普通に」点が取れるんだろう?……自分の語学力は「普通レベル」に、どれくらい足りていないんだろう?なーんて。環境の違いに加えて、日本人はライティング、スピーキングといった「表現力」を発揮する場が母国語でも少ないので、特に自分があっちの物指しでどのレベルにいるのか、困惑する。で、結果として、自分の実力をかなり過小評価してしまう。「こんなこと書いたら呆れられちゃう」「こんなレベルの発表じゃ、言うの恥ずかしい」なんて。自分の頭の中には、いろいろな考えがいっぱいあるのに、それを人前にさらけ出すのに恐怖を覚える。これが、留学生's block、とか。昨日の記事にも通じるけど、留学生活で、実際、自分の実力が他の生徒よりずっと上なのに、他の生徒がどんどん発表したりするのを見ると、「自分にはあんなこというの無理だなあ」って、なんとなく引いてしまう。ペーパーも、どーも、みんなに混じってこんな幼稚なもの提出するのなあ、と思うと、書きたいことも書けなくなる。でも、実際のところ、流暢さにとらわれずに他人の発表の中身を聞いてると、90%、とは言わなくてもかなりの数は、「どーでもいい内容」のこと、多いですよ(笑)。例えば、ある質問が出されてそれに答えるとする。そうすると、答えは浮かぶんだけど、「でも、質問の意味がよく分かってなくて、私の答えって全然見当違いかも」って、心配して手が上がらないことがよくあるけど、実際手を上げて答える生徒で、自分以上に見当違いの答えを出す人、ぜ~~ったい、いる。だから、もし思い切って発表してみて、全然見当違いの答えで恥ずかしい思いをしても、周りにとっては「たくさんの見当違いの答えのうちの1つ」としか思われない。次の授業には、たいてい忘れられてます(笑)。ペーパーにしても、あちらの高校でもそれほどしっかりレポートの書き方などを教えるとこはないので、語彙なんかは豊富であっても、構成がめちゃめちゃだったり、論理の展開が支離滅裂だったりするのはかなりあるみたい。レポート書きに苦戦していた時、同じクラスの友達にドラフトを参考に見せてもらったけど、「ははっ。こんなんでいいのか」と思ってしまった(失礼!)。自分の下を見て自信をつけるって言うのも、ちょっとネガティブな感じだけど、上ばっかり見ててもしょうがないもんね。こうやって行くうちに、自分は案外「基準」に近いか、それを超えるところにいるんだな、って思えるようになって来る。ガイジンのライバルだって、たいしたことないんだー、だったら、これだけ頑張れば上位10%(←こだわってますが。汗)もいけるぞ、ってね。だから、まず、思い切って一歩を踏み出せばいい。その一歩が方向違いだったら、次の一歩で方向修正すればいいんだし。最終的に、歩いた道筋がジグザグであっても、最初の一歩すら踏み出せないで同じところにとどまっているよりは、目標に近づいているはず。発表することや、英語でものを書くこと人になれきっている英語ネイティブの生徒は、この方向修正というか、自分の基準を疑うことをするのが、私等以上に難しい。気付かないし、気付こうとしないから(もちろん、自己批判をして日々伸びていくヒトはいっぱいいるけど。全員がそうでない、というのが私の印象)。違った環境から来て、自己と他人を比べながらいろいろ工夫できるのは、留学生の特権だと思う。留学生's blockに先を阻まれている人、果敢にこのブロックを崩して行きましょう(^^)。
2005.08.18
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ここ数日で、無料レポートを多くの方にダウンロードしていただきました。 留学先の大学を上位10%で卒業する方法Outlookでメール受信するたびにダウンロードのお知らせがちらほらと。ああ、これがEブックの注文メールだったら…(いやいや。笑)えっと、読んでいただいた方、お役に立てればひじょーにうれしいです。が、読んだ人も読んでない人も、「外国でトップになる」ってことで、忘れちゃいけないこと、ここで付け加えときますんで、考えてみてくださいねー。あ、その前に、忘れた方がいいこと、これは、「自分が外国にいる」ことと、「自分は英語ってハンデを持ってる」ってこと。いや、忘れるわけにはいかんが、「留学生」ってことを気にしすぎると、それがいつの間にか言い訳になって向上心が萎えてしまうので。他の生徒と同じ土俵で相撲を取ってると思った方がいいです(外国で相撲取るのもなんですが。笑)さて、現地人(?)を負かしてトップになるには。トップになろうと思う何だそりゃ!思ってなれたら苦労はない!と思った人。ホントに、真剣にこう思ったことありますか??私も、最近この手の自己啓発の言葉をあちこちで聞くようになって、んなワケねーよ、と思ってたけど。試しに、本気で思ってみたら。自分は行動してないことに気が付いた。で、とりあえずできるところで行動してみたら。前進できた。そうなんだ。「やろうと思えばできる」っていう言葉の、最大の落とし穴は、「やろうと思ったら(当然結果として)やる」って部分に多くの人が気付かず、やろうと思ってる」つもりにだけなって、何もしてない、ってことなのだ。「やせたいわあ~。今日から毎日、腹筋20回やりましょっ!!」と思って、その直後に床に座って腹筋してなければ、多分その人は痩せられない。なぜなら、ホントに腹筋しないから。てことは、本気で思ってないから。留学の例で言うと。周りの学生を見てみよう。○年後には、この学校を上位10%で卒業するぞ!なんて、真面目に思っている人、何人います??わたしも、曲がりなりにもかなり優秀といわれる大学に通ってましたが、パーティ三昧、試験前になっても課題本も読んでない、ディスカッションのクラスには出てこない、分からなくても教授に質問しない、悪い成績とっても気にしない、って人、相当いたぞ。(働きながら大学行ってる生徒なんかは、他より真面目だけど最初っから卒業することを目標にして割り切ってやってるから、そんなに優秀成績で卒業しようと思ってないのも事実)または、Extracreditって言って、「これをやってくれば成績を一段階上げます」とか、「今回のレポートを書き直ししたらその点数を最終的に反映させます」っていう、「やれば確実に成績が上がる」特別課題がある。やれば確実に上がるのに、やってくるのは全クラスの半分もいないのが実際じゃないかなあ。そうすると、授業に毎回出席する、ノートは自分できちんととって復習する。課題リーディングはちゃんとこなす、オフィスアワーに積極的に教授を訪ねる。試験前は計画を立ててきちんと勉強する、さらに試験後にも上のようなExtracreditをマメに稼いでる人、って言うと、ほんの一握り(10~15%)の生徒に限られてきちゃうと思う。10~15%。この人たちが、当然、卒業時にはトップ10~15%を占めるわけだよね。自分がその仲間に入ってたら、上位10%で卒業も、ほら、できちゃうでしょ。アメリカの大学生はよく勉強する、って言うけど、そりゃ、あくまで日本の大学生との比較で(自分の偏見です。すみません)、アメリカの大学生と日本の高校生を比べたら、disciplineの点では一般的に日本の高校生のが高い(=真面目に勉強する習慣が付いてる)。要領のよさで言えば、あちらに負けるかも知れないけど、(いわゆる、スタディースキルズ)そんなの、いくらでも身に付くから、やっぱり、他より有利だと思う。後は、どれだけ本気でいい成績を取ろうと思って、机に向かえるか、だね。ほら、これを読んで机に向かいたくなった人。あなたならできる!!悩んでるよりは、身体を動かしてみようよ!!(スポ根アニメのコーチみたい。笑)…これって、留学だけじゃなくて、あらゆるところで同じですな。私も、やろうと思いつつ行動してないなー。
2005.08.17
