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家を買おうと思ったら住宅展示場へ行って数件のモデルハウスを見学するのが一般的で、マンションの場合にはモデルルーム見学ですよね。私の両親が住んでいた家は東日本大震災でかなり傷んでしまったため、安心・安全・快適に暮らし続ける住まいを確保しなければならなくなりました。フルリフォームにて住まい続けられるようにと検討したのですが、結果は危険でかつ不自由なまま住み続けるか、解体するしかなかったのです。両親ともに70代後半に入るので、様々な利便性を考えて仙台市中心部の新築マンションを探し始めました。両親の希望と支払いする私の希望も鑑みて物件探しをして、一緒にモデルルームを見に行きました。決定した物件のモデルルームはなかなかどうして素晴らしく自分が住みたいと思うほどです。そして、この春にやっと完成した新築のマンションへ入居となりました。私は忙しくて2ヶ月近く経ってから新居を見に行きました。エントランスに入ると階高がかなり低く感じました。そのようなマイナス印象を感じたまま、玄関より入るとモデルルームを見学した時の印象とは違って、『まぁ 実際はこんなものだよなぁ・・・』と心の中でつぶやきました。中古住宅や中古マンションを選ばれる若い方が増えているそうです。購入予算の問題もあるのでしょうが、その予算の考え方に変化が見られるのです。”毎月払える”から”苦しくない支払い”の違いです。目先の所有欲で無理をせず堅実的に10年・20年というスパンを鑑みて物件を選ぶというスタイルです。さて、このような新しいスタイルを捉える若い方々は、物件を探すのにどこへ行くのかというと大手不動産会社がやはり多いのが現実です。地元の不動産屋さんへも行くのでしょうが、選択肢の多さなのか対応の違いなのか大手が圧倒的に強いのが現実です。ところが物件を決めたお客様よりリフォームのご相談や購入して住まわれてからその建物が大丈夫なのかのご相談ということがあります。前者の場合には、すでに住宅ローンを組んでいるので、新たにリフォームローンを組むか現金という資金計画となります。そうなると表面的なリフォームがいいところなので、当社でなくてもどこでも出来るリフォームでしかありません。後者の場合には、リフォーム済み物件を購入されていらっしゃるのですが、ご不安なのはその建物が安全なのか?長持ちするのか?ということなのです。そのご不安を払拭されたいのでしょうが、本格的調査をしてしまうと何となくの不安が明確な不安へとシフトしてしまうのです。それも簡単に解消できない課題がずしんと重くご夫婦の方にのしかかるのです。今日はこのあたりまで、次回に続きます。
2014年11月30日
昭和46年築の戸建住宅の簡易インスペクションをしてきました。外観はかなり痛んでいたのですが、家の中に入ってみると昭和46年築とは思えないほど建物がしっかりしていたのです。昭和54年の宮城県沖地震そして東日本大震災という大地震を二度受けているにも関わらず、内壁で見つけたひび割れは1箇所のみでした。雨漏れの後も見つからず、屋根瓦もしっかりしていました。あまりにも痛みが少ないと感心していたら、何と、ご主人様が大工さんで、自ら建てた家だったとのことでした。それで納得しました。現在は空き家であり、建物と敷地をこれからどのようにするのがよりベターなのかをご相談いただいたのですが、通常そのようなケースのほとんどが解体になってしまうのですが、社会人になっていらいずっと住まい造りを担っている者としては、解体するには忍びない建物に思うのです。その家をあーしてこーして外構についてもこんな風にしたら、見違える住まいに変わるだろうなぁと帰りの車で想像していました。おそらく不動産業者さんがあの建物を見たら外観がかなり劣化しているために即『解体するしかないですね!』と言いそうです。
2014年11月29日
