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緒戦のアイオワこそテッドクルーズに僅差で敗れたものの、ニューハンプシャー、サウスカロライナと連勝。今度は、ネヴァダでも四割を超える支持を得て圧勝と速報されている。本命視されていたブッシュは、早々と撤退に追い込まれ、deligates獲得で、二位、三位につけるクルーズ、ルビオ両候補を今のところをぶっちぎりでリード。過去の共和党大統領候補は、すべて、ニューハンプシャー、サウスカロライナ両州の予備選で勝利していて、トランプが共和党大統領候補に選ばれる可能性がいよいよ現実味を帯びてきた。来週には、予備選の帰趨に大きく影響するスーパーチューズディもちろん、155人と最大の代議員を有するクルーズの地元テキサスをはじめとして、決して容易ではなかろうけれど、ローマ法王の批判にも同ずることのなかったトランプは、これまでの勢いをそのまま持ち込み、かなりの勝利を収めると予想される。トランプを止めるために、二三位連合が取りざたされるが、友人のアメリカ人は「共和党の大統領候補はよほどのことがない限り、トランプで決まり。アメリカ人は強者が好きだ。強者とは、ただ一人の勝者、つまり第一位のことであって、今日は、トランプがその位置にいる。二三位連合はアンフェアな弱者の集合に過ぎず、たとえ、それがクルーズであれルビオであれ、このままでは民主党の一位となるであろうクリントンには勝てない。クリントンに勝つには実力で共和党第一位を獲得することが最低条件だ」という。共和党予備選でのトランプは、アメリカンドリームの体現者である。去年、選挙戦スタートの時点で共和党予備選に名乗りを上げていたのは17人。ビジネス界からは10年ものあいだカーリーフィオリ-ナの名前が取りざたされていたが、トランプは泡沫候補扱い。それが予備選が始まってみれば、ダントツのトップ。「トランプは、刺激的な発言を続けているが、それは意識してそうしているのであって、少なくとも彼は馬鹿ではない。 ウォートンのMBAで、不動産業界の成功者。誰に遠慮することなく、その発言は自由であり、アメリカの本音を一面で代表している。討論、キャンセルなど予備選の経過を見ても、トランプは明らかに一頭地を抜いている。トランプと比べれば、クルーズ、ルビオではプーチン、メルケル、習近平らとやりあうには、役不足でしかない。彼についての報道は、フェアとは言いがたい。それは、彼が、メディア、ポリティックス、どちらの世界でも、誰にも遠慮せず発言し、それを押し通すだけの自分自身の財力を背景にもっているからである。メディアの扱いは決してトランプに対しフェアではないものの、これまでのところ、トランプは、それを逆手にとって、うまく利用してきている。なんといっても、彼は視聴率をとれる候補者であり、メディアはたとえそれが不本意であっても、彼を抜きにした報道はできるはずがない。共和党主流派にとって苦々しいのは、トランプが大統領となるとき、共和党は大変革を迫られることが必至だからだ。実際、選挙戦で彼の優位が確立していくのに比例して、政策、選挙、両面にわたって、優秀な人材がトランプ陣営に加わりつつあり、彼が戦いを有利に進める限り、その勢いはさらに増していくだろう。誰にも遠慮せず、自分の思う人材、新しい人材を、思う通りに配置できる大統領。アメリカ、特に共和党は、そういう大統領(候補)を必要とする時代になっているのかもしれない。トランプが選ばれるならば、大統領となる以前に、政治的経歴のない大統領は、アイゼンハワー以来となる。民主、共和両党の残る候補者は、トランプとバーニーサンダース以外は、法学部の出身。弁護士は、正直オバマまででもういい。ブッシュは失敗だったが、MBA出身は、決して悪くないと思うよ」ブラウン出のMBAである友人は、民主党支持ではあるが、トランプには意外と好意的だった。「トランプは賢い。一見、乱暴な発言ばかり並べているように報道されるが、実際には彼は何もコミットしていない。手の内を見せてないんだ。選挙戦中の発言で足を引っ張られる必要がなく、政策のフリーハンドを確保できるとすれば、彼は、優れた大統領たる資格を、それだけで獲得したともいえる」「あのさぁ。あの金髪がなんか嘘っぽいんだよね。ほんとは禿げてるんじゃない?って感じなんだ」ウチの娘はそういうが、 さぁ、どうなる。トランプ大統領に、果たして日本は対応できるだろうか?
