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夏(71) 庭の左前方には妻の寝室があり、未だ雨戸が固く閉ざされている。彼女の起きるのは7時だ。ボクと二時間差だけ睡眠時間が長い。尤も、ボクは晩酌で酔いが回ると彼女よりも二時間ほど早く眠りに就くから同じ事になる。但し睡眠内容はボクの方が深い筈で、一旦眠ってしまえば夜中に起きる事はめったに無い。だからココが途中で居なくなって階下に降り、妻の居る台所で夜食の餌を貰って居る事なぞ翌日聞かない事には知らないままである。ココはボクと妻の両方から餌を貰う術を覚えたのである。妻は夜中に数回トイレに行くそうだから眠りは浅い。だから夜中にココが家の中を徘徊しているのを知って居て、彼女の寝室に入りたそうにするのをピシャリ!と戸をしめ切って入れないで居るという。未だ、ココと彼女との親しみはボクほどでは無いという事だ。小説「猫と女と」(14) 結局、女との関係をほのめかす事さえ出来ないまま、その夜もホテルへ行った。母親の事で何を悩むのかという小さな疑問が心の中で次第に膨らんで行ったのか、舞子は事が終わってベッドでグッタリしている私に想い出した様に訊いた。「父が何を言ったか知らないけれど、もうあの人は母にとっては赤の他人でしか無いのヨ。月に一度デザイン事務所で帳簿の整理はしているけれど、唯それだけの事。父が今更、貴方に嫉妬する訳も無いし嫌味を言うとしたらお門違いだワ。ねえ、一体何があったの?教えて。そう言えば最近、母と会って無かった様ネ。先日、久しぶりに貴方に会えたと言って凄く明るい顔をしていたワ。あんな嬉しそうな顔を観ていると私まで嬉しく成ってしまうの」「この処、大学の設計の仕事で忙しくしていたから・・・。舞子に会える時間を作るだけで精一杯だった」「分かっているワ。でも、たまには母に会ってやってネ。会うだけで幸せなんだから」 「分かった」と取りあえず返事をしておき、女と別れるには時間を掛けるしか無いと考えた。既に五十にもなった女が女としての盛りを終えようとしているのに燃え尽きるまで付き合わねばならない。急の別れは反動が大きいだけだろう。精神的なショックがそうさせるのだ。しかし女としての性が燃え尽きるのは何時の事だろう。肉体関係はあと数年で終えるだろうが、男と違って女はもっと長いかも知れない。舞子の身体とは反比例して陽が沈む様に身体が衰えても気持ちだけは燃え尽きないかも知れない。老人ホームでの男女の恋愛問題が事件にまで発展する事もある。笑って見過ごしていたニュースだったが確かそういう事件があった。まして五十前後では未だまだ肉体的にも男との交渉は可能だ。勿論、人にも依るが、彼女の場合は早くに離婚しているから、舞子を引きとり若くして母子家庭になった訳だ。それだけに私との関係が彼女の身体に火を付けた事になる。 元夫との関係がその後もあったかどうか分からないが、多分、何も無かったというのが実態かも知れない。偽装離婚だと想って居たのが実際は経済問題と同居して夫婦関係も冷めてしまったのだとしたら夫婦関係は完全に終えているだろう。夫は税務署の追徴金で追いかけ回され今では無一文に近い状態だとしても女には離婚慰謝料や舞子の養育費が入っている筈だ。女には暇と虎の子があっても心の拠り所としては娘しか無いだろうし、其処へ私が現れ金銭的には無関係な関係だけに安全な相手だ。それに仕事もくれる。彼女にとって実利と精神的な面で、言わば舞子の言う救世主と言えなくもない。元夫よりも価値を見出しているとするなら別れようとはしないだろう。但し、舞子との関係を知らない限りだが。一方、舞子は、二人は綺麗な関係と観ているのだろう。まさか母親が自分の恋人と寝た事があると知れば対立関係になるに決まっている。 が、女も同じ考えの筈だ。まさか舞子と関係を持っているとは考えられないだろうし考えようともしないだろう。それだけに知った時の落胆とショックの程は計り知れない。其処が怖い処だ。多分、女は逆上するだろう。私は殺されてしまうかもしれない。彼女だけでなく舞子と二人共謀して実行すると想うと良い気がしない。お互いに私との関係を何とか両者に分からせる方法は無いものか。虫が良過ぎるだろうか。そう言えば数十年前まで、本妻と妾が同居している家があった。時代がそれを許す気風が未だ日本にはあった。道徳以前の経済面での社会の暗黙の了解があったのだ。本妻さんとお妾さんと女中も近所の人々も平気で口にしていた。主人は交互に相手を満足させていた。それが言わば男の甲斐性だとする風潮まであった。そんな時代が懐かしい。舞子と女はそれを理解してくれるだろうか。私を心から愛してくれるなら可能性はゼロではないだろう。 漠然としたそういう考えが私を少しばかり安心させ期待を持たせる。上手く行けば誰も傷付かず関係を維持出来るかも知れない。独占欲が相手を縛りつけ傷を付けるのだ。変なプライドは百害あって一理なしだ。私には都合が良い理屈だが結果的にはそれが一番良い解決方法に想える。その後は私の体力との挑戦だ。何処まで持つだろう。精力絶倫と想って居た割には五十五を過ぎてからの体力の低下は目に観えるばかりだ。ゴルフの後の疲れと同様の気だるさが翌日も残ってしまう。せめて六十までは大丈夫と多寡をくくって居たのが嘘の様で、意識ばかりが先行する。気力はあるものの身体が付いて行かないのだ。そろそろ好々爺の練習でもし市井の老人らしく大人しくしているべきなのだろうか。ところが「未だ高齢者と呼ばれる年齢に達していないのに今から弱気でどうする」という声が心の内から聞こえる。舞子はそれでも私の事を上手いと言って褒めてくれるのだ。嘘ではないだろう。 それは、たまたま彼女の体質に合っただけの事かも知れないが、母親の身体と同じ様な体質だけに私の身体が女との八年間の経験で自然にそれに同調するらしい。タイミングを図ってここぞと言う時に頑張れば女も舞子も歓喜の声を挙げる。全く同じ反応なのが面白い。ヘトヘトに成りながらも両者を比較する私は私なりに楽しんで居る訳だ。両者の性感帯も同じ場所だけに其処を愛撫したり刺激すると絶妙なタイミングで快感の絶頂に達する。舞子が私にとって麻薬なら私も彼女達の麻薬になって居る可能性もある。切っても切れない関係が出来上がってしまっている限り、お互いの存在を尊重し合いながら大事にすれば案外三人の関係は円満に続くと考えられない事もない。要は肉体面では無く精神面でどの様に持って行けば両者が納得するだろうか。其処の処が今の私にとっての一番の問題なのだ。(9月上旬へつづく)
2012/08/31
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夏(70) 5時の庭は未だ暗い。庭の水銀灯の常夜灯が煌々と照って緑を美しく浮かび上がらせている。目覚めのボンヤリした頭に鮮明に入って来る。ココは満足げに庭で寛いでいる。飼いネコは食べる事と遊ぶ事しか考えない。「腹が膨れたから今日は何をして遊ぼうかな」とでも考えているのだろう。気楽なものである。小説「猫と女と」(14) 結局、女との関係をほのめかす事さえ出来ないまま、その夜もホテルへ行った。母親の事で何を悩むのかという小さな疑問が心の中で次第に膨らんで行ったのか、舞子は事が終わってベッドでグッタリしている私に想い出した様に訊いた。「父が何を言ったか知らないけれど、もうあの人は母にとっては赤の他人でしか無いのヨ。月に一度デザイン事務所で帳簿の整理はしているけれど、唯それだけの事。父が今更、貴方に嫉妬する訳も無いし嫌味を言うとしたらお門違いだワ。ねえ、一体何があったの?教えて。そう言えば最近、母と会って無かった様ネ。先日、久しぶりに貴方に会えたと言って凄く明るい顔をしていたワ。あんな嬉しそうな顔を観ていると私まで嬉しく成ってしまうの」「この処、大学の設計の仕事で忙しくしていたから・・・。舞子に会える時間を作るだけで精一杯だった」「分かっているワ。でも、たまには母に会ってやってネ。会うだけで幸せなんだから」 「分かった」と取りあえず返事をしておき、女と別れるには時間を掛けるしか無いと考えた。既に五十にもなった女が女としての盛りを終えようとしているのに燃え尽きるまで付き合わねばならない。急の別れは反動が大きいだけだろう。精神的なショックがそうさせるのだ。しかし女としての性が燃え尽きるのは何時の事だろう。肉体関係はあと数年で終えるだろうが、男と違って女はもっと長いかも知れない。舞子の身体とは反比例して陽が沈む様に身体が衰えても気持ちだけは燃え尽きないかも知れない。老人ホームでの男女の恋愛問題が事件にまで発展する事もある。笑って見過ごしていたニュースだったが確かそういう事件があった。まして五十前後では未だまだ肉体的にも男との交渉は可能だ。勿論、人にも依るが、彼女の場合は早くに離婚しているから、舞子を引きとり若くして母子家庭になった訳だ。それだけに私との関係が彼女の身体に火を付けた事になる。 元夫との関係がその後もあったかどうか分からないが、多分、何も無かったというのが実態かも知れない。偽装離婚だと想って居たのが実際は経済問題と同居して夫婦関係も冷めてしまったのだとしたら夫婦関係は完全に終えているだろう。夫は税務署の追徴金で追いかけ回され今では無一文に近い状態だとしても女には離婚慰謝料や舞子の養育費が入っている筈だ。女には暇と虎の子があっても心の拠り所としては娘しか無いだろうし、其処へ私が現れ金銭的には無関係な関係だけに安全な相手だ。それに仕事もくれる。彼女にとって実利と精神的な面で、言わば舞子の言う救世主と言えなくもない。元夫よりも価値を見出しているとするなら別れようとはしないだろう。但し、舞子との関係を知らない限りだが。一方、舞子は、二人は綺麗な関係と観ているのだろう。まさか母親が自分の恋人と寝た事があると知れば対立関係になるに決まっている。 が、女も同じ考えの筈だ。まさか舞子と関係を持っているとは考えられないだろうし考えようともしないだろう。それだけに知った時の落胆とショックの程は計り知れない。其処が怖い処だ。多分、女は逆上するだろう。私は殺されてしまうかもしれない。彼女だけでなく舞子と二人共謀して実行すると想うと良い気がしない。お互いに私との関係を何とか両者に分からせる方法は無いものか。虫が良過ぎるだろうか。そう言えば数十年前まで、本妻と妾が同居している家があった。時代がそれを許す気風が未だ日本にはあった。道徳以前の経済面での社会の暗黙の了解があったのだ。本妻さんとお妾さんと女中も近所の人々も平気で口にしていた。主人は交互に相手を満足させていた。それが言わば男の甲斐性だとする風潮まであった。そんな時代が懐かしい。舞子と女はそれを理解してくれるだろうか。私を心から愛してくれるなら可能性はゼロではないだろう。 漠然としたそういう考えが私を少しばかり安心させ期待を持たせる。上手く行けば誰も傷付かず関係を維持出来るかも知れない。独占欲が相手を縛りつけ傷を付けるのだ。変なプライドは百害あって一理なしだ。私には都合が良い理屈だが結果的にはそれが一番良い解決方法に想える。その後は私の体力との挑戦だ。何処まで持つだろう。精力絶倫と想って居た割には五十五を過ぎてからの体力の低下は目に観えるばかりだ。ゴルフの後の疲れと同様の気だるさが翌日も残ってしまう。せめて六十までは大丈夫と多寡をくくって居たのが嘘の様で、意識ばかりが先行する。気力はあるものの身体が付いて行かないのだ。そろそろ好々爺の練習でもし市井の老人らしく大人しくしているべきなのだろうか。ところが「未だ高齢者と呼ばれる年齢に達していないのに今から弱気でどうする」という声が心の内から聞こえる。舞子はそれでも私の事を上手いと言って褒めてくれるのだ。嘘ではないだろう。 それは、たまたま彼女の体質に合っただけの事かも知れないが、母親の身体と同じ様な体質だけに私の身体が女との八年間の経験で自然にそれに同調するらしい。タイミングを図ってここぞと言う時に頑張れば女も舞子も歓喜の声を挙げる。全く同じ反応なのが面白い。ヘトヘトに成りながらも両者を比較する私は私なりに楽しんで居る訳だ。両者の性感帯も同じ場所だけに其処を愛撫したり刺激すると絶妙なタイミングで快感の絶頂に達する。舞子が私にとって麻薬なら私も彼女達の麻薬になって居る可能性もある。切っても切れない関係が出来上がってしまっている限り、お互いの存在を尊重し合いながら大事にすれば案外三人の関係は円満に続くと考えられない事もない。要は肉体面では無く精神面でどの様に持って行けば両者が納得するだろうか。其処の処が今の私にとっての一番の問題なのだ。(9月上旬へつづく)
2012/08/30
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夏(69) ようやく朝晩が涼しくなって来て、ココは再びボクの寝室で寝るようになった。それまでは庭の片隅で一晩明かして6時頃に書斎の雨戸を開けるとダッと駆け込んで来るのだった。つまり、夜露が身体に堪える様に成って来たのだろう。ボクの寝室で寝るのは愛らしくて良いのだが、その代わり5時前にはベッドの周りを徘徊してボクを起こしに掛かる。やむを得ずボクも起きる事になり、台所に降りて餌を与える仕儀になる。5時に雨戸を開けると食事中のココは一応食べられた事に満足したのか直ぐに庭に飛び出して行く。腹が減っていたにも拘わらず、何とか朝飯にありついたという安心感からか食べ残し分は亦後で食べる積もりなのだろう。つまり競走原理から外れた飼いネコは欲が無いのだ。姉妹でも居れば餌の取り合いで残さず食べてしまうのだろう。そんな事を考えながら庭の風景の空を見上げると朝焼けが綺麗だった。小説「猫と女と」(14) 結局、女との関係をほのめかす事さえ出来ないまま、その夜もホテルへ行った。母親の事で何を悩むのかという小さな疑問が心の中で次第に膨らんで行ったのか、舞子は事が終わってベッドでグッタリしている私に想い出した様に訊いた。「父が何を言ったか知らないけれど、もうあの人は母にとっては赤の他人でしか無いのヨ。月に一度デザイン事務所で帳簿の整理はしているけれど、唯それだけの事。父が今更、貴方に嫉妬する訳も無いし嫌味を言うとしたらお門違いだワ。ねえ、一体何があったの?教えて。そう言えば最近、母と会って無かった様ネ。先日、久しぶりに貴方に会えたと言って凄く明るい顔をしていたワ。あんな嬉しそうな顔を観ていると私まで嬉しく成ってしまうの」「この処、大学の設計の仕事で忙しくしていたから・・・。舞子に会える時間を作るだけで精一杯だった」「分かっているワ。でも、たまには母に会ってやってネ。会うだけで幸せなんだから」 「分かった」と取りあえず返事をしておき、女と別れるには時間を掛けるしか無いと考えた。既に五十にもなった女が女としての盛りを終えようとしているのに燃え尽きるまで付き合わねばならない。急の別れは反動が大きいだけだろう。精神的なショックがそうさせるのだ。しかし女としての性が燃え尽きるのは何時の事だろう。肉体関係はあと数年で終えるだろうが、男と違って女はもっと長いかも知れない。舞子の身体とは反比例して陽が沈む様に身体が衰えても気持ちだけは燃え尽きないかも知れない。老人ホームでの男女の恋愛問題が事件にまで発展する事もある。笑って見過ごしていたニュースだったが確かそういう事件があった。まして五十前後では未だまだ肉体的にも男との交渉は可能だ。勿論、人にも依るが、彼女の場合は早くに離婚しているから、舞子を引きとり若くして母子家庭になった訳だ。それだけに私との関係が彼女の身体に火を付けた事になる。 元夫との関係がその後もあったかどうか分からないが、多分、何も無かったというのが実態かも知れない。偽装離婚だと想って居たのが実際は経済問題と同居して夫婦関係も冷めてしまったのだとしたら夫婦関係は完全に終えているだろう。夫は税務署の追徴金で追いかけ回され今では無一文に近い状態だとしても女には離婚慰謝料や舞子の養育費が入っている筈だ。女には暇と虎の子があっても心の拠り所としては娘しか無いだろうし、其処へ私が現れ金銭的には無関係な関係だけに安全な相手だ。それに仕事もくれる。彼女にとって実利と精神的な面で、言わば舞子の言う救世主と言えなくもない。元夫よりも価値を見出しているとするなら別れようとはしないだろう。但し、舞子との関係を知らない限りだが。一方、舞子は、二人は綺麗な関係と観ているのだろう。まさか母親が自分の恋人と寝た事があると知れば対立関係になるに決まっている。 が、女も同じ考えの筈だ。まさか舞子と関係を持っているとは考えられないだろうし考えようともしないだろう。それだけに知った時の落胆とショックの程は計り知れない。其処が怖い処だ。多分、女は逆上するだろう。私は殺されてしまうかもしれない。彼女だけでなく舞子と二人共謀して実行すると想うと良い気がしない。お互いに私との関係を何とか両者に分からせる方法は無いものか。虫が良過ぎるだろうか。そう言えば数十年前まで、本妻と妾が同居している家があった。時代がそれを許す気風が未だ日本にはあった。道徳以前の経済面での社会の暗黙の了解があったのだ。本妻さんとお妾さんと女中も近所の人々も平気で口にしていた。主人は交互に相手を満足させていた。それが言わば男の甲斐性だとする風潮まであった。そんな時代が懐かしい。舞子と女はそれを理解してくれるだろうか。私を心から愛してくれるなら可能性はゼロではないだろう。 漠然としたそういう考えが私を少しばかり安心させ期待を持たせる。上手く行けば誰も傷付かず関係を維持出来るかも知れない。独占欲が相手を縛りつけ傷を付けるのだ。変なプライドは百害あって一理なしだ。私には都合が良い理屈だが結果的にはそれが一番良い解決方法に想える。その後は私の体力との挑戦だ。何処まで持つだろう。精力絶倫と想って居た割には五十五を過ぎてからの体力の低下は目に観えるばかりだ。ゴルフの後の疲れと同様の気だるさが翌日も残ってしまう。せめて六十までは大丈夫と多寡をくくって居たのが嘘の様で、意識ばかりが先行する。気力はあるものの身体が付いて行かないのだ。そろそろ好々爺の練習でもし市井の老人らしく大人しくしているべきなのだろうか。ところが「未だ高齢者と呼ばれる年齢に達していないのに今から弱気でどうする」という声が心の内から聞こえる。舞子はそれでも私の事を上手いと言って褒めてくれるのだ。嘘ではないだろう。 それは、たまたま彼女の体質に合っただけの事かも知れないが、母親の身体と同じ様な体質だけに私の身体が女との八年間の経験で自然にそれに同調するらしい。タイミングを図ってここぞと言う時に頑張れば女も舞子も歓喜の声を挙げる。全く同じ反応なのが面白い。ヘトヘトに成りながらも両者を比較する私は私なりに楽しんで居る訳だ。両者の性感帯も同じ場所だけに其処を愛撫したり刺激すると絶妙なタイミングで快感の絶頂に達する。舞子が私にとって麻薬なら私も彼女達の麻薬になって居る可能性もある。切っても切れない関係が出来上がってしまっている限り、お互いの存在を尊重し合いながら大事にすれば案外三人の関係は円満に続くと考えられない事もない。要は肉体面では無く精神面でどの様に持って行けば両者が納得するだろうか。其処の処が今の私にとっての一番の問題なのだ。(9月上旬へつづく)
2012/08/29
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夏(68) 夏も終わりに近づくと線香花火の残り火の様に暑さがパッと破裂する様に猛暑が襲う。この連日の猛暑は南方の熱帯低気圧を運んで来るのだろうが、北極海の冷たい空気が今か今かと南下を待って居る。それが来出すと日本は秋と成り冬に向かう。そういう風に観ると一年なんて短いものである。人間も自然も歳も取る筈である。万年青年だった私が好々爺に成ったのだ。自然現象も老化現象のようにコントロールが効かなくなって来て暴風雨や竜巻が大陸波に襲って来る。若さは激しいものである。それを抑えるのが老人の知恵というものなのに抑える力不足なのか若さの暴走が独り歩きするのかこの頃の世界の気象は狂って居る。ひょっとして昔(平安・鎌倉時代)もこの様な気象だったのではないかと想ったりし、古人は自然現象には太刀打ち出来ず、右往左往していただけだったのだろうと考えたりしてしまう。小説「猫と女と」(14) 結局、女との関係をほのめかす事さえ出来ないまま、その夜もホテルへ行った。母親の事で何を悩むのかという小さな疑問が心の中で次第に膨らんで行ったのか、舞子は事が終わってベッドでグッタリしている私に想い出した様に訊いた。「父が何を言ったか知らないけれど、もうあの人は母にとっては赤の他人でしか無いのヨ。月に一度デザイン事務所で帳簿の整理はしているけれど、唯それだけの事。父が今更、貴方に嫉妬する訳も無いし嫌味を言うとしたらお門違いだワ。ねえ、一体何があったの?教えて。そう言えば最近、母と会って無かった様ネ。先日、久しぶりに貴方に会えたと言って凄く明るい顔をしていたワ。あんな嬉しそうな顔を観ていると私まで嬉しく成ってしまうの」「この処、大学の設計の仕事で忙しくしていたから・・・。舞子に会える時間を作るだけで精一杯だった」「分かっているワ。でも、たまには母に会ってやってネ。会うだけで幸せなんだから」 「分かった」と取りあえず返事をしておき、女と別れるには時間を掛けるしか無いと考えた。既に五十にもなった女が女としての盛りを終えようとしているのに燃え尽きるまで付き合わねばならない。急の別れは反動が大きいだけだろう。精神的なショックがそうさせるのだ。しかし女としての性が燃え尽きるのは何時の事だろう。肉体関係はあと数年で終えるだろうが、男と違って女はもっと長いかも知れない。舞子の身体とは反比例して陽が沈む様に身体が衰えても気持ちだけは燃え尽きないかも知れない。老人ホームでの男女の恋愛問題が事件にまで発展する事もある。笑って見過ごしていたニュースだったが確かそういう事件があった。まして五十前後では未だまだ肉体的にも男との交渉は可能だ。勿論、人にも依るが、彼女の場合は早くに離婚しているから、舞子を引きとり若くして母子家庭になった訳だ。それだけに私との関係が彼女の身体に火を付けた事になる。 元夫との関係がその後もあったかどうか分からないが、多分、何も無かったというのが実態かも知れない。偽装離婚だと想って居たのが実際は経済問題と同居して夫婦関係も冷めてしまったのだとしたら夫婦関係は完全に終えているだろう。夫は税務署の追徴金で追いかけ回され今では無一文に近い状態だとしても女には離婚慰謝料や舞子の養育費が入っている筈だ。女には暇と虎の子があっても心の拠り所としては娘しか無いだろうし、其処へ私が現れ金銭的には無関係な関係だけに安全な相手だ。それに仕事もくれる。彼女にとって実利と精神的な面で、言わば舞子の言う救世主と言えなくもない。元夫よりも価値を見出しているとするなら別れようとはしないだろう。但し、舞子との関係を知らない限りだが。一方、舞子は、二人は綺麗な関係と観ているのだろう。まさか母親が自分の恋人と寝た事があると知れば対立関係になるに決まっている。 が、女も同じ考えの筈だ。まさか舞子と関係を持っているとは考えられないだろうし考えようともしないだろう。それだけに知った時の落胆とショックの程は計り知れない。其処が怖い処だ。多分、女は逆上するだろう。私は殺されてしまうかもしれない。彼女だけでなく舞子と二人共謀して実行すると想うと良い気がしない。お互いに私との関係を何とか両者に分からせる方法は無いものか。虫が良過ぎるだろうか。そう言えば数十年前まで、本妻と妾が同居している家があった。時代がそれを許す気風が未だ日本にはあった。道徳以前の経済面での社会の暗黙の了解があったのだ。本妻さんとお妾さんと女中も近所の人々も平気で口にしていた。主人は交互に相手を満足させていた。それが言わば男の甲斐性だとする風潮まであった。そんな時代が懐かしい。舞子と女はそれを理解してくれるだろうか。私を心から愛してくれるなら可能性はゼロではないだろう。 漠然としたそういう考えが私を少しばかり安心させ期待を持たせる。上手く行けば誰も傷付かず関係を維持出来るかも知れない。独占欲が相手を縛りつけ傷を付けるのだ。変なプライドは百害あって一理なしだ。私には都合が良い理屈だが結果的にはそれが一番良い解決方法に想える。その後は私の体力との挑戦だ。何処まで持つだろう。精力絶倫と想って居た割には五十五を過ぎてからの体力の低下は目に観えるばかりだ。ゴルフの後の疲れと同様の気だるさが翌日も残ってしまう。せめて六十までは大丈夫と多寡をくくって居たのが嘘の様で、意識ばかりが先行する。気力はあるものの身体が付いて行かないのだ。そろそろ好々爺の練習でもし市井の老人らしく大人しくしているべきなのだろうか。ところが「未だ高齢者と呼ばれる年齢に達していないのに今から弱気でどうする」という声が心の内から聞こえる。舞子はそれでも私の事を上手いと言って褒めてくれるのだ。嘘ではないだろう。 それは、たまたま彼女の体質に合っただけの事かも知れないが、母親の身体と同じ様な体質だけに私の身体が女との八年間の経験で自然にそれに同調するらしい。タイミングを図ってここぞと言う時に頑張れば女も舞子も歓喜の声を挙げる。全く同じ反応なのが面白い。ヘトヘトに成りながらも両者を比較する私は私なりに楽しんで居る訳だ。両者の性感帯も同じ場所だけに其処を愛撫したり刺激すると絶妙なタイミングで快感の絶頂に達する。舞子が私にとって麻薬なら私も彼女達の麻薬になって居る可能性もある。切っても切れない関係が出来上がってしまっている限り、お互いの存在を尊重し合いながら大事にすれば案外三人の関係は円満に続くと考えられない事もない。要は肉体面では無く精神面でどの様に持って行けば両者が納得するだろうか。其処の処が今の私にとっての一番の問題なのだ。(9月上旬へつづく)
