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今日は、朝、晴れていますが月は見えません新月です旧正月です。中国では春節です図書館で名作映画「砂の器」を観るあらすじは、ネットから「有名なピアニストの幼少期の話です父親がらい病で各地を2人でさまよいますが 差別され どこでも追い出され 瀕死の所をある駐在員に助けられ 父親は病院に入れてもらえて 自分も面倒みてもらって 大人になり 音楽家 わが(偽名) を名乗り成功します。 自分の過去を知るその駐在員を殺してしまうのです。そのトリックを暴く刑事とわがえいりょう の戦いの映画です すごく重いですよ。」 引地川の白鷺です白鷺や新芽ついばみ春近し 緑の葉も、赤い葉も花のようです緑の葉に赤い葉また初春かな 一口メモ 荒海や 佐渡に横たふ 天の河 荒海や 佐渡に横たふ 天の河 の「横たふ」は、原則からすると「横トウ」と読むのだ...中国文学者の高島俊男先生の「お言葉ですが」第7巻(文春文庫 p185)には、『歌にかぎったことではない。「奥の細道」の冒頭「月日は百代の過客にして行きかふ年もまた旅人なり」の「行きかふ」は「ユキコオ」である。つまり文語文ないし文語調の歌の「(あ)ふ、(お)ふ」は、朗読する際、うたう際にはオ列の長音になるのである。』とあります。http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1397120648 より
2014.01.31
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今日は、残月も見えずそろそろ新月からかな今日は天気も悪く、午後から雨でした図書館で本を読む 俳句は何故、難しいかといえば、日本語が難しいからなのだろうか時々、「ゐる」とか「けふ」とか「てふてふ」の古語を見かけます。小学生の頃、学校の先生から「けふ」は「きょう」と書くのだと直されました。(母親から習ったので旧字でした)俳句はいまだに、旧字で書くのがいいという入門書もありますね。今日は、面白い本がありましたので、紹介します。萩野貞樹 「旧かなと親しむ」 リヨン社その中からの抜粋です、、、「君が代」は古歌でない君が代は千代に八千代にさざれ石のいわおとなりてこけのむすまでこれは五行分けされて法律となりました。法律には「古歌」とありますがこんな古歌は存在しません。あるのは、君が代は千代に八千代にさざれ石のいわほとなりてこけのむすまで「いわほとなりて」とある。それならばこれは「巌となって」の意味だろうと見当がつくけれども「いわおとなりて」では、さあわからない。その結果、今おほかたの若者は「岩音が鳴って」の意味と思っているようです。 花の名前もよくわかりません、タンポポのようです時々、見かけますたんぽぽの咲きし畦路四温晴れ この花もよく見かけますがわかりません
2014.01.30
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今日の残月(6時20分頃)明けの明星も綺麗に見えました寒き朝東の空に明けの星 長久保公園には梅も色々咲き乱れ 引地川のあぜ道には仏の座、犬ふぐりも咲き乱れ仏の座や犬ふぐりは本当に小さな花で、一寸気がつきませんでした。これは、雑草なのでしょうか?ネットで調べるとホトケノザ〔仏の座〕とは 花を囲むよう対生する葉の形が、仏の台座のように見えることからホトケノザと呼ばれるようになったという面白い形の草花である。身分は雑草であるが、よくよく見ると唇の形をしたピンク色のはかわいらしい。また小さな草花であるが、群生すると見ごたえがある。 ※ 空き地や道端、コンクリートの隙間、鉢植えの中など、どこにでも進出していき、なんとか花を咲かせると翌年は見事に増殖している。 ここで、「身分は雑草」が一寸気にかかり、またしらべると以下がありました。雑草とは、人間が生活している範囲に人間が意図しないで生えてきた、生命力の強い草のこと。生命力が強いため除草してもすぐ生えてくる。そのため踏まれても踏まれても立ち上がる人のことを「雑草魂」と呼んだりする。「雑草などという草はない」という台詞が有名。元を辿ると昭和天皇の言葉で「どんな草にも名前はあり、人間の都合で邪険に扱うような呼び方をすべきではない」という意味。このように、考えると、難しいですね今日の夕焼け、富士は見えず
2014.01.29
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今朝の残月、、、まるで刀のよう引地川の川端にはヤギを飼っている人がいます。ヤギが青草をむしゃむしゃ食べています。のどかな光景です冬日和ヤギの青草食べるかなやっと見つけました早春の小さな花犬ふぐり 古き歌可愛い花や犬ふぐりネットより 「果実の形を見ると、犬のフグリという発想はよくうなずけるが、この花の可憐な美しさにはそぐわない名である。この草の別名ヒョウタングサの方が、はるかに上品であるが、この名は普通用いられていません。 「犬フグリ、星のまたたく如くなり」(高浜虚子)という句があるが、その花は青い星の輝きのように見え、たいそう美しいものである。そこで、この下品な和名を改めようという意見が多く、学者によって幾つかの名前が考え出されたが、とうとう一般に定着しませんでした。」 これも可愛い花ですね 一口メモ 切れ字十八語1.終助詞・副助詞など(かな・もがな・ぞ・か・よ・や)2.助動詞(けり・はねじ<ん>・つ・ぬ・ず・じ)3.形容詞の終止形(し)4.動詞の命令形(せ・れ・へ・け)5.疑問語(に<いかに>)俳句をより新しく 大橋敦子 より
