全31件 (31件中 1-31件目)
1
![]()
夏(40) 貴船神社には茅の輪が飾ってあった。願い事を唱えて輪をくぐると叶うという。早速、妻は先の大病の術後の回復を願ってくぐった。ボクは俗っぽく、ロト6が当たりますようにと願った。平凡な市民が平凡な願い事をする微笑ましい風景である。今年の夏も無事過ごせる事が一番の願いなのかも知れない。小説「猫と女と」(11) 女が、舞子に恋人が出来た風なのを喜んでいるのか、それとも私に頼んでいる見合いの方に期待しているのか判断がつき兼ね、敢えて見合いの件を否定してみた。私にすれば複雑な気持で女の本音を知りたいと想ったのだ。「もし、恋人が出来たのなら、彼女に任せれば?彼女も大人だし、話をした限りではしっかりした感じだから・・・」「そうねえ。相手次第だけど・・・。ニューヨーク時代に恋人が出来たそうだけど、親の言いなりになる様な軟弱な男で、別れて帰って来たぐらいだから余り心配はしていないのヨ。でも、私は貴方に頼んだ見合いに期待しているの」「もし、仮にだけど、舞ちゃんの恋人が不倫関係だったら、どうする?」「不倫?フフ、在り得ないワ。所帯持ちの男なんか歯牙にも掛けない娘ヨ。考えた事もない」せせら笑って女は言いきった。「そう?全面的に信頼している訳だ」「そうヨ。でなきゃあ、ニューヨークになんかに独りで行かせられないわヨ」女は自信あり気だった。 この先、何が待ち受けているか分からないものの考えられる事は、私と舞子との関係を女が知った場合どういう態度に出るか明らかだけに予想するのも嫌だった。怖いとか恐ろしいという訳ではなく煩わしいのだ。自分の家庭を壊してまで舞子と一緒になる気も無い私は、その前に女とは上手く手を切れる自信はある。お互い割り切った大人の関係の気持ちで居る限り大丈夫と想え、女も私との関係が切れたとしても多分大丈夫な筈だ。かつて離婚後、強度のノイローゼを病んでいたというが、それでも仕事優先で考える女なのだ。だからこそ元夫のデザイン事務所に離婚後も平気で出入りし仕事をして来たと言える。だからこそ女と縁を切って、舞子との関係だけを秘密に続ければ、将来、仮に女が関係を知って私に突っかかって来ようとも後の祭でしか無いだろう。舞子の意志でそうなったと分かれば女も諦めるしか無い筈だ。 そんな事よりも今から舞子とも別れる算段を私はしておくべきなのだ。だが、果たしてそれができるかどうか今の私には自信が無い。理性では断言できても舞子という麻薬にドップリ毒された身体には理性は無い。言うは易く行うは難し、口ほどでもない自分に愛想をつかしてしまう。それなのに舞子から電話が来るのを心待ちにしている自分を意識してしまう。身勝手かも知れないが舞子も私に会うのを楽しみにしていると想う。母親の心の病を私が治したと信じて喜んでいるのに絶交してしまう事で病が再発したなら舞子は私を責めるだろう。舞子まで私と母親との肉体関係を知る羽目になってしまうのではないだろうか。仮に知ったとするなら舞子は私と縁を切るかも知れない。切れるなら切れても仕方が無い。そうなれば私は舞子の呪縛から逃れられる。が、舞子を失う事で禁断症状が出るのではないだろうかとも想う。色々な考えが錯綜するがどれも確信が持てない。 三角関係どころか四角関係のドロドロした関係は一体誰の為に在るのだろう。女の為なのか、それとも私の為なのか。私の為なら私が手を引けば簡単に済むだけの話だ。女は諦め、舞子も諦めるだろう。妻は知らないままで終えるだろうから問題は無い。が、女が妻にバラすと脅して関係を維持しようとするなら、先手を打って妻に話して謝罪し了承を取り付けておかねばならない。嗚呼、面倒だ。男はどうしてこうも面倒な事に心血を注いでまで女に手を出すのか。其処に山が在るのと同じく女が居る限り止むを得ない事なのだろうか。複雑な関係にこそがスリルがあって楽しいとするなら余りにも稚拙過ぎる。もっと大人になって開き直れば別の解決方法も在るのではないだろうか。こんな事で平和な家庭を乱すなぞ一人前の男のする事では無い。かつて計画通りに動いて来た私だ。人生五十を過ぎて色事で躓くなぞ世間の良い笑い物だ。妻も呆れ返って笑い転げるだろう。 案外、既に久しく関係を持たなくなった夫婦に久々の椿事は、妻にとって私を男として見直すきっかけに成るかも知れない。それならそれで良い。私が恥をかくだけの話だ。しかし、舞子の持つ毒性には魅力がある。今時こんな中年過ぎの男に若い女が金銭関係も無く情愛だけで関係を持つなぞあり得ない話だ。それだけに別れるには惜しい。あのはち切れんばかりのピチピチした身体が脳裏から消えそうにない。それも七年間も関係を持ち続けている女の実の娘だ。こんな不道徳で罪悪感のある関係はめったに無いだろう。その罪悪感こそが快感をより盛り上げる。そのくせ夫々を抱く瞬間は罪悪感も無く単なる女として受け入れられる。枯れ掛かった花と今正に開花した盛りの花との違いながら夫々の持ち味があり女達の根には共通の体質が潜んでいる。それだけに別々に抱きながらも違和感も無く同じ考え方や反応を感じる。 ところで気になる別の事としてデザイン事務所の所長が居る。彼は我々の事を知ればどう想うだろう。考えるだけ頭が痛い。仕事関係者でありながら、知る由も無い舞子との関係を知れば彼を逆上させ兼ないだろう。舞子に言わせれば変わった父だと言う。つまり離婚して別居する父親を批判的に観ているからこそ割り切って私と関係をもっているのだ。そのくせ娘に甘い父親からは渡米費用から学費から滞在費総てを出して貰い、ニューヨークのマンションに一年間無償で借り住んでいたのだ。母親と折半だったにせよ兎に角親の脛をかじって学校に通う、ちゃっかりと取るものは取る現代娘なのだ。娘にすれば当然の権利と想っているのだろうが、親にすれば両方とも大切な生娘と想っている筈だ。それを私が食べ頃になって味見をしている。考えれば人の親として許せない存在だ。つくづく私に娘が居なくて幸いだったと想ってしまう。(8月上旬へつづく・月に3回連載予定)
2012/07/31
コメント(0)
![]()
夏(39) 車で到着した貴船川の納涼床は昼食時には遅く、夕食には未だ早かった。それでも平日の空いた日だったのでガラガラの席の中から好きな場所を選んで座った。我々夫婦が食べ終える頃には、ようやく周りの席も埋まった。車なので酒は飲めなかったが、美味い料理を満喫して暑い京都の夏を涼しく過ごした後に、貴船神社へ向かう事にした。小説「猫と女と」(11) 女が、舞子に恋人が出来た風なのを喜んでいるのか、それとも私に頼んでいる見合いの方に期待しているのか判断がつき兼ね、敢えて見合いの件を否定してみた。私にすれば複雑な気持で女の本音を知りたいと想ったのだ。「もし、恋人が出来たのなら、彼女に任せれば?彼女も大人だし、話をした限りではしっかりした感じだから・・・」「そうねえ。相手次第だけど・・・。ニューヨーク時代に恋人が出来たそうだけど、親の言いなりになる様な軟弱な男で、別れて帰って来たぐらいだから余り心配はしていないのヨ。でも、私は貴方に頼んだ見合いに期待しているの」「もし、仮にだけど、舞ちゃんの恋人が不倫関係だったら、どうする?」「不倫?フフ、在り得ないワ。所帯持ちの男なんか歯牙にも掛けない娘ヨ。考えた事もない」せせら笑って女は言いきった。「そう?全面的に信頼している訳だ」「そうヨ。でなきゃあ、ニューヨークになんかに独りで行かせられないわヨ」女は自信あり気だった。 この先、何が待ち受けているか分からないものの考えられる事は、私と舞子との関係を女が知った場合どういう態度に出るか明らかだけに予想するのも嫌だった。怖いとか恐ろしいという訳ではなく煩わしいのだ。自分の家庭を壊してまで舞子と一緒になる気も無い私は、その前に女とは上手く手を切れる自信はある。お互い割り切った大人の関係の気持ちで居る限り大丈夫と想え、女も私との関係が切れたとしても多分大丈夫な筈だ。かつて離婚後、強度のノイローゼを病んでいたというが、それでも仕事優先で考える女なのだ。だからこそ元夫のデザイン事務所に離婚後も平気で出入りし仕事をして来たと言える。だからこそ女と縁を切って、舞子との関係だけを秘密に続ければ、将来、仮に女が関係を知って私に突っかかって来ようとも後の祭でしか無いだろう。舞子の意志でそうなったと分かれば女も諦めるしか無い筈だ。 そんな事よりも今から舞子とも別れる算段を私はしておくべきなのだ。だが、果たしてそれができるかどうか今の私には自信が無い。理性では断言できても舞子という麻薬にドップリ毒された身体には理性は無い。言うは易く行うは難し、口ほどでもない自分に愛想をつかしてしまう。それなのに舞子から電話が来るのを心待ちにしている自分を意識してしまう。身勝手かも知れないが舞子も私に会うのを楽しみにしていると想う。母親の心の病を私が治したと信じて喜んでいるのに絶交してしまう事で病が再発したなら舞子は私を責めるだろう。舞子まで私と母親との肉体関係を知る羽目になってしまうのではないだろうか。仮に知ったとするなら舞子は私と縁を切るかも知れない。切れるなら切れても仕方が無い。そうなれば私は舞子の呪縛から逃れられる。が、舞子を失う事で禁断症状が出るのではないだろうかとも想う。色々な考えが錯綜するがどれも確信が持てない。 三角関係どころか四角関係のドロドロした関係は一体誰の為に在るのだろう。女の為なのか、それとも私の為なのか。私の為なら私が手を引けば簡単に済むだけの話だ。女は諦め、舞子も諦めるだろう。妻は知らないままで終えるだろうから問題は無い。が、女が妻にバラすと脅して関係を維持しようとするなら、先手を打って妻に話して謝罪し了承を取り付けておかねばならない。嗚呼、面倒だ。男はどうしてこうも面倒な事に心血を注いでまで女に手を出すのか。其処に山が在るのと同じく女が居る限り止むを得ない事なのだろうか。複雑な関係にこそがスリルがあって楽しいとするなら余りにも稚拙過ぎる。もっと大人になって開き直れば別の解決方法も在るのではないだろうか。こんな事で平和な家庭を乱すなぞ一人前の男のする事では無い。かつて計画通りに動いて来た私だ。人生五十を過ぎて色事で躓くなぞ世間の良い笑い物だ。妻も呆れ返って笑い転げるだろう。 案外、既に久しく関係を持たなくなった夫婦に久々の椿事は、妻にとって私を男として見直すきっかけに成るかも知れない。それならそれで良い。私が恥をかくだけの話だ。しかし、舞子の持つ毒性には魅力がある。今時こんな中年過ぎの男に若い女が金銭関係も無く情愛だけで関係を持つなぞあり得ない話だ。それだけに別れるには惜しい。あのはち切れんばかりのピチピチした身体が脳裏から消えそうにない。それも七年間も関係を持ち続けている女の実の娘だ。こんな不道徳で罪悪感のある関係はめったに無いだろう。その罪悪感こそが快感をより盛り上げる。そのくせ夫々を抱く瞬間は罪悪感も無く単なる女として受け入れられる。枯れ掛かった花と今正に開花した盛りの花との違いながら夫々の持ち味があり女達の根には共通の体質が潜んでいる。それだけに別々に抱きながらも違和感も無く同じ考え方や反応を感じる。 ところで気になる別の事としてデザイン事務所の所長が居る。彼は我々の事を知ればどう想うだろう。考えるだけ頭が痛い。仕事関係者でありながら、知る由も無い舞子との関係を知れば彼を逆上させ兼ないだろう。舞子に言わせれば変わった父だと言う。つまり離婚して別居する父親を批判的に観ているからこそ割り切って私と関係をもっているのだ。そのくせ娘に甘い父親からは渡米費用から学費から滞在費総てを出して貰い、ニューヨークのマンションに一年間無償で借り住んでいたのだ。母親と折半だったにせよ兎に角親の脛をかじって学校に通う、ちゃっかりと取るものは取る現代娘なのだ。娘にすれば当然の権利と想っているのだろうが、親にすれば両方とも大切な生娘と想っている筈だ。それを私が食べ頃になって味見をしている。考えれば人の親として許せない存在だ。つくづく私に娘が居なくて幸いだったと想ってしまう。(8月上旬へつづく・月に3回連載予定)
2012/07/30
コメント(0)
![]()
夏(38) 今年の夏は殊に暑い。電力会社が自分の不手際を棚に上げて節電とか原発の再稼動とかロクでもない事ばかり並べ立てるから余計に暑く感じるのだろうが、こういう時は馬鹿を相手にせず納涼でもするが勝ちと洛北の貴船に行ってみようと想う。其処では都会の喧騒を忘れさせてくれる静寂と冷気が漂い、貴船川の清流を聴きながら鮎の塩焼きでも食せば極楽そのもの。一体誰の為の科学文明があるのか訝しく想ってしまい、原発に巣食う輩が市民を騙して放射能を撒き散らす現実社会を哀れに想ってしまうのである。近視眼的になっている政治家や実業界の連中はこういう贅沢の味を知らないのだろうか。人間、金の亡者になってしまっては生きている意味が無い。小説「猫と女と」(11) 女が、舞子に恋人が出来た風なのを喜んでいるのか、それとも私に頼んでいる見合いの方に期待しているのか判断がつき兼ね、敢えて見合いの件を否定してみた。私にすれば複雑な気持で女の本音を知りたいと想ったのだ。「もし、恋人が出来たのなら、彼女に任せれば?彼女も大人だし、話をした限りではしっかりした感じだから・・・」「そうねえ。相手次第だけど・・・。ニューヨーク時代に恋人が出来たそうだけど、親の言いなりになる様な軟弱な男で、別れて帰って来たぐらいだから余り心配はしていないのヨ。でも、私は貴方に頼んだ見合いに期待しているの」「もし、仮にだけど、舞ちゃんの恋人が不倫関係だったら、どうする?」「不倫?フフ、在り得ないワ。所帯持ちの男なんか歯牙にも掛けない娘ヨ。考えた事もない」せせら笑って女は言いきった。「そう?全面的に信頼している訳だ」「そうヨ。でなきゃあ、ニューヨークになんかに独りで行かせられないわヨ」女は自信あり気だった。 この先、何が待ち受けているか分からないものの考えられる事は、私と舞子との関係を女が知った場合どういう態度に出るか明らかだけに予想するのも嫌だった。怖いとか恐ろしいという訳ではなく煩わしいのだ。自分の家庭を壊してまで舞子と一緒になる気も無い私は、その前に女とは上手く手を切れる自信はある。お互い割り切った大人の関係の気持ちで居る限り大丈夫と想え、女も私との関係が切れたとしても多分大丈夫な筈だ。かつて離婚後、強度のノイローゼを病んでいたというが、それでも仕事優先で考える女なのだ。だからこそ元夫のデザイン事務所に離婚後も平気で出入りし仕事をして来たと言える。だからこそ女と縁を切って、舞子との関係だけを秘密に続ければ、将来、仮に女が関係を知って私に突っかかって来ようとも後の祭でしか無いだろう。舞子の意志でそうなったと分かれば女も諦めるしか無い筈だ。 そんな事よりも今から舞子とも別れる算段を私はしておくべきなのだ。だが、果たしてそれができるかどうか今の私には自信が無い。理性では断言できても舞子という麻薬にドップリ毒された身体には理性は無い。言うは易く行うは難し、口ほどでもない自分に愛想をつかしてしまう。それなのに舞子から電話が来るのを心待ちにしている自分を意識してしまう。身勝手かも知れないが舞子も私に会うのを楽しみにしていると想う。母親の心の病を私が治したと信じて喜んでいるのに絶交してしまう事で病が再発したなら舞子は私を責めるだろう。舞子まで私と母親との肉体関係を知る羽目になってしまうのではないだろうか。仮に知ったとするなら舞子は私と縁を切るかも知れない。切れるなら切れても仕方が無い。そうなれば私は舞子の呪縛から逃れられる。が、舞子を失う事で禁断症状が出るのではないだろうかとも想う。色々な考えが錯綜するがどれも確信が持てない。 三角関係どころか四角関係のドロドロした関係は一体誰の為に在るのだろう。女の為なのか、それとも私の為なのか。私の為なら私が手を引けば簡単に済むだけの話だ。女は諦め、舞子も諦めるだろう。妻は知らないままで終えるだろうから問題は無い。が、女が妻にバラすと脅して関係を維持しようとするなら、先手を打って妻に話して謝罪し了承を取り付けておかねばならない。嗚呼、面倒だ。男はどうしてこうも面倒な事に心血を注いでまで女に手を出すのか。其処に山が在るのと同じく女が居る限り止むを得ない事なのだろうか。複雑な関係にこそがスリルがあって楽しいとするなら余りにも稚拙過ぎる。もっと大人になって開き直れば別の解決方法も在るのではないだろうか。こんな事で平和な家庭を乱すなぞ一人前の男のする事では無い。かつて計画通りに動いて来た私だ。人生五十を過ぎて色事で躓くなぞ世間の良い笑い物だ。妻も呆れ返って笑い転げるだろう。 案外、既に久しく関係を持たなくなった夫婦に久々の椿事は、妻にとって私を男として見直すきっかけに成るかも知れない。それならそれで良い。私が恥をかくだけの話だ。しかし、舞子の持つ毒性には魅力がある。今時こんな中年過ぎの男に若い女が金銭関係も無く情愛だけで関係を持つなぞあり得ない話だ。それだけに別れるには惜しい。あのはち切れんばかりのピチピチした身体が脳裏から消えそうにない。それも七年間も関係を持ち続けている女の実の娘だ。こんな不道徳で罪悪感のある関係はめったに無いだろう。その罪悪感こそが快感をより盛り上げる。そのくせ夫々を抱く瞬間は罪悪感も無く単なる女として受け入れられる。枯れ掛かった花と今正に開花した盛りの花との違いながら夫々の持ち味があり女達の根には共通の体質が潜んでいる。それだけに別々に抱きながらも違和感も無く同じ考え方や反応を感じる。 ところで気になる別の事としてデザイン事務所の所長が居る。彼は我々の事を知ればどう想うだろう。考えるだけ頭が痛い。仕事関係者でありながら、知る由も無い舞子との関係を知れば彼を逆上させ兼ないだろう。舞子に言わせれば変わった父だと言う。つまり離婚して別居する父親を批判的に観ているからこそ割り切って私と関係をもっているのだ。そのくせ娘に甘い父親からは渡米費用から学費から滞在費総てを出して貰い、ニューヨークのマンションに一年間無償で借り住んでいたのだ。母親と折半だったにせよ兎に角親の脛をかじって学校に通う、ちゃっかりと取るものは取る現代娘なのだ。娘にすれば当然の権利と想っているのだろうが、親にすれば両方とも大切な生娘と想っている筈だ。それを私が食べ頃になって味見をしている。考えれば人の親として許せない存在だ。つくづく私に娘が居なくて幸いだったと想ってしまう。(8月上旬へつづく・月に3回連載予定)
2012/07/29
コメント(2)
![]()
夏(37) 今ではモデル・シップの小さなものは三つほど書斎の飾棚の最上部に飾ってあって埃を被っている状態である。若い頃の趣味の記憶として残してあるのだが、冬場は、ココがその後に潜んで書斎を見降ろす場所になっている。空調機の暖気が心地よく当たる位置なのだ。そしてモデル・シップがブラインド代わりになっている。何かの役に立っている限り、モデル・シップは其処の位置からは動かないだろう。が、ココも何れはこの世から消えるから、そこの頃はボクの生活環境も変わっている事だろう。しかし十年先の事は分からない。今では十年ひと昔が三年ひと昔という時代である。かつての大航海時代の悠久の頃は特別としても何とも忙しくも切ない時代になったものである。小説「猫と女と」(11) 女が、舞子に恋人が出来た風なのを喜んでいるのか、それとも私に頼んでいる見合いの方に期待しているのか判断がつき兼ね、敢えて見合いの件を否定してみた。私にすれば複雑な気持で女の本音を知りたいと想ったのだ。「もし、恋人が出来たのなら、彼女に任せれば?彼女も大人だし、話をした限りではしっかりした感じだから・・・」「そうねえ。相手次第だけど・・・。ニューヨーク時代に恋人が出来たそうだけど、親の言いなりになる様な軟弱な男で、別れて帰って来たぐらいだから余り心配はしていないのヨ。でも、私は貴方に頼んだ見合いに期待しているの」「もし、仮にだけど、舞ちゃんの恋人が不倫関係だったら、どうする?」「不倫?フフ、在り得ないワ。所帯持ちの男なんか歯牙にも掛けない娘ヨ。考えた事もない」せせら笑って女は言いきった。「そう?全面的に信頼している訳だ」「そうヨ。でなきゃあ、ニューヨークになんかに独りで行かせられないわヨ」女は自信あり気だった。 この先、何が待ち受けているか分からないものの考えられる事は、私と舞子との関係を女が知った場合どういう態度に出るか明らかだけに予想するのも嫌だった。怖いとか恐ろしいという訳ではなく煩わしいのだ。自分の家庭を壊してまで舞子と一緒になる気も無い私は、その前に女とは上手く手を切れる自信はある。お互い割り切った大人の関係の気持ちで居る限り大丈夫と想え、女も私との関係が切れたとしても多分大丈夫な筈だ。かつて離婚後、強度のノイローゼを病んでいたというが、それでも仕事優先で考える女なのだ。だからこそ元夫のデザイン事務所に離婚後も平気で出入りし仕事をして来たと言える。だからこそ女と縁を切って、舞子との関係だけを秘密に続ければ、将来、仮に女が関係を知って私に突っかかって来ようとも後の祭でしか無いだろう。舞子の意志でそうなったと分かれば女も諦めるしか無い筈だ。 そんな事よりも今から舞子とも別れる算段を私はしておくべきなのだ。だが、果たしてそれができるかどうか今の私には自信が無い。理性では断言できても舞子という麻薬にドップリ毒された身体には理性は無い。言うは易く行うは難し、口ほどでもない自分に愛想をつかしてしまう。それなのに舞子から電話が来るのを心待ちにしている自分を意識してしまう。身勝手かも知れないが舞子も私に会うのを楽しみにしていると想う。母親の心の病を私が治したと信じて喜んでいるのに絶交してしまう事で病が再発したなら舞子は私を責めるだろう。舞子まで私と母親との肉体関係を知る羽目になってしまうのではないだろうか。仮に知ったとするなら舞子は私と縁を切るかも知れない。切れるなら切れても仕方が無い。そうなれば私は舞子の呪縛から逃れられる。が、舞子を失う事で禁断症状が出るのではないだろうかとも想う。色々な考えが錯綜するがどれも確信が持てない。 三角関係どころか四角関係のドロドロした関係は一体誰の為に在るのだろう。女の為なのか、それとも私の為なのか。私の為なら私が手を引けば簡単に済むだけの話だ。女は諦め、舞子も諦めるだろう。妻は知らないままで終えるだろうから問題は無い。が、女が妻にバラすと脅して関係を維持しようとするなら、先手を打って妻に話して謝罪し了承を取り付けておかねばならない。嗚呼、面倒だ。男はどうしてこうも面倒な事に心血を注いでまで女に手を出すのか。其処に山が在るのと同じく女が居る限り止むを得ない事なのだろうか。複雑な関係にこそがスリルがあって楽しいとするなら余りにも稚拙過ぎる。もっと大人になって開き直れば別の解決方法も在るのではないだろうか。こんな事で平和な家庭を乱すなぞ一人前の男のする事では無い。かつて計画通りに動いて来た私だ。人生五十を過ぎて色事で躓くなぞ世間の良い笑い物だ。妻も呆れ返って笑い転げるだろう。 案外、既に久しく関係を持たなくなった夫婦に久々の椿事は、妻にとって私を男として見直すきっかけに成るかも知れない。それならそれで良い。私が恥をかくだけの話だ。しかし、舞子の持つ毒性には魅力がある。今時こんな中年過ぎの男に若い女が金銭関係も無く情愛だけで関係を持つなぞあり得ない話だ。それだけに別れるには惜しい。あのはち切れんばかりのピチピチした身体が脳裏から消えそうにない。それも七年間も関係を持ち続けている女の実の娘だ。こんな不道徳で罪悪感のある関係はめったに無いだろう。その罪悪感こそが快感をより盛り上げる。そのくせ夫々を抱く瞬間は罪悪感も無く単なる女として受け入れられる。枯れ掛かった花と今正に開花した盛りの花との違いながら夫々の持ち味があり女達の根には共通の体質が潜んでいる。それだけに別々に抱きながらも違和感も無く同じ考え方や反応を感じる。 ところで気になる別の事としてデザイン事務所の所長が居る。彼は我々の事を知ればどう想うだろう。考えるだけ頭が痛い。仕事関係者でありながら、知る由も無い舞子との関係を知れば彼を逆上させ兼ないだろう。舞子に言わせれば変わった父だと言う。つまり離婚して別居する父親を批判的に観ているからこそ割り切って私と関係をもっているのだ。そのくせ娘に甘い父親からは渡米費用から学費から滞在費総てを出して貰い、ニューヨークのマンションに一年間無償で借り住んでいたのだ。母親と折半だったにせよ兎に角親の脛をかじって学校に通う、ちゃっかりと取るものは取る現代娘なのだ。娘にすれば当然の権利と想っているのだろうが、親にすれば両方とも大切な生娘と想っている筈だ。それを私が食べ頃になって味見をしている。考えれば人の親として許せない存在だ。つくづく私に娘が居なくて幸いだったと想ってしまう。(8月上旬へつづく・月に3回連載予定)
2012/07/28
コメント(0)
![]()