気が向いた時というか時間を取れた時にブログを書くようになっていたのですが、17日より毎日ブログをアップし続けたところ、一昨日の26日まで毎日アクセス数が増加していましたが、とうとう昨日減少してしまいました。昨日のアクセス数はほぼ毎日ブログ更新していた頃のピーク時の約半分です。毎日継続していたことで閲覧してくださった方が沢山いたのだろうと思います。毎日継続という足かせをつけてしまうとブログを書くのが目的になってしまい、気がつくとネタ探しをしていることがありました。11日間ブログを継続しただけで、この数日ほど実はネタ探しをするようになってしまいました。毎日の習慣になっていた時にはネタ探しする状況に陥ってもさほど大変さを感じなかったのですが、昨日今日は5分〜10分考えても、なかなか浮かんでこずほとほと困ってしまいました。楽な習慣を作ってしまうと元の習慣に戻すのは簡単でありません。
2014年11月28日

「読み始めたら止まらない。徹夜必至のスピード感!」と帯に書かれている東野圭吾著「パラドックス13」を一気に読み切りました。見た目に分厚くて562ページもあるのに、読み始めてしまうと厚さなどまったく気にならなくあっという間に読み終えてしまったような感覚にさせられました。テレビや映画に原作がよく使われている東野圭吾氏の小説映像の方はほとんど視たことがないのですが、小説が売れている理由を知りたくて読むようになりました。これまでに読了したのは「探偵倶楽部」祥伝社「分身」集英社文庫「あの頃ぼくらはアホでした」集英社文庫「快笑小説」集英社文庫「白夜行」集英社文庫「黒笑小説」集英社文庫「マスカレード・ホテル」集英社文庫「マスカレード・イブ」集英社文庫「放課後」講談社文庫「卒業」講談社文庫「魔球」講談社文庫「眠りの森」講談社文庫「宿命」講談社文庫「変身」講談社文庫「パラレルワールド・ラブストーリー」講談社文庫「天空の蜂」講談社文庫「どちらかが彼女を殺した」講談社文庫「名探偵の掟」講談社文庫「嘘をもうひとつだけ」講談社文庫「赤い指」講談社文庫「11文字の殺人」光文社文庫「美しき凶器」光文社文庫「あの頃の誰か」光文社文庫「ダイイング・アイ」光文社文庫「鳥人計画」角川文庫「さいえんす?」角川文庫「夜明けの街で」角川文庫「さまよう刃」角川文庫「秘密」文春文庫「探偵ガリレオ」文春文庫「予知夢」文春文庫「レイクサイド」文春文庫「手紙」文春文庫「容疑者Xの献身」文春文庫「超・殺人事件」新潮文庫「レベル7」新潮文庫「疾風ロンド」実業之日本社文庫以上です。読み重ねれば読み重ねるほど、気づき学びがあります。東野圭吾氏の著書は読んでいない本がまだ沢山ありますし、次々に新作が出版されるのでなかなか追いつけないイメージがあるのですが、これからも根気強く読み重ねて仕事に活かせるよう努めます。
2014年11月27日

「女房と畳は新しいほどよい」ということわざがありますが、「人生は自ら創る」安岡正篤著 PHP文庫 の中で安岡正篤先生が、結婚披露宴の挨拶にて『昔から有名なことわざに、「女房と畳は新しいほどよい」というのがあるが、それを忘れぬようにと言うたら、みなびっくりしておった』とエピソードが語られています。これまでこのことわざを女房と畳は新しいほうがいいという意味だと文字面とおりに解釈していたのですが、そうではないことを気付かせられました。本を読み進めるのを止めて、インターネットで検索して調べてみたのですが、そのほとんどがこれまでの解釈どおりの回答であり、安岡先生の言われている意味を掴めませんでした。そのページから読み進めていくと後のページに「だいたい畳を取り替えると考えるのが間違い・・・」その後に畳というものについての取り扱いの説明から始まり、詳しく意の解釈が語られていました。またひとつ語彙を磨くことができました。
2014年11月26日
