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月末になって、audible.comから新しいオーディオブックが選べることに。次に聞くつもりリストはかなりたまっていたのだけど、トップページにNoam Chomskyの名前が出てたので彼の著書から選んでみた。Chomskyといえば、言語学者として日本でも講演したり、訳本もいっぱい出されているから、名前だけは知っている人は多いかも。だけど、この人が有名なのは、北米一の言語学者だからでもその論理構成のうまさでもなく、その反政府的理論ではないかと思う。よく知られているのは、レーガン政権時代のホワイトハウスの中米政策(特にニカラグア。社会主義革命を成功させた現地の政府をアメリカで訓練した組織を送り込んで叩き潰そうとした)をあらかさまに批判したセオリー。アメリカ政府は、正義とか自由とかデモクラシーの名目を上げて、実は自分達が世界を支配するためには手段を選ばない姿勢を崩さない、のだそうだ。アメリカ政府を悪の組織と決め付けてかかってるところ、そして、それを読者に信じ込ませるだけの説得力があるとこが、一部の人(アメリカ人含む)にウケるらしい。ぱっと思いつくところで有名なのは、Manufacturing Consentとか。実は私、彼の講演を生で聞いたことがあるんですが(97年)。早口で、あまり聴衆とコミュニケーションをとらず、頭にあらかじめ記憶してたことをまくし立てる印象があった。で、メキシコに来てからも、実はQuinta Libertadなんて本を買っているのだが(スペイン語の政治用語を勉強したい、と思ったように記憶してるけど、挫折。涙)。最近の本は全然読んでなくて、見たら911以降の著書があったので、聴いてみよう、と思った次第。で、タイトルはHegemony or Survival。まだ、最初の1時間半分しか聞いてないけど(全部で7時間ちょっと)、上に書いたようなスタンスは、ほぼ同じ。ニカラグアの例と、イラク侵略の例を平行させて共通する政府の意図を書き出してる。面白いと思ったのは、「アメリカが攻撃のターゲットとして悪のレッテルを貼るのはどーしようもなく弱い国でなくてはいけない」という論。イラク攻撃の言い訳は、WMD(大量殺戮兵器)の所持を隠しているから、って言うことだったけど、始めっからそんなもの持ってないって分かってたから攻撃したに過ぎない。手軽に勝って、悪の象徴に仕立て上げたフセインをとっ捕まえて、アメリカの強さを見せつける。そのためには他の国が周りでごたごた言おうが国連の規約を破ろうが全然平気。だって、最終的に勝てたら反対意見も関係ないから(唯一気にするのがPublic opinions、ということだけど)。(北朝鮮は、もしかしたらホントに核兵器持ってて、下手につっつくと猛烈に反撃してきそうだからワシントンにとっては格好の獲物になりえなかったそうだ)最初に自分の論を掲げて、「ニカラグアは…ベトナムは…そしてイラクは…北朝鮮は…」と、その論をサポートする実例をぽんぽんと、説得力のある統計なんかと絡めて挙げてくのは、やっぱりすごい。読んで手も聞いてても分かりやすい。ホワイトハウス内で、ホントにそんなConspiracyがあるのか、は、じっくり考えると疑問もあるけど、少なくともこの人の説を聞いてる間は、反論の余地なし、という気になってくる。Chomskyに代表されるように、アメリカで自国の批判を行なっている学者は多数いて、そういった人たちの著書もたくさん読まれてる。対外政策にしても、国内政策にしても。アメリカの外から見ると、アメリカっていう国は、民主主義と、自由と、富の象徴で、誰もが憧れる国、ってイメージが強い。日本の若者とかって、自分もそうだったけど、特にそんな傾向が強いんじゃないかと思う。ところが、いったん国の中に入ってしまうと、ものすごくどろどろしてるんだよね。で、国民も一部の成功者を除いて、アメリカンドリームなんてものは全く信じておらず、自国の政府や社会の欠点なんかはひじょーによく分かってる。アメリカの外の国の人々が、「アメリカは自由の国」という考えを持っているのは、こうした国内の問題や批判がが外に知られるのをあらゆる手段を講じて規制しようとしてるアメリカ政府とメディアなんかのおかげみたいで、これってすごい皮肉。だけど、Chomskyなどの政治批判をした本は、ちゃんと手に入るわけだし、周りがかしこく、批判的になれば情報は得られるんだよね。ただ、メディアの方で、「富めるアメリカ」「成功できるアメリカ」「素晴らしいアメリカ人」を象徴する商品や番組をどんどん放り込んでくるもんだから、どうしたってそっちに目が行っちゃう。日本だって、かなり間違ったステレオタイプのイメージがあって、外国人が日本で暮らして改めて発見する点が多いのは同じだけど、そこは、言葉の壁というものがある。日本の政府や社会、文化について書かれた本で、英訳されるものなんて、数もジャンルも限られてるから、評論を読めるほどの日本語のレベルを持っている外国人でなければこれらの本に書かれた情報を得るのは無理。アメリカについてみると、Chomskyの論文が読める程度の英語力を持っている日本人なんて、たくさんいる。英語が世界共通語であることを考えれば、この手の批判本だって、どんどん世にでていいはずなのに、国外でも読まれるアメリカ批判の本っていうと、Chomskyとか、一部の黒人作家なんかに限られてきてしまう。読めないんじゃなくて、読まないだけなんだよね。その存在を知らないから。高校で、純粋に夢の国アメリカに憧れてて、留学を思い立って、それを実現させた。結果としてよかったなあ、と思ったのは、アメリカの内側のあまり素晴らしくない事情を間近で見ることが出来たこと。幻想が除かれた本当のアメリカの素晴らしさを、改めて知ったこと。そして、英語を学んでよかったなあ、と思ったのは、日本語訳されないような弱小な、でも素晴らしい論文や小説を、自分で選んで読めるようになったこと。ということで、自分が以前持ってたアメリカ像が崩れて、本当のアメリカや国際情勢がなんとなく見えてきた、というのが、留学の一番の成果だったかもなー、と、今になって思う。Chomskyは、こういった意味で、違った視点からアメリカって国を見つめる出発点としては最適なので、興味のある人は読んでみてくださいねー。オーディオブックの方、聞き終わったらサイトに紹介挙げときます。あと、英語論文ってものがいまいちわかんない人、彼の本を読んでみるといいと思う。構成とか、典型的なんで、スタイル真似る練習に最適。
2005.09.30
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今朝受け取ったメールにお返事させていただいた内容からちょっとアイディアを拝借して、「外国人との会話が理解できない」理由について。初めて外国人と話す時って、たいてい思うのが「オレの英語力って、こんなにひどかったんだ」これは、独学で英語やっていた期間やレベルに限らず、誰もが経験するショックだと思う。唯一例外は英会話学校の外国人教師かなあ。でも、彼らは日本人と話す訓練と経験をそれなりにつんでるから、ネイティブであってネイティブでない感じ。私の場合、高校留学の時、事前にちょっとだけYMCAの英会話学校で外国人の先生(ちなみにドイツ人でした。彼の英語がどのようなものだったか、当時の私のリスニング力では知る由もない)と会話練習して、カリフォリニアへ。ホストファミリーは典型的中産階級白人家族。着いたとたんマシンガンのように話すホストマザーと、そこに割って入るホストファザー、さらに彼らのコメントに注釈をつける9歳の娘。数日後には近所に住むホストマザーの妹一家もやってきた、周り中マシンガントーク。引きつった笑顔でうなずくことしか出来なかった。理解度は--0に限りなく近かったっすね。英語を話しているんだ、ということは、分かる。heとかsheとか、haveとかは聞き取れる。こっちに質問してるんだ、というのも分かるんだけど、質問の内容はさっぱり。戸惑った様子を見せると、他の人が「○○が聞きたいのはこういうことよ」と、彼ら同士で翻訳を始める。で、おんなじことを他の人に言ってもらうと不思議と分かったりもする。ハイスクールでも似たようなもの。かなりの部分は慣れてくると聞き取れるようになるんだけど、で、結局何を言ってるの??というと、聞き取れる部分からdeduceする、ということが出来ない。ニコニコ笑ってるだけの期間にも限度があるぞ、と、何とか相槌を打ったりコメントをしたり、質問したりを試みるんだけど、どーも、相手の言ったことがホントに分かってるのかが不確かだと、見当はずれなコメントや質問も変に思われるし。なんで、会話のつながりが見えないんだろう、とかなりの間悩んだ末発見したことは。彼らの会話そのものが、全くつながってないじゃないか!!!ということです。なんつーか、問題があったのは、英語の聞き取りというより、彼らの会話のテンポというか、普通AといえばBというとこを、Xまで話題がぶっ飛んでも平気で会話を続けていく思考回路だったりして。例えば。私「サラ(娘)って、小学校何年生なんですか?」ホストマザー「この子は2人目の子なんだけどね、ジェフ(ってだれだよ?)はフランク(って誰なんだよ!!)が引き取ってるから。でもダグ(ホストファザー)ともうまくやってるのよ(誰と誰が??)」ダグ「私たち2人とも再婚なんだ。フランクとジェフは何とかvill(ってどこ??)に住んでるから、毎週うちに来るよ」私「ふーん…」ホストマザー「フランクとは6年前に離婚したのよ。浮気してたのよ!ジェフはシェリー(って誰…)がきらいなのよね。」サラ「私、3年生よ」私「…」私の当時の乏しい英語力だと、サラの小学校にジェフって人がどう関わってるんだろ、というところで引っかかってその先の内容はさっぱり。ハイスクールでは、はじめのうちは留学生に興味ある子とか、アジア系の移民の生徒とつるんでたからそれほど困惑することもなかったけど、ちょっと会話に自信が付き始めたところでバスケ部に参加することに。半数以上が黒人。ほぼ全員、学校でもタフで知られる女の子の集団の中に、ポロッと入ってしまった。バスケそのものは、グループの中でもかなりうまかったんで、仲間はずれにされることもなく、実際、留学生活で一番楽しい体験をしたんだけど、彼女達の会話というのが。こういう言い方もなんだが、ほとんどghetto talk。速い、とか、単語が分からない、っていうんじゃなくて、会話の展開が私から見ると全く異質なのだ。まず、質問→回答→それに対するコメント、という「会話」が成り立たない。みんなが自分の意見を言える時に言って、それで話が進むような、そんな感じ。自分としては、ある質問をしたら、それに何らかの関連がある答えが返ってくるって、構えてるよね。それが、全然違うコメントが飛び出してくるので、意表をつかれて「あれ?聞き間違い?それとも自分の言ってること理解してもらえなかった?」と思ってしまう。でも、よく考えたら、日本の女子高生のおしゃべりだって、そんなもんだよね。日本人同士だと、大人にとってはさっぱりの会話の流れでも当たり前のようにしてたのに、留学にあたって正攻法の「英会話」を習って、あっちの女子高生や普通の家庭の人がそのルールに従って話すはずだって期待を持っていたのが、そもそも間違いだったんだろうなあ。ということが分かったら、「あるべき英会話の姿」にとらわれずに話を聞いたり、自分も突然なんの脈絡もないコメントを持ち出したりするのに慣れてきた(私だって、当時は現役女子高生)。もちろん、グループによって「あるべき会話の姿」は異なるわけで、ホストファミリーに何か相談する時、バスケ部の仲間と話す時、先生に質問に行く時、他の留学生や移民の生徒と話す時は、そのスタイルに合わせないといけない。日本でも女子高生同士だと完全ギャルトークの子が、推薦入学の面接なんかではすごいしっかりした子に変身するのとおんなじ。相手側からすると、帰国まで「英語の出来ない、反応の遅い子」だったけど、当時それなりの努力をしたことは、その後の大学留学や、現在メキシコ人と付き合うのに役に立ってると思う。(実際、メキシコでは、このぶっ飛び会話のスタイルに慣れていたので、スペイン語力はなくてもそれほど苦労することはないです)。英語より、相手を見よ。会話の極意かも。余談:その、バスケ部のメンバーでパジャマパーティーなんかに招待されたこともあったけど、夜通しSoul Train(黒人音楽番組)とか、Arsenio Hall のトークショウ、Sinbadのスタンダップコメディー、他にもいろんなラッパーのミュージックビデオ(当時大人気だったのがKris Kross。ジャンプ!ジャンプ!って、…懐かしすぎる。笑)なんかさんざん見せられて、楽しかったなあ。テレビ見ながらの反応ってのも、あっちの人独特で面白い。画面に向かって、「○○の悪口言ってんじゃないわよっ!」とか、「後ろ向いて、お尻見せなさいっ!」とか、「そんなギャグ、ウケねーよ」とか。それも、ウケ狙いじゃなくて、ほんとにテレビの人物に話しかける感じで。笑うべきかそのまま自分の世界に浸らせておくべきか、かなり戸惑いました。高校、大学留学くらいだと、あっちの芸能界事情を知っとくのは必須ですな(笑)
