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内的霊的衝動の写しとしての美術史第1講 ドルナハ 1916年10月8日-XⅥ第21 ジョット-キリストの洗礼記:ジョ(*オ)ット・ディ・ボンドーネ(1267-1337)によるフレスコ画「キリストの洗礼」は、新約聖書の福音書に登場するヨルダン川で洗礼者ヨハネから洗礼を受けるキリストのエピソードを描いています。この作品は、1296年から1299年に制作され、アッシジの聖フランチェスコの上部バジリカに展示されています。洗礼者ヨハネは、駱駝の皮衣をまとって荒野に住み、イエスに先立って人々に教えを説き、ヨルダン川で洗礼を授けた人物です。新約聖書に登場する人物ですが、同時に旧約最後の預言者とも位置づけられています。*洗礼:洗礼とは、全身を水に浸したり、頭上に水を注いだりすることにより、罪を洗い清め、キリストに結ばれて、新しい信仰の生活にはいることを意味します。*洗礼者ヨハネの死:ヨハネは当時の領主ヘロデ・アンティパスの結婚を非難したため捕らえられた。そして、ある少女が、祝宴での舞踏の褒美として彼の首を求めたため、処刑されたとする記述が各福音書に見られる。記:新約聖書;さて、イエスの名が知れわたって、ヘロデ王の耳にはいった。ある人々は「バプテスマのヨハネが、死人の中からよみがえってきたのだ。それで、あのような力が彼のうちに働いているのだ」と言い、他の人々は「彼はエリヤだ」と言い、また他の人々は「昔の預言者のような預言者だ」と言った。ところが、ヘロデはこれを聞いて、「わたしが首を切ったあのヨハネがよみがえったのだ」と言った。このヘロデは、自分の兄弟ピリポの妻ヘロデヤをめとったが、そのことで、人をつかわし、ヨハネを捕えて獄につないだ。それは、ヨハネがヘロデに、「兄弟の妻をめとるのは、よろしくない」と言ったからである。そこで、ヘロデヤはヨハネを恨み、彼を殺そうと思っていたが、できないでいた。それはヘロデが、ヨハネは正しくて聖なる人であることを知って、彼を恐れ、彼に保護を加え、またその教を聞いて非常に悩みながらも、なお喜んで聞いていたからである。ところが、よい機会がきた。ヘロデは自分の誕生日の祝に、高官や将校やガリラヤの重立った人たちを招いて宴会を催したが、そこへ、このヘロデヤの娘がはいってきて舞をまい、ヘロデをはじめ列座の人たちを喜ばせた。そこで王はこの少女に「ほしいものはなんでも言いなさい。あなたにあげるから」と言い、さらに「ほしければ、この国の半分でもあげよう」と誓って言った。そこで少女は座をはずして、母に「何をお願いしましょうか」と尋ねると、母は「バプテスマのヨハネの首を」と答えた。するとすぐ、少女は急いで王のところに行って願った、「今すぐに、バプテスマのヨハネの首を盆にのせて、それをいただきとうございます」。王は非常に困ったが、いったん誓ったのと、また列座の人たちの手前、少女の願いを退けることを好まなかった。そこで、王はすぐに衛兵をつかわし、ヨハネの首を持って来るように命じた。衛兵は出て行き、獄中でヨハネの首を切り、盆にのせて持ってきて少女に与え、少女はそれを母にわたした。ヨハネの弟子たちはこのことを聞き、その死体を引き取りにきて、墓に納めた。-「マルコ」6章14-29節(口語訳)第21:ジオット-キリストの洗礼哲学・思想ランキング
2023年11月30日
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内的霊的衝動の写しとしての美術史第1講 ドルナハ 1916年10月8日-XV第19 ジョット-婚礼記1:イタリアの画家・建築家である超重要画家ジオット(Giotto di Bondone)(1267頃 - 1337)。スクロヴェーニ礼拝堂。前の二つの場面の中に若者に混じって一人いたたまれない様子の中年の男性が。頭に光輪。自分ではないと思っていたこの人が聖母の婚約者に選ばれる。杖にしるしが表れる。その後聖母はいったん実家に帰ります。記2:婚礼と名付けられたジオットの絵画には他に「カナの婚礼」があります。イエス・キリストが最初に行った奇跡を描いたものです。ガリラヤのカナという町の婚礼に招かれたイエスが、葡萄酒がなくなった時に水を入れた瓶をワインに変えたという奇跡です。類似の伝説話に日本には水を酒に変えた親孝行の滝の伝説「養老乃瀧」があります。この奇跡は最後の晩餐を示唆するとも言われており、画材としても取り上げられています。「カナの婚礼」は、ジョットが装飾したスクロヴェーニ礼拝堂の一部でもあります。この礼拝堂には、ほかに「マリアの婚約者の選定」「ラザロの復活」「キリスト哀悼」「キリストの復活」などの作品があります。この作品は、1303年から1305年頃に制作されたフレスコ画で、サイズは約185cm×200cmです。 第19:ジオット-婚礼哲学・思想ランキング
2023年11月29日
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内的霊的衝動の写しとしての美術史第1講 ドルナハ 1916年10月8日-XⅥ第18 訪問記:西洋絵画の重要画家ジオットで代表作スクロヴェーニ礼拝堂所蔵。聖母とキリストのお話が感動的な表現とともに語られる。聖母の話は想像によりつくられた伝説。受胎告知から聖書の話。聖母は同じく奇跡で身籠ったとされる親戚のエリザベトを尋ねる。そしていよいよキリストの誕生です。現実(写実)主義がジオットに後期において浸透してきます。第18:ジオット-訪問哲学・思想ランキング
2023年11月28日
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内的霊的衝動の写しとしての美術史第1講 ドルナハ 1916年10月8日-XV第17 ヨアキムと羊飼いたち記:ジオットがその後いかに力強い進歩を遂げたかをごらんいただくために、これを後期の絵として付け加えました。この後の時代において、人間的なものは更に一層ひとり一人の人間の個性的なものとして捉えられるのがお分かりでしょう。私たちが今まで見てきました絵画が取ってこられた時代に、私はこう申し上げたいのですが、いかにジオットがアッシジのフランチェスコの中にも生きていた衝動に担われたかが見られます。今や、ジオットがより一層自分へと至り、生涯の遅い時期に入れられるこのような絵画において、自己自身から語っているのがわかります。私たちは後ほどまた、アッシジのフランチェスコの叙述につながる絵画に戻ります。記:深い思索にふけるヨアキム、主人が来たので喜ぶ犬、怪訝そうに見つめる二人の羊飼い。書き割りのような背景の山と木は素朴だが、ヨアキムの沈んだ気分を暗示しているかにみえる。聖なる物語が、このような人間的ドラマとして表現されたことは、それまでにはなかった。第17:ジオット-ヨアキムと羊飼いたち哲学・思想ランキング
2023年11月27日
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内的霊的衝動の写しとしての美術史第1講 ドルナハ 1916年10月8日-XIV第15:修道女たちによるアッシジのフランチェスコ追悼・第16 聖フランチェスコの葬儀 この最後のふたつの絵(第15:修道女たちによるアッシジのフランチェスコ追悼 第16:聖フランチェスコの葬儀)をよく見てみましょう。ここに含まれている親密さから、私たちはすぐさま、アッシジのフランチェスコの生涯のよく知られた事実、つまり彼は長くかかって自然に向けた歌を形作ったという事実を思い出すでしょう。自然に向けた歌のなかで、偉大な美しい讃歌のなかで、アッシジのフランチェスコはいたるところで彼の兄弟姉妹たちについて語ります。姉妹たる太陽、月、ほかの星々、地球の生きものについてです。愛に満ち現実に即した帰依(realistisch)、魂的で現実に即した帰依のうちに自然とともに彼が感じた術(すべ)は、驚くべきしかたでこの讃歌のなかにまとめ上げられています。地球自然との、そして地球自然のなかに生きているものとの、この直接の結びつきは、とりわけひとつの事実のなかに見事(みごと)に表現されていす、つまり、最後の詩節は、アッシジのフランチェスコの生涯の最後の日々に生み出され、そしてこの最後の詩節は「兄弟たる死」に向けられていたという事実です。アッシジのフランチェスコは、彼自身が死の床に横たわっている瞬間に、兄弟たる死を歌うことができたのだということがわかります。その瞬間、彼は兄弟たちに、彼を囲んで死という友について歌ってくれるよう促しました、彼を受け入れることになっている世界へと昇って行くのを感じた時にです。アッシジのフランチェスコが、彼を世界に結びつけたものすべてを、現実に即した体験のみから、現にある体験のみから、いかに直接感じ取ろう、再現しようと欲し、且つ再現できたか、これは、彼がほかのすべてをそれ以前に歌い上げ、自身が死に近づいたときになって初めて死を歌ったという事実に、このように見事に示されています。彼が口述した最後のものは、兄弟たる死に向けられたこの偉大な生の讃歌のこの最後の詩節です。自己自身を拠り所として立った人間が、いかにキリストを人間の生に結びついたものと考えるかという詩節なのです。私が思いますに、このような絵から見出される以上に見事になされ、同時にアッシジのフランチェスコによって放射されてくる人間の生の観照、以前の時代のそれとはまったく異なるものとなった観照とも結びついて、このことが見出され得ることはありません、ジオットがアッシジのフランチェスコそのひとと同じ把握力のアウラ(Auffassungs-Aura)のなかに生きていることを直接見ることができるとでも申し上げたい。この絵から見出される以上を知りません。哲学・思想ランキング
2023年11月26日
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内的霊的衝動の写しとしての美術史第1講 ドルナハ 1916年10月8日-Ⅷ *本来的には XIII:ローマ数字は普通のラテン文字で表します。13ならXIII、日本の表記では「時計の文字盤記号」だから12までしかないんです。第15 修道女たちによるアッシジのフランチェスコ追悼「*聖キアラに追悼される聖フランチェスコ」 修道女たちによるアッシジのフランチェスコ追悼はアッシジのフランチェスコの全生涯が徐々にジオットによって描かれまたものの一部です。そしていたるところに、ジオットにおいては芸術的に、アッシジのフランチェスコそのひとに似た感情が見られると申し上げたいのです。これらの絵画のなかにヴィジョン的なものがみとめられるにしても、このヴィジョン的なものはむしろ内面から描かれているということがいたるところに見出せます、したがって、地上を超えた領域から覗き込んでいるということがいつもポイントであったチマブエの場合よりも、人間的な感情が語っているのが解かるのです。そしてもはや単に伝統的なものは人物たちの顔のどこにも見い出せず、これを描いた人は、顔というものをもう現実に見た(wirklich)のだということがわかります。第15:ジオット-修道女たちによるアッシジのフランチェスコ追悼
2023年11月25日
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内的霊的衝動の写しとしての美術史第1講 ドルナハ 1916年10月8日-Ⅻ第14 スエズの弟子の目覚め記:弟子たちは主イエスが単なる偉人や賢人としてではなく、神から遣わされた預言者もしくはメシア(救い主)という特別の存在であると認識し、すべてを捨てて従ったものと解されます。しかし、この当時の弟子たちが抱いていたメシア像とは、当時のユダヤ社会が抱いていたものと大きな差はなかったように思われます。すなわち、ローマ帝国に支配され、選民としてのプライドを傷つけられていたイスラエルの民を、ローマ帝国から解放し、かつてのダビデやソロモン時代のような独立した国家を築く王がメシアとして神様から遣わされると信じていたと解されます。知恵ある者、賢い者ではなく、幼子のように純真で謙虚な者として弟子達を選任した主イエスの御心と、弟子達が主イエスにメシアとして期待する思いとは相当なへだたりがあったと推察されます。主イエスは弟子たちの関心や理解が不十分であることをよくご存知の上で、この者たちもいずれは理解する時がくると弟子達を受け入れられていたことがナタナエルとの会話から分かります。第14:ジオット-スエズの弟子の目覚め哲学・思想ランキング
2023年11月24日
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内的霊的衝動の写しとしての美術史第1講 ドルナハ 1916年10月8日-Ⅺ第13 貧者(聖フランチェスコと清貧の神秘の結婚)記:アッシジのフランチェスコ(St. Francis of Assisi)は、イタリアのアッシジ出身で、12世紀に生きたカトリック教会の聖人であり、フランシスコ修道会の創設者でもあります。彼の本名はジョヴァンニ・ディ・ピエトロ・ディ・ベルナルドーネ(Giovanni di Pietro di Bernardone)でしたが、通俗的には「フランチェスコ」の名前で知られています。フランチェスコは裕福な商人の家に生まれ、若い頃は社交的で豪華な生活を楽しんでいました。しかし、彼は信仰の深まりと共に、貧困層や病人と交わることを好むようになります。ある日、彼は神の啓示を受け、裕福な生活を捨てて、福音書の教えに従って貧しさと謙遜の生活を選びました。フランチェスコは修道士としての生活を始め、草の上で寝ることも辞さず、乞食のような生活を選び、自らの生涯を通じて貧困と平和の精神を強調しました。また、彼は動植物に対しても愛情をもって接し、自然界との調和を重視しました。有名な「フランシスコの祈り(主よ、わたしを慰め、悟りをもたらし、愛と理解をもって愛せるように)」は、彼の精神を象徴しています。1210年にはフランシスコはフランシスコ修道会を創設、教皇からの承認を得ます。その教えや修道会の精神は、当時の多くの人々に影響を与え、彼自身は1226年に亡くなりました。1228年には教会によって列聖され、カトリック教会では10月4日が彼の記念日として祝われています。第13:ジオット-貧者(聖フランチェスコと清貧の神秘の結婚)哲学・思想ランキング
2023年11月23日
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内的霊的衝動の写しとしての美術史第1講 ドルナハ 1916年10月8日-Ⅹ第12 ジオット-聖フランチェスコ伝 泉の奇蹟記: この作品「泉の奇蹟」は、アッシジの聖フランシスコの生涯を描いたルネサンスの巨匠ジオット(ジョット)のシリーズの一部です 。ジョットは、ヤコポ・トリーティらと側壁の上段に「旧約伝」「新約伝」を制作し、下段の壁面に「聖フランチェスコ伝」を描きました。これは、ゴシック時代の西洋美術に対するジョットの革新的な貢献に寄与関連しています 。ジョットは西洋絵画の父とみなされており其の重要性は他に卓越しています。イタリアのフィレンツェの郊外で羊番として育ち、岩に羊の頭を描いていたの少年が想い起こされますか。第12:ジオット-聖フランチェスコ伝 泉の奇蹟哲学・思想ランキング