February 24, 2016
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日曜午後、仙川まででかけた。京王線で、桜上水から、区間急行というのに乗って、千歳烏山の次。二駅、所要時間わずか5分。1970年前後までだろう。経堂の、今は高架線脇の道路になるであろうあたりに、小田急バスの折り返し停留所があり、渋谷行きと仙川行きのバスが走っていた。仙川行きは、ボンネットバス。東京23区内で最後までボンネットバスが走っていた路線?赤堤通りが滝坂道(東京都道118号調布経堂停車場線)の合流(カノッサ幼稚園苗)まで抜け、希望が丘団地ができた頃、仙川行きは、希望が丘行きとなった。このバス路線は、渋谷からの流れで言えば、世田谷でもっとも古い路線である。渋谷駅から、東大裏を通って、東北沢の手前、三角橋までが一番最初。ここが、渋谷からみて、世田谷の入り口だったのだろう。そこから今の井の頭線池の上駅から、淡島通り=滝坂道に入り、若林=当時の世田谷区役所あたりまで延伸。そこから当時の宮之阪駅(現在の駅よりだいぶん山下駅寄りだった)を通って経堂駅前。そして終点が恵泉前(経堂小学校前)まで延伸された。なぜ恵泉前まで?昭和7年の世田谷区発足当時、東京市世田谷区は、今の経堂、宮坂までで、船橋から先は北多摩郡千歳村。路線免許の関係であったものか。仙川行きバスは、ほぼ全路線が滝坂道。経堂のあの狭い、すずらん通りの商店街を、それも交互通行で運行。すれ違いのときは、車掌さんが降りて、呼び笛で誘導するなど、たいへんな難行。その先、カノッサ幼稚園あたりから先は、希望が丘団地ができる頃まで、畑と雑木林、竹やぶが続く、まったくの田舎道。はるか先に、八幡山の八幡様、郵便局があって、さらにその先に粕谷のガスタンク。それでも、まだ行程の半分くらい........と言っても、返す返すも残念なのは、僕は、この路線に乗ったことはない。後に希望が丘団地行きは何度かつかって、ボンネットバスを味わったものの、子供心に仙川とは、ボンネットバスの行く先として、何か、エキゾチックな魅力的な場所だった。実際、長じて、ガスタンクの先まで行ってみて結婚したあとでも、何度もカミサンと出かけたそれは、どこらの地方都市に出かけるより、はるかに奥の深い、ちょうど、その頃出た「隣のトトロ」の世界であった。それが、桜上水からとはいえ、電車で5分(実は4分)で行けるというのは、なんか大事なものが、失われた感じがしてしまった。
February 22, 2016
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以前に書いた経堂に蒸気機関車が居た頃について、「すぎたまさん」からいくつかのご指摘をいただいた。ありがとうございます。失礼をして、後日どなたかに、ここに書いてあることが原因で、間違いがあってはご迷惑ということで、単純な誤記を含め、追加コメント、修正をさせていただく。1.「経堂に蒸気機関車ということですが、一応2輌が鉄道省から払い下げを受け(画像の621号と703号とされる。他にも借り受けがあった模様)、建設工事に従事した後昭和10年に廃車と記録されています(鉄道雑誌の記述です)。タンク機関車ばかりなので、後進も容易ではありますが、ターンテーブルがあったほうがいいでしょう、というわけで、経堂工場の51番線奥にありました。これは昭和43年頃まであって、井の頭線に入線する1700形車輌や、小田急の各車の方転に使用されたようです」経堂駅の古い航空写真を見ていて、これはターンテーブルかな?と思うものがあった記憶そのときは、別件に頭が行っていて検証することなくすごしてしまいました。時間のあるときに、もう一度航空写真で確認しておきます。2.「SLをどこから入れたかですが、南武連絡線は昭和11年完成で、しかも当時は南武鉄道という私鉄でしたから、鉄道省のSLを回送するにはやや困難かと思います。新宿の連絡線も昭和19年建設で、C58形と遊休寝台車など、EF10形などの入線試験も実際に行われました(この時支障するホームなどが改築されています)。