全9件 (9件中 1-9件目)
1
翌日の10時30分、赤いシャツに光沢のある薄い革ジャケット、青色のジーパンをはいた粋な初老の紳士がホームにある安定しない椅子に腰掛けています。トメさんが単刀直入に尋ねました。「桐野さん、ご職業は?」「つたない小説を書いているのでござる」「どんな小説なの」「江戸時代後期、普通の町人や商人をしている人情のきびに触れて活力ある庶民の生きざまに焦点を当てるものをつづっているが、武士や大名、旗本は脇役で登場させるからヒーローもいなければ斬りあいもないのでござる」「それでは売れないよね、池波正太郎の鬼平犯科帳のように勧善懲悪でなければ読まれないだろう」「ところが殺伐なシーンはないのにもかかわらず、出版元の中学館で常に上位のベストセラーになっているから拙者も驚いてるのでござるよ」「へえー、すごいじゃない。 ちょっと川端さんスマホで検索かけて本当だかどうか調べてちょうだい」「身どもを信用しないとは、あなたも変わった人だ。されど猫の里親応募といかなる関係があるのか伺いたい」「だって身なりが良くても、経済力がなければチビコが不幸になるからね。 それに小説家なんて安定しない職業だからさ、さっきからなんとかでござるとかを使っているが、当時の町人はそんな言葉は話さないよ。それは一部の武士言葉だからね」「いや、鋭いご指摘、かたじけない。たしかに商人や町人は、もっとくだけた言葉だが拙者は、仙台藩初代藩主、伊達家第17代当主、伊達藤次郎正宗公の末裔にあたるもので実家は、宮城県仙台市青葉区にあるのでござる。 幼少の頃からこのような言葉遣いを教育されて今に至ります。ただし文章は、心配ご無用、できるだけ優しい語彙を使っているから、それにほとんど現代文にして読み易いようにしているのでござる」 つづく
2016/03/29
コメント(2)
「他には犬のゴロータに猫のレディカカ、まだ会ってないガマのビッグ、どうもこのビッグが緑地仲間の長老格でみんなの人望ならぬ動望をつかんでいるらしくて、なんでも知っている物知り博士なんだよ」 リュウちゃんが湯呑茶碗を両手で包み奥さんのサユリさんに向かって話しかけます。「すてきだ、動物たちと色々話せるなんて、僕も3年前に亡くなったタマゴロウとは、多少だけど意思が通い合ったと思うけど、サユリも話しかけていたよね」「通じていたかどうかは、わからないけど、私が話しているとじっと目を見つめていたから。でも木村さんのようにキャッチボールの会話ができれば一段と、楽しくなるわ。うらやましい」「あまりこのことは人に言わないようにしているけど、貴方たち夫婦は自然に受け入れてくれてうれしいよ。まさか私の残り少ない人生で動物たちと話せるとは思ってなかったから毎日、気持ちのリハビリにもなり、生きがいにもなって楽しいね。 もしよかったらサユリさんもリュウちゃんと一緒に緑地へおいでよ、みんなを紹介するからさ」「うれしいです。でも、カメかっぱさんたちが驚いたらかわいそうね」「それは、大丈夫。カメかっぱではなくてカメぱっぱだからね。来週の月曜日なんかどうだろう?月曜日は生田緑地にある数多い施設が定休日だから割とすいていて都合がいいの」 夫婦そろって笑顔でうなづきました。「僕が車で木村さんを迎えにいって緑地に行きましょう。1時5分にどうですか」「ほらリュウちゃん、前にも言ったけどそれは1時ごろでいいのよ」「すいません、長年のくせは急には修正がきかないので、それでは1時にホームにうかがいます」 その後、意気投合した三人は動物たちの話で盛り上がりました。夕方近くになるとリュウちゃんがトメさんをホームまで送ってくれ、すっかりご機嫌になったトメさんは、帰るなりみんなに大声で良い夫婦で環境も文句なしと報告すると、川端さんが耳元でささやきます。「木村さん明日の午前中に桐野清十郎さんという方が、次の面接者でここに来るからまだ結論は先にしましょうよ」「あ、忘れていた。そうだよね、チビコにとってもっといい飼い主が見つかるかもしれないから、面接はするよ」 つづく
2016/03/25
コメント(2)
