道づれ
梨央は病院のベッドで婦人警官に付き添われて寝ていた。僕たちの顔を見ても目を大きく見開いたまま動かなかった。僕と絵梨が近づいて行って、抱きしめた時に初めて大きな泣き声をあげた。
小さな子供の様に「パパ〜、ママ〜 うわ〜ん、うわ〜ん。」と泣き喚いた。「あの人がいきなり、いきなりぶったの。何にもしてないのにいきなりぶったの。」と泣きわめいて止まらなかった。
僕も絵梨も梨沙も一緒に泣いた。「閉じ込めたの。閉じ込めたの。」とまた泣いた。10分位大泣きが止まらなかった。医師が「よかった。お嬢さん、声が出て。泣けてよかった。」と言った。
絵梨がずっと抱きしめていたので僕が買い物に出た。その時医師に呼び出されて、お嬢さんは暴行されていませんでしたと告げられた。服装の乱れは本人が苦し紛れにボタンを引きちぎった程度でひどい破れなどはなかった。
けがも擦り傷と切り傷、多少のあざはあるがひどい暴行は受けていない。拉致はしたものの怖くてただ暗い部屋に閉じ込めただけのようだった。診断書は追って出します。ということだった。
みぞおちに一撃されて車に引っ張り込まれるときに腕や髪をつかまれたのと、車から降ろされてクローゼットに閉じ込められるときに平手打ちされたらしい。そのあとは壁に向かって突き飛ばされていた。ところどころあざはできていたようだが、骨折などはなかった。
その他には特に暴行は無かったようだ。二日半水だけで真っ暗で狭い空間に閉じ込められていた。男は、普通に出勤して休みに入ってから自分の部屋に放火した。そして自分は浴室で手首を切っていた。自分の命を絶つついでに梨央を道づれにしようとしたのだ。絶対に許せない犯罪だった。
犯人は梨沙のアルバイト先の塾の講師だった。梨沙の恋人の同僚だ。時々4人でお茶を飲んだが梨央はその男と特に親しくならなかったそうだ。その男は、アルバイト仲間でも優秀でその男と付き合いたがっている女の子は多かったらしい。
梨沙の恋人が梨央もきっと気に入ると思って二人を合わせた。ところが梨央は全く関心を示さなかった。どうも男のプライドを傷つけてしまったようだ。
その男は梨央に付きまとって、梨央が一人になる機会を狙っていたらしい。送るといって梨央を車に誘ったが梨央が断った。梨央はその男の車に引きずり込まれてそのまま拉致されてしまったのだ。
見つかった時には閉じ込めたクローゼットのドアの前に大きなソファが置かれていたそうだ。男は梨央を部屋に残したまま梨沙の恋人と一緒に梨央を探すふりをしていた。
男は風呂で自死していたがこの事実を梨央に伝えたのは、事件後三カ月ぐらいたってからだった。
梨央が外出先で犯人に出会うことを恐れて外出できなくなったからだ。幸い公開捜査直前で見つかったのでこの事件を知っているのは関係者だけだった。大阪の親戚にだけは伝えておいた。大阪の叔父にとっては梨央は実の孫だった。
梨央はその後一人では外出できなくなった。家には高い塀を張り巡らしてセキュリティーは万全にした。絵梨は仕事を辞めて一日梨央と一緒に行動した。大学への送り迎えもした。
僕は家にいる日を出来るだけ増やした。
続く
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2019年08月09日
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