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おりくが最近守りをしている実家の庭には、もう盛り時を過ぎた蛍袋、雪の下、野生の露草、紫式部の淡いピンクの小花群れ、紫陽花、顎あじさい、垣根には野生のノウゼンカヅラが咲いています。凌霄花(ノウゼンカズラ)は生命力があって垣根の数箇所に根をはらし、新しい茎を刈っても次から次に生えてきます。折角咲いてしまったものを刈るのは気の毒に思い、今は暑苦しい風情のまま放置しています。庭の芝生の合間から待ち望んでいた捩じり花(捩摺)<ご参考までにhttp://kazoo.parfe.jp/nejibana.htm>が可憐なピンクの小花を捻じ曲げながら咲いています。おりくの古い句ですが 捩じ花のピンクの階段シンデレラまるで王子様から別れを告げて螺旋の階段を急いで駆け降りるシンデレラ姫を想像しますね。 ところで、この楽天のお日記では蒸し暑い夏の過し方に悩んで居られる方が多いように思いますので参考意見を述べてみましょう。要は自分の体温を下げれば良いのですが、それには汗を掻くことが一番効果的です。運動が大儀と仰(オッシャ)るのなら、家中を綺麗にお掃除されては如何?窓ガラスや室内の調度品もピッカピカ、埃が消え失せて目に涼しく感じることでしょう。部屋の掃除をしながら、実は心の掃除もしているし、発汗によって老廃物も体外に出していますので、一石二鳥、いえ一石三鳥の得勘定になります。 亡母は雪降る朝も暑い日も毎日仏壇に手を合わせていました。仏様やご先祖様を拝むことは宗教めいて見えるかも知れませんが、無心に手を合わせ祈る時間というのは、結局、自分に対峙している時間でもあると思うのです。母が亡くなって以来、おりくは料理をする悦びを忘れていました。殆ど家内がやってくれていた事由もあるのでしょうが、何度かの独り寝の日もスーパーやデパートの弁当や惣菜で済まして来ましたが、昨夕は自分一人の為の夕飯を作りました。冷凍室からかしわの一切れとかぼちゃ、サヤエンドウなどを炊き込み、オクラを刻み若布と豆腐の酢の物、茄子を焼いて生姜を乗せ、これで三品出来上がり。漬物は桃色に染まった新生姜。炊きたてのご飯を仏前に供え、独り夜の寂しさをテレビに甘えながら戴きました。幸い、昨日は雷と共に豪雨があって冷房の必要性も無く、至る部屋の戸を開け放ち、独身の夜を楽しみました。今やシャワーの一浴びですっきり、しゃんとしますので節水を心がけながらも、汗掻くことを忘れないでこの夏を過して参りたいと思っています。
2005.06.30
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本日、無意識に8チャンネルの番組を観ていたら、言葉によって水の結晶の形状が変わるという話をしていました。やさしい言葉、例えば「ありがとう」と醜い言葉、「殺してやる」と書いた紙の上に水を入れたコップを乗せておき、瞬間的に凍らせた水の結晶を顕微鏡で覗いて観ると、あ~ら不思議、前者の結晶は綺麗な形、後者はイガイガとした醜い形状をしていました。詳しくは「水の結晶」http://www.geocities.co.jp/CollegeLifeLabo/3163/crystals.htmlなどでご覧下さい。この研究は随分古くから行われていて、数万件の事例から引き出された結論は、言葉、文字、音楽などの波長が水の組織を変えるということなんだそうです。これは外国語、英語は勿論のことアラビア語でも同じ結果が出るという話でした。 おりくのホームページはお陰様で、不愉快な中傷などを過去一度も受けませんでしたが、これは、稚拙な文章ながらも、心を込めて日記などを記していることに因るのかも知れません。植物に水をあげる場合も話しかけながら愛情をもってすれば、植物も応えてくれるという事実に似ているのでしょう。ネットの世界はお互い顔も場所も知らない者同志ですから、真摯な態度、言葉を綴ることが肝要ですね。俳句を詠むときも、歌詞を考えるときも、言葉一つの重さとか柔らかさとか匂いとか色合いなどを意識しながら最良の単語を選びたいものです。
2005.06.29
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本日は六月最後の向陽句会で、おりくよりご年配のご婦人が句会とはどんなものかと見物に来られ、偶々おりくの隣の席に座られましたので、歳時記、短冊、清記、選句など説明しながら始めました。季題は「浮草・萍」と「ほととぎす・時鳥・不如帰」でした。 大好きな君と揺れよう根無草 れい子 根無し草われも都会のボヘミアン 美代子 これは根無しとボヘミアン(ジプシー)とが重なるので、工夫すれば更に良くなるとの主宰評でした。 浮草の行方は風が決めること けい子 浮草や自由に生きて悔いはなし 富恵 浮草やひとつの嘘で済まされぬ 星子 萍を引けばあまたの袋あり 貴代美 浮草やないしょ内緒の白昼夢 星子 業平を偲びて啼けり時鳥 孝一 隠沼(コモリヌ)の黙(モダ)に凝りゐてホトトギス 静 時鳥札所詣での杖の音 容子 ほととぎす今日も粟生(アオウ)の山ごもり 星子 この他、自由句には 紫陽花の雨に打たるる強さ知る 洋花この句はおりくしか選びませんでしたが、気ままな夫に尽くしてきた主婦の生き様が詠い込まれていますね。 城壁の家紋薄れし夏薊(アザミ) 富恵 スコップを残し昼寝の保育園 明美これは真夏の小さな運動場に残された原色のスコップに焦点をあわせて居られます。 空梅雨やスロットマシン命中す 貴代美 遠蛙眠れぬ夜の亡父(ツマ)偲ぶ 順子 通せん坊するものも無く青田風 星子 短夜恋歌一つかにかくに 星子 裸にて駆け出すつむじ二つの子 貴代美 春日野の産毛光れる袋角 豊子袋角とは毎年、春先に鹿の角はぽろりと落ち、晩春から初夏にかけてまた新たに生え始めます。初めビロードのような柔毛の生えた皮をかぶっており、中は血管でいっぱいで柔らかい。それが袋角です。
2005.06.28
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花江夫人は小さなローソクをハンドバッグから取り出して、みんなに見せながら言った。「これは主人と一緒にバーに行くときに利用しますの。男は飲み始めるとキリが無いでしょう。だから、初めからこのローソク1本が燃え尽きるまでと約束させるざぁますの。みなさまもご利用なさったら如何?」一同は拍手をもって、夫人の機智をたたえた。 このパーティの帰途、夫人が特大のローソクを1ダースも買っているのを見た、ひとりの夫人が「あら、それもバーへ持ってらっしゃるの?」と聞くと、夫人はあわてて「とんでもない、これは寝室で利用いたしますのよ」・・・かように、もう手に入らない「洋酒天国」というサントリーからの出版小冊子(総数50ページ未満)から、ほぼ原文のまま、載せました。昭和34年当時、1年分予約なら300円、1冊30円だったようですが、粋な本でしょう?
