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2019年05月31日
家族の木 THE SECOND STORY 俊也と真梨 <17 子供の椅子>
子供の椅子
叔父は自分を不始末の子と言っていた。聡一の愛人の子供の話を他人ごととして聞けないのだろう。叔父は祖父の愛人の子として生まれて、しかも母親を早く亡くしていた。この子の境遇と似ていた。叔母も自分の夫の気持ちをよく理解しているのだろう。二人の間ではもう結論が出ていた。叔父が外で作った子として引き取りたいという話だった。
これには真梨がとても嫌な顔をした。「なんで、この年で急に弟ができるのよ。おかしいじゃないの!」と叔父に食って掛かった。一人っ子の真梨は両親の愛を一身に受けて育った。両親がよその子にひどく同情する様子に嫉妬したように見えた。
「真梨、確かに不自然は不自然やねんけど、でも血はつながってるんやし。全く他人やないんやから、そこは気持ちを大きく持ってほしいのよ。」と叔母がとりなしても真梨の表情は和らがなかった。
「だって、その子1歳に成るかならないかでしょ?私と兄弟って変じゃないの!」と真梨がいうと、叔母が「それはそうやけど、パパの外の子っていうことで承知してほしいのよ。」と親子喧嘩が始まった。
「第一、相続で揉めるのが眼に見えてるじゃない!その子だって外の子って言われながら暮らすなんてかわいそうじゃない!」と真梨が言った。僕は、真梨が何を言いたいのかわかっていた。
「それはもちろん考慮する。聡一や聡の方からも何らかのものがあるはずだから真梨に迷惑をかけるようなことはしないよ。」と叔父は面食らいながら答えた。叔母は「真梨、情けない。いい加減にしなさい!」と怒った。
真梨は「情けないのはこっちよ。見損なわないでほしいわよ。普通に考えたらその子は私たちが育てたほうが自然じゃないの。ねえ、そうじゃない?」と真梨が僕の方を見た。
僕はこの時点で心が決まっていた。僕たちの二番目の子、絵梨の兄弟の椅子はこの子のために空けてあったような錯覚をした。真梨が相続やら何やかやとごねているのは、その子をどうしても自分の子にしたいからだった。
真梨は体の奥底でこの子こそが自分の二番目の子供だと感じているのだ。「僕もその方がいいと思います。もともと僕の弟の話なんですから。僕に異存があるわけないですよ。」と答えた。
真梨が「そうよ、もともと聡ちゃんのことなんだから、お兄ちゃんにも責任の一端はあるんだし。」というと、叔母も「そういえばそうやね。俊ちゃんにも責任の一端があるわけやし。育児は私も協力するし。」と答えた。
叔父は「ありがたいが、2、3日考えさせてくれ。」といって、「この話は、俊也には全く責任のない話だよ。わかってるのかな?2人とも」といった。僕も、なんでここで僕の責任の話になるのか不思議に思っていたところだった。それでも、この子を僕の家族として迎えたいと強く思っていた。
結局のところ叔父が真梨の提案が一番妥当だという結論を出した。今なら絵梨もあまり違和感なく弟を受け入れるだろうと思えた。それを考えると話は急いだほうがいいということになった。
継父は泣いて喜んでくれた。「パパ、僕、恩返し出来たら嬉しいよ。」と言うと、「ばかもん、恩なんかない!恩なんか言われたら悲しい。」と怒った。
その夜、聡一から家に電話があった。「迷惑かけて申し訳ない。色々な面で気をつけさせてもらう。ありがとう兄ちゃん。幸せにしたってくれ。頼む。本当に申し訳ない。」と泣いた。聡一にしてみれば第一子だ。可愛くないはずがなかった。
聡一は翌週には家に来て小切手を置いて行った。「これで、恩返しができるとは思ってない。今はこれが僕ができる全てなんや。」といった。真梨も僕も固辞したが頼むから受け取ってほしいということだった。子供の預金として預かった。
続く
