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一般的にはたいしたことではないのでしょうが、やっと車で音声ファイルMP3データを聞くことが出来るようになりました。 FMトランスミッターを使えばMP3データをiPhoneへ入れて聞くことが出来るといことを知ってはいましたが、どのFMトランスミッターが良いのかを調べるのが面倒というかわざわざそこに時間を使いたくもないという思いがじゃましていました。ところが経営・マーケティング資料で聞かねばならないデータが溜まり始めたためよく調べもせずにネットで購入しました。それが昨日届いて取り付けてみたところあまりにも簡単過ぎました。初期設定すると次回からは自動接続され簡単に音声ファイルを聞くことが出来るようになりました。よかったよかった!
2014年03月31日
明後日から消費税率が3%アップです。3%から5%へ変更になった年は対策準備が不十分だったためにダメージを受けたのでしたが、今回は出来る限りの対策をしてきました。ほんと自分もよく頑張ったなと思います。一級建築士の受験勉強をした時以上に頑張り続けました。消費税増税による世の中の変化に順応出来るよう社内環境の変化も加速させるようにしてきております。特に重要にしているのが凡事徹底です。手続きやルールなどを不徹底な社員にとってはかなり厳しい環境になっているものと思いますが、お客様に対して属人的行動を許される状況ではなくなりました。当たり前のことを当たり前のように行いながらお客様への気配り心配りを行き届かせるそんな社員が増えていくことこそが我々が目指している会社へと成長するものと考えているからです。消費税増税後の対策の効果は実際に4月以降になってみなければ分かりませんが、震災から3年という区切りの影響なのか今年に入ってから相見積などないご依頼が次々と舞い込んで来ており、社員の一所懸命さといい職人を抱えていることの効果がはっきりしてきました。震災後、全国各地より様々な業者職人が復興需要のため仙台にも入って来ておりますが、お客様にとって嬉しいことばかりではなかったことで業者選びに慎重になられているものと思います。年末年始休暇も取らずすべきことやれることをやりきったので後はこれまで通りに粛々と一歩一歩進んでいくのみです。
2014年03月30日

震災後初の”珪藻土泥だんご教室”を開催しました。 久しぶりに自分もやってみたのですが、倍の時間がかかりかつ仕上がりも50点程度?でも 泥づくりの楽しさは変わらず黙々と磨き上げていました。今回の教室を皮切りに4月より調湿セミナーと珪藻土泥だんご教室が復活です!
2014年03月29日
仙台市中心部に新築のマンションを購入しました。実家が震災で大規模半壊となり、直すか直さないのかを2年間先送りにしていたのですが、(お客様宅の修繕を優先していたので)1年ちょっと前に両親のこれからのことを考え、マンションを購入して住んでもらうことに決めたのでありました。幸いにも被災者向けの『親孝行ローン』という住宅金融支援機構の融資制度を活用できたので、私が同居しなくても親に住まわせる住居を購入することが出来ました。昨年4月に契約しこの3月初旬に完成しました。父親は長年住み慣れた実家から離れることに難色を示しておりましたが、最後は「老いては子に従う」となり、中心部のマンションへ移住することを承諾したのであります。マンションのすぐ近所には数年後に大型ショッピングセンターが建築されています。その敷地内には専門病院街も計画されているらしく、大規模病院も近いので何かあった時にはこれまで住んでいたところよりも早い対応ができるものと期待できます。50歳で新たな住宅ローンを抱えたので、ちょっと大変になりますが、早期完済し次は自分自身の終の住み家づくりへ取り組みます。
2014年03月28日
昨晩は4月1日に入社してくる新人2名との食事会をしました。2人は初めての仙台暮らしとなります。首都圏の大学へ通っていながら地元ではない仙台の会社へ就職というレアな選択をした2人ですが、この仙台にて社会人としてのスタートを切ることへ明るい希望を持ち続けておりました。新卒が入社してくることは若い社員達には大きな刺激でもあります。『抜かれたくない』という気持ちも芽生えております。比較するといろいろと差が浮かび上がってくるかもしれませんが、そんなことに捕らわれるのではなく当たり前のことを当たり前に行う凡事徹底を貫き自らの長所を生かすことに注力していれば抜かれるとか抜かされるなど関係なくなり組織に必要な人材として認めら続けるものです。
2014年03月27日