夏(36) 今では帆船のモデル・シップにも飽きて場所も取るから書斎のテーブルから出して誰か欲しい人でも居ればあげようかと片付けていると息子が「他人に上げるぐらいなら、自分が欲しい」と言いだしたので息子の部屋に飾った。壁に取り付けるには台が要るので柱の目線辺りにに台を作って乗せ、落ちないように鎖で補強したが、少し不安定な気がするものの、しっかりと止めてあるので10年以上、落ちずに在る。多分、今後とも移動させる事も無いだろうが、大き過ぎるモデル・シップは周りが海原に見える程の相当広い部屋に飾らないと見栄えしないものである。小説「猫と女と」(11) 女が、舞子に恋人が出来た風なのを喜んでいるのか、それとも私に頼んでいる見合いの方に期待しているのか判断がつき兼ね、敢えて見合いの件を否定してみた。私にすれば複雑な気持で女の本音を知りたいと想ったのだ。「もし、恋人が出来たのなら、彼女に任せれば?彼女も大人だし、話をした限りではしっかりした感じだから・・・」「そうねえ。相手次第だけど・・・。ニューヨーク時代に恋人が出来たそうだけど、親の言いなりになる様な軟弱な男で、別れて帰って来たぐらいだから余り心配はしていないのヨ。でも、私は貴方に頼んだ見合いに期待しているの」「もし、仮にだけど、舞ちゃんの恋人が不倫関係だったら、どうする?」「不倫?フフ、在り得ないワ。所帯持ちの男なんか歯牙にも掛けない娘ヨ。考えた事もない」せせら笑って女は言いきった。「そう?全面的に信頼している訳だ」「そうヨ。でなきゃあ、ニューヨークになんかに独りで行かせられないわヨ」女は自信あり気だった。 この先、何が待ち受けているか分からないものの考えられる事は、私と舞子との関係を女が知った場合どういう態度に出るか明らかだけに予想するのも嫌だった。怖いとか恐ろしいという訳ではなく煩わしいのだ。自分の家庭を壊してまで舞子と一緒になる気も無い私は、その前に女とは上手く手を切れる自信はある。お互い割り切った大人の関係の気持ちで居る限り大丈夫と想え、女も私との関係が切れたとしても多分大丈夫な筈だ。かつて離婚後、強度のノイローゼを病んでいたというが、それでも仕事優先で考える女なのだ。だからこそ元夫のデザイン事務所に離婚後も平気で出入りし仕事をして来たと言える。だからこそ女と縁を切って、舞子との関係だけを秘密に続ければ、将来、仮に女が関係を知って私に突っかかって来ようとも後の祭でしか無いだろう。舞子の意志でそうなったと分かれば女も諦めるしか無い筈だ。 そんな事よりも今から舞子とも別れる算段を私はしておくべきなのだ。だが、果たしてそれができるかどうか今の私には自信が無い。理性では断言できても舞子という麻薬にドップリ毒された身体には理性は無い。言うは易く行うは難し、口ほどでもない自分に愛想をつかしてしまう。それなのに舞子から電話が来るのを心待ちにしている自分を意識してしまう。身勝手かも知れないが舞子も私に会うのを楽しみにしていると想う。母親の心の病を私が治したと信じて喜んでいるのに絶交してしまう事で病が再発したなら舞子は私を責めるだろう。舞子まで私と母親との肉体関係を知る羽目になってしまうのではないだろうか。仮に知ったとするなら舞子は私と縁を切るかも知れない。切れるなら切れても仕方が無い。そうなれば私は舞子の呪縛から逃れられる。が、舞子を失う事で禁断症状が出るのではないだろうかとも想う。色々な考えが錯綜するがどれも確信が持てない。 三角関係どころか四角関係のドロドロした関係は一体誰の為に在るのだろう。女の為なのか、それとも私の為なのか。私の為なら私が手を引けば簡単に済むだけの話だ。女は諦め、舞子も諦めるだろう。妻は知らないままで終えるだろうから問題は無い。が、女が妻にバラすと脅して関係を維持しようとするなら、先手を打って妻に話して謝罪し了承を取り付けておかねばならない。嗚呼、面倒だ。男はどうしてこうも面倒な事に心血を注いでまで女に手を出すのか。其処に山が在るのと同じく女が居る限り止むを得ない事なのだろうか。複雑な関係にこそがスリルがあって楽しいとするなら余りにも稚拙過ぎる。もっと大人になって開き直れば別の解決方法も在るのではないだろうか。こんな事で平和な家庭を乱すなぞ一人前の男のする事では無い。かつて計画通りに動いて来た私だ。人生五十を過ぎて色事で躓くなぞ世間の良い笑い物だ。妻も呆れ返って笑い転げるだろう。 案外、既に久しく関係を持たなくなった夫婦に久々の椿事は、妻にとって私を男として見直すきっかけに成るかも知れない。それならそれで良い。私が恥をかくだけの話だ。しかし、舞子の持つ毒性には魅力がある。今時こんな中年過ぎの男に若い女が金銭関係も無く情愛だけで関係を持つなぞあり得ない話だ。それだけに別れるには惜しい。あのはち切れんばかりのピチピチした身体が脳裏から消えそうにない。それも七年間も関係を持ち続けている女の実の娘だ。こんな不道徳で罪悪感のある関係はめったに無いだろう。その罪悪感こそが快感をより盛り上げる。そのくせ夫々を抱く瞬間は罪悪感も無く単なる女として受け入れられる。枯れ掛かった花と今正に開花した盛りの花との違いながら夫々の持ち味があり女達の根には共通の体質が潜んでいる。それだけに別々に抱きながらも違和感も無く同じ考え方や反応を感じる。 ところで気になる別の事としてデザイン事務所の所長が居る。彼は我々の事を知ればどう想うだろう。考えるだけ頭が痛い。仕事関係者でありながら、知る由も無い舞子との関係を知れば彼を逆上させ兼ないだろう。舞子に言わせれば変わった父だと言う。つまり離婚して別居する父親を批判的に観ているからこそ割り切って私と関係をもっているのだ。そのくせ娘に甘い父親からは渡米費用から学費から滞在費総てを出して貰い、ニューヨークのマンションに一年間無償で借り住んでいたのだ。母親と折半だったにせよ兎に角親の脛をかじって学校に通う、ちゃっかりと取るものは取る現代娘なのだ。娘にすれば当然の権利と想っているのだろうが、親にすれば両方とも大切な生娘と想っている筈だ。それを私が食べ頃になって味見をしている。考えれば人の親として許せない存在だ。つくづく私に娘が居なくて幸いだったと想ってしまう。(8月上旬へつづく・月に3回連載予定)
2012/07/27
コメント(0)
![]()
夏(35) この帆船のモデル・シップがカティー・サークである。シンプルな形をしていて如何にも速そうな船である。ちなみに大航海時代に世界一の速さを誇っただけあって、紅茶もそうだがチューリップの球根もバブルの商品対象になった事があり、投機筋には何よりも早く届ける事が大事だったから重宝された船である。船首には下着(シュミーズ)姿の女性像が飾られ、海の神のご機嫌を取るという迷信のお蔭で事故も無く早く航海できたそうである。三十年ほど前の日本のバブルの頃は、東京の山手線内の土地を換算すれば全米すべてが買い取れる程の価値があったとされ日本中が浮かれていたが、バブルが弾けて更にリーマンショック後は今も不況の後遺症が残っている有様である。近年の中国のバブルも最早危ういと言われ中国首脳陣はビクビクものである。それに乗じてアメリカの甘言に乗せられた日本の馬鹿首相が尖閣列島国有化を言いだし中国が激怒している。正当な日本の領土である証拠も揃っているだけに、どちらもどちらだ。小説「猫と女と」(11) 女が、舞子に恋人が出来た風なのを喜んでいるのか、それとも私に頼んでいる見合いの方に期待しているのか判断がつき兼ね、敢えて見合いの件を否定してみた。私にすれば複雑な気持で女の本音を知りたいと想ったのだ。「もし、恋人が出来たのなら、彼女に任せれば?彼女も大人だし、話をした限りではしっかりした感じだから・・・」「そうねえ。相手次第だけど・・・。ニューヨーク時代に恋人が出来たそうだけど、親の言いなりになる様な軟弱な男で、別れて帰って来たぐらいだから余り心配はしていないのヨ。でも、私は貴方に頼んだ見合いに期待しているの」「もし、仮にだけど、舞ちゃんの恋人が不倫関係だったら、どうする?」「不倫?フフ、在り得ないワ。所帯持ちの男なんか歯牙にも掛けない娘ヨ。考えた事もない」せせら笑って女は言いきった。「そう?全面的に信頼している訳だ」「そうヨ。でなきゃあ、ニューヨークになんかに独りで行かせられないわヨ」女は自信あり気だった。 この先、何が待ち受けているか分からないものの考えられる事は、私と舞子との関係を女が知った場合どういう態度に出るか明らかだけに予想するのも嫌だった。怖いとか恐ろしいという訳ではなく煩わしいのだ。自分の家庭を壊してまで舞子と一緒になる気も無い私は、その前に女とは上手く手を切れる自信はある。お互い割り切った大人の関係の気持ちで居る限り大丈夫と想え、女も私との関係が切れたとしても多分大丈夫な筈だ。かつて離婚後、強度のノイローゼを病んでいたというが、それでも仕事優先で考える女なのだ。だからこそ元夫のデザイン事務所に離婚後も平気で出入りし仕事をして来たと言える。だからこそ女と縁を切って、舞子との関係だけを秘密に続ければ、将来、仮に女が関係を知って私に突っかかって来ようとも後の祭でしか無いだろう。舞子の意志でそうなったと分かれば女も諦めるしか無い筈だ。 そんな事よりも今から舞子とも別れる算段を私はしておくべきなのだ。だが、果たしてそれができるかどうか今の私には自信が無い。理性では断言できても舞子という麻薬にドップリ毒された身体には理性は無い。言うは易く行うは難し、口ほどでもない自分に愛想をつかしてしまう。それなのに舞子から電話が来るのを心待ちにしている自分を意識してしまう。身勝手かも知れないが舞子も私に会うのを楽しみにしていると想う。母親の心の病を私が治したと信じて喜んでいるのに絶交してしまう事で病が再発したなら舞子は私を責めるだろう。舞子まで私と母親との肉体関係を知る羽目になってしまうのではないだろうか。仮に知ったとするなら舞子は私と縁を切るかも知れない。切れるなら切れても仕方が無い。そうなれば私は舞子の呪縛から逃れられる。が、舞子を失う事で禁断症状が出るのではないだろうかとも想う。色々な考えが錯綜するがどれも確信が持てない。 三角関係どころか四角関係のドロドロした関係は一体誰の為に在るのだろう。女の為なのか、それとも私の為なのか。私の為なら私が手を引けば簡単に済むだけの話だ。女は諦め、舞子も諦めるだろう。妻は知らないままで終えるだろうから問題は無い。が、女が妻にバラすと脅して関係を維持しようとするなら、先手を打って妻に話して謝罪し了承を取り付けておかねばならない。嗚呼、面倒だ。男はどうしてこうも面倒な事に心血を注いでまで女に手を出すのか。其処に山が在るのと同じく女が居る限り止むを得ない事なのだろうか。複雑な関係にこそがスリルがあって楽しいとするなら余りにも稚拙過ぎる。もっと大人になって開き直れば別の解決方法も在るのではないだろうか。こんな事で平和な家庭を乱すなぞ一人前の男のする事では無い。かつて計画通りに動いて来た私だ。人生五十を過ぎて色事で躓くなぞ世間の良い笑い物だ。妻も呆れ返って笑い転げるだろう。 案外、既に久しく関係を持たなくなった夫婦に久々の椿事は、妻にとって私を男として見直すきっかけに成るかも知れない。それならそれで良い。私が恥をかくだけの話だ。しかし、舞子の持つ毒性には魅力がある。今時こんな中年過ぎの男に若い女が金銭関係も無く情愛だけで関係を持つなぞあり得ない話だ。それだけに別れるには惜しい。あのはち切れんばかりのピチピチした身体が脳裏から消えそうにない。それも七年間も関係を持ち続けている女の実の娘だ。こんな不道徳で罪悪感のある関係はめったに無いだろう。その罪悪感こそが快感をより盛り上げる。そのくせ夫々を抱く瞬間は罪悪感も無く単なる女として受け入れられる。枯れ掛かった花と今正に開花した盛りの花との違いながら夫々の持ち味があり女達の根には共通の体質が潜んでいる。それだけに別々に抱きながらも違和感も無く同じ考え方や反応を感じる。 ところで気になる別の事としてデザイン事務所の所長が居る。彼は我々の事を知ればどう想うだろう。考えるだけ頭が痛い。仕事関係者でありながら、知る由も無い舞子との関係を知れば彼を逆上させ兼ないだろう。舞子に言わせれば変わった父だと言う。つまり離婚して別居する父親を批判的に観ているからこそ割り切って私と関係をもっているのだ。そのくせ娘に甘い父親からは渡米費用から学費から滞在費総てを出して貰い、ニューヨークのマンションに一年間無償で借り住んでいたのだ。母親と折半だったにせよ兎に角親の脛をかじって学校に通う、ちゃっかりと取るものは取る現代娘なのだ。娘にすれば当然の権利と想っているのだろうが、親にすれば両方とも大切な生娘と想っている筈だ。それを私が食べ頃になって味見をしている。考えれば人の親として許せない存在だ。つくづく私に娘が居なくて幸いだったと想ってしまう。(8月上旬へつづく・月に3回連載予定)
2012/07/26
コメント(0)
![]()
夏(34) 若い頃、モデルシップに凝った事があった。結婚した38年ほど前の事で、当時モデルシップが流行っていた事もあったが、たまたまカティー・サークというスコッチの会社から、自社の名前の元であるかつて印度のボンベイ(今のムンバイ)からイギリスまで紅茶を運んだ優秀な帆船であったカティー・サークのモデルシップが記念品として出され、ボクがスコッチをよく飲むので上得意と観たのか特別にくれたのだった。以来それがきっかけになって集め出したのだが、今日の写真のモデルシップはカティー・サークでは無い。多分、大航海時代のポルトガルかスペインの帆船だろうが、京都の高島屋の画廊で見つけて買ったものである。大きなもので長さが1mもあって梱包や運搬が難しかったのか画廊の担当社員が二人してわざわざ車で自宅まで届けてくれた。複雑な帆やロープが繊細で弱いものだけに運ぶのも大変だったろう。同画廊では梅原隆三郎の裸婦のリトグラフも買った事があって、昔から美術品には定評がある画廊である。小説「猫と女と」(11) 女が、舞子に恋人が出来た風なのを喜んでいるのか、それとも私に頼んでいる見合いの方に期待しているのか判断がつき兼ね、敢えて見合いの件を否定してみた。私にすれば複雑な気持で女の本音を知りたいと想ったのだ。「もし、恋人が出来たのなら、彼女に任せれば?彼女も大人だし、話をした限りではしっかりした感じだから・・・」「そうねえ。相手次第だけど・・・。ニューヨーク時代に恋人が出来たそうだけど、親の言いなりになる様な軟弱な男で、別れて帰って来たぐらいだから余り心配はしていないのヨ。でも、私は貴方に頼んだ見合いに期待しているの」「もし、仮にだけど、舞ちゃんの恋人が不倫関係だったら、どうする?」「不倫?フフ、在り得ないワ。所帯持ちの男なんか歯牙にも掛けない娘ヨ。考えた事もない」せせら笑って女は言いきった。「そう?全面的に信頼している訳だ」「そうヨ。でなきゃあ、ニューヨークになんかに独りで行かせられないわヨ」女は自信あり気だった。 この先、何が待ち受けているか分からないものの考えられる事は、私と舞子との関係を女が知った場合どういう態度に出るか明らかだけに予想するのも嫌だった。怖いとか恐ろしいという訳ではなく煩わしいのだ。自分の家庭を壊してまで舞子と一緒になる気も無い私は、その前に女とは上手く手を切れる自信はある。お互い割り切った大人の関係の気持ちで居る限り大丈夫と想え、女も私との関係が切れたとしても多分大丈夫な筈だ。かつて離婚後、強度のノイローゼを病んでいたというが、それでも仕事優先で考える女なのだ。だからこそ元夫のデザイン事務所に離婚後も平気で出入りし仕事をして来たと言える。だからこそ女と縁を切って、舞子との関係だけを秘密に続ければ、将来、仮に女が関係を知って私に突っかかって来ようとも後の祭でしか無いだろう。舞子の意志でそうなったと分かれば女も諦めるしか無い筈だ。 そんな事よりも今から舞子とも別れる算段を私はしておくべきなのだ。だが、果たしてそれができるかどうか今の私には自信が無い。理性では断言できても舞子という麻薬にドップリ毒された身体には理性は無い。言うは易く行うは難し、口ほどでもない自分に愛想をつかしてしまう。それなのに舞子から電話が来るのを心待ちにしている自分を意識してしまう。身勝手かも知れないが舞子も私に会うのを楽しみにしていると想う。母親の心の病を私が治したと信じて喜んでいるのに絶交してしまう事で病が再発したなら舞子は私を責めるだろう。舞子まで私と母親との肉体関係を知る羽目になってしまうのではないだろうか。仮に知ったとするなら舞子は私と縁を切るかも知れない。切れるなら切れても仕方が無い。そうなれば私は舞子の呪縛から逃れられる。が、舞子を失う事で禁断症状が出るのではないだろうかとも想う。色々な考えが錯綜するがどれも確信が持てない。 三角関係どころか四角関係のドロドロした関係は一体誰の為に在るのだろう。女の為なのか、それとも私の為なのか。私の為なら私が手を引けば簡単に済むだけの話だ。女は諦め、舞子も諦めるだろう。妻は知らないままで終えるだろうから問題は無い。が、女が妻にバラすと脅して関係を維持しようとするなら、先手を打って妻に話して謝罪し了承を取り付けておかねばならない。嗚呼、面倒だ。男はどうしてこうも面倒な事に心血を注いでまで女に手を出すのか。其処に山が在るのと同じく女が居る限り止むを得ない事なのだろうか。複雑な関係にこそがスリルがあって楽しいとするなら余りにも稚拙過ぎる。もっと大人になって開き直れば別の解決方法も在るのではないだろうか。こんな事で平和な家庭を乱すなぞ一人前の男のする事では無い。かつて計画通りに動いて来た私だ。人生五十を過ぎて色事で躓くなぞ世間の良い笑い物だ。妻も呆れ返って笑い転げるだろう。 案外、既に久しく関係を持たなくなった夫婦に久々の椿事は、妻にとって私を男として見直すきっかけに成るかも知れない。それならそれで良い。私が恥をかくだけの話だ。しかし、舞子の持つ毒性には魅力がある。今時こんな中年過ぎの男に若い女が金銭関係も無く情愛だけで関係を持つなぞあり得ない話だ。それだけに別れるには惜しい。あのはち切れんばかりのピチピチした身体が脳裏から消えそうにない。それも七年間も関係を持ち続けている女の実の娘だ。こんな不道徳で罪悪感のある関係はめったに無いだろう。その罪悪感こそが快感をより盛り上げる。そのくせ夫々を抱く瞬間は罪悪感も無く単なる女として受け入れられる。枯れ掛かった花と今正に開花した盛りの花との違いながら夫々の持ち味があり女達の根には共通の体質が潜んでいる。それだけに別々に抱きながらも違和感も無く同じ考え方や反応を感じる。 ところで気になる別の事としてデザイン事務所の所長が居る。彼は我々の事を知ればどう想うだろう。考えるだけ頭が痛い。仕事関係者でありながら、知る由も無い舞子との関係を知れば彼を逆上させ兼ないだろう。舞子に言わせれば変わった父だと言う。つまり離婚して別居する父親を批判的に観ているからこそ割り切って私と関係をもっているのだ。そのくせ娘に甘い父親からは渡米費用から学費から滞在費総てを出して貰い、ニューヨークのマンションに一年間無償で借り住んでいたのだ。母親と折半だったにせよ兎に角親の脛をかじって学校に通う、ちゃっかりと取るものは取る現代娘なのだ。娘にすれば当然の権利と想っているのだろうが、親にすれば両方とも大切な生娘と想っている筈だ。それを私が食べ頃になって味見をしている。考えれば人の親として許せない存在だ。つくづく私に娘が居なくて幸いだったと想ってしまう。(8月上旬へつづく・月に3回連載予定)
2012/07/25
コメント(0)
![]()
夏(33) 祇園祭の山鉾巡行の最後を飾るのは船鉾である。必ず先頭を行く長刀鉾と同じくシンガリは船鉾と昔から決められている。50年ほど昔までは本祭りと後の祭の二回あったが経費節減の為に一緒に挙行するようになってからも船鉾がシンガリを取っている。が、本来の後の祭の場合は北観音山が先頭を取り、南観音山がシンガリを取っていた。亦、本祭と後の祭を本来の姿通り別々の日に分け、来年辺りから実施しようという運動が起きている様だが決定したのかどうか分からない。多分、昨今の様に国が乱れ国民の間に日本民族としてのアイデンティティーを見なおし求められる様に成って伝統的な祭も本来の姿に戻して自信を取り戻そうとしているのかも知れない。それに震災後の日本を盛り上げる意味で世界に注目してもらいたい為に観光の目玉である祇園祭を盛大に行いたいのではないかとも考えられる。関東が駄目になりつつある今、関西復権の一つの動きでもあろう。更には来年あたりから140年ぶりに大船鉾が復活するらしい。益々、祇園祭が盛大になって行く勢いである。小説「猫と女と」(11) 女が、舞子に恋人が出来た風なのを喜んでいるのか、それとも私に頼んでいる見合いの方に期待しているのか判断がつき兼ね、敢えて見合いの件を否定してみた。私にすれば複雑な気持で女の本音を知りたいと想ったのだ。「もし、恋人が出来たのなら、彼女に任せれば?彼女も大人だし、話をした限りではしっかりした感じだから・・・」「そうねえ。相手次第だけど・・・。ニューヨーク時代に恋人が出来たそうだけど、親の言いなりになる様な軟弱な男で、別れて帰って来たぐらいだから余り心配はしていないのヨ。でも、私は貴方に頼んだ見合いに期待しているの」「もし、仮にだけど、舞ちゃんの恋人が不倫関係だったら、どうする?」「不倫?フフ、在り得ないワ。所帯持ちの男なんか歯牙にも掛けない娘ヨ。考えた事もない」せせら笑って女は言いきった。「そう?全面的に信頼している訳だ」「そうヨ。でなきゃあ、ニューヨークになんかに独りで行かせられないわヨ」女は自信あり気だった。 この先、何が待ち受けているか分からないものの考えられる事は、私と舞子との関係を女が知った場合どういう態度に出るか明らかだけに予想するのも嫌だった。怖いとか恐ろしいという訳ではなく煩わしいのだ。自分の家庭を壊してまで舞子と一緒になる気も無い私は、その前に女とは上手く手を切れる自信はある。お互い割り切った大人の関係の気持ちで居る限り大丈夫と想え、女も私との関係が切れたとしても多分大丈夫な筈だ。かつて離婚後、強度のノイローゼを病んでいたというが、それでも仕事優先で考える女なのだ。だからこそ元夫のデザイン事務所に離婚後も平気で出入りし仕事をして来たと言える。だからこそ女と縁を切って、舞子との関係だけを秘密に続ければ、将来、仮に女が関係を知って私に突っかかって来ようとも後の祭でしか無いだろう。舞子の意志でそうなったと分かれば女も諦めるしか無い筈だ。 そんな事よりも今から舞子とも別れる算段を私はしておくべきなのだ。だが、果たしてそれができるかどうか今の私には自信が無い。理性では断言できても舞子という麻薬にドップリ毒された身体には理性は無い。言うは易く行うは難し、口ほどでもない自分に愛想をつかしてしまう。それなのに舞子から電話が来るのを心待ちにしている自分を意識してしまう。身勝手かも知れないが舞子も私に会うのを楽しみにしていると想う。母親の心の病を私が治したと信じて喜んでいるのに絶交してしまう事で病が再発したなら舞子は私を責めるだろう。舞子まで私と母親との肉体関係を知る羽目になってしまうのではないだろうか。仮に知ったとするなら舞子は私と縁を切るかも知れない。切れるなら切れても仕方が無い。そうなれば私は舞子の呪縛から逃れられる。が、舞子を失う事で禁断症状が出るのではないだろうかとも想う。色々な考えが錯綜するがどれも確信が持てない。 三角関係どころか四角関係のドロドロした関係は一体誰の為に在るのだろう。女の為なのか、それとも私の為なのか。私の為なら私が手を引けば簡単に済むだけの話だ。女は諦め、舞子も諦めるだろう。妻は知らないままで終えるだろうから問題は無い。が、女が妻にバラすと脅して関係を維持しようとするなら、先手を打って妻に話して謝罪し了承を取り付けておかねばならない。嗚呼、面倒だ。男はどうしてこうも面倒な事に心血を注いでまで女に手を出すのか。其処に山が在るのと同じく女が居る限り止むを得ない事なのだろうか。複雑な関係にこそがスリルがあって楽しいとするなら余りにも稚拙過ぎる。もっと大人になって開き直れば別の解決方法も在るのではないだろうか。こんな事で平和な家庭を乱すなぞ一人前の男のする事では無い。かつて計画通りに動いて来た私だ。人生五十を過ぎて色事で躓くなぞ世間の良い笑い物だ。妻も呆れ返って笑い転げるだろう。 案外、既に久しく関係を持たなくなった夫婦に久々の椿事は、妻にとって私を男として見直すきっかけに成るかも知れない。それならそれで良い。私が恥をかくだけの話だ。しかし、舞子の持つ毒性には魅力がある。今時こんな中年過ぎの男に若い女が金銭関係も無く情愛だけで関係を持つなぞあり得ない話だ。それだけに別れるには惜しい。あのはち切れんばかりのピチピチした身体が脳裏から消えそうにない。それも七年間も関係を持ち続けている女の実の娘だ。こんな不道徳で罪悪感のある関係はめったに無いだろう。その罪悪感こそが快感をより盛り上げる。そのくせ夫々を抱く瞬間は罪悪感も無く単なる女として受け入れられる。枯れ掛かった花と今正に開花した盛りの花との違いながら夫々の持ち味があり女達の根には共通の体質が潜んでいる。それだけに別々に抱きながらも違和感も無く同じ考え方や反応を感じる。 ところで気になる別の事としてデザイン事務所の所長が居る。彼は我々の事を知ればどう想うだろう。考えるだけ頭が痛い。仕事関係者でありながら、知る由も無い舞子との関係を知れば彼を逆上させ兼ないだろう。舞子に言わせれば変わった父だと言う。つまり離婚して別居する父親を批判的に観ているからこそ割り切って私と関係をもっているのだ。そのくせ娘に甘い父親からは渡米費用から学費から滞在費総てを出して貰い、ニューヨークのマンションに一年間無償で借り住んでいたのだ。母親と折半だったにせよ兎に角親の脛をかじって学校に通う、ちゃっかりと取るものは取る現代娘なのだ。娘にすれば当然の権利と想っているのだろうが、親にすれば両方とも大切な生娘と想っている筈だ。それを私が食べ頃になって味見をしている。考えれば人の親として許せない存在だ。つくづく私に娘が居なくて幸いだったと想ってしまう。(7月下旬へつづく・月に3回連載予定)