2005.09.29
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昨日と同じような感じで、「大学で成功するための10か条」。もとの記事はhttp://adulted.about.com/cs/studentprofiles/a/frank_k_2.htm米国All Aboutの、社会人大学生のコーナーで見つけたんだけど、どんな状況で(大学留学に限らず)勉強する時にも参考になるTipsなので、自分もさっそく実行してみようと思う。(というわけで、訳じゃなくって、役にも立たない(かも知れない)junquitoなりの分析を)High Achiever Shares Secrets of Success1. 速読をマスターしようといっても、速読の達人になれ、というのではなく、「教科書を、辞書を調べたり読み返して構文を確認したり、という時間を少なくする」ということが出来れば、かなりの時間短縮/理解力増加が得られると思う。多分、大学なんかでも速読のコースなんてのが見つかると思うけど、余裕があったらとっておくと、将来通じて大きな資産になる。取る暇ない、という人は、とりあえず英語を日本語訳しないでそのまま理解することに集中すべし。(これだけで3倍は読書スピードが上がるはず)2. 常に本を持ち歩こうキャンパスだけでなく、外食する時、バスや電車に乗るとき、待ち合わせする時、事務所や病院に行く時、これは、クセになると意識しないでもバックパックに単行本が1、2さつ入ってる状態になる。私の場合、現在お出かけに欠かせないのは、本とiPod。バスは酔うのでオーディオ教材を聴いてます。3. ボイスレコーダーも、持ち歩こうこれも、道を歩いている時にペーパーのアイディアが浮かんだりした時、ノートに書き留めるより録音しちゃう方が簡単。前の記事に書いたけど、今の時代なら携帯から家の留守電にメッセージを入れとくとか、携帯メールからPCのメールボックスに入れとくとか、いろいろ方法はあるよね。4. 勉強に集中できる場所を確保一般論だと、しずかで、人がいなくて、適当に居心地がよい場所(よすぎると寝てしまう)、だけど、これは人に拠ると思う。私は、自宅、図書館は眠気と戦うのに苦戦したのでカフェとか、にぎやかな場所のがよかったですね。友達多いとすぐ寄ってこられて勉強しにくい、ということだけど、それほど友達はいませんでした(涙)。あとは、知り合いにあっても勉強し続ける、Noという度胸も大切。5. しおりに有効な、Post-It学生の必需品。ただ貼るだけじゃなくて、どうしてそこがブックマークするに値するのかを書き添えると、見直す際記憶がすぐよみがえる。ページの端折るだけだとどこが重要箇所だったか忘れちゃうんだよね。アンダーラインと、余白にコメント書きも有効だけど、テキストはそのうち売ることになるかもしれないので、Post-It貼っといて、手放す際に全部取っ払っちゃえばきれいなまま売れる。6. TV!なくても生きていける、というのが自論だけど。どうしてもみたいものがあれば、録画しておくのがお奨め。3個録画したら、多分2個は見ないままだろうし(それだけ見る価値がなかったってこと)、コマーシャルは早送りできるので半分の時間で見ることになる。7. アクティブ・リーディングの癖をつける。これは、メルマガでも紹介したから省略。8. 休養も大事どんな場合に集中力が落ちるかを知っておくこと。疲れてるときに勉強しても頭に入らないから、時間の無駄だもんね。2時間うとうとしながら勉強するんだったら、30分寝た方がいい。(ちゃんと30分で起きられる訓練をしておくこと。笑)9. 運動も怠らないこれも、ちょっとしたストレッチから週何回かジムに通うまで、人によっていろいろだけど。私は毎日ジョギングしてました。SFのベイブリッジを望みながら、オークランドの町を駆けずり回る。な~んて、恵まれた経験をしてるんだろう、と感動に浸りつつ、かえってシャワー浴びて、おーし、頑張るぞ、って気になってました(ノリやすい)10.エッセイは声に出して読んでみる出来ることなら、誰かに聞いてもらう。友達同士でProof readingするなら音読した方がいい。自分か相手のどちらかが、すぐ間違いに気付くし、文法ミスとか細かいことだけでなく、全体として、分かりにくいか、冗長になってないか、なんて、大きなポイントも、聞く事でつかめてくるから。
2005.09.28
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大学でいい成績をとるにはどうしたらいいか--今回は、視点を変えて、「悪い成績をとるにはどうしたらいいかを挙げてみたので、参考にしてください(笑)How to Fail Your Class★ 教授の名前を覚えない。★ クラスメートと知り合いにならない、一緒に勉強することは避ける。★ 自分の部屋にある椅子の傾きを直すのに、教科書を使う (短い足の下に本を挟むのね)★ クラスを睡眠を取り戻すため(昼寝の時間)に有効に活用する★授業時間は、もっと有意義なことをするのに使い、各クラスにつき5分だけ勉強 する。★ 試験が返ってきたら見てはいけない。★ 試験問題のいくつかは、無回答で提出すること。考えることすらしてはいけない。★ 授業中に周りの人と雑談する。★ 教授が返された試験の解答を説明している間は、教授を無視して周りの生徒とノートを比べてみる。★ 授業概要(syllabus)を読んではいけない。上記のうち2つが出来れば悪い成績は必ず取れる!現役の教授のお墨付きです。…私自身が身をもって証明したのは、上の全てではありませんのであしからず(^^;
2005.09.27
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今年の夏から留学している人たち。授業にもちょっとは慣れてきたでしょうか??昔の記憶をたどってみると、1ヶ月から2ヶ月目あたりが最初の「パニック」が訪れる時期だったと思うけど。一番悩んだのは、現地に行っちゃえば何とかなるだろ、と思っていた英語が、クラスの課題や勉強に追われて勉強出来なくなる、という矛盾。クラスのリーディングもライティングも進めるのに、基本的な単語力やライティング力が決定的に欠けているのに、今更そんなことを別にやってると宿題やる時間がなくなる。英語だけ勉強していると宿題出来ない、かといって英語の勉強しないとやっぱり宿題出来ない…ああああどうしよう、と思いつつ時間だけが過ぎていくのでした…これは、日本にいたとき甘く考えすぎてた自分も悪いんだけど、留学してからの厳しさは、日本で予想するのは難しい。それなりに勉強してたつもりでも「大学で使う英語」にいまいち的が絞れてなかった、ということもあったと思う。で、どうしたかというと、とりあえず強行作戦で、その時点の英語力でリーディングとライティングを無理やりこなした。時間かかったし、出来はひどかったけど、とにかくやっていれば英語力は自然と身に付くかなあ、と期待して。これを、例えば最初の一学期は課題をちゃんとこなすことを捨ててまず英語力を付けることに集中したら、2学期からの成績はより良かったか、と考えると、う~ん、なんともいえないなあ。新人をいきなり大きな大会に出して、試合を通してうまくなれっていうのと、腕立て、腹筋の基礎体力をつけてから試合に臨めっていうのと、どっちが伸びる??って聞くようなもの??英語力そのものと、大学の授業を理解するということ、確かに相関はあるのだけど、基本的には別物。2つを学ぶ時間のバランスをうまくとりながら、相乗効果が最大になるポイントを見つけていかないといけないと思う。授業や課題がどんなに大変でも最低1日2時間は単語学習と文法の勉強をする、とか。基礎(単語力やライティング力)を無視してとにかく課題をこなせばいいや、と思ってると、確かに読み書きできるようになるんだけど、特にライティングはヘンなクセやミスがなかなか直らなくなるのだ。今年から留学生活を始めた人は、多分そろそろ学校で求められる実力と自分の実力の差が見え始めると思う。ここで、じっくり自分の欠点を分析して、学習計画を立て直してみてくださいね(^^)
2005.09.26
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昨日の記事にちょろっと書いたヒューストンの友達。一年ぶり以上のメールだったのに、律儀に返事してくれました。食料もガソリンもなしで、高地に避難させられたけど、とりあえず家族みんな無事、ということで、よかった。バークレーで初めての(というか、人生初めての)モト彼ですが、バークレーにいた時から、思い出しては手紙やメールをやり取りして、あちらもヒューストンに落ち着いてウチの下の子と1ヶ月違いくらいの子供がいる。2歳にならない子供連れて、家をでるってのは、想像に難いですよ。オムツとか、着替えとか、いつ病気になるかも分からないから、持って歩かないといけない最低限の品が大人の倍ぐらいになる。ハリケーン上陸近辺に留学/滞在している皆さん、いろいろ大変だろうけど、身体にだけは気をつけて、早く通常の生活に戻れることを祈ります。しかしなんだな、不謹慎だけど、こういう事態になって、また彼と連絡が取れたのはうれしかった。特別な気持ち--とは違うんだけど、高校卒業してからアメリカ、日本、メキシコとふらふらしてるせいで、親しい友達っていうのがなかなか出来ない。短期間で楽しんだらさよなら、という人間関係ばかりなのだ。そういう中で、こうやって昔の友達と連絡が取れあえると、当時の自分をまだ覚えていてくれて、今でも友達と思ってくれてるんだなー、って感じられる。ちょうど数日前に、日本で2年間だけ勤めていたころのお友達がブログ伝いで連絡してくれたところ。こういう経由でメール交換できるようになるのって、うれしいよね。いま、一番親しい友達は、高校のときやっぱり2年間同じクラスで、そのあと2人とも住む国を移って同じ国にいた時期はホントに少なく、顔を見る機会すらほとんどないのに、なぜか友人関係が10年以上続いてる。他に、やっぱり、ネットで名前見つけてメールしてくれた中学時代のクラスメート、こっちからホームページを見つけてメール出したら返事くれた、市会議員になった地元の小中学校のもと生徒会長。もちろん、今では連絡の取りようもない人もいて、高校時代のホストファミリーや他の大学時代の友達はアドレスをこっちで全部捨てられ(思い出の写真とかも)、もう、思い出の人になってしまってる。私は、自分では過去を振り返らない!主義で、あまり今いる状況に未練を感じずどんどん新しい場所に飛び出して新しい自分を発見していくタイプだと思ってるけど、昔の友達とコンタクトを取ることで、あのころの自分はこんなだったなあ、とか、自分の「ルーツ」を見出すことが出来る気がする。いま連絡を取り合ってる人たちも、自分自身も、あの時代からは相当変わってるけど、向こうは私のことを当時の私のように思って接してくれるし、私も彼らのことを○年前のあの、○○君、というイメージを描いて話をする。もちろん、今と昔の自分のギャップっていうのは、ものすごいものがあるんだけど、こういった人たちと話をするときって、不思議とあの時の自分が顔を出す。やっぱり、自分は昔のままなんだなあ、って思える。自分の封印した過去がよみがえるようで、ちょっと面白いです(笑)ところで、ホストファミリー、夫妻の両方の名前とうろ覚えの引越し先の都市名から、たぶんこの人!ってひとをネットで見つけました。ど田舎で以前もらった住所はPOBoxだったんだけど、探し当てた住所は通りの名前と番号。とりあえずだめもとでこの住所で手紙出してみよう、と思ってる。