叔父は自分を不始末の子と言っていた。聡一の愛人の子供の話を他人ごととして聞けないのだろう。叔父は祖父の愛人の子として生まれて、しかも母親を早く亡くしていた。この子の境遇と似ていた。叔母も自分の夫の気持ちをよく理解しているのだろう。二人の間ではもう結論が出ていた。叔父が外で作った子として引き取りたいという話だった。
これには真梨がとても嫌な顔をした。「なんで、この年で急に弟ができるのよ。おかしいじゃないの!」と叔父に食って掛かった。一人っ子の真梨は両親の愛を一身に受けて育った。両親がよその子にひどく同情する様子に嫉妬したように見えた。
「真梨、確かに不自然は不自然やねんけど、でも血はつながってるんやし。全く他人やないんやから、そこは気持ちを大きく持ってほしいのよ。」と叔母がとりなしても真梨の表情は和らがなかった。
「だって、その子1歳に成るかならないかでしょ?私と兄弟って変じゃないの!」と真梨がいうと、叔母が「それはそうやけど、パパの外の子っていうことで承知してほしいのよ。」と親子喧嘩が始まった。
「第一、相続で揉めるのが眼に見えてるじゃない!その子だって外の子って言われながら暮らすなんてかわいそうじゃない!」と真梨が言った。僕は、真梨が何を言いたいのかわかっていた。
「それはもちろん考慮する。聡一や聡の方からも何らかのものがあるはずだから真梨に迷惑をかけるようなことはしないよ。」と叔父は面食らいながら答えた。叔母は「真梨、情けない。いい加減にしなさい!」と怒った。
真梨は「情けないのはこっちよ。見損なわないでほしいわよ。普通に考えたらその子は私たちが育てたほうが自然じゃないの。ねえ、そうじゃない?」と真梨が僕の方を見た。
僕はこの時点で心が決まっていた。僕たちの二番目の子、絵梨の兄弟の椅子はこの子のために空けてあったような錯覚をした。真梨が相続やら何やかやとごねているのは、その子をどうしても自分の子にしたいからだった。
真梨は体の奥底でこの子こそが自分の二番目の子供だと感じているのだ。「僕もその方がいいと思います。もともと僕の弟の話なんですから。僕に異存があるわけないですよ。」と答えた。
真梨が「そうよ、もともと聡ちゃんのことなんだから、お兄ちゃんにも責任の一端はあるんだし。」というと、叔母も「そういえばそうやね。俊ちゃんにも責任の一端があるわけやし。育児は私も協力するし。」と答えた。
叔父は「ありがたいが、2、3日考えさせてくれ。」といって、「この話は、俊也には全く責任のない話だよ。わかってるのかな?2人とも」といった。僕も、なんでここで僕の責任の話になるのか不思議に思っていたところだった。それでも、この子を僕の家族として迎えたいと強く思っていた。
結局のところ叔父が真梨の提案が一番妥当だという結論を出した。今なら絵梨もあまり違和感なく弟を受け入れるだろうと思えた。それを考えると話は急いだほうがいいということになった。
継父は泣いて喜んでくれた。「パパ、僕、恩返し出来たら嬉しいよ。」と言うと、「ばかもん、恩なんかない!恩なんか言われたら悲しい。」と怒った。
その夜、聡一から家に電話があった。「迷惑かけて申し訳ない。色々な面で気をつけさせてもらう。ありがとう兄ちゃん。幸せにしたってくれ。頼む。本当に申し訳ない。」と泣いた。聡一にしてみれば第一子だ。可愛くないはずがなかった。
聡一は翌週には家に来て小切手を置いて行った。「これで、恩返しができるとは思ってない。今はこれが僕ができる全てなんや。」といった。真梨も僕も固辞したが頼むから受け取ってほしいということだった。子供の預金として預かった。
続く
家族の木 THE SECOND STORY 俊也と真梨 <16 不幸な子>
不幸な子
ある日継父が叔父の会社に来た。三崎専務に丁寧にあいさつして僕には目を合わせただけで何も言わなかった。珍しく深刻な顔をしているので少し心配になった。