2005.06.27
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早朝から家を出発して、大阪は天満のドーンセンターにて78歳の1期生から現役の59期生、総数250名が一堂に会して合唱の真髄を味わって来ました。1~18期生が第一グループ、48~56期生が第七グループという具合に七つのブロックに分かれて演奏しました。創成期は16名にて手探りでハーモニーの魅力に惹き込まれ、黄金期には総勢150名の合唱団に膨れあがり、今また16名の現役が伝統の灯を守ってくれています。昨年、岡山での交歓演奏会を共にした岡山の歌姫、中国短期大学フラウエンコールOG会:シャルマントウの皆さんも駆けつけて下さり、日本一の女性コーラスの高いレベルの演奏も聴かせて下さいました。 学生生活の4年間をクラブで縛られるのは真っ平御免の風潮を反映して、現在、どちらの学生合唱団も人数集めに苦労していますが、ハーモニーの美しさに青春の情熱を燃やし尽くしてしまいたいという純粋な若者が、60年もの間、各々の青春譜を刻んできた事実が如実に復元されたセレモニーでした。七つのグループはその時代のカラーを音色や選曲で表現しました。78歳と18歳の間には親子どころか孫に当たる年齢差があるのですが、歌を通じて一つに溶け合った貴重な時間をお互いに演出しました。・・・また4年後に元気な顔と声を出し合うことを誓いあったのでした。
2005.06.26
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昨日、胸躍らせながらテレビ画面を観た瞬間、日本女子バレー・チームの顔が変わっていたことに仰天しました。大山さんの顔がありません。アテネ・オリンピック組は山下キャプテン、大友、高橋、杉山の四人だけ。リベロも変わっていらっしゃる。一旦、血が引くような気分になりましたが、試合が始まってリードが広がりますと、旧チームとの違いがはっきりして来ました。先ず、レシーブ力のアップが顕著でした。そして多彩な攻撃はアテネ以上に変化に富み、スピードも格段についてきたように思いました。今夜は宿敵の韓国チームとの対戦ですが、きっと白熱した素晴らしいゲームになることでしょう。マラソンにしても、ゴルフにしても、男性とは魅力の度合いが違いますね。表情や身体の動きを通じて女性の方がアピールするものが強いということでしょうか。
2005.06.25
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こちら長岡京市の図書館の借り出し限度はわずか5冊。今回は家内2冊、おりくが3冊(こちらに住民票を移していないから亡母名義の図書券=違反ですが)。「行基の考古学」摂河泉古代寺院研究会編(塙書房)・・・これは大山崎での行基の足取りを調べる資料に。「1万円から楽しむ骨董」別冊家庭画報(世界文化社)97’11.1・・・これは目で楽しみながら知識を増やすため。「鍵穴から覗いたロンドン」スティーブ・ジョーンズ(筑摩書房)・・・これはちょっと隠れた知識を、ガイドの折、役に立つかもしれないと思って。 どんどん風化し呆けていく脳ミソに新風を送り込まないと、益々酷くなりますので、息抜きも含めて広い範囲から借りるようにしています。本日は間もなく日本女子バレー・・・懐かしいな。
2005.06.24
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鬱陶しい梅雨の季節に在って唯一の楽しみはあじさいを堪能できることですね。「あづ」はあつ(集)、「さい」は「さあい」(真藍)、つまり青い花が集まって咲く様子から名づけられたようです。花色は酸性土では青、アルカリ性土では赤紫色を呈するとも書いてありました。 「女という不思議を生きて紫陽花活ける」・・・これは梅田という女性の句ですが、時には頼り無げな、時にはふてぶてしく逞しい女性の精神力、生活力、世渡りの巧みさを含めた、或いは女は男次第でどうにでも変わりますよという皮肉もこめた女性心理の不可思議を詠って居られますね。「紫陽花の毬大きくてメロンパン」・・・これは首を垂れることなく瑞々しいメロンパンを掲げ刻々と変化する様をおりくが詠んだものです。大山崎町には円明教寺や大山崎山荘にも美しい紫陽花が咲いています。そこいらの門ごとには紫陽花や額の花が、空梅雨にもめげないで咲いていますね。
2005.06.23
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今日も午前中は地元の銀行や郵便局へ手続きに出かけました。昼ごはんはお茶漬けを啜り、愛馬自転車で大山崎へ駆けつけました。久しぶりにお会いした懐かしい顔ぶれ・・・、14人中10名の出席でガイドの会第一班の会合でした。亡父が遺してくれた「大山崎史叢考」吉川一郎著(創元社)を班長さんや諸先輩にお見せしたところ、もう手に入らない書物で、やはり、おりくが推察した通り、ガイドの会虎の巻もこの書物がベースになっているとの話でした。同期のS氏が大阪の古本屋で見かけたが1万円程の値が付いていて、買うに買えなかったとのコメントも頂戴した次第でした。 ところでもう一つのお知らせは、同じ班の御石芳枝さんがこの度歴史案内書を刊行なさったというニュースです。彼女は乙訓の歴史研究会の「自遊の広場」(現在95号既刊)の編纂に参加なさっていて、その中での民話を今回まとめられました。 「山崎橋物語」御石芳枝著(新風舎)<税込み840円>綺麗な絵のカバーのついた小冊で、民話調の語り口で山崎橋の歴史が綴られています。肩のこらない優しい本です。発刊部数が500冊ですがネットでも販売されているようです。勿論ガイドの会一斑は全員購入します。
2005.06.22
