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2019年05月21日

THE SECOND STORY 俊也と真梨 <7 プロポーズ>

プロポーズ

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真梨は度々僕の部屋に来るようになった。真梨の学校はあと2年残っていた。そろそろ就活に入るころだ。僕はだんだん焦りだしていた。真梨の頭の中には避妊という言葉はなかった。僕は真梨にそれを言い出せなかった。なぜか傷つくだろうという気がしていた。

叔父に「妊娠しました。結婚させてください。」は通用しないだろう。出来るだけ早く婚約までこぎつけなければならなかった。

僕は、いい家の息子だった。そしていい学校を出ていい会社で働いていた。容姿だってそれなりのはずだった。子供の時にはきれいな子といわれて育った。一見非の打ちどころのない男だった。

でも実際はちがった。僕は母の連れ子で実父は母を刺して殺人未遂で逮捕された男だ。母と離婚し僕の親権を渡すことを条件に大金を受取った男だ。誰も僕に話さないが僕はその程度のことを調べる手立ては知っていた。

叔父や叔母はこの経緯をよく知っているはずだ。そんな男を叔父が愛娘の婿として認めるとは思えなかった。

それに真梨と結婚するということは真梨の家の事業も継承することになる。それはそれで面倒なことだった。叔父がコツコツと積み重ねてきたものを壊すわけにはいかない、けっこう荷の重い仕事だった。僕はサラリーマンとして出世したい欲も有った。仕事には手ごたえを感じていたのだ。

なぜ、あの時真梨を縛り付けるような言葉を言ってしまったのだろう。真梨から見れば立派なプロポーズだ。言葉では真梨を縛り付けていたが現実に縛られているのは僕だった。

僕は独占欲が少ない子供だった。いつも弟のことを考えていた。母がいつも弟のことを考えていたからだ。弟を大切にすることが僕の存在そのものだった。いつだって弟あっての僕だった。少なくとも母の中ではそうだった。

僕は人目を惹く大学を選んだ。そして外資系という、ちょっと特別感のある就職をした。田原の家で最も序列が低いことへの劣等感の裏返しだった。

真梨は親族の中でも、たった一人の女の子だった。親族の集まりでは、はにかんであまりしゃべらないのに、いつも話題の中心だった。そんな女の子を独占したいと思ったのだろうか?

あの時、突然、真梨に対する執着心がむくむくと湧いてきた。真梨が他の男とこんな時間をもつのは耐えられない。ただ、そう思った。

真梨は僕と結婚することが当たり前だと思っていた。それしか考えていなかった。僕は見事に真梨のトラップにハマって出られなかった。あの時真梨は「初めてはお兄ちゃんがいい。」と言ったけれど結局のところちょうどいい男を捕まえて逃れられないようにしてしまった。困ったことに僕はこのことに幸福感を感じていた。

ある日、夕飯が終わってみんなでゆっくりしているときに「ちょっとお願い事があるんですが。」と切り出した。余りにも硬い雰囲気で言い出したので叔父は仕事の話か何かと思ったようで、「ちょっと飲もうか?」と言ってウィスキーを取り出した。

「いや、真梨ちゃんのことなんですが、学校あと2年残ってますよね。」というと叔父は「せっかく合格できたんだから卒業したらどうかと思ってるんだ。勉強自体が嫌なわけじゃないんだし。俊也にも心配かけるね。」といった。

「真梨ちゃんは将来どうするのかなと気になって・・・。」というと叔父は「あの時は俊也のおかげで助かった。今後のことはゆっくり考えればいいと思ってるよ。とにかく今は卒業が目標じゃないかな?ね、真梨」と話が違う方向へ向いてしまう。

僕は話題を戻そうとして「卒業はもちろん大切なんだけど、真梨ちゃんは他の道も考えてるんじゃないかなと思って。」というと叔父は怪訝そうな顔をして「真梨、なにかしたいことが見つかったのかね?」と聞いた。

僕が「恋愛とか」と言いかけただけで叔父は嫌な顔をした。「まだまだだよ。卒業してからでも十分間に合う。そんなこと急ぐことじゃないじゃないか。俊也何が言いたいんだ?」ともう怒りだしそうになっている。僕は一気にひるんでしまった。

真梨が「パパ あのね、わたしがお兄ちゃんをだましてレイプしたの。」と口を挟んだ。叔母は「えっ、レイプ?」と目を三角にして立ち上がった。僕は真梨に「ちょっと、真梨、ややこしくなるから黙ってて。」と言った。

