2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全21件 (21件中 1-21件目)
1
土日セミナーで気力と情報、そして新しい友人を得て充実しておりますかめでございますただ、おかげさまで連日お仕事と講座と参観会などで走り回っておりまして、昼食もままならぬ状態です夕方からは家事にいそしみ(家の中を一人走り回り)子供達それぞれが私を追いかけ追いかけ「ママ、聞いて聞いて♪」状態でございますフルタイムのお仕事を持つおかあさんには本当に頭が下がります固定収入が約束されていない分、自分で仕事の調整はある程度できますから・・・しかし!この季節しばらく公共施設や学校めぐりが続きます・・・子供達を布団に入れて、絵本を読ませるうちに子供がうとうとし始めるとつられて私もうとうと・・・9時半には眠ってしまうことも・・・胆石持ちなので、過労は禁物と、言い訳しつつ・・・フォーカシングからつづくお話を金曜日の夜には書けるかな・・・?と思っています明日も早いので、いつもきてくださっているみなさんごめんなさい今夜はこれにて!みなさんのところにもまとめて週末におじゃまさせてくださいねm(--)m
2003.10.29
コメント(6)
フォーカシングはカウンセリングやワークショップ現場だけのテクニックではなくて例えば気功の練習にしても、身体感覚と意識の確認は様々な角度から行われますし(意念といいます)私が師と仰ぐ方々から教わってきた中でも大半が『自分の心、意識、身体感覚、感情』にフォーカスしていく時間に費やされていますそれだけ普段の生活の中では、私たちはこなさなければならない(と思っている)ことが多く、その時々で立ち止まって”今、私は何を感じているか”を確認する余裕などない暮らし方をしているという言い方もできます(もちろんこれはすべてに当てはまる言い回しではありません内面の充実と外界との心地よい距離を維持されている方には該当しない内容でもあります)ワークやセラピーを受けてくださる方の多くが持っている悩みや心のしこりとして多いのはなぜ人の話を聞くことができないのか?聞いてもらっている感じがしないのかなぜ人とつながっていない孤独感を感じるのか?どうして受け入れ、受けとめてもらうことができないのか?(愛する、愛せない、愛を受け取るも含まれます)すべて人のせい あるいは自分のせいにしすぎてしまうという思いが大半をしめていますそういう場面に出会ったときでもいいですし後からもう一度そのときの心の動きをなぞっていってもいいかもしれませんそのとき体に感じる違和感に注目していってあげるのです(すみません子供が帰宅したのでおやつタイムです)(さらにすみません、明日東京でヒプノセラピーの創始者リンダ・ローズ博士のコースがあるので準備と・・・・レンタル明日返却のビデオを今から見なければなりませんフォーカシングのお話のつづきは後日・・・あ、話のオチは掲示板のWTHCCさんの書き込みをご参照ください(爆)では今夜はこれにて~おやすみなさい
2003.10.24
コメント(4)
フォーカシングは催眠療法でも使っているテクニックです聞けばみなさん、子育てで多かれ少なかれ使っている方法だと気づかれるかと思います子供達が体の痛みを(たとえば今日学校で転んだとか、友達と喧嘩をして叩かれたとか)訴えるとき痛みと同時に、何か聞いて欲しいようなそぶりや問いかけるよりも前に、その場面にまつわるストーリーを話しだすようなことってありませんか?実際には、痛みはすでにそこにはないのかもしれませんしその記憶が痛みを呼び起こすのかもしれませんまた、母親に訴えを受け止めてもらうことで安心してそのとき出せなかった感情を解放するときに痛みが再現するのかもしれませんよくあるのが、話しをじっくり聞いて「痛かったんだね。」と声をかけると「ううん、もう痛くない、平気。」とけろりとしてしまうということもちろん「ここが痛い。」と始めに切り出したのはウソではなくて感情の記憶とともに痛みが再現されるのでしょう「ここが痛いんだね。」と、一緒にその痛みをフォーカスすることで容易に癒されていくことでしょう子供は潜在意識がオープンな状態ですから催眠療法もそのほかのテクニックも使えませんですが、逆に言えば、常に催眠状態なので過去に閉じこめた感情というのはないのですすべて”今”ですどんな訴えも、慌てず、落ち着いて対処していけば大人になってから心身に影響を与えそうなトラウマを回避することができるのですつづく昨日のワークでのセッション・・・かめ「その先へ歩いていくと今現在の問題に必要なアドバイスをくださる方と出会います・・・。」「犬です。目がくりっとしたかわいいわんちゃん。」かめ「質問してみて。」「何も答えてくれない。話せないって言ってる(?)歩き始めたのでついて行きます。」泣き始めるかめ「何が見えますか?」「きれいなわきみず・・・。そのままでいいんだよって聞こえます。みんな違っていていいんだって。わたしはわたしのままでいいよって。(泣)。」かめ「泣いてもいいんですよ・・・。」ふと泣きやんで「この水のようにみんな誰でも澄んで透明になっていくんだよって。湧き水の向こう側はにごっているけれど、こちらは澄んでいるでしょ・・・どんどん湧き水があふれでているから何も心配いらないよそのままでいいんだよって。」かめ「犬はどうしてますか?」「そばにいてくれてる・・・ああ、そうだ私小さい頃こんな犬が飼いたかったんだ。うちは飼えなかったけれどうれしい。」かめ「大人の○さんにきてもらいましょうね。」「小さい私がだっこしてほしいって。だっこしてあげました。」かめ「どんな気もちですか?」「ずっとひとりぼっちだったって。不安でしょうがなかったって。来てくれてうれしいって言ってます。大丈夫だよって抱きしめてあげています。」しばらくやりとりがあってかめ「ではそろそろお別れの時間です。」「ううん、このまま小さい頃の私は私と一緒にいます。私が認めて大人の私が見守っていきます。」かめ「では小さいころの○さんをあなたの中でしっかりと受け止めたまま現実に戻ってきてくださいね・・・。」催眠から覚めたその方はこう仰いました「ここへくるときはいつもからっぽにしてくることができます。かめちゃんがすべて受け止めてくれるって安心しているから。でも、今自分が自分を受け止められたような気がしています。」ありがとう と聞くより何よりうれしい言葉でした*********************今日は午前中にヨガへ来週のワークショップに来られないと言う方のために(あまり間隔を開けたくないので)ヨガの先生にお教室(先生の持つ借家のひとつでヨガと英会話の教室)を貸して戴けませんか?とお願いすると「いいわよ。」と快諾していただきました言い出すまでは(あつかましいかな・・・ゲストの講師できていただくより先生のところにきたほうが安いから先生の教室に便乗してるようでこれは過剰搾取だろうか・・・?)と自問自答していたのですお教室の使用料もいらないとのことで「じゃぁ先生出世払いね♪」と先ほどの思いはどこへやら図々しい私そういえば、いつのまにか先生も”かめちゃん”と呼んでくださっていることに気がつきましたありがたい。本当に多くの方に支えられて成り立っているわたしですそして、一番メンタルサポートしてくださっている楽天仲間のみなさん・・・(* ^)(*^-^*)ゞちゅ
2003.10.23
コメント(31)
午前中にワークショップ午後は隣町の幼稚園へ後輩と出掛けて5時に終了・・・ダッシュで帰宅して夕食を作り・・・私は夕食を抜いて体を休め(作りながらつまみぐいはしてます^^)絵本を読みながら9時には寝てしまいました夜中にたくさん夢を見ました初恋の男の子で、6年生までずっと仲がよかった人が大人になった姿で現れて「結局離婚しちゃった。」と言ったのです実際、今年の夏に二十数年ぶりに行われた同窓会で唐突に彼の家庭の問題を聞くことになり離婚回避の提案や、感情のもつれをほどくアドバイスをしたことがあったので夢から覚めてもなんだか複雑な気分・・・彼にはカウンセラーであることは言わなかったのですが男女の意識があまりない小学生時代の兄妹のようだった間柄の私ということともう実家は地元にはなく、彼の住まいも県外なので打ち明けやすかったのかもしれません彼とは中学校に入学してすぐに喧嘩というか塾がらみで起こった行き違いで疎遠になったしまっていましたがそれまでは、何するにも一緒だったのです修学旅行や林間学校でもいつも「一緒の班になろう!」という二人に周りが集まってくるという感じ彼にはしあわせでいてもらいたいな・・・と思っていたのにな同窓会の二次会まで、私がだれだか気付かなかった彼「同窓会が5年前にあったら、絶対つきあってって言ってた。」ちょっとまて。さっき6年前に結婚したと言ってたでしょ。さわやかな少年がこういう調子のいいことを言うようになってしまったことにがっくりして「あのころのGちゃんは、おやじになっちゃったんだね~。」とぼやいてやりました(爆)私もさらりと近況を話すと「苦労したんだね~。」とちょっと昔の表情に遠くの従兄弟より近くて、女友達よりちょっと遠いこういう感覚の友人は貴重だけれどやはり妻帯者では連絡もコミュニケーションもはばかれますねどうなったかなぁ・・・ただ、遠くで心配するのみです
