全30件 (30件中 1-30件目)
1
![]()
ココ百景(48) ココが生後半年ほど経って避妊手術が施せる様になったのを見計らって犬猫病院へ連れて行き、翌日、術後のココを迎えに行った時の光景である。少し疲れた感じだったが一日家で養生していると元気になって部屋をうろつき始めた。手術後の傷口を舐めない様にエリザベス・カラ―を取りつけている。一週間ほどでそれは外せた。変な物を首に巻き付けられて気持ちが悪かったろうが、お蔭で無事に傷口は癒着して治った。避妊手術は人間の勝手な判断で施すからネコには迷惑な話だろうが、野良ネコと交尾して沢山子供が生まれれば、その処置に困るので已む無く施した。が、少しばかり可哀想な気がした。大きな目で観ればその方がネコにとっても人間にとっても幸せなのだが感情的には少しばかり引っ掛かった。小説「猫と女と」(2) 飼い猫が自宅の周りだけでなく近所の家々へも行く様になって自分のテリトリーが拡大し確保されて行くに連れ、我が物顔で我が家の庭に闖入していた隣家の猫が来なくなった。それは当初の思惑通りで満足出来るものだった。ところが勝手なもので、逆に来なく成ればなったで少し寂しい気もする。「仔猫を貰ってくれない?」と女から頼まれ、軽く承知した心の底には、隣家の悪猫対策に成るかも知れないという淡い期待もあった。隣家の飼い猫が我が家の庭に糞をして臭って困っていた。「あなた、一寸来てくれない?」ある晴れた日の午後、ガーデニングをしている妻が声を掛けて来た事があった。花壇で雑草を取ったり花柄の手入れをしているのを遠目で見ながらゴルフのピッチング練習をしている時だった。ボールの転がり具合が上手く行き出した矢先だっただけに生返事をしただけで練習を続けていると再度呼ぶ声がした。 ピッチング・ウェッジを打ち込む位置が正確に成り、ボールの飛距離も落下地点も同じ様に成って来た時だけに妻の声が煩わしかった。仕方無く如何にも面倒くさいという風にクラブを握ったまま花壇の方へ行くと「何か、臭うでしょ?」と言う。「花かい?」「いいえ、花は良い香りヨ。垣根辺りから変な臭いがしない?」言われるまま境界線の垣根へ行き、貝塚伊吹の根元を眺め、ゴルフ・クラブで枯葉を引っ掻いてみた。数回同じ様な仕草をしながら移動して行くと小さな黒い塊がポロリと現れた。「在った、在った!猫の糞だ。また、モモがやりやがったな。しょうがない奴だ!」とつい言ってしまった。「やっぱりネ。どうも臭うと想ったのヨ」妻は納得した顔で言った。「糞うッ!」納屋からスコップを持って来ると私は土と一緒にすくい上げて「持ち主に返しておこう!」と垣根越しに隣家の庭へばら撒いた。 「あら、大丈夫?お隣さんの庭に放り投げても・・・」「大丈夫さ、自分の飼いネコがした粗相だから・・・」と当然の様に撒いてから、今年に入って何回目になるだろうと数えてみた。平均すれば月に数度の割で放り投げ入れているから相当の量になる筈だ。多分、隣家でも気がついているだろう。今のところ文句の一つも出て居ないからモモが粗相したものと納得しているのだろう。もし、文句を言って来たら逆に文句を言ってやらねばならない。言わないと分からない飼い主なのだ。それけに、こちらからわざわざ出掛けて行ってまで文句を言う気にも成れない。もし臭いが気になるぐらいなら既にモモの糞の処理はしている筈だし、ちゃんとした躾もしている筈なのだ。ところが、隣家の夫人は見掛けに依らずだらし無い性格なのか糞トレーなぞ用意もせず、糞用の砂だけを袋のまま端を少し破って縁側の外にばら撒いてあるのが垣根越しに観えるだけだ。 それだけに猫にすれば決められた場所で用を足すでなく、何処でも好きな処でやる事になり、柔らかな土の花壇とか人目に付き難い垣根の根元で用を足すのが当たり前になっている。猫の本能の穴を掘って糞を隠す猫ババ状態なら臭いも余りして来ないのだろうが、枯葉があるからそれを被せてその気に成っているらしい。日頃から厚化粧の夫人は外出する時は大層めかし込んでいる。そのくせペットの世話を焼くのが面倒らしく躾や手入れなぞやった事が無いらしい。通いの家政婦は猫の面倒なぞ全くみないから躾の出来て居ない猫はココが来るまではこの辺りを勝手放題好きな様にしていた。ところが、ココが来て、糞トレーを外に置く様になってからはモモもそれを使う様になった。仔猫のココは相使いでも怒らなかった。モモが姉の様に想えたのだろう。しかし、それもココが一年経って大人に成った頃からモモを威嚇し排除する様になった。 ココに追いやられたモモは、それ以来、我が家には近付かない様に成って行き、それまでのモモの指定席だった場所はココが居座る様になった。一年経ってようやく思惑通りに成った訳だ。「やっと一年が経って、大人の猫に成ったヨ」久々に女に電話を掛け、その事を言った。「あら、そう?白と黒の模様が綺麗でしょ?」「パンダの様な猫だねえ」「如何にも高級そうな猫に観えるでしょ?」「そうそう、来客が皆、綺麗な猫だと言っている。人懐っこくて、誰にでも愛想を振りまいている。木登りが上手くてネ、気性が荒いけど、あれの親はどうなの?兄弟が居る?」「もう一匹、友達の処に居るワ。そっちの方は大層大人しいのヨ。同じ血でも気性の違いが出るのか知らねえ。写真を舞子に見せたら喜んで居たワ。亦、新しい写真を頂戴ネ」女は娘の事を言った。会った事も無い娘は、マンションのテーブルに置かれた写真でしか知らなかった。 可愛い顔だが何処にでも居るタイプの現代的な少女という感じだった。母親にも父親にも似ていず、父親は娘を溺愛していると女は言い、目がない割には、ニューヨークでの生活がどの様なものであったかデザイン事務所では一切言わなかった。ビジネスだけの付き合いだけに私生活は無関係と想っているのだろう。が、女と私との出逢いや関係を知っているだけに殊更触れないのかも知れない。まして猫の事は全く知らないだけに共通の話題が無いのだ。女はニューヨークの娘の生活を毎日の様に電話を掛けて知っていると言った。「学校でネ、セントラル・パーク横のマンションから通学していると言うと皆驚くそうヨ。あそこにマンションを持っているなんて相当のお金持ちに成るらしいの」「そりゃあ、そうだろう。グーグル・アースでマンションの写真を観たけれど超高層の高級マンションだった」そう言いながら、そのマンションを手放さざるを得なかった事情を想うと話は途切れた。(5月上旬へつづく)
2012/04/30
コメント(0)
![]()
ココ百景(47) 庭の通路の煉瓦に乗って境界線の方を眺めているココである。ココは芝生を歩くよりも煉瓦の方が好きな様で、足の裏に芝生の根がチクチクと射す様な感触よりも平らで足に滑らかに触れる堅い物の方が安定し安心もするのだろう。煉瓦は冬場なぞ冷たいと想うのだが、それよりも湿った芝生で足が濡れるのが嫌だったのだろう。が、天気が良く温かいと芝生を走り回るから天候に左右されるのだろう。仔猫だった最初の頃、芝生の刈り込みがされて居なかったせいで芝生が長くて歩き難かったのか、それともココの足が短かったので芝生を跨ぐようにしてつま先歩きをしていた。それが怖々歩いている様に観えて滑稽だった。。小説「猫と女と」(2) 飼い猫が自宅の周りだけでなく近所の家々へも行く様になって自分のテリトリーが拡大し確保されて行くに連れ、我が物顔で我が家の庭に闖入していた隣家の猫が来なくなった。それは当初の思惑通りで満足出来るものだった。ところが勝手なもので、逆に来なく成ればなったで少し寂しい気もする。「仔猫を貰ってくれない?」と女から頼まれ、軽く承知した心の底には、隣家の悪猫対策に成るかも知れないという淡い期待もあった。隣家の飼い猫が我が家の庭に糞をして臭って困っていた。「あなた、一寸来てくれない?」ある晴れた日の午後、ガーデニングをしている妻が声を掛けて来た事があった。花壇で雑草を取ったり花柄の手入れをしているのを遠目で見ながらゴルフのピッチング練習をしている時だった。ボールの転がり具合が上手く行き出した矢先だっただけに生返事をしただけで練習を続けていると再度呼ぶ声がした。 ピッチング・ウェッジを打ち込む位置が正確に成り、ボールの飛距離も落下地点も同じ様に成って来た時だけに妻の声が煩わしかった。仕方無く如何にも面倒くさいという風にクラブを握ったまま花壇の方へ行くと「何か、臭うでしょ?」と言う。「花かい?」「いいえ、花は良い香りヨ。垣根辺りから変な臭いがしない?」言われるまま境界線の垣根へ行き、貝塚伊吹の根元を眺め、ゴルフ・クラブで枯葉を引っ掻いてみた。数回同じ様な仕草をしながら移動して行くと小さな黒い塊がポロリと現れた。「在った、在った!猫の糞だ。また、モモがやりやがったな。しょうがない奴だ!」とつい言ってしまった。「やっぱりネ。どうも臭うと想ったのヨ」妻は納得した顔で言った。「糞うッ!」納屋からスコップを持って来ると私は土と一緒にすくい上げて「持ち主に返しておこう!」と垣根越しに隣家の庭へばら撒いた。 「あら、大丈夫?お隣さんの庭に放り投げても・・・」「大丈夫さ、自分の飼いネコがした粗相だから・・・」と当然の様に撒いてから、今年に入って何回目になるだろうと数えてみた。平均すれば月に数度の割で放り投げ入れているから相当の量になる筈だ。多分、隣家でも気がついているだろう。今のところ文句の一つも出て居ないからモモが粗相したものと納得しているのだろう。もし、文句を言って来たら逆に文句を言ってやらねばならない。言わないと分からない飼い主なのだ。それけに、こちらからわざわざ出掛けて行ってまで文句を言う気にも成れない。もし臭いが気になるぐらいなら既にモモの糞の処理はしている筈だし、ちゃんとした躾もしている筈なのだ。ところが、隣家の夫人は見掛けに依らずだらし無い性格なのか糞トレーなぞ用意もせず、糞用の砂だけを袋のまま端を少し破って縁側の外にばら撒いてあるのが垣根越しに観えるだけだ。 それだけに猫にすれば決められた場所で用を足すでなく、何処でも好きな処でやる事になり、柔らかな土の花壇とか人目に付き難い垣根の根元で用を足すのが当たり前になっている。猫の本能の穴を掘って糞を隠す猫ババ状態なら臭いも余りして来ないのだろうが、枯葉があるからそれを被せてその気に成っているらしい。日頃から厚化粧の夫人は外出する時は大層めかし込んでいる。そのくせペットの世話を焼くのが面倒らしく躾や手入れなぞやった事が無いらしい。通いの家政婦は猫の面倒なぞ全くみないから躾の出来て居ない猫はココが来るまではこの辺りを勝手放題好きな様にしていた。ところが、ココが来て、糞トレーを外に置く様になってからはモモもそれを使う様になった。仔猫のココは相使いでも怒らなかった。モモが姉の様に想えたのだろう。しかし、それもココが一年経って大人に成った頃からモモを威嚇し排除する様になった。 ココに追いやられたモモは、それ以来、我が家には近付かない様に成って行き、それまでのモモの指定席だった場所はココが居座る様になった。一年経ってようやく思惑通りに成った訳だ。「やっと一年が経って、大人の猫に成ったヨ」久々に女に電話を掛け、その事を言った。「あら、そう?白と黒の模様が綺麗でしょ?」「パンダの様な猫だねえ」「如何にも高級そうな猫に観えるでしょ?」「そうそう、来客が皆、綺麗な猫だと言っている。人懐っこくて、誰にでも愛想を振りまいている。木登りが上手くてネ、気性が荒いけど、あれの親はどうなの?兄弟が居る?」「もう一匹、友達の処に居るワ。そっちの方は大層大人しいのヨ。同じ血でも気性の違いが出るのか知らねえ。写真を舞子に見せたら喜んで居たワ。亦、新しい写真を頂戴ネ」女は娘の事を言った。会った事も無い娘は、マンションのテーブルに置かれた写真でしか知らなかった。 可愛い顔だが何処にでも居るタイプの現代的な少女という感じだった。母親にも父親にも似ていず、父親は娘を溺愛していると女は言い、目がない割には、ニューヨークでの生活がどの様なものであったかデザイン事務所では一切言わなかった。ビジネスだけの付き合いだけに私生活は無関係と想っているのだろう。が、女と私との出逢いや関係を知っているだけに殊更触れないのかも知れない。まして猫の事は全く知らないだけに共通の話題が無いのだ。女はニューヨークの娘の生活を毎日の様に電話を掛けて知っていると言った。「学校でネ、セントラル・パーク横のマンションから通学していると言うと皆驚くそうヨ。あそこにマンションを持っているなんて相当のお金持ちに成るらしいの」「そりゃあ、そうだろう。グーグル・アースでマンションの写真を観たけれど超高層の高級マンションだった」そう言いながら、そのマンションを手放さざるを得なかった事情を想うと話は途切れた。(5月上旬へつづく)
2012/04/29
コメント(0)
![]()
ココ百景(46) パティオの花壇が未だ完成していない頃の6年ほど前の写真である。だから外側の煉瓦を積み上げたばかりで土が充分に入っていない。ココは花壇の中に入るよりも縁に乗って全体を見渡している。土が入った段階でココは「良い遊び場」若しくは「良いトイレ」が出来たと想ったのか土を掘り返しては臭いを嗅いでいた。其処で糞をされては困るので直ぐに育苗店で花の苗を買って来て一面に植えた。すると足の踏み場が無くなって煉瓦の縁に乗るだけになった。草花は妻が大事にしている風なので踏み荒らしてはいけないと想ったのだろう。やがて花壇には草花以外にも薔薇を植えたので棘が痛かろうと想ったが、ココは上手にそれをかわして歩くのだった。小説「猫と女と」(2) 飼い猫が自宅の周りだけでなく近所の家々へも行く様になって自分のテリトリーが拡大し確保されて行くに連れ、我が物顔で我が家の庭に闖入していた隣家の猫が来なくなった。それは当初の思惑通りで満足出来るものだった。ところが勝手なもので、逆に来なく成ればなったで少し寂しい気もする。「仔猫を貰ってくれない?」と女から頼まれ、軽く承知した心の底には、隣家の悪猫対策に成るかも知れないという淡い期待もあった。隣家の飼い猫が我が家の庭に糞をして臭って困っていた。「あなた、一寸来てくれない?」ある晴れた日の午後、ガーデニングをしている妻が声を掛けて来た事があった。花壇で雑草を取ったり花柄の手入れをしているのを遠目で見ながらゴルフのピッチング練習をしている時だった。ボールの転がり具合が上手く行き出した矢先だっただけに生返事をしただけで練習を続けていると再度呼ぶ声がした。 ピッチング・ウェッジを打ち込む位置が正確に成り、ボールの飛距離も落下地点も同じ様に成って来た時だけに妻の声が煩わしかった。仕方無く如何にも面倒くさいという風にクラブを握ったまま花壇の方へ行くと「何か、臭うでしょ?」と言う。「花かい?」「いいえ、花は良い香りヨ。垣根辺りから変な臭いがしない?」言われるまま境界線の垣根へ行き、貝塚伊吹の根元を眺め、ゴルフ・クラブで枯葉を引っ掻いてみた。数回同じ様な仕草をしながら移動して行くと小さな黒い塊がポロリと現れた。「在った、在った!猫の糞だ。また、モモがやりやがったな。しょうがない奴だ!」とつい言ってしまった。「やっぱりネ。どうも臭うと想ったのヨ」妻は納得した顔で言った。「糞うッ!」納屋からスコップを持って来ると私は土と一緒にすくい上げて「持ち主に返しておこう!」と垣根越しに隣家の庭へばら撒いた。 「あら、大丈夫?お隣さんの庭に放り投げても・・・」「大丈夫さ、自分の飼いネコがした粗相だから・・・」と当然の様に撒いてから、今年に入って何回目になるだろうと数えてみた。平均すれば月に数度の割で放り投げ入れているから相当の量になる筈だ。多分、隣家でも気がついているだろう。今のところ文句の一つも出て居ないからモモが粗相したものと納得しているのだろう。もし、文句を言って来たら逆に文句を言ってやらねばならない。言わないと分からない飼い主なのだ。それけに、こちらからわざわざ出掛けて行ってまで文句を言う気にも成れない。もし臭いが気になるぐらいなら既にモモの糞の処理はしている筈だし、ちゃんとした躾もしている筈なのだ。ところが、隣家の夫人は見掛けに依らずだらし無い性格なのか糞トレーなぞ用意もせず、糞用の砂だけを袋のまま端を少し破って縁側の外にばら撒いてあるのが垣根越しに観えるだけだ。 それだけに猫にすれば決められた場所で用を足すでなく、何処でも好きな処でやる事になり、柔らかな土の花壇とか人目に付き難い垣根の根元で用を足すのが当たり前になっている。猫の本能の穴を掘って糞を隠す猫ババ状態なら臭いも余りして来ないのだろうが、枯葉があるからそれを被せてその気に成っているらしい。日頃から厚化粧の夫人は外出する時は大層めかし込んでいる。そのくせペットの世話を焼くのが面倒らしく躾や手入れなぞやった事が無いらしい。通いの家政婦は猫の面倒なぞ全くみないから躾の出来て居ない猫はココが来るまではこの辺りを勝手放題好きな様にしていた。ところが、ココが来て、糞トレーを外に置く様になってからはモモもそれを使う様になった。仔猫のココは相使いでも怒らなかった。モモが姉の様に想えたのだろう。しかし、それもココが一年経って大人に成った頃からモモを威嚇し排除する様になった。 ココに追いやられたモモは、それ以来、我が家には近付かない様に成って行き、それまでのモモの指定席だった場所はココが居座る様になった。一年経ってようやく思惑通りに成った訳だ。「やっと一年が経って、大人の猫に成ったヨ」久々に女に電話を掛け、その事を言った。「あら、そう?白と黒の模様が綺麗でしょ?」「パンダの様な猫だねえ」「如何にも高級そうな猫に観えるでしょ?」「そうそう、来客が皆、綺麗な猫だと言っている。人懐っこくて、誰にでも愛想を振りまいている。木登りが上手くてネ、気性が荒いけど、あれの親はどうなの?兄弟が居る?」「もう一匹、友達の処に居るワ。そっちの方は大層大人しいのヨ。同じ血でも気性の違いが出るのか知らねえ。写真を舞子に見せたら喜んで居たワ。亦、新しい写真を頂戴ネ」女は娘の事を言った。会った事も無い娘は、マンションのテーブルに置かれた写真でしか知らなかった。 可愛い顔だが何処にでも居るタイプの現代的な少女という感じだった。母親にも父親にも似ていず、父親は娘を溺愛していると女は言い、目がない割には、ニューヨークでの生活がどの様なものであったかデザイン事務所では一切言わなかった。ビジネスだけの付き合いだけに私生活は無関係と想っているのだろう。が、女と私との出逢いや関係を知っているだけに殊更触れないのかも知れない。まして猫の事は全く知らないだけに共通の話題が無いのだ。女はニューヨークの娘の生活を毎日の様に電話を掛けて知っていると言った。「学校でネ、セントラル・パーク横のマンションから通学していると言うと皆驚くそうヨ。あそこにマンションを持っているなんて相当のお金持ちに成るらしいの」「そりゃあ、そうだろう。グーグル・アースでマンションの写真を観たけれど超高層の高級マンションだった」そう言いながら、そのマンションを手放さざるを得なかった事情を想うと話は途切れた。(5月上旬へつづく)
2012/04/28
コメント(0)
![]()
ココ百景(45) パティオの境界のラチスを昇っているココである。ボクに見せようと一種のパフフォーマンスをしているのである。ガリガリと爪を立ててよじ登る姿は決して優雅なものではないが、腕力というか脚力が強く木登りも得意である。仔猫の時に庭木に昇らせたところ面白がって覚えた。隣家のモモも真似をして昇ろうと何度も挑戦したが駄目だった。ネコの種類に依るのか、それとも個性なのか分からないが、兎に角ココは自己主張をするのが好きな猫である。狩りで獲物を見せに来るのも木登りをするのもボクや家人に観て貰いたいからするのである。誰も居ない処ではしない。ペットは飼い主に気に入られようと様々なポーズをする。それが亦可愛いのである。小説「猫と女と」(2) 飼い猫が自宅の周りだけでなく近所の家々へも行く様になって自分のテリトリーが拡大し確保されて行くに連れ、我が物顔で我が家の庭に闖入していた隣家の猫が来なくなった。それは当初の思惑通りで満足出来るものだった。ところが勝手なもので、逆に来なく成ればなったで少し寂しい気もする。「仔猫を貰ってくれない?」と女から頼まれ、軽く承知した心の底には、隣家の悪猫対策に成るかも知れないという淡い期待もあった。隣家の飼い猫が我が家の庭に糞をして臭って困っていた。「あなた、一寸来てくれない?」ある晴れた日の午後、ガーデニングをしている妻が声を掛けて来た事があった。花壇で雑草を取ったり花柄の手入れをしているのを遠目で見ながらゴルフのピッチング練習をしている時だった。ボールの転がり具合が上手く行き出した矢先だっただけに生返事をしただけで練習を続けていると再度呼ぶ声がした。 ピッチング・ウェッジを打ち込む位置が正確に成り、ボールの飛距離も落下地点も同じ様に成って来た時だけに妻の声が煩わしかった。仕方無く如何にも面倒くさいという風にクラブを握ったまま花壇の方へ行くと「何か、臭うでしょ?」と言う。「花かい?」「いいえ、花は良い香りヨ。垣根辺りから変な臭いがしない?」言われるまま境界線の垣根へ行き、貝塚伊吹の根元を眺め、ゴルフ・クラブで枯葉を引っ掻いてみた。数回同じ様な仕草をしながら移動して行くと小さな黒い塊がポロリと現れた。「在った、在った!猫の糞だ。また、モモがやりやがったな。しょうがない奴だ!」とつい言ってしまった。「やっぱりネ。どうも臭うと想ったのヨ」妻は納得した顔で言った。「糞うッ!」納屋からスコップを持って来ると私は土と一緒にすくい上げて「持ち主に返しておこう!」と垣根越しに隣家の庭へばら撒いた。 「あら、大丈夫?お隣さんの庭に放り投げても・・・」「大丈夫さ、自分の飼いネコがした粗相だから・・・」と当然の様に撒いてから、今年に入って何回目になるだろうと数えてみた。平均すれば月に数度の割で放り投げ入れているから相当の量になる筈だ。多分、隣家でも気がついているだろう。今のところ文句の一つも出て居ないからモモが粗相したものと納得しているのだろう。もし、文句を言って来たら逆に文句を言ってやらねばならない。言わないと分からない飼い主なのだ。それけに、こちらからわざわざ出掛けて行ってまで文句を言う気にも成れない。もし臭いが気になるぐらいなら既にモモの糞の処理はしている筈だし、ちゃんとした躾もしている筈なのだ。ところが、隣家の夫人は見掛けに依らずだらし無い性格なのか糞トレーなぞ用意もせず、糞用の砂だけを袋のまま端を少し破って縁側の外にばら撒いてあるのが垣根越しに観えるだけだ。 それだけに猫にすれば決められた場所で用を足すでなく、何処でも好きな処でやる事になり、柔らかな土の花壇とか人目に付き難い垣根の根元で用を足すのが当たり前になっている。猫の本能の穴を掘って糞を隠す猫ババ状態なら臭いも余りして来ないのだろうが、枯葉があるからそれを被せてその気に成っているらしい。日頃から厚化粧の夫人は外出する時は大層めかし込んでいる。そのくせペットの世話を焼くのが面倒らしく躾や手入れなぞやった事が無いらしい。通いの家政婦は猫の面倒なぞ全くみないから躾の出来て居ない猫はココが来るまではこの辺りを勝手放題好きな様にしていた。ところが、ココが来て、糞トレーを外に置く様になってからはモモもそれを使う様になった。仔猫のココは相使いでも怒らなかった。モモが姉の様に想えたのだろう。しかし、それもココが一年経って大人に成った頃からモモを威嚇し排除する様になった。 ココに追いやられたモモは、それ以来、我が家には近付かない様に成って行き、それまでのモモの指定席だった場所はココが居座る様になった。一年経ってようやく思惑通りに成った訳だ。「やっと一年が経って、大人の猫に成ったヨ」久々に女に電話を掛け、その事を言った。「あら、そう?白と黒の模様が綺麗でしょ?」「パンダの様な猫だねえ」「如何にも高級そうな猫に観えるでしょ?」「そうそう、来客が皆、綺麗な猫だと言っている。人懐っこくて、誰にでも愛想を振りまいている。木登りが上手くてネ、気性が荒いけど、あれの親はどうなの?兄弟が居る?」「もう一匹、友達の処に居るワ。そっちの方は大層大人しいのヨ。同じ血でも気性の違いが出るのか知らねえ。写真を舞子に見せたら喜んで居たワ。亦、新しい写真を頂戴ネ」女は娘の事を言った。会った事も無い娘は、マンションのテーブルに置かれた写真でしか知らなかった。 可愛い顔だが何処にでも居るタイプの現代的な少女という感じだった。母親にも父親にも似ていず、父親は娘を溺愛していると女は言い、目がない割には、ニューヨークでの生活がどの様なものであったかデザイン事務所では一切言わなかった。ビジネスだけの付き合いだけに私生活は無関係と想っているのだろう。が、女と私との出逢いや関係を知っているだけに殊更触れないのかも知れない。まして猫の事は全く知らないだけに共通の話題が無いのだ。女はニューヨークの娘の生活を毎日の様に電話を掛けて知っていると言った。「学校でネ、セントラル・パーク横のマンションから通学していると言うと皆驚くそうヨ。あそこにマンションを持っているなんて相当のお金持ちに成るらしいの」「そりゃあ、そうだろう。グーグル・アースでマンションの写真を観たけれど超高層の高級マンションだった」そう言いながら、そのマンションを手放さざるを得なかった事情を想うと話は途切れた。(5月上旬へつづく)