その日継父は、社長室で叔父と2時間ぐらい話してそのまま帰っていった。継父が来ればたいていは三崎専務と僕を誘って食事に出た。酔って「俊也が、俊也が」と叔父を差し置いて父親ぶりを発揮した。それが今日は挨拶もそこそこに帰ったのを三崎専務も気にしていた。三崎専務が社長室へ資料を持っていくように指示をくれた。
僕が社長室に行くと叔父は難しい顔をして天井を見ていた。考え事をするときの癖だった。「何かありましたか?」と尋ねると、「うん、ちょっと複雑な話だ。今晩、家に来てくれないか?真梨も一緒に頼む。プライベートな話だ。」といった。
三崎専務には「親戚の問題みたいです。ご心配かけてすみません。」と断った。「そうか、大変だね。もし私で役に立つことがあれば言ってくれ。」と答えた。三崎専務は接待の時には面白くて豪快な営業マンだが普段、オフィスではマナーも頭もいいビジネスマンだった。
夜7時ごろに叔父の家に着いたときには、真梨と絵梨が来て待っていた。いつもなら叔母が大張り切りで夕飯を用意しているのだが、今日は近所の寿司屋からの出前が来ていた。
叔父は「まず飯だ。」と言って夕食を優先した。叔父の性格では用事が先で、それをすませてから食事にするのが普通だったが今日は違った。それだけ面倒な用事だと思った。
沈んだ雰囲気で食事が終わった。普段は叔母と絵梨の掛け合いでみんなが笑うのだが今日は叔母が冗談を飛ばすことは無かった。
食事が終わって絵梨が寝てしまってから話し合いが始まった。「養子をとろうと思うがどうか?」という唐突な話だった。養子にしようとしているのは大阪の聡一の息子らしい。
聡一は大手のデベロッパーに就職して地元の名士の娘と結婚していた。田原の家には住まずに大阪の中心部にあるマンションに住んでいた。いずれは田原の家に入るにしても一時的にはそういう暮らしがしてみたいということだ。特に珍しいこともない普通の結婚だった。
聡一の妻という人とは、たまに会うがおとなしい人であまり皆となじむことは無かった。しかし感じの悪い人ではなく気立てもいいようだ。聡一はその人を大切にしていた。ただ、引っ込み思案ということで、なかなか親戚に馴染み難いようだった。
聡一に家の外に女性がいたことを初めて知らされた。サラリーマン時代の後輩の女性らしい。聡一は彼女が妊娠していることを知らずに彼女と別れた。そして今の奥さんと結婚した。聡一の恋人は妊娠も出産も聡一に知らせなかったらしい。出産後、彼女の母親から知らされてはじめて知った。
女性は聡一の新妻の妊娠が分かった時期に出産した。子供は既に6カ月になるらしい。聡一は養育費や慰謝料などすべて用意して家庭の外の母子を支えていた。聡一は子供可愛さにその女性との縁が切れなかったのだ。
多分、子供の母親のことも好きだったのだろう。そのまま大学を卒業するまで援助するつもりだったらしい。聡一にしてみれば、その子こそ第一子だった。
ところが、その子供の母親が交通事故で亡くなってしまった。赤ん坊は一時的に母親の兄に引き取られたが見ていて幸福になれそうな気がしないという。聡一がなんとか田原の養子にしてほしいと頼み込んだそうだ。
考えてみれば図々しい話だ。自分が確実に目が届いて、絶対に信用ができる相手に、しかも絶対に断らないだろうと見込んだ申し込みだ。本来は聡一が育てるべき子供だ。
継父の悩みは聡一の妻が病弱だということだった。継父は「嫁さんが弱いんや。」と叔父に打ち明けた。「身体が弱いだけなら家政婦を雇えば解決できる。実は心も弱いんや。」というのが継父と聡一の悩みだった。
今もマタニティーブルーで悩んでいる。この上、外にできた子供を育てろ等ととても言えたものではない。継父の養子にしたとしても聡一の妻の心は乱れるだろう。
一番問題なのは無理して引き取っても、その子が幸福に育つような気がしないということだった。それは当たり前だ。自分の妊娠中に生まれた夫の愛人の子を愛せる妻はそういない。
続く
クスミやタルミに悩む全ての女性に
