仏像
僕は大阪の会社を退職して完全に東京へ戻った。以前祖父夫婦が住んでいた家を改築して僕たちの新居にした。実家から歩いて5分ぐらいの所にあった。
その古い家のリビングの飾り棚には金属製の小さな仏像が置かれていた。一番高いところに置かれていて、祖父は毎日その仏様に手を合わせていたのを覚えている。祖母も絹の布で丁寧に磨いていた。
祖父母が亡くなってからも、母は毎日お水を備えるためにこの家に来ていた。父も時々手を合わせていた。この家がカビ臭くならなかったのは頻繁に人の出入があったからだ。
母に、なぜ仏様を家に移さないのか聞いてみた。「さあ、よくわかんないんだけど、この仏様があなたをこの家に呼んだのかもしれないわねえ。貴方を養子にする話し合いをしたのがここよ。
この場所で、おじいちゃんが養子をもらう決心をしたって言ったのよ。おじいちゃんはもともと、田原真介さんの愛人の子供だったの。その愛人っていう人がおじいちゃんの中学生の時に亡くなったのよ。
それでおじいちゃんは、あなたの話を聞いてすぐに引き取る決心をしたのよ。でも、不思議なんだけど、その時、ママはあなたが弟になるのが絶対嫌だったの。貴方は絶対私の子供だって思ったのよ。
ちょうど、この仏様と正面を向いていたの。仏様が、その子はお前の子だよっておっしゃったのよ。よくわかんない話でしょ。でも、この仏様は以前にも私を助けてくださったのよ。私はこの仏様とは心が通じ合うのよ。」母の言うことは、母の中では真実なのだろうと思った。
「昔ね、おじいちゃんとおばあちゃんが離婚寸前までいったことがあったのよ。」
「うそ!ものすごく仲良かったじゃない!」
「でもおじいちゃん一遍だけ浮気したのよ。」
「おじいちゃんって、おばあちゃんすごく大事にしてたよね。なんか、いっつもデレ~ンとなってた印象あるよ。」
「そうなの。完全に参ってたのよ。でも、浮気したのよ。浮気。多分酔ったはずみよね。それで、女の人が家に乗り込んできたのよ。子供ができましたって、別れてくださいって。」
「すげえ、ドラマみたいだ。」
「おばあちゃん、まだ若くてきれいだったから堂々としたもんだったのよ。その子引き取ります。って言ったの。私、兄弟ができるってうれしかったぐらいよ。その時のおばあちゃんが結構すごいことを言ったらしいの。そのおばあちゃんのセリフを、その女の人がお店で言っちゃって、しばらく評判だったんだって。パパも三崎専務から聞いて知ってるらしいんだけど教えてくれないの。かなりなセリフを言ったみたいよ。」
「ママ聞いてたんじゃないの?」
「聞いてたんだけど、なんだかよくわからなかったのよ。私が育てますって言ってたのは分かってるんだけど。」
「それでも、夫婦喧嘩は起きたのよ。その夜、おじいちゃん家出しちゃったの。何日も帰ってこなかったのよ。おばあちゃんったら、それでも笑顔でご飯作って元気なの。でもご飯食べられなかったのよ。
死んじゃうと思った。こういうとこ絵梨に似てるでしょ。もうだめだと思って、おじいちゃんを迎えに行こうと思ったの。でも、知ってることは会社の名前と場所が溜池山王ってことだけなのよ。おばあちゃんが買い物に行ってる間に、なんかわからないかって探してたら、この仏さまが倒れたの。ゴンって床に。当たってたら大けがするとこだった。で、仏様を拾い上げて、元に戻そうとしたら、そこにおじいちゃんの名刺がおいてあったの。」
「なんか、昔話みたいだね。」
「それで、会社に電話してみたのよ。そしたら三崎専務が電話に出てくれて、翌日学校まで迎えに来てくれたの。会社の前まで連れてってくれたのよ。まるで自分で会社まで行ったみたいな顔して応接室に通してもらったの。おじいちゃんにママ死んじゃうよって言ったのよ。おじいちゃん慌てて家に帰ってきたの。おばあちゃん、おじいちゃんの顔見たら倒れたのよ。ホっとしたんだと思う。この仏様は、うちを守る仏様なのよ。」といった。
母の話には多少脚色があるかもしれない。だけど、僕の家族も見守ってもらえるだろうとも思った。仏様が落ちたという場所は、少し床板がくぼんでいた。
母には内緒で父におばあちゃんの名セリフを聞いてみた。父が言うには、そのセリフは、店だけじゃなくて会社でも語り草になったようだ。曰く「田原真一の精子は一匹残らず私のものです。心配なさらなくても私がちゃんと育てます。」
あんな天然な顔してそんなすごいことを言ったのかと驚いた。祖父が家で腑抜けになって暮らしていたのが分かるような気がした。会社の皆がそんな話を知っていることは祖父は知らなかったのだろう。家の外に出れば無口で苦み走った男だった。
続く
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2019年07月23日
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