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単衣をお着替えになっても香りはあやしく、意外なほど中君の身に染みているのでした。『これほど香るとは、きっと何かあったに違いない』と、お問い詰めになるのですが、中君にとってはひどく辛く身の置き所もない心地がなさいます。「私はあなたさまを特に大切に思っておりますのに、あなたさまの方が私に背くなど、卑しい身分の者がすることですよ。あなたのお心が離れるほど長く六条院におりましたでしょうか。情けないことをなさるのですね」と、ひどく恨めし気におっしゃって、お返事もできない中君のことが憎らしく、「また人に なれける袖の移り香を 我が身に染めて 恨みつるかな(私という夫がありながら別の人に慣れ親しむなんて。その移り香を私は身に染みて恨んでいるのですよ)」女君はあまりに責められてお返事のしようもなく、「みなれぬる 中の衣と頼みしを かばかりにてや かけ離れなむ(日ごろ親しんだ仲でいらっしゃるあなたさまを頼みにしておりますのに、このようなことで別れることになるのでしょうか?)」とお返事してお泣きになるご様子がひどく可憐ですので、『中納言が好きになるのも無理はない』と気がもめて、思わず宮もほろほろと涙をこぼしていらっしゃいますのも、好色なお心のせいなのでございましょうか。どんな過ちがあったとしても、とても恨み通せないほど可愛らしくいじらしいご様子の中君でいらっしゃいますので、一方ではなだめすかして中君のご機嫌をとっていらっしゃるのでした。
December 27, 2024
匂宮は今までの無沙汰に心を痛められて、急に二条院へお帰りになったのでした。中君は、『宮さまを、お恨みすることなどできないわ。すねている様子もお見せするまい。宇治へ行きたいと思っても、頼りとする中納言様が困った料簡をお持ちになるのですもの。どうしたものやら』と思いますと、世の中がひどく窮屈で生きづらく、『やはり女は辛い身の上なのだわ。ならばせめて生きている間は成り行きに任せて穏やかに暮らそう』との思いに至って、可愛らしく素直に振る舞っていらっしゃいますので、宮はたいそう嬉しくお思いになり、長い間の無沙汰を限りなくお慰めになります。中君はお腹も少し目立つようになり、腹帯が引き結ばれている様子などがたいそう愛らしく、妊婦をご覧になったことがありませんので珍しくお思いになります。いままで気の置けない六条院にいらしたので、二条院にお帰りになりますと万事が気楽で懐かしくお思いになって、あれこれ優しくお約束なさいます。中君は、『男の人というものは、こんなに口の上手いものなのかしら』と、昨夜もしつこかった中納言の様子も思い出されて、『長い間ご親切なお方でいらっしゃると思い込んできたけれど、昨夜のような下心を見てしまっては、あるまじき事と思うにつけても、この先のお約束など頼みになるまい』と思いながらも、少しは心を惹かれるのでした。『それにしても、すっかり油断させておいて御簾の内に入ってくるなんて、何ということをなさるのでしょう。お姉さまと実事がなかったということはほんに奇特ことではあるけれど、やはり中納言には心を許すべきではないわね』と、用心なさるのですが、宮のお越しが途絶えがちになりますと、中納言がこの時とばかりにやって参りますのでひどく恐ろしく、それをはっきりおっしゃることはできませんけれども、以前よりは宮を引き留めておくようお振舞いになります。宮はそのような中君をたいそう愛おしくお思いになります。それでも世の常の香りとは違った中納言の移り香が、はっきりと中君の衣にしみ込んでいますので不審にお思いになり、「中納言と、なにかあったのですか?」と、お尋ねになります。中君は言い訳のしようもなく黙り込んでいらっしゃいますので、「やはり!こんなこともあろうかと不安に思っていたのです。今までずうっとおかしいと疑ってはいたのですが」と、お胸がどきどきなさるのでした。
December 24, 2024