途端に「何が黙れだ!お前一体何をしたんだ、本当のところを詳しく説明しろ!さっきから何をぐずぐず言ってるんだ!」叔父は完全に噴火していた。真梨はまた大声で「だから、わたしがお兄ちゃんをだましたの!無理やり抱きついたのよ!」と怒鳴った。

叔父は、きょとんとして黙っていた。叔母は両手で顔を覆って肩を震わせていた。なんだかえらい修羅場になってしまった。僕は「叔母さん、すみません。必ず幸せにします。申し訳ないです。」と謝った。

自分でも、なんで謝っているのかわからなかったが、とにかく叔母に泣き止んでもらいたかった。叔母は涙を流していた。そして、声を殺して嗚咽しているように見えたが次の瞬間、もう耐えられないとばかりに笑いだした。

叔母の大笑いで叔父の顔が一気に緩んだ。「なんで、もっと早く言わないんだ。もう長いのか?」と詰問口調になった。僕が「すみません。なんとなく言いにくくて。」と答えると、叔母は叔父に「おんなじよ。おんなじなんよ。」といった。

途端に叔父は軟弱な煮え切らない顔になって「だいたい、なんで急に真梨なんだ。いままで真梨ちゃんだったじゃないか。とにかく、きちんと婚約してくれ。心臓が持たん。」といった。


続く


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2019年05月20日

THE SECOND STORY 俊也と真梨  <6 復習>

復習
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真梨は翌日の昼前にサンドイッチをもってやってきた。なんとなく気恥ずかしそうなもじもじした態度だった。無理もなかった。恐ろしく露骨な誘い方をした男の誘いに乗ったのだから。

僕はコーヒーを淹れていたが、だんだんもどかしくなって、「真梨ちゃん、昨日の復習を先に済まそう。」といって、そのまま真梨の手を引いて寝室まで連れて行った。情けないほど自制心が吹き飛んで呼吸が早くなっていた。これでは真梨が怖がるだろうと思った。また昨夜の繰り返しになってしまった。ただ、性急に事を進めただけだった。

「もう一回いい?今度こそちゃんと勉強しよう。」と言っていた。真梨はまた、こっくりとうなづいた。今度は、優しく、丁寧に、ゆっくりと真梨の表情を見ながら動いた。真梨は最初は苦痛そうに、はにかみながら、やがては上気して美しい吐息を漏らした。

「今度はどうだった?」確かめる自分が嫌になった。真梨は微笑んだまま僕にしがみついてきた。何か熱いものが胸の中に押し寄せてきていっぱいになった。

僕は真梨に「僕以外の男とするな!一生僕以外の男とはするな!わかった?」と念を押した。落ちたとおもった。真梨も落ちたかもしれなかったが深みにはまってしまったのは自分だという自覚があった。

僕が高校生の真梨に持っていた印象は「栞」だった。よく地方のお土産になっている紙でできた花嫁人形の栞が僕の中の真梨だった。細くて平たいかわいらしく素直な子だった。素直といえば聞こえがいいが親の言いなりに育った、要は面白みのない女子高生だった。

それが誰も知らない間に豊かな胸を持つ情熱的な女に育っていた。多分叔父も叔母も自分の娘が実はずいぶんグラマラスな体つきで、その上自分から男に関係を迫る情熱をもっているとは夢にも思っていないだろう。

真梨は親の留守中に自分がこれと決めた男をひっかけて、ものの見事にものにしてしまったのだ。考えてみれば悪い女だ。それなのに外見は世間知らずの目立たないお嬢様だった。僕は、この巧妙な仕掛けに抵抗することができなくなっていた。


続く


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2019年05月19日

THE SECOND STORY 俊也と真梨  <5 作戦>

作戦

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真梨は、この年単位不足で留年した。叔父か叔母と一緒でなければ外出ができなくなっていた。友人関係は、ほとんど切れてしまったようだった。残ったのは幼稚園から付き合いのある2人だけだった。

友人たちの逮捕劇が終わって真梨は大学へ行くようになったが寄り道は一切しなかった。親しい友人が時々家に遊びに来るだけになっていた。

叔父は心配して時々僕に真梨を食事に連れ出すように頼んだ。僕は、この世間知らずの従妹のお守りに少し疲れていた。そのころ会社の同僚の女性との付き合いが始まっていた。

その日も真梨のお守りを頼まれた。叔父と叔母が仕事関係の宴席に出るというので、夜二人で留守番をしていた。真梨は長時間一人で家にいることができなかった。

僕がテレビに夢中になっていた時に、突然真梨の部屋から軽い悲鳴が聞こえた。「お兄ちゃん、来て!お兄ちゃん!お兄ちゃん!」と呼ばれて、慌てて二階の真梨の部屋へ駆け込んだ。