2005.09.25
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受刑者6百人以上を放置 被災の刑務所、5百人不明 (共同通信) 【ワシントン24日共同】国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチ(本部ニューヨーク)は24日までに、米ルイジアナ州ニューオーリンズの刑務所で、ハリケーン「カトリーナ」の上陸直後に、600人以上の受刑者が看守がいない状態で4日間放置されていたと発表した。 水や食料も与えられず、胸の高さまで冠水した1階の監房で鍵を掛けられたままの受刑者もいたという。受刑者517人が行方不明になったといい、同団体は司法省に調査を求めた。不明者が死亡したのか脱走したのかは不明。 同団体の報告によると、上陸日の8月29日、刑務所の建物の1つには看守がおらず、9月1日になって受刑者の避難が始まった。受刑者らは窓から助けを求め、窓から飛び降りる受刑者もいた。サイトのトピックと関係ないんだけど。こんなことが許されていいの??明らかに殺人だよ。関係者、死刑になって当然の罪だよ(ルイジアナ州は死刑ありだっけ??)浸水した町に残された人たちを助け出す場面を中継していて、「犬は置いていってください」と言われ、泣く泣くペットと別れを交わす場面を感動的に伝えていたけど、その裏で、人が「放置」されている事実に4日間、だれも気付かなかったなんて。信じられない。「異常事態」が発生すると、強き者と弱き者の間の扱われかたの差がはっきり出る。弱いものの声が伝わることは、ない。聞く人も、聞かせる人もいないから。自分や、自分の家族がここで真面目に更生してたって考えたら、胸が悪くなった。さっき、ヒューストンにいる友達にメールを出した。自分に出来ることもあまりになさ過ぎるけど、今回も多くの被害者が出ないことを祈ってます。
2005.09.24
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昨日のNYタイムスの記事から。米国のGoogleで始めたGoogle Answers(answers.google.com)。Google社が選んだパートタイムのリサーチャーが、サーチエンジンだけでは見つからない質問に直接答えてくれる。質問する人は、自分の質問に値段をつける。答える側が調べる価値ありと見たらすぐに調べて答えを教えてくれる。いつまでも答えが得られないときは質問者は報酬を上げればいい。(中には数百ドル払う人もいるそう。報酬が高ければ、当然答えも早く得られる)リサーチも楽になったなあ、というのが、感想。ネット検索がうまい人は、自分のリサーチが簡単にできるだけじゃなく、商売にも出来るってこと。ただ、学術論文のリサーチに使うには、調べてくれる人のバックグラウンドとか、その人が見つけた情報の信憑性なんかに問題が出てくるだろうな(引用とか、どうやってするんだろう)。間違った事実をもとにペーパー書いて、「本に書いてありました」というのはともかく、「Google Answersの○○さんが言ってました」は、どこまで通用するんだろな。傾向としては、こういうのにお金をつぎ込む人がどんどん出てくると、質問1つあたりの値段も上がっていくんだろう。そうすると、2、3ドルで答えてもらおう、なんてことは、すごく難しくなりそう。(値段は質問する側の主観的価値--その質問がその人にとってどれだけ大切か--にかかってくるから、必ずしも回答の難度には反映しないわけで。学生の真面目な質問より、どっかの道楽者の「パメラ・アンダーソンのHビデオが見られるサイトはどこ?」なんて質問に、回答者は飛びつくんだろう)でも、面白いのは、続けて紹介されてたフリーのリサーチサイトWondir.comで。ここは、質問、回答とも誰もが参加できる。やり方は同じで、質問者はこのサイトに行って質問をポストする。回答者は自分が回答出来る質問を探して答えをアップする。と、質問掲示板みたいなもの(もちろん、週ごとに賞が出るとか、面白い企画はあるけど)ここで、「どうして無料で人のために答えを探してあげたいという人がいるのか」について、3つの理由が挙げられている。 ● 人助けをして、いい気分になりたい ● 自分もその分野に興味を持っていて、知識を分け合いたい (自慢したいってこと??) ● プロモーションとして使える (ウチのサイトではこの質問に関する商品を扱っています。とか)みんなも、掲示板なんかで自分が答えを知ってる質問を見つけると、報酬有り無しに関わらず参加したくなりません??適当な答えをあげて、質問者があとで困るのをみて笑う人って、そんなにいないと思うぞ。そういった意味では、かえって見返りなしで答えてくれる人の方が、信用ある答えをくれるんじゃないかなあ。(ホームステイ留学する時に、報酬を受けるホストファミリーと受けないファミリーのどっちがいいか、って議論と似てるかも)話は飛んでしまいましたが。日本で大学留学の情報を集めている人、こんなサイトも使ってみてはどうでしょう?日本の留学機関や、情報掲示板でも、無料でいろんな情報を集められると思うけど、自分の行きたい大学、専攻したい学科なんかで実際勉強している人たちからhands-onの情報をもらうんだったら、こういうところのほうが有効なのでは。(英語の勉強にもなるし)私も、自分のサイトの情報収集に利用してみようかなあ、と考えているので、留学に関して、なかなか解答が見つからない、でも、英語苦手なので代理で質問して欲しいという人、メールで連絡してくださいね(^^)。(アドレスはサイトで公開してます)
2005.09.23
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先週末に子連れで映画を見に行った。現代はSky Highとか何とかいうディズニー配給の映画。スペイン語では「スーパーヒーロー高校」みたいなものになってた。スーパーヒーロー達の子供が、自分もスーパーヒーローになるための教育を受ける訓練校、と、X-MenとThe IncrediblesとFantastic 4のパロディのような話。話も単純明快で、映像エフェクトは面白くて、まあ、子供がいなかったら見ないだろうな、といった程度のものだったけど。その高校で、生徒が入学した日に、自分の「力」を見せるテストをやらされる。各自の力を教師が評価して、「ヒーロー」のクラスと、「アシスタント」のクラスに分けて、それぞれのグループに違う教育をするのだ。火を噴ける子はヒーロークラス、ねずみにしか変身出来ない子はアシスタントクラス、といった具合。この、「能力を基準にしたクラス分け」と、それに伴うSelf-Esteemへの影響は、大学のときの社会学の授業で話題になったことがあって、ちょっと興味があった。この映画に出てくる教育の考え方って、一般の小学校から高校までのアメリカの教育に、モロ当てはまるのだ。「特別な才能を持つ子には、その能力にあった英才教育を」これは、いろいろな理由で正当化されている。他の「凡人」に足を引っ張られるよりは、飛び級なり家庭教師なりつけて、どんどん差をつけていった方がいい、という考え。面白いのは、逆に、「普通の子よりできない子も、その子の能力を最大限に伸ばすために他の子と違うカリキュラムで勉強すべき」という考えも推奨されているってこと。上の映画では、「アシスタント」組に対して、(自分もアシスタントの)教師が「ヒーローが活躍するには、アシスタントの力は欠かせないんだ」と、落ちこぼれ生徒達に「正当な理由」を与える。(野球の一軍選手がしっかり練習するためには、球拾いする二軍、三軍選手が欠かせない、って言ってるようなもの)だけど、そんなのは言い訳に過ぎず、ヒーローの足を引っ張らないように「隔離」されたんだっていうことは、ヒーロークラスの生徒も、アシスタントクラスの生徒自身もよく分かってるんだよね。大人がどんな理由をくっつけたって、「差別化」されたって事実は、特にできないクラスに入れられた生徒にはトラウマとして残る。日本の学校は、というと、受験なんかでレベル分けはするけど、小中学校は、できる子できない子取り混ぜて、一括して教育するスタイルがまだ健全。日本ではアメリカみたいに飛びぬけて才能のある子が出にくい、というのは、このせいだと言われるけど、逆を見ると学校に行っているのに字も書けない、足し算もできない、という子もまたいない、というところにも注目すべきだと思う。(アメリカにああいった天才児がでる裏には、様々なリソースをみんな彼らに持って行かれて信じられないくらいどうしようもない教育を受けてる犠牲者も数多くいるのだ)アメリカ側から見ると、日本の教育って、「様々な能力レベルの子が一緒になって勉強すると、出来る子は出来ない子を手伝ってあげることで、出来ない子は自分より出来る子を見本にすることでみんながよくなっていく」という点が評価されるらしい。確かに、グループ学習なんかは先生が黙っていても自然にリーダーが出てきていろんな指示をするもんね。まあ、ラストはお決まりで、落ちこぼれの「アシスタント」組が悪者をやっつけ「ホントのヒーローはあなた達よ」とかいうものなんだけど。これを見た、落ちこぼれグループに属する生徒達は、どう感じたんだろうなあ。「アシスタントもヒーローになりえる」というメッセージだけで、この差別化自体をなくそう、というラストにならなかったのがちょっと残念だったかも。(主人公のガールフレンドが、実はすごい能力を持っているのに、学校の差別化に反対して力を見せることを拒否してアシスタントクラスに自ら入る、ってあたりに、その手の主張が見られたけど、結局それもラストでプロットになってくるに過ぎなかった)見終わったうちの子が、「僕は絶対ヒーローのクラスに入るよ!」と言ったところをみると、やっぱりただの娯楽映画で、今の教育制度に疑問を投げかけるには至らなかったみたい。
2005.09.22