おはようございます。澤口司です。51歳になり、ますます充実した毎日を過ごせるようになっています。江戸時代の儒学者 佐藤一斎の言葉に『怠惰の冬日は、何ぞ其の長きや。勉強の夏日は、何ぞ其の短きや。長・短は我れに在りて、日に在らず。待つ有るの一年は、何ぞ其の久しきや。待たざるの一年は、何ぞ其の速やかなるや。久・速は心に在りて、年に在らず。』【訳】「怠けて過ごしていると、短い冬の日でも、なんと長いことか。勉め励んでいると、長い夏の日でも、なんと短いことか。この長い短いは自分の心持ちであって、日そのものにあるのではない。 また、何かを楽しみに待っている一年は、なんと待ち遠しいものか。何も待つことのない一年は、なんと速く過ぎていくことか。この久しい速いは心持ち次第であって、年そのものにあるのではない。」(「佐藤一斎一日一言」致知出版社より)これは、”長短急速は心が決める”ということについての話です。日が短くなり、朝は真っ暗な状態で1日が始まります。充実感が溢れるようになっているため、けっして日が短くなったからではなく1日が速く過ぎ去っているのです。今の毎日は怠惰の冬日がこれからの人生に訪れるなどをまったく想像できず、決して老後にそのようになどなりたくないと強く思います。『今日は何して時間を過ごそう?』などと考えつつ、新聞を隅から隅まで読み尽くすような人生にだけはしたくありません。先の佐藤一斎の言葉は言志耊禄(げんしてつろく)に納められており、一斎が80歳から82歳にかけて執筆されたものと言われています。一斎の言葉で「少くして学べば、則ち壮にして為すことあり壮にして学べば、則ち老いて衰えず老いて学べば、則ち死して朽ちず」が有名ですが、一斎が80歳を過ぎてもなお学び続けたことで、死後百数十年経った今日でも朽ちないことを実現させちゃいました。孔子は五十にして天命を知りましたが、私は天命を知るどころかやっと学に志したところです。孔子が十有五のところにやっと来たかというレベル。志があるからこそ心が充実し、日が短く感じます。これからは孔子が四十にして惑わずとなった領域へ達することが目標です。それには、毎日をこつこつと励み、積み重ねて一以貫之の状態であることが必要なのだと考えています。毎日が限界突破!昨日の自分を超えます!!
2014年11月25日
昨日は、やりきった!一昨日上手くいかなくて出来なかったこともクリアし、昨日予定されていたこともやりきりました。昨日は、一昨日の分も含めてリスケジュールし着手しました。午前中に目標としていたことは12時15分、15分遅れで完了。午後も全開状態で6時まで突き進みました。一昨日はやることなすこと失敗、後手後手だったのに、昨日は粛々と進みました。帰る時に社員より「社長、怖い顔してました。」と言われてしまいました。それだけ、昨日中にやりきろうと鬼気としていたのでしょう。終わってみればなんてことないのですが、昨日はかなり無茶な計画でした。昨日やりきったことで、今日はいい感じで仕事に取り組めます。
2014年11月24日
昨日はやることなすこと失敗つづきで、心のダメージをかなり受けました。これまで避けていたことへチャレンジしたのでミスをするのは当たり前と言えば当たり前なのですが、一度躓くと通常行っていることまでミスを誘発させてしまいました。マインドセットを落としたまま次のことへ取り組んでしまってはいけないことを十分に分かっているのに『まぁ これくらいなら大丈夫だろう』と安直に流していたことが原因です。ミスの原因は今朝解消できたのでそのことについてはスッキリしました。とはいえそのミスによってスケジュールをかなり押してしまったため、今朝から取り戻さねばという思いに頭の中を支配されていました。危うく、今日1日をそのようなままずるずると費やすことになるところでした。頭の中をリセットしてすべきことに集中してコツコツやります。
2014年11月23日

これまで何となくモヤモヤとしていたものが晴れた気分です!NHK大河ドラマ「黒田官兵衛」もいよいよ佳境に入って来ていますが、戦国時代物のテレビドラマやマンガは子供の頃より大好きです。織田信長が本能寺の変で殺されてしまういきさつは様々な描写がありましたが大筋は似ているので、疑問を持たずに信じていたものの明智光秀がなぜ謀反を起こしたのかしっくりとしていない面もあったのです。それ故に、本屋さんでこの本を目にした時にすぐに手が伸びたのだと思います。「本能寺の変 431年目の真実」明智憲三郎著 文芸社文庫この本は小説ではありません。明智光秀の末裔である著者が歴史調査ならぬ”歴史捜査”によって多くの文献等から導き出した著者の論証が繰り広げられているのです。読み進めていくとこれまで沢山のドラマにて描き出されてきた本能寺の変までのストーリーそして本能寺の変後のストーリーがまるっきり違った様相になっていき、著者の説得力に納得感を持ってしまいました。筋道の立て方、視点の切り替え方、言葉の使い方、勉強になりました。
