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2008年度に初めて実施された国家検定のキャリア・コンサルティング技能検定2級試験の合格通知が25日の木曜日に届きました。国家資格の技能士第1号です。これで名実ともにキャリア・コンサルタントの第一人者として先端を切って走ることになったと良い意味に解釈して、さらに精進します。まだまだ知名度が低く、存在感も薄いキャリア・コンサルタントですが、少しでも皆様のお役に立てるように、日々、地道に取り組んでまいります。哲学教授にして経営コンサルタントでもあるジョシュア・ハルバースタムの著書に『人は仕事を通じて幸せになる』があります。原題の“Work”に対していささか大仰なタイトルですが、言わんとするところは明確に伝わってきますね。まさにこのメッセージのとおりだと私は思います。私自身、大学で哲学を学んでいたとき、「なんのために哲学を学ぶのか。就職に役立ちそうにないし……」と思ったことがありました。あれこれ悩んだ挙句に行き当たった答えが、「幸せとは何かについて探究するため」でした!キャリア・コンサルタントにはいろいろな背景をもつ人がいてそれぞれに得手不得手がありますが、私はこれまでの哲学、社会学、心理学、そして労働法と労働経済学の学習を通じて学んだことと、15年間の産業カウンセラーとしての実践経験、さらに26年間のジャーナリストとしての経験を生かしていきたいと思います。1級試験は2年後に始まるとのことですが、やはり第1号のゲットを目指してがんばります。
2009年03月28日
やれ百年に一度の危機だ、雇用の底が抜けたと騒がれていますが、女性の目から見れば、百年前どころか、20年前よりは「ずっとマシ」だと思います。男女雇用機会均等法が施行される前は、雇用の面で女性はあからさまな差別を受けていました。同じ4年制大学を卒業しても、男性よりも成績優秀だった女性でも、総合商社、金融、メーカーなどの大手企業では短大卒女子と同じ扱いの一般職での採用しかありませんでした。初任給自体で男性と差をつけられ、年を追うごとに給与格差は開くばかりで、昇進・昇格には限度があり、「ガラスの天井」と言われたものです。四大卒女子にとって、差別のない就職先はマスコミか公務員ぐらいでした。あとは、先見性のあるベンチャー企業やIT系の先駆けがほんの少し。「結婚までの腰掛け」「壁の花」「寿退社」なんて言葉がよく使われていたように、女性は結婚すれば会社を辞めるものと思われ、したがって、長期的視野に立っての育成は行われず、モチベーションを維持するのが難しいような単調で定型的、責任限定的業務しか任されていませんでした。女性の視点で見れば、期待されていないのだから、結婚後も無理して働くのはバカバカしいということになるでしょう。「どうせ女性はすぐ辞める」「どうせ女性は使い物にならない」という言葉を吐く人事担当者や管理監督者が非常に多かったのです。彼らが私の「敵」でした。「十把ひとからげにするな」「すぐに辞めない女性もいる」「使い物になる女性もいる」ということを実例をもって示し、主張することが私の職業上の使命であると思っていました。最近ではそんな「敵」がいなくなり、少し寂しい気もしていますが、敵を駆逐した私たち女性の勝利を祝う美酒に酔い続けたいものです。大和証券グループで、女性役員が一度に4人も誕生したというニュースに触れ、とてもうれしく思いました。バンザイ! あっぱれ!社外取締役の例はあっても、「生え抜きの女性社員」が執行役員に昇格したのは初めてだそうです。