昨日、そして本日とお付き合いのあるメーカーさんの新任所長さんが来訪されました。前任の所長さんとは腹を割って話せる関係だったのでまた一から関係造りをしなければならないことが面倒だなぁと思っていたのですが、好ましい関係を作っていけそうな印象でした。モノ売りからコト売りへとシフトして11年モノ売り時代はいかに安く仕入れられるかが重要で、メーカーや商社との関係は表面的なものでした。コト売りへシフトしてからはメーカーさんと商社さんとの関係は絆重視となり、単なるモノとお金の交換から、情報も含めた交流になりました。大手には優れた人と情報がザクザクとあるもので、その中には当社でも有効に効果をあげられるものがいろいろとあるものです。(使えない人と情報もそれ相応にあることも分かりましたが・・・。)モノ売りとコト売りについては、どちらが正しいとかではなく、スイコーの理念に合う取引はコト売りにおける関係であるということです。コト売りを実践していく上でお客様と住設機器選定のお打合せをするメーカーショールームにおけるメーカーショールームアドバイザーと当社社員との相性はお客様にご満足していただくための特に大きな要因のひとつになっています。メーカー所長の方針がショールームアドバイザーの仕事姿勢に色濃く出ているようなので、今回、数社のメーカー所長が変わったことでどのようになるのか?1,2ヶ月過ぎると新任所長の色にメーカーショールームアドバイザーが染まり始まってくるでしょうから、その時に当社社員より不協和音が聞こえてこないことを祈っております。
2014年03月25日
ビックプロジェクトを設計デザインを担当していたチーフデザイナーの東海林と入社2年目の石垣の両名の今朝の顔が完璧にまったりと眠た顔です。昨日がご契約日だったためそれまでの資料作成等に残業を重ね続けていたこと私からのプレッシャーが強くなっていたことなどにより本人達の自覚以上に精神的疲労があって昨晩はゆっくり寝ることが出来たのでしょうが、緊張感がほどけたことで顔に疲れが出ているものと思います。それでも、2人の意欲は失われておらず、着工までにすべきことの整理整頓そして工事完了してお客様が生活を初められて「あなたたちに頼んでほんとうに良かった」と言っていただけるようにと強い想いにて今日という新しい1日を歩み始めています。東海林も石垣もずっとテンパっておりましたが、手をさしのべることなく甘やかすこともなく妥協を許さない姿勢にて取り組ませておりましたが、2人ともにその期待を超えた仕事を成し遂げてくれました。2人は今回のビックプロジェクトを通してそれぞれのレベルにて大きな成長へ繋がった模様です。ちょっと無理(もしかしたらかなり無理?)なオーダーを社員にかけて、それを投げ出さずにクリアし、明らかに成長したことを見て取れる時こそ大きな喜びとなります。さぁ、次は施工管理を担う課長 千葉哲也 の番です!
2014年03月24日
今年の建築士試験の受験申込がもうすぐ始まります。昨年は当社より5名が2級建築士へチャレンジし合格者は2名学科合格が2名学科不合格1名という結果でした。学科不合格だった者は今年も学科へ再チャレンジ学科合格で設計製図試験不合格だった2名は設計製図試験へ再チャレンジとなります。資格学校へ学科より通い続け仕事と勉強の両立をさせつつ建築士の試験に臨むのは口で言うほど簡単ではありません。資格学校へ申し込んだもののさっぱり通わずに本試験を受けなかったとか独学で受験すると公言していながらも何だかんだと理由をあげて受けなかったとかそのようなケースを知っているだけでも両手の指の数を超えていきます。建築士という肩書きを欲することが目的の人にはとても難しい試験であると思います。建築士になってからの目的がより具体的であることが試験までの辛い勉強を乗り越えていけるのではないでしょうか。私自身の時には学歴要件を満たしていることもあって2級建築士を経ずにいきなり1級建築士へチャレンジしました。学科試験は独学にて合格しました。資格学校へ通う金銭負担が重いということもありましたが、受講日に確実に休みを取得できる状況ではなかったからです。朝最低1時間、夜最低1時間、過去問を中心に勉強し続けて学科合格をすることが出来ました。もし、今から1級建築士を受験するとしたならば、無理してでも資格学校へ行く事を選択します。明らかに資格学校へ行った方が効果的な受験勉強になることが実体験を通して分かってしまったからです。また、いきなり1級建築士を受験せず2級建築士から順番になどと考えて行動していたならば、未だに2級建築士のまま留まっていると思います。それほど2級建築士ですら取得することが簡単ではなく、それよりも更に厳しい思いをすることが分かっていてチャレンジするということはよほどの覚悟を必要となるからです。2級建築士を取得できる社員が増えて来ましたが、1級建築士へチャレンジする社員が10年近く出てきておりません。世の中でも2級建築士を取得していながら1級建築士を取得をあきらめる人はとても多いのですが、わが社においても似たような状況にあり、社員達のチャレンジ意欲をかき立てられない自分自身の不甲斐なさを感じるところです。限界突破する社員が早く出て来ないものか!