2003.10.22
コメント(0)
午前中ひさしぶりにヨガへ出掛けました講座のゲスト講師で先生をお招きしているのでもうちょっとなんとかポーズがとれないかと想うものの先生のところでフルに体を動かすのは久しぶり・・・(うわっ!かたくなっってる~~)と心の中でつぶやきながら先生の「決して無理をしないように・・・1センチがんばろうとしないで1ミリを目指しましょうね・・・。」といういつものセリフも何故か私に語りかけているように感じていましたら時折目が合い、最後には「1ミリでいいから。でも10日で1センチ(笑)」ああ、やっぱり(爆)考えてみたら、今日はいつものお気楽極楽メンバーの木曜日でなくて上級組の火曜日でした・・・ま、自分のペースが最優先てことで・・・^^体はまったく不思議で、前屈も(これ以上前に行かない)と思うとそこでストップしてしまいます開脚で手をひじまでついてから(ゆるんで・・・リラックスして・・・)と心の中で声を掛けていくとそこからさらに頭が床についておでこも・・・うきゃー!たまに開脚で調子にのるとなかなか閉じることができませんでしたその後骨盤を閉めるポーズを念入りにやって気持ちよい『屍のポーズ』ただ仰向けに寝るだけなんですが・・・催眠療法の誘導と同じことをポイントをしぼってやってくださるのです・・・すぐに心地よい状態へ・・・でも2分位しか時間を割いてくださらないので何か観ようかなと思ったころに「さぁ目を開けて!」という合図・・・体がほぐれたおかげで腰のおさまりがグッド!最近PCを寝室に持ってきてから首が疲れがちだったのもほぐれてすっきり!視線が高くなったので背筋が伸びて気持ち高くなるのかもしれません帰りに、トレッキングシューズと帽子を買って帰りました来月、原生林にネイチャーワークへ出掛けることになったのです「人とつながれない・・・。」と悩む方は私がごちゃごちゃ言うよりも、人工物のない大自然を黙って一緒に歩くだけで充分自分とつながっていなければ、人ともつながることは難しいです肩書きで必要とされたり、なにがしかの力があっても感情を表現することが素直にできないと自分の周りにある何気ない幸せに気付かなかったり見落としたりすることもあるでしょう「あなたの幸せは、そこにあるじゃない。」そう言われて気付くよりは、宝探しは自分の手でしたほうが何倍も楽しくて、ずっと大切にできると思うのですトラウマは充分すぎるほど心の中でこねまわしたストーリーになっている方が多いのですが楽しかったことにフォーカスしていくと一気に「今も、楽しんでもいいんだ。」と現実を生き生きと見渡せることができるように思いますここ数ヶ月は、催眠療法の中でまったくトラウマに触れていませんポジティブなものをしっかり心で確認できれば催眠から覚めたときに親へのうらみつらみ(?)が「親も色々あって仕方がなかったんだよね。私が今しあわせならいいんだ。」と現実の自分自身の言葉で整理されていきますこういう場面に出会うたびに、いつも思います『今がOKなら、過去のすべてがドミノ倒しの逆送りのように肯定されていく』幸せの循環は、あなたの心が決めるんだなって・・・
2003.10.21
コメント(7)
講座の中で、一番始めに参加者が”はっ!!”とした顔をしてくださるのがスワイショウをしながら、力を抜くことを伝えるときですたとえば・・・両肩が前後に揺れるときに、意思を使って肩を動かすのと肩が動きたいように動かせてあげるのとでは力の掛かりかたが違うのです肩の力を抜いて両手を前後に振る・・・ただそれだけのことなのですが実際にやってみると不必要な力がかかっていることに気づける人はすぐに肩の高さが変化しますし?マークが浮かび始めた人ほどどんどん肩に力が入っていきますしばらく様子をみたところで私の手のひらの上に相手の手のひらを載せてもらいさっと私の手をよけます肩の力が抜けていると腕の重みですぐに腕がぶらんと降りて真下あたりで反動のため小さく揺れます反対に、肩に力が入っているとゆっくりと腕がおりていきます「私に預けて。肩の力を抜いて。」繰り返しますそれでも抜けない人には「力を抜かないで。もっともっと肩に力を入れて。」逆のメッセージを送ります意思と潜在意識が相反するときには有効ですもちろんそのまま「これ以上力が入らないと思ったら緩めて。」その感覚をみなさんにつかんでもらったら「わたしのマネをしないでください。」と告げます「これは私の体です。肩の位置も日頃の運動も体系もみなさんとは違います。」「みなさんの体が一番気持ちのいい動き方を知っています。」「さぁ、会場を好きに歩いてください。どの場所が好きかなって探しながら・・・外を見て、ああ田んぼがきれいだな。なんて思いながらこの会場や、一緒にいる人達の空気をなんとなく感じてみてください。」そうするころには、(何が始めるのかな?どんなことをするのかな?)という受け身の雰囲気が変化してみなさん照れ笑いしたり気持ちよさそうな表情に変わっていきます先週の参加された方の中には、「なんだか子供みたいな気持ちになってきてしまいました。」と笑い出しそれにみなさんつられて笑顔になっていきます私たちはだいぶ長いことお手本に添うように、立派な先生の型や振りを学ぶようにしつけられてきましたもちろんそれは”身を美しくすることも含まれる躾”でしたが”自分自身に合った”もしくは”アレンジすることを許された”環境や学習形態ではなかったですよね(単純に言ってしまえば、義務教育や受験システム、そのほかのことなのですが)自分をリラックスさせる許可を与える権限は自分自身が持っていること自分にあったペースでリラックスすることを許される場リラックスするとはどういう感覚なのかここから入っていくと、催眠療法の誘導もスムーズです誘導は、体の各部分をリラックスさせていきますので緩めるという状態を自分自身でつくることができないと催眠状態そのものを体験することは非常に困難になってきます子供時代の心の痛み、子育ての疲れ、人間関係様々な心のこりを抱えていらっしゃる方をまず緩めて、ボディワークでほぐして話しをゆっくり伺って、みんなでディスカッションし自分がなりたいおかあさんの言葉掛けの練習をして催眠療法で涙を流したり、元気や勇気を取り戻して大事なパートナーさんやお子さんのところにお返ししてここぞというときに”にっこり”できるおかあさんを養成しています そしてそれが、かつて私の心の宝地図に描き現在実現していることなのです♪*************************三号がおとといより風邪気味・・・今度は違う風邪のようで咳と鼻水自然界の抗生物質といわれるプロポリスをOリングテストしながら量を決めていきますビタミンBもOKでした(飲ませながら思い出しました・・・粘膜や神経系はビタミンBでしたものね)先日習ったダーマセラピーも子供の風邪対策のツボだったのでタイムリーでした咳には薬指の第一関節を100回以上こするとありましたが数回で効果ありで、試した私が驚いてしまいました三号とお昼に買い物に出掛けました「何かひとつお菓子買ってもいい?」とおねだり三号「どれが好きなの?」 ひとつ決まります「それが一番いいんだ(笑)」「やぱりチョコ。」「どれがいいかな。」この繰り返し作戦。まだまだ見破られていません(ふふふ)ついに三号はいちごチョコに決定「え~本当にこれでいいの?」と私「うん、だってね三号ちゃん”しあわせになりたいんだよ”。」「え~(笑)」「このチョコ買って幸せになりたい。」「そうかチョコはしあわせ気分になれるもんね(爆)」「ママもしあわせになりたいでしょ?」「うん。」「三号ちゃんママにしあわせになってもらいたいの。三号ちゃんと一緒にしあわせになりましょう(笑)。」「ママも三号ちゃんにしあわせになってもらいたいよ(笑)」「じゃぁチューしましょう。」お菓子売場でチューしてる変な親子はわたしたちです(爆)で、結局ベビーチョコを買いました^^いつもはケチな三号ですが、学校からお兄ちゃんとお姉ちゃんが帰宅するとみんなで分けることができました^^***********************めぼしをつけていた新たな会場に、利用方法を尋ねに行ったところ利用料は無料とのことでした!が、営業目的はだめ 必要経費程度なら会費を徴収してもよいとのこと・・・難しい・・・東京方面のワークショップやセミナーへ講師あるいは参加者として出掛けている(出掛けたことのある)方達から「地元で受けられる」「良心的な値段」「子供が通園通学中に勉強できる」とポジティブなメッセージをくださって、(たとえお世辞でも)うれしい限りです私も東京へ通いながら常々(子供を持つおかあさんたちの学びの場はどうして身近にないのだろう)と考えていました一方で、まだ子供が小さくて仕事にも出られないので自分のために自由に使えるお金がない周りに子供を預けられる人がいないので託児があれば参加したいけれどワークのお金にさらに毎回託児のお金が加わるとなるとパートナーに相談しなければならないそういう声も直接お電話でいただきます「本当にすぐにでも受けたいんですが・・・。」就園前の一日中子供達と過ごすおかあさんたちの煮詰まった状態を思い浮かべながら(もっと価格を下げた方がいいのだろうか・・・)そんなことも考えてしまいます不景気で家計節約している中専業主婦の中には自分の事は後回しになりがちの方も・・・おかあさんがストレス発散できないと疲れて帰宅するパートナーもお子さん達もそのおかあさんの余波を受けてしまいます・・・みんな大事なのに・・・みんなやさしくなぁれ・・・でも ときには 怒って見せることも大事明日はこのテーマでいこうかな・・・