2012/04/27
コメント(0)
![]()
ココ百景(44) 最近のココである。昨年の春に敷き並べた庭の煉瓦通路に乗っている。和風庭園ながら洋風も取り入れて国籍不明の自由なデザインにしてある。数寄屋建築が好きなのではあるが、形式にこだわり過ぎて堅苦しいのも如何なものかと考え方を変えたのと雑草対策もある。これだと目地に生えた雑草は簡単に抜けるから手間が掛からない。芝生には相変わらず雑草が大量に押し寄せて毎日のように目立つ処は引っこ抜いている。除草剤などは一切使わない様にしている。しかし自然の力というのは人間の力では追いつかない。だから目立たない処はそのままにしている。日本の様な雨の多い処では雑草天国で、欧米の様な綺麗な芝生の状態にするには大変だが、考えてみれば芝生も雑草の一種なのだから差別(区別)せずに一緒に生やしておけば手間も掛からないのに芝生の方が見た目に優しいから優先させてしまうのだろう。小説「猫と女と」(2) 飼い猫が自宅の周りだけでなく近所の家々へも行く様になって自分のテリトリーが拡大し確保されて行くに連れ、我が物顔で我が家の庭に闖入していた隣家の猫が来なくなった。それは当初の思惑通りで満足出来るものだった。ところが勝手なもので、逆に来なく成ればなったで少し寂しい気もする。「仔猫を貰ってくれない?」と女から頼まれ、軽く承知した心の底には、隣家の悪猫対策に成るかも知れないという淡い期待もあった。隣家の飼い猫が我が家の庭に糞をして臭って困っていた。「あなた、一寸来てくれない?」ある晴れた日の午後、ガーデニングをしている妻が声を掛けて来た事があった。花壇で雑草を取ったり花柄の手入れをしているのを遠目で見ながらゴルフのピッチング練習をしている時だった。ボールの転がり具合が上手く行き出した矢先だっただけに生返事をしただけで練習を続けていると再度呼ぶ声がした。 ピッチング・ウェッジを打ち込む位置が正確に成り、ボールの飛距離も落下地点も同じ様に成って来た時だけに妻の声が煩わしかった。仕方無く如何にも面倒くさいという風にクラブを握ったまま花壇の方へ行くと「何か、臭うでしょ?」と言う。「花かい?」「いいえ、花は良い香りヨ。垣根辺りから変な臭いがしない?」言われるまま境界線の垣根へ行き、貝塚伊吹の根元を眺め、ゴルフ・クラブで枯葉を引っ掻いてみた。数回同じ様な仕草をしながら移動して行くと小さな黒い塊がポロリと現れた。「在った、在った!猫の糞だ。また、モモがやりやがったな。しょうがない奴だ!」とつい言ってしまった。「やっぱりネ。どうも臭うと想ったのヨ」妻は納得した顔で言った。「糞うッ!」納屋からスコップを持って来ると私は土と一緒にすくい上げて「持ち主に返しておこう!」と垣根越しに隣家の庭へばら撒いた。 「あら、大丈夫?お隣さんの庭に放り投げても・・・」「大丈夫さ、自分の飼いネコがした粗相だから・・・」と当然の様に撒いてから、今年に入って何回目になるだろうと数えてみた。平均すれば月に数度の割で放り投げ入れているから相当の量になる筈だ。多分、隣家でも気がついているだろう。今のところ文句の一つも出て居ないからモモが粗相したものと納得しているのだろう。もし、文句を言って来たら逆に文句を言ってやらねばならない。言わないと分からない飼い主なのだ。それけに、こちらからわざわざ出掛けて行ってまで文句を言う気にも成れない。もし臭いが気になるぐらいなら既にモモの糞の処理はしている筈だし、ちゃんとした躾もしている筈なのだ。ところが、隣家の夫人は見掛けに依らずだらし無い性格なのか糞トレーなぞ用意もせず、糞用の砂だけを袋のまま端を少し破って縁側の外にばら撒いてあるのが垣根越しに観えるだけだ。 それだけに猫にすれば決められた場所で用を足すでなく、何処でも好きな処でやる事になり、柔らかな土の花壇とか人目に付き難い垣根の根元で用を足すのが当たり前になっている。猫の本能の穴を掘って糞を隠す猫ババ状態なら臭いも余りして来ないのだろうが、枯葉があるからそれを被せてその気に成っているらしい。日頃から厚化粧の夫人は外出する時は大層めかし込んでいる。そのくせペットの世話を焼くのが面倒らしく躾や手入れなぞやった事が無いらしい。通いの家政婦は猫の面倒なぞ全くみないから躾の出来て居ない猫はココが来るまではこの辺りを勝手放題好きな様にしていた。ところが、ココが来て、糞トレーを外に置く様になってからはモモもそれを使う様になった。仔猫のココは相使いでも怒らなかった。モモが姉の様に想えたのだろう。しかし、それもココが一年経って大人に成った頃からモモを威嚇し排除する様になった。 ココに追いやられたモモは、それ以来、我が家には近付かない様に成って行き、それまでのモモの指定席だった場所はココが居座る様になった。一年経ってようやく思惑通りに成った訳だ。「やっと一年が経って、大人の猫に成ったヨ」久々に女に電話を掛け、その事を言った。「あら、そう?白と黒の模様が綺麗でしょ?」「パンダの様な猫だねえ」「如何にも高級そうな猫に観えるでしょ?」「そうそう、来客が皆、綺麗な猫だと言っている。人懐っこくて、誰にでも愛想を振りまいている。木登りが上手くてネ、気性が荒いけど、あれの親はどうなの?兄弟が居る?」「もう一匹、友達の処に居るワ。そっちの方は大層大人しいのヨ。同じ血でも気性の違いが出るのか知らねえ。写真を舞子に見せたら喜んで居たワ。亦、新しい写真を頂戴ネ」女は娘の事を言った。会った事も無い娘は、マンションのテーブルに置かれた写真でしか知らなかった。 可愛い顔だが何処にでも居るタイプの現代的な少女という感じだった。母親にも父親にも似ていず、父親は娘を溺愛していると女は言い、目がない割には、ニューヨークでの生活がどの様なものであったかデザイン事務所では一切言わなかった。ビジネスだけの付き合いだけに私生活は無関係と想っているのだろう。が、女と私との出逢いや関係を知っているだけに殊更触れないのかも知れない。まして猫の事は全く知らないだけに共通の話題が無いのだ。女はニューヨークの娘の生活を毎日の様に電話を掛けて知っていると言った。「学校でネ、セントラル・パーク横のマンションから通学していると言うと皆驚くそうヨ。あそこにマンションを持っているなんて相当のお金持ちに成るらしいの」「そりゃあ、そうだろう。グーグル・アースでマンションの写真を観たけれど超高層の高級マンションだった」そう言いながら、そのマンションを手放さざるを得なかった事情を想うと話は途切れた。(5月上旬へつづく)
2012/04/26
コメント(0)
![]()
ココ百景(43) 7年前、パティオをこしらえた。ガーデニングで腰をかがめずに立ったままで花壇の花を手入れ出来る花壇が欲しいという妻の為に、煉瓦で二か所造った。精々1m角の小さな花壇なのに相当量の花の土が要った。今では其処には薔薇が植わって季節ごとに綺麗な大輪の花を咲かせている。だから腰をかがめるどころか脚立で上の方の手入れをする始末になってしまっているが、花壇の表面にはペチュニアが一面に咲いている。だからココは花壇には入れずに周りの煉瓦に乗るだけで、初期の頃の花壇の土でネコババが出来なくなった。その方が花の為にも人間の為にも良いのだが「フン、詰らない」とココは素っ気なく素通りするだけになった。小説「猫と女と」(2) 飼い猫が自宅の周りだけでなく近所の家々へも行く様になって自分のテリトリーが拡大し確保されて行くに連れ、我が物顔で我が家の庭に闖入していた隣家の猫が来なくなった。それは当初の思惑通りで満足出来るものだった。ところが勝手なもので、逆に来なく成ればなったで少し寂しい気もする。「仔猫を貰ってくれない?」と女から頼まれ、軽く承知した心の底には、隣家の悪猫対策に成るかも知れないという淡い期待もあった。隣家の飼い猫が我が家の庭に糞をして臭って困っていた。「あなた、一寸来てくれない?」ある晴れた日の午後、ガーデニングをしている妻が声を掛けて来た事があった。花壇で雑草を取ったり花柄の手入れをしているのを遠目で見ながらゴルフのピッチング練習をしている時だった。ボールの転がり具合が上手く行き出した矢先だっただけに生返事をしただけで練習を続けていると再度呼ぶ声がした。 ピッチング・ウェッジを打ち込む位置が正確に成り、ボールの飛距離も落下地点も同じ様に成って来た時だけに妻の声が煩わしかった。仕方無く如何にも面倒くさいという風にクラブを握ったまま花壇の方へ行くと「何か、臭うでしょ?」と言う。「花かい?」「いいえ、花は良い香りヨ。垣根辺りから変な臭いがしない?」言われるまま境界線の垣根へ行き、貝塚伊吹の根元を眺め、ゴルフ・クラブで枯葉を引っ掻いてみた。数回同じ様な仕草をしながら移動して行くと小さな黒い塊がポロリと現れた。「在った、在った!猫の糞だ。また、モモがやりやがったな。しょうがない奴だ!」とつい言ってしまった。「やっぱりネ。どうも臭うと想ったのヨ」妻は納得した顔で言った。「糞うッ!」納屋からスコップを持って来ると私は土と一緒にすくい上げて「持ち主に返しておこう!」と垣根越しに隣家の庭へばら撒いた。 「あら、大丈夫?お隣さんの庭に放り投げても・・・」「大丈夫さ、自分の飼いネコがした粗相だから・・・」と当然の様に撒いてから、今年に入って何回目になるだろうと数えてみた。平均すれば月に数度の割で放り投げ入れているから相当の量になる筈だ。多分、隣家でも気がついているだろう。今のところ文句の一つも出て居ないからモモが粗相したものと納得しているのだろう。もし、文句を言って来たら逆に文句を言ってやらねばならない。言わないと分からない飼い主なのだ。それけに、こちらからわざわざ出掛けて行ってまで文句を言う気にも成れない。もし臭いが気になるぐらいなら既にモモの糞の処理はしている筈だし、ちゃんとした躾もしている筈なのだ。ところが、隣家の夫人は見掛けに依らずだらし無い性格なのか糞トレーなぞ用意もせず、糞用の砂だけを袋のまま端を少し破って縁側の外にばら撒いてあるのが垣根越しに観えるだけだ。 それだけに猫にすれば決められた場所で用を足すでなく、何処でも好きな処でやる事になり、柔らかな土の花壇とか人目に付き難い垣根の根元で用を足すのが当たり前になっている。猫の本能の穴を掘って糞を隠す猫ババ状態なら臭いも余りして来ないのだろうが、枯葉があるからそれを被せてその気に成っているらしい。日頃から厚化粧の夫人は外出する時は大層めかし込んでいる。そのくせペットの世話を焼くのが面倒らしく躾や手入れなぞやった事が無いらしい。通いの家政婦は猫の面倒なぞ全くみないから躾の出来て居ない猫はココが来るまではこの辺りを勝手放題好きな様にしていた。ところが、ココが来て、糞トレーを外に置く様になってからはモモもそれを使う様になった。仔猫のココは相使いでも怒らなかった。モモが姉の様に想えたのだろう。しかし、それもココが一年経って大人に成った頃からモモを威嚇し排除する様になった。 ココに追いやられたモモは、それ以来、我が家には近付かない様に成って行き、それまでのモモの指定席だった場所はココが居座る様になった。一年経ってようやく思惑通りに成った訳だ。「やっと一年が経って、大人の猫に成ったヨ」久々に女に電話を掛け、その事を言った。「あら、そう?白と黒の模様が綺麗でしょ?」「パンダの様な猫だねえ」「如何にも高級そうな猫に観えるでしょ?」「そうそう、来客が皆、綺麗な猫だと言っている。人懐っこくて、誰にでも愛想を振りまいている。木登りが上手くてネ、気性が荒いけど、あれの親はどうなの?兄弟が居る?」「もう一匹、友達の処に居るワ。そっちの方は大層大人しいのヨ。同じ血でも気性の違いが出るのか知らねえ。写真を舞子に見せたら喜んで居たワ。亦、新しい写真を頂戴ネ」女は娘の事を言った。会った事も無い娘は、マンションのテーブルに置かれた写真でしか知らなかった。 可愛い顔だが何処にでも居るタイプの現代的な少女という感じだった。母親にも父親にも似ていず、父親は娘を溺愛していると女は言い、目がない割には、ニューヨークでの生活がどの様なものであったかデザイン事務所では一切言わなかった。ビジネスだけの付き合いだけに私生活は無関係と想っているのだろう。が、女と私との出逢いや関係を知っているだけに殊更触れないのかも知れない。まして猫の事は全く知らないだけに共通の話題が無いのだ。女はニューヨークの娘の生活を毎日の様に電話を掛けて知っていると言った。「学校でネ、セントラル・パーク横のマンションから通学していると言うと皆驚くそうヨ。あそこにマンションを持っているなんて相当のお金持ちに成るらしいの」「そりゃあ、そうだろう。グーグル・アースでマンションの写真を観たけれど超高層の高級マンションだった」そう言いながら、そのマンションを手放さざるを得なかった事情を想うと話は途切れた。(5月上旬へつづく)
2012/04/25
コメント(0)
![]()
ココ百景(42) 我が家に来て一年が経った頃、既に大人の姿になったココは庭が好きで終日、場所を替えては庭に現れる闖入者を見張りしているのだった。例えばトカゲとか雀とかコマネズミを見つけては狩りをするのである。春先から夏場に掛けては毎日そういった獲物を捕えてはポーチに並べる。多分、自慢したいのだろう。それを家の中に持ちこまれては困るので、ポーチに並べられた段階でボクがゴミばさみで掴んでは処分する事にしている。妻は気持ち悪がって出来ないのだ。獲物が消えるとココは暫く探し回る。やがて諦めて次なる獲物を探す事になるのだが、その間、何か可哀想な事をした様な気分になる。飼い主である親分が子分の上前をはねている様な気になるのだ。小説「猫と女と」(2) 飼い猫が自宅の周りだけでなく近所の家々へも行く様になって自分のテリトリーが拡大し確保されて行くに連れ、我が物顔で我が家の庭に闖入していた隣家の猫が来なくなった。それは当初の思惑通りで満足出来るものだった。ところが勝手なもので、逆に来なく成ればなったで少し寂しい気もする。「仔猫を貰ってくれない?」と女から頼まれ、軽く承知した心の底には、隣家の悪猫対策に成るかも知れないという淡い期待もあった。隣家の飼い猫が我が家の庭に糞をして臭って困っていた。「あなた、一寸来てくれない?」ある晴れた日の午後、ガーデニングをしている妻が声を掛けて来た事があった。花壇で雑草を取ったり花柄の手入れをしているのを遠目で見ながらゴルフのピッチング練習をしている時だった。ボールの転がり具合が上手く行き出した矢先だっただけに生返事をしただけで練習を続けていると再度呼ぶ声がした。 ピッチング・ウェッジを打ち込む位置が正確に成り、ボールの飛距離も落下地点も同じ様に成って来た時だけに妻の声が煩わしかった。仕方無く如何にも面倒くさいという風にクラブを握ったまま花壇の方へ行くと「何か、臭うでしょ?」と言う。「花かい?」「いいえ、花は良い香りヨ。垣根辺りから変な臭いがしない?」言われるまま境界線の垣根へ行き、貝塚伊吹の根元を眺め、ゴルフ・クラブで枯葉を引っ掻いてみた。数回同じ様な仕草をしながら移動して行くと小さな黒い塊がポロリと現れた。「在った、在った!猫の糞だ。また、モモがやりやがったな。しょうがない奴だ!」とつい言ってしまった。「やっぱりネ。どうも臭うと想ったのヨ」妻は納得した顔で言った。「糞うッ!」納屋からスコップを持って来ると私は土と一緒にすくい上げて「持ち主に返しておこう!」と垣根越しに隣家の庭へばら撒いた。 「あら、大丈夫?お隣さんの庭に放り投げても・・・」「大丈夫さ、自分の飼いネコがした粗相だから・・・」と当然の様に撒いてから、今年に入って何回目になるだろうと数えてみた。平均すれば月に数度の割で放り投げ入れているから相当の量になる筈だ。多分、隣家でも気がついているだろう。今のところ文句の一つも出て居ないからモモが粗相したものと納得しているのだろう。もし、文句を言って来たら逆に文句を言ってやらねばならない。言わないと分からない飼い主なのだ。それけに、こちらからわざわざ出掛けて行ってまで文句を言う気にも成れない。もし臭いが気になるぐらいなら既にモモの糞の処理はしている筈だし、ちゃんとした躾もしている筈なのだ。ところが、隣家の夫人は見掛けに依らずだらし無い性格なのか糞トレーなぞ用意もせず、糞用の砂だけを袋のまま端を少し破って縁側の外にばら撒いてあるのが垣根越しに観えるだけだ。 それだけに猫にすれば決められた場所で用を足すでなく、何処でも好きな処でやる事になり、柔らかな土の花壇とか人目に付き難い垣根の根元で用を足すのが当たり前になっている。猫の本能の穴を掘って糞を隠す猫ババ状態なら臭いも余りして来ないのだろうが、枯葉があるからそれを被せてその気に成っているらしい。日頃から厚化粧の夫人は外出する時は大層めかし込んでいる。そのくせペットの世話を焼くのが面倒らしく躾や手入れなぞやった事が無いらしい。通いの家政婦は猫の面倒なぞ全くみないから躾の出来て居ない猫はココが来るまではこの辺りを勝手放題好きな様にしていた。ところが、ココが来て、糞トレーを外に置く様になってからはモモもそれを使う様になった。仔猫のココは相使いでも怒らなかった。モモが姉の様に想えたのだろう。しかし、それもココが一年経って大人に成った頃からモモを威嚇し排除する様になった。 ココに追いやられたモモは、それ以来、我が家には近付かない様に成って行き、それまでのモモの指定席だった場所はココが居座る様になった。一年経ってようやく思惑通りに成った訳だ。「やっと一年が経って、大人の猫に成ったヨ」久々に女に電話を掛け、その事を言った。「あら、そう?白と黒の模様が綺麗でしょ?」「パンダの様な猫だねえ」「如何にも高級そうな猫に観えるでしょ?」「そうそう、来客が皆、綺麗な猫だと言っている。人懐っこくて、誰にでも愛想を振りまいている。木登りが上手くてネ、気性が荒いけど、あれの親はどうなの?兄弟が居る?」「もう一匹、友達の処に居るワ。そっちの方は大層大人しいのヨ。同じ血でも気性の違いが出るのか知らねえ。写真を舞子に見せたら喜んで居たワ。亦、新しい写真を頂戴ネ」女は娘の事を言った。会った事も無い娘は、マンションのテーブルに置かれた写真でしか知らなかった。 可愛い顔だが何処にでも居るタイプの現代的な少女という感じだった。母親にも父親にも似ていず、父親は娘を溺愛していると女は言い、目がない割には、ニューヨークでの生活がどの様なものであったかデザイン事務所では一切言わなかった。ビジネスだけの付き合いだけに私生活は無関係と想っているのだろう。が、女と私との出逢いや関係を知っているだけに殊更触れないのかも知れない。まして猫の事は全く知らないだけに共通の話題が無いのだ。女はニューヨークの娘の生活を毎日の様に電話を掛けて知っていると言った。「学校でネ、セントラル・パーク横のマンションから通学していると言うと皆驚くそうヨ。あそこにマンションを持っているなんて相当のお金持ちに成るらしいの」「そりゃあ、そうだろう。グーグル・アースでマンションの写真を観たけれど超高層の高級マンションだった」そう言いながら、そのマンションを手放さざるを得なかった事情を想うと話は途切れた。(5月上旬へつづく)
2012/04/24
コメント(0)
![]()