2014年03月23日
「去年何冊読んだの?」「200冊以上(実際は230冊読了)」「どうしてそれが分かるの?」「記録しているから」「どうやって?」・・・・・・昨晩、末っ子との会話です。クラウド上にワードで作成した読書録ファイルを保存しておき、読了すると書名・著者名・出版社名・ページ数を書き込み、月ごとにに読了冊数と総ページ数をまとめています。記録するようになったのは平成15年からです。この13年間で読了した冊数は1658冊となりました。小学校3年生で週刊少年ジャンプにはまり、社会人になってからはビッグコミックビックコミックオリジナルビックコミックスペリオールモーニングアフタヌーンなどは欠かさず購入して読んでいるほどマンガ大好き人間でした。マンガばかりで滅多に本を読まなかったのに仕事で必要に迫られるようになりマンガをぱたっと止めて本を読むようになったのであります。それでも月に1冊から3冊程度でした。いつしか年100冊くらいは読まないとだめだなと思うようになったものの思っているだけでは読まない理由が浮かび上がってくるばかりで読む時間を捻出する努力などしないのです。平成15年より記録するようになってからは少しずつ変わって行きました。平成15年 73冊平成16年 97冊平成17年 52冊平成18年 105冊平成19年 168冊平成20年 205冊平成21年 182冊平成22年 166冊平成23年 200冊平成24年 180冊平成25年 230冊100冊を読むことすら大変で出来ない理由をつらつらと数年間述べていたのに現在は200冊程度ならば何とか読めるという自信があります。11年前よりも明らかに読書時間を捻出するのが難しくなっているにも関わらずです。11年前の自分と比べると何倍も時間の使い方が上手になっています。話しを冒頭に戻しますと末っ子は上の3人の姉達と明らかに違うのは本を読むことです。近所の蔦谷書店にとても行きたがり、行くと本を物色してきてはじっーと読んでいます。この春から小学校6年生になるのですが、中学受験をすると昨年から言い始めどうやら本気のようです。国語、特に漢字が苦手で努力などしていなかったのが、目指している中学校に合格するには国語が問題であることを自覚し始めてから、努力するようになりました。そのためにも読書をしなければならないと分かったようです。そして、より沢山の読書をするためにはどうすればよいのか、親のマネをしてみようと思ったみたいです。この調子で頑張るのであれば行きたいと思っている中学校へ進ませてあげたいものです。
2014年03月22日

コートどころか上着も脱いでも平気なほどの陽気な東京より仙台へ帰ってきたら冬に逆戻りしてました。今回の出張では国土交通省への訪問などもあり いつも以上に有意義な情報収集が出来ました。何もしなくても情報というものは次から次へともたらされてくるものですが、その質の見極めは難しいものです。トップクラスの仕事をされている方々の持っている情報は自動的にもたらされる情報とはその質の差が歴然としています。今回の出張ではとてもいい刺激をいただきました。自分はまだまだ世界が小さすぎです。
2014年03月21日
昨年秋に松島ハーフマラソンを走って膝を痛めて以来治ったにも拘わらず朝走るのを止めていたため運動不足に加え年末年始休暇も取らずに仕事ばかりしていたため飲む量と食べる量が増えていました。そのため、5kgほど体重増加現在83kgです。運動していないので体脂肪も増加しています。久しぶりに会う人会う人に「ちょっと太った?」と言われるようになっています。
2014年03月20日
致知出版社の担当者と電話で話していたところ、今年も開催する伊與田塾のエピソードを教えていただきました。99歳というご高齢ということもありご家族より講演を断られていたそうなのですが、伊與田先生より直接やりましょうと申し出があったそうなのです。その話しを聞いただけで目頭が熱くなる思いがしました。自分が99歳まで生きられるかは置いておき、高齢になった時に体調が思わしくない状態で伊與田先生のように求められることへ応じることが出来るだろうか?(まぁ 年寄りになったら必要とされない可能性の方が高いでしょうが)伊與田先生は『致知』4月号の記事の渡邉五郎三郎氏との対談にて「『中庸』に「患難に素しては患難に行う」とありますが、まぁ病気になったら病気になったで、あまり気を患わさずに対していく。そうすると割合気が楽ですね。 人生には困難がつきものですが、そういう姿勢で乗り越えて学びを深めていく。そうして息を引き取る時に最も円熟した自分でありたいと念じております。」と結んでいます。情熱を失わずに生ききるあり方の人物に接する機会に恵まれたことは幸運です。