夜がまだ深いうちに中君の元へお文が届きました。いつものように表面はさり気ない立文にして、「いたづらに わけつる道の露しげみ むかし思ゆる 秋の空かな(せっかくあなたさまのお傍まで参りましたのに無駄足になってしまいました。いつかの宇治での空しさを思い出される秋の空でございます)あなたさまの冷淡なお振舞いにつけましても、わけの分からぬ辛さばかりがいいようもなく募りまして、恨めしうございます」とあります。お返事なさいませんのも女房たちが変に思うかもしれないと思い、「お文、拝見いたしました。今はひどく辛うございますので、お返事は致しません」とだけ、お書きになります。中納言は物足りなくて、昨夜の可愛らしかった中君のご様子ばかりを恋しく思い出されるのでした世の中を少しはお分かりになったからでしょうか、驚き呆れていらしたけれども、ものなれた奥ゆかしい態度でこちらを辱しめないよううまく言い繕って、体裁よくお返しになった手際よさなどを思い出されますと、宮のことが妬ましくも悔しくも思うのでした。中君は宇治にいらした頃よりも成長なさったように思われます。『宮がお見捨てになっていらっしゃるならば、私を頼みにしても良いではないか。世間に知られるのは困るとしても、このまま宮に見捨てられるより人目を忍びながらでも、私こそ拠り所となるべきであろう』など、ひたすら中君のことを考え続けますのも、呆れたお心でいらっしゃいます。このように思慮ありげで賢しくおいでですのに、およそ男というものの心情とは、こんなにいやらしいものなのでしょうか。大君を失ったことは取り返しのつかない悲しみではあっても、こんなに苦しくはありませんでした。そのせいでしょうか、人妻である中君に対してはあれこれ思い慕われるのでした。「今日は宮さまのお渡りがございます」など、女房が言うのを聞くにつけても後見としての気持ちはすっかり失せて、胸がつぶれるほど苦しく、宮がひどく羨ましく思われるのでした。
December 23, 2024
男君は昔を悔いる気持ちを抑えがたいのですが、今夜もやはり思いのままに振る舞う事がお出来にならないのでした。恋愛関係での細やかに語り続けることが苦手でいらっしゃるのですが、このまま帰るには来た甲斐がありません。とはいえ女房たちの目も気になりますので、「まだ宵の口と思っておりましたが明け方になってしまいました。これでは見咎める人がいて、面倒なことになりかねません。これもあなたさまの不名誉にならぬための思いやりなのですよ」と、二条院をお立ち出でになるのでした。『中君がひどく悩ましげにしていらしたのは、ご懐妊ゆえのことだったのか。あの腹帯を見てしまっては、可哀そうで手出しもできなかった。我ながらいつも間抜けだな』とは思うのですが、『非情な行為は私の本意ではない。感情に任せた後は一層いたたまれない気持ちになるであろうし、そうかといって逢瀬を忍び歩くのは、私にとっても中君にとっても気苦労なことだ』と冷静になって考えるのですが、情熱は抑えられず中君が恋しくてたまらないのでした。逢わずにいられないほど狂おしいのも、どこまでも煮え切らないご自身のお心のせいなのでしょう。中君は以前より少し痩せておいででしたが、優雅で可愛らしいご様子は昔のままで、もう中君以外のことは考えられなくなってしまいました。宇治に行きたいとの願いを叶えてあげたいものだと思うのですが、『果たして宮はお許しになるであろうか。とはいえ、勝手にお連れするのは良かろうはずがない。体裁よくうまく果たせるには、どうしたらよかろう』と、考えてぼんやりお庭を眺めて臥していらっしゃいます。
December 22, 2024
中君は、『やはりこんなことになるのね。ああ、なんと嫌なこと』とお思いになって、お返事もなさらず中へ引き込んでしまわれました。すると中納言は中君について中に入り、ひどく馴れ馴れしい様子で添い臥していらっしゃいます。「宮には内緒で宇治においでになるほうが、私にとっては嬉しいことではございます。まさか聞き違いかと存じまして思わず御簾の内に入ってしまいました。それにしてもよそよそしい態度でいらっしゃるとは情けないことでございますな」と、お恨みになりますので、中君はお返事もできず反って中納言を憎らしく思ってしまうのでしたが、気持ちを抑えて、「思いがけないことをなさるのですね。女房たちがどう思いましょう。浅ましいことですわ」と、泣きそうな気配なのもお道理ですので、たいそうお可哀そうなのです。「このようなことで咎められはしないでしょう。