2014年11月22日

昨日、東京帰りの移動時間に仕事の整理をしてみた。というのは、ここ最近、新たな取り組むべきプロジェクトが次々に表面化して来たからなのです。社員へそのままボンッと渡しても指示の具体性がないため進捗するはずもなく、また、頭の中で考えているだけはずるずると日にちが過ぎてしまうのも明らかだからです。通常はOmniFocusというソフトを使い発生したTODO思いついたTODOなどをOmniFocusへぶち込んで毎日の優先順位を決めて粛々とこなしています。それでは進まないような案件については、思考を整理するためにScapple(スキャプル)というソフトを愛用しているのです。Scappleに出合うまではマインドマップを使っていました。Scapplは出来上がってみればマインドマップと同じようですが、思考を組み立てていくプロセスがマインドマップと違うのです。思いついたことを次々に書き出していき、後で繋げて行きます。いったん頭の中のものを吐き出してしまうことでスッキリし、それから整理するプロセスによって冷静に新たな思考をすることが出来る感覚です。(この画像はScapplのサイトをスクリーンショットしたものです。 サイトはこちらより)昨日はその作業に2時間ほどかかりました。自分が思っていた以上に、気付かぬうちに考えねばならないことを、頭の中へかなりため込んでいました。年内中にやらねばならないことに絞り込んでみたら、その膨大さに圧倒されそうになり、スケジューリングするまでもなくオーバーフローしてしまうことが明らかです。ここからは何をペンディングするのか勇気を持って決断し決めたら迷わずに突き進むだけです。もしもこの作業を行わず、目の前のことに捕らわれてしまっていたなら、結果は流されている日々となり、年末になった時に何にも進展していないという状況に陥っていたことでしょう。やらねばならないことやりたいことが山積していても、明確さ具体さそして決断して進むことを選択しさえすれば、困難な取り組みにも前向きな元気が湧いてくるものです。その結果、成長できるのも間違いないし。自らの選択で毎日に向き合えるのはとても楽しいものです。
2014年11月21日
衆議院解散ということになってこの年末はどうなっていくのだろう・・・・・・消費税先送りの影響は・・・という様なことが他の会社の方々との話題になっていました。そして「政治家にならないの?」とまたまた言われてしまいました。この質問を結構言われてしまうのです。私自身は先の話題のような時に主体的に政治の話を掘り下げたり、批評したりしているつもりがないし、政治家になりたいなどとは口にしたことがないはずなのですが、なぜかよく言われてしまうのです。政治家になりたいなどとまったく思いませんし、そのタイプではまったくないと思います。その理由は、親しくさせて頂いている国会議員や地方議員がいるからです。彼らの言動を観察していると、まったく楽しそうに感じられないことも影響しています。(”楽しい”という言葉の意味は、快楽的な楽しいではありません。)とはいえ日本の未來を憂いているのは事実であり、日本をよくしたいという想いにて生きているのも間違いありません。私自身は実践人でありたいと考えています。言行一致となるよう、日々コツコツと信念に基づいた行動をすることです。それは会社経営にも取り入れています。言行不一致であるとご批判をいただくこともあります。確かに、言動がころころ変わっているからなのかもしれません。ただ、孔子の言うところの一以貫之を毎朝常に意識して本質的なことをぶれないように心がけもいますし、完璧ではありませんが、昨日より今日が一歩前進、成長しているような生き方を貫いていることに自信を持っています。