2014年03月18日
この春の人事異動にてお付き合いのある複数のメーカーさんの偉い方や担当者が転勤となりました。ひとりふたりは例年のことですが、今回は把握しているだけで7名になります。親しく話しができる関係となりこれからという時期なだけに寂しさを禁じ得ません。後任の方々とはまた新たに信頼関係を構築して行かねばならなくなりました。このタイミングであまりお付き合いのないメーカーさんより積極的にアプローチ頂いております。いったんフラットにメーカーさんとの接点を持ってみると新しい発見があるかもしれません。社員達はメーカーショールームアドバイザーさんやメーカー担当者さん商社担当者さんとの仕事上におけるやり取りについていろいろと思うところがあるようなのでタイミング的にも良いかもしれません。リフォームはお客様にとって非日常のことなので、我々は常に最善を目指しています。しかし、我々はそれが日常のことなためにそこに甘えの構造がはびこる隙間が生じかねません。それ故に、メーカーさんや商社さんとの関係も惰性になってしまいかねません。この春の人事異動は寂しいことでありましたが、大会社にはつきもので致し方ないことでありますし、人間関係がリセットされたことでもあるのでちょうど良いタイミングなのでしょう。
2014年03月17日

1番の愛読書と聞かれた時の答えは「修身教授録」森信三著 致知出版社です。4月入社の新人用に2冊買い求めました。 この書籍は内容がとても難しいのですが、盛岡大学の教職を目指す学生達がゼミでこの「修身教授録」を課題に取り組んだところ、働くことへの意識改革が起きた事例を直接話しを聞く機会に恵まれてスイコーでは新入社員の教育課題として配布するようになりました。何度も読み返しても意味が分からないところが多いので、意欲がよほどないと読み進めることなど出来ない内容dす。眠れない夜にはとても優れた睡眠薬代わりになるかもしれません。誰もが年月の過ぎゆくままに新人から中堅、ベテランへと置かれる状況が変わるものですが、あり方をどのように選択するのかについては新人も中堅もベテランも変わりありません。新人達がこの「修身教授録」を何度も読み返して簡単にあきらめやらない理由出来ない理由などのいいわけの達人にならず明るく、前向きで、成長し続ける社会人へと成長してくれることを期待しております。
2014年03月16日
もうすぐ入社1年になる下道あゆみより泉パークタウンの現場で起きたことについて報告がありました。「施主より『たとえ小さな工事でも、しっかりご近所へ挨拶して下さり、とても素晴らしい会社だ。社長の教育がしっかりしているんだな。こんな会社いないよ。』と言っていただきました。今後、このように言って下さるお客様のためにも、ご近所様への配慮していきます。」私のことをお誉めいただいたことは、もちろん嬉しくありがたいことであります。それ以上に、下道あゆみがご近所様への配慮について行ったことを施主よりお認めいただけたこと。そして、施主のお言葉を受け取って、ご近所様への挨拶などが形式的なものとしてではなく、気遣い、気配りしつつ誠実な応対をしていくことの大切さを実感していることが嬉しく思うのです。このように報告出来るようになったといことが、この1年間の成長の証です。
2014年03月15日
評価が急上昇中の新人がいます。もうすぐ入社3年になる千葉美宏です。最近顔つきがいい表情になってきていると感じていたのですが、直接依頼していたことも期待を超える動きをしていたり、担当している仕事では上々の実績を上げてきたりと見える形でプロセスと結果が出てきています。そういえば今年になってからは陰の方でボソボソと泣いているところを見かけていませんでした。辛いこと逃げ出したいこと何度も心が折れてしまいかけたものと思いますが、踏みとどまって前へ進んで来ております。だからこそ成長としての変化が起きて来ているのだと思います。明らかなのは”素直さ”です。かなり手強い頑固さを身にまとっていましたがそれを手放せるようになってきています。そのため、千葉美宏本来の良さが表に出てきているという印象です。オーダーの期待を超える結果を作ってくることを覚えた千葉美宏はこれからぐんぐん成長してくるのではないかと期待が高まります。(ハードル上げてしまったか?)