ココ百景(41) ココが我が家に来て数ヶ月程経って、そろそろ家族もココもお互いに慣れて来た頃の顔である、生後半年で避妊手術が施せるというので、丁度それを終えた頃だったが、ボクが仕事で出掛けている間、家の中でココが暴れまわるという。妻が困り果て「こんな暴れる猫なんか、元の飼い主に戻して頂戴!」とボクに抗議しているのを心配そうに観て居る処である。明日の我が身が気にかかってボクと妻との会話に様子を覗っているココは、元の飼い主から「一旦差し上げた以上、処分はそちらで為さって下さい」とすげなく断られ、もうしばらく様子を観る事にしようと結論が先延ばしになった。結局のところ、ココの暴れる原因が外に出して貰えなかったストレスが溜まっていたせいと分かって、庭に出してやるとピタリと暴れるのを止めた。それでココはようやく家族の一員として迎えられたのだった。小説「猫と女と」(2) 飼い猫が自宅の周りだけでなく近所の家々へも行く様になって自分のテリトリーが拡大し確保されて行くに連れ、我が物顔で我が家の庭に闖入していた隣家の猫が来なくなった。それは当初の思惑通りで満足出来るものだった。ところが勝手なもので、逆に来なく成ればなったで少し寂しい気もする。「仔猫を貰ってくれない?」と女から頼まれ、軽く承知した心の底には、隣家の悪猫対策に成るかも知れないという淡い期待もあった。隣家の飼い猫が我が家の庭に糞をして臭って困っていた。「あなた、一寸来てくれない?」ある晴れた日の午後、ガーデニングをしている妻が声を掛けて来た事があった。花壇で雑草を取ったり花柄の手入れをしているのを遠目で見ながらゴルフのピッチング練習をしている時だった。ボールの転がり具合が上手く行き出した矢先だっただけに生返事をしただけで練習を続けていると再度呼ぶ声がした。 ピッチング・ウェッジを打ち込む位置が正確に成り、ボールの飛距離も落下地点も同じ様に成って来た時だけに妻の声が煩わしかった。仕方無く如何にも面倒くさいという風にクラブを握ったまま花壇の方へ行くと「何か、臭うでしょ?」と言う。「花かい?」「いいえ、花は良い香りヨ。垣根辺りから変な臭いがしない?」言われるまま境界線の垣根へ行き、貝塚伊吹の根元を眺め、ゴルフ・クラブで枯葉を引っ掻いてみた。数回同じ様な仕草をしながら移動して行くと小さな黒い塊がポロリと現れた。「在った、在った!猫の糞だ。また、モモがやりやがったな。しょうがない奴だ!」とつい言ってしまった。「やっぱりネ。どうも臭うと想ったのヨ」妻は納得した顔で言った。「糞うッ!」納屋からスコップを持って来ると私は土と一緒にすくい上げて「持ち主に返しておこう!」と垣根越しに隣家の庭へばら撒いた。 「あら、大丈夫?お隣さんの庭に放り投げても・・・」「大丈夫さ、自分の飼いネコがした粗相だから・・・」と当然の様に撒いてから、今年に入って何回目になるだろうと数えてみた。平均すれば月に数度の割で放り投げ入れているから相当の量になる筈だ。多分、隣家でも気がついているだろう。今のところ文句の一つも出て居ないからモモが粗相したものと納得しているのだろう。もし、文句を言って来たら逆に文句を言ってやらねばならない。言わないと分からない飼い主なのだ。それけに、こちらからわざわざ出掛けて行ってまで文句を言う気にも成れない。もし臭いが気になるぐらいなら既にモモの糞の処理はしている筈だし、ちゃんとした躾もしている筈なのだ。ところが、隣家の夫人は見掛けに依らずだらし無い性格なのか糞トレーなぞ用意もせず、糞用の砂だけを袋のまま端を少し破って縁側の外にばら撒いてあるのが垣根越しに観えるだけだ。 それだけに猫にすれば決められた場所で用を足すでなく、何処でも好きな処でやる事になり、柔らかな土の花壇とか人目に付き難い垣根の根元で用を足すのが当たり前になっている。猫の本能の穴を掘って糞を隠す猫ババ状態なら臭いも余りして来ないのだろうが、枯葉があるからそれを被せてその気に成っているらしい。日頃から厚化粧の夫人は外出する時は大層めかし込んでいる。そのくせペットの世話を焼くのが面倒らしく躾や手入れなぞやった事が無いらしい。通いの家政婦は猫の面倒なぞ全くみないから躾の出来て居ない猫はココが来るまではこの辺りを勝手放題好きな様にしていた。ところが、ココが来て、糞トレーを外に置く様になってからはモモもそれを使う様になった。仔猫のココは相使いでも怒らなかった。モモが姉の様に想えたのだろう。しかし、それもココが一年経って大人に成った頃からモモを威嚇し排除する様になった。 ココに追いやられたモモは、それ以来、我が家には近付かない様に成って行き、それまでのモモの指定席だった場所はココが居座る様になった。一年経ってようやく思惑通りに成った訳だ。「やっと一年が経って、大人の猫に成ったヨ」久々に女に電話を掛け、その事を言った。「あら、そう?白と黒の模様が綺麗でしょ?」「パンダの様な猫だねえ」「如何にも高級そうな猫に観えるでしょ?」「そうそう、来客が皆、綺麗な猫だと言っている。人懐っこくて、誰にでも愛想を振りまいている。木登りが上手くてネ、気性が荒いけど、あれの親はどうなの?兄弟が居る?」「もう一匹、友達の処に居るワ。そっちの方は大層大人しいのヨ。同じ血でも気性の違いが出るのか知らねえ。写真を舞子に見せたら喜んで居たワ。亦、新しい写真を頂戴ネ」女は娘の事を言った。会った事も無い娘は、マンションのテーブルに置かれた写真でしか知らなかった。 可愛い顔だが何処にでも居るタイプの現代的な少女という感じだった。母親にも父親にも似ていず、父親は娘を溺愛していると女は言い、目がない割には、ニューヨークでの生活がどの様なものであったかデザイン事務所では一切言わなかった。ビジネスだけの付き合いだけに私生活は無関係と想っているのだろう。が、女と私との出逢いや関係を知っているだけに殊更触れないのかも知れない。まして猫の事は全く知らないだけに共通の話題が無いのだ。女はニューヨークの娘の生活を毎日の様に電話を掛けて知っていると言った。「学校でネ、セントラル・パーク横のマンションから通学していると言うと皆驚くそうヨ。あそこにマンションを持っているなんて相当のお金持ちに成るらしいの」「そりゃあ、そうだろう。グーグル・アースでマンションの写真を観たけれど超高層の高級マンションだった」そう言いながら、そのマンションを手放さざるを得なかった事情を想うと話は途切れた。(5月上旬へつづく)
2012/04/23
コメント(0)
![]()
ココ百景(40) これも生後半年ほどのココである。大人に成る直前の仔猫は可愛い。悪戯っぽくて動きも稚拙だから危なっかしくてハラハラさせられる処が余計に可愛いのだろう。この頃に充分な躾をしておけば大人に成ってからは楽である。近所迷惑にもならない。躾もせず単に猫可愛がりでは大人になってから勝手な行動をするので慌てて躾をしても効果は薄い。人間も子供の頃の教育が大きく人生を左右させる事になるから親も教育者も心して掛からねば社会の損失になる。今の政府の要人がロクでもない連中ばかりなのは、彼等が子供の頃、ロクな躾を受けて居なかったからだと言われる。戦後の日教組の歪んだ教育が禍根を残す事になってしまったのは残念な事である。小説「猫と女と」(2) 飼い猫が自宅の周りだけでなく近所の家々へも行く様になって自分のテリトリーが拡大し確保されて行くに連れ、我が物顔で我が家の庭に闖入していた隣家の猫が来なくなった。それは当初の思惑通りで満足出来るものだった。ところが勝手なもので、逆に来なく成ればなったで少し寂しい気もする。「仔猫を貰ってくれない?」と女から頼まれ、軽く承知した心の底には、隣家の悪猫対策に成るかも知れないという淡い期待もあった。隣家の飼い猫が我が家の庭に糞をして臭って困っていた。「あなた、一寸来てくれない?」ある晴れた日の午後、ガーデニングをしている妻が声を掛けて来た事があった。花壇で雑草を取ったり花柄の手入れをしているのを遠目で見ながらゴルフのピッチング練習をしている時だった。ボールの転がり具合が上手く行き出した矢先だっただけに生返事をしただけで練習を続けていると再度呼ぶ声がした。 ピッチング・ウェッジを打ち込む位置が正確に成り、ボールの飛距離も落下地点も同じ様に成って来た時だけに妻の声が煩わしかった。仕方無く如何にも面倒くさいという風にクラブを握ったまま花壇の方へ行くと「何か、臭うでしょ?」と言う。「花かい?」「いいえ、花は良い香りヨ。垣根辺りから変な臭いがしない?」言われるまま境界線の垣根へ行き、貝塚伊吹の根元を眺め、ゴルフ・クラブで枯葉を引っ掻いてみた。数回同じ様な仕草をしながら移動して行くと小さな黒い塊がポロリと現れた。「在った、在った!猫の糞だ。また、モモがやりやがったな。しょうがない奴だ!」とつい言ってしまった。「やっぱりネ。どうも臭うと想ったのヨ」妻は納得した顔で言った。「糞うッ!」納屋からスコップを持って来ると私は土と一緒にすくい上げて「持ち主に返しておこう!」と垣根越しに隣家の庭へばら撒いた。 「あら、大丈夫?お隣さんの庭に放り投げても・・・」「大丈夫さ、自分の飼いネコがした粗相だから・・・」と当然の様に撒いてから、今年に入って何回目になるだろうと数えてみた。平均すれば月に数度の割で放り投げ入れているから相当の量になる筈だ。多分、隣家でも気がついているだろう。今のところ文句の一つも出て居ないからモモが粗相したものと納得しているのだろう。もし、文句を言って来たら逆に文句を言ってやらねばならない。言わないと分からない飼い主なのだ。それけに、こちらからわざわざ出掛けて行ってまで文句を言う気にも成れない。もし臭いが気になるぐらいなら既にモモの糞の処理はしている筈だし、ちゃんとした躾もしている筈なのだ。ところが、隣家の夫人は見掛けに依らずだらし無い性格なのか糞トレーなぞ用意もせず、糞用の砂だけを袋のまま端を少し破って縁側の外にばら撒いてあるのが垣根越しに観えるだけだ。 それだけに猫にすれば決められた場所で用を足すでなく、何処でも好きな処でやる事になり、柔らかな土の花壇とか人目に付き難い垣根の根元で用を足すのが当たり前になっている。猫の本能の穴を掘って糞を隠す猫ババ状態なら臭いも余りして来ないのだろうが、枯葉があるからそれを被せてその気に成っているらしい。日頃から厚化粧の夫人は外出する時は大層めかし込んでいる。そのくせペットの世話を焼くのが面倒らしく躾や手入れなぞやった事が無いらしい。通いの家政婦は猫の面倒なぞ全くみないから躾の出来て居ない猫はココが来るまではこの辺りを勝手放題好きな様にしていた。ところが、ココが来て、糞トレーを外に置く様になってからはモモもそれを使う様になった。仔猫のココは相使いでも怒らなかった。モモが姉の様に想えたのだろう。しかし、それもココが一年経って大人に成った頃からモモを威嚇し排除する様になった。 ココに追いやられたモモは、それ以来、我が家には近付かない様に成って行き、それまでのモモの指定席だった場所はココが居座る様になった。一年経ってようやく思惑通りに成った訳だ。「やっと一年が経って、大人の猫に成ったヨ」久々に女に電話を掛け、その事を言った。「あら、そう?白と黒の模様が綺麗でしょ?」「パンダの様な猫だねえ」「如何にも高級そうな猫に観えるでしょ?」「そうそう、来客が皆、綺麗な猫だと言っている。人懐っこくて、誰にでも愛想を振りまいている。木登りが上手くてネ、気性が荒いけど、あれの親はどうなの?兄弟が居る?」「もう一匹、友達の処に居るワ。そっちの方は大層大人しいのヨ。同じ血でも気性の違いが出るのか知らねえ。写真を舞子に見せたら喜んで居たワ。亦、新しい写真を頂戴ネ」女は娘の事を言った。会った事も無い娘は、マンションのテーブルに置かれた写真でしか知らなかった。 可愛い顔だが何処にでも居るタイプの現代的な少女という感じだった。母親にも父親にも似ていず、父親は娘を溺愛していると女は言い、目がない割には、ニューヨークでの生活がどの様なものであったかデザイン事務所では一切言わなかった。ビジネスだけの付き合いだけに私生活は無関係と想っているのだろう。が、女と私との出逢いや関係を知っているだけに殊更触れないのかも知れない。まして猫の事は全く知らないだけに共通の話題が無いのだ。女はニューヨークの娘の生活を毎日の様に電話を掛けて知っていると言った。「学校でネ、セントラル・パーク横のマンションから通学していると言うと皆驚くそうヨ。あそこにマンションを持っているなんて相当のお金持ちに成るらしいの」「そりゃあ、そうだろう。グーグル・アースでマンションの写真を観たけれど超高層の高級マンションだった」そう言いながら、そのマンションを手放さざるを得なかった事情を想うと話は途切れた。(5月上旬へつづく)
2012/04/22
コメント(0)
![]()
ココ百景(39) 生後、半年ほど経って避妊手術を受けさせようと見計らっていた頃のココが、ガーデン・テーブルで寛いでいる光景である。だから未だ幼い顔をしている。白黒の柄が大分ハッキリして来たが、大人には成りきっていないから体毛も短い。全体に白っぽくスマートな猫だった。今ではよく肥って丸くコロコロした縫いぐるみ(ラグドール)そのものに成ってしまったが、かつての細い身体をしていたのが丸で嘘のような気がする。ラグドール種は大型の猫で、オスの場合は6kg位の仔犬の様になるという。メスの場合は少し小ぶりで、それでも隣家のモモ(アメリカン・ショートヘア種)よりも大きい。小説「猫と女と」(2) 飼い猫が自宅の周りだけでなく近所の家々へも行く様になって自分のテリトリーが拡大し確保されて行くに連れ、我が物顔で我が家の庭に闖入していた隣家の猫が来なくなった。それは当初の思惑通りで満足出来るものだった。ところが勝手なもので、逆に来なく成ればなったで少し寂しい気もする。「仔猫を貰ってくれない?」と女から頼まれ、軽く承知した心の底には、隣家の悪猫対策に成るかも知れないという淡い期待もあった。隣家の飼い猫が我が家の庭に糞をして臭って困っていた。「あなた、一寸来てくれない?」ある晴れた日の午後、ガーデニングをしている妻が声を掛けて来た事があった。花壇で雑草を取ったり花柄の手入れをしているのを遠目で見ながらゴルフのピッチング練習をしている時だった。ボールの転がり具合が上手く行き出した矢先だっただけに生返事をしただけで練習を続けていると再度呼ぶ声がした。 ピッチング・ウェッジを打ち込む位置が正確に成り、ボールの飛距離も落下地点も同じ様に成って来た時だけに妻の声が煩わしかった。仕方無く如何にも面倒くさいという風にクラブを握ったまま花壇の方へ行くと「何か、臭うでしょ?」と言う。「花かい?」「いいえ、花は良い香りヨ。垣根辺りから変な臭いがしない?」言われるまま境界線の垣根へ行き、貝塚伊吹の根元を眺め、ゴルフ・クラブで枯葉を引っ掻いてみた。数回同じ様な仕草をしながら移動して行くと小さな黒い塊がポロリと現れた。「在った、在った!猫の糞だ。また、モモがやりやがったな。しょうがない奴だ!」とつい言ってしまった。「やっぱりネ。どうも臭うと想ったのヨ」妻は納得した顔で言った。「糞うッ!」納屋からスコップを持って来ると私は土と一緒にすくい上げて「持ち主に返しておこう!」と垣根越しに隣家の庭へばら撒いた。 「あら、大丈夫?お隣さんの庭に放り投げても・・・」「大丈夫さ、自分の飼いネコがした粗相だから・・・」と当然の様に撒いてから、今年に入って何回目になるだろうと数えてみた。平均すれば月に数度の割で放り投げ入れているから相当の量になる筈だ。多分、隣家でも気がついているだろう。今のところ文句の一つも出て居ないからモモが粗相したものと納得しているのだろう。もし、文句を言って来たら逆に文句を言ってやらねばならない。言わないと分からない飼い主なのだ。それけに、こちらからわざわざ出掛けて行ってまで文句を言う気にも成れない。もし臭いが気になるぐらいなら既にモモの糞の処理はしている筈だし、ちゃんとした躾もしている筈なのだ。ところが、隣家の夫人は見掛けに依らずだらし無い性格なのか糞トレーなぞ用意もせず、糞用の砂だけを袋のまま端を少し破って縁側の外にばら撒いてあるのが垣根越しに観えるだけだ。 それだけに猫にすれば決められた場所で用を足すでなく、何処でも好きな処でやる事になり、柔らかな土の花壇とか人目に付き難い垣根の根元で用を足すのが当たり前になっている。猫の本能の穴を掘って糞を隠す猫ババ状態なら臭いも余りして来ないのだろうが、枯葉があるからそれを被せてその気に成っているらしい。日頃から厚化粧の夫人は外出する時は大層めかし込んでいる。そのくせペットの世話を焼くのが面倒らしく躾や手入れなぞやった事が無いらしい。通いの家政婦は猫の面倒なぞ全くみないから躾の出来て居ない猫はココが来るまではこの辺りを勝手放題好きな様にしていた。ところが、ココが来て、糞トレーを外に置く様になってからはモモもそれを使う様になった。仔猫のココは相使いでも怒らなかった。モモが姉の様に想えたのだろう。しかし、それもココが一年経って大人に成った頃からモモを威嚇し排除する様になった。 ココに追いやられたモモは、それ以来、我が家には近付かない様に成って行き、それまでのモモの指定席だった場所はココが居座る様になった。一年経ってようやく思惑通りに成った訳だ。「やっと一年が経って、大人の猫に成ったヨ」久々に女に電話を掛け、その事を言った。「あら、そう?白と黒の模様が綺麗でしょ?」「パンダの様な猫だねえ」「如何にも高級そうな猫に観えるでしょ?」「そうそう、来客が皆、綺麗な猫だと言っている。人懐っこくて、誰にでも愛想を振りまいている。木登りが上手くてネ、気性が荒いけど、あれの親はどうなの?兄弟が居る?」「もう一匹、友達の処に居るワ。そっちの方は大層大人しいのヨ。同じ血でも気性の違いが出るのか知らねえ。写真を舞子に見せたら喜んで居たワ。亦、新しい写真を頂戴ネ」女は娘の事を言った。会った事も無い娘は、マンションのテーブルに置かれた写真でしか知らなかった。 可愛い顔だが何処にでも居るタイプの現代的な少女という感じだった。母親にも父親にも似ていず、父親は娘を溺愛していると女は言い、目がない割には、ニューヨークでの生活がどの様なものであったかデザイン事務所では一切言わなかった。ビジネスだけの付き合いだけに私生活は無関係と想っているのだろう。が、女と私との出逢いや関係を知っているだけに殊更触れないのかも知れない。まして猫の事は全く知らないだけに共通の話題が無いのだ。女はニューヨークの娘の生活を毎日の様に電話を掛けて知っていると言った。「学校でネ、セントラル・パーク横のマンションから通学していると言うと皆驚くそうヨ。あそこにマンションを持っているなんて相当のお金持ちに成るらしいの」「そりゃあ、そうだろう。グーグル・アースでマンションの写真を観たけれど超高層の高級マンションだった」そう言いながら、そのマンションを手放さざるを得なかった事情を想うと話は途切れた。(5月上旬へつづく)
2012/04/21
コメント(0)
![]()
ココ百景(38) ココがお気に入りの場所である高野槇の下で丸く成って居眠っている処である。高野槇の周りはサツキで囲まれている為に外からは観えず、外の状態はサツキの隙間から観えるので安心して寛げ、少々の雨露や強い陽差しをも遮る事が出来る安全な場所である。其処にはススキの穂を細かく切ったクッションを敷き詰めてあるから地面の湿気も適当に遮断され快適なベッドにも成っている。10年ほど前からモモがお気に入りの場所にしていた処だった。ココは大人に成った5年ほど前からモモを追い出しで自分の場にしたのだ。ココが其処で居眠りする様になってからは毎年その年のススキの穂を敷き詰めてやる事にしたので、お気に入りの座は定着した訳だ。小説「猫と女と」(2) 飼い猫が自宅の周りだけでなく近所の家々へも行く様になって自分のテリトリーが拡大し確保されて行くに連れ、我が物顔で我が家の庭に闖入していた隣家の猫が来なくなった。それは当初の思惑通りで満足出来るものだった。ところが勝手なもので、逆に来なく成ればなったで少し寂しい気もする。「仔猫を貰ってくれない?」と女から頼まれ、軽く承知した心の底には、隣家の悪猫対策に成るかも知れないという淡い期待もあった。隣家の飼い猫が我が家の庭に糞をして臭って困っていた。「あなた、一寸来てくれない?」ある晴れた日の午後、ガーデニングをしている妻が声を掛けて来た事があった。花壇で雑草を取ったり花柄の手入れをしているのを遠目で見ながらゴルフのピッチング練習をしている時だった。ボールの転がり具合が上手く行き出した矢先だっただけに生返事をしただけで練習を続けていると再度呼ぶ声がした。 ピッチング・ウェッジを打ち込む位置が正確に成り、ボールの飛距離も落下地点も同じ様に成って来た時だけに妻の声が煩わしかった。仕方無く如何にも面倒くさいという風にクラブを握ったまま花壇の方へ行くと「何か、臭うでしょ?」と言う。「花かい?」「いいえ、花は良い香りヨ。垣根辺りから変な臭いがしない?」言われるまま境界線の垣根へ行き、貝塚伊吹の根元を眺め、ゴルフ・クラブで枯葉を引っ掻いてみた。数回同じ様な仕草をしながら移動して行くと小さな黒い塊がポロリと現れた。「在った、在った!猫の糞だ。また、モモがやりやがったな。しょうがない奴だ!」とつい言ってしまった。「やっぱりネ。どうも臭うと想ったのヨ」妻は納得した顔で言った。「糞うッ!」納屋からスコップを持って来ると私は土と一緒にすくい上げて「持ち主に返しておこう!」と垣根越しに隣家の庭へばら撒いた。 「あら、大丈夫?お隣さんの庭に放り投げても・・・」「大丈夫さ、自分の飼いネコがした粗相だから・・・」と当然の様に撒いてから、今年に入って何回目になるだろうと数えてみた。平均すれば月に数度の割で放り投げ入れているから相当の量になる筈だ。多分、隣家でも気がついているだろう。今のところ文句の一つも出て居ないからモモが粗相したものと納得しているのだろう。もし、文句を言って来たら逆に文句を言ってやらねばならない。言わないと分からない飼い主なのだ。それけに、こちらからわざわざ出掛けて行ってまで文句を言う気にも成れない。もし臭いが気になるぐらいなら既にモモの糞の処理はしている筈だし、ちゃんとした躾もしている筈なのだ。ところが、隣家の夫人は見掛けに依らずだらし無い性格なのか糞トレーなぞ用意もせず、糞用の砂だけを袋のまま端を少し破って縁側の外にばら撒いてあるのが垣根越しに観えるだけだ。 それだけに猫にすれば決められた場所で用を足すでなく、何処でも好きな処でやる事になり、柔らかな土の花壇とか人目に付き難い垣根の根元で用を足すのが当たり前になっている。猫の本能の穴を掘って糞を隠す猫ババ状態なら臭いも余りして来ないのだろうが、枯葉があるからそれを被せてその気に成っているらしい。日頃から厚化粧の夫人は外出する時は大層めかし込んでいる。そのくせペットの世話を焼くのが面倒らしく躾や手入れなぞやった事が無いらしい。通いの家政婦は猫の面倒なぞ全くみないから躾の出来て居ない猫はココが来るまではこの辺りを勝手放題好きな様にしていた。ところが、ココが来て、糞トレーを外に置く様になってからはモモもそれを使う様になった。仔猫のココは相使いでも怒らなかった。モモが姉の様に想えたのだろう。しかし、それもココが一年経って大人に成った頃からモモを威嚇し排除する様になった。 ココに追いやられたモモは、それ以来、我が家には近付かない様に成って行き、それまでのモモの指定席だった場所はココが居座る様になった。一年経ってようやく思惑通りに成った訳だ。「やっと一年が経って、大人の猫に成ったヨ」久々に女に電話を掛け、その事を言った。「あら、そう?白と黒の模様が綺麗でしょ?」「パンダの様な猫だねえ」「如何にも高級そうな猫に観えるでしょ?」「そうそう、来客が皆、綺麗な猫だと言っている。人懐っこくて、誰にでも愛想を振りまいている。木登りが上手くてネ、気性が荒いけど、あれの親はどうなの?兄弟が居る?」「もう一匹、友達の処に居るワ。そっちの方は大層大人しいのヨ。同じ血でも気性の違いが出るのか知らねえ。写真を舞子に見せたら喜んで居たワ。亦、新しい写真を頂戴ネ」女は娘の事を言った。会った事も無い娘は、マンションのテーブルに置かれた写真でしか知らなかった。 可愛い顔だが何処にでも居るタイプの現代的な少女という感じだった。母親にも父親にも似ていず、父親は娘を溺愛していると女は言い、目がない割には、ニューヨークでの生活がどの様なものであったかデザイン事務所では一切言わなかった。ビジネスだけの付き合いだけに私生活は無関係と想っているのだろう。が、女と私との出逢いや関係を知っているだけに殊更触れないのかも知れない。まして猫の事は全く知らないだけに共通の話題が無いのだ。女はニューヨークの娘の生活を毎日の様に電話を掛けて知っていると言った。「学校でネ、セントラル・パーク横のマンションから通学していると言うと皆驚くそうヨ。あそこにマンションを持っているなんて相当のお金持ちに成るらしいの」「そりゃあ、そうだろう。グーグル・アースでマンションの写真を観たけれど超高層の高級マンションだった」そう言いながら、そのマンションを手放さざるを得なかった事情を想うと話は途切れた。(5月上旬へつづく)
2012/04/20
コメント(0)
![]()