真梨がこちらに背中を向けてベッドの横の何かを見ていた。ゴキブリか何かだろうと思って僕もそばへ行った。その時いきなり真梨が振り向いた。僕は、前へつんのめって真梨にかぶさるように倒れてしまった。慌てて身体を離そうとしたが真梨の腕が僕の腰に巻き付いていて離れることができなかった。

「どうした?こんなとこ叔父さんに見られたらどんなことになるかわかってるか?」僕は、こんなようなことを言ったようだが、それよりも先に感情に呑まれてしまった。

「わたしのこと嫌い?わたしのこと嫌い?」真梨は何度も同じことを聞いた。そんなことは考えたこともなかった。子供の時から知っている小さな従妹だった。それでも僕は自分を制御することができなかった。

真梨は外からの印象よりも豊かな体だった。「いつの間にこんなに大人になってたの?こんな悪い作戦、誰が考えたの?」と聞くと真梨は「海外ドラマでやってたの。どうしても、初めてはお兄ちゃんがよかったの。」と答えた。

真梨に「ホントの初めて?」と聞くとこっくりうなづいた。僕は戸惑った。僕は全く初めての相手との経験はなかった。でも、その時の僕は真梨の胸をもっと感じたくて真梨を強く抱きしめていた。

真梨は僕が戸惑っていたとは気付くはずもなかった。家庭教師なら、ちゃんと教えてくれると思っているのかもしれなかった。

真梨は抱きしめられたまま身体を固めて動かなかった。僕はずいぶんてこずってしまった。結局のところ僕にはなんだか消化不良のようなモヤモヤが残ってしまった。「感じた?」と聞くと、真梨は涙まみれの顔で「わかんない。」と答えた。「このままでは終われない」奇妙な未達成感が湧いてきた。

僕は「明日僕の部屋へおいで。もっとちゃんと丁寧に勉強しよ。」と誘った。真梨はまた、こっくりとうなづいた。全く初めてで男をだまして関係を持って誘われたら家にも来る。真梨の大胆さに驚いた。

世間知らずなのか生まれついての奔放なのか僕にはよくわからなかった。ただ、突然降ってわいた濃厚な蜂蜜の誘惑に勝てるほど僕は成熟していなかった。

僕は、いつも通りリビングでコーラを飲みながらポテトチップスを食べた。真梨は部屋の空気を入れ替えて明かりを消したあとリビングに降りてきた。二人並んでホラー映画をみた。二人とも無表情を作った。

僕は叔父夫婦が帰ってきてすぐに叔父の家を出た。外に出たときにホッとして大きなため息が出た。泊まっていけと勧められたが、明日約束があるといって帰宅した。明日の約束とは、さっきかわした真梨との約束だった。

本当は、会社の同僚の女の子と会う約束をしていた。僕は真梨とその子を両天秤にかけた。僕の天秤はものの見事に真梨に傾いて倒れた。20代の僕には、これからデートを重ねて親密になるように努力しなければいけない相手と、自分から身を投げ出してくる相手なら後者の方が圧倒的に魅力的だった。

突然親が上京することになったと嘘をついて会社の子との約束をキャンセルした。その子とはそれっきりになってしまった。


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2019年05月18日

THE SECOND STORY 俊也と真梨  <4 叔父の怒り>

叔父の怒り
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真梨の家のリビングに入ると叔父は見たこともないような顔をして待っていた。真梨は普段通りの甘えた声で「遅くなっちゃった。ごめんなさい。」と頭を下げたが叔父の表情は和らがなかった。

真梨ではなく僕を見据えていた。叔父の血相が変わっていた。僕は、また疑われて殴られる覚悟を決めていた。悔しい宿命だった。

叔父が僕の襟首をつかんだところで真梨が大きな声を出した。「トカゲさんが出てきて、真梨が勝手に転んだ。お兄ちゃんが助けてくれた。」真梨は幼いころと同じように僕をかばった。

叔父は一瞬面食らったような顔になって僕の襟を放した。叔母に「俊君、ややこしい、こういう時は真っ先に弁解しなさい!誤解されるような態度とったらあかん。話が無駄に長引くのよ。」と怒られた。