2014年03月14日

人間学を学ぶ月刊誌「致知」4月号特集 ”少年老い易く学成り難し”のトップ記事を飾っているのが 99歳 伊與田覺先生と96歳 渡邉五郎三郎氏の対談です。「無窮なる道縁を育む」ということで深い内容の対談をされていらっしゃいます。休憩もなく3時間の対談だったということで、お二人は衰えるということを知らないのではないかと思わずにいられません。「息を引き取る時に最も円熟した自分でありたいと思います」と志がぶれること無く前へ前へと歩みを進められる伊與田覺先生の有り様に憧れます。とてもありがたい記事を読ませていただきました。
2014年03月13日
卒業式の翌日、昨日の朝早く娘(三女)は高校陸上部の合宿で千葉へ向かいました。その娘から中学卒業へ向けての手紙を貰いました。//////////////////////////////////////////////////////////////ぱぱ、ままへ今日は卒業式です。中学校生活は本当にあっという間でした。でも、この3年間で学んだことは、たくさんありました。本当にいいお友達、先生に恵まれて、こんな真美だけど、大きく成長できました。そして貴重な経験もたくさんしました。学校生活の中でも、委員長になったり、積極的に働きました。やってみないとわからないことがいろいろとあって、挑戦してみるって、学びにつながるんだなと、大事な事なんだなと思いました。駅伝も陸上もここまでこれたのは、自分の頑張りもあったけど、やっぱり、ぱぱ、ままの支えがあったらかです。ぱぱ。ぱぱは仕事忙しいのに、大会にきて、ビデオをとってくれたり、無茶言ってくれたり、、、真美は「無理」って言ってたけど、実は嬉しかったです。応援してくれているんだ、期待してくれているんだって思ってたよ。まま。ままは、真美が貧血にならないようにとか、栄養のバランスを毎日考えて作ってくれてます。大会後とかも、素直に褒めてくれて、次も頑張ろう!!って思えたよ。いつも素直になれない真美だけど、本当に感謝してます。ぱぱ、まま、大好き♡これからもずっと、よろしくお願いします。///////////////////////////////////////////////////////////////『無茶言ってくれたり』目標タイムをクリアすると、誉めるとすぐその後には次の目標タイムを延々と続けていたからです。このように社員に対しても次から次へと成長を望むための期待をかけます。『試されたことを超えてこいっ!』という想いです。でも、娘同様に社員のほとんどが『また、無茶なことを押しつける』と思っているのかもしれません。尊敬する伊與田覺先生(99歳)のお話しによく出てくる論語の一節論語 壅也第6より//////////////////////////////////////////////////////////冉求曰く、子の道を説ばざるに非ず、力足らざればなり。子曰わく、力足らざる者は中道にして廃す。今女はかぎれり。子、子夏に謂いて曰わく、女、君子の儒となれ、小人の儒となる無かれ。子游、武城の宰たり。子曰わく、女、人を得たりや。曰わく、澹臺滅明なる者あり。行くにこみちに由らず、公事に非ざれば、未だ嘗て偃の室に至らざるなり。//////////////////////////////////////////////////////////伊與田覺先生の解説//////////////////////////////////////////////////////////冉求が言った。「先生の説かれる道を喜ばないわけではありませんが、ただ何分にも私の力が足りませんので行うことが出来ません。」先師言われた。「力が足りないかどうかは、力の限り努力して見なければ分からない。力の足りない者は中途でたおれるまでのことだが、今お前は、はじめから見切りをつけてやろうとしない。それではどうにも仕方がないよ」//////////////////////////////////////////////////////////(「仮名論語」伊與田覺著 論語普及会 より引用)『はじめから見切りをつけてやろうとしない』数千年前から人は自ずから見切りをつけて限界を作り上げてしまっているのです。私自身も今もそうですが、若い頃はそれが甚だしく、言い訳の達人でした。素晴らしい人との出会いが重なっていく間に、向上心が強くなり、努力することを覚えました。向上心が強まり、行動し始めると試練が増えてきます。そこであきらめないことにつきます。自分に見切りをつけてはいけないと伊與田覺先生の生きる姿勢に強く影響を受けております。娘(三女)は、これから本格的に陸上競技に身を置くことになります。これまでとは比較できないほど苦しい想いをすることでしょう。それを必ず乗り越えてくれるものと期待しています。社員にも私同様に自分自身を信じること、自分自身に見切りをつけないこと、死ぬまで生き抜くことへ歩みを進めてもらいたいと期待しています。