ココ百景(37) ココがフローリングの居間から勝手口のあるユーティりティのガラス戸に向かって居る。尻尾を立てている時は警戒をせず、のんびりと行動している表れである。これからガラス戸を開けて貰えるものとココは信じて居る。自分で開ける事が出来るのに開けようとはしないところが横着なのか賢いのか分からない。どうせ開けた処で勝手口のドアは自分では開けられないから、それなら両方とも人間に開けさせようと想って居るのだ。それなら「ニャア(開けて頂戴)!」とでも言えば家人は気がつくのだが、黙ってガラス戸に向かって座っているだけだから時間が掛かる。急いで出たい時にも啼かない。その代わり別の行動を起こして開けさせる合図をする。それは流しの横にある出窓の配膳台に乗る事である。妻が嫌がる行為だから仕方なく彼女は開けてやる事になる。小説「猫と女と」(2) 飼い猫が自宅の周りだけでなく近所の家々へも行く様になって自分のテリトリーが拡大し確保されて行くに連れ、我が物顔で我が家の庭に闖入していた隣家の猫が来なくなった。それは当初の思惑通りで満足出来るものだった。ところが勝手なもので、逆に来なく成ればなったで少し寂しい気もする。「仔猫を貰ってくれない?」と女から頼まれ、軽く承知した心の底には、隣家の悪猫対策に成るかも知れないという淡い期待もあった。隣家の飼い猫が我が家の庭に糞をして臭って困っていた。「あなた、一寸来てくれない?」ある晴れた日の午後、ガーデニングをしている妻が声を掛けて来た事があった。花壇で雑草を取ったり花柄の手入れをしているのを遠目で見ながらゴルフのピッチング練習をしている時だった。ボールの転がり具合が上手く行き出した矢先だっただけに生返事をしただけで練習を続けていると再度呼ぶ声がした。 ピッチング・ウェッジを打ち込む位置が正確に成り、ボールの飛距離も落下地点も同じ様に成って来た時だけに妻の声が煩わしかった。仕方無く如何にも面倒くさいという風にクラブを握ったまま花壇の方へ行くと「何か、臭うでしょ?」と言う。「花かい?」「いいえ、花は良い香りヨ。垣根辺りから変な臭いがしない?」言われるまま境界線の垣根へ行き、貝塚伊吹の根元を眺め、ゴルフ・クラブで枯葉を引っ掻いてみた。数回同じ様な仕草をしながら移動して行くと小さな黒い塊がポロリと現れた。「在った、在った!猫の糞だ。また、モモがやりやがったな。しょうがない奴だ!」とつい言ってしまった。「やっぱりネ。どうも臭うと想ったのヨ」妻は納得した顔で言った。「糞うッ!」納屋からスコップを持って来ると私は土と一緒にすくい上げて「持ち主に返しておこう!」と垣根越しに隣家の庭へばら撒いた。 「あら、大丈夫?お隣さんの庭に放り投げても・・・」「大丈夫さ、自分の飼いネコがした粗相だから・・・」と当然の様に撒いてから、今年に入って何回目になるだろうと数えてみた。平均すれば月に数度の割で放り投げ入れているから相当の量になる筈だ。多分、隣家でも気がついているだろう。今のところ文句の一つも出て居ないからモモが粗相したものと納得しているのだろう。もし、文句を言って来たら逆に文句を言ってやらねばならない。言わないと分からない飼い主なのだ。それけに、こちらからわざわざ出掛けて行ってまで文句を言う気にも成れない。もし臭いが気になるぐらいなら既にモモの糞の処理はしている筈だし、ちゃんとした躾もしている筈なのだ。ところが、隣家の夫人は見掛けに依らずだらし無い性格なのか糞トレーなぞ用意もせず、糞用の砂だけを袋のまま端を少し破って縁側の外にばら撒いてあるのが垣根越しに観えるだけだ。 それだけに猫にすれば決められた場所で用を足すでなく、何処でも好きな処でやる事になり、柔らかな土の花壇とか人目に付き難い垣根の根元で用を足すのが当たり前になっている。猫の本能の穴を掘って糞を隠す猫ババ状態なら臭いも余りして来ないのだろうが、枯葉があるからそれを被せてその気に成っているらしい。日頃から厚化粧の夫人は外出する時は大層めかし込んでいる。そのくせペットの世話を焼くのが面倒らしく躾や手入れなぞやった事が無いらしい。通いの家政婦は猫の面倒なぞ全くみないから躾の出来て居ない猫はココが来るまではこの辺りを勝手放題好きな様にしていた。ところが、ココが来て、糞トレーを外に置く様になってからはモモもそれを使う様になった。仔猫のココは相使いでも怒らなかった。モモが姉の様に想えたのだろう。しかし、それもココが一年経って大人に成った頃からモモを威嚇し排除する様になった。 ココに追いやられたモモは、それ以来、我が家には近付かない様に成って行き、それまでのモモの指定席だった場所はココが居座る様になった。一年経ってようやく思惑通りに成った訳だ。「やっと一年が経って、大人の猫に成ったヨ」久々に女に電話を掛け、その事を言った。「あら、そう?白と黒の模様が綺麗でしょ?」「パンダの様な猫だねえ」「如何にも高級そうな猫に観えるでしょ?」「そうそう、来客が皆、綺麗な猫だと言っている。人懐っこくて、誰にでも愛想を振りまいている。木登りが上手くてネ、気性が荒いけど、あれの親はどうなの?兄弟が居る?」「もう一匹、友達の処に居るワ。そっちの方は大層大人しいのヨ。同じ血でも気性の違いが出るのか知らねえ。写真を舞子に見せたら喜んで居たワ。亦、新しい写真を頂戴ネ」女は娘の事を言った。会った事も無い娘は、マンションのテーブルに置かれた写真でしか知らなかった。 可愛い顔だが何処にでも居るタイプの現代的な少女という感じだった。母親にも父親にも似ていず、父親は娘を溺愛していると女は言い、目がない割には、ニューヨークでの生活がどの様なものであったかデザイン事務所では一切言わなかった。ビジネスだけの付き合いだけに私生活は無関係と想っているのだろう。が、女と私との出逢いや関係を知っているだけに殊更触れないのかも知れない。まして猫の事は全く知らないだけに共通の話題が無いのだ。女はニューヨークの娘の生活を毎日の様に電話を掛けて知っていると言った。「学校でネ、セントラル・パーク横のマンションから通学していると言うと皆驚くそうヨ。あそこにマンションを持っているなんて相当のお金持ちに成るらしいの」「そりゃあ、そうだろう。グーグル・アースでマンションの写真を観たけれど超高層の高級マンションだった」そう言いながら、そのマンションを手放さざるを得なかった事情を想うと話は途切れた。(5月上旬へつづく)
2012/04/19
コメント(0)
![]()
ココ百景(36) ココはラグドール種で体毛が細くて長いから、後足で首を掻いている時なぞ抜け毛がフワフワと空中を舞う。普通の状態では舞っている状態は観えないが、逆行の場合に舞い上がったり散って行くのが分かる。だから絶えず部屋の掃除は欠かせない。多分、アレルギー体質の人ならクシャミが出るのではないだろうか。そういう人は小鳥でも同じ様な反応を示すらしい。体毛は、カーペットにひっつき易いから週に一度は粘着テープのローラーで掃除する。20畳程の広さの書斎に敷いた絨毯は比較的明るい色合いだけに体毛は分かり難いが、ローラーで掃除すると実に沢山の体毛が落ちて居るのに驚く。フローロングの部屋は体毛は綿ぼこりになって固まっているから掃除が楽なのに、絨毯は手間が掛かるので大変だ。そんな事は露とも知らず、のんびりと今日もココは絨毯に寝て居る。小説「猫と女と」(2) 飼い猫が自宅の周りだけでなく近所の家々へも行く様になって自分のテリトリーが拡大し確保されて行くに連れ、我が物顔で我が家の庭に闖入していた隣家の猫が来なくなった。それは当初の思惑通りで満足出来るものだった。ところが勝手なもので、逆に来なく成ればなったで少し寂しい気もする。「仔猫を貰ってくれない?」と女から頼まれ、軽く承知した心の底には、隣家の悪猫対策に成るかも知れないという淡い期待もあった。隣家の飼い猫が我が家の庭に糞をして臭って困っていた。「あなた、一寸来てくれない?」ある晴れた日の午後、ガーデニングをしている妻が声を掛けて来た事があった。花壇で雑草を取ったり花柄の手入れをしているのを遠目で見ながらゴルフのピッチング練習をしている時だった。ボールの転がり具合が上手く行き出した矢先だっただけに生返事をしただけで練習を続けていると再度呼ぶ声がした。 ピッチング・ウェッジを打ち込む位置が正確に成り、ボールの飛距離も落下地点も同じ様に成って来た時だけに妻の声が煩わしかった。仕方無く如何にも面倒くさいという風にクラブを握ったまま花壇の方へ行くと「何か、臭うでしょ?」と言う。「花かい?」「いいえ、花は良い香りヨ。垣根辺りから変な臭いがしない?」言われるまま境界線の垣根へ行き、貝塚伊吹の根元を眺め、ゴルフ・クラブで枯葉を引っ掻いてみた。数回同じ様な仕草をしながら移動して行くと小さな黒い塊がポロリと現れた。「在った、在った!猫の糞だ。また、モモがやりやがったな。しょうがない奴だ!」とつい言ってしまった。「やっぱりネ。どうも臭うと想ったのヨ」妻は納得した顔で言った。「糞うッ!」納屋からスコップを持って来ると私は土と一緒にすくい上げて「持ち主に返しておこう!」と垣根越しに隣家の庭へばら撒いた。 「あら、大丈夫?お隣さんの庭に放り投げても・・・」「大丈夫さ、自分の飼いネコがした粗相だから・・・」と当然の様に撒いてから、今年に入って何回目になるだろうと数えてみた。平均すれば月に数度の割で放り投げ入れているから相当の量になる筈だ。多分、隣家でも気がついているだろう。今のところ文句の一つも出て居ないからモモが粗相したものと納得しているのだろう。もし、文句を言って来たら逆に文句を言ってやらねばならない。言わないと分からない飼い主なのだ。それけに、こちらからわざわざ出掛けて行ってまで文句を言う気にも成れない。もし臭いが気になるぐらいなら既にモモの糞の処理はしている筈だし、ちゃんとした躾もしている筈なのだ。ところが、隣家の夫人は見掛けに依らずだらし無い性格なのか糞トレーなぞ用意もせず、糞用の砂だけを袋のまま端を少し破って縁側の外にばら撒いてあるのが垣根越しに観えるだけだ。 それだけに猫にすれば決められた場所で用を足すでなく、何処でも好きな処でやる事になり、柔らかな土の花壇とか人目に付き難い垣根の根元で用を足すのが当たり前になっている。猫の本能の穴を掘って糞を隠す猫ババ状態なら臭いも余りして来ないのだろうが、枯葉があるからそれを被せてその気に成っているらしい。日頃から厚化粧の夫人は外出する時は大層めかし込んでいる。そのくせペットの世話を焼くのが面倒らしく躾や手入れなぞやった事が無いらしい。通いの家政婦は猫の面倒なぞ全くみないから躾の出来て居ない猫はココが来るまではこの辺りを勝手放題好きな様にしていた。ところが、ココが来て、糞トレーを外に置く様になってからはモモもそれを使う様になった。仔猫のココは相使いでも怒らなかった。モモが姉の様に想えたのだろう。しかし、それもココが一年経って大人に成った頃からモモを威嚇し排除する様になった。 ココに追いやられたモモは、それ以来、我が家には近付かない様に成って行き、それまでのモモの指定席だった場所はココが居座る様になった。一年経ってようやく思惑通りに成った訳だ。「やっと一年が経って、大人の猫に成ったヨ」久々に女に電話を掛け、その事を言った。「あら、そう?白と黒の模様が綺麗でしょ?」「パンダの様な猫だねえ」「如何にも高級そうな猫に観えるでしょ?」「そうそう、来客が皆、綺麗な猫だと言っている。人懐っこくて、誰にでも愛想を振りまいている。木登りが上手くてネ、気性が荒いけど、あれの親はどうなの?兄弟が居る?」「もう一匹、友達の処に居るワ。そっちの方は大層大人しいのヨ。同じ血でも気性の違いが出るのか知らねえ。写真を舞子に見せたら喜んで居たワ。亦、新しい写真を頂戴ネ」女は娘の事を言った。会った事も無い娘は、マンションのテーブルに置かれた写真でしか知らなかった。 可愛い顔だが何処にでも居るタイプの現代的な少女という感じだった。母親にも父親にも似ていず、父親は娘を溺愛していると女は言い、目がない割には、ニューヨークでの生活がどの様なものであったかデザイン事務所では一切言わなかった。ビジネスだけの付き合いだけに私生活は無関係と想っているのだろう。が、女と私との出逢いや関係を知っているだけに殊更触れないのかも知れない。まして猫の事は全く知らないだけに共通の話題が無いのだ。女はニューヨークの娘の生活を毎日の様に電話を掛けて知っていると言った。「学校でネ、セントラル・パーク横のマンションから通学していると言うと皆驚くそうヨ。あそこにマンションを持っているなんて相当のお金持ちに成るらしいの」「そりゃあ、そうだろう。グーグル・アースでマンションの写真を観たけれど超高層の高級マンションだった」そう言いながら、そのマンションを手放さざるを得なかった事情を想うと話は途切れた。(5月上旬へつづく)
2012/04/18
コメント(0)
![]()
ココ百景(35) 猫の居眠り光景は珍しくも無いが、日溜まりに横に成って気持ち良さそうにしている姿は平和そのものである。カーテンは2年前に新しく入れ替えた。カーテンというものは案外長持ちするもので、以前のは30年以上も持った。ピアノを置く為に書斎を少し広げたのが32年前の事で、その際ピアノ補強の基礎を施しておいた。ピアノは誰も弾かなくなったので近所の保育園に寄付した。ピアノ跡には大理石のテーブルを置いた。当然ながら頑丈な床はビクともしなかった。その横でココが優雅に居眠りをする様になった。時代が変われば風景も変わるものである。小説「猫と女と」(2) 飼い猫が自宅の周りだけでなく近所の家々へも行く様になって自分のテリトリーが拡大し確保されて行くに連れ、我が物顔で我が家の庭に闖入していた隣家の猫が来なくなった。それは当初の思惑通りで満足出来るものだった。ところが勝手なもので、逆に来なく成ればなったで少し寂しい気もする。「仔猫を貰ってくれない?」と女から頼まれ、軽く承知した心の底には、隣家の悪猫対策に成るかも知れないという淡い期待もあった。隣家の飼い猫が我が家の庭に糞をして臭って困っていた。「あなた、一寸来てくれない?」ある晴れた日の午後、ガーデニングをしている妻が声を掛けて来た事があった。花壇で雑草を取ったり花柄の手入れをしているのを遠目で見ながらゴルフのピッチング練習をしている時だった。ボールの転がり具合が上手く行き出した矢先だっただけに生返事をしただけで練習を続けていると再度呼ぶ声がした。 ピッチング・ウェッジを打ち込む位置が正確に成り、ボールの飛距離も落下地点も同じ様に成って来た時だけに妻の声が煩わしかった。仕方無く如何にも面倒くさいという風にクラブを握ったまま花壇の方へ行くと「何か、臭うでしょ?」と言う。「花かい?」「いいえ、花は良い香りヨ。垣根辺りから変な臭いがしない?」言われるまま境界線の垣根へ行き、貝塚伊吹の根元を眺め、ゴルフ・クラブで枯葉を引っ掻いてみた。数回同じ様な仕草をしながら移動して行くと小さな黒い塊がポロリと現れた。「在った、在った!猫の糞だ。また、モモがやりやがったな。しょうがない奴だ!」とつい言ってしまった。「やっぱりネ。どうも臭うと想ったのヨ」妻は納得した顔で言った。「糞うッ!」納屋からスコップを持って来ると私は土と一緒にすくい上げて「持ち主に返しておこう!」と垣根越しに隣家の庭へばら撒いた。 「あら、大丈夫?お隣さんの庭に放り投げても・・・」「大丈夫さ、自分の飼いネコがした粗相だから・・・」と当然の様に撒いてから、今年に入って何回目になるだろうと数えてみた。平均すれば月に数度の割で放り投げ入れているから相当の量になる筈だ。多分、隣家でも気がついているだろう。今のところ文句の一つも出て居ないからモモが粗相したものと納得しているのだろう。もし、文句を言って来たら逆に文句を言ってやらねばならない。言わないと分からない飼い主なのだ。それけに、こちらからわざわざ出掛けて行ってまで文句を言う気にも成れない。もし臭いが気になるぐらいなら既にモモの糞の処理はしている筈だし、ちゃんとした躾もしている筈なのだ。ところが、隣家の夫人は見掛けに依らずだらし無い性格なのか糞トレーなぞ用意もせず、糞用の砂だけを袋のまま端を少し破って縁側の外にばら撒いてあるのが垣根越しに観えるだけだ。 それだけに猫にすれば決められた場所で用を足すでなく、何処でも好きな処でやる事になり、柔らかな土の花壇とか人目に付き難い垣根の根元で用を足すのが当たり前になっている。猫の本能の穴を掘って糞を隠す猫ババ状態なら臭いも余りして来ないのだろうが、枯葉があるからそれを被せてその気に成っているらしい。日頃から厚化粧の夫人は外出する時は大層めかし込んでいる。そのくせペットの世話を焼くのが面倒らしく躾や手入れなぞやった事が無いらしい。通いの家政婦は猫の面倒なぞ全くみないから躾の出来て居ない猫はココが来るまではこの辺りを勝手放題好きな様にしていた。ところが、ココが来て、糞トレーを外に置く様になってからはモモもそれを使う様になった。仔猫のココは相使いでも怒らなかった。モモが姉の様に想えたのだろう。しかし、それもココが一年経って大人に成った頃からモモを威嚇し排除する様になった。 ココに追いやられたモモは、それ以来、我が家には近付かない様に成って行き、それまでのモモの指定席だった場所はココが居座る様になった。一年経ってようやく思惑通りに成った訳だ。「やっと一年が経って、大人の猫に成ったヨ」久々に女に電話を掛け、その事を言った。「あら、そう?白と黒の模様が綺麗でしょ?」「パンダの様な猫だねえ」「如何にも高級そうな猫に観えるでしょ?」「そうそう、来客が皆、綺麗な猫だと言っている。人懐っこくて、誰にでも愛想を振りまいている。木登りが上手くてネ、気性が荒いけど、あれの親はどうなの?兄弟が居る?」「もう一匹、友達の処に居るワ。そっちの方は大層大人しいのヨ。同じ血でも気性の違いが出るのか知らねえ。写真を舞子に見せたら喜んで居たワ。亦、新しい写真を頂戴ネ」女は娘の事を言った。会った事も無い娘は、マンションのテーブルに置かれた写真でしか知らなかった。 可愛い顔だが何処にでも居るタイプの現代的な少女という感じだった。母親にも父親にも似ていず、父親は娘を溺愛していると女は言い、目がない割には、ニューヨークでの生活がどの様なものであったかデザイン事務所では一切言わなかった。ビジネスだけの付き合いだけに私生活は無関係と想っているのだろう。が、女と私との出逢いや関係を知っているだけに殊更触れないのかも知れない。まして猫の事は全く知らないだけに共通の話題が無いのだ。女はニューヨークの娘の生活を毎日の様に電話を掛けて知っていると言った。「学校でネ、セントラル・パーク横のマンションから通学していると言うと皆驚くそうヨ。あそこにマンションを持っているなんて相当のお金持ちに成るらしいの」「そりゃあ、そうだろう。グーグル・アースでマンションの写真を観たけれど超高層の高級マンションだった」そう言いながら、そのマンションを手放さざるを得なかった事情を想うと話は途切れた。(5月上旬へつづく)
2012/04/17
コメント(0)
![]()
ココ百景(34) 日課のようにガレージの塀の上に乗って道路の光景を眺めているココの姿である。道を通る車や人を観て何が面白いのか知らないが必ず其処に居る時間が一日の大半である。雨天でも屋根があるから濡れない事もあって、暑くても寒くても居る。以前は隣家のモモ(アメリカン・ショートヘア種)が居座っていた場所だったが、5年ほど前に生後1年で大人に成ったココは、それまでの親分であったモモを閉めだして親分に成った。モモは今では老婆になって(隣家に住んで12年以上に成る)眠っている事が多く成ってめったに姿を現さない。猫の寿命は大体15年ぐらいだが、最近では人間と同じく長寿になって20年ぐらいのものも居る。人間で言えば100歳程度であろうか。ココは30代の女盛りである。但し、避妊処置を施してあるので中性である。小説「猫と女と」(2) 飼い猫が自宅の周りだけでなく近所の家々へも行く様になって自分のテリトリーが拡大し確保されて行くに連れ、我が物顔で我が家の庭に闖入していた隣家の猫が来なくなった。それは当初の思惑通りで満足出来るものだった。ところが勝手なもので、逆に来なく成ればなったで少し寂しい気もする。「仔猫を貰ってくれない?」と女から頼まれ、軽く承知した心の底には、隣家の悪猫対策に成るかも知れないという淡い期待もあった。隣家の飼い猫が我が家の庭に糞をして臭って困っていた。「あなた、一寸来てくれない?」ある晴れた日の午後、ガーデニングをしている妻が声を掛けて来た事があった。花壇で雑草を取ったり花柄の手入れをしているのを遠目で見ながらゴルフのピッチング練習をしている時だった。ボールの転がり具合が上手く行き出した矢先だっただけに生返事をしただけで練習を続けていると再度呼ぶ声がした。 ピッチング・ウェッジを打ち込む位置が正確に成り、ボールの飛距離も落下地点も同じ様に成って来た時だけに妻の声が煩わしかった。仕方無く如何にも面倒くさいという風にクラブを握ったまま花壇の方へ行くと「何か、臭うでしょ?」と言う。「花かい?」「いいえ、花は良い香りヨ。垣根辺りから変な臭いがしない?」言われるまま境界線の垣根へ行き、貝塚伊吹の根元を眺め、ゴルフ・クラブで枯葉を引っ掻いてみた。数回同じ様な仕草をしながら移動して行くと小さな黒い塊がポロリと現れた。「在った、在った!猫の糞だ。また、モモがやりやがったな。しょうがない奴だ!」とつい言ってしまった。「やっぱりネ。どうも臭うと想ったのヨ」妻は納得した顔で言った。「糞うッ!」納屋からスコップを持って来ると私は土と一緒にすくい上げて「持ち主に返しておこう!」と垣根越しに隣家の庭へばら撒いた。 「あら、大丈夫?お隣さんの庭に放り投げても・・・」「大丈夫さ、自分の飼いネコがした粗相だから・・・」と当然の様に撒いてから、今年に入って何回目になるだろうと数えてみた。平均すれば月に数度の割で放り投げ入れているから相当の量になる筈だ。多分、隣家でも気がついているだろう。今のところ文句の一つも出て居ないからモモが粗相したものと納得しているのだろう。もし、文句を言って来たら逆に文句を言ってやらねばならない。言わないと分からない飼い主なのだ。それけに、こちらからわざわざ出掛けて行ってまで文句を言う気にも成れない。もし臭いが気になるぐらいなら既にモモの糞の処理はしている筈だし、ちゃんとした躾もしている筈なのだ。ところが、隣家の夫人は見掛けに依らずだらし無い性格なのか糞トレーなぞ用意もせず、糞用の砂だけを袋のまま端を少し破って縁側の外にばら撒いてあるのが垣根越しに観えるだけだ。 それだけに猫にすれば決められた場所で用を足すでなく、何処でも好きな処でやる事になり、柔らかな土の花壇とか人目に付き難い垣根の根元で用を足すのが当たり前になっている。猫の本能の穴を掘って糞を隠す猫ババ状態なら臭いも余りして来ないのだろうが、枯葉があるからそれを被せてその気に成っているらしい。日頃から厚化粧の夫人は外出する時は大層めかし込んでいる。そのくせペットの世話を焼くのが面倒らしく躾や手入れなぞやった事が無いらしい。通いの家政婦は猫の面倒なぞ全くみないから躾の出来て居ない猫はココが来るまではこの辺りを勝手放題好きな様にしていた。ところが、ココが来て、糞トレーを外に置く様になってからはモモもそれを使う様になった。仔猫のココは相使いでも怒らなかった。モモが姉の様に想えたのだろう。しかし、それもココが一年経って大人に成った頃からモモを威嚇し排除する様になった。 ココに追いやられたモモは、それ以来、我が家には近付かない様に成って行き、それまでのモモの指定席だった場所はココが居座る様になった。一年経ってようやく思惑通りに成った訳だ。「やっと一年が経って、大人の猫に成ったヨ」久々に女に電話を掛け、その事を言った。「あら、そう?白と黒の模様が綺麗でしょ?」「パンダの様な猫だねえ」「如何にも高級そうな猫に観えるでしょ?」「そうそう、来客が皆、綺麗な猫だと言っている。人懐っこくて、誰にでも愛想を振りまいている。木登りが上手くてネ、気性が荒いけど、あれの親はどうなの?兄弟が居る?」「もう一匹、友達の処に居るワ。そっちの方は大層大人しいのヨ。同じ血でも気性の違いが出るのか知らねえ。写真を舞子に見せたら喜んで居たワ。亦、新しい写真を頂戴ネ」女は娘の事を言った。会った事も無い娘は、マンションのテーブルに置かれた写真でしか知らなかった。 可愛い顔だが何処にでも居るタイプの現代的な少女という感じだった。母親にも父親にも似ていず、父親は娘を溺愛していると女は言い、目がない割には、ニューヨークでの生活がどの様なものであったかデザイン事務所では一切言わなかった。ビジネスだけの付き合いだけに私生活は無関係と想っているのだろう。が、女と私との出逢いや関係を知っているだけに殊更触れないのかも知れない。まして猫の事は全く知らないだけに共通の話題が無いのだ。女はニューヨークの娘の生活を毎日の様に電話を掛けて知っていると言った。「学校でネ、セントラル・パーク横のマンションから通学していると言うと皆驚くそうヨ。あそこにマンションを持っているなんて相当のお金持ちに成るらしいの」「そりゃあ、そうだろう。グーグル・アースでマンションの写真を観たけれど超高層の高級マンションだった」そう言いながら、そのマンションを手放さざるを得なかった事情を想うと話は途切れた。(5月上旬へつづく)