2014.01.28
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今朝の残月寒き朝残月光り春を待つ 引地川にも春がくるか仏の座が可愛く咲いています年老いて拝みたくなる仏の座 白鷺も日向ぼっこしているのかな? 一口メモ三段切れ目には青葉山ほとゝぎす初鰹 素堂の句のように動詞を用いず、「青葉」「山ほとゝぎす」「初鰹」と、名詞の季語のみを並べて初夏礼賛の句なのである。初蝶来何色と問ふ黄と答ふ 虚子「初蝶来」の「来」は「来る」の古語、「問ふ」「答ふ」は彼我の問答がこめられているのだが、きびきびと張った表現に、蝶の躍動感を伝え、長い冬が去り山国に蝶を見た喜びが伝わってくる新機軸の作品だ。 俳句をより新しく 大橋敦子 より
2014.01.27
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今日の残月、、、 辻堂図書館で名作映画「フレンチ・カンカン」を見る。ミユジカルで話の筋もよく分かりませんでしたが、踊りは素晴らしかったし、音楽もよかったです。カンカンは笠置シヅ子、高峰秀子の「銀座カンカン娘」と何か関連するのかとふと思いました。 『フレンチ・カンカン』(French Cancan)は、1954年制作のフランス映画。1880年代のパリを舞台に、フレンチ・カンカンとムーラン・ルージュの誕生を描く。エディット・ピアフをはじめとして多くの歌手も出演している。 夕方、少し、雪混じりの霙が少しふり、その後東の空にピンク色の綺麗な夕焼けが見られました茜雲朧月夜はまだかいな 一口メモ 取り合わせ菊の香や奈良には古き仏達 芭蕉奈良の町には菊が今を盛りと咲き匂っている。寺々には古ながらの仏達が慈眼うるわしくおいでになる。昔をしのばせる菊の高貴な香をかぎ、荘厳で物さびた古い仏達を目の前に拝するにつけ、芭蕉の心中には香りの高い古の世界がかもし出されるのである。菊の香りと古き仏達とが、奈良という場の中で、連句の前句と対句のように渾然と一つに融けあった句である(麻生磯次 著 芭蕉物語 下)俳句をより新しく 大橋敦子 より
2014.01.26
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今日の残月、、、1月31日が新月で旧正月とか近くの公園の白梅も咲き出しました 公園に香りこぼれし白梅や白梅や弁天小僧菊の助 テラスモールの広場で大道芸の猿回しをしていました何かもう春がきた感じです冬日和大道芸の猿回し 一口メモ再び客観写生俳句の基本は写生であることを忘れてはならないと思う。主観はできるだけ抑えて客観的な写生により、対象の本質をつかむということである。具体的な描写をすることにより、作者の捉えた映像が読者に鮮明に伝えらられるのだ。咲きすすみ咲きとどまりて寒牡丹 敦子三寒四温の日々の中に、南の日を受けて大きく膨らんだ蕾が躊躇しつつ花を開かせてゆく。藁で作られたつとごしに見る寒牡丹の情緒は格別である。咲ききるのに二三日かかり、三寒の日は「咲きとどまる」という有り様。「咲きすすみ」「咲きとどまり」と「咲き」のリフレイン(畳語)により、調べをよくし、「すすみ」「とどまり」と相反する用語で描写をして、寒牡丹の逡巡しつつ咲くさまを表白したのである。俳句をより新しく 大橋敦子 より
2014.01.25
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今日は、下弦の月、23日夜とか 近くの神社の梅も咲き出しました。あちこちで梅の咲いているのが見られます。東京でも咲いたとか、今年は一週間ほど早いようです手をあわせ松竹梅の神社かな 長久保公園の三椏が大きくなりました 三椏や翡翠のごとく輝けり(一寸、ピンボケしました、残念!)標識があり、何の梅かと見れば梅の開花宣言かな? 一口メモ純客観写生虚子門において、「客観写生」のこの方法をもっとも忠実に実行したのは高野素十であった。空をゆくひとかたまりの花吹雪 素十この句の特色は、風に吹かれて流動している花吹雪を空中にぴたりと留めて表白していることにある。甘草の芽のとびとびのひとならび 素十俳句をより新しく 大橋敦子 より 今までのメモ俳句メモ-4俳句メモ-3俳句メモ-2俳句メモ-1
2014.01.24