2003.10.20
コメント(10)
昨日は夕方5時頃に眠ってしまいまして・・・みんなが夕食を終えた頃に起き出し、学校から帰った妹と夕食を一緒にとってまたそのままお風呂からあがった子供達と早々に眠ってしまいました今日は復活!子供の通う保育園のイベントへ!小さなお祭り気分で親子共々楽しかったです♪『やさしいフォーカシング』というタイトルのこの本自分でできるこころの処方というサブタイトルがついています著者はアン・ワイザー・コーネルというフォーカシング創始者のお弟子さんで、日本にフォーカシング・ブームを再燃させる火付け役になったという方フォーカシングとは、カール・ロジャースの流れをくんでうまくいったカウンセリングのエッセンスを集約・体系化したテクニックです心でも体でもない”あいまいな実感”を手がかりにこころのメッセージを聴いていく静かで穏やかなセルフヘルプです*忙しすぎるのかもしれないけれど、最近自分がほんとうは何を感じているか何をしたいのか、わからない気がする自分で自分がわからない方*時々すごく不安になったり怒りとか悲しみとか、強い感情に襲われてしまいどうしていかわからなくなる。そんな感情に圧倒されてしまって、自分ではお手上げになる*これからどんなふうに生きていくのか、今の恋人とどうするか結婚したおうがいいかどうかなど色んな場面で自分で決定しなくてはならないことがあるけれど決めることができないいつも人の目を気にしていたり、他の人はどうしているかばかり気になって自分で自分の気持ちを決められない*~しなくちゃと思うことがあるけれど、ずるずるとのばしてしまい手が付けられない*最近なんだか自分を大切にできていない気がするもっと自分とじっくりつきあいたい自分の心に耳を傾けて、あげたいのだけれどこれまでのやり方ではあまりうまくいかない気がするだから心理学を学びたい、心理学のセミナーに行きたいとも思うのだけれども無理矢理心をねじまげられそうで何だか怖い気がするもっと穏やかで、やさしくて安心できるそんな自分との 心のつきあい方を教えてくれる方法そしてできればセミナーなんかに行かなくても自分一人でもできる、そんな方法はないものか*最近いろいろなことで悩んだり、迷ったりしていてちょっとしんどいできればカウンセリングを受けたいとも思うのだけれど見も知らない人に悩みを話すのは何だか抵抗があるお金も高そうだし何だか無理矢理自分を変えられそうで怖い気もするカウンセリングを受けに行かなくてもカウンセリングを受けたのと同じような効果のある、そんな自分とのつき合い方を教わりたいそういう方におすすめの本ですそしてカウンセラーや心理療法家にも役立つ『自分に触れる力』を高めてくれる基本的テクニックです来談者中心療法という手法をもっと自然にそしてソフトでありながら、より積極的に何をどう感じているのか関っていくそんな姿勢ですもし、みなさんの身の回りに「この人は私の話をしっかり聞いてくれているなぁ。」と感じる方がいるとしたらその方が実践されている聞き方かもしれませんね私も読み始めたところなので、ご一緒にいかがですか?
2003.10.18
コメント(6)
知人に催眠療法個人セッションのご依頼を頂きましてランチの間ず~~~~~~~~~~~~~~~~っと小学校三年生のときから現在までの山アリ谷アリの出来事を時に額に血管を浮かべ、時に目に涙・・・そう・・・つまり・・・これは?!カウンセリングランチですね!!リリーさん風に言えばコンサルテーションランチですね!!でもって、フォーカシング協会にも入っていらっしゃって恩師の方が会の世話役をされていらっしゃるのでフォーカシングが催眠療法に応用できるかというお話を伺いたかったのですが、先生が翻訳された本をプレゼントしてくださったので、フォーカシングについては自習&感謝「本をいただいたお礼に今日はごちそうします。」と私が支払ったのですが、「これいい?」とそこのお店のスタンプカードをレジに・・・(笑)「今度はゆずりませんからね~、ここのカード持ってないけど(^^)」と負けないかめでした(爆)「アサーションのセミナーをしているのに。」とハモリそうでしたが(笑)本人も仰るように自己啓発系だけやってきても傷をそのままにしてある部分が時折痛んで現実に影響があるのかもしれないということでしたそれだけ素直に話せるならば大丈夫、すぐ楽になると思うのですがテクニックは山と持っていらっしゃる方なのでご本人が話しながらいともカンタンに整理がついていくような気がしています
2003.10.16
コメント(8)
本日の講座にいらしたおかあさん自己紹介しながらすでに泣き始め、これまでの経緯受講したセミナー、セッション、読んだ本の数々両親のこと、姉妹のこと、家族のこと泣いたり笑ったりでノンストップで吐き出されていきました催眠療法にはいると、何を見ていても嬉しそうにビジョンとの会話を楽しまれていました「本当に子供の頃に帰ったように友達と公園で遊んですごく楽しかった!」とのこと・・・自分が主役の映画のように映像が流れていくのですそして、現実の意思を保ったままでその映像の中で、自由に選択したり話しかけたりすることができますアドバイザーを呼ぶ場面では「誰も出てこない。」と仰るので自分自身との対話にします(私自身は、私とのことが多いです)『答えは自分の中にある。心の奥底に。』そういうメッセージを受け取っていくのは初めてのようで、何度も「えっ?えっ?何を言っているの?どういうこと?」と自問自答しながらもうんうんとあいづちもうたれていますかめ「豊かな感受性をどのようにコントロールしたらいいか何かアドバイスをお願いしてみてください。」あまりにオープンな性格のために、逆に相手が本音で話してくるので傷ついてしまうことが一つの悩みと伺っていたのでポジティブな問いに置き換えて尋ねます『感受性はそのままでいいって。コントロールする必要はないってそのままでいいよって。色んな体験をしていくことが大事。そうなんだ・・・。』かめ「家族について。さらによりよい家族の関係を築くためにメッセージをお願いしてみてください。」『子供と一緒にたくさん経験していくといいよ。子供達をそのまま受け止めてあげて。大丈夫』すっきりと目覚めた後、座布団の上でごろごろしながら「気持ちよかったぁ~♪」と本当に幼い笑顔で微笑んでくれました本や、セミナーで『ありのまま』という言葉に触れていても自己否定が在る限り、容易に受け入れていくことは難しいのです納得できていないけれど、周りや、指導者に合わせてさらに”いいこ”をして無理矢理『ありのまま』に添ってしまうと意識の下でさらに自己矛盾を重ねていくことにもなりかねません・・・クライアントさんがそこにくるまでにすでに充分すぎるほどトラウマやネガティブな思考は繰り返されているのでご本人の中にある明るい部分にスポットを当てていきますそれを象徴するかのように(?)途中から「あれ?何だかまぶしい光が・・・何だろう?何で?」と繰り返されていました・・・4年間引きこもりの女性は講座が終わる頃に見えました・・・心も体も傷だらけ・・・としか例えようもありませんが2時間ほど、お話をするうちに2Mほどの距離まで近づいてきてくださいました・・・終わる頃には「水まんじゅう好き?」と尋ねられ「うん好き!」と返答すると「今度もってくるね!」と目を見て笑顔で・・・駐車場まで後ろ向きで歩きながら別れ際「ありがとうって言いたいんだけど、うまく言えない。」と・・・「もう、伝わってるからね^^。」と手を振って別れましたカウンセリングも説教も催眠療法も使えない分裂病彼女との会話からの切り口は、ダンス、木、体に響くドラム・・・ドラム? ひょっとして夏に習ったインディアンドラムは使えるかな・・・でもおかあさんがそういうことを受付なさそうな様子・・・いつも半べそ顔のおかあさんがなんとか楽になってと願いますお二人によれば、半年前、たまりかねたおかあさんがいい加減に独立してと仰り家を出ていく日を、半年後の10月15日に決めていたということでしたおかあさんが講座を”天の助け”と大げさに仰っていた意味がわかりました今期講座の初日が10月15日・・・友人開催のダーマセラピーのお誘いがあって私の講座を一週間ずらし、さらに曜日も木曜から水曜に・・・なんともいえないシンクロにシティでしたさて、先の女性と後の女性は、かなり共通点があります若い頃は何でも積極的に行動、体験して本人も自分自身の可能性にかけていた時期がありますそのうちに、生い立ちの中での親からの仕打ちによる心の痛みが現在の出来事とオーバーラップしてバランスがとれなくなって行きました心が苦しくて、セミナーやカウンセリング、果ては精神科も尋ねて癒されようとしたあたりまでお二人は本当によく似ています違う点は、母親から独立しているかということと前者の女性は(無宗教ですが)「神様に自分に一番ふさわしい人に出会えますようにと何年も祈っていた。」その結果人間的に素晴らしいパートナーを得ることができたそうですそれに気付いたのが、セミナーめぐりをして学んだことをパートナーに話すと、「すでに知っている。」と交通事故で九死に一生を得たときの話しをしてくださったそうです尊敬するパートナーの支えがあって、自分癒しをしている・・・私が出る幕がなく、ひとりでに変化していける人はきっと家族の”支え愛”に恵まれているのだろうなと感じました