お肌の内部からケアしてクスミやタルミの原因を取り除きます。
高濃度プラセンタとアスタキサンチンがお肌を若々しく保ちます。
ある日継父が叔父の会社に来た。三崎専務に丁寧にあいさつして僕には目を合わせただけで何も言わなかった。珍しく深刻な顔をしているので少し心配になった。
その日継父は、社長室で叔父と2時間ぐらい話してそのまま帰っていった。継父が来ればたいていは三崎専務と僕を誘って食事に出た。酔って「俊也が、俊也が」と叔父を差し置いて父親ぶりを発揮した。それが今日は挨拶もそこそこに帰ったのを三崎専務も気にしていた。三崎専務が社長室へ資料を持っていくように指示をくれた。
僕が社長室に行くと叔父は難しい顔をして天井を見ていた。考え事をするときの癖だった。「何かありましたか?」と尋ねると、「うん、ちょっと複雑な話だ。今晩、家に来てくれないか?真梨も一緒に頼む。プライベートな話だ。」といった。
三崎専務には「親戚の問題みたいです。ご心配かけてすみません。」と断った。「そうか、大変だね。もし私で役に立つことがあれば言ってくれ。」と答えた。三崎専務は接待の時には面白くて豪快な営業マンだが普段、オフィスではマナーも頭もいいビジネスマンだった。
夜7時ごろに叔父の家に着いたときには、真梨と絵梨が来て待っていた。いつもなら叔母が大張り切りで夕飯を用意しているのだが、今日は近所の寿司屋からの出前が来ていた。
叔父は「まず飯だ。」と言って夕食を優先した。叔父の性格では用事が先で、それをすませてから食事にするのが普通だったが今日は違った。それだけ面倒な用事だと思った。
沈んだ雰囲気で食事が終わった。普段は叔母と絵梨の掛け合いでみんなが笑うのだが今日は叔母が冗談を飛ばすことは無かった。
食事が終わって絵梨が寝てしまってから話し合いが始まった。「養子をとろうと思うがどうか?」という唐突な話だった。養子にしようとしているのは大阪の聡一の息子らしい。
聡一は大手のデベロッパーに就職して地元の名士の娘と結婚していた。田原の家には住まずに大阪の中心部にあるマンションに住んでいた。いずれは田原の家に入るにしても一時的にはそういう暮らしがしてみたいということだ。特に珍しいこともない普通の結婚だった。
聡一の妻という人とは、たまに会うがおとなしい人であまり皆となじむことは無かった。しかし感じの悪い人ではなく気立てもいいようだ。聡一はその人を大切にしていた。ただ、引っ込み思案ということで、なかなか親戚に馴染み難いようだった。
聡一に家の外に女性がいたことを初めて知らされた。サラリーマン時代の後輩の女性らしい。聡一は彼女が妊娠していることを知らずに彼女と別れた。そして今の奥さんと結婚した。聡一の恋人は妊娠も出産も聡一に知らせなかったらしい。出産後、彼女の母親から知らされてはじめて知った。
女性は聡一の新妻の妊娠が分かった時期に出産した。子供は既に6カ月になるらしい。聡一は養育費や慰謝料などすべて用意して家庭の外の母子を支えていた。聡一は子供可愛さにその女性との縁が切れなかったのだ。
多分、子供の母親のことも好きだったのだろう。そのまま大学を卒業するまで援助するつもりだったらしい。聡一にしてみれば、その子こそ第一子だった。
ところが、その子供の母親が交通事故で亡くなってしまった。赤ん坊は一時的に母親の兄に引き取られたが見ていて幸福になれそうな気がしないという。聡一がなんとか田原の養子にしてほしいと頼み込んだそうだ。
考えてみれば図々しい話だ。自分が確実に目が届いて、絶対に信用ができる相手に、しかも絶対に断らないだろうと見込んだ申し込みだ。本来は聡一が育てるべき子供だ。
継父の悩みは聡一の妻が病弱だということだった。継父は「嫁さんが弱いんや。」と叔父に打ち明けた。「身体が弱いだけなら家政婦を雇えば解決できる。実は心も弱いんや。」というのが継父と聡一の悩みだった。