2023年11月22日
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内的霊的衝動の写しとしての美術史第1講 ドルナハ 1916年10月8日-Ⅸ第11 ジオット-アルルでの出現記:イタリアの画家・建築家であるジョット(ジョット・ディ・ボンドーネ/1267頃 - 1337)の作品「アルルでの出現」は、フランシスコ修道会の創設者である聖フランシスコがアルルの教会に奇跡的に現れる場面を描いたものです。 ジョットはフィレンツェで活動し、ルネサンス美術の先駆者とされ、その作品には聖フランシスコの生涯や奇跡的な出来事がテーマとして取り上げられています。アルルの修道参事会の前に現れる聖フランシスコが描かれ、作品はフランシスコの聖痕を受ける様子を示してます。絵画ではアッシジのチマブエに学び、フレスコ画による宗教画を制作しました。その画風はルネサンス様式の始まりとされています。第11:ジオット-アルルでの出現哲学・思想ランキング
2023年11月21日
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内的霊的衝動の写しとしての美術史第1講 ドルナハ 1916年10月8日-Ⅷ第10 ジオット-神殿での奉献記:ジョット・ディ・ボンドーネ(Giotto di Bondone)は、イタリアのフィレンツェ出身の中世の画家で、1267年頃から1337年に亡くなるまでの間に活動しました。彼はイタリア・ルネサンス期の先駆者であり、「近代絵画の父」とも呼ばれています。ジョットは、中世の芸術における様式の変化を象徴し、自然主義的な描写と感情表現の向上に貢献しました。ジョットの作品は、その時代の芸術において従来の平面的で非現実的なスタイルから脱却し、よりリアルで深みのある絵画に進化していく過程を反映しています。特に、フィレンツェのサン・フランチェスコ教会のフレスコ画や、パドヴァのアレーナ礼拝堂の作品などが有名です。ジョットは人物や風景をより現実的に描写し、キリスト教の宗教的なテーマを感情豊かに表現しました。彼の描く人物はより立体的で、感情や動きが強調されています。これは当時の芸術において画家が持つ技術と芸術性を大きく前進させたものでした。ジョットの後世への影響は大きく、その後のイタリア・ルネサンスの芸術家たちにも継承され、芸術の進化に寄与しました。第10:ジオット-神殿での奉献哲学・思想ランキング
2023年11月20日
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内的霊的衝動の写しとしての美術史第1講 ドルナハ 1916年10月8日-Ⅶジオット チマブーエ 記:チマブーエ(Giotto di Bondone/1266年頃または1276年-1337年)は、イタリアのフィレンツェ出身の画家で、ルネサンス(文芸復興)期の先駆者と見なされています。チマブーエは、中世からルネサンスへの過渡期に位置し、芸術において新しい方向性を提示しました。フレスコ画の巨匠チマブーエはフレスコ画の分野で優れた仕事をしました。特に、アッシジのサン・フランチェスコ聖堂の礼拝堂のフレスコ画で知られています。ここで描かれた作品は、聖フランシスコの生涯や聖書の物語を描いたものであり、リアルな人物表現や感情表現が特徴的でした。自然主義的なアプローチ: チマブーエは、それまでの中世の芸術に見られた非現実的なスタイルから離れ、より自然主義的なアプローチを取り入れました。人物や風景の描写において、リアリズムと感情表現を強調しました。チマブーエはアシジ派の一員でアシジ派(フランチェスコ派)として知られる芸術家グループの一員でした。この派は、フランシスコ・アッシジによって創設されたフランシスコ会の影響を受け、宗教的な主題を中心に描いた芸術作品を制作しました。また、更にはチマブーエは画家だけでなく、建築にも関与しました。フィレンツェのカンポ・サント墓地にあるカンポサント礼拝堂のデザインを手がけ、建築家としての才能も発揮しました。チマブーエの芸術は、後のルネサンス期の芸術家たちに影響を与え、中世から近世への芸術の進化において重要な役割を果たしました。第8-第8a ジオット及びチマブーエ さて先ず、ジオットの絵を順を追って私たちの目に作用させていきましょう。そこに個々の人間の姿に対する理解が出てくるようすが示されるでしょう。他ならぬこのジオットにおいて、この理解は私たちが見ていきますように、彼がまさに聖人伝説による絵画を見せるときにいっそう現れてきます。そしてこれらの絵画において示されるのは、彼が外的な表現のなかにもっとも内なるものを、もっとも魂的なものを再現しようと試みていることです。順を追ってジオットの絵を見ていきましょう、これらの絵は通常、もっとも初期のものとみなされています。成る程、前の時代の伝統がまだ見られますが、今お話ししましたような仕方で、彼が親しんだ人間的なものが至る処いに入り込んでいるのがおわかりでしょう。第8・第8:ジオット-聖母と天使たち、預言者たち哲学・思想ランキング
2023年11月19日
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内的霊的衝動の写しとしての美術史第1講 ドルナハ 1916年10月8日-Ⅵ第9-Ⅱ ジオット 聖フランチェスコへの忠誠 チマブエの絵画は、あたかも雲の上から見られたかのような絵画でした。恰も人物たちは雲の上から地上に到来したかのようでした。そして、霊的世界というのもそのように考えられ且つ感じられていました。このような地上を超えたものとともに如何に集中度の高い生が営まれていたか、もはや今日では想像もできません。ですから今や、このアッシジのフランチェスコが西方の生活を内面化して実行したとき、それが感情におけるどのような変化であったか。大抵の場合はひとは敢えて取り立てて考えてみることもないのです。そして、彼にはどんな重荷もなく、けれども未だ只の人間としての彼であったもの以外どんなものによっても価値を与えられなかったのですが、貧者であったものとともに生きたいと願ったその魂のなかで、人間をまさにその貧しさにおいて感じようとした魂のなかで、このアッシジのフランチェスコは、人間をそのように感じようとし、キリストをもただ貧しき人々のためにのみキリストはあると感じようとした。このアッシジのフランチェスコは、キリスト教の真中から、つまりこの感じられたキリスト教のなかから、素晴らしい自然感情(Natur-Fuehlen)を発達させるのです。汎ゆるものが彼にとって地上での兄弟姉妹となります。そして今や、単に人間の心ばかりでなく、一人ひとりの人間ばかりでなく、自然の汎ゆる被造物に対しても愛に満ちた関わりが繰り広げられていきます。そして、この点においてアッシジのフランチェスコは真に現実(写実)主義者(レアリスト/Realist)であり、自然主義者(ナトゥラリスト/Naturalist)なのです。鳥たちは彼の兄弟であり姉妹です、星々、太陽、月は彼の姉妹であり、地を這う小さな虫は彼の同胞です。汎ゆるものを彼は愛に満ちた関心を持って観察します。道行くとき、踏む潰すことのないように、虫を掴んで脇へ退けます。彼は雲雀を讃え、雲雀(ひばり)を姉妹と看做します。限りない内面性、前の時代には全く考えられなかった思考生活を、アッシジのフランチェスコは主張するのです。そして、彼の人生についてしばしば外面的に書かれていることよりも、むしろこの点に、このアッシジのフランチェスコの特性を見なければなりません。このように、言うなれば内面化されて、眼差しは地上的なものへと注がれ、彼は人類に親しみます、そして彼は芸術的な感情をもこのように次第に自らのものにしていくのです。ダンテはいわば最後のように、偉大な詩作品のなかで人間の生をなおも地上を超えた威力という形象のもとに据えています。ジオットは、彼の同時代人そして恐らくは彼の友人たちもですが、すでに絵画の上では、地上で生き生きと活動しているものに対する直接的な関心を示しています。このように、ジオットの絵画とともに、個人的・自然的なものの模写、個人的・人間的なものの模写というものが入ってくるのがわかります。ジオットと命名された絵画が、アッシジの{聖フランチェスコ聖堂の}上堂において、まさにアッシジのフランチェスコの生涯と関わっていることは偶然ではありません、何故なら、ジオットとアッシジのフランチェスコの間には、深い内的な魂の関連があるからです。熱烈な魂的生から、地上の自然物の生成に対する共感を現した宗教的天才アッシジのフランチェスコが霊性のなかへと、世界の魂的なもののなかへと自らを置くように、まずはフランチェスコを範とするジオットとの関連にです。そしてこのように実際私たちは、チマブエの硬い線と面的に考えられたものから、ジオットへと流れが入り込んでくるのを見ます、つまり、ジオットにおいて私たちは、自然のもの、個人的なもの、眺められたもの、現実性の模写を見るのです、面から語りかけるものではなく、ますますいっそう空間の真ん中に立っているものをです。 第9-Ⅱ:ジオット-聖フランチェスコへの忠誠哲学・思想ランキング
2023年11月18日
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内的霊的衝動の写しとしての美術史第1講 ドルナハ 1916年10月8日-Ⅴ第9-Ⅱ ジオット 聖フランチェスコへの忠誠 ダンテとジオットが実際個人的にぶつかり合うような時代に、近代人類はいったい何に習熟するのでしょう。人類が習熟するのは、私がいつもアトランティス後第五時代の根本特性として描いているもの、つまり、地上的ー物質的現実内部の生活です。これをマテリアリスム(物質主義/Materialismus)の否定的な批判と捉えてはなりません、そうではなく、人類は一度、地上の現実に習熟しなければならなかったということ、チマブエにおいてはまだ絵画においてその残照を示していた超地上的なものを仰ぎ見ることに、いわば一度別れを告げなければならなかったということを明確に理解しておかなければならないのです。 私たちが、一番最初に物質主義の切っ掛けをつくった最初の紛れない物質主義者とは抑々いったい誰だったのかと問うなら、いくらか通常より高い観点から歴史を考察すれば、私たちはこういう答えを得るでしょう。今日の人間にとっては当然のことながら逆説的に響くでしょうけれども、人類の歴史をもっと深く捉える見地からすればまったく正当な答えです。つまり、私たちは、魂的に物質的な感情を導いた最初の人はアッシジの聖フランチェスコだったという答えを得るのです。アッシジの聖者フランツィスクスを最初の偉大な唯物主義者と特徴づけることが逆説的なのは言うまでもありません。とはいえ、やはりそうなのです。人類の進化をまだ地上を超えたものの観点のもとに見ていた最後の観照は、ダンテの「神曲」において私たちに立ち現れてくる。それで私たちは、ダンテの「神曲」を、地上よりも地球外のものに向けられた観照の帰結と見なければならないということができます。これに対して、ダンテより以前に活動していたアッシジのフランツィスクスの場合、地上的な物々のための眼差し、地上的なものへの共感が際立っています。魂的なものは常に、芸術的なものの表現より幾分早く登場します。したがって、ジオットの芸術的なファンタジ ーとして捉えられたもの(ジオットは1266年頃から1337年まで生存)が後になって捉えられたものと同じものが、傾向や衝動に従って、もっと早い時点にアッシジのフランチェスコのなかに魂的に生きていたことこともわかります。アッシジのフランチェスコにおいて私たちが目の前に見るのは、全くもって外界から出てきた人間、極めて様々な影響の下でローマ文化を次第に受け入れた外界のあの形態から出てきた人間です。アッシジのフランチェスコは最初、まったく外的なものに向かっていて、外的な栄光と富を楽しみ、生活を快適にするもの、そして自分の心地よさを高めるものすべてを楽しみますが、個人的な体験によって、魂生活においてまさに逆転するのです。彼を外的な生活への没頭から内なるものに向けさせたのは、まず身体上の病気です。そして私たちは、若いときには徹底して外面的な快適な生活に、外的な栄光、外的な礼儀作法に向かっていたひとりの人間アッシジのフランチェスコを見、彼が内なる魂生活に純粋に向けられた感情へと改心するのを見るのです。けれども、これは独特に発展して、アッシジのフランチェスコは、ヴィジョン的なファンタジー豊かな古き生に由来するすべてから、今やまったく視線を転じた偉大な人物たちのうちの最初の人となります。彼は寧ろ、直接地上を歩んでいるものに眼差しを向けます、まず人間に眼差しを向けるのです。アッシジのフランチェスコが人間のなかに経験しようとするものは、人間がただ自己自身によってのみ立つものと見られるときに、人間の魂のなかで人間全体において体験されうるものです。アッシジのフランチェスコは、人間の個々の生など問題にされないとでも申し上げたいしかたで地上で展開した出来事に取り囲まれていました、以前の芸術のなかで育成され、人間の感情のなかに地上を超えた存在たちを立ち寄らせせたファンタジーのように展開した出来事にです。フランチェスコは実際、若い頃、そして後になってからも、ゲルフ党とギベリン党の世界史的な争いに取り囲まれていました。いわば、一人ひとりの人間が感じること、個々の人間が体験することは問題にされず、人間をただ群のような大多数としてのみ捉える衝動をめぐっての広範囲で争いです。そしてこの生のさなかへと、今やアッシジのフランチェスコと共にますます増えていくその仲間たちは、人間の内面において関係に即して体験されうるもの総てをもってまさに感情的に、体験的に、どの人間の魂をも貫き通し、照らし出す深い力をもって、一人ひとりの人間の個(Individualitaet)の権利を行使します。眼差しは、彼らを包む宇宙的・霊的なものから離れて、個々の人間的・個人的なものに向けられます。あらゆる人間の個々の魂との共苦・同情・共感・共生、あらゆる人間ひとりひとりが体験することに関心を持つこと。いわば栄光として紡ぎ出された地位や富を離れ、地上を超えたものから地上的なものへと放射されてくる芸術の領域に、オリエント的なファンタジーから人々が形成したいと思ったものから離れます。 こうしたすべてから離れて、地上の貧しい人間が体験する苦しみと喜びに目を向けて、今や個々の人間ひとりひとりが主要なこととなり、一人ひとりがそれ自身の世界となります。即ちあらゆる一人ひとりが一つの世界となるように生きたいと願うのです。永遠・無限・不死のものを、人間の胸そのもののなかに生み出そうとする、いわば、包括する領域としてそれを地球の上方に漂わせることはもはやすまいとするのです。 第9-Ⅱ:ジオット-聖フランチェスコへの忠誠 哲学・思想ランキング
2023年11月17日