2012/08/28
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夏(67) 夏草を気にしない様になるべく観ず、その上の庭木だけを眺めれば、つい先日葉刈りをして貰ったばかりなのに高野槇はもう新芽が出ている。連日の暑さと夕立ちで成長が促進されているのだろう。それでも一時の様な繁茂ではなく綺麗な緑である。これから涼しくなって行くのが分かって居るから暑さももう少しの辛抱である。それにしても狂った政府は隣国から舐められ国民のイライラは増すばかりである。昔なら領土侵犯は即刻軍隊が排除したものだったが、今は憲法で軍隊は無い事になっているから無いものは動かしようが無いと間抜けな政府が弱腰で眺めているだけである。こんな馬鹿な政府は即刻ひきずり降ろし新生日本の政府が正義観をもって国民の安全と財産の保全の為に自衛隊(国防組織)を動かし国境警備に務めて欲しいものである。「夏草や兵どもの夢のあと」と隣国に知らしめるべきであろう。小説「猫と女と」(14) 結局、女との関係をほのめかす事さえ出来ないまま、その夜もホテルへ行った。母親の事で何を悩むのかという小さな疑問が心の中で次第に膨らんで行ったのか、舞子は事が終わってベッドでグッタリしている私に想い出した様に訊いた。「父が何を言ったか知らないけれど、もうあの人は母にとっては赤の他人でしか無いのヨ。月に一度デザイン事務所で帳簿の整理はしているけれど、唯それだけの事。父が今更、貴方に嫉妬する訳も無いし嫌味を言うとしたらお門違いだワ。ねえ、一体何があったの?教えて。そう言えば最近、母と会って無かった様ネ。先日、久しぶりに貴方に会えたと言って凄く明るい顔をしていたワ。あんな嬉しそうな顔を観ていると私まで嬉しく成ってしまうの」「この処、大学の設計の仕事で忙しくしていたから・・・。舞子に会える時間を作るだけで精一杯だった」「分かっているワ。でも、たまには母に会ってやってネ。会うだけで幸せなんだから」 「分かった」と取りあえず返事をしておき、女と別れるには時間を掛けるしか無いと考えた。既に五十にもなった女が女としての盛りを終えようとしているのに燃え尽きるまで付き合わねばならない。急の別れは反動が大きいだけだろう。精神的なショックがそうさせるのだ。しかし女としての性が燃え尽きるのは何時の事だろう。肉体関係はあと数年で終えるだろうが、男と違って女はもっと長いかも知れない。舞子の身体とは反比例して陽が沈む様に身体が衰えても気持ちだけは燃え尽きないかも知れない。老人ホームでの男女の恋愛問題が事件にまで発展する事もある。笑って見過ごしていたニュースだったが確かそういう事件があった。まして五十前後では未だまだ肉体的にも男との交渉は可能だ。勿論、人にも依るが、彼女の場合は早くに離婚しているから、舞子を引きとり若くして母子家庭になった訳だ。それだけに私との関係が彼女の身体に火を付けた事になる。 元夫との関係がその後もあったかどうか分からないが、多分、何も無かったというのが実態かも知れない。偽装離婚だと想って居たのが実際は経済問題と同居して夫婦関係も冷めてしまったのだとしたら夫婦関係は完全に終えているだろう。夫は税務署の追徴金で追いかけ回され今では無一文に近い状態だとしても女には離婚慰謝料や舞子の養育費が入っている筈だ。女には暇と虎の子があっても心の拠り所としては娘しか無いだろうし、其処へ私が現れ金銭的には無関係な関係だけに安全な相手だ。それに仕事もくれる。彼女にとって実利と精神的な面で、言わば舞子の言う救世主と言えなくもない。元夫よりも価値を見出しているとするなら別れようとはしないだろう。但し、舞子との関係を知らない限りだが。一方、舞子は、二人は綺麗な関係と観ているのだろう。まさか母親が自分の恋人と寝た事があると知れば対立関係になるに決まっている。 が、女も同じ考えの筈だ。まさか舞子と関係を持っているとは考えられないだろうし考えようともしないだろう。それだけに知った時の落胆とショックの程は計り知れない。其処が怖い処だ。多分、女は逆上するだろう。私は殺されてしまうかもしれない。彼女だけでなく舞子と二人共謀して実行すると想うと良い気がしない。お互いに私との関係を何とか両者に分からせる方法は無いものか。虫が良過ぎるだろうか。そう言えば数十年前まで、本妻と妾が同居している家があった。時代がそれを許す気風が未だ日本にはあった。道徳以前の経済面での社会の暗黙の了解があったのだ。本妻さんとお妾さんと女中も近所の人々も平気で口にしていた。主人は交互に相手を満足させていた。それが言わば男の甲斐性だとする風潮まであった。そんな時代が懐かしい。舞子と女はそれを理解してくれるだろうか。私を心から愛してくれるなら可能性はゼロではないだろう。 漠然としたそういう考えが私を少しばかり安心させ期待を持たせる。上手く行けば誰も傷付かず関係を維持出来るかも知れない。独占欲が相手を縛りつけ傷を付けるのだ。変なプライドは百害あって一理なしだ。私には都合が良い理屈だが結果的にはそれが一番良い解決方法に想える。その後は私の体力との挑戦だ。何処まで持つだろう。精力絶倫と想って居た割には五十五を過ぎてからの体力の低下は目に観えるばかりだ。ゴルフの後の疲れと同様の気だるさが翌日も残ってしまう。せめて六十までは大丈夫と多寡をくくって居たのが嘘の様で、意識ばかりが先行する。気力はあるものの身体が付いて行かないのだ。そろそろ好々爺の練習でもし市井の老人らしく大人しくしているべきなのだろうか。ところが「未だ高齢者と呼ばれる年齢に達していないのに今から弱気でどうする」という声が心の内から聞こえる。舞子はそれでも私の事を上手いと言って褒めてくれるのだ。嘘ではないだろう。 それは、たまたま彼女の体質に合っただけの事かも知れないが、母親の身体と同じ様な体質だけに私の身体が女との八年間の経験で自然にそれに同調するらしい。タイミングを図ってここぞと言う時に頑張れば女も舞子も歓喜の声を挙げる。全く同じ反応なのが面白い。ヘトヘトに成りながらも両者を比較する私は私なりに楽しんで居る訳だ。両者の性感帯も同じ場所だけに其処を愛撫したり刺激すると絶妙なタイミングで快感の絶頂に達する。舞子が私にとって麻薬なら私も彼女達の麻薬になって居る可能性もある。切っても切れない関係が出来上がってしまっている限り、お互いの存在を尊重し合いながら大事にすれば案外三人の関係は円満に続くと考えられない事もない。要は肉体面では無く精神面でどの様に持って行けば両者が納得するだろうか。其処の処が今の私にとっての一番の問題なのだ。(9月上旬へつづく)
2012/08/27
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夏(66) ようやく仕事(監理業務)の方も終盤に入り暇が出来て来た。そこでゆっくりと書斎から庭を観ると夏草(雑草)が芝生を覆いつくすほど生えているのが目につく。芝刈りをするにも未だまだ暑いので来月になってからと放ってある。来月には少しは早朝は涼しく成るだろうという目論見である。それにしても今年も暑い夏だった。工事現場では涼しい現場事務所でパソコン相手にデスクに居たから現場の作業員の暑さに比べれば天国に居る様なものだっただけに暑さからは解放されていたが、検査の度に暑さを改めて感じたものだった。その検査も竣工検査を残すのみになった。来月からはゴルフ三昧で過ごそうかと想って居る。しかし、夏草も何とかしなければ。小説「猫と女と」(14) 結局、女との関係をほのめかす事さえ出来ないまま、その夜もホテルへ行った。母親の事で何を悩むのかという小さな疑問が心の中で次第に膨らんで行ったのか、舞子は事が終わってベッドでグッタリしている私に想い出した様に訊いた。「父が何を言ったか知らないけれど、もうあの人は母にとっては赤の他人でしか無いのヨ。月に一度デザイン事務所で帳簿の整理はしているけれど、唯それだけの事。父が今更、貴方に嫉妬する訳も無いし嫌味を言うとしたらお門違いだワ。ねえ、一体何があったの?教えて。そう言えば最近、母と会って無かった様ネ。先日、久しぶりに貴方に会えたと言って凄く明るい顔をしていたワ。あんな嬉しそうな顔を観ていると私まで嬉しく成ってしまうの」「この処、大学の設計の仕事で忙しくしていたから・・・。舞子に会える時間を作るだけで精一杯だった」「分かっているワ。でも、たまには母に会ってやってネ。会うだけで幸せなんだから」 「分かった」と取りあえず返事をしておき、女と別れるには時間を掛けるしか無いと考えた。既に五十にもなった女が女としての盛りを終えようとしているのに燃え尽きるまで付き合わねばならない。急の別れは反動が大きいだけだろう。精神的なショックがそうさせるのだ。しかし女としての性が燃え尽きるのは何時の事だろう。肉体関係はあと数年で終えるだろうが、男と違って女はもっと長いかも知れない。舞子の身体とは反比例して陽が沈む様に身体が衰えても気持ちだけは燃え尽きないかも知れない。老人ホームでの男女の恋愛問題が事件にまで発展する事もある。笑って見過ごしていたニュースだったが確かそういう事件があった。まして五十前後では未だまだ肉体的にも男との交渉は可能だ。勿論、人にも依るが、彼女の場合は早くに離婚しているから、舞子を引きとり若くして母子家庭になった訳だ。それだけに私との関係が彼女の身体に火を付けた事になる。 元夫との関係がその後もあったかどうか分からないが、多分、何も無かったというのが実態かも知れない。偽装離婚だと想って居たのが実際は経済問題と同居して夫婦関係も冷めてしまったのだとしたら夫婦関係は完全に終えているだろう。夫は税務署の追徴金で追いかけ回され今では無一文に近い状態だとしても女には離婚慰謝料や舞子の養育費が入っている筈だ。女には暇と虎の子があっても心の拠り所としては娘しか無いだろうし、其処へ私が現れ金銭的には無関係な関係だけに安全な相手だ。それに仕事もくれる。彼女にとって実利と精神的な面で、言わば舞子の言う救世主と言えなくもない。元夫よりも価値を見出しているとするなら別れようとはしないだろう。但し、舞子との関係を知らない限りだが。一方、舞子は、二人は綺麗な関係と観ているのだろう。まさか母親が自分の恋人と寝た事があると知れば対立関係になるに決まっている。 が、女も同じ考えの筈だ。まさか舞子と関係を持っているとは考えられないだろうし考えようともしないだろう。それだけに知った時の落胆とショックの程は計り知れない。其処が怖い処だ。多分、女は逆上するだろう。私は殺されてしまうかもしれない。彼女だけでなく舞子と二人共謀して実行すると想うと良い気がしない。お互いに私との関係を何とか両者に分からせる方法は無いものか。虫が良過ぎるだろうか。そう言えば数十年前まで、本妻と妾が同居している家があった。時代がそれを許す気風が未だ日本にはあった。道徳以前の経済面での社会の暗黙の了解があったのだ。本妻さんとお妾さんと女中も近所の人々も平気で口にしていた。主人は交互に相手を満足させていた。それが言わば男の甲斐性だとする風潮まであった。そんな時代が懐かしい。舞子と女はそれを理解してくれるだろうか。私を心から愛してくれるなら可能性はゼロではないだろう。 漠然としたそういう考えが私を少しばかり安心させ期待を持たせる。上手く行けば誰も傷付かず関係を維持出来るかも知れない。独占欲が相手を縛りつけ傷を付けるのだ。変なプライドは百害あって一理なしだ。私には都合が良い理屈だが結果的にはそれが一番良い解決方法に想える。その後は私の体力との挑戦だ。何処まで持つだろう。精力絶倫と想って居た割には五十五を過ぎてからの体力の低下は目に観えるばかりだ。ゴルフの後の疲れと同様の気だるさが翌日も残ってしまう。せめて六十までは大丈夫と多寡をくくって居たのが嘘の様で、意識ばかりが先行する。気力はあるものの身体が付いて行かないのだ。そろそろ好々爺の練習でもし市井の老人らしく大人しくしているべきなのだろうか。ところが「未だ高齢者と呼ばれる年齢に達していないのに今から弱気でどうする」という声が心の内から聞こえる。舞子はそれでも私の事を上手いと言って褒めてくれるのだ。嘘ではないだろう。 それは、たまたま彼女の体質に合っただけの事かも知れないが、母親の身体と同じ様な体質だけに私の身体が女との八年間の経験で自然にそれに同調するらしい。タイミングを図ってここぞと言う時に頑張れば女も舞子も歓喜の声を挙げる。全く同じ反応なのが面白い。ヘトヘトに成りながらも両者を比較する私は私なりに楽しんで居る訳だ。両者の性感帯も同じ場所だけに其処を愛撫したり刺激すると絶妙なタイミングで快感の絶頂に達する。舞子が私にとって麻薬なら私も彼女達の麻薬になって居る可能性もある。切っても切れない関係が出来上がってしまっている限り、お互いの存在を尊重し合いながら大事にすれば案外三人の関係は円満に続くと考えられない事もない。要は肉体面では無く精神面でどの様に持って行けば両者が納得するだろうか。其処の処が今の私にとっての一番の問題なのだ。(9月上旬へつづく)
2012/08/26
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夏(65) 竹と言えば、我が家には大名竹があり、前栽を飾って居るが、余り生え過ぎて雨天の日なぞ濡れた葉が身体に触れて濡らすので何とかせねばと棕櫚縄で縛った処それが当たり前になり今では輪状になって簡易くぐりになっている。以前、貴船神社で茅の輪を見掛け、それに似させたのである。年々増えて行くので茅の輪風竹輪は太くなって行く。この先まだまだ生えて来るだろうから益々太くなって行くだろう。小説「猫と女と」(14) 結局、女との関係をほのめかす事さえ出来ないまま、その夜もホテルへ行った。母親の事で何を悩むのかという小さな疑問が心の中で次第に膨らんで行ったのか、舞子は事が終わってベッドでグッタリしている私に想い出した様に訊いた。「父が何を言ったか知らないけれど、もうあの人は母にとっては赤の他人でしか無いのヨ。月に一度デザイン事務所で帳簿の整理はしているけれど、唯それだけの事。父が今更、貴方に嫉妬する訳も無いし嫌味を言うとしたらお門違いだワ。ねえ、一体何があったの?教えて。そう言えば最近、母と会って無かった様ネ。先日、久しぶりに貴方に会えたと言って凄く明るい顔をしていたワ。あんな嬉しそうな顔を観ていると私まで嬉しく成ってしまうの」「この処、大学の設計の仕事で忙しくしていたから・・・。舞子に会える時間を作るだけで精一杯だった」「分かっているワ。でも、たまには母に会ってやってネ。会うだけで幸せなんだから」 「分かった」と取りあえず返事をしておき、女と別れるには時間を掛けるしか無いと考えた。既に五十にもなった女が女としての盛りを終えようとしているのに燃え尽きるまで付き合わねばならない。急の別れは反動が大きいだけだろう。精神的なショックがそうさせるのだ。しかし女としての性が燃え尽きるのは何時の事だろう。肉体関係はあと数年で終えるだろうが、男と違って女はもっと長いかも知れない。舞子の身体とは反比例して陽が沈む様に身体が衰えても気持ちだけは燃え尽きないかも知れない。老人ホームでの男女の恋愛問題が事件にまで発展する事もある。笑って見過ごしていたニュースだったが確かそういう事件があった。まして五十前後では未だまだ肉体的にも男との交渉は可能だ。勿論、人にも依るが、彼女の場合は早くに離婚しているから、舞子を引きとり若くして母子家庭になった訳だ。それだけに私との関係が彼女の身体に火を付けた事になる。 元夫との関係がその後もあったかどうか分からないが、多分、何も無かったというのが実態かも知れない。偽装離婚だと想って居たのが実際は経済問題と同居して夫婦関係も冷めてしまったのだとしたら夫婦関係は完全に終えているだろう。夫は税務署の追徴金で追いかけ回され今では無一文に近い状態だとしても女には離婚慰謝料や舞子の養育費が入っている筈だ。女には暇と虎の子があっても心の拠り所としては娘しか無いだろうし、其処へ私が現れ金銭的には無関係な関係だけに安全な相手だ。それに仕事もくれる。彼女にとって実利と精神的な面で、言わば舞子の言う救世主と言えなくもない。元夫よりも価値を見出しているとするなら別れようとはしないだろう。但し、舞子との関係を知らない限りだが。一方、舞子は、二人は綺麗な関係と観ているのだろう。まさか母親が自分の恋人と寝た事があると知れば対立関係になるに決まっている。 が、女も同じ考えの筈だ。まさか舞子と関係を持っているとは考えられないだろうし考えようともしないだろう。それだけに知った時の落胆とショックの程は計り知れない。其処が怖い処だ。多分、女は逆上するだろう。私は殺されてしまうかもしれない。彼女だけでなく舞子と二人共謀して実行すると想うと良い気がしない。お互いに私との関係を何とか両者に分からせる方法は無いものか。虫が良過ぎるだろうか。そう言えば数十年前まで、本妻と妾が同居している家があった。時代がそれを許す気風が未だ日本にはあった。道徳以前の経済面での社会の暗黙の了解があったのだ。本妻さんとお妾さんと女中も近所の人々も平気で口にしていた。主人は交互に相手を満足させていた。それが言わば男の甲斐性だとする風潮まであった。そんな時代が懐かしい。舞子と女はそれを理解してくれるだろうか。私を心から愛してくれるなら可能性はゼロではないだろう。 漠然としたそういう考えが私を少しばかり安心させ期待を持たせる。上手く行けば誰も傷付かず関係を維持出来るかも知れない。独占欲が相手を縛りつけ傷を付けるのだ。変なプライドは百害あって一理なしだ。私には都合が良い理屈だが結果的にはそれが一番良い解決方法に想える。その後は私の体力との挑戦だ。何処まで持つだろう。精力絶倫と想って居た割には五十五を過ぎてからの体力の低下は目に観えるばかりだ。ゴルフの後の疲れと同様の気だるさが翌日も残ってしまう。せめて六十までは大丈夫と多寡をくくって居たのが嘘の様で、意識ばかりが先行する。気力はあるものの身体が付いて行かないのだ。そろそろ好々爺の練習でもし市井の老人らしく大人しくしているべきなのだろうか。ところが「未だ高齢者と呼ばれる年齢に達していないのに今から弱気でどうする」という声が心の内から聞こえる。舞子はそれでも私の事を上手いと言って褒めてくれるのだ。嘘ではないだろう。 それは、たまたま彼女の体質に合っただけの事かも知れないが、母親の身体と同じ様な体質だけに私の身体が女との八年間の経験で自然にそれに同調するらしい。タイミングを図ってここぞと言う時に頑張れば女も舞子も歓喜の声を挙げる。全く同じ反応なのが面白い。ヘトヘトに成りながらも両者を比較する私は私なりに楽しんで居る訳だ。両者の性感帯も同じ場所だけに其処を愛撫したり刺激すると絶妙なタイミングで快感の絶頂に達する。舞子が私にとって麻薬なら私も彼女達の麻薬になって居る可能性もある。切っても切れない関係が出来上がってしまっている限り、お互いの存在を尊重し合いながら大事にすれば案外三人の関係は円満に続くと考えられない事もない。要は肉体面では無く精神面でどの様に持って行けば両者が納得するだろうか。其処の処が今の私にとっての一番の問題なのだ。(9月上旬へつづく)
2012/08/25
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夏(64) 竹細工というのは面白い。越前竹人形とか徳島の竹人形には人々の悲哀が込められた雰囲気があって盆踊りや郷土の風俗を伝えて居て日本人の手先の器用さが証明されている。竹細工では日常品や生活用品を竹の特製を上手く利用してあり、飾り物として見て居るだけでも見事で感心する。子供時分、すだれというものをよく家で使った。が、今では殆ど使われなくなって、それに代わるブラインドが在るが雰囲気は全く異なる。我が家には木製のブラインドを玄関窓に使っているが、もし竹製のブラインドが在れば買った事だろう。しかし、すだれは似合わない。あれは座敷に在ってこそ似合う。源氏物語では無いが、すだれの御簾を通して天上人が女官と居る風景は貴族の生活様式なのだが庶民にも行きわたるのは江戸時代である。小学校の同窓生にすだれ屋の子が居た。が、今では小さな伝統工芸的な店屋に成ってしまった。日常品では使われ無くなったせいだ。それでも竹は良いものである。小説「猫と女と」(14) 結局、女との関係をほのめかす事さえ出来ないまま、その夜もホテルへ行った。母親の事で何を悩むのかという小さな疑問が心の中で次第に膨らんで行ったのか、舞子は事が終わってベッドでグッタリしている私に想い出した様に訊いた。「父が何を言ったか知らないけれど、もうあの人は母にとっては赤の他人でしか無いのヨ。月に一度デザイン事務所で帳簿の整理はしているけれど、唯それだけの事。父が今更、貴方に嫉妬する訳も無いし嫌味を言うとしたらお門違いだワ。ねえ、一体何があったの?教えて。そう言えば最近、母と会って無かった様ネ。先日、久しぶりに貴方に会えたと言って凄く明るい顔をしていたワ。あんな嬉しそうな顔を観ていると私まで嬉しく成ってしまうの」「この処、大学の設計の仕事で忙しくしていたから・・・。舞子に会える時間を作るだけで精一杯だった」「分かっているワ。でも、たまには母に会ってやってネ。会うだけで幸せなんだから」 「分かった」と取りあえず返事をしておき、女と別れるには時間を掛けるしか無いと考えた。既に五十にもなった女が女としての盛りを終えようとしているのに燃え尽きるまで付き合わねばならない。急の別れは反動が大きいだけだろう。精神的なショックがそうさせるのだ。しかし女としての性が燃え尽きるのは何時の事だろう。肉体関係はあと数年で終えるだろうが、男と違って女はもっと長いかも知れない。舞子の身体とは反比例して陽が沈む様に身体が衰えても気持ちだけは燃え尽きないかも知れない。老人ホームでの男女の恋愛問題が事件にまで発展する事もある。笑って見過ごしていたニュースだったが確かそういう事件があった。まして五十前後では未だまだ肉体的にも男との交渉は可能だ。勿論、人にも依るが、彼女の場合は早くに離婚しているから、舞子を引きとり若くして母子家庭になった訳だ。それだけに私との関係が彼女の身体に火を付けた事になる。 元夫との関係がその後もあったかどうか分からないが、多分、何も無かったというのが実態かも知れない。偽装離婚だと想って居たのが実際は経済問題と同居して夫婦関係も冷めてしまったのだとしたら夫婦関係は完全に終えているだろう。夫は税務署の追徴金で追いかけ回され今では無一文に近い状態だとしても女には離婚慰謝料や舞子の養育費が入っている筈だ。女には暇と虎の子があっても心の拠り所としては娘しか無いだろうし、其処へ私が現れ金銭的には無関係な関係だけに安全な相手だ。それに仕事もくれる。彼女にとって実利と精神的な面で、言わば舞子の言う救世主と言えなくもない。元夫よりも価値を見出しているとするなら別れようとはしないだろう。但し、舞子との関係を知らない限りだが。一方、舞子は、二人は綺麗な関係と観ているのだろう。まさか母親が自分の恋人と寝た事があると知れば対立関係になるに決まっている。 が、女も同じ考えの筈だ。まさか舞子と関係を持っているとは考えられないだろうし考えようともしないだろう。それだけに知った時の落胆とショックの程は計り知れない。其処が怖い処だ。多分、女は逆上するだろう。私は殺されてしまうかもしれない。彼女だけでなく舞子と二人共謀して実行すると想うと良い気がしない。お互いに私との関係を何とか両者に分からせる方法は無いものか。虫が良過ぎるだろうか。そう言えば数十年前まで、本妻と妾が同居している家があった。時代がそれを許す気風が未だ日本にはあった。道徳以前の経済面での社会の暗黙の了解があったのだ。本妻さんとお妾さんと女中も近所の人々も平気で口にしていた。主人は交互に相手を満足させていた。それが言わば男の甲斐性だとする風潮まであった。そんな時代が懐かしい。舞子と女はそれを理解してくれるだろうか。私を心から愛してくれるなら可能性はゼロではないだろう。 漠然としたそういう考えが私を少しばかり安心させ期待を持たせる。上手く行けば誰も傷付かず関係を維持出来るかも知れない。独占欲が相手を縛りつけ傷を付けるのだ。変なプライドは百害あって一理なしだ。私には都合が良い理屈だが結果的にはそれが一番良い解決方法に想える。その後は私の体力との挑戦だ。何処まで持つだろう。精力絶倫と想って居た割には五十五を過ぎてからの体力の低下は目に観えるばかりだ。ゴルフの後の疲れと同様の気だるさが翌日も残ってしまう。せめて六十までは大丈夫と多寡をくくって居たのが嘘の様で、意識ばかりが先行する。気力はあるものの身体が付いて行かないのだ。そろそろ好々爺の練習でもし市井の老人らしく大人しくしているべきなのだろうか。ところが「未だ高齢者と呼ばれる年齢に達していないのに今から弱気でどうする」という声が心の内から聞こえる。舞子はそれでも私の事を上手いと言って褒めてくれるのだ。嘘ではないだろう。 それは、たまたま彼女の体質に合っただけの事かも知れないが、母親の身体と同じ様な体質だけに私の身体が女との八年間の経験で自然にそれに同調するらしい。タイミングを図ってここぞと言う時に頑張れば女も舞子も歓喜の声を挙げる。全く同じ反応なのが面白い。ヘトヘトに成りながらも両者を比較する私は私なりに楽しんで居る訳だ。両者の性感帯も同じ場所だけに其処を愛撫したり刺激すると絶妙なタイミングで快感の絶頂に達する。舞子が私にとって麻薬なら私も彼女達の麻薬になって居る可能性もある。切っても切れない関係が出来上がってしまっている限り、お互いの存在を尊重し合いながら大事にすれば案外三人の関係は円満に続くと考えられない事もない。要は肉体面では無く精神面でどの様に持って行けば両者が納得するだろうか。其処の処が今の私にとっての一番の問題なのだ。(9月上旬へつづく)