しかし、軸重が重いという理由で、線路を横断する側溝等を破壊しかねないので、省線の電車を小田急に入線させて運転するというのは、戦中から戦後にかけて行われました。厚木・小田原など考えられる接点はあるにはありますが、どれも建設中に線路がつながっていたと思える場所ではありません。よって、このSLたちは、推定になってしまいますが、新宿に「仮線」を作って、そこから自走で入れたのではないかと考えます」小田急は新宿から小田原まで、一斉開業でしたから、たとえば、多摩川、相模川の鉄橋なくして蒸気機関車は川越しませんから、もしかすると、新宿だけでなく、ほかにも仮線があったかもしれません。もちろん、分解して搬入というのもあり得ます。3.「井の頭連絡線は、最初から電化されていました。蒸気機関車の入線はありませんでしたが、鉄道省では一番小型のEB10形電気機関車が入線して使用された記録は、鉄道ピクトリアルなどにあります」これについては、代田連絡線は電化されなかったと記載したのは明らかな誤りで、軟鉄架線ではありますが、電化されていました。なにかの記事に、当時、連絡線の沿線に住んでいた方の証言があり、そこに連絡線は、軌道の狭い建設用の仮線を設けて、そこに小型機関車が走っていたとの記載があったのを、軽率にも、記憶に頼って確認を怠ったものです。失礼をいたしました。今後ともよろしくお願いします。
February 18, 2016
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低気圧と前線の影響で各地で南寄りの風が強まり、気温もかなり高くなったため、 気象庁は14日午前、「関東と東海、北陸、それに中国地方で春一番が吹いた」と発表した。この時期は苦手である。保育園までは、さして病気もしない子供だったのが、小学校入学の頃から 、春一番の吹く、2月から3月にかけてのほこりっぽい日。こういう日に外出していると、突然、鼻水が出始め止まらなくなる。家に帰って検温すると、熱もあり、そのまま数日寝込む。ひどい年(小学校2年、3年がいちばんひどかった)、小学校2年生では肺炎で一学期の半分まで病欠。小学校3年のときは、三学期の途中から休んで、肺炎から猩紅熱を併発し、そのあと学期末まで全休。ふだんからの授業態度がよくなかったこともあって、担任教師の覚えはきわめてよろしくなかった。親も医者も、鼻炎、虚弱体質と思っていたのが、ようやく中学校に入って、なんとか、学校を休まずとも済むようになった。小学校時代、耳鼻咽喉科に通わされたが、治療だけで金をとられるだけで推移。それでも、春先は毎年調子が悪い。会社に勤めて10年ほどたった頃だったと記憶する。同僚の女性(京都出身)が、東京に来て、これが花粉症というものか、と言っているのを小耳に挟み、なるほど、それは自分の症状と合致すると納得。ちょうどその頃、斉藤さんが桜上水に耳鼻咽喉科を開業した頃で、診断を受けると、花粉症。爾来、年末から年始のまだ混まないうちに薬をもらうようにして、以前ほどひどい症状にはならなくなっている。それが、今年は油断していて、一月中は、ときどき薬を飲んでいたのが、二月に入り、サボっていた(眠くなるので、極力、飲まないようにしている)ツケがまわり、日曜は花粉症と薬の副作用で、まるで役にたたない。南風が収まり、気温が下がってきて、ようやく、多少改善をしたが、いったん発症したものは、数日から長いときは二ー三週間、影響が続くので、いかんなぁ。いやなのは、僕は、喘息もちでもあるので、アレルギー性鼻炎から喘息を発し、ひどいときは、副鼻腔炎、肺炎まで行ってしまうこと。今年は、そうならないことを祈る。
February 16, 2016
