妾宅
そんな日、聡一から香織に電話が入った。聡一の声が震えていた。「久しぶりやな。お母さんから連絡もらった。子供出来たって?」といわれたので、「ええ、でも安心して。貴方にそっくりな子なの。この子といると幸福なの。それで充分よ。」と返した。
「暮らしはどうや?」「大丈夫、実家の援助があるし実家の商売を継げば、子供一人余裕で育つのよ。」と話す間にも、聡一が何の連絡もなく出産してしまった香織に当惑しているのが分かった。それでも、もともと育ちのいい聡一は、とにかく養育費を払うと言ってくれた。
聡一の妻、美奈子も妊娠中だった。結婚当初から神経質な性格はますますひどくなった。医師からはマタニティーブルーだといわれた。親と同居するのを嫌がったので、一等地の高級マンションに住んだ。すると近所付き合いがなくて寂しいといった。何やかやといちゃもんをつけた。聡一は、美奈子が嫌々結婚したのだと気づいていた。
美奈子の実家では、昨年当主を亡くして家の中が一気に寂しくなっていた。美奈子の不調は家が急激に力をなくしているせいかもしれないと思った。いずれにしても美奈子は香織の妊娠を受け止められるような状態ではなかった。
聡一が香織の家に来た。養育費の打ち合わせをするためだった。最初は、まとまった養育費をはらって解決する話だった。香織もそれで納得した。もともと、聡一には知らせずに一人で育てるつもりで生んだ子供だ。それでも、聡一を安心させるためには金を受け取った方がいいのだろうと判断した。聡一の誠実さに甘えたい気も起きていた。
聡一は自分の赤ん坊の時と似ているといって泣いた。いつの間にか毎月養育費を受取る話に決まっていた。大学か大学院を出るまでは責任を持つともいってくれた。香織は遠慮したが、香織の母の咲は「ありがとうございます。」と丁寧に礼を言った。
始めのうちは聡一は、月に一度現金を持って純一に会いに来た。そのうち養育費は銀行振り込みにして、月に何度か通ってくるようになっていた。そうなると養育費以外のものも受取るようになっていた。香織はいつの間にか妾の立場になっていたが、それでも幸福だった。
やがて田原美奈子も出産した。美奈子は産後も気分が安定せず、聡一は家庭の疲れを香織の家で癒す形になった。
咲は香織が金持ちの息子の子供を産んだことに大いに満足していた。咲は香織の携帯電話から聡一の電話番号を見つけた。そして香織には無断で聡一に連絡したのだ。香織は最初はひどく怒った。それも、今となっては、咲と香織、香織と聡一の間で笑い話になった。
続く
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2019年03月08日
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