2012/07/24
コメント(0)
![]()
夏(32) 祇園祭の写真を観ていると赤が多く使われているのに気付く。祭の華やかな色であるが何か意味があるのだろう。無病息災を願い魔よけの効力があるとされる色の赤を選んだのか神事のアカ水のゴロ合わせで赤色としたのか、それとも真夏の照りつける太陽を意味したのか様々な解釈が出来るが、要は目立って華やかな色である赤は神社のミコの袴の色や鳥居や建物に塗る朱と通ずるから神的な意味合いがあったのだろう。山鉾の側に飾ったゴブラン織は遠くフランスへ発注して取りよせたというから壮大な財力と世界観を見据えた町衆の底力を感じさせる。織田信長は舟で世界制覇を狙っていたと言われ、その意を汲んだ秀吉も同じ様に唐天竺を抑え様と朝鮮征伐に乗り出すのである。しかし、世界は広く、極東の孤島の日本に伝えられる情報は遅く、為に鎖国で日本は唯我独尊的に我が道を行くのである。そのお蔭もあって独自の高度な教育システムで大衆の教育レベルが高く、ヨーロッパから遠方にあった事も有利に働き、為に列強の植民地にも成らず、明治維新で欧米のテクノロジーを簡単に吸収してしまうのである。今や技術日本として世界のシンクタンクたらんと企業は頑張って居るのだが、政治はお粗末でアメリカやヨーロッパの後塵を拝している。情けない限りである。小説「猫と女と」(11) 女が、舞子に恋人が出来た風なのを喜んでいるのか、それとも私に頼んでいる見合いの方に期待しているのか判断がつき兼ね、敢えて見合いの件を否定してみた。私にすれば複雑な気持で女の本音を知りたいと想ったのだ。「もし、恋人が出来たのなら、彼女に任せれば?彼女も大人だし、話をした限りではしっかりした感じだから・・・」「そうねえ。相手次第だけど・・・。ニューヨーク時代に恋人が出来たそうだけど、親の言いなりになる様な軟弱な男で、別れて帰って来たぐらいだから余り心配はしていないのヨ。でも、私は貴方に頼んだ見合いに期待しているの」「もし、仮にだけど、舞ちゃんの恋人が不倫関係だったら、どうする?」「不倫?フフ、在り得ないワ。所帯持ちの男なんか歯牙にも掛けない娘ヨ。考えた事もない」せせら笑って女は言いきった。「そう?全面的に信頼している訳だ」「そうヨ。でなきゃあ、ニューヨークになんかに独りで行かせられないわヨ」女は自信あり気だった。 この先、何が待ち受けているか分からないものの考えられる事は、私と舞子との関係を女が知った場合どういう態度に出るか明らかだけに予想するのも嫌だった。怖いとか恐ろしいという訳ではなく煩わしいのだ。自分の家庭を壊してまで舞子と一緒になる気も無い私は、その前に女とは上手く手を切れる自信はある。お互い割り切った大人の関係の気持ちで居る限り大丈夫と想え、女も私との関係が切れたとしても多分大丈夫な筈だ。かつて離婚後、強度のノイローゼを病んでいたというが、それでも仕事優先で考える女なのだ。だからこそ元夫のデザイン事務所に離婚後も平気で出入りし仕事をして来たと言える。だからこそ女と縁を切って、舞子との関係だけを秘密に続ければ、将来、仮に女が関係を知って私に突っかかって来ようとも後の祭でしか無いだろう。舞子の意志でそうなったと分かれば女も諦めるしか無い筈だ。 そんな事よりも今から舞子とも別れる算段を私はしておくべきなのだ。だが、果たしてそれができるかどうか今の私には自信が無い。理性では断言できても舞子という麻薬にドップリ毒された身体には理性は無い。言うは易く行うは難し、口ほどでもない自分に愛想をつかしてしまう。それなのに舞子から電話が来るのを心待ちにしている自分を意識してしまう。身勝手かも知れないが舞子も私に会うのを楽しみにしていると想う。母親の心の病を私が治したと信じて喜んでいるのに絶交してしまう事で病が再発したなら舞子は私を責めるだろう。舞子まで私と母親との肉体関係を知る羽目になってしまうのではないだろうか。仮に知ったとするなら舞子は私と縁を切るかも知れない。切れるなら切れても仕方が無い。そうなれば私は舞子の呪縛から逃れられる。が、舞子を失う事で禁断症状が出るのではないだろうかとも想う。色々な考えが錯綜するがどれも確信が持てない。 三角関係どころか四角関係のドロドロした関係は一体誰の為に在るのだろう。女の為なのか、それとも私の為なのか。私の為なら私が手を引けば簡単に済むだけの話だ。女は諦め、舞子も諦めるだろう。妻は知らないままで終えるだろうから問題は無い。が、女が妻にバラすと脅して関係を維持しようとするなら、先手を打って妻に話して謝罪し了承を取り付けておかねばならない。嗚呼、面倒だ。男はどうしてこうも面倒な事に心血を注いでまで女に手を出すのか。其処に山が在るのと同じく女が居る限り止むを得ない事なのだろうか。複雑な関係にこそがスリルがあって楽しいとするなら余りにも稚拙過ぎる。もっと大人になって開き直れば別の解決方法も在るのではないだろうか。こんな事で平和な家庭を乱すなぞ一人前の男のする事では無い。かつて計画通りに動いて来た私だ。人生五十を過ぎて色事で躓くなぞ世間の良い笑い物だ。妻も呆れ返って笑い転げるだろう。 案外、既に久しく関係を持たなくなった夫婦に久々の椿事は、妻にとって私を男として見直すきっかけに成るかも知れない。それならそれで良い。私が恥をかくだけの話だ。しかし、舞子の持つ毒性には魅力がある。今時こんな中年過ぎの男に若い女が金銭関係も無く情愛だけで関係を持つなぞあり得ない話だ。それだけに別れるには惜しい。あのはち切れんばかりのピチピチした身体が脳裏から消えそうにない。それも七年間も関係を持ち続けている女の実の娘だ。こんな不道徳で罪悪感のある関係はめったに無いだろう。その罪悪感こそが快感をより盛り上げる。そのくせ夫々を抱く瞬間は罪悪感も無く単なる女として受け入れられる。枯れ掛かった花と今正に開花した盛りの花との違いながら夫々の持ち味があり女達の根には共通の体質が潜んでいる。それだけに別々に抱きながらも違和感も無く同じ考え方や反応を感じる。 ところで気になる別の事としてデザイン事務所の所長が居る。彼は我々の事を知ればどう想うだろう。考えるだけ頭が痛い。仕事関係者でありながら、知る由も無い舞子との関係を知れば彼を逆上させ兼ないだろう。舞子に言わせれば変わった父だと言う。つまり離婚して別居する父親を批判的に観ているからこそ割り切って私と関係をもっているのだ。そのくせ娘に甘い父親からは渡米費用から学費から滞在費総てを出して貰い、ニューヨークのマンションに一年間無償で借り住んでいたのだ。母親と折半だったにせよ兎に角親の脛をかじって学校に通う、ちゃっかりと取るものは取る現代娘なのだ。娘にすれば当然の権利と想っているのだろうが、親にすれば両方とも大切な生娘と想っている筈だ。それを私が食べ頃になって味見をしている。考えれば人の親として許せない存在だ。つくづく私に娘が居なくて幸いだったと想ってしまう。(8月上旬へつづく・月に3回連載予定)
2012/07/23
コメント(0)
![]()
夏(31) 山鉾(やまぼこ)よりも数段小さな山車(だし)は数十機あって、夫々信仰や故事が秘められている。例えば菅原道真を祭った油天神山とか冬場に母親に筍を食べさせたいと山へ掘りに行って見つけたという故事から来た孟宗山などである。鯉が滝登りをしている山車やカマキリの蟷螂山(とうろうやま)等もあって面白い。祇園祭は無病息災を願った祭ながら、チベットに同じ様な大きさのそっくりな山鉾を曳く祭があって、それは雨乞いの祭である。多分、山鉾の原型は大陸から伝わったものであろうと推測できるのである。室町時代に京の町衆が金を出し合って山鉾や山車を町内の自慢として建造して力(民活)を誇示したものが次第に大きく成って行き八坂神社(祇園にある)に奉納する祇園祭となって行ったものである。だから八坂神社の神輿が祇園町を練り歩く方を本当の祇園祭だと言う人も居る。小説「猫と女と」(11) 女が、舞子に恋人が出来た風なのを喜んでいるのか、それとも私に頼んでいる見合いの方に期待しているのか判断がつき兼ね、敢えて見合いの件を否定してみた。私にすれば複雑な気持で女の本音を知りたいと想ったのだ。「もし、恋人が出来たのなら、彼女に任せれば?彼女も大人だし、話をした限りではしっかりした感じだから・・・」「そうねえ。相手次第だけど・・・。ニューヨーク時代に恋人が出来たそうだけど、親の言いなりになる様な軟弱な男で、別れて帰って来たぐらいだから余り心配はしていないのヨ。でも、私は貴方に頼んだ見合いに期待しているの」「もし、仮にだけど、舞ちゃんの恋人が不倫関係だったら、どうする?」「不倫?フフ、在り得ないワ。所帯持ちの男なんか歯牙にも掛けない娘ヨ。考えた事もない」せせら笑って女は言いきった。「そう?全面的に信頼している訳だ」「そうヨ。でなきゃあ、ニューヨークになんかに独りで行かせられないわヨ」女は自信あり気だった。 この先、何が待ち受けているか分からないものの考えられる事は、私と舞子との関係を女が知った場合どういう態度に出るか明らかだけに予想するのも嫌だった。怖いとか恐ろしいという訳ではなく煩わしいのだ。自分の家庭を壊してまで舞子と一緒になる気も無い私は、その前に女とは上手く手を切れる自信はある。お互い割り切った大人の関係の気持ちで居る限り大丈夫と想え、女も私との関係が切れたとしても多分大丈夫な筈だ。かつて離婚後、強度のノイローゼを病んでいたというが、それでも仕事優先で考える女なのだ。だからこそ元夫のデザイン事務所に離婚後も平気で出入りし仕事をして来たと言える。だからこそ女と縁を切って、舞子との関係だけを秘密に続ければ、将来、仮に女が関係を知って私に突っかかって来ようとも後の祭でしか無いだろう。舞子の意志でそうなったと分かれば女も諦めるしか無い筈だ。 そんな事よりも今から舞子とも別れる算段を私はしておくべきなのだ。だが、果たしてそれができるかどうか今の私には自信が無い。理性では断言できても舞子という麻薬にドップリ毒された身体には理性は無い。言うは易く行うは難し、口ほどでもない自分に愛想をつかしてしまう。それなのに舞子から電話が来るのを心待ちにしている自分を意識してしまう。身勝手かも知れないが舞子も私に会うのを楽しみにしていると想う。母親の心の病を私が治したと信じて喜んでいるのに絶交してしまう事で病が再発したなら舞子は私を責めるだろう。舞子まで私と母親との肉体関係を知る羽目になってしまうのではないだろうか。仮に知ったとするなら舞子は私と縁を切るかも知れない。切れるなら切れても仕方が無い。そうなれば私は舞子の呪縛から逃れられる。が、舞子を失う事で禁断症状が出るのではないだろうかとも想う。色々な考えが錯綜するがどれも確信が持てない。 三角関係どころか四角関係のドロドロした関係は一体誰の為に在るのだろう。女の為なのか、それとも私の為なのか。私の為なら私が手を引けば簡単に済むだけの話だ。女は諦め、舞子も諦めるだろう。妻は知らないままで終えるだろうから問題は無い。が、女が妻にバラすと脅して関係を維持しようとするなら、先手を打って妻に話して謝罪し了承を取り付けておかねばならない。嗚呼、面倒だ。男はどうしてこうも面倒な事に心血を注いでまで女に手を出すのか。其処に山が在るのと同じく女が居る限り止むを得ない事なのだろうか。複雑な関係にこそがスリルがあって楽しいとするなら余りにも稚拙過ぎる。もっと大人になって開き直れば別の解決方法も在るのではないだろうか。こんな事で平和な家庭を乱すなぞ一人前の男のする事では無い。かつて計画通りに動いて来た私だ。人生五十を過ぎて色事で躓くなぞ世間の良い笑い物だ。妻も呆れ返って笑い転げるだろう。 案外、既に久しく関係を持たなくなった夫婦に久々の椿事は、妻にとって私を男として見直すきっかけに成るかも知れない。それならそれで良い。私が恥をかくだけの話だ。しかし、舞子の持つ毒性には魅力がある。今時こんな中年過ぎの男に若い女が金銭関係も無く情愛だけで関係を持つなぞあり得ない話だ。それだけに別れるには惜しい。あのはち切れんばかりのピチピチした身体が脳裏から消えそうにない。それも七年間も関係を持ち続けている女の実の娘だ。こんな不道徳で罪悪感のある関係はめったに無いだろう。その罪悪感こそが快感をより盛り上げる。そのくせ夫々を抱く瞬間は罪悪感も無く単なる女として受け入れられる。枯れ掛かった花と今正に開花した盛りの花との違いながら夫々の持ち味があり女達の根には共通の体質が潜んでいる。それだけに別々に抱きながらも違和感も無く同じ考え方や反応を感じる。 ところで気になる別の事としてデザイン事務所の所長が居る。彼は我々の事を知ればどう想うだろう。考えるだけ頭が痛い。仕事関係者でありながら、知る由も無い舞子との関係を知れば彼を逆上させ兼ないだろう。舞子に言わせれば変わった父だと言う。つまり離婚して別居する父親を批判的に観ているからこそ割り切って私と関係をもっているのだ。そのくせ娘に甘い父親からは渡米費用から学費から滞在費総てを出して貰い、ニューヨークのマンションに一年間無償で借り住んでいたのだ。母親と折半だったにせよ兎に角親の脛をかじって学校に通う、ちゃっかりと取るものは取る現代娘なのだ。娘にすれば当然の権利と想っているのだろうが、親にすれば両方とも大切な生娘と想っている筈だ。それを私が食べ頃になって味見をしている。考えれば人の親として許せない存在だ。つくづく私に娘が居なくて幸いだったと想ってしまう。(8月上旬へつづく・月に3回連載予定)
2012/07/22
コメント(0)
![]()
夏(30) 山鉾の巡行で最大の見せ場は交差点で直角に曲がる辻回しである。四条河原町(しじょうかわらまち)の高島屋の前で山鉾の大車輪の下に青竹を裂いたのを敷いて水を掛けながら引き綱で90度回転させるのである。数トンもある山鉾を回転させるのは壮大なものでスリルもあって揺れながら移動して行く度に観客から拍手が起きる。辻回しは四ヶ所あって、二番目の市役所前の河原町御池(かわらまちおいけ)と三番目の新町御池(しんまちおいけ)と最後の新町四条(しんまちしじょう)で反時計回りに進む。メインは最初の高島屋前と二番目の市役所前である。観光用に巡行ルートを現在の広い通りに変更になったのはボクが子供時代の頃の事で、それまでは高島屋前から市役所前とは反対の松原通りの方へ狭い通りを時計回りに通った。狭いから祭の迫力があって見物客も曳き手や囃子方も真剣に情熱をもって臨んだものだった。東西に走る松原通りは祇園祭と稲荷祭との結界線であった。小説「猫と女と」(11) 女が、舞子に恋人が出来た風なのを喜んでいるのか、それとも私に頼んでいる見合いの方に期待しているのか判断がつき兼ね、敢えて見合いの件を否定してみた。私にすれば複雑な気持で女の本音を知りたいと想ったのだ。「もし、恋人が出来たのなら、彼女に任せれば?彼女も大人だし、話をした限りではしっかりした感じだから・・・」「そうねえ。相手次第だけど・・・。ニューヨーク時代に恋人が出来たそうだけど、親の言いなりになる様な軟弱な男で、別れて帰って来たぐらいだから余り心配はしていないのヨ。でも、私は貴方に頼んだ見合いに期待しているの」「もし、仮にだけど、舞ちゃんの恋人が不倫関係だったら、どうする?」「不倫?フフ、在り得ないワ。所帯持ちの男なんか歯牙にも掛けない娘ヨ。考えた事もない」せせら笑って女は言いきった。「そう?全面的に信頼している訳だ」「そうヨ。でなきゃあ、ニューヨークになんかに独りで行かせられないわヨ」女は自信あり気だった。 この先、何が待ち受けているか分からないものの考えられる事は、私と舞子との関係を女が知った場合どういう態度に出るか明らかだけに予想するのも嫌だった。怖いとか恐ろしいという訳ではなく煩わしいのだ。自分の家庭を壊してまで舞子と一緒になる気も無い私は、その前に女とは上手く手を切れる自信はある。お互い割り切った大人の関係の気持ちで居る限り大丈夫と想え、女も私との関係が切れたとしても多分大丈夫な筈だ。かつて離婚後、強度のノイローゼを病んでいたというが、それでも仕事優先で考える女なのだ。だからこそ元夫のデザイン事務所に離婚後も平気で出入りし仕事をして来たと言える。だからこそ女と縁を切って、舞子との関係だけを秘密に続ければ、将来、仮に女が関係を知って私に突っかかって来ようとも後の祭でしか無いだろう。舞子の意志でそうなったと分かれば女も諦めるしか無い筈だ。 そんな事よりも今から舞子とも別れる算段を私はしておくべきなのだ。だが、果たしてそれができるかどうか今の私には自信が無い。理性では断言できても舞子という麻薬にドップリ毒された身体には理性は無い。言うは易く行うは難し、口ほどでもない自分に愛想をつかしてしまう。それなのに舞子から電話が来るのを心待ちにしている自分を意識してしまう。身勝手かも知れないが舞子も私に会うのを楽しみにしていると想う。母親の心の病を私が治したと信じて喜んでいるのに絶交してしまう事で病が再発したなら舞子は私を責めるだろう。舞子まで私と母親との肉体関係を知る羽目になってしまうのではないだろうか。仮に知ったとするなら舞子は私と縁を切るかも知れない。切れるなら切れても仕方が無い。そうなれば私は舞子の呪縛から逃れられる。が、舞子を失う事で禁断症状が出るのではないだろうかとも想う。色々な考えが錯綜するがどれも確信が持てない。 三角関係どころか四角関係のドロドロした関係は一体誰の為に在るのだろう。女の為なのか、それとも私の為なのか。私の為なら私が手を引けば簡単に済むだけの話だ。女は諦め、舞子も諦めるだろう。妻は知らないままで終えるだろうから問題は無い。が、女が妻にバラすと脅して関係を維持しようとするなら、先手を打って妻に話して謝罪し了承を取り付けておかねばならない。嗚呼、面倒だ。男はどうしてこうも面倒な事に心血を注いでまで女に手を出すのか。其処に山が在るのと同じく女が居る限り止むを得ない事なのだろうか。複雑な関係にこそがスリルがあって楽しいとするなら余りにも稚拙過ぎる。もっと大人になって開き直れば別の解決方法も在るのではないだろうか。こんな事で平和な家庭を乱すなぞ一人前の男のする事では無い。かつて計画通りに動いて来た私だ。人生五十を過ぎて色事で躓くなぞ世間の良い笑い物だ。妻も呆れ返って笑い転げるだろう。 案外、既に久しく関係を持たなくなった夫婦に久々の椿事は、妻にとって私を男として見直すきっかけに成るかも知れない。それならそれで良い。私が恥をかくだけの話だ。しかし、舞子の持つ毒性には魅力がある。今時こんな中年過ぎの男に若い女が金銭関係も無く情愛だけで関係を持つなぞあり得ない話だ。それだけに別れるには惜しい。あのはち切れんばかりのピチピチした身体が脳裏から消えそうにない。それも七年間も関係を持ち続けている女の実の娘だ。こんな不道徳で罪悪感のある関係はめったに無いだろう。その罪悪感こそが快感をより盛り上げる。そのくせ夫々を抱く瞬間は罪悪感も無く単なる女として受け入れられる。枯れ掛かった花と今正に開花した盛りの花との違いながら夫々の持ち味があり女達の根には共通の体質が潜んでいる。それだけに別々に抱きながらも違和感も無く同じ考え方や反応を感じる。 ところで気になる別の事としてデザイン事務所の所長が居る。彼は我々の事を知ればどう想うだろう。考えるだけ頭が痛い。仕事関係者でありながら、知る由も無い舞子との関係を知れば彼を逆上させ兼ないだろう。舞子に言わせれば変わった父だと言う。つまり離婚して別居する父親を批判的に観ているからこそ割り切って私と関係をもっているのだ。そのくせ娘に甘い父親からは渡米費用から学費から滞在費総てを出して貰い、ニューヨークのマンションに一年間無償で借り住んでいたのだ。母親と折半だったにせよ兎に角親の脛をかじって学校に通う、ちゃっかりと取るものは取る現代娘なのだ。娘にすれば当然の権利と想っているのだろうが、親にすれば両方とも大切な生娘と想っている筈だ。それを私が食べ頃になって味見をしている。考えれば人の親として許せない存在だ。つくづく私に娘が居なくて幸いだったと想ってしまう。(8月上旬へつづく・月に3回連載予定)
2012/07/21
コメント(0)
![]()
夏(29) 京都の夏は祇園祭一色である。だから7月は仕事にならないという。もっともそれは室町界隈の鋪町(ほこまち)だけの事で、それ以外の場所は暑さにうだる古都に過ぎない。室町のメインストリートの四条通りを挟んで北と南に分かれて山車や山鉾が立ち並び家々には家宝的存在の屏風を店の間(通りに面した部屋)に飾って見物客に見せるのである。宵山は16日で山鉾(ほこ)や山車(だし)が街中を巡行するのは17日である。それは既に終えてしまったが、祇園祭を知らないか未だ観た事の無い人に数枚の写真をアップしてみた。最初は長刀鉾(なぎなたぼこ)が先頭役として行列の位置につく。他の山鉾(ほこ)や山車(だし)は毎年くじ引きで巡行の順番が決まる。この長刀鉾の町内に生まれ育ったボクは夏と言えば祇園祭を想い浮かべるのだが、結婚して京都を離れ、奈良に住んで39年にもなれば現在の地が終の棲みかになってしまって懐かしく想い出すだけである。小説「猫と女と」(11) 女が、舞子に恋人が出来た風なのを喜んでいるのか、それとも私に頼んでいる見合いの方に期待しているのか判断がつき兼ね、敢えて見合いの件を否定してみた。私にすれば複雑な気持で女の本音を知りたいと想ったのだ。「もし、恋人が出来たのなら、彼女に任せれば?彼女も大人だし、話をした限りではしっかりした感じだから・・・」「そうねえ。相手次第だけど・・・。ニューヨーク時代に恋人が出来たそうだけど、親の言いなりになる様な軟弱な男で、別れて帰って来たぐらいだから余り心配はしていないのヨ。でも、私は貴方に頼んだ見合いに期待しているの」「もし、仮にだけど、舞ちゃんの恋人が不倫関係だったら、どうする?」「不倫?フフ、在り得ないワ。所帯持ちの男なんか歯牙にも掛けない娘ヨ。考えた事もない」せせら笑って女は言いきった。「そう?全面的に信頼している訳だ」「そうヨ。でなきゃあ、ニューヨークになんかに独りで行かせられないわヨ」女は自信あり気だった。 この先、何が待ち受けているか分からないものの考えられる事は、私と舞子との関係を女が知った場合どういう態度に出るか明らかだけに予想するのも嫌だった。怖いとか恐ろしいという訳ではなく煩わしいのだ。自分の家庭を壊してまで舞子と一緒になる気も無い私は、その前に女とは上手く手を切れる自信はある。お互い割り切った大人の関係の気持ちで居る限り大丈夫と想え、女も私との関係が切れたとしても多分大丈夫な筈だ。かつて離婚後、強度のノイローゼを病んでいたというが、それでも仕事優先で考える女なのだ。だからこそ元夫のデザイン事務所に離婚後も平気で出入りし仕事をして来たと言える。だからこそ女と縁を切って、舞子との関係だけを秘密に続ければ、将来、仮に女が関係を知って私に突っかかって来ようとも後の祭でしか無いだろう。舞子の意志でそうなったと分かれば女も諦めるしか無い筈だ。 そんな事よりも今から舞子とも別れる算段を私はしておくべきなのだ。だが、果たしてそれができるかどうか今の私には自信が無い。理性では断言できても舞子という麻薬にドップリ毒された身体には理性は無い。言うは易く行うは難し、口ほどでもない自分に愛想をつかしてしまう。それなのに舞子から電話が来るのを心待ちにしている自分を意識してしまう。身勝手かも知れないが舞子も私に会うのを楽しみにしていると想う。母親の心の病を私が治したと信じて喜んでいるのに絶交してしまう事で病が再発したなら舞子は私を責めるだろう。舞子まで私と母親との肉体関係を知る羽目になってしまうのではないだろうか。仮に知ったとするなら舞子は私と縁を切るかも知れない。切れるなら切れても仕方が無い。そうなれば私は舞子の呪縛から逃れられる。が、舞子を失う事で禁断症状が出るのではないだろうかとも想う。色々な考えが錯綜するがどれも確信が持てない。 三角関係どころか四角関係のドロドロした関係は一体誰の為に在るのだろう。女の為なのか、それとも私の為なのか。私の為なら私が手を引けば簡単に済むだけの話だ。女は諦め、舞子も諦めるだろう。妻は知らないままで終えるだろうから問題は無い。が、女が妻にバラすと脅して関係を維持しようとするなら、先手を打って妻に話して謝罪し了承を取り付けておかねばならない。嗚呼、面倒だ。男はどうしてこうも面倒な事に心血を注いでまで女に手を出すのか。其処に山が在るのと同じく女が居る限り止むを得ない事なのだろうか。複雑な関係にこそがスリルがあって楽しいとするなら余りにも稚拙過ぎる。もっと大人になって開き直れば別の解決方法も在るのではないだろうか。こんな事で平和な家庭を乱すなぞ一人前の男のする事では無い。かつて計画通りに動いて来た私だ。人生五十を過ぎて色事で躓くなぞ世間の良い笑い物だ。妻も呆れ返って笑い転げるだろう。 案外、既に久しく関係を持たなくなった夫婦に久々の椿事は、妻にとって私を男として見直すきっかけに成るかも知れない。それならそれで良い。私が恥をかくだけの話だ。しかし、舞子の持つ毒性には魅力がある。今時こんな中年過ぎの男に若い女が金銭関係も無く情愛だけで関係を持つなぞあり得ない話だ。それだけに別れるには惜しい。あのはち切れんばかりのピチピチした身体が脳裏から消えそうにない。それも七年間も関係を持ち続けている女の実の娘だ。こんな不道徳で罪悪感のある関係はめったに無いだろう。その罪悪感こそが快感をより盛り上げる。そのくせ夫々を抱く瞬間は罪悪感も無く単なる女として受け入れられる。枯れ掛かった花と今正に開花した盛りの花との違いながら夫々の持ち味があり女達の根には共通の体質が潜んでいる。それだけに別々に抱きながらも違和感も無く同じ考え方や反応を感じる。 ところで気になる別の事としてデザイン事務所の所長が居る。彼は我々の事を知ればどう想うだろう。考えるだけ頭が痛い。仕事関係者でありながら、知る由も無い舞子との関係を知れば彼を逆上させ兼ないだろう。舞子に言わせれば変わった父だと言う。つまり離婚して別居する父親を批判的に観ているからこそ割り切って私と関係をもっているのだ。そのくせ娘に甘い父親からは渡米費用から学費から滞在費総てを出して貰い、ニューヨークのマンションに一年間無償で借り住んでいたのだ。母親と折半だったにせよ兎に角親の脛をかじって学校に通う、ちゃっかりと取るものは取る現代娘なのだ。娘にすれば当然の権利と想っているのだろうが、親にすれば両方とも大切な生娘と想っている筈だ。それを私が食べ頃になって味見をしている。考えれば人の親として許せない存在だ。つくづく私に娘が居なくて幸いだったと想ってしまう。(8月上旬へつづく・月に3回連載予定)