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雑用で本日も京都市内に行きました。昼過ぎまでは銀行巡り。どの銀行もお客さんで賑わっていました。てきぱきと、且つ思いやりのある応対をして下さった方もあれば、徒に時間を浪費する応対も・・・・。1時半ごろ家内と待ち合わせ、近くの蕎麦屋に直行。腰のしっかりした蕎麦とかやくご飯、蕎麦汁・・・。バス停へ駆けつけ妙心寺へと。バス停から小粋な店がありましたので、山椒風味のちりめんじゃこをお土産に。妙心寺の境内を北に進み東へ曲がり北へ少々行ったところに東林院がありました。見ごろは18日頃でしたが忙中の閑をぬって本日やっと沙羅の花に遇えました。マスコミの紹介では老木の不健康に触れていませんでしたが、樹齢300年、全長15mの沙羅の木はかなり弱り加減で、花が充分開かないまま、苔の絨毯に落ちていました。それでも親木の種から育った4、5本の樹木は元気で、綺麗な花(夏椿)をつけていました。お坊さんの巧みなガイドも二度聴くと空々しく感じました。やはり、”間”と、お客さんの反応をみながら臨機応変に話すのがコツだなと勉強しました。 酔芙蓉と同じように、一日花には憐れさを感じますが、それを演出したのが塀の向こうにある竹林の笹風の音でした。「人はあれだけ尽くしたのに・・・」と愚痴を言い勝ちですが、花は無心に黙って咲き、黙って朽ちる とお坊さんは唱えられるけれど、おりくには一日だけの短命のつぶやきが聞こえたのでした。なお妙心寺の南門近くの木辻通りを東へ辿ると、義経ゆかりの碑が随所に観られました。
2005.06.21
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暫らく雑用をこなさなければならないので、京都市内に出る頻度が増えます。久しぶりに自宅に寄って必要なものを持ち出し向日市役所での用を済ませたあと、その足で京都市内の区役所に行きました。申請する人が随分多いのに驚きました。それにしても本日の暑さったら7月下旬並み。やはり空梅雨になってしまうのでしょうか?岡山あたりでも給水制限がありそうな気配ですから、こちらもいずれそうなるのかも知れません。おりく達は出かける前に、予め麦茶をペット・ボトルに半分凍らせておき、残り半分に麦茶を注いで、保温機能のついた容器(銀紙みたいなものを張り巡らせた布製)に入れて持ち運びます。これならいつまでも冷たい麦茶が飲めます。陽射しの眩しい街を歩きながら、マラソン・ランナーが頭から水をかけている気持ちが理解できました。真夏の敵は”熱中症”。なぁーに大丈夫と高を括っていたらどえらいことになります。適量な睡眠・栄養・運動を考えながら過ごして参りましょう。少しでも涼しくと思い、散髪屋にて整髪して貰いました。
2005.06.20
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先日から庭に紫式部の花が咲きだしています。あまりにも小さな花なので、あまりにも薄い紫なので気づかずに過ごしそうでした。実紫になるのは10月。季節はどんどん行き過ぎるのですね。本日は閑静なこの住宅街の数箇所で草抜きがありました。おりくがこの地へ引越して来たのが17歳の時ですから、ご近所さんは老齢者が殆どなのですが、そのお子達が所帯を持たれ、同居や近所に住んで下さっているので、デッド・タウンは免れています。それでも矢張りお年寄りの殆どが草抜きには参加されませんでしたので、公園の草抜きのノルマは大変でした。おりくは当初から自分のできる範囲を徹底的に綺麗にしようと考えていましたので、抜き忘れのないように努めました。漸く終了の合図がありましたので、真っ先に終わらせていただきましたが、自分の担当した箇所がくっきりと黒土色を呈していましたので満足しました。ご褒美はお茶の缶一つ。全身びっしょり汗だくになっていましたので、家でシャワーを浴び扇風機に当たってから呑みました。嗚呼、爽快♪ 夕方、家内と長女、長男が来てくれ、父の日をケーキで祝ってくれました。家族四人が揃ったのは、忌明け法要の日以来、久しぶりでした。
2005.06.19
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京鹿子句会先師のご内室で満97歳のY先生が先日2400句もの句集を上梓(刊行)なさった祝賀会がありました。Y先生は五感というか触覚が冴えていらして、50、60歳の人よりも遥かに若々しい句をお詠みになられます。 心して恥をかきます花粉症 地虫出づ石屋の石も浮き腰に 人間の物さしのみで青き踏む老いとか孫などは題材になさいません。まるで宇野千代さんのような行動派で、本日は俳句の話は一切やめて楽しくお料理を頂きましょうと場を明るくなさいました。馬子唄などのお声も若やいでいました。二次会では16名ほどが岡崎神社近くのニューサパーという会員さんのお店で賑々しく、和やかに歌いました。 さて昨日は鱗華句会で、季題は短夜(明易し)、羅(うすもの、絽、紗)でした。 絽の女の軽き足取り交差点 幸子 幸子さんはこの句会では一番新しい会員さんです。澄み切った句を詠まれる方です。 羅を着て羽化せりと微笑めり 克己 絽の帯を解けば明治も平らなり 健二 婚の荷は母の仕立てしうすごろも 数子 羅の身八ツ口よりきゃらこぼる 曼莉 陰干しの絽袈裟くぐりて郵便夫 政利 絽の着物重ねし色に波紋生る 淑子 太り肉(ジシ)それも愛敬絽の妻女 星子 羅や風の持てくる青に揺れ マツエ 一つなる本心探れば明易し 道代 短夜の靴音のみの色なき夢 曼莉 魂の抜けし門灯明け易し 正 おりくの詠んだ句は 豆電球淡く残りて明易し 星子正さんの句の見事さに感服しました。 明智勢ゆめ托生に明易し 星子 短夜や少女羽化する白蛇伝 真隆 娶る子へ言葉少なの短き夜 数子 短夜の醒めて大風呂敷の夢 政利 季題以外の自由句では 河骨の直立不動のこころざし あさ子 まっさきにあの男いて行々子 真隆行々子とは葭切という鳥のこと。 泰山木咲きて四辺のしづもれり 真隆この句は見事ですね。 麦秋の弥陀の御衣(オンゾ)のゆるまとひ 政利 卯の花を腐(クダ)す日々なり無精髭 興胤 筆箱のからから鳴りて梅雨に入る 薫子 ががんぼの己が重心探しをり 曼莉ががんぼとは蚊に似た足長の虫。 たそがれのどくだみの花十字切る 薫子 冷奴古希の頑固を懇(ネンゴ)ろに 千恵子 日々夜ごと秘密めくやに七変化 興胤 葉桜の影ふかぶかと十石舟 昭子 夕日落つ最上階の夏料理 昭子 光の粒まとひて高し柿若葉 幸子 堂普請鴟尾(シビ)の吐息は下闇に 興作皆さん、あれこれ工夫して詠んでおられました。