「ホームにいないときは、緑地にいるのですか、その間の餌なんかはどうしているのです。外敵もたくさんいるでしょうから早く引き取りたいです」「その点は心配ないよ。仲間たちがチビコの面倒をみているから」「仲間たちって?」「言っても信用しないだろうけどあの子は、カメぱっぱやポンポンチッチ、猫のヨシコさんたちと毎日楽しく暮らしているのさ。今回の里親募集の件は、仲間たちが立てたプランでね、いつまでも野良でいるとチビコのためにならないからと、みんなして応援しているの」 夫婦はお互いの顔を見合わせて小さく首を傾けましたが、サユリさんが優しい声で質問します。「そのカメぱっぱって生き物ですか、それにポンポンチッチってなんですか。どうして木村さんは動物たちと話せるのですか」「頭のネジがゆるんだ変な婆さんのたわごとだと、聞き流してちょうだい。私はどういうわけか動物たちと仲良くなって気持ちが通じるようになったのよ。 カメぱっぱというのは、まだ動物図鑑にも載っていない新種の生き物でカメとかっぱのハーフなの、これがとんでもなく可愛いくてひと目見たら忘れない動物でパンダなんか目じゃないね。ぜひあなたたちにも紹介したいよ。 ポンポンチッチはタヌキだけどこれがまたお腹がポンと出た着ぐるみのようで、それにヨシコさんは・・・・」「あのう、木村さんは何匹の動物とお友達なんですか」 つづく
2016/03/21
コメント(4)
天井が高くてアンティークな家具で統一された室内に入ると茶色の革張りソファに座ったトメさんの隣に座った女性が静かな声で話しだします。「あんな美しい猫の里親を募集したら大勢の人が応募したでしょうね。主人と相談してぜひ、うちで飼いたいと私がお願いしたのです。以前にも飼っていたので猫の扱いには慣れているから、猫の名前はたしかチビコちゃんでしたよね、一生責任をもって育てます。ところであの猫ちゃんとは、どこで知り合ったのですか」 ここでトメさん考えます。生田緑地の出来事、とくにカメぱっぱからチビコや他の動物と仲良くなった経過をどこまで正直に語ってよいものかどうかを。 まさか動物たちと自由に会話できるのを、そのまま言うわけにはいかないし、多少、脚色するにしても嘘はつきたくないから流れにまかせようと判断します。「私の入居しているホームから車で10分以内にある生田緑地に遊びにいったら人懐っこい猫が数匹いてその中にチビコがいてね、それから週に二回ほどホームに連れて来て、二泊三日でお泊りするようになったのよ。そりゃあ、みんなに可愛がれてね、でも、チビコの将来を考えると個人の家で飼われるほうが幸せだから、今回里親募集をしたわけさ。こんな立派な家で飼われたらチビコにとっていうことはないよ」 そのとき奥のドアが開きリュウちゃんが漆塗りのお盆にお茶の入った急須と九谷焼のお茶碗を三つ運んできました。裏口の車庫と奥の部屋が繫がっているのでしょう。「話がはずんでいるようですね、僕の奥さんで沙祐里です」「リュウちゃん、あんた、こんなすごいところに住んでいるなんて一言も言わなかったよね」「そんな、ここはサユリの実家なんです。義父や義母は14年前にフランスに移住したので私たちが住んでいるのです」 サユリさんがくすっと笑います。「リュウちゃんなんて言われたことないでしょう。お会いしてからそんなに時間が経っていないのに木村さんて気さくな人ですね」「もうこの歳になれば、かっこつける必要はないから気軽に生きているただの婆さんだよ。たしかにチビコの里親に応募者は殺到してね、あの器量よしだから当然だけど、私たちにとっても最良の人に飼って欲しいからこうやって面接までしているわけ。それにしてもこの環境に文句はないから、あとはチビコが気にいるかどうかだけだ。チビコをここに連れてくる前に生田緑地に一回来てほしいけど、いつごろにしようか」 つづく
2016/03/18
コメント(4)