2012/07/20
コメント(0)
![]()
夏(28) カンカン照りの真夏の太陽が、だだっ広い逃げ場の無いコースを容赦なく熱している。木陰で陽を避ける事も出来ず、帽子とカートの屋根が僅かな影である。スコアが良ければ気にもせず打てるが、スコアが想い通りに行かないと気分が落ち込み容赦ない太陽が憎らしくなって来る。喉の渇きも激しく成って来る。疲れが出ればゆっくりと落ち着いてコースを廻れば良いのだが、気持ちにゆとりが無いから逆に焦ってしまう。だから余計にスコアは伸びない。皮肉なスポーツである。それでもラウンドを終え湯に浸かって寛いで居ると苦しかったコースでの失敗も原因が見えて来て、次回はそういう事の無い様に反省する。それが楽しみで毎回同じ事を繰り返しているのだろう。次回は一つでも二つでもスコアを良くしようという希望が湧いて来るのである。小説「猫と女と」(10) 舞子との関係が一種の麻薬の様なものだと気付いた時には、もう離れられない関係にまで成っていた。理性ではいけないいけないと想いながらも、あの禁欲を破る恍惚感に浸れると想うだけで股間が熱っぽくなり、どうしても舞子を抱きたくなってしまう。ところが気持ちとは裏腹に体力が衰え、かつての様には直ぐにはいきり立てず、彼女に入って頑張ろうにも思い通りに行かない。だからそそり立つ迄の間、愛撫に時間を掛け舞子の身体を隅々まで舐め回す事になる。今ではそれは癖になってしまい乳首へのキッスから始まり、乳房の周りを舐め廻す。やがてくびれた下腹部に這いながら降りて行き、舞子特有のフワフワとした茂み地帯に到達する。そして更にその下のしっとりとした薄桃色の貝を優しく舌全体でゆっくりと舐め上げる。すると舞子の身体がよがり始め、愈々私に入れる様にせがむ。そして、辛抱し切れずに舞子は絶頂に達しかける。 それを感じて私も同じ気分に浸り、肉体とは別に心で満足感を味わってしまう。やがて舞子の一つの大きな波のうねりが過ぎ、熟れ切った身体が執拗に私に入る様に求め、自分から迎え入れる態勢になる。ようやく堅く成った一物を私はズンと押し入れ、ゆっくりとピストン運動を始める。そしてお互いに官能の世界に落ちて行く。それは一緒に底なし沼に入り込んで行く気分で、一旦合流した流れは一つの塊のままどんどん沈んで行き、知らない内に我を忘れて夢中で激しく運動を繰り返している。幾度となく押し寄せては引き返す官能の波が来て、やがてそれが去ると暫くは疲れ果て正気に戻れなくなってしまう。暫く経って遠くで舞子の呼ぶ声で私は夢の世界から戻され我にかえる。クタクタになりながら人生で此処まで快感を覚えたのは舞子が初めてだと想い知る。自分では多くの女達を相手にした積りだったのに、骨の髄から快感を感じた事なぞ一度も無かった。 そう言えば何時も覚めて居る訳でも無いのに、是までは自分の行為を天井から観下ろして居る気分だった。女の快楽に浸る表情や肢体のもだえを観たり感じたりするのが常だった。自分こそ肉体の快楽にのめり込みたい筈なのに、どうしても観察者のような気分が詰らなかった。考えれば、世にドンファンと呼ばれる男達が何故多くの女達を相手にせねばならないのか不可解に想えたものだった。しかし、今の私には分かる。と言って私がドンファンでも色男でも無いのは百も承知だ。平凡な建築家が女の事を考えたところで高が知れている。それなのに美意識や五感の喜びは建築の設計と同じく絶対的な美があると想え、心から満足のいく設計が出来た時、この上も無い快感が脳裏を襲うあの喜びに似たものが在ると信じ、仮にもそれに接していたなら満足していた筈だった。つまり是まで出逢った女達には満足出来るものが無かったという事に成る。 それが舞子には備わっている。内に秘めた激しい情熱で男を誑かせるカルメンの様な才能は、特別な女だけが持つ生まれながらの本能とでも言うものだろう。その見掛けだけでは分からない特殊な才能は、情事に夢中になっている時は快楽そのものなのに、一旦事が終わって疲れ果て、自責の念にかられながら空虚な気持になる心の苦しみでやっと気が付くものなのだ。それは我が身を蝕む毒性そのものだ。毒と知りつつ味わう楽しみから抜け出られるかどうか今の私には自信が無い。成る様にしか成らないと半分捨て鉢な気持ちで流れに任せ、舞子に誘われるまま会うだけだ。とは言いながら並行して相変わらず女は舞子と私との関係を知らないまま週末になれば会いたいと電話を掛けてくる。このまま逃げおおせられないのは分かっている。何れ決着をつけねばならないが、それまで何とか時間稼ぎをしてでも先延ばしにしたい。何か良いアイデアでも浮かばないものか。 そういう状態が数カ月続いて、とうとう女からヒステリックな金切り声で求められ、どうしても会わねばならない羽目になってしまった。久しぶりにベッドを共にする女は激しく燃え上がり、盛りの過ぎた身体なのに執拗に何度も求めて来るのだった。「どうした?今日は特に激しいな」私は女の気持ちを知りながら惚けて言ってみた。舞子とは違う激しさがこんな小さな身体からは想像もできない粘りとなって出てくる。釣らされてその内に私も燃え上がり、ふと舞子を抱いている様な気分に成るのが不思議だった。是が親子の体質なのかと内心驚きながらも舞子との違いを探ろうとしてしまう。明らかな違いと言えば見掛けの身体だけなのに、秘められた中身は同じ系統の流れに想え、女の体質総てが舞子に受け継がれている風に想える。「この数カ月、何していたの?」情事が済んで、女はためらいがちに言った。「目茶苦茶に忙しかった。大学の建て替えの設計が来て、毎週静岡へ打合せに行っていたヨ」 「あら、そうだったの?道理で、なかなか捉まらなかった訳ネ。景気の良い話じゃない」女は納得した風だった。「若い頃に設計した校舎と体育館の建て替えだ」「確か、関東の方に沢山仕事をしたと言っていたわネ。・・・ねえねえ、だったら、うちにも設計の仕事ある?」「そうだな、校舎周辺の外構工事があるから、亦、声を掛けてみるヨ」仕事の話が舞い込んで来て女は機嫌が良く成った。「それはそうと、舞子の見合いの事は覚えてくれているでしょうネ?」女は話題を変えた。私は頷いてから舞子の近況を敢えて訊いてみた。「相変わらず遊び回っているワ。早く片付いて欲しいものよネ」全く私との事に気付いていない風だった。それが私をホッとさせた。「そう言えば、この頃、舞子の様子が変なの。恋人が出来たみたい」思わず振り返り、警戒心と不安の混じった気持ちで私は呟いてしまった。「それじゃあ、見合いなんか勧めても無駄だな」(7月下旬へつづく・月3回連載予定)
2012/07/19
コメント(0)
![]()
夏(27) ゴルフのスタート地点のティー・グランドから観たコースの風景である。ティー・グランドの白いディボット(穴)が多く観られるのはプレイヤーが素人ばかりだからボールを打つのに地面を一緒に削ってしまうからである。プロやアマチュアの上位者は決してその様な打ち方はしない。正確にティー(ボールを打ち易い様に浮き上がらせるT状の小さな受け軸)に乗せたボールだけを打つからである。たまにティーも一緒に打つ場合もあるが、その場合、ティーは後へ跳ね返って行く。それはボールにクラブ・ヘッドがジャスト・ミート(クラブの打面の500円玉ぐらいのポイントであるスイート・スポットにボールが垂直に当たった状態の事)するからで、地面に刺さったティーはその反動でボールとは逆に後へ飛ぶのである。素人は地面を叩くからティーも一緒に前に飛ぶ。そして哀れにも折れ曲がってしまい使いものに成らなくなってしまう。素人ほど浪費してしまうのである。小説「猫と女と」(10) 舞子との関係が一種の麻薬の様なものだと気付いた時には、もう離れられない関係にまで成っていた。理性ではいけないいけないと想いながらも、あの禁欲を破る恍惚感に浸れると想うだけで股間が熱っぽくなり、どうしても舞子を抱きたくなってしまう。ところが気持ちとは裏腹に体力が衰え、かつての様には直ぐにはいきり立てず、彼女に入って頑張ろうにも思い通りに行かない。だからそそり立つ迄の間、愛撫に時間を掛け舞子の身体を隅々まで舐め回す事になる。今ではそれは癖になってしまい乳首へのキッスから始まり、乳房の周りを舐め廻す。やがてくびれた下腹部に這いながら降りて行き、舞子特有のフワフワとした茂み地帯に到達する。そして更にその下のしっとりとした薄桃色の貝を優しく舌全体でゆっくりと舐め上げる。すると舞子の身体がよがり始め、愈々私に入れる様にせがむ。そして、辛抱し切れずに舞子は絶頂に達しかける。 それを感じて私も同じ気分に浸り、肉体とは別に心で満足感を味わってしまう。やがて舞子の一つの大きな波のうねりが過ぎ、熟れ切った身体が執拗に私に入る様に求め、自分から迎え入れる態勢になる。ようやく堅く成った一物を私はズンと押し入れ、ゆっくりとピストン運動を始める。そしてお互いに官能の世界に落ちて行く。それは一緒に底なし沼に入り込んで行く気分で、一旦合流した流れは一つの塊のままどんどん沈んで行き、知らない内に我を忘れて夢中で激しく運動を繰り返している。幾度となく押し寄せては引き返す官能の波が来て、やがてそれが去ると暫くは疲れ果て正気に戻れなくなってしまう。暫く経って遠くで舞子の呼ぶ声で私は夢の世界から戻され我にかえる。クタクタになりながら人生で此処まで快感を覚えたのは舞子が初めてだと想い知る。自分では多くの女達を相手にした積りだったのに、骨の髄から快感を感じた事なぞ一度も無かった。 そう言えば何時も覚めて居る訳でも無いのに、是までは自分の行為を天井から観下ろして居る気分だった。女の快楽に浸る表情や肢体のもだえを観たり感じたりするのが常だった。自分こそ肉体の快楽にのめり込みたい筈なのに、どうしても観察者のような気分が詰らなかった。考えれば、世にドンファンと呼ばれる男達が何故多くの女達を相手にせねばならないのか不可解に想えたものだった。しかし、今の私には分かる。と言って私がドンファンでも色男でも無いのは百も承知だ。平凡な建築家が女の事を考えたところで高が知れている。それなのに美意識や五感の喜びは建築の設計と同じく絶対的な美があると想え、心から満足のいく設計が出来た時、この上も無い快感が脳裏を襲うあの喜びに似たものが在ると信じ、仮にもそれに接していたなら満足していた筈だった。つまり是まで出逢った女達には満足出来るものが無かったという事に成る。 それが舞子には備わっている。内に秘めた激しい情熱で男を誑かせるカルメンの様な才能は、特別な女だけが持つ生まれながらの本能とでも言うものだろう。その見掛けだけでは分からない特殊な才能は、情事に夢中になっている時は快楽そのものなのに、一旦事が終わって疲れ果て、自責の念にかられながら空虚な気持になる心の苦しみでやっと気が付くものなのだ。それは我が身を蝕む毒性そのものだ。毒と知りつつ味わう楽しみから抜け出られるかどうか今の私には自信が無い。成る様にしか成らないと半分捨て鉢な気持ちで流れに任せ、舞子に誘われるまま会うだけだ。とは言いながら並行して相変わらず女は舞子と私との関係を知らないまま週末になれば会いたいと電話を掛けてくる。このまま逃げおおせられないのは分かっている。何れ決着をつけねばならないが、それまで何とか時間稼ぎをしてでも先延ばしにしたい。何か良いアイデアでも浮かばないものか。 そういう状態が数カ月続いて、とうとう女からヒステリックな金切り声で求められ、どうしても会わねばならない羽目になってしまった。久しぶりにベッドを共にする女は激しく燃え上がり、盛りの過ぎた身体なのに執拗に何度も求めて来るのだった。「どうした?今日は特に激しいな」私は女の気持ちを知りながら惚けて言ってみた。舞子とは違う激しさがこんな小さな身体からは想像もできない粘りとなって出てくる。釣らされてその内に私も燃え上がり、ふと舞子を抱いている様な気分に成るのが不思議だった。是が親子の体質なのかと内心驚きながらも舞子との違いを探ろうとしてしまう。明らかな違いと言えば見掛けの身体だけなのに、秘められた中身は同じ系統の流れに想え、女の体質総てが舞子に受け継がれている風に想える。「この数カ月、何していたの?」情事が済んで、女はためらいがちに言った。「目茶苦茶に忙しかった。大学の建て替えの設計が来て、毎週静岡へ打合せに行っていたヨ」 「あら、そうだったの?道理で、なかなか捉まらなかった訳ネ。景気の良い話じゃない」女は納得した風だった。「若い頃に設計した校舎と体育館の建て替えだ」「確か、関東の方に沢山仕事をしたと言っていたわネ。・・・ねえねえ、だったら、うちにも設計の仕事ある?」「そうだな、校舎周辺の外構工事があるから、亦、声を掛けてみるヨ」仕事の話が舞い込んで来て女は機嫌が良く成った。「それはそうと、舞子の見合いの事は覚えてくれているでしょうネ?」女は話題を変えた。私は頷いてから舞子の近況を敢えて訊いてみた。「相変わらず遊び回っているワ。早く片付いて欲しいものよネ」全く私との事に気付いていない風だった。それが私をホッとさせた。「そう言えば、この頃、舞子の様子が変なの。恋人が出来たみたい」思わず振り返り、警戒心と不安の混じった気持ちで私は呟いてしまった。「それじゃあ、見合いなんか勧めても無駄だな」(7月下旬へつづく・月3回連載予定)
2012/07/18
コメント(0)
![]()
夏(26) フラットで広大なコースは気持ちが伸び伸びとする。しかし、気持ちが緩んだり安心して打つからボールを右(スライス)や左(フック)にカーブさせてしまい勝ちになり易い。ゴルフは単純な物理学(流体力学)である。ボールの回転で右や左に飛ばせるからだ。遠くへ飛ばすにはボールに強い逆スピンを与える事で出来る。強い逆スピンは打ち降ろす事で出来る。上へ上げようとして打ち上げると返って昇らず飛距離も出ない。ボクの学んだ打法は鉞(まさかり)打法だから強い逆スピンがかかり遠くに飛ばせる。角度も15度程度だから低い弾道で次第に昇って行く。ボールの下が真空状態になり空気が流れ込んでボールを押上げるのである。飛行機の飛ぶ原理と全く同じである。スライスボールはボールに右回転を与え、フックボールは左回転を与えるのである。プロや素人の上位者はそれを使い分ける事が出来る。流体力学では無いが、玉突き(ビリヤード)も同じやり方をすれば上達は早い。小説「猫と女と」(10) 舞子との関係が一種の麻薬の様なものだと気付いた時には、もう離れられない関係にまで成っていた。理性ではいけないいけないと想いながらも、あの禁欲を破る恍惚感に浸れると想うだけで股間が熱っぽくなり、どうしても舞子を抱きたくなってしまう。ところが気持ちとは裏腹に体力が衰え、かつての様には直ぐにはいきり立てず、彼女に入って頑張ろうにも思い通りに行かない。だからそそり立つ迄の間、愛撫に時間を掛け舞子の身体を隅々まで舐め回す事になる。今ではそれは癖になってしまい乳首へのキッスから始まり、乳房の周りを舐め廻す。やがてくびれた下腹部に這いながら降りて行き、舞子特有のフワフワとした茂み地帯に到達する。そして更にその下のしっとりとした薄桃色の貝を優しく舌全体でゆっくりと舐め上げる。すると舞子の身体がよがり始め、愈々私に入れる様にせがむ。そして、辛抱し切れずに舞子は絶頂に達しかける。 それを感じて私も同じ気分に浸り、肉体とは別に心で満足感を味わってしまう。やがて舞子の一つの大きな波のうねりが過ぎ、熟れ切った身体が執拗に私に入る様に求め、自分から迎え入れる態勢になる。ようやく堅く成った一物を私はズンと押し入れ、ゆっくりとピストン運動を始める。そしてお互いに官能の世界に落ちて行く。それは一緒に底なし沼に入り込んで行く気分で、一旦合流した流れは一つの塊のままどんどん沈んで行き、知らない内に我を忘れて夢中で激しく運動を繰り返している。幾度となく押し寄せては引き返す官能の波が来て、やがてそれが去ると暫くは疲れ果て正気に戻れなくなってしまう。暫く経って遠くで舞子の呼ぶ声で私は夢の世界から戻され我にかえる。クタクタになりながら人生で此処まで快感を覚えたのは舞子が初めてだと想い知る。自分では多くの女達を相手にした積りだったのに、骨の髄から快感を感じた事なぞ一度も無かった。 そう言えば何時も覚めて居る訳でも無いのに、是までは自分の行為を天井から観下ろして居る気分だった。女の快楽に浸る表情や肢体のもだえを観たり感じたりするのが常だった。自分こそ肉体の快楽にのめり込みたい筈なのに、どうしても観察者のような気分が詰らなかった。考えれば、世にドンファンと呼ばれる男達が何故多くの女達を相手にせねばならないのか不可解に想えたものだった。しかし、今の私には分かる。と言って私がドンファンでも色男でも無いのは百も承知だ。平凡な建築家が女の事を考えたところで高が知れている。それなのに美意識や五感の喜びは建築の設計と同じく絶対的な美があると想え、心から満足のいく設計が出来た時、この上も無い快感が脳裏を襲うあの喜びに似たものが在ると信じ、仮にもそれに接していたなら満足していた筈だった。つまり是まで出逢った女達には満足出来るものが無かったという事に成る。 それが舞子には備わっている。内に秘めた激しい情熱で男を誑かせるカルメンの様な才能は、特別な女だけが持つ生まれながらの本能とでも言うものだろう。その見掛けだけでは分からない特殊な才能は、情事に夢中になっている時は快楽そのものなのに、一旦事が終わって疲れ果て、自責の念にかられながら空虚な気持になる心の苦しみでやっと気が付くものなのだ。それは我が身を蝕む毒性そのものだ。毒と知りつつ味わう楽しみから抜け出られるかどうか今の私には自信が無い。成る様にしか成らないと半分捨て鉢な気持ちで流れに任せ、舞子に誘われるまま会うだけだ。とは言いながら並行して相変わらず女は舞子と私との関係を知らないまま週末になれば会いたいと電話を掛けてくる。このまま逃げおおせられないのは分かっている。何れ決着をつけねばならないが、それまで何とか時間稼ぎをしてでも先延ばしにしたい。何か良いアイデアでも浮かばないものか。 そういう状態が数カ月続いて、とうとう女からヒステリックな金切り声で求められ、どうしても会わねばならない羽目になってしまった。久しぶりにベッドを共にする女は激しく燃え上がり、盛りの過ぎた身体なのに執拗に何度も求めて来るのだった。「どうした?今日は特に激しいな」私は女の気持ちを知りながら惚けて言ってみた。舞子とは違う激しさがこんな小さな身体からは想像もできない粘りとなって出てくる。釣らされてその内に私も燃え上がり、ふと舞子を抱いている様な気分に成るのが不思議だった。是が親子の体質なのかと内心驚きながらも舞子との違いを探ろうとしてしまう。明らかな違いと言えば見掛けの身体だけなのに、秘められた中身は同じ系統の流れに想え、女の体質総てが舞子に受け継がれている風に想える。「この数カ月、何していたの?」情事が済んで、女はためらいがちに言った。「目茶苦茶に忙しかった。大学の建て替えの設計が来て、毎週静岡へ打合せに行っていたヨ」 「あら、そうだったの?道理で、なかなか捉まらなかった訳ネ。景気の良い話じゃない」女は納得した風だった。「若い頃に設計した校舎と体育館の建て替えだ」「確か、関東の方に沢山仕事をしたと言っていたわネ。・・・ねえねえ、だったら、うちにも設計の仕事ある?」「そうだな、校舎周辺の外構工事があるから、亦、声を掛けてみるヨ」仕事の話が舞い込んで来て女は機嫌が良く成った。「それはそうと、舞子の見合いの事は覚えてくれているでしょうネ?」女は話題を変えた。私は頷いてから舞子の近況を敢えて訊いてみた。「相変わらず遊び回っているワ。早く片付いて欲しいものよネ」全く私との事に気付いていない風だった。それが私をホッとさせた。「そう言えば、この頃、舞子の様子が変なの。恋人が出来たみたい」思わず振り返り、警戒心と不安の混じった気持ちで私は呟いてしまった。「それじゃあ、見合いなんか勧めても無駄だな」(7月下旬へつづく・月3回連載予定)
2012/07/17
コメント(0)
![]()
夏(25) 考えてみれば今日は祇園祭の宵山である。すっかり忘れてしまう程故郷の事が遠くなってしまった。今では京都へは何か用事が無いと行かなくなってしまって他所の国の様な気がする。その代わり京都ではしなかったゴルフを大阪や兵庫、奈良、三重でするようになって京都よりも遠くへ出掛けるのだから距離の問題では無く心の問題なのだろう。京都の両親も既に亡くなって久しく、友人ともたまの同窓会で会うぐらいなものだから益々京都は外国の様な存在になってしまった。今では心のふる里として遠くにあって想う程度である。暑い夏の盛りに浴衣(ゆかた)を来て鋪町(ほこまち:祇園祭の山車が立ち並ぶ街並み)を練り歩くのは重労働である。それを平気で廻って居た子供時分が懐かしく想い出されるが、ゴルフ場を汗をかきながらプレイしながら廻るのも重労働である。しかし、どちらも遊びだから出来るのである。小説「猫と女と」(10) 舞子との関係が一種の麻薬の様なものだと気付いた時には、もう離れられない関係にまで成っていた。理性ではいけないいけないと想いながらも、あの禁欲を破る恍惚感に浸れると想うだけで股間が熱っぽくなり、どうしても舞子を抱きたくなってしまう。ところが気持ちとは裏腹に体力が衰え、かつての様には直ぐにはいきり立てず、彼女に入って頑張ろうにも思い通りに行かない。だからそそり立つ迄の間、愛撫に時間を掛け舞子の身体を隅々まで舐め回す事になる。今ではそれは癖になってしまい乳首へのキッスから始まり、乳房の周りを舐め廻す。やがてくびれた下腹部に這いながら降りて行き、舞子特有のフワフワとした茂み地帯に到達する。そして更にその下のしっとりとした薄桃色の貝を優しく舌全体でゆっくりと舐め上げる。すると舞子の身体がよがり始め、愈々私に入れる様にせがむ。そして、辛抱し切れずに舞子は絶頂に達しかける。 それを感じて私も同じ気分に浸り、肉体とは別に心で満足感を味わってしまう。やがて舞子の一つの大きな波のうねりが過ぎ、熟れ切った身体が執拗に私に入る様に求め、自分から迎え入れる態勢になる。ようやく堅く成った一物を私はズンと押し入れ、ゆっくりとピストン運動を始める。そしてお互いに官能の世界に落ちて行く。それは一緒に底なし沼に入り込んで行く気分で、一旦合流した流れは一つの塊のままどんどん沈んで行き、知らない内に我を忘れて夢中で激しく運動を繰り返している。幾度となく押し寄せては引き返す官能の波が来て、やがてそれが去ると暫くは疲れ果て正気に戻れなくなってしまう。暫く経って遠くで舞子の呼ぶ声で私は夢の世界から戻され我にかえる。クタクタになりながら人生で此処まで快感を覚えたのは舞子が初めてだと想い知る。自分では多くの女達を相手にした積りだったのに、骨の髄から快感を感じた事なぞ一度も無かった。 そう言えば何時も覚めて居る訳でも無いのに、是までは自分の行為を天井から観下ろして居る気分だった。女の快楽に浸る表情や肢体のもだえを観たり感じたりするのが常だった。自分こそ肉体の快楽にのめり込みたい筈なのに、どうしても観察者のような気分が詰らなかった。考えれば、世にドンファンと呼ばれる男達が何故多くの女達を相手にせねばならないのか不可解に想えたものだった。しかし、今の私には分かる。と言って私がドンファンでも色男でも無いのは百も承知だ。平凡な建築家が女の事を考えたところで高が知れている。それなのに美意識や五感の喜びは建築の設計と同じく絶対的な美があると想え、心から満足のいく設計が出来た時、この上も無い快感が脳裏を襲うあの喜びに似たものが在ると信じ、仮にもそれに接していたなら満足していた筈だった。つまり是まで出逢った女達には満足出来るものが無かったという事に成る。 それが舞子には備わっている。内に秘めた激しい情熱で男を誑かせるカルメンの様な才能は、特別な女だけが持つ生まれながらの本能とでも言うものだろう。その見掛けだけでは分からない特殊な才能は、情事に夢中になっている時は快楽そのものなのに、一旦事が終わって疲れ果て、自責の念にかられながら空虚な気持になる心の苦しみでやっと気が付くものなのだ。それは我が身を蝕む毒性そのものだ。毒と知りつつ味わう楽しみから抜け出られるかどうか今の私には自信が無い。成る様にしか成らないと半分捨て鉢な気持ちで流れに任せ、舞子に誘われるまま会うだけだ。とは言いながら並行して相変わらず女は舞子と私との関係を知らないまま週末になれば会いたいと電話を掛けてくる。このまま逃げおおせられないのは分かっている。何れ決着をつけねばならないが、それまで何とか時間稼ぎをしてでも先延ばしにしたい。何か良いアイデアでも浮かばないものか。 そういう状態が数カ月続いて、とうとう女からヒステリックな金切り声で求められ、どうしても会わねばならない羽目になってしまった。久しぶりにベッドを共にする女は激しく燃え上がり、盛りの過ぎた身体なのに執拗に何度も求めて来るのだった。「どうした?今日は特に激しいな」私は女の気持ちを知りながら惚けて言ってみた。舞子とは違う激しさがこんな小さな身体からは想像もできない粘りとなって出てくる。釣らされてその内に私も燃え上がり、ふと舞子を抱いている様な気分に成るのが不思議だった。是が親子の体質なのかと内心驚きながらも舞子との違いを探ろうとしてしまう。明らかな違いと言えば見掛けの身体だけなのに、秘められた中身は同じ系統の流れに想え、女の体質総てが舞子に受け継がれている風に想える。「この数カ月、何していたの?」情事が済んで、女はためらいがちに言った。「目茶苦茶に忙しかった。大学の建て替えの設計が来て、毎週静岡へ打合せに行っていたヨ」 「あら、そうだったの?道理で、なかなか捉まらなかった訳ネ。景気の良い話じゃない」女は納得した風だった。「若い頃に設計した校舎と体育館の建て替えだ」「確か、関東の方に沢山仕事をしたと言っていたわネ。・・・ねえねえ、だったら、うちにも設計の仕事ある?」「そうだな、校舎周辺の外構工事があるから、亦、声を掛けてみるヨ」仕事の話が舞い込んで来て女は機嫌が良く成った。「それはそうと、舞子の見合いの事は覚えてくれているでしょうネ?」女は話題を変えた。私は頷いてから舞子の近況を敢えて訊いてみた。「相変わらず遊び回っているワ。早く片付いて欲しいものよネ」全く私との事に気付いていない風だった。それが私をホッとさせた。「そう言えば、この頃、舞子の様子が変なの。恋人が出来たみたい」思わず振り返り、警戒心と不安の混じった気持ちで私は呟いてしまった。「それじゃあ、見合いなんか勧めても無駄だな」(7月下旬へつづく・月3回連載予定)