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内的霊的衝動の写しとしての美術史第1講 ドルナハ 1916年10月8日-Ⅳ これから、外的な歴史考察の流れにおいていわばチマブエの後継者である芸術家の考察に移ります。 第9-Ⅰ ジオット 聖フランチェスコへの忠誠 チマブエが羊飼いの少年であったジオットを見い出したという伝説がありますね、羊飼いの少年が、動物たちやほかの自然の被造物に見たものを、野において素朴なしかたで石に描いていたのを見て、チマブエはオットのなかに顕著な才能を発見し彼を父親から引き離して画家に育て上げたと言う話。こういう伝説は、外的な歴史的事実よりも真なるものです。これらの伝説は、芸術発展において今やもっとも重要なひとりとしてチマブエに続く者、つまりジオットが、その内的な芸術上の魂生活に関して、世界全体によって鼓舞されたことを示しています。チマブエという名のもとに包括される者たちに創造されたものを通してジオットが置かれた世界、ジオットはその全世界によって当然ながら鼓舞されたのです。けれどもたとえ私たちが、いわば地上を超えた全世界が、あらゆる方面からジオットに働きかけた、これらすべては、後ほど申し上げたい理由から今日もはや存在しないのですが、そうと考えなければならないとしても、この全世界、つまり地上を超えたものを写すこの世界が、ジオットに働きかけたと考えなければならないとしても、それでも私たちが決して見失ってはならないことは、ジオットとともに、まったく新たな芸術上の世界把握が西洋に登場したということ。そしてジオットは、芸術に関わる分野において、もっとも純粋な意味で新たなアトランティス後第五の時代の到来を芸術分野において示す人物と呼ばれなければならないということです。絵画に関しては、チマブエとともにアトランティス後第四時代が没してゆき、ジオットとともに第五時代の幕が開くということができるでしょう。たいへん根拠ある伝統によりジオット作とされているものすべてが、ジオット自身によって描かれたかどうかということをここでは顧慮しないでおきたい、それは問題ではありません。とはいえ、ジオット自身が描いたときのそれと同じ精神において描かれた多くのものも、ジオットという名のもとに一緒にされています。以下、私はそのことには関わらず、伝統によってジオットの作品であるもの、ジオット作とされているものにも関わっていきます。第9-Ⅰ:ジオット-聖フランチェスコへの忠誠哲学・思想ランキング
2023年11月16日
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内的霊的衝動の写しとしての美術史 第1講 ドルナハ 1916年10月8日-Ⅲ これからチマブエの絵画がいくつか上映されます。チマブエのこれらの絵画は、一部はアッシジの地下聖堂で実際に見ることができますし、一部はパリで、そしてフィレンツェでも見ることができます。上映できるものはわずかしかありませんが、★1~4 チマブエ 聖母(マドンナ)と天使・預言者たち みなさんはいたるところで、たとえば人間の眼というものがいかに描かれているかをごらんになるでしょう、つまり、眼は写生されているのではなく、眼の有機的な刻印に加わっていると信じられた力、そういう力を感じ深く共感することによって特徴を表現されている、とわかるように描かれているのです。それは、追感され、これらのものがそこから形成されてくる眼の内的な活動であり、可塑的に考えられ、精神において平面へと投影されている、とでも言いたいものです。この場合常に--これらの絵画にも、なお見られることですが--、西洋よりもオリエントの生活のなかにずっと多く見られ、続く時代に見出された概念、つまり力強さ、豊穣さを通じてはるかな世界から作用してくるものという概念が存在しています。当時、これらの絵画をその黄金の下地とともに自らに作用させると、とりわけ、強大なもの、人間を圧倒するものが、はるかな世界から作用してくる、という感情が持たれたでしょう、--地上で人間の乱世として起こっているものは本来、このようにして実現された、地球外の現実からやってきた衝動によって照らされるためにのみあるのだという感情が。第1 第2 第3 チマブエ 聖母 これは2と同じ絵ですが、彩色される前のものです。第4 チマブエ 聖母 「聖母」の部分 これは、チマブエからとったものです。さらに聖母像がもうひとつあります、第5のスライドへ第5 ドゥッチオ ルチェライの聖母哲学・思想ランキング
2023年11月15日
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内的霊的衝動の写しとしての美術史 第1講 ドルナハ 1916年10月8日-Ⅱ あちらのギリシアでは、ゴルゴタの秘蹟とその作用に関連する形姿を如何に描き出すべきかについての観照が育(はぐく)まれました。そしておそらく、造形において、救世主そのひと自身に関わる造形の発達において、聖母(マドンナ)やそれに関わる地上を超えた天使界の姿、地上を超えたものに魅せられた使徒たちや聖人たちの姿などを通して、つまりこれらすべてを手がかりに、最もよくわかるのは、キリスト教がヨーロッパに馴染み入り込んでいく際、非常にファンタジー豊かに東方から到来したものが、謂わば如何にローマ的なファンタジー欠如によってとらえられいたたかということなのです。私たちがよく知っていますように、キリスト教表現の初期においては、救世主の姿そのものが、キリスト・イエスおよび彼に結びついているその他の姿が未だ、ギリシア的ファンタジーに貫かれていました。救世主そのひとをアポロンそっくりに表現している彫刻もあります。私たちは、キリスト教発展の最初の数世紀の頃に、奇妙な論争が繰り広げられたことも知っています、救世主を醜く表現し、その醜い容貌を通じて、内なる魂の生を、人類のために引き起こされた法外な出来事を、表現するべきなのかどうかという論争です。こういう救世主のタイプと、ゴルゴタの秘蹟に関わるほかの人物の同様なタイプは、ヨーロッパ東部とギリシアの内部で発達しました。それに対して、西方のイタリアにおいては、寧ろ、救世主の姿とそれに関わるすべてをなんとしても美しく描かねばならないという見解が優勢でした。けれどもこういう議論は、ギリシアが外的に征服され、ローマ文化(Roemertum)の影響のもと、ギリシア文化(Griechenyum)の直接的な影響下で具現された美を描き出す能力がもはや失われた時代にまでも奇妙なしかたで続きます、ギリシアは外的に征服されましたが、実際は文化的にはローマ文化がギリシア文化によって霊的に征服されたのです、ギリシア文化はファンタジー無きローマ文化のもとで衰弱しはしましたが。美を描き出す能力は、続く数世紀において存続、その後失われずに生き続けその後衰退していきました。このように、ゴルゴタの秘蹟を通じて実り豊かにされた新たな世界衝動を表現すべく実際ファンタジーによって創造されたもの、これは伝統的に東方オリエントからもたらされたのです。次いで、オリエントのファンタジーによって実り豊かにされた芸術性8Kuenstlertum)が芸術的にイタリアへと移植されて入ってきました。そして、ダンテが生まれた時代においてやはりこの衝動となったものを、それ以前のものがすべて多かれ少なかれ没落してしまい、もはやなくなってしまった後でも、私たちはひとつの終末現象のなかに、西洋によって影響されている部分を見い出します、つまりチマブエという名のもとに知られている創作のなかにです。チマブエの絵画は壁画であり、本来的に壁画そのものと理解されねばなりません。それらは、そこに描かれている人物が、私たちにはまったく不自然に見えるような、より感情に即して考えられた輪郭で大きな平面に拡がっていると申し上げたいような、平面的に考えられ非常に表現力豊かな、しかし今日ではそもそももはや見ることのできない画法で平面を考え尽くされたように見えるという具合に人物が描き出された絵画です。ところがチマブエを見ることができるところでも、その画法はもはや見ることができません。何故かと云えば、チマブエの絵画作品はその殆んどが後から上塗りされているからです。彩色におけるまったく生き生きとしたものも彩色における平面的に考えられたものも総じてもう見ることはできないでしょう。ですから、チマブエの絵が失うところがもっとも少ないのは、それがスライドとして上映される場合なのです。この独特な、申しましたように、より感情に即して考えられた輪郭で描き出された人物たちの完全な特徴をスライドとして見きわめることできるのす、何か巨大なもの(etwas Kolossalisches)を有する、少なくとも巨大なものと考えられ且つ巨大な作用として考えられた人物たち、そしてそれ以上に、この人物たちは、別世界から地上世界を見ている。何故なら彼らは地上世界そのものから跳び去ったからだと云えるような、そのように考えられた人物たちの特徴をです。聖母像もそうですし、地上世界に見入る救世主其のものの描出も、聖人たちや天使たちその他の描出もそうです。、ここで描かれているものはキリスト教の衝動は、地上に疎遠な世界からやってきたものであるから、なおもヴィジョン的な生、この地上に疎遠な世界を自然主義的に描き出そうとはしないと洞察することのできたヴィジョン的な生を背景に有したファンタジーに根ざしていることを、私たちははっきりと理解しておかなくてはなりません。哲学・思想ランキング
2023年11月14日
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内的霊的衝動の写しとしての美術史 第1講 ドルナハ 1916年10月8日☆アトランティス後第四時代からアトランティス後第五時代への移行期における完成されつつあるイタリアルネサンスの芸術における人間の意識の変遷・チマブエ、ジオット、及びその他のイタリアの巨匠たち記;チマブエ(Cimabue)(1240年 - 1302年)本名を、チェンニ・ディ・ペーポといいます。「チマブエ」とは牛の雄の頭という意味です。チマブエは、ゴシック様式時代のフィレンツェで活躍した画家です。チマブエは、ルネサンス絵画史の最初のページを作った画家で、芸術を語る上で欠かせない人物の一人です。第1講-1 只今より、一連のある芸術期のスライドの再生を上映していきます、この時代の芸術的な進展に関しては、人間の状況、つまり私たちが人間の歴史を内的霊的な衝動の写しとして観察するとき、人間の歴史の外的経過のなかに観察しうる最も切実なもののひとつである状況が、生を全うしているのを見られるがゆえ、人間の感覚は其れに常に立ち戻ってこの芸術期を観察するのです。最初にチマブエの絵をいくつかご覧いただきます。チマブエの名のもとに、数々の、非常に多数の絵画が出回っておりました-が、私たちの、私たちの今日の世界観とはまったくかけ離れた世界観に由来する教会絵画を想像しなければなりません。チマブエ、あるいはチマブエという名を冠されたあの絵画上の流派という意味で活動していた人々、つまりチマブエが絵を描いていた時代は、ほぼダンテが生まれた頃でした。芸術の発展ということに関連して、これより前の時代にあるものは、外的に歴史を観るだけではかなり闇に覆われています。遺されているものにおいてのチマブエの業績は、これより以前には歴史的にまず西洋にはどんな先行者もいないといえるようなしかたで登場します。けれども今日これから見ていくものを手掛かりにしますと、このチマブエの方向性というのはまた、ヨーロッパの芸術発展のなかでいかなる後継者も見出さなかったこともおわかりになるでしょう。チマブエにおいて私たちに立ち現れてくるもののなかに入り込んで感じ取ろうとすれば、私たちにはむしろ、古代ローマから見て東方にある世界オリエントに由来する影響が示されるでしょう、そこで私は長い歴史をいわば短縮して特徴づけたいと思います。このように短縮して特徴づける場合、まさにこの短縮した特徴づけにつきもののあらゆる不正確さは申すまでもありませんが。私たちが忘れてならないことは、キリスト教が成立した時代、そしてそれに続く最初の数千年が経過し、次の二千年の始まり、この時期にまさにチマブエは描いていたわけですが、この次の二千年の始まりまでの時代、人間の活動のあらゆる領域へとキリスト教が次第に馴染み入り込んでいったこの時代とは、人間の精神の能力(Geistesfaehigkeiten)が、地上を超えたものへと、霊的・宇宙的なもの(das Geistig-Kosmische)と向けられた時代であったということです。そして人間のあらゆる感覚は、高次の霊威(hoehere geistige Maechte)がいかにして地上の生へと入り込んだのかということについて観照を得ることにまず向けられました。当時の人間の魂のなかに生きていたものをありありと表現したい、それを芸術のなかに導入したいと思ったら、何らかのしかたで自然を直接模倣すること、つまり自然をありのままに描いたり、何の様にであれ自然に忠実に芸術的活動をするなどということはまったく問題になりませんでした。寧ろファンタジーの力であれ、いわば地上を超えたものを感覚的に見えるようにすることのできる力を人間のなかに呼び起こすことが重視されたのです。そしてこのファンタジーの力は、実際ヨーロッパの人類にとって、真に形成されたものを作り出すことができるほどに意のままにはなりませんでした。私がこの地で行いました講演において、ローマ人はファンタジー無き(phantasielos)民族だったと描写いたしました。そしてローマ人のファンタジーの欠如のなかへと、まず東方からキリスト教が広がっていったわけです。キリスト教はもとよりオリエントによって実り豊かにされていましたが、それらすべてと同時にオリエントの生きたファンタジーによって豊穣になって入ってきました、それで、より内的霊的な観照がキリスト教の表象として持たれたものに結びつけられたのです。哲学・思想ランキング
2023年11月13日