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留学一年目は寮生活、勉強するには最悪の環境だった。ルームメイト、いい子ではあったけど社公的すぎて、部屋はお友達の溜まり場に。しかも数カ月おきに違う男の子と深刻な「別れ話」をしてるので、なんか居心地悪くてねー。思えば、この一年が「勉強は外で」という習慣を作ったんだと思う。もともと、高校のときから図書館で勉強するのって好きで、夏休みの宿題とかは、市立図書館で片付けてた。んで、まずは図書館に目をつける。大学のキャンパスだけで、10数個の図書館(学部ごとにあるからね)、さらに市の図書館もバークレイと、隣町のオークランド(チャイナタウンにある図書館には、日本語の本もある。私も帰国際に数冊寄付してきました)をまたいで数件、多分、全部制覇(中で勉強したってこと)したと思う。別に、図書館みたいな静かなとこじゃないと勉強できないってわけじゃないんだけど、 家から歩いて行って帰ってくるので(往復1時間くらい)、運動も兼ねることができる。 食べ物持ち込み禁止のとこがあるので(禁止してないとこもあるんだ)ながら食べしない 温調が整ってる(冬の夜は居眠りに最高!) 他にも、トイレ探しに困らないし、次の授業待ちの時は、クラスのある建物の中の図書館で時間つぶししたり(仮眠もあり)。メインの図書館は午前2時まで開いてたので、キャンパス付近に住んでた最初の1、2年はほとんど図書館に住んでました。(近くだとエスコートサービスっていうのがあって、送り迎えしてもらえる。3年目以降はオークランドの治安のよくないトコに住んでたんで、10時が限界。)その次に目をつけたのは、カフェテリア。これも、キャンパス中に学校経営のカフェテリアがあり、学校の外にも個性の強いカフェテリアがいっぱい。当時でも、ノートPC持ち込んで、延々と居座っている人がいたな。私も、最高コーヒー一杯とパン1つで、本1冊読み追わすまで粘った。(いつも決まった席でチェスしてる人たちもいたなあ)カフェテリアは、当然図書館よりうるさい。けど、自分は、そういううるさい雰囲気の方が好きですな。何より、そんなとこで勉強してる自分がかっこよく思える。あとは、友達と宿題したり、グループでプロジェクトについて話し合ったり…って時は、大体どっかのカフェに集まってた。これも、キャンパス中のカフェテリア、バイト先の寮にあったもの、それから、キャンパスから家に帰る2つのルート上にあるもの、ほぼ制覇しました。人気のとこもあれば、いつ行っても2、3人くらいのとこがあって、わたしゃ、とくにメニューも気にしないからその日の気分によっていろんなとこ入ってました。んで、最後は、屋外。キャンパスの芝生、特定のベンチ、時計台の下、裏山、オークランドの公園など、リュックにモノ詰めて、お弁当買って、ふらふら場所探しするのが楽しい。海外ドラマにあるみたいに、1人ベンチで本読んでるとナンパされる、なんてことも、悲しいくらいになかったので、自分の世界に浸れました(笑)。気候が年中よかったせいもあるけど、外が一番気分的にいい。山に登って、ノート拡げると、遠くにゴールデンゲートブリッジが見えたりして「ああ、こんないいとこで勉強できるなんて、私ってなんて幸せなのかしらっ」と、1人で感動していたものです。日本に帰ってみると、図書館は遠いし、なかなか席が探せない、カフェテリアは長居しにくい(スタバとかないから、ファミレスとか。さすがに200円のコーヒー一杯で粘れないよう。毎日というと出費が痛い)、戸外も、探してみると、どかっと腰を下ろして本を読みふける、なんてことができる場所って意外に少ない(人の目が気になる)。さらに、PC所有するようになって、これバックパックに入れてあちこち歩き回るのもなあ(バッテリーもたん)。ってことで、自宅にこもるようになった、っていうか、勉強自体しなくなったんだけどさ(←言い訳。笑)。メキシコじゃ、子供いるし、暑いし、やっぱ外にでてお勉強は無理だねー。でも、来週からガキ2人、いよいよ幼稚園がはじまるので、午前中は外で読書とかしようかな、と、今からよさそうな場所に目星をつけてます。(ん~メキシコだったら絶対ナンパされそう)勉強に集中できない人、場所を変えてみるってのは、1つの手ですよ。試してね。
2005.08.16
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昨日ちょっと考えさせられたこと。なかなか言うこと聞かない4歳の息子に「もうっ!あんたどうして言ってることができないのよっ!!」すると「ぼくは悪い子なんだ~。だからママが怒るんだ~」と、一転、めそめそ。反省して、「あんたは悪い子じゃないんだよ。悪い子なんて、どこにもいないんだよ。でも、悪いことをする子はいるんだよ。だから、悪いところを直していけばいいでしょ。」というようなことを言って慰める。そこで思い出したのが、前の日に読み終わった小説の文句Don't blame the sinner, blame his sin.(罪人を責めるな、その罪を責めよ)みたいな言葉。正確には覚えていないけど。いや、そんなこと言ったって、罪を犯したのはその人なんだから、憎んで当然。と思うのだけど、これがいろんな意味でのprejudiceのモトになってるのかなあ、と思ったりして。ちょっと話が飛ぶけど、日本で、留学や海外旅行から帰ってきた人たちの話を聞いた時のこと。「ホームレスの人に後つけられちゃったのよ~ああいう人たちって、気持ち悪くていやよね~」「オレの友達、黒人に殴られたんだって。黒人の住んでるとこには、近寄らない方がいいよ」いわゆる、ステレオタイプというやつですな。後をつけた人、友達を殴った人でなく、「ホームレス」「黒人」を非難してる。もちろん、こういう判断をするのは日本人だけじゃない、ただ、現地(?)のヒトは、日本人ほどナイーブじゃないので、「○○通りから向こうは、近寄らない方がいいよ」という言い方をする。村上春樹氏のエッセイにもあったけど、その○○通りから向こうっていうのが、例えばたまたま黒人だけが住んでいる地域であることは、周知の事実であったりするんだけど。さらに、上記の「悪い子」「悪いこと」、sinnerとsinという視点で考えてみると、非難すべきは後をつけてきたホームレスでなく、その人がちょっと頭のおかしいホームレスになってしまった社会背景とか、友達を殴った黒人を暴力的に育てた環境、なんてのになってしまうけど。怪しいおっさんに後つけられて、政治を非難するというのも、聖人の域ですな(汗)。理想ではあっても、感情的に難しい。逆の例では、海外で頑張って何かをやり遂げたとしても、「やっぱり、君は日本人だからこういうのが得意だね~」「アジアの女性はやっぱり優秀だね~」みたいに、自分の努力でなく自分の属するグループを誉められる。「君はこのグループに属しているから、こうあって当たり前」ってことみたいで、なんか、面白くない。さらに言わせてもらうと、前の記事の「上手いホメ方」じゃないけど、「君は素晴らしい」って言われるより、「君の○○って言うところが素晴らしい」って言われる方が、なんかホントっぽい感じがしていいんですが。理屈っぽいんですかね??まあ、自分の子供に向かって、「そんなことするなんて、あんたはやっぱりメキシコ人ねっ!」なんて言ったりはしないけど、「どうしてあんたはそんなに悪い子なの?!」 といった叱り方をしないように、気をつけたいと思います。
2005.08.15
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以前発行したメルマガで、海外(アメリカ)の大学で要求されるAdmission EssayまたはPersonal Statementとよばれる入試エッセイを扱ったけど、それに関する記事をオンラインでWriting指導をしているShaun Fawcett氏(writinghelptools.com)が、自身のサイトのブログにアップしていたので、ここで紹介。メルマガも参考にしてくださいメルマガ6号メルマガ7号7 Ways to NOT Sabotage Your Admission Essay入試エッセイを書く際に気をつける7つのポイント。本文を読んでもらうのが一番いいけど、以下に抜粋1. スペリング&文法ミスは厳禁外国人として受験する身にはつらいとこだけど、つまらないスペリング&文法ミスは集中力のない人物という印象を与える。こういったミスは、見直せば見つかるものなので、それすらしていないってことは、あまりエッセイを真面目に書いていないって解釈される。自分で何回も見直して、できれば信用できる英語ネイティブの人に見直してもらいましょう。2. 学校名を間違えない!複数の学校を受験する際、同じエッセイを使い回しすることがあるんだけど、その際学校の名前を書き換えるのを忘れて提出するケースが結構あるんだそう。あて先とか、ヘッダーなんかは注意してても、文中に「僕が○○校で勉強したい理由は--」とか、「このような理由で○○校は素晴らしい学校だと思います」なんて書いてある場合には要注意ですな。ライバル校の名前が入っていたりすると、致命的です(汗)3. オリジナリティを押し出す基本的に、このエッセイで試験管が知りたいのは、 あなたはどんな人物なの? そんなあなたは、どうして(他でなく)この学校で学びたいの?の2点。何千と送られてくるエッセイからこの2点で特に秀でた受験者を選ぶわけだから、ガイドラインどおりの平凡なエッセイは目立たない。自分っていう人物のユニークさが、十分表れる文章を書くよう工夫しましょう。4. オリジナルすぎるのは禁物オリジナルすぎ、ってどういうこと?というと、エッセイにとどまらず詩や小説、写真やビデオといった、要求されてもいないものを送りつけてくる生徒がいるそうです。日本の留学生でここまでやるヒトは…いないよね(汗)。ようは、「目立とう」っていう魂胆が見え見えの小細工はやめなさい、ということですな。