2012/07/16
コメント(0)
![]()
夏(24) 日本のゴルフ場は国土が80%以上も山で殆ど占められているせいでフラットな平地の処が少ない。フラットな処は海岸沿いとか古いゴルフ場ばかりで、そういう処はカートに乗って廻れるから疲れる事も少ない。最近ではパワーの強いカートや軌道に沿って動くカートが在る山岳コースも出来ているから山歩きしなくても済むが、矢張りフラットなコースには叶わない。山を削って開発せねばならない事情もあるが狭い国土にゴルフ場が多過ぎるのである。その割にはプレイ費が馬鹿高い。アメリカなら10回分行けるから気楽にプレイ出来ないのである。だから金持ちのスポーツの様に想われるが、実際はゲートボールの様に気楽にすべきものなのだ。さて、この三重県のコースは広大なフラットなゴルフ場で4種類(72ホール)ある。盆地のように周りが山に囲まれているが山岳コースでは無い。軽井沢の72ホールある西武のゴルフ場もフラットで山岳コースではない。そういうコースはリゾート地として人気がある。伸び伸びとプレイ出来る。小説「猫と女と」(10) 舞子との関係が一種の麻薬の様なものだと気付いた時には、もう離れられない関係にまで成っていた。理性ではいけないいけないと想いながらも、あの禁欲を破る恍惚感に浸れると想うだけで股間が熱っぽくなり、どうしても舞子を抱きたくなってしまう。ところが気持ちとは裏腹に体力が衰え、かつての様には直ぐにはいきり立てず、彼女に入って頑張ろうにも思い通りに行かない。だからそそり立つ迄の間、愛撫に時間を掛け舞子の身体を隅々まで舐め回す事になる。今ではそれは癖になってしまい乳首へのキッスから始まり、乳房の周りを舐め廻す。やがてくびれた下腹部に這いながら降りて行き、舞子特有のフワフワとした茂み地帯に到達する。そして更にその下のしっとりとした薄桃色の貝を優しく舌全体でゆっくりと舐め上げる。すると舞子の身体がよがり始め、愈々私に入れる様にせがむ。そして、辛抱し切れずに舞子は絶頂に達しかける。 それを感じて私も同じ気分に浸り、肉体とは別に心で満足感を味わってしまう。やがて舞子の一つの大きな波のうねりが過ぎ、熟れ切った身体が執拗に私に入る様に求め、自分から迎え入れる態勢になる。ようやく堅く成った一物を私はズンと押し入れ、ゆっくりとピストン運動を始める。そしてお互いに官能の世界に落ちて行く。それは一緒に底なし沼に入り込んで行く気分で、一旦合流した流れは一つの塊のままどんどん沈んで行き、知らない内に我を忘れて夢中で激しく運動を繰り返している。幾度となく押し寄せては引き返す官能の波が来て、やがてそれが去ると暫くは疲れ果て正気に戻れなくなってしまう。暫く経って遠くで舞子の呼ぶ声で私は夢の世界から戻され我にかえる。クタクタになりながら人生で此処まで快感を覚えたのは舞子が初めてだと想い知る。自分では多くの女達を相手にした積りだったのに、骨の髄から快感を感じた事なぞ一度も無かった。 そう言えば何時も覚めて居る訳でも無いのに、是までは自分の行為を天井から観下ろして居る気分だった。女の快楽に浸る表情や肢体のもだえを観たり感じたりするのが常だった。自分こそ肉体の快楽にのめり込みたい筈なのに、どうしても観察者のような気分が詰らなかった。考えれば、世にドンファンと呼ばれる男達が何故多くの女達を相手にせねばならないのか不可解に想えたものだった。しかし、今の私には分かる。と言って私がドンファンでも色男でも無いのは百も承知だ。平凡な建築家が女の事を考えたところで高が知れている。それなのに美意識や五感の喜びは建築の設計と同じく絶対的な美があると想え、心から満足のいく設計が出来た時、この上も無い快感が脳裏を襲うあの喜びに似たものが在ると信じ、仮にもそれに接していたなら満足していた筈だった。つまり是まで出逢った女達には満足出来るものが無かったという事に成る。 それが舞子には備わっている。内に秘めた激しい情熱で男を誑かせるカルメンの様な才能は、特別な女だけが持つ生まれながらの本能とでも言うものだろう。その見掛けだけでは分からない特殊な才能は、情事に夢中になっている時は快楽そのものなのに、一旦事が終わって疲れ果て、自責の念にかられながら空虚な気持になる心の苦しみでやっと気が付くものなのだ。それは我が身を蝕む毒性そのものだ。毒と知りつつ味わう楽しみから抜け出られるかどうか今の私には自信が無い。成る様にしか成らないと半分捨て鉢な気持ちで流れに任せ、舞子に誘われるまま会うだけだ。とは言いながら並行して相変わらず女は舞子と私との関係を知らないまま週末になれば会いたいと電話を掛けてくる。このまま逃げおおせられないのは分かっている。何れ決着をつけねばならないが、それまで何とか時間稼ぎをしてでも先延ばしにしたい。何か良いアイデアでも浮かばないものか。 そういう状態が数カ月続いて、とうとう女からヒステリックな金切り声で求められ、どうしても会わねばならない羽目になってしまった。久しぶりにベッドを共にする女は激しく燃え上がり、盛りの過ぎた身体なのに執拗に何度も求めて来るのだった。「どうした?今日は特に激しいな」私は女の気持ちを知りながら惚けて言ってみた。舞子とは違う激しさがこんな小さな身体からは想像もできない粘りとなって出てくる。釣らされてその内に私も燃え上がり、ふと舞子を抱いている様な気分に成るのが不思議だった。是が親子の体質なのかと内心驚きながらも舞子との違いを探ろうとしてしまう。明らかな違いと言えば見掛けの身体だけなのに、秘められた中身は同じ系統の流れに想え、女の体質総てが舞子に受け継がれている風に想える。「この数カ月、何していたの?」情事が済んで、女はためらいがちに言った。「目茶苦茶に忙しかった。大学の建て替えの設計が来て、毎週静岡へ打合せに行っていたヨ」 「あら、そうだったの?道理で、なかなか捉まらなかった訳ネ。景気の良い話じゃない」女は納得した風だった。「若い頃に設計した校舎と体育館の建て替えだ」「確か、関東の方に沢山仕事をしたと言っていたわネ。・・・ねえねえ、だったら、うちにも設計の仕事ある?」「そうだな、校舎周辺の外構工事があるから、亦、声を掛けてみるヨ」仕事の話が舞い込んで来て女は機嫌が良く成った。「それはそうと、舞子の見合いの事は覚えてくれているでしょうネ?」女は話題を変えた。私は頷いてから舞子の近況を敢えて訊いてみた。「相変わらず遊び回っているワ。早く片付いて欲しいものよネ」全く私との事に気付いていない風だった。それが私をホッとさせた。「そう言えば、この頃、舞子の様子が変なの。恋人が出来たみたい」思わず振り返り、警戒心と不安の混じった気持ちで私は呟いてしまった。「それじゃあ、見合いなんか勧めても無駄だな」(7月下旬へつづく・月3回連載予定)
2012/07/15
コメント(0)
![]()
夏(23) ゴルフで困るのは夏の暑さもあるが雨天もそうだ。若い頃は少々の雨でも構わずプレイしたものだったが、流石に中年過ぎから雨に打たれてずぶ濡れに成って風邪を引いたり不快な気分で終えると、もう絶対に雨のゴルフはやらないと想ったものだ。しかし、スタート時点では降っていなくても途中で降り出す事もある。コンペではそのまま続行するから止める訳にも行かない。そうまでしてやらねばならないスポーツは他にもあるが、原則として遊びでやっている分には途中で止めても構わないと想う。昔、香港のゴルフ場でプレイしていると途中で雨が降り出した事があって、周りを観るとイギリス人達はサッサとプレイを止めて引き揚げて行った。我々は最後までプレイし、震えながらシャワーを浴びてようやく人心地になった。ぐったりして食堂に行けば、白人達は背筋をシャンと伸ばしてテーブルに付き、食事をしたりお茶を飲んで綺麗なクイーンズ・イングリッシュで歓談していた。我々は背筋を伸ばして座るのがしんどくてテーブルに肘をついて楽な格好をしていた。何の為の楽しみなのか考えれば、雨が降れば中止してお茶でもする方が理にかなっている。勿体無いからからプレイをするという発想が貧弱に想えたものだった。小説「猫と女と」(10) 舞子との関係が一種の麻薬の様なものだと気付いた時には、もう離れられない関係にまで成っていた。理性ではいけないいけないと想いながらも、あの禁欲を破る恍惚感に浸れると想うだけで股間が熱っぽくなり、どうしても舞子を抱きたくなってしまう。ところが気持ちとは裏腹に体力が衰え、かつての様には直ぐにはいきり立てず、彼女に入って頑張ろうにも思い通りに行かない。だからそそり立つ迄の間、愛撫に時間を掛け舞子の身体を隅々まで舐め回す事になる。今ではそれは癖になってしまい乳首へのキッスから始まり、乳房の周りを舐め廻す。やがてくびれた下腹部に這いながら降りて行き、舞子特有のフワフワとした茂み地帯に到達する。そして更にその下のしっとりとした薄桃色の貝を優しく舌全体でゆっくりと舐め上げる。すると舞子の身体がよがり始め、愈々私に入れる様にせがむ。そして、辛抱し切れずに舞子は絶頂に達しかける。 それを感じて私も同じ気分に浸り、肉体とは別に心で満足感を味わってしまう。やがて舞子の一つの大きな波のうねりが過ぎ、熟れ切った身体が執拗に私に入る様に求め、自分から迎え入れる態勢になる。ようやく堅く成った一物を私はズンと押し入れ、ゆっくりとピストン運動を始める。そしてお互いに官能の世界に落ちて行く。それは一緒に底なし沼に入り込んで行く気分で、一旦合流した流れは一つの塊のままどんどん沈んで行き、知らない内に我を忘れて夢中で激しく運動を繰り返している。幾度となく押し寄せては引き返す官能の波が来て、やがてそれが去ると暫くは疲れ果て正気に戻れなくなってしまう。暫く経って遠くで舞子の呼ぶ声で私は夢の世界から戻され我にかえる。クタクタになりながら人生で此処まで快感を覚えたのは舞子が初めてだと想い知る。自分では多くの女達を相手にした積りだったのに、骨の髄から快感を感じた事なぞ一度も無かった。 そう言えば何時も覚めて居る訳でも無いのに、是までは自分の行為を天井から観下ろして居る気分だった。女の快楽に浸る表情や肢体のもだえを観たり感じたりするのが常だった。自分こそ肉体の快楽にのめり込みたい筈なのに、どうしても観察者のような気分が詰らなかった。考えれば、世にドンファンと呼ばれる男達が何故多くの女達を相手にせねばならないのか不可解に想えたものだった。しかし、今の私には分かる。と言って私がドンファンでも色男でも無いのは百も承知だ。平凡な建築家が女の事を考えたところで高が知れている。それなのに美意識や五感の喜びは建築の設計と同じく絶対的な美があると想え、心から満足のいく設計が出来た時、この上も無い快感が脳裏を襲うあの喜びに似たものが在ると信じ、仮にもそれに接していたなら満足していた筈だった。つまり是まで出逢った女達には満足出来るものが無かったという事に成る。 それが舞子には備わっている。内に秘めた激しい情熱で男を誑かせるカルメンの様な才能は、特別な女だけが持つ生まれながらの本能とでも言うものだろう。その見掛けだけでは分からない特殊な才能は、情事に夢中になっている時は快楽そのものなのに、一旦事が終わって疲れ果て、自責の念にかられながら空虚な気持になる心の苦しみでやっと気が付くものなのだ。それは我が身を蝕む毒性そのものだ。毒と知りつつ味わう楽しみから抜け出られるかどうか今の私には自信が無い。成る様にしか成らないと半分捨て鉢な気持ちで流れに任せ、舞子に誘われるまま会うだけだ。とは言いながら並行して相変わらず女は舞子と私との関係を知らないまま週末になれば会いたいと電話を掛けてくる。このまま逃げおおせられないのは分かっている。何れ決着をつけねばならないが、それまで何とか時間稼ぎをしてでも先延ばしにしたい。何か良いアイデアでも浮かばないものか。 そういう状態が数カ月続いて、とうとう女からヒステリックな金切り声で求められ、どうしても会わねばならない羽目になってしまった。久しぶりにベッドを共にする女は激しく燃え上がり、盛りの過ぎた身体なのに執拗に何度も求めて来るのだった。「どうした?今日は特に激しいな」私は女の気持ちを知りながら惚けて言ってみた。舞子とは違う激しさがこんな小さな身体からは想像もできない粘りとなって出てくる。釣らされてその内に私も燃え上がり、ふと舞子を抱いている様な気分に成るのが不思議だった。是が親子の体質なのかと内心驚きながらも舞子との違いを探ろうとしてしまう。明らかな違いと言えば見掛けの身体だけなのに、秘められた中身は同じ系統の流れに想え、女の体質総てが舞子に受け継がれている風に想える。「この数カ月、何していたの?」情事が済んで、女はためらいがちに言った。「目茶苦茶に忙しかった。大学の建て替えの設計が来て、毎週静岡へ打合せに行っていたヨ」 「あら、そうだったの?道理で、なかなか捉まらなかった訳ネ。景気の良い話じゃない」女は納得した風だった。「若い頃に設計した校舎と体育館の建て替えだ」「確か、関東の方に沢山仕事をしたと言っていたわネ。・・・ねえねえ、だったら、うちにも設計の仕事ある?」「そうだな、校舎周辺の外構工事があるから、亦、声を掛けてみるヨ」仕事の話が舞い込んで来て女は機嫌が良く成った。「それはそうと、舞子の見合いの事は覚えてくれているでしょうネ?」女は話題を変えた。私は頷いてから舞子の近況を敢えて訊いてみた。「相変わらず遊び回っているワ。早く片付いて欲しいものよネ」全く私との事に気付いていない風だった。それが私をホッとさせた。「そう言えば、この頃、舞子の様子が変なの。恋人が出来たみたい」思わず振り返り、警戒心と不安の混じった気持ちで私は呟いてしまった。「それじゃあ、見合いなんか勧めても無駄だな」(7月下旬へつづく・月3回連載予定)
2012/07/14
コメント(0)
![]()
夏(22) このサウスポーのプレーヤーはボクより二つ三つ年上だが夏場でも冬場でも月例会には必ず出席する熱心な会員である。彼もプライドの強い男でボクに負けると押し黙ってしまうくせに、たまに勝つと天下を取った様にはしゃぐ。高が素人の遊びなのにプロの様な気分でプレイしているのだろうか。そういう意味では楽しいゴルフである。ボクなんか途中で10年ほどブランクがあったが、それでも40年も続けていると自分の器量を知ってしまって半分覚めてプレイしている。若い頃は週に二回はグリーンでプレイし、まっ黒に日焼けしていて左手だけが真っ白な時期があった。ジャック・ニクラス全盛期の頃、彼に傾倒して真似ばかりしていた。ところが自分の限界を知ってからは行く回数も減り、やがて離れてしまい10年間は中断していた。再開するきっかけを与えてくれたのがこのサウスポーの仕事仲間だった。「暑い盛りにプレイすると風邪をひかなくなりましたヨ。あなたもやってみませんか」というひと声で亦始めた。小説「猫と女と」(10) 舞子との関係が一種の麻薬の様なものだと気付いた時には、もう離れられない関係にまで成っていた。理性ではいけないいけないと想いながらも、あの禁欲を破る恍惚感に浸れると想うだけで股間が熱っぽくなり、どうしても舞子を抱きたくなってしまう。ところが気持ちとは裏腹に体力が衰え、かつての様には直ぐにはいきり立てず、彼女に入って頑張ろうにも思い通りに行かない。だからそそり立つ迄の間、愛撫に時間を掛け舞子の身体を隅々まで舐め回す事になる。今ではそれは癖になってしまい乳首へのキッスから始まり、乳房の周りを舐め廻す。やがてくびれた下腹部に這いながら降りて行き、舞子特有のフワフワとした茂み地帯に到達する。そして更にその下のしっとりとした薄桃色の貝を優しく舌全体でゆっくりと舐め上げる。すると舞子の身体がよがり始め、愈々私に入れる様にせがむ。そして、辛抱し切れずに舞子は絶頂に達しかける。 それを感じて私も同じ気分に浸り、肉体とは別に心で満足感を味わってしまう。やがて舞子の一つの大きな波のうねりが過ぎ、熟れ切った身体が執拗に私に入る様に求め、自分から迎え入れる態勢になる。ようやく堅く成った一物を私はズンと押し入れ、ゆっくりとピストン運動を始める。そしてお互いに官能の世界に落ちて行く。それは一緒に底なし沼に入り込んで行く気分で、一旦合流した流れは一つの塊のままどんどん沈んで行き、知らない内に我を忘れて夢中で激しく運動を繰り返している。幾度となく押し寄せては引き返す官能の波が来て、やがてそれが去ると暫くは疲れ果て正気に戻れなくなってしまう。暫く経って遠くで舞子の呼ぶ声で私は夢の世界から戻され我にかえる。クタクタになりながら人生で此処まで快感を覚えたのは舞子が初めてだと想い知る。自分では多くの女達を相手にした積りだったのに、骨の髄から快感を感じた事なぞ一度も無かった。 そう言えば何時も覚めて居る訳でも無いのに、是までは自分の行為を天井から観下ろして居る気分だった。女の快楽に浸る表情や肢体のもだえを観たり感じたりするのが常だった。自分こそ肉体の快楽にのめり込みたい筈なのに、どうしても観察者のような気分が詰らなかった。考えれば、世にドンファンと呼ばれる男達が何故多くの女達を相手にせねばならないのか不可解に想えたものだった。しかし、今の私には分かる。と言って私がドンファンでも色男でも無いのは百も承知だ。平凡な建築家が女の事を考えたところで高が知れている。それなのに美意識や五感の喜びは建築の設計と同じく絶対的な美があると想え、心から満足のいく設計が出来た時、この上も無い快感が脳裏を襲うあの喜びに似たものが在ると信じ、仮にもそれに接していたなら満足していた筈だった。つまり是まで出逢った女達には満足出来るものが無かったという事に成る。 それが舞子には備わっている。内に秘めた激しい情熱で男を誑かせるカルメンの様な才能は、特別な女だけが持つ生まれながらの本能とでも言うものだろう。その見掛けだけでは分からない特殊な才能は、情事に夢中になっている時は快楽そのものなのに、一旦事が終わって疲れ果て、自責の念にかられながら空虚な気持になる心の苦しみでやっと気が付くものなのだ。それは我が身を蝕む毒性そのものだ。毒と知りつつ味わう楽しみから抜け出られるかどうか今の私には自信が無い。成る様にしか成らないと半分捨て鉢な気持ちで流れに任せ、舞子に誘われるまま会うだけだ。とは言いながら並行して相変わらず女は舞子と私との関係を知らないまま週末になれば会いたいと電話を掛けてくる。このまま逃げおおせられないのは分かっている。何れ決着をつけねばならないが、それまで何とか時間稼ぎをしてでも先延ばしにしたい。何か良いアイデアでも浮かばないものか。 そういう状態が数カ月続いて、とうとう女からヒステリックな金切り声で求められ、どうしても会わねばならない羽目になってしまった。久しぶりにベッドを共にする女は激しく燃え上がり、盛りの過ぎた身体なのに執拗に何度も求めて来るのだった。「どうした?今日は特に激しいな」私は女の気持ちを知りながら惚けて言ってみた。舞子とは違う激しさがこんな小さな身体からは想像もできない粘りとなって出てくる。釣らされてその内に私も燃え上がり、ふと舞子を抱いている様な気分に成るのが不思議だった。是が親子の体質なのかと内心驚きながらも舞子との違いを探ろうとしてしまう。明らかな違いと言えば見掛けの身体だけなのに、秘められた中身は同じ系統の流れに想え、女の体質総てが舞子に受け継がれている風に想える。「この数カ月、何していたの?」情事が済んで、女はためらいがちに言った。「目茶苦茶に忙しかった。大学の建て替えの設計が来て、毎週静岡へ打合せに行っていたヨ」 「あら、そうだったの?道理で、なかなか捉まらなかった訳ネ。景気の良い話じゃない」女は納得した風だった。「若い頃に設計した校舎と体育館の建て替えだ」「確か、関東の方に沢山仕事をしたと言っていたわネ。・・・ねえねえ、だったら、うちにも設計の仕事ある?」「そうだな、校舎周辺の外構工事があるから、亦、声を掛けてみるヨ」仕事の話が舞い込んで来て女は機嫌が良く成った。「それはそうと、舞子の見合いの事は覚えてくれているでしょうネ?」女は話題を変えた。私は頷いてから舞子の近況を敢えて訊いてみた。「相変わらず遊び回っているワ。早く片付いて欲しいものよネ」全く私との事に気付いていない風だった。それが私をホッとさせた。「そう言えば、この頃、舞子の様子が変なの。恋人が出来たみたい」思わず振り返り、警戒心と不安の混じった気持ちで私は呟いてしまった。「それじゃあ、見合いなんか勧めても無駄だな」(7月下旬へつづく・月3回連載予定)
2012/07/13
コメント(0)
![]()
