全30件 (30件中 1-30件目)
1
![]()
夏(9) 新しい茶室の写真である。最初に釜開きをし、これから茶室としての歴史が始まる事になる。楽器で言えば弾き始めである。それだけに新鮮だが重みが無く落ち付きも無いが、使用者が年月を掛けて磨き上げ良い音色が出るように使いきる様にする。その心意気や客の質で雰囲気は変わって行く。勿論、贅を尽くし金をかけた茶室が良いというものでは無く使う人によって手入れや気づかいでそれは決まって行く。茶室も人に沿って磨きあげられて行くから10年20年と使い込んで行く内に品格が出来上がって行くのである。たかが建物なのに品格が備わって行くというのは不自然な言い廻しかも知れないが、運営方法で建物は性格が変わって行くものである。質素でも気品に満ちたものもあれば贅沢な材料を使って建てられたものでも下品なものもある。茶は心で飲むものだけに主人と客の心の交流で部屋の雰囲気は上品にも下品にも成る。それは庭にも表れ、それらを取り巻く総てのものが織成す空気が茶の湯の世界を構築して行くのである。小説「猫と女と」(8) 矢張り親子の歳の差は歴然と身体に現れ、精々月に一度のセックスで見せる中年過ぎの女の反応と、今ベッドを共にしている舞子のそれとは比較に成らならなかった。それは季節で例えれば下り坂の女の行為が一瞬の激しい夕立ちとすれば、舞子の方は春の嵐のような激しさと繰り返し繰り返し襲う突風の様に吹き荒んだ。私もそれに合わせ様とするが、つい先にダウンしてしまう。それでも七年も続いて来た女との不倫よりも刺激的で、日頃の私のペースからすれば異常な興奮状態になった。流石に上り坂の身体は違い、せめて一度は舞子を満足させてやりたいと堪えながら舞子が絶頂に達するまで頑張ってみたものの、舞子の執拗な求めには追いつけなかった。それでも嵐が去ってヘトヘトになっている私を労る様に舞子は腕を回して優しく言った。「良かった・・・、これまで経験した中で一番。想っていた通りだったワ」 「死ぬかと想った・・・、でも、良かった・・・」私は呟く様に言った。「遊び慣れてるでしょ?私には分かるワ。上手だもの」舞子の指が目を閉じて居る私の頬を伝い唇に軽く触れた。その感触は満足した肉慾の表現に想え私を安心させた。「上手いとは想ってないが・・・、舞子との相性もあるのだろう・・・」「そう。私達、相性が合うワ」ふと、その言葉に聞き覚えを感じ、舞子の母親を想った。「舞子も相当遊んでいるな」「嫌ねえ、それ程じゃ無いワ」「恋人は、居るんだろ?」「今は居ない。男友達は居るけれど、皆若過ぎて頼り無い」「そりゃあ仕方が無いさ、それが若さだから・・・」「でも、ニューヨークで付き合っていた彼は、弁護士の卵でしっかりしていたワ」「白人?」と分かり切った事を訊き返し、続けて「じゃ、どうして別れたの?」と重ねた。「日本に住む気の無い人だったから・・・」「日本が嫌いだった?」「ニューヨークにしか世界は無いと思っている人ヨ」 「東京人と変わらないな。世間知らずと言うか意外に保守的なんだ。自分の住んでいる処だけが都会だと想っているタイプだ」「そう、完全な都会派。それに母親の言いなり。私が優柔不断で、もっと頑張れば良かったのかも・・・」「お母さんは知っていたの?」「何時も電話で話していたから・・・。でも、母は結婚しても日本で住んで欲しかったみたい」「好きだったら、アメリカに残ってでも一緒に成るべきだった」「帰国して暫くは悩んだ。でも、日が経つにつれて矢張り日本人の方が良いと想う様になった」「ほう、どうして?」「私も保守的なのかも知れない。でも、今は結婚は考えない事にしている」「ボクの友人にもそういう奴が居たヨ。商社マンでアメリカ女性とニューヨークで同棲していたんだ、母親の泣いての頼みに折れて、日本に帰って日本人と見合い結婚をした。女との別れ際、アメリカ女性からホワイ?と何度も訊かれたそだけど、ろくに説明も出来なかったらしい」 「分かるわ、その気持ち」「そう?ボクは、随分身勝手な男だと想って、それから付き合いを止めたヨ」もう二十年も会っていない男の顔を思い浮かべながら、同じ頃に自分も結婚した事を想い返した。身勝手なのは私だって変わらないのかも知れない。素人シャンソン歌手に飽きて別れを告げた非情さは何等その男と違わない。尤も、そうなった原因があった。行き付けのバーで彼女が勝手に私のボトル・キープしているウイスキーを若い男に飲ませていたのだった。頼まれてボトルを出したバーテンは私の彼女と知っていたからだが、そんな些細な事で腹を立てて別れる気になったのは女を真剣に愛していなかったという事になる。なめられたと想って簡単に別れる気に成った事自体が問題だった。報復の別れ話をされて驚いた女がパラリと箸を落としたのか、それとも不動産屋の手法の様に「早く決断しないと他所に売れてしまうわヨ」という女の作戦が裏目に出てショックだったのか分からない。 が、兎に角その頃には女よりも婚約者の方に気が移ってしまっていたのは事実だった。軽薄で浮気性の素人シャンソン歌手に見切りをつける潮時でもあったのだろう。友人を責める資格なぞ無いのに自分の方が正しいと想う身勝手さは御都合主義でしかないが、考えてみれば友人との付き合いが終わった理由はそれだけでは無かったのかも知れない。私に女と別れた事を吐露してしまって知られたくもない傷口への後味の悪さから離れて行ったとも考えられる。私だって母親から泣いて頼まれれば迷ったかも知れないのだ。幾ら自由恋愛と言っても国籍問題で肉親が保守的になるのは何処の国にもある。今でこそ国際結婚は有り触れた光景だが、当時は未だ慣れない人々が多く社会通念にまでは成っていなかった。特に日本の様な閉鎖社会では歴史的にも日が浅く、それに恋愛と結婚は必ずしも一致せず、まして外国の様な遠方では気持ちまで隔たってしまうものだ。 「外泊理由を、お母さんは納得していると思う?」会話が途切れた頃、気に成る事を訊いてみた。「平気よ。何時も通り友達の処に止まると言ってあるから」「よく外泊するの?」「母が機嫌の良い日にネ」「うん?」「大阪の事務所へ行った後は機嫌が良いのヨ」「お父さんと会えるから?」「まさか。父とは別れて逆にサバサバしてるワ。そんなのじゃ無くて、何か良い事があるみたい」「良い事?」「恋人が居る様ヨ」「ほう・・・」母親の愛人の存在を臭わせる。「何時頃から?」「私がニューヨークへ行く前からだから・・・もう七年になるかなあ」「嬉しい事?それとも不愉快?」「どうして?何も感じないワ。母は母ヨ」「そんなものかネ」舞子が両親の事を割り切って他人の様な目で観ている。そのくせ自分も保守的だと自任する。女盛りの二人の生活が親子と言うよりもル―ム・メイトの様な関係に想えて来る。(7月上旬へつづく)
2012/06/30
コメント(0)
![]()
夏(8) 茶の湯を楽しむには場所を選ばないのだが、洋風の居間で飲むよりも茶室で飲んだ方が心が和むのは日本人だからだろうか。その昔、禅僧が中国から茶を日本に持ち帰って伝わったとされ、その頃には茶室なぞ無かったのに、鎌倉、戦国、桃山時代の殺し合いの時代を経て利休が開発したとされる茶の喫し方を体系化した作法が定着するや茶室は心を癒す場になった。欅や檜を使わず雑木だけで建てた小さな小屋は権力者の為の建物に反発した数寄屋の手法であり手軽に建てられた。ところが時代が経った今では茶室は超高層の建物並みかそれ以上の坪単価がする高価なものになってしまった。贅沢ではない質素なものが価値を持てば逆転する例である。茶器も同様、中国や朝鮮の日常雑器が珍重され高値をもって売買された。利休は大いなるペテン師であったのかも知れない。小説「猫と女と」(8) 矢張り親子の歳の差は歴然と身体に現れ、精々月に一度のセックスで見せる中年過ぎの女の反応と、今ベッドを共にしている舞子のそれとは比較に成らならなかった。それは季節で例えれば下り坂の女の行為が一瞬の激しい夕立ちとすれば、舞子の方は春の嵐のような激しさと繰り返し繰り返し襲う突風の様に吹き荒んだ。私もそれに合わせ様とするが、つい先にダウンしてしまう。それでも七年も続いて来た女との不倫よりも刺激的で、日頃の私のペースからすれば異常な興奮状態になった。流石に上り坂の身体は違い、せめて一度は舞子を満足させてやりたいと堪えながら舞子が絶頂に達するまで頑張ってみたものの、舞子の執拗な求めには追いつけなかった。それでも嵐が去ってヘトヘトになっている私を労る様に舞子は腕を回して優しく言った。「良かった・・・、これまで経験した中で一番。想っていた通りだったワ」 「死ぬかと想った・・・、でも、良かった・・・」私は呟く様に言った。「遊び慣れてるでしょ?私には分かるワ。上手だもの」舞子の指が目を閉じて居る私の頬を伝い唇に軽く触れた。その感触は満足した肉慾の表現に想え私を安心させた。「上手いとは想ってないが・・・、舞子との相性もあるのだろう・・・」「そう。私達、相性が合うワ」ふと、その言葉に聞き覚えを感じ、舞子の母親を想った。「舞子も相当遊んでいるな」「嫌ねえ、それ程じゃ無いワ」「恋人は、居るんだろ?」「今は居ない。男友達は居るけれど、皆若過ぎて頼り無い」「そりゃあ仕方が無いさ、それが若さだから・・・」「でも、ニューヨークで付き合っていた彼は、弁護士の卵でしっかりしていたワ」「白人?」と分かり切った事を訊き返し、続けて「じゃ、どうして別れたの?」と重ねた。「日本に住む気の無い人だったから・・・」「日本が嫌いだった?」「ニューヨークにしか世界は無いと思っている人ヨ」 「東京人と変わらないな。世間知らずと言うか意外に保守的なんだ。自分の住んでいる処だけが都会だと想っているタイプだ」「そう、完全な都会派。それに母親の言いなり。私が優柔不断で、もっと頑張れば良かったのかも・・・」「お母さんは知っていたの?」「何時も電話で話していたから・・・。でも、母は結婚しても日本で住んで欲しかったみたい」「好きだったら、アメリカに残ってでも一緒に成るべきだった」「帰国して暫くは悩んだ。でも、日が経つにつれて矢張り日本人の方が良いと想う様になった」「ほう、どうして?」「私も保守的なのかも知れない。でも、今は結婚は考えない事にしている」「ボクの友人にもそういう奴が居たヨ。商社マンでアメリカ女性とニューヨークで同棲していたんだ、母親の泣いての頼みに折れて、日本に帰って日本人と見合い結婚をした。女との別れ際、アメリカ女性からホワイ?と何度も訊かれたそだけど、ろくに説明も出来なかったらしい」 「分かるわ、その気持ち」「そう?ボクは、随分身勝手な男だと想って、それから付き合いを止めたヨ」もう二十年も会っていない男の顔を思い浮かべながら、同じ頃に自分も結婚した事を想い返した。身勝手なのは私だって変わらないのかも知れない。素人シャンソン歌手に飽きて別れを告げた非情さは何等その男と違わない。尤も、そうなった原因があった。行き付けのバーで彼女が勝手に私のボトル・キープしているウイスキーを若い男に飲ませていたのだった。頼まれてボトルを出したバーテンは私の彼女と知っていたからだが、そんな些細な事で腹を立てて別れる気になったのは女を真剣に愛していなかったという事になる。なめられたと想って簡単に別れる気に成った事自体が問題だった。報復の別れ話をされて驚いた女がパラリと箸を落としたのか、それとも不動産屋の手法の様に「早く決断しないと他所に売れてしまうわヨ」という女の作戦が裏目に出てショックだったのか分からない。 が、兎に角その頃には女よりも婚約者の方に気が移ってしまっていたのは事実だった。軽薄で浮気性の素人シャンソン歌手に見切りをつける潮時でもあったのだろう。友人を責める資格なぞ無いのに自分の方が正しいと想う身勝手さは御都合主義でしかないが、考えてみれば友人との付き合いが終わった理由はそれだけでは無かったのかも知れない。私に女と別れた事を吐露してしまって知られたくもない傷口への後味の悪さから離れて行ったとも考えられる。私だって母親から泣いて頼まれれば迷ったかも知れないのだ。幾ら自由恋愛と言っても国籍問題で肉親が保守的になるのは何処の国にもある。今でこそ国際結婚は有り触れた光景だが、当時は未だ慣れない人々が多く社会通念にまでは成っていなかった。特に日本の様な閉鎖社会では歴史的にも日が浅く、それに恋愛と結婚は必ずしも一致せず、まして外国の様な遠方では気持ちまで隔たってしまうものだ。 「外泊理由を、お母さんは納得していると思う?」会話が途切れた頃、気に成る事を訊いてみた。「平気よ。何時も通り友達の処に止まると言ってあるから」「よく外泊するの?」「母が機嫌の良い日にネ」「うん?」「大阪の事務所へ行った後は機嫌が良いのヨ」「お父さんと会えるから?」「まさか。父とは別れて逆にサバサバしてるワ。そんなのじゃ無くて、何か良い事があるみたい」「良い事?」「恋人が居る様ヨ」「ほう・・・」母親の愛人の存在を臭わせる。「何時頃から?」「私がニューヨークへ行く前からだから・・・もう七年になるかなあ」「嬉しい事?それとも不愉快?」「どうして?何も感じないワ。母は母ヨ」「そんなものかネ」舞子が両親の事を割り切って他人の様な目で観ている。そのくせ自分も保守的だと自任する。女盛りの二人の生活が親子と言うよりもル―ム・メイトの様な関係に想えて来る。(7月上旬へつづく)
2012/06/29
コメント(0)
![]()
夏(7) 昨日の丸窓の障子は茶室によく使われる手法だが、禅寺の建物にも多く使われ、庭を丸い額縁に見立てた形で眺める。丸は心を和やかにする効果がある。四角の窓が一般的だが茶室では土壁の下地の竹を四角に顕わして換気と明りとりにする小窓がある。下地の小舞い竹を蔓で編んだ昔の手法には牧歌的なのどかさを感じる。わざわざ小舞い竹を見せ、その間隔と本数で一種のバーコード的記号にした知恵は茶人(亭主)の心意気を示したもので招かれた客もその意味を感じ取って茶の湯を楽しんだと言われる。今時そんな事を感じる人は居ないだろうが、茶室は一つの宇宙を顕わして亭主と客が対峙して心を一つにする場であったのだ。小説「猫と女と」(8) 矢張り親子の歳の差は歴然と身体に現れ、精々月に一度のセックスで見せる中年過ぎの女の反応と、今ベッドを共にしている舞子のそれとは比較に成らならなかった。それは季節で例えれば下り坂の女の行為が一瞬の激しい夕立ちとすれば、舞子の方は春の嵐のような激しさと繰り返し繰り返し襲う突風の様に吹き荒んだ。私もそれに合わせ様とするが、つい先にダウンしてしまう。それでも七年も続いて来た女との不倫よりも刺激的で、日頃の私のペースからすれば異常な興奮状態になった。流石に上り坂の身体は違い、せめて一度は舞子を満足させてやりたいと堪えながら舞子が絶頂に達するまで頑張ってみたものの、舞子の執拗な求めには追いつけなかった。それでも嵐が去ってヘトヘトになっている私を労る様に舞子は腕を回して優しく言った。「良かった・・・、これまで経験した中で一番。想っていた通りだったワ」 「死ぬかと想った・・・、でも、良かった・・・」私は呟く様に言った。「遊び慣れてるでしょ?私には分かるワ。上手だもの」舞子の指が目を閉じて居る私の頬を伝い唇に軽く触れた。その感触は満足した肉慾の表現に想え私を安心させた。「上手いとは想ってないが・・・、舞子との相性もあるのだろう・・・」「そう。私達、相性が合うワ」ふと、その言葉に聞き覚えを感じ、舞子の母親を想った。「舞子も相当遊んでいるな」「嫌ねえ、それ程じゃ無いワ」「恋人は、居るんだろ?」「今は居ない。男友達は居るけれど、皆若過ぎて頼り無い」「そりゃあ仕方が無いさ、それが若さだから・・・」「でも、ニューヨークで付き合っていた彼は、弁護士の卵でしっかりしていたワ」「白人?」と分かり切った事を訊き返し、続けて「じゃ、どうして別れたの?」と重ねた。「日本に住む気の無い人だったから・・・」「日本が嫌いだった?」「ニューヨークにしか世界は無いと思っている人ヨ」 「東京人と変わらないな。世間知らずと言うか意外に保守的なんだ。自分の住んでいる処だけが都会だと想っているタイプだ」「そう、完全な都会派。それに母親の言いなり。私が優柔不断で、もっと頑張れば良かったのかも・・・」「お母さんは知っていたの?」「何時も電話で話していたから・・・。でも、母は結婚しても日本で住んで欲しかったみたい」「好きだったら、アメリカに残ってでも一緒に成るべきだった」「帰国して暫くは悩んだ。でも、日が経つにつれて矢張り日本人の方が良いと想う様になった」「ほう、どうして?」「私も保守的なのかも知れない。でも、今は結婚は考えない事にしている」「ボクの友人にもそういう奴が居たヨ。商社マンでアメリカ女性とニューヨークで同棲していたんだ、母親の泣いての頼みに折れて、日本に帰って日本人と見合い結婚をした。女との別れ際、アメリカ女性からホワイ?と何度も訊かれたそだけど、ろくに説明も出来なかったらしい」 「分かるわ、その気持ち」「そう?ボクは、随分身勝手な男だと想って、それから付き合いを止めたヨ」もう二十年も会っていない男の顔を思い浮かべながら、同じ頃に自分も結婚した事を想い返した。身勝手なのは私だって変わらないのかも知れない。素人シャンソン歌手に飽きて別れを告げた非情さは何等その男と違わない。尤も、そうなった原因があった。行き付けのバーで彼女が勝手に私のボトル・キープしているウイスキーを若い男に飲ませていたのだった。頼まれてボトルを出したバーテンは私の彼女と知っていたからだが、そんな些細な事で腹を立てて別れる気になったのは女を真剣に愛していなかったという事になる。なめられたと想って簡単に別れる気に成った事自体が問題だった。報復の別れ話をされて驚いた女がパラリと箸を落としたのか、それとも不動産屋の手法の様に「早く決断しないと他所に売れてしまうわヨ」という女の作戦が裏目に出てショックだったのか分からない。 が、兎に角その頃には女よりも婚約者の方に気が移ってしまっていたのは事実だった。軽薄で浮気性の素人シャンソン歌手に見切りをつける潮時でもあったのだろう。友人を責める資格なぞ無いのに自分の方が正しいと想う身勝手さは御都合主義でしかないが、考えてみれば友人との付き合いが終わった理由はそれだけでは無かったのかも知れない。私に女と別れた事を吐露してしまって知られたくもない傷口への後味の悪さから離れて行ったとも考えられる。私だって母親から泣いて頼まれれば迷ったかも知れないのだ。幾ら自由恋愛と言っても国籍問題で肉親が保守的になるのは何処の国にもある。今でこそ国際結婚は有り触れた光景だが、当時は未だ慣れない人々が多く社会通念にまでは成っていなかった。特に日本の様な閉鎖社会では歴史的にも日が浅く、それに恋愛と結婚は必ずしも一致せず、まして外国の様な遠方では気持ちまで隔たってしまうものだ。 「外泊理由を、お母さんは納得していると思う?」会話が途切れた頃、気に成る事を訊いてみた。「平気よ。何時も通り友達の処に止まると言ってあるから」「よく外泊するの?」「母が機嫌の良い日にネ」「うん?」「大阪の事務所へ行った後は機嫌が良いのヨ」「お父さんと会えるから?」「まさか。父とは別れて逆にサバサバしてるワ。そんなのじゃ無くて、何か良い事があるみたい」「良い事?」「恋人が居る様ヨ」「ほう・・・」母親の愛人の存在を臭わせる。「何時頃から?」「私がニューヨークへ行く前からだから・・・もう七年になるかなあ」「嬉しい事?それとも不愉快?」「どうして?何も感じないワ。母は母ヨ」「そんなものかネ」舞子が両親の事を割り切って他人の様な目で観ている。そのくせ自分も保守的だと自任する。女盛りの二人の生活が親子と言うよりもル―ム・メイトの様な関係に想えて来る。(7月上旬へつづく)
2012/06/28
コメント(0)
![]()
夏(6) お茶を喫するには季節は無関係であるが、冬場がどうしても多く成るのは寒さから来るのだろう。しかしボクなんかは毎朝コーヒーを立てて朝食を摂るから季節は無関係である。日本ではお茶は一般的にコーヒーでは無く和茶(抹茶、煎茶、ホウジ茶)の事を指すが、茶室を持っていないので仏間(和室)で抹茶を立てる事もある。が、普段は居間(洋間)の食卓で立てる。抹茶と煎茶とホウジ茶を夫々容器に入れ食卓に置いているから好きな時に飲みたい茶を飲める様にしてあり、その中で煎茶を飲む率が一番多い。抹茶は茶の葉を石臼で曳いたものだが、ボクは煎茶もミキサーで細かく粉状にして直ぐに飲める様にしている。粉にすれば茶の成分が多く濃くなるからだ。それを喫しながら庭を眺めるのが至福の一時である。小説「猫と女と」(8) 矢張り親子の歳の差は歴然と身体に現れ、精々月に一度のセックスで見せる中年過ぎの女の反応と、今ベッドを共にしている舞子のそれとは比較に成らならなかった。それは季節で例えれば下り坂の女の行為が一瞬の激しい夕立ちとすれば、舞子の方は春の嵐のような激しさと繰り返し繰り返し襲う突風の様に吹き荒んだ。私もそれに合わせ様とするが、つい先にダウンしてしまう。それでも七年も続いて来た女との不倫よりも刺激的で、日頃の私のペースからすれば異常な興奮状態になった。流石に上り坂の身体は違い、せめて一度は舞子を満足させてやりたいと堪えながら舞子が絶頂に達するまで頑張ってみたものの、舞子の執拗な求めには追いつけなかった。それでも嵐が去ってヘトヘトになっている私を労る様に舞子は腕を回して優しく言った。「良かった・・・、これまで経験した中で一番。想っていた通りだったワ」 「死ぬかと想った・・・、でも、良かった・・・」私は呟く様に言った。「遊び慣れてるでしょ?私には分かるワ。上手だもの」舞子の指が目を閉じて居る私の頬を伝い唇に軽く触れた。その感触は満足した肉慾の表現に想え私を安心させた。「上手いとは想ってないが・・・、舞子との相性もあるのだろう・・・」「そう。私達、相性が合うワ」ふと、その言葉に聞き覚えを感じ、舞子の母親を想った。「舞子も相当遊んでいるな」「嫌ねえ、それ程じゃ無いワ」「恋人は、居るんだろ?」「今は居ない。男友達は居るけれど、皆若過ぎて頼り無い」「そりゃあ仕方が無いさ、それが若さだから・・・」「でも、ニューヨークで付き合っていた彼は、弁護士の卵でしっかりしていたワ」「白人?」と分かり切った事を訊き返し、続けて「じゃ、どうして別れたの?」と重ねた。「日本に住む気の無い人だったから・・・」「日本が嫌いだった?」「ニューヨークにしか世界は無いと思っている人ヨ」 「東京人と変わらないな。世間知らずと言うか意外に保守的なんだ。自分の住んでいる処だけが都会だと想っているタイプだ」「そう、完全な都会派。それに母親の言いなり。私が優柔不断で、もっと頑張れば良かったのかも・・・」「お母さんは知っていたの?」「何時も電話で話していたから・・・。でも、母は結婚しても日本で住んで欲しかったみたい」「好きだったら、アメリカに残ってでも一緒に成るべきだった」「帰国して暫くは悩んだ。でも、日が経つにつれて矢張り日本人の方が良いと想う様になった」「ほう、どうして?」「私も保守的なのかも知れない。でも、今は結婚は考えない事にしている」「ボクの友人にもそういう奴が居たヨ。商社マンでアメリカ女性とニューヨークで同棲していたんだ、母親の泣いての頼みに折れて、日本に帰って日本人と見合い結婚をした。女との別れ際、アメリカ女性からホワイ?と何度も訊かれたそだけど、ろくに説明も出来なかったらしい」 「分かるわ、その気持ち」「そう?ボクは、随分身勝手な男だと想って、それから付き合いを止めたヨ」もう二十年も会っていない男の顔を思い浮かべながら、同じ頃に自分も結婚した事を想い返した。身勝手なのは私だって変わらないのかも知れない。素人シャンソン歌手に飽きて別れを告げた非情さは何等その男と違わない。尤も、そうなった原因があった。行き付けのバーで彼女が勝手に私のボトル・キープしているウイスキーを若い男に飲ませていたのだった。頼まれてボトルを出したバーテンは私の彼女と知っていたからだが、そんな些細な事で腹を立てて別れる気になったのは女を真剣に愛していなかったという事になる。なめられたと想って簡単に別れる気に成った事自体が問題だった。報復の別れ話をされて驚いた女がパラリと箸を落としたのか、それとも不動産屋の手法の様に「早く決断しないと他所に売れてしまうわヨ」という女の作戦が裏目に出てショックだったのか分からない。 が、兎に角その頃には女よりも婚約者の方に気が移ってしまっていたのは事実だった。軽薄で浮気性の素人シャンソン歌手に見切りをつける潮時でもあったのだろう。友人を責める資格なぞ無いのに自分の方が正しいと想う身勝手さは御都合主義でしかないが、考えてみれば友人との付き合いが終わった理由はそれだけでは無かったのかも知れない。私に女と別れた事を吐露してしまって知られたくもない傷口への後味の悪さから離れて行ったとも考えられる。私だって母親から泣いて頼まれれば迷ったかも知れないのだ。幾ら自由恋愛と言っても国籍問題で肉親が保守的になるのは何処の国にもある。今でこそ国際結婚は有り触れた光景だが、当時は未だ慣れない人々が多く社会通念にまでは成っていなかった。特に日本の様な閉鎖社会では歴史的にも日が浅く、それに恋愛と結婚は必ずしも一致せず、まして外国の様な遠方では気持ちまで隔たってしまうものだ。 「外泊理由を、お母さんは納得していると思う?」会話が途切れた頃、気に成る事を訊いてみた。「平気よ。何時も通り友達の処に止まると言ってあるから」「よく外泊するの?」「母が機嫌の良い日にネ」「うん?」「大阪の事務所へ行った後は機嫌が良いのヨ」「お父さんと会えるから?」「まさか。父とは別れて逆にサバサバしてるワ。そんなのじゃ無くて、何か良い事があるみたい」「良い事?」「恋人が居る様ヨ」「ほう・・・」母親の愛人の存在を臭わせる。「何時頃から?」「私がニューヨークへ行く前からだから・・・もう七年になるかなあ」「嬉しい事?それとも不愉快?」「どうして?何も感じないワ。母は母ヨ」「そんなものかネ」舞子が両親の事を割り切って他人の様な目で観ている。そのくせ自分も保守的だと自任する。女盛りの二人の生活が親子と言うよりもル―ム・メイトの様な関係に想えて来る。(7月上旬へつづく)