受験者の中から合格者を公平に選ぶ側としては、決められたガイドラインの中で、一定の評価基準を設けているので、それに外れたものを提出しても無駄、ということ。(しかし、いるんですな。ビデオなんか送る人。おもしれー)5. でかすぎる夢は語らない自分のオリジナリティを見せるために、エッセイの中ででかい夢を語るのはいいけど、それがどう考えても実現不可能だったりすると、大学入試のエッセイとしてはちょっと幼稚な印象を与える。「世界から戦争をなくしたい」と書いたところで、大学にいる間に(あるいは大学で学んだことをもとに)それが達成できるという確固とした証拠はないわけで、それくらいだったら、「世界の平和機関の仕組みを勉強して、それらがより有効に機能する仕組みを研究したい」みたいな、具体的に実行できそうな内容を書くほうがいい。6. 設問に答える大学によっては、入試エッセイに特定の質問を設けている。これを見逃したり、文中に入れるのを忘れると、かなりまずい。多くの生徒は (1)設問をあえて無視して自分の書きたいことを書く (2) 設問を読んでいないか、質問の意味が理解できてない (3) 2のように、複数の大学に同じエッセイを送っていて、個別の大学ごとに内容を編集していない。という理由で、大学特定の設問に答えていないエッセイを書く、そうだけど、留学生の立場からすると、2とか、危なそうですね(ガイドラインの中に質問があることを見逃す、見つけても意味が分からない、または意味を取り違えてしまう)。あと、質問は読んでいても、書いているうちにどんどん話がそれて、結局明白な解答を出さずに終わってしまった…っていうのも、よくあると思う。エッセイを書くときは、まずこの設問を探して、先にそれに対する答えを日本語でも何でもいいので書いておきましょう。で、その答えを土台に、エッセイを組み立てていけば間違いない。 7. ガイドラインに従うやはり、上と同じような理由で、ガイドラインに書かれた内容に沿わないエッセイを送ってくる生徒が多いんだそう。具体的にガイドラインって何?というと、字数とか、ページ設定とか(ダブルスペース、フォント等)、氏名と日付をつける場所とか、細かいところでページ数はページの右上に、なんてルールが主。複数の大学に申し込む場合、この手のページ設定が前の学校のものになってる場合が多いので、一校一校、ちゃんとチェックすること。もし、この手のガイドラインがない場合、一般に使われているフォーマット(私の書いてるEブックに基本の形を説明してますが。ネットとかでも見つかるはず)に沿って書いておくのが無難。心配だったら、メールで問い合わせ、という手もある。私の入試エッセイは、確か向こうが送ってきた用紙に手書きだったよー。今は、そんなのないだろうなあ。いまこうやって読んでみると、自分の入試エッセイなんて冷や汗もんですが。えっと、このShaun Fawcett氏、オンラインで入試エッセイの対策本も発売してます。(37ドル)。エッセイテンプレートが49種類付いて来て、それを自分のケースに合わせて編集するやり方も詳しく説明しているとのこと。(上の、オリジナリティを出せ、と矛盾してる気もするんだけど。汗)興味のあるヒトは、上のリンクから製品紹介サイトにいけるので、チェックしてみてください。本人と前にメールのやり取りをして、日本語版も、作って構わないよ、といってもらいましたが、スタディースキルズ、という観点からいうと、この本、あくまで入試本なのでまだ迷ってます。とりあえず自分のサイトにリンクは張っておこうかな、とか。
2005.08.14
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海外で生活していて、あちらの人にホメられたことってありますか?ホームシックになってる時。学業や仕事に調子が出ないとき。友達関係が上手くいっていない時。わけもなく落ち込んでいる時。もうダメー、と思った時、不思議と必ず誰かが話しかけてくれて、「自分のいいとこ」を教えてくれる。そうすると、それがちょっとしたことでも結構気が晴れて、自信が湧いてくる。こういった意味では、非常に多くの人に助けてもらいました。英文レポートを見直してくれたチュートリアルサービスの上級生、TA、教授、一緒にプロジェクトをやったクラスメート、バイト先のおっさん達、ボランティア先のスタッフやクライエント…わたしゃ、おだて、というものは苦手で、言うのも聞くのもいうのも嫌いですが。日本で(少なくとも高校生あたりまで)「ホメる」というと、おだて(たまに嫌味)のニュアンスがすごく入ってくる場合があって。「○○ちゃん、頭良くって羨ましいなあ」「え~○○ちゃんて、何でそんなに美人なの~??」(言われたことないです。あくまで例ですよ~。涙)んー、何というか、こういうこと言われると、言われた側も「え~そんなことないよう。□□ちゃんだって、かわいいじゃ~ん」といったふうに、「ホメ反し」をしないといけないような義務感に襲われて、ホメてる相手こそ、実はホメてもらうことを狙ってるんじゃないか、って気持ちになる(私がひねくれてるだけか~~??)。海外で聞くホメ言葉には、こういうわざとらしさがない。「junquitoのこういうとこが、クラスですごく役に立ってる」「junquitoは知らないだろうけど、こんなにすごいとこがあるんだよ」「それって、junquitoにしかできないよ。頑張ってやり遂げてね」なんて。こういうホメ言葉は「え~そんなことないよお~」とか、「○○ちゃんだってすごいじゃ~ん」っていうホメ反しは必要なくて、素直に、「ありがとう」っていえるんだよね。言ってること自体は、多少わざとらしい(あまりホントっぽくない)場合も、確かにあるけど、相手が「junquitoに元気になって欲しいから、なんか言ってやらないと」って思ってる気持ちが伝わって、嫌味でなく素直にありがたく受け止められる。つまり、気持ちいいんですな。自分を認めてくれているということを知ることが。別にに、当時も今も、カウンセリング術を勉強してたわけじゃないけど、こういう言葉の魔法、というか、パワーを知って、自分も相手をホメることを意識し始めた。実際、「おだて」でなく、相手をホメようと意識すると、相手のいいところがどんどん見つかるし、それを見出した自分もいいヤツじゃん、と思えるようになるし、何より相手の顔が輝いて「ありがとうっ!」って言われるのが気持ちいい。自分のパワーづけにも役立つので、「海外(もとい、西洋??)式ホメ方」を身につけて、相手をホメ倒そう。…といっても、ホメることに慣れていない私達日本人。日本式の「おだて」を英訳してもしょーがないので、ここで自分が気が付いた「ホメ方」のコツを◇ 外見をホメる時は気を使うこと(色が白いのねーとか、あちらじゃ、ホメ言葉になってません(笑)。自分(の人種)にない身体的特徴をホメるのは、自分の人種を卑下しているように聞こえるし、相手も返答に困る。「自分もそうなりたい」って言うニュアンスを持たせず、「あなたの目の色は、あなたの肌の色によくあってるね」、とか、「君の足は長いから、こんな服が似合うんじゃない?」見たいな相手の外見と個性を結びつけるようなホメ方はOKではないかと)◇ 全体的な事がらより具体的事例でホメる。(「あなたは頭がいい」って言うより「この間のクラスでした発言を聞いて、考え方のしっかりした人だなあ、って思ったよ」といった、具体的なポイントをホメる。理屈っぽいガイジン(アメリカ人)は、自分の頭が良いか悪いかよりも、「どうして」いいと思うか、を知りたがる(笑)。)◇ 素直に!!(心にもないお世辞は禁物。実際にいいな、と思う相手の部分を見つけて、それをそのまま言えばいい。相手も喜ぶけど、こっちも人のよいところを見る目が養われる。)◇ You の他にIの主語も使う(これは、私の勝手な見解だけど。「あなたは…だね」って言うほかに、「私はあなたの…がいいと思うよ」っていう「私」を主語にしたホメ言葉って、上の「素直さ」が出せると思う。よく聞くのは "I admire your(いいとこ)" みたいなもの。「私はあなたの素晴らしさが分かってるよっ」っていうニュアンスがでる…のかなあ。)なんか、あまり具体的じゃないのだけど。やっぱ、実践で、自分をホメてもらった時にうれしかった部分を、自分が他人をホメる時にも取り入れてみたら、意外と早くホメ上手になると思う。日本人相手だと、なんかまだ、気恥ずかしくって面と向かってこういうホメ言葉を使えない。でも、子育てなんかでは、こういうホメ方も勧められているらしい。子供ももちろんだけど、大人に対してもどんどん使ってこう。==============================無料レポート「留学先の大学を上位10%で卒業する方法」今までで、結構ダウンロードしていただいてます。ありがとうございます!!!まだのヒトはここをクリックしてダウンロード!!