叔父は「そのトカゲどこにいる?」と聞いた。顔は青ざめて目が座っていた、声は普段の柔らかさを無くして本当にやくざ者のように思えた。

「いや、おじさん、大人数やし行っても危ないだけやから。」と止めたが止まらない。継父から叔父は休火山だと聞いていた。もう噴火していて止めようがなかった。大人数と聞いて余計に頭に血が上ってしまったようだった。

「赤坂だけど」僕はまた襟首をつかまれて、「連れていけ!」といわれたが必死で抵抗した。叔母が近づいてきたので、これで止まると思った。

しかし、あろうことか叔母は出刃包丁をタオルで包んでいた。「ぶった切ってやればいいのよ。」と叔父に渡したのだった。

叔父は、タオルにくるんだ出刃包丁を受け取って玄関まで行ったが、そこで止まった。2、3度首をかしげてからUターンして戻ってきた。

叔父が「梨花、これじゃこっちが逮捕されちゃう。」というと、叔母は「なんで、切ってやればいいのよ。そんなもんついてるから、悪いトカゲになるのよ。」と怒鳴った。叔父が「梨花、ちょっと違う。」といった。この時はもう、普段の叔父になって叔母の肩を抱いて優しくけん制した。

上品な叔母が怒りのあまり特大の天然ぼけをさく裂させたのだった。まあ、それで、叔父の噴火は落ち着いたのだが。叔母は知ってか知らずか「正しい噴火の鎮め方」を実践した。

「真梨、俊也に礼を言いなさい。かわいそうに、いいとばっちりだ。」僕は自分の正当性が認められて安心した。僕は弁解を聞いてもらえないことが多かった。黙ってむくれながら怒られるのが癖になっていた。これからは、真っ先に弁解しようと思った。

叔父は真梨に「パパにしっかりトカゲの説明をしてほしい。」といった。真梨は音楽サークルの友達に誘われて、よその大学の学生との交流会に参加した。酒を飲まないので、一次会で帰るつもりをしていた。

最後に友人に強く勧められたのでできるだけ弱いカクテルを飲んだ。それから足が立たなくなって無理にタクシーに乗せられたそうだ。記憶が飛んではっきり覚えていないらしい。

僕が見つけたときには泥酔状態だった。今酔いがさめているところを見ると、強い酒にごく軽い鎮静剤のようなものを混ぜられていたようだ。頃合いの量、足が立たなくなって動けなくなる、完全に失神しない程度の量だ。

叔父は「そうか、それじゃトカゲ退治をしなくちゃいけないね。」と言った。「とにかく着替えて来なさい。」と言われた真梨は二階へ引き上げた。叔母も真梨について二階に上がった。

叔父と二人きりになった時、叔父は僕に確かめた。「何もされていなかったか?」と聞かれた。僕は「服装は全然乱れてなかったから、その点は大丈夫です。」と答えた。叔父は少し落ち着いた様子で「落とし前はつけてやる。なめんなよ。」とつぶやいた。

叔母が二階から降りてきて、叔父に「大丈夫、お酒を飲まされただけで済んだみたい。俊君がいなかったら今頃どうなってたかわからへん。ホントにありがとう。よく、見つけてくれたねえ。どうも、女の子に騙されたみたいやね。また、泣き出してしもて。しばらく泣かしとかなしょうがないわ。」といった。

僕から見れば一番質が悪いのは真梨をだました女友達だ。この女を、このままにしておいてはいけないと思った。「そっちも落とし前を付けなければいけない。自分が何をしたかわからせてやればいい。」と思った。

叔父の怒りの怖さを思い知ったと同時に自分が叔父に似ていることに気が付いた。叔父は叔母や真梨を危険な目に合わせたものを許さない。僕も僕の大切な人を傷つけたものを許さないだろう。

僕は、僕を二次会に招待した男の名前と住所を叔父に報告した。真梨は自分をだました女友達の名前を父親に報告した。叔父は、その後、何カ月も何の連絡もしてこなかった。何か自分に対して依頼事の一つぐらいはあるかもしれないと思っていた。

何事もなかったのように数カ月が過ぎたころに医者の不良グループが逮捕された。その中の一人は麻酔医だった。同時に逮捕された女子大生の中には真梨をだました女も含まれていた。女は、2カ月前に20歳になったばかりだ。叔父は女が20歳に成るのを待っていたのだ。

逮捕の事実は新聞に比較的大きな見出しで報道された。逮捕者の名前、年齢、職業も記載された。その中で悪質と特筆されたのが麻酔医の存在だった。

翌週の週刊誌には「文科省の幹部の子息(麻酔医)が乱交パーティーを主催」と派手に書き立てられた。婦女暴行の事実も暴かれた。ここでも真梨をだました女の名前が記載された。