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メキシコの幼稚園(特に私立)は、英語のバイリンガル教育をやってるところが多い。(生徒募集の時に「英語」を入れると人気上がるみたい。日本とおんなじ)うちの子の行ってるとこも、結構チカラ入ってて、英語の先生が普通の先生と前半後半交代でクラスを受け持つ。週5回、1日2時間くらい英語オンリーの時間があるわけだ(タテマエは)。別に英語を覚えてもらおうとも、覚えられるとも思っていないんだけど、なんか面白そうだなー、みたいな感じで、送り迎えの時に「ぐっどば~い」なんて言ってる我が子を頼もしく見守っているんだけど。ひとつ、気になることが。先生、発音が…??幼稚園のクセして、ちゃんと宿題まであって、ボキャブラリーリストみたいのを渡されて家で覚えてきてください、とか言われるんだけど。(宿題の指示も英語のメモを渡されて、文法とか思いっきり間違ってるのはいいとして。)日本のカタカナ読み英語もすごいけど、スペイン語圏の人の英語の発音って言うのは、スペルにすごく素直なローマ字発音。up →ウップbrother →ブロデーSunday →スンデイとか。当然、生徒達はそのまま聞いて覚えて来るわけだ。で、宿題しながら得意げに言ってみせる我が子にさりげなく、「ん~、これは、サン(sun)じゃないかな~」なんて言おうものなら「それはね~、ママの英語がダメだから。スンなの」と怒られる。私は、というと、カタカナ英語から始めた純日本人だから、sunは、やっぱりサン、と聞こえるんだよね。英語ネイティブが聞いたらuの音(口はウの形でアを発音、だっけ??)がどっちもなってない、ってことなんだろうけど。そもそもあの中途半端な母音、さっさとなくして基本5音にしたらどうだ?英語??と思う(アとオの中間だの、アとエの中間だの、長母音、短母音だの)まあ、それは無理だけど。で、あまりうちの子が頑固に自分の発音を変えようとしないので、自分も心の中では「ああ、サンなのになあ…」と思いつつ「スン」と発音すると、なんとなく英語らしい発音になる、ということに気が付いた。「サン」と、「スン」ていう両極端の発音を気にしつつ、うまいことその妥協点を探していく感じですな。ネイティブ英語のお手本を聞くと、「サン」っていうカタカナ表記の固定観念があるとどんなに聞いても「サン」としか聞こえないし、言えないんだけど、「スン」なのかなあ、と思い始めると音が素直に入ってくるみたい。スピーキングの練習って、「ネイティブオンリー!」とか、「私はブリティッシュイングリッシュしか聞かないわ」とかこだわる人がいるんだけど、逆の発想で、いろんな訛りの英語を聞いて真似してると、それらが混ざって「標準」に近づいていくんじゃないかなあ。なんて思ったり。(そもそも、アメリカの英語なんて、いろんなところの訛りが混ざってあんなややこしい発音になったんだろうに。)まあ、この子達が将来英語を使って勉強や仕事をするころには、アメリカのヒスパニック人口が過半数を超え、みんなこういう発音をしてるかもしれない(スペイン語が公用語になってたりして。笑)。ラティーノらしい発音で頑張ってくれ。
2005.09.20
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日本のと西洋の教育システムの比較については、あっちこっちでコメントしてるけど、どうも日本側に分が悪いようなモノが多かったので、今回留学先で日本の高校で勉強しててよかったな、と思った点をいくつか。時間割を守ることが簡単まー、これはアメリカのハイスクールも朝から6~7単元ばっちりやるので日本に限って言えることじゃないかも知れないけど、8時に登校、給食をはさんで午前と午後クラスで授業受けて清掃してクラブ活動、と、この日課をずっとやってきたので、大学でも結構びっしりの時間割でもこなせたし、逆にすごい時間が空いちゃう日も真面目に学校に出てきて自習とかやってた。週末以外にダウンタウンで遊ぶ、なんてことも、してなかったなあ。なんか、学生がサボって遊んでるみたいで、後ろめたかったし。課題をほとんど強迫観念に駆られてやる宿題忘れると教師にバットで殴られる中学校だったんで(^^;。あの恐怖は、もう染み込んでますな。高校留学の時にもちょっとびっくりしたけど、宿題と言っても絶対やってこないとダメ!って思ってる人って、いないみたいなんだよね。自分で必要だと思ったらやりなさい。やる気のない人はいいです。てな感じで。先生も課題やってない人つるし上げにすることもなく、「分かりません」っていうとハイ、じゃ、つぎ、とか。どっちも極端すぎないか??と思ったけど、大学行っても、高校でやったような数学の問題真面目に全部やってた自分は、バカ正直だとは思ったがそれでも誉めてやりたい。(分かるんだったら、数題は飛ばしてやればいいんだよねー)適当にオールマイティアメリカは顕著だけど、1つの能力を最大限に伸ばして個性を強調したがる。逆にいうと、自分が特技とするそのひとつのこと以外はびっくりするくらいできなくても全然気にしない。日本だと、あらゆる分野において点数をつけたがるので、みんなあらゆる分野にある程度通じるようになる。(留学前はそんなこと思ってもいなかったけど、あちらの人が余りにすごかったので)小学校から音楽も体育も美術(みんながやるにしてはかなりレベル高いよね)も必修なのに加え、ピアノ、スイミング、習字、なんて習い事もたくさんやらされる子が多いので、高校までには、普通の生徒なら、絵画、習字、楽器の演奏(音符はとりあえず読める)、球技一般、水泳、ダンスなんてのは経験する。さらに、カラオケとか漫画同好会みたいなののおかげで外国人にはちょっと珍しい特技も披露できる。だからなんだってワケじゃないんだけど、程度はどうであれ「できる」ことが多いといろんな方面で友達もできるし、活躍もできる。ちょっとでもできることがあればその関係のクラブとかに参加してみるとできるってだけで「おお~っ」と感心されることもある。自分の例だとイラストとか、バスケ、キーボード演奏なんか。(↑ちなみに、入学審査の時、自分ではたいしたことないと思ってる特技でも、大げさに宣伝しとくべし、っていうのはよく言われるよね。自分じゃほとんどホラじゃないか、ってくらい大げさに言っても、もっとえらそうなこといってた人が全然ダメな場合が多いから、全然遠慮することないです。)まとめて言っちゃえばアメリカの学生より日本で中高校時代を送った自分の方がdisciplineという点では優れていたかなあ、と。まあ、自分の高校時代(週6日制度の時代)のことなんで、今の留学生には当てはまらないことも多いと思うけど、アメリカとシステムが全く違うから、留学しても適応できないってことは、100%真実ではないと思うんだよね。アメリカの大学生はよく勉強するって言うけど、印象としては日本の受験生のが頑張ってる気はするし。(受験勉強がやだから留学しよう、って考えてる人はちょっとやばいかもしれない。)自分をよく分析して、日本人としての「特徴」を、あっちで「強み」にかえていくことは、案外簡単なのかもしれない
2005.09.19
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ふぇ~やっと洋書リストの感想11冊アップ。 留学生必須リーディングリスト(書評つき)100冊突破はいつになるだろうなあ。リスト以外で読んだ洋書は分けてブログやサイトに載せてあるので、かなりまとまりがない。一括にすればいいのに。あ、で、今回アップしたのはCatch-22(前の記事参照)とHarper LeeのTo Kill a Mockingbird。Catch-22が複雑すぎたんで、To Kill…のほうは単純に感動しました(笑)。ただ、感想の方には書かなかったんだけど、ラストがどうも素直に納得できない。Bobを刺したのって、ホントは○○○だったんじゃないかなあ、って。じゃないと、最後になってこの人が登場する意味ないもんなあ。でも、それらしいヒントはどこにも出てないし。読んだことある人、見解を教えてくださいな。(読んでない人、さっぱり分からなくてすみません)次は、あと数週間でHenry RothのCall It Sleepがamazonから届くはず。ちょっと前に書評だけ読んで、興味を持ったので読むことにした。ニューヨークのユダヤ移民、近親相姦…わくわくですな(い、いや…)このリーディングリストやサイトの参考書紹介、amazonリンクになっていますが、みんながここからリンクに飛んで注文してくれるおかげで、4半期ごとにちょっとした額のamazonギフト券が報酬としてもらえてます。これでまたどんどんいい本を読んで、皆さんに情報伝えて行きたいので、ご協力お願いします~。(ギフト券だからamazonで本買うのにしか使わないので、なにとぞ~~)
2005.09.18
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次回のメルマガ予告のような内容ですが、「講義に出席する際のTips」ということで、私の昔の体験を。文系だったので、一週間に1~1.5時間の講義(レクチャー)2回、1時間のディスカッションクラス2回で4単位、というクラスを各学期最低2つはとってた。講義は、社会学、心理学、地理、歴史、○○Studies (African Americanだったり、Latin Americaだったり)と言ったもの。教授のうわさなんかも参考にして選んでたので、著書を何冊も出しているような、学部内でもかなり権威のある教授で、数百人収容の講義室も毎回埋まるようなクラスが多かった。で、講義の最初の日って言うのは、やっぱり緊張するもので。クラスが空く時間よりちょっと前に廊下に並んで知ってる顔を探す。3、4年になってくると同じメジャーの子は大体必修科目も同じになってくるんで顔見知りが多い。けど、隣り合わせに座ったりするようなことはなくって、各自自分の選んだ席に着く。私は、最初のうちは真ん中からちょっと前よりに座って、そこからだんだん前に移って行ってた。数週間で、どんな人がどこに座ってるかがはっきりしてくるので、5回の講義までには前から3番目くらいになるようにじりじり移動するのだ(べつに、気付く人もいないだろうけどさ)。(1、2列目に座ったことって、なかったかもなあ。映画と同じ(?)で、そんな前に座る人って、数人しかいないのだ)何でそんなことを、と言われても、自分でも思い出せないけど、やっぱり、「前にいる人はできるやつ」という固定観念があって、コンプレックスを感じてたし、数回は様子を見て、教授が前にいる人にいきなり名指しで質問するようなことをしないか確認してから移ろう、って気はあったよう。ちなみに、「前にいる」ってだけで指されたことは全クラスを通して2回、同じ教授に。授業の核心をつくような質問じゃなく、「信号無視したことは何回ある?」(権力についてのトピックで)といった、他愛のないものだった。課題本の内容についてとか、指された生徒が立ち往生しかねない質問は、ちゃんと挙手させる教授が多かったみたい。クラスの前の席をぶん取ることは、授業に遅れてこなくなる、居眠りできない、教授に顔を覚えてもらえる、なんて利点があるけど、ディスカッションのクラスメートにも「いつも前に座ってる人だ」ってことで、ノート貸してー、とか、昨日のクラス出てたー?、とか、聞かれるのがわずらわしい(汗)。でも、スタディーグループとか、声かけてもらえるのでそれも利点ではあったのかなあ。まあ、特に無理して前の席を取ることないと思うけど、いつも後ろでひっそり座っているようだったら、たまにはあちこち動いて見るといいと思います。場所変えただけで教授との距離感がすごく違うし、周りの生徒の雰囲気も、後ろと前でははっきり異なる。それで、最初の数回の講義で、一番集中できる「自分の席」を見つけられれば、いいんじゃないかなあ。講義に出席する際のTipsについて興味のある人は、月曜のメルマガで! →登録はここをクリック!