2005.08.13
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amazonから本到着。送料がいくらか安いんで洋書はアメリカのamazon.comから買うことにしてる。(到着期間は、約5週間と、日本からとほぼ変わらず。メキシコは、ラテンアメリカではないんだが→いちおー北アメリカです。カナダは送料無しなのになあ。)前にも書いたサイトの洋書読書リストの中で、自分がまだ読んでなくて一番気になるのを3冊ピックアップ。 Go Tell It on the Mountain by James Boldwin To Ki A Mockingbird by Harper Lee Catch-22 by Joseph Heller と、自己啓蒙本として Think & Grow Rich by Napoleon Hill と、なんかバランスがすごいですが。ちょうど、ケーブルテレビの接続を切られて、いつも見てる幼児番組が見られなくなったウチのがきんちょ達がオンラインでDVD見たりお気に入りサイト(セサミストリートとか)で遊んでたりでPCをのっとられていたので、てきとーに監視しつつ久々に紙の本を読む。上記に上げた順で読んでいこうかなーと思ってるけど。まずはGo Tell It...。James Baldwinは、ファンなのだ(という割に、この代表作を読んでなかった)。大抵、舞台は第2時対戦前とか、戦時中のハーレムで、主人公は若い男の子で(あるいは大人になった主役が少年期を回想する)、家族は信心深くて、メンバーにpreacherがいて、そのくせして自分は神を信じられなくて、道を外れて、ゲイに目覚めて…と、全作品を通して、これだけの要素がたいてい入ってるんだけど、各作品、ワンパターンにならずに際立ってる。邦訳は、「ジョバンニの部屋」と、詩くらいしかないみたい。もったいない。(誰か、訳してください)Go Tell It...を、昨日一日で3分の1くらい。週末に時間があれば読みおわせるかな。文学作品読むのって、いいっすね。自分の場合、授業中内職できる高校時代にめちゃめちゃ読んで、大学留学してから勉強忙しいのと、洋書しかなくて当時の英語力で1冊何週間とかかかるのがもどかしいのとで授業の必須リーディング以外の本は一年に10冊読むか読まないか、って感じになった。(和書は親が年に2冊ほど送ってくれたかなあ)この期間がブランクになって、社会人になってからもなんとなく本買って読むっていうのが、あまり有益でない時間つぶしのように感じられるようになってしまった。「英語の勉強」という名目で、やたら難しい洋書を選ぶのだけど、すぐ興味がうせたり。さらに、インターネット使い始めてから、普段だったら読書に使うような時間もPC見てることが多くなって。と、こんな事情で今頃になって、突如文学作品回帰!なのですが。サイトにレビューアップしていくつもりなんで、これをプレッシャーにまたどんどん読んで行くことにします。でもねー、やっぱり、高校時代に読むのと今読むのじゃ、内容の受け取り方が違う。高校のときは、もっとこう、わくわくドキドキ、思いっきり感情移入して読めたけど、今(同じ作品であっても)読んでみると、なんか冷めてるんだよねー。読み始めにしても、衝動的に手にとってすぐさまページを開く、というのでなく、まずオンラインで批評を読んだり、ラストをチェックしてから読み出したり。読んでる間も、あの時みたいに自分が主人公になりきって…っていうんじゃなくて、なんか、「入り込めない」。数分おきにページ数を見て「あと何ページだー」とか計算してたり。うー、もう身も心も、若くないのか。こんなところで老化現象を自覚するとは思ってなかったよ…リストの百冊全部読み終わったら、今度は日本文学百選を。amazonで購入する送料費くらいは、サイトのリンクアフィリエイトで稼ぎ出したいですな。(よろしくお願いしま~~す)てわけで、も一回読書リストのリンク→ここです読んだことあって、これいいよーっていうのがあったら、コメントくださいね~p.s. お、時差があったので1日遅れだが、今日は妹の誕生日だ。妹のバンド。CDも出してるのだ。→http://www.pinchblock-band.com速く有名人になって欲しいなあ。(30までには、ね。)p.p.s ちなみに、子供達にはアンパンマンのDVDを見せてる。夢中になって「これ、あんぱんま~ん、これ、めろんぱんなちゃ~ん」とみてる2人。…アンパン(というか、あんこ)を知らない子にも、アンパンマンって楽しめるものなんだなあ、と、改めて感激したのだった。(いや、分かって楽しんでるのかなあ??)
2005.08.12
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また、無料のレポート作りました。今度は、「留学先の大学を上位10%で卒業する方法」おお、すごいじゃないですか。んー正直言うと、読者獲得のためにあえてつけた題名でもあるんですが。コンプレックスを制覇して、ちょっと勉強法を工夫すれば、英語ってハンデに負けることなく立派に好成績を収められるよ、といった内容。留学希望者、留学中の学生さん向けに書いてますが、「スタディスキルズ」っていう考えは、国内で英語学習をしている人や、語学に関係なく教育そのものに興味を持っている人にも知ってもらいたいので、いろんなところで宣伝していきたいです。ダウンロード先はここをクリックしてください。鬼ブログ管理人なつきさんの、無料レポートランキングからのダウンロードサイトになってます。ここをクリックして、ウチのサイトに行って申し込み登録、と、ちょっと面倒で申し訳ないですが、上記のようにいろんなとこで宣伝しているので、ご協力お願いします。(やだよ、ってヒトは、うちのサイトを探すとリンクあるので、頑張って探してください) あ、ところで、「留学先の国で、上位10%の大学に入る方法」ではないので。そんなの、私も知らん(笑)。もとい、トップの大学に入る、っていうのは、また別のコツがあると思うんだよね。合否を決定するのは、主にテストの点と、日本の学校の成績(ボランティアとかの特別活動も含めて)、エッセイ、推薦状なんかで、比重は大学ごとに違うし。そういうのは、別の機関でいろいろ情報出しているので、学校を絞った上でよく調査して、それにあわせた試験勉強をすれば、結構いいとこ狙えるはず。こういったことは、運だけで(!)バークレイに入った自分は無知だし、時代も変わってるので、今から勉強して、個人的に相談したい人に対応したいと思ってます。じゃ、これから(有料)Eブックの作成に取り掛かることに…ネタは大体出来てるけど、Apple社のソフトiTunesがバージョンアップして、手軽にpodcastingの音源が手に入るようになったので、リスニング・ノートとりに是非利用したいといまいい教材を探してるとこです。でも、おんなじiTunesからリンクできるミュージックストアの視聴にはまってしまって。懐かしの歌とか、検索して視聴しまくってます(メキシコからは、購入できないみたいで。出来たら今頃破産してるだろう)。誘惑に負けず。ちゃんと正しく活用します。では。無料レポートの方、是非是非読んでくださいな。もう一回、ダウンロード先のリンクを→ここをクリックしてください。
2005.08.11
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留学期間中学業に夢中で、いざ卒業したら就職活動が全くお留守になっていた、ってのは、卒業当時の私の話ですが。今ではこんなのに海外からアクセスして、就職活動が出来るんですな。毎日グローバルキャリア:海外留学生のための就職情報サイト普通の職サーチをみたことがある人は仕組みについてはわかると思うけど、会員登録しといて、企業データから自分に興味ある会社が見つかったらこのサイトを通じて履歴書を送ったりする。海外在住の留学生を主に対象にしている、つまり、登録する企業の側も、現在留学している人を受け付けてますよー、というスタンスを持っている(おそらく、ですが)んで、他のサイトより自分にあった条件の会社が見つかるのでは。もっとも、こういうサイトだけに頼るのも、まだ考えものだけど。まず、サイト自体はあくまで仲介者であって、留学生の就職、という分野の知識については明るいと思うけど、紹介する企業は、結構限られてきちゃうし(むこう=企業が登録してくれないといけない、こっちから選ぶわけじゃないからね)、企業が探している人材っていうのが、時期などによって結構変わってくるので、「こんな仕事最高!」と思って応募しても、「そのポストは埋まっています」とか言われちゃうことも。他にも、土地とかスキルの制約を考えると、結構あるようで実際は限られた仕事しかみつからない。(試したわけじゃないので断定はしませんが。