真梨はこの記事を見て「パパ!この人たち逮捕されてる。」と大騒ぎをした。叔父は「こんなことが、いつもでも続くわけないんだよ。悪いトカゲが退治されてよかったね。」といつものいいパパの話し方をした。叔母が新聞を引き裂いてこの話は終わった。


続く

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2019年05月17日

THE SECOND STORY 俊也と真梨   <3 パーティー>

パーティー

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大学を卒業して就職してからは叔父の家族とは少し疎遠になった。社会人第一歩を踏み出して緊張していたし、会社の同僚の女の子と親しくなりかけていた。

久しぶりに大学の友人達と会ったその日、二次会にさそわれた。酔った勢いで行った店には女の子も集まっていた。なんとなく閉鎖的な感じのする高級店だった。直感的に怪しいと感じた。秘密めいた犯罪的な感じがしたので早々に帰ることにした。

僕は、いい加減な男だったが違法な集まりには参加しない。こういうところに居れば下手をすれば一生を棒に振ると感じていた。

何気なく店の隅の方に目をやった瞬間ぞっとした。真梨がいる。心臓が止まりそうになった。もう酩酊状態に見える。女の子たちのグループにまぎれているが、ほとんど寝ているような感じだった。放っておけば男たちのいい餌食になるのは眼に見えていた。

慌てて真梨のそばへ行って抱き上げた。よろめいて立てない状態だったが無理に立たせて外へ連れ出そうとした。

「おい、いきなり、それはないだろう田原。もうちょっと、みんなと仲良くなってからだよ。」と押しとどめられた途端に手が出てしまった。相手の顎に一発お見舞いしていた。

一瞬大騒動になりそうだったが店の人が外へ連れ出してくれた。「お知合いですか?」「ええ、僕の妹です。」と答えた。真梨の身元がわかってはいけないと思った。真梨を抱いてタクシーに乗りかけたときに店の人が「お忘れ物です。」といって真梨のバッグを持ってきてくれた。

その人は、これから何が起こるのかわかっているのだろう。揉め事はお断りだ、さっさと帰ってくれと言われている気がした。

とにかく僕の部屋に連れて帰った。真梨は半分眠りながら泣いていた。ソファに横になったまま起きることができなかった。2時間ぐらいすると真梨の意識がはっきりしてきた。

しくしく泣きながら「強いお酒飲まされたの。友達に。」と言った。「女友達か?」と聞くと泣きながらうなずいた。質の悪い話だった。女友達なら油断しても無理はないと思った。

服装は乱れていなかったので、それ以上のことはなかったのだろう。何もなくてよかった。「お兄ちゃん、すごく頭痛い。」「アルコールが完全に抜けんと治らんなあ。水を飲むしかない。」といってスポーツドリンクを渡した。

お腹が空いたというので、冷凍のオムスビを出した。意外なことに一個ペロリと平らげた。すると急にしっかりしてきた。

この子はいつからあんな質の悪い連中と遊ぶようになったんだろうかと腹が立ってきた。自分がちょこちょこ紹介していた中には、あんなレベルの低い奴はいないはずだった。
今日、僕を誘ったやつも、まともな社会人だ。確か父親は霞が関だったはずだ。本人も医師だ。

「もう2時過ぎてる。叔父さん半狂乱で待ってるぞ。とりあえず送っていく。」困った奴だと思った。真梨の携帯電話には何度も着信記録が残っていた。多分そのまま叔父の家に泊まることになるだろう。思いっきり説教を食らうだろう。うんざりした。


続く


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家族の木 THE SECOND STORY 俊也と真梨   <2 東京暮らし>

東京暮らし
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僕は大学は東大を選んだ。田原の家を出たかった。田原の家は、いい人ばかりだった。祖母も継父も人格者だった。東京の叔父と叔母は僕のことをいつも気にかけてくれた。

それでも田原の家はしんどかった。東大なら文句なく東京で一人住まいをさせてくれるだろう。そういう意図があって勉強に励んだ。継父も母も僕が東大に合格したのをずいぶん喜んで叔父や叔母にも電話してくれた。

叔父は東京のマンションのオーナーだった。当然、自分のマンションに住むものと決め込んでいた。でも僕は、とにかく田原の家の縛りから抜けたかった。社会勉強のために一人暮らしをすると言い張って、やっと大学のそばに暮らしてよいと許しをもらった。