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今日の残月、、、明日が下弦の月この数日、毎朝、綺麗な月がみられ暖かく、春が来たようです。 大庭城址公園の紅梅が今、満開です。ボケの花も梅のようにこれまた満開ですまさに咲き満ちてこぼるる花もなかりけり(高濱虚子)です。ボケの花梅の如くに咲きほこり これこそ椿という大きな紅椿が散歩道の庭先にありました。散ってゆく椿のあはれ無常かな一口メモ客観写生子規の写生説に対し、虚子は「客観」の二文字を冠し、心情をできるだけ抑えて諷詠する「客観写生」の道を唱導してゆくこととなった。白牡丹といふといへども紅ほのか 虚子咲き満ちてこぼるる花もなかりけり 虚子流れゆく大根の葉の早さかな 虚子俳句をより新しく 大橋敦子 より
2014.01.23
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今日も、青空に残月が、、、 蝋梅も花開いてきました蝋梅も香りいっぱい春近し 万作も咲き始めた 万作や枯れ葉残して咲きにけり (春に先駆けまんず咲くからとか、、、) ≪時感色≫黎明色・曙色・東雲色・茜色・虹色・鳩羽鼠・白群・紅掛空色・群青色・瑠璃色・空色・天色・新橋色・水色・瓶覗色・秘色・利休鼠色・白緑・鬱金色・雀色・・・・・等一日の色は、アカ(明)→シロ(顕)→アヲ(漠)→クロ(暗)という「時感色」に当てはまるらしい。アカ・・・夜明け前に感じられるような「明るいさま」そのものを示す感覚 シロ・・・明るくハッキリ見える状態。他の色に染まっていない素のままの状態クロ・・・光量の乏しい暗さが基本イメージアヲ・・・明シ状態と顕(白)シ状態の反対。ぼんやりした中間の色合いすべて。クロからシロに至るきわめて広い色彩をカバーする色彩古の日本人は、何故かくも夜が白みゆく黎明の時の流れに敏感だったのだろうか?夜死んで朝甦ると考えて一日一日を大切に生きた証ではなかろうか? ネットより
2014.01.22
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朝空に、今日も残月が綺麗です寒き朝白さ増したる富士の山 歳時記に関して、面白い本を見つけました。『和暦で暮らそう』柳生博と和暦倶楽部著 暦も色々ですめ、新暦、旧暦、和暦和暦は大和暦と言ってもよく文字のない頃の自然暦、農事暦、祭事暦とのことで、これが母体となり今の「歳時記」が誕生したとか、この本の中で「72候」というのを初めてしりました。24節季をさらに細かくしたものだそうです。 夕日が燃えるようです夕焼けに燃える如く冬木立 フェンス越しにあわててとったのでぼけてしまいました残念! 一口メモ 関連した言葉や連想を避ける折鶴をひらけば一枚の朧 澁谷道オルガンのペダルを踏んで枯野まで 対馬康子「音」に対して「聞こえる」や「響く」、花に対して「咲く」や「開く」「薫る」は関連した言葉で、意外性がありません。道の句が折鶴をひらけばいちまいの紙では俳句になりえません。俳句上達9つのコツ 井上弘美 より
2014.01.21
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今日も寒しまさに大寒ですね朝方、飛行機雲が月とともに見えました寒き朝月にとどくや飛行雲 長久保公園の白梅(トウジバイ)もちらりほらりと咲き出しました。梅は咲いたか 桜はまだかいな、、、 梅は咲いたか 桜はまだかいな柳ャなよなよ風次第 山吹ャ浮気で色ばっかり しょんがいな浅蜊とれたか 蛤ャまだかいな鮑 くよくよ片想い さざえは悋気で角ばっかり しょんがいな柳橋から小舟で急がせ舟はゆらゆら棹次第 舟から上って土堤八丁 吉原へ御案内(しょんがえ節 より)一口メモ 季語を下におく場合 低く垂れその上に垂れ萩の花 高野素十 読者が「低く垂れ」「その上に垂れ」と読んで、何のことだろうと思ったところで「萩の花」と季語が出てくるので、意外性があるのです。季語を上におく場合 白萩のつめたく夕日こぼしけり 上村占魚萩咲くや馬籠に古りし石だたみ 相馬遷子 「白萩の」は一句一章、「萩咲くや」は二句一章(取り合わせ)です。一句一章の場合は読者に季語が提示されているわけですから、季語そのものをしっかり捉えることが大切です。俳句上達9つのコツ 井上弘美 より
2014.01.20
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夜明け前(5時ごろ)の月まるで、太陽の日食を見るかのようです 7時ごろにもまだ西の空に月が残っていました月は西に日は東にです今日は雲一つなく富士山も綺麗に見えましたその上には月が残っていました。 冬の朝月淡くして富士の山 今日は辻堂図書館の名作映画会で「息子」を見る 『息子』(むすこ)は、1991年公開の日本映画。製作・配給会社は松竹で、監督は山田洋次。椎名誠の小説『倉庫作業員』を原作として山田と朝間義隆が脚本を担当。岩手県の山奥で暮らす父親と、都会でフリーターを続ける息子との葛藤と心の変化を描いた社会派ドラマ。第15回日本アカデミー賞や第65回キネマ旬報ベスト・テンなど、数多くの映画賞を受賞した。長久保公園の紅千鳥がまさに、一輪咲いていました。公園にひっそり咲く冬の梅 一口メモ 私のために詠む雪が降り石は仏になりにけり 今井杏太郎かって今井杏太郎は「呟けば俳句」と語っていました。決して声高に、誰かに認められるために詠むものではないということです。この句は雪を被った石が「仏」になったということです。しんしんと降る雪と、深く雪に覆われてゆく石を無欲に見つめる目がかんじられます。俳句上達9つのコツ 井上弘美 より