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娘、息子の我が家の子供たちは、我が家の父母(彼らにとっては祖父母)とかなりの期間同居してすごし、他の同世代と比べ、たぶん高齢者と過ごすことへの違和感は少ないのではないか。しかして、残念なことに、彼らにとっての祖父母は、特に母が、子供たちがものごころついた頃には、すでに認知症が進行していて、子供たちの母に関する記憶のかなりの部分は、それなりに過酷であった介護が太宗を占めるように思う。とはいえ、子供と高齢者の世代間交流は、1990年代まではあまり着目されず、そこに子供、高齢者それぞれへの相乗効果のあることも、いわば暗黙知であったものが、その後の具体的検証により、研究が蓄積されてきている。もっとも、それはあくまでも「子供」であって、幼児であるうちの孫と、90を過ぎた認知症の進んだ高齢者であるうちの父との間に、どれほどの効果があるものか。いやいや、たとえ、父の側に、その意識がなくとも、うちの孫(父からみてひ孫)にとってみれば、ものごころつく時期から、そこに高齢者があるのは、彼女の未来によそでは得られない、何かを残すように思う。僕の場合でも、母方の曽祖父は、寝たきりではあったが、林に囲まれた広大な屋敷、囲炉裏傍での語らい、畜舎、池などで飼われている動物たち、といった、かつての豪農の暮らしの最後の断片とともに、人生の最後を威厳をもって向かえつつあった人の記憶として残っている。彼女(孫)の場合、彼女には、僕の父、カミサンの親父、婿さん(彼女にとっては父親)の祖母と、総祖父母三人があり、さらに、僕らの世代も、早世された婿さんの親父さん以外の祖父母として、存命であり、どこまでの意識があるかは別に、彼女(孫)の母親たるうちの娘は、日常、我ら高齢者とも彼女(孫)を連れて交流している。もっとも、娘の場合、「お墓参りを熱心にする者にはご利益がある」と言っているから、僕ら夫婦についても、その延長線上のものなのかもしれないけれど......さて、彼女(孫)は、過日の我が家の父訪問に続き、週末はカミサンの親父さんを訪問した。午後、カミサンが孫の面倒をみて、その間、娘は、地元の接骨医で施療を受けた(育児で肩こりがひどいと嘆いている)あと、外出。孫は、義父の入居する高齢者住宅を既に何回か訪問しているが、今年は、正月を婿さんの実家で過ごしたためカミサン一家の新年会には参加せず、ちょうど歩きはじめた報告をかねて、今年初めて「ひい爺」訪問。義父の入居する高齢者施設の入居基準は、ご夫婦、もしくは単身の場合はご本人が65歳以上。おそらく、ご入居の殆どは70歳以上であられよう。入居者の方々のご家族を、ときにお見かけするが、お孫さんでも小学校高学年までひ孫の訪問 は、まず殆どないであろうことが、食事をとる食堂に幼児椅子が用意されていないことから推測できる彼女(孫)が入っていくと、そのあたりにいらっしゃるお婆さん方(おじいさんはほとんど居ない というか、現実は厳しい、爺さんのほとんどは入居してほどなくで見えなくなってしまう)の表情が一変していく。義父の居室に向かうエレベーターまでの廊下をたどたどしく歩く姿に人々は見入り、表情に笑顔が表れる。漂う空気が変わるのを実感する。「株が下がってしまってねぇ」趣味の株式投資「慧くん(うちの息子、証券会社勤務)は、今年のボーナスはダメだね。〇〇(義弟、石油会社)は3千億の赤字だ。役員賞与はゼロですよ。僕は、去年の後半からは景気感度の低い株式にシフトしといたから、今のところひどい目にあってない」「いろんなとこ行きたいからANA買おうとおもうんだけど」娘僕は株式投資はしない(する金もない)「下がった上がったで一喜一憂、それも面白いけど、そればかりじゃないのもね。好きな株を買えばいいんですよ」90を超えた達観 なのかな?義父の居室を掃除したあと、一階に降りて食堂で夕食エレベーターから食堂まで、彼女(孫)の花魁道中食堂では、お母さん(うちの娘)がメニューの一部をおすそ分け彼女(孫)には、おうどんを注文うちのカミサンは運転で飲めないが、義父と僕と娘(もっとも娘はまだ授乳があるので、ほんとに少しだけ)でワインの乾杯40分ほどの夕食時間彼女(孫)はさしてむずがることなく過ごしてくれたむずがる様子が見えた二度ほどは、娘が、椅子から彼女(孫)を降ろして、食堂内をお散歩再びの花魁道中にお婆さん方は目を丸くしてごらんになる食事が終わり、スタッフの人に乱雑をわびて引き揚げる(彼女(孫)は、まだ、それほどちゃんとは食べられない)帰りの道中もほとんどは大丈夫だったのだが家の近く、緑丘中学校のあたりからは阿鼻叫喚しょうがないさ まだ一歳とひと月半帰宅してカミサン「高齢者は、どうしても無感動、無表情になっていってしまうのね。