ただし、一つ条件を付けられた。週一回、真梨の家庭教師をすることだった。僕が大学に入った年に真梨は都内の有名私立高校に入学していた。そこは、金持ちの子女の通う学校で有名私立大学の付属高校だった。家庭教師などやりたくないと思ったが、その条件は僕が好きだった叔父が出したものだった。

実際に生活してみると週一回は大学生にとっては結構きつい条件だった。もちろん給料は出る。友人たちも家庭教師のアルバイトをしているものは多かったが、僕は親戚の家に行って従妹の勉強を見て夕食をごちそうになる、働いた実感の湧かない新鮮味のないアルバイトだった。

しかも下手をすると泊っていけ、休日は一緒に過ごそうと声をかけてくれる。大阪生まれの叔母が慣れない東京暮らしの僕に気を使ってくれる。大学生にとってこんな面倒な話はない。

真梨にとっても面白みのない家庭教師だっただろう。友人たちは、初めて接する大学生にドキドキしながら勉強するのに、自分ときたらよく知っている従妹に勉強を教えてもらうのだ。ワクワクドキドキはなかった。この関係は3年間も続いた。

叔父や叔母と話すのは楽しかったし、なにより叔父に憧れた。情緒的な言葉をたくさん使って話をした。実業家というよりも文化人といった雰囲気があった。叔母や真梨に対して、甘々の夫、父だった。にもかかわらず事業は着実に成長させていた。目立たず地味に少しづつ成果を上げていくやり方が魅力的だった。

叔母は叔父のこの性格をよく理解していて、自分に甘くて優しい夫に難題を持ち掛けることもあったようだ。叔父は「しょうがないんだよ。身分違いの娘に手を出しちゃったからね。粉骨砕身働かないと」と笑った。幸福感と自信があふれていた。

叔母は継父の姉だった。叔父はその入り婿だった。大阪の本家は継父が継ぎ、東京の分家として会社を興していた。継父は、もともと不動産資産の多い家に生まれて、しっかりその資産を守る、品のいい仕事をこなす業界でも信用のある人物だった。

叔父はあまり表面に出ないが、時々、継父と相談して手堅い仕事をしていた。継父はこの道のプロ、叔父は新参者だった。

不思議なことに継父は大切なことは叔父に相談する。叔母も叔父のやり方に口を出さない。継父は大きな家の長男だけれども末っ子気質。叔父は貧しい育ちらしいが長男気質だった。継父と叔父はウマが合った。

叔父は昔、少しだけ作家として生活していたことがあったらしい。その名残で今でも榊島の自然に関するエッセイを書くことがある。旅行雑誌の主催者に知り合いがいるらしい。

真梨と僕は否が応にも仲良くなった。真梨が大学に進学してからも仲良くつきあった。お互いに利害関係が一致していた。同級生を紹介しあっていたのだ。僕の大学の男子と真梨の学校の女子なら世間的には、けっこう似合いのカップルだった。

真梨にも当然友人を紹介した。しかし、真梨は気がないというか、おとなしすぎるというか、なかなか交際に発展しなかった。僕は交際に発展したときには真梨には報告はしない。

こういうことは叔母は、うっすらと勘づいているようだった。叔父にはとても言えるものではなかった。叔父からみた真梨は、いつまでも可憐な少女だった。男子学生を紹介したなどと知れれば、ただ事では済まされないだろう。

僕は大学院には進学せずに、そのまま就職した。たいして向学心もないのに長々学校へ行くよりは本気でビジネスの勉強をしたかった。迷わず外資系のコンサルティング会社に就職した。忙しさも手伝って、ちょっと、叔父の家に行く頻度が少なくなっていた。


続く


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2019年05月15日

家族の木 THE SECOND STORY 俊也と真梨


母の連れ子としていつも我慢を強いられてきた俊也、お嬢様として愛に包まれて育った真梨。俊也は秀才でエリートサラリーマン。真梨はじみで目立たない素直だけれど面白みのないお嬢様。意外にも運命を動かしたのはお嬢様の真梨。二人の運命が、やがて一人の男の子の運命をも動かしていきます。

母の再婚

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僕は4歳の時に田原家に移り住んだ。僕が父だと思っていた人とは会えなくなり、田原の継父が僕の父になった。田原家は地元では名の知れた不動産会社の経営者一族だった。僕は最初一人で田原の家に預けられた。母が入院したからだ。そのころ母の恋人だった人が今の継父だ。田原の家では僕は大切にされた。祖母は継父の母で僕とは全く血縁がなかったが、いつも俊(しゅん)君、俊君といって僕をかまってくれた。東京の叔父も叔母も、会えば必ずいの一番に声をかけてくれた。