一直線に目指している所へ向かってはいませんが、右往左往しながらも諦めずに向かっていると自信を持って言えます。また、私自身の徹底不足が原因で社員が会社の方針に沿わない行動をする場合があった時にそのようなご批判にも繋がってもいます。経営理念・経営方針・経営戦略等について社員が納得していれば、そのようなことが少なくなるものと考えますが、まだまだ私の努力不足です。救われているのは、その一方でご理解・ご支援くださるお客様も着実に増えていることです。それは、社員の成長に手放しでお喜びいただくことでも起きています。社会人としてまだ未熟であったり、職業人としてまだ未熟である社員が、直向きにそして誠実にお客様に喜んでいただけるよう頑張り続けているからこそ、「成長したね」「立派になったね」とお言葉を下さるのだと考えます。当社は完璧な人間がひとりもいませんが、お客様に喜ばれることを活力に頑張ろうという社員が沢山います。そして、日本をよくしたい、日本の未來に貢献したいという実践する社員が増えていくよう経営していきます。
2014年11月20日

先日、本店のご近所の幼稚園の皆さんが来社され、「収穫感謝祭のお裾分けです」と、くだものと野菜を頂きました。 当社へ来訪することが、いつからなのか幼稚園の毎年の恒例行事になっているようです。毎年、かわいい園児の皆さんから「いつもそうじありがとうございます!」とお礼の言葉をいただくのです。というのは、社員達が行っている道路清掃活動にて幼稚園前の道路もゴミ拾いや雑草・落ち葉除去などをしているからです。この取り組みは社員からの提案で行われるようになったものです。当初は無許可で行っていましたが、仙台市では”まち美化サポーター”という制度があることが分かり、各店舗毎に登録し継続しています。この取り組みを10年以上続けているのですが、現在、ほとんどの社員が参加するボランティアになっています。(もしかしたら仕事と思っている社員がいるのかもしれませんが・・・)ということなので、本来は園児の皆さんからのお礼を受けるのが私では筋違いではあるのですが、幼稚園の恒例行事として会社へ正式の申込を頂いているので敬意を表するため可能な限り私が対応することにしているのです。(社員の成果を横取りしている上司みたく・・・です。)それにしても、明るく元気な園児の皆さんと接すると、我が子達が小さかった頃のことが思い出され、『子供はあの位までが可愛いんだよね〜』とぼそっと放った私の言葉を社員がしっかり聞いていたのでした。
2014年11月19日
娘(三女)がインフルエンザ予防接種を受けて来ました。初めてです。それも家族全員を通して初めてのインフルエンザ予防接種なのです。私も妻もそして4人の子供達もこれまでインフルエンザ予防接種をしたことがありませんでした。長女が幼稚園に入った時にインフルエンザ予防接種を受けるかどうか考えたのですが、まずは止めておこうという判断をし長女がインフルエンザにかかる事もなかったため、そのまま踏襲していたのです。ありがたいことに私は身体が丈夫でこれまで大病をしたことがありません。風邪で寝込むことも滅多にありません。熱が38度を超えふらふらになって寝込んだとしても翌日には会社に行きます。大概は調子が悪くても気持ちで乗り切ってしまうタイプです。子供達は更に丈夫らしく4人とも寝込んだことがほとんどなく、前回寝込んだのは、誰がいつだろうかと記憶を呼び戻すことが出来ないほどです。学校で行われている新体力テストでは4人とも常にA評価でした。20mシャトルランではトップクラスです。ただ、眼科、皮膚科、歯科については結構お世話になっているので、完全に健康体という訳ではないのですが・・・。うちの家族はこれからもインフルエンザの予防接種を受けることなどないだろうと思っていたのですが、娘(三女)が陸上競技部の先生より指示されとうとう受けることになったのでした。正月に行われる全国都道府県女子駅伝大会への推薦状を頂いたようです。今月行われる予選会に出場しなくても選手として参加出来るということです。出場したら3年連続になりますが、本人がどれだけ自覚を高めて目標設定し、練習と身体の調整を行うのかにかかっています。中学生の時には先生に言われるままにやっていれば良かったのが、高校生になり自覚を常に問われるようになりやるのかやらないのかやるならどこまで徹底してやるのか当初は戸惑っていましたが少しずつ考えて行動出来るようになってきたなぁと感じています。まだ100点満点で40点レベルですけど・・・。