2014.01.19
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今朝は曇っており、綿雪が少し降りました。 この寒いのにタンポポが咲いていましたこれは冬タンポポというのかな?タンポポや寒さに負けず咲いておりまた、なでしこも見つけましたこれも狂い咲きかな?どうも、最近、温暖化のせいか花も調子がくるっているのかと思われます。これでは、句も難しいですね。 俳句は難しいのは何故か?季語があるためかな?俳句は季語が沢山あり、時々季重ねとなります。どうも、初春といっても新暦ではまだ冬だったりしてどうも違和感を感じます。俳句はそのとき時のものを詠むので体に感じたことを昔の季語に当てはめればいいのかと考えています。 一口メモ 時間暖かく暮れて月夜や小正月 岡本圭岳小正月は旧暦の行事と思われているがそうではない???歳時記には旧暦の時間と新暦の時間のほかに実はもう一つ別な時間が流れている。太古の暦である。推古天皇の十二年(604年)に新月を基準とする旧暦が伝えられた。そのはるか昔から日本列島の人々の間では満月を基準とする暦が使われていた。小正月や仲秋の名月は旧暦にはない行事である。どちらも旧暦以前の太古の暦の名残なのである。太古の暦といっても文字で記録されたものでなく、不文の暦である。俳句的生活 長谷川櫂 より
2014.01.18
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最近の常夜灯はLEDのためか朝の光りを受けて綺麗です誘蛾灯のようです。明け方に寒き光の常夜灯 山茶花もそろそろ終わりですかね黄葉していますがまだ、白い花を咲かせています。山茶花の後に咲くのは椿かな 冬にも菊が咲いています 冬菊に蝶の来ぬのは寂びしけり 夕日が綺麗でした 明日も天気かな?一口メモ 覚えやすい形というものがある俳句の中でも、特に覚えやすい形というものがある。蛸壺やはかなき夢を夏の月 芭蕉夏草や兵共が夢の跡 芭蕉閑かさや岩にしみ入る蝉の声 芭蕉上五に「名詞+や」、下五に「名詞+の+名詞」とあることが共通している。もうひとつ、覚えやすい形の例をあげておこう。花の雲鐘は上野か浅草か 芭蕉おくられつおくりつはては木曽の秋 芭蕉 俳句への招待 山下一海 より
2014.01.17
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大庭墓苑の近くに、つつじが今頃咲いています。冬桜(10月桜)は大庭城址公園に今も咲いています同じく、冬つつじもあるのかな??? 夕方には今年初めての満月が見えました17時20分でした橙色に輝いています何か神秘的です 満月や寒夕焼けに色を増し 一口メモ 花の落ちるところが印象的な椿椿落ちて昨日の雨をこぼしけり 蕪村椿にもいろいろあります。紅椿、白椿、一重椿、八重椿、乙女椿、藪椿、山椿、雪椿、玉椿、つらつら椿、落椿、散椿ごく大雑把にいえば、太平洋側の山地や藪に自生するが藪椿または山椿で、日本海側の積雪の深い一帯には雪椿というその名も美しい自生種が咲くのです。椿の花は落ちるところ、また落ちたのちのたたずまいが、ほかの花木に比べてとりわけ印象的なので、落椿をテーマにした句が比較的目立つようです。赤い椿白い椿と落ちにけり 河東碧梧桐はなびらの肉やはらかに落椿 飯田蛇笏今日からはじめる俳句 黒田杏子 より
2014.01.16
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今日は、朝から曇りで予報では雪とのことでしたが、降りませんでしたでも寒かったです寒波きて身は冷え心冷える辻堂図書館で名作映画を見る寅さんシリーズ第18作目寅次郎純情詩集懐かしき寅さん映画小正月 旅先からふらりと帰ってきた寅次郎は、さくらの一人息子である満男の小学校の担任教師、雅子先生(檀ふみ)と知り合う。相手は満男の先生だけに、周囲は寅次郎が先生に惚れてしまっては大変と大いに気を揉むが、どうやら寅次郎にその気はなし。しかし、ホッとしたのも束の間。寅次郎は雅子先生の母で幼馴染の綾(京マチ子)にゾッコンになってしまうのであった。寅次郎は綾のために渡世人をやめて花屋になろうと決心するが、綾は病死してしまう。48作中唯一、マドンナが病で死んでしまうという悲劇の物語である。 夕方は雲があって月が見えませんでしたが8時頃、ベランダから見えました。明日が満月とか 昨日のどんど焼きで赤白青の団子を紹介しましたがこのいわれはどうも、古代の時感色一日の色は、アカ(明)→シロ(顕)→アヲ(漠)→クロ(暗)という「時感色」にルーツがあるのでないかと思いました。 一口メモ 紅梅と白梅梅といえば、凛とした寒気が感じられますが、よく晴れて風のない穏やかな梅日和の幸福感は、華麗な桜を観る春の日そのものの心とは、また違った喜びで印象的です。紅梅の紅の通へる幹ならん 高浜虚子紅梅を眺めていると、この幹の中には凛凛とした燃える血が流れているのではないかと私は思う。それは感覚だけでなく、紅梅の幹や枝を切ってみると、その花のように髄まで赤いからだ。園芸上では白梅と紅梅を花の色で分けることをしない。幹の内部の青いものが白梅であり、赤いものが紅梅である。今日からはじめる俳句 黒田杏子 より