2003.10.15
コメント(4)
・・・今、日記を書き終えて送信直前にキーボードの裏面にある足を直したところ・・・どこかに触ってしまい日記が消えてしまいました・・・百戦錬磨の大先輩の引き出しから、私にちょうどの知恵を分けていただくつもりでお出掛けしてくることにします^^v(小学生の後輩のような感覚でとお願いしたのを、何か勘違いされて”ちゃん”づけでメールをくださるのもアイタタなのですが・・・私に児童退行癖があると思われていたりして・・・)************::*************『新しい人間観の提唱』宇宙に存在するすべてのものは、つねに生成し、たえず発展する。万物は日に新たであり、生成発展は自然の理法である。人間には、この宇宙の動きに順応しつつ万物を支配する力がその本性として与えられている。人間はたえず生成発展する宇宙に君臨し宇宙にひそむ偉大なる力を開発し、万物に与えられたるそれぞれの本質を見いだしながらこれを生かし活用することによって、物心一如の真の繁栄を生み出すことができるのである。かかる人間の特性は、自然の理法に従って与えられた天命である。(以下の文章はいずれ←のページへうつします)今日の思い切りテレビの『逆転の発想』は面白かったですね眠れなかったら足首を動かす、手を冷やす、いやなことは忘れようとすうりょり紙に書き出した方がストレスがたまらない肩こりは押すより引っ張る・・・(もうひとつなんだったかな?)押すと凝りの軽減は短時間っだけれど引っ張ると効果が持続するそうです皮膚を持ち上げるときに、筋肉の表面の膜を動かすので結果的に筋肉にしなやかさが生まれると言うことは・・・以前、会いたかった同級生が行っているダーマセラピーの手法ですツボを押すのではなくて、面て引っ張っていくこれはレイキやポラリティーより実際的かもしれませんなぜなら元はスイナという中国宮中で用いられた医療気功(保健気功)なのでツボや経絡という概念を一般の方は受け入れやすいと思われるのですもちろんレイキの心得があればツボを刺激しながら口の中にシンボルをこっそり描いて、クライアントに恐怖心や猜疑心を与えるというカルマをつくらなくてもすみますあ、そうか、私先週のダーマセラピーの講座のことを日記に書いていませんでしたね明日は引きこもりの女性を迎えての講座の初日ですし早めに休むことにします・・・おやすみなさい^^
2003.10.14
コメント(8)
古いパソコンを直して、寝室で使おうと思いケーブルを買ってきました居間を通過するので白いケーブルを買って茶色のマジックで塗ろうかと考えていましたら、二軒目のお店でエコケーブルなるものを発見!茶色で壁の色にぴったりの上に、通常のケーブルの半分の太さです!♪こういうとき、ついつい「やったぁ!」\(⌒O⌒)/♪と口に出してしまうのがちょっと大人げない・・・子供達に「何々?なんだそれかぁ!」とあきれられてしまいましたがこんなことでもかなりご機嫌です父が開けてくれた壁の穴もなんとか通して部屋まで開通!あとは古いパソコンの中にある写真を転送して再セットアップしてCDRWとプリンターと・・・あ、その前に催眠療法のHP・・・秋の夜長・・・読みたい本は山のようにあれど・・・(実際枕元にうずたかく積み上げられた『つん読』状態掲示板で有言実行?というお褒めの言葉をいただきましたが(笑)実際は、不言実行と有言実行のちょうど中間のようです一人では出来ないことは、”やりたいではなくてやろうとしている”とお話しますそうすると、何故か援助者、情報提供者とつながっていきます 自分自身の思いの整理のついていない目標は人には言いませんそれを、潜在意識が想いもよらない角度から実現させる方向に行ってしまうこともあるからです
2003.10.13
コメント(10)
携帯のメールを整理していました何ヶ月も前のメールが何通か残っていて勉強していること、これからやりたいことをメル友に送ってありましたすでに実現して、活動している自分を想像していたその頃の私を裏切らなくて、とても嬉しいです他にはたくさん泣いていた私の姿もあって、ずいぶん強くなったものだと感慨深かったです二号も一晩で復活!学校が大好きな二号が平日に熱を出さなくてよかった・・・本人も「明日お休みで嬉しいけれど学校に行くのも嬉しいの。」と学校の支度をしているのを見ているともっと早く親としてのトレーニングを受けていれば一号も素質が伸びていくのを十分”放っておいて”あげられたのではないかと反省することが多々ありました一人の人間として相対し、正直に思いを伝え思い出したことは謝り、許しあいを繰り返して5年目になります一号から見て、親の嫌だなと思う面を傷つけないようにさらりと言ってくれるのは私よりはるかに大人です「そういう風に教えてくれてありがとう。」私も師や友人達、彼のおかげでずいぶん素直になれました何か書こうと思ったことがあったのですが・・・?なんだっけ?あ、そうそうシンクロニシティが多くて面白いのでまた・・・おやすみなさい・・・
2003.10.12
コメント(16)
どうしようかな?ダッタンそば茶をふうふうと吹きながら考えていましたカップを横に置いて、たった今書き始めましたマー坊さんの今日の日記は、とてもシンプルですが私の思いとシンクロしていていますちょっとひといきにもマー坊さんの日記はおすすめいつもちょうどいいやわらかさで言葉をつづっていらっしゃいます私は日常では、ゆっくりゆっくり言葉を選びます子供達とは、そのときのノリやリズムで話します友人から「機関紙に載せたいので、何か書いて。」といわれた事がありました面倒だから、私のHPから使えそうなものがあれば・・・とアドレスを紹介しました(そのHPはもうありません)しばらくして「ちょっと高尚すぎて・・・(使えない)。」「散文詩のような日記もあるんだね(難しい)。」ということであえなく没になりましたこことそれほど変わらないのですが高尚って何だろう・・・?しばらく彼女の機関紙のバックナンバーを眺めながら考えましたそれで、ひとつ気づいたことは・・・『お悩み現在進行形、けれども何かをきっかけとしてほんのちょっと光を見出した』というような内容がほとんどだったということです私が書いたものは、私が歩いているのはこの道でそこで得たものはこれこれで・・・石にけつまづいて、ひざこぞうから血が流れてというハプニングや悔し涙のことはあまり表現されていなかったからたんたんと乗り越えてきたように印象づけられていたのかなとも思いました性格的には、「ま、そこは私はこだわらないので、どうでもよいのですが。」と気にも苦にもならないので・・・そんな私なのですが、ここ数日みなさんのおかげでずいぶん理路整然と考えることができました思うところがあって、一号にフリースクールや私立の中学を勧めてみようか密かに思い巡らしておりましたちょうど情報集めが終わった段階で一号にも切り出す前でしたのでみなさんからのご意見、ご感想は本当に勇気づけられました子供に何を学んでほしいのか、学ばせたいのか講座で受講生に問いかけているからには、自分自身も逃げられない課題なのですで、一号に昨晩なにげなく・・・というより「えーっと、えーっと・・・今のこの学年でそのまま中学にあがるってどう?」「ん?今の組は今までにくらべたら天国です。うちの組にはいじめがありません。先生に感謝だし組を決めてくれた先生は・・たぶん学年主任の先生だと思うけれど神様だぁ~と思います。」「・・・よかったね。それで違う中学に行くということもできるんだけど・・。」「違う中学に行くなら県外がいいです~。地震がないとこにしてください。でなければ、僕は近くの中学にみんなと行きます。」しゅるしゅるしゅる~~私の燃えかかったこの思いは一号の言葉に沈火しかかりましたが、一回その公立中学を経験してみれば様子がわかり他のところとの違いも気づけるのではないかと思いましたとにかく逃げでなくて、あらかじめ選択肢を提示しておこうフリースクールの資料を元に、この三連休の間に一号とゆっくり話してみようと思っています***********************つづきます^^
2003.10.10