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真相から見た宇宙の進化第4講 月期における地球の内的側面-Ⅶベルリン 1911年11月21日 記:ハインリヒ・フォン・クライスト(Heinrich von Kleist/1777年10月18日 - 1811年11月21日)は、ドイツの劇作家、ジャーナリスト。直情奔放で極端に走る性格は当時の社会と馴染まなかったが、その作品は20世紀に入ってから評価が高まり、現代ではドイツを代表する劇作家の一人に数えられている。現実生活は苦しく、世間からも認められないクライストは自殺を決意し、癌を患った人妻ヘンリエッテ・フォーゲルの胸をピストルで撃ち抜き、直後にそのピストルを自らの口にくわえ、引き金を引いた。共に1811年11月21日ポツダム近郊のヴァン湖畔でピストル自殺した。 ハインリッヒ・フォン・クライストが友人に宛てて次のように書き送っているのを見ますと、魂の憧れの中に香油のように自らを注ぎ出すこの精神科学を未だ手に入れることができなかった時代に生きていた人の言葉で、いかにそれが表現されているかを聞き取ることができます。「この地球の上で幸せになりたいってか。そんなことを言うやつがいたら、殆(ほとん)ど恥を知れとでも言いたい。すべてが死で終わるところで、そんな目的に向かって努力するなんて、いかにも先が読めない御立派な人間がすることだ。我々は出会い、三度の春をお互いに愛し合い、そして、永久にお互いから逃げ出す。愛がないのに、その努力にどんな価値があるというのか。ああ、何か愛以上の幸せ以上の、名声以上の、xyz以上の何か我々の魂が夢想さえしないようなものはないのか。世界の天辺(てっぺん)にいるのは悪い精神ではあり得ない。それは何か不可解なものに過ぎない。我々だって、子供が泣いているときに笑わないか。この無限の広がりについて少し考えてみたまえ。無数の時間領域、それぞれがひとつの生命、それぞれが我々のこの世界のように、顕現した存在なのだ。嗚呼(ああ)、静止した瞬間よ、教えてくれ、これは夢なのか。我々が夜間に仰向けになって見る二枚の菩提樹の葉の間には、その先見性において、我々の思考が捉え、言葉が表現することができるよりもずっと豊かな見通しが広がっているではないか。よし、何か善い行いをしよう、そして、それをしながら死のう。我々は既に無数の死のひとつを死に、そして、未来にもまた死ななければならない。まるで、ひとつの部屋から別の部屋に行くようなものだ。ほら見てごらん、僕には世界が大も小もなく一緒くたに箱詰めにされているように見える。」 これらの言葉で表現された憧れは、この人物を促し、その友人に宛てたこの手紙を書かせました。けれども、この精神は、現代の魂が精力的な理解力をもって精神科学に近づくような仕方では、まだその憧れに対する充足を見いだすことができませんでした。というのも、この精神は、百年前に、まず友人のヘンリエッテ・ヴォーゲルを、次に 彼自身を撃ってその涯を閉じたのですが、今は、一世紀前に彼の亡骸が最初に葬られたヴァンシー河岸にある寂しい墓の下に眠っているからです。クライストが表現した事柄ついてここでお話しすることができるというのは、特筆すべき天啓です。カルマの行為と言ってもいいでしょう。それは、差し止められた犠牲への意志が憧れへと変化させられたことについて、今まで私たちがお話ししようとしてきた ことがらを、運動霊によるあこがれの緩和、その最終的な充足に向けた衝動、そして、それが「贖いの惑星」上で達成されるであろうということを最もよく記述しているのです。この焦点の定まらない憧れを最も気高い言葉で表現へと齎し、そして、この切なる望みを、それが体現し得る最も悲劇的な行いへと注ぎだした魂を思い出させる事柄について、今日、正に私たちがお話ししていることは特筆すべきカルマの解消なのです。それに気づこうとしさえすれば、この男の精神は、それが私たちの前に立つときの全体性において、本当に魂の奥深くに生き、私たちを地上的な存在性以外の存在性へと連れ戻すものの生きた体現であるということに気づかないことなどあるでしょうか。クライストが最も意義深い仕方で私たちのために記述してくれているのは、自分を越えたところに横たわっているものを探し求めるように人間に強いるものについて人間が経験できるもの、それは、もし、彼が彼自身の生命の糸を未成熟なまま断ち切らなかったとしたら、後になって理解することになった筈のものについてではないでしょうか。正に皆さんが「個人と人類の精神的な導き」の最初のページに書いてあるのを見いだされることを、彼は経験したのでしょう。フォン・クライストの「ペンテシリア(アマゾンの女王ペンテシリアとアキレスの血みどろの戦いについてのギリシャの伝承に基づいて書かれた凄惨な悲劇)」について考えてみてください。ペンテシリアの中には、彼女自身の地上的な意識をもって推し量ることができるよりも、いかに遙かに多くのものがあることでしょうか。もし、彼女の魂は彼女がそれは偉大な魂で、彼女の地上的な意識をもって包含することができるよりもはるかに無限の広がりを持っているということを私たちが仮定しないならば、彼女をその特殊性において理解することは全く不可能でしょう。ですから、その無意識をドラマの中に芸術的な仕方で引き込む状況が劇中で生じなければなりません。こうして、一連のできごと、クライストがアキレスのために設定するようなできごとが、より高次の意識で検分される可能性は阻止されなければなりません。そうでなければ、私たちはその悲劇の重大さを経験することができないでしょう。ペンテシリアは、アキレスによって囚われの身となるのですが、アキレスの方が彼女の囚人であると思い込まされます。「彼女の」アキレスという言い方がなされるのはそのためです。意識的な気づきの中に生きているものは、無意識の中へと投げ入れられなければなりません。そして、ハイルブロンのカティーの中で表現されているような状況においては、特に、カティーとシュトラールのヴェッターとの間の特筆すべき関係、そして、それは十全たる意識の中で遂行されますが、人間には気づかれることなくその間を行き来する力が潜む魂の奥深いレベルにおいて遂行されます。其処においては、この低次の意識はどのような役割を果たすのでしょうか。私たちは、この状況を目の当たりにするとき、世の中の重力や引力といった通常の力の内部に横たわるものの精神的な本性を感じ取ります。世界の力の内部に横たわるものを感じ取るのです。例えば、私たちは、カティーがその愛する人の前に立つ場面で、何が意識下に生きているかを、そしてそれが、外的な世界の中に生きているもの、諸惑星の引きつける力として無味乾燥に言及されるものと如何に関連しているのかを見ます。一世紀前には、透徹し苦闘する魂でさえ、この意識の深いレベルにまで潜入することができませんでした。今日では、それが可能になっ ています。悲劇「ホンブルグの王子」(1810年に書かれたクライストの最後で偉大な作品)もまた、今日では、一世紀前とは異なる仕方で私たちに感銘を与えます。私は、人間が達成するあらゆることがらを理性に帰属させようとする現代の抽象的な思索家たちが、ホンブルグの王子のような人物、すなわち、彼のすべての偉大な行い、最終的な勝利へと導いたあれらの行いさえも一種の夢の状態で成し遂げた人物を、どのように説明するのかを知りたいものだと思います。 実際、クライストは、王子はその意識的な気づきから勝利を達成し得たのでも、より高次の意識という意味ではとりわけ秀でた人物でもなかったということを、彼は後に、死に直面して、めそめそ泣いたからですが、はっきりと示しています。王子が力を発揮できたのは、 彼の魂の奥深くに生きていたものを途方もない意志の努力によって引っ張り出してきたとき、そのときだけだったのです。人類にとって、「月」の意識からの遺産として残ったものは、何か抽象的な科学によっては引き出してくることができないようなものです。それは、多くの側面を持つ繊細な概念、緩やかな輪郭を持った精神的なことがらを把握することができる概念。つまり、精神科学によってもたらされるような概念でから導かれなければならないような何かです。最も偉大な諸 概念は、中間的で通常の諸概念に自らを結びつけます。こうして、私たちが私たちの今日の魂の中で経験する状態は宇宙と宇宙の総体とに結びつけられているということを精神的な科学は示すということが私たちには分かるのです。私たちはまた、私たちが魂の中で経験できることだけが事物の精神的な根拠についての概念を形成することができるということを理解します。さらに、私たちの時代においては、 私たちの時代に先立つ時代が憧れたけれども、私たちの時代においてのみ与えられることができるものを達成することができるようになったということを理解するようになります。こうして、以前の時代の人間たちに対する、つまり、その心があこがれたものへと続く道を見いだすことができなかった、世界は彼らにそれを与えることができなかった人間たちに対する一種の賞賛が生じます。私たちが、すべての人生はひとつの総体であるということ、そして、今日の人間は人類が既にはるか昔に必要としていたような―彼らの運命は本当にそのことを私たちに示しています 。精神的な運動に彼または彼女の人生を捧げることができるということを思い出すとき、確かに、そのような人物たちに対するある種の賞賛が生じて来ます。ですから、私たちは精神科学を人類の憧れに対する救済を担うものとして指し示すことができるかも知れません。荒れ狂うと同時に悲惨に満ちた人間たちが長い間探し求めてきたものを精神科学は今や与えることができるということを私たちが思い出すのに適した日には。というのも、これらの世界は彼らにそれを与えることができ、憧れに満ちた人物たちのひとりが悲劇的な死を遂げてから一世紀経つからですが、とりわけそうすることができるかも知れません。私たちがこのような考えを、多分、人智学的な考えを胸に抱くことができるのは、ドイツの最も偉大な詩人のひとりが亡くなって百年経ったこの記念の日においてかも知れません。(了)哲学・思想ランキング
2023年11月12日
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真相から見た宇宙の進化第4講 月期における地球の内的側面-Ⅵベルリン 1911年11月21日 私たちが、慰めが像という形姿を纏ってその孤独と空虚の中に滴り落ち多様性で満たし、存在たちを追放と非難から解放する、そのような言葉を真剣に受け止めるとき、私たちは私たちの地球 が「月」の相状態にあったときに発達したものの根底に精神的なものとして横たわっているものと、そして、今や私たちの意識の奥深くに、「地球」としての相状態の下に層を成して横たわっているものの両方を把握することができます。しかし、それは、魂のあまりにも奥深くに横たわっているために。そして、これについては、明後日の公開講演(GA61)で分かりやすくお示しする つもりですが、ちょうど、海の底を押し寄せる水が海面に波を生じさせるように、私たちに気づかれることなく活動を始め、意識の中へと現れて来ます。私たちの通常の自我意識の表層下には、表面へと押し寄せる可能性がある魂に深く根ざした生活があるのです。この魂の生活が表層に現れて来たとき、それは何を語るのでしょうか。私たちがこの魂の無意識的な生活の宇宙的な根拠をひとたび理解するならば、私たちは、魂の奥底から生じるように感じられる私たちの魂の生活とは、「月」の発達期に設定されはしたけれども、正に「地球」期になって初めて、私たちに浸透したものを打破するものであるということができるようになります。そして、私たちが 「月」の本性と私たちの「地球」の本性との相互作用を把握するとき、私たちは、古い「月」から「地球」の存在状態へと精神的にもたらされたものとは何かを本当に説明することができるようになるのです。覚えておいていただきたいのは、今お話ししましたように、荒廃を緩和するためには、絶えず像が浮かび上がってくる必要があったということです。そうすれば、皆さんは非常に重要で意義深い概念に至るでしょう。つまり、渇望と空虚の苦しみの中で憧れる魂は、次から次へと生じる一連の像によって満足させられ、このあこがれを調和の中に保つという概念に至るでしょう。そして、いくつかの像が生じ、しばらくは留まるのですが、その後、魂の奥底で再び古い憧れが目覚め、運動霊が新しい像を呼び起こします。そうすると、新鮮な像がまたしばらく存在するようになるのですが、結局はさらに別の像への憧れが新しく生じてきます。この魂の生活の側面について、私たちが言うべき重要なことは、絶えず新しい像を求める像によって憧れが満足させられたとしても、この際限なく続く流れには終わりはないということです。その過程に介入する唯一の方法とは、この際限なく続く像の流れの中に何かが参入するということですが、それは像以外のものによって、即ち、現実によって、憧れを購うことができる何かです。言い換えれば、私たちの「地球」が惑星的に体現した相状態、そして、そこでは運動霊の活動によって導かれる像が憧れを満足させるのですが、そのような相状態は、「地球」として惑星的に体現した相状態、つまり、「救済」の相と呼ばれるべき状態によって置き換えられなければならなりません。実際、これから見ていきますように、ちょうど「地球」以前の体現である 「月」存在が「憧れの惑星」と呼ばれ得るように、それは無限に続き、決して終わることのない経過を通してのみ満たされ得る憧れですが、対して「地球」は「贖い(あがない)の惑星」と呼ぶことができます。私たちがこの人生を通して地上的な意識の中で生きるとき、その意識 は、既に見てきましたように、ゴルゴダの秘儀による贖いの行為を私たちの前に齎します。贖いへの憧れを絶えず生じさせるものが私たちの魂の奥底から生じてきます。それはまるで、意識の表面には通常の意識の波があり、その下(もと)、私たちの魂の生活という海の底には、魂の岩盤が憧れの形を取って生きているかのようです。この憧れは、それを満足させてくれる宇宙的な存在への―それは無限に続く像の連なりによってただ単に慰めるのではなく、それを最終的に満足させてくれる存在です。供儀を遂行しようと飽くことなく熱望しているかのようです。私たちは地上に生きる人間として、これらの雰囲気を実際に感じ取ることができます。そしてこれらの雰囲気は人が経験することができる最良のものです。実際、これらの地上に生きる人間の中で、今日(こんにち)、この憧れを感じる人たちが、とりわけ、私たちの時代において私たちの精神科学的な運動に参加して来ているのです。外的な世界においては、私たちは私たちの通常の表面的な意識を満足させるあらゆるものを認識することを学びます。しかし、私たちの無意識から脈打って来るのは、外的な事情によっては決して満足させられることがなく、人生の中心的な根拠を切望する何かです。けれども、私たちがこの中心的な基盤を獲得することができるのは、単に人生における特別なことがらだけではなく、その全体に関与する普遍的な科学を手に入れたときだけです。今日、魂の奥深くで生じるものは、それはより高次の意識へともたらされることを求めますし、世界の中に生きる普遍的なものと交わるようにさせられなければなりません。仮に、この接触がなされないならば、何らかの達成不可能なものへのあこがれが魂の奥底から生じてくるでしょう。この意味で、精神科学は魂の奥底に生きている憧れへのひとつの回答です。そして、世界の中で生起していることの序章は以前の時代にあったということを考えますと、今日生きている人々が、彼または彼女の魂の中にある憧れの力を精神科学によって和らげようとしていることは、特にそのような魂の力が意識的な気づきを越えたところにあり、そのようなあこがれが脅威となるように、人を消耗させようとしているときには、私たちにとって驚くべきことではありません。もし、そのような人物が、この精神的な叡智が存在せず、したがって、それを手に入れることができなかった以前の時代に生きていたとすれば、彼または彼女は、彼らが正に「偉大な精神」であるが故に、精神的な叡智に対する絶えざるあこがれに苛まれ、そして、人生の意味を把握する可能性から疎外されて来た筈なのです。他方、今日では、像への憧れを和らげ、絶望を沈黙させ、それを退治するような何かがその魂の中に滴(したた)り落ちています。以前には、この一連の像の行進が止むのを待ち望み、そして、その像がますます大群となって居座れば居座るほど、それをさらに待ち望むということしかできませんでした。哲学・思想ランキング
2023年11月11日