2014.01.15
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雪は降りませんが、寒波到来です俳句を勉強しはじめてからもう、そろそろ2ヶ月ぐらいになります。そろそろ、俳句の難しさが分かるようになりました。皆様から励ましのコメントを頂き感謝しております。まあ、無理をせず、ぼちぼちにします。八手花昔の厠思い出しひっそりと磯菊咲くや春を待つ 夕方のお月さん雲のまにまに明日が満月かな 面影古典文学で花といえば桜あると学校では教えるが、これは何かの誤りではなかろうか。では、花とは何か。考えてみると不思議なことに桜の花、朝顔の花という個々の木や草の花はあっても花という名の花はどこにもない。それは人の心の中にある。同じように、紅葉という言葉についても、楓やら櫨やら銀杏やら秋になると赤や黄色に染まる種々の木々を超えたところに紅葉という言葉はある。 見わたせば花も紅葉もなかりけり浦のとまやの秋の夕ぐれ 藤原定家 花も紅葉もないといいながら花の面影、紅葉の面影を浮かびあがらせる。否定することによって肯定しているわけである。花自身いずれは消えてゆくということを運命としながら人の心に面影を宿してゆく。言葉もまた草木の花と同じように面影を宿す。 俳句的生活 長谷川櫂 より
2014.01.14
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今日も冬日和、木の間からは太陽もでも、寒いです! 近くの日枝神社でどんどん焼きがあり見に行きました。昨年は雪が降りました。注連縄や門松を燃やし暖かったです。 神やどるみつまたの木やどんど焼きどんど焼き赤青白の団子かな 普通は、みつまたの木に赤、白、青の団子をさして、焼くようですが下のように子供たちのために竹で特別に作ったのでしょうか 夕方に月は雲隠れでした16日が満月とか 一口メモ 暮らしの中で梅・椿を詠む梅一輪一輪ほどの暖かさ 風雪梅は日本の花暦では福寿草とともに一月の花となっています。歳時記には、探梅という季題が一月の項に挙げられていますが、これは、まだ冬のうちに早咲きの梅を尋ねて出かけることを指します。これに対して梅、梅見というのは、ともに二月の季題です。立春以後、つまり春にさきがけて開く梅の美しさを愛でることを梅見といって、探梅と区別しているのです。今日からはじめる俳句 黒田杏子より
2014.01.13
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今日も寒かったですが、太陽もでていて散歩しました。今年、初めての梅の咲いたのを見ました。長久保公園でまさに、梅一輪が咲いていました。木に春で椿ですが、木に毎は意味があるのかな 別名に好文木(こうぶんぼく)、春告草(はるつげぐさ)、木の花(このはな)、初名草(はつなぐさ)、香散見草(かざみぐさ)、風待草(かぜまちぐさ)、匂草(においぐさ)などがある。 夕方には久しぶりに月も見えました。もうすぐ満月かな? 昨日の蝋梅を思い出しながら蝋梅や匂い香りて東慶寺また、引地川の辛夷も大分大きくなりました。辛夷の芽ひげののびたる冬日和一口メモ「如く」俳句「やうな」「如く」「似て」で結ばれる直喩お日様のやうな子がきて苺もぐ 前田達江選者の宇多喜代子さんは、「お日さま」の句の内容、リズムから言って、「やうな」を「如き」に替えると、一句の雰囲気が乱れて佳句ではない姿になってしまうことを指摘した。去年今年貫く棒の如きもの 虚子は古今不滅の名句といえましょう。俳句の入口 藤田湘子より
2014.01.12
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今日は、太陽もでて風もなく穏やかな冬日和富士山も久しぶりです。富士山で思い出しましたがこの間の朝日の夕刊に紫陽花が富士山のふもとで咲いたとかネットで調べるとありました。▽世界一大きい「富士吉祥冬咲紫陽花(ふじきっしょうふゆざきあじさい)」が日本で初めて咲きました。アジサイは普通6月、梅雨時の花として知られていますが、新年を迎えるこの時期に直径30cmもある八重咲きのアジサイが咲くのは大変珍しいことです。 大庭台墓苑の山茶花も終わりいよいよ、椿の咲く頃になりました。椿を見ていると思い出すのは映画「椿三十郎」 「私の名前ですか。...つばき、椿三十郎。いや、もうそろそろ四十郎ですが」と冗談とも本気ともつかない返事で空を見上げている。つられて奥方、娘、若者たちも外を見上げると塀越しに、隣の黒藤屋敷の庭で真っ赤な椿[1]が咲いていた。三十郎は城代救出の決起の合図を「椿の花」と打ち合わせ、菊井側についたと見せかけて菊井の手勢を陽動する。