2012/06/27
コメント(0)
![]()
夏(5) デパートの屋上から観る大阪の遠望は大都会の変貌を如実に知らせてくれる。近年では何処の国にも大都会に超高層ビルが乱立し、人間の欲望に満ちた過密な日常生活を助長しているが、その元凶はニューヨークのマンハッタンに在った。それは400年ほど昔(1620)西欧の喰いつめ者連中がメイフラワー号に乗って新世界(北アメリカ東海岸)に移住し、原住民(ネイティブ・アメリカン=アメリカ・インデアン)を追いやり虐殺して行った白人の暗い歴史である。連中はゴールド・ラッシュで西部に殺到し、採掘した大量の金塊を東部に運び次々と金持ちに変身して行く。そして、先住民を閉じ込めていたニューヨーク州のマンハッタン島にウォ―ル街(先住民の居留地を囲んでいた高い壁、つまりウォ―ルの名残りからそう呼ばれた)を造ったのだ。それが今や世界の金融の中心地となり世界の経済を操るまでに成ったものの近年では行き詰まり、BRICKS(ブリック=ブラジル・ロシア・インド・中国・南アフリカ等の新興国)に変わりつつある。果たして大阪は如何?小説「猫と女と」(8) 矢張り親子の歳の差は歴然と身体に現れ、精々月に一度のセックスで見せる中年過ぎの女の反応と、今ベッドを共にしている舞子のそれとは比較に成らならなかった。それは季節で例えれば下り坂の女の行為が一瞬の激しい夕立ちとすれば、舞子の方は春の嵐のような激しさと繰り返し繰り返し襲う突風の様に吹き荒んだ。私もそれに合わせ様とするが、つい先にダウンしてしまう。それでも七年も続いて来た女との不倫よりも刺激的で、日頃の私のペースからすれば異常な興奮状態になった。流石に上り坂の身体は違い、せめて一度は舞子を満足させてやりたいと堪えながら舞子が絶頂に達するまで頑張ってみたものの、舞子の執拗な求めには追いつけなかった。それでも嵐が去ってヘトヘトになっている私を労る様に舞子は腕を回して優しく言った。「良かった・・・、これまで経験した中で一番。想っていた通りだったワ」 「死ぬかと想った・・・、でも、良かった・・・」私は呟く様に言った。「遊び慣れてるでしょ?私には分かるワ。上手だもの」舞子の指が目を閉じて居る私の頬を伝い唇に軽く触れた。その感触は満足した肉慾の表現に想え私を安心させた。「上手いとは想ってないが・・・、舞子との相性もあるのだろう・・・」「そう。私達、相性が合うワ」ふと、その言葉に聞き覚えを感じ、舞子の母親を想った。「舞子も相当遊んでいるな」「嫌ねえ、それ程じゃ無いワ」「恋人は、居るんだろ?」「今は居ない。男友達は居るけれど、皆若過ぎて頼り無い」「そりゃあ仕方が無いさ、それが若さだから・・・」「でも、ニューヨークで付き合っていた彼は、弁護士の卵でしっかりしていたワ」「白人?」と分かり切った事を訊き返し、続けて「じゃ、どうして別れたの?」と重ねた。「日本に住む気の無い人だったから・・・」「日本が嫌いだった?」「ニューヨークにしか世界は無いと思っている人ヨ」 「東京人と変わらないな。世間知らずと言うか意外に保守的なんだ。自分の住んでいる処だけが都会だと想っているタイプだ」「そう、完全な都会派。それに母親の言いなり。私が優柔不断で、もっと頑張れば良かったのかも・・・」「お母さんは知っていたの?」「何時も電話で話していたから・・・。でも、母は結婚しても日本で住んで欲しかったみたい」「好きだったら、アメリカに残ってでも一緒に成るべきだった」「帰国して暫くは悩んだ。でも、日が経つにつれて矢張り日本人の方が良いと想う様になった」「ほう、どうして?」「私も保守的なのかも知れない。でも、今は結婚は考えない事にしている」「ボクの友人にもそういう奴が居たヨ。商社マンでアメリカ女性とニューヨークで同棲していたんだ、母親の泣いての頼みに折れて、日本に帰って日本人と見合い結婚をした。女との別れ際、アメリカ女性からホワイ?と何度も訊かれたそだけど、ろくに説明も出来なかったらしい」 「分かるわ、その気持ち」「そう?ボクは、随分身勝手な男だと想って、それから付き合いを止めたヨ」もう二十年も会っていない男の顔を思い浮かべながら、同じ頃に自分も結婚した事を想い返した。身勝手なのは私だって変わらないのかも知れない。素人シャンソン歌手に飽きて別れを告げた非情さは何等その男と違わない。尤も、そうなった原因があった。行き付けのバーで彼女が勝手に私のボトル・キープしているウイスキーを若い男に飲ませていたのだった。頼まれてボトルを出したバーテンは私の彼女と知っていたからだが、そんな些細な事で腹を立てて別れる気になったのは女を真剣に愛していなかったという事になる。なめられたと想って簡単に別れる気に成った事自体が問題だった。報復の別れ話をされて驚いた女がパラリと箸を落としたのか、それとも不動産屋の手法の様に「早く決断しないと他所に売れてしまうわヨ」という女の作戦が裏目に出てショックだったのか分からない。 が、兎に角その頃には女よりも婚約者の方に気が移ってしまっていたのは事実だった。軽薄で浮気性の素人シャンソン歌手に見切りをつける潮時でもあったのだろう。友人を責める資格なぞ無いのに自分の方が正しいと想う身勝手さは御都合主義でしかないが、考えてみれば友人との付き合いが終わった理由はそれだけでは無かったのかも知れない。私に女と別れた事を吐露してしまって知られたくもない傷口への後味の悪さから離れて行ったとも考えられる。私だって母親から泣いて頼まれれば迷ったかも知れないのだ。幾ら自由恋愛と言っても国籍問題で肉親が保守的になるのは何処の国にもある。今でこそ国際結婚は有り触れた光景だが、当時は未だ慣れない人々が多く社会通念にまでは成っていなかった。特に日本の様な閉鎖社会では歴史的にも日が浅く、それに恋愛と結婚は必ずしも一致せず、まして外国の様な遠方では気持ちまで隔たってしまうものだ。 「外泊理由を、お母さんは納得していると思う?」会話が途切れた頃、気に成る事を訊いてみた。「平気よ。何時も通り友達の処に止まると言ってあるから」「よく外泊するの?」「母が機嫌の良い日にネ」「うん?」「大阪の事務所へ行った後は機嫌が良いのヨ」「お父さんと会えるから?」「まさか。父とは別れて逆にサバサバしてるワ。そんなのじゃ無くて、何か良い事があるみたい」「良い事?」「恋人が居る様ヨ」「ほう・・・」母親の愛人の存在を臭わせる。「何時頃から?」「私がニューヨークへ行く前からだから・・・もう七年になるかなあ」「嬉しい事?それとも不愉快?」「どうして?何も感じないワ。母は母ヨ」「そんなものかネ」舞子が両親の事を割り切って他人の様な目で観ている。そのくせ自分も保守的だと自任する。女盛りの二人の生活が親子と言うよりもル―ム・メイトの様な関係に想えて来る。(7月上旬へつづく)
2012/06/26
コメント(0)
![]()
夏(4) 大阪のデパートの屋上風景である。最近はどの小売業界も不景気で売り上げが年々じり貧状態であるが、高級化路線で行く大型店舗のデパートは小売業界の雄という立場上そうも言っていられず顧客の気を惹く為に様々な努力をしている。その一つとしてこのシンプルな屋上庭園は憩いの場としての休憩場所として設けてあるのだろう。しかし利用客は少ない。買い物ついでに優雅にのんびりと寛ぐ人々が居ないのである。これから夏場のカンカン照りの陽射しの下では更に誰も上がって来ないだろう。が、ボクは時々、人の少ないこういう場所に来て遠望を楽しむ事にしている。誰にも邪魔されずに気楽に十数分だけでも寛げるからだ。勿論、何かのついでに来た時に利用するだけだが、店内の高級品を眺め廻っても殆どの物は持っているだけに特に欲しいものは無い。せめて流行のファッションを観るぐらいなものである。小説「猫と女と」(8) 矢張り親子の歳の差は歴然と身体に現れ、精々月に一度のセックスで見せる中年過ぎの女の反応と、今ベッドを共にしている舞子のそれとは比較に成らならなかった。それは季節で例えれば下り坂の女の行為が一瞬の激しい夕立ちとすれば、舞子の方は春の嵐のような激しさと繰り返し繰り返し襲う突風の様に吹き荒んだ。私もそれに合わせ様とするが、つい先にダウンしてしまう。それでも七年も続いて来た女との不倫よりも刺激的で、日頃の私のペースからすれば異常な興奮状態になった。流石に上り坂の身体は違い、せめて一度は舞子を満足させてやりたいと堪えながら舞子が絶頂に達するまで頑張ってみたものの、舞子の執拗な求めには追いつけなかった。それでも嵐が去ってヘトヘトになっている私を労る様に舞子は腕を回して優しく言った。「良かった・・・、これまで経験した中で一番。想っていた通りだったワ」 「死ぬかと想った・・・、でも、良かった・・・」私は呟く様に言った。「遊び慣れてるでしょ?私には分かるワ。上手だもの」舞子の指が目を閉じて居る私の頬を伝い唇に軽く触れた。その感触は満足した肉慾の表現に想え私を安心させた。「上手いとは想ってないが・・・、舞子との相性もあるのだろう・・・」「そう。私達、相性が合うワ」ふと、その言葉に聞き覚えを感じ、舞子の母親を想った。「舞子も相当遊んでいるな」「嫌ねえ、それ程じゃ無いワ」「恋人は、居るんだろ?」「今は居ない。男友達は居るけれど、皆若過ぎて頼り無い」「そりゃあ仕方が無いさ、それが若さだから・・・」「でも、ニューヨークで付き合っていた彼は、弁護士の卵でしっかりしていたワ」「白人?」と分かり切った事を訊き返し、続けて「じゃ、どうして別れたの?」と重ねた。「日本に住む気の無い人だったから・・・」「日本が嫌いだった?」「ニューヨークにしか世界は無いと思っている人ヨ」 「東京人と変わらないな。世間知らずと言うか意外に保守的なんだ。自分の住んでいる処だけが都会だと想っているタイプだ」「そう、完全な都会派。それに母親の言いなり。私が優柔不断で、もっと頑張れば良かったのかも・・・」「お母さんは知っていたの?」「何時も電話で話していたから・・・。でも、母は結婚しても日本で住んで欲しかったみたい」「好きだったら、アメリカに残ってでも一緒に成るべきだった」「帰国して暫くは悩んだ。でも、日が経つにつれて矢張り日本人の方が良いと想う様になった」「ほう、どうして?」「私も保守的なのかも知れない。でも、今は結婚は考えない事にしている」「ボクの友人にもそういう奴が居たヨ。商社マンでアメリカ女性とニューヨークで同棲していたんだ、母親の泣いての頼みに折れて、日本に帰って日本人と見合い結婚をした。女との別れ際、アメリカ女性からホワイ?と何度も訊かれたそだけど、ろくに説明も出来なかったらしい」 「分かるわ、その気持ち」「そう?ボクは、随分身勝手な男だと想って、それから付き合いを止めたヨ」もう二十年も会っていない男の顔を思い浮かべながら、同じ頃に自分も結婚した事を想い返した。身勝手なのは私だって変わらないのかも知れない。素人シャンソン歌手に飽きて別れを告げた非情さは何等その男と違わない。尤も、そうなった原因があった。行き付けのバーで彼女が勝手に私のボトル・キープしているウイスキーを若い男に飲ませていたのだった。頼まれてボトルを出したバーテンは私の彼女と知っていたからだが、そんな些細な事で腹を立てて別れる気になったのは女を真剣に愛していなかったという事になる。なめられたと想って簡単に別れる気に成った事自体が問題だった。報復の別れ話をされて驚いた女がパラリと箸を落としたのか、それとも不動産屋の手法の様に「早く決断しないと他所に売れてしまうわヨ」という女の作戦が裏目に出てショックだったのか分からない。 が、兎に角その頃には女よりも婚約者の方に気が移ってしまっていたのは事実だった。軽薄で浮気性の素人シャンソン歌手に見切りをつける潮時でもあったのだろう。友人を責める資格なぞ無いのに自分の方が正しいと想う身勝手さは御都合主義でしかないが、考えてみれば友人との付き合いが終わった理由はそれだけでは無かったのかも知れない。私に女と別れた事を吐露してしまって知られたくもない傷口への後味の悪さから離れて行ったとも考えられる。私だって母親から泣いて頼まれれば迷ったかも知れないのだ。幾ら自由恋愛と言っても国籍問題で肉親が保守的になるのは何処の国にもある。今でこそ国際結婚は有り触れた光景だが、当時は未だ慣れない人々が多く社会通念にまでは成っていなかった。特に日本の様な閉鎖社会では歴史的にも日が浅く、それに恋愛と結婚は必ずしも一致せず、まして外国の様な遠方では気持ちまで隔たってしまうものだ。 「外泊理由を、お母さんは納得していると思う?」会話が途切れた頃、気に成る事を訊いてみた。「平気よ。何時も通り友達の処に止まると言ってあるから」「よく外泊するの?」「母が機嫌の良い日にネ」「うん?」「大阪の事務所へ行った後は機嫌が良いのヨ」「お父さんと会えるから?」「まさか。父とは別れて逆にサバサバしてるワ。そんなのじゃ無くて、何か良い事があるみたい」「良い事?」「恋人が居る様ヨ」「ほう・・・」母親の愛人の存在を臭わせる。「何時頃から?」「私がニューヨークへ行く前からだから・・・もう七年になるかなあ」「嬉しい事?それとも不愉快?」「どうして?何も感じないワ。母は母ヨ」「そんなものかネ」舞子が両親の事を割り切って他人の様な目で観ている。そのくせ自分も保守的だと自任する。女盛りの二人の生活が親子と言うよりもル―ム・メイトの様な関係に想えて来る。(7月上旬へつづく)
2012/06/25
コメント(0)
![]()
夏(3) ボクの好きな花の中で野性味のあるアザミは育てるのが難しい。近所の原っぱに咲いていたアザミを30cm角の土の塊のまま掘り起こしてそのまま移植すれば枯れずに咲いてくれる。しかし、翌年は咲いてくれない。花が咲き終わって胞子が風に飛ばされて行き、上手い具合に定着した場所で育てば咲くが、人工の庭では定着させるのは至難の業である。何故なら庭は常に人の手が入るから胞子が美味く定着しないのだ。自然の条件は勝手に放置された状態、つまり人の手の加わらない場所と雨と太陽の恵みを充分に受けた偶然的な恵まれた場所でないと育たないのである。野に在る自然の状態が矢張り似合う花なのだろう。小説「猫と女と」(8) 矢張り親子の歳の差は歴然と身体に現れ、精々月に一度のセックスで見せる中年過ぎの女の反応と、今ベッドを共にしている舞子のそれとは比較に成らならなかった。それは季節で例えれば下り坂の女の行為が一瞬の激しい夕立ちとすれば、舞子の方は春の嵐のような激しさと繰り返し繰り返し襲う突風の様に吹き荒んだ。私もそれに合わせ様とするが、つい先にダウンしてしまう。それでも七年も続いて来た女との不倫よりも刺激的で、日頃の私のペースからすれば異常な興奮状態になった。流石に上り坂の身体は違い、せめて一度は舞子を満足させてやりたいと堪えながら舞子が絶頂に達するまで頑張ってみたものの、舞子の執拗な求めには追いつけなかった。それでも嵐が去ってヘトヘトになっている私を労る様に舞子は腕を回して優しく言った。「良かった・・・、これまで経験した中で一番。想っていた通りだったワ」 「死ぬかと想った・・・、でも、良かった・・・」私は呟く様に言った。「遊び慣れてるでしょ?私には分かるワ。上手だもの」舞子の指が目を閉じて居る私の頬を伝い唇に軽く触れた。その感触は満足した肉慾の表現に想え私を安心させた。「上手いとは想ってないが・・・、舞子との相性もあるのだろう・・・」「そう。私達、相性が合うワ」ふと、その言葉に聞き覚えを感じ、舞子の母親を想った。「舞子も相当遊んでいるな」「嫌ねえ、それ程じゃ無いワ」「恋人は、居るんだろ?」「今は居ない。男友達は居るけれど、皆若過ぎて頼り無い」「そりゃあ仕方が無いさ、それが若さだから・・・」「でも、ニューヨークで付き合っていた彼は、弁護士の卵でしっかりしていたワ」「白人?」と分かり切った事を訊き返し、続けて「じゃ、どうして別れたの?」と重ねた。「日本に住む気の無い人だったから・・・」「日本が嫌いだった?」「ニューヨークにしか世界は無いと思っている人ヨ」 「東京人と変わらないな。世間知らずと言うか意外に保守的なんだ。自分の住んでいる処だけが都会だと想っているタイプだ」「そう、完全な都会派。それに母親の言いなり。私が優柔不断で、もっと頑張れば良かったのかも・・・」「お母さんは知っていたの?」「何時も電話で話していたから・・・。でも、母は結婚しても日本で住んで欲しかったみたい」「好きだったら、アメリカに残ってでも一緒に成るべきだった」「帰国して暫くは悩んだ。でも、日が経つにつれて矢張り日本人の方が良いと想う様になった」「ほう、どうして?」「私も保守的なのかも知れない。でも、今は結婚は考えない事にしている」「ボクの友人にもそういう奴が居たヨ。商社マンでアメリカ女性とニューヨークで同棲していたんだ、母親の泣いての頼みに折れて、日本に帰って日本人と見合い結婚をした。女との別れ際、アメリカ女性からホワイ?と何度も訊かれたそだけど、ろくに説明も出来なかったらしい」 「分かるわ、その気持ち」「そう?ボクは、随分身勝手な男だと想って、それから付き合いを止めたヨ」もう二十年も会っていない男の顔を思い浮かべながら、同じ頃に自分も結婚した事を想い返した。身勝手なのは私だって変わらないのかも知れない。素人シャンソン歌手に飽きて別れを告げた非情さは何等その男と違わない。尤も、そうなった原因があった。行き付けのバーで彼女が勝手に私のボトル・キープしているウイスキーを若い男に飲ませていたのだった。頼まれてボトルを出したバーテンは私の彼女と知っていたからだが、そんな些細な事で腹を立てて別れる気になったのは女を真剣に愛していなかったという事になる。なめられたと想って簡単に別れる気に成った事自体が問題だった。報復の別れ話をされて驚いた女がパラリと箸を落としたのか、それとも不動産屋の手法の様に「早く決断しないと他所に売れてしまうわヨ」という女の作戦が裏目に出てショックだったのか分からない。 が、兎に角その頃には女よりも婚約者の方に気が移ってしまっていたのは事実だった。軽薄で浮気性の素人シャンソン歌手に見切りをつける潮時でもあったのだろう。友人を責める資格なぞ無いのに自分の方が正しいと想う身勝手さは御都合主義でしかないが、考えてみれば友人との付き合いが終わった理由はそれだけでは無かったのかも知れない。私に女と別れた事を吐露してしまって知られたくもない傷口への後味の悪さから離れて行ったとも考えられる。私だって母親から泣いて頼まれれば迷ったかも知れないのだ。幾ら自由恋愛と言っても国籍問題で肉親が保守的になるのは何処の国にもある。今でこそ国際結婚は有り触れた光景だが、当時は未だ慣れない人々が多く社会通念にまでは成っていなかった。特に日本の様な閉鎖社会では歴史的にも日が浅く、それに恋愛と結婚は必ずしも一致せず、まして外国の様な遠方では気持ちまで隔たってしまうものだ。 「外泊理由を、お母さんは納得していると思う?」会話が途切れた頃、気に成る事を訊いてみた。「平気よ。何時も通り友達の処に止まると言ってあるから」「よく外泊するの?」「母が機嫌の良い日にネ」「うん?」「大阪の事務所へ行った後は機嫌が良いのヨ」「お父さんと会えるから?」「まさか。父とは別れて逆にサバサバしてるワ。そんなのじゃ無くて、何か良い事があるみたい」「良い事?」「恋人が居る様ヨ」「ほう・・・」母親の愛人の存在を臭わせる。「何時頃から?」「私がニューヨークへ行く前からだから・・・もう七年になるかなあ」「嬉しい事?それとも不愉快?」「どうして?何も感じないワ。母は母ヨ」「そんなものかネ」舞子が両親の事を割り切って他人の様な目で観ている。そのくせ自分も保守的だと自任する。女盛りの二人の生活が親子と言うよりもル―ム・メイトの様な関係に想えて来る。(7月上旬へつづく)
2012/06/24
コメント(2)
![]()
夏(2) ボクの好きな風景の一つに竹林がある。それも孟宗竹の林は心が癒される。時々、京都嵯峨野の竹林を訪れては散策をした青年時代事を懐かしく想い返す事があるが、最近では自宅のある奈良の山林を散歩して竹林を眺める程度で、余り整備されていない鄙びた田舎の竹林もそれなりに雰囲気があって心休まるものである。自宅の前栽にも細い大名竹を植えているが、この梅雨の長雨で細い可愛らしい筍が芽を出して増えている。生え過ぎても困るので適当に間引きしているものの、竹の生命力には感心するばかりである。増えると他の庭木がやられてしまうので間引きして行くのだが、三年に一度の割で新しい筍が生えて行く。横へ横へと進んで勢力をジワジワと伸ばして行く地下茎は其処で切るとストップする。小説「猫と女と」(8) 矢張り親子の歳の差は歴然と身体に現れ、精々月に一度のセックスで見せる中年過ぎの女の反応と、今ベッドを共にしている舞子のそれとは比較に成らならなかった。それは季節で例えれば下り坂の女の行為が一瞬の激しい夕立ちとすれば、舞子の方は春の嵐のような激しさと繰り返し繰り返し襲う突風の様に吹き荒んだ。私もそれに合わせ様とするが、つい先にダウンしてしまう。それでも七年も続いて来た女との不倫よりも刺激的で、日頃の私のペースからすれば異常な興奮状態になった。流石に上り坂の身体は違い、せめて一度は舞子を満足させてやりたいと堪えながら舞子が絶頂に達するまで頑張ってみたものの、舞子の執拗な求めには追いつけなかった。それでも嵐が去ってヘトヘトになっている私を労る様に舞子は腕を回して優しく言った。「良かった・・・、これまで経験した中で一番。想っていた通りだったワ」 「死ぬかと想った・・・、でも、良かった・・・」私は呟く様に言った。「遊び慣れてるでしょ?私には分かるワ。上手だもの」舞子の指が目を閉じて居る私の頬を伝い唇に軽く触れた。その感触は満足した肉慾の表現に想え私を安心させた。「上手いとは想ってないが・・・、舞子との相性もあるのだろう・・・」「そう。私達、相性が合うワ」ふと、その言葉に聞き覚えを感じ、舞子の母親を想った。「舞子も相当遊んでいるな」「嫌ねえ、それ程じゃ無いワ」「恋人は、居るんだろ?」「今は居ない。男友達は居るけれど、皆若過ぎて頼り無い」「そりゃあ仕方が無いさ、それが若さだから・・・」「でも、ニューヨークで付き合っていた彼は、弁護士の卵でしっかりしていたワ」「白人?」と分かり切った事を訊き返し、続けて「じゃ、どうして別れたの?」と重ねた。「日本に住む気の無い人だったから・・・」「日本が嫌いだった?」「ニューヨークにしか世界は無いと思っている人ヨ」 「東京人と変わらないな。世間知らずと言うか意外に保守的なんだ。自分の住んでいる処だけが都会だと想っているタイプだ」「そう、完全な都会派。それに母親の言いなり。私が優柔不断で、もっと頑張れば良かったのかも・・・」「お母さんは知っていたの?」「何時も電話で話していたから・・・。でも、母は結婚しても日本で住んで欲しかったみたい」「好きだったら、アメリカに残ってでも一緒に成るべきだった」「帰国して暫くは悩んだ。でも、日が経つにつれて矢張り日本人の方が良いと想う様になった」「ほう、どうして?」「私も保守的なのかも知れない。でも、今は結婚は考えない事にしている」「ボクの友人にもそういう奴が居たヨ。商社マンでアメリカ女性とニューヨークで同棲していたんだ、母親の泣いての頼みに折れて、日本に帰って日本人と見合い結婚をした。女との別れ際、アメリカ女性からホワイ?と何度も訊かれたそだけど、ろくに説明も出来なかったらしい」 「分かるわ、その気持ち」「そう?ボクは、随分身勝手な男だと想って、それから付き合いを止めたヨ」もう二十年も会っていない男の顔を思い浮かべながら、同じ頃に自分も結婚した事を想い返した。身勝手なのは私だって変わらないのかも知れない。素人シャンソン歌手に飽きて別れを告げた非情さは何等その男と違わない。尤も、そうなった原因があった。行き付けのバーで彼女が勝手に私のボトル・キープしているウイスキーを若い男に飲ませていたのだった。頼まれてボトルを出したバーテンは私の彼女と知っていたからだが、そんな些細な事で腹を立てて別れる気になったのは女を真剣に愛していなかったという事になる。なめられたと想って簡単に別れる気に成った事自体が問題だった。報復の別れ話をされて驚いた女がパラリと箸を落としたのか、それとも不動産屋の手法の様に「早く決断しないと他所に売れてしまうわヨ」という女の作戦が裏目に出てショックだったのか分からない。 が、兎に角その頃には女よりも婚約者の方に気が移ってしまっていたのは事実だった。軽薄で浮気性の素人シャンソン歌手に見切りをつける潮時でもあったのだろう。友人を責める資格なぞ無いのに自分の方が正しいと想う身勝手さは御都合主義でしかないが、考えてみれば友人との付き合いが終わった理由はそれだけでは無かったのかも知れない。私に女と別れた事を吐露してしまって知られたくもない傷口への後味の悪さから離れて行ったとも考えられる。私だって母親から泣いて頼まれれば迷ったかも知れないのだ。幾ら自由恋愛と言っても国籍問題で肉親が保守的になるのは何処の国にもある。今でこそ国際結婚は有り触れた光景だが、当時は未だ慣れない人々が多く社会通念にまでは成っていなかった。特に日本の様な閉鎖社会では歴史的にも日が浅く、それに恋愛と結婚は必ずしも一致せず、まして外国の様な遠方では気持ちまで隔たってしまうものだ。 「外泊理由を、お母さんは納得していると思う?」会話が途切れた頃、気に成る事を訊いてみた。「平気よ。何時も通り友達の処に止まると言ってあるから」「よく外泊するの?」「母が機嫌の良い日にネ」「うん?」「大阪の事務所へ行った後は機嫌が良いのヨ」「お父さんと会えるから?」「まさか。父とは別れて逆にサバサバしてるワ。そんなのじゃ無くて、何か良い事があるみたい」「良い事?」「恋人が居る様ヨ」「ほう・・・」母親の愛人の存在を臭わせる。「何時頃から?」「私がニューヨークへ行く前からだから・・・もう七年になるかなあ」「嬉しい事?それとも不愉快?」「どうして?何も感じないワ。母は母ヨ」「そんなものかネ」舞子が両親の事を割り切って他人の様な目で観ている。そのくせ自分も保守的だと自任する。女盛りの二人の生活が親子と言うよりもル―ム・メイトの様な関係に想えて来る。(7月上旬へつづく)