そこにふだんは居ない、ああいうの(孫)が行くっていうのは、無感動、無表情の予定調和を打開してくれる。高齢者はああいう幼児はむずがるから嫌がるって先入観があるけど、高齢者の多くは、子供、孫って、経験してきた人たちでしょ。幼児とはああいうもんだって分かってらっしゃる。うちの父も、なにか幸せのおすそ分けみたいな、いい気分で、最年長の男としては、いいんじゃない」義父の居室で、網戸の掃除をした。花粉症がひどい「寒いとね、ちょっとあったかくなるといっぺんに花が開いて花粉はいっぺんにやってくるんだよ」
February 14, 2016
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妻の出産を契機に、国会議員も育休をと言った何某。舌の根も乾かぬうちに、実は、その妻の妊娠中に、他の女性と密会していたことが判明。議員辞職が報じられている。国会議員の質 とか 自民党の緩み とか言うつもりはない。昼ごはんを食べながら、娘がカミサンに言っている「男に育休なんて、制度化する必要なんかないわ。そりゃあ手伝ってほしいときはあるし、うちの旦那は別だけど、育休なんてやったら、どうせ、あんなのがママ友の間に入ってきて、絶対ロクなことにならない。男なんか、仕事でがんじがらめにしといたほうが悪さしないんだから」誰のことを考えてそう言っているのか?旦那は別とすれば、それは彼女の父親=僕自身???反論は できない......
February 13, 2016
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株価の下落が止まらない昨日の日経平均はついに15,000円を割り込み、年初からの下落幅は、2000年のITバブル崩壊時に迫るという。つい先週、知人らとのメールのやりとりで、バフェットの法則(ある国の株式の時価総額は、その国のGDPを超えることができない、ないし、GDPを超えると下落し始める) とか、株価ボラティリティ増加(乱高下が激しい)は株価の下落局面の特徴などと、言っていたのが一機に現実となって現れた観。おりしも、日銀がマイナス金利導入を発表した矢先でもあり、アベノミクス破綻との論調も。僕は、株価にはあまり関心がなく、あがったものは下がるのであって、破綻とまでは思わないはるか昔の、浜口雄幸内閣の金解禁と同じで、黒田日銀も、時代に恵まれなかっただけのこと。このあと、どう折り合いをつけるかはともかく、だいたい、金融緩和で株式がこれだけあがること自体が危ういのである。要するに、今以上に儲かるあてのある商売がないから、運用ができない=よって資金需要がない→金融緩和の資金が株式市場に流入して株価が上がる→そんな不健全な連鎖が長く続くわけがない。GPIFだか何かが、株式の運用を増やしたのも裏目。もっとも、GPIFが買うのは日経平均でなく個別銘柄であるから、何を売って何を買うかの腕さえよければ、株価=日経平均の下落局面でも、損するとは限らない。ただ、法人税引き下げ要求の一方で、円高では輸出できないなどと言う経営者を僕は国賊と思っている。円安だから、企業の業績が上がる。そこまでは短期的には事実だったが、それは雇用を増やし、仕入先に円高時に寄せた皺を元に戻すことにはつながらない。円安で輸出は増えたが、それは円建てベースの話し。必ずしも数量ベースの増加にはつながらず、雇用増加、下請け企業への支払い増加にはつながっていない。どこかの電気会社も確かその一員だったと記憶するが、円安局面で利益を出したと粉飾し、業績が一転急降下。賃上げ、雇用拡大はおろか、大量の人員整理で膨大な赤字を出した。日経平均に準拠して、そんな会社の株式を購入しているならば、GPIFの運用する虎の子の年金資金は毀損を免れない。