コメント(9)
昨日の日記に対して、Wholistic Time Health Care Clinicさんとごりママさんがご自身のお考えや教育への思いを正直に語ってくださいました書き込みを引用するような形ですが、私が日常で出会うおかあさん達も必ずといっていいほど、口にされる不安でもあります大なり小なり感じながら、それぞれの立場で悩まれ、選択されたあとも本当にこれでいいのか?という疑問は子供が就職あるいは独立するまで消えないように見えます過去の批判や権力への反発とはまったく別の方向を見ながらの話題です今の時代の親と子供が目標を見失ってしまった時に、それを選択肢が広がるチャンスと前向きに受け止めて『立ち止まって”一緒に”考えていける力』をおかあさん同士がお互いに育てあいながら歩いていけたらなと願っています前述のお二人の書き込みが、掲示板から消えてしまうにはあまりに惜しい大切な問題が浮き彫りになっています今日、たまたまこのHPにいらしてくださった方もあるでしょう(ありがとうございます)なんとなくでも心にとめていただきたくてお二方の書き込みと私のお返事を今日の日記とさせていただきますね(お二人のHPはお気に入りからどうぞ!)Wholistic Time Health Care Clinicさん>高校へ行くのは当たり前、今じゃ、大学も当たり前になりつつある日本ですが、何処もそうだと思ったらそれは大きな勘違い。オーストラリアも高校への進学率は50%と言われています.当然、大学への進学率はもっともっと低い。☆大学の進学率がすこ~しづつ下がったためにここ数年、大学の門戸が緩やかになってきました大検なるものがありますが、私立大では大検なしでという学校も出てきましたし、在日韓国人生徒が通う高校は、一般の高校とは認められなかったのでやはり大学進学をする人は、大検を受けなければなりませんでしたそれが、やっと日本の高校と同じように認めて大学受験が可能になったのも最近ですそれでもごく一部の大学が一歩踏み出したばかりです同じ子供で、同じ日本にある高校を・・・日本の教育”制度”には心が欠けています>何故、勉強しなければいけないのか、何故勉強したいのか、何故したくないのか、その意味を一つも検証することなくレールに乗せられて走らされている人間に考える力など身に付くはずもありません。☆それこそ大人も一緒に考えていく時間が必要ですゆとりの教育とは名ばかりで、先生は多忙になり子供は放課後多忙になるばかり・・・>「生き抜く力」を育てることをやめてしまった日本の教育に明るい未来があるとは思えないのが寂しい現実です。☆生き抜く力!貧しいといわれている国ほどしっかり身についているように見えるのはなぜでしょうか?自分で発見したり、自らの力で開拓、会得していく喜びや新しいことに出会う勇気は、幼い頃は誰しも持っている力と思うのですがそれをいつ、どこで、どのようにして失ったかを確認しながら子育てしないとなりませんねもちろん、私も今、真っ只中におりますので子供に問いかけをしているところです陰惨な事件が起こるたびに、さかのぼって「厳しく育てたけれど、子供がそれを親の愛情として受け取っていなかった。」という悲しい分析は胸が痛みます>かめちゃんのおっしゃるように「お試し」であった私達の世代が親になり中学生を抱える年齢に達して、そういう世代の私達だからこそ出来る教育を見出すことも有効ではないかと思います。過去に学ぶことは多いけど過去に捕らわれてばかりいても先に進むことは出来ないので、早く実践的な解決方法を見出さないと大変なことになるという危機感は強まるばかりです。☆本当に・・・同感ですよ・・・>不況を抱えて、学歴や肩書きが意味を持たない時代を迎えて、良かった点もあるし、ここでそれが意味するものをしっかり受け止めないと...それが今の親の使命ですねごりママさんごりママ621さん>今現在、まさにその受験に直面した息子を持つ我が妹。白髪になるほど悩んでいます。☆あ、妹さんが日本にいらっしゃるのですね>周りの社会に流されると、受験にどっぷりと浸かってしまい、塾に通わせその費用をパートで稼ぎ… そしてそのサイクルにキュウキュウにプレッシャーを掛けられた子供自身とその妹たち。 みんなかわいそうな思いをしているのです。先日電話で相談され、私はその社会から抜け出ることはできないのか…と聞きましたが。 答えは淋しく「できない」と。とても悲しくなりました。☆う~~ん・・・妹さんのお気持ちお察ししますというか、私も今、中学進学を控えて私学、フリースクール・・・色々考えています>我が長男は中学出たら丁稚(でっち)へと心に決めていますが、もし日本だったら…と思うと、やはり私も泣き寝入りグループに入るのだろうか…と考えさせられます。いずれにしても環境が変わらない限り、地域単位で変化がない限りとても難しい問題なのだと痛感しました。☆本当に・・・日本人はおおざっぱに言えば『皆と同じ』で安心する人種と言われているので周りと違う選択をするのは勇気が必要なケースもあるかも・・・いや実際にたくさんありますねこの国は、強くなければ、自由に生きられないのかも>妹自身もオーストラリアで4年間教育を受けた身。判ってはいながら…の精神でもとても辛いと思います。日本の生徒たち、み~んなこっちへ連れてくるかぁ?地球単位で大改革しよっか~? って思っちゃいます。どこかの大金持ちが一校でもそんな学校を日本にぶっ建てたら世の中変わるかなぁ?☆フリースクールや高校中退者受け入れ校、通信教育制度の普及で表に見えない場所では、生き生きとした教育を受けている子供たちがいますまた最近フリースクールのNPO法人化によって、運営が安定し体制が整ってきているところも増えてきていますただ、傷ついてきた子供達の癒しの場でもあるので、教育制度に物申すのを諦めて伸び伸びできるからフリースクールへ行かせようかというような思いでも困るようです私は、自分の目標に合わせて、自分で学習のカリキュラムをたてて余裕のできた時間は音楽なら音楽の、美術なら美術の専門家に指導してもらったほうがよっぽどその道の”楽しさ”を知るような気がしてなりません
2003.10.09
コメント(6)
昨日の日記の『学歴社会・・・』に関してリリーさんに書き込みをいただきました外から見た『ここがへんだよ日本人』も大切なヒントの一つです聞けば、「そういうのがいいよね。」と言える事をなぜ、私達は現実に手にしていないのか考えていくきっかけになります与えられる情報とお楽しみだけで過ごした場合人がどのように自立心を失っていくかを昨日の友人も危機感を感じていました自分で考えて、行動していくとてもシンプルな事なのに、子供達がその力を失っている・・・(もちろん、そうでない自立して、自由選択と自己責任を会得している子供さんもいます)それは、大人がモデルとして示してしまった姿でもあります非難ではなくて、私にも友人にも受講者にも依存心というものは大なり小なりありきつねの子別れのように、いついつきっかり自立ということは人間社会ではありえません自立したように見えた子供が引き起こしたあるいは引き起こしている現実の課題や問題に今だ悩む親心は過去をずっと検索していくのでしょうか?それとも、社会や学校のせいにするのでしょうか?先日の引きこもりの女性は、小、中学生の頃に母親が自分の気持ちを受け止めてくれなくて話さなくなってしまったと、高校になってからおかあさんに伝えおかあさんは仕事をやめて彼女の気持ちを受け止めようとしていますこの時点で、お互いを理解しあう動きがあればどんなに違ってきたでしょう子供の言い分に、自己犠牲をしたということで子供が支配とコントロールの力を得ましたその前は?子供さんの気持ちを受け止められないおかあさんが支配者の役だったのだと思います仕事が忙しいから・・・家事が忙しいから疲れているから・・・学校と家庭の関係も社会と個々の関係も同じです見えない支配とコントロールそれをみんな感じているのに・・・6・3・3制、高校に入学するための受験そして卒業より(学業を修めることより)入学することが大変な大学受験私の住んでいる田舎でも、最近、私立の中学校が創立されるようになりました中高一貫教育の重要性というのは高校受験がひとつの達成入学後に息切れしたり遊びに走ってしまうことも原因にあるようです高校中退者の殆どが高校一年の時というのもひとつの高校受験のひずみかもしれません話は変わりますが先日講演会でお聞きしたドイツ人教授によるとドイツでは義務教育は中学までその後は、丁稚(でっち)わかりますか?