2012/06/23
コメント(0)
![]()
夏(1) 茶室風景である。お茶を楽しむという事は心落ち着く一種の寛ぐ為の時間である。何処の国でも様々なお茶の楽しみ方はあるが、日本ほど厳粛で精神的なお茶の楽しみ方は無いだろう。何故そのような飲み方が発生したのだろう。ボクの想うに、戦国時代の武将は何時命を落としても不思議が無い殺伐とした時代であったから、狭い茶室で相手と対峙しながら密談を兼ねて腹を割って茶を喫する事で心が一つに成り、それで安心を得ていたのではないかと言う事である。それを利休が秀吉という天下人を背景に茶道という一つの形式で世界を構築し時代の武将達を精神的に支配して来たのは非凡な彼の才能がそうさせたのだろうが、時代の要請でもあったのだろう。刀を茶室の外に置き、にじり口から入って丸腰で亭主と客とが対峙する面白い空間構成は殺し合いの時代にこそ合った精神安定の癒しの場でもあったのだ。小説「猫と女と」(8) 矢張り親子の歳の差は歴然と身体に現れ、精々月に一度のセックスで見せる中年過ぎの女の反応と、今ベッドを共にしている舞子のそれとは比較に成らならなかった。それは季節で例えれば下り坂の女の行為が一瞬の激しい夕立ちとすれば、舞子の方は春の嵐のような激しさと繰り返し繰り返し襲う突風の様に吹き荒んだ。私もそれに合わせ様とするが、つい先にダウンしてしまう。それでも七年も続いて来た女との不倫よりも刺激的で、日頃の私のペースからすれば異常な興奮状態になった。流石に上り坂の身体は違い、せめて一度は舞子を満足させてやりたいと堪えながら舞子が絶頂に達するまで頑張ってみたものの、舞子の執拗な求めには追いつけなかった。それでも嵐が去ってヘトヘトになっている私を労る様に舞子は腕を回して優しく言った。「良かった・・・、これまで経験した中で一番。想っていた通りだったワ」 「死ぬかと想った・・・、でも、良かった・・・」私は呟く様に言った。「遊び慣れてるでしょ?私には分かるワ。上手だもの」舞子の指が目を閉じて居る私の頬を伝い唇に軽く触れた。その感触は満足した肉慾の表現に想え私を安心させた。「上手いとは想ってないが・・・、舞子との相性もあるのだろう・・・」「そう。私達、相性が合うワ」ふと、その言葉に聞き覚えを感じ、舞子の母親を想った。「舞子も相当遊んでいるな」「嫌ねえ、それ程じゃ無いワ」「恋人は、居るんだろ?」「今は居ない。男友達は居るけれど、皆若過ぎて頼り無い」「そりゃあ仕方が無いさ、それが若さだから・・・」「でも、ニューヨークで付き合っていた彼は、弁護士の卵でしっかりしていたワ」「白人?」と分かり切った事を訊き返し、続けて「じゃ、どうして別れたの?」と重ねた。「日本に住む気の無い人だったから・・・」「日本が嫌いだった?」「ニューヨークにしか世界は無いと思っている人ヨ」 「東京人と変わらないな。世間知らずと言うか意外に保守的なんだ。自分の住んでいる処だけが都会だと想っているタイプだ」「そう、完全な都会派。それに母親の言いなり。私が優柔不断で、もっと頑張れば良かったのかも・・・」「お母さんは知っていたの?」「何時も電話で話していたから・・・。でも、母は結婚しても日本で住んで欲しかったみたい」「好きだったら、アメリカに残ってでも一緒に成るべきだった」「帰国して暫くは悩んだ。でも、日が経つにつれて矢張り日本人の方が良いと想う様になった」「ほう、どうして?」「私も保守的なのかも知れない。でも、今は結婚は考えない事にしている」「ボクの友人にもそういう奴が居たヨ。商社マンでアメリカ女性とニューヨークで同棲していたんだ、母親の泣いての頼みに折れて、日本に帰って日本人と見合い結婚をした。女との別れ際、アメリカ女性からホワイ?と何度も訊かれたそだけど、ろくに説明も出来なかったらしい」 「分かるわ、その気持ち」「そう?ボクは、随分身勝手な男だと想って、それから付き合いを止めたヨ」もう二十年も会っていない男の顔を思い浮かべながら、同じ頃に自分も結婚した事を想い返した。身勝手なのは私だって変わらないのかも知れない。素人シャンソン歌手に飽きて別れを告げた非情さは何等その男と違わない。尤も、そうなった原因があった。行き付けのバーで彼女が勝手に私のボトル・キープしているウイスキーを若い男に飲ませていたのだった。頼まれてボトルを出したバーテンは私の彼女と知っていたからだが、そんな些細な事で腹を立てて別れる気になったのは女を真剣に愛していなかったという事になる。なめられたと想って簡単に別れる気に成った事自体が問題だった。報復の別れ話をされて驚いた女がパラリと箸を落としたのか、それとも不動産屋の手法の様に「早く決断しないと他所に売れてしまうわヨ」という女の作戦が裏目に出てショックだったのか分からない。 が、兎に角その頃には女よりも婚約者の方に気が移ってしまっていたのは事実だった。軽薄で浮気性の素人シャンソン歌手に見切りをつける潮時でもあったのだろう。友人を責める資格なぞ無いのに自分の方が正しいと想う身勝手さは御都合主義でしかないが、考えてみれば友人との付き合いが終わった理由はそれだけでは無かったのかも知れない。私に女と別れた事を吐露してしまって知られたくもない傷口への後味の悪さから離れて行ったとも考えられる。私だって母親から泣いて頼まれれば迷ったかも知れないのだ。幾ら自由恋愛と言っても国籍問題で肉親が保守的になるのは何処の国にもある。今でこそ国際結婚は有り触れた光景だが、当時は未だ慣れない人々が多く社会通念にまでは成っていなかった。特に日本の様な閉鎖社会では歴史的にも日が浅く、それに恋愛と結婚は必ずしも一致せず、まして外国の様な遠方では気持ちまで隔たってしまうものだ。 「外泊理由を、お母さんは納得していると思う?」会話が途切れた頃、気に成る事を訊いてみた。「平気よ。何時も通り友達の処に止まると言ってあるから」「よく外泊するの?」「母が機嫌の良い日にネ」「うん?」「大阪の事務所へ行った後は機嫌が良いのヨ」「お父さんと会えるから?」「まさか。父とは別れて逆にサバサバしてるワ。そんなのじゃ無くて、何か良い事があるみたい」「良い事?」「恋人が居る様ヨ」「ほう・・・」母親の愛人の存在を臭わせる。「何時頃から?」「私がニューヨークへ行く前からだから・・・もう七年になるかなあ」「嬉しい事?それとも不愉快?」「どうして?何も感じないワ。母は母ヨ」「そんなものかネ」舞子が両親の事を割り切って他人の様な目で観ている。そのくせ自分も保守的だと自任する。女盛りの二人の生活が親子と言うよりもル―ム・メイトの様な関係に想えて来る。(7月上旬へつづく)
2012/06/22
コメント(0)
![]()
ココ百景(100) 書斎のポーチに置いたガーデン・テーブルとガーデン・チェアの下で何時もの様に庭を見張るココである。ココの落ち着ける場所は五ヶ所あって、第一は高野槇の下のススキを敷き込んだ処、第二は書斎前のガーデン・チェアの下、第三は金木犀の下の苔の上、第四はガレージの塀の上、第五は門柱の上である。大体、毎日そこに一定時間座ったり寝転んでいる。目的は寛いで寝る事と狩りの見張りをする事と道路の監視をする事である。我が家の見張りをしてくれている様なものであるが、自分を可愛がってくれる人には自分から身体をすり寄せて行きお愛想するから見張りと言うよりも客待ちの芸者の様なものである。ペットとはそういうものなのだろう。自分を可愛がってくれる相手は敵ではないから見張り番の役には立たず単なる飼い猫本来の愛玩動物に過ぎないのである。飼い主も見張り番として期待していないからココが勝手に見張り番を決め込んでいるだけの事である。(ココ百景終了)小説「猫と女と」(8) 矢張り親子の歳の差は歴然と身体に現れ、精々月に一度のセックスで見せる中年過ぎの女の反応と、今ベッドを共にしている舞子のそれとは比較に成らならなかった。それは季節で例えれば下り坂の女の行為が一瞬の激しい夕立ちとすれば、舞子の方は春の嵐のような激しさと繰り返し繰り返し襲う突風の様に吹き荒んだ。私もそれに合わせ様とするが、つい先にダウンしてしまう。それでも七年も続いて来た女との不倫よりも刺激的で、日頃の私のペースからすれば異常な興奮状態になった。流石に上り坂の身体は違い、せめて一度は舞子を満足させてやりたいと堪えながら舞子が絶頂に達するまで頑張ってみたものの、舞子の執拗な求めには追いつけなかった。それでも嵐が去ってヘトヘトになっている私を労る様に舞子は腕を回して優しく言った。「良かった・・・、これまで経験した中で一番。想っていた通りだったワ」 「死ぬかと想った・・・、でも、良かった・・・」私は呟く様に言った。「遊び慣れてるでしょ?私には分かるワ。上手だもの」舞子の指が目を閉じて居る私の頬を伝い唇に軽く触れた。その感触は満足した肉慾の表現に想え私を安心させた。「上手いとは想ってないが・・・、舞子との相性もあるのだろう・・・」「そう。私達、相性が合うワ」ふと、その言葉に聞き覚えを感じ、舞子の母親を想った。「舞子も相当遊んでいるな」「嫌ねえ、それ程じゃ無いワ」「恋人は、居るんだろ?」「今は居ない。男友達は居るけれど、皆若過ぎて頼り無い」「そりゃあ仕方が無いさ、それが若さだから・・・」「でも、ニューヨークで付き合っていた彼は、弁護士の卵でしっかりしていたワ」「白人?」と分かり切った事を訊き返し、続けて「じゃ、どうして別れたの?」と重ねた。「日本に住む気の無い人だったから・・・」「日本が嫌いだった?」「ニューヨークにしか世界は無いと思っている人ヨ」 「東京人と変わらないな。世間知らずと言うか意外に保守的なんだ。自分の住んでいる処だけが都会だと想っているタイプだ」「そう、完全な都会派。それに母親の言いなり。私が優柔不断で、もっと頑張れば良かったのかも・・・」「お母さんは知っていたの?」「何時も電話で話していたから・・・。でも、母は結婚しても日本で住んで欲しかったみたい」「好きだったら、アメリカに残ってでも一緒に成るべきだった」「帰国して暫くは悩んだ。でも、日が経つにつれて矢張り日本人の方が良いと想う様になった」「ほう、どうして?」「私も保守的なのかも知れない。でも、今は結婚は考えない事にしている」「ボクの友人にもそういう奴が居たヨ。商社マンでアメリカ女性とニューヨークで同棲していたんだ、母親の泣いての頼みに折れて、日本に帰って日本人と見合い結婚をした。女との別れ際、アメリカ女性からホワイ?と何度も訊かれたそだけど、ろくに説明も出来なかったらしい」 「分かるわ、その気持ち」「そう?ボクは、随分身勝手な男だと想って、それから付き合いを止めたヨ」もう二十年も会っていない男の顔を思い浮かべながら、同じ頃に自分も結婚した事を想い返した。身勝手なのは私だって変わらないのかも知れない。素人シャンソン歌手に飽きて別れを告げた非情さは何等その男と違わない。尤も、そうなった原因があった。行き付けのバーで彼女が勝手に私のボトル・キープしているウイスキーを若い男に飲ませていたのだった。頼まれてボトルを出したバーテンは私の彼女と知っていたからだが、そんな些細な事で腹を立てて別れる気になったのは女を真剣に愛していなかったという事になる。なめられたと想って簡単に別れる気に成った事自体が問題だった。報復の別れ話をされて驚いた女がパラリと箸を落としたのか、それとも不動産屋の手法の様に「早く決断しないと他所に売れてしまうわヨ」という女の作戦が裏目に出てショックだったのか分からない。 が、兎に角その頃には女よりも婚約者の方に気が移ってしまっていたのは事実だった。軽薄で浮気性の素人シャンソン歌手に見切りをつける潮時でもあったのだろう。友人を責める資格なぞ無いのに自分の方が正しいと想う身勝手さは御都合主義でしかないが、考えてみれば友人との付き合いが終わった理由はそれだけでは無かったのかも知れない。私に女と別れた事を吐露してしまって知られたくもない傷口への後味の悪さから離れて行ったとも考えられる。私だって母親から泣いて頼まれれば迷ったかも知れないのだ。幾ら自由恋愛と言っても国籍問題で肉親が保守的になるのは何処の国にもある。今でこそ国際結婚は有り触れた光景だが、当時は未だ慣れない人々が多く社会通念にまでは成っていなかった。特に日本の様な閉鎖社会では歴史的にも日が浅く、それに恋愛と結婚は必ずしも一致せず、まして外国の様な遠方では気持ちまで隔たってしまうものだ。 「外泊理由を、お母さんは納得していると思う?」会話が途切れた頃、気に成る事を訊いてみた。「平気よ。何時も通り友達の処に止まると言ってあるから」「よく外泊するの?」「母が機嫌の良い日にネ」「うん?」「大阪の事務所へ行った後は機嫌が良いのヨ」「お父さんと会えるから?」「まさか。父とは別れて逆にサバサバしてるワ。そんなのじゃ無くて、何か良い事があるみたい」「良い事?」「恋人が居る様ヨ」「ほう・・・」母親の愛人の存在を臭わせる。「何時頃から?」「私がニューヨークへ行く前からだから・・・もう七年になるかなあ」「嬉しい事?それとも不愉快?」「どうして?何も感じないワ。母は母ヨ」「そんなものかネ」舞子が両親の事を割り切って他人の様な目で観ている。そのくせ自分も保守的だと自任する。女盛りの二人の生活が親子と言うよりもル―ム・メイトの様な関係に想えて来る。(7月上旬へつづく)
2012/06/21
コメント(0)
![]()
ココ百景(99) いよいよ「ココ百景」も99回目になった。長い連載だったが案外早く過ぎてしまった気もする。この辺りが丁度潮時だろう。たまたま、今月から設計・監理の仕事も忙しくなって来てココの写真を撮っていられなくなった。そういう事もあって今後はこれまでの風景や花の撮り溜め写真を順次掲載して行こうと想っている。何れ亦暇な時が来るだろうからココの新しい写真で「新ココ百景」を始める事に成るだろう。さて、今日の写真は、姫蔓菊(ヒメツルギク)が群生する玄関の前栽で正座して門の方を観ているココである。門の外では客が去って行き、ボクが見送って戻って来た処だ。ココも一緒に見送りをした積もりなのだろう。ボクと同じ行動を取ることで我が家のナンバー2というポジションを維持しているらしいのだ。ココは自分も人間だと想って居て、ちなみに妻の事はナンバー3と想っているらしい。面白いペットである。小説「猫と女と」(8) 矢張り親子の歳の差は歴然と身体に現れ、精々月に一度のセックスで見せる中年過ぎの女の反応と、今ベッドを共にしている舞子のそれとは比較に成らならなかった。それは季節で例えれば下り坂の女の行為が一瞬の激しい夕立ちとすれば、舞子の方は春の嵐のような激しさと繰り返し繰り返し襲う突風の様に吹き荒んだ。私もそれに合わせ様とするが、つい先にダウンしてしまう。それでも七年も続いて来た女との不倫よりも刺激的で、日頃の私のペースからすれば異常な興奮状態になった。流石に上り坂の身体は違い、せめて一度は舞子を満足させてやりたいと堪えながら舞子が絶頂に達するまで頑張ってみたものの、舞子の執拗な求めには追いつけなかった。それでも嵐が去ってヘトヘトになっている私を労る様に舞子は腕を回して優しく言った。「良かった・・・、これまで経験した中で一番。想っていた通りだったワ」 「死ぬかと想った・・・、でも、良かった・・・」私は呟く様に言った。「遊び慣れてるでしょ?私には分かるワ。上手だもの」舞子の指が目を閉じて居る私の頬を伝い唇に軽く触れた。その感触は満足した肉慾の表現に想え私を安心させた。「上手いとは想ってないが・・・、舞子との相性もあるのだろう・・・」「そう。私達、相性が合うワ」ふと、その言葉に聞き覚えを感じ、舞子の母親を想った。「舞子も相当遊んでいるな」「嫌ねえ、それ程じゃ無いワ」「恋人は、居るんだろ?」「今は居ない。男友達は居るけれど、皆若過ぎて頼り無い」「そりゃあ仕方が無いさ、それが若さだから・・・」「でも、ニューヨークで付き合っていた彼は、弁護士の卵でしっかりしていたワ」「白人?」と分かり切った事を訊き返し、続けて「じゃ、どうして別れたの?」と重ねた。「日本に住む気の無い人だったから・・・」「日本が嫌いだった?」「ニューヨークにしか世界は無いと思っている人ヨ」 「東京人と変わらないな。世間知らずと言うか意外に保守的なんだ。自分の住んでいる処だけが都会だと想っているタイプだ」「そう、完全な都会派。それに母親の言いなり。私が優柔不断で、もっと頑張れば良かったのかも・・・」「お母さんは知っていたの?」「何時も電話で話していたから・・・。でも、母は結婚しても日本で住んで欲しかったみたい」「好きだったら、アメリカに残ってでも一緒に成るべきだった」「帰国して暫くは悩んだ。でも、日が経つにつれて矢張り日本人の方が良いと想う様になった」「ほう、どうして?」「私も保守的なのかも知れない。でも、今は結婚は考えない事にしている」「ボクの友人にもそういう奴が居たヨ。商社マンでアメリカ女性とニューヨークで同棲していたんだ、母親の泣いての頼みに折れて、日本に帰って日本人と見合い結婚をした。女との別れ際、アメリカ女性からホワイ?と何度も訊かれたそだけど、ろくに説明も出来なかったらしい」 「分かるわ、その気持ち」「そう?ボクは、随分身勝手な男だと想って、それから付き合いを止めたヨ」もう二十年も会っていない男の顔を思い浮かべながら、同じ頃に自分も結婚した事を想い返した。身勝手なのは私だって変わらないのかも知れない。素人シャンソン歌手に飽きて別れを告げた非情さは何等その男と違わない。尤も、そうなった原因があった。行き付けのバーで彼女が勝手に私のボトル・キープしているウイスキーを若い男に飲ませていたのだった。頼まれてボトルを出したバーテンは私の彼女と知っていたからだが、そんな些細な事で腹を立てて別れる気になったのは女を真剣に愛していなかったという事になる。なめられたと想って簡単に別れる気に成った事自体が問題だった。報復の別れ話をされて驚いた女がパラリと箸を落としたのか、それとも不動産屋の手法の様に「早く決断しないと他所に売れてしまうわヨ」という女の作戦が裏目に出てショックだったのか分からない。 が、兎に角その頃には女よりも婚約者の方に気が移ってしまっていたのは事実だった。軽薄で浮気性の素人シャンソン歌手に見切りをつける潮時でもあったのだろう。友人を責める資格なぞ無いのに自分の方が正しいと想う身勝手さは御都合主義でしかないが、考えてみれば友人との付き合いが終わった理由はそれだけでは無かったのかも知れない。私に女と別れた事を吐露してしまって知られたくもない傷口への後味の悪さから離れて行ったとも考えられる。私だって母親から泣いて頼まれれば迷ったかも知れないのだ。幾ら自由恋愛と言っても国籍問題で肉親が保守的になるのは何処の国にもある。今でこそ国際結婚は有り触れた光景だが、当時は未だ慣れない人々が多く社会通念にまでは成っていなかった。特に日本の様な閉鎖社会では歴史的にも日が浅く、それに恋愛と結婚は必ずしも一致せず、まして外国の様な遠方では気持ちまで隔たってしまうものだ。 「外泊理由を、お母さんは納得していると思う?」会話が途切れた頃、気に成る事を訊いてみた。「平気よ。何時も通り友達の処に止まると言ってあるから」「よく外泊するの?」「母が機嫌の良い日にネ」「うん?」「大阪の事務所へ行った後は機嫌が良いのヨ」「お父さんと会えるから?」「まさか。父とは別れて逆にサバサバしてるワ。そんなのじゃ無くて、何か良い事があるみたい」「良い事?」「恋人が居る様ヨ」「ほう・・・」母親の愛人の存在を臭わせる。「何時頃から?」「私がニューヨークへ行く前からだから・・・もう七年になるかなあ」「嬉しい事?それとも不愉快?」「どうして?何も感じないワ。母は母ヨ」「そんなものかネ」舞子が両親の事を割り切って他人の様な目で観ている。そのくせ自分も保守的だと自任する。女盛りの二人の生活が親子と言うよりもル―ム・メイトの様な関係に想えて来る。(7月上旬へつづく)
2012/06/20
コメント(0)
![]()