2014年11月18日

先週の13日、51歳の誕生日でした。手紙、フェイスブック、メールにて沢山のお祝いメッセージを頂きました。社員からゴルフ用のカシミアセーターを貰いました。 ちょうどゴルフ用のセーターが欲しかったところだったので、とても嬉しかったです。お祝いのメッセージが昨年より多い感じがします。誕生日は毎年必ずやって来ますがお祝いのメッセージが増えていくことに改めて自分の存在価値というものは相手あってのものであると感じます。これが、年々少なくなりついには誰からもお祝いの言葉がなくなったとしたなら・・・その寂しさたるや想像に難くないものです。ある方に私の誕生日の事を分かっていたけれども、忙しさについつい追われて何もせず大変失礼しましたと数日前に謝罪されました。誕生日が過ぎ、後で失敗したと後悔されていたとのことです。怒られるとまで思ったそうです。2日後、3日後にも「遅くなって・・・」というフレーズ付きでお祝いのメッセージも届き、私の誕生日のことで、私が意図していないにも関わらず、相手に様々な思いを掛けてしまったのだなぁと思うと、これは誕生日というものがやっかいなものにも思えてきました。とは言え、ご縁頂いた方々に気を遣って頂けていることはとてもありがたいことであり、そのお気持ちに報いるよう努力が必要かと51歳の誕生日を過ぎて新たな気持ちになっています。
2014年11月17日
やってしまいました!親としてのミス?昨日は娘(末っ子)の中学受験日だったのです。 本人がその中学を受験したいと望むので中学受験することになりました。私としては上の子達も含めてその中学へ入れたいなどとは一度も考えたことがないのに、まぁ本人が望むのならと許可したのです。 その中学校は私の両親が住んでいるマンションより徒歩10分の距離です。朝、自宅から車で送るには渋滞に引っかかるし、地下鉄はラッシュアワーで娘がもみくちゃになってしまうかもと考え、前日に両親のところへ泊まらせてもらうことにしました。 そして当日、娘ひとりで中学校へ歩いて行かせたのです。 娘の話によると、中学校へ向かう途中、同じ方向へ歩いている受験生は皆親と一緒。校門まで一緒なのかなと思っていたら、そのまま受付まで そしてその後は保護者用の控え室へ 心細くなり他に同じようにひとりで来ている受験生がいないのか探してみたけれども、 分かったのは親が来ていないのは娘だけということだったのです。 姉3人に鍛えられ対等に口げんか出来る末っ子なので、いざとなると気が強くなり、その現実を受け入れて気持ちで負けないよう頑張ったとのことでした。 筆記試験の後は面接試験もありましたが、それも冷静に応えられていたようです。 昨晩、そのことを教えられて「たいしたものだ!」と誉めてあげたら喜んでいました。「もしかしたら、その中学の歴史上初の事件かも・・・!」と言ったら苦笑いしてました。(あんたのせいだろ・・みたいな)とはいえ、まわりと自分だけが違うという体験をし、乗り切ったことで自信をつけたようです。この話のやり取りとその後の言動を見て、たった1日で急に大人びたと感じさせられたのです。 テストの結果はいまいちだったようですが・・・。 学校側は親が来ずに子供ひとりで受験させている状況をどのように評価するのか?評価対象になるのか? そこはよく分からないところです。説明会で保護者の控え室があるということを聞き逃したのかもしれないし頂いた受験要項には、そのような注意書きはまったく無かったので、子供ひとりで行き帰りできるのにわざわざ親が連れて行くまでもないと決めつけたのがいけなかったのかもしれません。不合格の時には私の責任ですね。(^_^;)
2014年11月08日