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真相から見た宇宙の進化第4講 月期における地球の内的側面-Ⅴベルリン 1911年11月21日 運動霊が動きと変化を宇宙に導入したことで、何か別のものがそれとともにやって来ました。私たちが進化の中に、つまり、運動霊、人格霊、叡智霊、意志霊等々の形で進化する全宇宙の多様性の中に見てきたのは、空気や気体の精神的な基礎を形成するように放射する叡智に向かって流れる与える徳の形態の中には、物質性もまた存在しているということでした。これは、今や憧れへと変容した意志とともに流れ、そして、これらの存在の中で、人間が「像」として知っているところのものになります。然し乍ら、それはまだ思考としては知られていません。これは私たちが夢を見るときに持つイメージによって最もよく視覚化することされ得ます。流動的で過ぎ去る夢の像は、その中に意志が憧れとして生きている存在、運動霊によって他の存在との関連へと齎される存在、そのような存在の中で生じるもののイメージを呼び起こすことができます。ある存在が別の存在の前に立たされるとき、前者が後者に完全に帰依することは不可能ですが、それはその存在の中に自分自身の自我性が生きているからです。けれども、その問題の存在は別の存在の過ぎ去る像、夢の像のようにその中に生きている像ですが、それを受け取ることができます。こうして、イメージの潮流とでも呼べるようなものが魂の中に生じます。言い換えれば、この進化期の間に、像の意識(形象意識)が存在するようになったのです。そして、私たち人間は、現在の 地上的な自我意識なしにこの進化期を通過したことから、私たちは私たち自身を、今日(こんにち)、私たちの自我を通して私たちが達成するところのものを欠いていたものとして想像しなければなりません。当時、私たちは統合的な宇宙の中に存在し、織り込まれていたのですが、一方で、私たちの憧れの経験に比較できるような何かが私たちの中に生きていたのです。ある意味、苦しみとは地球上に現れる苦しみの条件を度外視すれば、詩人が述べているように「憧れを知る者だけが私の苦しみを知る」というようなものに他ならないと想像することができるでしょう。魂の表現としての苦しみや痛みが私たちの本性の中に、そして、私たちの進化に結びついた他の存在たちの本性の中に入り込んで来たのは、「月」の進化期 においてでした。それ以降は、そうでなければ空虚であった筈の内的な自我が、それは憧れに苛(さいな)まれる内的な自我として治癒的な慰めに満たされることになったのですが、その内的な自我は運動霊の活動を通してこれらの本性たちの中に注ぎ込まれた像の意識の形でなされました。もし、このことが生じなかったとしたら、これらの「月」存在たちは、それは「月」の本性たちですが、その魂の中に 憧れ以外のものは何も存在しない空虚な存在となったことでしょう。けれども、像という慰めが、その孤独と空虚の中に滴り落ち、多様性で満たし、存在たちを追放と非難から解放するのです。哲学・思想ランキング
2023年11月10日
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真相から見た宇宙の進化第4講 月期における地球の内的側面-Ⅳベルリン 1911年11月21日 供儀を許された存在について想像してみましょう。この存在は別の存在の中に生き、その中に永久に生きるのです。供儀を許されなかった存在はそれ自身の存在の中に生きることができるだけです。ですから、そのような存在は、彼あるいは彼女が他の存在の中で、この場合、より高次の存在ですが、経験できた筈のものすべてから排除されるのです。そのときには、実際、その問題の存在たちは、進化の過程から排除され、一面性へと突き落とされ、消えてしまうでしょう。もし、その一面(一致)性を取り除くために進化の過程に介入しようとするような何かが生じなかったとしたら、この「何か」とは面性一致の宣告と追放を阻止する新しい存在たちですが、その「何か」の介入の結果が生じません。ちょうど、「土星」上における意志存在や、「太陽」上における叡智存在の場合のように、「月」上では運動霊が現れて来るのが見られるのです。私たちは「動き」という言葉によって、空間中での動きをイメージするのではありません、そうではなく、より思考過程に関連した何かに言及するのです。「思考の動き」という表現は正にその人自身の思考の流れや流動性を表しており、その表現は誰でも知っていますが、この表現からだけでも、もし、動きを包括的に把握しようとするのであれば、動きは空間中における単なる位置の変化、それは動きのひとつの側面に過ぎませんが、以上の何かであるということを理解しなければならないということが分かります。より高次の存在に対して、多数の人間たちが自らを捧げるならば、それらの人間たちは、 そのときの存在はその人間たちの中にあるすべてを表現することになりますが、それは、その存在が犠牲として差し出されたものすべてを受け入れているからですが、そのひとつの存在の中に生き、その中で充足します。しかし、彼らの犠牲が拒絶されたとすれば、これらの人間たちは 彼ら自身の中で生きざるを得ず、決して充足することができなくなります。そうなったとき、運動霊がやって来て、そうでなければ自分自身に頼らなければならなかった筈の存在たちを、他のすべての存在との関係へと導くのです。運動霊を単に位置の変化を生じさせる存在として考えるべきではありません。そうではなく、彼らはある存在を絶えず別の存在との新しい関係に導くような何かを生じさせる存在なのです。私たちはここでも、魂の対応する雰囲気を考察することによって、宇宙進化のこの段階で達成されたものについての考えを形成することができます。憧れが停止させられ行き詰まったとき、そして、いかなる種類の変化も経験することができなくなったとき、それがいかに苦痛に満ちたものであるかを知らない人がいるでしょうか。人はそれによって耐え難い状態、私たちが退屈と呼ぶところの状態に陥ります。私たちは通常、退屈というものを表面的な人々にのみ帰属させますが、それにはあらゆる段階があります。偉大で高貴な本性の中にも、外的な世界の中では満足させることができないような憧れとして、それらの本性自身の本質が表現するところのものが生きているのですが、退屈の中には、そのような本性に影響を及ぼすようなレベルの退屈もあるのです。そして、この憧れを満足させる方法として変化以上に良いものがあるでしょうか。それは、この憧れを感じる存在たちが絶えず新しい存在たちとの関係を求め続けていることからも分かります。憧れの耐え難い苦しみは、絶えず変化する新しい存在たちの 集団との関係によってしばしば克服への成果を齎すのです。こうして、私たちは「地球」がその「月の相」状態を通過する間、運動霊が、そうでなければ荒廃状態に陥った筈の憧れに満たされた存在たちが、退屈とは一種の荒廃であるからですが、その生活の中に、変化、動き、新しい存在たちや状況との絶えず更新される関係を齎すところを見ことになります。ある場所から別の場所への空間中での移動というのは、私たちがお話ししている動きに関する幅広いスペクトルの内のひとつの側面に過ぎません。私たちが別の種類の動きを経験するのは、朝起きたとき、魂の中にある一定の思考内容を自分の中だけに留めず、誰か別の人に話すときです。こうして、私たちは、多様性、変化、そして私たちが経験するものの中における動きを通して、私たちの憧れの中にある一面性を克服します。外的な空間中に存在しているのは変化に対するある特殊な能力に過ぎないのです。太陽に面している惑星について考えてみましょう。もし、その惑星が、太陽 との関係で、いつも同じ位置にあるとしたら、もし、それが全く動かないとしたら、それは一面性の中に固定されてしまうでしょう。その惑星はいつも同じ面を太陽に向けることになります。しか し、そのとき、運動霊がやって来て、その惑星が太陽の周りを回転するように導き、その位置に変化をもたらします。位置の変化は、変化の一種に過ぎません。そして、運動霊が宇宙における位置の変化を生じさせるとき、彼らは動きという一般的な現象の中の特別な例を生じさせているのです。哲学・思想ランキング
2023年11月09日
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真相から見た宇宙の進化第4講 月期における地球の内的側面-Ⅲベルリン 1911年11月21日 よく知られた現象を取り上げてみましょう、町に住んでいる人たちはそれにあまり影響されませんが、それでも、他の人たちの中にそれを認めるかも知れません。つまり、私が言いたいのは「ホームシッック( Homesick)」と呼ばれる感情のことです。もし、皆さんがホームシックとは本当は何なのかを探求するとしたら、皆さんには、それが基本的にはそれぞれの人間によって異なるものであるということが分かるでしょう。ある人にとってはあれやこれであり、別の人にとっ ては何か別のものです。ある人は、家で聴いた親しみのある物語にあこがれますが、本当は家を恋しがっているのかも知れません。個々の人の中に生きているのは、とりとめのないあこがれであり、 方向性のない望みです。別の人は故郷の山や、あるいは、さざ波を見るときにはよく遊んだ川にあこがれます。これらすべての異なる性質は、魂の中で、しばしば無意識に働いていますが、「ホームシック」という言葉で括(くく)ることができるかも知れません。そして、それは何千もの異なった仕方で演じられますが、それでも、一種のあこがれとして最もよく記述されるような何かを表現しています。さらに漠としているのが切望ですが、それは多分、人生において最も人を苦しめるものとして生じます。人はその関連に気づきませんが、それでもそれはあこがれなのです。とはいえ、このあこがれとは何なのでしょうか。私たちは、犠牲を捧げることを望みながらそれを諦めなければならなかった存在たちの雰囲気にそれを関連づけることによって、それが一種の意志であることを示唆しました。そして、私たちがこのあこがれを検証するときにはいつでも、それはある種の意 志である、ということが分かります。けれども、それはどういうタイプの意志なのでしょうか。それは成就され得ない意志あるいは意図なのです。と申しますのも、もし、それが成就されたならば、それは憧れであることをやめるからです。それは実現され得ない意志なのです。私たちは憧れをこのように定義しなければなりません。ですから、私たちは、その犠牲が拒絶されたあの存在たちの雰囲気について、次のようにすれば、いくらか特徴づけられるかも知れません。私たちが、私たちの魂の深みにおいて、憧れとして感じ取ることができるものは、私たちが今お話ししているあの太古の時代から受け継がれてきたものとして、私たちの中に留まっているものです。ちょうど、私たちが別の性質を、別の太古の発達段階からの遺産として受け取るように、私たちが古「月」の進化段階から受け取るのは、魂の深みに見いだされるあらゆる形態の憧れ、あらゆる形態の成就され得ない意志、阻止された意志なのです。この発達期の間に捧げられた犠牲が差し戻されることによって、 抑制され阻止された意志を持つ存在たちが創造されたのです。彼らは、この意志を抑制し、それを自分自身で保持しなければならなかったために、非常に特別な状況に置かれました。そして、ここでもまた、これらのことがらを感じ取り、経験したいのであれば、人は自分自身の魂の状態の中に身を置かなければなりません。と申しますのも、単なる思考はこれらの状態に貫き至るためにはあまり十分ではないからです。意志を捧げることができた存在は、ある意味で、その犠牲が生じた相手の存在とひとつに結ばれることになります。私たちはそれについても、つまり、私たちが犠牲を捧げる存在の中に、いかに私たちが生きて、自分自身を織りなすかということ、すなわち、その存在がいることによって、いかに私たちが充足感と幸福を感じるかということについても人生の中で感じ取ることができ得ます。ここで私たちがお話ししているのは宇宙的な存在を含むより高次の存在たちへの犠牲です。彼らに犠牲を捧げる存在たちは全くの喜びの中で上方を見やるのですが、正にそのために、阻止された意志として、憧れとしてその存在たちによって差し戻されたものは、その犠牲を完遂することがされたとしたらそうでなったであろうものとは、内的な雰囲気、魂の内容において決して同じものではあり得ません。と申しますのも、もし、犠牲を捧げる存在たちがその犠牲行為を許されていたとしたら、それはそれとは別の別の存在の一部になっていた筈だからです。ですから、比較という方法で語るとすれば、もし、地球やその他の惑星存在たちが太陽への供儀を許されていたとしたら、それらは太陽とひとつに結ばれていたであろうと言うことができるでしょう。けれども、もし、それらが太陽への供儀を許されず、それらが捧げたはずのものを保持せざるを得なかったとしたら、それらは離れたままになり、その犠牲を自分たちの中 へと引き戻すことになったであろう筈なのです。私たちが今お話ししたことを一言で把握するとすれば、私たちは、宇宙という総体の中に何か新しいものが入って来ているということに気づきます。それは何か別の方法で表現することはできないものだということをはっきりと理解してください。つまり、自分の中に生きているものすべてを、別の存在に捧げようとする存在たち、宇宙的な存在に自分を捧げようとする存在たちは、その供儀が受け入れられなかったとき、その犠牲を自分自身の内に担うように導かれるのです。皆さんはここで、私たちが「エゴ(自我)」あるいは「自我性」と呼ぶよ うな何か。そして、それは後に「エゴイズム」としてあらゆる形態において顯れるのですが、そのような何かが煌めくのを感じないでしょうか。こうして、私たちは進化の中に流れ込んだものが、あの存在たちの内部で、遺産として生き続けるのを感じ取ることができます。私たちは、憧れの内部に、たとえそれが最も弱められた形においてであるとはいえ、エゴイズムが稲妻のように光るのを、そしてまた、あこがれが宇宙進化の中に忍び込んで来るのを見ます。こうして、私たちは、あこがれに身を任せる存在たち、つまり、自分のエゴイズムに屈服する存在たちが、もし、何か別のものが介入しなかったとしたら、いかにある意味で、一面性の中に突き落とされるかを、 自分たちの中だけに生きるようにさせられるかを見ることになるのです。哲学・思想ランキング
2023年11月08日