だからといってアベノミクスが誤りとは、短絡的だ。これまでの諸々に何一つ決着がつかない中、ギリシャの経済破綻にドイツ、イギリスとそれ以外との格差が拡大する一方のEUは手をこまねくだけで、ISが世界にテロをばら撒き、百万のオーダーで難民が流入する。サウジアラビアとイランは一触即発を装う。韓国との慰安婦問題。政府間決着に対し、日韓両国内とも不満が蔓延。そこへの北朝鮮の水爆実験、ミサイル発射に、日米韓が制裁で応じ、北朝鮮はさらに反発。一時もてはやされたBRICSはインドを除き低迷し、なかんずく中国経済の低迷が世界同時株安の引き金を引き、奈落への先導役をつとめている。アベノミクスがあったからこそ、この程度で済んでいる。なければ、もっと悲惨なことになっているだろう。プラスが少ないことを非難できる時代は終わった。僕は、マイナスがこの程度であることを密かによろこぶ。午前中、自宅に金融機関の支店長がやってきて、ゼロ金利政策のせいで、基準金利だけでなく、優遇金利まで引き下げになる可能性がある。資金移動はお早めにと言い置いていく。基準金利はもはや下がっても痛くもかゆくもないところまできているから構わぬところだが.....株式とか年金とか、金融資産を持つ者が有利であり続けるのは不健全であって、未来は、生産手段を持つものが、ゼロサムないし縮小するマーケットで、体力勝負する時代がしばらく続く。これまでは拡大が格差を作ってきた。僕らは、縮小が格差を作る時代を生きねばならぬ。
February 13, 2016
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過日、娘がたまには親父(僕の親父、娘にとっては祖父になる)のところへ行きたいと言うので、見舞いに行くことにした。もちろん孫(親父からみればひ孫)は、いつもの通り娘に漏れなくついてくる。高齢者施設に入居中の親父。昨年から癲癇の症状が出ているが、抗癲癇薬の服用は控え、様子を見ながらというところ。ふだんの生活は、一時よりだいぶん改善し、自分で食べるし、内容も、とろみ食から、やわらか目のものへ一段階改善が見られる。とはいえ、食事時間以外は、寝ていることが多く、なかなかその時間帯を狙って出かけられるというものでもないのではあるが、せっかく、娘と孫が行くというのであるから、昼食時間を目指して出かけることにする。娘が運転で、僕と後部座席に座るのだが、 最近、歩けるようになった孫は、外出が好きなようで、車に乗っても以前ほど嫌がらない。高齢者施設までは、車で15分ほど。我が家からも、妹宅からも近いところに、ということで選び、途中、トラブルがあって、同じ系列で近くの別物件に転居。ほぼ3年を経過したところだ。入居時の契約は、イニシャルの負担が少ないものを選んだことで、月々の支払いが重いランニング型。行政の指導で、イニシャル型とランニング型の累積コストが一致するのは、過去の平均入居年数から割り出した4.4年。それを超えれば、負担は結果重くなるのだが、それは、長命ということでもある。要介護5と4の間を行ったり来たりの介護認定で、今は要介護5。介護保険の自己負担分があるので、要介護4から要介護5に認定が変わると自己負担額が増す。孫は、義父の入居する高齢者住宅(こちらは、自立して動ける人が前提)には何回か行ったことがあるが、親父のほうへ行くのははじめて。親父は寝たきりということではないものの、義父より高齢化が進行してしまい、僕ら夫婦と自宅に居たものが、夜間外出して徘徊、警察に保護されること数回に及び、ついに音を上げて、高齢者施設に移ってもらったもの。入居当初は、施設になじまず、トラブルから転居にまで至ったことで、それなら、自宅に戻して、という時期もあったが、スタッフの皆さんのご協力で落ち着いた状態が続いている。しかして、その要介護4、5という方々の中に、一歳1.5ヶ月の孫を連れて行くのは、僕にはちょっと違和感があったのが、ありがたいことに、娘は一向意に介さず、一緒してくれた。高齢者施設につくと、ちょうど責任担当者の人が、入り口のところに居て、最近の状況を詳しく説明してくれる。