ココ百景(98) 書斎のポーチに置いたガーデン・テーブルとガーデン・チェアの下で何時もの様に庭を見張るココである。ココの落ち着ける場所は五ヶ所あって、第一は高野槇の下のススキを敷き込んだ処、第二は書斎前のガーデン・チェアの下、第三は金木犀の下の苔の上、第四はガレージの塀の上、第五は門柱の上である。大体、毎日そこに一定時間座ったり寝転んでいる。目的は寛いで寝る事と狩りの見張りをする事と道路の監視をする事である。我が家の見張りをしてくれている様なものであるが、自分を可愛がってくれる人には自分から身体をすり寄せて行きお愛想するから見張りと言うよりも客待ちの芸者の様なものである。ペットとはそういうものなのだろう。自分を可愛がってくれる相手は敵ではないから見張り番の役には立たず単なる飼い猫本来の愛玩動物に過ぎないのである。飼い主も見張り番として期待していないからココが勝手に見張り番を決め込んでいるだけの事である。小説「猫と女と」(7) 大きさ形こそ違うが、舞子の目は母親と同じ雰囲気を持っている様に観えた。目で話が出来る女という点では母親とそっくりだった。これはまずいと私は目を反らせた。二人の関係を読まれてしまうと想った。舞子の物怖じしない態度に女は少し動揺したのか横から口を挟んだ。「舞ちゃん、初対面なのに失礼ヨ」「いや、良い良い。飼って居た可愛い猫の現状を知りたがるのは当然だから。写真ならお母さんに渡してあるが・・・」私は助け舟を出してしまった。会う前と会ってからの印象との違いで他愛もなく娘に肩入れしている自分が後ろめたかった。「え、観ました。可愛く撮れて居ましたネ。白いガーデン・テーブルや椅子に乗った仔猫の時の写真や、最近の縫いぐるみの様に毛が長くなったのも」七年前の写真や最近撮ったものまで七枚程渡してあるのを全部観て居る風だった。「ラグドール種は五十年ほど前に偶然の交配で生まれたアメリカの新種の猫らしいネ」と私は言った。 「そうなんです。カリフォルニア州のアン・ベイカー夫人が飼って居るペルシャ猫とタルキッシュ・アンゴラ猫との間に生まれた猫で白が基本で顔が黒なんです。フワフワした綿毛が気持ち良いんですヨ」流石に娘は猫好きらしく詳しい情報を持って居た。「毎晩、私のベッドに来て寝るんだ。ところが、朝五時には餌をくれと起こされるから、お蔭で昼間は眠くて仕方が無い」「あら、一緒に寝てるんですか?可愛い」「主に私が面倒を見ているので親と想っているらしい」良い歳をした親父が猫と一緒に寝ている風景なぞ絵にもならないのに言ってしまって少し照れてしまった。話が弾んで一緒にホテルのレストランで夕食とった。考えてみれば猫の話と世間話ばかりで、見合いの話はしなかった。本気で娘に見合いを勧めているのかどうか疑わしいものの、わざわざ一緒に連れて来るぐらいだから確かなのだろう。だから娘と気楽に話をしていても女は終始何か言いたそうな顔をしていた。 翌日、女から礼の電話があった。言葉の端々に見合いの話が出なかった事を皮肉っぽく滲ませてはいたが非難めいた言葉はなかった。「いきなり見合いの話よりも、初対面では人柄を観るだけで充分だろ?一応、知人や友達には当たっておくけれど・・・」と私は言葉を濁した。それから一週間ほどして舞子からも事務所に電話があった。女の手前、設計事務所の名刺を渡して携帯番号は教えなかった。第一、こちらから舞子に直接電話をする用件も無いのだ。心では女と次第に距離を置こうとしている矢先だけに舞子と関わりを持つのは避けたかった。女が娘を出汁にして私と頻繁に会いたがっているとすれば余計に腰が引けた。かつて婚約した頃、京都で別れた素人シャンソン歌手と同じ様に飽きが来たのかも知れない。単なる言葉の綾だと分かっていても「死ぬまで別れない」という女の一種の脅しのような愛の言葉にズシンと威圧感を覚えたのもあった。 舞子は設計事務所の近くまで来ていた。「もしお時間が取れる様でしたら、これからお伺いたいのですが」と言った。何の用件か分からないまま承諾し、舞子が現れると直ぐに気に成る事を訊いた。「お母さんは、この事を知っているの?」「いいえ何も。友達と会っての帰りで、近くだったもので一寸寄ってみたくなって・・・、お邪魔じゃ無かったですか?」一応、私に気を使って儀礼的に伺いを立てた。「いや、仕事が片付いた処だった。何か用件でも?」「いえ、先日のお礼と、先生の事務所がどういう感じなのか知りたくって・・・、やっぱり素敵なアトリエですネ」「ほう、建築に興味があるの?」「え、インテリア・デザインに」「そう、勉強したの?」「ニューヨークで語学と一緒に専門学校に少しばかり」それを聞いて就職の売り込みかと想った。女の話では語学力を生かして旅行会社にでも就職したがっていると言って居ただけに意外だった。「これまで仕事はしたの?」「アルバイトですが、設計事務所に五年ほど。でも、この夏に辞めました」 「そう。アルバイトでもインテリア・デザインを五年間したなら一応は適性は分かっている事になるが、どうなの?」「インテリア・コーディネーターの資格はとりましたが、一生の仕事に成るかどうか難しいですネ」「結婚でもして、お嬢さん芸で終えるの?」「結婚は考えていません、母が執拗に勧めますが・・・」自分の進路で迷っているらしい。尤も、次の段階が観えない。まさかその相談ではあるまいが、私を何等かの指針にしたがっている様に想えた。折角来てくれたのだからと食事に誘うと喜んで付いて来た。先日のホテルとは違う中ノ島のリーガ・ロイヤルにタクシーで行った。父親のデザイン事務所が近い上本町のウエスティン・ホテルは避けたかった。偶然でも父親に出逢う可能性がある場所からは離れたかった。舞子はタクシーに乗ると気軽に話し出した。母親と私との不倫を知らないからこそ安心しているのだろう。 イタリー料理の後、バーへ誘った。親子ほど違う若い娘と飲むのは久しぶりだった。十年前は事務所の助手とよく飲んだものだった。所長だからと決して無理強いはしなかったが、恋人が居ないせいか彼女は割り切って付き合ってくれた。あるコンペティションを終え、所員等と慰労会をした後、彼女とタクシーに乗った時、その気になってホテルへ行った。その後、秘密の関係ながら陰湿な付き合いは嫌だっただけに事務所ではサバサバした男同士のような関係で居た。所員の手前、そうするのが当然の義務だった。今頃、帰国して建築家になっているだろうかと想う事がある。が、連絡は無い。舞子は上機嫌で饒舌になり、結局、その夜はホテルに部屋を獲る事になった。ひょっとして最初から舞子はその気だったのかも知れない。ふとそんな気がして部屋に入って強く抱擁すると舞子も積極的だった。母親の事を気にしながらも成る様に成れと流れに任せた。(6月下旬へつづく・月の上旬。中旬・下旬の3回連載予定)
2012/06/19
コメント(0)
![]()
ココ百景(97) ガレージの塀の上で道路の方や遠くの景色を観ているココである。毎日よく飽きもせず眺めていられるものである。何処の猫も同じだが猫はジッと動かずに何かを眺めている癖がある。何か目的があって眺めているのだろうが、手持無沙汰で何となく眺めているだけで人間が勝手にそう想い込んでいるだけなのかも知れない。ペットの場合は飼い主がそれを観て好きな風に解釈して癒されるのだから「勝手に想像して頂戴」と無関係な顔をしているのだろう。好物な物を与えるとか一緒に遊んでくれるなら喜んで付いて来るから何か興味のある事をすればペットと適当に遊べる。しかし猫は直ぐに慣れて飽きてしまうので違った事をしないと馬鹿にした様な目で見返す。「馬鹿にしないで」と怒ったような顔に成るのである。猫にも意志があるらしく子供扱いすれば怒り、馴れ馴れしくし過ぎると逃げてしまう。付かず離れずの関係で素知らぬ顔をしている方が猫はこちらに興味を抱く。そういう習性を理解していれば猫と適当な距離で良好な関係を維持できるのである。小説「猫と女と」(7) 大きさ形こそ違うが、舞子の目は母親と同じ雰囲気を持っている様に観えた。目で話が出来る女という点では母親とそっくりだった。これはまずいと私は目を反らせた。二人の関係を読まれてしまうと想った。舞子の物怖じしない態度に女は少し動揺したのか横から口を挟んだ。「舞ちゃん、初対面なのに失礼ヨ」「いや、良い良い。飼って居た可愛い猫の現状を知りたがるのは当然だから。写真ならお母さんに渡してあるが・・・」私は助け舟を出してしまった。会う前と会ってからの印象との違いで他愛もなく娘に肩入れしている自分が後ろめたかった。「え、観ました。可愛く撮れて居ましたネ。白いガーデン・テーブルや椅子に乗った仔猫の時の写真や、最近の縫いぐるみの様に毛が長くなったのも」七年前の写真や最近撮ったものまで七枚程渡してあるのを全部観て居る風だった。「ラグドール種は五十年ほど前に偶然の交配で生まれたアメリカの新種の猫らしいネ」と私は言った。 「そうなんです。カリフォルニア州のアン・ベイカー夫人が飼って居るペルシャ猫とタルキッシュ・アンゴラ猫との間に生まれた猫で白が基本で顔が黒なんです。フワフワした綿毛が気持ち良いんですヨ」流石に娘は猫好きらしく詳しい情報を持って居た。「毎晩、私のベッドに来て寝るんだ。ところが、朝五時には餌をくれと起こされるから、お蔭で昼間は眠くて仕方が無い」「あら、一緒に寝てるんですか?可愛い」「主に私が面倒を見ているので親と想っているらしい」良い歳をした親父が猫と一緒に寝ている風景なぞ絵にもならないのに言ってしまって少し照れてしまった。話が弾んで一緒にホテルのレストランで夕食とった。考えてみれば猫の話と世間話ばかりで、見合いの話はしなかった。本気で娘に見合いを勧めているのかどうか疑わしいものの、わざわざ一緒に連れて来るぐらいだから確かなのだろう。だから娘と気楽に話をしていても女は終始何か言いたそうな顔をしていた。 翌日、女から礼の電話があった。言葉の端々に見合いの話が出なかった事を皮肉っぽく滲ませてはいたが非難めいた言葉はなかった。「いきなり見合いの話よりも、初対面では人柄を観るだけで充分だろ?一応、知人や友達には当たっておくけれど・・・」と私は言葉を濁した。それから一週間ほどして舞子からも事務所に電話があった。女の手前、設計事務所の名刺を渡して携帯番号は教えなかった。第一、こちらから舞子に直接電話をする用件も無いのだ。心では女と次第に距離を置こうとしている矢先だけに舞子と関わりを持つのは避けたかった。女が娘を出汁にして私と頻繁に会いたがっているとすれば余計に腰が引けた。かつて婚約した頃、京都で別れた素人シャンソン歌手と同じ様に飽きが来たのかも知れない。単なる言葉の綾だと分かっていても「死ぬまで別れない」という女の一種の脅しのような愛の言葉にズシンと威圧感を覚えたのもあった。 舞子は設計事務所の近くまで来ていた。「もしお時間が取れる様でしたら、これからお伺いたいのですが」と言った。何の用件か分からないまま承諾し、舞子が現れると直ぐに気に成る事を訊いた。「お母さんは、この事を知っているの?」「いいえ何も。友達と会っての帰りで、近くだったもので一寸寄ってみたくなって・・・、お邪魔じゃ無かったですか?」一応、私に気を使って儀礼的に伺いを立てた。「いや、仕事が片付いた処だった。何か用件でも?」「いえ、先日のお礼と、先生の事務所がどういう感じなのか知りたくって・・・、やっぱり素敵なアトリエですネ」「ほう、建築に興味があるの?」「え、インテリア・デザインに」「そう、勉強したの?」「ニューヨークで語学と一緒に専門学校に少しばかり」それを聞いて就職の売り込みかと想った。女の話では語学力を生かして旅行会社にでも就職したがっていると言って居ただけに意外だった。「これまで仕事はしたの?」「アルバイトですが、設計事務所に五年ほど。でも、この夏に辞めました」 「そう。アルバイトでもインテリア・デザインを五年間したなら一応は適性は分かっている事になるが、どうなの?」「インテリア・コーディネーターの資格はとりましたが、一生の仕事に成るかどうか難しいですネ」「結婚でもして、お嬢さん芸で終えるの?」「結婚は考えていません、母が執拗に勧めますが・・・」自分の進路で迷っているらしい。尤も、次の段階が観えない。まさかその相談ではあるまいが、私を何等かの指針にしたがっている様に想えた。折角来てくれたのだからと食事に誘うと喜んで付いて来た。先日のホテルとは違う中ノ島のリーガ・ロイヤルにタクシーで行った。父親のデザイン事務所が近い上本町のウエスティン・ホテルは避けたかった。偶然でも父親に出逢う可能性がある場所からは離れたかった。舞子はタクシーに乗ると気軽に話し出した。母親と私との不倫を知らないからこそ安心しているのだろう。 イタリー料理の後、バーへ誘った。親子ほど違う若い娘と飲むのは久しぶりだった。十年前は事務所の助手とよく飲んだものだった。所長だからと決して無理強いはしなかったが、恋人が居ないせいか彼女は割り切って付き合ってくれた。あるコンペティションを終え、所員等と慰労会をした後、彼女とタクシーに乗った時、その気になってホテルへ行った。その後、秘密の関係ながら陰湿な付き合いは嫌だっただけに事務所ではサバサバした男同士のような関係で居た。所員の手前、そうするのが当然の義務だった。今頃、帰国して建築家になっているだろうかと想う事がある。が、連絡は無い。舞子は上機嫌で饒舌になり、結局、その夜はホテルに部屋を獲る事になった。ひょっとして最初から舞子はその気だったのかも知れない。ふとそんな気がして部屋に入って強く抱擁すると舞子も積極的だった。母親の事を気にしながらも成る様に成れと流れに任せた。(6月下旬へつづく・月の上旬。中旬・下旬の3回連載予定)
2012/06/18
コメント(0)
![]()
ココ百景(96) ココが食事している処である。場所は玄関の階段下である。其処に決めた理由は二階の自分の部屋からも階下の居間からも行けるからであるが、もうひとつは餌の臭いがするので居間に置かない為である。ツナ缶を与えるとよく食べるが、食べ過ぎて太るのと臭いがするので最近はカリカリ(乾燥食材)だけにしている。それだとツナ缶程には臭わない。以前、一度だけカリカリがどの様な味がするのか一粒を食べてみた処、薄味の旨味も無い、出来そこないのクッキーの様な不味い代物だった。安ものの鰹節の臭いがしていて、とても人間の口には合わない物だったが猫には好物のようにしてあるのだろう。それでも美味い物はココも覚えていて上等の鰹節とか刺身を強請る時もある。夕ご飯の時に家族の食べているのを欲しそうな顔で観ているからつい与えてしまうが、それが肥る原因と口が驕る事にもなるので最近では余り与えない様にしている。ココも貰えないのが分かって来たらしく、カリカリをヤケクソで食べている時もある。小説「猫と女と」(7) 大きさ形こそ違うが、舞子の目は母親と同じ雰囲気を持っている様に観えた。目で話が出来る女という点では母親とそっくりだった。これはまずいと私は目を反らせた。二人の関係を読まれてしまうと想った。舞子の物怖じしない態度に女は少し動揺したのか横から口を挟んだ。「舞ちゃん、初対面なのに失礼ヨ」「いや、良い良い。飼って居た可愛い猫の現状を知りたがるのは当然だから。写真ならお母さんに渡してあるが・・・」私は助け舟を出してしまった。会う前と会ってからの印象との違いで他愛もなく娘に肩入れしている自分が後ろめたかった。「え、観ました。可愛く撮れて居ましたネ。白いガーデン・テーブルや椅子に乗った仔猫の時の写真や、最近の縫いぐるみの様に毛が長くなったのも」七年前の写真や最近撮ったものまで七枚程渡してあるのを全部観て居る風だった。「ラグドール種は五十年ほど前に偶然の交配で生まれたアメリカの新種の猫らしいネ」と私は言った。 「そうなんです。カリフォルニア州のアン・ベイカー夫人が飼って居るペルシャ猫とタルキッシュ・アンゴラ猫との間に生まれた猫で白が基本で顔が黒なんです。フワフワした綿毛が気持ち良いんですヨ」流石に娘は猫好きらしく詳しい情報を持って居た。「毎晩、私のベッドに来て寝るんだ。ところが、朝五時には餌をくれと起こされるから、お蔭で昼間は眠くて仕方が無い」「あら、一緒に寝てるんですか?可愛い」「主に私が面倒を見ているので親と想っているらしい」良い歳をした親父が猫と一緒に寝ている風景なぞ絵にもならないのに言ってしまって少し照れてしまった。話が弾んで一緒にホテルのレストランで夕食とった。考えてみれば猫の話と世間話ばかりで、見合いの話はしなかった。本気で娘に見合いを勧めているのかどうか疑わしいものの、わざわざ一緒に連れて来るぐらいだから確かなのだろう。だから娘と気楽に話をしていても女は終始何か言いたそうな顔をしていた。 翌日、女から礼の電話があった。言葉の端々に見合いの話が出なかった事を皮肉っぽく滲ませてはいたが非難めいた言葉はなかった。「いきなり見合いの話よりも、初対面では人柄を観るだけで充分だろ?一応、知人や友達には当たっておくけれど・・・」と私は言葉を濁した。それから一週間ほどして舞子からも事務所に電話があった。女の手前、設計事務所の名刺を渡して携帯番号は教えなかった。第一、こちらから舞子に直接電話をする用件も無いのだ。心では女と次第に距離を置こうとしている矢先だけに舞子と関わりを持つのは避けたかった。女が娘を出汁にして私と頻繁に会いたがっているとすれば余計に腰が引けた。かつて婚約した頃、京都で別れた素人シャンソン歌手と同じ様に飽きが来たのかも知れない。単なる言葉の綾だと分かっていても「死ぬまで別れない」という女の一種の脅しのような愛の言葉にズシンと威圧感を覚えたのもあった。 舞子は設計事務所の近くまで来ていた。「もしお時間が取れる様でしたら、これからお伺いたいのですが」と言った。何の用件か分からないまま承諾し、舞子が現れると直ぐに気に成る事を訊いた。「お母さんは、この事を知っているの?」「いいえ何も。友達と会っての帰りで、近くだったもので一寸寄ってみたくなって・・・、お邪魔じゃ無かったですか?」一応、私に気を使って儀礼的に伺いを立てた。「いや、仕事が片付いた処だった。何か用件でも?」「いえ、先日のお礼と、先生の事務所がどういう感じなのか知りたくって・・・、やっぱり素敵なアトリエですネ」「ほう、建築に興味があるの?」「え、インテリア・デザインに」「そう、勉強したの?」「ニューヨークで語学と一緒に専門学校に少しばかり」それを聞いて就職の売り込みかと想った。女の話では語学力を生かして旅行会社にでも就職したがっていると言って居ただけに意外だった。「これまで仕事はしたの?」「アルバイトですが、設計事務所に五年ほど。でも、この夏に辞めました」 「そう。アルバイトでもインテリア・デザインを五年間したなら一応は適性は分かっている事になるが、どうなの?」「インテリア・コーディネーターの資格はとりましたが、一生の仕事に成るかどうか難しいですネ」「結婚でもして、お嬢さん芸で終えるの?」「結婚は考えていません、母が執拗に勧めますが・・・」自分の進路で迷っているらしい。尤も、次の段階が観えない。まさかその相談ではあるまいが、私を何等かの指針にしたがっている様に想えた。折角来てくれたのだからと食事に誘うと喜んで付いて来た。先日のホテルとは違う中ノ島のリーガ・ロイヤルにタクシーで行った。父親のデザイン事務所が近い上本町のウエスティン・ホテルは避けたかった。偶然でも父親に出逢う可能性がある場所からは離れたかった。舞子はタクシーに乗ると気軽に話し出した。母親と私との不倫を知らないからこそ安心しているのだろう。 イタリー料理の後、バーへ誘った。親子ほど違う若い娘と飲むのは久しぶりだった。十年前は事務所の助手とよく飲んだものだった。所長だからと決して無理強いはしなかったが、恋人が居ないせいか彼女は割り切って付き合ってくれた。あるコンペティションを終え、所員等と慰労会をした後、彼女とタクシーに乗った時、その気になってホテルへ行った。その後、秘密の関係ながら陰湿な付き合いは嫌だっただけに事務所ではサバサバした男同士のような関係で居た。所員の手前、そうするのが当然の義務だった。今頃、帰国して建築家になっているだろうかと想う事がある。が、連絡は無い。舞子は上機嫌で饒舌になり、結局、その夜はホテルに部屋を獲る事になった。ひょっとして最初から舞子はその気だったのかも知れない。ふとそんな気がして部屋に入って強く抱擁すると舞子も積極的だった。母親の事を気にしながらも成る様に成れと流れに任せた。(6月下旬へつづく・月の上旬。中旬・下旬の3回連載予定)
2012/06/17
コメント(0)
![]()
ココ百景(95) 書斎から庭伝いに来るとパティオへ通ずる通路に出る。そのインターロッキングを歩いてココがパティオの方へ向かって居る。この写真は数年前のもので通路にバラ・ゲートが出来る前のもので未だ整備されていない頃である。今ではバラのトンネルが出来、赤や黄色の花が盛りになっている。花の観賞は上から見降ろした方が綺麗に観えてトンネルの下からは見上げるだけなので花の裏側を観る事に成る。だからお隣の奥さんが二階の窓から時々見て楽しんでいる様だと妻が自慢そうに言っていたが、自分が楽しむ為に造ったのだから「もっと楽しめる別の場所を選ぶべきだった」とボクが言うと「書斎の庭は日本庭園なので似合わないから」と悔しそうな顔をしていた。確かにバラは洋風だから日本庭園には似合わないが、その代わり日本のバラとして椿が咲き誇っている。我が家は和洋折衷の家で日本庭園とパティオとが独立して在るが、ココは洋猫だがどちらにも馴染んでいる。小説「猫と女と」(7) 大きさ形こそ違うが、舞子の目は母親と同じ雰囲気を持っている様に観えた。目で話が出来る女という点では母親とそっくりだった。これはまずいと私は目を反らせた。二人の関係を読まれてしまうと想った。舞子の物怖じしない態度に女は少し動揺したのか横から口を挟んだ。「舞ちゃん、初対面なのに失礼ヨ」「いや、良い良い。飼って居た可愛い猫の現状を知りたがるのは当然だから。写真ならお母さんに渡してあるが・・・」私は助け舟を出してしまった。会う前と会ってからの印象との違いで他愛もなく娘に肩入れしている自分が後ろめたかった。「え、観ました。可愛く撮れて居ましたネ。白いガーデン・テーブルや椅子に乗った仔猫の時の写真や、最近の縫いぐるみの様に毛が長くなったのも」七年前の写真や最近撮ったものまで七枚程渡してあるのを全部観て居る風だった。「ラグドール種は五十年ほど前に偶然の交配で生まれたアメリカの新種の猫らしいネ」と私は言った。 「そうなんです。カリフォルニア州のアン・ベイカー夫人が飼って居るペルシャ猫とタルキッシュ・アンゴラ猫との間に生まれた猫で白が基本で顔が黒なんです。フワフワした綿毛が気持ち良いんですヨ」流石に娘は猫好きらしく詳しい情報を持って居た。「毎晩、私のベッドに来て寝るんだ。ところが、朝五時には餌をくれと起こされるから、お蔭で昼間は眠くて仕方が無い」「あら、一緒に寝てるんですか?可愛い」「主に私が面倒を見ているので親と想っているらしい」良い歳をした親父が猫と一緒に寝ている風景なぞ絵にもならないのに言ってしまって少し照れてしまった。話が弾んで一緒にホテルのレストランで夕食とった。考えてみれば猫の話と世間話ばかりで、見合いの話はしなかった。本気で娘に見合いを勧めているのかどうか疑わしいものの、わざわざ一緒に連れて来るぐらいだから確かなのだろう。だから娘と気楽に話をしていても女は終始何か言いたそうな顔をしていた。 翌日、女から礼の電話があった。言葉の端々に見合いの話が出なかった事を皮肉っぽく滲ませてはいたが非難めいた言葉はなかった。「いきなり見合いの話よりも、初対面では人柄を観るだけで充分だろ?一応、知人や友達には当たっておくけれど・・・」と私は言葉を濁した。それから一週間ほどして舞子からも事務所に電話があった。女の手前、設計事務所の名刺を渡して携帯番号は教えなかった。第一、こちらから舞子に直接電話をする用件も無いのだ。心では女と次第に距離を置こうとしている矢先だけに舞子と関わりを持つのは避けたかった。女が娘を出汁にして私と頻繁に会いたがっているとすれば余計に腰が引けた。かつて婚約した頃、京都で別れた素人シャンソン歌手と同じ様に飽きが来たのかも知れない。単なる言葉の綾だと分かっていても「死ぬまで別れない」という女の一種の脅しのような愛の言葉にズシンと威圧感を覚えたのもあった。 舞子は設計事務所の近くまで来ていた。「もしお時間が取れる様でしたら、これからお伺いたいのですが」と言った。何の用件か分からないまま承諾し、舞子が現れると直ぐに気に成る事を訊いた。「お母さんは、この事を知っているの?」「いいえ何も。友達と会っての帰りで、近くだったもので一寸寄ってみたくなって・・・、お邪魔じゃ無かったですか?」一応、私に気を使って儀礼的に伺いを立てた。「いや、仕事が片付いた処だった。何か用件でも?」「いえ、先日のお礼と、先生の事務所がどういう感じなのか知りたくって・・・、やっぱり素敵なアトリエですネ」「ほう、建築に興味があるの?」「え、インテリア・デザインに」「そう、勉強したの?」「ニューヨークで語学と一緒に専門学校に少しばかり」それを聞いて就職の売り込みかと想った。女の話では語学力を生かして旅行会社にでも就職したがっていると言って居ただけに意外だった。「これまで仕事はしたの?」「アルバイトですが、設計事務所に五年ほど。でも、この夏に辞めました」 「そう。アルバイトでもインテリア・デザインを五年間したなら一応は適性は分かっている事になるが、どうなの?」「インテリア・コーディネーターの資格はとりましたが、一生の仕事に成るかどうか難しいですネ」「結婚でもして、お嬢さん芸で終えるの?」「結婚は考えていません、母が執拗に勧めますが・・・」自分の進路で迷っているらしい。尤も、次の段階が観えない。まさかその相談ではあるまいが、私を何等かの指針にしたがっている様に想えた。折角来てくれたのだからと食事に誘うと喜んで付いて来た。先日のホテルとは違う中ノ島のリーガ・ロイヤルにタクシーで行った。父親のデザイン事務所が近い上本町のウエスティン・ホテルは避けたかった。偶然でも父親に出逢う可能性がある場所からは離れたかった。舞子はタクシーに乗ると気軽に話し出した。母親と私との不倫を知らないからこそ安心しているのだろう。 イタリー料理の後、バーへ誘った。親子ほど違う若い娘と飲むのは久しぶりだった。十年前は事務所の助手とよく飲んだものだった。所長だからと決して無理強いはしなかったが、恋人が居ないせいか彼女は割り切って付き合ってくれた。あるコンペティションを終え、所員等と慰労会をした後、彼女とタクシーに乗った時、その気になってホテルへ行った。その後、秘密の関係ながら陰湿な付き合いは嫌だっただけに事務所ではサバサバした男同士のような関係で居た。所員の手前、そうするのが当然の義務だった。今頃、帰国して建築家になっているだろうかと想う事がある。が、連絡は無い。舞子は上機嫌で饒舌になり、結局、その夜はホテルに部屋を獲る事になった。ひょっとして最初から舞子はその気だったのかも知れない。ふとそんな気がして部屋に入って強く抱擁すると舞子も積極的だった。母親の事を気にしながらも成る様に成れと流れに任せた。(6月下旬へつづく・月の上旬。中旬・下旬の3回連載予定)
2012/06/16
コメント(0)
![]()