先日、元社員同士のウェディングパーティに行ってきました。 退職して5年以上経っているのに、披露宴に呼ばれるというのはこれまでにない経験です。それもそれぞれが現在勤務している会社は利害関係があるのでアウェーの試合に行くような感じです。わざわざ2人揃って会社に来てくれてそして乾杯の発声とのリクエスト・・・・・・「大丈夫?」という問いかけにも動ぜず、「お願いします」とのことで引き受けることになりました。乾杯の発声では、話したいこと、伝えたいことが沢山ありすぎて2人の勤務先に遠慮せずに話させていただきましたが、話が長すぎて巻が入りそうなタイミングギリギリで「かんぱーい!」という具合にお役目を果たしました。パーティでは、両家の親御さまより何度もお礼の言葉を頂きました。何度も何度も感謝されるというのは決して悪い気分ではありません。2人共、社会人として立派に仕事をして自立しているのですが、いつまで経っても親は親であり、我が子の門出がとても嬉しいのだと言葉に現れていました。パーティの最後に新郎挨拶がありました。インターネットで調べた挨拶文をコピペしたような文章を棒読みし始めたので、クレームをつけたところ本人の言葉で挨拶し始めました。彼らしい言葉になり、とても良い挨拶になりました。アウェーの中にぽつりと席を用意され、どうなるものかと思いましたが、とても楽しくお祝いすることが出来ました。写真は2次会が終わった後に2人と撮った写真です。後ろに元社員のひとりが・・・。
2014年11月06日

「肉親との死別、貧困の日々、自殺未遂・・・数々の苦難を乗り越え、独学で築き上げられた思考の結晶。1936年のヒトラー台頭を機に、大衆運動について思索をはじめたホッファーは、その頃出合ったモンテーニュの『随想録』に魅了され、34歳にして思考を文章にすることを志す。それから15年後に処女作として発表された本書は、世界的なベストセラーとなった。」エリック・ホッファー著の書籍『大衆運動』の裏表紙側の帯に書かれている文章です。 10月中に読了する予定でしたが、内容が重たくて読み進めることが中々かないませんでした。静かにゆっくり時間を採ることが出来なかったことも原因です。今日は久しぶりに予定が全く入っていないので、朝からこの本と向き合いました。読了した時に、この本を読んで良かった!読了出来て良かった!重たく難解な本だけれども、ある程度は意味を理解しつつ興味深く読み進める事が出来た自分自身に対する嬉しさを感じていたことによる喜びです。以前ならば、たとえ読了出来たとしても最後の1文字まで、意味が分からないまま文字を目で追って終わり抜けたというだけだったと思うのです。原書の副題は「大衆運動の本質に関する考察」とあるのですが、この本は当時までの過去における、あらゆる大衆運動について論理的に解説しています。著者、エリック・ホッファー氏は65歳で引退するまで、サンフランシスコ港の荷揚げ労働者として働いていました。この著書を書いている時にも荷揚げ労働していたというのですから驚きです。この本を読むと、彼の思考が分かってくるのですが、それは「あぁ〜 自分にはまったく歯が立たない思考であり、そして論拠建てだなぁ〜」と、自らの頭の悪さというか未熟さを突きつけられます。しかし、面白いのです。なるほど・・・とうなずけるのです。思考と論拠の組立方について大いに勉強になるのです。そして、肝心の大衆運動についても・・・・・・です。大衆運動についてはまったく興味もなく、関わりもない私なので、このような本を読むことなどまったく想像もしていないことでした。この本を書店でもしも目に止めたしても手に取ることなどありえません。仕事に関係していなかったら絶対に読むことなどなかったでしょう。そのような本との出会いという中に、目が見開かれることがあるもので、久しぶりに良書に出合うことが出来ました。知らないままで良いことも沢山あるのでしょうが、知っていた方が、更に理解出来た方がより良いこともあるもので、今回はとてもラッキーでした。ついてます。
2014年11月05日
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