そしてついに寺田屋敷で待ち構える若侍の眼前の庭の引き水に、隣の黒藤邸から三十郎が泉に投げ込んだ椿の花が流れてきた。これを見て、一気呵成に城代家老救出へ向かう若侍たち。こうして三十郎の手助けを受けながら、若侍たちは家老の陰謀を見事転覆させるのだった。ベンチに座っていると太陽に反射して辛夷の芽がまるでダイヤのように光り輝いていました。辛夷の芽蛍の如く冬日和 一口メモ 「俳句メガネ」をはずす俳句メガネをはずして、頭の中を澄んだ状態にして素材をみつめよう定年の夫不器用に障子貼る定年の夫ーーー不器用といった関係がとても公式的です。定年になった夫というのは、俳句に登場してくると申し合わせたように不器用なんですね。そうして、不器用なのに同いうわけか障子も貼れば松手いれもする。・決まりきった着想と配合・前例に倣った言葉使いというきわめて俳句っぽくしてしまう安易な作句法が、俳句メガネのもとになる。 俳句の入口 藤田湘子より
2014.01.11
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今日は、何とかお日様が顔をだしました 時々は晴れ間も見ゆる冬日和今日は、久しぶりに寅さん映画をみる。 男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋 ネットより京都へ旅に来ていた寅次郎。そこで寅次郎は、京都名物の葵祭で老人加納(片岡仁左衛門)と知り合う。当代屈指の陶芸家である老人の家を訪ねてみると、そこにはかがり(いしだあゆみ)という名の美しい女性が居た。美人を見るとたちまち自制心を失う寅次郎は、献身的に老人の世話をするかがりにすっかり夢中になる。そんな寅次郎に対して、かがりの方も、自分の境遇に同情してくれるばかりか、励ましの言葉を掛けて励ましてくれる寅次郎に好意を持つようになっていった。とらやへ帰った寅次郎へ、かがりが訪ねて来る。寅次郎とかがりは鎌倉へデートへ行く事に。デートを前に緊張した寅次郎は無理やり満男を同行させる。しかし、恋はまたしても暗礁に乗り上げ、寅次郎は一人涙を流す。所詮はかない恋ははかない恋でしかなかったのだ。 蝋梅の木が大庭図書館にあります蕾が大きくなりました。黄色がきれいです下の方は枯れ葉です蝋梅や茶の葉の上に黄の蕾蝋梅や枯れ葉残して蕾咲く 山茶花の葉が黄葉しています。まだ、花は残っています。山茶花も黄葉したり春を待つ 一口メモ「あっ」という声対象からふと感じた「あっ」というもの、私たちの日常生活の何気ない行動の中で、ほんの些細なものでよいから、そう感じたりとらえたりしたものがあったら、それを大切に詠うようにしたい。若竹の含羞のいろ消えてなし 湘子竹は3ヶ月で成長が終わると言われます。庭の数本の若竹をそう思いながら見ていました。みずみずしい色を楽しんでいたのですが、ある朝、若竹らしい艶が薄くなったことに「はっ」と気づいたのです。俳句の入口 藤田湘子より
2014.01.10
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この数日、太陽はお隠れになったのか曇り、雨、、、雨降りて元気づくかな辛夷の芽今日は、大庭図書館で 名作映画(逢引き)を見る。挿入曲のラフマニノフのピアノ協奏曲第2番がよかったです。 ネットより 「毎週木曜、町へ買物に出かけることを日常のささやかな楽しみにしている主婦ローラ。ある日、帰りの汽車を待つミルフォード駅で親切な医師アレックと出逢う。偶然の再会を経て、二人の心の距離はあまりにも自然に近づいていった。アレックにも妻子があった。ローラは、いつか訪れる別れのときを覚悟しながらも抗えないほどの想いに戸惑うのだった・・・」 昨日の椿を思いだしながら 近づけば匂いこぼれる椿かな 長久保公園には、珍しい樹木も沢山あります 松にも黒松、赤松、、といろいろですね、珍しい松がありました。チリー松です。ウルグアイにいた頃を思い出し懐かしや南米のことチリー松 ネットより「わずかにチリやアルゼンチンのアンデス山脈にだけ分布しています。火山性の山の斜面に生え、樹冠は珍しいキノコ形になります。千年以上を生き続けます。恐竜がいた時代には、ナンヨウスギ科の木々は地球上のあらゆるところに生えていたそうです。枝の先にまん丸の球果(松ぼっくり)をつけます。別名で「ヨロイスギ(鎧杉)」とか「モンキーパズル」とも呼ばれます。」 一口メモ 活字と親しむ自分の言葉で詠いましょう自分の作品を少しでもそれらしく見せようと、ふだんほとんど使っていない余所行きの言葉を連発しないこと。例えば、「見る」と言うところを「望む」と言い、「買う」を「求める」、「思う」を「偲ぶ」と言ったりします。 安曇野に買ひきし山葵食卓に と詠えばすっきりするところを 信濃路に求めし山葵旅偲ぶ などとやるんですね。 俳句の入口 藤田湘子より
2014.01.09