今もマタニティーブルーで悩んでいる。この上、外にできた子供を育てろ等ととても言えたものではない。継父の養子にしたとしても聡一の妻の心は乱れるだろう。
一番問題なのは無理して引き取っても、その子が幸福に育つような気がしないということだった。それは当たり前だ。自分の妊娠中に生まれた夫の愛人の子を愛せる妻はそういない。
続く
クスミやタルミに悩む全ての女性に
お肌の内部からケアしてクスミやタルミの原因を取り除きます。
高濃度プラセンタとアスタキサンチンがお肌を若々しく保ちます。
2019年05月29日
家族の木 THE SECOND STORY 俊也と真梨 <15 冷たい体>
冷たい体
不妊治療を中止しして3カ月ぐらいたったころから真梨は徐々に以前の明るさを取り戻していた。「ママに謝りたいんだけど蒸し返すのもよくないのかな?」と相談された。
「あの時、多分ホルモンの関係だと思うんだけど、今思ってもよくわかんないの。なんであんなに子供子供って思い詰めてたのか。欲しいのは確かだったの。でも絵梨一人でも普通に幸福だと思ってたのよ。できる努力はしてみようって思っただけだったのよ。なんであんなに思い詰めるようになったのかがよくわかんないのよ。」といった。
男女差の最も大きい部分の話だった。僕はただ「そうだったのか。」と思うだけだった。真梨が夢から覚めたように気分がしっかりして、言うことも以前のように穏やかになったことにホッとしていた。
結局、休日に叔父夫婦を夕食に招待して真梨の手料理でもてなした。叔父も叔母もずいぶん喜んだ。それだけだが叔母は少し涙ぐんだように感じた。僕たちは表面的には以前のような円満な関係を取り戻していた。
ところが現実は不妊治療を中止してからは夫婦関係は無くなっていた。一年半、とにかく妊娠だけを目的に関係を持っていた。目的がなくなったとき、僕たちの夜は単なる睡眠時間になった。
僕も真梨も寝室に入ったが最後、以前のようにおしゃべりをするでもなくすぐに眠ってしまう。その方が気が楽だった。
その夜は真梨が先に寝室に入った。僕達はいつもどちらからともなく寝室に入る時間をずらしていた。僕は真梨より20分ぐらい遅れて寝室に入った。明かりは落とされていたので薄暗さに目が慣れるまで1分ぐらいかかった。
目が慣れてから床をみて心臓が止まりそうになった。真梨がベッドの横で倒れていた。うつ伏せに丸くなって少し震えているように見えた。呼吸が早いような気がした。「どうした!」と大きな声が出た。横のベッドで寝ていた絵梨が寝返りを打った。
真梨は胸を押さえて苦しんでいた。驚いて「苦しいのか!」と聞くと無言でうなづいた。「胸か!」と聞くとまた無言でうなづいた。抱き起していいものかどうか迷った。額に手を当てようとしたとき、真梨が突然仰向けに寝返った。僕は体勢を崩して真梨にかぶさるように倒れた。
僕が「作戦か?」と聞くとこっくりうなづいて声を上げて泣き出した。「ばか、そんな声を出したら絵梨が起きるぞ。」といいながら真梨の口を手のひらで押さえた。真梨の体は驚くほど冷たかった。「ずっと床に寝てたんか?」と聞くと「うん」と答えた。
「アホか君は、他の作戦思いつかんかった?」と聞くと「ホントに全然思いつかなかったのよ。ちょっと焦ってたし。」「焦ってた?」「だってお兄ちゃんに嫌われてるんだもん。」と言ってまた泣き出した。「そんな声を出したら絵梨が起きる。静かにしないと。」と言った様な気もする。
真梨を僕のベッドに寝かせて二人で布団をかぶって温めあった。数カ月ぶりの熱い昂ぶりが襲ってきた。真梨は、多分僕をつなぎとめようと必死だったのだと思う。何度も私のこと好き?と聞いてきた。僕が知っている真梨よりももっと情熱的だった。
結局僕は真梨に「今度から寂しかったら僕のベッドに入って待つこと。わかった?」と念を押していた。僕は同じ作戦に2度引っかかって以前よりももっと深い罠にはまっていく、本当に扱いやすい男だった。
続く
お肌のクスミにお悩みですか?