共同通信によると、今回、執行役員に昇格した4人の女性とは、植原恵子(うえはら・けいこ)教育研修部長(49)斉藤直子(さいとう・なおこ)渋谷支店長(47)田代桂子(たしろ・けいこ)ダイレクト企画部長(45)大和総研コンサルティング本部の引頭麻実(いんどう・まみ)副本部長(46)均等法前の入社の植原さんと斉藤さんは一般職の出身であり、引頭さんは均等法後の女性総合職第1号です。過去の新聞記事を調べてみたら、入社間もない引頭さんの初々しいコメントを見つけました。以下、朝日新聞1985年7月15日朝刊「制服を脱ぐ女性(ハッピー・ニッポン第1部 戦後40年の今:5)」より引用します。この春入社し、総合職として最初から私服で勤めている大和証券経済研究所の新入社員、引頭麻実さん(22)は、「ハッピーというより、ラッキーな時代に就職できました」と目を輝かした。「キャリアウーマン」はもう少数の「とんでる女」ではなくなった。以上、引用終わり。「とんでる女」っていう表現が大爆笑モノですね。まあ、当時は働く女性に対する認識がそんなレベルだったわけです。貧しいね。引頭さんの名前でググってみると、かなり多くの情報が集まりました。入社当初からの期待のエリートはその後、本人の努力と時代の風の後押しで順調にキャリアアップし、社外向けの活動に従事するチャンスも多かったようです。以下、引用です。1985年一橋大学法学部卒業。1985年4月大和証券入社、同年7月大和証券経済研究所(現大和総研)出向、アナリスト部配属。米国への短期語学留学、投資調査部、企業調査第二部、企業経営戦略部などの異動を経て、2002年8月組織再編により大和証券SMBC(株)産業調査部所属シニアコーポレートアナリスト、現在(2004年)に至る。証券アナリスト協会:ディスクロージャー委員会電気・精密部会副部会長、金融庁:企業会計審議会第一部会(企業結合会計)委員、金融第一部会ディスクロージャーワーキング、公認会計士制度部会公認会計士・監査制度合同ワーキング、金融審議会専門委員、 金融審議会公認会計士制度部会専門的教育課程についてのワーキングチーム、 経済産業省:産業構造審議会経営・情報開示小委員会委員、 企業会計の国際的対応に関する検討会委員等を務める。 http://rightnow.zeikei.jp/print/message5-1.htm今回、大和証券で4人の女性執行役員が誕生したことは偶然でも奇跡でもなく、もちろん話題性づくりでもなく、当然の帰結でした。同じく共同通信の報道によると、「大和グループでは女性の支店長や部長を増やしており、最初の役職となる課長代理への女性の昇格割合は男性とほぼ同数にまで高まっている」とのこと。また、毎日新聞の記事によると、「役員登用の道を明確にして社内の活性化を図る狙い」があるそうです。今後も楽しみですね。
2009年03月13日
また本屋さんでハマった!土曜日の夜、沖縄関係のイベントに参加した帰り、どこかで沖縄料理でも食べようかと思ったが、独りじゃ寂しいという気もした。独り酒は好きでも、独りで食べるのは物悲しい感じがするから不思議。かといってまっすぐ家に帰るのも、つまらない。なじみの紀伊國屋渋谷店へ寄った。その沖縄関係のイベントに登壇された上田紀行さんの新著を探してみようかなと。目当ての講談社現代新書は無かったが、新書コーナーで目についた本を物色し始めたら、止まらなくなってしまった。私の専門領域である労働問題に関連のある新書は、やはり目を通しておかねばと思う。買った新書は次の4冊。『希望の仕事論』(斎藤貴男著、平凡社新書)『リストラされた100人 貧困の証言』(門倉貴史+雇用クライシス取材班、宝島社新書)『ひとりビジネス 転身・独立で幸せをつかむ』(大宮知信著、平凡社新書)『それでは、訴えさせていただきます 大解雇時代を生き抜く』(労働者を守る弁護士有志の会著、角川SSC新書)新聞の書籍広告を見て、買おうと思っていた内山節先生の新著もゲット。