試してみよっかなあ)まだ卒業までに一年以上あるようだったら、こういうサイトで真剣に職探しするより、別の方法で利用することをお奨めします。その利用法とは。まず、ジョブサーチのページに行って、実際に自分にあった条件を入れてみる。企業名はいいとして、業種、職種、自分の専攻は必ず考えること。私みたいに、社会学なんて分野を勉強していると、どの業種/職種がいいのかな~??と、必ず悩むはず。「国際協力関係の仕事に就きたい!」と、高い志を抱えてはいても、実際こういうところで現実的な職探しをしてみると、「どういう会社に入って、どういう仕事をすると国際協力関係の仕事が出来るのか」が具体的に見えてくる。…あるいは、見えてこずに現実に向かった方向修正を余儀なくされることも。実際に職種を選んでみるとわかるけど、留学生だからって、英語力だけで雇ってくれるところなんて、ほとんどない。英語+マーケティングとか、会計とか、アナリスト、プログラマーなんて技術が求められる。(まあ、そこはさっきも言ったように、留学生を対象としているので実績は求められないのかもしれないけど)語学留学生と文系専攻の留学生は、きついトコです(あ、自分の談に…)ここで、何か突出した技術を売り込めないと、海外の学校で学んだ事があまり生かされない、語学教師とか、お店の通訳とかに選択が限られてきちゃう。(もちろん、こういった仕事もすごく意義のある仕事だけど、大切なのは、そういった仕事にホントに興味を持っているのか、それとも他の仕事が出来ないから選ぶのか、ってとこ)企業がどういうカテゴリーで人材を探しているのかが分かれば、なんとなく自分の就職先も見えてくる。で、狙いを定めたら、残りの学期中にたとえ専攻と関係なくてもプログラミングの基礎なんかのコースを取ったり、専門職のインターンやアルバイトをやって経験をつんだりすると、履歴書が立派になる。あるいは、日本の就職を見切って留学先で就職活動をする、いっそのこと自分でビジネスを始めてしまう、なんてオプションも見えてきますな。いずれにしても、多くの会社の「新卒採用」に外れてしまうというハンデを持ってる留学生、前々から就職のことを考えて市場を探っておくことも、大事だと思う。
2005.08.09
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タイトルとは違う話からはじまるけど、アメリカではおそらくNo.1のテレアナであるPeter Jenningsが昨日肺がんで亡くなったそうです。(New York Times on the Web の記事より。今回のメルマガで紹介してるスキミング読みにぴったりの記事なので、ちょっと長いけど練習したい人は読んでみて)日本人でも写真を見れば「あ、この人」って思うくらい世界中に顔は知られてると思うけど、記事によるとベルリンの壁建築と崩壊の両現場にアナウンサー(ただしくはanchorね)として立ち会っている、まさにアメリカの大戦後の歴史を伝えてきた人である。(NHKの衛星放送で、彼の英語でリスニングを練習していた日本人も、多いでしょう。)経歴を見るとなかなか興味深くて、カナダ人(2003年にアメリカ市民になった)で高校のドロップアウト。父がニュース関係に勤めていたので早くからアナウンサーの仕事に興味を持ち、アメリカに来てからその実力を認められて見る見るうちにニュースの顔に。頭が切れるのと、視聴者に親近感を感じさせるパーソナリティが重要視されるこの国のこの職で、長年にわたって視聴率を稼ぎ出してきた。ちょうど今週のNew Yorkerで、アメリカテレビの「女子アナ」(って言葉はないんだろうけど)の話題が取り上げられてるのを聞いたばかりだったから、Jenningsのニュースとあわせてアメリカのアナウンサーのあり方と、日本のアナウンサーの比較について考えてしまった。「彼女ら(アメリカの女子アナ)は、情報処理能力に優れていると同時に、エンターテイナーでなくてもいけない」という。アナウンサーがただニュースを読むだけでなく、それらについての背景知識もしっかり持っていて、それらを時間を見ながら上手く伝えていかなくてはいけないのは男性であっても日本であっても変わらないと思う。女子アナは、それに加えて「視聴者を安心させ、今日もいつもと変わらない素晴らしい日になることを確信させるような空気」をかもし出さないといけないんだそうだ。女性アナウンサーが主に朝のショーを担当するのは、そのせいだと思う。朝から重苦しいニュースを年配の男性から聞くよりは、彼女らの有名人インタビューやリゾート地からの中継なんかを聞いたほうが元気出るしね(そういや夜のニュースは男性が多いですな)。女子アナが芸能人並みにアイドル視されるのは、最近の日本でも同じだけど、その傾向はちょっと違う。まず、アメリカの有名女子アナは結構なおばさんである。経歴はすごく立派で、美人だけど、子供がいて、家族にアル中がいたりして、自分自身もスキャンダルがあったりで(それでお払い箱になることもなく、仕事を続けてる)、日本のような「別世界のアイドル」というよりは「自分(視聴者)が共感できる、同じ悩みを持つ隣のおばさん(お姉さん)」的存在。私生活についてテレビの前で話し、夫がガンになると病気の特集を組んでリサーチ機関への寄付まで募ってしまう。社会への影響力は日本のアナウンサーと比べ物にならない。アメリカも、Peter JenningsやTed Coppelといった、タフガイそうな顔をニュースに出して、強いアメリカを前面に押し出す時代から、もっとやわらかい雰囲気の女性をだす「癒し系」に傾いてるのかもしれないけど、この「癒し系」雰囲気を作り出す女子アナ自身は、その雰囲気をきっちり計算し、裏でさんざんいろんな仕掛けを考えた上でああいった表面を作り出してるって印象がある。天然に明るくかわいい女子アナを登場させ、視聴者が飽きるとどんどん取り替えていくだけの日本とは、やっぱり違うなあ、と思う。(いや、日本にもすごい頭脳明晰の女子アナもいるのだけど、ゴシップに登場する人たちが学歴にたいしてあまりに軽い印象なのだ。最近日本のテレビは見てないから断言するのもなんだけど)まあ、Dian Sawyerなんかのトップ女子アナになると、年間の収入が1千万ドル(ドルですよ、ドル)を超えるというから、それだけの実力も要求されるはずだよなあ。Peter Jennings氏の様に、ベトナムや冷戦中のソ連に乗り込んでいってレポートするっていうことは、彼女には必要ない(女だから、ってわけじゃないよ。実際、war zoneからレポートしてる女性レポーターはたくさんいる)。だけど、彼女らは彼女らの「策略」で、男性陣に負けない強力な視聴者層を稼ぎ出してる。なんとも勇ましいですな。てことで、今度Good Morning Americaなんかを見る機会が会ったら、女子アナの出す話題とか、話し方なんかに注目。Peter Jennings氏の冥福を祈ります。
2005.08.08
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ここんとこ、近所の某日本企業が実施している健康診断(現地のプライベートの病院で検査してもらう)の通訳の仕事をやらせてもらってる。今週に入って、こちらに勤務している会社員の奥さんたちの健康診断が始まり、久しぶりに年の近い(でもほとんどの方が年上だけど)日本の女性の方と話す機会が出来て、それなりに楽しい。その中の1人と雑談している時に、彼女がいった言葉。「せっかくだからスペイン語もちゃんと習いたいんだけど、下手でも通じちゃうともうこれでいいかなって気になって、やる気が起こらないんですよね。それでいて、ちょっと複雑な話をしたいときは全然自分の言いたいことが言えなくてやっぱりダメだなーって思うんだけど」なんかこれ、わかるなー。外国語は、現地に行って習うべし、ヘンな文法の知識はつけずに、会話は会話の中で学べ!という外国語(まあ、英語ってことにしとくね)学習法が最近もてはやされているけど、実際前知識何もなしに行ってみると、こんなものなのだ。「下手でも通じるようになる」って段階には、誰でもなれる。ガイジンと、英語で日常会話をしたいっていうなら、多分問題ないって程度だろう(限られた単語力と、精一杯のココロで通じ合える。これも大事だよね)。問題はその後。ちょっと複雑なこと(病院で自分の症状を説明するとか、仕事で同僚や顧客と話し合うとか)を話したいとなると、時制とか能とか、似たような単語のどれを選択するかとか、やっぱり、しっかりした基礎知識がないとどうにもならなくなる場面が出てくる。普通の英語ネイティブが、20年かけて培ってきた言葉の知識を、私らは数年(英語に触れる実質時間にするともっと短いかなあ)で叩き込むのだから、「ネイティブのように」やってたら、ちゃんとした知識が身につくまでには何十年かかるやら。