2012/08/24
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夏(63) 竹は中空でしなやかだから少々の風では折れない。引っ張り強度もかなりあって戦前・戦中の話だが資材が不足する中、鉄筋コンクリート(RC)造ならぬ竹筋コンクリート造なるものを造ったという話を聞いた事がある。笑い話の様な話だが、案外実用性があったらしい。しかし、竹はいづれ枯れて脆くなる。そうなれば流石の引っ張り強度も落ちて無筋コンクリートと同じになってしまう。建築家フランク・ロイド・ライトが中空コンクリートのタワー状の丸柱で造った実験ビルを公開した処、人々は「そんな中空の脆弱な建物なぞ駄目だ」と笑って相手にしなかったそうだ。しかし、RC造の理に叶って居て構造的にも大丈夫な事が証明され社会に受け入れられたそうだ。その後、関東大震災で東京の帝国ホテル(RC造)が倒壊もせず残った事が世界に伝わり彼の建築に対する造詣に人々は目を見張ったという。何でも最初はそういうものなのだろう。小説「猫と女と」(14) 結局、女との関係をほのめかす事さえ出来ないまま、その夜もホテルへ行った。母親の事で何を悩むのかという小さな疑問が心の中で次第に膨らんで行ったのか、舞子は事が終わってベッドでグッタリしている私に想い出した様に訊いた。「父が何を言ったか知らないけれど、もうあの人は母にとっては赤の他人でしか無いのヨ。月に一度デザイン事務所で帳簿の整理はしているけれど、唯それだけの事。父が今更、貴方に嫉妬する訳も無いし嫌味を言うとしたらお門違いだワ。ねえ、一体何があったの?教えて。そう言えば最近、母と会って無かった様ネ。先日、久しぶりに貴方に会えたと言って凄く明るい顔をしていたワ。あんな嬉しそうな顔を観ていると私まで嬉しく成ってしまうの」「この処、大学の設計の仕事で忙しくしていたから・・・。舞子に会える時間を作るだけで精一杯だった」「分かっているワ。でも、たまには母に会ってやってネ。会うだけで幸せなんだから」 「分かった」と取りあえず返事をしておき、女と別れるには時間を掛けるしか無いと考えた。既に五十にもなった女が女としての盛りを終えようとしているのに燃え尽きるまで付き合わねばならない。急の別れは反動が大きいだけだろう。精神的なショックがそうさせるのだ。しかし女としての性が燃え尽きるのは何時の事だろう。肉体関係はあと数年で終えるだろうが、男と違って女はもっと長いかも知れない。舞子の身体とは反比例して陽が沈む様に身体が衰えても気持ちだけは燃え尽きないかも知れない。老人ホームでの男女の恋愛問題が事件にまで発展する事もある。笑って見過ごしていたニュースだったが確かそういう事件があった。まして五十前後では未だまだ肉体的にも男との交渉は可能だ。勿論、人にも依るが、彼女の場合は早くに離婚しているから、舞子を引きとり若くして母子家庭になった訳だ。それだけに私との関係が彼女の身体に火を付けた事になる。 元夫との関係がその後もあったかどうか分からないが、多分、何も無かったというのが実態かも知れない。偽装離婚だと想って居たのが実際は経済問題と同居して夫婦関係も冷めてしまったのだとしたら夫婦関係は完全に終えているだろう。夫は税務署の追徴金で追いかけ回され今では無一文に近い状態だとしても女には離婚慰謝料や舞子の養育費が入っている筈だ。女には暇と虎の子があっても心の拠り所としては娘しか無いだろうし、其処へ私が現れ金銭的には無関係な関係だけに安全な相手だ。それに仕事もくれる。彼女にとって実利と精神的な面で、言わば舞子の言う救世主と言えなくもない。元夫よりも価値を見出しているとするなら別れようとはしないだろう。但し、舞子との関係を知らない限りだが。一方、舞子は、二人は綺麗な関係と観ているのだろう。まさか母親が自分の恋人と寝た事があると知れば対立関係になるに決まっている。 が、女も同じ考えの筈だ。まさか舞子と関係を持っているとは考えられないだろうし考えようともしないだろう。それだけに知った時の落胆とショックの程は計り知れない。其処が怖い処だ。多分、女は逆上するだろう。私は殺されてしまうかもしれない。彼女だけでなく舞子と二人共謀して実行すると想うと良い気がしない。お互いに私との関係を何とか両者に分からせる方法は無いものか。虫が良過ぎるだろうか。そう言えば数十年前まで、本妻と妾が同居している家があった。時代がそれを許す気風が未だ日本にはあった。道徳以前の経済面での社会の暗黙の了解があったのだ。本妻さんとお妾さんと女中も近所の人々も平気で口にしていた。主人は交互に相手を満足させていた。それが言わば男の甲斐性だとする風潮まであった。そんな時代が懐かしい。舞子と女はそれを理解してくれるだろうか。私を心から愛してくれるなら可能性はゼロではないだろう。 漠然としたそういう考えが私を少しばかり安心させ期待を持たせる。上手く行けば誰も傷付かず関係を維持出来るかも知れない。独占欲が相手を縛りつけ傷を付けるのだ。変なプライドは百害あって一理なしだ。私には都合が良い理屈だが結果的にはそれが一番良い解決方法に想える。その後は私の体力との挑戦だ。何処まで持つだろう。精力絶倫と想って居た割には五十五を過ぎてからの体力の低下は目に観えるばかりだ。ゴルフの後の疲れと同様の気だるさが翌日も残ってしまう。せめて六十までは大丈夫と多寡をくくって居たのが嘘の様で、意識ばかりが先行する。気力はあるものの身体が付いて行かないのだ。そろそろ好々爺の練習でもし市井の老人らしく大人しくしているべきなのだろうか。ところが「未だ高齢者と呼ばれる年齢に達していないのに今から弱気でどうする」という声が心の内から聞こえる。舞子はそれでも私の事を上手いと言って褒めてくれるのだ。嘘ではないだろう。 それは、たまたま彼女の体質に合っただけの事かも知れないが、母親の身体と同じ様な体質だけに私の身体が女との八年間の経験で自然にそれに同調するらしい。タイミングを図ってここぞと言う時に頑張れば女も舞子も歓喜の声を挙げる。全く同じ反応なのが面白い。ヘトヘトに成りながらも両者を比較する私は私なりに楽しんで居る訳だ。両者の性感帯も同じ場所だけに其処を愛撫したり刺激すると絶妙なタイミングで快感の絶頂に達する。舞子が私にとって麻薬なら私も彼女達の麻薬になって居る可能性もある。切っても切れない関係が出来上がってしまっている限り、お互いの存在を尊重し合いながら大事にすれば案外三人の関係は円満に続くと考えられない事もない。要は肉体面では無く精神面でどの様に持って行けば両者が納得するだろうか。其処の処が今の私にとっての一番の問題なのだ。(9月上旬へつづく)
2012/08/23
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夏(62) ゴルフ練習所の横にある竹林である。開場を待っている間、散歩がてら時間を潰している時に撮った。ボクは孟宗竹の竹林が好きで、京都嵯峨野や奈良の竹林を撮る事が多く、出来れば竹林に庵を造って住みたいと想ったりするぐらい好きである。竹林の七賢人では無いが古代中国の歴史に憧れているのだろう。風にザワザワと騒ぐ竹葉の音や枯葉が散り積もってベージュの地面が広がる様は物静かな雰囲気の中、木漏れ日に読書三昧で過ごせればどんなに平和で幸せだろうかと考えるのである。それは非現実的過ぎるが、散歩で観る度に竹林に親しみを覚える。小説「猫と女と」(14) 結局、女との関係をほのめかす事さえ出来ないまま、その夜もホテルへ行った。母親の事で何を悩むのかという小さな疑問が心の中で次第に膨らんで行ったのか、舞子は事が終わってベッドでグッタリしている私に想い出した様に訊いた。「父が何を言ったか知らないけれど、もうあの人は母にとっては赤の他人でしか無いのヨ。月に一度デザイン事務所で帳簿の整理はしているけれど、唯それだけの事。父が今更、貴方に嫉妬する訳も無いし嫌味を言うとしたらお門違いだワ。ねえ、一体何があったの?教えて。そう言えば最近、母と会って無かった様ネ。先日、久しぶりに貴方に会えたと言って凄く明るい顔をしていたワ。あんな嬉しそうな顔を観ていると私まで嬉しく成ってしまうの」「この処、大学の設計の仕事で忙しくしていたから・・・。舞子に会える時間を作るだけで精一杯だった」「分かっているワ。でも、たまには母に会ってやってネ。会うだけで幸せなんだから」 「分かった」と取りあえず返事をしておき、女と別れるには時間を掛けるしか無いと考えた。既に五十にもなった女が女としての盛りを終えようとしているのに燃え尽きるまで付き合わねばならない。急の別れは反動が大きいだけだろう。精神的なショックがそうさせるのだ。しかし女としての性が燃え尽きるのは何時の事だろう。肉体関係はあと数年で終えるだろうが、男と違って女はもっと長いかも知れない。舞子の身体とは反比例して陽が沈む様に身体が衰えても気持ちだけは燃え尽きないかも知れない。老人ホームでの男女の恋愛問題が事件にまで発展する事もある。笑って見過ごしていたニュースだったが確かそういう事件があった。まして五十前後では未だまだ肉体的にも男との交渉は可能だ。勿論、人にも依るが、彼女の場合は早くに離婚しているから、舞子を引きとり若くして母子家庭になった訳だ。それだけに私との関係が彼女の身体に火を付けた事になる。 元夫との関係がその後もあったかどうか分からないが、多分、何も無かったというのが実態かも知れない。偽装離婚だと想って居たのが実際は経済問題と同居して夫婦関係も冷めてしまったのだとしたら夫婦関係は完全に終えているだろう。夫は税務署の追徴金で追いかけ回され今では無一文に近い状態だとしても女には離婚慰謝料や舞子の養育費が入っている筈だ。女には暇と虎の子があっても心の拠り所としては娘しか無いだろうし、其処へ私が現れ金銭的には無関係な関係だけに安全な相手だ。それに仕事もくれる。彼女にとって実利と精神的な面で、言わば舞子の言う救世主と言えなくもない。元夫よりも価値を見出しているとするなら別れようとはしないだろう。但し、舞子との関係を知らない限りだが。一方、舞子は、二人は綺麗な関係と観ているのだろう。まさか母親が自分の恋人と寝た事があると知れば対立関係になるに決まっている。 が、女も同じ考えの筈だ。まさか舞子と関係を持っているとは考えられないだろうし考えようともしないだろう。それだけに知った時の落胆とショックの程は計り知れない。其処が怖い処だ。多分、女は逆上するだろう。私は殺されてしまうかもしれない。彼女だけでなく舞子と二人共謀して実行すると想うと良い気がしない。お互いに私との関係を何とか両者に分からせる方法は無いものか。虫が良過ぎるだろうか。そう言えば数十年前まで、本妻と妾が同居している家があった。時代がそれを許す気風が未だ日本にはあった。道徳以前の経済面での社会の暗黙の了解があったのだ。本妻さんとお妾さんと女中も近所の人々も平気で口にしていた。主人は交互に相手を満足させていた。それが言わば男の甲斐性だとする風潮まであった。そんな時代が懐かしい。舞子と女はそれを理解してくれるだろうか。私を心から愛してくれるなら可能性はゼロではないだろう。 漠然としたそういう考えが私を少しばかり安心させ期待を持たせる。上手く行けば誰も傷付かず関係を維持出来るかも知れない。独占欲が相手を縛りつけ傷を付けるのだ。変なプライドは百害あって一理なしだ。私には都合が良い理屈だが結果的にはそれが一番良い解決方法に想える。その後は私の体力との挑戦だ。何処まで持つだろう。精力絶倫と想って居た割には五十五を過ぎてからの体力の低下は目に観えるばかりだ。ゴルフの後の疲れと同様の気だるさが翌日も残ってしまう。せめて六十までは大丈夫と多寡をくくって居たのが嘘の様で、意識ばかりが先行する。気力はあるものの身体が付いて行かないのだ。そろそろ好々爺の練習でもし市井の老人らしく大人しくしているべきなのだろうか。ところが「未だ高齢者と呼ばれる年齢に達していないのに今から弱気でどうする」という声が心の内から聞こえる。舞子はそれでも私の事を上手いと言って褒めてくれるのだ。嘘ではないだろう。 それは、たまたま彼女の体質に合っただけの事かも知れないが、母親の身体と同じ様な体質だけに私の身体が女との八年間の経験で自然にそれに同調するらしい。タイミングを図ってここぞと言う時に頑張れば女も舞子も歓喜の声を挙げる。全く同じ反応なのが面白い。ヘトヘトに成りながらも両者を比較する私は私なりに楽しんで居る訳だ。両者の性感帯も同じ場所だけに其処を愛撫したり刺激すると絶妙なタイミングで快感の絶頂に達する。舞子が私にとって麻薬なら私も彼女達の麻薬になって居る可能性もある。切っても切れない関係が出来上がってしまっている限り、お互いの存在を尊重し合いながら大事にすれば案外三人の関係は円満に続くと考えられない事もない。要は肉体面では無く精神面でどの様に持って行けば両者が納得するだろうか。其処の処が今の私にとっての一番の問題なのだ。(9月上旬へつづく)
2012/08/22
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夏(61) 一週間ぶりにゴルフ練習に行った。先週行ったのは盆休み中だったから今日もひょっとして8時から開場になっているかも知れないと想って8時半には行った。しかしシャッターが降りて居て9時からの開場だった。已む無く20分ほど周りの田園付近を散歩して戻ると四、五名の客が玄関口で待って居た。ボクと同じく盆休みと同じ様に8時からの開場と想って居たのだろう。未だ少し時間があったので練習場の窓から観える景色を写真に撮った。窓のカウンター越しだったので天板が反射して水面の様に見える。誰も入って居ないゴルフ練習場にはボールは落ちていず、一番乗りをする程熱心な客のお蔭でこの練習所はもっているのだなと独りほくそ笑んだのだった。小説「猫と女と」(14) 結局、女との関係をほのめかす事さえ出来ないまま、その夜もホテルへ行った。母親の事で何を悩むのかという小さな疑問が心の中で次第に膨らんで行ったのか、舞子は事が終わってベッドでグッタリしている私に想い出した様に訊いた。「父が何を言ったか知らないけれど、もうあの人は母にとっては赤の他人でしか無いのヨ。月に一度デザイン事務所で帳簿の整理はしているけれど、唯それだけの事。父が今更、貴方に嫉妬する訳も無いし嫌味を言うとしたらお門違いだワ。ねえ、一体何があったの?教えて。そう言えば最近、母と会って無かった様ネ。先日、久しぶりに貴方に会えたと言って凄く明るい顔をしていたワ。あんな嬉しそうな顔を観ていると私まで嬉しく成ってしまうの」「この処、大学の設計の仕事で忙しくしていたから・・・。舞子に会える時間を作るだけで精一杯だった」「分かっているワ。でも、たまには母に会ってやってネ。会うだけで幸せなんだから」 「分かった」と取りあえず返事をしておき、女と別れるには時間を掛けるしか無いと考えた。既に五十にもなった女が女としての盛りを終えようとしているのに燃え尽きるまで付き合わねばならない。急の別れは反動が大きいだけだろう。精神的なショックがそうさせるのだ。しかし女としての性が燃え尽きるのは何時の事だろう。肉体関係はあと数年で終えるだろうが、男と違って女はもっと長いかも知れない。舞子の身体とは反比例して陽が沈む様に身体が衰えても気持ちだけは燃え尽きないかも知れない。老人ホームでの男女の恋愛問題が事件にまで発展する事もある。笑って見過ごしていたニュースだったが確かそういう事件があった。まして五十前後では未だまだ肉体的にも男との交渉は可能だ。勿論、人にも依るが、彼女の場合は早くに離婚しているから、舞子を引きとり若くして母子家庭になった訳だ。それだけに私との関係が彼女の身体に火を付けた事になる。 元夫との関係がその後もあったかどうか分からないが、多分、何も無かったというのが実態かも知れない。偽装離婚だと想って居たのが実際は経済問題と同居して夫婦関係も冷めてしまったのだとしたら夫婦関係は完全に終えているだろう。夫は税務署の追徴金で追いかけ回され今では無一文に近い状態だとしても女には離婚慰謝料や舞子の養育費が入っている筈だ。女には暇と虎の子があっても心の拠り所としては娘しか無いだろうし、其処へ私が現れ金銭的には無関係な関係だけに安全な相手だ。それに仕事もくれる。彼女にとって実利と精神的な面で、言わば舞子の言う救世主と言えなくもない。元夫よりも価値を見出しているとするなら別れようとはしないだろう。但し、舞子との関係を知らない限りだが。一方、舞子は、二人は綺麗な関係と観ているのだろう。まさか母親が自分の恋人と寝た事があると知れば対立関係になるに決まっている。 が、女も同じ考えの筈だ。まさか舞子と関係を持っているとは考えられないだろうし考えようともしないだろう。それだけに知った時の落胆とショックの程は計り知れない。其処が怖い処だ。多分、女は逆上するだろう。私は殺されてしまうかもしれない。彼女だけでなく舞子と二人共謀して実行すると想うと良い気がしない。お互いに私との関係を何とか両者に分からせる方法は無いものか。虫が良過ぎるだろうか。そう言えば数十年前まで、本妻と妾が同居している家があった。時代がそれを許す気風が未だ日本にはあった。道徳以前の経済面での社会の暗黙の了解があったのだ。本妻さんとお妾さんと女中も近所の人々も平気で口にしていた。主人は交互に相手を満足させていた。それが言わば男の甲斐性だとする風潮まであった。そんな時代が懐かしい。舞子と女はそれを理解してくれるだろうか。私を心から愛してくれるなら可能性はゼロではないだろう。 漠然としたそういう考えが私を少しばかり安心させ期待を持たせる。上手く行けば誰も傷付かず関係を維持出来るかも知れない。独占欲が相手を縛りつけ傷を付けるのだ。変なプライドは百害あって一理なしだ。私には都合が良い理屈だが結果的にはそれが一番良い解決方法に想える。その後は私の体力との挑戦だ。何処まで持つだろう。精力絶倫と想って居た割には五十五を過ぎてからの体力の低下は目に観えるばかりだ。ゴルフの後の疲れと同様の気だるさが翌日も残ってしまう。せめて六十までは大丈夫と多寡をくくって居たのが嘘の様で、意識ばかりが先行する。気力はあるものの身体が付いて行かないのだ。そろそろ好々爺の練習でもし市井の老人らしく大人しくしているべきなのだろうか。ところが「未だ高齢者と呼ばれる年齢に達していないのに今から弱気でどうする」という声が心の内から聞こえる。舞子はそれでも私の事を上手いと言って褒めてくれるのだ。嘘ではないだろう。 それは、たまたま彼女の体質に合っただけの事かも知れないが、母親の身体と同じ様な体質だけに私の身体が女との八年間の経験で自然にそれに同調するらしい。タイミングを図ってここぞと言う時に頑張れば女も舞子も歓喜の声を挙げる。全く同じ反応なのが面白い。ヘトヘトに成りながらも両者を比較する私は私なりに楽しんで居る訳だ。両者の性感帯も同じ場所だけに其処を愛撫したり刺激すると絶妙なタイミングで快感の絶頂に達する。舞子が私にとって麻薬なら私も彼女達の麻薬になって居る可能性もある。切っても切れない関係が出来上がってしまっている限り、お互いの存在を尊重し合いながら大事にすれば案外三人の関係は円満に続くと考えられない事もない。要は肉体面では無く精神面でどの様に持って行けば両者が納得するだろうか。其処の処が今の私にとっての一番の問題なのだ。(9月上旬へつづく)
2012/08/21
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夏(60) ゴルフほどメンタルなスポーツは無いのではないかと想ってしまう。プロでも気の持ち次第で神業を発揮したりとんでもないミスを犯すからだ。プロになって様々なプレッシャーで苦しむよりも素人のまま趣味で上手な方が優雅で良いと想うのは素人的発想だろうが、プロは勝負師だけに人生を掛けて一発勝負に挑戦するのだろう。誰もが一回きりの人生だから自分の可能性をプロ人生に掛ける勇気は見上げたものだ。が、どんなスポーツにも才能と肉体的素養が無ければ願望だけでは成就しないのは当たり前で案外それが分からないのである。かくして明日のアスリートを目指す若者が毎日頑張っているのだろう。オリンピックも終えた事だし「頑張れ!」とエールを送りたい。小説「猫と女と」(14) 結局、女との関係をほのめかす事さえ出来ないまま、その夜もホテルへ行った。母親の事で何を悩むのかという小さな疑問が心の中で次第に膨らんで行ったのか、舞子は事が終わってベッドでグッタリしている私に想い出した様に訊いた。「父が何を言ったか知らないけれど、もうあの人は母にとっては赤の他人でしか無いのヨ。月に一度デザイン事務所で帳簿の整理はしているけれど、唯それだけの事。父が今更、貴方に嫉妬する訳も無いし嫌味を言うとしたらお門違いだワ。ねえ、一体何があったの?教えて。そう言えば最近、母と会って無かった様ネ。先日、久しぶりに貴方に会えたと言って凄く明るい顔をしていたワ。あんな嬉しそうな顔を観ていると私まで嬉しく成ってしまうの」「この処、大学の設計の仕事で忙しくしていたから・・・。舞子に会える時間を作るだけで精一杯だった」「分かっているワ。でも、たまには母に会ってやってネ。会うだけで幸せなんだから」 「分かった」と取りあえず返事をしておき、女と別れるには時間を掛けるしか無いと考えた。既に五十にもなった女が女としての盛りを終えようとしているのに燃え尽きるまで付き合わねばならない。急の別れは反動が大きいだけだろう。精神的なショックがそうさせるのだ。しかし女としての性が燃え尽きるのは何時の事だろう。肉体関係はあと数年で終えるだろうが、男と違って女はもっと長いかも知れない。舞子の身体とは反比例して陽が沈む様に身体が衰えても気持ちだけは燃え尽きないかも知れない。老人ホームでの男女の恋愛問題が事件にまで発展する事もある。笑って見過ごしていたニュースだったが確かそういう事件があった。まして五十前後では未だまだ肉体的にも男との交渉は可能だ。勿論、人にも依るが、彼女の場合は早くに離婚しているから、舞子を引きとり若くして母子家庭になった訳だ。それだけに私との関係が彼女の身体に火を付けた事になる。 元夫との関係がその後もあったかどうか分からないが、多分、何も無かったというのが実態かも知れない。偽装離婚だと想って居たのが実際は経済問題と同居して夫婦関係も冷めてしまったのだとしたら夫婦関係は完全に終えているだろう。夫は税務署の追徴金で追いかけ回され今では無一文に近い状態だとしても女には離婚慰謝料や舞子の養育費が入っている筈だ。女には暇と虎の子があっても心の拠り所としては娘しか無いだろうし、其処へ私が現れ金銭的には無関係な関係だけに安全な相手だ。それに仕事もくれる。彼女にとって実利と精神的な面で、言わば舞子の言う救世主と言えなくもない。元夫よりも価値を見出しているとするなら別れようとはしないだろう。但し、舞子との関係を知らない限りだが。一方、舞子は、二人は綺麗な関係と観ているのだろう。まさか母親が自分の恋人と寝た事があると知れば対立関係になるに決まっている。 が、女も同じ考えの筈だ。まさか舞子と関係を持っているとは考えられないだろうし考えようともしないだろう。それだけに知った時の落胆とショックの程は計り知れない。其処が怖い処だ。多分、女は逆上するだろう。私は殺されてしまうかもしれない。彼女だけでなく舞子と二人共謀して実行すると想うと良い気がしない。お互いに私との関係を何とか両者に分からせる方法は無いものか。虫が良過ぎるだろうか。そう言えば数十年前まで、本妻と妾が同居している家があった。時代がそれを許す気風が未だ日本にはあった。道徳以前の経済面での社会の暗黙の了解があったのだ。本妻さんとお妾さんと女中も近所の人々も平気で口にしていた。主人は交互に相手を満足させていた。それが言わば男の甲斐性だとする風潮まであった。そんな時代が懐かしい。舞子と女はそれを理解してくれるだろうか。私を心から愛してくれるなら可能性はゼロではないだろう。 漠然としたそういう考えが私を少しばかり安心させ期待を持たせる。上手く行けば誰も傷付かず関係を維持出来るかも知れない。独占欲が相手を縛りつけ傷を付けるのだ。変なプライドは百害あって一理なしだ。私には都合が良い理屈だが結果的にはそれが一番良い解決方法に想える。その後は私の体力との挑戦だ。何処まで持つだろう。精力絶倫と想って居た割には五十五を過ぎてからの体力の低下は目に観えるばかりだ。ゴルフの後の疲れと同様の気だるさが翌日も残ってしまう。せめて六十までは大丈夫と多寡をくくって居たのが嘘の様で、意識ばかりが先行する。気力はあるものの身体が付いて行かないのだ。そろそろ好々爺の練習でもし市井の老人らしく大人しくしているべきなのだろうか。ところが「未だ高齢者と呼ばれる年齢に達していないのに今から弱気でどうする」という声が心の内から聞こえる。舞子はそれでも私の事を上手いと言って褒めてくれるのだ。嘘ではないだろう。 それは、たまたま彼女の体質に合っただけの事かも知れないが、母親の身体と同じ様な体質だけに私の身体が女との八年間の経験で自然にそれに同調するらしい。タイミングを図ってここぞと言う時に頑張れば女も舞子も歓喜の声を挙げる。全く同じ反応なのが面白い。ヘトヘトに成りながらも両者を比較する私は私なりに楽しんで居る訳だ。両者の性感帯も同じ場所だけに其処を愛撫したり刺激すると絶妙なタイミングで快感の絶頂に達する。舞子が私にとって麻薬なら私も彼女達の麻薬になって居る可能性もある。切っても切れない関係が出来上がってしまっている限り、お互いの存在を尊重し合いながら大事にすれば案外三人の関係は円満に続くと考えられない事もない。要は肉体面では無く精神面でどの様に持って行けば両者が納得するだろうか。其処の処が今の私にとっての一番の問題なのだ。(9月上旬へつづく)