2012/04/16
コメント(0)
![]()
ココ百景(33) ココは退屈すると何か新しい遊びをする。腹が減っていれば退屈もしないのだが、満腹になってジッとしているのにも飽き、庭に出るのも今一の時は、家の中で場所を替え目新しい事を探す。妻の寝室を覗いたり、浴室を覗いたり、吹き抜け階段を上がったり降りたり、果ては洗濯機の中に入ったりと何処にでも興味を持って冒険をするのである。この台所の電子レンジやトースターを置いてある棚の上は空調機があって近くから直接風を身体に受けるのが嫌なココは、書斎の飾棚とは違って殆ど乗らない場所なのだが、夏場と違って冬場は空調機は点けないから極たまに載る。そしてボクの座席の後にある棚の上の細々した物をしげしげと眺める。しかし、それらには余り興味が無い様で長続きはしない。猫の遊び道具にならないものばかり並んでいるのが分かって興味が失せてしまっているのだろう。小説「猫と女と」(2) 飼い猫が自宅の周りだけでなく近所の家々へも行く様になって自分のテリトリーが拡大し確保されて行くに連れ、我が物顔で我が家の庭に闖入していた隣家の猫が来なくなった。それは当初の思惑通りで満足出来るものだった。ところが勝手なもので、逆に来なく成ればなったで少し寂しい気もする。「仔猫を貰ってくれない?」と女から頼まれ、軽く承知した心の底には、隣家の悪猫対策に成るかも知れないという淡い期待もあった。隣家の飼い猫が我が家の庭に糞をして臭って困っていた。「あなた、一寸来てくれない?」ある晴れた日の午後、ガーデニングをしている妻が声を掛けて来た事があった。花壇で雑草を取ったり花柄の手入れをしているのを遠目で見ながらゴルフのピッチング練習をしている時だった。ボールの転がり具合が上手く行き出した矢先だっただけに生返事をしただけで練習を続けていると再度呼ぶ声がした。 ピッチング・ウェッジを打ち込む位置が正確に成り、ボールの飛距離も落下地点も同じ様に成って来た時だけに妻の声が煩わしかった。仕方無く如何にも面倒くさいという風にクラブを握ったまま花壇の方へ行くと「何か、臭うでしょ?」と言う。「花かい?」「いいえ、花は良い香りヨ。垣根辺りから変な臭いがしない?」言われるまま境界線の垣根へ行き、貝塚伊吹の根元を眺め、ゴルフ・クラブで枯葉を引っ掻いてみた。数回同じ様な仕草をしながら移動して行くと小さな黒い塊がポロリと現れた。「在った、在った!猫の糞だ。また、モモがやりやがったな。しょうがない奴だ!」とつい言ってしまった。「やっぱりネ。どうも臭うと想ったのヨ」妻は納得した顔で言った。「糞うッ!」納屋からスコップを持って来ると私は土と一緒にすくい上げて「持ち主に返しておこう!」と垣根越しに隣家の庭へばら撒いた。 「あら、大丈夫?お隣さんの庭に放り投げても・・・」「大丈夫さ、自分の飼いネコがした粗相だから・・・」と当然の様に撒いてから、今年に入って何回目になるだろうと数えてみた。平均すれば月に数度の割で放り投げ入れているから相当の量になる筈だ。多分、隣家でも気がついているだろう。今のところ文句の一つも出て居ないからモモが粗相したものと納得しているのだろう。もし、文句を言って来たら逆に文句を言ってやらねばならない。言わないと分からない飼い主なのだ。それけに、こちらからわざわざ出掛けて行ってまで文句を言う気にも成れない。もし臭いが気になるぐらいなら既にモモの糞の処理はしている筈だし、ちゃんとした躾もしている筈なのだ。ところが、隣家の夫人は見掛けに依らずだらし無い性格なのか糞トレーなぞ用意もせず、糞用の砂だけを袋のまま端を少し破って縁側の外にばら撒いてあるのが垣根越しに観えるだけだ。 それだけに猫にすれば決められた場所で用を足すでなく、何処でも好きな処でやる事になり、柔らかな土の花壇とか人目に付き難い垣根の根元で用を足すのが当たり前になっている。猫の本能の穴を掘って糞を隠す猫ババ状態なら臭いも余りして来ないのだろうが、枯葉があるからそれを被せてその気に成っているらしい。日頃から厚化粧の夫人は外出する時は大層めかし込んでいる。そのくせペットの世話を焼くのが面倒らしく躾や手入れなぞやった事が無いらしい。通いの家政婦は猫の面倒なぞ全くみないから躾の出来て居ない猫はココが来るまではこの辺りを勝手放題好きな様にしていた。ところが、ココが来て、糞トレーを外に置く様になってからはモモもそれを使う様になった。仔猫のココは相使いでも怒らなかった。モモが姉の様に想えたのだろう。しかし、それもココが一年経って大人に成った頃からモモを威嚇し排除する様になった。 ココに追いやられたモモは、それ以来、我が家には近付かない様に成って行き、それまでのモモの指定席だった場所はココが居座る様になった。一年経ってようやく思惑通りに成った訳だ。「やっと一年が経って、大人の猫に成ったヨ」久々に女に電話を掛け、その事を言った。「あら、そう?白と黒の模様が綺麗でしょ?」「パンダの様な猫だねえ」「如何にも高級そうな猫に観えるでしょ?」「そうそう、来客が皆、綺麗な猫だと言っている。人懐っこくて、誰にでも愛想を振りまいている。木登りが上手くてネ、気性が荒いけど、あれの親はどうなの?兄弟が居る?」「もう一匹、友達の処に居るワ。そっちの方は大層大人しいのヨ。同じ血でも気性の違いが出るのか知らねえ。写真を舞子に見せたら喜んで居たワ。亦、新しい写真を頂戴ネ」女は娘の事を言った。会った事も無い娘は、マンションのテーブルに置かれた写真でしか知らなかった。 可愛い顔だが何処にでも居るタイプの現代的な少女という感じだった。母親にも父親にも似ていず、父親は娘を溺愛していると女は言い、目がない割には、ニューヨークでの生活がどの様なものであったかデザイン事務所では一切言わなかった。ビジネスだけの付き合いだけに私生活は無関係と想っているのだろう。が、女と私との出逢いや関係を知っているだけに殊更触れないのかも知れない。まして猫の事は全く知らないだけに共通の話題が無いのだ。女はニューヨークの娘の生活を毎日の様に電話を掛けて知っていると言った。「学校でネ、セントラル・パーク横のマンションから通学していると言うと皆驚くそうヨ。あそこにマンションを持っているなんて相当のお金持ちに成るらしいの」「そりゃあ、そうだろう。グーグル・アースでマンションの写真を観たけれど超高層の高級マンションだった」そう言いながら、そのマンションを手放さざるを得なかった事情を想うと話は途切れた。(5月上旬へつづく)
2012/04/15
コメント(0)
![]()
ココ百景(32) ココが黙って大人しく居間の出入り口に座って居る理由は三つある。第一は、それ程、腹は減って居ないが何か美味しい物が欲しい時、第二は外へ遊びに行きたいのでガラス戸を開けて欲しい時、第三は、矢張り居間から出たいが、書斎への横のドアを開けて欲しい時である。書斎ではソファでごろ寝をする。そして気が向けば庭へ直ぐに出られる安心感がある。この写真は多分、夕食の準備を始めた妻の動向を眺めている処だと想える。人間の食べる物は総て美味しいものと想い込んで居るココは、少しでもお裾分けして欲しいのだ。一寸でも食べると満足する。人間と同じ物をを食べると言っても香辛料の強い物は駄目だが、猫は雑食だから大方の物は食べる。野菜でも魚や肉の味付けがしてあると食べる。自分も人間だと想っているから同じ様にして欲しいのだろう。小説「猫と女と」(2) 飼い猫が自宅の周りだけでなく近所の家々へも行く様になって自分のテリトリーが拡大し確保されて行くに連れ、我が物顔で我が家の庭に闖入していた隣家の猫が来なくなった。それは当初の思惑通りで満足出来るものだった。ところが勝手なもので、逆に来なく成ればなったで少し寂しい気もする。「仔猫を貰ってくれない?」と女から頼まれ、軽く承知した心の底には、隣家の悪猫対策に成るかも知れないという淡い期待もあった。隣家の飼い猫が我が家の庭に糞をして臭って困っていた。「あなた、一寸来てくれない?」ある晴れた日の午後、ガーデニングをしている妻が声を掛けて来た事があった。花壇で雑草を取ったり花柄の手入れをしているのを遠目で見ながらゴルフのピッチング練習をしている時だった。ボールの転がり具合が上手く行き出した矢先だっただけに生返事をしただけで練習を続けていると再度呼ぶ声がした。 ピッチング・ウェッジを打ち込む位置が正確に成り、ボールの飛距離も落下地点も同じ様に成って来た時だけに妻の声が煩わしかった。仕方無く如何にも面倒くさいという風にクラブを握ったまま花壇の方へ行くと「何か、臭うでしょ?」と言う。「花かい?」「いいえ、花は良い香りヨ。垣根辺りから変な臭いがしない?」言われるまま境界線の垣根へ行き、貝塚伊吹の根元を眺め、ゴルフ・クラブで枯葉を引っ掻いてみた。数回同じ様な仕草をしながら移動して行くと小さな黒い塊がポロリと現れた。「在った、在った!猫の糞だ。また、モモがやりやがったな。しょうがない奴だ!」とつい言ってしまった。「やっぱりネ。どうも臭うと想ったのヨ」妻は納得した顔で言った。「糞うッ!」納屋からスコップを持って来ると私は土と一緒にすくい上げて「持ち主に返しておこう!」と垣根越しに隣家の庭へばら撒いた。 「あら、大丈夫?お隣さんの庭に放り投げても・・・」「大丈夫さ、自分の飼いネコがした粗相だから・・・」と当然の様に撒いてから、今年に入って何回目になるだろうと数えてみた。平均すれば月に数度の割で放り投げ入れているから相当の量になる筈だ。多分、隣家でも気がついているだろう。今のところ文句の一つも出て居ないからモモが粗相したものと納得しているのだろう。もし、文句を言って来たら逆に文句を言ってやらねばならない。言わないと分からない飼い主なのだ。それけに、こちらからわざわざ出掛けて行ってまで文句を言う気にも成れない。もし臭いが気になるぐらいなら既にモモの糞の処理はしている筈だし、ちゃんとした躾もしている筈なのだ。ところが、隣家の夫人は見掛けに依らずだらし無い性格なのか糞トレーなぞ用意もせず、糞用の砂だけを袋のまま端を少し破って縁側の外にばら撒いてあるのが垣根越しに観えるだけだ。 それだけに猫にすれば決められた場所で用を足すでなく、何処でも好きな処でやる事になり、柔らかな土の花壇とか人目に付き難い垣根の根元で用を足すのが当たり前になっている。猫の本能の穴を掘って糞を隠す猫ババ状態なら臭いも余りして来ないのだろうが、枯葉があるからそれを被せてその気に成っているらしい。日頃から厚化粧の夫人は外出する時は大層めかし込んでいる。そのくせペットの世話を焼くのが面倒らしく躾や手入れなぞやった事が無いらしい。通いの家政婦は猫の面倒なぞ全くみないから躾の出来て居ない猫はココが来るまではこの辺りを勝手放題好きな様にしていた。ところが、ココが来て、糞トレーを外に置く様になってからはモモもそれを使う様になった。仔猫のココは相使いでも怒らなかった。モモが姉の様に想えたのだろう。しかし、それもココが一年経って大人に成った頃からモモを威嚇し排除する様になった。 ココに追いやられたモモは、それ以来、我が家には近付かない様に成って行き、それまでのモモの指定席だった場所はココが居座る様になった。一年経ってようやく思惑通りに成った訳だ。「やっと一年が経って、大人の猫に成ったヨ」久々に女に電話を掛け、その事を言った。「あら、そう?白と黒の模様が綺麗でしょ?」「パンダの様な猫だねえ」「如何にも高級そうな猫に観えるでしょ?」「そうそう、来客が皆、綺麗な猫だと言っている。人懐っこくて、誰にでも愛想を振りまいている。木登りが上手くてネ、気性が荒いけど、あれの親はどうなの?兄弟が居る?」「もう一匹、友達の処に居るワ。そっちの方は大層大人しいのヨ。同じ血でも気性の違いが出るのか知らねえ。写真を舞子に見せたら喜んで居たワ。亦、新しい写真を頂戴ネ」女は娘の事を言った。会った事も無い娘は、マンションのテーブルに置かれた写真でしか知らなかった。 可愛い顔だが何処にでも居るタイプの現代的な少女という感じだった。母親にも父親にも似ていず、父親は娘を溺愛していると女は言い、目がない割には、ニューヨークでの生活がどの様なものであったかデザイン事務所では一切言わなかった。ビジネスだけの付き合いだけに私生活は無関係と想っているのだろう。が、女と私との出逢いや関係を知っているだけに殊更触れないのかも知れない。まして猫の事は全く知らないだけに共通の話題が無いのだ。女はニューヨークの娘の生活を毎日の様に電話を掛けて知っていると言った。「学校でネ、セントラル・パーク横のマンションから通学していると言うと皆驚くそうヨ。あそこにマンションを持っているなんて相当のお金持ちに成るらしいの」「そりゃあ、そうだろう。グーグル・アースでマンションの写真を観たけれど超高層の高級マンションだった」そう言いながら、そのマンションを手放さざるを得なかった事情を想うと話は途切れた。(5月上旬へつづく)
2012/04/14
コメント(0)
![]()
ココ百景(31) 庭に出たいのか、出ないでジッと庭を眺めていたいのかココの気持ちが分からない時がある。寒い日なぞ出ずに温かい部屋から眺める癖があるが、少しでも天気が良くなると直ぐに想い直して出たいというポーズを取る。ポーズは、ボクのデスク周りをグルグル廻るかパソコンの上に乗る事で示す。「ニャア(出してヨ)!」とひと声出せば分かるのに黙っているのである。ラグドール種は大人しい猫で手が掛からないと言われているのに、うちのは神経質で啼けば五月蝿さがられると勝手に遠慮している風に観える。そのくせ家人には「ニャア(出してヨ)!」とか「ニャアッ!ニャアッ!(入れて頂戴)!」と五月蝿く啼くそうだ。ご主人さまの前では猫を被っているのだろうか。小説「猫と女と」(2) 飼い猫が自宅の周りだけでなく近所の家々へも行く様になって自分のテリトリーが拡大し確保されて行くに連れ、我が物顔で我が家の庭に闖入していた隣家の猫が来なくなった。それは当初の思惑通りで満足出来るものだった。ところが勝手なもので、逆に来なく成ればなったで少し寂しい気もする。「仔猫を貰ってくれない?」と女から頼まれ、軽く承知した心の底には、隣家の悪猫対策に成るかも知れないという淡い期待もあった。隣家の飼い猫が我が家の庭に糞をして臭って困っていた。「あなた、一寸来てくれない?」ある晴れた日の午後、ガーデニングをしている妻が声を掛けて来た事があった。花壇で雑草を取ったり花柄の手入れをしているのを遠目で見ながらゴルフのピッチング練習をしている時だった。ボールの転がり具合が上手く行き出した矢先だっただけに生返事をしただけで練習を続けていると再度呼ぶ声がした。 ピッチング・ウェッジを打ち込む位置が正確に成り、ボールの飛距離も落下地点も同じ様に成って来た時だけに妻の声が煩わしかった。仕方無く如何にも面倒くさいという風にクラブを握ったまま花壇の方へ行くと「何か、臭うでしょ?」と言う。「花かい?」「いいえ、花は良い香りヨ。垣根辺りから変な臭いがしない?」言われるまま境界線の垣根へ行き、貝塚伊吹の根元を眺め、ゴルフ・クラブで枯葉を引っ掻いてみた。数回同じ様な仕草をしながら移動して行くと小さな黒い塊がポロリと現れた。「在った、在った!猫の糞だ。また、モモがやりやがったな。しょうがない奴だ!」とつい言ってしまった。「やっぱりネ。どうも臭うと想ったのヨ」妻は納得した顔で言った。「糞うッ!」納屋からスコップを持って来ると私は土と一緒にすくい上げて「持ち主に返しておこう!」と垣根越しに隣家の庭へばら撒いた。 「あら、大丈夫?お隣さんの庭に放り投げても・・・」「大丈夫さ、自分の飼いネコがした粗相だから・・・」と当然の様に撒いてから、今年に入って何回目になるだろうと数えてみた。平均すれば月に数度の割で放り投げ入れているから相当の量になる筈だ。多分、隣家でも気がついているだろう。今のところ文句の一つも出て居ないからモモが粗相したものと納得しているのだろう。もし、文句を言って来たら逆に文句を言ってやらねばならない。言わないと分からない飼い主なのだ。それけに、こちらからわざわざ出掛けて行ってまで文句を言う気にも成れない。もし臭いが気になるぐらいなら既にモモの糞の処理はしている筈だし、ちゃんとした躾もしている筈なのだ。ところが、隣家の夫人は見掛けに依らずだらし無い性格なのか糞トレーなぞ用意もせず、糞用の砂だけを袋のまま端を少し破って縁側の外にばら撒いてあるのが垣根越しに観えるだけだ。 それだけに猫にすれば決められた場所で用を足すでなく、何処でも好きな処でやる事になり、柔らかな土の花壇とか人目に付き難い垣根の根元で用を足すのが当たり前になっている。猫の本能の穴を掘って糞を隠す猫ババ状態なら臭いも余りして来ないのだろうが、枯葉があるからそれを被せてその気に成っているらしい。日頃から厚化粧の夫人は外出する時は大層めかし込んでいる。そのくせペットの世話を焼くのが面倒らしく躾や手入れなぞやった事が無いらしい。通いの家政婦は猫の面倒なぞ全くみないから躾の出来て居ない猫はココが来るまではこの辺りを勝手放題好きな様にしていた。ところが、ココが来て、糞トレーを外に置く様になってからはモモもそれを使う様になった。仔猫のココは相使いでも怒らなかった。モモが姉の様に想えたのだろう。しかし、それもココが一年経って大人に成った頃からモモを威嚇し排除する様になった。 ココに追いやられたモモは、それ以来、我が家には近付かない様に成って行き、それまでのモモの指定席だった場所はココが居座る様になった。一年経ってようやく思惑通りに成った訳だ。「やっと一年が経って、大人の猫に成ったヨ」久々に女に電話を掛け、その事を言った。「あら、そう?白と黒の模様が綺麗でしょ?」「パンダの様な猫だねえ」「如何にも高級そうな猫に観えるでしょ?」「そうそう、来客が皆、綺麗な猫だと言っている。人懐っこくて、誰にでも愛想を振りまいている。木登りが上手くてネ、気性が荒いけど、あれの親はどうなの?兄弟が居る?」「もう一匹、友達の処に居るワ。そっちの方は大層大人しいのヨ。同じ血でも気性の違いが出るのか知らねえ。写真を舞子に見せたら喜んで居たワ。亦、新しい写真を頂戴ネ」女は娘の事を言った。会った事も無い娘は、マンションのテーブルに置かれた写真でしか知らなかった。 可愛い顔だが何処にでも居るタイプの現代的な少女という感じだった。母親にも父親にも似ていず、父親は娘を溺愛していると女は言い、目がない割には、ニューヨークでの生活がどの様なものであったかデザイン事務所では一切言わなかった。ビジネスだけの付き合いだけに私生活は無関係と想っているのだろう。が、女と私との出逢いや関係を知っているだけに殊更触れないのかも知れない。まして猫の事は全く知らないだけに共通の話題が無いのだ。女はニューヨークの娘の生活を毎日の様に電話を掛けて知っていると言った。「学校でネ、セントラル・パーク横のマンションから通学していると言うと皆驚くそうヨ。あそこにマンションを持っているなんて相当のお金持ちに成るらしいの」「そりゃあ、そうだろう。グーグル・アースでマンションの写真を観たけれど超高層の高級マンションだった」そう言いながら、そのマンションを手放さざるを得なかった事情を想うと話は途切れた。(5月上旬へつづく)
2012/04/13
コメント(0)
![]()
