流産
姉の妊娠の知らせから一カ月もたたないのに姉が流産したと連絡がきた。しかも離婚の話を進めているという。流産で離婚?金持ち夫は流産した姉をいたわってやらないのか?嫌な感じがした。
この時期僕は資格取得に向けて試験勉強の真っ最中だった。それなのに居てもたってもいられなかった。僕が東京行の飛行機を予約しようとしたとき、シンシアは激しく怒って僕を止めた。
「純、あなたは間違っている。お姉さんは流産したのよ。あなたが帰っても何もすることは無い。流産を慰めるのは夫の仕事よ。あなたの仕事じゃない。あなたが今すべきことは試験に合格することよ。試験を受けてから帰ってもお姉さんを慰めることはできるのよ。あなたは今帰るべきじゃない!もう少し賢い人かと思ってた。」と激しくなじられた。
「シンシア、僕は思春期から今まで賢かった時なんてないんだよ。ずっと姉に恋をしているバカ者なんだ。」と僕が言うとシンシアの顔色が変わった。いままで見たこともないような冷たい顔だった。シンシアは突然僕の知らない他人になった。
「純、私が生まれ育った町は田舎で、いろんな差別があるの。でも私の両親は差別意識が少ない文化人よ。私も差別なんかとは無縁に育てられたわ。人種も職業も同性愛も差別してはいけないと教育されたの。でも兄弟はだめよ。セクシュアルなパートナーになれない。私の父は国籍にのこだわるような人じゃないけど、東洋人は止めた方がいいって言ったの。東洋人は分からないって。でも、私はそんなこと気にしなかったの。貴方はハンサムだし頭もいい、きっと有能なビジネスマンになる。私達は素敵なパートナーになれると思っていたの。でも私の父は正しかった。純、私はあなたが分からない。悲しいわ」と青ざめた顔をして帰っていった。
「兄弟はダメよ。セクシュアルなパートナーになれない」という言葉が重くのしかかっていた。わざわざ言われなくてもよく分かっていた。「だから今、ここにいるんだ。」と言ってやりたかった。
初めて経験した屈託のない恋。知的で明るくて優しくて、その上セクシーな恋人。みんなから祝福される恋を無くしたくなかった。シンシアはたった一人の恋人だった。
僕はそれでも矢も楯もたまらずに東京へ戻ってしまった。東京に戻れば以前の僕が戻ってきた。アメリカでの僕はアメリカでしか生きられなかった。東京へ戻ったとたんに移住の気持ちやシンシアへの思いは心の奥底に沈んでしまった。
続く
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2019年07月11日
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