『怯えの時代』(新潮選書)最近、小説を読んでいないなあと反省しつつ、芥川賞受賞作も買った。『ポトスライムの舟』(津村記久子著、講談社)あの名作の新訳もついでに。『ダブリナーズ』(ジェイムズ・ジョイス著、柳瀬尚紀訳、新潮文庫)同じ6千円ちょっと使うにしても、飲み食いなら2~3時間で終わってしまうが、この7冊の読書ならたっぷり20時間近く楽しめそうだ。ダブリナーズで大好きなキルケニーを味わいつつ『ダブリナーズ』を読むという趣向もよいなあ。もちろんハッピーアワーで倹約して。費用対効果で考えるのはさもしい気もするが、若いころに比べて人生の残り時間が少なくなってくると、やはり真剣に考えてしまうものです。図書館で本を借りればさらにコストカットできるとはいえ、出版界の片隅で生きている私自身が本を買わないでどーする!っていう感じなので、古書もなるべく利用せず、乏しい中でも本代だけは贅沢しております。最近、新書が面白い。雑誌感覚で週に1冊ぐらいずつ読み飛ばせるのがいい。集中すれば2時間で読める。行間が広くて文字数の少ない新書なら1時間でも大丈夫。もちろん、熟読玩味にかなう名著もたまにあるので侮れません。
2009年03月09日
向田邦子が自らの文章の中でしばしば使っていた特有の言葉のひとつが「持ち重りがする」で、とくに印象に残っています。 日常の中の、何気ない小さな幸せ感として表現されていたような気がします。 昨日、久しぶりに渋谷の紀伊國屋書店へ立ち寄りました。 本といえば私はいつもamazonで買ってばかり。良さそうだと思うとすぐにクリックしてしまい、読む暇もないのに増える一方です。挙句の果てに、買ったことも忘れて同じ本を2度注文してしまったり……。 やはり本は、書店で中味を試しつつ選ぶのがいいなあと思いました。必要に迫られて買うのでもなく、ネットで調べて買うのでもなく、店頭の偶然の出会いの楽しみがあります。 あれこれ全部で6冊も買い、手にずしりとくる「持ち重り」に小さな幸せを感じつつ、どの本から読み始めようかとワクワクしつつ家路をだどったのでした。 収穫は…… 『高群逸枝の夢』(丹野さきら著、藤原書店) 『精神科医は腹の底で何を考えているのか』(春日武彦著、幻冬舎新書) 『自分道 自分をつらぬき歴史を作った女たち』(玉岡かおる著、角川SSC新書) 『それでも会社を辞めますか?』(多田文明著、アスキー新書) 『偶然をチャンスに変える生き方』(諸富祥彦著、ダイヤモンド社) 『上野千鶴子責任編集 おひとりさまマガジン』(文芸春秋12月臨時増刊号) ~マガジンは、もう半分ぐらい読んじゃった。新書は2時間×3冊、諸富さんの本が3時間ぐらい、高群逸枝の本は4時間で読了が目標だな。よく、自分の本棚を他人に見られると心の中を見透かされるようで嫌だという人がいますが、私は全然平気。私の心の中は深く淀んだ淵みたいなもので、ちょっと見たぐらいでは奥底まで見通すことは不可能なのです。自分自身でさえもそうなんだから。もろもろの探求のために本を読むのだから、本棚の本はそのつど構成要員を変えつつ、無制限に自由に広がっていくのでした。
2009年03月04日
「百年に一度」と危機感をあおられて、急遽、再就職活動に取り組み始めた主婦が多いようですね。保育所に申し込む人が急増したと報じられています。子どもを預けることには、さまざまな不安が伴うでしょう。子どもが熱を出すと、一般の保育所では預かってもらえないので、そうした非常時の備えも考えねばなりません。非常に珍しい事例ではありますが、子連れ勤務のできる会社を見つけましたのでご紹介します。2009.02.13 読売新聞東京朝刊より商品の伝票を整理する藤田明香(あすか)さん(33)が、ひざ元に座らせた長女琴子(ことこ)ちゃん(2)に母乳を吸わせ始めた。