ココ百景(30) 猫は屋根に乗るのを道を歩くのと同じ感覚で居る。詰り直線距離で最短距離を選んでいる訳だ。例えば裏の家の庭へ行くのに道路を通れば数倍から十倍は歩かねばならないが、屋根伝いだと実に早く行ける。上り下りは猫の得意技だから犬には真似が出来ない。静かに瓦の上を行く猫は見晴らしが良い分、警戒心も少しは和らいで気楽に歩く。其処から我が家の庭やボクを見降ろして得意満面である。「ココ!」と呼んだ処で腹が減って居なければチラリと観るだけでプイと遠くを眺める。親分に失礼な態度を取って居るという風な気持ちなぞ猫には無い。そういう面が「猫は犬に比べて薄情だ」と言われる由縁であろう。しかしボクはそういう風に媚を売らずツンと澄ましている猫が好きである。小説「猫と女と」(2) 飼い猫が自宅の周りだけでなく近所の家々へも行く様になって自分のテリトリーが拡大し確保されて行くに連れ、我が物顔で我が家の庭に闖入していた隣家の猫が来なくなった。それは当初の思惑通りで満足出来るものだった。ところが勝手なもので、逆に来なく成ればなったで少し寂しい気もする。「仔猫を貰ってくれない?」と女から頼まれ、軽く承知した心の底には、隣家の悪猫対策に成るかも知れないという淡い期待もあった。隣家の飼い猫が我が家の庭に糞をして臭って困っていた。「あなた、一寸来てくれない?」ある晴れた日の午後、ガーデニングをしている妻が声を掛けて来た事があった。花壇で雑草を取ったり花柄の手入れをしているのを遠目で見ながらゴルフのピッチング練習をしている時だった。ボールの転がり具合が上手く行き出した矢先だっただけに生返事をしただけで練習を続けていると再度呼ぶ声がした。 ピッチング・ウェッジを打ち込む位置が正確に成り、ボールの飛距離も落下地点も同じ様に成って来た時だけに妻の声が煩わしかった。仕方無く如何にも面倒くさいという風にクラブを握ったまま花壇の方へ行くと「何か、臭うでしょ?」と言う。「花かい?」「いいえ、花は良い香りヨ。垣根辺りから変な臭いがしない?」言われるまま境界線の垣根へ行き、貝塚伊吹の根元を眺め、ゴルフ・クラブで枯葉を引っ掻いてみた。数回同じ様な仕草をしながら移動して行くと小さな黒い塊がポロリと現れた。「在った、在った!猫の糞だ。また、モモがやりやがったな。しょうがない奴だ!」とつい言ってしまった。「やっぱりネ。どうも臭うと想ったのヨ」妻は納得した顔で言った。「糞うッ!」納屋からスコップを持って来ると私は土と一緒にすくい上げて「持ち主に返しておこう!」と垣根越しに隣家の庭へばら撒いた。 「あら、大丈夫?お隣さんの庭に放り投げても・・・」「大丈夫さ、自分の飼いネコがした粗相だから・・・」と当然の様に撒いてから、今年に入って何回目になるだろうと数えてみた。平均すれば月に数度の割で放り投げ入れているから相当の量になる筈だ。多分、隣家でも気がついているだろう。今のところ文句の一つも出て居ないからモモが粗相したものと納得しているのだろう。もし、文句を言って来たら逆に文句を言ってやらねばならない。言わないと分からない飼い主なのだ。それけに、こちらからわざわざ出掛けて行ってまで文句を言う気にも成れない。もし臭いが気になるぐらいなら既にモモの糞の処理はしている筈だし、ちゃんとした躾もしている筈なのだ。ところが、隣家の夫人は見掛けに依らずだらし無い性格なのか糞トレーなぞ用意もせず、糞用の砂だけを袋のまま端を少し破って縁側の外にばら撒いてあるのが垣根越しに観えるだけだ。 それだけに猫にすれば決められた場所で用を足すでなく、何処でも好きな処でやる事になり、柔らかな土の花壇とか人目に付き難い垣根の根元で用を足すのが当たり前になっている。猫の本能の穴を掘って糞を隠す猫ババ状態なら臭いも余りして来ないのだろうが、枯葉があるからそれを被せてその気に成っているらしい。日頃から厚化粧の夫人は外出する時は大層めかし込んでいる。そのくせペットの世話を焼くのが面倒らしく躾や手入れなぞやった事が無いらしい。通いの家政婦は猫の面倒なぞ全くみないから躾の出来て居ない猫はココが来るまではこの辺りを勝手放題好きな様にしていた。ところが、ココが来て、糞トレーを外に置く様になってからはモモもそれを使う様になった。仔猫のココは相使いでも怒らなかった。モモが姉の様に想えたのだろう。しかし、それもココが一年経って大人に成った頃からモモを威嚇し排除する様になった。 ココに追いやられたモモは、それ以来、我が家には近付かない様に成って行き、それまでのモモの指定席だった場所はココが居座る様になった。一年経ってようやく思惑通りに成った訳だ。「やっと一年が経って、大人の猫に成ったヨ」久々に女に電話を掛け、その事を言った。「あら、そう?白と黒の模様が綺麗でしょ?」「パンダの様な猫だねえ」「如何にも高級そうな猫に観えるでしょ?」「そうそう、来客が皆、綺麗な猫だと言っている。人懐っこくて、誰にでも愛想を振りまいている。木登りが上手くてネ、気性が荒いけど、あれの親はどうなの?兄弟が居る?」「もう一匹、友達の処に居るワ。そっちの方は大層大人しいのヨ。同じ血でも気性の違いが出るのか知らねえ。写真を舞子に見せたら喜んで居たワ。亦、新しい写真を頂戴ネ」女は娘の事を言った。会った事も無い娘は、マンションのテーブルに置かれた写真でしか知らなかった。 可愛い顔だが何処にでも居るタイプの現代的な少女という感じだった。母親にも父親にも似ていず、父親は娘を溺愛していると女は言い、目がない割には、ニューヨークでの生活がどの様なものであったかデザイン事務所では一切言わなかった。ビジネスだけの付き合いだけに私生活は無関係と想っているのだろう。が、女と私との出逢いや関係を知っているだけに殊更触れないのかも知れない。まして猫の事は全く知らないだけに共通の話題が無いのだ。女はニューヨークの娘の生活を毎日の様に電話を掛けて知っていると言った。「学校でネ、セントラル・パーク横のマンションから通学していると言うと皆驚くそうヨ。あそこにマンションを持っているなんて相当のお金持ちに成るらしいの」「そりゃあ、そうだろう。グーグル・アースでマンションの写真を観たけれど超高層の高級マンションだった」そう言いながら、そのマンションを手放さざるを得なかった事情を想うと話は途切れた。(5月上旬へつづく)
2012/04/12
コメント(0)
![]()
ココ百景(29) ラグドール種は体毛が長く、チンチラ種系の血を引く猫である。仔猫の頃は普通の猫だったが、一年ぐらいで大人の形になって体毛の長い「ぬいぐるみ(ラグドール)」そのものの猫に成った。抱き上げると柔らかな毛が手に優しく触れ、冬は暖かくて気持ちが良い。しかし、ココは人に抱かれるのが嫌で、飼い主のボクでさえ精々、一分程度で辛抱の限界が来てモゾモゾと逃げようともがく。だから家人の場合だとその半分程度になる。息子なぞ、ガシッと抑え込んで抱き上げるから仕方無くか観念してか暫くジッとしているそうだが、ボクは観た事が無い。冬場、妻が電気毛布を膝に掛けているとココは温かいので長く抱かれるまま居眠っている事もあるが、ボクが観ているのに気付くと直ぐに床に降り、お八つをねだるポーズを取る。小説「猫と女と」(2) 飼い猫が自宅の周りだけでなく近所の家々へも行く様になって自分のテリトリーが拡大し確保されて行くに連れ、我が物顔で我が家の庭に闖入していた隣家の猫が来なくなった。それは当初の思惑通りで満足出来るものだった。ところが勝手なもので、逆に来なく成ればなったで少し寂しい気もする。「仔猫を貰ってくれない?」と女から頼まれ、軽く承知した心の底には、隣家の悪猫対策に成るかも知れないという淡い期待もあった。隣家の飼い猫が我が家の庭に糞をして臭って困っていた。「あなた、一寸来てくれない?」ある晴れた日の午後、ガーデニングをしている妻が声を掛けて来た事があった。花壇で雑草を取ったり花柄の手入れをしているのを遠目で見ながらゴルフのピッチング練習をしている時だった。ボールの転がり具合が上手く行き出した矢先だっただけに生返事をしただけで練習を続けていると再度呼ぶ声がした。 ピッチング・ウェッジを打ち込む位置が正確に成り、ボールの飛距離も落下地点も同じ様に成って来た時だけに妻の声が煩わしかった。仕方無く如何にも面倒くさいという風にクラブを握ったまま花壇の方へ行くと「何か、臭うでしょ?」と言う。「花かい?」「いいえ、花は良い香りヨ。垣根辺りから変な臭いがしない?」言われるまま境界線の垣根へ行き、貝塚伊吹の根元を眺め、ゴルフ・クラブで枯葉を引っ掻いてみた。数回同じ様な仕草をしながら移動して行くと小さな黒い塊がポロリと現れた。「在った、在った!猫の糞だ。また、モモがやりやがったな。しょうがない奴だ!」とつい言ってしまった。「やっぱりネ。どうも臭うと想ったのヨ」妻は納得した顔で言った。「糞うッ!」納屋からスコップを持って来ると私は土と一緒にすくい上げて「持ち主に返しておこう!」と垣根越しに隣家の庭へばら撒いた。 「あら、大丈夫?お隣さんの庭に放り投げても・・・」「大丈夫さ、自分の飼いネコがした粗相だから・・・」と当然の様に撒いてから、今年に入って何回目になるだろうと数えてみた。平均すれば月に数度の割で放り投げ入れているから相当の量になる筈だ。多分、隣家でも気がついているだろう。今のところ文句の一つも出て居ないからモモが粗相したものと納得しているのだろう。もし、文句を言って来たら逆に文句を言ってやらねばならない。言わないと分からない飼い主なのだ。それけに、こちらからわざわざ出掛けて行ってまで文句を言う気にも成れない。もし臭いが気になるぐらいなら既にモモの糞の処理はしている筈だし、ちゃんとした躾もしている筈なのだ。ところが、隣家の夫人は見掛けに依らずだらし無い性格なのか糞トレーなぞ用意もせず、糞用の砂だけを袋のまま端を少し破って縁側の外にばら撒いてあるのが垣根越しに観えるだけだ。 それだけに猫にすれば決められた場所で用を足すでなく、何処でも好きな処でやる事になり、柔らかな土の花壇とか人目に付き難い垣根の根元で用を足すのが当たり前になっている。猫の本能の穴を掘って糞を隠す猫ババ状態なら臭いも余りして来ないのだろうが、枯葉があるからそれを被せてその気に成っているらしい。日頃から厚化粧の夫人は外出する時は大層めかし込んでいる。そのくせペットの世話を焼くのが面倒らしく躾や手入れなぞやった事が無いらしい。通いの家政婦は猫の面倒なぞ全くみないから躾の出来て居ない猫はココが来るまではこの辺りを勝手放題好きな様にしていた。ところが、ココが来て、糞トレーを外に置く様になってからはモモもそれを使う様になった。仔猫のココは相使いでも怒らなかった。モモが姉の様に想えたのだろう。しかし、それもココが一年経って大人に成った頃からモモを威嚇し排除する様になった。 ココに追いやられたモモは、それ以来、我が家には近付かない様に成って行き、それまでのモモの指定席だった場所はココが居座る様になった。一年経ってようやく思惑通りに成った訳だ。「やっと一年が経って、大人の猫に成ったヨ」久々に女に電話を掛け、その事を言った。「あら、そう?白と黒の模様が綺麗でしょ?」「パンダの様な猫だねえ」「如何にも高級そうな猫に観えるでしょ?」「そうそう、来客が皆、綺麗な猫だと言っている。人懐っこくて、誰にでも愛想を振りまいている。木登りが上手くてネ、気性が荒いけど、あれの親はどうなの?兄弟が居る?」「もう一匹、友達の処に居るワ。そっちの方は大層大人しいのヨ。同じ血でも気性の違いが出るのか知らねえ。写真を舞子に見せたら喜んで居たワ。亦、新しい写真を頂戴ネ」女は娘の事を言った。会った事も無い娘は、マンションのテーブルに置かれた写真でしか知らなかった。 可愛い顔だが何処にでも居るタイプの現代的な少女という感じだった。母親にも父親にも似ていず、父親は娘を溺愛していると女は言い、目がない割には、ニューヨークでの生活がどの様なものであったかデザイン事務所では一切言わなかった。ビジネスだけの付き合いだけに私生活は無関係と想っているのだろう。が、女と私との出逢いや関係を知っているだけに殊更触れないのかも知れない。まして猫の事は全く知らないだけに共通の話題が無いのだ。女はニューヨークの娘の生活を毎日の様に電話を掛けて知っていると言った。「学校でネ、セントラル・パーク横のマンションから通学していると言うと皆驚くそうヨ。あそこにマンションを持っているなんて相当のお金持ちに成るらしいの」「そりゃあ、そうだろう。グーグル・アースでマンションの写真を観たけれど超高層の高級マンションだった」そう言いながら、そのマンションを手放さざるを得なかった事情を想うと話は途切れた。(5月上旬へつづく)
2012/04/11
コメント(0)
![]()
ココ百景(28) 満開だったお向かいの枝垂れ梅も散って、いよいよ桜の季節に入ったが、未だまだ寒い風が吹いている。つい「春は名のみの・・・」と早春賦を口ずさんでしまう。ココは高音で歌を歌うとソワソワとし始める。滝廉太郎の「荒城の月」を歌うと近くまで来て不思議そうな顔つきをする。「高音が気持ち悪いのヨ」と妻は言うが「いや、気持ち良さそうな顔をしているヨ」と膝の上に乗ったココの頭を撫でながら歌い続けると更にボクの顔をしげしげと観るのだ。錦織健の美声を聴かせても同じ様な表情をするから、高音部はココを刺激する波長があるのだろう。歌っている方は息切れがしそうになっているのに「随分、張り切って歌うのネ」とでも想って居るのか歌い終わるまで付き合ってくれる。歌を歌う犬は知っているが、歌を歌う猫は知らない。だから何とか一緒に歌いたいものだが、どうも無理な様である。もし本当に気持ち悪いのなら「早く止めれば良いのに・・・」と反対の事を想っているのかも知れず、知らぬが仏だ。小説「猫と女と」(1) 猫を飼う様になって、もうかれこれ七年近くに成る。その一年ほど前から付き合い始めたデザイン事務所の女性から「娘が来月からアメリカに語学留学に行く事に成ったの。私は犬を飼って居るので面倒がみられないのヨ。どうか仔猫を貰ってくれない?」と言われ、昔、猫を飼った事があったのを想い出して当時を懐かしく想い浮かべたのだった。賢い三毛猫だった。「ねえ、貰ってくれる?」と再度訊かれて「そうだな、飼ってみようか」と軽い気持ちで承諾してしまった。妻に相談もせず猫を飼う事を勝手に決めて、妻にどう説明したものか一寸考えたが、何とか成るだろうと想った。最悪の場合、妻は拒否するかも知れず、そうなれば自分で世話をするしかない。それもまあ仕方が無い。猫なんか手間が掛からないからと半分自分を納得させた。それよりも男が一旦引き受けた以上、今更断るのが気が引け、次の日曜に女のマンションへ仔猫を受取りに行く事にした。 女は中年の頃に離婚し、再婚もせず元夫のデザイン事務所の副所長として経理を見ている。離婚した理由は知らない。が、その頃にデザイン事務所に税務署から査察が入った事を彼女を紹介してくれた知人が言っていたから、それが原因だったのかも知れない。彼女の夫は無名ながら斬新なデザインをするので大層繁盛し、ニューヨークにも支店を出しているとも言った。当時、たまたま大型マンションの設計をしていた頃で、それならと幾つかの外構デザインの作品を女に案内して貰い、気に入って八年ほど前からデザイン事務所と付き合いを始めた。初めての打合せをした際、所長が雑談の様に脱税容疑の事を話し、大物政治家を巻き込んで仕事をして来たせいで単なる修正申告をする事で税務署とは話がついたと言った。そんな事なぞ興味も無く知りたくも無かったが、後で考えてみると、脱税容疑を知っている筈なのに黙っている私が不気味に想えたのかも知れない。 税務署の査察を受けたぐらいだから確かにデザインで儲けた事を感じさせる瀟洒な自社ビルだった。ペンシル・ビルの七階建てながら一階をデザイン事務所に使う他はテナントを入れて不動産業にも手を出していた。贅沢な雰囲気を漂わす副所長は、妻より少し年下ながら派手で若く観え、事務所では夫婦の様な会話をしている。それが違和感を抱かせた。が、娘が居るのだから離婚していても夫婦に観えるのは当然で、仮に金銭だけの関係で、まして税金対策での形式離婚だとするなら普通の夫婦と何等変わらず、住む処だけが違うだけの事に過ぎないという事だと納得出来た。知人から女を紹介された時、好みのタイプだった事もあって誘われるまま飲みに行ったり食事をしたりする内、親密に成って行った。それだけに、元夫を前にして一種の三角関係は、彼等に一種の刺激を与えたのかも知れず、薄々気付いている所長に対し女は事務所でも私に熱い視線を送って来た。 尤も、猫の話はホテルのレストランで出たのだった。「所長には内緒にしておいてネ」と念を押された。「何故?」「だって、あの人、動物嫌いなのヨ。ペットの話をすると機嫌が悪くなるから」「でも、もう無関係じゃ無い?」「そりゃ、そうだけど・・・」女は猫のやり取りで私との親密度が深いと勘繰られるのを気づかったのかも知れない。それよりも降って湧いた様に起きた娘の語学留学が原因だとすれば、娘に滅法甘い父親も、娘が猫を飼っている事までは知らず、娘にすれば仔猫を手放す羽目になっても天秤に掛ければアメリカを取る方が得だと想ったのだろう。滞在する処がニューヨークのセントラル・パーク横のマンションなのを聞いて「凄い処を持っているんだな」と内心驚きながらも、その住所が、デザイン事務所のニューヨーク支店なのに気が付き、追徴金対策でマンションを手放す前に語学留学をさせておきたい親心だったのかも知れないと想った。 果たして、猫を貰ってから一年程して、女はニューヨークに行き、娘と一緒に戻って来た。普通なら久しぶりの娘との再会で楽しい海外旅行だけに幸せそうな雰囲気があっても良いのに女は堅い表情で憂鬱な顔をしていた。想った通り修正申告の追徴金で経営が苦しく成ったせいでマンションを手放す手続きをしに行ったのだろうと確信した。その為の旅行なら暗い顔になるのも理解出来た。そう言えば「税理士と相談したら、一億円分は交際費として遣えと言われ飲みまくったもんだ」と所長が冗談の様に目を細めて言っていたのが想い出され、ドンブリ勘定な経営をしているのを知った。仮に話半分としても、かつて豪快に遊び廻った私の経験よりも格段の差に舌を巻き、建築家よりもデザイナーの方が余程金に成るかと知らされた。が、職業の違いより実際はやり手という事だけなのだろう。だからこそ大物政治家を巻き込み修正申告で済ませる抜け目の無さなのだ。 そういう風に考えると、この二人にとって離婚なぞ単なる形式的な問題でしかなく、別居生活も苦には成らないのではないかと想えた。同じ事務所で毎日の様に顔を合わせていれば煩わしい家庭の事なぞ気にせず仕事に打ち込め、好きな様に遊ぶ事も出来る。言わばお互い独身生活を取り戻せた様なものだ。女は財産分与をしたお蔭で働かなくとも喰え、資産の目減りを気にして事務所に出て来るだけなのだろう。たまにデザイン事務所に行くと、所長が居なかったりすると女は猫の様子を訊いたりして「娘が気にして様子を訊いて欲しいと言うの。写真を頂戴な」と言う。猫のスナップ写真を数枚渡すと喜んで「良い家に貰われたものネ」と懐かしそうに見入っていた。猫は「ココ」と妻が命名した。ラグドール種で体毛が長く「縫いぐるみ」そのものである。一年で一人前の大人に成り、縄張り意識が強く、そのせいで隣家の悪猫が我が家には遊びに来なくなったのが面白い。(4月中旬へつづく)
2012/04/10
コメント(0)
![]()
ココ百景(27) 書斎のソファで眠っていられるのも今月限りだろう。冬場に温かい処で居眠りをするのがココの至福の一時だったのも、桜の季節が来て次第に温かくなって来るとソファから自然に離れて行く。犬や猫には汗腺が無いから汗をかかず、温度調整は場所を選んでするしか無いからだ。その代わり寒い時は小さく丸まって体毛を立てる。そうする事で体毛の間に溜まった空気層で体温が保てるのである。飾棚の上に乗って空調機から来る温かい風で身体を温めるのもそういった体温調整の一つである。充分に温かく成ってそれに飽きれば寒くても外へ飛び出す。要するに自分本位に生きている訳である。そうして居られるペットは幸せなものである。小説「猫と女と」(1) 猫を飼う様になって、もうかれこれ七年近くに成る。その一年ほど前から付き合い始めたデザイン事務所の女性から「娘が来月からアメリカに語学留学に行く事に成ったの。私は犬を飼って居るので面倒がみられないのヨ。どうか仔猫を貰ってくれない?」と言われ、昔、猫を飼った事があったのを想い出して当時を懐かしく想い浮かべたのだった。賢い三毛猫だった。「ねえ、貰ってくれる?」と再度訊かれて「そうだな、飼ってみようか」と軽い気持ちで承諾してしまった。妻に相談もせず猫を飼う事を勝手に決めて、妻にどう説明したものか一寸考えたが、何とか成るだろうと想った。最悪の場合、妻は拒否するかも知れず、そうなれば自分で世話をするしかない。それもまあ仕方が無い。猫なんか手間が掛からないからと半分自分を納得させた。それよりも男が一旦引き受けた以上、今更断るのが気が引け、次の日曜に女のマンションへ仔猫を受取りに行く事にした。 女は中年の頃に離婚し、再婚もせず元夫のデザイン事務所の副所長として経理を見ている。離婚した理由は知らない。が、その頃にデザイン事務所に税務署から査察が入った事を彼女を紹介してくれた知人が言っていたから、それが原因だったのかも知れない。彼女の夫は無名ながら斬新なデザインをするので大層繁盛し、ニューヨークにも支店を出しているとも言った。当時、たまたま大型マンションの設計をしていた頃で、それならと幾つかの外構デザインの作品を女に案内して貰い、気に入って八年ほど前からデザイン事務所と付き合いを始めた。初めての打合せをした際、所長が雑談の様に脱税容疑の事を話し、大物政治家を巻き込んで仕事をして来たせいで単なる修正申告をする事で税務署とは話がついたと言った。そんな事なぞ興味も無く知りたくも無かったが、後で考えてみると、脱税容疑を知っている筈なのに黙っている私が不気味に想えたのかも知れない。 税務署の査察を受けたぐらいだから確かにデザインで儲けた事を感じさせる瀟洒な自社ビルだった。ペンシル・ビルの七階建てながら一階をデザイン事務所に使う他はテナントを入れて不動産業にも手を出していた。贅沢な雰囲気を漂わす副所長は、妻より少し年下ながら派手で若く観え、事務所では夫婦の様な会話をしている。それが違和感を抱かせた。が、娘が居るのだから離婚していても夫婦に観えるのは当然で、仮に金銭だけの関係で、まして税金対策での形式離婚だとするなら普通の夫婦と何等変わらず、住む処だけが違うだけの事に過ぎないという事だと納得出来た。知人から女を紹介された時、好みのタイプだった事もあって誘われるまま飲みに行ったり食事をしたりする内、親密に成って行った。それだけに、元夫を前にして一種の三角関係は、彼等に一種の刺激を与えたのかも知れず、薄々気付いている所長に対し女は事務所でも私に熱い視線を送って来た。 尤も、猫の話はホテルのレストランで出たのだった。「所長には内緒にしておいてネ」と念を押された。「何故?」「だって、あの人、動物嫌いなのヨ。ペットの話をすると機嫌が悪くなるから」「でも、もう無関係じゃ無い?」「そりゃ、そうだけど・・・」女は猫のやり取りで私との親密度が深いと勘繰られるのを気づかったのかも知れない。それよりも降って湧いた様に起きた娘の語学留学が原因だとすれば、娘に滅法甘い父親も、娘が猫を飼っている事までは知らず、娘にすれば仔猫を手放す羽目になっても天秤に掛ければアメリカを取る方が得だと想ったのだろう。滞在する処がニューヨークのセントラル・パーク横のマンションなのを聞いて「凄い処を持っているんだな」と内心驚きながらも、その住所が、デザイン事務所のニューヨーク支店なのに気が付き、追徴金対策でマンションを手放す前に語学留学をさせておきたい親心だったのかも知れないと想った。 果たして、猫を貰ってから一年程して、女はニューヨークに行き、娘と一緒に戻って来た。普通なら久しぶりの娘との再会で楽しい海外旅行だけに幸せそうな雰囲気があっても良いのに女は堅い表情で憂鬱な顔をしていた。想った通り修正申告の追徴金で経営が苦しく成ったせいでマンションを手放す手続きをしに行ったのだろうと確信した。その為の旅行なら暗い顔になるのも理解出来た。そう言えば「税理士と相談したら、一億円分は交際費として遣えと言われ飲みまくったもんだ」と所長が冗談の様に目を細めて言っていたのが想い出され、ドンブリ勘定な経営をしているのを知った。仮に話半分としても、かつて豪快に遊び廻った私の経験よりも格段の差に舌を巻き、建築家よりもデザイナーの方が余程金に成るかと知らされた。が、職業の違いより実際はやり手という事だけなのだろう。だからこそ大物政治家を巻き込み修正申告で済ませる抜け目の無さなのだ。 そういう風に考えると、この二人にとって離婚なぞ単なる形式的な問題でしかなく、別居生活も苦には成らないのではないかと想えた。同じ事務所で毎日の様に顔を合わせていれば煩わしい家庭の事なぞ気にせず仕事に打ち込め、好きな様に遊ぶ事も出来る。言わばお互い独身生活を取り戻せた様なものだ。女は財産分与をしたお蔭で働かなくとも喰え、資産の目減りを気にして事務所に出て来るだけなのだろう。たまにデザイン事務所に行くと、所長が居なかったりすると女は猫の様子を訊いたりして「娘が気にして様子を訊いて欲しいと言うの。写真を頂戴な」と言う。猫のスナップ写真を数枚渡すと喜んで「良い家に貰われたものネ」と懐かしそうに見入っていた。猫は「ココ」と妻が命名した。ラグドール種で体毛が長く「縫いぐるみ」そのものである。一年で一人前の大人に成り、縄張り意識が強く、そのせいで隣家の悪猫が我が家には遊びに来なくなったのが面白い。(5月へつづく)