やっぱり、システム的に文法や動詞の活用なんかを覚えて、「近道」しないとかなわない。じゃ、とりあえず英語圏で暮らして、日常会話が出来るようになったところで(あるいは覚えながら)文法とかの基礎知識も身につけていったら?というと、前途の女性のスペイン語みたいに、「まあ、通じるからいいや」って事で、覚えなくっちゃ、という切実さがなくなってしまうよう。現地に行って、文法なんて覚えるの、めんどくさくなっちゃうみたい。私が勤めていた英会話学校も、ダイレクトメソッド、とかいって、超初級レベルでも日本語一切無しで授業をしていたのだけど、文法知識のある人とない人だと、ある人は多少最初の伸びが遅くても、その後確実に伸びる。ない人は決まり文句や単語はすぐ覚えてどんどん会話の中で応用できる柔軟さはあっても会話力の伸びに文法知識がついていけなくて、傍から見るとすごく話しているようだし、自分でも伸びてるって自信持ってるんだけど、次のクラスに上げるのは…って、ためらわれちゃうんだよね。自分は、高校できっちり英語やって留学したクチ。着いた当時はリスニングもすピーキングもさっぱりで、「学校英語って、なんだったんだ??」って思ったけど、聞くのと会話英語には一年くらいで慣れて、その後はやっぱり文法知識がモノをいったと思う。しっかり聞き取れるようになるのと同時に、「あ、今のは完了時制で言ったな」とかわかったし、条件法(If I were…なんてヤツ)も、普通の会話でちゃんと使いこなせるようになったし。まあ、人(適応性とか、目標とか)にも拠るから一概にも言えないけど。ちゃんとした文法知識なんていったって、中学程度の文法の参考書一通りやっとけば十分なので、留学して語学を身につけたい、という人も、あらかじめ文法の基礎は身につけておいたほうが楽だと思いマス。個人的には、海外に行く前に文法、読み、書き、あたりをばっちりやって、発音、語彙、リスニング、スピーキングなんかは、向こうに渡ってから苦労して伸ばしていくのがよいかと(って、もと就職先の方針と全然違うこと言ってるな。社長、ごめんなさい。)
2005.08.07
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大学では社会学という、かなり主観的見解の入ってくる学問を勉強していたので(しかもリベラルな学校で)、有名な○○のセオリー、というのを読んでも、どうも偏見じみてて受け入れられないものがあった。例えば、右よりの教授が「アメリカの社会政策」なんて授業を受け持つと、最初っから「政府は悪だ」みたいな考えを生徒に押し付けるような印象を受けるんだよね。使う教科書も、その教授の見解をサポートするようなものばかりで。もちろん、そういう授業に左よりの生徒が参加して、反対意見を述べたからって、落第になるわけではないと思うけど、若くてなんでも吸収してしまう学生は、半年そんな授業を受けると、その教授の考えに染まってしまうことも多くて、教授の思想によってはかなり危険だと思う。これ、自由の国アメリカの話です。そもそも、大学で書くリサーチペーパーとよばれるものにしても、ある題材について事実を公平に調べる、というよりは、まず最初に自分の主張をはっきりさせて、それからその主張をサポートする証拠や事例を挙げていく、というスタイルが定着してる。(その中で使われる反論は、自分の主張と比較させて、こういう基準でオレの言ってることが正しい、と証明のに使われるだけ)社会学でethnicity(民族性)を扱った授業を担当した教授は、エスニック・ギャングについて調査した自分の著書を教科書に使っていたけど、メキシコの不法移民からアメリカ家族の養子になり、自分自身もかつてはそういうギャングに属していたという背景を持つこの教授、最初っからマイノリティー民族の若者に肩入れしてて、公平な視点でethnichityについての議論がなされているのか??はその手の問題に関してかなり無知だった自分にも疑問に感じられた。でも、そのクラスを取ってる生徒も、もちろん大半が黒人、ラティーノの男の子たちで、身近にギャング仲間もいたりして、その教授もアイドル視されてたり。確かに、自分の実体験に基づくトピックについて議論する時は、周りの知らない知識を十分に使えると言う利点はあるけど、知識の量が、かえって公平な目を失わせるってこともありえるんじゃないかなあ。…という疑問を、実際その教授にぶつけたのだが、その時は、「バイアス(偏見)のないセオリーなんて、(人文科学の世界では)所詮不可能。僕は自分のセオリーを読んでもらうことで政府や世間がマイノリティー文化についての見解を変えて欲しいという意図をもってこの仕事をしているから、むしろ生徒が共感してくれることは好ましい。」というような答えをもらった。俺の意見に共感したら一緒に社会を変えてくれ、そうでないなら授業を取らなくてもいいよ、ってことなんだろうか??自分の信念を社会に反映させるために、教職を選んだような、未だにギャング魂旺盛のその教授、確かに頼もしくはあるけど。でも、こういう人が大統領や実際に政策を練る人になると、こわいよな、とも思った。実際、アメリカの現在の福祉政策って、この教授とは逆に「マイノリティーは教育が低くて、向上心がなくて、"生まれつき"犯罪を起こす傾向が高いので、厳しくしないとだめだ」って信念を持つ人が作ってる感じ(独身母の援助をカットするとか、逮捕率を上げるとか)。悪いのは「彼ら」だから、彼らの生活向上の手助けを政府がするよりも、どんどん彼らを罰しちゃおう、っていう政策だよね。アメリカの政治を動かす人は、金持ちの知的階級に育った人が多いから、当然彼らの視点から「俺達が悪いので、俺達の層を変えていこう」って考えを持つ人がでてこない。民主主義をうたいながら、見る人が見るとアメリカの政治も結構偏見だらけである。で、何が言いたいかというと、アメリカにいてどうしても意見の同意を得られなかったのが、「アメリカが日本に原爆を落としたのは、正解だったか」というトピック。日本に育って、戦争の話を被爆者側から聞かされてきた自分は、「原爆によって戦争終結が早まったので、投下を指示したトルーマンはヒーローである」という考え方は、どうしても受け入れられない。理屈で反論できることじゃなくて、こういうことを平気な顔して言う人たちに、「はだしのゲン」を読んでからもう一回それを言ってみろ、と言いたくなる。自分が、「日本に原爆を落としたことの、政治的意義」という観点から、きちんと理論立てて最終的にそれが間違っていた、という結論を出せるか、というと、誰もが納得する論は作れないと思うけど、要は、感覚的に、それは「悪いこと」「ひどいこと」であって、今後それに対するどんなに素晴らしい反論を聞かされても、それは変わらないし、変えるつもりもない。多くの日本人は、みんなそうなのでは?だから、非核3原則なんて政策もあるわけだし。アメリカも、911以降イスラム過激派に対する姿勢が国民レベルでがらっと変わった。これは、あの日の「悲劇」が、「個人的体験」になってしまって、あの日亡くなった被害者の無念について考えること抜きでこのトピックを話し合うことができなくなってしまってるからだよね。(イスラム過激派側も彼らの「個人的体験」に基づいて悪者を定義しているわけだし)。こう考えると、学問や政治から偏見を取り除くことなんて不可能なわけで、一番素晴らしい論を持つ人が世界を制する、のとは逆に、パワーを握った人の論がそのまま世界を動かすってのが現実なのかなー、と(←ミシェル・フーコーの説みたいだな)。じゃ、私ら平民は、なんで勉強しなくちゃならないんだろと、悩んでしまいました(独裁者になって自分の考えを現実化するため、とか??)。今日もまとまらず(汗)。
2005.08.06