2012/08/20
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夏(59) ゴルフ練習場で隣の席で二十代の青年に五十代後半の父親がゴルフの手ほどきをしていた。ボクの若い頃は父親は遠く離れて暮らしていた事もあってゴルフどころか一緒に食事をする事もなかった。だから微笑ましくも半分羨ましい気持ちも働いて休憩中に観るともなく観ていると、最近の若者は背も高く身体もしなやかで遠くまで軽く飛ばしているのだった。しかし球筋が安定しておらず、先ず飛ばす事よりも基本のフォームやスイングを教えた方が成長が早いのでは無いかと想った。が、口を出すべき事でもないので黙って観ていたが、ボクだって若い頃は我流で飛ばして得意がっていただけに若者の気持ちが分かるものの、この歳になると基本をもっと徹底的に教えてくれる人がいれば良いのにと想ってしまうのだ。小説「猫と女と」(13) 「ボクの知り合いでさ、韓国ドラマにはまっている奥さんが居てネ、韓国ツアーにもう十回以上行ってるというんだ。ドラマの撮影現場や観光地を観て廻ったり買い物をするだけだそうだけど、ボクなんかにはどうも分からないヨ、何がそんなに楽しいのか知ら」話題を韓国ドラマに変えた。「多分、贔屓のスターが居るのネ、誰かしら?」「さあ知らない。名前を言われても分からないけど・・・」「母も贔屓のスターが居るみたい。日本でも結構人気がある男優ヨ」「ボクには韓国の男優なんか皆同じ様な顔に見えてしまう。前髪を下ろしてノッペリした顔ばかりで、まるでホストクラブみたいだ。お持ち帰りもあるそうだから、ひょっとして知り合いの奥さん、不倫を楽しんでいるのかも知れないな」「お持ち帰りって?」「連れ出して不倫する事さ」「まさか、嘘でしょ?」「いや、事実らしい。公然の秘密になっているから」 「嫌らしい!そう言えば、芸能界はスキャンダルばかりの世界ネ。引っ付いたの離れたのという話題ばかり」「芸能界なんてそればっかりだヨ。それに最近でこそ分かって来た事だけど、日本の芸能界は韓国人ばかりだそうだ。日本人だと思っていたスターの殆どがそうらしい」「あら、そうなの?でも、私も好きなスターが沢山居るワ」「好きになるのは勝手さ。ボクだって好きな女優が居るけど、殆ど韓国人と知ってショックさ」「どうして?韓国人が嫌いなの?」「その話をすれば長くなる。日本の社会通念が身体に染み込んでしまっているんだろうな。舞子が生まれるズーッと昔からの事さ。日本が戦争に負ける迄、日本の植民地だった朝鮮から連れて来た多くの労働者を政府は戦後、放置したままだったから彼等は路頭に迷って悲惨な生活を強いられたんだ。そんな話、少しは学校やお母さんから聞いた事あるだろ?」 「でも、どうして?国へ帰りたければ帰れたでしょ?」「ああ。北と南とが戦争状態の夫々の朝鮮へ帰って行った人も居たけど殆どは残った。帰っても日本よりも悲惨な状態だったし日本の闇市社会の方が住み易かったからだろうな。そんな時代、彼等の子供が表社会に伸して行くには芸能界とスポーツ界しか無かった。芸能界の中枢に彼等の先輩が居たから同胞が集まったんだろうな。韓国人は同胞意識が特に強い民族だから」「ああ、なるほど、そういう訳だったのネ。簡単に言えば、アメリカのマフィアの様なものネ。イタリー系の移民が集まってつくったヤクザの世界がハリウッドを牛耳った様なものと考えれば良いのか知しら?」「日本のヤクザの世界も芸能界も韓国人がボスだから根は同じさ。だからボクは韓国人に不信感を抱いてしまうのだヨ。何でも裏社会の掟で処理しようとするから信用出来ない。尤も、それも文化の違いから来るのかも知れないがネ」 「裏社会の掟って?」舞子は怪訝な顔で訊き返した。「理屈じゃ無く情念で考えるから人間的過ぎて泥臭いという事かな。日本のヤクザ映画そのままだ。もっともソウル・オリンピックで韓国は経済と文化面でも大層変わった様だから日本と互角に文化交流が出来る様になって日本人の偏見も大分変わって来たがネ」「ソウル・オリンピックは私が幼稚園の頃ヨ」具体的な出来事を耳にして少しばかり理解できた風な顔で舞子は応えた。「そうだ。昭和の時代が終わってバブル景気も破綻した頃だった」「バブル景気ってよく耳にするけど私は知らないのヨ。多分、父が大儲けしてニューヨークにマンションを買った頃ネ」「日本中が浮かれていた頃だった。日本でスイスのレマン湖畔の別荘が売れたり、ハワイのリゾート・ホテルや別荘も売れた頃だヨ。そういった投資がバブルの破綻で全部パーになってしまった・・・」「と言う事は、父だけが失敗した訳でも無かったのネ?」 「そう、時代の流れだろうな」「何だか私達、誰かに動かされている様ネ。韓国ドラマが流行るのも何か裏に意図がある様で・・・」「そういう意味では経済が世界を動かしていると言えるな。その経済を動かしているのは人間だけど」酒の場に相応しく無い話題になって舞子の母親の事は頭の片隅に追いやられ、私は当たり前過ぎる事を言った。「誰が動かしているの?」子供の様な目で舞子は次々と訊いて来る。「機関投資家の役割が大きい」「機関投資家?生命保険会社とかヘッジ・ファンドの事ネ?でも、組織を動かしている元の情報がある筈よ。誰かが動かす為のネタをマスコミに流しているのでは?」「よく知っているじゃないか。その通りだヨ。欧米の議会を動かす組織なんかがそうだろうな。しかし、我々一般庶民には分からない世界の事だヨ」「ふーん、スケールの大きな話ネ。私なんかが訊いても理解出来ないワ。でも、そんな事が心配事じゃ無いでしょ?」 折角話題を反らせたのに話が戻ってしまった。トラブルの元になるだけに慎重に話さなければと想うと言葉が濁ってしまう。私が黙ってしまったので舞子なりに考えを口にした。「私達の事ネ?奥さんにバレたの?」「いや、それは大丈夫」「じゃ、何?」「実は、お母さんの事が気に成ってネ。長い付き合いだけど、そろそろ会わない様にしようかと想って・・・。デザイン事務所の所長の手前もあるし」「父が何か言ったの?どんな事?あの人は何も言える立場じゃないワ。母は貴方を頼りにしているのヨ。あの人を救ったのは貴方なんだから、父より信頼しているのヨ。別れるなんて言わないで。お願い!」「それに、舞子の見合いの事も頼まれているし」「お見合いなんてしないワ。私は今のままで良いのヨ。結婚なんて期待していない。両親を見ていると結婚なんて無意味にしか想えないのヨ。私は母と二人で一生一緒に暮らす積もりなの。だから今の状態が良いの」私はグラスのウィスキーを口にしたままウンウンと頷くだけで黙っていた。(8月下旬へつづく)
2012/08/19
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夏(58) 真夏のゴルフは暑さとの戦いである。ボクは真冬と真夏はゴルフをしないと決めている。若い頃は雪が降ろうが夕立が来ようが喜び勇んでゴルフに出かけたものだったが、中年も後半になってからは無理をする気力も失せ次第に行く回数も減って55歳頃には中断し10年程止めていた。65歳位の頃、三歳ほど年上の建築家から「この歳になってもゴルフは楽しいものです。あなたも健康の為に再度やってみては如何?」と誘われ再開したのだったが、矢張り真夏のゴルフだけは敬遠していた。しかし月例会に出るようになって次第に面白さが蘇って来て初夏や晩夏でもやるようになった。だから来月の月例会にも参加しようと只今練習場で調整中である。小説「猫と女と」(13) 「ボクの知り合いでさ、韓国ドラマにはまっている奥さんが居てネ、韓国ツアーにもう十回以上行ってるというんだ。ドラマの撮影現場や観光地を観て廻ったり買い物をするだけだそうだけど、ボクなんかにはどうも分からないヨ、何がそんなに楽しいのか知ら」話題を韓国ドラマに変えた。「多分、贔屓のスターが居るのネ、誰かしら?」「さあ知らない。名前を言われても分からないけど・・・」「母も贔屓のスターが居るみたい。日本でも結構人気がある男優ヨ」「ボクには韓国の男優なんか皆同じ様な顔に見えてしまう。前髪を下ろしてノッペリした顔ばかりで、まるでホストクラブみたいだ。お持ち帰りもあるそうだから、ひょっとして知り合いの奥さん、不倫を楽しんでいるのかも知れないな」「お持ち帰りって?」「連れ出して不倫する事さ」「まさか、嘘でしょ?」「いや、事実らしい。公然の秘密になっているから」 「嫌らしい!そう言えば、芸能界はスキャンダルばかりの世界ネ。引っ付いたの離れたのという話題ばかり」「芸能界なんてそればっかりだヨ。それに最近でこそ分かって来た事だけど、日本の芸能界は韓国人ばかりだそうだ。日本人だと思っていたスターの殆どがそうらしい」「あら、そうなの?でも、私も好きなスターが沢山居るワ」「好きになるのは勝手さ。ボクだって好きな女優が居るけど、殆ど韓国人と知ってショックさ」「どうして?韓国人が嫌いなの?」「その話をすれば長くなる。日本の社会通念が身体に染み込んでしまっているんだろうな。舞子が生まれるズーッと昔からの事さ。日本が戦争に負ける迄、日本の植民地だった朝鮮から連れて来た多くの労働者を政府は戦後、放置したままだったから彼等は路頭に迷って悲惨な生活を強いられたんだ。そんな話、少しは学校やお母さんから聞いた事あるだろ?」 「でも、どうして?国へ帰りたければ帰れたでしょ?」「ああ。北と南とが戦争状態の夫々の朝鮮へ帰って行った人も居たけど殆どは残った。帰っても日本よりも悲惨な状態だったし日本の闇市社会の方が住み易かったからだろうな。そんな時代、彼等の子供が表社会に伸して行くには芸能界とスポーツ界しか無かった。芸能界の中枢に彼等の先輩が居たから同胞が集まったんだろうな。韓国人は同胞意識が特に強い民族だから」「ああ、なるほど、そういう訳だったのネ。簡単に言えば、アメリカのマフィアの様なものネ。イタリー系の移民が集まってつくったヤクザの世界がハリウッドを牛耳った様なものと考えれば良いのか知しら?」「日本のヤクザの世界も芸能界も韓国人がボスだから根は同じさ。だからボクは韓国人に不信感を抱いてしまうのだヨ。何でも裏社会の掟で処理しようとするから信用出来ない。尤も、それも文化の違いから来るのかも知れないがネ」 「裏社会の掟って?」舞子は怪訝な顔で訊き返した。「理屈じゃ無く情念で考えるから人間的過ぎて泥臭いという事かな。日本のヤクザ映画そのままだ。もっともソウル・オリンピックで韓国は経済と文化面でも大層変わった様だから日本と互角に文化交流が出来る様になって日本人の偏見も大分変わって来たがネ」「ソウル・オリンピックは私が幼稚園の頃ヨ」具体的な出来事を耳にして少しばかり理解できた風な顔で舞子は応えた。「そうだ。昭和の時代が終わってバブル景気も破綻した頃だった」「バブル景気ってよく耳にするけど私は知らないのヨ。多分、父が大儲けしてニューヨークにマンションを買った頃ネ」「日本中が浮かれていた頃だった。日本でスイスのレマン湖畔の別荘が売れたり、ハワイのリゾート・ホテルや別荘も売れた頃だヨ。そういった投資がバブルの破綻で全部パーになってしまった・・・」「と言う事は、父だけが失敗した訳でも無かったのネ?」 「そう、時代の流れだろうな」「何だか私達、誰かに動かされている様ネ。韓国ドラマが流行るのも何か裏に意図がある様で・・・」「そういう意味では経済が世界を動かしていると言えるな。その経済を動かしているのは人間だけど」酒の場に相応しく無い話題になって舞子の母親の事は頭の片隅に追いやられ、私は当たり前過ぎる事を言った。「誰が動かしているの?」子供の様な目で舞子は次々と訊いて来る。「機関投資家の役割が大きい」「機関投資家?生命保険会社とかヘッジ・ファンドの事ネ?でも、組織を動かしている元の情報がある筈よ。誰かが動かす為のネタをマスコミに流しているのでは?」「よく知っているじゃないか。その通りだヨ。欧米の議会を動かす組織なんかがそうだろうな。しかし、我々一般庶民には分からない世界の事だヨ」「ふーん、スケールの大きな話ネ。私なんかが訊いても理解出来ないワ。でも、そんな事が心配事じゃ無いでしょ?」 折角話題を反らせたのに話が戻ってしまった。トラブルの元になるだけに慎重に話さなければと想うと言葉が濁ってしまう。私が黙ってしまったので舞子なりに考えを口にした。「私達の事ネ?奥さんにバレたの?」「いや、それは大丈夫」「じゃ、何?」「実は、お母さんの事が気に成ってネ。長い付き合いだけど、そろそろ会わない様にしようかと想って・・・。デザイン事務所の所長の手前もあるし」「父が何か言ったの?どんな事?あの人は何も言える立場じゃないワ。母は貴方を頼りにしているのヨ。あの人を救ったのは貴方なんだから、父より信頼しているのヨ。別れるなんて言わないで。お願い!」「それに、舞子の見合いの事も頼まれているし」「お見合いなんてしないワ。私は今のままで良いのヨ。結婚なんて期待していない。両親を見ていると結婚なんて無意味にしか想えないのヨ。私は母と二人で一生一緒に暮らす積もりなの。だから今の状態が良いの」私はグラスのウィスキーを口にしたままウンウンと頷くだけで黙っていた。(8月下旬へつづく)
2012/08/18
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夏(57) 久しぶりにゴルフ練習に行った。最後に行ったのは昨年の暮だったから八カ月振りになる。お蔭で慣らし運転の様な練習で調子を見ながらクラブを選択して行ったが、安定しているのはショート・アイアン(8番・9番・ピッチングウェッジ・サンドウェッジ)だけだった。昨年に2番アイアンをウッドに替えてからは楽に打てる様になって、今日もそのクラブは安定していて、3番ウッドも安定した飛びだった。一番悪いのはドライバーで練習の後半になって何とか飛距離も出、球筋も真っすぐ安定したのだったが、お蔭で左人差し指の皮がめくれてしまい、それで練習は終えた。無理をする事も無い。亦来週と再来週に来て、三度程度の練習で元に戻るだろう。9月の月例会に久しぶりに参加して夏バテを吹き飛ばそうと想っているが、無理はしないでおこう。小説「猫と女と」(13) 「ボクの知り合いでさ、韓国ドラマにはまっている奥さんが居てネ、韓国ツアーにもう十回以上行ってるというんだ。ドラマの撮影現場や観光地を観て廻ったり買い物をするだけだそうだけど、ボクなんかにはどうも分からないヨ、何がそんなに楽しいのか知ら」話題を韓国ドラマに変えた。「多分、贔屓のスターが居るのネ、誰かしら?」「さあ知らない。名前を言われても分からないけど・・・」「母も贔屓のスターが居るみたい。日本でも結構人気がある男優ヨ」「ボクには韓国の男優なんか皆同じ様な顔に見えてしまう。前髪を下ろしてノッペリした顔ばかりで、まるでホストクラブみたいだ。お持ち帰りもあるそうだから、ひょっとして知り合いの奥さん、不倫を楽しんでいるのかも知れないな」「お持ち帰りって?」「連れ出して不倫する事さ」「まさか、嘘でしょ?」「いや、事実らしい。公然の秘密になっているから」 「嫌らしい!そう言えば、芸能界はスキャンダルばかりの世界ネ。引っ付いたの離れたのという話題ばかり」「芸能界なんてそればっかりだヨ。それに最近でこそ分かって来た事だけど、日本の芸能界は韓国人ばかりだそうだ。日本人だと思っていたスターの殆どがそうらしい」「あら、そうなの?でも、私も好きなスターが沢山居るワ」「好きになるのは勝手さ。ボクだって好きな女優が居るけど、殆ど韓国人と知ってショックさ」「どうして?韓国人が嫌いなの?」「その話をすれば長くなる。日本の社会通念が身体に染み込んでしまっているんだろうな。舞子が生まれるズーッと昔からの事さ。日本が戦争に負ける迄、日本の植民地だった朝鮮から連れて来た多くの労働者を政府は戦後、放置したままだったから彼等は路頭に迷って悲惨な生活を強いられたんだ。そんな話、少しは学校やお母さんから聞いた事あるだろ?」 「でも、どうして?国へ帰りたければ帰れたでしょ?」「ああ。北と南とが戦争状態の夫々の朝鮮へ帰って行った人も居たけど殆どは残った。帰っても日本よりも悲惨な状態だったし日本の闇市社会の方が住み易かったからだろうな。そんな時代、彼等の子供が表社会に伸して行くには芸能界とスポーツ界しか無かった。芸能界の中枢に彼等の先輩が居たから同胞が集まったんだろうな。韓国人は同胞意識が特に強い民族だから」「ああ、なるほど、そういう訳だったのネ。簡単に言えば、アメリカのマフィアの様なものネ。イタリー系の移民が集まってつくったヤクザの世界がハリウッドを牛耳った様なものと考えれば良いのか知しら?」「日本のヤクザの世界も芸能界も韓国人がボスだから根は同じさ。だからボクは韓国人に不信感を抱いてしまうのだヨ。何でも裏社会の掟で処理しようとするから信用出来ない。尤も、それも文化の違いから来るのかも知れないがネ」 「裏社会の掟って?」舞子は怪訝な顔で訊き返した。「理屈じゃ無く情念で考えるから人間的過ぎて泥臭いという事かな。日本のヤクザ映画そのままだ。もっともソウル・オリンピックで韓国は経済と文化面でも大層変わった様だから日本と互角に文化交流が出来る様になって日本人の偏見も大分変わって来たがネ」「ソウル・オリンピックは私が幼稚園の頃ヨ」具体的な出来事を耳にして少しばかり理解できた風な顔で舞子は応えた。「そうだ。昭和の時代が終わってバブル景気も破綻した頃だった」「バブル景気ってよく耳にするけど私は知らないのヨ。多分、父が大儲けしてニューヨークにマンションを買った頃ネ」「日本中が浮かれていた頃だった。日本でスイスのレマン湖畔の別荘が売れたり、ハワイのリゾート・ホテルや別荘も売れた頃だヨ。そういった投資がバブルの破綻で全部パーになってしまった・・・」「と言う事は、父だけが失敗した訳でも無かったのネ?」 「そう、時代の流れだろうな」「何だか私達、誰かに動かされている様ネ。韓国ドラマが流行るのも何か裏に意図がある様で・・・」「そういう意味では経済が世界を動かしていると言えるな。その経済を動かしているのは人間だけど」酒の場に相応しく無い話題になって舞子の母親の事は頭の片隅に追いやられ、私は当たり前過ぎる事を言った。「誰が動かしているの?」子供の様な目で舞子は次々と訊いて来る。「機関投資家の役割が大きい」「機関投資家?生命保険会社とかヘッジ・ファンドの事ネ?でも、組織を動かしている元の情報がある筈よ。誰かが動かす為のネタをマスコミに流しているのでは?」「よく知っているじゃないか。その通りだヨ。欧米の議会を動かす組織なんかがそうだろうな。しかし、我々一般庶民には分からない世界の事だヨ」「ふーん、スケールの大きな話ネ。私なんかが訊いても理解出来ないワ。でも、そんな事が心配事じゃ無いでしょ?」 折角話題を反らせたのに話が戻ってしまった。トラブルの元になるだけに慎重に話さなければと想うと言葉が濁ってしまう。私が黙ってしまったので舞子なりに考えを口にした。「私達の事ネ?奥さんにバレたの?」「いや、それは大丈夫」「じゃ、何?」「実は、お母さんの事が気に成ってネ。長い付き合いだけど、そろそろ会わない様にしようかと想って・・・。デザイン事務所の所長の手前もあるし」「父が何か言ったの?どんな事?あの人は何も言える立場じゃないワ。母は貴方を頼りにしているのヨ。あの人を救ったのは貴方なんだから、父より信頼しているのヨ。別れるなんて言わないで。お願い!」「それに、舞子の見合いの事も頼まれているし」「お見合いなんてしないワ。私は今のままで良いのヨ。結婚なんて期待していない。両親を見ていると結婚なんて無意味にしか想えないのヨ。私は母と二人で一生一緒に暮らす積もりなの。だから今の状態が良いの」私はグラスのウィスキーを口にしたままウンウンと頷くだけで黙っていた。(8月下旬へつづく)
2012/08/17
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夏(56) 芝生も雑草の一種だと言ったが、日本では育ちにくい草である。欧米の雑草である芝生は日本ほど高温多湿ではない欧米だからこそ手間暇も余り掛からず家の前庭に生えさせているが、アメリカのある州では庭の芝生に芝生で無い雑草(背高泡立ち草の様な雑草)が生えているのを除去しない家があると住民が市当局へ通報するそうである。それで放置者は罰金が科せられるのだが、隣家へ雑草の種が飛散して迷惑が掛かるのを防ぐ為だそうである。日本ではそういう事は無いし願っても出来ないだろうが、公的な建物の前庭の芝生は業者が綺麗に刈り取って管理している。そして「芝生に立ち入りを禁止する」という看板が出ている。自然のカーペットの積もりの芝生なのに人間様が乗って使うのではなく観て楽しむ為のものとして在るらしい。日本人らしい発想だと笑ってしまう。風土が違えば文化も変わる見本の様なものである。小説「猫と女と」(13) 「ボクの知り合いでさ、韓国ドラマにはまっている奥さんが居てネ、韓国ツアーにもう十回以上行ってるというんだ。ドラマの撮影現場や観光地を観て廻ったり買い物をするだけだそうだけど、ボクなんかにはどうも分からないヨ、何がそんなに楽しいのか知ら」話題を韓国ドラマに変えた。「多分、贔屓のスターが居るのネ、誰かしら?」「さあ知らない。名前を言われても分からないけど・・・」「母も贔屓のスターが居るみたい。日本でも結構人気がある男優ヨ」「ボクには韓国の男優なんか皆同じ様な顔に見えてしまう。前髪を下ろしてノッペリした顔ばかりで、まるでホストクラブみたいだ。お持ち帰りもあるそうだから、ひょっとして知り合いの奥さん、不倫を楽しんでいるのかも知れないな」「お持ち帰りって?」「連れ出して不倫する事さ」「まさか、嘘でしょ?」「いや、事実らしい。公然の秘密になっているから」 「嫌らしい!そう言えば、芸能界はスキャンダルばかりの世界ネ。引っ付いたの離れたのという話題ばかり」「芸能界なんてそればっかりだヨ。それに最近でこそ分かって来た事だけど、日本の芸能界は韓国人ばかりだそうだ。日本人だと思っていたスターの殆どがそうらしい」「あら、そうなの?でも、私も好きなスターが沢山居るワ」「好きになるのは勝手さ。ボクだって好きな女優が居るけど、殆ど韓国人と知ってショックさ」「どうして?韓国人が嫌いなの?」「その話をすれば長くなる。日本の社会通念が身体に染み込んでしまっているんだろうな。舞子が生まれるズーッと昔からの事さ。日本が戦争に負ける迄、日本の植民地だった朝鮮から連れて来た多くの労働者を政府は戦後、放置したままだったから彼等は路頭に迷って悲惨な生活を強いられたんだ。そんな話、少しは学校やお母さんから聞いた事あるだろ?」 「でも、どうして?国へ帰りたければ帰れたでしょ?」「ああ。北と南とが戦争状態の夫々の朝鮮へ帰って行った人も居たけど殆どは残った。帰っても日本よりも悲惨な状態だったし日本の闇市社会の方が住み易かったからだろうな。そんな時代、彼等の子供が表社会に伸して行くには芸能界とスポーツ界しか無かった。芸能界の中枢に彼等の先輩が居たから同胞が集まったんだろうな。韓国人は同胞意識が特に強い民族だから」「ああ、なるほど、そういう訳だったのネ。簡単に言えば、アメリカのマフィアの様なものネ。イタリー系の移民が集まってつくったヤクザの世界がハリウッドを牛耳った様なものと考えれば良いのか知しら?」「日本のヤクザの世界も芸能界も韓国人がボスだから根は同じさ。だからボクは韓国人に不信感を抱いてしまうのだヨ。何でも裏社会の掟で処理しようとするから信用出来ない。尤も、それも文化の違いから来るのかも知れないがネ」 「裏社会の掟って?」舞子は怪訝な顔で訊き返した。「理屈じゃ無く情念で考えるから人間的過ぎて泥臭いという事かな。日本のヤクザ映画そのままだ。もっともソウル・オリンピックで韓国は経済と文化面でも大層変わった様だから日本と互角に文化交流が出来る様になって日本人の偏見も大分変わって来たがネ」「ソウル・オリンピックは私が幼稚園の頃ヨ」具体的な出来事を耳にして少しばかり理解できた風な顔で舞子は応えた。「そうだ。昭和の時代が終わってバブル景気も破綻した頃だった」「バブル景気ってよく耳にするけど私は知らないのヨ。多分、父が大儲けしてニューヨークにマンションを買った頃ネ」「日本中が浮かれていた頃だった。日本でスイスのレマン湖畔の別荘が売れたり、ハワイのリゾート・ホテルや別荘も売れた頃だヨ。そういった投資がバブルの破綻で全部パーになってしまった・・・」「と言う事は、父だけが失敗した訳でも無かったのネ?」 「そう、時代の流れだろうな」「何だか私達、誰かに動かされている様ネ。韓国ドラマが流行るのも何か裏に意図がある様で・・・」「そういう意味では経済が世界を動かしていると言えるな。その経済を動かしているのは人間だけど」酒の場に相応しく無い話題になって舞子の母親の事は頭の片隅に追いやられ、私は当たり前過ぎる事を言った。「誰が動かしているの?」子供の様な目で舞子は次々と訊いて来る。「機関投資家の役割が大きい」「機関投資家?生命保険会社とかヘッジ・ファンドの事ネ?でも、組織を動かしている元の情報がある筈よ。誰かが動かす為のネタをマスコミに流しているのでは?」「よく知っているじゃないか。その通りだヨ。欧米の議会を動かす組織なんかがそうだろうな。しかし、我々一般庶民には分からない世界の事だヨ」「ふーん、スケールの大きな話ネ。私なんかが訊いても理解出来ないワ。でも、そんな事が心配事じゃ無いでしょ?」 折角話題を反らせたのに話が戻ってしまった。トラブルの元になるだけに慎重に話さなければと想うと言葉が濁ってしまう。私が黙ってしまったので舞子なりに考えを口にした。「私達の事ネ?奥さんにバレたの?」「いや、それは大丈夫」「じゃ、何?」「実は、お母さんの事が気に成ってネ。長い付き合いだけど、そろそろ会わない様にしようかと想って・・・。デザイン事務所の所長の手前もあるし」「父が何か言ったの?どんな事?あの人は何も言える立場じゃないワ。母は貴方を頼りにしているのヨ。あの人を救ったのは貴方なんだから、父より信頼しているのヨ。別れるなんて言わないで。お願い!」「それに、舞子の見合いの事も頼まれているし」「お見合いなんてしないワ。私は今のままで良いのヨ。結婚なんて期待していない。両親を見ていると結婚なんて無意味にしか想えないのヨ。私は母と二人で一生一緒に暮らす積もりなの。だから今の状態が良いの」私はグラスのウィスキーを口にしたままウンウンと頷くだけで黙っていた。(8月下旬へつづく)