お化粧映えがしない
いつも顔色が悪い
これお肌の奥のダメージが原因です。
高濃度プラセンタとアスタキサンチンがお肌を内側からケア
不妊治療を中止しして3カ月ぐらいたったころから真梨は徐々に以前の明るさを取り戻していた。「ママに謝りたいんだけど蒸し返すのもよくないのかな?」と相談された。
「あの時、多分ホルモンの関係だと思うんだけど、今思ってもよくわかんないの。なんであんなに子供子供って思い詰めてたのか。欲しいのは確かだったの。でも絵梨一人でも普通に幸福だと思ってたのよ。できる努力はしてみようって思っただけだったのよ。なんであんなに思い詰めるようになったのかがよくわかんないのよ。」といった。
男女差の最も大きい部分の話だった。僕はただ「そうだったのか。」と思うだけだった。真梨が夢から覚めたように気分がしっかりして、言うことも以前のように穏やかになったことにホッとしていた。
結局、休日に叔父夫婦を夕食に招待して真梨の手料理でもてなした。叔父も叔母もずいぶん喜んだ。それだけだが叔母は少し涙ぐんだように感じた。僕たちは表面的には以前のような円満な関係を取り戻していた。
ところが現実は不妊治療を中止してからは夫婦関係は無くなっていた。一年半、とにかく妊娠だけを目的に関係を持っていた。目的がなくなったとき、僕たちの夜は単なる睡眠時間になった。
僕も真梨も寝室に入ったが最後、以前のようにおしゃべりをするでもなくすぐに眠ってしまう。その方が気が楽だった。
その夜は真梨が先に寝室に入った。僕達はいつもどちらからともなく寝室に入る時間をずらしていた。僕は真梨より20分ぐらい遅れて寝室に入った。明かりは落とされていたので薄暗さに目が慣れるまで1分ぐらいかかった。
目が慣れてから床をみて心臓が止まりそうになった。真梨がベッドの横で倒れていた。うつ伏せに丸くなって少し震えているように見えた。呼吸が早いような気がした。「どうした!」と大きな声が出た。横のベッドで寝ていた絵梨が寝返りを打った。
真梨は胸を押さえて苦しんでいた。驚いて「苦しいのか!」と聞くと無言でうなづいた。「胸か!」と聞くとまた無言でうなづいた。抱き起していいものかどうか迷った。額に手を当てようとしたとき、真梨が突然仰向けに寝返った。僕は体勢を崩して真梨にかぶさるように倒れた。
僕が「作戦か?」と聞くとこっくりうなづいて声を上げて泣き出した。「ばか、そんな声を出したら絵梨が起きるぞ。」といいながら真梨の口を手のひらで押さえた。真梨の体は驚くほど冷たかった。「ずっと床に寝てたんか?」と聞くと「うん」と答えた。
「アホか君は、他の作戦思いつかんかった?」と聞くと「ホントに全然思いつかなかったのよ。ちょっと焦ってたし。」「焦ってた?」「だってお兄ちゃんに嫌われてるんだもん。」と言ってまた泣き出した。「そんな声を出したら絵梨が起きる。静かにしないと。」と言った様な気もする。
真梨を僕のベッドに寝かせて二人で布団をかぶって温めあった。数カ月ぶりの熱い昂ぶりが襲ってきた。真梨は、多分僕をつなぎとめようと必死だったのだと思う。何度も私のこと好き?と聞いてきた。僕が知っている真梨よりももっと情熱的だった。
結局僕は真梨に「今度から寂しかったら僕のベッドに入って待つこと。わかった?」と念を押していた。僕は同じ作戦に2度引っかかって以前よりももっと深い罠にはまっていく、本当に扱いやすい男だった。
続く
お肌のクスミにお悩みですか?