それまでの保育園をやめた代わりに私立の有名幼稚園に通った。僕は最初から先生たちに可愛がられた。ここでも継父が気を使って幼稚園に僕のことを頼んでくれたのだと思う。幼稚園では、先生によくかまってもらえる子が友達にもかまってもらえる。家でも、外でもいろいろな人が僕を気にかけてくれた。

ただ、実の母だけが僕に厳しかった。新しい環境の中で不安な中で母は僕にはとても厳しく当たった。

2年後には弟の聡一が生まれた。継父は最初この子には一という字は使わないといったらしい。それを母が押し切って聡一にした。父の聡という文字をもらって聡一だ。いかにも長男らしい名前だ。母が僕が連れ子だということをそれとなく周囲にわかるようにしたのだった。後妻に入った家への気遣いだったのだろう。この名前のおかげで、僕はいつも自分が連れ子だということを思いながら暮らした。

ある日、庭で従妹の真梨や弟の聡一と遊んでいたとき、急にトカゲが走り出てきた。古い屋敷で育った僕や聡一には見慣れたものだったが、マンション育ちの真梨は驚いて、その場で転んでしまった。膝小僧には大きな擦り傷を作っていた。真梨はトカゲに対する恐怖心と、けがの痛みで大きな泣き声をあげた。

傷の大きさをみて小学校1年生だった僕も動転した。慌てて真梨の手を引いて家に連れて帰った。真梨の傷を見て母は青くなった。女の子を育てたことがない母にとっては、その傷はずいぶんと大事件にうつったのだろう。

真梨はいつまでも泣き止まなかった。真梨の母親である叔母が出てきて、「まあまあ、エライ転んでんね。消毒しましょ。」といったとたんに、母から僕の頬に平手が飛んできた。「真梨ちゃん、女の子やのに、こんなけがさして、一体なにしたの?」と責め立てられた。

僕は突然殴られた悔しさに言い訳もできなかった。叔母はびっくりして「そんなに怒ることない。誰でも子供の時にはけがぐらいするのに。」と母をなだめた。

聡一が母に食って掛かって大泣きをする。真梨も大泣きをして、その日は玄関先で大騒ぎになってしまった。真梨はいつまでも泣き止まなかったので母もいつまでも僕を許してくれなかった。

それから30分位してから叔母が大声で、「ヨリちゃん、俊君悪くない。俊君悪くないんよ。」と言って真梨を連れてきた。

真梨は、その時4歳だった。一生懸命叔母に事情を説明したらしい。「トカゲさんが来て真梨が自分で転んだ。お兄ちゃんがおててをつないでくれた。」これを説明するのに30分かかったのだ。「お兄ちゃんをたたかないで。」といっていつまでも泣いたのだった。

その夜叔母や叔父が僕に一生懸命謝ってくれた。母も謝ってくれた。ただ、それでも僕は納得できなかった。母は僕をみて、まずたたいたのだ。悔しかった。いつもそうだった。母は、何か問題が起きるとまずは僕を叱り飛ばした。母自身が動転したときには、今日のように平手が飛んできた。

継父は、母に「俊也に厳しすぎる、俊也にやさしくしてやれ。」と言ったようだ。継父と母は普段は仲のいい夫婦だったが、時々、僕のことでぎくしゃくした。母が必要以上に僕に厳しいからだった。

続く

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2019年05月14日

家族の木 THE FIRST STORY 真一と梨花 <62 DNA>

DNA
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梨花の35日法要を済ませた。僕はもう疲労困憊だった。梨花ももう待ちくたびれているだろう。待ちきれなくなって一人で歩き始めてしまわないだろうか。そろそろ合流したくなってきた。

梨花が大切にしていたワインを開けよう。梨花が僕たち夫婦の金婚式用に取っていたワインがある。みんなにお礼とお詫びだ。二人続くとなかなか大変だけど、もうひと頑張りしてもらおう。僕はもう疲れた。

今日はワインを開けるにはいい日だろう。ちょうど区切りになる日だ。みんなをこの家に呼ぼう。梨花も一緒に食事をしよう。そう思った。

夕食は穏やかなものだった。僕も少しおしゃべりをした。少しぐらいは孫たちの記憶に残りたかった。絵梨も純一もいい子に育った。俊也と真梨は円満だ。梨花のおかげでお気楽なおじいちゃんになれた。