2012/08/16
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夏(55) 朝日を受けて葉刈りをしたばかりの庭木が目に入る。上を観れば綺麗な剪定後の風景ながら足元に目を移せば伸びた芝生の雑草が気にかかる。もう少し涼しくなってから刈り取る積もりで居るが、一夏手入れをしなかった結果の姿である。一昨年ゴルフを復活させ練習の為に芝生にしたのだったが、手入れが大変である。ゴルフを止めていた頃は雑草を嫌って芝生の代わりにジャミ(細かいバラス)を敷き詰めていた。それだと雑草が部分的に生えてもヒョロヒョロで直ぐに曳き抜けた。散水すればジャミの熱気を気化熱として奪って気温が少し下がる効果もあった。ゴルフ練習はゴルフ練習所でする事にして再びジャミに戻そうかと考えたりしているが、芝刈りをすればスッキリする事も事実だから今暫くの辛抱だと我慢もしている。秋に成れば考えも変わるかも知れない。小説「猫と女と」(13) 「ボクの知り合いでさ、韓国ドラマにはまっている奥さんが居てネ、韓国ツアーにもう十回以上行ってるというんだ。ドラマの撮影現場や観光地を観て廻ったり買い物をするだけだそうだけど、ボクなんかにはどうも分からないヨ、何がそんなに楽しいのか知ら」話題を韓国ドラマに変えた。「多分、贔屓のスターが居るのネ、誰かしら?」「さあ知らない。名前を言われても分からないけど・・・」「母も贔屓のスターが居るみたい。日本でも結構人気がある男優ヨ」「ボクには韓国の男優なんか皆同じ様な顔に見えてしまう。前髪を下ろしてノッペリした顔ばかりで、まるでホストクラブみたいだ。お持ち帰りもあるそうだから、ひょっとして知り合いの奥さん、不倫を楽しんでいるのかも知れないな」「お持ち帰りって?」「連れ出して不倫する事さ」「まさか、嘘でしょ?」「いや、事実らしい。公然の秘密になっているから」 「嫌らしい!そう言えば、芸能界はスキャンダルばかりの世界ネ。引っ付いたの離れたのという話題ばかり」「芸能界なんてそればっかりだヨ。それに最近でこそ分かって来た事だけど、日本の芸能界は韓国人ばかりだそうだ。日本人だと思っていたスターの殆どがそうらしい」「あら、そうなの?でも、私も好きなスターが沢山居るワ」「好きになるのは勝手さ。ボクだって好きな女優が居るけど、殆ど韓国人と知ってショックさ」「どうして?韓国人が嫌いなの?」「その話をすれば長くなる。日本の社会通念が身体に染み込んでしまっているんだろうな。舞子が生まれるズーッと昔からの事さ。日本が戦争に負ける迄、日本の植民地だった朝鮮から連れて来た多くの労働者を政府は戦後、放置したままだったから彼等は路頭に迷って悲惨な生活を強いられたんだ。そんな話、少しは学校やお母さんから聞いた事あるだろ?」 「でも、どうして?国へ帰りたければ帰れたでしょ?」「ああ。北と南とが戦争状態の夫々の朝鮮へ帰って行った人も居たけど殆どは残った。帰っても日本よりも悲惨な状態だったし日本の闇市社会の方が住み易かったからだろうな。そんな時代、彼等の子供が表社会に伸して行くには芸能界とスポーツ界しか無かった。芸能界の中枢に彼等の先輩が居たから同胞が集まったんだろうな。韓国人は同胞意識が特に強い民族だから」「ああ、なるほど、そういう訳だったのネ。簡単に言えば、アメリカのマフィアの様なものネ。イタリー系の移民が集まってつくったヤクザの世界がハリウッドを牛耳った様なものと考えれば良いのか知しら?」「日本のヤクザの世界も芸能界も韓国人がボスだから根は同じさ。だからボクは韓国人に不信感を抱いてしまうのだヨ。何でも裏社会の掟で処理しようとするから信用出来ない。尤も、それも文化の違いから来るのかも知れないがネ」 「裏社会の掟って?」舞子は怪訝な顔で訊き返した。「理屈じゃ無く情念で考えるから人間的過ぎて泥臭いという事かな。日本のヤクザ映画そのままだ。もっともソウル・オリンピックで韓国は経済と文化面でも大層変わった様だから日本と互角に文化交流が出来る様になって日本人の偏見も大分変わって来たがネ」「ソウル・オリンピックは私が幼稚園の頃ヨ」具体的な出来事を耳にして少しばかり理解できた風な顔で舞子は応えた。「そうだ。昭和の時代が終わってバブル景気も破綻した頃だった」「バブル景気ってよく耳にするけど私は知らないのヨ。多分、父が大儲けしてニューヨークにマンションを買った頃ネ」「日本中が浮かれていた頃だった。日本でスイスのレマン湖畔の別荘が売れたり、ハワイのリゾート・ホテルや別荘も売れた頃だヨ。そういった投資がバブルの破綻で全部パーになってしまった・・・」「と言う事は、父だけが失敗した訳でも無かったのネ?」 「そう、時代の流れだろうな」「何だか私達、誰かに動かされている様ネ。韓国ドラマが流行るのも何か裏に意図がある様で・・・」「そういう意味では経済が世界を動かしていると言えるな。その経済を動かしているのは人間だけど」酒の場に相応しく無い話題になって舞子の母親の事は頭の片隅に追いやられ、私は当たり前過ぎる事を言った。「誰が動かしているの?」子供の様な目で舞子は次々と訊いて来る。「機関投資家の役割が大きい」「機関投資家?生命保険会社とかヘッジ・ファンドの事ネ?でも、組織を動かしている元の情報がある筈よ。誰かが動かす為のネタをマスコミに流しているのでは?」「よく知っているじゃないか。その通りだヨ。欧米の議会を動かす組織なんかがそうだろうな。しかし、我々一般庶民には分からない世界の事だヨ」「ふーん、スケールの大きな話ネ。私なんかが訊いても理解出来ないワ。でも、そんな事が心配事じゃ無いでしょ?」 折角話題を反らせたのに話が戻ってしまった。トラブルの元になるだけに慎重に話さなければと想うと言葉が濁ってしまう。私が黙ってしまったので舞子なりに考えを口にした。「私達の事ネ?奥さんにバレたの?」「いや、それは大丈夫」「じゃ、何?」「実は、お母さんの事が気に成ってネ。長い付き合いだけど、そろそろ会わない様にしようかと想って・・・。デザイン事務所の所長の手前もあるし」「父が何か言ったの?どんな事?あの人は何も言える立場じゃないワ。母は貴方を頼りにしているのヨ。あの人を救ったのは貴方なんだから、父より信頼しているのヨ。別れるなんて言わないで。お願い!」「それに、舞子の見合いの事も頼まれているし」「お見合いなんてしないワ。私は今のままで良いのヨ。結婚なんて期待していない。両親を見ていると結婚なんて無意味にしか想えないのヨ。私は母と二人で一生一緒に暮らす積もりなの。だから今の状態が良いの」私はグラスのウィスキーを口にしたままウンウンと頷くだけで黙っていた。(8月下旬へつづく)
2012/08/15
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夏(54) 先日庭木の葉刈りをして貰った。夕方、外出先から戻ると綺麗に剪定してあったのを観て「矢張りプロは思いきって刈るものだ」と感心したのだったが、その割にはスッキリ感じないのだ。何故かと考えると、芝生の雑草が足元をボヤケさせているのに気がついた。矢張りメリハリを効かせるには芝生の雑草を刈り取る必要がある。しかし、芝生の雑草を刈り取るには未だ暑過ぎる。その上、藪蚊が出るので来月に延ばすしか無い。それまで辛抱せざるを得ない。しかし、それでも朝はひんやりと涼しくなって来た。盆休みに入ったから、何だかんだと言いながらも夏は終りに近づいている。暫く静かな晩夏の一風景を書斎から眺めていた。其処へココが庭の何処かから現れ「ニャオ」と朝の挨拶をした。小説「猫と女と」(13) 「ボクの知り合いでさ、韓国ドラマにはまっている奥さんが居てネ、韓国ツアーにもう十回以上行ってるというんだ。ドラマの撮影現場や観光地を観て廻ったり買い物をするだけだそうだけど、ボクなんかにはどうも分からないヨ、何がそんなに楽しいのか知ら」話題を韓国ドラマに変えた。「多分、贔屓のスターが居るのネ、誰かしら?」「さあ知らない。名前を言われても分からないけど・・・」「母も贔屓のスターが居るみたい。日本でも結構人気がある男優ヨ」「ボクには韓国の男優なんか皆同じ様な顔に見えてしまう。前髪を下ろしてノッペリした顔ばかりで、まるでホストクラブみたいだ。お持ち帰りもあるそうだから、ひょっとして知り合いの奥さん、不倫を楽しんでいるのかも知れないな」「お持ち帰りって?」「連れ出して不倫する事さ」「まさか、嘘でしょ?」「いや、事実らしい。公然の秘密になっているから」 「嫌らしい!そう言えば、芸能界はスキャンダルばかりの世界ネ。引っ付いたの離れたのという話題ばかり」「芸能界なんてそればっかりだヨ。それに最近でこそ分かって来た事だけど、日本の芸能界は韓国人ばかりだそうだ。日本人だと思っていたスターの殆どがそうらしい」「あら、そうなの?でも、私も好きなスターが沢山居るワ」「好きになるのは勝手さ。ボクだって好きな女優が居るけど、殆ど韓国人と知ってショックさ」「どうして?韓国人が嫌いなの?」「その話をすれば長くなる。日本の社会通念が身体に染み込んでしまっているんだろうな。舞子が生まれるズーッと昔からの事さ。日本が戦争に負ける迄、日本の植民地だった朝鮮から連れて来た多くの労働者を政府は戦後、放置したままだったから彼等は路頭に迷って悲惨な生活を強いられたんだ。そんな話、少しは学校やお母さんから聞いた事あるだろ?」 「でも、どうして?国へ帰りたければ帰れたでしょ?」「ああ。北と南とが戦争状態の夫々の朝鮮へ帰って行った人も居たけど殆どは残った。帰っても日本よりも悲惨な状態だったし日本の闇市社会の方が住み易かったからだろうな。そんな時代、彼等の子供が表社会に伸して行くには芸能界とスポーツ界しか無かった。芸能界の中枢に彼等の先輩が居たから同胞が集まったんだろうな。韓国人は同胞意識が特に強い民族だから」「ああ、なるほど、そういう訳だったのネ。簡単に言えば、アメリカのマフィアの様なものネ。イタリー系の移民が集まってつくったヤクザの世界がハリウッドを牛耳った様なものと考えれば良いのか知しら?」「日本のヤクザの世界も芸能界も韓国人がボスだから根は同じさ。だからボクは韓国人に不信感を抱いてしまうのだヨ。何でも裏社会の掟で処理しようとするから信用出来ない。尤も、それも文化の違いから来るのかも知れないがネ」 「裏社会の掟って?」舞子は怪訝な顔で訊き返した。「理屈じゃ無く情念で考えるから人間的過ぎて泥臭いという事かな。日本のヤクザ映画そのままだ。もっともソウル・オリンピックで韓国は経済と文化面でも大層変わった様だから日本と互角に文化交流が出来る様になって日本人の偏見も大分変わって来たがネ」「ソウル・オリンピックは私が幼稚園の頃ヨ」具体的な出来事を耳にして少しばかり理解できた風な顔で舞子は応えた。「そうだ。昭和の時代が終わってバブル景気も破綻した頃だった」「バブル景気ってよく耳にするけど私は知らないのヨ。多分、父が大儲けしてニューヨークにマンションを買った頃ネ」「日本中が浮かれていた頃だった。日本でスイスのレマン湖畔の別荘が売れたり、ハワイのリゾート・ホテルや別荘も売れた頃だヨ。そういった投資がバブルの破綻で全部パーになってしまった・・・」「と言う事は、父だけが失敗した訳でも無かったのネ?」 「そう、時代の流れだろうな」「何だか私達、誰かに動かされている様ネ。韓国ドラマが流行るのも何か裏に意図がある様で・・・」「そういう意味では経済が世界を動かしていると言えるな。その経済を動かしているのは人間だけど」酒の場に相応しく無い話題になって舞子の母親の事は頭の片隅に追いやられ、私は当たり前過ぎる事を言った。「誰が動かしているの?」子供の様な目で舞子は次々と訊いて来る。「機関投資家の役割が大きい」「機関投資家?生命保険会社とかヘッジ・ファンドの事ネ?でも、組織を動かしている元の情報がある筈よ。誰かが動かす為のネタをマスコミに流しているのでは?」「よく知っているじゃないか。その通りだヨ。欧米の議会を動かす組織なんかがそうだろうな。しかし、我々一般庶民には分からない世界の事だヨ」「ふーん、スケールの大きな話ネ。私なんかが訊いても理解出来ないワ。でも、そんな事が心配事じゃ無いでしょ?」 折角話題を反らせたのに話が戻ってしまった。トラブルの元になるだけに慎重に話さなければと想うと言葉が濁ってしまう。私が黙ってしまったので舞子なりに考えを口にした。「私達の事ネ?奥さんにバレたの?」「いや、それは大丈夫」「じゃ、何?」「実は、お母さんの事が気に成ってネ。長い付き合いだけど、そろそろ会わない様にしようかと想って・・・。デザイン事務所の所長の手前もあるし」「父が何か言ったの?どんな事?あの人は何も言える立場じゃないワ。母は貴方を頼りにしているのヨ。あの人を救ったのは貴方なんだから、父より信頼しているのヨ。別れるなんて言わないで。お願い!」「それに、舞子の見合いの事も頼まれているし」「お見合いなんてしないワ。私は今のままで良いのヨ。結婚なんて期待していない。両親を見ていると結婚なんて無意味にしか想えないのヨ。私は母と二人で一生一緒に暮らす積もりなの。だから今の状態が良いの」私はグラスのウィスキーを口にしたままウンウンと頷くだけで黙っていた。(8月下旬へつづく)
2012/08/14
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夏(53) この平べったい葉の雑草は、今年の春ごろから庭に増え出し、今では芝生の周辺では芝生を覆う程に成ってしまった。除草剤を使わず秋には芝刈り機で刈り獲る積りだから今の内だけ好きなだけ生やしてある。雑草と言うが、それは人間の勝手で、自然界では植物の風土的な適正で生えるだけの事である。枯れ木も山の賑わい的に観るなら、雑草も緑には違いなく毛嫌いせず芝生と同居させれば気に成らなくなるかも知れない。ゴルフ場でもこの種の雑草は生えていて、パター・グリーンでは流石にこの様な雑草は見当たらないものの、フェアウェーの周辺ではザラに生えている。雑草の様に逞しく育つ事は人間に当てはめても決して悪いものでは無い。小説「猫と女と」(13) 「ボクの知り合いでさ、韓国ドラマにはまっている奥さんが居てネ、韓国ツアーにもう十回以上行ってるというんだ。ドラマの撮影現場や観光地を観て廻ったり買い物をするだけだそうだけど、ボクなんかにはどうも分からないヨ、何がそんなに楽しいのか知ら」話題を韓国ドラマに変えた。「多分、贔屓のスターが居るのネ、誰かしら?」「さあ知らない。名前を言われても分からないけど・・・」「母も贔屓のスターが居るみたい。日本でも結構人気がある男優ヨ」「ボクには韓国の男優なんか皆同じ様な顔に見えてしまう。前髪を下ろしてノッペリした顔ばかりで、まるでホストクラブみたいだ。お持ち帰りもあるそうだから、ひょっとして知り合いの奥さん、不倫を楽しんでいるのかも知れないな」「お持ち帰りって?」「連れ出して不倫する事さ」「まさか、嘘でしょ?」「いや、事実らしい。公然の秘密になっているから」 「嫌らしい!そう言えば、芸能界はスキャンダルばかりの世界ネ。引っ付いたの離れたのという話題ばかり」「芸能界なんてそればっかりだヨ。それに最近でこそ分かって来た事だけど、日本の芸能界は韓国人ばかりだそうだ。日本人だと思っていたスターの殆どがそうらしい」「あら、そうなの?でも、私も好きなスターが沢山居るワ」「好きになるのは勝手さ。ボクだって好きな女優が居るけど、殆ど韓国人と知ってショックさ」「どうして?韓国人が嫌いなの?」「その話をすれば長くなる。日本の社会通念が身体に染み込んでしまっているんだろうな。舞子が生まれるズーッと昔からの事さ。日本が戦争に負ける迄、日本の植民地だった朝鮮から連れて来た多くの労働者を政府は戦後、放置したままだったから彼等は路頭に迷って悲惨な生活を強いられたんだ。そんな話、少しは学校やお母さんから聞いた事あるだろ?」 「でも、どうして?国へ帰りたければ帰れたでしょ?」「ああ。北と南とが戦争状態の夫々の朝鮮へ帰って行った人も居たけど殆どは残った。帰っても日本よりも悲惨な状態だったし日本の闇市社会の方が住み易かったからだろうな。そんな時代、彼等の子供が表社会に伸して行くには芸能界とスポーツ界しか無かった。芸能界の中枢に彼等の先輩が居たから同胞が集まったんだろうな。韓国人は同胞意識が特に強い民族だから」「ああ、なるほど、そういう訳だったのネ。簡単に言えば、アメリカのマフィアの様なものネ。イタリー系の移民が集まってつくったヤクザの世界がハリウッドを牛耳った様なものと考えれば良いのか知しら?」「日本のヤクザの世界も芸能界も韓国人がボスだから根は同じさ。だからボクは韓国人に不信感を抱いてしまうのだヨ。何でも裏社会の掟で処理しようとするから信用出来ない。尤も、それも文化の違いから来るのかも知れないがネ」 「裏社会の掟って?」舞子は怪訝な顔で訊き返した。「理屈じゃ無く情念で考えるから人間的過ぎて泥臭いという事かな。日本のヤクザ映画そのままだ。もっともソウル・オリンピックで韓国は経済と文化面でも大層変わった様だから日本と互角に文化交流が出来る様になって日本人の偏見も大分変わって来たがネ」「ソウル・オリンピックは私が幼稚園の頃ヨ」具体的な出来事を耳にして少しばかり理解できた風な顔で舞子は応えた。「そうだ。昭和の時代が終わってバブル景気も破綻した頃だった」「バブル景気ってよく耳にするけど私は知らないのヨ。多分、父が大儲けしてニューヨークにマンションを買った頃ネ」「日本中が浮かれていた頃だった。日本でスイスのレマン湖畔の別荘が売れたり、ハワイのリゾート・ホテルや別荘も売れた頃だヨ。そういった投資がバブルの破綻で全部パーになってしまった・・・」「と言う事は、父だけが失敗した訳でも無かったのネ?」 「そう、時代の流れだろうな」「何だか私達、誰かに動かされている様ネ。韓国ドラマが流行るのも何か裏に意図がある様で・・・」「そういう意味では経済が世界を動かしていると言えるな。その経済を動かしているのは人間だけど」酒の場に相応しく無い話題になって舞子の母親の事は頭の片隅に追いやられ、私は当たり前過ぎる事を言った。「誰が動かしているの?」子供の様な目で舞子は次々と訊いて来る。「機関投資家の役割が大きい」「機関投資家?生命保険会社とかヘッジ・ファンドの事ネ?でも、組織を動かしている元の情報がある筈よ。誰かが動かす為のネタをマスコミに流しているのでは?」「よく知っているじゃないか。その通りだヨ。欧米の議会を動かす組織なんかがそうだろうな。しかし、我々一般庶民には分からない世界の事だヨ」「ふーん、スケールの大きな話ネ。私なんかが訊いても理解出来ないワ。でも、そんな事が心配事じゃ無いでしょ?」 折角話題を反らせたのに話が戻ってしまった。トラブルの元になるだけに慎重に話さなければと想うと言葉が濁ってしまう。私が黙ってしまったので舞子なりに考えを口にした。「私達の事ネ?奥さんにバレたの?」「いや、それは大丈夫」「じゃ、何?」「実は、お母さんの事が気に成ってネ。長い付き合いだけど、そろそろ会わない様にしようかと想って・・・。デザイン事務所の所長の手前もあるし」「父が何か言ったの?どんな事?あの人は何も言える立場じゃないワ。母は貴方を頼りにしているのヨ。あの人を救ったのは貴方なんだから、父より信頼しているのヨ。別れるなんて言わないで。お願い!」「それに、舞子の見合いの事も頼まれているし」「お見合いなんてしないワ。私は今のままで良いのヨ。結婚なんて期待していない。両親を見ていると結婚なんて無意味にしか想えないのヨ。私は母と二人で一生一緒に暮らす積もりなの。だから今の状態が良いの」私はグラスのウィスキーを口にしたままウンウンと頷くだけで黙っていた。(8月下旬へつづく)
2012/08/13
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夏(52) 暫く仕事で外出していた事と休日は日中の暑さのせいで庭に出る事が殆ど無かった事等が重なって庭の芝生に雑草がやたらと生えてしまった。秋になれば一斉に刈り取ってしまおうと今の処は放ってあるが見苦しいものである。芝生も雑草の一種でイネ科であるから芝生用の除草剤はイネ科でない雑草には効くがイネ科の雑草には効かない。それに除草剤(枯葉剤)では以前に防虫剤と間違えて梅の樹を枯らしてしまった苦い経験があるのでそれ以来、使わないようにしているのだ。ベトナム戦争での米軍の枯葉剤による被害がよく知られているが、ああいう猛毒は使わない事に越した事は無い。だから刈り取ってしまえば徐々に減って行くだろうという目算である。芝生の様な細い葉っぱで無い雑草は伸びれば目立つが刈り取れば目立たなくなる。それにしても真夏の猛暑に強かに生える雑草には根負けしてしまう。自然の猛威のひとつだろう。小説「猫と女と」(13) 「ボクの知り合いでさ、韓国ドラマにはまっている奥さんが居てネ、韓国ツアーにもう十回以上行ってるというんだ。ドラマの撮影現場や観光地を観て廻ったり買い物をするだけだそうだけど、ボクなんかにはどうも分からないヨ、何がそんなに楽しいのか知ら」話題を韓国ドラマに変えた。「多分、贔屓のスターが居るのネ、誰かしら?」「さあ知らない。名前を言われても分からないけど・・・」「母も贔屓のスターが居るみたい。日本でも結構人気がある男優ヨ」「ボクには韓国の男優なんか皆同じ様な顔に見えてしまう。前髪を下ろしてノッペリした顔ばかりで、まるでホストクラブみたいだ。お持ち帰りもあるそうだから、ひょっとして知り合いの奥さん、不倫を楽しんでいるのかも知れないな」「お持ち帰りって?」「連れ出して不倫する事さ」「まさか、嘘でしょ?」「いや、事実らしい。公然の秘密になっているから」 「嫌らしい!そう言えば、芸能界はスキャンダルばかりの世界ネ。引っ付いたの離れたのという話題ばかり」「芸能界なんてそればっかりだヨ。それに最近でこそ分かって来た事だけど、日本の芸能界は韓国人ばかりだそうだ。日本人だと思っていたスターの殆どがそうらしい」「あら、そうなの?でも、私も好きなスターが沢山居るワ」「好きになるのは勝手さ。ボクだって好きな女優が居るけど、殆ど韓国人と知ってショックさ」「どうして?韓国人が嫌いなの?」「その話をすれば長くなる。日本の社会通念が身体に染み込んでしまっているんだろうな。舞子が生まれるズーッと昔からの事さ。日本が戦争に負ける迄、日本の植民地だった朝鮮から連れて来た多くの労働者を政府は戦後、放置したままだったから彼等は路頭に迷って悲惨な生活を強いられたんだ。そんな話、少しは学校やお母さんから聞いた事あるだろ?」 「でも、どうして?国へ帰りたければ帰れたでしょ?」「ああ。北と南とが戦争状態の夫々の朝鮮へ帰って行った人も居たけど殆どは残った。帰っても日本よりも悲惨な状態だったし日本の闇市社会の方が住み易かったからだろうな。そんな時代、彼等の子供が表社会に伸して行くには芸能界とスポーツ界しか無かった。芸能界の中枢に彼等の先輩が居たから同胞が集まったんだろうな。韓国人は同胞意識が特に強い民族だから」「ああ、なるほど、そういう訳だったのネ。簡単に言えば、アメリカのマフィアの様なものネ。イタリー系の移民が集まってつくったヤクザの世界がハリウッドを牛耳った様なものと考えれば良いのか知しら?」「日本のヤクザの世界も芸能界も韓国人がボスだから根は同じさ。だからボクは韓国人に不信感を抱いてしまうのだヨ。何でも裏社会の掟で処理しようとするから信用出来ない。尤も、それも文化の違いから来るのかも知れないがネ」 「裏社会の掟って?」舞子は怪訝な顔で訊き返した。「理屈じゃ無く情念で考えるから人間的過ぎて泥臭いという事かな。日本のヤクザ映画そのままだ。もっともソウル・オリンピックで韓国は経済と文化面でも大層変わった様だから日本と互角に文化交流が出来る様になって日本人の偏見も大分変わって来たがネ」「ソウル・オリンピックは私が幼稚園の頃ヨ」具体的な出来事を耳にして少しばかり理解できた風な顔で舞子は応えた。「そうだ。昭和の時代が終わってバブル景気も破綻した頃だった」「バブル景気ってよく耳にするけど私は知らないのヨ。多分、父が大儲けしてニューヨークにマンションを買った頃ネ」「日本中が浮かれていた頃だった。日本でスイスのレマン湖畔の別荘が売れたり、ハワイのリゾート・ホテルや別荘も売れた頃だヨ。そういった投資がバブルの破綻で全部パーになってしまった・・・」「と言う事は、父だけが失敗した訳でも無かったのネ?」 「そう、時代の流れだろうな」「何だか私達、誰かに動かされている様ネ。韓国ドラマが流行るのも何か裏に意図がある様で・・・」「そういう意味では経済が世界を動かしていると言えるな。その経済を動かしているのは人間だけど」酒の場に相応しく無い話題になって舞子の母親の事は頭の片隅に追いやられ、私は当たり前過ぎる事を言った。「誰が動かしているの?」子供の様な目で舞子は次々と訊いて来る。「機関投資家の役割が大きい」「機関投資家?生命保険会社とかヘッジ・ファンドの事ネ?でも、組織を動かしている元の情報がある筈よ。誰かが動かす為のネタをマスコミに流しているのでは?」「よく知っているじゃないか。その通りだヨ。欧米の議会を動かす組織なんかがそうだろうな。しかし、我々一般庶民には分からない世界の事だヨ」「ふーん、スケールの大きな話ネ。私なんかが訊いても理解出来ないワ。でも、そんな事が心配事じゃ無いでしょ?」 折角話題を反らせたのに話が戻ってしまった。トラブルの元になるだけに慎重に話さなければと想うと言葉が濁ってしまう。私が黙ってしまったので舞子なりに考えを口にした。「私達の事ネ?奥さんにバレたの?」「いや、それは大丈夫」「じゃ、何?」「実は、お母さんの事が気に成ってネ。長い付き合いだけど、そろそろ会わない様にしようかと想って・・・。デザイン事務所の所長の手前もあるし」「父が何か言ったの?どんな事?あの人は何も言える立場じゃないワ。母は貴方を頼りにしているのヨ。あの人を救ったのは貴方なんだから、父より信頼しているのヨ。別れるなんて言わないで。お願い!」「それに、舞子の見合いの事も頼まれているし」「お見合いなんてしないワ。私は今のままで良いのヨ。結婚なんて期待していない。両親を見ていると結婚なんて無意味にしか想えないのヨ。私は母と二人で一生一緒に暮らす積もりなの。だから今の状態が良いの」私はグラスのウィスキーを口にしたままウンウンと頷くだけで黙っていた。(8月下旬へつづく)