2005.06.18
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本日は驚いた。句会を終えて、いつもの三猿がつるんで居酒屋の暖簾をくぐり、俳句の談義三昧。呑み直しにゆく先輩猿二人と袂を分かち、ふらふら木屋町界隈を南へ向うと、阪急地下乗り口近くに異形な若者の群れを発見。問えば立命館大学の”和太鼓どん”というクラブのライブを挙行するとのアンサー。おりくは彼等の瞳の輝きに、「これは行ける」と直感した。岩手県は”七つの頭(ズ)の舞い”に魅せられた若者が真摯に、その世界を探索するという奇縁から端を発したという経緯。先ずは二年生ペアー舞い。脇の振り、手振りのしなやかさ、身のこなしのメリハリに、つい惹き込まれてしまった。続いて三番叟みたいな取り合わせの四人の舞い。それから随時繰り広げられる絵巻物。何故、彼等が如き学生にかくも見事に舞い納めることが出来るのだろか?やれ背筋を伸ばせ、あの場面は鋭角に剣を振りなさい、四人が等間隔を保ちなさい・・・等々、おりくなりにアドヴァイスをしました。勿論、義捐金:総額6千円も惜しみなく拠出しました。偶然とは言え、今宵の絵巻物の、夢とも現とも知れぬ成り行きに、京のふところの深さを再認識したのでした。
2005.06.17
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空梅雨と思いきや、朝夕そぼ降る雨にいろんな生き物が成長を始めます。トマトの苗に薄黄色の花が隠れ咲く。樹林の陰で見落としていた白い蛍袋。近くの畑まで足を伸ばせば胡瓜やかぼちゃの黄花。天神さんの紫陽花は青、赤紫の毬を群がらせ、額の花は幾何学的な、まるで分子構造のような造形を呈しています。大好きな高橋治氏の「春夏秋冬 ひと歌こころ」(新潮社)の頁を繰ると北原白秋の「城ヶ島の雨」の歌詞が載せてあって、子供の頃から利休鼠はどんなネズミかなとずうっとそう思い込んで居たと書いてありました。おりくも全く同様で、詩全体のバランスからはみ出てしまうネズミを不思議に思いながら過ごして来ました。これは色地のことで、鼠が勝つと途轍もなく地味で、緑に寄ると派手になってしまうという粋な色地のことでした。茶系の利休茶なら着こなし易いようですが、利休鼠色はその点難しいという話です。”利休鼠”についてはネットの世界で多々紹介されていますので、検索して御覧下さい。 以前、”紅(ベニ)”本来の色について、おりくの日記で採り上げたことがありましたが、銀色した、むしろ黒っぽい緑で、それを伸ばせば深紅色になるとのことでしたが、正に”利休鼠”は昔の紅の色に近いのかも知れません。山を覆い尽くす若緑色の樹木は、やがて濃い緑色に沈んで行きます。 八月や大人色した山となるという句を詠んだことがありますが、瑞々しい緑は梅雨明けを以って深緑色に変わってしまいます。深緑色から茶系まで歳を食ってしまった初老のおりくは、心の中をオモト(万年青)に染め、真っ赤な情熱(秋に附ける実の色)を絶やさないように心がけて行きたいと願っています。
2005.06.16
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この句会はY・Sさんが主体的に運営なさっている部で、京鹿子句会の同人が沢山参加なさっている句会ですが、おりくの相棒のT氏が入院中ですから、主宰を除けば男性はおりく独り、正に女護ケ島です。野風呂先生の嫡流M氏に例の短冊をお見せした処、照れくさそうなお顔で喜んで下さいました。 誘ひなき誘はれもなき田の蛙 博子 夕焼の雲一片をふところに まさ栄 ここは十九番地路地日傘の妓 けい子 森の色着て六月の森の中 翅英 閻魔堂閉ざされしまま走り梅雨 星子 黒蜥蜴(トカゲ)切れし尻尾が主犯格 けい子 更衣して風音に敏くあり 知紅 鉄線花集印帳は二冊目に 冨由木 埋められぬ手帳の余白梅雨の入り 均 青鷺の孤高水面の影を追ひ 百合子 無住寺の剥落の塀青時雨 冨由木 捨てきれぬ夢の余韻や濃あぢさゐ 百合子 さんざめく柿の葉あたり梅雨きざす 星子 語らひを一駅のばす青夜かな 均 青葡萄異郷の墓地の明るさに 茉明 南天の花しゃんしゃんと巫女の鈴 星子 羅針無き蟻一匹の迷ひ文字 星子
2005.06.15
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明日はどうも雨になりそうなので、押入れ二つを整理しました。先ずは居間に作りつけになっている洋服ダンスの上の押入れには、父が集めた複製画や特集記事の絵などが、洋服箱5つにびっしり詰まっていました。捨てるに忍びないので、そのまま保存。古いカレンダー10本は捨てることに。カレンダーの絵の部分のみ保存してあるものは、そのまま保存。宝塚歌劇の鳳蘭などのポスターも保存組へ。掛け軸の中身の点検。仏間の押入れも一通りチェックしました。夥しい短冊、立派な短冊本になっているものには、高浜虚子や山口誓子の短冊、虚子の色紙なども先々師:鈴鹿野風呂の短冊などに混じって出てきました。それから、吉田家蔵と銘打った桐箱には、安藤廣重の「東海道五十三次」の浮世絵を綴じたもの、お江戸日本橋から京都までの宿場の画、美術館などでお目にかかる馴染みの浮世絵でした。整理ものばかりしていると疲れるので、夕方は近辺を散歩、明日の句会用の材料仕入れです。おりくの所属する句会の副主宰の10歳の時の短冊を、明日の土産に持参します。きっと驚かれることでしょう。