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真相から見た宇宙の進化第4講 月期における地球の内的側面-Ⅱベルリン 1911年11月21日 私たちが古「土星」と「太陽」の進化期において精神的に生じたことがらの中に身を置こうとするのであれば、私たちは私たちの眼差しを魂の特別な状態、つまり、人間の魂がより高次の努力に向けて舵を取り、苦闘し始めるときに現れる魂の状態に向けなければなりません。私たちは、第2講:太陽紀における地球の内的側面-太陽紀における地球の内的側面の中で、諦めや犠牲の本性を、私たち自身の魂の生活からそれを描くことによって明らかにしようとしました。私たちは、「喜んで与えること」あるいは「自分自身の自我を進んで諦めること」とでも呼べるようなものへと滴(したた)り落ち、そして、それから生じるのが見られるような叡智から人間が何を達成できるかを見てきました。私たちは、以前の状態から発展してきた地球の状況に近づけば近づくほど、今日の人間でもまだ経験できるような魂の状態に似た状態にますます出会うようになります。けれども、私たちは、私たちの魂生活の全体は、私たちの魂が地上的な体の中に挿入されていることで、その表面の下深くに流れる隠れた魂生活の上にある最上層のように横たわっているということを明確にしておかなければなりません。隠れた魂の生活があるということに気づかない人がいるでしょうか。人生は、そのような魂の生活が存在しているということを十全に教えてくれます。この隠れた魂の生活について何らかのことを明らかにするために、一人の子供、七歳か八歳、あるいは、別の同年代の子供としましょうがあれこれのことを経験すると仮定してみましょう。例えば、実際にはしていない何らかのことで責められ、ひとつの道理を経験するかも知れません。子供たちは屡々このようなことがらに対しては特別に敏感です。然し乍ら従来は、それをしたということでその子を責めることによって事を納めるのが、その子を取り巻く人間たちにとっては都合のよいことでした。実際、子供たちはこのような仕方で道理に苦しめられることに対しては本当に敏感です。けれども、人生とは、この経験がこの若い生命の中に深く食い込んだ後、年を経るにしたがってさらなる層がその魂の経験に付け加えられ、その子は、少なくとも日常生活の意味では、そのことを忘れてしまうという事になりがちです。多分そのようなことは二度と再び生じないでしょう。けれども、その若者が15才か16才のとき、例えば学校で、新たな道理を経験すると仮定してみましょう。すると、今や、そうでなければ波打つ魂の奥深くに眠っていたはずのものが再起されるのです。問題の若者、彼または彼女が子供のときに経験したことの思い出が作用しているのだということも知らずに、実際には、全然別の考えや概念を形成するかも知れませんが、仮に、以前のできごとが起こっていなかったとしたら、例えば、それがひとりの若い男であったならば、彼はただ家に帰り、いくらか涙を流し、そして、多分いくらか不満を言うかも知れませんが、 それでも、彼はそれから立ち直ることでしょう。ところが、以前のできごとが正に生じていたために、ここで私は、何が起きているかについて、その若者が知っている必要はないということを特に強調したいのですが、ちょうど、静かに見える海面下で波が打ち寄せるように、その以前のできごとがその魂の生活の表面下で働きかけるのです。そして、そうでなければ単なる涙と不平、そして侮辱で終わったはずのものが、今やひとりの学生の自殺というという結果をもたらします。こうして、魂生活の隠された深みは、最も深いレベルから表面へと上昇し、その役割を果たすことになります。これらの深みで支配する最も重要な力とは、それは、その本来の姿で上方へと押し進むとき、最も意義深いものになるのですが、それにもかかわらず、私たちはそれについて無意識のままに留まりが、それは憧れなのです。私たちはこの力が外的な世界の中で有しているいくつかの名前を知っていますが、それらは漠として比喩的なものです。何故なら、それらの名前は複雑な関連を表現するものであり、意識の中にまでは全く入ってこないからです。記:藤村 操(ふじむら みさお/1886年(明治19年)7月20日 - 1903年(明治36年)5月22日)は、北海道出身の旧制一高の学生。華厳滝で投身自殺。滝上のナラの木に〈巌頭之感〉の題下〈万有の真相は唯だ一言にして悉す曰く不可解我この恨を懐いて煩悶終に死を決するに至る〉と遺書す。哲学・思想ランキング
2023年11月07日
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真相から見た宇宙の進化第4講 月期における地球の内的側面-Ⅰベルリン 1911年11月21日 私たちは、我々の世界観における困難な側面について、ある程度なのですが、 外的・感覚的な世界の顕現の背後に横たわる精神的な現実を見ることを学ぶところまで追求してきました。とはいえ、私たちは、感覚的な世界の中で私たちが見るものの背後には精神的なものに特徴的な形態が実際に立っているという本当の事実は外的に見ただけではよく解からないものであるということを私たちの魂の生活の中で経験します。けれども、私たちは、そのような外観の背後には、精神的な活動、精神的な性質や特徴が本当に立っているのだということを認識するようになりました。例えば、私たちは、今や私たちの通常の生活において、暖かさ・熱、あるいは火の性質として現れるものは犠牲の精神的な表現であるということを知っています。そして、私たちが空気として出会うもの、それが精神的なものであるということは、私たちの概念の中では、ほとんど明らかになりませんが、その中には、私たちがある特定の宇宙的な存在によって与えられる徳と呼ぶところのものが認められます。水の中に認められるのは、私たちが諦め、拒絶と呼ぶところのものです。私たちが日常的に使うスピリット(エキス)という言葉、此処では簡単に触れるだけにしますが、以前の世界観においては、当然のことながら、外的、物質的なものの内にある精神的なものの存在は、もっとすみやかに直感され認識されました。このことの証拠は、今日、私たちはそれをスピリチュアルなものに関して特別な仕方で用い、特別に揮発性の高い物質を表しているということにも見られるでしょう。私は「スピリット」というよりも、むしろ「スピリチュアル(精神的なもの)」と言います。けれども、外的な世界においては、人々は「スピリチュアル」という言葉を必ずしも真に精神的な現実あるいは感覚を超えたものには適用しません。 皆さんの何人かは、かつてミュンヘン精神主義者協会に宛てられた手紙が、誰も精神主義者協会とは何かを知らなかったために、「スピリット」つまりアルコール飲料協会本部に届けられたことがあったのをご存じですね。さて、本題に戻りますと、今日は、地球惑星の進化が古「太陽」から古「月」にまで進展したときに生じたその発達における重要な移行について見ていくことにしましょう。そうすることで、私たちは別の種類の精神的な発達について考察することになるでしょう。私たちは、前回の講義で取り上げた点、拒絶という行為から始めなければなりません。私たちは精神的な存在たちがこの拒絶、あるいは「差し控える」という行為の中で、犠牲、私たちはこの犠牲を、意志あるいは意志実質を捧げることとして認識しましたが、それを受け取る機会を諦めるのを見てきました。ある存在たちがその意志実質を捧げたいと望み、一方で、より高次の存在たちが、その差し控えるという行為によって、この意志を受け取るのを拒むところを見るとき、私たちは、この意志実質、それをこの存在たちはより高次の精神的な存在たちに捧げたいと望みましたが、それを許されず、それを捧げたいと望んだ存在たちとともに留まらざるを得なかったのだという概念へと容易に上昇することができるでしょう。ですから、宇宙的な文脈の中には、犠牲を捧げる準備、自分たちの最奥の存在の中に安んじているものを献身的に捧げる準備ができているにもかかわらず、それを許されず、そのために、自分たちの内にそれを留めなければならない存在たちがいるのです。あるいは、別の言い方をすれば、これらの存在たちは、 その犠牲が拒絶されたことで、もし犠牲を捧げることが許されていたとしたら生じたであろうのより高次の存在たちとのある種の結びつきを確立することができませんでした。聖書の中で、カインがアベルに立ち向かう場面は、この「拒絶された犠牲」の意味のいくらかを、強調された仕方ではありますが、擬人化し、歴史的に象徴するものとなっています。カインもまたその犠牲を神に捧げたかったのですが、その犠牲は神の喜ぶところとはならず、神はそれを受け取ろうとはしませんでした。 一方、アベルの犠牲は神によって受け取られました。私たちがここで注意を向けたいのは、その犠牲が拒絶されたことを知ったときのカインの内的な経験です。このできごとに対する最高度の理解 へと私たちが至るためには、通常の生活の中においてのみ意味を持つ考えをここでお話ししている、より高次の領域に持ち込むべきではないということを鮮明にさせておかなければなりません。犠牲の拒絶は欠陥や悪行によって生じたのだというならば、それは間違いでしょう。これらの領域においては、私たちが通常の生活において知っているような罪や贖いに言及することはまだできないのです。そうではなく、私たちは犠牲を拒絶したより高次の存在たちの観点からこれらの存在たちを見なければなりません。言い換えれば、より高次の存在たちは、単に犠牲の受け取りを差し控え、それを譲り渡したに過ぎないのです。私たちが先週特徴づけた魂の雰囲気の中には、欠陥や失敗を示すようなものは何もありません。寧ろ、諦めや拒絶の行為はあらゆる偉大で意味深いものを包含しています。とはいえ、私たちは、犠牲を差し出そうとしたあの存在たちの中に、たとえそれが極めてかすかな反対であったとしても、彼らの犠牲を拒否したあの存在たちに対する何か反対のようなものを始める雰囲気が確かに生じるのを感じ取ることができます。ですから、この反対の雰囲気が、例えば、カインの場合のように、後の時代になって私たちの前に提示されるとき、それは増幅されたやり方で提示されることになります。カインの中に見いだされる雰囲気と同じ 雰囲気を、「太陽」から「月」への移行期に発展したあの存在たちの中に私たちが見い出すことはないでしょう。この存在たちの間に反対の雰囲気が生じるといっても、それは異なる程度においてなのです。ここでもまた、私たちが信頼できる仕方でこの雰囲気を知るようになることができるのは、前回の講義でもそうしたように、私たち自身の魂の中をのぞき込み、私たちが自分に、私たちは、私たちの魂の中の、どこにそのような雰囲気を見い出すことができるのか、そして、どのような魂の状態がそのような雰囲気、つまり、その犠牲の捧げものが拒絶された者たちの中に醸し出されたに違いない雰囲気を私たちに気づかせてくれるのかと問うときだけです。私たちの中のあるこの雰囲気は、そして、ここで私たちは地上的な人間の生にますます近づいてきました。実際、その不確かさにおいて、同時に、その苦しみあるいは苦痛において、どの魂にも馴染みあるものなのですが、それについては次の木曜日の公開講演「魂生活の隠れた深み」(GA61)の中で十分に取り上げるつもりです。どの魂にも馴染みがあるこの雰囲気あるいは態度は、魂生活の隠れた深みを支配し、恐らく、その雰囲気があまり苦しみを生じさせないときには、その表面に向かって押し上げてきます。けれども、私たち人間は屡々この雰囲気の周りを巡っているだけです。私たちのより高次の意識の中では、私たちはそれをそれと気づくことなく担っているのです。私たちは、「あこがれを知っている者だけが私の苦しみを知る」というある詩人ゲーテ「ウィルヘルム・マイスター」の言葉を思い出すかも知れません。これらの言葉は、漠としているけれどもしつこい魂の苦痛、同時に苦しみの感情を伴う苦痛をよく捉えています。これは魂の雰囲気としてのあこがれを意味しています。それは、単に魂があれこれのことを熱望したり、それらに向かって苦闘したりするときだけではなく、人間の魂の中に、魂の雰囲気として絶えず生きているような憧れです。哲学・思想ランキング
2023年11月06日
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真相から見た宇宙の進化第3講 太陽期における地球の内的側面と月期への移行-Ⅶベルリン 1911年11月14日 「太陽」進化から「月」への移行に際して、ケルビームが不死になるとともに、他の存在たちが、彼ら自身の実質の中で、ケルビームの継続する発達から自分自身を分離する可能性、実際のことに不死なる存在から自分自身を完全に引き離す可能性が生じたのです。後に取り残されることのより深い理由を見いだせば、これらの存在を後に引き留めた責任は、原因の究極的な要因について語りたいのであれば、それらの存在たち自身にはないということもまた理解できます。これは私たちが把握しなければならない最も重要な点です。もし、ケルビームが犠牲を受け取っていたら、ルシファー的な存在たちが後に取り残される可能性はなかったのです。何故なら、彼らがこの犠牲実質の中に体現するようになる機会はなかった筈だからです。諦念こそが存在たちがこのようにして独立するための前提条件だったのです。賢明なる宇宙の導きは神々自身がその反対者たちの存在を呼び出すように命じます。神々が自分自身から自由にならなかったとしたら、存在たちが彼らに反対することは不可能だったでしょう。あるいは、もっと簡単に表現すれば、神々は彼らが「土星」から「太陽」への移行の後も、それまでと同様に創造行為を続けていたとしたら、自分自身の主体性から行動する自由な存在たちは決して存在しなかっただろうということを見通していたと云うことができるでしょう。神々は、自由な存在が創造されるためには、敵対者たちが全宇宙の中で彼らに反抗し、それによって、彼らが時間に左右されるあらゆるものの中で、抵抗に遭遇する可能性が与えられなければならないということに気づいていたのです。彼らはすべてを支配する者が彼ら自身だけであったとしたら、そのような反対を見いだすことは決してできないだろうということを知っていました。もし、神々がすべての犠牲を受け入れていたとしたら、ものごとは彼らにとって非常に容易なものとなった筈だ。何故なら、そのときには、すべての進化は彼らの思い通りになっていたはずだからということを彼らは認めざるを得ないだろうと私たちは想像することができます。けれども、彼らはそうしないことに決めました。彼らは彼らから自由な存在たち、彼らに反抗することができる存在たちを望んだのです。そのため、神々は、犠牲のすべてを受け取ることはせず、それによって、存在たちが、神々自身の諦念を通して、そして、その他の存在たち自身がその犠牲を受け取るという事実を通して、彼らの反対者になるように定めたのです。このことからも分かるように、悪の起源はいわゆる悪の存在たちの中にではなく、いわゆる善なる存在たちの中、つまり、その拒絶によって、世界の中に悪を齎すことができる存在たちを通して悪が生じる可能性を初めて与えた存在たちの中に探さなければなりません。さて、誰かが次のように反論することは十分考えられます、つまり、誰かが「今まで私は神についてもっとましな意見を持っていた。神々は必ずしも悪を創造しなくても人間の自由のための舞台を設けることができるはずだと考えていた。一体どうしてこれらの神々は悪なしに人間の自由を世界の中に齎すことができなかったのか。」と反論するかも知れません。皆さんに思い出していただきたいのですが、世界があまりにも複雑すぎると考えたスペインの王様は、「もし仮に、神様が世界の創造を自分に任せてくれていたら、もっとずっと簡単にしていたのにと言いました。人間たちは、その弱さの故に、世界はもっとシンプルにできた筈だと。」、しかし、賢明な神様たちは世界の創造を人間たちには任せませんでした。