お化粧映えがしない
いつも顔色が悪い
これお肌の奥のダメージが原因です。
高濃度プラセンタとアスタキサンチンがお肌を内側からケア
家族の木 THE SECOND STORY 俊也と真梨 <14 不妊治療>
不妊治療
僕たちの第一子は女の子だった。名前は絵梨と付けた。僕に似ているというよりも僕の母に似ていた。僕が言うのも可笑しいが僕の母はエキゾチックで華やかな美人だった。絵梨はその母に似ているが母よりも小作りで可憐な感じがした。叔父も叔母も絵梨を見ればニコニコ顔だった。
真梨もいい加減甘やかされて育ったが、絵梨は両親のほかに祖父母が付くから人にかまわれていない時間がないくらいだった。生まれながらに多くの愛情と幸福に包まれて育った。
絵梨が生まれて2年経っても次の子供を授かることは無かった。僕たち夫婦は比較的早婚だった。それに夫婦仲もいい。にもかかわらず一向に授からない。僕はこのことを不思議に思っていたが不満に思ったことはなかった。叔父や叔母も特に不満を言うわけではなかった。しかし真梨自身が子供は3人と決めていた。
真梨のたっての願いで僕たち夫婦は不妊治療を開始した。数カ月は夫婦ともに一生懸命だった。妊娠を目指して、それなりに仲良くやっていた。しかし、毎月毎月希望を持っては失望することを繰り返す日々は大きなストレスだった。
真梨は最初の1年間の不妊治療で妊娠できなかったことにショックを受けた。僕も最初の1年間はこんなものかと思って協力してきたが、これがまだ続くのかと思うとうんざりした。
若かった僕は絵梨が生まれてからも夜は楽しみだった。しかし不妊治療を始めてからというもの夜は楽しみというよりは作業に近かった。日を決められて目的をもってする作業だった。
それでも最初は一時の我慢だと思っていた。しかし現実は長い長いトンネルに居るようなものだった。僕は不妊治療というものがどんなものかもよく調べずに安請け合いしたことを後悔した。
真梨の負担は尋常なものではなかっただろう。心の負担と痛みを伴う検査、たくさんの薬を飲む負担、薬の影響が体調にも気分にも大きく影響した。一番困るのは原因がわからないことだった。解決すべき問題は何もないのに結果はいつも不可だった。とにかく先が見えない。
1年を過ぎたころには真梨は常に情緒が不安定だった。昼間は絵梨がいるので何とか気持ちを持ちこたえているが夜になると不機嫌になった。
不思議なことに不妊治療を始めてからというもの、真梨の気持ちは生活のすべてが妊娠を目的にしていた。妊娠につながらないことには意味がないと感じているようだった。妊娠につながらない日には夫婦関係も無くなった。
これには参った。夫婦の関係にも微妙に影が差してきた。時々僕に当たり散らすときも出てきた。
それでも僕は離婚は考えなかった。それは真梨への執着ではなく絵梨のためだった。不安定な真梨に幼い絵梨を預けるわけにはいかなかった。正直真梨には辟易していた。
僕は真梨を独占したくて結婚した。真梨にのぼせ上っていた。その真梨にこんな気持ちを抱くようになるとは想像もしていなかった。
ある日、見かねた叔母が不妊治療を中止してはどうかと提案してくれた。僕も叔父もいつ言い出そうかと悩んでいたことだった。叔母が言い出してくれてほっとした。ところがこれが真梨の神経を逆なでしてしまった。
「ママには私の気持ちなんてわからないのよ!私が毎日一人ぼっちでどんなに寂しかったと思ってるのよ!なんでもう一人でもいいから生んでくれなかったのよ!」と食って掛かった。
叔母は眼に涙を浮かべて「ごめんね。真梨がそんなに寂しい思いをしてたなんて知らなかったんよ。ホントにごめんね。」と謝った。
真梨があんまり大きな声で怒鳴ったので慌てて僕が叔母に謝った。いつもほんわかムードで場を盛り上げるように冗談を飛ばしていた叔母が、その日はトボトボと家に帰った。
そのあと叔父から電話があって「悪いね、なんだかゴタゴタして。」と謝られてしまった。僕も「僕たち夫婦のことで叔母さんに嫌な思いさせて、すんません。」と男二人は外野でボール拾いをするだけだった。
結局真梨はこの時を境に不妊治療を中止した。叔母は何事もなかったように相変わらず僕たちの暮らしを支えてくれていた。叔父に「叔母さん大丈夫ですか?」と聞くと「こんなにいい亭主が付いてるんだから心配無用だよ。悪いが真梨を頼む。」といわれた。
続く
いつまでも美しくありたい!すべての女性に!
このごろシワやタルミが気になる
なんだか顔色がくすんできたような気がする
お化粧映えがしない
こんなお悩みありませんか?