隣の女性も赤ちゃんを抱いている。足元にはハイハイする別の女性の子も。茨城県つくば市の授乳服メーカー「モーハウス」では、当たり前の光景だ。昨年5月に同社に就職した藤田さんは週3日程度の勤務だが、いずれも琴子ちゃんを職場に連れてくる。「時給は高くないけど、それで十分なんです」と笑う。(中略)モーハウス代表の光畑由佳さん(44)が授乳服の製造を始めたのは1997年冬。これまでに、店頭や本社で子連れで働いてきたママは約140人。「男性や独身女性を雇えば、勤務管理も効率的です。でも、ママの採用にこだわりたい」と光畑さんは力を込める。厚生労働省の統計(2003年度)によると、「第1子の出産前後に離職し、1年半後も無職」という女性は61%に上る。これに対し、再就職した女性は13%にとどまる。第一生命経済研究所主任研究員の松田茂樹さんは「フルタイムではなく、『子どもと触れ合う時間をある程度取りながら働きたい』という人は多いが、実現は難しい。保育サービスが圧倒的に不足しているのが要因の一つ」と話す。認可保育所に入所を申し込みながら、満員で入れない「待機児童」は1万9550人(08年4月現在)。「21世紀職業財団」が、再就職希望者のうち同財団の支援を受けた人を対象に行った調査(複数回答)でも、再就職を最も困難にしている要因として「保育の支援態勢がない」を挙げた人は、最多の26%だった。東京・渋谷のモーハウス青山店の店長宍倉千代さん(39)もかつて、再就職で壁を感じた。コンサルタント会社などでの勤めを経て、妊娠を機に離職。子供が1歳になると就職活動を始め、6社以上の面接を受けたが、いつも聞かれたのが、「保育所はどうしますか」。05年からモーハウスで勤め始めた。「育児で体はつらかったが、頭は暇だった。ママでも働けることを社会に証明できた」と振り返る。「再就職したママたちは、育児休業を取得するなどして就業を継続していた人に比べ、満足度が高い」。労働政策研究・研修機構統括研究員の奥津真里さんらが行った調査研究で、そんな結果が出た。「働くことを肯定してもらえたという思いがあるのでは」と奥津さんは分析する。「育児か仕事かの二者択一を迫られるのではなく、どちらも選べる社会」。モーハウスの光畑さんが思い描く理想の社会は、まだ遠い。(以上、引用終わり)光畑さんが「モーハウス」を起業しようと思ったいきさつについて紹介した記事も見つけましたので、一部、引用します。2009.01.06 読売新聞大阪朝刊より兵庫県西宮市の球場跡に昨年11月オープンした百貨店「西宮阪急」。子供服売り場に設けられた子育てコミュニティールームで、光畑由佳(44)(茨城県つくば市)が語り始めた。「お母さんが楽な姿勢を取ってください。赤ちゃんに合わせる必要はないですよ」光畑の場合、次女が生後1か月だった1997年の出来事が転機になった。電車の中で空腹で泣きやまなくなり、仕方がなくて上着のボタンを外して乳を与えた。集まる注目に恥ずかしさと困惑がこみ上げた。当時、胸元を隠せる外出用の授乳服は出回っていなかった。米国から取り寄せて着てみると、なんともいえない解放感に包まれた。その年、母親仲間たちで「モーハウス」の名前で授乳服づくりを始めた。この11年間で15万着も売れた。何をするにも赤ちゃんが中心。おしゃれは我慢、遠出は我慢……。そんな産後の生活の不自由なイメージを変えてしまいたい。講演に呼ばれると繰り返す。「主役はお母さん。我慢しなくていいんですよ」(以上、引用終わり)無理やガマンのない子育て。そして「頭が暇」なときに自分と家族の将来のために「頭を使う」。この2つを両立できるといいですね。
2009年03月03日
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