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辻堂の某民家の玄関に珍しい門松がありました竹筒に一本の椿がさされていましたこの家は、珍しい茅葺の家です何か、風習でもあるのでしょうか 玄関の竹にさしたる椿かな ネットで調べるとこれは風習でもあるようです! 「子供のはしかや、災難よけに椿で作った槌をつける風習があるところもあり、紀州では正月に門松の代わりに椿を門口に立てる 風習が伝えられています。」 そろそろ山茶花も終わり、もともとの椿が咲き出してきました。長久保公園の椿、藪椿です。 一口メモ足もとを見る吟行に行ったらダラダラと歩きまわらずに、立ち止まって自分の足もとの一木一草に眼をむけるのがよい。原句1.連山のむらさきに明け夏の雲2.夕焼けて沖の巨船の動かざる添削句3.連山のむらさきに明け黄菅原4.舟虫や沖の巨船の動かざる風景を詠う場合、対象の組み合わせが(大と大)になりやすくなる。添削句では連山(大)と黄菅(小)、舟虫(小)と沖の巨船(大)となり、しょうが入っただけで俄然印象が明確になってくる。 俳句の入口 藤田湘子より
2014.01.08
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今日は毎年恒例の藤沢七福神巡りいつもの散歩コースなので、今回は要領よく回ろう 朝、9時丁度に自宅を出て、養命寺(9時40分)---皇大神宮(10時25分)---白幡神社(10時45分)---常光寺(11時10分)---感応院(11時30分)---諏訪神社(11時45分)---龍口寺(13時15分)---江ノ島神社(13時50分)と全部歩きました。 そもそも、何で、七福神なのに、八箇所回るのかとか、そもそも七福神とはなにかとか、お寺にもなぜ、神があるのだろうとか考えるうちに分からなくなりました。それぞれの神のキーワードを見ると幸福 長寿 財宝 知恵 勇気 芸能ですね。 毘沙門天(知恵と勇気の神)が白幡神社と龍口寺にありました。まさに、神社と寺社の勢力争いですかね、これで八ヶ所に落ち着いたことが分かりました。まあ、ともかく、今年も元気で過ごしたいです。健やかに布袋の如く七福神俳句力弁天様に祈りけり全部、回って記念の暦を買いました。昔は、完歩記念に頂いたものですが、今、有料(100円)です。 それぞれの、神社、寺社の写真はフリーページに残しました。ご覧下さい!藤沢七福神詣で(2014.1.7) 一口メモ 季語を生かす方法(2)雪解けて山川ひびきそめにけり季語を離す???山にも春が来て積もっていた雪が解けはじめる。すると、川の水量も増えて川音も高くなる。物理的にはまさにそのとりです。けれども原因(雪解けて)と結果(山川ひびきそめにけり)が常識そのまま述べられていても、俳句としては楽しくない。在りそうなところに在るべきものがあった、出てきそうなものが出るべきところに出てきた、というのでは、読者は「ああそうか」で何の感興も催しません。 俳句の入口 藤田湘子より
2014.01.07
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今日も快晴(6時半頃、ベランダから) 大庭親水公園の近くを散歩 天神橋の蛙の相撲取り一寸珍しいですね! この橋を渡って農道を歩くとタンポポのような花が白い綿のようでした。 竹林がありました 竹もよく見ると青竹、黄色の竹、白いのと並べて見ると綺麗ですね。冬竹や色鮮やかに伸びにけり 夕焼け、大きな雲が飛行船のよう 一口メモ季語を生かす方法(1)「季語はそのまま何の手も加えず使うのがよい」ということです。コスモスはコスモス、鶏頭はただ鶏頭で使えばよい。「コスモスは風にゆれいて」とか「鶏頭赤し」などという説明的表現はしない。冬の雲生後三日の仔牛立つ 飯田龍太火を投げし如くに雲や朴の花 野見山朱鳥 俳句の入口 藤田湘子より
2014.01.06
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今日も、寒いが天気よし今日は小寒とかさすが寒いです。 昨日の長久保公園で見た珍しい樹木ですマユミという木です。可愛い実がなっています美味しそうですが食べられないようです。マユミ - Wikipedia よりマユミ(檀、真弓、檀弓、学名:Euonymus hamiltonianus)とは、ニシキギ科ニシキギ属の木本。別名ヤマニシキギとも呼ばれる。日本と中国の林に自生する。秋に果実と種子、紅葉を楽しむ庭木として親しまれ、盆栽に仕立てられることもある。材質が強い上によくしなる為、古来より弓の材料として知られ、名前の由来になった。この木で作られた弓のことや、単なる弓の美称も真弓という。和紙の材料にもなったが、楮にとって代わられた。現在では印鑑や櫛の材料になっている。新芽は山菜として利用される。天麩羅やおひたしなどに向く。なお、種子に含まれる脂肪油には薬理作用の激しい成分が含まれており、少量でも吐き気や下痢、大量に摂取すれば筋肉の麻痺を引き起こすため、種子は食べてはならない。 ヒイラギです。節分の日に玄関に飾りますね。季語は冬ですが句が浮かばない!花は小さいですが、真っ白で綺麗ですねヒイラギのこぶりの花の白さかな Webより 魔除け:古くから邪鬼の侵入を防ぐと信じられ、庭木に使われてきた。家の庭には表鬼門(北東)にヒイラギ、裏鬼門(南西)に南天の木を植えると良いとされている(鬼門除け)。また、節分の夜、ヒイラギの枝と大豆の枝に鰯(いわし)の頭を門戸に飾ると悪鬼を払うという(柊鰯)。 柊は老木になると葉っぱの棘がなくなるそうです。この木にも棘はなく、丸い形をしていました。若いうちだけトゲがあるというのも何か示唆するものがあるような 一口メモ十二音を考える五音・七音・五音と分けて考えると、意味もブツブツ切れてしまうし、リズムなど論外という句になる。十二音は五音+七音、七音+五音と二通りの組み合わせがあります。にせものときまりし壷の夜長かな 木下夕爾作者も「にせものときまりし壷の」と一息にすっと頭の中に言葉を並べたと思います。 俳句の入口 藤田湘子より