若干質疑応答のあと、分かれて二階に上がり、父のところへ。親父はちょうど食事をはじめたところ。同じテーブルには、もう一人のおばあさんと同席で、一人の女性スタッフが二人の入居者の食事を世話している。「お父さまは、最近、よく召し上がれるようになられて、ちょっと急いで搔き込むことがあるので、そこを注意すれば、出されたものは、一人で、だいたい完食なさいます」「そうですか。搔き込むことは確かにありますが、食事はゆっくり食べるほうだったですね」「えぇ、ふだんはゆっくり召し上がるんですけど、ときどき搔き込むように召し上がって」孫は僕に抱かれながら、食事を見ている。「君よりひい爺のほうが、上手だよ」今のところ、ご飯を食べるのは、親父のほうが上手ではある。「爺さんの、これは、ひ孫」「ひ ま ご ってなんだ?」通じないなぁ娘が説明しようとするが、分からない。「あなたはどなたですか」「私は孫です」「ま ご ってなんだ?分からないよ」苛立ちで親父はときどき語気を強めるが、娘は意に介さす、話をしていく。なるほどなぁ、子育てってのは忍耐をつくるんだ僕は、無理して相手に合わせるけど、娘は、そういう意味では自然体だな。後日、一昨年お父上をなくされた知人と話しをしたところ「そうなんですよ。父が入院してるとき、母とか姉は、姉は子育てしたことないんですけど、親父とちゃんと話しをできる。僕は、昔、厳しくされたことの記憶とか、こんな親父見たくない っていうほうが先になっちゃうんですけど」僕にも同じ思いがある。そういう意味では、子育てではなく、男女差か しょせん、男親と息子は、オス対オスで、敵対関係?「おいくつですか?」親父はそう尋ねたのだが「一歳になります」という娘の答えに「いっさい ってなんだ? 分からない」とまた苛立つ。「取っ手つきのプラスティック食器はいいね。今度買うことにしよう」「取っ手つきのはあるじゃない?」「あれは、コップ。取っ手つきのもあるけど、あれは陶器で重いから、自分で持っては食べられないでしょ」「スプーンは柄の長いのを使うんですか?」「そうですね。その方の手の状態によって、食事の内容によって、あったものを使っていただくようにしています。指があまり動かない方には、長めのスプーンですかね」介護と育児には多く共通するところがある。娘も仲間のお母さん方と一緒にすごす中で情報交換はあるはずだが、いい意味でビジネスとしてノウハウが蓄積されている介護の現場からは、学ぶところがあるということだ。しばらく、そんなスタッフとの会話とか、親父との成り立たないやりとりを続けるうち、食事も終わり近くなり、スタッフの手間を取らせても と 引き揚げる。そのまま娘宅に戻って昼食。
February 12, 2016
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経済のことはよく分からない。だから余計なことは言わない。僕らはそれでいい。困るのが、政治家もそうだが、経済官僚、一部経済記者、さらにエコノミストといった人たち。何か言わねば(やらねば)役たたずといわれ、間違ったことを言えば(やれば)、場合によって鼎の軽重を問われることはおろか、職業生命を失う可能性すらある。だから、というか、とかくというか、すなわち春秋の筆法をもってすれば、これらの人たちの多くは、実は分からぬままに分かった風を装い、何かを言っている(やっている)風を装い、結果、各所に影響を及ぼす。彼らが、実は、殆どの場合、すべてを分かっているわけでないことは、後世の結果が証するところであり、かくて賢者は歴史に学び、愚者は己の経験に学ぶNur ein Idiot glaubt,aus den eigenen Erfahrungen zu lernen. Ich ziehe es vor,aus den Erfahrungen anderer zu lernen,um von vorneherein eigene Fehler zu vermeiden.原典に言わんとする歴史とはすなわち他者の経験である。賢者は自分を犠牲にせず、他者をして経験せしむる。