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こんなページを見つけました。Academic Wellness Survey (Brigham Young University)http://www.byu.edu/ccc/learning/college_lifestyle.php質問に対して脇のボックスから答えを選んでいくのだけど。選んだからってそれを評価してくれるわけではなさそう。(自分で評価しろってこと??)答えは全部「全然」「時たま」「しょっちゅう」「いつも」なので、「いつも」や「しょっちゅう」が多いほどいいってことだろう。逆に言えば、質問ステートメントにあることを、なるべく実行するよう努力すれば大学での成績は上がるものかと。ページ飛ぶのが面倒な人のために以下に訳を。タイムマネジメント -毎週スケジュールを作る -宿題は期限までに終わらせて提出する -授業外で15時間/週の学習時間を作る 社交関係 -勉強すると決めたら、外からの誘いに"no"と言える -学習に真面目に取り組んでいる友達を選ぶ(キャンパスで) -遊びの時間より勉強時間を重要視する 授業準備 -毎週全てのクラスに出席する -量の少ない宿題については、24時間以内にやってしまう -グループ学習はためになると思う 学習習慣 -勉強する時テレビやラジオはつけない -一度にまとめて2時間は勉強する -毎日決まった時間に勉強する 読み書き -ペーパーは3回下書きをする -授業で扱う範囲のリーディングは、その授業前に済ませる -1時間、眠くならないで読書をすることが出来る テスト準備 -テスト勉強は、予定を立てて十分する -テストの数日前からテスト勉強を始める -テストで出題するところのヤマは当たる方だテスト受験 -テスト中、見直しをする時間がある -テストの点数は、テスト勉強の頑張り度に比例する -テストについては自信がもてる(ナーバスにならない) 学習態度 -講義やディスカッションは面白い -学校にいることが楽しい。 -楽しんで受けられる教科が1~2ある 価値観、ゴール -大学に行く目標がはっきりしている -大学卒業時に目標を達成することに自身がある -人生の成功のための具体的ゴールがある。 これに「いつも」と答えられれば、大学は安心ですな。(卒業後もこういう態度でいたいですねー)まあ、特に目新しい項目はないと思うけど、こうリストにして実行するぞーって思うと、やっぱり実行が難しいものはあるなあ。とりあえず、ラジオを消して、読書中寝込まないようにしよう(^^;。
2005.08.05
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留学先で、友達選ぶ基準って、なんでしょうね??多くの日本人にとっては、初めての「ガイジンの友達」なんで、実際渡航する前はなんか、やたら華やかなイメージを描いてしまうのでは??私も、洋画を見ながら、アリッサ・ミラノやウィノナ・ライダーみたいな子とルームメートになったり一緒にカフェテリアなんかでお勉強するとこを想像してニヤニヤしてたもんです(同世代。まだアイドルだった)日本の友達も、「うわ~、英語ペラペラの、金髪青い目の子とお友達になれるのね~~」と、発想は似たようなものだったらしい。しかしまあ、日本の友達にだって宮沢りえちゃんのような子がいたわけでもなく(やっぱり同世代)アメリカに行ったところで、ウィノナ・ライダーのような美人がうじゃうじゃいるわけでもなければ、そんな人とお友達になれる可能性なんて、ほとんどないわけですよ。ついでに言うと英語ぺらぺらというのも、SF周辺では珍しい方で、(日本人が重宝する、「正しい」英語、という意味。訛りありならペラペラはいっぱいいますが)英語ペラペラ、金髪青い目、その上で友達になってくれるような性格の人なんて、それこそ探してるだけで留学期間が終わってしまいそう。日本人同士なら、「あの子美人じゃないから」とか、「栃木弁しゃべってるから」って理由で友人を選ぶこともないと思うけど。そもそも、そんな基準があったら、わたしにゃアメリカでも日本でも友達に選んでくれる人がいないことになる(笑)。それが、留学って言うと、「せっかくの体験なんだから、『本物のアメリカ人』とお友達になりたいわ~」って思っちゃうんだよね。で、日本人にとって、「本物」のアメリカ人っていうのが、ブラット・ピットとか、キャメロン・ディアス(←あれ??彼女はラティーノじゃないの??)なわけで。まず、そういう基準で友達を選ぶ人は、自分を同じ基準で評価してみるといい。誰が、あなたの友達になってくれると思いますか??(あ、キツいっすね)「日本語勉強したいんだけど、たまたま君が日本人だったから」「日本人を彼女にして、他の人に自慢したいから」こんな理由であなたを友達に選んでくれた人と、一緒にいたいですか??(う~ん、一緒になってしまう人、結構いるようだけど。私か!?)帰国して友達に自慢するために留学するならそれでもいいかもしれないけど、本気で国際舞台で活躍したいなら、あらゆるバックグラウンド(人種や母国語)の人と付き合って、あらゆる訛りの英語に触れ合うことこそ、有益だと思うのですが。個人的に、アメリカ(他の国はよく分からないのですが)のさいってーなとこって、未だに残る白人優越主義だけど、白人でもない日本人が、留学して率先してこの部分だけを学ぼうとしているのが、なんか、悲しい。まあ、日本人だけでつるんじゃって英語が伸びないって言うのはやっぱり困りモノだと思うけど。でも逆に、留学先で志を同じくした素晴らしい日本人と友達に慣れる可能性というのもあるので、「日本人とは友達にならない」という基準を設けるのもお奨めできませんな。(留学中の自分がそうだったので。卒業後の進路のこととか、もっと相談に乗ってもらえばよかったのに突っ張ってたために卒業して帰国した時の就職の知識は皆無。これは後悔しました(汗))自分も、4年間を通して「日本人だから」友達に選ばれたこともあったけど、(こういう人たちは『junquitoは』じゃなくて、『日本は、日本人は』って話ばっかりしたがる)自分が似たような偏見を持たなくなってから、ずっとつきあい安い友達が出来た。相手を本当に好きになって、好きな人のアイデンティティの一部だから、その国の言葉や文化を知りたいって自然に思えるようになるのがいいですね。言葉や文化を学びたいから、その国の人と無差別に友達になるって言うのは、自分がされるのもいやだし、あまりいい友人関係が築けるとは、個人的には思わない。(でも、特定の文化に興味があれば、その文化を持つ人に人間的に引かれる可能性も高いわけで…ここら辺は難しいですな)あなたが魅力ある人物なら、黙ってても素敵な友達が出来るはず。ガイジン友達の見定めをする前に、自分を磨きましょう。
2005.08.04
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audible.comで購入した非常に面白い本を紹介。A Short History of Nearly Everything by Bill Bryson オーディオは上記audibleサイトで、ペーパーバックはamazonで入手可能。歴史本だと思ったら、科学史。天文学、地学、古代学、物理学、化学…と、もっと具体的に言うと、宇宙はどうやって始まったか、から、原子はどのように発見されたか、恐竜はなぜ滅びたか、さらに相対性理論とは何か、まで、「科学」のあらゆる分野のことが簡潔、且つ明快に説明されてる。惹かれるのは、筆者の語り口。「学校の科学って、何でこんなにつまらないんだろう。題材を見るともっと面白くなりそうなのに、教科書を書く人がわざとつまらなくしているみたい」って、これ、誰でも思うよね。原子の大きさは1mmの何億分の一とか、地球と冥王星の距離は何光年とか、そもそも知ってなんの役に立つ!と、授業を聞きながら突っ込みたくなったのは私だけでないはず。この本の著者も、同じような経験をしているのだけど、私みたいな人間との違いは、「じゃあ、もっと面白くなるように自分でもっと調べて説明してやろう」と思ったところ。現在知られている科学上の事実に対して、いろいろな理屈やエピソードを交えて、物語を読むようにこれらの退屈な数字の裏話を読ませてくれる。大発見をしながらも賞賛されることもない科学者達に対して「まあ、気難しい性格だったしね」と、ユーモアを見せることも忘れない。宇宙の距離や中性子の大きさなんて、10の何十乗、マイナス何十乗の数字の話を語る時は、正確な数字を示した後、「ようは、ばかばかしいくらいに遠い(小さい)ってことだよ」と言われて、なぜか納得してしまう。ニュートンが引力を発見したりんごのエピソードは誰でも知ってると思うけど、この本の中には、あらゆる事象について、そんな科学者達のエピソードがついてくるのだ。地球や宇宙の現象という事実を正確に伝えること、そして、読者をひきつけるような物語を書くこと、この二つが見事に一冊の本の中で成り立ってる。科学者(社会科学者も含めて)って専門家は、いろんな説を調べて、考えるのが仕事で、書く事は得意でない人が多い。大体、彼らは、以下に難しい論文を書くか、または他人の書いた難しい論文を解読するかが仕事なので、私のような「一般人」がそれらを読んでどう思うか、なんてことは全然考えないんだよね。そこで、彼らのセオリーを一般人の言葉に翻訳する人が必要となってくるわけだけど、この本は、一級の翻訳本といえるかもしれない。これ読んで考えさせられたのが教育者の役割だけど、教育者も、要はメディアだよね。高いところから知識を持ってきて、それを学ぶ人にわかりやすく、且つ面白く説明する。学ぶ側は、そこから知識への興味を膨らませ、さらに自分で深いところを学んでいこうとする。中学生が、科学を勉強する一番の理由って、「地球のマントルの温度は何度」なんてことを知るより、「地球にマントルがあることは、(そこまで掘ったわけでもないのに)どうやってわかったのか」っていうことを学ぶことによって、科学への興味を持ち、自分もそんな発見をしてみたい、と思わせることじゃないかなあ。それが出来なかったら、いくらテストでマントルの温度が書き写せても、あまり意味がない気がする。自分も、自分で物語を書くほどの想像力はないし、立派な知識も持ってないので、本を書くとしたらこの手の「解釈本」を書くのが夢ですね。科学嫌いの人にお奨めの一冊です。500ページ以上で、専門用語や人物名も多く、読み応えはあるけど、(とくにオーディオで聞くとき)、口調はわかりやすいし、説明も丁寧なので読みやすい。一般常識と英語の勉強に読んでおくといいかも。(哲学史と、政治史について、この手の本が欲しいですな。)