ココ百景(94) ガレージの塀に乗ってパティオ側を観ているココである。パティオ側のこちらはガレージより1m程地盤が高いので左の階段を降りて行けばポリカーボネイトの屋根が塀の上に被さる様に観え、ココはその間を行き来して道路を観るのが日課になっている。塀の上へはパティオ側から飛び上がって登る事になるが、別の方法としては屋根伝いにやって来て下屋からガレージの屋根に飛び降りる。その場合、ドン!とポリカーボネイトの屋根に大きな音を立てて着地するので、家人は驚く。人を驚かす様な大きな音を立てるのがココは好きで殊更に立てる時がある。例えばボクや妻が庭に出ていると屋根に居たココが一緒に遊ぼうと急いで降りて来る時とか餌の時間に成って何処からか帰って来てガレージの屋根伝いに降りて来る時である。その音でココの帰って来たのが分かるのだが、慣れない頃は何事が起きたのかと驚いたものである。悪戯好きのココらしい行動である。小説「猫と女と」(7) 大きさ形こそ違うが、舞子の目は母親と同じ雰囲気を持っている様に観えた。目で話が出来る女という点では母親とそっくりだった。これはまずいと私は目を反らせた。二人の関係を読まれてしまうと想った。舞子の物怖じしない態度に女は少し動揺したのか横から口を挟んだ。「舞ちゃん、初対面なのに失礼ヨ」「いや、良い良い。飼って居た可愛い猫の現状を知りたがるのは当然だから。写真ならお母さんに渡してあるが・・・」私は助け舟を出してしまった。会う前と会ってからの印象との違いで他愛もなく娘に肩入れしている自分が後ろめたかった。「え、観ました。可愛く撮れて居ましたネ。白いガーデン・テーブルや椅子に乗った仔猫の時の写真や、最近の縫いぐるみの様に毛が長くなったのも」七年前の写真や最近撮ったものまで七枚程渡してあるのを全部観て居る風だった。「ラグドール種は五十年ほど前に偶然の交配で生まれたアメリカの新種の猫らしいネ」と私は言った。 「そうなんです。カリフォルニア州のアン・ベイカー夫人が飼って居るペルシャ猫とタルキッシュ・アンゴラ猫との間に生まれた猫で白が基本で顔が黒なんです。フワフワした綿毛が気持ち良いんですヨ」流石に娘は猫好きらしく詳しい情報を持って居た。「毎晩、私のベッドに来て寝るんだ。ところが、朝五時には餌をくれと起こされるから、お蔭で昼間は眠くて仕方が無い」「あら、一緒に寝てるんですか?可愛い」「主に私が面倒を見ているので親と想っているらしい」良い歳をした親父が猫と一緒に寝ている風景なぞ絵にもならないのに言ってしまって少し照れてしまった。話が弾んで一緒にホテルのレストランで夕食とった。考えてみれば猫の話と世間話ばかりで、見合いの話はしなかった。本気で娘に見合いを勧めているのかどうか疑わしいものの、わざわざ一緒に連れて来るぐらいだから確かなのだろう。だから娘と気楽に話をしていても女は終始何か言いたそうな顔をしていた。 翌日、女から礼の電話があった。言葉の端々に見合いの話が出なかった事を皮肉っぽく滲ませてはいたが非難めいた言葉はなかった。「いきなり見合いの話よりも、初対面では人柄を観るだけで充分だろ?一応、知人や友達には当たっておくけれど・・・」と私は言葉を濁した。それから一週間ほどして舞子からも事務所に電話があった。女の手前、設計事務所の名刺を渡して携帯番号は教えなかった。第一、こちらから舞子に直接電話をする用件も無いのだ。心では女と次第に距離を置こうとしている矢先だけに舞子と関わりを持つのは避けたかった。女が娘を出汁にして私と頻繁に会いたがっているとすれば余計に腰が引けた。かつて婚約した頃、京都で別れた素人シャンソン歌手と同じ様に飽きが来たのかも知れない。単なる言葉の綾だと分かっていても「死ぬまで別れない」という女の一種の脅しのような愛の言葉にズシンと威圧感を覚えたのもあった。 舞子は設計事務所の近くまで来ていた。「もしお時間が取れる様でしたら、これからお伺いたいのですが」と言った。何の用件か分からないまま承諾し、舞子が現れると直ぐに気に成る事を訊いた。「お母さんは、この事を知っているの?」「いいえ何も。友達と会っての帰りで、近くだったもので一寸寄ってみたくなって・・・、お邪魔じゃ無かったですか?」一応、私に気を使って儀礼的に伺いを立てた。「いや、仕事が片付いた処だった。何か用件でも?」「いえ、先日のお礼と、先生の事務所がどういう感じなのか知りたくって・・・、やっぱり素敵なアトリエですネ」「ほう、建築に興味があるの?」「え、インテリア・デザインに」「そう、勉強したの?」「ニューヨークで語学と一緒に専門学校に少しばかり」それを聞いて就職の売り込みかと想った。女の話では語学力を生かして旅行会社にでも就職したがっていると言って居ただけに意外だった。「これまで仕事はしたの?」「アルバイトですが、設計事務所に五年ほど。でも、この夏に辞めました」 「そう。アルバイトでもインテリア・デザインを五年間したなら一応は適性は分かっている事になるが、どうなの?」「インテリア・コーディネーターの資格はとりましたが、一生の仕事に成るかどうか難しいですネ」「結婚でもして、お嬢さん芸で終えるの?」「結婚は考えていません、母が執拗に勧めますが・・・」自分の進路で迷っているらしい。尤も、次の段階が観えない。まさかその相談ではあるまいが、私を何等かの指針にしたがっている様に想えた。折角来てくれたのだからと食事に誘うと喜んで付いて来た。先日のホテルとは違う中ノ島のリーガ・ロイヤルにタクシーで行った。父親のデザイン事務所が近い上本町のウエスティン・ホテルは避けたかった。偶然でも父親に出逢う可能性がある場所からは離れたかった。舞子はタクシーに乗ると気軽に話し出した。母親と私との不倫を知らないからこそ安心しているのだろう。 イタリー料理の後、バーへ誘った。親子ほど違う若い娘と飲むのは久しぶりだった。十年前は事務所の助手とよく飲んだものだった。所長だからと決して無理強いはしなかったが、恋人が居ないせいか彼女は割り切って付き合ってくれた。あるコンペティションを終え、所員等と慰労会をした後、彼女とタクシーに乗った時、その気になってホテルへ行った。その後、秘密の関係ながら陰湿な付き合いは嫌だっただけに事務所ではサバサバした男同士のような関係で居た。所員の手前、そうするのが当然の義務だった。今頃、帰国して建築家になっているだろうかと想う事がある。が、連絡は無い。舞子は上機嫌で饒舌になり、結局、その夜はホテルに部屋を獲る事になった。ひょっとして最初から舞子はその気だったのかも知れない。ふとそんな気がして部屋に入って強く抱擁すると舞子も積極的だった。母親の事を気にしながらも成る様に成れと流れに任せた。(6月下旬へつづく・月の上旬。中旬・下旬の3回連載予定)
2012/06/15
コメント(0)
![]()
ココ百景(93) 庭に出たココは先ずポーチにたたずんで庭を見渡す。一通り見渡せば、次なる行動として庭を徘徊する。レンガを敷き詰めた通路に来るのは徘徊の途中である。其処で立ち止まり次の行動を思案する。「未だ朝晩は冷えるな」とか「今日は未だ狩りの獲物が現れないから、亦後で戻って来ようか」とか「これからガレージの方へでも行こうか」と考えているのだろう。大よそ猫の行動は読めるからココもどうせその程度の事を考えているのだ。もっと暑くなれば朝からコンクリートのポーチの冷やかな上で身体を休める処だが、未だ日向ぼっこをしている方が気持ちが良い時期だから煉瓦の上か、パティオのインターロッキングの上でゴロゴロするだろう。喰って寝て、狩りをして、気が向けば近所を徘徊するだけのココの生活は単調ながら、ココなりの楽しみ方があるのだ。小説「猫と女と」(7) 大きさ形こそ違うが、舞子の目は母親と同じ雰囲気を持っている様に観えた。目で話が出来る女という点では母親とそっくりだった。これはまずいと私は目を反らせた。二人の関係を読まれてしまうと想った。舞子の物怖じしない態度に女は少し動揺したのか横から口を挟んだ。「舞ちゃん、初対面なのに失礼ヨ」「いや、良い良い。飼って居た可愛い猫の現状を知りたがるのは当然だから。写真ならお母さんに渡してあるが・・・」私は助け舟を出してしまった。会う前と会ってからの印象との違いで他愛もなく娘に肩入れしている自分が後ろめたかった。「え、観ました。可愛く撮れて居ましたネ。白いガーデン・テーブルや椅子に乗った仔猫の時の写真や、最近の縫いぐるみの様に毛が長くなったのも」七年前の写真や最近撮ったものまで七枚程渡してあるのを全部観て居る風だった。「ラグドール種は五十年ほど前に偶然の交配で生まれたアメリカの新種の猫らしいネ」と私は言った。 「そうなんです。カリフォルニア州のアン・ベイカー夫人が飼って居るペルシャ猫とタルキッシュ・アンゴラ猫との間に生まれた猫で白が基本で顔が黒なんです。フワフワした綿毛が気持ち良いんですヨ」流石に娘は猫好きらしく詳しい情報を持って居た。「毎晩、私のベッドに来て寝るんだ。ところが、朝五時には餌をくれと起こされるから、お蔭で昼間は眠くて仕方が無い」「あら、一緒に寝てるんですか?可愛い」「主に私が面倒を見ているので親と想っているらしい」良い歳をした親父が猫と一緒に寝ている風景なぞ絵にもならないのに言ってしまって少し照れてしまった。話が弾んで一緒にホテルのレストランで夕食とった。考えてみれば猫の話と世間話ばかりで、見合いの話はしなかった。本気で娘に見合いを勧めているのかどうか疑わしいものの、わざわざ一緒に連れて来るぐらいだから確かなのだろう。だから娘と気楽に話をしていても女は終始何か言いたそうな顔をしていた。 翌日、女から礼の電話があった。言葉の端々に見合いの話が出なかった事を皮肉っぽく滲ませてはいたが非難めいた言葉はなかった。「いきなり見合いの話よりも、初対面では人柄を観るだけで充分だろ?一応、知人や友達には当たっておくけれど・・・」と私は言葉を濁した。それから一週間ほどして舞子からも事務所に電話があった。女の手前、設計事務所の名刺を渡して携帯番号は教えなかった。第一、こちらから舞子に直接電話をする用件も無いのだ。心では女と次第に距離を置こうとしている矢先だけに舞子と関わりを持つのは避けたかった。女が娘を出汁にして私と頻繁に会いたがっているとすれば余計に腰が引けた。かつて婚約した頃、京都で別れた素人シャンソン歌手と同じ様に飽きが来たのかも知れない。単なる言葉の綾だと分かっていても「死ぬまで別れない」という女の一種の脅しのような愛の言葉にズシンと威圧感を覚えたのもあった。 舞子は設計事務所の近くまで来ていた。「もしお時間が取れる様でしたら、これからお伺いたいのですが」と言った。何の用件か分からないまま承諾し、舞子が現れると直ぐに気に成る事を訊いた。「お母さんは、この事を知っているの?」「いいえ何も。友達と会っての帰りで、近くだったもので一寸寄ってみたくなって・・・、お邪魔じゃ無かったですか?」一応、私に気を使って儀礼的に伺いを立てた。「いや、仕事が片付いた処だった。何か用件でも?」「いえ、先日のお礼と、先生の事務所がどういう感じなのか知りたくって・・・、やっぱり素敵なアトリエですネ」「ほう、建築に興味があるの?」「え、インテリア・デザインに」「そう、勉強したの?」「ニューヨークで語学と一緒に専門学校に少しばかり」それを聞いて就職の売り込みかと想った。女の話では語学力を生かして旅行会社にでも就職したがっていると言って居ただけに意外だった。「これまで仕事はしたの?」「アルバイトですが、設計事務所に五年ほど。でも、この夏に辞めました」 「そう。アルバイトでもインテリア・デザインを五年間したなら一応は適性は分かっている事になるが、どうなの?」「インテリア・コーディネーターの資格はとりましたが、一生の仕事に成るかどうか難しいですネ」「結婚でもして、お嬢さん芸で終えるの?」「結婚は考えていません、母が執拗に勧めますが・・・」自分の進路で迷っているらしい。尤も、次の段階が観えない。まさかその相談ではあるまいが、私を何等かの指針にしたがっている様に想えた。折角来てくれたのだからと食事に誘うと喜んで付いて来た。先日のホテルとは違う中ノ島のリーガ・ロイヤルにタクシーで行った。父親のデザイン事務所が近い上本町のウエスティン・ホテルは避けたかった。偶然でも父親に出逢う可能性がある場所からは離れたかった。舞子はタクシーに乗ると気軽に話し出した。母親と私との不倫を知らないからこそ安心しているのだろう。 イタリー料理の後、バーへ誘った。親子ほど違う若い娘と飲むのは久しぶりだった。十年前は事務所の助手とよく飲んだものだった。所長だからと決して無理強いはしなかったが、恋人が居ないせいか彼女は割り切って付き合ってくれた。あるコンペティションを終え、所員等と慰労会をした後、彼女とタクシーに乗った時、その気になってホテルへ行った。その後、秘密の関係ながら陰湿な付き合いは嫌だっただけに事務所ではサバサバした男同士のような関係で居た。所員の手前、そうするのが当然の義務だった。今頃、帰国して建築家になっているだろうかと想う事がある。が、連絡は無い。舞子は上機嫌で饒舌になり、結局、その夜はホテルに部屋を獲る事になった。ひょっとして最初から舞子はその気だったのかも知れない。ふとそんな気がして部屋に入って強く抱擁すると舞子も積極的だった。母親の事を気にしながらも成る様に成れと流れに任せた。(6月下旬へつづく・月の上旬。中旬・下旬の3回連載予定)
2012/06/14
コメント(0)
![]()
ココ百景(92) 最近流行りのインターネット映画を観ている処にココが来て「そんな事をしていないで早く戸を開けて外へ出して頂戴」と合図のポーズをとっている。映画の中身が面白い時は目を離すのが嫌だから面倒な事は後回しになる。ココは暫くは辛抱しているが、愈々辛抱出来なくなるとパソコンから降りてデスクの上でパソコンの前に座る。そうなるとココが邪魔だから仕方なくガラス戸を開けてやる。ココも慣れたもので、そういう事を何度か繰り返す内にそれが儀式の様になってしまって今では一通りの合図のポーズを繰り返すのが当たり前になった。外へ出る為の努力を惜しまないで続ける処が可愛い。小説「猫と女と」(7) 大きさ形こそ違うが、舞子の目は母親と同じ雰囲気を持っている様に観えた。目で話が出来る女という点では母親とそっくりだった。これはまずいと私は目を反らせた。二人の関係を読まれてしまうと想った。舞子の物怖じしない態度に女は少し動揺したのか横から口を挟んだ。「舞ちゃん、初対面なのに失礼ヨ」「いや、良い良い。飼って居た可愛い猫の現状を知りたがるのは当然だから。写真ならお母さんに渡してあるが・・・」私は助け舟を出してしまった。会う前と会ってからの印象との違いで他愛もなく娘に肩入れしている自分が後ろめたかった。「え、観ました。可愛く撮れて居ましたネ。白いガーデン・テーブルや椅子に乗った仔猫の時の写真や、最近の縫いぐるみの様に毛が長くなったのも」七年前の写真や最近撮ったものまで七枚程渡してあるのを全部観て居る風だった。「ラグドール種は五十年ほど前に偶然の交配で生まれたアメリカの新種の猫らしいネ」と私は言った。 「そうなんです。カリフォルニア州のアン・ベイカー夫人が飼って居るペルシャ猫とタルキッシュ・アンゴラ猫との間に生まれた猫で白が基本で顔が黒なんです。フワフワした綿毛が気持ち良いんですヨ」流石に娘は猫好きらしく詳しい情報を持って居た。「毎晩、私のベッドに来て寝るんだ。ところが、朝五時には餌をくれと起こされるから、お蔭で昼間は眠くて仕方が無い」「あら、一緒に寝てるんですか?可愛い」「主に私が面倒を見ているので親と想っているらしい」良い歳をした親父が猫と一緒に寝ている風景なぞ絵にもならないのに言ってしまって少し照れてしまった。話が弾んで一緒にホテルのレストランで夕食とった。考えてみれば猫の話と世間話ばかりで、見合いの話はしなかった。本気で娘に見合いを勧めているのかどうか疑わしいものの、わざわざ一緒に連れて来るぐらいだから確かなのだろう。だから娘と気楽に話をしていても女は終始何か言いたそうな顔をしていた。 翌日、女から礼の電話があった。言葉の端々に見合いの話が出なかった事を皮肉っぽく滲ませてはいたが非難めいた言葉はなかった。「いきなり見合いの話よりも、初対面では人柄を観るだけで充分だろ?一応、知人や友達には当たっておくけれど・・・」と私は言葉を濁した。それから一週間ほどして舞子からも事務所に電話があった。女の手前、設計事務所の名刺を渡して携帯番号は教えなかった。第一、こちらから舞子に直接電話をする用件も無いのだ。心では女と次第に距離を置こうとしている矢先だけに舞子と関わりを持つのは避けたかった。女が娘を出汁にして私と頻繁に会いたがっているとすれば余計に腰が引けた。かつて婚約した頃、京都で別れた素人シャンソン歌手と同じ様に飽きが来たのかも知れない。単なる言葉の綾だと分かっていても「死ぬまで別れない」という女の一種の脅しのような愛の言葉にズシンと威圧感を覚えたのもあった。 舞子は設計事務所の近くまで来ていた。「もしお時間が取れる様でしたら、これからお伺いたいのですが」と言った。何の用件か分からないまま承諾し、舞子が現れると直ぐに気に成る事を訊いた。「お母さんは、この事を知っているの?」「いいえ何も。友達と会っての帰りで、近くだったもので一寸寄ってみたくなって・・・、お邪魔じゃ無かったですか?」一応、私に気を使って儀礼的に伺いを立てた。「いや、仕事が片付いた処だった。何か用件でも?」「いえ、先日のお礼と、先生の事務所がどういう感じなのか知りたくって・・・、やっぱり素敵なアトリエですネ」「ほう、建築に興味があるの?」「え、インテリア・デザインに」「そう、勉強したの?」「ニューヨークで語学と一緒に専門学校に少しばかり」それを聞いて就職の売り込みかと想った。女の話では語学力を生かして旅行会社にでも就職したがっていると言って居ただけに意外だった。「これまで仕事はしたの?」「アルバイトですが、設計事務所に五年ほど。でも、この夏に辞めました」 「そう。アルバイトでもインテリア・デザインを五年間したなら一応は適性は分かっている事になるが、どうなの?」「インテリア・コーディネーターの資格はとりましたが、一生の仕事に成るかどうか難しいですネ」「結婚でもして、お嬢さん芸で終えるの?」「結婚は考えていません、母が執拗に勧めますが・・・」自分の進路で迷っているらしい。尤も、次の段階が観えない。まさかその相談ではあるまいが、私を何等かの指針にしたがっている様に想えた。折角来てくれたのだからと食事に誘うと喜んで付いて来た。先日のホテルとは違う中ノ島のリーガ・ロイヤルにタクシーで行った。父親のデザイン事務所が近い上本町のウエスティン・ホテルは避けたかった。偶然でも父親に出逢う可能性がある場所からは離れたかった。舞子はタクシーに乗ると気軽に話し出した。母親と私との不倫を知らないからこそ安心しているのだろう。 イタリー料理の後、バーへ誘った。親子ほど違う若い娘と飲むのは久しぶりだった。十年前は事務所の助手とよく飲んだものだった。所長だからと決して無理強いはしなかったが、恋人が居ないせいか彼女は割り切って付き合ってくれた。あるコンペティションを終え、所員等と慰労会をした後、彼女とタクシーに乗った時、その気になってホテルへ行った。その後、秘密の関係ながら陰湿な付き合いは嫌だっただけに事務所ではサバサバした男同士のような関係で居た。所員の手前、そうするのが当然の義務だった。今頃、帰国して建築家になっているだろうかと想う事がある。が、連絡は無い。舞子は上機嫌で饒舌になり、結局、その夜はホテルに部屋を獲る事になった。ひょっとして最初から舞子はその気だったのかも知れない。ふとそんな気がして部屋に入って強く抱擁すると舞子も積極的だった。母親の事を気にしながらも成る様に成れと流れに任せた。(6月下旬へつづく・月の上旬。中旬・下旬の3回連載予定)
2012/06/13
コメント(0)
![]()
ココ百景(91) 買い物に出掛けるのでガレージから車を道路に出した処である。振り返るとココが塀の上に乗って見送っている。買い物に行くのを知っている態度である。車が嫌いだから「一緒に連れて行って」とは考えないらしい。三時間ほどして帰宅すると迎えに出て来たり来なかったりと時間帯と日課の行動のタイミングに合わせて行動する。ハッキリしているのは餌の時間が迫っている時で、そういう時は必ず出迎える。スーパーで買った食品の詰ったビニール袋を車内から取り出して玄関に運ぶ間、足元に絡みつきながら車と玄関を往復する。ビニール袋は大抵10袋はあるから数回は往復する。袋にはココの好きなものは入っていないのに「早く食べたい!」と強請るのである。運び終わってガレージに車をバックで戻し、ようやく餌を与えると待ち兼ねた様に餌をガツガツ食べる。余程腹が減っていたのだろう。小説「猫と女と」(7) 大きさ形こそ違うが、舞子の目は母親と同じ雰囲気を持っている様に観えた。目で話が出来る女という点では母親とそっくりだった。これはまずいと私は目を反らせた。二人の関係を読まれてしまうと想った。舞子の物怖じしない態度に女は少し動揺したのか横から口を挟んだ。「舞ちゃん、初対面なのに失礼ヨ」「いや、良い良い。飼って居た可愛い猫の現状を知りたがるのは当然だから。写真ならお母さんに渡してあるが・・・」私は助け舟を出してしまった。会う前と会ってからの印象との違いで他愛もなく娘に肩入れしている自分が後ろめたかった。「え、観ました。可愛く撮れて居ましたネ。白いガーデン・テーブルや椅子に乗った仔猫の時の写真や、最近の縫いぐるみの様に毛が長くなったのも」七年前の写真や最近撮ったものまで七枚程渡してあるのを全部観て居る風だった。「ラグドール種は五十年ほど前に偶然の交配で生まれたアメリカの新種の猫らしいネ」と私は言った。 「そうなんです。カリフォルニア州のアン・ベイカー夫人が飼って居るペルシャ猫とタルキッシュ・アンゴラ猫との間に生まれた猫で白が基本で顔が黒なんです。フワフワした綿毛が気持ち良いんですヨ」流石に娘は猫好きらしく詳しい情報を持って居た。「毎晩、私のベッドに来て寝るんだ。ところが、朝五時には餌をくれと起こされるから、お蔭で昼間は眠くて仕方が無い」「あら、一緒に寝てるんですか?可愛い」「主に私が面倒を見ているので親と想っているらしい」良い歳をした親父が猫と一緒に寝ている風景なぞ絵にもならないのに言ってしまって少し照れてしまった。話が弾んで一緒にホテルのレストランで夕食とった。考えてみれば猫の話と世間話ばかりで、見合いの話はしなかった。本気で娘に見合いを勧めているのかどうか疑わしいものの、わざわざ一緒に連れて来るぐらいだから確かなのだろう。だから娘と気楽に話をしていても女は終始何か言いたそうな顔をしていた。 翌日、女から礼の電話があった。言葉の端々に見合いの話が出なかった事を皮肉っぽく滲ませてはいたが非難めいた言葉はなかった。「いきなり見合いの話よりも、初対面では人柄を観るだけで充分だろ?一応、知人や友達には当たっておくけれど・・・」と私は言葉を濁した。それから一週間ほどして舞子からも事務所に電話があった。女の手前、設計事務所の名刺を渡して携帯番号は教えなかった。第一、こちらから舞子に直接電話をする用件も無いのだ。心では女と次第に距離を置こうとしている矢先だけに舞子と関わりを持つのは避けたかった。女が娘を出汁にして私と頻繁に会いたがっているとすれば余計に腰が引けた。かつて婚約した頃、京都で別れた素人シャンソン歌手と同じ様に飽きが来たのかも知れない。単なる言葉の綾だと分かっていても「死ぬまで別れない」という女の一種の脅しのような愛の言葉にズシンと威圧感を覚えたのもあった。 舞子は設計事務所の近くまで来ていた。「もしお時間が取れる様でしたら、これからお伺いたいのですが」と言った。何の用件か分からないまま承諾し、舞子が現れると直ぐに気に成る事を訊いた。「お母さんは、この事を知っているの?」「いいえ何も。友達と会っての帰りで、近くだったもので一寸寄ってみたくなって・・・、お邪魔じゃ無かったですか?」一応、私に気を使って儀礼的に伺いを立てた。「いや、仕事が片付いた処だった。何か用件でも?」「いえ、先日のお礼と、先生の事務所がどういう感じなのか知りたくって・・・、やっぱり素敵なアトリエですネ」「ほう、建築に興味があるの?」「え、インテリア・デザインに」「そう、勉強したの?」「ニューヨークで語学と一緒に専門学校に少しばかり」それを聞いて就職の売り込みかと想った。女の話では語学力を生かして旅行会社にでも就職したがっていると言って居ただけに意外だった。「これまで仕事はしたの?」「アルバイトですが、設計事務所に五年ほど。でも、この夏に辞めました」 「そう。アルバイトでもインテリア・デザインを五年間したなら一応は適性は分かっている事になるが、どうなの?」「インテリア・コーディネーターの資格はとりましたが、一生の仕事に成るかどうか難しいですネ」「結婚でもして、お嬢さん芸で終えるの?」「結婚は考えていません、母が執拗に勧めますが・・・」自分の進路で迷っているらしい。尤も、次の段階が観えない。まさかその相談ではあるまいが、私を何等かの指針にしたがっている様に想えた。折角来てくれたのだからと食事に誘うと喜んで付いて来た。先日のホテルとは違う中ノ島のリーガ・ロイヤルにタクシーで行った。父親のデザイン事務所が近い上本町のウエスティン・ホテルは避けたかった。偶然でも父親に出逢う可能性がある場所からは離れたかった。舞子はタクシーに乗ると気軽に話し出した。母親と私との不倫を知らないからこそ安心しているのだろう。 イタリー料理の後、バーへ誘った。親子ほど違う若い娘と飲むのは久しぶりだった。十年前は事務所の助手とよく飲んだものだった。所長だからと決して無理強いはしなかったが、恋人が居ないせいか彼女は割り切って付き合ってくれた。あるコンペティションを終え、所員等と慰労会をした後、彼女とタクシーに乗った時、その気になってホテルへ行った。その後、秘密の関係ながら陰湿な付き合いは嫌だっただけに事務所ではサバサバした男同士のような関係で居た。所員の手前、そうするのが当然の義務だった。今頃、帰国して建築家になっているだろうかと想う事がある。が、連絡は無い。舞子は上機嫌で饒舌になり、結局、その夜はホテルに部屋を獲る事になった。ひょっとして最初から舞子はその気だったのかも知れない。ふとそんな気がして部屋に入って強く抱擁すると舞子も積極的だった。母親の事を気にしながらも成る様に成れと流れに任せた。(6月下旬へつづく・月の上旬。中旬・下旬の3回連載予定)