マイスター(親方)制度があるので、そこへ弟子入りして技術修行をしていきます受験といって何科目も平均して出きることよりその子供の能力や才能、意志と適正検査によって社会貢献できるよう適材適所に巣立っていきます高校進学は三割大学進学はもっと少ないそうです19歳になると兵役か福祉を選択福祉を選択すると一年半福祉活動を行いますこの福祉に使える期間に、一日8時間のホームヘルパーを一年半続けた青年がいました対象となるおばあさんは、長年暮らした古アパートを出て老人ホームに行きたくなくて行政はその意志を認めて、青年を派遣しますエレベーターもないその4階建ての階段をおばあさんをおぶって毎日散歩や買い物に行きます兵役より大変なこともあるかもしれませんただ、彼はそのことによって大きく価値観は変わります青年にもおばあさんにも毎月支給があります教育はすべて無料(外国からの留学生も大学は無料です)勉強したい人が、それぞれの求める道と方法によって社会と自分ができることとの関わり方を考えていく・・・そういう時間が、今の子供達にあるでしょうか?誰かと比較して、早い、上手、多い・・・そういう偏った方向で子育てしていった先輩おかあさんの失敗例はなかなか一般には届いてきませんそれで傷つくのも、そこから親子で立ち直っていくのも経験ですそういう言い方もあるでしょうカルマ?から引っ張ってきたり修行と言い換えることもあるかもしれません情報が並べられていたら、それを選択していくのは誰でしょう後で、あれは間違った選択だったと痛みを負うのはだれでしょう誰かがこう言います「私が味見して、美味しくなかったからあなたはこれだけを食べていたらいいわこれさえ食べていれば大丈夫何にでも効くのよ・・・。」しかし高度成長というローヤルゼリーで育ってきた働きバチさんがどうして去年は、3万人も自殺してしまったのでしょう?なぜ、20代の死因のトップが自殺なのでしょう?先日のヨガの先生のお話では、タイに在住している(旅行者ではありません)日本人の数が、この一年で1万人も増加しているそうですその大半が、定年後年金を細く長く使おうという世代そして二十歳前後の若者だそうです偏差値で細かく檻わけされ、共通一次、センター試験個性尊重の時代とお試しだった私達の世代はひょっとしたら変化に対して冷静かもしれません(またこんなのを始めたのかという受身でありながら被験者とならざるを得なかった私達ではありますが・・・)個人個人を大切にしようということが履き違えられて、先生は生徒を叱れなくなる場面が増えました最近では、その結果が違っていたのではないかという識者の意見があちこちで聞かれ文部省でもようやく、人と和をなすことに意識を向け始めています先生の信用を失墜させるような事件は珍しくなくなりました教育改革で大きく変わったのは週休二日制教科書で指導することを中学に先送りしたら中学側から「それは小学校でやっておいてくれ。」という有様です公立の中学の説明会では、授業だけでは勉強が間に合わないので、塾へ行くようにとはっきり仰るそうですおかあさんたちは、中学に進級した途端目の色がかわり落ち着かない様子で、情報収集を始めたり子供達にプレッシャーを与えだすようです一番、そっとしておいてほしいとき親御さんがうとましいとき心身ともにとても成長する時期勉強や小学校とは意味合いが違うテスト部活や友人関係と大人でもそういう状況ならば余裕がなくなるような状況で親御さんが、(よい学校に入るためだけの)受験勉強を強いたならばそれはただの支配者であり、子供の意志にそった協力者の立場とは大きくかけ離れたものになってしまいます学歴でなく、どんな目標があってその勉強の過程にも楽しみがあり、家族と笑い合える余裕がありその時々の年齢を生き生きと過ごすことがのちのちの心の成長にどれほど影響を与えることかを成功者に聞いてみるとよくわかると思います(ご参考までに・・・ごくごく一例としてですがドメスティックバイオレンス関連の書籍や講演会に行かれると、そういう言葉や暴力に訴える男性が育ってきた環境や家庭の傾向を知ることができます)*****************************************すがすがしい朝を迎えて、子供が学校に出かけるまでの間にも「うわぁ・・・。」とみんなで辟易するニュースばかり二号三号の、「何々?どうしたの?」という問いにニュースを説明するのも気が進まなくなります一号も、今の下の子達のように「何々?」と聞きたがったので、少し大きくなるまでニュースの内容を噛み砕いて伝えていました私の支離滅裂な表現に、父が上手に解説してくれるのでそのうち私ではなく、父に質問するようになりました私の整理整頓が途中の引き出しをリリーさん(Wholistic Time Health Care Clinicさん)が整理してくださったような気分です(ありがとうございました!)(^^)書き込みをこちらに転記しておきます学歴社会って何時から始まったのでしょうか?オーストラリアにも全くないわけではありません。ただ、一部の人間ですね。日本は右倣えで勉強したくてしているのではなく、医者になりたいと本人が心のそこから思って受験勉強しているのでもない。ここでも勉強したい人はします。でも、したくない人格も認められます。親の中には教育ママ、パパ的な人もいますが、数はとても少ない。自分を省みれば、我が子に親を超えて欲しいとは思うけど、天才のわけもなく、過剰な期待は残酷物語を産むだけだものねえ。教育制度にももちろん問題はあるけれど、すぐ回りに流されてしまう国民性にもっと問題がありそうです。良い意味での、本当の意味での「個人主義」をどうやって根付かせるか、それが課題なんでしょうか
2003.10.08
コメント(5)
今日は、CAPの活動をされている私の恩人兼友人兼同業の女性のお宅へ遊びに・・・いえ仕事もかねておじゃましてきました先週、7匹の子犬が産まれて『見にきてね!カワイイ~!』とFAXが入ったのですがまぁ、目が開くか開かないかのわんこがキュ~キュ~と^^♪親犬は、育児疲れだそうで私の来訪に大興奮!はしゃぐはジャンプするは目の前で遠吠えのようなお話をしてくれるわで、ちっともお久しぶりの会話に入れません「そっかそっか、子育ては大変だよね~ストレスたまるよね~。」と話しかけながら思いきり相手をしてからやっと椅子に座ると下から上目遣いに私を見ている視線を感じて目をやると耳の角度や白めの配分で”かまってよオーラ(?)”が^^近況をやりとりしたあと、最近の彼女の活動と私のワークの内容に話題が移りました彼女は養護学校の教諭をしていた経験もあり親業のインストラクターとしては非常に優秀で修了生のフォローを毎月自宅で行い、ネットワークづくりも温かみのあるものとして存在しています彼女が一番好きだという活動はCAPなのですがこの夏、私とほぼ時期を同じくしてオリジナルの講座を開講されていました第一回にも関わらず盛況でおよそ20名の参加者だったそうですもう、さすが!この方の自分自身の価値観を押し付けずそれでいながら、子供達の現場を見て歩いている中での気づきをおかあさんたちにフィードバックされていますとても現実的なやり方なので本人が暗に伝えたいあるいはカリキュラムとして構成している中でもおかあさんたちのつまづいている部分を発見すればそこで十分時間をとるという彼女ならではの『待ち』の姿勢のファンなのですが彼女は「時間内に出来ればね。」と苦笑も・・・時間内におさまる気づきはありませんあっけなく解決することもありませんどんなにサポートしても参加者の状態によってその人が受け取っていけるものしか受け取れないそれ以外は、誰かの価値観の押し付けやあるいは迎合させたり服従させるような・・・もしくは、大勢の中で疑問を投げかけたら疎外されるかもしれないという恐怖・・・そういうものを抱えていることを隠した上でにこやかに参加している人がどこまで自己開示していけるか、してくれるか・・・そういう難しさを聞かせてくださいました彼女が、プログラムを組んだ大きな動機は「学歴重視がどれだけ子供達にひずみを産んでいるか。」を一緒に考えていきたいということでしたそれ以外には・・・就園前の子供さんを持つおかあさん方のために何かできないかということを話あいました一番につまっている時期三歳神話というならば、三年母神話も大切ではないかとその時期に親子のコミュニケーションの基礎が築かれていくかもしれないことを思えばもっと大切に支えてあげたいのは小さい子どもさんを持つおかあさんたち・・・「一番しんどい頃だったしね!」と二人で共感しあいホームカウンセラー(カウンセリングの宅配)を「行政とタイアップして。」「あの辺の人材を活用して・・。」等次々とアイディアがしかし、彼女いわく「宣伝がニガテなんだよね。」「私もがんばらなくちゃと思うことはやらないし無理しないで口コミで続いているの。」就園前の子供さんがいる方の申し込みをお断りしていたのも彼女の利用している託児システムの情報のおかげで、解決!動けば人に会い 会えば情報が入る・・・ 情報はシンクロニシティ シンクロニシティは私の豊かな人生私のデスクトップにある言葉の一節です・・ (シンクロマスターさんのアイディアで待機中に流れるように入れてあります)
2003.10.07
コメント(2)
