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2019年03月27日

家族の木 THE FIRST STORY 真一と梨花

ニアミス

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今までになく自分の生い立ちが嫌になっていた。もっともらしい顔をして何かを語ったとしても、それは自分が誰かのために何かできるという話にはならなかった。いつも自分のためだけにしか動かなかった。

聡のように気持ちを固めたら、あとは恋人のために借金や前夫の後始末をしてやるほどの気概はなかった。人のために何か無理をしてあげる余裕も心がけもない生い立ちだった。生い立ちが取り返しのつかないコンプレックスになっていた。

そんな夜、梨花から電話がかかってきた。「明日、そっちへ行く用事あるんやけど、お昼ご飯一緒に食べれる?」と聞かれたので、「いいよ。ごちそうする。どこかで待ち合わせよう。」と提案した。「ううん、私、真ちゃんの部屋がいい。ごはん持っていくからまってて。」と意外な答えが返ってきた。

僕は困った。梨花が今度この部屋に来たら、何事もなく帰す自信がなかった。本来は、断って外で会うべきだった。でも、僕は梨花の提案を断ることができなかった。この部屋に来て欲しかった。

あわよくば、何かあってほしかった。梨花が来たいというのだから来てもらえばいいと都合よく考えた。昼食をして早めに帰せばいいと甘い判断をした。

当日、梨花は11時ごろに来た。昨夜は叔父さんの家に泊めてもらったといった。ちょっと豪華なサンドイッチとワインやローストビーフなどを持ってきた。ついでに、チーズやヨーグルト、ピザ、冷凍食品、少しだけ手作りのお惣菜も持ってきてくれた。

冷蔵庫に何やかやと詰めて楽しそうだった。僕は後ろから抱きしめそうになるのを我慢していた。

ランチにワインを飲んだ僕は上機嫌だった。嬉しかった。梨花は話の合間に、突然真顔になった。「真ちゃん、このごろ全然大阪に来ないね。みんなに会えなくて寂しくないの?」と聞かれて、「寂しいけど、でも、大阪の大学切られちゃったから、ホントに、そっちに行く機会がなくなっちゃったよ。」と言い訳をした。「旅費だって馬鹿にならないし。」と心の中でつぶやいた。

「真ちゃん遊びに来て。京都や奈良へ案内してあげるから。遊びに来て」と子供が言うように何度も言われた。きっとママに言われているのだろう。

「ねえ真ちゃん、私に会わなくても寂しくないのん?」梨花はうつむいて、そう聞いてきた。「叔父さんの家に用事あったって嘘なんよ。寂しかったから会いに来たの。あかんかった?」と聞かれて、しばらく何も答えられなかった。

眉を八の字にして幼児のように見つめられて、何も言えなくなってしまった。「そんなことない。来てくれてうれしい。」そう、答えたと同時にチャイムが鳴った。

インターフォンを除くと真知子が来ていた。真知子は慣れた調子で「今晩、お肉焼こうと思って。ちょっとごちそうよ。」と言った。僕は大慌てで「今来客中なんだ。」といった。真知子は声を潜めて「ごめんさない。いつものカフェにいるから終わったら教えて。」と言った。

梨花は立ち上がっていた。真知子の慣れた調子を見れば、誰だって深い付き合いだとわかる。梨花は少し震えているような声で「お邪魔しました。」と言って玄関へ向かった。

途中、廊下に置いていた靴箱につまづいて大きな音をたてた。僕は慌てて梨花をとめようとしたが止まらなかった。エントランスまで一緒に出たところで真知子が立っているのが見えた。真知子が引きつった表情でこちらを見ていた。梨花は逃げるようにエントランスを出て行った。

真知子が「あの人誰?」と聞いてきたので「出版社の人」とだけ答えた。その日は仕事が立て込んでいることにして部屋に入れなかった。梨花に何度か電話を入れたがつながらない。事故を起こさないか心配で居てもたってもいられなかった。その夜は不安と焦燥感で眠れなかった。


続く





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