夏(21) ムッと夏草のむせ返る中、広いヘアウェイやグリーンを観れば思いっ切りクラブを振り廻してボールを遠くへ飛ばしたくなる。しかし、ゴルフは飛ばすだけがプレイでは無い。一打で200ヤード飛ばすのも僅か20cm転がすのも同じワン・ストローク。要は何打でホールに入れるかだけのスポーツなのだ。ロング・ホールでは5打、ミドル・ホールでは4打、ショ―ト・ホールでは3打がパー・プレイだからロング・ホールでは3打以内、ミドル・ホールでは2打以内、ショート・ホールでは1打でグリーンにボールを乗せなければスコアは良くならない。打数が少ない分だけスコアは良く成るが、グリーンで2打以内でホール・インしなければ折角ロング(200~300ヤード)シュートしたところで意味が無く悔しい想いをする。誰の為に悔しい想いをするのかと言えば自分のプライドの為である。自分が良くなれば相手は勝手にプレッシャーを受け悪く成って行く。変なスポーツではある。小説「猫と女と」(10) 舞子との関係が一種の麻薬の様なものだと気付いた時には、もう離れられない関係にまで成っていた。理性ではいけないいけないと想いながらも、あの禁欲を破る恍惚感に浸れると想うだけで股間が熱っぽくなり、どうしても舞子を抱きたくなってしまう。ところが気持ちとは裏腹に体力が衰え、かつての様には直ぐにはいきり立てず、彼女に入って頑張ろうにも思い通りに行かない。だからそそり立つ迄の間、愛撫に時間を掛け舞子の身体を隅々まで舐め回す事になる。今ではそれは癖になってしまい乳首へのキッスから始まり、乳房の周りを舐め廻す。やがてくびれた下腹部に這いながら降りて行き、舞子特有のフワフワとした茂み地帯に到達する。そして更にその下のしっとりとした薄桃色の貝を優しく舌全体でゆっくりと舐め上げる。すると舞子の身体がよがり始め、愈々私に入れる様にせがむ。そして、辛抱し切れずに舞子は絶頂に達しかける。 それを感じて私も同じ気分に浸り、肉体とは別に心で満足感を味わってしまう。やがて舞子の一つの大きな波のうねりが過ぎ、熟れ切った身体が執拗に私に入る様に求め、自分から迎え入れる態勢になる。ようやく堅く成った一物を私はズンと押し入れ、ゆっくりとピストン運動を始める。そしてお互いに官能の世界に落ちて行く。それは一緒に底なし沼に入り込んで行く気分で、一旦合流した流れは一つの塊のままどんどん沈んで行き、知らない内に我を忘れて夢中で激しく運動を繰り返している。幾度となく押し寄せては引き返す官能の波が来て、やがてそれが去ると暫くは疲れ果て正気に戻れなくなってしまう。暫く経って遠くで舞子の呼ぶ声で私は夢の世界から戻され我にかえる。クタクタになりながら人生で此処まで快感を覚えたのは舞子が初めてだと想い知る。自分では多くの女達を相手にした積りだったのに、骨の髄から快感を感じた事なぞ一度も無かった。 そう言えば何時も覚めて居る訳でも無いのに、是までは自分の行為を天井から観下ろして居る気分だった。女の快楽に浸る表情や肢体のもだえを観たり感じたりするのが常だった。自分こそ肉体の快楽にのめり込みたい筈なのに、どうしても観察者のような気分が詰らなかった。考えれば、世にドンファンと呼ばれる男達が何故多くの女達を相手にせねばならないのか不可解に想えたものだった。しかし、今の私には分かる。と言って私がドンファンでも色男でも無いのは百も承知だ。平凡な建築家が女の事を考えたところで高が知れている。それなのに美意識や五感の喜びは建築の設計と同じく絶対的な美があると想え、心から満足のいく設計が出来た時、この上も無い快感が脳裏を襲うあの喜びに似たものが在ると信じ、仮にもそれに接していたなら満足していた筈だった。つまり是まで出逢った女達には満足出来るものが無かったという事に成る。 それが舞子には備わっている。内に秘めた激しい情熱で男を誑かせるカルメンの様な才能は、特別な女だけが持つ生まれながらの本能とでも言うものだろう。その見掛けだけでは分からない特殊な才能は、情事に夢中になっている時は快楽そのものなのに、一旦事が終わって疲れ果て、自責の念にかられながら空虚な気持になる心の苦しみでやっと気が付くものなのだ。それは我が身を蝕む毒性そのものだ。毒と知りつつ味わう楽しみから抜け出られるかどうか今の私には自信が無い。成る様にしか成らないと半分捨て鉢な気持ちで流れに任せ、舞子に誘われるまま会うだけだ。とは言いながら並行して相変わらず女は舞子と私との関係を知らないまま週末になれば会いたいと電話を掛けてくる。このまま逃げおおせられないのは分かっている。何れ決着をつけねばならないが、それまで何とか時間稼ぎをしてでも先延ばしにしたい。何か良いアイデアでも浮かばないものか。 そういう状態が数カ月続いて、とうとう女からヒステリックな金切り声で求められ、どうしても会わねばならない羽目になってしまった。久しぶりにベッドを共にする女は激しく燃え上がり、盛りの過ぎた身体なのに執拗に何度も求めて来るのだった。「どうした?今日は特に激しいな」私は女の気持ちを知りながら惚けて言ってみた。舞子とは違う激しさがこんな小さな身体からは想像もできない粘りとなって出てくる。釣らされてその内に私も燃え上がり、ふと舞子を抱いている様な気分に成るのが不思議だった。是が親子の体質なのかと内心驚きながらも舞子との違いを探ろうとしてしまう。明らかな違いと言えば見掛けの身体だけなのに、秘められた中身は同じ系統の流れに想え、女の体質総てが舞子に受け継がれている風に想える。「この数カ月、何していたの?」情事が済んで、女はためらいがちに言った。「目茶苦茶に忙しかった。大学の建て替えの設計が来て、毎週静岡へ打合せに行っていたヨ」 「あら、そうだったの?道理で、なかなか捉まらなかった訳ネ。景気の良い話じゃない」女は納得した風だった。「若い頃に設計した校舎と体育館の建て替えだ」「確か、関東の方に沢山仕事をしたと言っていたわネ。・・・ねえねえ、だったら、うちにも設計の仕事ある?」「そうだな、校舎周辺の外構工事があるから、亦、声を掛けてみるヨ」仕事の話が舞い込んで来て女は機嫌が良く成った。「それはそうと、舞子の見合いの事は覚えてくれているでしょうネ?」女は話題を変えた。私は頷いてから舞子の近況を敢えて訊いてみた。「相変わらず遊び回っているワ。早く片付いて欲しいものよネ」全く私との事に気付いていない風だった。それが私をホッとさせた。「そう言えば、この頃、舞子の様子が変なの。恋人が出来たみたい」思わず振り返り、警戒心と不安の混じった気持ちで私は呟いてしまった。「それじゃあ、見合いなんか勧めても無駄だな」(7月下旬へつづく・月3回連載予定)
2012/07/12
コメント(0)
![]()
夏(20) ゴルフのシーズンは春と夏と秋の頃と相場は決まっているものの真夏は熱中症と雷の心配があるから実際は年の半分しか無い事になる。それでもゴルフ好きには夏のカンカン照りでもグリーンへ出たくなるものである。その代わり早朝からのプレイをして出来るだけ日中の暑さから逃れようとする。朝の7時頃からラウンドし、少し早い昼食を採れば昼過ぎにはゆっくり湯に浸かって寛げる。帰宅も夕方には出来る。そういう楽しみ方を月例会ゴルフで覚えた。しかし、実際は春と秋の短い期間に集中してしまう。わざわざ熱い夏にプレイするのは仲間が誘ってくれるからで、わざわざ自分から出掛けて行くのは青年時代だけの事だった。無理をして熱中症に成れば何の楽しみなのか分からなくなってしまう。そういう無茶が出来るのも若い内だけの事。総てにゆっくりと臨むのが年寄りの楽しみ方というものだろう。小説「猫と女と」(10) 舞子との関係が一種の麻薬の様なものだと気付いた時には、もう離れられない関係にまで成っていた。理性ではいけないいけないと想いながらも、あの禁欲を破る恍惚感に浸れると想うだけで股間が熱っぽくなり、どうしても舞子を抱きたくなってしまう。ところが気持ちとは裏腹に体力が衰え、かつての様には直ぐにはいきり立てず、彼女に入って頑張ろうにも思い通りに行かない。だからそそり立つ迄の間、愛撫に時間を掛け舞子の身体を隅々まで舐め回す事になる。今ではそれは癖になってしまい乳首へのキッスから始まり、乳房の周りを舐め廻す。やがてくびれた下腹部に這いながら降りて行き、舞子特有のフワフワとした茂み地帯に到達する。そして更にその下のしっとりとした薄桃色の貝を優しく舌全体でゆっくりと舐め上げる。すると舞子の身体がよがり始め、愈々私に入れる様にせがむ。そして、辛抱し切れずに舞子は絶頂に達しかける。 それを感じて私も同じ気分に浸り、肉体とは別に心で満足感を味わってしまう。やがて舞子の一つの大きな波のうねりが過ぎ、熟れ切った身体が執拗に私に入る様に求め、自分から迎え入れる態勢になる。ようやく堅く成った一物を私はズンと押し入れ、ゆっくりとピストン運動を始める。そしてお互いに官能の世界に落ちて行く。それは一緒に底なし沼に入り込んで行く気分で、一旦合流した流れは一つの塊のままどんどん沈んで行き、知らない内に我を忘れて夢中で激しく運動を繰り返している。幾度となく押し寄せては引き返す官能の波が来て、やがてそれが去ると暫くは疲れ果て正気に戻れなくなってしまう。暫く経って遠くで舞子の呼ぶ声で私は夢の世界から戻され我にかえる。クタクタになりながら人生で此処まで快感を覚えたのは舞子が初めてだと想い知る。自分では多くの女達を相手にした積りだったのに、骨の髄から快感を感じた事なぞ一度も無かった。 そう言えば何時も覚めて居る訳でも無いのに、是までは自分の行為を天井から観下ろして居る気分だった。女の快楽に浸る表情や肢体のもだえを観たり感じたりするのが常だった。自分こそ肉体の快楽にのめり込みたい筈なのに、どうしても観察者のような気分が詰らなかった。考えれば、世にドンファンと呼ばれる男達が何故多くの女達を相手にせねばならないのか不可解に想えたものだった。しかし、今の私には分かる。と言って私がドンファンでも色男でも無いのは百も承知だ。平凡な建築家が女の事を考えたところで高が知れている。それなのに美意識や五感の喜びは建築の設計と同じく絶対的な美があると想え、心から満足のいく設計が出来た時、この上も無い快感が脳裏を襲うあの喜びに似たものが在ると信じ、仮にもそれに接していたなら満足していた筈だった。つまり是まで出逢った女達には満足出来るものが無かったという事に成る。 それが舞子には備わっている。内に秘めた激しい情熱で男を誑かせるカルメンの様な才能は、特別な女だけが持つ生まれながらの本能とでも言うものだろう。その見掛けだけでは分からない特殊な才能は、情事に夢中になっている時は快楽そのものなのに、一旦事が終わって疲れ果て、自責の念にかられながら空虚な気持になる心の苦しみでやっと気が付くものなのだ。それは我が身を蝕む毒性そのものだ。毒と知りつつ味わう楽しみから抜け出られるかどうか今の私には自信が無い。成る様にしか成らないと半分捨て鉢な気持ちで流れに任せ、舞子に誘われるまま会うだけだ。とは言いながら並行して相変わらず女は舞子と私との関係を知らないまま週末になれば会いたいと電話を掛けてくる。このまま逃げおおせられないのは分かっている。何れ決着をつけねばならないが、それまで何とか時間稼ぎをしてでも先延ばしにしたい。何か良いアイデアでも浮かばないものか。 そういう状態が数カ月続いて、とうとう女からヒステリックな金切り声で求められ、どうしても会わねばならない羽目になってしまった。久しぶりにベッドを共にする女は激しく燃え上がり、盛りの過ぎた身体なのに執拗に何度も求めて来るのだった。「どうした?今日は特に激しいな」私は女の気持ちを知りながら惚けて言ってみた。舞子とは違う激しさがこんな小さな身体からは想像もできない粘りとなって出てくる。釣らされてその内に私も燃え上がり、ふと舞子を抱いている様な気分に成るのが不思議だった。是が親子の体質なのかと内心驚きながらも舞子との違いを探ろうとしてしまう。明らかな違いと言えば見掛けの身体だけなのに、秘められた中身は同じ系統の流れに想え、女の体質総てが舞子に受け継がれている風に想える。「この数カ月、何していたの?」情事が済んで、女はためらいがちに言った。「目茶苦茶に忙しかった。大学の建て替えの設計が来て、毎週静岡へ打合せに行っていたヨ」 「あら、そうだったの?道理で、なかなか捉まらなかった訳ネ。景気の良い話じゃない」女は納得した風だった。「若い頃に設計した校舎と体育館の建て替えだ」「確か、関東の方に沢山仕事をしたと言っていたわネ。・・・ねえねえ、だったら、うちにも設計の仕事ある?」「そうだな、校舎周辺の外構工事があるから、亦、声を掛けてみるヨ」仕事の話が舞い込んで来て女は機嫌が良く成った。「それはそうと、舞子の見合いの事は覚えてくれているでしょうネ?」女は話題を変えた。私は頷いてから舞子の近況を敢えて訊いてみた。「相変わらず遊び回っているワ。早く片付いて欲しいものよネ」全く私との事に気付いていない風だった。それが私をホッとさせた。「そう言えば、この頃、舞子の様子が変なの。恋人が出来たみたい」思わず振り返り、警戒心と不安の混じった気持ちで私は呟いてしまった。「それじゃあ、見合いなんか勧めても無駄だな」(7月下旬へつづく・月3回連載予定)
2012/07/11
コメント(0)
![]()
夏(19) この食堂のような部屋はコーヒー・ハウスの本店の新館内部である。何の変哲も無い単なる現代風の部屋ながら古い体質にドップリ浸かった京都人には斬新な喫茶店に想えたのだろう。デパートの食堂風に観えるのは、この喫茶店のチェーン店がデパートに進出した際に同じインテリアで通した処、好評だったので本店もそれに倣った訳だ。しかし、20年程前に本店の失火で新しく建て替えられてからは完全に常連客相手では無く不特定多数の観光客を対象に経営方針を変えた。それ以来、ボクの様な昔からの常連客は遠のいてしまった。たまに京都へドライブした際に立ち寄るか、東京から学生時代の旧友が来た時に落ち合う場所にする程度である。年寄りには古き良き時代はどうしても想い出話だけの事になってしまう様である。小説「猫と女と」(10) 舞子との関係が一種の麻薬の様なものだと気付いた時には、もう離れられない関係にまで成っていた。理性ではいけないいけないと想いながらも、あの禁欲を破る恍惚感に浸れると想うだけで股間が熱っぽくなり、どうしても舞子を抱きたくなってしまう。ところが気持ちとは裏腹に体力が衰え、かつての様には直ぐにはいきり立てず、彼女に入って頑張ろうにも思い通りに行かない。だからそそり立つ迄の間、愛撫に時間を掛け舞子の身体を隅々まで舐め回す事になる。今ではそれは癖になってしまい乳首へのキッスから始まり、乳房の周りを舐め廻す。やがてくびれた下腹部に這いながら降りて行き、舞子特有のフワフワとした茂み地帯に到達する。そして更にその下のしっとりとした薄桃色の貝を優しく舌全体でゆっくりと舐め上げる。すると舞子の身体がよがり始め、愈々私に入れる様にせがむ。そして、辛抱し切れずに舞子は絶頂に達しかける。 それを感じて私も同じ気分に浸り、肉体とは別に心で満足感を味わってしまう。やがて舞子の一つの大きな波のうねりが過ぎ、熟れ切った身体が執拗に私に入る様に求め、自分から迎え入れる態勢になる。ようやく堅く成った一物を私はズンと押し入れ、ゆっくりとピストン運動を始める。そしてお互いに官能の世界に落ちて行く。それは一緒に底なし沼に入り込んで行く気分で、一旦合流した流れは一つの塊のままどんどん沈んで行き、知らない内に我を忘れて夢中で激しく運動を繰り返している。幾度となく押し寄せては引き返す官能の波が来て、やがてそれが去ると暫くは疲れ果て正気に戻れなくなってしまう。暫く経って遠くで舞子の呼ぶ声で私は夢の世界から戻され我にかえる。クタクタになりながら人生で此処まで快感を覚えたのは舞子が初めてだと想い知る。自分では多くの女達を相手にした積りだったのに、骨の髄から快感を感じた事なぞ一度も無かった。 そう言えば何時も覚めて居る訳でも無いのに、是までは自分の行為を天井から観下ろして居る気分だった。女の快楽に浸る表情や肢体のもだえを観たり感じたりするのが常だった。自分こそ肉体の快楽にのめり込みたい筈なのに、どうしても観察者のような気分が詰らなかった。考えれば、世にドンファンと呼ばれる男達が何故多くの女達を相手にせねばならないのか不可解に想えたものだった。しかし、今の私には分かる。と言って私がドンファンでも色男でも無いのは百も承知だ。平凡な建築家が女の事を考えたところで高が知れている。それなのに美意識や五感の喜びは建築の設計と同じく絶対的な美があると想え、心から満足のいく設計が出来た時、この上も無い快感が脳裏を襲うあの喜びに似たものが在ると信じ、仮にもそれに接していたなら満足していた筈だった。つまり是まで出逢った女達には満足出来るものが無かったという事に成る。 それが舞子には備わっている。内に秘めた激しい情熱で男を誑かせるカルメンの様な才能は、特別な女だけが持つ生まれながらの本能とでも言うものだろう。その見掛けだけでは分からない特殊な才能は、情事に夢中になっている時は快楽そのものなのに、一旦事が終わって疲れ果て、自責の念にかられながら空虚な気持になる心の苦しみでやっと気が付くものなのだ。それは我が身を蝕む毒性そのものだ。毒と知りつつ味わう楽しみから抜け出られるかどうか今の私には自信が無い。成る様にしか成らないと半分捨て鉢な気持ちで流れに任せ、舞子に誘われるまま会うだけだ。とは言いながら並行して相変わらず女は舞子と私との関係を知らないまま週末になれば会いたいと電話を掛けてくる。このまま逃げおおせられないのは分かっている。何れ決着をつけねばならないが、それまで何とか時間稼ぎをしてでも先延ばしにしたい。何か良いアイデアでも浮かばないものか。 そういう状態が数カ月続いて、とうとう女からヒステリックな金切り声で求められ、どうしても会わねばならない羽目になってしまった。久しぶりにベッドを共にする女は激しく燃え上がり、盛りの過ぎた身体なのに執拗に何度も求めて来るのだった。「どうした?今日は特に激しいな」私は女の気持ちを知りながら惚けて言ってみた。舞子とは違う激しさがこんな小さな身体からは想像もできない粘りとなって出てくる。釣らされてその内に私も燃え上がり、ふと舞子を抱いている様な気分に成るのが不思議だった。是が親子の体質なのかと内心驚きながらも舞子との違いを探ろうとしてしまう。明らかな違いと言えば見掛けの身体だけなのに、秘められた中身は同じ系統の流れに想え、女の体質総てが舞子に受け継がれている風に想える。「この数カ月、何していたの?」情事が済んで、女はためらいがちに言った。「目茶苦茶に忙しかった。大学の建て替えの設計が来て、毎週静岡へ打合せに行っていたヨ」 「あら、そうだったの?道理で、なかなか捉まらなかった訳ネ。景気の良い話じゃない」女は納得した風だった。「若い頃に設計した校舎と体育館の建て替えだ」「確か、関東の方に沢山仕事をしたと言っていたわネ。・・・ねえねえ、だったら、うちにも設計の仕事ある?」「そうだな、校舎周辺の外構工事があるから、亦、声を掛けてみるヨ」仕事の話が舞い込んで来て女は機嫌が良く成った。「それはそうと、舞子の見合いの事は覚えてくれているでしょうネ?」女は話題を変えた。私は頷いてから舞子の近況を敢えて訊いてみた。「相変わらず遊び回っているワ。早く片付いて欲しいものよネ」全く私との事に気付いていない風だった。それが私をホッとさせた。「そう言えば、この頃、舞子の様子が変なの。恋人が出来たみたい」思わず振り返り、警戒心と不安の混じった気持ちで私は呟いてしまった。「それじゃあ、見合いなんか勧めても無駄だな」(7月下旬へつづく・月3回連載予定)
2012/07/10
コメント(0)
![]()
夏(18) 京都の喫茶店の玄関とパティオを結ぶ通路を玄関側に向かって観た風景である。昔はこの先の小さな店舗だけだったのが戦後の洋風化に乗ってこのコーヒーショップも大きく成りチェーン店化した。ボクは何時もこの通路を通っていたが、今では新館側を通ってパティオや旧館へ行く手筈になっている様で、それが面倒でそちら側を通らないから店員が追いかけて来て「新館側からお通り下さい」と言う。何処を通ろうと勝手だから、そんな窮屈な店なぞ御免と最近では行かなくなった。経営方針が観光客相手が主流になると店の古き良き時代の客は逃げてしまう。だからかつての常連客は加齢のせいもあるが誰も行かなくなったのかめったに会う事もなくなった。寂しい限りである。小説「猫と女と」(9) 舞子との関係が一度では終わらず、どちらから誘う訳でも無く毎週の様に会う様になって行った。母親との関係を気付いているのか気付かぬままなのか疑心暗鬼な気持ちを抱きながらも会った。それだけに出来る限り外泊はしない様に心がけ、舞子にも二人の関係は秘密にしておこうと念を押した。女に知られて不味いのは娘を弄んでいると逆上し何をしでかすか分からない事と、更に其処へデザイン事務所の所長までもが訊きつけて割り込んで来る事が懸念され、最悪の状態に成らない様、細心の注意が要った。それ以外の事では妻に対する危惧だけだが、是までの例からすれば何とか上手く切りぬけて来て、これからも上手くやって行ける自信はあるのだ。幸いにもデザイン事務所との仕事は今のところ何も無い。やがて女との月に一度程度の情事も煩わしくなり間遠になって行き、電話を掛ける事も無くなった。その代わり女からは週に一度は電話が掛かって来る。 困った事にその都度、適当な断り理由を捻り出さねば成らず、嘘を言えば直ぐに女に読まれてしまいそうになる。それなら思いきってハッキリと「もう別れよう」と言えば良いだけなのに後ろめたさと優柔不断な気持ちが決断を鈍らせる。決して憎い訳でも嫌になった訳でもないだけに、舞子との事が無ければ今しばらくは関係が続いたかも知れないのだ。女も私から電話が無くなったのを不審に想っている筈なのだ。それなら決して成就しない見合い写真と釣書でも渡して勧めてみるのも時間稼ぎか若しくはお茶を濁すのに良いとも想える。といって友人やクライアントの中に手頃な息子が要るかどうか見当もつかない。まさか自分で手を付けた女を紹介する程の度胸も心臓も無い。仮に事務所の所員を紹介しようにも収入や学歴の点で女は納得する訳も無いだろう。逆に馬鹿にしているのかと怒り出すに決まっている。 それよりも、そういういわく付きの娘を所員に紹介するという事自体、天職だと想って居る神聖な設計業務や自分のアトリエを汚す事にも成り、自分で人格を落とす事にも成る。一応これでも建築界でまともに仕事をして来た自信があり、建築家協会の役員もしているだけに変な事はしたくは無い。難しいものだ。欧米の様に浮気や情事が日常茶飯事に行われ有り触れた行為に思われているなら別だが、未だまだ日本では芸能界は別にしても政治家と成りあがりの実業家ぐらいなもので表向きはタブーとされている。俗に妾を持つのが男の甲斐性とされていても公然の秘密にまで成るには社会的地位のある立場の人間だけだ。それが私には納得できないが、一市井人が独り頑張ったところで身の程知らずと笑われるのが落ちだ。舞子にとっても私と愛人関係にあった処で何の価値も無い筈なのだ。何処が気に入って関係をもったのか分からないが、舞子なりに考えがあっての事だろう。 それは単なる損得計算では測り知れない事だ。それだけに私は舞子にのめり込みたくは無いし恐ろしくもある。もし本当にのめり込んだなら地獄を観る事に成るだろう。そんな修羅場を考えただけでも鳥肌が立つ。舞子は、そういう事には無頓着な表情で私を恋人でも観るような目で観る。「ボクの何処が気に入ったんだ?舞子は」と冗談っぽく訊けば「フフフ」と笑って誤魔化す。それでも尚訊いた。「こんな五十過ぎの平凡な親父なんか何処にでも居るだろ?」「でも、父とは違って猫を可愛がってくれる。ココちゃんを大事にしてくれているのを知って嬉しくなったのが最初だったワ。母が写真を送って来てくれて、学校で友達に見せると皆可愛いと褒めてくれて自慢出来たワ。それに、ガーデンテーブルやお庭が素敵で素晴らしい家ネとも言ってくれて、貴方に是非会いたかったの」「だけど、恋人が居たと言って居たんじゃなかった?弁護士の卵だったとか・・・」 舞子は一瞬顔を曇らせて言った。「彼とは帰国直前に別れた。反対する両親と別れてまで日本には来ないって言うのヨ。あんな軟弱な男とは想わなかった。失望したワ」「今時、珍しいアメリカ人だな。その他には?」「母が、変わったのもある。私がニューヨークへ行く一年ほど前から大阪の事務所に行く度に嬉しそうに活き活きして帰って来るので気がついたの。離婚してから強度の神経症になって病院通いをしていた母が、どうしてあんな風に明るく変われたのか不思議だった」舞子がジワジワと真綿で首を締める様に女の事を話し始め、愈々舞子が私と女との関係を察知していると想った。尤も、女が病気だったというのは初耳だった。「ほう、どう変わったの?」「あの歳になって、良い相談相手が出来たと思って嬉しく成ったの。だから一度会ってみたかった」「会って、どうだった?」「貴方の目を見て分かった。この人は母の救世主だと」 「救世主?」聞き慣れない言葉に訊き返した。「そう、早く言えば神様ネ。極度のノイローゼの母が立ち直れたのは貴方のお蔭だと直感したの」「ボクが、お母さんを救ったって?何もしていないけど・・・」「いいえ、分かるの、私には。あなたは一人の女性を助けたのヨ。私も嬉しく成って、この人なら私の心を満たしてくれると思ったワ」と言う事は、舞子は私と女との関係を精神的な繋がりの関係だと信じているらしい。それはまるで宗教か精神世界の話だ。舞子の母親とは単なる肉体関係でしかないと思って居る私には意外な展開だった。そして舞子は、母を救ったとする私に心から傾倒し身も心も捧げるとでもいうのだろうか。そんな筈は無い。趣味でこそ精神世界や宗教には興味はあるが、私は純粋な宗教家では無い。寧ろ俗物に過ぎない。直ぐに女に手を出す男だ。それに歳も歳だ。最近では舞子の体力に打ちのめされつつあるぐらいなのだ。(7月中旬へつづく・月3回連載予定)
2012/07/09
コメント(2)
![]()