2012/08/12
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夏(51) 夕方、国道を車で走っていると南東の前方に入道雲がグングン高さを増しているのが観えた。多分、数千mから1万mほどの高さまで達しているのだろう。その下(多分、奈良県の南東部だから吉野か大台ケ原と思われる処)では夕立が降っているのだろう。先日は、大阪の八尾市辺りの上空に入道雲が観え、30分後ぐらいに車でその辺りに差し掛かった処、俄かに曇って滝の様な夕立に出逢った。物凄い雷鳴と共に稲妻が光り直ぐ目の前に落雷したのが観えた。何処かのビルの避雷針に落ちたのだろう。後日聞いた処ではその頃、周辺部では(隣接する奈良の一部も含め)数分間停電になったそうだ。計画停電ならぬ突然の停電に珍しい事があるものだと市民は驚いた事だろう。ボクは車だったから大丈夫と安心して雷鳴を楽しく聴きながら夏の風物詩を楽しんだのだった。小説「猫と女と」(13) 「ボクの知り合いでさ、韓国ドラマにはまっている奥さんが居てネ、韓国ツアーにもう十回以上行ってるというんだ。ドラマの撮影現場や観光地を観て廻ったり買い物をするだけだそうだけど、ボクなんかにはどうも分からないヨ、何がそんなに楽しいのか知ら」話題を韓国ドラマに変えた。「多分、贔屓のスターが居るのネ、誰かしら?」「さあ知らない。名前を言われても分からないけど・・・」「母も贔屓のスターが居るみたい。日本でも結構人気がある男優ヨ」「ボクには韓国の男優なんか皆同じ様な顔に見えてしまう。前髪を下ろしてノッペリした顔ばかりで、まるでホストクラブみたいだ。お持ち帰りもあるそうだから、ひょっとして知り合いの奥さん、不倫を楽しんでいるのかも知れないな」「お持ち帰りって?」「連れ出して不倫する事さ」「まさか、嘘でしょ?」「いや、事実らしい。公然の秘密になっているから」 「嫌らしい!そう言えば、芸能界はスキャンダルばかりの世界ネ。引っ付いたの離れたのという話題ばかり」「芸能界なんてそればっかりだヨ。それに最近でこそ分かって来た事だけど、日本の芸能界は韓国人ばかりだそうだ。日本人だと思っていたスターの殆どがそうらしい」「あら、そうなの?でも、私も好きなスターが沢山居るワ」「好きになるのは勝手さ。ボクだって好きな女優が居るけど、殆ど韓国人と知ってショックさ」「どうして?韓国人が嫌いなの?」「その話をすれば長くなる。日本の社会通念が身体に染み込んでしまっているんだろうな。舞子が生まれるズーッと昔からの事さ。日本が戦争に負ける迄、日本の植民地だった朝鮮から連れて来た多くの労働者を政府は戦後、放置したままだったから彼等は路頭に迷って悲惨な生活を強いられたんだ。そんな話、少しは学校やお母さんから聞いた事あるだろ?」 「でも、どうして?国へ帰りたければ帰れたでしょ?」「ああ。北と南とが戦争状態の夫々の朝鮮へ帰って行った人も居たけど殆どは残った。帰っても日本よりも悲惨な状態だったし日本の闇市社会の方が住み易かったからだろうな。そんな時代、彼等の子供が表社会に伸して行くには芸能界とスポーツ界しか無かった。芸能界の中枢に彼等の先輩が居たから同胞が集まったんだろうな。韓国人は同胞意識が特に強い民族だから」「ああ、なるほど、そういう訳だったのネ。簡単に言えば、アメリカのマフィアの様なものネ。イタリー系の移民が集まってつくったヤクザの世界がハリウッドを牛耳った様なものと考えれば良いのか知しら?」「日本のヤクザの世界も芸能界も韓国人がボスだから根は同じさ。だからボクは韓国人に不信感を抱いてしまうのだヨ。何でも裏社会の掟で処理しようとするから信用出来ない。尤も、それも文化の違いから来るのかも知れないがネ」 「裏社会の掟って?」舞子は怪訝な顔で訊き返した。「理屈じゃ無く情念で考えるから人間的過ぎて泥臭いという事かな。日本のヤクザ映画そのままだ。もっともソウル・オリンピックで韓国は経済と文化面でも大層変わった様だから日本と互角に文化交流が出来る様になって日本人の偏見も大分変わって来たがネ」「ソウル・オリンピックは私が幼稚園の頃ヨ」具体的な出来事を耳にして少しばかり理解できた風な顔で舞子は応えた。「そうだ。昭和の時代が終わってバブル景気も破綻した頃だった」「バブル景気ってよく耳にするけど私は知らないのヨ。多分、父が大儲けしてニューヨークにマンションを買った頃ネ」「日本中が浮かれていた頃だった。日本でスイスのレマン湖畔の別荘が売れたり、ハワイのリゾート・ホテルや別荘も売れた頃だヨ。そういった投資がバブルの破綻で全部パーになってしまった・・・」「と言う事は、父だけが失敗した訳でも無かったのネ?」 「そう、時代の流れだろうな」「何だか私達、誰かに動かされている様ネ。韓国ドラマが流行るのも何か裏に意図がある様で・・・」「そういう意味では経済が世界を動かしていると言えるな。その経済を動かしているのは人間だけど」酒の場に相応しく無い話題になって舞子の母親の事は頭の片隅に追いやられ、私は当たり前過ぎる事を言った。「誰が動かしているの?」子供の様な目で舞子は次々と訊いて来る。「機関投資家の役割が大きい」「機関投資家?生命保険会社とかヘッジ・ファンドの事ネ?でも、組織を動かしている元の情報がある筈よ。誰かが動かす為のネタをマスコミに流しているのでは?」「よく知っているじゃないか。その通りだヨ。欧米の議会を動かす組織なんかがそうだろうな。しかし、我々一般庶民には分からない世界の事だヨ」「ふーん、スケールの大きな話ネ。私なんかが訊いても理解出来ないワ。でも、そんな事が心配事じゃ無いでしょ?」 折角話題を反らせたのに話が戻ってしまった。トラブルの元になるだけに慎重に話さなければと想うと言葉が濁ってしまう。私が黙ってしまったので舞子なりに考えを口にした。「私達の事ネ?奥さんにバレたの?」「いや、それは大丈夫」「じゃ、何?」「実は、お母さんの事が気に成ってネ。長い付き合いだけど、そろそろ会わない様にしようかと想って・・・。デザイン事務所の所長の手前もあるし」「父が何か言ったの?どんな事?あの人は何も言える立場じゃないワ。母は貴方を頼りにしているのヨ。あの人を救ったのは貴方なんだから、父より信頼しているのヨ。別れるなんて言わないで。お願い!」「それに、舞子の見合いの事も頼まれているし」「お見合いなんてしないワ。私は今のままで良いのヨ。結婚なんて期待していない。両親を見ていると結婚なんて無意味にしか想えないのヨ。私は母と二人で一生一緒に暮らす積もりなの。だから今の状態が良いの」私はグラスのウィスキーを口にしたままウンウンと頷くだけで黙っていた。(8月下旬へつづく)
2012/08/11
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夏(50) 我が家の玄関庇の雨どいである。縦樋にチェ―ンを用いていて枡との接点に銅カップを逆さま連状にして繋ぎ、雨水の流れを周りに飛び散らないように様にしてある。このカップは今では表面に薄膜状の緑青が出て古錆びた感じになっている。和風ながら洋風のカップを用いて和風建築で雨水を眺めて楽しめる様にしている。下の雨水受けの瓶には柄杓を用意してあり、日照りの前栽の散水に役立っている。それで暑さも多少は涼を呼び、玄関前の砥草(とくさ)の緑が更なる和風の風情を醸し出している。洋風建築も良いが矢張り日本には和風建築が似合い、個人住宅には数寄屋建築が風情が合って良いものである。小説「猫と女と」(13) 「ボクの知り合いでさ、韓国ドラマにはまっている奥さんが居てネ、韓国ツアーにもう十回以上行ってるというんだ。ドラマの撮影現場や観光地を観て廻ったり買い物をするだけだそうだけど、ボクなんかにはどうも分からないヨ、何がそんなに楽しいのか知ら」話題を韓国ドラマに変えた。「多分、贔屓のスターが居るのネ、誰かしら?」「さあ知らない。名前を言われても分からないけど・・・」「母も贔屓のスターが居るみたい。日本でも結構人気がある男優ヨ」「ボクには韓国の男優なんか皆同じ様な顔に見えてしまう。前髪を下ろしてノッペリした顔ばかりで、まるでホストクラブみたいだ。お持ち帰りもあるそうだから、ひょっとして知り合いの奥さん、不倫を楽しんでいるのかも知れないな」「お持ち帰りって?」「連れ出して不倫する事さ」「まさか、嘘でしょ?」「いや、事実らしい。公然の秘密になっているから」 「嫌らしい!そう言えば、芸能界はスキャンダルばかりの世界ネ。引っ付いたの離れたのという話題ばかり」「芸能界なんてそればっかりだヨ。それに最近でこそ分かって来た事だけど、日本の芸能界は韓国人ばかりだそうだ。日本人だと思っていたスターの殆どがそうらしい」「あら、そうなの?でも、私も好きなスターが沢山居るワ」「好きになるのは勝手さ。ボクだって好きな女優が居るけど、殆ど韓国人と知ってショックさ」「どうして?韓国人が嫌いなの?」「その話をすれば長くなる。日本の社会通念が身体に染み込んでしまっているんだろうな。舞子が生まれるズーッと昔からの事さ。日本が戦争に負ける迄、日本の植民地だった朝鮮から連れて来た多くの労働者を政府は戦後、放置したままだったから彼等は路頭に迷って悲惨な生活を強いられたんだ。そんな話、少しは学校やお母さんから聞いた事あるだろ?」 「でも、どうして?国へ帰りたければ帰れたでしょ?」「ああ。北と南とが戦争状態の夫々の朝鮮へ帰って行った人も居たけど殆どは残った。帰っても日本よりも悲惨な状態だったし日本の闇市社会の方が住み易かったからだろうな。そんな時代、彼等の子供が表社会に伸して行くには芸能界とスポーツ界しか無かった。芸能界の中枢に彼等の先輩が居たから同胞が集まったんだろうな。韓国人は同胞意識が特に強い民族だから」「ああ、なるほど、そういう訳だったのネ。簡単に言えば、アメリカのマフィアの様なものネ。イタリー系の移民が集まってつくったヤクザの世界がハリウッドを牛耳った様なものと考えれば良いのか知しら?」「日本のヤクザの世界も芸能界も韓国人がボスだから根は同じさ。だからボクは韓国人に不信感を抱いてしまうのだヨ。何でも裏社会の掟で処理しようとするから信用出来ない。尤も、それも文化の違いから来るのかも知れないがネ」 「裏社会の掟って?」舞子は怪訝な顔で訊き返した。「理屈じゃ無く情念で考えるから人間的過ぎて泥臭いという事かな。日本のヤクザ映画そのままだ。もっともソウル・オリンピックで韓国は経済と文化面でも大層変わった様だから日本と互角に文化交流が出来る様になって日本人の偏見も大分変わって来たがネ」「ソウル・オリンピックは私が幼稚園の頃ヨ」具体的な出来事を耳にして少しばかり理解できた風な顔で舞子は応えた。「そうだ。昭和の時代が終わってバブル景気も破綻した頃だった」「バブル景気ってよく耳にするけど私は知らないのヨ。多分、父が大儲けしてニューヨークにマンションを買った頃ネ」「日本中が浮かれていた頃だった。日本でスイスのレマン湖畔の別荘が売れたり、ハワイのリゾート・ホテルや別荘も売れた頃だヨ。そういった投資がバブルの破綻で全部パーになってしまった・・・」「と言う事は、父だけが失敗した訳でも無かったのネ?」 「そう、時代の流れだろうな」「何だか私達、誰かに動かされている様ネ。韓国ドラマが流行るのも何か裏に意図がある様で・・・」「そういう意味では経済が世界を動かしていると言えるな。その経済を動かしているのは人間だけど」酒の場に相応しく無い話題になって舞子の母親の事は頭の片隅に追いやられ、私は当たり前過ぎる事を言った。「誰が動かしているの?」子供の様な目で舞子は次々と訊いて来る。「機関投資家の役割が大きい」「機関投資家?生命保険会社とかヘッジ・ファンドの事ネ?でも、組織を動かしている元の情報がある筈よ。誰かが動かす為のネタをマスコミに流しているのでは?」「よく知っているじゃないか。その通りだヨ。欧米の議会を動かす組織なんかがそうだろうな。しかし、我々一般庶民には分からない世界の事だヨ」「ふーん、スケールの大きな話ネ。私なんかが訊いても理解出来ないワ。でも、そんな事が心配事じゃ無いでしょ?」 折角話題を反らせたのに話が戻ってしまった。トラブルの元になるだけに慎重に話さなければと想うと言葉が濁ってしまう。私が黙ってしまったので舞子なりに考えを口にした。「私達の事ネ?奥さんにバレたの?」「いや、それは大丈夫」「じゃ、何?」「実は、お母さんの事が気に成ってネ。長い付き合いだけど、そろそろ会わない様にしようかと想って・・・。デザイン事務所の所長の手前もあるし」「父が何か言ったの?どんな事?あの人は何も言える立場じゃないワ。母は貴方を頼りにしているのヨ。あの人を救ったのは貴方なんだから、父より信頼しているのヨ。別れるなんて言わないで。お願い!」「それに、舞子の見合いの事も頼まれているし」「お見合いなんてしないワ。私は今のままで良いのヨ。結婚なんて期待していない。両親を見ていると結婚なんて無意味にしか想えないのヨ。私は母と二人で一生一緒に暮らす積もりなの。だから今の状態が良いの」私はグラスのウィスキーを口にしたままウンウンと頷くだけで黙っていた。(8月下旬へつづく)
2012/08/10
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夏(49) 我が家の唯一の和室(仏間)である。茶室が無いから此処で抹茶を立てて飲む事もあるが、普通は居間食堂の食卓で立てて飲む事の方が多い。洋風の飲み方でも茶には変わりは無いからだ。逆に、今ではこの和室にワインラックを並べてワインを保管しているぐらいである。寝室と同様、日中は余り使わない部屋だから薄暗くて保管には適している。和室とか洋室とかインテリアの違いで用途を変えてはいるが部屋には変わり無く加齢のせいもあるが使い勝手で利用方法も変わって来る。となれば建築のインテリアというものも何を持って区別するのかという事になる。文化様式や流行で分ける以外に利便性で分けるならシンプルで耐久性のあるものなら気に入りさえすれば何でも良いという事になってしまうのではないだろうか。小説「猫と女と」(12) 何処の馬の骨か分からない男に可愛い娘の貞操を奪われるかも知れないと心病む世の父親の気持ちを察している割には、自分に娘が居ない事を幸い、若い女との不倫を正当化してしまう身勝手さに我ながら苦笑いしてしまう。日頃から自分の事を棚に上げて他人の様を批判する連中を怒るくせに、自分には甘い。つまり所詮は私も一介の凡庸な男に過ぎないという事だ。その証拠に、結婚した翌年に自分に子供が生まれる事となって意外にも本音で女の子が欲しいと望んだのだ。考えた名前も女の名ばかりだった。男の子なぞ自分の分身でしか無く嫌で、今時男の子を望むのは古いと考えていた。ところが意に反して男の子が生まれ大いに落胆してしまった。そんな中、家族で唯一喜んだのは母だった。孫の誕生の知らせを受けわざわざ遠くから出掛けて来て「でかした!」とベッドの妻に満面笑みで言ったという。仕事の合間に病院に立ち寄った時、妻からそれを聴かされ「何と時代観念のずれた親よ」と鼻で笑ってしまった。 数年ぶりに母親が来た事なぞより女の子が欲しかった気持ちの方が強かった。可愛いと想えばこそ女の子を切望したのに男子に失望しながらも妻の出産適齢期が遅かった事もあって一人っ子で止めてしまった。為に女の子を諦めざるを得ず、それだけに可愛い女の子を連れた親子連れを観ると羨ましく想えるのだった。月日と共にその気持ちは諦められたものの、どうしても女の子には優しく甘くなってしまい、行きつく処、若い女と不倫となってしまうのは単なるロリータ願望では無く女性への愛着がそうさせるのだろう。が、若ければ良いというものでも無く、言わば年増は年増なりの良さを見出し、若い女には未熟ながら若さの持つ魅力を感じる。好きなタイプには年齢を意識しないのだ。もっとも不倫による天罰か何等かのしっぺ返しが来るのではないかという一抹の不安が無いでも無いのは一種の良心の呵責かも知れない。 子供時分から男というものは英雄色を好む式で好色なものと教えられて来た私には、男と女が居る限り世間のしがらみで男女の関係を絶たねばならない間柄こそ不自然に想えるのだ。舞子が私と肉体関係まで持ったのは自然の成り行きだったと信じている。恋愛に年齢差なぞ無関係だというのが私の持論でもあるのだ。但し、舞子は彼女の母親と私との実際の関係を知らないからこそ自然に振舞っていられるだけの事かも知れない。もし仮に知ったとすればどういう反応を示すだろう。裏切り、嫉妬、絶望、不信感、対立、憎しみ、妥協と様々な場面を想定するが実際の処何も分からない。その結果、舞子を失うか、それとも益々関係が深まるか、果ては三人の抜き差しならぬ関係が続くかのどれかだろう。私とすれば気持ちの上ではスッキリと清算して母子共に元通りの生活に戻って欲しいとは願うものの身体では下半身が熱く成って来て今にも抱きたくなる葛藤に苛まれる。 その衝動を抑えるのに苦労し晩酌の量が増える。酒で気を紛らわせても、若くも無い身体なのに情熱だけは旺盛なのだ。それでも自宅で飲んでいる分には自制心が働き何とか抑えられるものの、外で飲んで居る時はつい舞子を呼び出してしまう。舞子も呼び出されるのが嬉しいのか、いそいそとやって来る。落ち合う場所は独身時代から通い続けている心斎橋の英国調パブに決めている。其処のカウンターで舞子を待つ間、青年が恋人を待つ時の様なワクワクと心が浮き立つ気分で居られる。それでも、かつて同じ事を何度も経験しているくせに今は妙に落ち着いていられる。どうしてだろう。年齢的なものだろうか。もう青年では無いのにその頃と同じ事をして焦りを感じないのは先が読めるからだろうか。半分ヤケッパチになって居直っているせいかも知れない。が、もし私と女との関係を舞子が知ったならどういう行動に出るだろうという考えばかりが脳裏から離れない。 「お待たせ」小声が耳元で聴こえ、スッと隣の席に舞子が入って来た。最近では顔見知りになったバーテンが舞子に笑顔で会釈する。「ジン・ライムを、お願いネ」彼女は慣れた口調で言った。口触りがサッパリして飲み易いからだと言う。「舞子は強いんだ」冷やかし気味に言うと「ニューヨーカーの若者で流行っていたのヨ。学校の帰りに友達とパブによく行ったの」「女の子同士でかい?」「そうヨ。ビールなんてダサイわ」「カクテルは、酔い易く無い?」「そうでも無いワ。がぶ飲みしないもの」「ふーん、女の子はワインが似合うと想っていたヨ」「映画の観過ぎじゃ無い?ワインも良いけれど、シャンパンも軽いし飲み易いワ」舞子が饒舌になっているのは機嫌が良い証拠だ。そんな彼女を観ていると母親の事をどう分からせようかと憂鬱になってしまう。「何考えているの?心配事でも?」横目でチラリと観ながら私の気持ちを察したのか畳みかけて来る。 「お母さんは?留守番をしている間、何をしているの?」舞子の勘の良さに警戒しながら女の様子を訊いてみた。「韓国ドラマを観ているワ、ビデオでネ。最近ハマって居るのヨ」「ほう、面白いの?」「馬鹿ばかしい程単純でおかしいけれど、情念の世界が抒情詩のようで綺麗だワ。美男美女が出るから良いのじゃ無い?私はたまに付き合いで観る程度だけど」「所謂、男と女の愛憎ドラマだろ?」「そうヨ。韓国人って情が厚いのよネ。日本人には忘れられたレトロな感情ヨ」舞子は饒舌に説明する。この数年来、あれよあれよと怒涛の様に入り込んで来た韓国ドラマをインターネットで数本観ただけだが、斜陽化した日本のテレビ界や映画界が韓国ドラマに喰われているのが分かる。私の様に毛嫌いする者も居れば、舞子や彼女の母親の様に抵抗なく受け入れる者も居る。ひょっとして彼女には韓国人の血が流れているのではないかと疑ってしまったりする。(8月中旬へつづく・月3回連載予定)
2012/08/09