その後ろ姿を見送る川端さんがため息をもらしました。「あの調子だと木村さんのペースで進むね。里親応募者の資格を厳しくすると合格者はいなくなる確率は高くなるわ」そばにいた職員が応えます。「トメさんの正直な気持ちはチビコをいつまでも手元に置きたいからよ、よほどの良い条件でないと里親を決めるのは無理よ」「ま、私たちもチビコとゴロータの顔が見えなくなると寂しいから木村さんを応援するわよ。場合によってはここで二匹を飼うのも考えないとね」 ほほ笑みシルバーホームの職員たちが木村トメさんのいなくなった部屋で懇談しているとき、川崎市登戸から和泉多摩川の大橋を渡り二車線の世田谷通りをまっすぐ走るとすぐにしょうしゃな住宅が並ぶ成城学園駅近くにあるモデルハウスに見える一軒家にトメさんたちは到着しました。 パリの絵葉書にでてくるような外観を白い漆喰で塗り固め青色の格子状の木材が印象的な四か所の出窓と赤レンガ状の屋根、大小の岩を組み合わせた高さ2メートル弱の石畳みの塀から見え隠れする庭は、数種類のバラを放射線状に配置した手入れのいき届いた中庭と、建物そのものは、それほど大きくなくても全体の色使いや周りの植木のバランスがとれて調和を保ち成金趣味ではない、そこはかとないインテリジェンスを感じさせました。 車を降りたトメさんが家の外観や庭に見とれていると、紺色のシックなホームドレスを着ている女性が玄関のドアを開けにこやかに声をかけます。「いらっしゃい木村さん、どうぞ中にお入りになってください」 シルバーホームを出発する前に澤登隆一さんが携帯で連絡したのでしょうか、奥さんらしい人も歓迎のようすで迎えました。 建物の周囲にある塀は三か所の切れ目があり玄関正面の木戸を開き歩きだしたトメさんの後ろでリュウちゃんが声をかけます。「僕は裏口にある駐車場に車を入れるから木村さんは家の中に入って待っててください」 白黒の砂利を引きしめた細い遊歩道をゆっくり歩くトメさん、玄関で微笑んでいる女性に軽く頭を下げます。「こんにちは、急におじゃまして悪いね」 リュウちゃんの奥さんはトメさんの右手を握ると部屋の中に案内しました。 つづく
2016/03/15
コメント(4)
「リュウちゃんの住んでいる家はどこなのよ」「いいなあーそのリュウちゃんって響き、大人になってから誰もそうは呼ばないから妻も隆一さんとしか言わないし。あ、成城学園駅から歩いて7分23秒のところの一軒家です」「へえ~いいとこだね、それよりなんでそんなに細かく応えるの。約10分弱でいいのにさ」「仕事がら習慣でほとんどとか、約という言葉は嫌いなのです。きっちり正確に言わないと気持ちが悪いから。人からは融通がきかず頭も固くおもしろくない男だと思われているようです」「ま、人それぞれだからね。現代は多少軽くて優柔不断の方がもてはやされるけど、たまにはリュウちゃんのようなのもいていいよ。だいたいの人柄はわかったし次は家におじゃまして環境その他を見せてもらうけど、車で来ているらしいから、このまま一緒に行ってもかまわないかね、都合が悪ければまたの日にするけど」「今日は妻もいるからちょうどいいです。その前に木村さんの言葉の中で二か所気になりました。だいたいの人柄のだいたいは無用です。それにまたの日のまたは、具体的な日にちを言ってください」「・・・アンタね、会話の中の言葉ってそんなに杓子定規で語れないよ。ほぼやだいたいで相手とのコミュニケーションが円滑にとれるから都合がいいのさ。 具体的に言い過ぎると困る場合が多いからリュウちゃんも今日から直しなさい。さあ、行くよ」完全に主導権をトメさんにとられている澤登隆一さん、トメさんの後ろについて周りの人たちに頭を下げて挨拶しながら玄関に向かいました。 つづく
2016/03/12
コメント(4)