2014.01.05
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正月3が日も終わりました。お屠蘇飲み雑煮食べるも松の内 朝焼け(7時10分頃)木々の枝から今日は引地川を下り、長久保公園に行きました。川には鴨がすいすいと泳いでいました。鴨もいろいろ種類があるようですが分かりません。鯉が口を開けて餌をくれと言っているようです人が近ずくと分かるのかな?今度は何かあげようかな(魚に餌を与えないで下さいの立て札もないし)初春や口を開けたる鯉の群れ長久保公園では珍しい梅の芽を見ました。 これが花開くとさぞ綺麗でしょう 一口メモ切れ字と省略散文は、1.何が(誰が)2.いつ3.どこで4.どうした韻文である俳句は、これら全て言わずに表現すべきものです。「何が」「どうした」だけで表現し、「いつ」「どこで」は季語に語らせればいいのですが、そこらの言葉の出し入れを締めくくってくれるのが「切れ字」なのです。流れ行く大根の葉の速さかな 虚子 俳句の入口 藤田湘子より
2014.01.04
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今日も穏やかな朝です(6時50分の日の出)初春の霜を踏みながら俳句かな 初春や田んぼの鳩の舞い姿 今日は箱根駅伝の復路です今回は遊行寺付近から応援ですここの上り坂は難所と言われています。先頭と最後尾は30分以上ありました。初春や駅伝難所の遊行坂 応援も終わり、遊行寺に初詣です。初詣といへば神社と思っていましたが、寺社もいいのですね。もともとは神仏混合だったのですね。甘酒が美味しかったです。 一口メモ トライ5 漢字、ひらがな、カタカナを使って地蔵盆海鳴路地の空にせり 茨木和生漢字が圧倒的に多い中に、ひらがなが入った句。上五、中七は重く、下五は息を抜いたように軽い。けれども、「せり」という、きっぱりと言い切った言葉が、全体のバランスをとっています。たそがれてあふれてしだれざくらかな 黒田杏子「しだれさくら」のゆらめき、花の色、枝ぶり、樹齢までが眼前に浮かぶような句です。俳句入門 銀林晴生 より
2014.01.03
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正月2日の日の出(6時50分)今日も穏やかな朝です今日は毎年恒例の箱根駅伝です。今年は、例年の辻堂でなく、藤沢の通過点からです。引地川を下った藤沢警察署前です 新春や箱根駅伝旗の波写真がうまくとれませんでした。まるで、疾風のごとく駆け抜けていきました。 引地川には鴨が行列で陽を浴びて気持ちよさそうにすいすいと泳いでいます川面には鴨群れなして遊ぶかな 夕焼けも朝焼けと同じに綺麗でした明日も天気かな 夕暮れに時をつげるかな冬ガラス 一口メモトライ4 旧かなずかいで五・七・五俳句には、しばしば旧かなづかいのものがあって、若い人には読めないことも珍しくありません。「ちようちょう」は「てふてふ」「ひるがお」は「ひるがほ」「うばう」は「うばふ」「てんとう虫」は「てんたふ虫」といったぐあい。水草生ふ放浪の画架組むところ 上田五千石水仙のひとかたまりの香とおもふ 黒田杏子とどこほりなきさびしさや早苗籠 松本文子俳句入門 銀林晴生 より
2014.01.02
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初日を拝む風景団地の恒例の初日を拝む場所に三々五々集まっていました健やかに心静かに初日の出 元旦や鳴く鳥の声すがすがし毎年、行っている寒川神社にお札を納めに行き、新しい八方除けのお札と破魔矢を頂いてきました。 寒川中央公園では、凧揚げを楽しむ親子もいました。新春のいい光景ですね。 一口メモ トライ3 話言葉を使って五・七・五俳句の基本五・七・五に、いつも使っている話言葉をあてはめてみましょう。気負って難しい言葉を考えていると、いつまでたっても俳句になりません。話し言葉には、俳句がたくさん含まれているのです。柚子は黄に母の日向といっしょです 田口満代子フフフフフ不敵な石榴がひらいた 中村加津彦花八ツ手もうすぐ電車着くころです 蓮田双川俳句入門 銀林晴生 より
2014.01.01
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