これくらいのことは宇治にてもご経験済みでいらっしゃいましょう。故・大君のお許しもございましたのに、反って不自然でございます。私には好色者のような不埒な気持ちなどございませんので、どうかご安心くださいまし」と、たいそう落ち着いたお振舞いをなさるのですが、匂宮に譲ってしまった無念さ、悔しさを募らせていったことをよくよく訴え続けて、捉えたお袖を離す様子もありません。中君はどうしようもなく困惑していますのも、世の常というものです。なまなか気心の知れた間柄でもありますので、恥ずかしくまた悔しくついお泣きになります。中納言は、「おや、お泣きになるとはずいぶん子供っぽい」と、言ってはみたものの、言いようもなく可憐でありながら思慮深く、気品のある態度が、昔宇治で添い寝した時よりも殊の外女らしく成長なさったご様子を目にして、『自分で宮に譲ったくせに、今更こんなにくよくよするなんて』と、悔しさに「音ぞのみ鳴く」のでした。近くにお仕えする女房は二人ほどいるのですが知らない男が入ってきたならともかく、お二人とも親しい間柄でいらっしゃいますのでお側にいるのは具合が悪く、知らぬふりをしてその場を離れてしまいました。
December 21, 2024
さて中納言は次の日の夕方、二条院にお越しになりました。人知れず中君をお思いでいらっしゃいますので、自然身なりに気を配っていらっしゃいまして、柔らかなお召し物をぷんぷん匂わせておいでなのは、宮さまがあまりに仰々しくいらっしゃるからなのです。丁子染めの扇にたとえようもないほどの移り香で、中君のお部屋にお渡りになりました。中君もいつぞやの怪しい夜の事などを思い出されることが無きにしも非ずですので、匂宮とは違った真心のこもったお気持ちを見るにつけても『この方とご一緒になっていたならば』と、お思いになることもあるのでございましょう。中君はもう、幼いご年令ではいらっしゃいませんので、匂宮への恨めしく思うお気持ちを思いますと、何事につけても良くしてくださると思われるからでございましょうか。いつも几帳や簾を隔てていることが多いのも気の毒にお思いになり、今日は御簾のうちにお入れ申し上げて、ご自分は少し奥の方に引き入りてご対面になります。「先日のお文では特に『お召し』というのではございませんでしたが、いつになく参上をお許しくださいました嬉しさにすぐにでも参りとうございましたが、宮さまがお渡りなさると承りましたのでご遠慮申しておりましたところ、今日になってしまいました。さても御簾のうちに通されましたとは、年頃お世話申して参りました私の心のしるしを、やっとお分かりいただけたかと、嬉しく思っております」と仰せになりますので、中君は『やっぱり打ち解け過ぎたか』とひどく恥ずかしく、返す言葉もない心地がするのでしたが、「父のために法要を営んでくださいましたことを嬉しく存じておりましたが、ただ黙って過ごしておりましてはあなた様のご厚意に対して失礼になると存じまして、文を差し上げたのでございます」と、たいそうきまり悪そうに仰せになる声がひどく奥の方でほのかに聞こえてきますので、じれったくなって「おや、ずいぶん遠くにいらっしゃるのですね。あれこれお話ししたい世間話もございますのに」と仰せになります.中君は『なるほど』とお思いになり、身じろぎしながら近寄っておいでになります。中納言はその気配を耳になさるにつけてもお胸がどきどきなさるのですが、さりげないご様子で、『宮の御情愛は、さては決して深くはいらっしゃらないのだな』と察して、一方では宮をお諫めになり片方では中君を慰めもして、あれやこれやとお話しになります。中君は宮への恨めしさなど中納言に申し上げるべきことではないと思っていますので、ただ「世やは憂き」というふうに、言葉少なく紛らわせながら「宇治の山里に連れて行ってくださいませんか」と、たいそう熱心にお訴えになるのでした。「それは私の一存で承ることではございませぬ。やはり宮に直接申し上げてお願いなさり、宮のご意向に従うのがようございましょう。そうでなければ軽々しい考えを起こすことかなど、宮様の思し召しと行き違いがございましたらいけないことかと存じます。不都合がございませなんだら、宇治への送り迎えも私がいたしましょう。