「あんたの言っている言葉は、ほとんど、いや、全部わからないよ。そんな目に見えないものを研究してなんの役に立つのよ」「皆さんはご存じないが、私たちの身の回りは量子論から生まれたものであふれているのです。コンピュータを含むハイテク分野の製品はすべて量子論の産物で、それらの心臓部分である半導体部品の原理が量子論の上に成り立っているからです」「ふ~ん、あんたがすごい研究をしているのはわかったよ。その魚を獲る人がすばらしいのもね」「は?魚ですか」「そうさ、漁師だろ」「違います、量りのりょうに子供の子でりょうしです」「もうひとつわかったのは、澤登隆一さん、めんどうだからリュウちゃん、あんたに冗談は通用しないってこと。ここで関西の人ならそうや、魚を一杯獲って大きなカゴに入れ目方で売るやろ、その量を量る人がりょうしだろう。って突っ込みしてアホ、それは漁師で今の話には関係ないやんけと、返すのだがリュウちゃんには無理だね」「すいません私、昔からユーモアやジョークとは無縁の世界で生きてきたもので」「2015年度ノーベル物理学賞受賞者の梶田さんも言っていたが、長年同じ研究をしていると物の見方が限られるからたまに別な角度や裏返しで見ると今までと異なる発見ができる可能性が高いらしいよ。その発想の転換となる潤滑油のひとつにユーモアやジョークは大切だと思うけどね」「木村さん、あなたってすごい人だ。ぐうの音も出ません、まったくそのとおりです。昨夜、量子論で思いついたアイデアを聞いてもらっていいですか」「リュウちゃん、もうひとつ言うけど、場の雰囲気ってのも読まないとね。ほら、周りのみんなが退屈して欠伸をしているから、そろそろ本題に入るよ」 つづく
2016/03/08
コメント(2)
「・・・と、いうわけで三年前に飼い猫を看取ったあと、もう二度と飼うのをやめようと女房と決めていたのですが、あのポスターを見て気が変わりました。ぜひ私の家で飼わせてください」 ほほ笑みシルバーホームの食堂兼応接室兼談話室の中で椅子の高さが不揃いなため少しでも動くとガタガタ音がする古い木製家具に座る50代の男が、トメさんと向かいあっています。 落ちついた物腰と白いものが混じる長髪、モスグリーンのジャケットを着こなしたようすは、大学の教授のようにも見えました。トメさんが相手の目を見つめたまま質問しました。「澤登隆一さん、ところであなたの職業はなんですか」「北山研究所で量子の研究をしています」「は? なんですか、それは」始めのころ、かなり遠いところで聞き耳を立てていたホームの入居者5人と川端さんを含む三人の職員は、段々と近くに寄ってきて今では二人を囲むようになっています。「量子はミクロの世界における物質観で、私たちが普段目にしている物質とはまったく異なり奇妙な常識外れの性格を持っていることが20世紀になって明らかになったのです。それらをまとめたのが量子論で、ミクロの世界は1ミリメートルの1000万分の1より小さな世界です。物質を構成している原子の大きさよりさらに小さな世界、それが量子論の活躍する世界で、それよりも 大きなものはマクロの世界と呼ばれ、私たちの常識が通用する世界なのです」「ちょっと待った」 トメさんが大声で叫びました。 つづく
2016/03/05
コメント(4)
「トメさん、洗い熊と違うから魚はいらないパッパ。タヌキはイヌ科の哺乳類で穴熊なんかと同じ種類なの。いちおう雑食性だからなんでも食べるけどポンポンポッチは、豆類がすきだよ」「わかった、大豆、小豆、そら豆、エンドウの大きな袋を買って持ってくるが、調理方法はどうすればいいの?」「そのままでいいのパッパ、煮込んで調味料を入れるのは絶対にダメだからね。二本足は、自分たちの食べ物を動物たちも好むとかん違いしているけど、それは間違っているパッパ」「あれ、カメぱっぱが私に説教しているよ。うれしいね、こうやって付き合っているとアンタたちの成長が手にとるようにわかるから。さあ、どんな人か面接してくるね。ここに戻るのは三日後だよ。それまで、さよならパッパ」「トメさんは。パッパと言わないでいいのパッパ」「いいじゃないかパッパ」 猫のヨシコさんとレディカカが顔を見合わせながら笑いだすと、チビコもつられて一緒に笑います。「ハハハハハ、ニャーウハハハ、ニャンニャン、ハハハ、ニャ~ハハハハハハ」猫トリオ(三重唱)の笑い声が反響して緑地にいる動物たちをわずかな時間、驚かしましたが、すぐに静かな環境に戻りました。 つづく
2016/03/01
コメント(4)
全9件 (9件中 1-9件目)
1