物理学の法則にも作用には必ず反作用が伴うとある。我々は良き結果を目指すも、往々にして悪しき反作用には眼を閉ざしがちである。しかして、座して天命を待てば、死あるのみならば、死中にいかばかりかの活を見出さんと策を講じるを冷笑し、何ら策なく反作用のみを語り批判に終始するは人倫はおろか鬼畜にももとる。彼らの饒舌は何ものをももたさらぬ死の饒舌に過ぎず、饒舌に踊る先には破滅あるのみ。自分の経験に学べば、日本のGDP停滞は、人口の伸びが止まると機を一にして、その太宗を占める国内消費は、すなわち賃金の上昇と極めて高い相関を有する。ここ、中華人民共和国の賢者には、すなわち、かの国のGDPの動きが、かつての日本のごとく、その人口の伸びと機を一にするならば、すでにその成長は限界に達したと喝破するであろう。言わんとすることは、中国経済の再生を信じるは、日本の経済成長復活をひたすら信じたこの四半世紀を繰り返すに過ぎず、しかして、その没落の兆しを祝ふ者は、その先にある奈落を見通す叡智に欠け、やがて満場の哄笑を浴びるを避け得まい。21世紀に20世紀の作用を引き続き享受するためには、20世紀のもたらす反作用を甘受せねばならぬ。覚悟なき者、用意なき者は、とどまることを許さぬ時代が、そこまで来ている。:::::::::::::::なんのこっちゃい?
February 7, 2016
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承前二転三転孫娘の保育園不合格から情緒不安定の為す業か、2月10日からの職場復帰を突如画策し始めた娘。会社本社の人事担当とやりあってまで、現場復帰を獲得せんとしたものの、同じ会社の技術部門に勤める婿さんが帰宅し、週末を過ごして、一応、さすがに2月10日はあきらめた。その間、旦那に当たり、孫娘に当たり、僕らを巻き込んで通勤用の電動自転車を買わんと、見て回るなどあとで反省しきり。結局、電動自転車の衝動買いも避けて、何事もなく、とりあえずは元の鞘に収まった。保育園をどうするかその最大の関門は残るものの、職場復帰の現実を垣間見たことは、彼女ら彼ら、そして僕らにとって、無駄なことではなく、そういうことでもなければ、さしたる事前準備もせず、それはそれなりの苦労を味わうことになったであろう。娘は、気を取り直して、来るべき、子離れに向け、準備を始めているようだ。知ってか知らずか?孫娘にも変化がみられる。(幼児で言葉がしゃべれなくとも、何らか感じるところはあるらしいが、僕には分からない):::::::::::::::二週間前に、経過観察の大腸ポリープ検査精検の結果を聞く。お見立て通りで、「放置すれば成長して、大腸がんになる可能性のあるタイプであり、急ぐ必要はないが、年内には手術することが妥当」最寄の病院で、前回担当してくれたお医者さんは今年の3月いっぱいで転勤となる由。ならば、3月までに処置することを決断。クリニックで会計を待つ中、携帯に着信があり、父の入居する高齢者施設から。午前の入浴中に癲癇が発症し、医師の往診を受けた旨の連絡。頻発するようであれば、抗癲癇薬の投与再開を検討することになるが、食事など、せっかく回復してきたものが、ふたたび不自由となる副作用が考えられる。娘に連絡をとり、来週、孫娘を連れての見舞いを調整。父の入居する高齢者施設は、義父の入居する高齢者住宅への途中にある。入居したのが、2012年の暮であるから、3年間を経過したことになる。義父のほうは、同居する家族がなかったこともあり、10年を経過。両者とも93歳。そろそろ現代でも長命の部類に入りつつある。いろいろな批判、問題点は山積だが、それでも、高齢者介護は、この半世紀、格段の充実を見ている。だが、これからの高齢者増加を考えるとき、未来はたいへんだと、改めて思う。娘の職場復帰は、本人の意思であるやに見えて、やはり高齢者の増加は、どこか、確実に影響し、それが、彼女を駆り立てた?
February 4, 2016
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