夏(17) パティオへ通ずる喫茶店の通路風景でる。ヨーロッパスタイルは店主の好みで、コーヒーが珍しかった戦後にボツボツと小さなコーヒーショップから始め、奥へ奥へと自宅を改装しながら店舗を広げて行き、とうとう自宅は別に移り全部が店になってしまい、隣家も買い取って広げて行った。京都は間口が狭く奥行きが長い敷地に家がギッシリ建っているから奥の方は明り取りの壺庭になっている。其処を洋風の壺庭(パティオ)にし、春から秋に掛けてガーデンでコーヒーが飲めるのだった。寒い冬場でも震えながらパティオでコーヒーを飲む変人もたまに居るが観ている方が寒く成ってしまう。ボクもよくパティオで京大に留学していた外人とコーヒータイムを持ったものだった。アメリカ人よりもヨーロッパ人の方が多かったが印象的なのではドイツ人だった。ドイツも寒い国だからパティオの方が開放的で冬場でも良かったらしいが、ボクは早々に室内に退散したものだった。小説「猫と女と」(9) 舞子との関係が一度では終わらず、どちらから誘う訳でも無く毎週の様に会う様になって行った。母親との関係を気付いているのか気付かぬままなのか疑心暗鬼な気持ちを抱きながらも会った。それだけに出来る限り外泊はしない様に心がけ、舞子にも二人の関係は秘密にしておこうと念を押した。女に知られて不味いのは娘を弄んでいると逆上し何をしでかすか分からない事と、更に其処へデザイン事務所の所長までもが訊きつけて割り込んで来る事が懸念され、最悪の状態に成らない様、細心の注意が要った。それ以外の事では妻に対する危惧だけだが、是までの例からすれば何とか上手く切りぬけて来て、これからも上手くやって行ける自信はあるのだ。幸いにもデザイン事務所との仕事は今のところ何も無い。やがて女との月に一度程度の情事も煩わしくなり間遠になって行き、電話を掛ける事も無くなった。その代わり女からは週に一度は電話が掛かって来る。 困った事にその都度、適当な断り理由を捻り出さねば成らず、嘘を言えば直ぐに女に読まれてしまいそうになる。それなら思いきってハッキリと「もう別れよう」と言えば良いだけなのに後ろめたさと優柔不断な気持ちが決断を鈍らせる。決して憎い訳でも嫌になった訳でもないだけに、舞子との事が無ければ今しばらくは関係が続いたかも知れないのだ。女も私から電話が無くなったのを不審に想っている筈なのだ。それなら決して成就しない見合い写真と釣書でも渡して勧めてみるのも時間稼ぎか若しくはお茶を濁すのに良いとも想える。といって友人やクライアントの中に手頃な息子が要るかどうか見当もつかない。まさか自分で手を付けた女を紹介する程の度胸も心臓も無い。仮に事務所の所員を紹介しようにも収入や学歴の点で女は納得する訳も無いだろう。逆に馬鹿にしているのかと怒り出すに決まっている。 それよりも、そういういわく付きの娘を所員に紹介するという事自体、天職だと想って居る神聖な設計業務や自分のアトリエを汚す事にも成り、自分で人格を落とす事にも成る。一応これでも建築界でまともに仕事をして来た自信があり、建築家協会の役員もしているだけに変な事はしたくは無い。難しいものだ。欧米の様に浮気や情事が日常茶飯事に行われ有り触れた行為に思われているなら別だが、未だまだ日本では芸能界は別にしても政治家と成りあがりの実業家ぐらいなもので表向きはタブーとされている。俗に妾を持つのが男の甲斐性とされていても公然の秘密にまで成るには社会的地位のある立場の人間だけだ。それが私には納得できないが、一市井人が独り頑張ったところで身の程知らずと笑われるのが落ちだ。舞子にとっても私と愛人関係にあった処で何の価値も無い筈なのだ。何処が気に入って関係をもったのか分からないが、舞子なりに考えがあっての事だろう。 それは単なる損得計算では測り知れない事だ。それだけに私は舞子にのめり込みたくは無いし恐ろしくもある。もし本当にのめり込んだなら地獄を観る事に成るだろう。そんな修羅場を考えただけでも鳥肌が立つ。舞子は、そういう事には無頓着な表情で私を恋人でも観るような目で観る。「ボクの何処が気に入ったんだ?舞子は」と冗談っぽく訊けば「フフフ」と笑って誤魔化す。それでも尚訊いた。「こんな五十過ぎの平凡な親父なんか何処にでも居るだろ?」「でも、父とは違って猫を可愛がってくれる。ココちゃんを大事にしてくれているのを知って嬉しくなったのが最初だったワ。母が写真を送って来てくれて、学校で友達に見せると皆可愛いと褒めてくれて自慢出来たワ。それに、ガーデンテーブルやお庭が素敵で素晴らしい家ネとも言ってくれて、貴方に是非会いたかったの」「だけど、恋人が居たと言って居たんじゃなかった?弁護士の卵だったとか・・・」 舞子は一瞬顔を曇らせて言った。「彼とは帰国直前に別れた。反対する両親と別れてまで日本には来ないって言うのヨ。あんな軟弱な男とは想わなかった。失望したワ」「今時、珍しいアメリカ人だな。その他には?」「母が、変わったのもある。私がニューヨークへ行く一年ほど前から大阪の事務所に行く度に嬉しそうに活き活きして帰って来るので気がついたの。離婚してから強度の神経症になって病院通いをしていた母が、どうしてあんな風に明るく変われたのか不思議だった」舞子がジワジワと真綿で首を締める様に女の事を話し始め、愈々舞子が私と女との関係を察知していると想った。尤も、女が病気だったというのは初耳だった。「ほう、どう変わったの?」「あの歳になって、良い相談相手が出来たと思って嬉しく成ったの。だから一度会ってみたかった」「会って、どうだった?」「貴方の目を見て分かった。この人は母の救世主だと」 「救世主?」聞き慣れない言葉に訊き返した。「そう、早く言えば神様ネ。極度のノイローゼの母が立ち直れたのは貴方のお蔭だと直感したの」「ボクが、お母さんを救ったって?何もしていないけど・・・」「いいえ、分かるの、私には。あなたは一人の女性を助けたのヨ。私も嬉しく成って、この人なら私の心を満たしてくれると思ったワ」と言う事は、舞子は私と女との関係を精神的な繋がりの関係だと信じているらしい。それはまるで宗教か精神世界の話だ。舞子の母親とは単なる肉体関係でしかないと思って居る私には意外な展開だった。そして舞子は、母を救ったとする私に心から傾倒し身も心も捧げるとでもいうのだろうか。そんな筈は無い。趣味でこそ精神世界や宗教には興味はあるが、私は純粋な宗教家では無い。寧ろ俗物に過ぎない。直ぐに女に手を出す男だ。それに歳も歳だ。最近では舞子の体力に打ちのめされつつあるぐらいなのだ。(7月中旬へつづく・月3回連載予定)
2012/07/08
コメント(0)
![]()
夏(16) この京都の喫茶店は店主が商売上手だったから市内にチェーン店を幾つも作って一寸した組織の会社にした。社員も200人を超すまでになって京都では有名な喫茶店である。しかし、今では観光客が行列を成して来る様に成ってしまって昔の雰囲気は無くなってしまった。少数の常連客よりも不特定多数の客に来て貰った方が商売繁盛で店主は笑いが止まらなかった事だろう。その店主も本店が火災でリニューアルした直後に亡くなり、子供が居なかったので養子が後を継ぎ、単なる大型のチェーン喫茶になってしまった。パリのカフェ・ド・ラ・ぺーの様に文化人や有名人が行き来していた頃の雰囲気は既に無い。時々想い出してはドライブついでに立ち寄る事があって往時を想い出すのが一つの味になった。コーヒーが珍しかった時代も遠く成ったものである。小説「猫と女と」(9) 舞子との関係が一度では終わらず、どちらから誘う訳でも無く毎週の様に会う様になって行った。母親との関係を気付いているのか気付かぬままなのか疑心暗鬼な気持ちを抱きながらも会った。それだけに出来る限り外泊はしない様に心がけ、舞子にも二人の関係は秘密にしておこうと念を押した。女に知られて不味いのは娘を弄んでいると逆上し何をしでかすか分からない事と、更に其処へデザイン事務所の所長までもが訊きつけて割り込んで来る事が懸念され、最悪の状態に成らない様、細心の注意が要った。それ以外の事では妻に対する危惧だけだが、是までの例からすれば何とか上手く切りぬけて来て、これからも上手くやって行ける自信はあるのだ。幸いにもデザイン事務所との仕事は今のところ何も無い。やがて女との月に一度程度の情事も煩わしくなり間遠になって行き、電話を掛ける事も無くなった。その代わり女からは週に一度は電話が掛かって来る。 困った事にその都度、適当な断り理由を捻り出さねば成らず、嘘を言えば直ぐに女に読まれてしまいそうになる。それなら思いきってハッキリと「もう別れよう」と言えば良いだけなのに後ろめたさと優柔不断な気持ちが決断を鈍らせる。決して憎い訳でも嫌になった訳でもないだけに、舞子との事が無ければ今しばらくは関係が続いたかも知れないのだ。女も私から電話が無くなったのを不審に想っている筈なのだ。それなら決して成就しない見合い写真と釣書でも渡して勧めてみるのも時間稼ぎか若しくはお茶を濁すのに良いとも想える。といって友人やクライアントの中に手頃な息子が要るかどうか見当もつかない。まさか自分で手を付けた女を紹介する程の度胸も心臓も無い。仮に事務所の所員を紹介しようにも収入や学歴の点で女は納得する訳も無いだろう。逆に馬鹿にしているのかと怒り出すに決まっている。 それよりも、そういういわく付きの娘を所員に紹介するという事自体、天職だと想って居る神聖な設計業務や自分のアトリエを汚す事にも成り、自分で人格を落とす事にも成る。一応これでも建築界でまともに仕事をして来た自信があり、建築家協会の役員もしているだけに変な事はしたくは無い。難しいものだ。欧米の様に浮気や情事が日常茶飯事に行われ有り触れた行為に思われているなら別だが、未だまだ日本では芸能界は別にしても政治家と成りあがりの実業家ぐらいなもので表向きはタブーとされている。俗に妾を持つのが男の甲斐性とされていても公然の秘密にまで成るには社会的地位のある立場の人間だけだ。それが私には納得できないが、一市井人が独り頑張ったところで身の程知らずと笑われるのが落ちだ。舞子にとっても私と愛人関係にあった処で何の価値も無い筈なのだ。何処が気に入って関係をもったのか分からないが、舞子なりに考えがあっての事だろう。 それは単なる損得計算では測り知れない事だ。それだけに私は舞子にのめり込みたくは無いし恐ろしくもある。もし本当にのめり込んだなら地獄を観る事に成るだろう。そんな修羅場を考えただけでも鳥肌が立つ。舞子は、そういう事には無頓着な表情で私を恋人でも観るような目で観る。「ボクの何処が気に入ったんだ?舞子は」と冗談っぽく訊けば「フフフ」と笑って誤魔化す。それでも尚訊いた。「こんな五十過ぎの平凡な親父なんか何処にでも居るだろ?」「でも、父とは違って猫を可愛がってくれる。ココちゃんを大事にしてくれているのを知って嬉しくなったのが最初だったワ。母が写真を送って来てくれて、学校で友達に見せると皆可愛いと褒めてくれて自慢出来たワ。それに、ガーデンテーブルやお庭が素敵で素晴らしい家ネとも言ってくれて、貴方に是非会いたかったの」「だけど、恋人が居たと言って居たんじゃなかった?弁護士の卵だったとか・・・」 舞子は一瞬顔を曇らせて言った。「彼とは帰国直前に別れた。反対する両親と別れてまで日本には来ないって言うのヨ。あんな軟弱な男とは想わなかった。失望したワ」「今時、珍しいアメリカ人だな。その他には?」「母が、変わったのもある。私がニューヨークへ行く一年ほど前から大阪の事務所に行く度に嬉しそうに活き活きして帰って来るので気がついたの。離婚してから強度の神経症になって病院通いをしていた母が、どうしてあんな風に明るく変われたのか不思議だった」舞子がジワジワと真綿で首を締める様に女の事を話し始め、愈々舞子が私と女との関係を察知していると想った。尤も、女が病気だったというのは初耳だった。「ほう、どう変わったの?」「あの歳になって、良い相談相手が出来たと思って嬉しく成ったの。だから一度会ってみたかった」「会って、どうだった?」「貴方の目を見て分かった。この人は母の救世主だと」 「救世主?」聞き慣れない言葉に訊き返した。「そう、早く言えば神様ネ。極度のノイローゼの母が立ち直れたのは貴方のお蔭だと直感したの」「ボクが、お母さんを救ったって?何もしていないけど・・・」「いいえ、分かるの、私には。あなたは一人の女性を助けたのヨ。私も嬉しく成って、この人なら私の心を満たしてくれると思ったワ」と言う事は、舞子は私と女との関係を精神的な繋がりの関係だと信じているらしい。それはまるで宗教か精神世界の話だ。舞子の母親とは単なる肉体関係でしかないと思って居る私には意外な展開だった。そして舞子は、母を救ったとする私に心から傾倒し身も心も捧げるとでもいうのだろうか。そんな筈は無い。趣味でこそ精神世界や宗教には興味はあるが、私は純粋な宗教家では無い。寧ろ俗物に過ぎない。直ぐに女に手を出す男だ。それに歳も歳だ。最近では舞子の体力に打ちのめされつつあるぐらいなのだ。(7月中旬へつづく・月3回連載予定)
2012/07/07
コメント(0)
![]()
夏(15) 学生時代からよく行った京都の喫茶店である。毎日の様に行ったから自分の席が決まっていた。常連客は相席が当たり前だったから勝手に同じテーブルに付いて世間話をしたものだった。流石にこの数年は京都が遠く感じられる様になって、めったに行かなくなったが、こうして写真を観ていると往年の行動的だった頃が懐かしく想い出される。学生生活が終わって仕事場が大阪や東京になっても想い出した様にわざわざ電車に乗って出掛けた。たった一杯のコーヒーを飲む為にコーヒー代よりも高い交通費を使って飲みに行ったから常連客から「何と優雅なコーヒータイムですネ」と冷やかされたものだった。戦後直ぐに開店したこのコーヒーショップは65年ほど経つのだが、20年ほど前に火災に遭って復刻版として以前とそっくりに建て替えられたから見掛けはレトロだが建物は新しくしっかりしている。しかし、かつての常連客は今は居ない。小説「猫と女と」(9) 舞子との関係が一度では終わらず、どちらから誘う訳でも無く毎週の様に会う様になって行った。母親との関係を気付いているのか気付かぬままなのか疑心暗鬼な気持ちを抱きながらも会った。それだけに出来る限り外泊はしない様に心がけ、舞子にも二人の関係は秘密にしておこうと念を押した。女に知られて不味いのは娘を弄んでいると逆上し何をしでかすか分からない事と、更に其処へデザイン事務所の所長までもが訊きつけて割り込んで来る事が懸念され、最悪の状態に成らない様、細心の注意が要った。それ以外の事では妻に対する危惧だけだが、是までの例からすれば何とか上手く切りぬけて来て、これからも上手くやって行ける自信はあるのだ。幸いにもデザイン事務所との仕事は今のところ何も無い。やがて女との月に一度程度の情事も煩わしくなり間遠になって行き、電話を掛ける事も無くなった。その代わり女からは週に一度は電話が掛かって来る。 困った事にその都度、適当な断り理由を捻り出さねば成らず、嘘を言えば直ぐに女に読まれてしまいそうになる。それなら思いきってハッキリと「もう別れよう」と言えば良いだけなのに後ろめたさと優柔不断な気持ちが決断を鈍らせる。決して憎い訳でも嫌になった訳でもないだけに、舞子との事が無ければ今しばらくは関係が続いたかも知れないのだ。女も私から電話が無くなったのを不審に想っている筈なのだ。それなら決して成就しない見合い写真と釣書でも渡して勧めてみるのも時間稼ぎか若しくはお茶を濁すのに良いとも想える。といって友人やクライアントの中に手頃な息子が要るかどうか見当もつかない。まさか自分で手を付けた女を紹介する程の度胸も心臓も無い。仮に事務所の所員を紹介しようにも収入や学歴の点で女は納得する訳も無いだろう。逆に馬鹿にしているのかと怒り出すに決まっている。 それよりも、そういういわく付きの娘を所員に紹介するという事自体、天職だと想って居る神聖な設計業務や自分のアトリエを汚す事にも成り、自分で人格を落とす事にも成る。一応これでも建築界でまともに仕事をして来た自信があり、建築家協会の役員もしているだけに変な事はしたくは無い。難しいものだ。欧米の様に浮気や情事が日常茶飯事に行われ有り触れた行為に思われているなら別だが、未だまだ日本では芸能界は別にしても政治家と成りあがりの実業家ぐらいなもので表向きはタブーとされている。俗に妾を持つのが男の甲斐性とされていても公然の秘密にまで成るには社会的地位のある立場の人間だけだ。それが私には納得できないが、一市井人が独り頑張ったところで身の程知らずと笑われるのが落ちだ。舞子にとっても私と愛人関係にあった処で何の価値も無い筈なのだ。何処が気に入って関係をもったのか分からないが、舞子なりに考えがあっての事だろう。 それは単なる損得計算では測り知れない事だ。それだけに私は舞子にのめり込みたくは無いし恐ろしくもある。もし本当にのめり込んだなら地獄を観る事に成るだろう。そんな修羅場を考えただけでも鳥肌が立つ。舞子は、そういう事には無頓着な表情で私を恋人でも観るような目で観る。「ボクの何処が気に入ったんだ?舞子は」と冗談っぽく訊けば「フフフ」と笑って誤魔化す。それでも尚訊いた。「こんな五十過ぎの平凡な親父なんか何処にでも居るだろ?」「でも、父とは違って猫を可愛がってくれる。ココちゃんを大事にしてくれているのを知って嬉しくなったのが最初だったワ。母が写真を送って来てくれて、学校で友達に見せると皆可愛いと褒めてくれて自慢出来たワ。それに、ガーデンテーブルやお庭が素敵で素晴らしい家ネとも言ってくれて、貴方に是非会いたかったの」「だけど、恋人が居たと言って居たんじゃなかった?弁護士の卵だったとか・・・」 舞子は一瞬顔を曇らせて言った。「彼とは帰国直前に別れた。反対する両親と別れてまで日本には来ないって言うのヨ。あんな軟弱な男とは想わなかった。失望したワ」「今時、珍しいアメリカ人だな。その他には?」「母が、変わったのもある。私がニューヨークへ行く一年ほど前から大阪の事務所に行く度に嬉しそうに活き活きして帰って来るので気がついたの。離婚してから強度の神経症になって病院通いをしていた母が、どうしてあんな風に明るく変われたのか不思議だった」舞子がジワジワと真綿で首を締める様に女の事を話し始め、愈々舞子が私と女との関係を察知していると想った。尤も、女が病気だったというのは初耳だった。「ほう、どう変わったの?」「あの歳になって、良い相談相手が出来たと思って嬉しく成ったの。だから一度会ってみたかった」「会って、どうだった?」「貴方の目を見て分かった。この人は母の救世主だと」 「救世主?」聞き慣れない言葉に訊き返した。「そう、早く言えば神様ネ。極度のノイローゼの母が立ち直れたのは貴方のお蔭だと直感したの」「ボクが、お母さんを救ったって?何もしていないけど・・・」「いいえ、分かるの、私には。あなたは一人の女性を助けたのヨ。私も嬉しく成って、この人なら私の心を満たしてくれると思ったワ」と言う事は、舞子は私と女との関係を精神的な繋がりの関係だと信じているらしい。それはまるで宗教か精神世界の話だ。舞子の母親とは単なる肉体関係でしかないと思って居る私には意外な展開だった。そして舞子は、母を救ったとする私に心から傾倒し身も心も捧げるとでもいうのだろうか。そんな筈は無い。趣味でこそ精神世界や宗教には興味はあるが、私は純粋な宗教家では無い。寧ろ俗物に過ぎない。直ぐに女に手を出す男だ。それに歳も歳だ。最近では舞子の体力に打ちのめされつつあるぐらいなのだ。(7月中旬へつづく・月3回連載予定)
2012/07/06
コメント(0)
![]()
夏(14) 床の間の起こりは武将が殿様や主人から賜りものを頂いたものを大事に飾る為に客間に設けた一段高い壇であった。その位置は貴人が座る場所でもあったが、後に貴人や客が座る席の後に更に床の間を設けるようになった。其処の壁に掛け軸を掛けたり名品を飾ったり花を飾ったりする様になって一つの景色に見立てる様になった。だから客には背中の床の間は観えないものの貴人と共に書画骨董を飾る事で貴人を更に持て成した気になる様にしたのだ。僅かな床の間の空間があるだけで広がりを感じさせ、小さな茶室も広く感じる様になる。利休の弟子の古田織部は本格的な床の間ではなく簡易な棚を設ける事で床の間の代わりをさせる方法を考え付いた。それを織部床と称する様になった。小説「猫と女と」(9) 舞子との関係が一度では終わらず、どちらから誘う訳でも無く毎週の様に会う様になって行った。母親との関係を気付いているのか気付かぬままなのか疑心暗鬼な気持ちを抱きながらも会った。それだけに出来る限り外泊はしない様に心がけ、舞子にも二人の関係は秘密にしておこうと念を押した。女に知られて不味いのは娘を弄んでいると逆上し何をしでかすか分からない事と、更に其処へデザイン事務所の所長までもが訊きつけて割り込んで来る事が懸念され、最悪の状態に成らない様、細心の注意が要った。それ以外の事では妻に対する危惧だけだが、是までの例からすれば何とか上手く切りぬけて来て、これからも上手くやって行ける自信はあるのだ。幸いにもデザイン事務所との仕事は今のところ何も無い。やがて女との月に一度程度の情事も煩わしくなり間遠になって行き、電話を掛ける事も無くなった。その代わり女からは週に一度は電話が掛かって来る。 困った事にその都度、適当な断り理由を捻り出さねば成らず、嘘を言えば直ぐに女に読まれてしまいそうになる。それなら思いきってハッキリと「もう別れよう」と言えば良いだけなのに後ろめたさと優柔不断な気持ちが決断を鈍らせる。決して憎い訳でも嫌になった訳でもないだけに、舞子との事が無ければ今しばらくは関係が続いたかも知れないのだ。女も私から電話が無くなったのを不審に想っている筈なのだ。それなら決して成就しない見合い写真と釣書でも渡して勧めてみるのも時間稼ぎか若しくはお茶を濁すのに良いとも想える。といって友人やクライアントの中に手頃な息子が要るかどうか見当もつかない。まさか自分で手を付けた女を紹介する程の度胸も心臓も無い。仮に事務所の所員を紹介しようにも収入や学歴の点で女は納得する訳も無いだろう。逆に馬鹿にしているのかと怒り出すに決まっている。 それよりも、そういういわく付きの娘を所員に紹介するという事自体、天職だと想って居る神聖な設計業務や自分のアトリエを汚す事にも成り、自分で人格を落とす事にも成る。一応これでも建築界でまともに仕事をして来た自信があり、建築家協会の役員もしているだけに変な事はしたくは無い。難しいものだ。欧米の様に浮気や情事が日常茶飯事に行われ有り触れた行為に思われているなら別だが、未だまだ日本では芸能界は別にしても政治家と成りあがりの実業家ぐらいなもので表向きはタブーとされている。俗に妾を持つのが男の甲斐性とされていても公然の秘密にまで成るには社会的地位のある立場の人間だけだ。それが私には納得できないが、一市井人が独り頑張ったところで身の程知らずと笑われるのが落ちだ。舞子にとっても私と愛人関係にあった処で何の価値も無い筈なのだ。何処が気に入って関係をもったのか分からないが、舞子なりに考えがあっての事だろう。 それは単なる損得計算では測り知れない事だ。それだけに私は舞子にのめり込みたくは無いし恐ろしくもある。もし本当にのめり込んだなら地獄を観る事に成るだろう。そんな修羅場を考えただけでも鳥肌が立つ。舞子は、そういう事には無頓着な表情で私を恋人でも観るような目で観る。「ボクの何処が気に入ったんだ?舞子は」と冗談っぽく訊けば「フフフ」と笑って誤魔化す。それでも尚訊いた。「こんな五十過ぎの平凡な親父なんか何処にでも居るだろ?」「でも、父とは違って猫を可愛がってくれる。ココちゃんを大事にしてくれているのを知って嬉しくなったのが最初だったワ。母が写真を送って来てくれて、学校で友達に見せると皆可愛いと褒めてくれて自慢出来たワ。それに、ガーデンテーブルやお庭が素敵で素晴らしい家ネとも言ってくれて、貴方に是非会いたかったの」「だけど、恋人が居たと言って居たんじゃなかった?弁護士の卵だったとか・・・」 舞子は一瞬顔を曇らせて言った。「彼とは帰国直前に別れた。反対する両親と別れてまで日本には来ないって言うのヨ。あんな軟弱な男とは想わなかった。失望したワ」「今時、珍しいアメリカ人だな。その他には?」「母が、変わったのもある。私がニューヨークへ行く一年ほど前から大阪の事務所に行く度に嬉しそうに活き活きして帰って来るので気がついたの。離婚してから強度の神経症になって病院通いをしていた母が、どうしてあんな風に明るく変われたのか不思議だった」舞子がジワジワと真綿で首を締める様に女の事を話し始め、愈々舞子が私と女との関係を察知していると想った。尤も、女が病気だったというのは初耳だった。「ほう、どう変わったの?」「あの歳になって、良い相談相手が出来たと思って嬉しく成ったの。だから一度会ってみたかった」「会って、どうだった?」「貴方の目を見て分かった。この人は母の救世主だと」 「救世主?」聞き慣れない言葉に訊き返した。「そう、早く言えば神様ネ。極度のノイローゼの母が立ち直れたのは貴方のお蔭だと直感したの」「ボクが、お母さんを救ったって?何もしていないけど・・・」「いいえ、分かるの、私には。あなたは一人の女性を助けたのヨ。私も嬉しく成って、この人なら私の心を満たしてくれると思ったワ」と言う事は、舞子は私と女との関係を精神的な繋がりの関係だと信じているらしい。それはまるで宗教か精神世界の話だ。舞子の母親とは単なる肉体関係でしかないと思って居る私には意外な展開だった。そして舞子は、母を救ったとする私に心から傾倒し身も心も捧げるとでもいうのだろうか。そんな筈は無い。趣味でこそ精神世界や宗教には興味はあるが、私は純粋な宗教家では無い。寧ろ俗物に過ぎない。直ぐに女に手を出す男だ。それに歳も歳だ。最近では舞子の体力に打ちのめされつつあるぐらいなのだ。(7月中旬へつづく・月3回連載予定)
2012/07/05
コメント(0)
![]()