2005.09.17
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今日は、英語上達法としての、シャドーイングについて。シャドーイングについては、自分勝手な解釈では「聞いた言葉をそのまま後について真似て言ってみる」としてますが。あってるよね。発音の向上、が、一番言われてると思うけど、実際やってみるとそれ以外の効果も結構あって ●単語が単語としてでなく、もっと大きい塊で暗記できる (I-私 haveー完了形の助動詞 got-getの過去分詞 ということはhave gotが組ね do-する this-これ これって何をさしてるのかしら??? が gottadothis→やらなきゃ と覚えられる) ●上に通じるけど、時制(過去形と完了形の違いとか)が理屈でなく場面場面で例をもとに使い分けられるようになる (こういうシチュエーションではこれ、って、自然と頭に入ってくる) ●話の組み立て方がガイジンっぽくなる (モノを主語にするとか、修飾語、理由をあとでくっつけていくとか) なんてのは、しつこく真似すると、いつの間にか自分のものになっている。やり方は人それぞれだと思うけど、私はイヤフォンで聞きながらぶつぶつやってます。傍から見ると不気味だけど、イヤフォンでないと自分の声が邪魔になってよく聞こえん。(発音向上には向いてないね。自分の声聞こえないから。汗)自分の英語がちゃんと発音できてるか、とか、そもそも英語になっているか、なんてのは、あんまり気にしない。とにかく音源についていく。一旦ついていけるようになれば、意味とか、発音とか気にする余裕というのは、自然に出来てくるから。とりあえず、何の単語かとか意味とか考えずにそのまま繰り返すことに集中してみるといいです。ぱっと聞いて??!と思っても、口に出してみると単語が浮かんでくる、ってことが、結構あるので。「理解するために聞く」「シャドーイングのために聞く」って分ける(同じ音源を2回以上聞く)ことは、自分はやっていないけど。分けるんだったらまずシャドーイングして、そのあと黙って聞いたほうが分かりやすいかもね。ああ、ここ、こう言ってたんだ、という感じで。逆だと、すでにどういう単語が出てくるかある程度分かっちゃうので、音源が素直に頭に入ってこないと思う。ちなみに。私は本の音読のシャドーイングが個人的にすき。audible.comで、毎月オーディオブックを1冊(?)買ってるんで、それを使ってる。はまってるのは、朗読者が会話のシーンで訛りとか、おばあさんの話し方とかを再現するのを、そのまま真似ること。Last of the Mohicansでは、男の人が、イギリス人の男性と女性、フランス人、インディアンとしゃべり分けていたので面白かった。できるできないはおいといて、自分もなりきってみると気分出てくる(笑)。このシャドーイングも、取っ掛かりが難しいだけで、毎日気長にやってるとだんだんうまくなってくる。誰もいないところで、こっそり続けてみましょう(^^)(シャドーイング前の段階では、洋楽にあわせて歌う、という練習も。ラブバラードが好きだったので、愛をささやく言葉ばかり覚えた(汗)。ハードコアラップ←bitchがどうとか、パンクロックファン←何いいたいのかよく分からない とか、Altanative系←やたら抽象的 なんか、危ないかも。)
2005.09.15
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野口悠紀雄氏の「超」文章法、という本をちょっと前に買ったのだけど昨日になってやっと読んでみる。日本語で、簡潔明快な文を書くためのマニュアル、ということだけど、著者自身はイェールで経済学の博士号(Ph.D)をとっていると言うことで、理論は英語の文章に関してもいえることが多かった。英作文(英語で論文を書く)為のマニュアルにはなりにくいかもしれないけど、考え方とかは十分応用できそう。基本的な「読ませる」論文のルールを勉強したい人は是非読んでみてください。トピックがトピックなだけに、文章がすごく読みやすく、分かりやすい。(まだ読み終わってないんで、終わったらサイトのほうに感想を載せておきます)で、要点とかは説明を省くとして、面白い、と思ったのは、日本の小学校の国語の時間に作文を書くときに強調されるのは、「誰もが持っているナイーブな完成を大切にしよう。だから、見たまま、感じたままを書こう」ということである、という点。そう、はっきり口に出されて習ったかどうかは覚えていないけど、「感じたままを書く」って言うのは、「よいこと」っていう連想は、確かにあるなあ。これが、逆にいえば「作文に構成やプロット、主張などはなくても(あるいは弱くても)いい」っていうことになって、日本人の論文はつかみどころがない、と言われる所以になっているみたい。小説はともかくとして、「エッセイ」と言われるものを、英語と日本語の雑誌などで読み比べてみると分かるけど、英語で書いている人は、とにかく読者に「読ませる」ことを計算してるのが伺える。それと比べて、日本のエッセイはふわふわ、だらだらという感があるのは否定できない。ところが日本語で読めば、それはそれで情感があっていいなあ、と感じる。読者である自分がそこから読み取ろうとしている(読み取るように学校で訓練されてきた)のは、一つ一つの言葉の使い方や、「作者の素直な感情」だからだと思う。そういえば、国語のテストでも、「登場人物の気持ちに当てはまるものにマルをつけなさい」とか、「このときの登場人物の感情を20字で表しなさい」なんての、多かったよね。外国の小学校でも、こういう問題ってあるのかなあ。そんなの問題にするくらい、不明瞭なら、書いた当人が悪い!といって、例文に取り上げられないような気がする(笑)。要は、読み手にあわせて書くわけだから、日本人好みの文体、外国人好みの文体っていうのは、両方書けるようになっておいて損はないんじゃないかな、と。表現方法が違うだけで、心で感じること、それを(そのままでも、プロットを練り直してでも)紙に表すことは、その行動自体が大事だと思う。このブログは、かなりふわふわだらだらですが。(素直な感情を表してるんじゃなく、朝ボケでプロットがまとまらない。眠)英語で論文を書く際には、Eブックの方を参考にしてくださいね~(^^)。
2005.09.14
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アメリカとメキシコで、海外暮らしがもう10年、人生の3分の1という年月になろうとしているんだけど、「相手の肌の色を意識する」という習慣は、未だになくなっていない気がする。学生時代はサンフランシスコ近辺に住んでいたので、あらゆる人種の人と友達になったけど、やっぱり初対面だと外見でほっとしたり、話しかけるのをためらったり、逆に話しかけられると異常に緊張したり、ということがあった。メキシコで生活している今は、メキシコ人という人種(まあ、厳密にはメキシコ人てのも多人種だけど)の中にぽつんと日本人として存在している自分が妙に心細い。まあ、日本人はいるのだけど、短期駐在者の人が多いので、ここの人の日本人の印象って言うのが、「話しても通じない外国人」なんだよね。で、お店とかに行っても店員の人が話しかけていいか知らん顔すべきか悩んで突っ立ってるか、ちょっと英語を知ってるとちっとも分からんめちゃくちゃな英語で話しかけてくる。あの、場の仕切り方というのには、どうしても慣れない。(自分からスペイン語で話しかければいいんだけど、小心者なもんで。汗)自分が肌の色が違う相手を判断するのはほとんど条件反射なのに、自分が判断される立場になると、すごくやだなあ、って思う。日本じゃ判断することもされることもなかったから、やっぱり、他の国の人以上に過剰に意識してるなあ、って、自覚してるんだけど。この間、長男といつも仲良く遊んでる近所の子が、「いま、従兄弟がうちに来てて、みんな日本人とは遊びたくないんだって。だから、今日は海児と遊ばない」といって、うちの子を泣かした。母親である私の、目の前でだよ。メキシコ人に関する、あらゆる罵倒語を浴びせて張り倒して、もう二度とウチのこと遊ばせるもんか、と思ったが、そんなことしたらうちの子もその子もトラウマしょって生きることになるし、第一大人気ないよな。海児が大ききなったら、自分で張り倒せばいいか。と、その場は押さえたけど。子供の方は、自分が何言ってるか分かってないんだよね。親たちが言ってるのをまねしてるだけなんだから。そう思ったら、いつもニコニコ挨拶してる母親だけでも張り倒して来ようか、とも思ったが、まあ、ウチの家庭の事情もあって、先々不利になることはやめよう、と、またしても思いとどまったのだった。国籍とか、人種の身体的特徴なんていうのは、自分のアイデンティティの一部であって、無理に隠したり、存在しない振りをしたりするのは全く無意味だけど、自分や他人のそういったアイデンティティにたいしてどういう反応をすべきか、って言うのは、日本とかメキシコみたいに未だに閉ざされた社会では、学ぶことが難しいもんだなあ。うちの子なんか、メキシコでも日本でも、同じようにいじめられるだろうし、アメリカに言ったって非白人=マイノリティだから、不利だろうけど、そういった環境をどう受け止めていくべきかを、どうやって教えていいか自分でもわかんないっすねえ。相手を人間として尊重し、自分のバックグラウンドにも誇りを持って生きる、と、あたり前のことなんだけど、本当に偏見フリーになれる人って、いるのかなあ。皆さんは、どう思います??昨日は、海児はおばあちゃんが日本から送ってくれた小学館の雑誌を大事に抱えて、公園に行った。珍しげに寄ってくる見ず知らずの大きい子達を相手に、得意げに中身を説明してるのをみて、まあ、心配しすぎることもないかなあ、と思ったのだけど(←私にはできません。公共の場で日本語を読むのとか書くのって、すっげー恥ずかしい)。
2005.09.13