昨日、スーパーの駐車場で二号を注意しました「焼き鳥を買って!」と車の中からおねだり。焼き鳥屋さんのすぐ隣に停めたので車内はすでにいい匂い・・「美味しそうだよね。食べたいね~。でもね。どういう風に育ってきたかわからないお肉はだめなんだ。」二号はふてくさって降りたので、ドアを押しのけた拍子に隣の車にトンとぶつかりました。私がいつもドアを押さえておろしている事とドアにゴムのガードがついているので何事もありませんでしたが、母と三号に先に店内へ向かってと伝えて二号に「買ってもらえなくて、くやしいのもわかる。怒りんぼの気持ちになっているのもわかる。でもね、それを物にぶつけるとこういう事になるんだよ。二号ちゃんの買ってもらえないことと関係ない、よその人が車に傷がついて嫌な気持ちになって今度はその人に怒りんぼ虫がいくでしょう?」「わかった。ごめんなさい。」スーパーに入り母と三号と合流すると心配していた三号が、すかさず「泣いた?」「泣かないよ!」と強気の二号「でも二号ちゃん、しんぼりしてるよ?」「しんぼり・・・?」「うん、なんか泣きそう。しんぼり。」一同爆笑!「三号ちゃん・・・・それ”しょんぼり”でしょ?」今日の夕方、二号を連れてヨーカドーへ買い物に行くと「たこ焼き、美味しそうだね!でもがまんする。」「そうだね、一号くん三号ちゃんみんながいるときの方がいいよね。二号ちゃんだけだとうらやましいなって思うよ。」親に自分だけそうしてもらえると、自分がいない時にもしかしたら他の兄妹は特別扱いしてもらっているのだろうか?と疑心暗鬼になりがちです。とくにナイショができない三人なので・・・またしばらくして「何か食べたいなぁ・・・。でもがまんできるよ。出かける前にうちでおやつ食べたもん。」あ、そうか!昨日注意したことでがまんをアピールしてるのか・・・と思いましたゲームコーナーの前を通った時も「やりたいな・・・だめ?」と尋ねてきたので「みんながいる時に、考えてみるね。」とだけ伝えて・・・(旧夫が一緒の時だけOKにしてあったので難しい問題なんです)一度、みんなで話し合いを持たなくてはならないかな?書きながらふと思いました
2003.10.06
コメント(4)
以前、スローフェアを主催された方のセミナーが市民生涯学習講座の一環として開催され私も直接お手紙で、お誘い戴いたので参加してきました本当なら、例年フナイオープンワールド(船井総合研究所というコンサル会社の主催するオモシロセミナー祭りみたいなものと思っていただければ・・・)へご招待いただくときもあれば自分でチケットを買うときもありで楽しみにしていたのですが今回は連日身近で活動されているそれも私が取り組み始めた事に惜しみない協力をしてくださっている方のお話が重なってしまったのでフナイオープンには出かけませんでした以前も書いた?気がするのですがこの頃「さぼっちゃおうかな?なんとなく気乗りしないな。」と思う場所やイベントほど、出かけたときにまさにシンクロニシティ!というような出会いや大きな気づきを手にすることが多いので私の日ごろの意識なのか潜在意識なのかはよくわからないのですがかなり”あまのじゃく”だということがはっきりしました^^フナイオープンも「行きたいなぁ。」と思ったので「よいしょ!」と思いつつ今日の講座に・・・いえいえ、とっても期待していました!!(主催の方がこのHPを見つけてしまうといけないので・・・すごく身になったセミナーでした絶対に日常に使えて視点や価値観の確認が出来ると思います私の講座に応用させていただきます^^爆)三つのグループに分かれた後、そのグループワークの司会をさせていただきながら個性的、魅力的な方達と大盛り上がり!自然食品のアニューさんの店長さんとスローライフフェアで知り合い、気の勉強会にお誘いして新しいお仲間になった方朝日新聞発行の折込広告?(タウン誌のよう?)の記事を書いていらっしゃる記者の方、養護学校の先生みなさん自分の世界や大切にしている価値観をもっていらっしゃるので、ディスカッションもとても楽しくてワークの最中もお互いに「あとで連絡先教えてね!」「○○さんがかめちゃんのところに電話しようかなって話を聞いたよ。」「今、手帳をみたらかめちゃんの名前がある!何年か前に人に紹介されてそれっきりだった!ここで予約していい?」なんだかお互いにどこかでつながりがあったり仕事の共通点があったりで、口々に「今日、きてよかった!」実際のセミナーとワークの内容はどんなことに対してストレスを感じやすいかとか自分自身のこと、対人関係のこと、職場や上司のこと家族のこと色々な項目をチェックしていってそれについてお互いの経験からくるルールや価値観を話あっていきますそれが正しいというのではないのでおなじ考えでも行動が異なったりしている事は同じであるにもかかわらず選択肢としては、別なものを選んでいたりすることに気づいていきます*************************これは私のワークの中でも別の手法で用いていて例えば・・・いくつかの絵が描かれたものを見せて記憶していただくのですが、繰り返すたびにその数が増えていくのでストーリーだてて覚えて、すぐその場で発表してもらいますそうすると・・・同じ絵を見ているのに、個々によって関連付ける話の内容が異なっていくことに笑い出しますあとで、気づくのはこれまで生きてきた中での経験や場面の記憶によって意味づけが変化するということです普段お互いに会話の中で、通じているように思っていることも実は頭の中で描いたイメージにギャップがあるということコミュニケーションと一口に言っても言葉で伝わるものはやはり数パーセントと言われているので子供には描いて説明する時間も、伝えたいことに乗せる感情も必要ですとお話しますこれを動機付けとして講座の最終回ではおかあさんの経験から、近道をさせようと子供にあれこれ指導することも子供の記憶の中には”おかあさんの失敗の映像”は存在しないので理解することは難しいのですおかあさんが、損だったなと思うことや痛みを感じた、後悔したということから子供を方向づけようとすることも教育ママになってレールを敷こうとすることも自分がやりたかったことを子供に投影するのも子供の視点からいえば同じ行動に見えるということまで密かに引っ張っていきたいのですが・・・^^;?************************引きこもりの方に無理に働きかけずに動き出すための風を送っていくのは、少々根気がいると思うのです一番のハードルはおかあさんだと思っています代弁者、バリアー、サポート・・・引きこもっていられるのはおかあさんのおかげです外界との接触を判断するのもおかあさん情報収集と資金援助しっかりと過去の傷を見つめて痛みを繰り返す時間が与えられています同時進行でおかあさんのケアも必要ですおかあさんも超人気心理カウンセラーに傷つけられていました他の参加者もいる中で「もう、そんな子ほっといたらええやん。おかあさん自分のことしてその子は福祉に任せておけ。」わらにすがろうとしたら、それは刃だったようです掲示板でリリーさんから貴重なお話を伺いました一日前後しますが、内容は同じだと思います(手紙にも催眠療法だけの先生なら会わなかったとありました)結果を求めるのが家族ですこれをすれば治るのか?という方は”誰かのせい”にしたがる傾向がありますだから子供さんも引きこもりの理由の奥底に親のせいを積み上げてあるのです先の娘さん「私のところにくれば治る。」というセラピストに傷つけられ、精神世界系のセラピストに怖いリーディングをされ十分な説明も心構えもないままチャクラを開けられ(チャクラは自分で自由に開閉できません)その中にあったものに怯え・・・前世療法で無茶なガイドをされ・・・まだまだあります・・・私が仕事を超えてぽか~んと思うのはただそばに一緒にいて話を聞くか農作業か、ひがな一日浜辺にいるか・・・天岩戸は強引に開けてはいけないような気がしています客観的にみて、みなさんはこのおかあさんの気持ちをどのように受け止めてあげたいですか?このおかあさんを勇気づける言葉はどんなものがあると思いますか?(内容記載については匿名ということで許可をいただいてありますがご本人がご覧になることはありません)
2003.10.05
コメント(6)
ワークショップでヨガのゲスト講師としてご協力いただいている先生の講演会に出かけてきました昨年春、日本に帰国されて一年半。20年以上海外で、戦争特派員、戦争ジャーナリストのご主人と一緒に中東中心に世界中を歩いてきた先生今年の夏に、県の教育委員会の依頼で高校生や一般市民を連れてアフガニスタンへ出かけたお話やニュースでは伺えない、様々な裏話をお聞きする事になりましたそのご紹介はまた改めて・・・ゲスト講師をお願いしたときに「いいわよ^^私でお役にたてることならば。」に続いて一言「自分の好きなことをおやりなさい。」その胸に響く言葉の大きさは、先生の体験されてきた事であった人々、事件が拡大していった先生の国境、境界線のない価値観から生み出されたもの・・・と、恥ずかしながら初めて気づきました大きなパワーとともに・・・***************************先日、訪ねてこられた方から丁寧なお手紙を頂戴しました以前受けられた催眠療法でずいぶん怖い思いをされたとのことでした私の恩師が教えてくださったのは、こういうことなんだと先生への感謝と娘さんへ深い傷をつけたセラピストへの驕りを感じ悲しくなりました怒りにはなりません私に大切なことを教えてくださった存在だからです「私はこれから先がないけれど、娘はまだ生きていかなくてはなりません。このまま怖さや苦しさを抱えたあの子を置いていけません。」そう仰っていたおかあさん「私が治せるということは言えません。私は嘘がつけないからです。・・・ただ、お友達にはなれると思います。」嘆くおかあさんを見ていたら、いいかっこしいじゃなくて未来の不安には、未来の希望でささえたくなったのです・・・おかあさんも自立してもらわなくてはなりませんが娘さんが見学にくる気もちになったと手紙の最後につづられてありましたどうか、みなさんにもご協力いただきたいと思います少しずつ、アドバイスを求めていくかもしれませんどうぞよろしくお願いしますm(--)m