2012/06/12
コメント(0)
![]()
ココ百景(90) 暑くも寒くもないポカポカ陽気のポーチで爆睡しているココである。外敵が居ない安心出来る場所で気持ち良く昼寝をしているココは幸せそのものの様である。獲物を追いかける夢でも観ているのかも知れない。そんな睡眠を邪魔するかの様にココの腹を撫でてやると気がついて尻尾を振って少し反応はするが、態勢はそのままでいる。「折角、良い夢を観ていたのに邪魔しないで」という尻尾だけの反応なのか、それとも先ほどから気が付いていたけど、起き上がって一緒に遊ぶよりも寝ている方が気持ち良い」とでも想っているのだろう。そういう態度だからそれ以上撫でずに別の場所かパティオの方へ移動すると暫くしてココが付いて来る。矢張り気に成るらしい。一旦目覚めてしまうと次の行動に移らざるを得なくなるのが猫の習性の様である。小説「猫と女と」(7) 大きさ形こそ違うが、舞子の目は母親と同じ雰囲気を持っている様に観えた。目で話が出来る女という点では母親とそっくりだった。これはまずいと私は目を反らせた。二人の関係を読まれてしまうと想った。舞子の物怖じしない態度に女は少し動揺したのか横から口を挟んだ。「舞ちゃん、初対面なのに失礼ヨ」「いや、良い良い。飼って居た可愛い猫の現状を知りたがるのは当然だから。写真ならお母さんに渡してあるが・・・」私は助け舟を出してしまった。会う前と会ってからの印象との違いで他愛もなく娘に肩入れしている自分が後ろめたかった。「え、観ました。可愛く撮れて居ましたネ。白いガーデン・テーブルや椅子に乗った仔猫の時の写真や、最近の縫いぐるみの様に毛が長くなったのも」七年前の写真や最近撮ったものまで七枚程渡してあるのを全部観て居る風だった。「ラグドール種は五十年ほど前に偶然の交配で生まれたアメリカの新種の猫らしいネ」と私は言った。 「そうなんです。カリフォルニア州のアン・ベイカー夫人が飼って居るペルシャ猫とタルキッシュ・アンゴラ猫との間に生まれた猫で白が基本で顔が黒なんです。フワフワした綿毛が気持ち良いんですヨ」流石に娘は猫好きらしく詳しい情報を持って居た。「毎晩、私のベッドに来て寝るんだ。ところが、朝五時には餌をくれと起こされるから、お蔭で昼間は眠くて仕方が無い」「あら、一緒に寝てるんですか?可愛い」「主に私が面倒を見ているので親と想っているらしい」良い歳をした親父が猫と一緒に寝ている風景なぞ絵にもならないのに言ってしまって少し照れてしまった。話が弾んで一緒にホテルのレストランで夕食とった。考えてみれば猫の話と世間話ばかりで、見合いの話はしなかった。本気で娘に見合いを勧めているのかどうか疑わしいものの、わざわざ一緒に連れて来るぐらいだから確かなのだろう。だから娘と気楽に話をしていても女は終始何か言いたそうな顔をしていた。 翌日、女から礼の電話があった。言葉の端々に見合いの話が出なかった事を皮肉っぽく滲ませてはいたが非難めいた言葉はなかった。「いきなり見合いの話よりも、初対面では人柄を観るだけで充分だろ?一応、知人や友達には当たっておくけれど・・・」と私は言葉を濁した。それから一週間ほどして舞子からも事務所に電話があった。女の手前、設計事務所の名刺を渡して携帯番号は教えなかった。第一、こちらから舞子に直接電話をする用件も無いのだ。心では女と次第に距離を置こうとしている矢先だけに舞子と関わりを持つのは避けたかった。女が娘を出汁にして私と頻繁に会いたがっているとすれば余計に腰が引けた。かつて婚約した頃、京都で別れた素人シャンソン歌手と同じ様に飽きが来たのかも知れない。単なる言葉の綾だと分かっていても「死ぬまで別れない」という女の一種の脅しのような愛の言葉にズシンと威圧感を覚えたのもあった。 舞子は設計事務所の近くまで来ていた。「もしお時間が取れる様でしたら、これからお伺いたいのですが」と言った。何の用件か分からないまま承諾し、舞子が現れると直ぐに気に成る事を訊いた。「お母さんは、この事を知っているの?」「いいえ何も。友達と会っての帰りで、近くだったもので一寸寄ってみたくなって・・・、お邪魔じゃ無かったですか?」一応、私に気を使って儀礼的に伺いを立てた。「いや、仕事が片付いた処だった。何か用件でも?」「いえ、先日のお礼と、先生の事務所がどういう感じなのか知りたくって・・・、やっぱり素敵なアトリエですネ」「ほう、建築に興味があるの?」「え、インテリア・デザインに」「そう、勉強したの?」「ニューヨークで語学と一緒に専門学校に少しばかり」それを聞いて就職の売り込みかと想った。女の話では語学力を生かして旅行会社にでも就職したがっていると言って居ただけに意外だった。「これまで仕事はしたの?」「アルバイトですが、設計事務所に五年ほど。でも、この夏に辞めました」 「そう。アルバイトでもインテリア・デザインを五年間したなら一応は適性は分かっている事になるが、どうなの?」「インテリア・コーディネーターの資格はとりましたが、一生の仕事に成るかどうか難しいですネ」「結婚でもして、お嬢さん芸で終えるの?」「結婚は考えていません、母が執拗に勧めますが・・・」自分の進路で迷っているらしい。尤も、次の段階が観えない。まさかその相談ではあるまいが、私を何等かの指針にしたがっている様に想えた。折角来てくれたのだからと食事に誘うと喜んで付いて来た。先日のホテルとは違う中ノ島のリーガ・ロイヤルにタクシーで行った。父親のデザイン事務所が近い上本町のウエスティン・ホテルは避けたかった。偶然でも父親に出逢う可能性がある場所からは離れたかった。舞子はタクシーに乗ると気軽に話し出した。母親と私との不倫を知らないからこそ安心しているのだろう。 イタリー料理の後、バーへ誘った。親子ほど違う若い娘と飲むのは久しぶりだった。十年前は事務所の助手とよく飲んだものだった。所長だからと決して無理強いはしなかったが、恋人が居ないせいか彼女は割り切って付き合ってくれた。あるコンペティションを終え、所員等と慰労会をした後、彼女とタクシーに乗った時、その気になってホテルへ行った。その後、秘密の関係ながら陰湿な付き合いは嫌だっただけに事務所ではサバサバした男同士のような関係で居た。所員の手前、そうするのが当然の義務だった。今頃、帰国して建築家になっているだろうかと想う事がある。が、連絡は無い。舞子は上機嫌で饒舌になり、結局、その夜はホテルに部屋を獲る事になった。ひょっとして最初から舞子はその気だったのかも知れない。ふとそんな気がして部屋に入って強く抱擁すると舞子も積極的だった。母親の事を気にしながらも成る様に成れと流れに任せた。(6月下旬へつづく・月の上旬。中旬・下旬の3回連載予定)
2012/06/11
コメント(0)
![]()
ココ百景(89) 猫は丸くなって寝る。これは寒い時に体温を保存する為にするスタイルである。ポカポカと温かい時とか暑くてダレている時は身体を伸ばして仰向けになって寝る。近付いて来たボクの姿を観ても丸い態勢のまま薄眼を開けてボクを観るものの、未だ充分に眠れていないのかそのまま眠り続ける。折角眠っているのだからと起こさずに別の場所へ移動すると気になるのか後から付いて来たりする。別に眠い訳では無く退屈なだけなのだ。要らぬ気を回して損をした気分になる。小説「猫と女と」(7) 大きさ形こそ違うが、舞子の目は母親と同じ雰囲気を持っている様に観えた。目で話が出来る女という点では母親とそっくりだった。これはまずいと私は目を反らせた。二人の関係を読まれてしまうと想った。舞子の物怖じしない態度に女は少し動揺したのか横から口を挟んだ。「舞ちゃん、初対面なのに失礼ヨ」「いや、良い良い。飼って居た可愛い猫の現状を知りたがるのは当然だから。写真ならお母さんに渡してあるが・・・」私は助け舟を出してしまった。会う前と会ってからの印象との違いで他愛もなく娘に肩入れしている自分が後ろめたかった。「え、観ました。可愛く撮れて居ましたネ。白いガーデン・テーブルや椅子に乗った仔猫の時の写真や、最近の縫いぐるみの様に毛が長くなったのも」七年前の写真や最近撮ったものまで七枚程渡してあるのを全部観て居る風だった。「ラグドール種は五十年ほど前に偶然の交配で生まれたアメリカの新種の猫らしいネ」と私は言った。 「そうなんです。カリフォルニア州のアン・ベイカー夫人が飼って居るペルシャ猫とタルキッシュ・アンゴラ猫との間に生まれた猫で白が基本で顔が黒なんです。フワフワした綿毛が気持ち良いんですヨ」流石に娘は猫好きらしく詳しい情報を持って居た。「毎晩、私のベッドに来て寝るんだ。ところが、朝五時には餌をくれと起こされるから、お蔭で昼間は眠くて仕方が無い」「あら、一緒に寝てるんですか?可愛い」「主に私が面倒を見ているので親と想っているらしい」良い歳をした親父が猫と一緒に寝ている風景なぞ絵にもならないのに言ってしまって少し照れてしまった。話が弾んで一緒にホテルのレストランで夕食とった。考えてみれば猫の話と世間話ばかりで、見合いの話はしなかった。本気で娘に見合いを勧めているのかどうか疑わしいものの、わざわざ一緒に連れて来るぐらいだから確かなのだろう。だから娘と気楽に話をしていても女は終始何か言いたそうな顔をしていた。 翌日、女から礼の電話があった。言葉の端々に見合いの話が出なかった事を皮肉っぽく滲ませてはいたが非難めいた言葉はなかった。「いきなり見合いの話よりも、初対面では人柄を観るだけで充分だろ?一応、知人や友達には当たっておくけれど・・・」と私は言葉を濁した。それから一週間ほどして舞子からも事務所に電話があった。女の手前、設計事務所の名刺を渡して携帯番号は教えなかった。第一、こちらから舞子に直接電話をする用件も無いのだ。心では女と次第に距離を置こうとしている矢先だけに舞子と関わりを持つのは避けたかった。女が娘を出汁にして私と頻繁に会いたがっているとすれば余計に腰が引けた。かつて婚約した頃、京都で別れた素人シャンソン歌手と同じ様に飽きが来たのかも知れない。単なる言葉の綾だと分かっていても「死ぬまで別れない」という女の一種の脅しのような愛の言葉にズシンと威圧感を覚えたのもあった。 舞子は設計事務所の近くまで来ていた。「もしお時間が取れる様でしたら、これからお伺いたいのですが」と言った。何の用件か分からないまま承諾し、舞子が現れると直ぐに気に成る事を訊いた。「お母さんは、この事を知っているの?」「いいえ何も。友達と会っての帰りで、近くだったもので一寸寄ってみたくなって・・・、お邪魔じゃ無かったですか?」一応、私に気を使って儀礼的に伺いを立てた。「いや、仕事が片付いた処だった。何か用件でも?」「いえ、先日のお礼と、先生の事務所がどういう感じなのか知りたくって・・・、やっぱり素敵なアトリエですネ」「ほう、建築に興味があるの?」「え、インテリア・デザインに」「そう、勉強したの?」「ニューヨークで語学と一緒に専門学校に少しばかり」それを聞いて就職の売り込みかと想った。女の話では語学力を生かして旅行会社にでも就職したがっていると言って居ただけに意外だった。「これまで仕事はしたの?」「アルバイトですが、設計事務所に五年ほど。でも、この夏に辞めました」 「そう。アルバイトでもインテリア・デザインを五年間したなら一応は適性は分かっている事になるが、どうなの?」「インテリア・コーディネーターの資格はとりましたが、一生の仕事に成るかどうか難しいですネ」「結婚でもして、お嬢さん芸で終えるの?」「結婚は考えていません、母が執拗に勧めますが・・・」自分の進路で迷っているらしい。尤も、次の段階が観えない。まさかその相談ではあるまいが、私を何等かの指針にしたがっている様に想えた。折角来てくれたのだからと食事に誘うと喜んで付いて来た。先日のホテルとは違う中ノ島のリーガ・ロイヤルにタクシーで行った。父親のデザイン事務所が近い上本町のウエスティン・ホテルは避けたかった。偶然でも父親に出逢う可能性がある場所からは離れたかった。舞子はタクシーに乗ると気軽に話し出した。母親と私との不倫を知らないからこそ安心しているのだろう。 イタリー料理の後、バーへ誘った。親子ほど違う若い娘と飲むのは久しぶりだった。十年前は事務所の助手とよく飲んだものだった。所長だからと決して無理強いはしなかったが、恋人が居ないせいか彼女は割り切って付き合ってくれた。あるコンペティションを終え、所員等と慰労会をした後、彼女とタクシーに乗った時、その気になってホテルへ行った。その後、秘密の関係ながら陰湿な付き合いは嫌だっただけに事務所ではサバサバした男同士のような関係で居た。所員の手前、そうするのが当然の義務だった。今頃、帰国して建築家になっているだろうかと想う事がある。が、連絡は無い。舞子は上機嫌で饒舌になり、結局、その夜はホテルに部屋を獲る事になった。ひょっとして最初から舞子はその気だったのかも知れない。ふとそんな気がして部屋に入って強く抱擁すると舞子も積極的だった。母親の事を気にしながらも成る様に成れと流れに任せた。(6月下旬へつづく・月の上旬。中旬・下旬の3回連載予定)
2012/06/10
コメント(0)
![]()
ココ百景(88) ココが高野槇の下の皐月に囲まれた指定席で何時もの様に寛ごうとしている風景である。サツキは皐月(旧暦の五月)から来た名前だから六月の今頃が盛りであるが、そろそろ梅雨の始まる中旬にはシーズンが過ぎる。しかし、うちの庭の花はどれも遅咲きなので今月一杯は咲いている。花に囲まれて心が和むのか、それとも外で寝るには最適な時候なので気持ちが良いのか、人間の考える様な意味なぞ無いのかも知れないが兎に角この季節からは外で夜を過ごす事が多く成る。昨夜も狩りの成果で野ネズミの一種の薄茶色の可愛らしく丸く肥ったハタネズミを捕えて来て家の中に持ち込んで大騒ぎになった。早速、ゴミばさみで摘まんで近所の空き地の草むらに逃がしてやった。ココは追いかけて行ったものの獲物が行方不明で朝まで帰って来なかった。早朝、雨戸を開けると庭から朝ごはんを求めてココが飛びこんで来た。もう興奮は醒めていた。小説「猫と女と」(6) ココは相変わらず庭を走り回っては狩りの獲物を探している。飼い始めて七年になる大人に成った猫は人間で言えば四十前後に成るのだろう。油の乗りきった女盛りだ。それとは逆にデザイン事務所の女は既に峠を越している。それなのに今でも私との関係が続いているのは彼女の献身さにもあるのだろうが、離婚して独身生活を長年続けているのもある。所帯やつれを感じさせずファッションも派手目で若く見せる生活がどのようなものか大よそ想像がつくが、多分、家事なぞ殆どしないのだろう。三十近い娘と母親二人の生活なぞ考えたくもない。そういう風にしか観ていない私に「舞子がねえ、なかなか結婚してくれないのヨ」と女が愚痴る。私に相談すれば何とか成るとでも想っているのだろうか。愚痴と言うより逆に可愛くて何時までも傍に置いておきたい感じもし、その表情は、娘の親と言うよりも女盛りが二人同棲している感じさえする。婚期を逸しそうな娘が親元に平気な顔で堂々と棲んでいる図なぞ絵にもならないと私は想ってしまう。 それは今や社会現象にまで成っていて、中流と言われる殆どの家庭ではそういう娘が無為にゴロゴロ転がっている時代なのだ。それだけに女も母親としての困った顔もしていない。水道の蛇口をひねれば何時でも金が流れ出て来る様な生活環境で育って来た娘は強かな生活力なぞ無く、生活力があり自分をリードしてくれる相手を見付ける事なぞ到底出来そうにないのだ。仮にそういう男が居たとしても既に結婚していたりする。かと言って所帯地味た男なぞには何の魅力も感じず、垢ぬけした遊び人だと付き合うには格好が良いものの結婚相手としては程遠い。自分の親よりも収入の少ない男なぞ結婚相手として考えられず、相思相愛で貧しくとも一緒に成りたいという女なぞ今時珍しい。だからと言って結婚願望が無い訳でも無く、いざと言う時の為や自活せねばならなくなった場合の事を考えて手に職を持たねばと口先では訳知りの様に言うのだ。 親元で、安穏と気楽に暮らしている娘の殆どは親の生活力に左右され経済面で自立出来ないまま三十近くになって焦り出すのだろう。時代に合わせてサラリーマンに成ったとしても一時の腰掛け的なもので結婚相手を見つける為の場としか考えていない。まさかキャリア・ウーマンに成りたいと本気で考えている訳でもなく、結局の処、男に頼って生きるしか道は無いと半分悟った様な気になっている。だから何時までも親元から抜け出せずに、だらだらと毎日を過ごす羽目に成る。そう考えると女が娘と二人で居るのも已むにやまれぬ事情と考えるべきかも知れない。デザイン事務所の元夫の生活力が今後の女達の方向性を決定する事に成るだろうとも言え、其処に私がひょっこり入り込んでセックス・フレンドとして介在するなぞ、かつての私には考えられなかった事だ。この先何を望んで女と付き合おうとしているのか自分でも分からなくなり堂々巡り的な考えのまま女との関係が八年目に入ろうとしている。 一方、貰った猫は何の苦労も知らず、我が家に貰われた事で幸せに成ったのかどうかも分からないまま毎日をそれなりに気楽に生きている。「娘が訊くものだから」と女が想い出した様に私に猫の事を訊くのも娘が何の目標も無く怠惰な生活を送っているからに違いない。もしそうなら、そんな人間的に何の魅力も無い娘の事なぞ考えたくもない。それだけに当然ながら娘の事で何か訊かれようとも生返事でしか応えられない私に女は何の違和感も感じないのだろうか。そういう関係に成りつつあり、そろそろ別れる潮時かも知れないと想う事もあるのに、女と時々連絡し合っては惰性で会っている自分が不可解に想える事さえある。一種の老化現象が始まっているのだろうかという不安まで出て来る。そんな私の思惑とは別に「ねえ、誰か良い相手、居ないか知ら?」と、それでも女は娘の相手を探す。「男友達は居るのだろ?」「沢山居るらしいワ。だけど、舞子を女として観ていない様なのヨ」「それでも、そんな中から選んだ方が早いさ」 「ねえ、それより舞子に一度会ってやってくれない?」「えッ!どうして?」「だって、猫を貰ってくれた建築家で、私の親しいお友達と言ってあるから、一度紹介して欲しいと言われているの」「まあ、機会があれば・・・」と私は半分逃げ腰になってしまう。「じゃ、今度の土曜日どう?時間を作ってヨ」女はその気になって話を畳みかけて来る。結局、優柔不断な態度が女のペースに巻き込まれてしまう羽目に成るのだろうと諦める。惰性半分、好色性半分の気持ちが今日も女をホテルに誘ってしまったのが間違いだった。「じゃあ、土曜日に舞子を連れて来る。必ず来てネ」と女から念を押され「どうしても、か?」と自分でも承諾と取れる間抜けな返事をしてしまってから、まあ会うだけなら良いだろうと自分に言い聞かせた。不倫相手の娘の見合いに協力する気なぞ全く無いが、成り行きに任せれば、ひょっとして瓢箪から駒という事もあり得るかも知れないと考え直す事にした。 約束の時間にホテルのロビーに行くと女と娘が待っていた。娘の方は今風のファッションで父親に似て長身だった。想像していた娘のイメージが崩れ、以前に女のマンションで観た写真とも違い別人の様に美人だった。ニューヨークの生活で垢ぬけしたのだろうか。取りあえずロビー横のティー・ラウンジで改めて自己紹介を兼ねて父親と一緒に仕事をした事を言った。「え、母から聞いて知っています。父と一緒じゃ大変でしたでしょ?変わった人ですから」自分の父親を批判的に言う。「ニューヨークの生活はどう?良かった?」言ってしまってから、もう七年も前の事を訊いてどうすると自分の愚問を悔やんだ。が、娘はニッコリほほ笑んで「特には・・・近くに伯母も棲んでいますから・・・。それよりもココちゃん元気ですか?」娘は猫の事を訊いた。「元気過ぎるぐらいだヨ。木登りが得意でネ」「会いたいワ!大きく成ったでしょうネ」大きな目で懐かしそうに私の目をジッと見詰める。(6月中旬へつづく・月の上旬・中旬・下旬の3回連載予定)
2012/06/09
コメント(0)
![]()
ココ百景(87) 猫は道を行く時は、道の真ん中を通らずに端を歩く。側溝がある場合は側溝の中を歩く。勿論、カラカラに乾いている場合だけで、雨水が流れている時は歩かない。濡れるのが嫌いなのだ。そのくせ不潔な側溝の土を踏んでいる訳だから足の裏は汚れている。見掛けは綺麗に見えても足の裏には黴菌が付いている。猫は常に足の裏を舐めて綺麗にしているが、動物の事だからそれで病気に成る事は無い。しかし、爪で引っ掻かれると直ぐに消毒しないと腫れあがる。一寸だけだと安心していても傷口が痒くなる。つまり黴菌が皮膚から入った証拠である。引っ掻かれると直ぐに赤いイソジン液を塗って消毒する。そうすれば腫れず痒くも成らない。側溝には蓋をする家が増えたが、玄関やガレージの前だけだから蓋の無い側溝は猫の格好の隠れ場にも成り、言わば安全な通路という事になるのだろう。小説「猫と女と」(6) ココは相変わらず庭を走り回っては狩りの獲物を探している。飼い始めて七年になる大人に成った猫は人間で言えば四十前後に成るのだろう。油の乗りきった女盛りだ。それとは逆にデザイン事務所の女は既に峠を越している。それなのに今でも私との関係が続いているのは彼女の献身さにもあるのだろうが、離婚して独身生活を長年続けているのもある。所帯やつれを感じさせずファッションも派手目で若く見せる生活がどのようなものか大よそ想像がつくが、多分、家事なぞ殆どしないのだろう。三十近い娘と母親二人の生活なぞ考えたくもない。そういう風にしか観ていない私に「舞子がねえ、なかなか結婚してくれないのヨ」と女が愚痴る。私に相談すれば何とか成るとでも想っているのだろうか。愚痴と言うより逆に可愛くて何時までも傍に置いておきたい感じもし、その表情は、娘の親と言うよりも女盛りが二人同棲している感じさえする。婚期を逸しそうな娘が親元に平気な顔で堂々と棲んでいる図なぞ絵にもならないと私は想ってしまう。 それは今や社会現象にまで成っていて、中流と言われる殆どの家庭ではそういう娘が無為にゴロゴロ転がっている時代なのだ。それだけに女も母親としての困った顔もしていない。水道の蛇口をひねれば何時でも金が流れ出て来る様な生活環境で育って来た娘は強かな生活力なぞ無く、生活力があり自分をリードしてくれる相手を見付ける事なぞ到底出来そうにないのだ。仮にそういう男が居たとしても既に結婚していたりする。かと言って所帯地味た男なぞには何の魅力も感じず、垢ぬけした遊び人だと付き合うには格好が良いものの結婚相手としては程遠い。自分の親よりも収入の少ない男なぞ結婚相手として考えられず、相思相愛で貧しくとも一緒に成りたいという女なぞ今時珍しい。だからと言って結婚願望が無い訳でも無く、いざと言う時の為や自活せねばならなくなった場合の事を考えて手に職を持たねばと口先では訳知りの様に言うのだ。 親元で、安穏と気楽に暮らしている娘の殆どは親の生活力に左右され経済面で自立出来ないまま三十近くになって焦り出すのだろう。時代に合わせてサラリーマンに成ったとしても一時の腰掛け的なもので結婚相手を見つける為の場としか考えていない。まさかキャリア・ウーマンに成りたいと本気で考えている訳でもなく、結局の処、男に頼って生きるしか道は無いと半分悟った様な気になっている。だから何時までも親元から抜け出せずに、だらだらと毎日を過ごす羽目に成る。そう考えると女が娘と二人で居るのも已むにやまれぬ事情と考えるべきかも知れない。デザイン事務所の元夫の生活力が今後の女達の方向性を決定する事に成るだろうとも言え、其処に私がひょっこり入り込んでセックス・フレンドとして介在するなぞ、かつての私には考えられなかった事だ。この先何を望んで女と付き合おうとしているのか自分でも分からなくなり堂々巡り的な考えのまま女との関係が八年目に入ろうとしている。 一方、貰った猫は何の苦労も知らず、我が家に貰われた事で幸せに成ったのかどうかも分からないまま毎日をそれなりに気楽に生きている。「娘が訊くものだから」と女が想い出した様に私に猫の事を訊くのも娘が何の目標も無く怠惰な生活を送っているからに違いない。もしそうなら、そんな人間的に何の魅力も無い娘の事なぞ考えたくもない。それだけに当然ながら娘の事で何か訊かれようとも生返事でしか応えられない私に女は何の違和感も感じないのだろうか。そういう関係に成りつつあり、そろそろ別れる潮時かも知れないと想う事もあるのに、女と時々連絡し合っては惰性で会っている自分が不可解に想える事さえある。一種の老化現象が始まっているのだろうかという不安まで出て来る。そんな私の思惑とは別に「ねえ、誰か良い相手、居ないか知ら?」と、それでも女は娘の相手を探す。「男友達は居るのだろ?」「沢山居るらしいワ。だけど、舞子を女として観ていない様なのヨ」「それでも、そんな中から選んだ方が早いさ」 「ねえ、それより舞子に一度会ってやってくれない?」「えッ!どうして?」「だって、猫を貰ってくれた建築家で、私の親しいお友達と言ってあるから、一度紹介して欲しいと言われているの」「まあ、機会があれば・・・」と私は半分逃げ腰になってしまう。「じゃ、今度の土曜日どう?時間を作ってヨ」女はその気になって話を畳みかけて来る。結局、優柔不断な態度が女のペースに巻き込まれてしまう羽目に成るのだろうと諦める。惰性半分、好色性半分の気持ちが今日も女をホテルに誘ってしまったのが間違いだった。「じゃあ、土曜日に舞子を連れて来る。必ず来てネ」と女から念を押され「どうしても、か?」と自分でも承諾と取れる間抜けな返事をしてしまってから、まあ会うだけなら良いだろうと自分に言い聞かせた。不倫相手の娘の見合いに協力する気なぞ全く無いが、成り行きに任せれば、ひょっとして瓢箪から駒という事もあり得るかも知れないと考え直す事にした。 約束の時間にホテルのロビーに行くと女と娘が待っていた。娘の方は今風のファッションで父親に似て長身だった。想像していた娘のイメージが崩れ、以前に女のマンションで観た写真とも違い別人の様に美人だった。ニューヨークの生活で垢ぬけしたのだろうか。取りあえずロビー横のティー・ラウンジで改めて自己紹介を兼ねて父親と一緒に仕事をした事を言った。「え、母から聞いて知っています。父と一緒じゃ大変でしたでしょ?変わった人ですから」自分の父親を批判的に言う。「ニューヨークの生活はどう?良かった?」言ってしまってから、もう七年も前の事を訊いてどうすると自分の愚問を悔やんだ。が、娘はニッコリほほ笑んで「特には・・・近くに伯母も棲んでいますから・・・。それよりもココちゃん元気ですか?」娘は猫の事を訊いた。「元気過ぎるぐらいだヨ。木登りが得意でネ」「会いたいワ!大きく成ったでしょうネ」大きな目で懐かしそうに私の目をジッと見詰める。(6月中旬へつづく・月の上旬・中旬・下旬の3回連載予定)