2012/04/09
コメント(0)
![]()
ココ百景(26) ココの好きな場所の一つに台所がある。特に冷蔵庫の前は美味しい物の宝庫に想えるらしく、その前に陣取って居れば何か美味しい物にありつけると考えているのだろう。毎晩、妻が夕食の支度を始める頃になると何処からともなく現れてドンと居座る。「其処に居ると邪魔だから、どいて」と言った程度ではどかない。一番簡単に移動させる方法は、尻尾を軽く踏んでやる事だ。痛くも無いのに「ニャッ!(何するのヨ!)」と飛び退く。尻尾を踏まれると沽券にかかわるらしく憮然とする。猫は神経質な生き物だからプライドを逆手に取って移動させるのである。その代わり、移動すれば「賢いねえ」と頭を撫でてやると機嫌を直す。更に顎をさすってやると気持ちよさそうに目を細める。単純と言えば単純なものだ。小説「猫と女と」(1) 猫を飼う様になって、もうかれこれ七年近くに成る。その一年ほど前から付き合い始めたデザイン事務所の女性から「娘が来月からアメリカに語学留学に行く事に成ったの。私は犬を飼って居るので面倒がみられないのヨ。どうか仔猫を貰ってくれない?」と言われ、昔、猫を飼った事があったのを想い出して当時を懐かしく想い浮かべたのだった。賢い三毛猫だった。「ねえ、貰ってくれる?」と再度訊かれて「そうだな、飼ってみようか」と軽い気持ちで承諾してしまった。妻に相談もせず猫を飼う事を勝手に決めて、妻にどう説明したものか一寸考えたが、何とか成るだろうと想った。最悪の場合、妻は拒否するかも知れず、そうなれば自分で世話をするしかない。それもまあ仕方が無い。猫なんか手間が掛からないからと半分自分を納得させた。それよりも男が一旦引き受けた以上、今更断るのが気が引け、次の日曜に女のマンションへ仔猫を受取りに行く事にした。 女は中年の頃に離婚し、再婚もせず元夫のデザイン事務所の副所長として経理を見ている。離婚した理由は知らない。が、その頃にデザイン事務所に税務署から査察が入った事を彼女を紹介してくれた知人が言っていたから、それが原因だったのかも知れない。彼女の夫は無名ながら斬新なデザインをするので大層繁盛し、ニューヨークにも支店を出しているとも言った。当時、たまたま大型マンションの設計をしていた頃で、それならと幾つかの外構デザインの作品を女に案内して貰い、気に入って八年ほど前からデザイン事務所と付き合いを始めた。初めての打合せをした際、所長が雑談の様に脱税容疑の事を話し、大物政治家を巻き込んで仕事をして来たせいで単なる修正申告をする事で税務署とは話がついたと言った。そんな事なぞ興味も無く知りたくも無かったが、後で考えてみると、脱税容疑を知っている筈なのに黙っている私が不気味に想えたのかも知れない。 税務署の査察を受けたぐらいだから確かにデザインで儲けた事を感じさせる瀟洒な自社ビルだった。ペンシル・ビルの七階建てながら一階をデザイン事務所に使う他はテナントを入れて不動産業にも手を出していた。贅沢な雰囲気を漂わす副所長は、妻より少し年下ながら派手で若く観え、事務所では夫婦の様な会話をしている。それが違和感を抱かせた。が、娘が居るのだから離婚していても夫婦に観えるのは当然で、仮に金銭だけの関係で、まして税金対策での形式離婚だとするなら普通の夫婦と何等変わらず、住む処だけが違うだけの事に過ぎないという事だと納得出来た。知人から女を紹介された時、好みのタイプだった事もあって誘われるまま飲みに行ったり食事をしたりする内、親密に成って行った。それだけに、元夫を前にして一種の三角関係は、彼等に一種の刺激を与えたのかも知れず、薄々気付いている所長に対し女は事務所でも私に熱い視線を送って来た。 尤も、猫の話はホテルのレストランで出たのだった。「所長には内緒にしておいてネ」と念を押された。「何故?」「だって、あの人、動物嫌いなのヨ。ペットの話をすると機嫌が悪くなるから」「でも、もう無関係じゃ無い?」「そりゃ、そうだけど・・・」女は猫のやり取りで私との親密度が深いと勘繰られるのを気づかったのかも知れない。それよりも降って湧いた様に起きた娘の語学留学が原因だとすれば、娘に滅法甘い父親も、娘が猫を飼っている事までは知らず、娘にすれば仔猫を手放す羽目になっても天秤に掛ければアメリカを取る方が得だと想ったのだろう。滞在する処がニューヨークのセントラル・パーク横のマンションなのを聞いて「凄い処を持っているんだな」と内心驚きながらも、その住所が、デザイン事務所のニューヨーク支店なのに気が付き、追徴金対策でマンションを手放す前に語学留学をさせておきたい親心だったのかも知れないと想った。 果たして、猫を貰ってから一年程して、女はニューヨークに行き、娘と一緒に戻って来た。普通なら久しぶりの娘との再会で楽しい海外旅行だけに幸せそうな雰囲気があっても良いのに女は堅い表情で憂鬱な顔をしていた。想った通り修正申告の追徴金で経営が苦しく成ったせいでマンションを手放す手続きをしに行ったのだろうと確信した。その為の旅行なら暗い顔になるのも理解出来た。そう言えば「税理士と相談したら、一億円分は交際費として遣えと言われ飲みまくったもんだ」と所長が冗談の様に目を細めて言っていたのが想い出され、ドンブリ勘定な経営をしているのを知った。仮に話半分としても、かつて豪快に遊び廻った私の経験よりも格段の差に舌を巻き、建築家よりもデザイナーの方が余程金に成るかと知らされた。が、職業の違いより実際はやり手という事だけなのだろう。だからこそ大物政治家を巻き込み修正申告で済ませる抜け目の無さなのだ。 そういう風に考えると、この二人にとって離婚なぞ単なる形式的な問題でしかなく、別居生活も苦には成らないのではないかと想えた。同じ事務所で毎日の様に顔を合わせていれば煩わしい家庭の事なぞ気にせず仕事に打ち込め、好きな様に遊ぶ事も出来る。言わばお互い独身生活を取り戻せた様なものだ。女は財産分与をしたお蔭で働かなくとも喰え、資産の目減りを気にして事務所に出て来るだけなのだろう。たまにデザイン事務所に行くと、所長が居なかったりすると女は猫の様子を訊いたりして「娘が気にして様子を訊いて欲しいと言うの。写真を頂戴な」と言う。猫のスナップ写真を数枚渡すと喜んで「良い家に貰われたものネ」と懐かしそうに見入っていた。猫は「ココ」と妻が命名した。ラグドール種で体毛が長く「縫いぐるみ」そのものである。一年で一人前の大人に成り、縄張り意識が強く、そのせいで隣家の悪猫が我が家には遊びに来なくなったのが面白い。(5月へつづく)
2012/04/08
コメント(0)
![]()
ココ百景(25) 買い出しから戻った車のボンネットに乗って出迎えるココである。以前のココであれば「私を家に残したまま何処へ行っていたのヨ!」と憮然として門柱の上から見下ろしていたものだったが、最近では車の音を聴きつけて庭先から門の前まで迎えに出る様になった。寂しかったのか、それとも新しい旨い物でも仕入れて来たのかと舌舐めずりして来るのだろう。その証拠に足元にまとわりついて来て何かをねだる振りをする。腹は減っていなくとも旨い物には目が無いのだ。上等の煮干し雑魚でもやると飛びついて食べる。刺身なら包みを開ける前からソワソワして未だか未だかと待って居る。美食家になったココは不味い物は食べない。それは総て飼い主の責任だから仕方無くも与えてしまうのだ。小説「猫と女と」(1) 猫を飼う様になって、もうかれこれ七年近くに成る。その一年ほど前から付き合い始めたデザイン事務所の女性から「娘が来月からアメリカに語学留学に行く事に成ったの。私は犬を飼って居るので面倒がみられないのヨ。どうか仔猫を貰ってくれない?」と言われ、昔、猫を飼った事があったのを想い出して当時を懐かしく想い浮かべたのだった。賢い三毛猫だった。「ねえ、貰ってくれる?」と再度訊かれて「そうだな、飼ってみようか」と軽い気持ちで承諾してしまった。妻に相談もせず猫を飼う事を勝手に決めて、妻にどう説明したものか一寸考えたが、何とか成るだろうと想った。最悪の場合、妻は拒否するかも知れず、そうなれば自分で世話をするしかない。それもまあ仕方が無い。猫なんか手間が掛からないからと半分自分を納得させた。それよりも男が一旦引き受けた以上、今更断るのが気が引け、次の日曜に女のマンションへ仔猫を受取りに行く事にした。 女は中年の頃に離婚し、再婚もせず元夫のデザイン事務所の副所長として経理を見ている。離婚した理由は知らない。が、その頃にデザイン事務所に税務署から査察が入った事を彼女を紹介してくれた知人が言っていたから、それが原因だったのかも知れない。彼女の夫は無名ながら斬新なデザインをするので大層繁盛し、ニューヨークにも支店を出しているとも言った。当時、たまたま大型マンションの設計をしていた頃で、それならと幾つかの外構デザインの作品を女に案内して貰い、気に入って八年ほど前からデザイン事務所と付き合いを始めた。初めての打合せをした際、所長が雑談の様に脱税容疑の事を話し、大物政治家を巻き込んで仕事をして来たせいで単なる修正申告をする事で税務署とは話がついたと言った。そんな事なぞ興味も無く知りたくも無かったが、後で考えてみると、脱税容疑を知っている筈なのに黙っている私が不気味に想えたのかも知れない。 税務署の査察を受けたぐらいだから確かにデザインで儲けた事を感じさせる瀟洒な自社ビルだった。ペンシル・ビルの七階建てながら一階をデザイン事務所に使う他はテナントを入れて不動産業にも手を出していた。贅沢な雰囲気を漂わす副所長は、妻より少し年下ながら派手で若く観え、事務所では夫婦の様な会話をしている。それが違和感を抱かせた。が、娘が居るのだから離婚していても夫婦に観えるのは当然で、仮に金銭だけの関係で、まして税金対策での形式離婚だとするなら普通の夫婦と何等変わらず、住む処だけが違うだけの事に過ぎないという事だと納得出来た。知人から女を紹介された時、好みのタイプだった事もあって誘われるまま飲みに行ったり食事をしたりする内、親密に成って行った。それだけに、元夫を前にして一種の三角関係は、彼等に一種の刺激を与えたのかも知れず、薄々気付いている所長に対し女は事務所でも私に熱い視線を送って来た。 尤も、猫の話はホテルのレストランで出たのだった。「所長には内緒にしておいてネ」と念を押された。「何故?」「だって、あの人、動物嫌いなのヨ。ペットの話をすると機嫌が悪くなるから」「でも、もう無関係じゃ無い?」「そりゃ、そうだけど・・・」女は猫のやり取りで私との親密度が深いと勘繰られるのを気づかったのかも知れない。それよりも降って湧いた様に起きた娘の語学留学が原因だとすれば、娘に滅法甘い父親も、娘が猫を飼っている事までは知らず、娘にすれば仔猫を手放す羽目になっても天秤に掛ければアメリカを取る方が得だと想ったのだろう。滞在する処がニューヨークのセントラル・パーク横のマンションなのを聞いて「凄い処を持っているんだな」と内心驚きながらも、その住所が、デザイン事務所のニューヨーク支店なのに気が付き、追徴金対策でマンションを手放す前に語学留学をさせておきたい親心だったのかも知れないと想った。 果たして、猫を貰ってから一年程して、女はニューヨークに行き、娘と一緒に戻って来た。普通なら久しぶりの娘との再会で楽しい海外旅行だけに幸せそうな雰囲気があっても良いのに女は堅い表情で憂鬱な顔をしていた。想った通り修正申告の追徴金で経営が苦しく成ったせいでマンションを手放す手続きをしに行ったのだろうと確信した。その為の旅行なら暗い顔になるのも理解出来た。そう言えば「税理士と相談したら、一億円分は交際費として遣えと言われ飲みまくったもんだ」と所長が冗談の様に目を細めて言っていたのが想い出され、ドンブリ勘定な経営をしているのを知った。仮に話半分としても、かつて豪快に遊び廻った私の経験よりも格段の差に舌を巻き、建築家よりもデザイナーの方が余程金に成るかと知らされた。が、職業の違いより実際はやり手という事だけなのだろう。だからこそ大物政治家を巻き込み修正申告で済ませる抜け目の無さなのだ。 そういう風に考えると、この二人にとって離婚なぞ単なる形式的な問題でしかなく、別居生活も苦には成らないのではないかと想えた。同じ事務所で毎日の様に顔を合わせていれば煩わしい家庭の事なぞ気にせず仕事に打ち込め、好きな様に遊ぶ事も出来る。言わばお互い独身生活を取り戻せた様なものだ。女は財産分与をしたお蔭で働かなくとも喰え、資産の目減りを気にして事務所に出て来るだけなのだろう。たまにデザイン事務所に行くと、所長が居なかったりすると女は猫の様子を訊いたりして「娘が気にして様子を訊いて欲しいと言うの。写真を頂戴な」と言う。猫のスナップ写真を数枚渡すと喜んで「良い家に貰われたものネ」と懐かしそうに見入っていた。猫は「ココ」と妻が命名した。ラグドール種で体毛が長く「縫いぐるみ」そのものである。一年で一人前の大人に成り、縄張り意識が強く、そのせいで隣家の悪猫が我が家には遊びに来なくなったのが面白い。(5月へつづく)
2012/04/07
コメント(0)
![]()
ココ百景(24) 今日も早朝から書斎の飾棚の上に乗って身体を空調機の風で温めているココである。30分もすれば充分に温まって降りて来る。それまでは置き物の様にジッとしている。静かなのでその存在を忘れて何処へ行ったのかキョロキョロ探していると、其れを様をあざ笑うかの様にチリンチリンと首の鈴を鳴らして「此処に居るヨ」と教える事がある。上から見下ろしてボクの行動を観察しているのである。どちらが主人なのか分からなくなる。多分、ココは家の中で、ご主人様であるボク以外、自分は二番目の位置に居て、家人は全部自分の下位に居ると想っているのだろう。だから家人には「戸を開けろ」とでも言う様に「ニャア!ニャア!」と大きな声で啼くのだそうだ。小説「猫と女と」(1) 猫を飼う様になって、もうかれこれ七年近くに成る。その一年ほど前から付き合い始めたデザイン事務所の女性から「娘が来月からアメリカに語学留学に行く事に成ったの。私は犬を飼って居るので面倒がみられないのヨ。どうか仔猫を貰ってくれない?」と言われ、昔、猫を飼った事があったのを想い出して当時を懐かしく想い浮かべたのだった。賢い三毛猫だった。「ねえ、貰ってくれる?」と再度訊かれて「そうだな、飼ってみようか」と軽い気持ちで承諾してしまった。妻に相談もせず猫を飼う事を勝手に決めて、妻にどう説明したものか一寸考えたが、何とか成るだろうと想った。最悪の場合、妻は拒否するかも知れず、そうなれば自分で世話をするしかない。それもまあ仕方が無い。猫なんか手間が掛からないからと半分自分を納得させた。それよりも男が一旦引き受けた以上、今更断るのが気が引け、次の日曜に女のマンションへ仔猫を受取りに行く事にした。 女は中年の頃に離婚し、再婚もせず元夫のデザイン事務所の副所長として経理を見ている。離婚した理由は知らない。が、その頃にデザイン事務所に税務署から査察が入った事を彼女を紹介してくれた知人が言っていたから、それが原因だったのかも知れない。彼女の夫は無名ながら斬新なデザインをするので大層繁盛し、ニューヨークにも支店を出しているとも言った。当時、たまたま大型マンションの設計をしていた頃で、それならと幾つかの外構デザインの作品を女に案内して貰い、気に入って八年ほど前からデザイン事務所と付き合いを始めた。初めての打合せをした際、所長が雑談の様に脱税容疑の事を話し、大物政治家を巻き込んで仕事をして来たせいで単なる修正申告をする事で税務署とは話がついたと言った。そんな事なぞ興味も無く知りたくも無かったが、後で考えてみると、脱税容疑を知っている筈なのに黙っている私が不気味に想えたのかも知れない。 税務署の査察を受けたぐらいだから確かにデザインで儲けた事を感じさせる瀟洒な自社ビルだった。ペンシル・ビルの七階建てながら一階をデザイン事務所に使う他はテナントを入れて不動産業にも手を出していた。贅沢な雰囲気を漂わす副所長は、妻より少し年下ながら派手で若く観え、事務所では夫婦の様な会話をしている。それが違和感を抱かせた。が、娘が居るのだから離婚していても夫婦に観えるのは当然で、仮に金銭だけの関係で、まして税金対策での形式離婚だとするなら普通の夫婦と何等変わらず、住む処だけが違うだけの事に過ぎないという事だと納得出来た。知人から女を紹介された時、好みのタイプだった事もあって誘われるまま飲みに行ったり食事をしたりする内、親密に成って行った。それだけに、元夫を前にして一種の三角関係は、彼等に一種の刺激を与えたのかも知れず、薄々気付いている所長に対し女は事務所でも私に熱い視線を送って来た。 尤も、猫の話はホテルのレストランで出たのだった。「所長には内緒にしておいてネ」と念を押された。「何故?」「だって、あの人、動物嫌いなのヨ。ペットの話をすると機嫌が悪くなるから」「でも、もう無関係じゃ無い?」「そりゃ、そうだけど・・・」女は猫のやり取りで私との親密度が深いと勘繰られるのを気づかったのかも知れない。それよりも降って湧いた様に起きた娘の語学留学が原因だとすれば、娘に滅法甘い父親も、娘が猫を飼っている事までは知らず、娘にすれば仔猫を手放す羽目になっても天秤に掛ければアメリカを取る方が得だと想ったのだろう。滞在する処がニューヨークのセントラル・パーク横のマンションなのを聞いて「凄い処を持っているんだな」と内心驚きながらも、その住所が、デザイン事務所のニューヨーク支店なのに気が付き、追徴金対策でマンションを手放す前に語学留学をさせておきたい親心だったのかも知れないと想った。 果たして、猫を貰ってから一年程して、女はニューヨークに行き、娘と一緒に戻って来た。普通なら久しぶりの娘との再会で楽しい海外旅行だけに幸せそうな雰囲気があっても良いのに女は堅い表情で憂鬱な顔をしていた。想った通り修正申告の追徴金で経営が苦しく成ったせいでマンションを手放す手続きをしに行ったのだろうと確信した。その為の旅行なら暗い顔になるのも理解出来た。そう言えば「税理士と相談したら、一億円分は交際費として遣えと言われ飲みまくったもんだ」と所長が冗談の様に目を細めて言っていたのが想い出され、ドンブリ勘定な経営をしているのを知った。仮に話半分としても、かつて豪快に遊び廻った私の経験よりも格段の差に舌を巻き、建築家よりもデザイナーの方が余程金に成るかと知らされた。が、職業の違いより実際はやり手という事だけなのだろう。だからこそ大物政治家を巻き込み修正申告で済ませる抜け目の無さなのだ。 そういう風に考えると、この二人にとって離婚なぞ単なる形式的な問題でしかなく、別居生活も苦には成らないのではないかと想えた。同じ事務所で毎日の様に顔を合わせていれば煩わしい家庭の事なぞ気にせず仕事に打ち込め、好きな様に遊ぶ事も出来る。言わばお互い独身生活を取り戻せた様なものだ。女は財産分与をしたお蔭で働かなくとも喰え、資産の目減りを気にして事務所に出て来るだけなのだろう。たまにデザイン事務所に行くと、所長が居なかったりすると女は猫の様子を訊いたりして「娘が気にして様子を訊いて欲しいと言うの。写真を頂戴な」と言う。猫のスナップ写真を数枚渡すと喜んで「良い家に貰われたものネ」と懐かしそうに見入っていた。猫は「ココ」と妻が命名した。ラグドール種で体毛が長く「縫いぐるみ」そのものである。一年で一人前の大人に成り、縄張り意識が強く、そのせいで隣家の悪猫が我が家には遊びに来なくなったのが面白い。(5月へつづく)
2012/04/06
コメント(0)
![]()
ココ百景(23) 庭のミカン(橙)の木を囲むように石垣を組んである。其処の横で所在無気にボンヤリとしているココである。家を建てた頃に植えた橙は毎年多くの実を生らしてくれるが、余りにも酸っぱいので鍋物の香味料として少し使うか、ホット・レモン代わりに冬場に飲むぐらいしか食べないから多くを捨てる事になる。だからそれが肥やしになって次年度に役立っているのだろう。ココはそんな事にはお構いなしに庭を我がもの顔で走り回っているが、関心は何か動くもの(獲物)を見つけて狩りをする事である。それ以外は、花であろうが橙であろうが無関心である。ジッと動かないものには興味を示さないのは猫の習性なのだろう。小説「猫と女と」(1) 猫を飼う様になって、もうかれこれ七年近くに成る。その一年ほど前から付き合い始めたデザイン事務所の女性から「娘が来月からアメリカに語学留学に行く事に成ったの。私は犬を飼って居るので面倒がみられないのヨ。どうか仔猫を貰ってくれない?」と言われ、昔、猫を飼った事があったのを想い出して当時を懐かしく想い浮かべたのだった。賢い三毛猫だった。「ねえ、貰ってくれる?」と再度訊かれて「そうだな、飼ってみようか」と軽い気持ちで承諾してしまった。妻に相談もせず猫を飼う事を勝手に決めて、妻にどう説明したものか一寸考えたが、何とか成るだろうと想った。最悪の場合、妻は拒否するかも知れず、そうなれば自分で世話をするしかない。それもまあ仕方が無い。猫なんか手間が掛からないからと半分自分を納得させた。それよりも男が一旦引き受けた以上、今更断るのが気が引け、次の日曜に女のマンションへ仔猫を受取りに行く事にした。 女は中年の頃に離婚し、再婚もせず元夫のデザイン事務所の副所長として経理を見ている。離婚した理由は知らない。が、その頃にデザイン事務所に税務署から査察が入った事を彼女を紹介してくれた知人が言っていたから、それが原因だったのかも知れない。彼女の夫は無名ながら斬新なデザインをするので大層繁盛し、ニューヨークにも支店を出しているとも言った。当時、たまたま大型マンションの設計をしていた頃で、それならと幾つかの外構デザインの作品を女に案内して貰い、気に入って八年ほど前からデザイン事務所と付き合いを始めた。初めての打合せをした際、所長が雑談の様に脱税容疑の事を話し、大物政治家を巻き込んで仕事をして来たせいで単なる修正申告をする事で税務署とは話がついたと言った。そんな事なぞ興味も無く知りたくも無かったが、後で考えてみると、脱税容疑を知っている筈なのに黙っている私が不気味に想えたのかも知れない。 税務署の査察を受けたぐらいだから確かにデザインで儲けた事を感じさせる瀟洒な自社ビルだった。ペンシル・ビルの七階建てながら一階をデザイン事務所に使う他はテナントを入れて不動産業にも手を出していた。贅沢な雰囲気を漂わす副所長は、妻より少し年下ながら派手で若く観え、事務所では夫婦の様な会話をしている。それが違和感を抱かせた。が、娘が居るのだから離婚していても夫婦に観えるのは当然で、仮に金銭だけの関係で、まして税金対策での形式離婚だとするなら普通の夫婦と何等変わらず、住む処だけが違うだけの事に過ぎないという事だと納得出来た。知人から女を紹介された時、好みのタイプだった事もあって誘われるまま飲みに行ったり食事をしたりする内、親密に成って行った。それだけに、元夫を前にして一種の三角関係は、彼等に一種の刺激を与えたのかも知れず、薄々気付いている所長に対し女は事務所でも私に熱い視線を送って来た。 尤も、猫の話はホテルのレストランで出たのだった。「所長には内緒にしておいてネ」と念を押された。「何故?」「だって、あの人、動物嫌いなのヨ。ペットの話をすると機嫌が悪くなるから」「でも、もう無関係じゃ無い?」「そりゃ、そうだけど・・・」女は猫のやり取りで私との親密度が深いと勘繰られるのを気づかったのかも知れない。それよりも降って湧いた様に起きた娘の語学留学が原因だとすれば、娘に滅法甘い父親も、娘が猫を飼っている事までは知らず、娘にすれば仔猫を手放す羽目になっても天秤に掛ければアメリカを取る方が得だと想ったのだろう。滞在する処がニューヨークのセントラル・パーク横のマンションなのを聞いて「凄い処を持っているんだな」と内心驚きながらも、その住所が、デザイン事務所のニューヨーク支店なのに気が付き、追徴金対策でマンションを手放す前に語学留学をさせておきたい親心だったのかも知れないと想った。 果たして、猫を貰ってから一年程して、女はニューヨークに行き、娘と一緒に戻って来た。普通なら久しぶりの娘との再会で楽しい海外旅行だけに幸せそうな雰囲気があっても良いのに女は堅い表情で憂鬱な顔をしていた。想った通り修正申告の追徴金で経営が苦しく成ったせいでマンションを手放す手続きをしに行ったのだろうと確信した。その為の旅行なら暗い顔になるのも理解出来た。そう言えば「税理士と相談したら、一億円分は交際費として遣えと言われ飲みまくったもんだ」と所長が冗談の様に目を細めて言っていたのが想い出され、ドンブリ勘定な経営をしているのを知った。仮に話半分としても、かつて豪快に遊び廻った私の経験よりも格段の差に舌を巻き、建築家よりもデザイナーの方が余程金に成るかと知らされた。が、職業の違いより実際はやり手という事だけなのだろう。だからこそ大物政治家を巻き込み修正申告で済ませる抜け目の無さなのだ。 そういう風に考えると、この二人にとって離婚なぞ単なる形式的な問題でしかなく、別居生活も苦には成らないのではないかと想えた。同じ事務所で毎日の様に顔を合わせていれば煩わしい家庭の事なぞ気にせず仕事に打ち込め、好きな様に遊ぶ事も出来る。言わばお互い独身生活を取り戻せた様なものだ。女は財産分与をしたお蔭で働かなくとも喰え、資産の目減りを気にして事務所に出て来るだけなのだろう。たまにデザイン事務所に行くと、所長が居なかったりすると女は猫の様子を訊いたりして「娘が気にして様子を訊いて欲しいと言うの。写真を頂戴な」と言う。猫のスナップ写真を数枚渡すと喜んで「良い家に貰われたものネ」と懐かしそうに見入っていた。猫は「ココ」と妻が命名した。ラグドール種で体毛が長く「縫いぐるみ」そのものである。一年で一人前の大人に成り、縄張り意識が強く、そのせいで隣家の悪猫が我が家には遊びに来なくなったのが面白い。(5月へつづく)