夕飯を済ませて部屋に入ったところで限界が来た。睡眠薬は前から準備していた。もういいだろう。

母さん、不思議だね。僕も母さんと同じことをするなんてね。どうも、母さんも僕も恋愛にのめり込んじゃうタイプらしいね。

今思い出したんだよ。父さんの49日の夜、母さん僕にジュースを出してくれたよね。そのジュースを飲んだ後から僕の記憶が飛んでるんだよ。何日か寝ていたんだよね。あの時、母さんは僕を連れて逝こうとしたんだよね。

母さんは本当は父さんと死にたかったんだよね。僕のために6年間も頑張った。あの時、もう限界だったんだね。僕も、もう限界だ。



THE SECOND STORY 俊也と真梨 に続く


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家族の木 THE FIRST STORY 真一と梨花 <61 花嫁衣装>

花嫁衣装
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梨花が家に帰ってきた。仏間に梨花を寝かせた。葬儀社が用意した白い絹の布団に梨花が横たわっていた。僕は梨花が箪笥の奥深くにしまい込んでいた深紅の着物を思い出した。梨花の母が用意していた婚礼用の着物だった。

梨花は花嫁衣裳を着ることがなかった。結婚前には真梨がおなかにいた。本人は花嫁衣装などには全く興味がないといった。それが婚礼費用を用意できない僕を気遣って出た言葉だということに気付いたのはずっと後のことだった。

田原家は一切の費用を負担しても結婚式をするべき家だった。それでも僕に親戚がいないことを気遣って結婚式には興味がないと言い切ったんだよね。鈍感な夫を許してほしい。今でも、こんなに良く似合うんだから、あのころ、この衣装を着た君はどんなにきれいだったろうか?この衣装を着て一緒に歩こう。

深紅の着物を布団の上に広げると仏間は一気に華やかな雰囲気になった。君には、この華やかさがピッタリだよ。梨花、もう少しだけ待っててほしい。あっちでも手をつないで歩こう。



続く

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2019年05月13日

家族の木 THE FIRST STORY 真一と梨花 <60 梨花の最期>

梨花の最期
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僕は今は、家でゆっくりと暮らしている。梨花と二人で映画館へ出かけることもある。そういう日は夕食は外で食べる。人ごみの中では手をつないで歩く。仕事もほとんど俊也に任せた。三崎もまだ元気だ。三崎は、やはり大した男だった。自分の後継をしっかりと育てて俊也のサポートをしてくれている。

梨花は最近は方向感覚が定かでなくなって、一人で外出させるのは危なくなってきた。しかし家の中では何の支障もなく食事の支度をし掃除をする。相変わらず大阪のノリで周囲を笑わせる。話の内容もおかしいところはない。ただ、住所の話をするときには途中で笑ってごまかしてしまう。

その日の朝はキッチンで機嫌よく朝食を作っていた。カウンターの下へ座ったキリなかなか立ち上がらないので見に行った時には倒れていた。救急車を呼んで、そのまま入院した。脳卒中だった。

以前にも一度、朝目覚めないので慌てて救急車を呼んだことがあった。即入院したが、その時には意識を回復して、その後何の変化もなかった。医師から小さな脳梗塞があると聞かされていた。もっと気を付けなければならなかった。

入院してから4日経った。たまに、何か言って笑うこともある。相変わらずなにか冗談を言おうとする。梨花は気を使っているときには相手を笑わせようとするのだ。

その日の夜9時頃だった。梨花は「真ちゃん、あかんたれで泣き虫の真ちゃんが大好きよ。」というと眉間にしわをよせた。「ママ。ママ。苦しい?苦しいの?」真梨がすこし大きな声を出した。

僕は真梨に2人きりにしてくれるように頼んだ。梨花の表情は僕たちが初めて関係を持った時の表情だった。僕の記憶の奥底に埋もれていたものがよみがえってきた。あの時の夢を見ているのだろう。僕の運命が変わったあの日の夢を見ているのだ。

梨花の耳元で、「梨花、そんな顔するから思い出しちゃったよ。」と声をかけた。梨花はフッと笑った。「大丈夫。すぐ行くよ。すぐ行く。直ぐだよ。すぐだ。」と声をかけると、静かにほほ笑みながら眠りについた。

梨花は僕が手をつないでいかなければ目的地にはたどり着けないだろう。行ったこともないところへ行くのに一人では不安だろう。僕だってそうだ。初めての道を一人で歩くのは寂しいに決まっている。梨花、君のせいで寂しがりな男になっちゃったよ。すぐ行くから、ちょっとだけ待っててほしいんだ。直ぐだからね。

梨花の手を握ると、ゆっくりと冷たくなっていった。


続く




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