精神科学の観点から見ると、この状況をもっとずっと正確に特徴づけることができます。何かの台を必要としている人に、誰かが柱を立ててればその上に物を置く支えになるよと示唆すると仮定してみましょう。そのように言われた人は、「しかし、別の方法もあるだろう!どうして別のやり方でやらないのだ。」と言うかも知れません。あるいはまた、別の誰かは、建設中に三角定規を使いながら、「どうしてこの三角定規には三つの角しかないのだ。多分、神様は三つの角を持たない三角定規を作れたはずだ。」と言うかも知れません。けれども、神様は悪や苦の可能性なしに自由を創造できたはずだと云うのは、三角定規は三つの角を持つべきではないと言うのと同じくらい無意味でばかげたことなのです。ちょうど三つの角が三角形に属しているように、自由は精神的な存在たちの側からなされた諦めによってもたらされた悪の可能性に属しているのです。私がお話ししてきたことはすべて神の諦念に属しています。と申しますのも、神々は、犠牲を受け取ることを諦念によって不死のレベルに上昇した後、悪を導いて善に戻すために、不死から進化を創造したからです。それは正にこの「諦め」という手段を用いてなされました。神々は、それだけが自由の可能性を与えることができる悪を回避しませんでした。もし、神々が悪を抑え込んでいたとしたら、世界は貧弱で単調なものになったことでしょう。神々は、自由のために、悪が世界の中に入り込むのを許さなければならず、それによって、悪を善へと導くのに必要な力をも獲得しなければなりませんでした。そして、この能力は拒絶と諦めの結果としてのみやって来ることができるような何かだったのです。「諦念」としての諦めは、偉大な宇宙の神秘を写し出すために、いつも像やイマジネーションとして存在しています。今日、私たちは、太古の発達段階に言及するとともに、犠牲や与える徳の概念に諦めの概念を付け加えることによって、マーヤや幻想に対峙する真の現実に至るためのさらなる一歩を踏み出しました。宗教はそのような像や概念を私たちに提供します。ですから、聖書的な宗教においてもまた、私たちは犠牲や諦め、あるいは犠牲の拒否といった概念に近づくことができるのです。例えば、アブラハムの物語では、自分の息子を「神」に犠牲として捧げようとするのですが、「神」は 父祖の犠牲を受け取るのを差し控えます。もし、私たちがこの「差し控える」という概念 を私たちの魂の中に取り入れるならば、私たちが既に述べた瞑想のイメージもまた私たちの元にやって来ます。かつて私は、アブラハムの犠牲が受け入れられ、イサクが犠牲になっていたらという仮定について示唆しました。もし、「神」がこの犠牲を受け取っていたとしたら、イサクに発する古代ヘブライ民族の全体が地球から取り去られていたことでしょう。「神」は、ヘブライ民族の領域を諦めることによって、つまり、自分の影響が及ぶ範囲からそれを締め出し、それが自分の外にあるようにすることによって、アブラハムに由来するすべてを贈り物として与えたのです。仮に、「神」がアブラハムの犠牲を受け入れていたとしたら、「神」は古代ヘブライ民族が活動していた領域全体を自分自身の中に取り込んでいたことでしょう。と申しますのも、犠牲になったイサクは「神」と共にいることになったでしょうから。しかし、「神」はそれを放棄し、それによって、この進化の流れ全体が地球上に発散するに任せたのです。太古の父祖によって提供された犠牲の意味深い像を通して、すべての諦めや犠牲の概念が私たちの中に呼び起こされます。私たちはまた、より高次の存在による諦めあるいは犠牲のもうひとつ別の例を地球の歴史の中に見いだすことができます。私たちは、ここでもまた、既に前回触れたことに、つまり、レオナルドダビンチの絵、「最後の晩餐」に言及することになり ます。「地球」と「キリスト」双方の本質的な意味を同時に私たちの目の前にすることになる場面を思い描いてください。その絵の持つ完全な意味の中に貫き至るようにしてみましょう。そして、「もし、私が死の供儀を避けたいと欲したならば、天使の大群を呼び出すことができないということがあろうか。」(マタイ二六章五三節)という福音書 の中の言葉を思い出してみましょう。諦めと拒絶によって、「キリスト」は発動できたは筈のこの明確で安易な解決法を拒否したのです。キリスト・イエスが私たちの前にもたらす拒絶の最も偉大な例が生じたのは、彼を裏切るイスカリオテのユダが彼の領域に入って来ることを許したときです。もし、私たちがキリスト・イエスの中に見ることができる筈のものを本当に見るべきであるならば、私たちは彼の中に、犠牲を諦めなければならなかったあの存在たち、その本性自体が諦めであるところのあの存在たちのひとつの反映を見なければなりません。「キリスト」は、ちょうど神々自身が、古「太陽」期の間に、彼ら自身の反対者たちをその拒絶行為を通して呼び出したように、もし仮に、ユダが彼の反対者として行動することを許さなかったとしたら生じたであろうことを拒否したのです。こうして、私たちは、この宇宙の力に対する反対者たちの出現が「地球」上において絵画的に繰り返されるのを見ます。私たちは十二人の真ん中にいる「キリスト」が、裏切り者としてそこに立つユダとともにいるのを見ます。人類にとって図り難い価値をもつものが進化の過程に入ってくるために、「キリスト」自身が彼の反対者を彼自身に対立する位置に置かなければならなかったのです。この絵画「最後の晩餐」が私たちに深い印象を与えるのは、それを見つめることが、力強い、宇宙的な瞬間を私たちに想い出させるからです。「私とともにその手を皿に浸した者が私を裏切る」(マタイ二十六章二十三節)という「キリスト」の言葉を私たちの前に掲げるとき、私たちは神々自身によって神々に反対する位置に置かれた神々に対する反対者たちの地上的な反映を見ます。これはいつも言っていることですが、火星の住人が地球に降りてきたとすれば見ることになるあらゆるものは、たとえ彼らがそれを十分に理解できなかったとしても、多かれ少なかれ、興味深いものである筈です。けれども、そのような火星人たちがこのレオナルドダビンチの手になる絵を見たならば、宇宙的な観点から見て、地球にとってばかりではなく、火星にも密接に関連した、そして、実際には、太陽系全体に関連した何かを見いだすことになるでしょう。そして、それによって、「地球」の意義が認識されることでしょう。「最後の晩餐」の中に地上的な図式において示されているのは全宇宙にとって意味があることなのです。つまり、ある種の力が不死の神的な力に対抗する者としてそれに対立する位置に置かれたということが示されているのです。そして、死を克服し、地上における不死の勝利を具体的に示した「キリスト」が証しているのは、神々が時間にとらわれた存在たちから自らを区別し、時間に対する勝利を達成したとき、つまり、不死になったときに生じた意義深い宇宙的な瞬間なのです。私たちがレオナルドダビンチによる「最後の晩餐」を見るとき、このすべては私たちの心の中で感じられるのかも知れません。どうか、素朴で単純な感受性を持って「最後の晩餐」を見る人は、今日私たちがお話ししたようなことは理解しないなどと言わないでください。そのような人がこれらのことがらを知る必要はないのです。と申しますのも、人間の魂の神秘的な深みとは、人間の魂の中で感じられることがらは知的に知る必要はないというようなものだからです。花は、それによって自分が育つ法則を知っているでしょうか。いいえ、そんなことに関係なく、それは育つのです。花が自然法則に対していかなる必要性を有しているというのでしょうか。そしてもし、私たちが神とその反対者が私たちの目の前で繰り広げているものを見るとき、つまり、表現することができる最も高貴なできごと、不死と死の差別化が私たちの前へと齎されるとき、私たちの目の前に存在するものの圧倒的な重要性が感じられるとすれば、人間の魂は、理性に対して、つまり、知性に対して如何なる必要性を有しているというのでしょうか。それを知的に知る必要はありません。人が世界の意味そのものを写し出すこの絵の前に立つとき、寧ろ、その経験が不思議な力によって、その魂の中へと貫き至るのです。その絵を描くために、画家が神秘家である必要もありません。そうでなかったとしても、レオナルドの魂の中には、正にこの最も高く、最も意義深いものを表現へと齎すことができる力が存在していたのです。偉大な芸術作品がそれ程までに力強い効果を有しているのはそのためです。つまり、それはそれらが宇宙的な秩序の意味に密接に結びついているからなのです。以前の時代には、芸術家たちは、それと知ることもなく、ぼんやりとした意識の中で、宇宙的な秩序の意義に結びつけられていました。けれども、将来においては、もし、精神科学が、新しい知の形として、芸術に対する新しい基礎を齎らさなかったとしたら、芸術は存続していくことができないでしょう。 無意識の芸術は過去のものとなりました。精神科学によって息を吹き込まれるのを自らに許す芸術はその発達の初期段階に立っています。過去の芸術家は、彼らの芸術の根底に立つものを知っている必要はありませんでした。しかし、未来の芸術家はそれを知っていなければならず、それも、もう一度不死を描き出すことができる力、それは魂の内容全体から何かを提示することができる力によって、それを知らなければならないでしょう。精神科学を知的な科学に、図式や範例で表現される知的な科学にしようとする人は誰であれ、それを理解していませんが、私たちがここで展開したあらゆる概念、犠牲、与える徳、そして拒絶のような概念によって、言葉のひとつひとつについて、その言葉から湧き出てこようとしているもの、その考え方そのものを、その絵の多様性から流れ出て来るものを体験しながら経験するような人、そのような人は誰であれ、精神科学を理解している人です。人が、世界の発達は抽象的な概念の中で成し遂げられると信じているならば、図式を提示することもできるでしょう。けれども、犠牲、与える徳、そして諦念のような生きた概念を提示しようとするのであれば、図式はもはや充分ではありません。これら三つの言葉は、いくつかの文字の向こうにあるものをあまり考えさえしなければ、図式的に提示されることもできます。けれども、私たちがこれらの概念―犠牲、与える徳、そして、拒絶―についてよく考えてみようとするのであれば、私たちは前回私たちが記述したような絵を、犠牲を捧げるトローネ、ケルビームに供儀を送る者たち、犠牲の煙をまき散らす者たち、大天使から反射される光を受け取る者たちの絵やその他の絵を自分で描かなければなりません。私たちは、次回の講義で「月」存在の考察へと進むとき、いかにその絵がより豊かになるかを見ることになります。私たちは、いかに集まる雲の塊が液体となり、「月」の塊としてさざ波を立てるかということを、そしていかにセラフィームの魅了する光をそれに付け加えなければならないかということを見ることになるでしょう。そのとき、私たちは十全なる理解に達しようと努めなければなりません。これについては、次のように言わせていただきたいのですが、未来において、人類は、外的な世界において、外的な世界のために、そうでなければアーカーシャ年代記の中に読むことができるものを表現へともたらすための可能性、芸術的な素材、そして、芸術的な手法を創り出すための方法を見いだすであろうと。(了)哲学・思想ランキング
2023年11月05日
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真相から見た宇宙の進化第3講 太陽期における地球の内的側面と月期への移行-Ⅵベルリン 1911年11月14日 私たちは今や、諦念として古「太陽」期の間における神々による拒絶と不死の達成の両方の意味を知るようになりました。このことのさらなる結果とは何でしょうか。「神秘学概論」によりますと、その中の記述にははある意味でマーヤのヴェールがかけられてはいますが、「月」進化期が「太陽」期に続くその終わ りには、すべての存在条件が一種の黄昏、宇宙的なカオスの中に沈められ、これらが再び「月」として現れるということが分かります。私たちは犠牲の出現を再び熱として見ることができるのですが、「太陽」上で熱に留まるものも「月」上では外的な熱として現れます。以前に与える徳であったものはガスあるいは空気として再び出現します。諦念、犠牲の拒絶もまた継続します。私たちが諦念と呼んだところのものは古「月」上で生じるあらゆるものの中に存在しています。それは本当にそうなのです。つまり、私たちは、私たちが「太陽」上で諦めとして経験することができたところのものを、「太陽」からやって来て、古い「月」上に存在するあらゆるものの中に存 在する力としても、そして、何か外的な世界の中に存在していると考えられるものとは異なるものとしても考えなければなりません。犠牲として存在していたものは、マーヤの中では、熱として現れ、与える徳であったものはガスあるいは空気として現れ、諦めとして存在していたものは液体あるいは水として現れます。水は外的にはマーヤであり、仮にも、拒絶と諦念の中にその精神的な基礎を有していなかったとしたら存在していなかったでしょう。世界の中で、水があるところには必ず神的な拒絶があるのです。熱が幻想であり、その背後には犠牲が存在しているように、ちょうど、ガスあるいは空気が幻想であり、その背後には与える徳が存在しているように、物質としての水は外的な現実としては単なる物質的な幻想であり、真に存在しているもの、すなわち、ある存在たちが別の存在たちから受け取ることができたはずのものの拒絶の反映なのです。水は諦念がその現象の下に横たわっているときに世界の中を流れることができるだけだと云うことができるでしょう。さて、私たちが知っているのは、「太陽」から「月」への移行に際して、空気の状態が水の状態に濃縮したということです。水が最初に存在するようになったのは「月」上であり、「太陽」期の間には水はありませんでした。私たちが古「太陽」進化期の間に集積する雲の塊の中に見たものが圧縮されるにしたがって水となり、「月」進化期の間に「月」の海として現れたのです。私たちがこのことを考慮するとき、ここで提示される疑問を解くことができます。水は諦念から生じます。実際には、水は諦念そのものなのです。こうして、私たちは、水とは本当は何なのかという疑問に対して、非常に特別なタイプの精神的概念を獲得します。けれども、私たちは次のように問いかけることもできます。ケルビームがこの諦念を達成しなかったとしたら生じたであろう状態と、彼らが彼らに提供されたものから自由になったときに生じた状態との間には相違があるのではないのかとの思いです。この違いは何らかの方法で表現されるでしょうか。それは然り表現されます。それは、あの諦念の結果が「月」の状態の間に生じたという事実によって現されます。仮に、この諦念が生じていなかったとしたら、もし、拒絶するケルビームが彼らにもたらされる犠牲を受け取っていたとしたら、彼らは図式的に言えば―彼ら自身の実質の中に犠牲の煙を有することになったでしょう。つまり、犠牲の受容は犠牲の煙の中に表現されることになったでしょう。これらのケルビームがあれこれの行為を遂行すると仮定してみましょう。その時、その行為は、外的に表現すれば、自己変容する空気の雲を通して現れたことでしょう。捧げられる実質を受け取ることによってケルビームが行ったであろうことは、空気の外的な形態の中に表現されることになったでしょう。けれども、彼らは捧げられる実質を拒絶し、そのことによって、死ぬ運命から退き、不死の中に入っていきました。一時的なものから退き、継続するものへと入っていったのです。犠牲の実質はまだそこにあるのですが、そうでなければそれを吸収したであろう力から、いわば解放されるのです。捧げられる実質はもはやケルビームの傾向や衝動に従う必要がありません。何故なら、それはこれらのケルビームによって解放され、差し戻されたからです。そのとき、この犠牲の実質に関して何が起こるでしょうか。それは別の存在たちが独立できるようになるのです。これらの存在たちはケルビームの近くに見い出されますが、もし仮に、ケルビームが犠牲の実質を受け取っていたら、彼らはその指導の下にあったことでしょう。けれども、その実質はもはやケルビームの内部にはなくて独立したものとなっています。そのことによって、諦念とは正反対のことが起こる可能性が生じるのです。つまり、別の存在が、その注ぎ出された犠牲の実質を彼ら自身へと引き寄せ、その内部で活動するようになるのです。これらは後に取り残された存在たちです。ですから、後に取り残されたものたちの存在はケルビームによる拒絶行為の結果なのです。後に取り残された存在たちを生み出したのはケルビーム自身です。彼らはそのようにして「後に取り残される」可能性を生じさせました。ケルビームによる犠牲の拒絶を通して、それを諦めず、自分自身の欲望や望みに身をまかせながら、それらを表現へともたらす他の存在たちが、供儀とその実質を自分のものにする可能性、そして、他の存在たちと並んで独立した存在になる可能性を得たのです。哲学・思想ランキング