2005.06.14
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昨日は千里エコーの1~18期生(当日参加予定77名)の40名が千里山の教会で26日の本番に向け、3曲練習しました。永年、合唱から遠ざかっている人も多数居られたのに、其処は昔とった杵柄で、そこそこ巧く纏まりました。本日は家内と長岡京市歴史街道記念スタンプ・ラリーの一部を集めに出かけました。手初めは、サントリービール工場、続いて”長岡京”発掘の功労者:中山修一さんの記念会館。幸い、長岡京のガイドの会の方が居られて、1時間以上、みっちり説明を聞きました。次は勝龍寺、すぐ近くの勝龍寺城公園。それから百円ショップ、いずみやなどに寄り道して実家に戻って来ました。 ようやく日輪の勢いが衰えてきましたので、垣根の葉刈りなど、明日のゴミ収集に合わせてゴミ袋2つ拵えました。夜は夜で小泉川へ散歩し、蛍を観て来ました。昨年の今頃は、一匹だけ母にプレゼントしたことを思い出しました。どうも今年は蛍の数が少ないようですが、これから毎晩、観に行くつもりです。
2005.06.13
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随分以前にもこの日記で紹介したことがありますが、元首相:宇野宗佑氏は図らずも女性問題で国家の宰相の場から引退されましたが、歴史学者、文筆家としても一流の人だったと思います。前回とは別の書物「中仙道守山宿」<有限会社青蛙房(セイヒボウ)>では、旧家の総領として、滋賀県守山市に関わる歴史を詳細に綴って居られます。七五三の膳、杜氏来る、兎狩り、鴨、象、蛍、地蔵盆、風船、草もみじ、伊勢参りなど、過去の文献や祖母からの聞き伝えなどを参考に史実をも交えながら見事な文章で紹介して居られます。 また日本でも指折りの人形収集家として、酒蔵を利用した人形館に、日本は勿論世界各国の人形を展示して居られるようで、数年前、家内と訪問した時は時間の都合で拝観できませんでしたが、いずれ機会を見つけて宇野さんの集められた人形を観たいと思っています。宇野さんの学者たるところは、古文書を解読できる、あらゆる地域から参考文献を繋ぎあわせる、唄や写真も添えるという丁寧さにあります。参考までに蔵人唄を添えておきましょう。 酒屋男と 鶯どりは 寒さこらえて 春を待つ ほれて通えば 五尺の雪も 浅い霜じゃと 言うて通る 酒屋男に どこが良うてほれた 足のきびすの あかぎれに亦別の唄では 酒の神様 松尾さまよ 造りまします 五万石 お酒飲む人 皆神様よ お神酒(ミキ)上がらぬ 神はない お酒のむ人 心(シン)から可愛い 酔うてくだまきゃ 尚可愛い 松尾神社の祭神は「オオヤマクイノカミ」で、上賀茂神社の祭神「ワケイカズチノカミ」の父だったとはおりくも知りませんでした。虎は死んで皮を残しますが、私たちも、何らかの形で人としての息吹を遺しておきたいものですね。
2005.06.12
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昨日の午前中に合唱の日記を書き込み、大急ぎで昼飯を済ませ、長岡での句会に参加したその足で一路大阪の家内の実家に宿泊。本日は午前中に義弟の車で老人健康施設に入所中の義父に逢ってきました。一度この施設で転倒した義父を気遣い、スタッフの方々は室内よりも廊下で介護する方法を選んで居られます。運動不足が招いたのか、車椅子の使い方がレベルダウンしていましたので、義父には廊下二往復にチャレンジして貰ったところ、以前のように上手に運転も出来、背筋もしゃんとして来ました。 ところで昨日の季題は「梅雨」「蟻」でした。 空梅雨の罪を並べて水を遣る 千恵子偶然、おりくの下5も水を遣るでした。 浮かれ梅雨見極め難く水を遣る 星子これは明らかに「罪(不満などの小さなもの)を並べ」に軍配が上がります。 梅雨きざす空割りパトカー急行す 道代 梅雨寒の舟屋は夜を櫛ならび 政利 梅雨寒や納骨堂の長き廊 数子 梅雨じめり畳・襖の無き暮らし 好子 早暁の貴婦人の名の梅雨茸 貴勢 ぎこちなき襖の滑り走り梅雨 数子 海境や移住の老人(トモ)へ梅雨早し 素朋 ぬけ殻を舁(カ)く蟻昭和古りにけり 政利 大蟻がホクロとなりし石仏 美智子 作務僧に掃き残されし蟻の路 美里江 恵解(イゲ)古墳古代の蟻かと追ひかける 桂人 年寄りの仕事の傍を蟻走る 扶美 柳生路の代々そこは蟻の穴 道代さて席題は「枇杷」。2,3分以内に各人が詠むのです。 枇杷熟るる産婆看板朽ちにけり 政利 ため池に枇杷すずなりに村の昼 扶美 陽の中に枇杷輝きて雨予報 幸子 枇杷熟るる子沢山は今昔し 千恵子 枇杷二つ供えて仏壇明るうす 星子 枇杷食めば祖母の口ぐせ種がねえ 桂人俳句は好調な時もあれば、不調な日もあります。日頃檜舞台に立てなかった人に秀句が生まれた時を、おりくは大いに嬉しく感じています。
2005.06.11
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昨年8月の最終日曜に、大阪城公園近くの”いずみホール”で東京混声合唱団の男性陣と合同で舞台に立ちました。日本の合唱曲は年々難しくなっていますが、その時の曲目も難解を極めるものでした。音符(♪)のつながりやハーモニー、リズムが過去に経験したことの無い難度なのでしたが、何とか謳えて良かったナ。それから数回の舞台を最後に、母のフォローを重視して合唱から遠ざかっていました。来る26日は4年ぶりに関西大学グリー・クラブのOBが一堂に集まり、ハモルことで楽しい時間を過ごすことになっています。一期生は80歳手前、昨年大学を卒業した新OBとは親子以上に歳が離れていますが、いつも和やかにして、関大独特の”バンカラ”色に染まります。 で、明後日は大阪は千里山のシオン教会で一期生から18期生までの第一グループの合同練習が行われます。