2014年03月12日

昨日は娘(三女)の卒業式でした。 PTA会長の祝辞に3年前の小学校卒業式の時も同じ中学校の体育館だったという話しがありました。『あれっ?』『ここだっただろうか?』『思い出せない』・・・と、娘(三女)の小学校卒業式に参列しておりませんでした。(^_^;)震災後の混乱の中、自宅の後片付けなども後回し、休みを取らずに復旧対応の陣頭指揮をとっていたからです。娘(三女)は私のそのような状況を分かっていたので、卒業式に来て欲しいと言わなかったそうなのです。恐らく卒業式の日の夜に卒業証書を見せてくれたのかもしれませんが、当時、頭の中は会社のこと、社員のこと、職人のことなど、それに加えて国連WFPよりの依頼で被災各地へのテント設営(大規模テント)無償協力の手配等によりいっぱいいっぱいになっていたため、上の空で卒業証書を見たのかもしれません。卒業証書を見た記憶もないのです。震災の時、娘(三女)は小学校の体育館で掃除をしていたそうです。小学校の中で1番被害が大きかったのが体育館であり、使えなくなりました。そのため、中学校の体育館を借りて卒業式をしたのです。仕事の忙しさにかまけて、この卒業式に来ていなかったら「私の卒業式には一度も来てくれなかった」と後々まで言われ続けることになったかもしれません。昨日は遠方からの来客もあるし期日間際の仕事もあるし卒業式パスしようかなとちらっと思ったりしていたので安直な選択しなくて良かったとほっといたしました。卒業式での校長先生の式辞PTA会長の祝辞在校生の送辞卒業生の答辞とても感動しました。東日本大震災という痛ましく不幸な災害に子供達も翻弄されていた訳ですが、共に乗り越えて行こうというところから中学生活がスタートしたからなのかもしれませんが、先生方と生徒の絆がとても堅いものになっていたことがいろいろな角度から垣間見ることが出来ました。すばらしい3年間を娘(三女)は過ごしておりました。娘(三女)は卒業にあたり後輩達から『ネームプレート下さい!』『校章下さい!』『ボタン下さい!』『ジャージ下さい!』と沢山のオーダーを受けていたようです。家では頼りなさそうな感じが強いのですが、後輩にはあこがれの存在になっておりました。素晴らしい先生に恵まれて才能を引き出していただき陸上競技と駅伝競技にて県大会、東北大会、全国大会などを体験したことで、精神的にも成長に繋がっているだと思います。娘(三女)は、私の知らないところでひとりの人間としてのコミュニティを形成し大人への道を着実に歩んでおりました。親離れするのはそんなに遠い日ではないようです。
2014年03月11日
昨日TOTO仙台ショールームにて「知ってスッキリ! 外装塗替セミナー」を無事開催いたしました。講師は当社社員の二級建築士 伊藤文裕 です。本人曰く、70点とのことでした。任せられるようになってほんとうに助かります。現在、講師候補は他に数名います。”外装”というテーマについで新たに”調湿”についてのセミナーの実施計画があります。そのセミナーを実現させるために4月に開催されるウーマンフェスタへブース出展する計画を進めています。そのプロジェクト責任者が係長の高橋怜に決まりました。彼は前職の企業が廃業するにあたりその経営者に話しを通しスカウトした人材です。異業種からの転職となり数年間実力を発揮出来ずにいましたが、現在はリーダーシップを発揮し欠くことの出来ない人材になっています。本人から「講師をやってみたい」という意思表示もあり今回のチャンスを彼は掴みました。とても嬉しいことです。”調湿”のセミナーが定着するとその次の課題もすでに企画が用意してあります。次にチャンスを掴むのは誰かそれともチャンスを手放すか
2014年03月10日
目標3時間で取り組みましたが、確定申告書作成に4時間かかってしまいました。今回初めて寄付金の項目も使ったため、どのように計算すれば良いのか調べるのに時間を費やしました。確定申告書を作成しているとこの課税の仕組みや源泉徴収という仕組みを考えた人はとてもすごいなぁと毎年同じ事を繰り返し思っています。それから確定申告する社員も出てきました。納税への関心度が高くなるのはとても大切です。それに加えて、住宅には所得税減税等の措置があるので、自ら確定申告を行うようになるとお客様への提案アドバイスもより適切に行えるようになると期待できるからです。