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夏(48) 若い頃、買った日本の戦国時代の戦いの絵である。長さは1mほどあって細長く、8m程の屏風絵をモダーンに装丁された縮小版でイタリ―製である。日本人にはこういう芸当は出来ないだろう。今ではインテリアの装飾品として和室(仏間に)飾っているが、これは以前の家の洋間に飾っていた時の写真である。暑さ寒さが身に堪える現代人の様な軟弱な身体では無かった古代人には覇権を巡って国盗り合戦をする事こそ男の生甲斐だったのだろう。最近、インターネット映画で「三国志」を毎日観て居るが、男のロマンとは騙し合いの殺し合いばかりだった様で何とも殺伐たる気持ちになってしまうが、考え様によっては単純明快で、現代社会の様に陰険で姑息な覇権戦争のようにコソコソと誤魔化すやり方では無かっただけ矢張りロマンがあったのではないかと想えて来る。科学技術文明が人間を小さくしてしまった様な気に成る。ちゃちな飛行機(オスプレイ)で戦争ごっこをするアメリカなぞ今年は本当にデフォルトになりそうで世界は又もや大混乱になりそうである。小説「猫と女と」(12) 何処の馬の骨か分からない男に可愛い娘の貞操を奪われるかも知れないと心病む世の父親の気持ちを察している割には、自分に娘が居ない事を幸い、若い女との不倫を正当化してしまう身勝手さに我ながら苦笑いしてしまう。日頃から自分の事を棚に上げて他人の様を批判する連中を怒るくせに、自分には甘い。つまり所詮は私も一介の凡庸な男に過ぎないという事だ。その証拠に、結婚した翌年に自分に子供が生まれる事となって意外にも本音で女の子が欲しいと望んだのだ。考えた名前も女の名ばかりだった。男の子なぞ自分の分身でしか無く嫌で、今時男の子を望むのは古いと考えていた。ところが意に反して男の子が生まれ大いに落胆してしまった。そんな中、家族で唯一喜んだのは母だった。孫の誕生の知らせを受けわざわざ遠くから出掛けて来て「でかした!」とベッドの妻に満面笑みで言ったという。仕事の合間に病院に立ち寄った時、妻からそれを聴かされ「何と時代観念のずれた親よ」と鼻で笑ってしまった。 数年ぶりに母親が来た事なぞより女の子が欲しかった気持ちの方が強かった。可愛いと想えばこそ女の子を切望したのに男子に失望しながらも妻の出産適齢期が遅かった事もあって一人っ子で止めてしまった。為に女の子を諦めざるを得ず、それだけに可愛い女の子を連れた親子連れを観ると羨ましく想えるのだった。月日と共にその気持ちは諦められたものの、どうしても女の子には優しく甘くなってしまい、行きつく処、若い女と不倫となってしまうのは単なるロリータ願望では無く女性への愛着がそうさせるのだろう。が、若ければ良いというものでも無く、言わば年増は年増なりの良さを見出し、若い女には未熟ながら若さの持つ魅力を感じる。好きなタイプには年齢を意識しないのだ。もっとも不倫による天罰か何等かのしっぺ返しが来るのではないかという一抹の不安が無いでも無いのは一種の良心の呵責かも知れない。 子供時分から男というものは英雄色を好む式で好色なものと教えられて来た私には、男と女が居る限り世間のしがらみで男女の関係を絶たねばならない間柄こそ不自然に想えるのだ。舞子が私と肉体関係まで持ったのは自然の成り行きだったと信じている。恋愛に年齢差なぞ無関係だというのが私の持論でもあるのだ。但し、舞子は彼女の母親と私との実際の関係を知らないからこそ自然に振舞っていられるだけの事かも知れない。もし仮に知ったとすればどういう反応を示すだろう。裏切り、嫉妬、絶望、不信感、対立、憎しみ、妥協と様々な場面を想定するが実際の処何も分からない。その結果、舞子を失うか、それとも益々関係が深まるか、果ては三人の抜き差しならぬ関係が続くかのどれかだろう。私とすれば気持ちの上ではスッキリと清算して母子共に元通りの生活に戻って欲しいとは願うものの身体では下半身が熱く成って来て今にも抱きたくなる葛藤に苛まれる。 その衝動を抑えるのに苦労し晩酌の量が増える。酒で気を紛らわせても、若くも無い身体なのに情熱だけは旺盛なのだ。それでも自宅で飲んでいる分には自制心が働き何とか抑えられるものの、外で飲んで居る時はつい舞子を呼び出してしまう。舞子も呼び出されるのが嬉しいのか、いそいそとやって来る。落ち合う場所は独身時代から通い続けている心斎橋の英国調パブに決めている。其処のカウンターで舞子を待つ間、青年が恋人を待つ時の様なワクワクと心が浮き立つ気分で居られる。それでも、かつて同じ事を何度も経験しているくせに今は妙に落ち着いていられる。どうしてだろう。年齢的なものだろうか。もう青年では無いのにその頃と同じ事をして焦りを感じないのは先が読めるからだろうか。半分ヤケッパチになって居直っているせいかも知れない。が、もし私と女との関係を舞子が知ったならどういう行動に出るだろうという考えばかりが脳裏から離れない。 「お待たせ」小声が耳元で聴こえ、スッと隣の席に舞子が入って来た。最近では顔見知りになったバーテンが舞子に笑顔で会釈する。「ジン・ライムを、お願いネ」彼女は慣れた口調で言った。口触りがサッパリして飲み易いからだと言う。「舞子は強いんだ」冷やかし気味に言うと「ニューヨーカーの若者で流行っていたのヨ。学校の帰りに友達とパブによく行ったの」「女の子同士でかい?」「そうヨ。ビールなんてダサイわ」「カクテルは、酔い易く無い?」「そうでも無いワ。がぶ飲みしないもの」「ふーん、女の子はワインが似合うと想っていたヨ」「映画の観過ぎじゃ無い?ワインも良いけれど、シャンパンも軽いし飲み易いワ」舞子が饒舌になっているのは機嫌が良い証拠だ。そんな彼女を観ていると母親の事をどう分からせようかと憂鬱になってしまう。「何考えているの?心配事でも?」横目でチラリと観ながら私の気持ちを察したのか畳みかけて来る。 「お母さんは?留守番をしている間、何をしているの?」舞子の勘の良さに警戒しながら女の様子を訊いてみた。「韓国ドラマを観ているワ、ビデオでネ。最近ハマって居るのヨ」「ほう、面白いの?」「馬鹿ばかしい程単純でおかしいけれど、情念の世界が抒情詩のようで綺麗だワ。美男美女が出るから良いのじゃ無い?私はたまに付き合いで観る程度だけど」「所謂、男と女の愛憎ドラマだろ?」「そうヨ。韓国人って情が厚いのよネ。日本人には忘れられたレトロな感情ヨ」舞子は饒舌に説明する。この数年来、あれよあれよと怒涛の様に入り込んで来た韓国ドラマをインターネットで数本観ただけだが、斜陽化した日本のテレビ界や映画界が韓国ドラマに喰われているのが分かる。私の様に毛嫌いする者も居れば、舞子や彼女の母親の様に抵抗なく受け入れる者も居る。ひょっとして彼女には韓国人の血が流れているのではないかと疑ってしまったりする。(8月中旬へつづく・月3回連載予定)
2012/08/08
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夏(47) 階段は一日に二度利用する程度である。寝室への往復だけに利用する。ストリップ階段だから昇る時はそう想わないが、降りる時には玄関を高い位置から見降ろし「足を滑らせたら転げ落ちるだろうな」と手摺をしっかりと握ってしまう。若い頃は走って昇ったり降りたりしたものだったが、最近ではそうも行かない。前期高齢者ともなった自分の歳を考えれば高が階段の昇り降りと言えども注意を払わねばならなくなった。昔、北アルプスの槍ヶ岳から槍沢を走って降りたり、陸上で短距離走者として走ったり円盤投げで回転したり、亦ある時は柔道で得意技の体落としで左足に負担を掛けたりしたものだったが、その時の無理がたたったのか最近では左足の膝が痛むのだ。多分、運動不足もあるのだろう。月に一度かそこらのゴルフ運動では運動量が足りないのだろう。もっと歩き廻れば良いのだろうが、こう暑くては涼しい部屋でパソコンでもしている方が良い。秋になれば散歩でも(カメラを持って京都や奈良を散策)しようかと考えている。小説「猫と女と」(12) 何処の馬の骨か分からない男に可愛い娘の貞操を奪われるかも知れないと心病む世の父親の気持ちを察している割には、自分に娘が居ない事を幸い、若い女との不倫を正当化してしまう身勝手さに我ながら苦笑いしてしまう。日頃から自分の事を棚に上げて他人の様を批判する連中を怒るくせに、自分には甘い。つまり所詮は私も一介の凡庸な男に過ぎないという事だ。その証拠に、結婚した翌年に自分に子供が生まれる事となって意外にも本音で女の子が欲しいと望んだのだ。考えた名前も女の名ばかりだった。男の子なぞ自分の分身でしか無く嫌で、今時男の子を望むのは古いと考えていた。ところが意に反して男の子が生まれ大いに落胆してしまった。そんな中、家族で唯一喜んだのは母だった。孫の誕生の知らせを受けわざわざ遠くから出掛けて来て「でかした!」とベッドの妻に満面笑みで言ったという。仕事の合間に病院に立ち寄った時、妻からそれを聴かされ「何と時代観念のずれた親よ」と鼻で笑ってしまった。 数年ぶりに母親が来た事なぞより女の子が欲しかった気持ちの方が強かった。可愛いと想えばこそ女の子を切望したのに男子に失望しながらも妻の出産適齢期が遅かった事もあって一人っ子で止めてしまった。為に女の子を諦めざるを得ず、それだけに可愛い女の子を連れた親子連れを観ると羨ましく想えるのだった。月日と共にその気持ちは諦められたものの、どうしても女の子には優しく甘くなってしまい、行きつく処、若い女と不倫となってしまうのは単なるロリータ願望では無く女性への愛着がそうさせるのだろう。が、若ければ良いというものでも無く、言わば年増は年増なりの良さを見出し、若い女には未熟ながら若さの持つ魅力を感じる。好きなタイプには年齢を意識しないのだ。もっとも不倫による天罰か何等かのしっぺ返しが来るのではないかという一抹の不安が無いでも無いのは一種の良心の呵責かも知れない。 子供時分から男というものは英雄色を好む式で好色なものと教えられて来た私には、男と女が居る限り世間のしがらみで男女の関係を絶たねばならない間柄こそ不自然に想えるのだ。舞子が私と肉体関係まで持ったのは自然の成り行きだったと信じている。恋愛に年齢差なぞ無関係だというのが私の持論でもあるのだ。但し、舞子は彼女の母親と私との実際の関係を知らないからこそ自然に振舞っていられるだけの事かも知れない。もし仮に知ったとすればどういう反応を示すだろう。裏切り、嫉妬、絶望、不信感、対立、憎しみ、妥協と様々な場面を想定するが実際の処何も分からない。その結果、舞子を失うか、それとも益々関係が深まるか、果ては三人の抜き差しならぬ関係が続くかのどれかだろう。私とすれば気持ちの上ではスッキリと清算して母子共に元通りの生活に戻って欲しいとは願うものの身体では下半身が熱く成って来て今にも抱きたくなる葛藤に苛まれる。 その衝動を抑えるのに苦労し晩酌の量が増える。酒で気を紛らわせても、若くも無い身体なのに情熱だけは旺盛なのだ。それでも自宅で飲んでいる分には自制心が働き何とか抑えられるものの、外で飲んで居る時はつい舞子を呼び出してしまう。舞子も呼び出されるのが嬉しいのか、いそいそとやって来る。落ち合う場所は独身時代から通い続けている心斎橋の英国調パブに決めている。其処のカウンターで舞子を待つ間、青年が恋人を待つ時の様なワクワクと心が浮き立つ気分で居られる。それでも、かつて同じ事を何度も経験しているくせに今は妙に落ち着いていられる。どうしてだろう。年齢的なものだろうか。もう青年では無いのにその頃と同じ事をして焦りを感じないのは先が読めるからだろうか。半分ヤケッパチになって居直っているせいかも知れない。が、もし私と女との関係を舞子が知ったならどういう行動に出るだろうという考えばかりが脳裏から離れない。 「お待たせ」小声が耳元で聴こえ、スッと隣の席に舞子が入って来た。最近では顔見知りになったバーテンが舞子に笑顔で会釈する。「ジン・ライムを、お願いネ」彼女は慣れた口調で言った。口触りがサッパリして飲み易いからだと言う。「舞子は強いんだ」冷やかし気味に言うと「ニューヨーカーの若者で流行っていたのヨ。学校の帰りに友達とパブによく行ったの」「女の子同士でかい?」「そうヨ。ビールなんてダサイわ」「カクテルは、酔い易く無い?」「そうでも無いワ。がぶ飲みしないもの」「ふーん、女の子はワインが似合うと想っていたヨ」「映画の観過ぎじゃ無い?ワインも良いけれど、シャンパンも軽いし飲み易いワ」舞子が饒舌になっているのは機嫌が良い証拠だ。そんな彼女を観ていると母親の事をどう分からせようかと憂鬱になってしまう。「何考えているの?心配事でも?」横目でチラリと観ながら私の気持ちを察したのか畳みかけて来る。 「お母さんは?留守番をしている間、何をしているの?」舞子の勘の良さに警戒しながら女の様子を訊いてみた。「韓国ドラマを観ているワ、ビデオでネ。最近ハマって居るのヨ」「ほう、面白いの?」「馬鹿ばかしい程単純でおかしいけれど、情念の世界が抒情詩のようで綺麗だワ。美男美女が出るから良いのじゃ無い?私はたまに付き合いで観る程度だけど」「所謂、男と女の愛憎ドラマだろ?」「そうヨ。韓国人って情が厚いのよネ。日本人には忘れられたレトロな感情ヨ」舞子は饒舌に説明する。この数年来、あれよあれよと怒涛の様に入り込んで来た韓国ドラマをインターネットで数本観ただけだが、斜陽化した日本のテレビ界や映画界が韓国ドラマに喰われているのが分かる。私の様に毛嫌いする者も居れば、舞子や彼女の母親の様に抵抗なく受け入れる者も居る。ひょっとして彼女には韓国人の血が流れているのではないかと疑ってしまったりする。(8月中旬へつづく・月3回連載予定)
2012/08/07
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夏(46) 八月の酷暑の中、二階の寝室に入ると、ムッと暑さが顔に迫って来る。日中は全く入らない部屋だから締め切っていて空気が淀んで居る。最近は11時前後になると眠さで意識がもうろうとして来て、階下の書斎でのパソコンも晩酌の酔いが手伝って目がショボショボして来る。そうなると眠るしか無く、寝室に向かうのだが、階段を上る際の足取りも眠くてふらつき気味である。毎日同じ事の繰り返しをしていて、仕事(設計打合せや工事監理)で出掛けない時は自宅の庭の手入れやパソコンに熱中していて暇を弄んで居る訳である。そういう事をしながら歳をとって行き、80歳代辺りであの世へ行くのかとおぼろげながら考えると人生なぞ儚いものだと一種の悟りの様な気分になってしまう。寝室では先ず空調機を回し、ベッドにゴロリと横たわる。タイマーで3時頃には空調機が止まる様にしてあるから早朝まで気持ちよく眠れる。ココは暑さで戻って来ず庭の何処かで涼しい場所を探して勝手に眠っているのだろう。早朝に書斎のガラス戸を開けるとダ―ッと走って来て「ニャオニャオ」と連続的に啼く。腹が減っているのだ。今日も亦同じ事の繰り返しが始まる。小説「猫と女と」(12) 何処の馬の骨か分からない男に可愛い娘の貞操を奪われるかも知れないと心病む世の父親の気持ちを察している割には、自分に娘が居ない事を幸い、若い女との不倫を正当化してしまう身勝手さに我ながら苦笑いしてしまう。日頃から自分の事を棚に上げて他人の様を批判する連中を怒るくせに、自分には甘い。つまり所詮は私も一介の凡庸な男に過ぎないという事だ。その証拠に、結婚した翌年に自分に子供が生まれる事となって意外にも本音で女の子が欲しいと望んだのだ。考えた名前も女の名ばかりだった。男の子なぞ自分の分身でしか無く嫌で、今時男の子を望むのは古いと考えていた。ところが意に反して男の子が生まれ大いに落胆してしまった。そんな中、家族で唯一喜んだのは母だった。孫の誕生の知らせを受けわざわざ遠くから出掛けて来て「でかした!」とベッドの妻に満面笑みで言ったという。仕事の合間に病院に立ち寄った時、妻からそれを聴かされ「何と時代観念のずれた親よ」と鼻で笑ってしまった。 数年ぶりに母親が来た事なぞより女の子が欲しかった気持ちの方が強かった。可愛いと想えばこそ女の子を切望したのに男子に失望しながらも妻の出産適齢期が遅かった事もあって一人っ子で止めてしまった。為に女の子を諦めざるを得ず、それだけに可愛い女の子を連れた親子連れを観ると羨ましく想えるのだった。月日と共にその気持ちは諦められたものの、どうしても女の子には優しく甘くなってしまい、行きつく処、若い女と不倫となってしまうのは単なるロリータ願望では無く女性への愛着がそうさせるのだろう。が、若ければ良いというものでも無く、言わば年増は年増なりの良さを見出し、若い女には未熟ながら若さの持つ魅力を感じる。好きなタイプには年齢を意識しないのだ。もっとも不倫による天罰か何等かのしっぺ返しが来るのではないかという一抹の不安が無いでも無いのは一種の良心の呵責かも知れない。 子供時分から男というものは英雄色を好む式で好色なものと教えられて来た私には、男と女が居る限り世間のしがらみで男女の関係を絶たねばならない間柄こそ不自然に想えるのだ。舞子が私と肉体関係まで持ったのは自然の成り行きだったと信じている。恋愛に年齢差なぞ無関係だというのが私の持論でもあるのだ。但し、舞子は彼女の母親と私との実際の関係を知らないからこそ自然に振舞っていられるだけの事かも知れない。もし仮に知ったとすればどういう反応を示すだろう。裏切り、嫉妬、絶望、不信感、対立、憎しみ、妥協と様々な場面を想定するが実際の処何も分からない。その結果、舞子を失うか、それとも益々関係が深まるか、果ては三人の抜き差しならぬ関係が続くかのどれかだろう。私とすれば気持ちの上ではスッキリと清算して母子共に元通りの生活に戻って欲しいとは願うものの身体では下半身が熱く成って来て今にも抱きたくなる葛藤に苛まれる。 その衝動を抑えるのに苦労し晩酌の量が増える。酒で気を紛らわせても、若くも無い身体なのに情熱だけは旺盛なのだ。それでも自宅で飲んでいる分には自制心が働き何とか抑えられるものの、外で飲んで居る時はつい舞子を呼び出してしまう。舞子も呼び出されるのが嬉しいのか、いそいそとやって来る。落ち合う場所は独身時代から通い続けている心斎橋の英国調パブに決めている。其処のカウンターで舞子を待つ間、青年が恋人を待つ時の様なワクワクと心が浮き立つ気分で居られる。それでも、かつて同じ事を何度も経験しているくせに今は妙に落ち着いていられる。どうしてだろう。年齢的なものだろうか。もう青年では無いのにその頃と同じ事をして焦りを感じないのは先が読めるからだろうか。半分ヤケッパチになって居直っているせいかも知れない。が、もし私と女との関係を舞子が知ったならどういう行動に出るだろうという考えばかりが脳裏から離れない。 「お待たせ」小声が耳元で聴こえ、スッと隣の席に舞子が入って来た。最近では顔見知りになったバーテンが舞子に笑顔で会釈する。「ジン・ライムを、お願いネ」彼女は慣れた口調で言った。口触りがサッパリして飲み易いからだと言う。「舞子は強いんだ」冷やかし気味に言うと「ニューヨーカーの若者で流行っていたのヨ。学校の帰りに友達とパブによく行ったの」「女の子同士でかい?」「そうヨ。ビールなんてダサイわ」「カクテルは、酔い易く無い?」「そうでも無いワ。がぶ飲みしないもの」「ふーん、女の子はワインが似合うと想っていたヨ」「映画の観過ぎじゃ無い?ワインも良いけれど、シャンパンも軽いし飲み易いワ」舞子が饒舌になっているのは機嫌が良い証拠だ。そんな彼女を観ていると母親の事をどう分からせようかと憂鬱になってしまう。「何考えているの?心配事でも?」横目でチラリと観ながら私の気持ちを察したのか畳みかけて来る。 「お母さんは?留守番をしている間、何をしているの?」舞子の勘の良さに警戒しながら女の様子を訊いてみた。「韓国ドラマを観ているワ、ビデオでネ。最近ハマって居るのヨ」「ほう、面白いの?」「馬鹿ばかしい程単純でおかしいけれど、情念の世界が抒情詩のようで綺麗だワ。美男美女が出るから良いのじゃ無い?私はたまに付き合いで観る程度だけど」「所謂、男と女の愛憎ドラマだろ?」「そうヨ。韓国人って情が厚いのよネ。日本人には忘れられたレトロな感情ヨ」舞子は饒舌に説明する。この数年来、あれよあれよと怒涛の様に入り込んで来た韓国ドラマをインターネットで数本観ただけだが、斜陽化した日本のテレビ界や映画界が韓国ドラマに喰われているのが分かる。私の様に毛嫌いする者も居れば、舞子や彼女の母親の様に抵抗なく受け入れる者も居る。ひょっとして彼女には韓国人の血が流れているのではないかと疑ってしまったりする。(8月中旬へつづく・月3回連載予定)
2012/08/06
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夏(45) 京都タワーである。「和ろうそく」をデザインしたのだそうだ。出来た当時は「京都に似つかわしく無い」とか「デザインがなってない」と酷評されたものだったが、ボクの大学の恩師の恩師(元日本建築学会会長)が構造担当をしたとの事で「デザイン性は色々評価されているが、構造的には日本初の鉄板のタワーで珍しいものだ」と恩師が説明してくれたので記憶に残っている。「何とかと煙は上に上りたがる」と揶揄されるからでも無いが、ボクはタワーというものが嫌いで未だ一度も昇った事は無い。勿論、東京タワーもスカイ・ツリーもだ。あんな高い処に登って何が楽しいのかと思ってしまう。中学時代、東京へ修学旅行した際には未だ東京タワーは工事中だった。子供心に「ナンセンスなものを建てるものだ」と皮肉ったものだったが、今も同じ考えだ。時の経つのは速い。小説「猫と女と」(12) 何処の馬の骨か分からない男に可愛い娘の貞操を奪われるかも知れないと心病む世の父親の気持ちを察している割には、自分に娘が居ない事を幸い、若い女との不倫を正当化してしまう身勝手さに我ながら苦笑いしてしまう。日頃から自分の事を棚に上げて他人の様を批判する連中を怒るくせに、自分には甘い。つまり所詮は私も一介の凡庸な男に過ぎないという事だ。その証拠に、結婚した翌年に自分に子供が生まれる事となって意外にも本音で女の子が欲しいと望んだのだ。考えた名前も女の名ばかりだった。男の子なぞ自分の分身でしか無く嫌で、今時男の子を望むのは古いと考えていた。ところが意に反して男の子が生まれ大いに落胆してしまった。そんな中、家族で唯一喜んだのは母だった。孫の誕生の知らせを受けわざわざ遠くから出掛けて来て「でかした!」とベッドの妻に満面笑みで言ったという。仕事の合間に病院に立ち寄った時、妻からそれを聴かされ「何と時代観念のずれた親よ」と鼻で笑ってしまった。 数年ぶりに母親が来た事なぞより女の子が欲しかった気持ちの方が強かった。可愛いと想えばこそ女の子を切望したのに男子に失望しながらも妻の出産適齢期が遅かった事もあって一人っ子で止めてしまった。為に女の子を諦めざるを得ず、それだけに可愛い女の子を連れた親子連れを観ると羨ましく想えるのだった。月日と共にその気持ちは諦められたものの、どうしても女の子には優しく甘くなってしまい、行きつく処、若い女と不倫となってしまうのは単なるロリータ願望では無く女性への愛着がそうさせるのだろう。が、若ければ良いというものでも無く、言わば年増は年増なりの良さを見出し、若い女には未熟ながら若さの持つ魅力を感じる。好きなタイプには年齢を意識しないのだ。もっとも不倫による天罰か何等かのしっぺ返しが来るのではないかという一抹の不安が無いでも無いのは一種の良心の呵責かも知れない。 子供時分から男というものは英雄色を好む式で好色なものと教えられて来た私には、男と女が居る限り世間のしがらみで男女の関係を絶たねばならない間柄こそ不自然に想えるのだ。舞子が私と肉体関係まで持ったのは自然の成り行きだったと信じている。恋愛に年齢差なぞ無関係だというのが私の持論でもあるのだ。但し、舞子は彼女の母親と私との実際の関係を知らないからこそ自然に振舞っていられるだけの事かも知れない。もし仮に知ったとすればどういう反応を示すだろう。裏切り、嫉妬、絶望、不信感、対立、憎しみ、妥協と様々な場面を想定するが実際の処何も分からない。その結果、舞子を失うか、それとも益々関係が深まるか、果ては三人の抜き差しならぬ関係が続くかのどれかだろう。私とすれば気持ちの上ではスッキリと清算して母子共に元通りの生活に戻って欲しいとは願うものの身体では下半身が熱く成って来て今にも抱きたくなる葛藤に苛まれる。 その衝動を抑えるのに苦労し晩酌の量が増える。酒で気を紛らわせても、若くも無い身体なのに情熱だけは旺盛なのだ。それでも自宅で飲んでいる分には自制心が働き何とか抑えられるものの、外で飲んで居る時はつい舞子を呼び出してしまう。舞子も呼び出されるのが嬉しいのか、いそいそとやって来る。落ち合う場所は独身時代から通い続けている心斎橋の英国調パブに決めている。其処のカウンターで舞子を待つ間、青年が恋人を待つ時の様なワクワクと心が浮き立つ気分で居られる。それでも、かつて同じ事を何度も経験しているくせに今は妙に落ち着いていられる。どうしてだろう。年齢的なものだろうか。もう青年では無いのにその頃と同じ事をして焦りを感じないのは先が読めるからだろうか。半分ヤケッパチになって居直っているせいかも知れない。が、もし私と女との関係を舞子が知ったならどういう行動に出るだろうという考えばかりが脳裏から離れない。 「お待たせ」小声が耳元で聴こえ、スッと隣の席に舞子が入って来た。最近では顔見知りになったバーテンが舞子に笑顔で会釈する。「ジン・ライムを、お願いネ」彼女は慣れた口調で言った。口触りがサッパリして飲み易いからだと言う。「舞子は強いんだ」冷やかし気味に言うと「ニューヨーカーの若者で流行っていたのヨ。学校の帰りに友達とパブによく行ったの」「女の子同士でかい?」「そうヨ。ビールなんてダサイわ」「カクテルは、酔い易く無い?」「そうでも無いワ。がぶ飲みしないもの」「ふーん、女の子はワインが似合うと想っていたヨ」「映画の観過ぎじゃ無い?ワインも良いけれど、シャンパンも軽いし飲み易いワ」舞子が饒舌になっているのは機嫌が良い証拠だ。そんな彼女を観ていると母親の事をどう分からせようかと憂鬱になってしまう。「何考えているの?心配事でも?」横目でチラリと観ながら私の気持ちを察したのか畳みかけて来る。 「お母さんは?留守番をしている間、何をしているの?」舞子の勘の良さに警戒しながら女の様子を訊いてみた。「韓国ドラマを観ているワ、ビデオでネ。最近ハマって居るのヨ」「ほう、面白いの?」「馬鹿ばかしい程単純でおかしいけれど、情念の世界が抒情詩のようで綺麗だワ。美男美女が出るから良いのじゃ無い?私はたまに付き合いで観る程度だけど」「所謂、男と女の愛憎ドラマだろ?」「そうヨ。韓国人って情が厚いのよネ。日本人には忘れられたレトロな感情ヨ」舞子は饒舌に説明する。この数年来、あれよあれよと怒涛の様に入り込んで来た韓国ドラマをインターネットで数本観ただけだが、斜陽化した日本のテレビ界や映画界が韓国ドラマに喰われているのが分かる。私の様に毛嫌いする者も居れば、舞子や彼女の母親の様に抵抗なく受け入れる者も居る。ひょっとして彼女には韓国人の血が流れているのではないかと疑ってしまったりする。(8月中旬へつづく・月3回連載予定)
2012/08/05