物置を整頓していますと、おりくが関大グリー現役当時の、また後にも先にも一回こっきりの関西合唱界で第一位の栄誉に浴した年の楽譜、課題曲と自由曲(これはドイツ語)が出てきました。半世紀以上にわたる関大グリー・クラブの歴史において、各人その時代を担った時をめいめいが黄金時代だと自負しているのですから、公平にして男っぽいサークルであると思っています。関西お笑い界の代表:吉本興業の社長に就任なさったのはおりくの2年先輩のY氏、大手薬品メーカーの社長に就任なさったのは現役の時も、OB団体の”千里エコー”の指揮を永年振るって戴いた3年先輩のI氏、他にも大手の会社で学会から表彰された1年後輩のO氏・・・・プロのミュージシャンとして活躍中のM氏、既に2冊の本を出版している人など、多士済々です。 おりくにとって、俳句の友、合唱の友、呑み友達、ガイドの友、そしてインターネットの友もすべて宝物です。多くの方からエネルギーを吸収して、それを一旦おりくの浄化槽で加工しながら、再び多くの人々にパワーをお届けすることが”おりくの生き甲斐”です。今後ともご支援賜りますようお願い申し上げます。
2005.06.10
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亡父すばるは興味を持ったものには徹底して蒐集する性癖を具していましたので、家屋の中は勿論、溢れたものは物置に追いやられていました。こけしは当時、一本300円ほどのものでしたが、鳴子地区に限らず通販などで集めていたように思います。本日のNHK「生活ほっとモーニング」は鳴子温泉郷を採りあげていました。おりくが子供の頃、このこけしを綺麗だなと愛ずる一方で、恨みに思ったりもしていました。それは本来衣服が収まるべき整理ダンスに、畏れ多くもかしこくも、こけしどんの寝台であったからでした。こけしだけでなくトランプ、切手、古銭、宝塚スターのプレート、ビデオ・カセット、美術書・・・などが増えて行くにつれ、とうとう段ボール箱に詰められ、物置小屋へと島流しに遭ったこけしの末路なのでした。今、玄関に超大級3本、洋間の飾り棚に中くらいのが5本、そして黒色のビデオ・ケース(ガラス戸つき)には小物のそれが10数本、まるで遺構から掘り出された遺跡物のように、日の目に当てられています。 義経が平泉の藤原秀衡の足下に逃れる道すがら立ち寄ったとされる鳴子で、赤ん坊をあやす為に弁慶が考えたとされるこけしの前身。それが累々と芸術性を高めつつ、製法によって泣き声まで鳴らせるように工夫されたということです。亡父すばるは美への憧れが強かったものですから、筆遣いの美しいこけしに魅入られたのもうべなる哉と思います。鳴子だけでも60名ほどの作家が居られ、個々の文様や表情に特色を出して居られるようです。亡父の魂が甥に乗り移ったのか、長姉の子が何度も鳴子を訪れ、すばる以上にこけしの虜になっているようです。こけしに絡む専門書、こけしの幾つかを彼はこの家から自分の手元で大切にしてくれています。それでも段ボール箱10個ほどのこけしが物置で寝泊りしています。大阪の帝塚山の住宅に居た頃は、床の間が一間半ほどあって、その飾り段に同じ作家の同じガラのこけしが大小15体ほど並べてあった時は壮観な眺めでした。亡父すばるは蝋を沁み込ませた布で毎日拭き磨いていました・・・・。あれから半世紀もの日数が過ぎ去りました。それでもこけしの表情に変わりは無く、いつも柔和な笑顔を見せているのです。これは亡父の微笑みかしら・・・。
2005.06.09
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物置小屋を整理していて季刊「銀花」という雑誌が二十数冊ありました。少し汚れているので古新聞屋さんに渡してしまおうかと一瞬思ったのですが、ページを繰りますと、おりく好みの渋い内容で、家内の好みにも一致していましたので、保存することにしました。1973年春の第13号には「日本のかるた」と題してカルタの紹介をしていました。天正かるたは舶来のものを真似て作ったカルタの元祖にあたり、その類型が「うんすんかるた」で75枚一組、金地で、絵入りの麻雀札のようなイメージがします。「銀地自賛歌絵入り歌かるた」・・・平安時代から伝わる貝覆と外来種のかるたのミックス版で、表裏とも銀地、雅趣に富んだ絵が描かれていて元禄時代の黒田家のもの。百人一首の絵に風景部分が加わった雰囲気で、とても情緒があります。「絹地古今集絵入り歌かるた」・・・絹地に金箔を砂子のように散らし、金泥を刷き、古今集の意味にちなんだ、伸びやかな曲線をもつ絵が、上の句の下に添えられたもの。 また、「将棋駒形歌かるた」(略)や「櫛形三十六歌仙絵入り歌かるた」・・・これは金地に極彩色の三十六歌仙札で、画匠の腕は相当なレベルです。他にも、絹地・金蒔絵・板地の百人一首なども上等です。一方、貴族の子弟の一般教養を高める目的で作られた「職人尽(ツクシ)絵合わせかるた」は、表裏とも金無地で、扇子屋、大工、傘屋などが50対になっています。「女武者かるた」(略)、「大名船印絵合かるた」・・・帆掛け舟の帆に家紋を描き、同じ紋を合札とし、「下座見かるた」・・・諸侯の家紋、知行、石高が書かれ書画一対となる遊び。「野菜青物尽絵合かるた」、そして今でも使用される「花合かるた」(花札)、「道才かるた」、「上方いろはかるた」、「赤犬棒かるた」などが紹介されています。ものを大切にしなければ、文化を残すことも出来ませんね。それでも不要なものは着実に処分していかないと、道具、書物、ゴミに埋もれてしまいます。
2005.06.08