2012/06/08
コメント(0)
![]()
ココ百景(86) 夜の散歩をするココの姿である。幾ら夜校性の動物と言っても自分のテリトリーを外れては散歩するには自信が無いから、ボクの歩くのに合わせて付かず離れずに一緒に歩くのである。それも精々、住宅地の2ブロックを一周する程度である。猫のテリトリーは精々半径100mの円の範囲と言われる。だから2ブロックの限界を一周すると、知らない世界とのギリギリの境界線だから不安ながらボクの姿を確認しつつ付いて来るのである。犬の散歩は当たり前だが猫の散歩は珍しい。自宅の近くに迄戻って来ると自分から先頭に立って先に行く処が面白い。やはり自宅の方が安心できるのだろう。小説「猫と女と」(6) ココは相変わらず庭を走り回っては狩りの獲物を探している。飼い始めて七年になる大人に成った猫は人間で言えば四十前後に成るのだろう。油の乗りきった女盛りだ。それとは逆にデザイン事務所の女は既に峠を越している。それなのに今でも私との関係が続いているのは彼女の献身さにもあるのだろうが、離婚して独身生活を長年続けているのもある。所帯やつれを感じさせずファッションも派手目で若く見せる生活がどのようなものか大よそ想像がつくが、多分、家事なぞ殆どしないのだろう。三十近い娘と母親二人の生活なぞ考えたくもない。そういう風にしか観ていない私に「舞子がねえ、なかなか結婚してくれないのヨ」と女が愚痴る。私に相談すれば何とか成るとでも想っているのだろうか。愚痴と言うより逆に可愛くて何時までも傍に置いておきたい感じもし、その表情は、娘の親と言うよりも女盛りが二人同棲している感じさえする。婚期を逸しそうな娘が親元に平気な顔で堂々と棲んでいる図なぞ絵にもならないと私は想ってしまう。 それは今や社会現象にまで成っていて、中流と言われる殆どの家庭ではそういう娘が無為にゴロゴロ転がっている時代なのだ。それだけに女も母親としての困った顔もしていない。水道の蛇口をひねれば何時でも金が流れ出て来る様な生活環境で育って来た娘は強かな生活力なぞ無く、生活力があり自分をリードしてくれる相手を見付ける事なぞ到底出来そうにないのだ。仮にそういう男が居たとしても既に結婚していたりする。かと言って所帯地味た男なぞには何の魅力も感じず、垢ぬけした遊び人だと付き合うには格好が良いものの結婚相手としては程遠い。自分の親よりも収入の少ない男なぞ結婚相手として考えられず、相思相愛で貧しくとも一緒に成りたいという女なぞ今時珍しい。だからと言って結婚願望が無い訳でも無く、いざと言う時の為や自活せねばならなくなった場合の事を考えて手に職を持たねばと口先では訳知りの様に言うのだ。 親元で、安穏と気楽に暮らしている娘の殆どは親の生活力に左右され経済面で自立出来ないまま三十近くになって焦り出すのだろう。時代に合わせてサラリーマンに成ったとしても一時の腰掛け的なもので結婚相手を見つける為の場としか考えていない。まさかキャリア・ウーマンに成りたいと本気で考えている訳でもなく、結局の処、男に頼って生きるしか道は無いと半分悟った様な気になっている。だから何時までも親元から抜け出せずに、だらだらと毎日を過ごす羽目に成る。そう考えると女が娘と二人で居るのも已むにやまれぬ事情と考えるべきかも知れない。デザイン事務所の元夫の生活力が今後の女達の方向性を決定する事に成るだろうとも言え、其処に私がひょっこり入り込んでセックス・フレンドとして介在するなぞ、かつての私には考えられなかった事だ。この先何を望んで女と付き合おうとしているのか自分でも分からなくなり堂々巡り的な考えのまま女との関係が八年目に入ろうとしている。 一方、貰った猫は何の苦労も知らず、我が家に貰われた事で幸せに成ったのかどうかも分からないまま毎日をそれなりに気楽に生きている。「娘が訊くものだから」と女が想い出した様に私に猫の事を訊くのも娘が何の目標も無く怠惰な生活を送っているからに違いない。もしそうなら、そんな人間的に何の魅力も無い娘の事なぞ考えたくもない。それだけに当然ながら娘の事で何か訊かれようとも生返事でしか応えられない私に女は何の違和感も感じないのだろうか。そういう関係に成りつつあり、そろそろ別れる潮時かも知れないと想う事もあるのに、女と時々連絡し合っては惰性で会っている自分が不可解に想える事さえある。一種の老化現象が始まっているのだろうかという不安まで出て来る。そんな私の思惑とは別に「ねえ、誰か良い相手、居ないか知ら?」と、それでも女は娘の相手を探す。「男友達は居るのだろ?」「沢山居るらしいワ。だけど、舞子を女として観ていない様なのヨ」「それでも、そんな中から選んだ方が早いさ」 「ねえ、それより舞子に一度会ってやってくれない?」「えッ!どうして?」「だって、猫を貰ってくれた建築家で、私の親しいお友達と言ってあるから、一度紹介して欲しいと言われているの」「まあ、機会があれば・・・」と私は半分逃げ腰になってしまう。「じゃ、今度の土曜日どう?時間を作ってヨ」女はその気になって話を畳みかけて来る。結局、優柔不断な態度が女のペースに巻き込まれてしまう羽目に成るのだろうと諦める。惰性半分、好色性半分の気持ちが今日も女をホテルに誘ってしまったのが間違いだった。「じゃあ、土曜日に舞子を連れて来る。必ず来てネ」と女から念を押され「どうしても、か?」と自分でも承諾と取れる間抜けな返事をしてしまってから、まあ会うだけなら良いだろうと自分に言い聞かせた。不倫相手の娘の見合いに協力する気なぞ全く無いが、成り行きに任せれば、ひょっとして瓢箪から駒という事もあり得るかも知れないと考え直す事にした。 約束の時間にホテルのロビーに行くと女と娘が待っていた。娘の方は今風のファッションで父親に似て長身だった。想像していた娘のイメージが崩れ、以前に女のマンションで観た写真とも違い別人の様に美人だった。ニューヨークの生活で垢ぬけしたのだろうか。取りあえずロビー横のティー・ラウンジで改めて自己紹介を兼ねて父親と一緒に仕事をした事を言った。「え、母から聞いて知っています。父と一緒じゃ大変でしたでしょ?変わった人ですから」自分の父親を批判的に言う。「ニューヨークの生活はどう?良かった?」言ってしまってから、もう七年も前の事を訊いてどうすると自分の愚問を悔やんだ。が、娘はニッコリほほ笑んで「特には・・・近くに伯母も棲んでいますから・・・。それよりもココちゃん元気ですか?」娘は猫の事を訊いた。「元気過ぎるぐらいだヨ。木登りが得意でネ」「会いたいワ!大きく成ったでしょうネ」大きな目で懐かしそうに私の目をジッと見詰める。(6月中旬へつづく・月の上旬・中旬・下旬の3回連載予定)
2012/06/07
コメント(0)
![]()
ココ百景(85) ボクの部屋のカーペットでジッとしているココである。何かを考えているのか、それとも何も考えずに居るだけなのか分からないが、黙って清ましている風景は賢そうに観える。猫が黙ってジッと何かを観ている光景をよく見掛けるが、飽きもせずよく続くものだと想う。それだからこそ庭で獲物が現れるのを待って居られるのだろう。チャンスを待っているのである。根気が良いというか、そうするのが猫の習性なのだろうが、沈黙は金というだけあって神様は猫にそういう特技を与えたのかも知れない。小説「猫と女と」(6) ココは相変わらず庭を走り回っては狩りの獲物を探している。飼い始めて七年になる大人に成った猫は人間で言えば四十前後に成るのだろう。油の乗りきった女盛りだ。それとは逆にデザイン事務所の女は既に峠を越している。それなのに今でも私との関係が続いているのは彼女の献身さにもあるのだろうが、離婚して独身生活を長年続けているのもある。所帯やつれを感じさせずファッションも派手目で若く見せる生活がどのようなものか大よそ想像がつくが、多分、家事なぞ殆どしないのだろう。三十近い娘と母親二人の生活なぞ考えたくもない。そういう風にしか観ていない私に「舞子がねえ、なかなか結婚してくれないのヨ」と女が愚痴る。私に相談すれば何とか成るとでも想っているのだろうか。愚痴と言うより逆に可愛くて何時までも傍に置いておきたい感じもし、その表情は、娘の親と言うよりも女盛りが二人同棲している感じさえする。婚期を逸しそうな娘が親元に平気な顔で堂々と棲んでいる図なぞ絵にもならないと私は想ってしまう。 それは今や社会現象にまで成っていて、中流と言われる殆どの家庭ではそういう娘が無為にゴロゴロ転がっている時代なのだ。それだけに女も母親としての困った顔もしていない。水道の蛇口をひねれば何時でも金が流れ出て来る様な生活環境で育って来た娘は強かな生活力なぞ無く、生活力があり自分をリードしてくれる相手を見付ける事なぞ到底出来そうにないのだ。仮にそういう男が居たとしても既に結婚していたりする。かと言って所帯地味た男なぞには何の魅力も感じず、垢ぬけした遊び人だと付き合うには格好が良いものの結婚相手としては程遠い。自分の親よりも収入の少ない男なぞ結婚相手として考えられず、相思相愛で貧しくとも一緒に成りたいという女なぞ今時珍しい。だからと言って結婚願望が無い訳でも無く、いざと言う時の為や自活せねばならなくなった場合の事を考えて手に職を持たねばと口先では訳知りの様に言うのだ。 親元で、安穏と気楽に暮らしている娘の殆どは親の生活力に左右され経済面で自立出来ないまま三十近くになって焦り出すのだろう。時代に合わせてサラリーマンに成ったとしても一時の腰掛け的なもので結婚相手を見つける為の場としか考えていない。まさかキャリア・ウーマンに成りたいと本気で考えている訳でもなく、結局の処、男に頼って生きるしか道は無いと半分悟った様な気になっている。だから何時までも親元から抜け出せずに、だらだらと毎日を過ごす羽目に成る。そう考えると女が娘と二人で居るのも已むにやまれぬ事情と考えるべきかも知れない。デザイン事務所の元夫の生活力が今後の女達の方向性を決定する事に成るだろうとも言え、其処に私がひょっこり入り込んでセックス・フレンドとして介在するなぞ、かつての私には考えられなかった事だ。この先何を望んで女と付き合おうとしているのか自分でも分からなくなり堂々巡り的な考えのまま女との関係が八年目に入ろうとしている。 一方、貰った猫は何の苦労も知らず、我が家に貰われた事で幸せに成ったのかどうかも分からないまま毎日をそれなりに気楽に生きている。「娘が訊くものだから」と女が想い出した様に私に猫の事を訊くのも娘が何の目標も無く怠惰な生活を送っているからに違いない。もしそうなら、そんな人間的に何の魅力も無い娘の事なぞ考えたくもない。それだけに当然ながら娘の事で何か訊かれようとも生返事でしか応えられない私に女は何の違和感も感じないのだろうか。そういう関係に成りつつあり、そろそろ別れる潮時かも知れないと想う事もあるのに、女と時々連絡し合っては惰性で会っている自分が不可解に想える事さえある。一種の老化現象が始まっているのだろうかという不安まで出て来る。そんな私の思惑とは別に「ねえ、誰か良い相手、居ないか知ら?」と、それでも女は娘の相手を探す。「男友達は居るのだろ?」「沢山居るらしいワ。だけど、舞子を女として観ていない様なのヨ」「それでも、そんな中から選んだ方が早いさ」 「ねえ、それより舞子に一度会ってやってくれない?」「えッ!どうして?」「だって、猫を貰ってくれた建築家で、私の親しいお友達と言ってあるから、一度紹介して欲しいと言われているの」「まあ、機会があれば・・・」と私は半分逃げ腰になってしまう。「じゃ、今度の土曜日どう?時間を作ってヨ」女はその気になって話を畳みかけて来る。結局、優柔不断な態度が女のペースに巻き込まれてしまう羽目に成るのだろうと諦める。惰性半分、好色性半分の気持ちが今日も女をホテルに誘ってしまったのが間違いだった。「じゃあ、土曜日に舞子を連れて来る。必ず来てネ」と女から念を押され「どうしても、か?」と自分でも承諾と取れる間抜けな返事をしてしまってから、まあ会うだけなら良いだろうと自分に言い聞かせた。不倫相手の娘の見合いに協力する気なぞ全く無いが、成り行きに任せれば、ひょっとして瓢箪から駒という事もあり得るかも知れないと考え直す事にした。 約束の時間にホテルのロビーに行くと女と娘が待っていた。娘の方は今風のファッションで父親に似て長身だった。想像していた娘のイメージが崩れ、以前に女のマンションで観た写真とも違い別人の様に美人だった。ニューヨークの生活で垢ぬけしたのだろうか。取りあえずロビー横のティー・ラウンジで改めて自己紹介を兼ねて父親と一緒に仕事をした事を言った。「え、母から聞いて知っています。父と一緒じゃ大変でしたでしょ?変わった人ですから」自分の父親を批判的に言う。「ニューヨークの生活はどう?良かった?」言ってしまってから、もう七年も前の事を訊いてどうすると自分の愚問を悔やんだ。が、娘はニッコリほほ笑んで「特には・・・近くに伯母も棲んでいますから・・・。それよりもココちゃん元気ですか?」娘は猫の事を訊いた。「元気過ぎるぐらいだヨ。木登りが得意でネ」「会いたいワ!大きく成ったでしょうネ」大きな目で懐かしそうに私の目をジッと見詰める。(6月中旬へつづく・月の上旬・中旬・下旬の3回連載予定)
2012/06/06
コメント(0)
![]()
ココ百景(84) 以前は、この出窓の開閉部分からココを外へ出してやっていた。しかし、台所の横にある出窓は調理中の配膳台にしている関係から、土足で上がる猫は不潔だからと妻が上がるのを禁止し出窓から外へ出す事も止めにしたのだった。だから今ではココが水を飲む花瓶は玄関の下駄箱の上に飾ってあり、ココは其処へ行って飲む様に成った。下駄箱の上に乗るには二つのルートがあり、一つは玄関の床タイルから飛び上がるのと、もう一つはが階段の中段の踊り場から下駄箱に降りる方法である。結局、床タイルから飛び上がるのが面倒だから楽な方法の階段の中段の踊り場から降りる様になった。猫も学習するものである。小説「猫と女と」(6) ココは相変わらず庭を走り回っては狩りの獲物を探している。飼い始めて七年になる大人に成った猫は人間で言えば四十前後に成るのだろう。油の乗りきった女盛りだ。それとは逆にデザイン事務所の女は既に峠を越している。それなのに今でも私との関係が続いているのは彼女の献身さにもあるのだろうが、離婚して独身生活を長年続けているのもある。所帯やつれを感じさせずファッションも派手目で若く見せる生活がどのようなものか大よそ想像がつくが、多分、家事なぞ殆どしないのだろう。三十近い娘と母親二人の生活なぞ考えたくもない。そういう風にしか観ていない私に「舞子がねえ、なかなか結婚してくれないのヨ」と女が愚痴る。私に相談すれば何とか成るとでも想っているのだろうか。愚痴と言うより逆に可愛くて何時までも傍に置いておきたい感じもし、その表情は、娘の親と言うよりも女盛りが二人同棲している感じさえする。婚期を逸しそうな娘が親元に平気な顔で堂々と棲んでいる図なぞ絵にもならないと私は想ってしまう。 それは今や社会現象にまで成っていて、中流と言われる殆どの家庭ではそういう娘が無為にゴロゴロ転がっている時代なのだ。それだけに女も母親としての困った顔もしていない。水道の蛇口をひねれば何時でも金が流れ出て来る様な生活環境で育って来た娘は強かな生活力なぞ無く、生活力があり自分をリードしてくれる相手を見付ける事なぞ到底出来そうにないのだ。仮にそういう男が居たとしても既に結婚していたりする。かと言って所帯地味た男なぞには何の魅力も感じず、垢ぬけした遊び人だと付き合うには格好が良いものの結婚相手としては程遠い。自分の親よりも収入の少ない男なぞ結婚相手として考えられず、相思相愛で貧しくとも一緒に成りたいという女なぞ今時珍しい。だからと言って結婚願望が無い訳でも無く、いざと言う時の為や自活せねばならなくなった場合の事を考えて手に職を持たねばと口先では訳知りの様に言うのだ。 親元で、安穏と気楽に暮らしている娘の殆どは親の生活力に左右され経済面で自立出来ないまま三十近くになって焦り出すのだろう。時代に合わせてサラリーマンに成ったとしても一時の腰掛け的なもので結婚相手を見つける為の場としか考えていない。まさかキャリア・ウーマンに成りたいと本気で考えている訳でもなく、結局の処、男に頼って生きるしか道は無いと半分悟った様な気になっている。だから何時までも親元から抜け出せずに、だらだらと毎日を過ごす羽目に成る。そう考えると女が娘と二人で居るのも已むにやまれぬ事情と考えるべきかも知れない。デザイン事務所の元夫の生活力が今後の女達の方向性を決定する事に成るだろうとも言え、其処に私がひょっこり入り込んでセックス・フレンドとして介在するなぞ、かつての私には考えられなかった事だ。この先何を望んで女と付き合おうとしているのか自分でも分からなくなり堂々巡り的な考えのまま女との関係が八年目に入ろうとしている。 一方、貰った猫は何の苦労も知らず、我が家に貰われた事で幸せに成ったのかどうかも分からないまま毎日をそれなりに気楽に生きている。「娘が訊くものだから」と女が想い出した様に私に猫の事を訊くのも娘が何の目標も無く怠惰な生活を送っているからに違いない。もしそうなら、そんな人間的に何の魅力も無い娘の事なぞ考えたくもない。それだけに当然ながら娘の事で何か訊かれようとも生返事でしか応えられない私に女は何の違和感も感じないのだろうか。そういう関係に成りつつあり、そろそろ別れる潮時かも知れないと想う事もあるのに、女と時々連絡し合っては惰性で会っている自分が不可解に想える事さえある。一種の老化現象が始まっているのだろうかという不安まで出て来る。そんな私の思惑とは別に「ねえ、誰か良い相手、居ないか知ら?」と、それでも女は娘の相手を探す。「男友達は居るのだろ?」「沢山居るらしいワ。だけど、舞子を女として観ていない様なのヨ」「それでも、そんな中から選んだ方が早いさ」 「ねえ、それより舞子に一度会ってやってくれない?」「えッ!どうして?」「だって、猫を貰ってくれた建築家で、私の親しいお友達と言ってあるから、一度紹介して欲しいと言われているの」「まあ、機会があれば・・・」と私は半分逃げ腰になってしまう。「じゃ、今度の土曜日どう?時間を作ってヨ」女はその気になって話を畳みかけて来る。結局、優柔不断な態度が女のペースに巻き込まれてしまう羽目に成るのだろうと諦める。惰性半分、好色性半分の気持ちが今日も女をホテルに誘ってしまったのが間違いだった。「じゃあ、土曜日に舞子を連れて来る。必ず来てネ」と女から念を押され「どうしても、か?」と自分でも承諾と取れる間抜けな返事をしてしまってから、まあ会うだけなら良いだろうと自分に言い聞かせた。不倫相手の娘の見合いに協力する気なぞ全く無いが、成り行きに任せれば、ひょっとして瓢箪から駒という事もあり得るかも知れないと考え直す事にした。 約束の時間にホテルのロビーに行くと女と娘が待っていた。娘の方は今風のファッションで父親に似て長身だった。想像していた娘のイメージが崩れ、以前に女のマンションで観た写真とも違い別人の様に美人だった。ニューヨークの生活で垢ぬけしたのだろうか。取りあえずロビー横のティー・ラウンジで改めて自己紹介を兼ねて父親と一緒に仕事をした事を言った。「え、母から聞いて知っています。父と一緒じゃ大変でしたでしょ?変わった人ですから」自分の父親を批判的に言う。「ニューヨークの生活はどう?良かった?」言ってしまってから、もう七年も前の事を訊いてどうすると自分の愚問を悔やんだ。が、娘はニッコリほほ笑んで「特には・・・近くに伯母も棲んでいますから・・・。それよりもココちゃん元気ですか?」娘は猫の事を訊いた。「元気過ぎるぐらいだヨ。木登りが得意でネ」「会いたいワ!大きく成ったでしょうネ」大きな目で懐かしそうに私の目をジッと見詰める。(6月中旬へつづく・月の上旬・中旬・下旬の3回連載予定)
2012/06/05
コメント(0)
![]()