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夏(44) 八月のお盆には京都五山に大文字の「送り火」が灯る。知らない人が知ったかぶりをして「大文字焼き」と言うが、そんなはしたない言葉は京都では使わない。回転焼きや今川焼きでは無いのだ。もっと優雅な呼び方として、お盆に先祖の霊をしずめる「送り火」が一般的な言い方である。五山には先ず東山に大きな「大」文字が、北山の東に「妙法」が、北山の中央には「舟」型が、北山の西に小さな「大」(左大文字)が、西山に「鳥居」が灯る。夫々が京都御所の池に映ったのを大宮人や役人が楽しんで、勿論、京都市民も鴨川の橋の上から見物したのである。昔は高い建物が無かったからそれで充分楽しめたのだ。盆に水を張って送り火の火を映したのを飲むと無病息災となると信じられ、料亭の席で飲む人々も居る。銀閣寺辺りの料亭で間近な「大文字」を観ながら飲む酒は実に風流で乙なものである。小説「猫と女と」(12) 何処の馬の骨か分からない男に可愛い娘の貞操を奪われるかも知れないと心病む世の父親の気持ちを察している割には、自分に娘が居ない事を幸い、若い女との不倫を正当化してしまう身勝手さに我ながら苦笑いしてしまう。日頃から自分の事を棚に上げて他人の様を批判する連中を怒るくせに、自分には甘い。つまり所詮は私も一介の凡庸な男に過ぎないという事だ。その証拠に、結婚した翌年に自分に子供が生まれる事となって意外にも本音で女の子が欲しいと望んだのだ。考えた名前も女の名ばかりだった。男の子なぞ自分の分身でしか無く嫌で、今時男の子を望むのは古いと考えていた。ところが意に反して男の子が生まれ大いに落胆してしまった。そんな中、家族で唯一喜んだのは母だった。孫の誕生の知らせを受けわざわざ遠くから出掛けて来て「でかした!」とベッドの妻に満面笑みで言ったという。仕事の合間に病院に立ち寄った時、妻からそれを聴かされ「何と時代観念のずれた親よ」と鼻で笑ってしまった。 数年ぶりに母親が来た事なぞより女の子が欲しかった気持ちの方が強かった。可愛いと想えばこそ女の子を切望したのに男子に失望しながらも妻の出産適齢期が遅かった事もあって一人っ子で止めてしまった。為に女の子を諦めざるを得ず、それだけに可愛い女の子を連れた親子連れを観ると羨ましく想えるのだった。月日と共にその気持ちは諦められたものの、どうしても女の子には優しく甘くなってしまい、行きつく処、若い女と不倫となってしまうのは単なるロリータ願望では無く女性への愛着がそうさせるのだろう。が、若ければ良いというものでも無く、言わば年増は年増なりの良さを見出し、若い女には未熟ながら若さの持つ魅力を感じる。好きなタイプには年齢を意識しないのだ。もっとも不倫による天罰か何等かのしっぺ返しが来るのではないかという一抹の不安が無いでも無いのは一種の良心の呵責かも知れない。 子供時分から男というものは英雄色を好む式で好色なものと教えられて来た私には、男と女が居る限り世間のしがらみで男女の関係を絶たねばならない間柄こそ不自然に想えるのだ。舞子が私と肉体関係まで持ったのは自然の成り行きだったと信じている。恋愛に年齢差なぞ無関係だというのが私の持論でもあるのだ。但し、舞子は彼女の母親と私との実際の関係を知らないからこそ自然に振舞っていられるだけの事かも知れない。もし仮に知ったとすればどういう反応を示すだろう。裏切り、嫉妬、絶望、不信感、対立、憎しみ、妥協と様々な場面を想定するが実際の処何も分からない。その結果、舞子を失うか、それとも益々関係が深まるか、果ては三人の抜き差しならぬ関係が続くかのどれかだろう。私とすれば気持ちの上ではスッキリと清算して母子共に元通りの生活に戻って欲しいとは願うものの身体では下半身が熱く成って来て今にも抱きたくなる葛藤に苛まれる。 その衝動を抑えるのに苦労し晩酌の量が増える。酒で気を紛らわせても、若くも無い身体なのに情熱だけは旺盛なのだ。それでも自宅で飲んでいる分には自制心が働き何とか抑えられるものの、外で飲んで居る時はつい舞子を呼び出してしまう。舞子も呼び出されるのが嬉しいのか、いそいそとやって来る。落ち合う場所は独身時代から通い続けている心斎橋の英国調パブに決めている。其処のカウンターで舞子を待つ間、青年が恋人を待つ時の様なワクワクと心が浮き立つ気分で居られる。それでも、かつて同じ事を何度も経験しているくせに今は妙に落ち着いていられる。どうしてだろう。年齢的なものだろうか。もう青年では無いのにその頃と同じ事をして焦りを感じないのは先が読めるからだろうか。半分ヤケッパチになって居直っているせいかも知れない。が、もし私と女との関係を舞子が知ったならどういう行動に出るだろうという考えばかりが脳裏から離れない。 「お待たせ」小声が耳元で聴こえ、スッと隣の席に舞子が入って来た。最近では顔見知りになったバーテンが舞子に笑顔で会釈する。「ジン・ライムを、お願いネ」彼女は慣れた口調で言った。口触りがサッパリして飲み易いからだと言う。「舞子は強いんだ」冷やかし気味に言うと「ニューヨーカーの若者で流行っていたのヨ。学校の帰りに友達とパブによく行ったの」「女の子同士でかい?」「そうヨ。ビールなんてダサイわ」「カクテルは、酔い易く無い?」「そうでも無いワ。がぶ飲みしないもの」「ふーん、女の子はワインが似合うと想っていたヨ」「映画の観過ぎじゃ無い?ワインも良いけれど、シャンパンも軽いし飲み易いワ」舞子が饒舌になっているのは機嫌が良い証拠だ。そんな彼女を観ていると母親の事をどう分からせようかと憂鬱になってしまう。「何考えているの?心配事でも?」横目でチラリと観ながら私の気持ちを察したのか畳みかけて来る。 「お母さんは?留守番をしている間、何をしているの?」舞子の勘の良さに警戒しながら女の様子を訊いてみた。「韓国ドラマを観ているワ、ビデオでネ。最近ハマって居るのヨ」「ほう、面白いの?」「馬鹿ばかしい程単純でおかしいけれど、情念の世界が抒情詩のようで綺麗だワ。美男美女が出るから良いのじゃ無い?私はたまに付き合いで観る程度だけど」「所謂、男と女の愛憎ドラマだろ?」「そうヨ。韓国人って情が厚いのよネ。日本人には忘れられたレトロな感情ヨ」舞子は饒舌に説明する。この数年来、あれよあれよと怒涛の様に入り込んで来た韓国ドラマをインターネットで数本観ただけだが、斜陽化した日本のテレビ界や映画界が韓国ドラマに喰われているのが分かる。私の様に毛嫌いする者も居れば、舞子や彼女の母親の様に抵抗なく受け入れる者も居る。ひょっとして彼女には韓国人の血が流れているのではないかと疑ってしまったりする。(8月中旬へつづく・月3回連載予定)
2012/08/04
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夏(43) この石は京都御所の池にある州浜の黒石である。大きさは20cm程度で全国の戦国大名が競って寄贈したものである。那智黒は精々5cm程度の小石だが、この黒石はその数倍もの大きさで立派なものである。山国の京都に浜辺の景色を連想させようと池に黒石を蒔き海浜の景色を造り出そうとしたのであろうか。水に濡れて黒光りしていれば綺麗なのだが、手入れが充分為されていばければ苔が生えて見苦しい。秋と春の二回、一般公開(無料)され多くの人々が観光に訪れる。京都に宮内省や文科省が来れば京都ももう少し落ち着いた都市になるだろうが、観光だけで持っている都市では季節と景気の変動で左右され落ち着きを維持出来ないだろう。恒常的に日本人の心のふる里として存在させるには、こういう文化財を大事に維持管理する事しか無いだろうが、迎賓館を造っただけでは難しいと想う。小説「猫と女と」(12) 何処の馬の骨か分からない男に可愛い娘の貞操を奪われるかも知れないと心病む世の父親の気持ちを察している割には、自分に娘が居ない事を幸い、若い女との不倫を正当化してしまう身勝手さに我ながら苦笑いしてしまう。日頃から自分の事を棚に上げて他人の様を批判する連中を怒るくせに、自分には甘い。つまり所詮は私も一介の凡庸な男に過ぎないという事だ。その証拠に、結婚した翌年に自分に子供が生まれる事となって意外にも本音で女の子が欲しいと望んだのだ。考えた名前も女の名ばかりだった。男の子なぞ自分の分身でしか無く嫌で、今時男の子を望むのは古いと考えていた。ところが意に反して男の子が生まれ大いに落胆してしまった。そんな中、家族で唯一喜んだのは母だった。孫の誕生の知らせを受けわざわざ遠くから出掛けて来て「でかした!」とベッドの妻に満面笑みで言ったという。仕事の合間に病院に立ち寄った時、妻からそれを聴かされ「何と時代観念のずれた親よ」と鼻で笑ってしまった。 数年ぶりに母親が来た事なぞより女の子が欲しかった気持ちの方が強かった。可愛いと想えばこそ女の子を切望したのに男子に失望しながらも妻の出産適齢期が遅かった事もあって一人っ子で止めてしまった。為に女の子を諦めざるを得ず、それだけに可愛い女の子を連れた親子連れを観ると羨ましく想えるのだった。月日と共にその気持ちは諦められたものの、どうしても女の子には優しく甘くなってしまい、行きつく処、若い女と不倫となってしまうのは単なるロリータ願望では無く女性への愛着がそうさせるのだろう。が、若ければ良いというものでも無く、言わば年増は年増なりの良さを見出し、若い女には未熟ながら若さの持つ魅力を感じる。好きなタイプには年齢を意識しないのだ。もっとも不倫による天罰か何等かのしっぺ返しが来るのではないかという一抹の不安が無いでも無いのは一種の良心の呵責かも知れない。 子供時分から男というものは英雄色を好む式で好色なものと教えられて来た私には、男と女が居る限り世間のしがらみで男女の関係を絶たねばならない間柄こそ不自然に想えるのだ。舞子が私と肉体関係まで持ったのは自然の成り行きだったと信じている。恋愛に年齢差なぞ無関係だというのが私の持論でもあるのだ。但し、舞子は彼女の母親と私との実際の関係を知らないからこそ自然に振舞っていられるだけの事かも知れない。もし仮に知ったとすればどういう反応を示すだろう。裏切り、嫉妬、絶望、不信感、対立、憎しみ、妥協と様々な場面を想定するが実際の処何も分からない。その結果、舞子を失うか、それとも益々関係が深まるか、果ては三人の抜き差しならぬ関係が続くかのどれかだろう。私とすれば気持ちの上ではスッキリと清算して母子共に元通りの生活に戻って欲しいとは願うものの身体では下半身が熱く成って来て今にも抱きたくなる葛藤に苛まれる。 その衝動を抑えるのに苦労し晩酌の量が増える。酒で気を紛らわせても、若くも無い身体なのに情熱だけは旺盛なのだ。それでも自宅で飲んでいる分には自制心が働き何とか抑えられるものの、外で飲んで居る時はつい舞子を呼び出してしまう。舞子も呼び出されるのが嬉しいのか、いそいそとやって来る。落ち合う場所は独身時代から通い続けている心斎橋の英国調パブに決めている。其処のカウンターで舞子を待つ間、青年が恋人を待つ時の様なワクワクと心が浮き立つ気分で居られる。それでも、かつて同じ事を何度も経験しているくせに今は妙に落ち着いていられる。どうしてだろう。年齢的なものだろうか。もう青年では無いのにその頃と同じ事をして焦りを感じないのは先が読めるからだろうか。半分ヤケッパチになって居直っているせいかも知れない。が、もし私と女との関係を舞子が知ったならどういう行動に出るだろうという考えばかりが脳裏から離れない。 「お待たせ」小声が耳元で聴こえ、スッと隣の席に舞子が入って来た。最近では顔見知りになったバーテンが舞子に笑顔で会釈する。「ジン・ライムを、お願いネ」彼女は慣れた口調で言った。口触りがサッパリして飲み易いからだと言う。「舞子は強いんだ」冷やかし気味に言うと「ニューヨーカーの若者で流行っていたのヨ。学校の帰りに友達とパブによく行ったの」「女の子同士でかい?」「そうヨ。ビールなんてダサイわ」「カクテルは、酔い易く無い?」「そうでも無いワ。がぶ飲みしないもの」「ふーん、女の子はワインが似合うと想っていたヨ」「映画の観過ぎじゃ無い?ワインも良いけれど、シャンパンも軽いし飲み易いワ」舞子が饒舌になっているのは機嫌が良い証拠だ。そんな彼女を観ていると母親の事をどう分からせようかと憂鬱になってしまう。「何考えているの?心配事でも?」横目でチラリと観ながら私の気持ちを察したのか畳みかけて来る。 「お母さんは?留守番をしている間、何をしているの?」舞子の勘の良さに警戒しながら女の様子を訊いてみた。「韓国ドラマを観ているワ、ビデオでネ。最近ハマって居るのヨ」「ほう、面白いの?」「馬鹿ばかしい程単純でおかしいけれど、情念の世界が抒情詩のようで綺麗だワ。美男美女が出るから良いのじゃ無い?私はたまに付き合いで観る程度だけど」「所謂、男と女の愛憎ドラマだろ?」「そうヨ。韓国人って情が厚いのよネ。日本人には忘れられたレトロな感情ヨ」舞子は饒舌に説明する。この数年来、あれよあれよと怒涛の様に入り込んで来た韓国ドラマをインターネットで数本観ただけだが、斜陽化した日本のテレビ界や映画界が韓国ドラマに喰われているのが分かる。私の様に毛嫌いする者も居れば、舞子や彼女の母親の様に抵抗なく受け入れる者も居る。ひょっとして彼女には韓国人の血が流れているのではないかと疑ってしまったりする。(8月中旬へつづく・月3回連載予定)
2012/08/03
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夏(42) 小学生時代から京都国立博物館に通っていて、今ではめったにしか行かないが懐かしい処である。昔、友人と二人でシルクロード展を観に行った記憶が今も鮮明に想い出される。その友人に誘われて行ったのは中学時代の事で、彼は一年先輩だった。同じ塾の生徒で何故か気が合いよく遊んだ。彼は勉強がよく出来て東大へ行ったが、ボクは京都の大学で彼と同じ土木工学を専攻したのだった。ボクは今では建築家のはしくれに成ったが、彼は多分役人になったのだろう。彼とはその後一度も会って居ないが、今では好々爺になって東京で隠居生活でもしているのだろう。懐かしい友人として今も博物館を観る度に想い出す。心の中で昔のままの顔で想い出しては数十年の歳月の過ぎる速さを現実の事として受け止めている。光陰矢のごとし、学成り難しとはよく言ったものである。小説「猫と女と」(12) 何処の馬の骨か分からない男に可愛い娘の貞操を奪われるかも知れないと心病む世の父親の気持ちを察している割には、自分に娘が居ない事を幸い、若い女との不倫を正当化してしまう身勝手さに我ながら苦笑いしてしまう。日頃から自分の事を棚に上げて他人の様を批判する連中を怒るくせに、自分には甘い。つまり所詮は私も一介の凡庸な男に過ぎないという事だ。その証拠に、結婚した翌年に自分に子供が生まれる事となって意外にも本音で女の子が欲しいと望んだのだ。考えた名前も女の名ばかりだった。男の子なぞ自分の分身でしか無く嫌で、今時男の子を望むのは古いと考えていた。ところが意に反して男の子が生まれ大いに落胆してしまった。そんな中、家族で唯一喜んだのは母だった。孫の誕生の知らせを受けわざわざ遠くから出掛けて来て「でかした!」とベッドの妻に満面笑みで言ったという。仕事の合間に病院に立ち寄った時、妻からそれを聴かされ「何と時代観念のずれた親よ」と鼻で笑ってしまった。 数年ぶりに母親が来た事なぞより女の子が欲しかった気持ちの方が強かった。可愛いと想えばこそ女の子を切望したのに男子に失望しながらも妻の出産適齢期が遅かった事もあって一人っ子で止めてしまった。為に女の子を諦めざるを得ず、それだけに可愛い女の子を連れた親子連れを観ると羨ましく想えるのだった。月日と共にその気持ちは諦められたものの、どうしても女の子には優しく甘くなってしまい、行きつく処、若い女と不倫となってしまうのは単なるロリータ願望では無く女性への愛着がそうさせるのだろう。が、若ければ良いというものでも無く、言わば年増は年増なりの良さを見出し、若い女には未熟ながら若さの持つ魅力を感じる。好きなタイプには年齢を意識しないのだ。もっとも不倫による天罰か何等かのしっぺ返しが来るのではないかという一抹の不安が無いでも無いのは一種の良心の呵責かも知れない。 子供時分から男というものは英雄色を好む式で好色なものと教えられて来た私には、男と女が居る限り世間のしがらみで男女の関係を絶たねばならない間柄こそ不自然に想えるのだ。舞子が私と肉体関係まで持ったのは自然の成り行きだったと信じている。恋愛に年齢差なぞ無関係だというのが私の持論でもあるのだ。但し、舞子は彼女の母親と私との実際の関係を知らないからこそ自然に振舞っていられるだけの事かも知れない。もし仮に知ったとすればどういう反応を示すだろう。裏切り、嫉妬、絶望、不信感、対立、憎しみ、妥協と様々な場面を想定するが実際の処何も分からない。その結果、舞子を失うか、それとも益々関係が深まるか、果ては三人の抜き差しならぬ関係が続くかのどれかだろう。私とすれば気持ちの上ではスッキリと清算して母子共に元通りの生活に戻って欲しいとは願うものの身体では下半身が熱く成って来て今にも抱きたくなる葛藤に苛まれる。 その衝動を抑えるのに苦労し晩酌の量が増える。酒で気を紛らわせても、若くも無い身体なのに情熱だけは旺盛なのだ。それでも自宅で飲んでいる分には自制心が働き何とか抑えられるものの、外で飲んで居る時はつい舞子を呼び出してしまう。舞子も呼び出されるのが嬉しいのか、いそいそとやって来る。落ち合う場所は独身時代から通い続けている心斎橋の英国調パブに決めている。其処のカウンターで舞子を待つ間、青年が恋人を待つ時の様なワクワクと心が浮き立つ気分で居られる。それでも、かつて同じ事を何度も経験しているくせに今は妙に落ち着いていられる。どうしてだろう。年齢的なものだろうか。もう青年では無いのにその頃と同じ事をして焦りを感じないのは先が読めるからだろうか。半分ヤケッパチになって居直っているせいかも知れない。が、もし私と女との関係を舞子が知ったならどういう行動に出るだろうという考えばかりが脳裏から離れない。 「お待たせ」小声が耳元で聴こえ、スッと隣の席に舞子が入って来た。最近では顔見知りになったバーテンが舞子に笑顔で会釈する。「ジン・ライムを、お願いネ」彼女は慣れた口調で言った。口触りがサッパリして飲み易いからだと言う。「舞子は強いんだ」冷やかし気味に言うと「ニューヨーカーの若者で流行っていたのヨ。学校の帰りに友達とパブによく行ったの」「女の子同士でかい?」「そうヨ。ビールなんてダサイわ」「カクテルは、酔い易く無い?」「そうでも無いワ。がぶ飲みしないもの」「ふーん、女の子はワインが似合うと想っていたヨ」「映画の観過ぎじゃ無い?ワインも良いけれど、シャンパンも軽いし飲み易いワ」舞子が饒舌になっているのは機嫌が良い証拠だ。そんな彼女を観ていると母親の事をどう分からせようかと憂鬱になってしまう。「何考えているの?心配事でも?」横目でチラリと観ながら私の気持ちを察したのか畳みかけて来る。 「お母さんは?留守番をしている間、何をしているの?」舞子の勘の良さに警戒しながら女の様子を訊いてみた。「韓国ドラマを観ているワ、ビデオでネ。最近ハマって居るのヨ」「ほう、面白いの?」「馬鹿ばかしい程単純でおかしいけれど、情念の世界が抒情詩のようで綺麗だワ。美男美女が出るから良いのじゃ無い?私はたまに付き合いで観る程度だけど」「所謂、男と女の愛憎ドラマだろ?」「そうヨ。韓国人って情が厚いのよネ。日本人には忘れられたレトロな感情ヨ」舞子は饒舌に説明する。この数年来、あれよあれよと怒涛の様に入り込んで来た韓国ドラマをインターネットで数本観ただけだが、斜陽化した日本のテレビ界や映画界が韓国ドラマに喰われているのが分かる。私の様に毛嫌いする者も居れば、舞子や彼女の母親の様に抵抗なく受け入れる者も居る。ひょっとして彼女には韓国人の血が流れているのではないかと疑ってしまったりする。(8月中旬へつづく・月3回連載予定)
2012/08/02
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夏(41) ロダンの「考える人」である。京都国立博物館に在って、日本では五つほど在る内の一つである。東京上野の国立美術館にも在って、其処には「考える人」の原型となっている「地獄門」の彫刻も在って、門の頭部に小さな姿で乗っている。是はボードレールの作品に感銘したロダンが造ったもので、キリスト教では天国と地獄とその中間の煉獄があるとされている。考える人はその門の上から悩める人々を見降ろしているのである。見降ろして審判をしているのではなく矢張り当人も考え悩んでいるのである。人間は悩み続ける事で活きている証としているのであろうか。まさしく今の世の中を観ているとでも言えようか。小説「猫と女と」(12) 何処の馬の骨か分からない男に可愛い娘の貞操を奪われるかも知れないと心病む世の父親の気持ちを察している割には、自分に娘が居ない事を幸い、若い女との不倫を正当化してしまう身勝手さに我ながら苦笑いしてしまう。日頃から自分の事を棚に上げて他人の様を批判する連中を怒るくせに、自分には甘い。つまり所詮は私も一介の凡庸な男に過ぎないという事だ。その証拠に、結婚した翌年に自分に子供が生まれる事となって意外にも本音で女の子が欲しいと望んだのだ。考えた名前も女の名ばかりだった。男の子なぞ自分の分身でしか無く嫌で、今時男の子を望むのは古いと考えていた。ところが意に反して男の子が生まれ大いに落胆してしまった。そんな中、家族で唯一喜んだのは母だった。孫の誕生の知らせを受けわざわざ遠くから出掛けて来て「でかした!」とベッドの妻に満面笑みで言ったという。仕事の合間に病院に立ち寄った時、妻からそれを聴かされ「何と時代観念のずれた親よ」と鼻で笑ってしまった。 数年ぶりに母親が来た事なぞより女の子が欲しかった気持ちの方が強かった。可愛いと想えばこそ女の子を切望したのに男子に失望しながらも妻の出産適齢期が遅かった事もあって一人っ子で止めてしまった。為に女の子を諦めざるを得ず、それだけに可愛い女の子を連れた親子連れを観ると羨ましく想えるのだった。月日と共にその気持ちは諦められたものの、どうしても女の子には優しく甘くなってしまい、行きつく処、若い女と不倫となってしまうのは単なるロリータ願望では無く女性への愛着がそうさせるのだろう。が、若ければ良いというものでも無く、言わば年増は年増なりの良さを見出し、若い女には未熟ながら若さの持つ魅力を感じる。好きなタイプには年齢を意識しないのだ。もっとも不倫による天罰か何等かのしっぺ返しが来るのではないかという一抹の不安が無いでも無いのは一種の良心の呵責かも知れない。 子供時分から男というものは英雄色を好む式で好色なものと教えられて来た私には、男と女が居る限り世間のしがらみで男女の関係を絶たねばならない間柄こそ不自然に想えるのだ。舞子が私と肉体関係まで持ったのは自然の成り行きだったと信じている。恋愛に年齢差なぞ無関係だというのが私の持論でもあるのだ。但し、舞子は彼女の母親と私との実際の関係を知らないからこそ自然に振舞っていられるだけの事かも知れない。もし仮に知ったとすればどういう反応を示すだろう。裏切り、嫉妬、絶望、不信感、対立、憎しみ、妥協と様々な場面を想定するが実際の処何も分からない。その結果、舞子を失うか、それとも益々関係が深まるか、果ては三人の抜き差しならぬ関係が続くかのどれかだろう。私とすれば気持ちの上ではスッキリと清算して母子共に元通りの生活に戻って欲しいとは願うものの身体では下半身が熱く成って来て今にも抱きたくなる葛藤に苛まれる。 その衝動を抑えるのに苦労し晩酌の量が増える。酒で気を紛らわせても、若くも無い身体なのに情熱だけは旺盛なのだ。それでも自宅で飲んでいる分には自制心が働き何とか抑えられるものの、外で飲んで居る時はつい舞子を呼び出してしまう。舞子も呼び出されるのが嬉しいのか、いそいそとやって来る。落ち合う場所は独身時代から通い続けている心斎橋の英国調パブに決めている。其処のカウンターで舞子を待つ間、青年が恋人を待つ時の様なワクワクと心が浮き立つ気分で居られる。それでも、かつて同じ事を何度も経験しているくせに今は妙に落ち着いていられる。どうしてだろう。年齢的なものだろうか。もう青年では無いのにその頃と同じ事をして焦りを感じないのは先が読めるからだろうか。半分ヤケッパチになって居直っているせいかも知れない。が、もし私と女との関係を舞子が知ったならどういう行動に出るだろうという考えばかりが脳裏から離れない。 「お待たせ」小声が耳元で聴こえ、スッと隣の席に舞子が入って来た。最近では顔見知りになったバーテンが舞子に笑顔で会釈する。「ジン・ライムを、お願いネ」彼女は慣れた口調で言った。口触りがサッパリして飲み易いからだと言う。「舞子は強いんだ」冷やかし気味に言うと「ニューヨーカーの若者で流行っていたのヨ。学校の帰りに友達とパブによく行ったの」「女の子同士でかい?」「そうヨ。ビールなんてダサイわ」「カクテルは、酔い易く無い?」「そうでも無いワ。がぶ飲みしないもの」「ふーん、女の子はワインが似合うと想っていたヨ」「映画の観過ぎじゃ無い?ワインも良いけれど、シャンパンも軽いし飲み易いワ」舞子が饒舌になっているのは機嫌が良い証拠だ。そんな彼女を観ていると母親の事をどう分からせようかと憂鬱になってしまう。「何考えているの?心配事でも?」横目でチラリと観ながら私の気持ちを察したのか畳みかけて来る。 「お母さんは?留守番をしている間、何をしているの?」舞子の勘の良さに警戒しながら女の様子を訊いてみた。「韓国ドラマを観ているワ、ビデオでネ。最近ハマって居るのヨ」「ほう、面白いの?」「馬鹿ばかしい程単純でおかしいけれど、情念の世界が抒情詩のようで綺麗だワ。美男美女が出るから良いのじゃ無い?私はたまに付き合いで観る程度だけど」「所謂、男と女の愛憎ドラマだろ?」「そうヨ。韓国人って情が厚いのよネ。日本人には忘れられたレトロな感情ヨ」舞子は饒舌に説明する。この数年来、あれよあれよと怒涛の様に入り込んで来た韓国ドラマをインターネットで数本観ただけだが、斜陽化した日本のテレビ界や映画界が韓国ドラマに喰われているのが分かる。私の様に毛嫌いする者も居れば、舞子や彼女の母親の様に抵抗なく受け入れる者も居る。ひょっとして彼女には韓国人の血が流れているのではないかと疑ってしまったりする。(8月中旬へつづく・月3回連載予定)
2012/08/01
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