2005.08.03
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海外生活を始めると、太る。というのを経験するヒトは、結構多いようで(男性、女性に限らず。でも、男性の場合、あんまり気付かれない。羨ましい)逆に激痩せする人もいて、これも、程度がひどいとちょっと問題。「食べ物がおいしくて」「付き合いでお店とか行ってすぐ食べちゃう」なんていうのなら良いけど、「別にお腹がすいてるわけでもないのに何か口にしないと気がすまない」っていう症状が続いて太っていくようだと要注意。それは、ストレスです。「海外に行くと、太っちゃうのよね~」というのが、半ば常識になってるし、周りにはさらに太ってる人がいるので、ストレス太りしても気にしないか、あるいは太ったことばかり気にしてストレスそのものには、周りも、本人も気がつかないときがある。「大学楽しいなあ、アメリカっていいなあ」と言いながら、家に買えると箱入りのクッキーとか一箱平らげてたのは、当時の私。今考えると異常なんだけど、当時は「あら食べちゃった、ジョギングでもしてこよう」みたいな感じで、全然おかしいと思ってなかった。なんかのテレビで言ってたけど、「ストレス太りは、ココロの空間を満たすために食べ続ける行為」だそう。今まで満たされていた何かが、環境の変化でぽっかり空いちゃって、それを、食べるって行為で埋めようとするんだね。こういう場合、解決方はダイエットじゃなくて、自分のココロが何かに飢えてるってことを自覚することになる。海外生活なんかだと、「以前満たされていて、海外で空間が出来てしまったもの」っていうのは、「友人関係」だったり、「日本語/文化」だったり、「自尊心(=アイデンティティ??)」だったりする。自分の場合、「頼りがいのあるjunquito」だったのが、アメリカに来て、人に頼りっぱなしになり、「頼られ感」が欠如したのが大きかったなあ。アメリカ人との友達と話しても、どうも受身受身になって、自分が中心になれないし(自己ちゅー。笑)。でも、それがストレスになってるって思ってなかったから、日本人の仲間作っておしゃべりしようとか、そんなことも考えなかったし(そもそも、日本人だからってだけでやっぱり他人は他人、気心の知れた友達にはなれなかったと思うし)。んで、他の人といる時は楽しい気になってるんだけど、1人になると猛烈に食べたりしてた。参考までに、症状としては 町を歩いていてもどのお店に入って何(お菓子とか)買おうかいつも考えている。 店を出たとたんに袋を開けて食べ歩きしてる 数十分おきに食べることを考える(で、実際食べてる) 今週分、と思って買った食材を、その日のうちに全部食べてる そんな時、ある時点で「もうお腹いっぱい、気持ち悪い~」と思うのに、手と口は止まらない そのくせ、「ふとるわ~」とかいって、3度の食事は抜かしたりする。 なんて。思いっきり不健康でした(体重は…今より10数キロ多かった。2年前の妊娠9ヶ月の時のが少なかったよ)それが、どうやって解決したかって言うと、結局慣れちゃったんだけどね。悩みを打ち明けられる親友や彼氏も出来て、ガイジン相手でも立派に歯向かうことの出来る英語力と論理性が身について、留学して気がついた自分の新しい(=弱い)面を受け入れることが出来るようになって、体重も落ち着いてきたような。(食堂のバイトで、シェフにあれ食えこれ食えうるさく言われながらまともな食事するようになったこともあるけど)そうなったのが留学して3年目くらい、留学生活の半分以上、ストレスを溜め込みながらそれに気付かず不健康な生活を送っていたことになる。もったいなかったですな。一番大切なのは、こういった症状がでたとき、早めにストレスだ、と自覚すること、自覚できたら、すぐに誰かに相談すること。自分で何とかできると思っても、やっぱり人から客観的且つ専門的な意見を聞くほうが回復は早いと思う。大学なんかにはカウンセラーもいるし、精神科も結構気軽に行ける雰囲気があるので、あまりヘンに意識しないで「ストレスの相談」と思わず「痩せるための相談」だと思えばいい(笑)。上にも書いたけど、一番大事なのは、「自分はストレスを持ってる」って自覚することだから、実際相談してみて、うまい解決法をアドバイスしてもらえるかどうかっていうのはあんまり重要じゃない。「自分のストレスに対して、対処する行動をしてる」って思うこと自体がココロの方向転換を手伝うことになって、ストレスの症状であるやけ食い(他にも、お金を使うとか、お酒、ドラッグ、タバコ、セックスなどあると思うけど)にブレーキがかかると思う。ストレスを持つことは心の弱さじゃないと思う。でもストレスと向き合うことが出来ずにそれを何かに摩り替えてごまかすのは…心身ともにブスになっちゃうよ。
2005.08.02
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洋書リストがやっとアップできました~~。 http://junquito55.com/tips/readinglist.html タイトルはamazon、★reviewとあるのは感想のブログ記事にリンクしてます。reviewがまだほとんどないのだけど…印ついてないのの他にお奨めなのはInvisible Man、One Hundred Years of Solitude、Things Fall Apart、Crime and Punishment、The Great Gatsby、The Grapes of Wrath、Belovedなんか。よく批評なんか聞くけど実際読んだことのないCatch-22やTo Kill A Mockingbird、The Awakeningなんかは、さっそく読もうと注文した(届くのが一ヵ月後なんだけど)。他にも、ヘミングウェイとかは電子書籍が買えるし、無料でオンラインで読めるのもあるから、時間さえあればレビューの更新も順調に進むのではないかと。そのうち、この中の一冊を使って文学フォーラムでもやってみたいですね。興味あるヒトは知らせてください。さて、今週のメルマガはこういった文学作品じゃなくて、いわゆる「情報収集のためのテキストを読む方法」について話しています。基本的に、わたしゃ、速読が出来ないんで、文学作品はめちゃくちゃ時間かけてじっくり読み、専門書とか、ニュース記事なんてのは、要所要所だけ飛ばし読み、と、2通りの読み方をしてます(←でも遅いです)。大学のレポートを書く際に使う資料なんていうのは、使う部分だけ狙って読むだけ。前後関係とかごっそり抜けて、自分の都合の良いとこだけを、都合のいいように使う、っていう場合もあって、疑問はあるんだけど。アメリカなんかでは、こういうのが結構まかり通ってます(←言い訳してるわけじゃないけど)。報道番組のインタビューなんて、相手の話の面白そうなとこだけ切り貼りして、当人主張と全く反対のことを言っているような印象を視聴者に与えることもざらみたい(マイケル・クライトンの「エアフレーム」に露骨に書かれてる)。って、話があちこち飛びますが。えと、自分は飛ばし読みがすっかり身について、特に最近、あんまり文学作品をじっくり読んで感動するってことがない。「読書以外にやることがありすぎるよ」というのと、「本に使う金なんてない(自分の本を買うくらいなら、子供に絵本を買おう)」っていう、まさに「大人の言い訳」ですが。読書は若いうちにやっといたほうがいいよって、こういうことなのかなあ。リストのレビューしながら、久々にまともに読書もしてみます。感想なんかにコメントがあったら、ブログの方にお願いします(^^)。 http://blog.junquito55.com/?cid=24057なんか、今日は話になってませんが。飛ばし読みの術を見につけたい人は、メルマガも読んでくださいネ。 登録→ http://junquito55.com/magazine.html
2005.08.01
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