夏(13) 茶室の天井である。小さな一部屋なのに天井は数種類の仕上げ材で構成されている。その訳は、夫々の位置で意味を持たせている為だ。先ず、亭主の出入りする位置の天井は一段下げて蒲(がま)を敷き詰めた細かい線材の粗末なもので仕上げている。目立たず控え目ながら風流を感じさせ品格を持たせている。その隣の茶室への通路的な部分は一段上げて赤杉(杉の芯材)を薄く剥いだ板状のもので菱形に編んだ網代(あじろ)になっている。漁師が魚を入れる籠を連想させ風流がある。今では網代を編める大工は居なくなった。ボクが若い頃、明治生まれの大工の匠が目の前で編んでくれたのが懐かしく想い出される。その隣の窓側の客が座る座敷部分は更に一段高くして舟底天井になっている。高さに変化を付ける事で小さな部屋が様々な雰囲気を持ち広がりを感じさせる。天井一つとってみても茶室には宇宙空間が存在するのである。小説「猫と女と」(9) 舞子との関係が一度では終わらず、どちらから誘う訳でも無く毎週の様に会う様になって行った。母親との関係を気付いているのか気付かぬままなのか疑心暗鬼な気持ちを抱きながらも会った。それだけに出来る限り外泊はしない様に心がけ、舞子にも二人の関係は秘密にしておこうと念を押した。女に知られて不味いのは娘を弄んでいると逆上し何をしでかすか分からない事と、更に其処へデザイン事務所の所長までもが訊きつけて割り込んで来る事が懸念され、最悪の状態に成らない様、細心の注意が要った。それ以外の事では妻に対する危惧だけだが、是までの例からすれば何とか上手く切りぬけて来て、これからも上手くやって行ける自信はあるのだ。幸いにもデザイン事務所との仕事は今のところ何も無い。やがて女との月に一度程度の情事も煩わしくなり間遠になって行き、電話を掛ける事も無くなった。その代わり女からは週に一度は電話が掛かって来る。 困った事にその都度、適当な断り理由を捻り出さねば成らず、嘘を言えば直ぐに女に読まれてしまいそうになる。それなら思いきってハッキリと「もう別れよう」と言えば良いだけなのに後ろめたさと優柔不断な気持ちが決断を鈍らせる。決して憎い訳でも嫌になった訳でもないだけに、舞子との事が無ければ今しばらくは関係が続いたかも知れないのだ。女も私から電話が無くなったのを不審に想っている筈なのだ。それなら決して成就しない見合い写真と釣書でも渡して勧めてみるのも時間稼ぎか若しくはお茶を濁すのに良いとも想える。といって友人やクライアントの中に手頃な息子が要るかどうか見当もつかない。まさか自分で手を付けた女を紹介する程の度胸も心臓も無い。仮に事務所の所員を紹介しようにも収入や学歴の点で女は納得する訳も無いだろう。逆に馬鹿にしているのかと怒り出すに決まっている。 それよりも、そういういわく付きの娘を所員に紹介するという事自体、天職だと想って居る神聖な設計業務や自分のアトリエを汚す事にも成り、自分で人格を落とす事にも成る。一応これでも建築界でまともに仕事をして来た自信があり、建築家協会の役員もしているだけに変な事はしたくは無い。難しいものだ。欧米の様に浮気や情事が日常茶飯事に行われ有り触れた行為に思われているなら別だが、未だまだ日本では芸能界は別にしても政治家と成りあがりの実業家ぐらいなもので表向きはタブーとされている。俗に妾を持つのが男の甲斐性とされていても公然の秘密にまで成るには社会的地位のある立場の人間だけだ。それが私には納得できないが、一市井人が独り頑張ったところで身の程知らずと笑われるのが落ちだ。舞子にとっても私と愛人関係にあった処で何の価値も無い筈なのだ。何処が気に入って関係をもったのか分からないが、舞子なりに考えがあっての事だろう。 それは単なる損得計算では測り知れない事だ。それだけに私は舞子にのめり込みたくは無いし恐ろしくもある。もし本当にのめり込んだなら地獄を観る事に成るだろう。そんな修羅場を考えただけでも鳥肌が立つ。舞子は、そういう事には無頓着な表情で私を恋人でも観るような目で観る。「ボクの何処が気に入ったんだ?舞子は」と冗談っぽく訊けば「フフフ」と笑って誤魔化す。それでも尚訊いた。「こんな五十過ぎの平凡な親父なんか何処にでも居るだろ?」「でも、父とは違って猫を可愛がってくれる。ココちゃんを大事にしてくれているのを知って嬉しくなったのが最初だったワ。母が写真を送って来てくれて、学校で友達に見せると皆可愛いと褒めてくれて自慢出来たワ。それに、ガーデンテーブルやお庭が素敵で素晴らしい家ネとも言ってくれて、貴方に是非会いたかったの」「だけど、恋人が居たと言って居たんじゃなかった?弁護士の卵だったとか・・・」 舞子は一瞬顔を曇らせて言った。「彼とは帰国直前に別れた。反対する両親と別れてまで日本には来ないって言うのヨ。あんな軟弱な男とは想わなかった。失望したワ」「今時、珍しいアメリカ人だな。その他には?」「母が、変わったのもある。私がニューヨークへ行く一年ほど前から大阪の事務所に行く度に嬉しそうに活き活きして帰って来るので気がついたの。離婚してから強度の神経症になって病院通いをしていた母が、どうしてあんな風に明るく変われたのか不思議だった」舞子がジワジワと真綿で首を締める様に女の事を話し始め、愈々舞子が私と女との関係を察知していると想った。尤も、女が病気だったというのは初耳だった。「ほう、どう変わったの?」「あの歳になって、良い相談相手が出来たと思って嬉しく成ったの。だから一度会ってみたかった」「会って、どうだった?」「貴方の目を見て分かった。この人は母の救世主だと」 「救世主?」聞き慣れない言葉に訊き返した。「そう、早く言えば神様ネ。極度のノイローゼの母が立ち直れたのは貴方のお蔭だと直感したの」「ボクが、お母さんを救ったって?何もしていないけど・・・」「いいえ、分かるの、私には。あなたは一人の女性を助けたのヨ。私も嬉しく成って、この人なら私の心を満たしてくれると思ったワ」と言う事は、舞子は私と女との関係を精神的な繋がりの関係だと信じているらしい。それはまるで宗教か精神世界の話だ。舞子の母親とは単なる肉体関係でしかないと思って居る私には意外な展開だった。そして舞子は、母を救ったとする私に心から傾倒し身も心も捧げるとでもいうのだろうか。そんな筈は無い。趣味でこそ精神世界や宗教には興味はあるが、私は純粋な宗教家では無い。寧ろ俗物に過ぎない。直ぐに女に手を出す男だ。それに歳も歳だ。最近では舞子の体力に打ちのめされつつあるぐらいなのだ。(7月中旬へつづく・月3回連載予定)
2012/07/04
コメント(0)
![]()
夏(12) 茶室内にある水屋である。簡単に言えば流しである。茶器を準備し洗う場所と考えれば良い。小さな茶室では水屋が無い場合が多い。昔は水道が無かったから事前に小さな水瓶や桶に水を用意しておいた。今は水道があるし別の場所で洗い物や茶器の用意は出来るから水屋は必ずしも必要では無く一種の飾りの様なものである。敢えてこういう風に新築の茶室で水屋を用意するのは多くの客を招く場合や別棟の場所から運び難いからだろう。不必要とは言わないが亭主が造りたかっただけの事ながら在れば便利なものである。場所と費用に余裕があれば目立たない場所に水屋を設けるのも良いだろうが、客に洗い物や準備の音が聴こえたり裏舞台が観えたりするなら無粋この上も無い。客も亭主も静かな庭の自然の音(風や池の水の音など)が心地よく聴こえ、茶を優雅に美味く味わえる雰囲気こそが最高の茶の湯の世界なのである。小説「猫と女と」(9) 舞子との関係が一度では終わらず、どちらから誘う訳でも無く毎週の様に会う様になって行った。母親との関係を気付いているのか気付かぬままなのか疑心暗鬼な気持ちを抱きながらも会った。それだけに出来る限り外泊はしない様に心がけ、舞子にも二人の関係は秘密にしておこうと念を押した。女に知られて不味いのは娘を弄んでいると逆上し何をしでかすか分からない事と、更に其処へデザイン事務所の所長までもが訊きつけて割り込んで来る事が懸念され、最悪の状態に成らない様、細心の注意が要った。それ以外の事では妻に対する危惧だけだが、是までの例からすれば何とか上手く切りぬけて来て、これからも上手くやって行ける自信はあるのだ。幸いにもデザイン事務所との仕事は今のところ何も無い。やがて女との月に一度程度の情事も煩わしくなり間遠になって行き、電話を掛ける事も無くなった。その代わり女からは週に一度は電話が掛かって来る。 困った事にその都度、適当な断り理由を捻り出さねば成らず、嘘を言えば直ぐに女に読まれてしまいそうになる。それなら思いきってハッキリと「もう別れよう」と言えば良いだけなのに後ろめたさと優柔不断な気持ちが決断を鈍らせる。決して憎い訳でも嫌になった訳でもないだけに、舞子との事が無ければ今しばらくは関係が続いたかも知れないのだ。女も私から電話が無くなったのを不審に想っている筈なのだ。それなら決して成就しない見合い写真と釣書でも渡して勧めてみるのも時間稼ぎか若しくはお茶を濁すのに良いとも想える。といって友人やクライアントの中に手頃な息子が要るかどうか見当もつかない。まさか自分で手を付けた女を紹介する程の度胸も心臓も無い。仮に事務所の所員を紹介しようにも収入や学歴の点で女は納得する訳も無いだろう。逆に馬鹿にしているのかと怒り出すに決まっている。 それよりも、そういういわく付きの娘を所員に紹介するという事自体、天職だと想って居る神聖な設計業務や自分のアトリエを汚す事にも成り、自分で人格を落とす事にも成る。一応これでも建築界でまともに仕事をして来た自信があり、建築家協会の役員もしているだけに変な事はしたくは無い。難しいものだ。欧米の様に浮気や情事が日常茶飯事に行われ有り触れた行為に思われているなら別だが、未だまだ日本では芸能界は別にしても政治家と成りあがりの実業家ぐらいなもので表向きはタブーとされている。俗に妾を持つのが男の甲斐性とされていても公然の秘密にまで成るには社会的地位のある立場の人間だけだ。それが私には納得できないが、一市井人が独り頑張ったところで身の程知らずと笑われるのが落ちだ。舞子にとっても私と愛人関係にあった処で何の価値も無い筈なのだ。何処が気に入って関係をもったのか分からないが、舞子なりに考えがあっての事だろう。 それは単なる損得計算では測り知れない事だ。それだけに私は舞子にのめり込みたくは無いし恐ろしくもある。もし本当にのめり込んだなら地獄を観る事に成るだろう。そんな修羅場を考えただけでも鳥肌が立つ。舞子は、そういう事には無頓着な表情で私を恋人でも観るような目で観る。「ボクの何処が気に入ったんだ?舞子は」と冗談っぽく訊けば「フフフ」と笑って誤魔化す。それでも尚訊いた。「こんな五十過ぎの平凡な親父なんか何処にでも居るだろ?」「でも、父とは違って猫を可愛がってくれる。ココちゃんを大事にしてくれているのを知って嬉しくなったのが最初だったワ。母が写真を送って来てくれて、学校で友達に見せると皆可愛いと褒めてくれて自慢出来たワ。それに、ガーデンテーブルやお庭が素敵で素晴らしい家ネとも言ってくれて、貴方に是非会いたかったの」「だけど、恋人が居たと言って居たんじゃなかった?弁護士の卵だったとか・・・」 舞子は一瞬顔を曇らせて言った。「彼とは帰国直前に別れた。反対する両親と別れてまで日本には来ないって言うのヨ。あんな軟弱な男とは想わなかった。失望したワ」「今時、珍しいアメリカ人だな。その他には?」「母が、変わったのもある。私がニューヨークへ行く一年ほど前から大阪の事務所に行く度に嬉しそうに活き活きして帰って来るので気がついたの。離婚してから強度の神経症になって病院通いをしていた母が、どうしてあんな風に明るく変われたのか不思議だった」舞子がジワジワと真綿で首を締める様に女の事を話し始め、愈々舞子が私と女との関係を察知していると想った。尤も、女が病気だったというのは初耳だった。「ほう、どう変わったの?」「あの歳になって、良い相談相手が出来たと思って嬉しく成ったの。だから一度会ってみたかった」「会って、どうだった?」「貴方の目を見て分かった。この人は母の救世主だと」 「救世主?」聞き慣れない言葉に訊き返した。「そう、早く言えば神様ネ。極度のノイローゼの母が立ち直れたのは貴方のお蔭だと直感したの」「ボクが、お母さんを救ったって?何もしていないけど・・・」「いいえ、分かるの、私には。あなたは一人の女性を助けたのヨ。私も嬉しく成って、この人なら私の心を満たしてくれると思ったワ」と言う事は、舞子は私と女との関係を精神的な繋がりの関係だと信じているらしい。それはまるで宗教か精神世界の話だ。舞子の母親とは単なる肉体関係でしかないと思って居る私には意外な展開だった。そして舞子は、母を救ったとする私に心から傾倒し身も心も捧げるとでもいうのだろうか。そんな筈は無い。趣味でこそ精神世界や宗教には興味はあるが、私は純粋な宗教家では無い。寧ろ俗物に過ぎない。直ぐに女に手を出す男だ。それに歳も歳だ。最近では舞子の体力に打ちのめされつつあるぐらいなのだ。(7月中旬へつづく・月3回連載予定)
2012/07/03
コメント(0)
![]()
夏(11) アーチ型の出入り口は亭主専用のもので客は事前ににじり口か他の出入り口から茶室に入って座して亭主を待つ事になる。亭主は茶器を持って入って来るから立って入れる様になっていて行動がし易い大きさにしてある。客を大事にもてなすのに亭主の方が楽に行動できるようにしてあるのは主客転倒の様に想えるが、招く方が主役(シテ)で招かれる方は脇役(ワキ)という役割と考えれば、客は窮屈な場でありながらじっと待っていれば済むだけに、亭主が動き易くする事で客に粗相が無い様に配慮していると考えれば理解出来る。要するに亭主が茶を立て客人に喫してもらうだけの事だから、ついでに会話なり密談なりあったところで用件は無言で茶を喫する事さえ出来ればそれで事足りるのである。要は心のもてなしの場と考えれば言葉と行動は不要なのだろう。小説「猫と女と」(9) 舞子との関係が一度では終わらず、どちらから誘う訳でも無く毎週の様に会う様になって行った。母親との関係を気付いているのか気付かぬままなのか疑心暗鬼な気持ちを抱きながらも会った。それだけに出来る限り外泊はしない様に心がけ、舞子にも二人の関係は秘密にしておこうと念を押した。女に知られて不味いのは娘を弄んでいると逆上し何をしでかすか分からない事と、更に其処へデザイン事務所の所長までもが訊きつけて割り込んで来る事が懸念され、最悪の状態に成らない様、細心の注意が要った。それ以外の事では妻に対する危惧だけだが、是までの例からすれば何とか上手く切りぬけて来て、これからも上手くやって行ける自信はあるのだ。幸いにもデザイン事務所との仕事は今のところ何も無い。やがて女との月に一度程度の情事も煩わしくなり間遠になって行き、電話を掛ける事も無くなった。その代わり女からは週に一度は電話が掛かって来る。 困った事にその都度、適当な断り理由を捻り出さねば成らず、嘘を言えば直ぐに女に読まれてしまいそうになる。それなら思いきってハッキリと「もう別れよう」と言えば良いだけなのに後ろめたさと優柔不断な気持ちが決断を鈍らせる。決して憎い訳でも嫌になった訳でもないだけに、舞子との事が無ければ今しばらくは関係が続いたかも知れないのだ。女も私から電話が無くなったのを不審に想っている筈なのだ。それなら決して成就しない見合い写真と釣書でも渡して勧めてみるのも時間稼ぎか若しくはお茶を濁すのに良いとも想える。といって友人やクライアントの中に手頃な息子が要るかどうか見当もつかない。まさか自分で手を付けた女を紹介する程の度胸も心臓も無い。仮に事務所の所員を紹介しようにも収入や学歴の点で女は納得する訳も無いだろう。逆に馬鹿にしているのかと怒り出すに決まっている。 それよりも、そういういわく付きの娘を所員に紹介するという事自体、天職だと想って居る神聖な設計業務や自分のアトリエを汚す事にも成り、自分で人格を落とす事にも成る。一応これでも建築界でまともに仕事をして来た自信があり、建築家協会の役員もしているだけに変な事はしたくは無い。難しいものだ。欧米の様に浮気や情事が日常茶飯事に行われ有り触れた行為に思われているなら別だが、未だまだ日本では芸能界は別にしても政治家と成りあがりの実業家ぐらいなもので表向きはタブーとされている。俗に妾を持つのが男の甲斐性とされていても公然の秘密にまで成るには社会的地位のある立場の人間だけだ。それが私には納得できないが、一市井人が独り頑張ったところで身の程知らずと笑われるのが落ちだ。舞子にとっても私と愛人関係にあった処で何の価値も無い筈なのだ。何処が気に入って関係をもったのか分からないが、舞子なりに考えがあっての事だろう。 それは単なる損得計算では測り知れない事だ。それだけに私は舞子にのめり込みたくは無いし恐ろしくもある。もし本当にのめり込んだなら地獄を観る事に成るだろう。そんな修羅場を考えただけでも鳥肌が立つ。舞子は、そういう事には無頓着な表情で私を恋人でも観るような目で観る。「ボクの何処が気に入ったんだ?舞子は」と冗談っぽく訊けば「フフフ」と笑って誤魔化す。それでも尚訊いた。「こんな五十過ぎの平凡な親父なんか何処にでも居るだろ?」「でも、父とは違って猫を可愛がってくれる。ココちゃんを大事にしてくれているのを知って嬉しくなったのが最初だったワ。母が写真を送って来てくれて、学校で友達に見せると皆可愛いと褒めてくれて自慢出来たワ。それに、ガーデンテーブルやお庭が素敵で素晴らしい家ネとも言ってくれて、貴方に是非会いたかったの」「だけど、恋人が居たと言って居たんじゃなかった?弁護士の卵だったとか・・・」 舞子は一瞬顔を曇らせて言った。「彼とは帰国直前に別れた。反対する両親と別れてまで日本には来ないって言うのヨ。あんな軟弱な男とは想わなかった。失望したワ」「今時、珍しいアメリカ人だな。その他には?」「母が、変わったのもある。私がニューヨークへ行く一年ほど前から大阪の事務所に行く度に嬉しそうに活き活きして帰って来るので気がついたの。離婚してから強度の神経症になって病院通いをしていた母が、どうしてあんな風に明るく変われたのか不思議だった」舞子がジワジワと真綿で首を締める様に女の事を話し始め、愈々舞子が私と女との関係を察知していると想った。尤も、女が病気だったというのは初耳だった。「ほう、どう変わったの?」「あの歳になって、良い相談相手が出来たと思って嬉しく成ったの。だから一度会ってみたかった」「会って、どうだった?」「貴方の目を見て分かった。この人は母の救世主だと」 「救世主?」聞き慣れない言葉に訊き返した。「そう、早く言えば神様ネ。極度のノイローゼの母が立ち直れたのは貴方のお蔭だと直感したの」「ボクが、お母さんを救ったって?何もしていないけど・・・」「いいえ、分かるの、私には。あなたは一人の女性を助けたのヨ。私も嬉しく成って、この人なら私の心を満たしてくれると思ったワ」と言う事は、舞子は私と女との関係を精神的な繋がりの関係だと信じているらしい。それはまるで宗教か精神世界の話だ。舞子の母親とは単なる肉体関係でしかないと思って居る私には意外な展開だった。そして舞子は、母を救ったとする私に心から傾倒し身も心も捧げるとでもいうのだろうか。そんな筈は無い。趣味でこそ精神世界や宗教には興味はあるが、私は純粋な宗教家では無い。寧ろ俗物に過ぎない。直ぐに女に手を出す男だ。それに歳も歳だ。最近では舞子の体力に打ちのめされつつあるぐらいなのだ。(7月中旬へつづく・月3回連載予定)
2012/07/02
コメント(0)
![]()
夏(10) 茶室のにじり口である。この小さな出入り口は今の日本人には窮屈かも知れない。日本人の体形が大きく成って昔の様には楽に出入りがし難くなって来たのだ。一辺が60cmそこそこの大きさは屋上への非常口の様なもので肥った人には無理な大きさである。タラップを使って垂直に登り降りする非常口でさえ窮屈なのに水平に其処を通るのは更に大変である。それは戦国武将が刀を腰に差しては通れない様に工夫したギリギリの大きさであったから、わざわざそういう小さな穴を丸腰で通らせる意味は当然ながら刀が使えないという暗示であった。その気に成れば小刀でも人は切りつける事は出来るがら暗黙の了解の為のもので、外部の広い空間からにじり口を経て入れば中の狭い部屋も多少は広く感じさせる事が出来る。そういう効果も狙ったのであろう。小説「猫と女と」(9) 舞子との関係が一度では終わらず、どちらから誘う訳でも無く毎週の様に会う様になって行った。母親との関係を気付いているのか気付かぬままなのか疑心暗鬼な気持ちを抱きながらも会った。それだけに出来る限り外泊はしない様に心がけ、舞子にも二人の関係は秘密にしておこうと念を押した。女に知られて不味いのは娘を弄んでいると逆上し何をしでかすか分からない事と、更に其処へデザイン事務所の所長までもが訊きつけて割り込んで来る事が懸念され、最悪の状態に成らない様、細心の注意が要った。それ以外の事では妻に対する危惧だけだが、是までの例からすれば何とか上手く切りぬけて来て、これからも上手くやって行ける自信はあるのだ。幸いにもデザイン事務所との仕事は今のところ何も無い。やがて女との月に一度程度の情事も煩わしくなり間遠になって行き、電話を掛ける事も無くなった。その代わり女からは週に一度は電話が掛かって来る。 困った事にその都度、適当な断り理由を捻り出さねば成らず、嘘を言えば直ぐに女に読まれてしまいそうになる。それなら思いきってハッキリと「もう別れよう」と言えば良いだけなのに後ろめたさと優柔不断な気持ちが決断を鈍らせる。決して憎い訳でも嫌になった訳でもないだけに、舞子との事が無ければ今しばらくは関係が続いたかも知れないのだ。女も私から電話が無くなったのを不審に想っている筈なのだ。それなら決して成就しない見合い写真と釣書でも渡して勧めてみるのも時間稼ぎか若しくはお茶を濁すのに良いとも想える。といって友人やクライアントの中に手頃な息子が要るかどうか見当もつかない。まさか自分で手を付けた女を紹介する程の度胸も心臓も無い。仮に事務所の所員を紹介しようにも収入や学歴の点で女は納得する訳も無いだろう。逆に馬鹿にしているのかと怒り出すに決まっている。 それよりも、そういういわく付きの娘を所員に紹介するという事自体、天職だと想って居る神聖な設計業務や自分のアトリエを汚す事にも成り、自分で人格を落とす事にも成る。一応これでも建築界でまともに仕事をして来た自信があり、建築家協会の役員もしているだけに変な事はしたくは無い。難しいものだ。欧米の様に浮気や情事が日常茶飯事に行われ有り触れた行為に思われているなら別だが、未だまだ日本では芸能界は別にしても政治家と成りあがりの実業家ぐらいなもので表向きはタブーとされている。俗に妾を持つのが男の甲斐性とされていても公然の秘密にまで成るには社会的地位のある立場の人間だけだ。それが私には納得できないが、一市井人が独り頑張ったところで身の程知らずと笑われるのが落ちだ。舞子にとっても私と愛人関係にあった処で何の価値も無い筈なのだ。何処が気に入って関係をもったのか分からないが、舞子なりに考えがあっての事だろう。 それは単なる損得計算では測り知れない事だ。それだけに私は舞子にのめり込みたくは無いし恐ろしくもある。もし本当にのめり込んだなら地獄を観る事に成るだろう。そんな修羅場を考えただけでも鳥肌が立つ。舞子は、そういう事には無頓着な表情で私を恋人でも観るような目で観る。「ボクの何処が気に入ったんだ?舞子は」と冗談っぽく訊けば「フフフ」と笑って誤魔化す。それでも尚訊いた。「こんな五十過ぎの平凡な親父なんか何処にでも居るだろ?」「でも、父とは違って猫を可愛がってくれる。ココちゃんを大事にしてくれているのを知って嬉しくなったのが最初だったワ。母が写真を送って来てくれて、学校で友達に見せると皆可愛いと褒めてくれて自慢出来たワ。それに、ガーデンテーブルやお庭が素敵で素晴らしい家ネとも言ってくれて、貴方に是非会いたかったの」「だけど、恋人が居たと言って居たんじゃなかった?弁護士の卵だったとか・・・」 舞子は一瞬顔を曇らせて言った。「彼とは帰国直前に別れた。反対する両親と別れてまで日本には来ないって言うのヨ。あんな軟弱な男とは想わなかった。失望したワ」「今時、珍しいアメリカ人だな。その他には?」「母が、変わったのもある。私がニューヨークへ行く一年ほど前から大阪の事務所に行く度に嬉しそうに活き活きして帰って来るので気がついたの。離婚してから強度の神経症になって病院通いをしていた母が、どうしてあんな風に明るく変われたのか不思議だった」舞子がジワジワと真綿で首を締める様に女の事を話し始め、愈々舞子が私と女との関係を察知していると想った。尤も、女が病気だったというのは初耳だった。「ほう、どう変わったの?」「あの歳になって、良い相談相手が出来たと思って嬉しく成ったの。だから一度会ってみたかった」「会って、どうだった?」「貴方の目を見て分かった。この人は母の救世主だと」 「救世主?」聞き慣れない言葉に訊き返した。「そう、早く言えば神様ネ。極度のノイローゼの母が立ち直れたのは貴方のお蔭だと直感したの」「ボクが、お母さんを救ったって?何もしていないけど・・・」「いいえ、分かるの、私には。あなたは一人の女性を助けたのヨ。私も嬉しく成って、この人なら私の心を満たしてくれると思ったワ」と言う事は、舞子は私と女との関係を精神的な繋がりの関係だと信じているらしい。それはまるで宗教か精神世界の話だ。舞子の母親とは単なる肉体関係でしかないと思って居る私には意外な展開だった。そして舞子は、母を救ったとする私に心から傾倒し身も心も捧げるとでもいうのだろうか。そんな筈は無い。趣味でこそ精神世界や宗教には興味はあるが、私は純粋な宗教家では無い。寧ろ俗物に過ぎない。直ぐに女に手を出す男だ。それに歳も歳だ。最近では舞子の体力に打ちのめされつつあるぐらいなのだ。(7月中旬へつづく・月3回連載予定)
2012/07/01
コメント(0)
全31件 (31件中 1-31件目)
1