後ろ暗いところがなく、他の人にはない私の心のほどは宮もごぞんじでいらっしゃいますから」などと言いながら、中君を自分のものにできたのにみすみす宮に譲ってしまった過去の悔しさを忘れたことはなく、機会さえあればと、中君を取り返したい気持ちをそれとなくほのめかしつつ暗くなるまで御簾の内に居座っておいでになりますので、中君はひどく鬱陶しく思えて、「そのようなお話しでございましたら、気分も苦しうございますので、また心地のよろしい時にでも承りたく存じます」とて、奥へお入りになる気配がします。中納言は慌てて、「それでは、宇治へはいつ頃お越しになるのでしょう。ひどく繁った道の草も、それまでに少し払わせておきましょうから」と、ご機嫌をとるためにおっしゃいますと、しばし動きを止めて、「この月はもう過ぎてしまいましょうから、九月の一日あたりにでも、と思っておりました。ただ人目につかぬようにして参るのがよろしかろうと存じますので、宮さまのお許しを得る必要などございましょうか」と、仰せになる声が大君にたいそう似て可愛らしくお感じになり、いつになく昔を思い出でられてとてもお気持ちを抑えることができず、寄りかかっておいでになる柱の側に御簾の下からそっと腕を伸ばして中君のお袖を引きました。
December 19, 2024
ご婚儀の後は六条院の姫君のもとにいらして、二条院には心安くお渡りにもなれません。宮は重いご身分でいらっしゃいますので、夜はもちろん昼間も思うようにお出かけができず、昔紫の上が住んでいらした六条院の南の町におわします。六の君を避けているように思われてはなりませんので、日が暮れましても二条院にはようお帰りにはなれないまま過ごしていらっしゃいます。中君は宮のお越しのないまま待ち遠になる折々がありますのを、『こうなることはよく分かっていたはず』と思うのですが、『こんなに簡単に捨てられてしまうなんて。思慮があれば物の数にも入らぬ我が身を自覚して、高貴なご身分の方々と付き合うべきではなかったのだわ』と、宇治の山路を出てきたことがうつつとも思えず、悔しく哀しく思われて、『やはり何とかして宇治に帰りたい。宮さまとのご縁を断ち切ってしまうのではなく、しばらくの間宇治で気持ちを慰めたいだけなの。それならば宮さまに背くことにはならないと思うもの』など、あれこれ考えては思い余って、恥ずかしいとは思いながら薫中納言殿にお文を差し上げました。『先日は故・父の法要を営んでくださいましたことを宇治の阿闍梨からの消息文で詳しく承りました。今でも昔をおわすれにならないあなた様のご親切なお取り計らいがございませんでしたら、どんなに父が気の毒だったかと思いますと、感謝に堪えませぬ。つきましてはお目にかかって直接お礼を申し上げとう存じます』と書いてあります。引き繕ったところもなく、檀紙に生真面目なふうに書いていらっしゃるのも、たいそう風情があります。故・八宮の御忌日には追善のご供養などをたいそう厳めしくおさせになりましたことを中君が喜んでいらっしゃる様子が、仰々しくはありませんけれどもお分かりになったからでございましょう。いつもはこちらから差し上げるお文のお返事さえも気を許ずかしこまっているように思われましたのに、今日は「お目にかかりまして」とさえありますのを珍しく嬉しく、心ときめくのでございましょう。匂宮はちょうど六の君という新しい女君に気持ちが傾いている時ですので、疎遠にされた中君がお気の毒に思われて、何ということのないお文ですのに下に置きもせず、何度も何度も読み返していらっしゃいます。お返事は、「お文、拝見いたしました。法要の日はあなた様にも告げず私の一存で、人目を忍んで宇治に参りましたのも、理由あってのことでございました。あなた様は『名残』と書いておいででしたが、いかにも私の好意が浅くなったようで、恨めしく存ぜられます。そのうち御前に参上いたしまして詳しくお話し申し上げましょう。あなかしこ」と、ごわごわした白い色紙に生真面目にお書きになりました。
December 15, 2024