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今日発行のメルマガでも紹介しているのですが、UCバークレイ校のオーディオレクチャーサイト →サイト というのを見つけました。講演者の名前がすごいです。ノーム・チョムスキー、マルコムX、ビル・クリントン、ウンベルト・エコ、ジェームス・ボールドウィン、ロバート・オッペンハイマー、ラルフ・ネーダー(ニーダー??)、など。構造主義っていう思想を提唱した故マイケル・フーコー氏(招待教授としてバークレーに住んでいた時にHIVに感染し、AIDSで亡くなった、という話を聞いたけど)は、私の社会学の教授が生で講演を聞いた、と言っていたけど、それが、オンラインで聞けるとは。学生運動が盛んだった60~70年代の音源が多くて、聞きにくいのもあるけど、興味のある人は聞く価値あります~。(リアルプレーヤーのram形式なんだけど。ストリーム再生のみでダウンロード保存できない。涙)で、全然話はかわるんだけど、ここ数日、長年ファンだったNew Editionのサーチをしまくってる。去年結成20周年を記念して、P.Diddyのプロデュースで発売したアルバムが、どうしてもメキシコで見つからなくて、海外から取り寄せよう、てことになり、ついでに昔の熱に火が付いた感じですが。結成20周年て、日本で例えるならSMAPのデビュー時中高校生だった子が、お母さんになった今でもお父さんになったキムタクの追っかけをしている感じですかね(ただ、NEのデビューは、さらに古くて光GENJIのデビューと同じ年)。NEのファンサイトも覗いたけど、30代のおばちゃんたちが大半で、「○○愛してるうっっっ」とか書き込みしてて、笑っちゃいました。←自分も結構近いだろ。ええと、自分の場合は20年とはいかず、メンバーが20歳になろうかっていう、高校時代から。お小遣いはたいてCD買って、歌詞一生懸命覚えて、ブラックコンテンポラリー系の海外雑誌なんかを都市まで探しにいって(日本じゃあんまり取り上げられてなかったんで)スクラップブック作って記事を辞書引き引き読んでた。17歳の留学前に栃木から1人でTOEFL受けに東京に行った時、電車の中でずっとウォークマンでHeart Breakっていうアルバムを聞いてて(着くまでにテープ2回半往復した)、試験問題にに曲タイトルのCrucialっていう単語が出てきたことなんか、昨日のことのように覚えてる。思い入れは、強いですね~~。で、今は、ネットで記事探したり、アルバムの批評読んだり、ビデオクリップ見たり。楽しすぎます(仕事中なのになあ…)で、タイミングよく、VH1というネットワークで、Behind the Musicという特集に今月の19日に出るらしいのだ(4月ごろの再放送)。VH1のサイトサイトに、番組のクリップがアップされてて、メンバーのインタビューが2分くらい聞けるのだけど。なんていうか、ずっと大好きだった人が、話している言葉が、素直に頭に入ってくるっていうのに、感動した。高校のとき、彼らのミュージックビデオもしっかり持ってて、インタビューも何度も見たけど、字幕なしではどうしても分からなかった。留学することはすでに決意してたから、「これから頑張って勉強すれば、この人たちの言ってることも、直接わかるようになるのかなあ」と、半ば夢見る感じで考えてたんだよね。あの時はホントに分かる日が来るなんて、想像できなかった。みんなも、いつかは分かるようになりたいなあ、って思ってるスターとか、俳優はいますか??いると、その人が長年の学習のモチベーションになってくれるはず。中学校くらいで、好きだったアーティストとか、上のサイトなどでインタビューなど探して聞いてみると、自分の英語力アップがすごい実感できると思う。ミーハーな人は、お奨め。VH1って、メキシコでも放送してるけど、番組の放映時間がわかんないよ~。アメリカに住んでる人で、衛星放送かケーブルテレビ持ってる人、19日(月)の4時からだって(東海岸のタイムゾーン)。どんな内容だったか、教えてください~~
2005.09.12
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ああ、今日は「あの日」なんだ。(選挙の日ではない。ボンジョビの日本公演、でも、ない。)まだ1人で座ることもできなかった長男(今4歳)を抱えてて、テレビの前に座って、映画にしては効果音も何にもない映像が何度も何度も繰り返されて、これ、本物なんだって気づいた時の背筋か寒くなった思いは、今でもはっきり覚えてる。数日後に発行されたTIME誌のメイン記事は、あまりにグロテスクで、哀しくて、実際あの場所にいた人は、どんな思いでなくなったんだろう、と考えずにはいられなかった。事件当時は、政治的話よりも、被害者に焦点を当てた報道が多かった。それが、数ヵ月後には「報復」と称する攻撃ムードに包まれ、どこに爆弾を落とすだの、どの国を参加に引きずり込むかなどの話題で国(というか、メディア)がわきかえって、被害者はなんか、忘れ去られたようになった。正確には忘れ去られた、のではなく、米国が海外に戦争を仕掛ける「言い訳」として利用されたような印象がある。(WTCでなくなった人たちの無念を晴らすためにも…みたいな)おとといは、ライブでハリケーン災害救済のコンサートを見てた。きらきらに着飾ったミリオネアのアーティストがパフォーマンスする合間に、被災地の様子や被害者のインタビュー映像を挟むという構成。どのアーティストがルイジアナやミシシッピ出身か、なんて話も出て、とにかく"We care"ムード満開。有名人が寄付金受付の電話に出て寄付者のために生で電話口で歌う、なんて場面も。自分達のパブリシティには大きなプラスだろう。何億寄付しました、なんて言ったって、自分の財産のごく一部なわけだし、あのコンサートに出たことで得られる利益は、大きい。実際に被災地に赴き、夜通し救済活動をしている無数の消防士や軍、ボランティアの人たちは、被害者の悲しみ苦しみを目で、耳で、肌で直接感じ、1人の人間が1人の人間を救う絆を現場で経験を分かち合うことで築き上げている。スター達のような注目を浴びることは決してないし、名前を知られることさえない。みんなが協力ムードになって、「この人はこんな素晴らしいことをして被害者を援助しています」タイプの報道が増えてる中、こうした災害に備えるためのインフラストラクチャーをしっかり準備していなかった政府の落ち度をうたうニュースやドキュメンタリーは、ほとんど聞かれない。映像を見れば、ハリケーン直撃前に、町の人たちがどんな生活をしていたか良く分かると思う。富める者をどんどん富ませ、「その他」を無視してきた、この被害は人災じゃないか、と思う。政府はテロリスト対策に異様な執着を示して「強いアメリカ」を強調し、スター達は自分達の才能で荒稼ぎして信じられない年収を得てるアメリカ。そんな裏で、一発の強風と浸水でわずかな財産を全てなくしてしまうような頼りない生活を何世代にもわたって続けている人たちもいて、こういう「アメリカ」が世界の目にさらされることが、今までなかった、って言う事実が、4年前の911より恐ろしく感じたりする。
2005.09.11
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昨日の続き。留学する人の中には、学歴重視の人、新しいキャリアを探している人、海外生活に憧れてる人、楽しい経験をしたい人、と、いろいろ目的があって、人それぞれが自分の留学スタイルを目標にあわせて築いていけばいいけど、1つ、誰もが通らなければいけない試練がある。何かというと「自分のことは自分でする」だと思うんですね。というか、これをする気がない人は留学する意味がないのでは(留学しよう、とも、そもそも思わないかもな)。もちろん、人に頼るな、という事じゃなく、どんどん周りに助けを求めるのはむしろいいことだけど、ポイントは、他人に頼るべきか、誰に頼るべきかを決めるのも、自分の決断だってこと。留学した最初の一月だけで、寮やその他の住居の入所手続き、クラス登録、銀行口座開設、電話、電気、ネットの開通(寮はやってくれるけど)、必要物資の買出しと、なれない土地とつたない言葉で全部やらなきゃならない。他に、何かトラブルがあった際はすぐに対処しないといけないし、人の輪に入って友達も作っていかなきゃならない。さらに、留学生活から最大のものを得たかったら、常に今よりよいオプションを探して、(アパートを変更、行事に参加、進路修正で学校や専攻を変更、など)情報を探し、それらを得る方法をしって、実行していかなくてはならない。もちろん、日本にいたってこういうことは大切だけど、海外だと事故にあったりヘンな人にだまされたり、気が付いたら事故事件、退校、強制送還の問題に直面したりと、もたらされる結果が重いのでは。ていうか、日本だと、「習慣的にこうすべき」っていう、慣習コードみたいのがあって、みんなに合わせていればまあ、そんなにでかい失敗はしないな、って感覚があるのかもしれない。海外に出ると、そういう常識からして大きく異なるので、やっぱり戸惑いは大きいし、自分からどんどん調べていかないと情報が何も入ってこないことになる。得るものもなく帰国…っていうなら、残念、で住むけど、帰ってこられなくなる自体も、可能性はあるわけで。(←私のことです。汗)んーまあ、自分の失敗談は、とってもネットで公開できないですが(^^; 強いて言うなら、女の子、特に自分のすべき事をしっかりわきまえていないと、日本の常識では通用しても海外ではとんでもないことになります。(この辺は、女の子用に別ページを作るべきかもなあ。男の子も、どうなんでしょうねえ??)大事なのは、自分が何をしたいのか/したくないのか、だったら何をすべき/すべきでないのか、もしうまく行かないことがあったら、自分はちゃんと責任を持って対処できるのか、あるいはその失敗を受け止めてまた前進することができるのか、ちゃんと事前に考えること。こればできれば、高学歴留学だろうが、英語半分、遊び半分の文化体験留学だろうが、得るものはすごく大きいし、日本に帰ってからも、キャリアを伸ばすのにすごく役立つ。留学で面白いのは、なんていったって「自分が自分の生活をコントロールできる」って感じられるところ。楽しいのは留学するってこと自体ではなくて、留学という環境の中で、自分の可能性が発見できて、努力次第で得たいものが得られる感触を味わえることだと思う。期間も短いわけだし、思い切り努力すべし、ですね。
2005.09.10
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独立して仕事初めて1年になろうか、という今になって、納税の手続きにあたふたしている今日この頃。ホントは、毎月収入を申請して、税を納めないといけないのだけど、税務署混んでるし、下の子がいたので時間がとれず、ずっとそのままにしていたのだ。来月のビザの更新に、納税の証明書を提出するんで、先月からあわてて税務署に通いだしたのだけど、納める額が膨大すぎて、家計が…(つーか、いっぺんに払えないので、今年の5月まで払ったところで次の収入を待たねばならん。間に合うのか??)昔からの悪い癖なんだけど、やるべきことを知っていながら先に先にと延ばして、結果損してしまう性格のようで。海外で、コミニュケーションにコンプレックス持ってるのかなー、とも思うけど、留学前からのんびりはしていたね。思えば、大学留学の申請も、締め切りぎりぎり。TOEFLも、ぐずぐずしてたから2回しか受けられず(SATは一発勝負)。留学してから、1人で何でもしなくちゃならなくなったけど、例えばあまり面白くないクラスをとってしまって、最初の数週間で変更手続き(当時録音音声対応の電話)がおくれて結局そこに留まった、とか、ちょっと近辺(電車で20分のサンフランシスコ)の大使館まで行くことがなかなかできず、パスポートが期限切れになったり。ぐずと言ってしまえばそれまでだけど、人嫌いな性格も影響してると思うなー。さっと行動に移る前に、受付のおねえさんと話す場面とか、自分の書いた書類を他人がみてる様子とかを想像して、引いてしまうのだ。今は、メールでのやり取りが多くなったけど、「こんなメール読まれるのも恥ずかしいなあ」とか、「この返事、こんなに速く送ると相手もびっくりするかなあ」とかいう思いがでて、先延ばしにすること、多い。私の周りの人は、全然逆なんだけどね。特に、海外で生活している日本人。一緒にお店に行ったりしても、探し物が見つからないとき、私はひたすら探し続けるか諦めて別の店に行ったりするけど、友達と一緒だと、ほとんどの人はその場で店員を捕まえる。ダベってて、「○○って、どうなんだろね」という疑問が出ると、即電話を取ってきく。病院でも警察でも、すぐ行ってしまう(私は海外で病院にお世話になったのって、出産の時だけだよ。病気はいっぱいしてるけど)たまたま、こういう人が周りに集まったのかなあ。私の年代って、海外に出てくるのがちょうど楽になり始めた時期だけど、自立してて、自分のことは何でも自分でできるって人がまだ大半だったんじゃないかな、と思う。私みたいなボーっとしたのは、かなり稀で。留学にしろ海外移住にしろ、事前に自分で情報を集めて、書類準備して、問題ができたら自分で解決して、ということができないとダメだったから、自然、それらができる人が海外に移っていたのかも。今は、どうなんだろ。もちろん、そうやって自分で何でもやってる、自立心の多い人が大多数だと思うけど、留学も、みんな人任せでやればできる、困った時は周りにごまんといる先輩日本人に聞けばいい、って言う時代になってるのも、真実だよね。んーまあ、それでちゃんと生活していけるなら(←自分はできてるよ~)、悪いことではないと思うけど、やっぱり自分の身の回りにあふれるオプションから、限られたものを他人に与えられることになるので、周りに身を任せっぱなしの生活は、改善した方がいいと思うなあ。留学生活でも、その後(海外だろうが日本だろうが)の人生にしても。といいつつ、税務署の提出書類を眺めて、「明日でいいかー」と思っている自分。今日できることは、明日やるな。だっけ?私の場合、「明日でもいいなら、今日はやらなくていいよ」派(汗)。お互い、これで損したくはないですな。