2014年03月09日
フジテレビ系列のめざましテレビを見ていたら、釜石駅から郡山駅までみちのくSLギャラクシーということで蒸気機関車のC58が運行されていました。そのC58は、昭和47年頃まで活躍し、引退後は盛岡市に展示されていたそうです。『もしかしたら乗った機関車かも?』と思ってしまいました。両親はずっと共働きで私の幼少期は日中伯父の家に預けられていたのです。母親の姉の家です。子供の頃はずっと伯母のことを『おかあちゃん』伯父のことを『おとうちゃん』と呼んでいました。伯父の家には従姉妹が2人いるのですが、8歳と4歳年上です。二人のことは『おっきいねえちゃん』『ちっちゃいねえちゃん』と呼んでいました。弟が誕生してくるまでは姉2人の末っ子の男子みたいな環境で育てられていました。幼少期の写真には髪がリボンで結わえられているものがやたら多く残っています。伯父は国鉄の機関士でした。まったく覚えていないのですが、幼児のころに蒸気機関車の運転席に乗せてやったんだぞと大人になってから伯父に言われたのです。伯父はすでに他界しています。いたずらしてよく叱られていましたが、親の迎えが遅い日には熱い風呂に入れられたりしてました。(入りたくなかったのですが)体を洗ってくれるのですが、ゴシゴシと痛くて泡を流すと「ほら見ろ! おめのアカっ」子供心に赤色してないだけど・・・と口答えするとガツンと拳固されそうで当時は厳しい伯父だと思っていましたが走る蒸気機関車をテレビで見ながら狭い運転席に、どんな風に自分を乗せてくれたんんだろう?今ではそれを知ることができないのですが、血が直接繋がっていない甥をつれてそのようなことをしてくれているのだからとても可愛がられていたんんだなぁと感慨深い思いになったのでした。
2014年03月08日
昨日は宮城県公立高校入試でした。すでに奨学生推薦で私立高校への入学が決まっている娘(三女)は昨日は休みでした。本日は、中学校最後の部活なのだそうです。娘の活躍で町内会でかなり有名になり、私も娘のことで声をかけられることが増えています。社員達も顧客様宅での会話の中で娘の話題になることが増えているようで経営者としてではなく陸上ランナーとして将来への期待値が高くなった娘のおかげで私の評価が高くなっているようでこのようなパターンもありがたいなと思うところです。娘は月曜日が卒業式で翌日から高校の合宿に入るそうです。
2014年03月07日
本日、河北新報朝刊へ久々のチラシを折り込みました。今月9日(日)にTOTO仙台ショールームにて開催する「知ってスッキリ! 外装塗替セミナー」の案内告知チラシです。このようなチラシを新聞折り込みするのはなんと5年ぶりです。しばらくチラシを新聞折り込みしていなかったので、「会社無くなったのかと思ってたわ!」と何度言われたことか・・・・・・。確かに昔は折り込みエリアを変えながら毎週チラシを新聞折り込みしていたにも関わらずチラシ折り込みをしないようになり、同じようにチラシ折り込みしていた競合相手が数社倒産してもいるため、そのように思われるのも致し方ありません。10年前に脱チラシ反響営業へ経営方針を大きく変え、チラシの折り込みを無くしていきました。新規客集客に頼らずに顧客様よりのリピートとご紹介中心の経営方針となり苦労に苦労を重ねて今日に至っております。この10年経営理念の確立と浸透、社員が長年働き続ける環境づくり、新人育成の社風づくり、そして現場力向上などへ注力してきました。外壁塗装のニーズは高くなっているようですが、どこへ頼んだら良いのか困られているお客様が非常に多いとのことです。TOTO社は水回り住設機器メーカーという印象が強いですが、光触媒塗料のハイドロテクトコートという特許技術を駆使した外壁塗装資材も提供しています。当社はTOTOが認定している数少ない認定施工店でもあります。そこで、今回このような企画になったのです。
2014年03月06日
確定申告するの すっかり忘れてた!3月に入ったら作成しようと思って送付されてきていた確定申告書用紙を本棚に置いたままにしてました。TODO管理に使っているOmniFocus (Mac、iPad mini、iPhoneで同期させて使っている)にタスク入力するのを怠っていたのが原因です。締め切りの17日にはまだ1週間以上あるので大丈夫ですが、まだ何も準備していないのでせわしくなるような感じがします。税理士さんに頼むことをせずe-Taxも使用せず未だに手書きで作成しています。面倒ですが自分ですることで所得税課税の仕組みを理解しています。申告書作成するためにスケジュール調整しないと!