これ、みんなお肌の内側の衰えが原因です。
高濃度プラセンタアスタキサンチンがお肌を内側からケア
僕たちの第一子は女の子だった。名前は絵梨と付けた。僕に似ているというよりも僕の母に似ていた。僕が言うのも可笑しいが僕の母はエキゾチックで華やかな美人だった。絵梨はその母に似ているが母よりも小作りで可憐な感じがした。叔父も叔母も絵梨を見ればニコニコ顔だった。
真梨もいい加減甘やかされて育ったが、絵梨は両親のほかに祖父母が付くから人にかまわれていない時間がないくらいだった。生まれながらに多くの愛情と幸福に包まれて育った。
絵梨が生まれて2年経っても次の子供を授かることは無かった。僕たち夫婦は比較的早婚だった。それに夫婦仲もいい。にもかかわらず一向に授からない。僕はこのことを不思議に思っていたが不満に思ったことはなかった。叔父や叔母も特に不満を言うわけではなかった。しかし真梨自身が子供は3人と決めていた。
真梨のたっての願いで僕たち夫婦は不妊治療を開始した。数カ月は夫婦ともに一生懸命だった。妊娠を目指して、それなりに仲良くやっていた。しかし、毎月毎月希望を持っては失望することを繰り返す日々は大きなストレスだった。
真梨は最初の1年間の不妊治療で妊娠できなかったことにショックを受けた。僕も最初の1年間はこんなものかと思って協力してきたが、これがまだ続くのかと思うとうんざりした。
若かった僕は絵梨が生まれてからも夜は楽しみだった。しかし不妊治療を始めてからというもの夜は楽しみというよりは作業に近かった。日を決められて目的をもってする作業だった。
それでも最初は一時の我慢だと思っていた。しかし現実は長い長いトンネルに居るようなものだった。僕は不妊治療というものがどんなものかもよく調べずに安請け合いしたことを後悔した。
真梨の負担は尋常なものではなかっただろう。心の負担と痛みを伴う検査、たくさんの薬を飲む負担、薬の影響が体調にも気分にも大きく影響した。一番困るのは原因がわからないことだった。解決すべき問題は何もないのに結果はいつも不可だった。とにかく先が見えない。
1年を過ぎたころには真梨は常に情緒が不安定だった。昼間は絵梨がいるので何とか気持ちを持ちこたえているが夜になると不機嫌になった。
不思議なことに不妊治療を始めてからというもの、真梨の気持ちは生活のすべてが妊娠を目的にしていた。妊娠につながらないことには意味がないと感じているようだった。妊娠につながらない日には夫婦関係も無くなった。
これには参った。夫婦の関係にも微妙に影が差してきた。時々僕に当たり散らすときも出てきた。
それでも僕は離婚は考えなかった。それは真梨への執着ではなく絵梨のためだった。不安定な真梨に幼い絵梨を預けるわけにはいかなかった。正直真梨には辟易していた。
僕は真梨を独占したくて結婚した。真梨にのぼせ上っていた。その真梨にこんな気持ちを抱くようになるとは想像もしていなかった。
ある日、見かねた叔母が不妊治療を中止してはどうかと提案してくれた。僕も叔父もいつ言い出そうかと悩んでいたことだった。叔母が言い出してくれてほっとした。ところがこれが真梨の神経を逆なでしてしまった。
「ママには私の気持ちなんてわからないのよ!私が毎日一人ぼっちでどんなに寂しかったと思ってるのよ!なんでもう一人でもいいから生んでくれなかったのよ!」と食って掛かった。
叔母は眼に涙を浮かべて「ごめんね。真梨がそんなに寂しい思いをしてたなんて知らなかったんよ。ホントにごめんね。」と謝った。
真梨があんまり大きな声で怒鳴ったので慌てて僕が叔母に謝った。いつもほんわかムードで場を盛り上げるように冗談を飛ばしていた叔母が、その日はトボトボと家に帰った。
そのあと叔父から電話があって「悪いね、なんだかゴタゴタして。」と謝られてしまった。僕も「僕たち夫婦のことで叔母さんに嫌な思いさせて、すんません。」と男二人は外野でボール拾いをするだけだった。
結局真梨はこの時を境に不妊治療を中止した。叔母は何事もなかったように相変わらず僕たちの暮らしを支えてくれていた。叔父に「叔母さん大丈夫ですか?」と聞くと「こんなにいい亭主が付いてるんだから心配無用だよ。悪いが真梨を頼む。」といわれた。
続く
いつまでも美しくありたい!すべての女性に!
このごろシワやタルミが気になる
なんだか顔色がくすんできたような気がする
お化粧映えがしない
こんなお悩みありませんか?
これ、みんなお肌の内側の衰えが原因です。
高濃度プラセンタアスタキサンチンがお肌を内側からケア