ココ百景(83) ココが水を飲んで居る。台所兼居間の出窓に置いた花瓶の水である。別に汚なくはないが、飲み易い場所にあるのでココが何時も飲むから毎日少しずつ減る。その都度新しい水を足している。流し台には浄水器が付いているから美味い水である。その水をコップに取って足す。ボクも毎朝飲んでいる。ココは美食家で餌も美味いものしか食べない。餌は概して安い値段の物は食べない。猫に値段は関係ないのに値段の安い物には粗悪品が混じっているせいか食べないのである。ちなみに高い値段の餌は材料が厳選されていて新鮮だからよく食べる。贅沢を覚えさせると粗末な餌は食べなくなるから中級品を与える様にしている。知人なんかは「貝柱の缶詰を与えているので人間よりも贅沢なのヨ」と自慢するが、ボクは精々、たまに刺身や上等の鰹節を与える程度で普段はカリカリ(乾燥チップ食材)である。小説「猫と女と」(6) ココは相変わらず庭を走り回っては狩りの獲物を探している。飼い始めて七年になる大人に成った猫は人間で言えば四十前後に成るのだろう。油の乗りきった女盛りだ。それとは逆にデザイン事務所の女は既に峠を越している。それなのに今でも私との関係が続いているのは彼女の献身さにもあるのだろうが、離婚して独身生活を長年続けているのもある。所帯やつれを感じさせずファッションも派手目で若く見せる生活がどのようなものか大よそ想像がつくが、多分、家事なぞ殆どしないのだろう。三十近い娘と母親二人の生活なぞ考えたくもない。そういう風にしか観ていない私に「舞子がねえ、なかなか結婚してくれないのヨ」と女が愚痴る。私に相談すれば何とか成るとでも想っているのだろうか。愚痴と言うより逆に可愛くて何時までも傍に置いておきたい感じもし、その表情は、娘の親と言うよりも女盛りが二人同棲している感じさえする。婚期を逸しそうな娘が親元に平気な顔で堂々と棲んでいる図なぞ絵にもならないと私は想ってしまう。 それは今や社会現象にまで成っていて、中流と言われる殆どの家庭ではそういう娘が無為にゴロゴロ転がっている時代なのだ。それだけに女も母親としての困った顔もしていない。水道の蛇口をひねれば何時でも金が流れ出て来る様な生活環境で育って来た娘は強かな生活力なぞ無く、生活力があり自分をリードしてくれる相手を見付ける事なぞ到底出来そうにないのだ。仮にそういう男が居たとしても既に結婚していたりする。かと言って所帯地味た男なぞには何の魅力も感じず、垢ぬけした遊び人だと付き合うには格好が良いものの結婚相手としては程遠い。自分の親よりも収入の少ない男なぞ結婚相手として考えられず、相思相愛で貧しくとも一緒に成りたいという女なぞ今時珍しい。だからと言って結婚願望が無い訳でも無く、いざと言う時の為や自活せねばならなくなった場合の事を考えて手に職を持たねばと口先では訳知りの様に言うのだ。 親元で、安穏と気楽に暮らしている娘の殆どは親の生活力に左右され経済面で自立出来ないまま三十近くになって焦り出すのだろう。時代に合わせてサラリーマンに成ったとしても一時の腰掛け的なもので結婚相手を見つける為の場としか考えていない。まさかキャリア・ウーマンに成りたいと本気で考えている訳でもなく、結局の処、男に頼って生きるしか道は無いと半分悟った様な気になっている。だから何時までも親元から抜け出せずに、だらだらと毎日を過ごす羽目に成る。そう考えると女が娘と二人で居るのも已むにやまれぬ事情と考えるべきかも知れない。デザイン事務所の元夫の生活力が今後の女達の方向性を決定する事に成るだろうとも言え、其処に私がひょっこり入り込んでセックス・フレンドとして介在するなぞ、かつての私には考えられなかった事だ。この先何を望んで女と付き合おうとしているのか自分でも分からなくなり堂々巡り的な考えのまま女との関係が八年目に入ろうとしている。 一方、貰った猫は何の苦労も知らず、我が家に貰われた事で幸せに成ったのかどうかも分からないまま毎日をそれなりに気楽に生きている。「娘が訊くものだから」と女が想い出した様に私に猫の事を訊くのも娘が何の目標も無く怠惰な生活を送っているからに違いない。もしそうなら、そんな人間的に何の魅力も無い娘の事なぞ考えたくもない。それだけに当然ながら娘の事で何か訊かれようとも生返事でしか応えられない私に女は何の違和感も感じないのだろうか。そういう関係に成りつつあり、そろそろ別れる潮時かも知れないと想う事もあるのに、女と時々連絡し合っては惰性で会っている自分が不可解に想える事さえある。一種の老化現象が始まっているのだろうかという不安まで出て来る。そんな私の思惑とは別に「ねえ、誰か良い相手、居ないか知ら?」と、それでも女は娘の相手を探す。「男友達は居るのだろ?」「沢山居るらしいワ。だけど、舞子を女として観ていない様なのヨ」「それでも、そんな中から選んだ方が早いさ」 「ねえ、それより舞子に一度会ってやってくれない?」「えッ!どうして?」「だって、猫を貰ってくれた建築家で、私の親しいお友達と言ってあるから、一度紹介して欲しいと言われているの」「まあ、機会があれば・・・」と私は半分逃げ腰になってしまう。「じゃ、今度の土曜日どう?時間を作ってヨ」女はその気になって話を畳みかけて来る。結局、優柔不断な態度が女のペースに巻き込まれてしまう羽目に成るのだろうと諦める。惰性半分、好色性半分の気持ちが今日も女をホテルに誘ってしまったのが間違いだった。「じゃあ、土曜日に舞子を連れて来る。必ず来てネ」と女から念を押され「どうしても、か?」と自分でも承諾と取れる間抜けな返事をしてしまってから、まあ会うだけなら良いだろうと自分に言い聞かせた。不倫相手の娘の見合いに協力する気なぞ全く無いが、成り行きに任せれば、ひょっとして瓢箪から駒という事もあり得るかも知れないと考え直す事にした。 約束の時間にホテルのロビーに行くと女と娘が待っていた。娘の方は今風のファッションで父親に似て長身だった。想像していた娘のイメージが崩れ、以前に女のマンションで観た写真とも違い別人の様に美人だった。ニューヨークの生活で垢ぬけしたのだろうか。取りあえずロビー横のティー・ラウンジで改めて自己紹介を兼ねて父親と一緒に仕事をした事を言った。「え、母から聞いて知っています。父と一緒じゃ大変でしたでしょ?変わった人ですから」自分の父親を批判的に言う。「ニューヨークの生活はどう?良かった?」言ってしまってから、もう七年も前の事を訊いてどうすると自分の愚問を悔やんだ。が、娘はニッコリほほ笑んで「特には・・・近くに伯母も棲んでいますから・・・。それよりもココちゃん元気ですか?」娘は猫の事を訊いた。「元気過ぎるぐらいだヨ。木登りが得意でネ」「会いたいワ!大きく成ったでしょうネ」大きな目で懐かしそうに私の目をジッと見詰める。(6月中旬へつづく・月の上旬・中旬・下旬の3回連載予定)
2012/06/04
コメント(0)
![]()
ココ百景(82) ボクの部屋で、これから何をして遊ぼうかと考えているココの姿である。ボクが室内の絨毯の上でゴルフのパター練習をしているのを観て、ボールが転がるのを観て居る風景かも知れない。ココの手前の左手に黄色い布が観えるのは、転がって行くボールが絨毯から出てフローリングに移った時にゴロゴロと五月蝿い音がするので消音の為に敷いたものである。その僅か10cm程幅の黄色い布の先にはボールの寄せマトになっている小さな段ボールの箱がある。其処に入るボールはホール・インしたもので、其処に入らなかったボールをココが追いかける訳だ。マトの箱まで精々、4~5mの距離しか無いが、練習を始めて暫くはホール・インしないボールが出る。6個づつ打って、当初は半分は外れるが、数回繰り返すと全部入る様になる。不調の時は全部では無く1個は外れる。そんな練習を飽きもせずココは観て居る。何と人間は詰らないボール遊びをするものだと眺めているのかも知れない。小説「猫と女と」(6) ココは相変わらず庭を走り回っては狩りの獲物を探している。飼い始めて七年になる大人に成った猫は人間で言えば四十前後に成るのだろう。油の乗りきった女盛りだ。それとは逆にデザイン事務所の女は既に峠を越している。それなのに今でも私との関係が続いているのは彼女の献身さにもあるのだろうが、離婚して独身生活を長年続けているのもある。所帯やつれを感じさせずファッションも派手目で若く見せる生活がどのようなものか大よそ想像がつくが、多分、家事なぞ殆どしないのだろう。三十近い娘と母親二人の生活なぞ考えたくもない。そういう風にしか観ていない私に「舞子がねえ、なかなか結婚してくれないのヨ」と女が愚痴る。私に相談すれば何とか成るとでも想っているのだろうか。愚痴と言うより逆に可愛くて何時までも傍に置いておきたい感じもし、その表情は、娘の親と言うよりも女盛りが二人同棲している感じさえする。婚期を逸しそうな娘が親元に平気な顔で堂々と棲んでいる図なぞ絵にもならないと私は想ってしまう。 それは今や社会現象にまで成っていて、中流と言われる殆どの家庭ではそういう娘が無為にゴロゴロ転がっている時代なのだ。それだけに女も母親としての困った顔もしていない。水道の蛇口をひねれば何時でも金が流れ出て来る様な生活環境で育って来た娘は強かな生活力なぞ無く、生活力があり自分をリードしてくれる相手を見付ける事なぞ到底出来そうにないのだ。仮にそういう男が居たとしても既に結婚していたりする。かと言って所帯地味た男なぞには何の魅力も感じず、垢ぬけした遊び人だと付き合うには格好が良いものの結婚相手としては程遠い。自分の親よりも収入の少ない男なぞ結婚相手として考えられず、相思相愛で貧しくとも一緒に成りたいという女なぞ今時珍しい。だからと言って結婚願望が無い訳でも無く、いざと言う時の為や自活せねばならなくなった場合の事を考えて手に職を持たねばと口先では訳知りの様に言うのだ。 親元で、安穏と気楽に暮らしている娘の殆どは親の生活力に左右され経済面で自立出来ないまま三十近くになって焦り出すのだろう。時代に合わせてサラリーマンに成ったとしても一時の腰掛け的なもので結婚相手を見つける為の場としか考えていない。まさかキャリア・ウーマンに成りたいと本気で考えている訳でもなく、結局の処、男に頼って生きるしか道は無いと半分悟った様な気になっている。だから何時までも親元から抜け出せずに、だらだらと毎日を過ごす羽目に成る。そう考えると女が娘と二人で居るのも已むにやまれぬ事情と考えるべきかも知れない。デザイン事務所の元夫の生活力が今後の女達の方向性を決定する事に成るだろうとも言え、其処に私がひょっこり入り込んでセックス・フレンドとして介在するなぞ、かつての私には考えられなかった事だ。この先何を望んで女と付き合おうとしているのか自分でも分からなくなり堂々巡り的な考えのまま女との関係が八年目に入ろうとしている。 一方、貰った猫は何の苦労も知らず、我が家に貰われた事で幸せに成ったのかどうかも分からないまま毎日をそれなりに気楽に生きている。「娘が訊くものだから」と女が想い出した様に私に猫の事を訊くのも娘が何の目標も無く怠惰な生活を送っているからに違いない。もしそうなら、そんな人間的に何の魅力も無い娘の事なぞ考えたくもない。それだけに当然ながら娘の事で何か訊かれようとも生返事でしか応えられない私に女は何の違和感も感じないのだろうか。そういう関係に成りつつあり、そろそろ別れる潮時かも知れないと想う事もあるのに、女と時々連絡し合っては惰性で会っている自分が不可解に想える事さえある。一種の老化現象が始まっているのだろうかという不安まで出て来る。そんな私の思惑とは別に「ねえ、誰か良い相手、居ないか知ら?」と、それでも女は娘の相手を探す。「男友達は居るのだろ?」「沢山居るらしいワ。だけど、舞子を女として観ていない様なのヨ」「それでも、そんな中から選んだ方が早いさ」 「ねえ、それより舞子に一度会ってやってくれない?」「えッ!どうして?」「だって、猫を貰ってくれた建築家で、私の親しいお友達と言ってあるから、一度紹介して欲しいと言われているの」「まあ、機会があれば・・・」と私は半分逃げ腰になってしまう。「じゃ、今度の土曜日どう?時間を作ってヨ」女はその気になって話を畳みかけて来る。結局、優柔不断な態度が女のペースに巻き込まれてしまう羽目に成るのだろうと諦める。惰性半分、好色性半分の気持ちが今日も女をホテルに誘ってしまったのが間違いだった。「じゃあ、土曜日に舞子を連れて来る。必ず来てネ」と女から念を押され「どうしても、か?」と自分でも承諾と取れる間抜けな返事をしてしまってから、まあ会うだけなら良いだろうと自分に言い聞かせた。不倫相手の娘の見合いに協力する気なぞ全く無いが、成り行きに任せれば、ひょっとして瓢箪から駒という事もあり得るかも知れないと考え直す事にした。 約束の時間にホテルのロビーに行くと女と娘が待っていた。娘の方は今風のファッションで父親に似て長身だった。想像していた娘のイメージが崩れ、以前に女のマンションで観た写真とも違い別人の様に美人だった。ニューヨークの生活で垢ぬけしたのだろうか。取りあえずロビー横のティー・ラウンジで改めて自己紹介を兼ねて父親と一緒に仕事をした事を言った。「え、母から聞いて知っています。父と一緒じゃ大変でしたでしょ?変わった人ですから」自分の父親を批判的に言う。「ニューヨークの生活はどう?良かった?」言ってしまってから、もう七年も前の事を訊いてどうすると自分の愚問を悔やんだ。が、娘はニッコリほほ笑んで「特には・・・近くに伯母も棲んでいますから・・・。それよりもココちゃん元気ですか?」娘は猫の事を訊いた。「元気過ぎるぐらいだヨ。木登りが得意でネ」「会いたいワ!大きく成ったでしょうネ」大きな目で懐かしそうに私の目をジッと見詰める。(6月中旬へつづく・月の上旬・中旬・下旬の3回連載予定)
2012/06/03
コメント(0)
![]()
ココ百景(81) ココが金木犀の下の苔の絨毯で寝て居る。柔らかくて日陰の涼しさがあるから午睡にはもってこいの場所である。ココの指定席は、この直ぐ横の高野槇の下にも在るが、陽射しがきつくなると日蔭を求めて植え込みの中とか金木犀の下で寝る。寝てばかりいるのは夜遊びに夢中になって昼間眠くなるからだ。我が家では夜は家から出さない様にしているのだが、最近、夕ご飯を終えると相変わらずココは外に出て、狩りに夢中になるのが常で、そのまま朝まで帰って来ない時がある。何処で寝ているのか分からないが、家の周りの何処かに潜んで其処からこちらを観て居るのだろう。だから心配しなくても朝になれば帰って来て朝ごはんをねだる。その代わり食べ終えるとサッサとボクの部屋へ行き、指定席になっているベッド・サイドの椅子で寝る。朝帰りの不良娘が悪びれもせず寝る訳である。まあ、猫というものは夜行性動物の一種だから仕方が無いと諦めているが、それは夏場だから出来るのであって、冬場は寒くて家から出ないから、季節の変わり目の今頃はそういう事を繰り返すのだ。小説「猫と女と」(6) ココは相変わらず庭を走り回っては狩りの獲物を探している。飼い始めて七年になる大人に成った猫は人間で言えば四十前後に成るのだろう。油の乗りきった女盛りだ。それとは逆にデザイン事務所の女は既に峠を越している。それなのに今でも私との関係が続いているのは彼女の献身さにもあるのだろうが、離婚して独身生活を長年続けているのもある。所帯やつれを感じさせずファッションも派手目で若く見せる生活がどのようなものか大よそ想像がつくが、多分、家事なぞ殆どしないのだろう。三十近い娘と母親二人の生活なぞ考えたくもない。そういう風にしか観ていない私に「舞子がねえ、なかなか結婚してくれないのヨ」と女が愚痴る。私に相談すれば何とか成るとでも想っているのだろうか。愚痴と言うより逆に可愛くて何時までも傍に置いておきたい感じもし、その表情は、娘の親と言うよりも女盛りが二人同棲している感じさえする。婚期を逸しそうな娘が親元に平気な顔で堂々と棲んでいる図なぞ絵にもならないと私は想ってしまう。 それは今や社会現象にまで成っていて、中流と言われる殆どの家庭ではそういう娘が無為にゴロゴロ転がっている時代なのだ。それだけに女も母親としての困った顔もしていない。水道の蛇口をひねれば何時でも金が流れ出て来る様な生活環境で育って来た娘は強かな生活力なぞ無く、生活力があり自分をリードしてくれる相手を見付ける事なぞ到底出来そうにないのだ。仮にそういう男が居たとしても既に結婚していたりする。かと言って所帯地味た男なぞには何の魅力も感じず、垢ぬけした遊び人だと付き合うには格好が良いものの結婚相手としては程遠い。自分の親よりも収入の少ない男なぞ結婚相手として考えられず、相思相愛で貧しくとも一緒に成りたいという女なぞ今時珍しい。だからと言って結婚願望が無い訳でも無く、いざと言う時の為や自活せねばならなくなった場合の事を考えて手に職を持たねばと口先では訳知りの様に言うのだ。 親元で、安穏と気楽に暮らしている娘の殆どは親の生活力に左右され経済面で自立出来ないまま三十近くになって焦り出すのだろう。時代に合わせてサラリーマンに成ったとしても一時の腰掛け的なもので結婚相手を見つける為の場としか考えていない。まさかキャリア・ウーマンに成りたいと本気で考えている訳でもなく、結局の処、男に頼って生きるしか道は無いと半分悟った様な気になっている。だから何時までも親元から抜け出せずに、だらだらと毎日を過ごす羽目に成る。そう考えると女が娘と二人で居るのも已むにやまれぬ事情と考えるべきかも知れない。デザイン事務所の元夫の生活力が今後の女達の方向性を決定する事に成るだろうとも言え、其処に私がひょっこり入り込んでセックス・フレンドとして介在するなぞ、かつての私には考えられなかった事だ。この先何を望んで女と付き合おうとしているのか自分でも分からなくなり堂々巡り的な考えのまま女との関係が八年目に入ろうとしている。 一方、貰った猫は何の苦労も知らず、我が家に貰われた事で幸せに成ったのかどうかも分からないまま毎日をそれなりに気楽に生きている。「娘が訊くものだから」と女が想い出した様に私に猫の事を訊くのも娘が何の目標も無く怠惰な生活を送っているからに違いない。もしそうなら、そんな人間的に何の魅力も無い娘の事なぞ考えたくもない。それだけに当然ながら娘の事で何か訊かれようとも生返事でしか応えられない私に女は何の違和感も感じないのだろうか。そういう関係に成りつつあり、そろそろ別れる潮時かも知れないと想う事もあるのに、女と時々連絡し合っては惰性で会っている自分が不可解に想える事さえある。一種の老化現象が始まっているのだろうかという不安まで出て来る。そんな私の思惑とは別に「ねえ、誰か良い相手、居ないか知ら?」と、それでも女は娘の相手を探す。「男友達は居るのだろ?」「沢山居るらしいワ。だけど、舞子を女として観ていない様なのヨ」「それでも、そんな中から選んだ方が早いさ」 「ねえ、それより舞子に一度会ってやってくれない?」「えッ!どうして?」「だって、猫を貰ってくれた建築家で、私の親しいお友達と言ってあるから、一度紹介して欲しいと言われているの」「まあ、機会があれば・・・」と私は半分逃げ腰になってしまう。「じゃ、今度の土曜日どう?時間を作ってヨ」女はその気になって話を畳みかけて来る。結局、優柔不断な態度が女のペースに巻き込まれてしまう羽目に成るのだろうと諦める。惰性半分、好色性半分の気持ちが今日も女をホテルに誘ってしまったのが間違いだった。「じゃあ、土曜日に舞子を連れて来る。必ず来てネ」と女から念を押され「どうしても、か?」と自分でも承諾と取れる間抜けな返事をしてしまってから、まあ会うだけなら良いだろうと自分に言い聞かせた。不倫相手の娘の見合いに協力する気なぞ全く無いが、成り行きに任せれば、ひょっとして瓢箪から駒という事もあり得るかも知れないと考え直す事にした。 約束の時間にホテルのロビーに行くと女と娘が待っていた。娘の方は今風のファッションで父親に似て長身だった。想像していた娘のイメージが崩れ、以前に女のマンションで観た写真とも違い別人の様に美人だった。ニューヨークの生活で垢ぬけしたのだろうか。取りあえずロビー横のティー・ラウンジで改めて自己紹介を兼ねて父親と一緒に仕事をした事を言った。「え、母から聞いて知っています。父と一緒じゃ大変でしたでしょ?変わった人ですから」自分の父親を批判的に言う。「ニューヨークの生活はどう?良かった?」言ってしまってから、もう七年も前の事を訊いてどうすると自分の愚問を悔やんだ。が、娘はニッコリほほ笑んで「特には・・・近くに伯母も棲んでいますから・・・。それよりもココちゃん元気ですか?」娘は猫の事を訊いた。「元気過ぎるぐらいだヨ。木登りが得意でネ」「会いたいワ!大きく成ったでしょうネ」大きな目で懐かしそうに私の目をジッと見詰める。(6月中旬へつづく・月の上旬・中旬・下旬の3回連載予定)
2012/06/02
コメント(0)
![]()
ココ百景(80) ダイダイの実が未だ残っている。夏場はダイダイの実を絞って鍋物の香味料やタレに使わないから何時もなら春先に全部狩り獲って処分してしまうのだが、今年は天候異変で狩り獲るのが遅れた。今時分のダイダイの実はスカスカで水気も少なく食には向かない。それでも庭の風景にと少しだけ残しておいたのだが、とうとう先日には横から白い花が咲き始め良い香りが漂って来て、流石に残りの実は全部処分した。これで春は完全に去り夏に入った訳だ。夏になればココは狩りのシーズンだから終日外ばかり居る。夜になっても餌を食べに帰ってくるだけで、食べ終えると直ぐに外へ行ってしまう。家の中よりも外が好きな猫である。小説「猫と女と」(6) ココは相変わらず庭を走り回っては狩りの獲物を探している。飼い始めて七年になる大人に成った猫は人間で言えば四十前後に成るのだろう。油の乗りきった女盛りだ。それとは逆にデザイン事務所の女は既に峠を越している。それなのに今でも私との関係が続いているのは彼女の献身さにもあるのだろうが、離婚して独身生活を長年続けているのもある。所帯やつれを感じさせずファッションも派手目で若く見せる生活がどのようなものか大よそ想像がつくが、多分、家事なぞ殆どしないのだろう。三十近い娘と母親二人の生活なぞ考えたくもない。そういう風にしか観ていない私に「舞子がねえ、なかなか結婚してくれないのヨ」と女が愚痴る。私に相談すれば何とか成るとでも想っているのだろうか。愚痴と言うより逆に可愛くて何時までも傍に置いておきたい感じもし、その表情は、娘の親と言うよりも女盛りが二人同棲している感じさえする。婚期を逸しそうな娘が親元に平気な顔で堂々と棲んでいる図なぞ絵にもならないと私は想ってしまう。 それは今や社会現象にまで成っていて、中流と言われる殆どの家庭ではそういう娘が無為にゴロゴロ転がっている時代なのだ。それだけに女も母親としての困った顔もしていない。水道の蛇口をひねれば何時でも金が流れ出て来る様な生活環境で育って来た娘は強かな生活力なぞ無く、生活力があり自分をリードしてくれる相手を見付ける事なぞ到底出来そうにないのだ。仮にそういう男が居たとしても既に結婚していたりする。かと言って所帯地味た男なぞには何の魅力も感じず、垢ぬけした遊び人だと付き合うには格好が良いものの結婚相手としては程遠い。自分の親よりも収入の少ない男なぞ結婚相手として考えられず、相思相愛で貧しくとも一緒に成りたいという女なぞ今時珍しい。だからと言って結婚願望が無い訳でも無く、いざと言う時の為や自活せねばならなくなった場合の事を考えて手に職を持たねばと口先では訳知りの様に言うのだ。 親元で、安穏と気楽に暮らしている娘の殆どは親の生活力に左右され経済面で自立出来ないまま三十近くになって焦り出すのだろう。時代に合わせてサラリーマンに成ったとしても一時の腰掛け的なもので結婚相手を見つける為の場としか考えていない。まさかキャリア・ウーマンに成りたいと本気で考えている訳でもなく、結局の処、男に頼って生きるしか道は無いと半分悟った様な気になっている。だから何時までも親元から抜け出せずに、だらだらと毎日を過ごす羽目に成る。そう考えると女が娘と二人で居るのも已むにやまれぬ事情と考えるべきかも知れない。デザイン事務所の元夫の生活力が今後の女達の方向性を決定する事に成るだろうとも言え、其処に私がひょっこり入り込んでセックス・フレンドとして介在するなぞ、かつての私には考えられなかった事だ。この先何を望んで女と付き合おうとしているのか自分でも分からなくなり堂々巡り的な考えのまま女との関係が八年目に入ろうとしている。 一方、貰った猫は何の苦労も知らず、我が家に貰われた事で幸せに成ったのかどうかも分からないまま毎日をそれなりに気楽に生きている。「娘が訊くものだから」と女が想い出した様に私に猫の事を訊くのも娘が何の目標も無く怠惰な生活を送っているからに違いない。もしそうなら、そんな人間的に何の魅力も無い娘の事なぞ考えたくもない。それだけに当然ながら娘の事で何か訊かれようとも生返事でしか応えられない私に女は何の違和感も感じないのだろうか。そういう関係に成りつつあり、そろそろ別れる潮時かも知れないと想う事もあるのに、女と時々連絡し合っては惰性で会っている自分が不可解に想える事さえある。一種の老化現象が始まっているのだろうかという不安まで出て来る。そんな私の思惑とは別に「ねえ、誰か良い相手、居ないか知ら?」と、それでも女は娘の相手を探す。「男友達は居るのだろ?」「沢山居るらしいワ。だけど、舞子を女として観ていない様なのヨ」「それでも、そんな中から選んだ方が早いさ」 「ねえ、それより舞子に一度会ってやってくれない?」「えッ!どうして?」「だって、猫を貰ってくれた建築家で、私の親しいお友達と言ってあるから、一度紹介して欲しいと言われているの」「まあ、機会があれば・・・」と私は半分逃げ腰になってしまう。「じゃ、今度の土曜日どう?時間を作ってヨ」女はその気になって話を畳みかけて来る。結局、優柔不断な態度が女のペースに巻き込まれてしまう羽目に成るのだろうと諦める。惰性半分、好色性半分の気持ちが今日も女をホテルに誘ってしまったのが間違いだった。「じゃあ、土曜日に舞子を連れて来る。必ず来てネ」と女から念を押され「どうしても、か?」と自分でも承諾と取れる間抜けな返事をしてしまってから、まあ会うだけなら良いだろうと自分に言い聞かせた。不倫相手の娘の見合いに協力する気なぞ全く無いが、成り行きに任せれば、ひょっとして瓢箪から駒という事もあり得るかも知れないと考え直す事にした。 約束の時間にホテルのロビーに行くと女と娘が待っていた。娘の方は今風のファッションで父親に似て長身だった。想像していた娘のイメージが崩れ、以前に女のマンションで観た写真とも違い別人の様に美人だった。ニューヨークの生活で垢ぬけしたのだろうか。取りあえずロビー横のティー・ラウンジで改めて自己紹介を兼ねて父親と一緒に仕事をした事を言った。「え、母から聞いて知っています。父と一緒じゃ大変でしたでしょ?変わった人ですから」自分の父親を批判的に言う。「ニューヨークの生活はどう?良かった?」言ってしまってから、もう七年も前の事を訊いてどうすると自分の愚問を悔やんだ。が、娘はニッコリほほ笑んで「特には・・・近くに伯母も棲んでいますから・・・。それよりもココちゃん元気ですか?」娘は猫の事を訊いた。「元気過ぎるぐらいだヨ。木登りが得意でネ」「会いたいワ!大きく成ったでしょうネ」大きな目で懐かしそうに私の目をジッと見詰める。(6月中旬へつづく・月の上旬・中旬・下旬の3回連載予定)
2012/06/01
コメント(0)
全30件 (30件中 1-30件目)
1