2014年03月05日

致知出版社から案内が届きました。第9回伊與田塾リーダーのための古典活学講座「論語味講」 です。昨年、7月13日に心臓の手術を受けられ、術後が思わしくなく24日に再手術、その4日後に大阪より上京し講義をされるという生きることへの気概を身を以て教えてくださった伊與田先生も御年99歳第1回目から受講し続け「大学」「論語」「孝経」「中庸」「易経」「神道」などを学びできの悪い生徒ではありますが素読を重ねることで知と行を合わせられるように少しずつではありますが出来てきているものと感じています。講義中は100名を超える受講者が凜とした姿勢になります。場の空気が誠実さに溢れるようであります。講義が終わりエレベーターで降りる際にはさりげない譲り合いが当たり前になっています。それは90歳を過ぎても学び続けられ謙虚でいらっしゃる伊與田先生の講義を受け1度しかない人生を完熟させるまで恕を貫かれる姿勢に影響を受けているからだと思います。9回目となる今回もすぐに申込しました。
2014年03月04日
夕べ8時前頃にドアコールが鳴りました。ドアコールを鳴らしたのは外壁塗り替え専門業者の飛び込み営業マンだったのです。まだ宅地開発が進んでいる団地に住んでいるのですが、新しい団地の割に街灯が少ないため月明かりがない夜(1日が新月でした)は濃い暗闇となります。門扉の外灯も消していたため尚更です。昨年暮れに外壁塗装したばかりなのに暗闇で分からなかったのだろうと思います。インターホンからのトークでしたが、かなり巧みな言葉を駆使しておりました。トークはソフトであり誠実そうな雰囲気ではありましたが、執念を感じさせるような気迫も垣間見えました。外壁塗り替え専門業者さんって常にご新規のお客様探しているため大変だなぁ・・・と仕事を終えて家に帰り着替えてやっと落ち着いた時に突然訪問営業を受けるのも迷惑なことでもあり、うちの社員には夜(日中も)に飛び込み営業をさせることはしたくないものです。当社は顧客様からのリピートやご紹介で営めることがありがたいことだと思った夜でした。
2014年03月03日

夕べ子供達と昨年山口県にて開催された「激走!全中駅伝 第21回全国中学校駅伝大会 2013」DVD を観ました。娘(三女)の中学校が宮城県代表として出場し、娘はエース区間の1区を走りました。競技会場はクロスカントリーコースです。初出場となった娘の中学校は上り下りが多い芝のコースをペースをどのようにとって走るのかつかむ間もなくいきなり本番でありました。参加校には常連校が多く優勝候補の中には連覇であったり、何度目かの優勝を目指しているみたいな感じでありコースを熟知している様子でした。家族全員で山口へ行きコースの中で1番きつそうな場所に陣取って応援しました。そのため、スタートの様子やたすきリレーの様子を見ることなく、2区・3区・4区・5区とたすきリレーしてきたチームメンバーへの応援を続けました。ということで、DVDにて、スタートの様子やタスキリレーまでの様子をしっかり観ることができ「そこもっとついていけ〜!」「もっとダッシュ!!」のようにテレビへ向かって騒いだら娘(三女)はにがにがしい顔をしていました。山口へは仙台空港から福岡空港へ、そして博多駅より新幹線にて行きました。帰りも福岡空港からで、出発時間に間に合うようにと女子のレースが終わってから男子のレースを応援せずに帰途につきました。男子の宮城県代表は前年に引き続き岩沼西中学校さんです。今回の結果は7位ということで素晴らしい活躍されていたのですが、レース状況をDVDを観てしびれました。2区で1位になり、その後も抜きつ抜かれのトップ争いを終盤まで繰り広げていたからです。おしくも7位という感じです。恐らく全国優勝を目指してとてつもない練習を積み重ねてきたのだろうと想像いたします。宮城県で地上派で放送されていたらもの凄く盛り上がったものと思います。残念!
2014年03月02日
6時に前に明るくなって来ました。毎日少しずつ朝が明るくなっていくこの季節はそれに比例するかのように気持ちも高揚していきます。2月度の読書は合計20冊読了、5,682ページでした。うち絶版本を4冊読了してます。最近、絶版本との出会いが増えているのですが、1冊として読もうとしたことへ失敗したと感じることがありません。読み応えがあってラッキーです。読みたい本が増える一方でありその中でどれを読むのか再読するかを選択しつつ読書へ励んでいます。時には失敗だったかなと反省することもあります。
2014年03月01日
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