2012/04/05
コメント(0)
![]()
ココ百景(22) ココが庭の片隅に置いてある砂場で用足しを始めている処である。糞トレ―は室内用として二階のココの部屋に置いているが、室外用としては屋根付きの糞トレ―を濡れ縁に置いていた。処が、それが二年ほどで紫外線で屋根のプラスチックが割れ始め、とうとう全部割れてバラバラになってしまいトレ―だけになってしまったので、濡れても良い砂と軽石に入れ替えて反対側の庭の片隅に置いた。新しい場所に出来た糞トレ―に興味を示して其処でも用足しをする様になったが、雨に濡れるので天気の良い時にしか乗らない。雨天の時は室内のトレ―で用足しをしているのだ。室内のトレ―は週に一度程度の手入れをする様にしているが、最近では殆ど外でする様になっている。室内に臭いが残るのが嫌なのだろう。小説「猫と女と」(1) 猫を飼う様になって、もうかれこれ七年近くに成る。その一年ほど前から付き合い始めたデザイン事務所の女性から「娘が来月からアメリカに語学留学に行く事に成ったの。私は犬を飼って居るので面倒がみられないのヨ。どうか仔猫を貰ってくれない?」と言われ、昔、猫を飼った事があったのを想い出して当時を懐かしく想い浮かべたのだった。賢い三毛猫だった。「ねえ、貰ってくれる?」と再度訊かれて「そうだな、飼ってみようか」と軽い気持ちで承諾してしまった。妻に相談もせず猫を飼う事を勝手に決めて、妻にどう説明したものか一寸考えたが、何とか成るだろうと想った。最悪の場合、妻は拒否するかも知れず、そうなれば自分で世話をするしかない。それもまあ仕方が無い。猫なんか手間が掛からないからと半分自分を納得させた。それよりも男が一旦引き受けた以上、今更断るのが気が引け、次の日曜に女のマンションへ仔猫を受取りに行く事にした。 女は中年の頃に離婚し、再婚もせず元夫のデザイン事務所の副所長として経理を見ている。離婚した理由は知らない。が、その頃にデザイン事務所に税務署から査察が入った事を彼女を紹介してくれた知人が言っていたから、それが原因だったのかも知れない。彼女の夫は無名ながら斬新なデザインをするので大層繁盛し、ニューヨークにも支店を出しているとも言った。当時、たまたま大型マンションの設計をしていた頃で、それならと幾つかの外構デザインの作品を女に案内して貰い、気に入って八年ほど前からデザイン事務所と付き合いを始めた。初めての打合せをした際、所長が雑談の様に脱税容疑の事を話し、大物政治家を巻き込んで仕事をして来たせいで単なる修正申告をする事で税務署とは話がついたと言った。そんな事なぞ興味も無く知りたくも無かったが、後で考えてみると、脱税容疑を知っている筈なのに黙っている私が不気味に想えたのかも知れない。 税務署の査察を受けたぐらいだから確かにデザインで儲けた事を感じさせる瀟洒な自社ビルだった。ペンシル・ビルの七階建てながら一階をデザイン事務所に使う他はテナントを入れて不動産業にも手を出していた。贅沢な雰囲気を漂わす副所長は、妻より少し年下ながら派手で若く観え、事務所では夫婦の様な会話をしている。それが違和感を抱かせた。が、娘が居るのだから離婚していても夫婦に観えるのは当然で、仮に金銭だけの関係で、まして税金対策での形式離婚だとするなら普通の夫婦と何等変わらず、住む処だけが違うだけの事に過ぎないという事だと納得出来た。知人から女を紹介された時、好みのタイプだった事もあって誘われるまま飲みに行ったり食事をしたりする内、親密に成って行った。それだけに、元夫を前にして一種の三角関係は、彼等に一種の刺激を与えたのかも知れず、薄々気付いている所長に対し女は事務所でも私に熱い視線を送って来た。 尤も、猫の話はホテルのレストランで出たのだった。「所長には内緒にしておいてネ」と念を押された。「何故?」「だって、あの人、動物嫌いなのヨ。ペットの話をすると機嫌が悪くなるから」「でも、もう無関係じゃ無い?」「そりゃ、そうだけど・・・」女は猫のやり取りで私との親密度が深いと勘繰られるのを気づかったのかも知れない。それよりも降って湧いた様に起きた娘の語学留学が原因だとすれば、娘に滅法甘い父親も、娘が猫を飼っている事までは知らず、娘にすれば仔猫を手放す羽目になっても天秤に掛ければアメリカを取る方が得だと想ったのだろう。滞在する処がニューヨークのセントラル・パーク横のマンションなのを聞いて「凄い処を持っているんだな」と内心驚きながらも、その住所が、デザイン事務所のニューヨーク支店なのに気が付き、追徴金対策でマンションを手放す前に語学留学をさせておきたい親心だったのかも知れないと想った。 果たして、猫を貰ってから一年程して、女はニューヨークに行き、娘と一緒に戻って来た。普通なら久しぶりの娘との再会で楽しい海外旅行だけに幸せそうな雰囲気があっても良いのに女は堅い表情で憂鬱な顔をしていた。想った通り修正申告の追徴金で経営が苦しく成ったせいでマンションを手放す手続きをしに行ったのだろうと確信した。その為の旅行なら暗い顔になるのも理解出来た。そう言えば「税理士と相談したら、一億円分は交際費として遣えと言われ飲みまくったもんだ」と所長が冗談の様に目を細めて言っていたのが想い出され、ドンブリ勘定な経営をしているのを知った。仮に話半分としても、かつて豪快に遊び廻った私の経験よりも格段の差に舌を巻き、建築家よりもデザイナーの方が余程金に成るかと知らされた。が、職業の違いより実際はやり手という事だけなのだろう。だからこそ大物政治家を巻き込み修正申告で済ませる抜け目の無さなのだ。 そういう風に考えると、この二人にとって離婚なぞ単なる形式的な問題でしかなく、別居生活も苦には成らないのではないかと想えた。同じ事務所で毎日の様に顔を合わせていれば煩わしい家庭の事なぞ気にせず仕事に打ち込め、好きな様に遊ぶ事も出来る。言わばお互い独身生活を取り戻せた様なものだ。女は財産分与をしたお蔭で働かなくとも喰え、資産の目減りを気にして事務所に出て来るだけなのだろう。たまにデザイン事務所に行くと、所長が居なかったりすると女は猫の様子を訊いたりして「娘が気にして様子を訊いて欲しいと言うの。写真を頂戴な」と言う。猫のスナップ写真を数枚渡すと喜んで「良い家に貰われたものネ」と懐かしそうに見入っていた。猫は「ココ」と妻が命名した。ラグドール種で体毛が長く「縫いぐるみ」そのものである。一年で一人前の大人に成り、縄張り意識が強く、そのせいで隣家の悪猫が我が家には遊びに来なくなったのが面白い。(5月へつづく)
2012/04/04
コメント(0)
![]()
ココ百景(21) ココがパティオ(中庭)の室外機の上に乗って眺める様に成るのは春も終わり頃から夏に掛けてである。つまり、家の周りのあちこちに居場所をこしらえては居るものの、我々家族がよく居る場所が気にかかるのである。春以降はパティオの薔薇が咲き始める頃で、其処の椅子に座って眺めたりガーデニングの合間の休憩をしているとココも一緒に眺める。ココが何を眺めているのか知らないが、半分は我々家族を眺めているのだろう。何故なら、我々が移動すると一緒に付いて廻るからだ。餌かお八つか、それとも何か良い事でもあるのではないかと想っているのだ。 小説「猫と女と」(1) 猫を飼う様になって、もうかれこれ七年近くに成る。その一年ほど前から付き合い始めたデザイン事務所の女性から「娘が来月からアメリカに語学留学に行く事に成ったの。私は犬を飼って居るので面倒がみられないのヨ。どうか仔猫を貰ってくれない?」と言われ、昔、猫を飼った事があったのを想い出して当時を懐かしく想い浮かべたのだった。賢い三毛猫だった。「ねえ、貰ってくれる?」と再度訊かれて「そうだな、飼ってみようか」と軽い気持ちで承諾してしまった。妻に相談もせず猫を飼う事を勝手に決めて、妻にどう説明したものか一寸考えたが、何とか成るだろうと想った。最悪の場合、妻は拒否するかも知れず、そうなれば自分で世話をするしかない。それもまあ仕方が無い。猫なんか手間が掛からないからと半分自分を納得させた。それよりも男が一旦引き受けた以上、今更断るのが気が引け、次の日曜に女のマンションへ仔猫を受取りに行く事にした。 女は中年の頃に離婚し、再婚もせず元夫のデザイン事務所の副所長として経理を見ている。離婚した理由は知らない。が、その頃にデザイン事務所に税務署から査察が入った事を彼女を紹介してくれた知人が言っていたから、それが原因だったのかも知れない。彼女の夫は無名ながら斬新なデザインをするので大層繁盛し、ニューヨークにも支店を出しているとも言った。当時、たまたま大型マンションの設計をしていた頃で、それならと幾つかの外構デザインの作品を女に案内して貰い、気に入って八年ほど前からデザイン事務所と付き合いを始めた。初めての打合せをした際、所長が雑談の様に脱税容疑の事を話し、大物政治家を巻き込んで仕事をして来たせいで単なる修正申告をする事で税務署とは話がついたと言った。そんな事なぞ興味も無く知りたくも無かったが、後で考えてみると、脱税容疑を知っている筈なのに黙っている私が不気味に想えたのかも知れない。 税務署の査察を受けたぐらいだから確かにデザインで儲けた事を感じさせる瀟洒な自社ビルだった。ペンシル・ビルの七階建てながら一階をデザイン事務所に使う他はテナントを入れて不動産業にも手を出していた。贅沢な雰囲気を漂わす副所長は、妻より少し年下ながら派手で若く観え、事務所では夫婦の様な会話をしている。それが違和感を抱かせた。が、娘が居るのだから離婚していても夫婦に観えるのは当然で、仮に金銭だけの関係で、まして税金対策での形式離婚だとするなら普通の夫婦と何等変わらず、住む処だけが違うだけの事に過ぎないという事だと納得出来た。知人から女を紹介された時、好みのタイプだった事もあって誘われるまま飲みに行ったり食事をしたりする内、親密に成って行った。それだけに、元夫を前にして一種の三角関係は、彼等に一種の刺激を与えたのかも知れず、薄々気付いている所長に対し女は事務所でも私に熱い視線を送って来た。 尤も、猫の話はホテルのレストランで出たのだった。「所長には内緒にしておいてネ」と念を押された。「何故?」「だって、あの人、動物嫌いなのヨ。ペットの話をすると機嫌が悪くなるから」「でも、もう無関係じゃ無い?」「そりゃ、そうだけど・・・」女は猫のやり取りで私との親密度が深いと勘繰られるのを気づかったのかも知れない。それよりも降って湧いた様に起きた娘の語学留学が原因だとすれば、娘に滅法甘い父親も、娘が猫を飼っている事までは知らず、娘にすれば仔猫を手放す羽目になっても天秤に掛ければアメリカを取る方が得だと想ったのだろう。滞在する処がニューヨークのセントラル・パーク横のマンションなのを聞いて「凄い処を持っているんだな」と内心驚きながらも、その住所が、デザイン事務所のニューヨーク支店なのに気が付き、追徴金対策でマンションを手放す前に語学留学をさせておきたい親心だったのかも知れないと想った。 果たして、猫を貰ってから一年程して、女はニューヨークに行き、娘と一緒に戻って来た。普通なら久しぶりの娘との再会で楽しい海外旅行だけに幸せそうな雰囲気があっても良いのに女は堅い表情で憂鬱な顔をしていた。想った通り修正申告の追徴金で経営が苦しく成ったせいでマンションを手放す手続きをしに行ったのだろうと確信した。その為の旅行なら暗い顔になるのも理解出来た。そう言えば「税理士と相談したら、一億円分は交際費として遣えと言われ飲みまくったもんだ」と所長が冗談の様に目を細めて言っていたのが想い出され、ドンブリ勘定な経営をしているのを知った。仮に話半分としても、かつて豪快に遊び廻った私の経験よりも格段の差に舌を巻き、建築家よりもデザイナーの方が余程金に成るかと知らされた。が、職業の違いより実際はやり手という事だけなのだろう。だからこそ大物政治家を巻き込み修正申告で済ませる抜け目の無さなのだ。 そういう風に考えると、この二人にとって離婚なぞ単なる形式的な問題でしかなく、別居生活も苦には成らないのではないかと想えた。同じ事務所で毎日の様に顔を合わせていれば煩わしい家庭の事なぞ気にせず仕事に打ち込め、好きな様に遊ぶ事も出来る。言わばお互い独身生活を取り戻せた様なものだ。女は財産分与をしたお蔭で働かなくとも喰え、資産の目減りを気にして事務所に出て来るだけなのだろう。たまにデザイン事務所に行くと、所長が居なかったりすると女は猫の様子を訊いたりして「娘が気にして様子を訊いて欲しいと言うの。写真を頂戴な」と言う。猫のスナップ写真を数枚渡すと喜んで「良い家に貰われたものネ」と懐かしそうに見入っていた。猫は「ココ」と妻が命名した。ラグドール種で体毛が長く「縫いぐるみ」そのものである。一年で一人前の大人に成り、縄張り意識が強く、そのせいで隣家の悪猫が我が家には遊びに来なくなったのが面白い。(5月へつづく)
2012/04/03
コメント(0)
![]()
ココ百景(20) 庭の芝生が生えそろいだした春先、ココは獲物を探してポーチを行ったり来たりし始める。トカゲが出るのを待って居るのである。多い日なぞ狩り獲ったトカゲを数匹、ポーチに綺麗に並べる事がある。家人に戦利品を誇示しているのである。これから夏に掛けて幾らでもトカゲは出るから狩りに不自由はしないものの、トカゲにとっては恐怖の庭である。それでも一向にトカゲは消えて無くならないから次から次へと卵から孵って行くのだろう。庭木や雑草が多いから虫も多く、済み易い庭なのだろう。だからココとトカゲの知恵比べが繰り広げられる。それは大きなトカゲが捕まった事で勝敗が分かる。子供のトカゲを獲っている間はココの負けである。小説「猫と女と」(1) 猫を飼う様になって、もうかれこれ七年近くに成る。その一年ほど前から付き合い始めたデザイン事務所の女性から「娘が来月からアメリカに語学留学に行く事に成ったの。私は犬を飼って居るので面倒がみられないのヨ。どうか仔猫を貰ってくれない?」と言われ、昔、猫を飼った事があったのを想い出して当時を懐かしく想い浮かべたのだった。賢い三毛猫だった。「ねえ、貰ってくれる?」と再度訊かれて「そうだな、飼ってみようか」と軽い気持ちで承諾してしまった。妻に相談もせず猫を飼う事を勝手に決めて、妻にどう説明したものか一寸考えたが、何とか成るだろうと想った。最悪の場合、妻は拒否するかも知れず、そうなれば自分で世話をするしかない。それもまあ仕方が無い。猫なんか手間が掛からないからと半分自分を納得させた。それよりも男が一旦引き受けた以上、今更断るのが気が引け、次の日曜に女のマンションへ仔猫を受取りに行く事にした。 女は中年の頃に離婚し、再婚もせず元夫のデザイン事務所の副所長として経理を見ている。離婚した理由は知らない。が、その頃にデザイン事務所に税務署から査察が入った事を彼女を紹介してくれた知人が言っていたから、それが原因だったのかも知れない。彼女の夫は無名ながら斬新なデザインをするので大層繁盛し、ニューヨークにも支店を出しているとも言った。当時、たまたま大型マンションの設計をしていた頃で、それならと幾つかの外構デザインの作品を女に案内して貰い、気に入って八年ほど前からデザイン事務所と付き合いを始めた。初めての打合せをした際、所長が雑談の様に脱税容疑の事を話し、大物政治家を巻き込んで仕事をして来たせいで単なる修正申告をする事で税務署とは話がついたと言った。そんな事なぞ興味も無く知りたくも無かったが、後で考えてみると、脱税容疑を知っている筈なのに黙っている私が不気味に想えたのかも知れない。 税務署の査察を受けたぐらいだから確かにデザインで儲けた事を感じさせる瀟洒な自社ビルだった。ペンシル・ビルの七階建てながら一階をデザイン事務所に使う他はテナントを入れて不動産業にも手を出していた。贅沢な雰囲気を漂わす副所長は、妻より少し年下ながら派手で若く観え、事務所では夫婦の様な会話をしている。それが違和感を抱かせた。が、娘が居るのだから離婚していても夫婦に観えるのは当然で、仮に金銭だけの関係で、まして税金対策での形式離婚だとするなら普通の夫婦と何等変わらず、住む処だけが違うだけの事に過ぎないという事だと納得出来た。知人から女を紹介された時、好みのタイプだった事もあって誘われるまま飲みに行ったり食事をしたりする内、親密に成って行った。それだけに、元夫を前にして一種の三角関係は、彼等に一種の刺激を与えたのかも知れず、薄々気付いている所長に対し女は事務所でも私に熱い視線を送って来た。 尤も、猫の話はホテルのレストランで出たのだった。「所長には内緒にしておいてネ」と念を押された。「何故?」「だって、あの人、動物嫌いなのヨ。ペットの話をすると機嫌が悪くなるから」「でも、もう無関係じゃ無い?」「そりゃ、そうだけど・・・」女は猫のやり取りで私との親密度が深いと勘繰られるのを気づかったのかも知れない。それよりも降って湧いた様に起きた娘の語学留学が原因だとすれば、娘に滅法甘い父親も、娘が猫を飼っている事までは知らず、娘にすれば仔猫を手放す羽目になっても天秤に掛ければアメリカを取る方が得だと想ったのだろう。滞在する処がニューヨークのセントラル・パーク横のマンションなのを聞いて「凄い処を持っているんだな」と内心驚きながらも、その住所が、デザイン事務所のニューヨーク支店なのに気が付き、追徴金対策でマンションを手放す前に語学留学をさせておきたい親心だったのかも知れないと想った。 果たして、猫を貰ってから一年程して、女はニューヨークに行き、娘と一緒に戻って来た。普通なら久しぶりの娘との再会で楽しい海外旅行だけに幸せそうな雰囲気があっても良いのに女は堅い表情で憂鬱な顔をしていた。想った通り修正申告の追徴金で経営が苦しく成ったせいでマンションを手放す手続きをしに行ったのだろうと確信した。その為の旅行なら暗い顔になるのも理解出来た。そう言えば「税理士と相談したら、一億円分は交際費として遣えと言われ飲みまくったもんだ」と所長が冗談の様に目を細めて言っていたのが想い出され、ドンブリ勘定な経営をしているのを知った。仮に話半分としても、かつて豪快に遊び廻った私の経験よりも格段の差に舌を巻き、建築家よりもデザイナーの方が余程金に成るかと知らされた。が、職業の違いより実際はやり手という事だけなのだろう。だからこそ大物政治家を巻き込み修正申告で済ませる抜け目の無さなのだ。 そういう風に考えると、この二人にとって離婚なぞ単なる形式的な問題でしかなく、別居生活も苦には成らないのではないかと想えた。同じ事務所で毎日の様に顔を合わせていれば煩わしい家庭の事なぞ気にせず仕事に打ち込め、好きな様に遊ぶ事も出来る。言わばお互い独身生活を取り戻せた様なものだ。女は財産分与をしたお蔭で働かなくとも喰え、資産の目減りを気にして事務所に出て来るだけなのだろう。たまにデザイン事務所に行くと、所長が居なかったりすると女は猫の様子を訊いたりして「娘が気にして様子を訊いて欲しいと言うの。写真を頂戴な」と言う。猫のスナップ写真を数枚渡すと喜んで「良い家に貰われたものネ」と懐かしそうに見入っていた。猫は「ココ」と妻が命名した。ラグドール種で体毛が長く「縫いぐるみ」そのものである。一年で一人前の大人に成り、縄張り意識が強く、そのせいで隣家の悪猫が我が家には遊びに来なくなったのが面白い。(5月へつづく)
2012/04/02
コメント(0)
![]()
ココ百景(19) 書斎入り口横の飾棚に乗って毛づくろいをしている処である。この棚をワンステップにして更に天井近い棚の上に乗るのがココの日課の最初である。朝ごはんを食べると先ず此の場所から棚のトップに飛び上がるのである。今は上から下りて次なる行動に移る前の毛づくろいである。常に身だしなみを整えるのが猫と犬の違いである。だから犬は臭うが猫は臭わない。ドアの向こうは玄関で、来客が直ぐに入れる様になっている。来客があると必ずココは客と対峙する事に成る。猫好きな人には近くまで擦り寄る。猫に慣れない人が馴れ馴れしいココに驚く事もある。しかし、人懐っこい大人しい猫だと分かると安心して元の用件の話題に戻る。
2012/04/01
コメント(0)
全30件 (30件中 1-30件目)
1