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今週末から天気が悪くなりそうなので、物置(その2)の戸を開いて先ずは、こけしの箱を8つほど出し、いろんなものを北庭に並べて、点検してみました。ビデオテープはこの物置にもわんさとあります。宝塚歌劇の舞台を録音したカセット・テープも尽きることなくあります。宝塚の脚本集も、看板も・・・。いろんな人から戴いた句集や京都に関する書物、俳句の書物、旅の本・・・そんな中、「大山崎史叢考」吉川一郎著(創元社)を見つけました。そこそこぶ厚い本で、大山崎にまつわるいろんな史実を紹介しています。ガイドとして、この書物で基礎をしっかりつけておこうと思いました。本日も、おりくの部屋の模様替です。本棚を物置にあるものを運び入れ、すっきり感を出してみました。兎に角、蔵書が多いので、本に押しつぶされる夢を見そうな気がします。
2005.06.07
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京都は真夏の太陽が照り続け、庭の土がすっかり乾いていました。きっと主婦には嬉しい洗濯日和。入梅前の天の恵みかな?昨夕に干した洗い物もすっかり軽やかに輝いています。本日は琴の橋での句会。城主宰は昨日の多忙の疲れも無く、私たちの指導に当たって下さいました。 女哭く撫で肩白き蛍袋 星子 男に甘えるかのように女が忍び泣いている情景を白い蛍袋で品を取り戻すように詠んでみました。おりくを除いた9人中、8人からの選を頂戴しました。 堰を切るをんなの情念夏の月 星子下5の夏の月で俳句らしい余韻を残してみました。 装丁は朝焼け色の「祇園曼荼羅」 美絵これは主宰の上梓(ジョウセン=刊行)への祝い句で、朝焼け(夏の季語)に主宰もご満足でした。 発光体猛毒なれど恋蛍 美絵実際にあの光源は毒を含んでいますので、食してはいけないとか。これも妖艶な句の一つですね。 横切(ヨギ)りつつ蛇のいのちのかがやけり 貴代美 蛇は石垣の隙間、草藪の下、縁の下など暗い世界で生きるのが日常。一念発起で獲物を求めて命がけの猟。水気を含んだ蛇の皮膚が強烈な太陽に反射する情景。既刊の先生の蛇の句 蛇穴を出て石女(ウマズメ)にまたがれし 貴代美余人には真似の出来ない個性を感じます。 浜昼顔鉄橋渡る夢を見て 明美まるで中島千尋さんの絵のような童話の世界。同じ作者の 出目金のうわさ話にアップアプ 明美一方、主宰は以前 眉剃って夜の金魚になるつもり 貴代美やはり、この域はプロの世界ですね。 眩しみて幹ひびきあう夏木立 容子中7と下5が素晴らしいので上5(例えば地名)を工夫すれば満点でしょうね。 黒揚羽見失なひたる女坂 容子先月の光明寺をまとめられたのでしょう。黒衣を着た妖精に誘われて森深く登っているうち、重なりあう若葉の影に妖精を見失った・・・夢か幻か。 キャタビラの戦車のような田植かな 信 足許の毛布たぐりて若葉冷 信今年の春夏の不順な移ろいを詠まれています。 前世より願いひきづる蝸牛 静余り例句を見ない新しい捉え方です。 瓜もみの手つきこのごろ堂に入り 孝一胡瓜もみ・・・が原句でしたが、主宰の朱筆にて秀句に。 リハビリや励み励みて春くるる 八百一主宰の改作 今日もまたリハビリテーション春くるるおりくの改作案 百度踏むリハビリの日々春暮るるまた 春潮に同級生住む島一つ 茂典 作者に聞けば、友人は九州の鬼界ケ島に住んで居られるとか。そこで主宰は 春潮や鬼界ケ島に友の住むまた八百一さんの 薫風に髪梳かせをりバイクの娘は主宰の手で 薫風の髪なびかせてバイクの娘に朱筆を入れればスピード感が出て来ますね。俳句の推敲の妙味です。
2005.06.06
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先日から楽しいことが二つありますと言っていた一つが昨日のファッション・ショーで、もう一つは向陽俳句会主宰、城先生の第二句集「祇園曼荼羅」出版記念パーティで、本日、京都は御所の西に在る「平安会館」へと急ぎました。城先生はおりくより年下の女流俳人ですが、多彩な人生経験を臆することなく句に認(シタタ)められて来られました。先生の俳句の評は酷評に近い時も多々ありますが、一枚の舌しか持たない人生道を歩いて居られ、後輩の才能を育てようとする情熱にいつも感動を頂戴しています。「雷鳥」の主宰や連歌の高城修三先生、その他京都大学の教授、京都新聞の専務さんなど、錚々たる御歴々がご出席、祝辞を述べられました。城先生の交友の層の広さに感服しましたが、将来、日本を代表する異色女流俳人になられる勢いを感じた次第です。句の材料は男女の生々しい愛ですが、さらりと詠まれるところに彼女の魅力があるのでしょう。御句については後日一部ご紹介します。宴がはねて、おりくは御所を抜け、押小路通りを東へ歩み、”面庄”、”竹影堂”、”松濤庵”、”レストランBistoro”、”出石庵”・・・めぼしい店を記憶にとどめて四条河原町まで散策しました。
2005.06.05
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懸賞にめっぽう強いおりく夫人については再々ご披露済みですが、今回も京都のファッション・ショーの招待券を引き当てました。入れ替え制三回興行延べ3600名が招待されていました。場所は京都国際会議場。自宅の家内と実家のおりくは阪急:桂駅で待ち合わせ。桂駅ではお互い手を振って居場所を確認しました。四条烏丸から地下鉄に乗り換え、終点の国際会議場駅で降り、レールに敷かれたように催し会場に引率されました。先着順の2時間前では36番目ぐらいの場所に座り込んで開場まで待つ試練を経ました。正午から始まった組の1200名ほどが、ゾロゾロゾロゾロと帰って行きました。開場の時間になると一斉に良い場所を求めて座席の確保。数年前の招待スターは雛形あき子さん。今回はユン・ソナさん他1名。1200名が座席に落ち着いた頃、先ずは太鼓の演奏から本日の火蓋が切られました。最初は洋装でのオン・パレード。二タ廻り目から、モデルさんはそれぞれの個性で勝負なさっていることに気づきました。薄物の洋装だと、ヒップ辺りが生地を通してTバックの存在とお尻の肉丘さえ見えるようでした。幕間はお」坊さん16名ほどで声明を聴かせて貰いました。先ほど、個性について触れましたが、モデルさんそれぞれに個性面を研究尽くして居られるようで、抜き足挿し足偲び足風情の特殊な歩き方、妖艶な髪型のモデルさんや首を振りながら登場する人、陰気ににらみつける個性派・・・。まるで竜宮城みたいに華やかな作品が紹介されます。 ユン・ソナさんは可愛い感じでしたが緊張の面持ちで、矢張りプロのモデルさんとは大きな隔たりがありました。蛇のくねりにも似た、しなやかさ。舞台の設定にいろんな工夫が施されて居るようでした。客を飲み込むレベルの面白さ。いろんな作品に接する機会でしたので、大いにパワ~を貰った土曜日でした。