2005.09.09
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ちょっと立て込んでていい情報もないんですが。Catch-22読み終わった。読み進むほど心に迫るものが。読んでるとすぐ邪魔が入って、ただでさえぶつ切れのストーリの展開に余計混乱したけど、たたみかけるラストがすごい。映画化もされているようだけど、邦訳でもいいから、読んでみて欲しいなあ、と思う作品。レビューは数日中にはサイトのほうに載せておくので、チェックしてください。→大学留学必須洋書レビューちなみにどうでもいいところで心に残ったのは、"What do you mean they disappeared him? It's not even grammatically correct."って言葉ですが(文が見つからないんで正確じゃないけど)。disappearって動詞は「消える」って自動詞なんだけど、ここで、「消す」という他動詞にしちゃってる。(正しく使うとthey made him disappearとなるんだけど)スペイン語でも、desaparecerっていう単語が、「(軍隊が反政府分子を)消す」という意味で、80年代のグアテマラで初めて使われ始めた、ということを、昔習った覚えがあって、1961年に出版されたこの本で同じような言葉が使われていたって発見が、ちょっと興味深かったです。
2005.09.08
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「読む」に続けて、「聞く」事に関して。リスニングについては、留学前の英語学習だとニュースとか映画なんかを教材にしている人が大半だと思うけど(自分の場合は映画と洋楽)、ところが実際大学の講義なんかに出ると、これより数段難しくて「あれ?オレって、こんなに聞けなかったっけ?」と思うことが多いはず。これも、考えるに小説と専門書を読むことの違いと同じで、 聞かせることを訓練された人間の話す言葉じゃないからじゃないかなあ、って思う。ニュースは、事件の内容を大衆に正確に伝えるために、プロのアナウンサーが伝える事柄の順序、背景、数値、さらに声の抑揚なんかを計算しつくして話す。映画やドラマも、ストーリーがあって、見る人が楽しめるように脚本を練って、それを動作つきでプロの俳優が語る。一方、講義とかディスカションは、あくまで本業は研究者の人間が、生徒の前にでてきて話しているだけなので、うまくない人に当たると、とりとめもなく、あちこちから話を引っ張ってきて、前後関係が全然分からない、すごい不可解なレクチャーを聞かされる破目になる。(逆に、講義のうまい教授っていうのは、内容の難易度に関わらずニュースやドラマ並みに言ってることが頭に入ってくる)こうなると、聞き手の自分のリスニング能力がないのか、話し手のスピーチがまずいのか、分からないよね(たいていの場合は、両方)。友人同士の話になると、もっと収拾付かない。相手はこっちが理解できるかどうかを全く気にせず、自分のペースで話しまくるんで、話の方向を見失うことが多い(講義なら、少なくとも「○○についての話」というガイドラインがあるけど)。↑学生時代は、自分がぬけてるのかなーって落ち込んでたけど、社会に出て年代も経験も異なる人たち(日本人含む)と仕事するようになって、非は自分のリスニング能力だけにあるのではないことを実感した(大人になって、自分の非を他人になすりつける事を覚えた、といえば、そういうとこもあるかも…)。ニュースや映画できっちり基礎ができていれば、個人の話し癖なんかは慣れるとだいぶ理解できるようになってくるもんだけどね。最初の授業で、全然分からなかったクラスも、一ヶ月くらい粘っていたらほぼ分かるようになった、ってケースもある。ある特定の人の話が全然聞き取れない時は、自分のリスニング力が悪い、と諦めずに、「相手がどういう風に話してくれたら、もっと分かるようになるのかな」と考えてみるといい。もちろん、「もっと聞きやすいように話してください」と、教授や友達に要求することはないにしても、「自分」でなく、「相手」に視点を移して分析すると、自分が相手に合わせてどういう工夫をしたらいいか見えてくる(責任転嫁のワザ、ともいう。笑)もうちっと具体的にいうと、「話し手は、前後関係を全然気にしないで思いつくこと話しているだけだな」と思ったら、「AがどうしてBになったか、もう少し詳しく話してくれますか?」と、つっこみ(?)を入れることができる。相手に不快感を与えたくなかったら、「さっき教授はAはBであるっておっしゃいましたが、その理由が"私にとって"あまり明確でなかったので(=I couldn't get it very clearly/I'm not sure if I've got it rightなど。Iを主語にする)、もう一度説明してもらえませんか?」とか。(↑ホントは向こうは一度も説明してなくても、こう言えば教授の方も「言い直し」の名目で、きちんと説明できる)こういう風に、話の内容そのものが聞き取れなかったら「相手の直して欲しいところ(=相手がこういう風に話してくれたら、聞き取れるかもしれない、というところ)」に注意して聞くようにして、質問をまとめて行けばいいと思う。相手のクセが分かってこちらの聞く態度をそれに合わせることができるし、何よりも自分が話をするときにこういった人たちの欠点を意識して分かりやすく話すように心がけることができるようになって、スピーチ力もアップするハズ。ちなみに、自分の例で一番苦労したのは、82歳のおじいちゃん教授の受け持つ小クラス。ふがふが話すし、一見なんの関係もない昔話が多いし、突然数分黙り込んで遠くを見たりするし…あのクラスでは、みんなが遠慮しながら「あ、あの、こういうこと…ですよねっ?!」と、協力的に授業を進めていってた。あーゆうクラスも、それなりに面白かったかも。
2005.09.06
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最近自分の身に起こった、うれしいことこの日記のエントリーが、前回で200に(3日坊主から一気に更新!!)発行部数1万4千部を超える、かおるんさんのメルマガとっとと英会話(ページの下のほうに登録フォーム)で、メルマガを紹介してもらえた。(自分がファンのメルマガとかで、自分の名前を見るのって、赤面もの。思わずPCの前で踊ってしまったjunquitoでした。)↑も手伝って、無料レポートをダウンロードしてくれた人100人突破まだ読んでいないヒトは、ここをクリックさらに、メルマガの読者さんも増えたあと、仕事も来た。い、いや、冗談じゃなく、いつも仕事いただいてる地元の会社の他に、日本からも依頼をいただきまして。数ヶ月先まで食いつないでいけるめどができた(ほっ)とまあ、人にお世話になってばかりいるようなjunquitoですが。他にも、レポートを読んでくださった方から感想をいただいたり、周りの方のありがたみというのをひしひし感じています。で、うれしいことの本題ですが。先週のことになってしまうんだけど、楽天でも日記を書いていて、こっちのサイトでもよくコメントをいただいている有輝☆さんと、メールでお知り合いになった。彼女のサイトを見ていただくと分かると思うけど、ビジネス家として素晴らしいマインドを持った方で、彼女の参加しているオンラインセミナーにとっても興味を持ったのだ。…というようなことを、ほとんどファンレターみたいな内容で(!)メールしたら、なんと、そのオンラインセミナーの視聴をさせてもらえることに。サイトを貸していただいた2日間で、ビデオセミナーというものを体験。セミナーといっても、参加型じゃなくて、あくまで視聴だけど。(会員制で、会員になるとビデオ会議なんかもある)そのセミナー、内容は有輝さんのサイトで詳しく説明しているし、留学とはちょっとトピックがずれちゃうので、こっちでは割愛するとして。すごいなーと思ったのは、「テレビ電話を使って、自宅で学ぶ」ということが、すでに現実になっているってこと。はるか昔、小学生向きの雑誌で、「ドラえもんが作られた2011年では、テレビ電話を使って学校に行かなくても勉強が出来るんだよ」っていって、机の前の複数のテレビ画面に先生やしずかちゃんがうつっている図が載ってたんだけど。「どこでもドア」は間に合わなかったとして、ホントにこういうシステムがある世界にいる自分が、すごい不思議。(2011年に、どんな世界になってるのかなーって想像する前に、1999年に人類は滅亡するっていう話を信じてたし。汗)視聴させてもらったセミナーのシステムは、会員になるとオンラインのセミナービデオが見放題になるので、それらを自分のニーズに合わせてみる、というもの。自分が授業概要を作って、計画を立てていくんだね。(ちなみに、国際機関なので英語のセミナーが大半。英語の勉強も出来る!)同じようなので、ちょっと前に紹介したMITのネット公開授業(OpenCourseWare)。授業概要とリーディングリストの他に講義ビデオが見られるクラスもあって、海外からでもMITの授業を垣間見ることができる。(MITも、将来的にはこういうのを有料で提供してオンライン教育をやるつもりじゃないかな)正式なDiplomaや「海外生活体験」を望まなければ、こういった形態の学習も留学に取って代わることが出来るのかな、と思ってしまった。「英語を学ぶために留学する」っていうのも、特に必要でなくなる時代が来るのかもね。(メキシコでくすぶってる私にゃ、まさに画期的)私も、スタディースキルズとか、留学相談とか、ネットを利用してもっといろんな形にしてみたいなあ。とりあえず目をつけているのは、ポッドキャスティングで「授業」してみたい。まずは、紹介してもらったオンラインセミナーに参加して、いろんなことを吸収したいです。これからも、がんばろっと。有輝さん、ありがとうございました~。→有輝さんのサイトはこちら。
2005.09.05