2023年11月04日
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真相から見た宇宙の進化第3講 太陽期における地球の内的側面と月期への移行-Ⅴベルリン 1911年11月14日 記:上位三体 熾天使(してんし)Seraphim セラフィム智天使(ちてんし)Cherubim ケルビム座天使(ざてんし)Thrones スローンズ 中位三体主天使(しゅてんし)Dominion ドミニオンズ力天使(りきてんし)Virtues ヴァーチュズ能天使(のうてんし)Powers パワーズ 下位三体 権天使(けんてんし・ごてんし)Principalities プリンシパリティーズ大天使(だいてんし)Archangels アークエンジェルズ天使(てんし)Angels エンジェルズ 犠牲を拒むケルビームが生じさせるものとは何でしょうか。ここで私たちはきわめて困難な課題へと近づいてきました。皆さんは、長い瞑想の過程を経た後で、初めて、私たちがこれから考察しようとしている概念を把握できるようになるでしょう。 ここで提示されようとしている概念は皆さんが長い間思索した後で初めてその下に横たわる現実を見い出すことになるようなものなのです。私たちが云うところの諦念(ていねん)は、時間の創造、そして、それは古「土星」上で生じたことを私たちは知っていますが、その時間の創造に結びつけられなければなりません。私たちは、時間の霊アルカイとともに古「土星」上で最初に時間が生じたということ、古「土星」以前の時間について語ることには意味がないということを見てきました。さて、この過程の中で繰り返しが生じるのですが、とはいえ、その時点から時間は続いているということはそれでも可能なのです。継続、存続という概念は「時間」という言葉に包含されています。私たちが「時間は継続的である」と言うとき、それは、私たちがアーカーシャ記録の中で「太陽」や「土星」について語られることを検証するとき、時間は「土星」期の間に創造され、「太陽」上にも存在しているのを見い出すということを意味しています。さて、「土星」と「太陽」に関するすべての条件がこれまで二回の講義の中で特徴づけたような仕方で続いていたとしたら、「時間」は進化の過程の中で生じたあらゆるものの構成要素のひとつとなっていたことでしょう。私たちは進化におけるあらゆるできごとから時間の要素を取り除くことができなかったでしょう。私たちが見てきたのは、時間の霊が古「土星」上で創造され、時間があらゆるものの中に埋め込まれたということです。ですから、それ以後の進化について私たちが思い描き、想像するあらゆることがらは時間の文脈の中で捉えられなければなりません。もし、生じたことがらが、私たちが提示してきたこと、犠牲を捧げることや与える徳からのみ構成されているとしたら、このすべては時間を前提とするものでなければなりません。時間に左右されることなしに存在するものは何もなかったでしょう。存在するようになるあらゆるもの、消え去るあらゆるもののすべては時間に左右されることになったはずなのです。(*時間の存否) 犠牲を拒絶し、それとともに犠牲の煙の中に存在していたものを拒絶したあれらのケルビームがそれらを拒絶したのは、それによって、彼らがこの犠牲の煙の中に含まれる性質に拘束されることから脱するためでした。さて、犠牲の煙の中に含まれる性質の中には、とりわけ時間と、それとともに、生じたり消え去ったりする経過があります。ですから、犠牲の拒絶全体の中に横たわっているものとは、時間の条件を超えて成長するケルビームの能力なのです。これらのケルビームは時間を超えて前進します。彼らはもはや時間に左右されません。こうして、古「太陽」進化の諸条件は分割され、ある条件は犠牲や与える徳として「土星」から直接継続する線上で時間に左右されるものに留まり、一方、他の条件は犠牲を拒絶したケルビームの指導の下で自らを時間から引き離しますが、そのことによって、生じたり消え去ったりする過程を被ることのない永遠、永久が存在するようになります。これは特筆すべきことです。つまり、私たちは古「太陽」進化の中で時間と永遠が分離した地点へと至ったのです。古「太陽」進化期の間のケルビームによる断念によって、その進化期の間に生じたある条件の結果として、永遠が生じたのです。ちょうど、私たちが私たち自身の魂の中をのぞき見るとき、人間が拒絶と諦めを引き受けるときには、ある種の効果が魂の中に生じるのが見られたように、今や、ある種の神的、精神的な存在たちが犠牲と与える徳の遺産を拒絶したことによって、永遠と不死が古「太陽」上で生じるのが見られます。ちょうど、「土星」上で時間が存在するようになったのを見たように、今や、私たちは、ある種の状況を通して、「太陽」進化の局面から時間が引き剥がされるのを見るのです。既に申し上げましたように、このことには注意していただきたいのですが、永遠は「土星」期の間に既に準備されており、それが始まったのは、実際には「太陽」期の間ではありません。けれども、そのことを概念の形で表現できるほど明確に見ることができるのは「太陽」期においてのみなのです。私たちの概念と言葉は、何かそのようなことが古「土星」とその進化にとっても存在していた、ということを十分に特徴づけることができるほど正確ではないので、永遠の時間からの分離を「土星」上で知覚するのはほとんど不可能なのです。哲学・思想ランキング
2023年11月03日
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真相から見た宇宙の進化第3講 太陽期における地球の内的側面と月期への移行-Ⅳベルリン 1911年11月14日 この像の中には犠牲を捧げるトローネ、そして、犠牲を受け取るケルビームが見られますが、そこにはまた、犠牲を受け取るのではなく、犠牲として彼らに向かって突き進んでくるものを反射するケルビームも見られるのです。このことをアーカーシャ年代記の中で辿っていくのは途方もなく興味深いことです。つまり、私たちは、古 「太陽」期の間に、大天使によって「太陽」の最外殻から光の形で反射される供儀の煙が立ち上るのを見るのですが、それは与えるという徳が叡智霊から犠牲の熱の中へと流れ込むことによります。しかし、私たちはまた何か別のものをも見ます。それは、あたかも古い「太陽」の広がりの内部で何か全く別のもの、つまり、大天使によって光として反射されることもなく、ケルビームによって受け取られることもなく、そのために 逆流する供儀の煙が存在しているかのようなのですが、それによって、「太陽」の広がりの中には、上昇する犠牲と下降する犠牲であるところの供儀の煙、すなわち、受け取られる犠牲と拒絶され、戻される犠牲が存在することになります。この実際の精神的な雲のイメージによる「太陽」の広がりの中における自らとの出会いというものは、前回、私たちが外と内と呼んだものの間にも見いだされます。私たちはそれを「太陽」上のふたつの次元の間にある別々の層として見いだします。こうして、私たちは、中央には犠牲を捧げるトローネを、高みには供儀を受け取るケルビームを、そして、その供儀を受け取るのではなく、それを方向転換させて元に戻すあのケルビームたちを見いだします。この方向転換させて戻すことを通して環状の雲が生じ、そして、その周りには反射された光の塊が見られるようになります。この像を生き生きとした方法で想像してください。この古「太陽」の広がり、 この古「太陽」の塊(マッス)は、宇宙的な球のように存在していますが、その向こうには何も想像することができません。そのため、私たちが考えることができるのは大天使までの広がりしか持っていない空間です。その中心では、受け入れられた供儀と拒絶された供儀との間の出会いから、輪が形成されると想像してください。これらの受け入れられた供儀と拒絶された供儀から、古「太陽」の内部で、何か「太陽」実質全体の分化、多様性とでも呼べるようなものが生じます。もし、私たちが、古い「太陽」を外的な像 になぞらえたいのであれば、それは私たちの現在の土星、つまり、環に取り巻かれた天体と比べることができるだけです。集積する犠牲の塊は中心部へと引き寄せられ、外側に取り残されるものは環の形を取るように命じられます。こうして、「太陽」実質 は停止させられた犠牲の潜在力という力を通してふたつの部分に分割されます。哲学・思想ランキング
2023年11月02日
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真相から見た宇宙の進化第3講 太陽期における地球の内的側面と月期への移行-Ⅲベルリン 1911年11月14日 私たちが繰り返し指摘してきたのは、発達の過程で後に取り残された存在にまで遡ることができるような発達における先行者たちについてでした。私たちは、実際、ルシファー的な存在たちが地上の人間の中に介入しているのを知っています。そして、度々指摘してきましたように、これらのルシファー的な存在たちは、古い「月」の発達期に達成できたはずの発達段階に到達することができなかったために、地球進化期において、私たちのアストラル体に侵入することができるようになったのです。この文脈の中で、私たちは屡々ちょっとした比較を行ってきましたが、それは、ひとつの学級を繰り返すのは生徒だけではなく、偉大な宇宙進化の過程においても、宇宙的な存在たちがひとつの発達段階を全うすることができず、後になって、他の存在たちの発達段階に介入することがあるということでした。そのようにして、ルシファー的な存在たちは古い「月」の発達期において後に取り残され、「地球」上で人間たちに介入しているのです。表面的には、これらの存在たちには何か欠陥があったはずだ、世界進化における弱者に違いない、そうでなければ、どうして達成できたはずのことを達成できなかったのかと安易に考えがちです。そのような考えが私たちに起こるかも知れません。けれども、別様に考えることもできます。もし、「月」上において、ルシファー的な存在たちが取り残されなかったとしたら、人間は決して自由に到達することができなかったはずだ、決定を行うための独立した能力を発達させることは決してできなかったであろうとです。一方では、私たちは私たちのアストラル体の中に欲望、衝動、熱情を有していますが、それがいつも私たちを一定の高みから駆り立て、私たちの存在のより低い部分へと引き摺り降ろそうとするのは、ルシファー的な存在たちに依るものです。けれども、他方では、私たちが、私たちのアストラル体の中にあるルシファー的な存在たちの力を通して、善から彷徨い出て、悪になる能力を持たなかったとしたら、私たちは自由に行動することも、私たちが自由意志、あるいは選択の自由と呼ぶところのものを有することもできなかったでしょう。ですから、私たちは私たちの自由をルシフ ー的な存在たちに負っていると言わなければなりません。ルシファー的な存在たちは人間を正道からはずれさせるためにだけ存在しているという一面的な観点では不十分なのです。むしろ、私たちは、ルシファー的な存在たちの背後にある残りの部分を何か善きものとして、それなしには私たちは言葉の真の意味において人間としての価値を達成できなかったであろうような何かとして見なければなりません。とはいえ、私たちがルシファー的な存在たちの、そしてアーリマン的な存在たちの背後にある残りの部分と呼ぶところのものの根幹には、何かより深いものが横たわっています。私たちは既に古「土星」上でそれに出会いましたが、それに気づくのはきわめて困難であり、いかなる言語においても、それを特徴づけるための言葉を見いだすのは非常に難しくなっています。とはいえ、もし、私たちが今日記述したような諦め、あるいは断念の概念を考慮することによって、古「太陽」の現実へと歩を進めるならば、私たちはそれを非常に明確に特徴づけることができます。何故なら、存在たちが後に取り残されることとその影響の根幹は、より高次の存在たちの側での諦め、あるいは拒絶の中に横たわっているからです。そのとき私たちは古「太陽」上で次のようなことがらが生じるのを見ます。私 たちは、トローネ―意志の霊―がケルビームに供儀を捧げた、と言いました。前回、見てきましたように、彼らはこの供儀を「土星」期の間だけではなく、「太陽」期の間に も捧げ続けます。トローネ、つまり、意志の霊は、「太陽」期においてもまた、ケルビー ムに供儀を捧げるのです。熱あるいは火の状態としてこの世界に存在するあらゆるものの実際の本質はこの供儀の中にある、ということもまた私たちは見てきました。さて、 もし、私たちがアーカーシャ年代記を遡って見てみるならば、私たちは、「太陽」期の間に何か別のことが生じた、ということに気づくことができます。トローネたちは犠牲を 捧げ、その犠牲の行いを維持し続けます。私たちは犠牲を捧げるトローネを見ます。私たちはまた、多くのケルビームたち―彼らに向かって犠牲が上昇していきます―が犠牲から彼ら自身の中に流れ込む熱を受け取るのを見ます。けれども、同時に、多くのケルビームたちが別のことを行うのです。つまり、彼らは犠牲を拒絶し、それに与りません。私たちは、このことに気づくことによって、前回の講義の中で私たちの魂の中に入ってくることを許したイメージを完全にすることができます。哲学・思想ランキング
2023年11月01日
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