2003.10.04
コメント(5)
大反響第二弾 超ワルが母校の教師に!と題して放映されるから子供と一緒にみてください!私の一押しです!と私がとても信頼している方からお知らせをいただきました彼女はカウンセラーやCAP(虐待、セクハラ、いじめなどから身を守ることを子供達に指導していくグループ)の活動に加えて親業や個人ワークをしたりとおかあさんの啓蒙や子供達の心のための活動を続けている方です今夜のTVは、10日からドラマ化される「不良少年の夢」に先立って実際のドキュメンタリー特集とのことです全国の高校中退者を受け入れている北星学園余市高校を舞台に超ワルとしてその高校に入学し、たくさんの出会いの中で立ち直りその母校の教師として戻ってきた義家先生のドラマです義家先生の役は、竹野内豊さんが演じられるそうです彼女が付け加えてくださったメッセージには、『人は本当に変われる。人が本当に向き合うぶつかりあうということはこういうことなんだなと映像でみることができると思います』こうありました前回のドキュメンタリーをみていないので彼女の熱さにちょっとだけびっくりでしたが^^観始めると、本音が面白い!!今も、後ろのTVで先生の明るい笑顔がみえますさんざん生徒を叱った後で「今日もお前の勝ちだ。」と先生が笑顔で送りますカメラの前で、「この前も喫煙していて”はい。はい。すいません。”と素直に謝ってから教室を出て”義家ぶっ殺す”って聞えたからまて~っって追いかけてドロップキックしたの。それで、なんで俺の負けかというと、それでもかわいいから(笑)。」************************昨晩、警察の少年サポートセンター所長の講演会に出かけましたおそらく私より年下の女性です教育学部を出て、補導員になって10年だそうです若い女性、等身大の口調です驕ったところも飾ったところも、原稿もなく彼女の中にある正直な体験が子供達と社会へのさまざまな思いとあいまってストレートに伝わってきますこんなに聴衆を引っ張り込む人に最近出会っていなかったかもしれません地域で活動をされている年配者や各学校の教職員、指導部の方々を前に、かなりあやしい敬語もちらほらなのですがそれは、言葉によるコミュニケーションを失いつつある子供達の対応を日々行っていることを容易に想像させましたなぜ?敬語ぐらい・・・講演会だから大人相手でしょ・・・?そんな価値観がとんでいきますそれは・・・彼女達が毎日、寂しい、悲しい子供達相手に語りかけ続けているお仕事だから・・・サポートセンターは非行少年に開かれたカウンセリングルームなのです「ついおとといの朝。」と前置きして出勤途中の駅の改札口で補導した喫煙少女達との会話をお話してくださいました見て見ぬ振りできない彼女は、どんな状況でもまずあいさつをするといいました大抵の子供達は素直に応じるといいます「まわりの大人みてねえじゃん。」話を聞くうちに最後は「親は全然自分に関心がない。」ということにたどりつくそうですたばこを捨てさせて親に連絡し・・・後日、警察のサポートセンターに、ただ「だべりに。」くる子供はいったい何人いるのでしょうかただ「聞いて欲しい。」子供はどれくらいいるのでしょうかサポートセンターは、犯罪に関すること以外にも非行仲間の相談、いじめ、性犯罪、出会い系の問題に応対してくれますパンフレットにはお父さんお母さんの場合買い与えていない新しい文房具や洋服を子供が持っている子供が友達に借りたという自転車を乗り回している昨日から家に帰ってこない金遣いが荒くなった友達から借金をしている様子がある転んだとは思えないケガがあるこどもさんの場合犯罪の被害にあっているけれど、これからどうしたらいいのかいじめにあっている先輩(友達)からお金をたかられる友達(異性)とのつきあいに悩んでいるどうやって解決してよいかわからない問題がある非行問題について学習したい電話は0120-783-410静岡県です面接は予約してください*********************楽天内に小中学生のHPがありますねかわいらしさの中に、ふと寂しさを感じることがありますSOSはまだ見つけたことがありませんが『素通り禁止』の文字を『何か私に言葉をください、私はここにいます』と私の心が変換してしまうことが増えてきましたそういうHPに出会うことが多くなったせいかはわかりません年代的に、自分の母親と同じくらいの年齢の私が話しかけても、ちょっとうとましいだろうなと思います父親の年代は仕事に奔走または翻弄されているでしょう十代の男の子がモデルとする男性はあるのでしょうか女の子達が憧れる女性像はあるのでしょうか体を大切に扱うように、しっかりと性教育してくれた人がいたのでしょうか・・・大人のアドバイスはうるさい、(うざったい?)けれど、気にかけ、目にかけ、認めていてほしい時期それを見過ごしてしまうと・・・ここしばらくの思いと、昨晩の少年サポートセンター所長さんのお話がぴたりと合ったような想いでした
2003.10.03
コメント(6)
講座最終回の今日、参加者のみなさんで子育てディスカッション大盛り上がりで幕を閉じました催眠でも肯定文を入れよう!ということになり三日ぼうずを気にしているおかあさんピアノを弾くときに、ちょっと弾き違えると動揺するのでそれをコントロールしたいというピアニストその言葉をプラスにアレンジしてメッセージを自分自身に送ってもらいます例えば、三日坊主対策として『私は望む状況やモノを手に入れるために継続して行う力があります』と自分へ宣言していくのです先のあがりやすいピアニストは『どんな状況であれ、感情が動くのを認めてそれをコントロールできる力が私には備わっています』こういう言葉におきかえてみましたまだまだバリエーションはありますよね『感情が動くのも表現力として発揮できます』とか・・・次回のワークが今月半ばからなのでちょっと自分のお楽しみを・・・うふふ************講座が終わると、ロビーのところにいらっしゃった見知らぬ年配の女性が立ち上がって「先生ですか?」と声をかけてきました(誰の事だろう?キョロキョロ)手にしているワークのチラシを見て参加者の方が私の方を示しました会場の鍵を事務所に戻した後、その女性のお話を伺ったのですが・・・相談内容は引きこもりの娘さんのことでしたその方は、数日前に買い物に出かけた際自転車がパンクしたのでご主人が迎えにくる間たまたま目の前にあった会館で時間をつぶそうとした所ワークのチラシを手にして「これだ!」と思われたのだそうですすでにその会場でのワークは先週終了していたので今日の会場へ来て、直接私と話がしたかったと・・・とても控えめにお話してくださいましたチラシを何度も開いたりたたんだりした後があり「天の助けと思いました。」と震える手で握りしめ涙をこらえるようすに思わず背中をさすらずにはいられませんでした「おかあさんも、ずっとせつない思いをされてきましたね・・・。」やっと笑顔をみせてくださいましたその後の娘さんのお話は、なんとも酷いエピソードがじゅずつなぎのように次から次へと・・・痛みを負う方のサポーターをする難しさと翻弄されるクライアントの二次的ハラスメントとでもいうのでしょうか・・・また、おいおいお話させていただきますね・・*************************念願かなってアンパンマンと一日を過ごした三号お迎えに行くと、なんともいえない、いい顔でした先生に「一緒に楽しそうに踊っていたり、アンパンマンとお話をしていましたよ。」と教えていただきました帰宅して、本人が喜びを心の中で反すうしている時間をそっとしておいて・・・入浴直前に、突如アンパンマンとの報告がはじまりました「頭はこれくらいで、一緒に踊って・・・面白いお兄さんがいてこんな踊りもしていて(ゲラゲラ)それでね・・・アンパンマンとお隣になったときに”どうして毛が一本もないの?つるっぱげになっちゃたの?”って聞いたの。」同じ組の男の子がからかったので、心配して尋ねたそうです・・・「アンパンマンはさびしそうに”うん”ってしてたよ。マイクがあるときしか、おしゃべりできないんだ。」うちにアンパンマンのビデオもあるしアンパンも昨日食べたばかりなのに・・・子供の目線って面白いですね^^
2003.10.02
コメント(6)
全21件 (21件中 1-21件目)
1