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大学の課題リーディングには、4年間苦しめられ続けたjunquitoですが。何がつらいかって、ずっと読んでるのに気が付くと全然頭に内容が入っていない、っていうこと。結構読むこと自体は好きだし、小説やニュース記事は興味持って読むほうなんだけど、大学のリーディングはわざわざ難しいものを読ませているとしか思えないほど不可解。文系だったので、マルクス、ヴェーバー、フロイト、ユング、(ミシェル)・フーコー、サルトルあたりを一学期内に読まされることもあった。読んだ後の感想が「いやさっぱりわからん」の時ほど落ち込むことはない(汗)。(逆に、環境学とか、化学系は、事実の羅列だから、簡潔で読みやすい。哲学者って、どうしてこの手の書き方ができないんだ)前の記事でも書いたように「サルでも分かるマルクス主義」みたいなのも読んで努力してみたけど、クラスによって焦点やテーマが違うし、あまりに原文が漠然としてるので、アンチョコの筆者や教授の解釈も違ってきて、「いや、こんなこと授業では一言もいってないんだけど」と、読んだあと思ってしまうガイドブックが多かった。こういう時、眠くなる自分にムチ打って工夫してたのは(結構ヤケ気味でやってたので、あまり参考にしないように。真面目なリーディングのコツについては、メルマガのバックナンバー読んでください)小分けで読む数段落、あるいは一段落ずつでもいいから、読んだら脇に「○○について」と、キーワードを書いておく。一番の効果は、眠くならないこと(笑)。他にも、一章読み終わって脇に書いたキーワードをつなげていくと、なんとなく話が見えてくる。一章分かった気になると、次に進むのにも何らかのアイディアが頭にあるからちょっと読みやすくなる。最後から読む別に最後からじゃなくてもいいけど、先を読んで前、先を読んで前、っていう読み方は、「探偵小説の結末を読んでから読み始める」のと同じで、「ああ、この部分がここにつながってくのね」と、前後関係が分かってくる。時間があれば分からないままざっと読んで、読み返すと理解度は増すけど、分からないまま何度も読み返すより、結論を読んでから進んでは戻り、進んでは戻りしてく方が個人的には飽きないですな。タイトル、サブタイトルだけ読むこれは、授業で使うには結構危険ですが。どんなに著名な学者でも、書き手としてはホントにひどいというヒトはいる(断言)。一字一句を気にして読むより、タイトルとか、最後の「結論」っていうの読んじゃえばアイディアが分かって、あとの中身はどうでもいいって場合も結構あるのだ。(彼らは、作家としてでなくて、研究家として優れているのだから、とは、ある教授の話)タイトルのキーワードだけマークして、その言葉について教授が授業で説明する内容をテストに書いちゃえばいい、って場合も結構ある(そのリーディングの、クラスの中での重要度をよく見極めておくこと。一個のキーワードを理解するためだけに本1冊読まされるなんて場合は、必死に読むのも泣けてくる)諦める(笑)読まない、って意味じゃなくて、1人で苦労せずに周りに効く。「これは、こういう話」ってあらすじだけでも聞くと、読むべきところが見えてくるので読みやすくなる。つまらなすぎて読めない!って時は、教授に直接「どこを読めばいいんですか?」と聞けばいい。こうして、読む量を減らす。大学時代は、1を聞いて十を知る、なんて余裕はとてもなく、マルクスやフロイトも、まさに「テストに出た内容」しか覚えなかった(ので、未だに非常に偏った意見を持ってる)けど、そもそもあんな複雑な頭を持った人たちを5ヶ月あまりで理解するなんて無理なのだ。課題本として与えられたからって、全部を理解しようとしないで、クラスとうまく結び付けて、「授業に活かせる部分を、授業に活かせる解釈で」読んでいく方が効果的。それで興味を持ったら、将来読む時間はあるわけだし。…というわけで、上に挙げたような学者について今語ってみろ、といわれると、ホントに端的な知識しかないjunquitoですが。まー、フロイトなんかは、彼の頭の中身を知りたいという欲求もないんでそれでいいかなと。フーコーは、多分上の人たちの中で一番難解だけど、「権力と性」とか、なんとなく興味あるので(笑)、いつか挑戦してみたいです。
2005.09.03
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パソコン操作で思い出したけど、学習の能率アップしたいなら、いろんなソフトを探してみるといい。といっても、高いものインストールするんじゃなくて、フリーソフトをいろいろ物色。(物色してる方が手間がかかるんだけど、これがまた、楽しかったりして)窓の杜やVectorは、有名だけど。カテゴリー選んで、役に立ちそうなの選んでいくつかインストールしてみるといいです。海外サイトだったら、ZDNet(有料もありなので、下のFilterで、LicenseのとこをFreeにしておく)やFreedownloadscenter.comとかは探しやすいと思う。(ダウンロードするソフトのファイル名が記号とかであまりダウンロードしすぎると分からなくなるので専用フォルダをCドライブとか、Program Filesとかに作って、圧縮ファイルをそこに集めとくといいです。)わたしは、グラフィック、HTMLコードやスタイルシート生成ソフト、音源関連、テキストエディタ、辞書関系を多く利用してますが。プレゼンツールなんかも面白そうなものたくさんある。あとは、フラッシュカード自動作成ソフトとか、ファイル整理とか、スケジュール管理なんかも、学生だったら重宝するかも。で、最近の掘り出し物は、某マガジン(2誌ほど)で紹介されていた「紙」ってソフト。基本的にはテキストエディタだけど、決まったファイルを「箱」に指定すると、フォルダを開いたり、保存したりする必要なしに文書を出し入れできる。教科ごとに「箱」を作っておいて、日々の学習ノートを保存しておけば、見直す時便利。さらに、Word文書や、ネット記事を選択、ドラッグすると、画面の脇に箱が出てきてそこに放り込むだけで保存できちゃう。ネットで見つけた参照記事とか、どんどんドラッグして入れといて、レポート書く時箱から探せばいい(元のアドレスも保存しておいてくれる)。私は、このブログの記事、面白いと思ったニュース、今作ってる洋書リーディングリストの下書き、メールで受け取ってるセミナー、等の箱を作ってます。書くのも、読むのも簡単。他にもいろいろ機能があるけど、とりあえずダウンロードして使ってみることをお奨め。ソフト作成者さんのサイト(有料もあり。有料だとHTML編集もできるみたい)他にも、面白いものがたくさんあるけど、無料、にこだわっていると、当たり外れが多いのも事実。あんまり信用のないところでダウンロードすると実はウィルスだったり、上のようなサイトで配布しているソフトでもバグなんかがあってPCクラッシュしてもサポートはほとんどしてくれないので、推奨環境、設定、ユーザー評価もよく読んでからインストールしてくださいね~。あと、海外のPCに日本のソフトダウンロードすると、機能はしてもメニューバーやダイアログが文字化けすることもある(私が経験したのは、スペイン語版Windows。日本語入力機能はあるのに)。ボタンの場所とか覚えちゃえば支障ないんだけど、あれは、どうにかならないのかなあ。
2005.09.02
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昨日に引き続いて、コンピューター関連の話題。昨日と同じく、Hotwiredの記事より生徒全員に『iBook』支給、教科書廃止の高校何でAppleなんだろ、というのはおいといて(会社の戦略なのかなー、ハッキングとかウィルスとかは、Windowsより少なそうだけど)。これ、アメリカ、アリゾナ州の高校の話です。教科書を電子化して、宿題やカリキュラムもメールを通して、課題のリサーチなどはネット検索してやらせるようにしているみたい。(もちろん、文書ソフトの使い方や、検索方法も学校で教える。チャットやゲームは搭載してない←ちぇ)これは、コンピューターも、それなりの目的とガイドラインを持って導入すれば、生徒にとっても教える側にとっても有益な道具になりえるって事例かも。アメリカの高校生を経験した人、見たことある人は分かると思うけど、こういったプログラムの一番の恩恵って、重い教科書を何冊もバックパックに入れて学校中を移動する苦労がなくなったことじゃないかと思う(笑)。マジで、教科書持ち歩くことが原因で背中を深刻に痛めている中学生、なんてのがレポートされてるくらいだから。それ以外でも、文書ソフトでレポート作成、表作成ソフトを使いこなす、ネット検索や、電子資料のダウンロード方法など、高校生くらいのうちから身につけておけばさらに上の大学、就職で断然有利。日本は、どうなんだろな。今の時代、高校生くらいになればコンピュータに触ったことのある生徒が大部分、自分のPCを持っている人もかなりの数になると思うけど、それでレポート書いたり、宿題の調査したり、なんていう事に使っている人は、どれくらいいるのか(というか、そういう必要性が、学校側からどれくらい求められているのか)。ゲームとか音楽とか、チャットとかHPの作成(HTMLじゃなくて、ソフト使ったやつね)あたりは、多分すごく利用されてると思うけど、それに反して学業に役立つようなコンピューターの使い方ができる人っていうと…どうなんでしょ。確かに、使う必要のないときには、覚えようとする気も出てこないし、ただ操作法を習っても、実際に使ってみないとあまり役に立たない。だから、「必要になれば、覚えればいいや」っていう気持ちは、すごく分かる。自分の場合、高校留学した時にタイピングのクラスがオファーされてて、「(英語使わないので)簡単だし、この先役に立つから取っておきなよ」ってホストファミリーに言われたけど、宿題のレポートは手書きでOKだったし、せっかくアメリカまで来てタイピングすることもないよなー、日本行って覚えたっていいんだし。と思ってとらなかった。で、大学行く前日本で独習したけど、自分で勝手にぱちぱちやったって上達するはずもなく、大学最初のレポート提出で、センターのMacを使って書式設定から何から全部手探りでする破目になった時、タイピングの遅さを呪ったもんです(設定の仕方教えてくれたセンターのスタッフの目が痛かった)。そういえば、そのホストファミリー、お父さんが技術者で91年当時すでにPCが家にあって、9歳の娘はちゃんと宿題をタイプしてた。「自分の手で書けば~!?」と、思っていたけど(だって、自分の手で書かないと、スペルとか覚えられないんじゃないかと)、明らかに私の先見の明がなかったことが、今になって証明されてますな。ゲームなんかは、すぐに覚えちゃうけど、こういった学習で使うコンピューターリテラシーは、やっぱ、今の時代、早い時期から学校なんかで取り組んでたほうがいいとおもう。日本は、こういうのやたら検定にしたがるので、高校なんかで教えると業界から文句が出るのかなあ。アメリカでこういう高校がどんどん増えると、留学生は語学以外にPC操作でも差をつけられることになるかも。「日本で実践できる、海外の大学に学ぶのに必須のPC操作の練習」なんてのも、サイトに入れていこうかな、とか。(メモしておかないと、また忘れるぞー←私)
2005.09.01
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