2005.06.04
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気温の上下、湿度の変化。沖縄はもう随分前から入梅しています。銀行員時代、来る日も来る日も雨模様で近隣外交はドア・ツードアで自転車でかけずり回ります。疲れて帰宅した時、背広には何だか湿っぽい重さがありました。 蝸牛目立っていいのか悪いのか 和子 口語体の句で作者の一本気な性格が17音に詠まれているようですね。通常の人よりもパワーがあってオーラーの発信地的な人は、自分では普通のことをしている積りであっても、世間の人から見れば奇異に見られないでもありません。自惚れもなく只管(ヒタスラ)一生懸命に物事に当たるだけであるのに、やっかみ半分に見られている負い目を感じる時もあります。それがこの種の人の悩みでもあります。緑の葉陰にじっとしているカタツムリを見ながら、ナイーブに悩んでいる姿を多くの人は気づかないものです。
2005.06.03
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最近ブームになって来たものに浴衣がある。あと一月半もすれば祇園祭り、そして花火大会の季節へと移ろう。年嵩の行かぬ娘も、中年の女性にあっても手軽な値段で着易い和装が楽しめるのだから人気を呼ぶことも頷ける。お稽古帰りの舞妓さんの浴衣姿は首ったまが細く、髷の赤鹿の子も初々しく、実にあどけない風情を感じるものだ。 浴衣着しわが娘にはなき座り胼胝(たこ) 悲しいかな、いずれこの句も理解して貰えない時代が遠からず来ることだろう。もう50年もすれば座りダコのあるご婦人は皆無になってしまうのではないだろうか。足の踝(クルブシ)には、我々の年代の男児にも座りダコなるものが存在している。夏物のワンピースを着ていた祖母などの踝は、黒光りするほどに目立っていた記憶が生々しい。
2005.06.02
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底溜りの疲労感が残っていて、句作が思うように進まないまま、大山崎の句会に出席しました。二ヶ月ぶりの参加です。男性8、女性6の14名。二ケ月分の不在投句その他もありました。借りている部屋の椅子が14名分、会員は20名ですから、いずれ部屋の変更が必要かも知れませんが、丸テーブルと上等の椅子への未練が断ち切れません。 蛍光灯切れる前ぶれ走り梅雨 八代 ”前ぶれ”と”走り”が重なっているとの指摘がありましたが、長々と続く梅雨への苛立ちの予期を巧く表現なさっています。(参考までに <ホッチキスの玉切れるとき梅雨に入る>の拙句がありますが・・・) しゃぼん玉地球ふはりと廻りをり 三千子 太陽圏の一惑星として地球を見れば、或いは宇宙飛行士が見た地球は、このように優しく廻っているのでしょう、戦火の絶えない今日(コンニチ)も。 朴の花巣箱に雛の気配あり 浩一郎 詠み手の人格の優しさを感じさせる秀句と思いました。新しい歳時記には巣箱は春の季語とされているようですが、朴の花を強調してありますので問題なしと思います。 実桜やシルバー割引く資料館 一征 昨日、長岡天満宮八条ガ池の堤を自転車で通った時、無数の小さな桜の実が艶やかにぶら下がっていました。食用になりませんが、人の心を和ませる実。現役を引退されたお年寄りに、ふと通じるものがありました。今の定年制は年齢を延長するか、その豊富な経験を活かして別のジャンルで雇用するのが賢明ですね。 夏至夕塀ながながと遠近法 峻 万緑の底に立ち居り八ケ岳 重田和子 多くの鑑賞者は八ケ岳に立って万緑を見ていると解され、底の意味に疑問を感じて居られました。峻さんの提言に依る<万緑の底より仰ぐ八ケ岳>にすれば理解が早かったのでしょう。要は連峰の擂り鉢の底から万緑を眺めて居られるのです。 山若葉時間泥棒して居りぬ 同じく 時間泥棒という言葉でいろいろ論議されました。プラスにとる考えとマイナスに取る考え。作者の説明では”時間泥棒”という書名を使ってみたかったとのことです。オリジナルの言葉だったら素晴らしいのにね。 悔やまれし咄嗟の一言薔薇崩る 裕江薔薇崩れるという表現をおりくは初めて知ったのですが、これも既に多々あるのだそうです。 団塊の世代十薬庭埋め 桃子 おりくの感性では十薬は庭や塀の片隅で素朴に咲く花と見るのですが、一方、団塊の世代は”消費は美徳”という風潮の折が思春期だった世代と思っていますので、おりくは頂戴しませんでした。桃子さんほどの詠み手なら、下5を埋めで止めるのも? 湖風をぐいと引き寄せ青田波 末子 米どころの近江ならではの句です。 生玉子一つ割る朝夏独り 豊 寒玉子ならぬ夏の玉子。不思議な寂しさ。 行き違ふ蟻触覚のハイタッチ 桂 面白い視点です。但し、蟻のタッチは何度も交換しているようですが・・・。 水の乙訓極上の心太(トコロテン) 桃子 大阪の住吉から長岡に引越して来て驚いたことは、水道水の美味さ、冷たさでした。今では少し味が落ちていますが・・・。 海ゆかば君に捧げむ紅珊瑚 星子 海ゆかば君・・・とは天皇への奉公との意味になるとの指摘がありました。<君を汝>に修正です。
2005.06.01
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