中納言は妻戸を押し開けて、「ほら、あの空を見て御覧なさい。十八夜のうつくしさを知らずに寝ていられましょうか?風流人を気取るわけではありませんが、秋の夜長をまんじりともせずに過ごす夜な夜なの寝覚めには、後の世のことまで思いやられてしみじみと哀れな気持ちになるのですよ」などとごまかして、お立ち出でになります。中納言は特に女房を喜ばせるような言葉を尽くしたりなさいませんが、優雅で上品なご様子でいらっしゃるからでしょうか、薄情者と思われることもなく、ちょっとしたお戯れであっても『もっとお側近くでお姿を拝見していたい』と思う女房がいて、すでに尼となられた母宮に無理やり縁故を求めて奉公しているので、身分相応に可哀そうなことも多いのでした。一方匂宮は、昼の間に六の姫君のお姿をご覧になって、そのうつくしさにすっかり夢中になっておしまいでした。からだの大きさが程よく、優美で、髪の下がり具合や頭つきなどがとくにみごとなのです。お顔の色つやがまるで匂うほどつややかで、重々しく気品のあるお顔の目元は見る人が恥じらうほど気高く愛らしく、非の打ち所のないお方なのでした。二十歳を一つ二つ越えていらっしゃいますので子供という年齢ではなく、未熟で不足なところがなく、今を盛りの花と見えるうつくしさです。大殿が限りなく大切にご養育なさいましたので、不完全なところがなく、ほんに親としてはこの娘に心もとろけてしまうほどでありましょう。もの柔らかで愛敬があり可愛らしいことでは、かの対の中君を第一に思い出されるのですが、六の君はお返事なさる時も恥じらっておいでですけれども、おぼつかないと言うことはなく、何事も見どころと才気がありそうなのです。お傍には若く美しい女房が三十人ほど、童が六人、みな醜いのはなく、装束などもいつものとは様子を変えて意匠を凝らして揃えてありました。北の方腹の大君を春宮に差し上げた時よりもこのご婚儀を特に大切にお世話なされたのも、匂宮のご声望やお人柄によるものだったのでございましょう。
December 12, 2024
三条の宮に帰りますと、薫中納言の前駆の者たちで十分な禄がもらえなかった男たちが、ため息をつきながら、「中納言殿はどうしてすんなり大殿の婿君にならなかったのだろう」「お一人身でいらっしゃるなんて、つまらないのにな」と、中門のところで不平まじりにつぶやくのをお聞き付けになって、『なるほど』とお思いになるのでした。『夜が更けてもあの人たちはもてなしを受けて、今頃は心地よく酔いつぶれて寝ているのだろう』と羨ましく思ったのでしょう。中納言の君はご自分のお部屋にお入りになって、『それにしても結婚の儀式というものはきまりの悪いものだな。親しい間柄とはいえ赤々と灯火を灯して、誰彼となく杯を勧め、それを宮はうまく受け答えなされたものだ』と、感心した様子で思い出していらっしゃいます。『なるほど、私だって可愛い娘を持っていたならば、この宮にこそ差し上げたいと考えるだろう。世間では誰もかれもが娘を匂宮にと思う一方で、やはり私にこそという声もあるらしい。つまり私の信望も悪くないということだろう。しかし私はあまり面白味がなく年寄りじみているのだがな』などとうぬぼれたり卑下したりしているのでした。『女二宮を賜るという帝の思し召しが本当ならば名誉なことではあるが、気の進まない話でどうしたものか。故・大姫に似ていらしたならどんなに嬉しかろう』と、お思いになるのは、さすがに女二宮に無関心ではいらっしゃらないという証拠ではないでしょうか。いつものように寝覚めがちでいらっしゃいますので、日ごろからご寵愛の女房の、按察の君の局にお越しになってその夜を明かしていらっしゃいます。そこで夜を明かしても咎める人などありませんのに、いかにも困惑したように急いでお起きになりますので、按察の君は不満に思ったのでしょう。「うち渡し 世に許しなき関川を みなれそめけむ 名こそ惜しけれ(あなたさまのお相手としてこの世では認められぬ私ではございますが、その許されぬ関川を越えての逢瀬で嫌われましては口惜しゅうございます)」中納言は可哀そうに思ったのでしょう。「深からず 上は見ゆれど関川の 下のかよひは 絶ゆるものかは(関川は表面から見ると浅いように見えますけれども、人目を忍んで関を越えてきた私の心は絶えることがないのですよ)」情愛が深いとおっしゃってもとてもあてになりそうもなく、うわべは浅いなどと言われては、按察も気がもめることでしょう。
December 11, 2024
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