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時と物とが分かれた世界で砂時計は生きていたいつかどこかで時と 物とが 出会うのならば砂時計は眠ります遠いところはそこにあり一瞬は永遠に尽きることのない眠りに 落ちる
2005年03月30日
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罪を憎んで人を憎まず。刑法の基本理念はこれに尽きる。然るに現在の日本では、人と罪と罰と人権が渾然一体として訳が分からず、最後になると「それは問題がある」という一言で決め事が骨抜きにされてしまう。犯行当時、心神耗弱だったと認定されれば、どんな事をしても無罪である。これでは、精神的に強いものは、精神的に弱いものより不利であり、国民こぞって傷つきやすい、ナイーブ(これは「あほ」という意味だとある教授は言った)な者になりましょうということなのか。いや、それは病の人について言っているので、精神の強弱とは関係ないというむきもあろう。しかし、である。もし病によってそのような犯罪を犯すことが許されるなら、その病でありながら、罪を犯す人とそうでない人がいるのはなぜか。また、少年が罪を犯してまで何かを「したい」という欲望を持ち、それを我慢しながら成人し、そこで実行したとすると、少年でなく普通の刑法犯と言うことになる。他方、我慢しきれずやってしまった「少年」は、少年法の下で保護される。つまり、やりたいこと(悪いこと)はお早めにと言っているのか。こういう議論に際して、少年法の改正、修正とかそれに対する反対とかの立場に固執する人たちがいるが、私の話はそれとは違う。すなわち、私が問題にしたいのは「プライバシー」である。すなわち、真相究明。分かったからといって、死んだもの、されたと、心の傷がいえるわけではないが、せめても、事の後、このような事態・事件を防ぐ手立てはあるのかという訳である。真相究明とは、すなわち犯罪者のプライバシーをいちいち公開することに他ならない。しかしここで問題なのは、いわゆる個人情報(住所・氏名・写真)等ではなく、加害者がどのように育ち、周りのものはどのように接し、彼(女)がどのような人となりかという事である。一日どれくらいビデオを見たか、どんなゲームをしたか、どんな態度で生きているのか、人生そのものが暴かれなければならない。しかし、それを初めからやらないというのは、つまりは、人間は興味本位でしか人のプライバシーを扱わないと決めてかかっているからにほかならぬ。たとえば、神戸の酒鬼薔薇にしても、ビデオが深くかかわっている。しかし、それを公にしたのは、真に志あるマスコミか興味本位のマスコミか、いずれにしても公のルートではない。酒鬼薔薇がいかなる理由であのような事をしでかしたのか、それはついに今もって明らかではない。したがって、有効な防止策は当然無い。私はほかのところでも、繰り返し書いているが、病気ならば、ほかに多くの同じ病気の人たちがいて、どうして酒鬼薔薇だけが、あのような仕儀に及んだのか。そこの所は今のような犯罪に対する対応では、絶対に明らかにならない。少なくとも、一般の人間には。罪には罰が必要だし、防止策も講じられねばならない。それを現在の制度では、刑法という枠の中にすべてを入れてしまおうとしている。刑法が適用できない犯罪に対して、別の体系、たとえば「第二刑法」という別の筋道を考えるべきである。
2005年03月27日
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竹島の領有問題をめぐる韓国側の発言、分けても最近あった大統領演説を少ない資料ではあるが見てみると、これではまるで韓国自身が「自分の主張には根拠はありません」と言っているようなものである。すなわち、学問的、歴史的検証には全く触れず、過去の日本の侵略だの植民地支配だの、およそ本件とは何の関係も無いものを持ち出してひたすら民衆の反日の情を煽り立てているだけだ。これでは政権延命演説ととられても仕方ない。挙句にアメリカに泣きついて支持をもらおうというでは、恥も外聞も無いのかと言いたくなる。韓国とすれば、自分の言っていることが分かっているだけに、何とか政治決着に持ち込みたいということでもあろうが、もっと自国民を信用して歴史の真実を語ったらどうか。韓国人は馬鹿ではないよ。
2005年03月24日
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「竹島」。こんなもん誰が考えたって日本の領土に決まっている。韓国にしても、本当は分かっているが、過去の経緯から今更引っ込みがつかないから、言っているに過ぎない。それから何やら日本人の中に、大いに勘違いしている人たちがいるらしく、江戸時代の文献に韓国領と書いてあるという。その文献(個人的研究書)とやらを文献と言うなら、この「平成詩人」もまた文献である。江戸時代の文献(公的記録文書)は、ちゃんと竹島は日本の領土だということを示しているのである。その後、明治~昭和に至るまで竹島を日本領とするにたる証拠、経緯はいくらもある。一つだけゆうときます。「韓国が国際法廷に出てこなかった(1954年国際司法裁判所付託を拒否)のはなぜですか。」現韓国大統領のノムヒョンさん、弁護士・法律家として一点の恥ずべき所有りや無しや。
2005年03月21日
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為すは人に、成るは自然に帰す。
2005年03月18日
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生きるのが ちょっと へたなだけ
2005年03月16日
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インターネットがなぜメジャーになり得ないのか、その理由は明確だ。それは基本的に規制の無い自由の世界、そして無政府状態をも作り出してしまえるからだ。規制の無いというのは、何も子供に悪い影響があるとか、ぼかしが無いとかその程度のことではない。殺人の方法から、自殺幇助、果ては原爆製造方まで、際限が無い。なんでもありのデスマッチがオリンピック種目になれないように、ネットはメジャーにはなり得ない。
2005年03月15日
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「十年後ネットはテレビを飲み込む」などと本気にしてはならない。そんなことは有り得ないし、その必要もないし、少なくとも私はそれを望まない。テレビを「強い力」とすれば、ネットは「弱い力」でありこれからもそうあり続けてもらいたい。もしネットでテレビを配信したのなら、それはテレビの送り方が変わっただけである。ネットは限られた世界。枢軸、主要、根幹、基幹などと呼ばれるべきものではない。堀江さんはちょっと勘違いしている。
2005年03月10日
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なんばだったか天王寺だったか忘れたが、「憲法九条を守る署名運動」なるものをやっている。あんまり協力しようという人はいないようだった。もちろん私もその一人。第二次大戦以降、日本はすでに戦争を「やっている」。最大の戦費負担国となった「湾岸戦争」は言うに及ばず、朝鮮戦争、ベトナム戦争の補給基地は日本だ。朝鮮、ベトナムは置くとしても、「ものごとを為すに費用を負担する」ということはどういうことか。私があなたをうらんでいる誰かに金をやって、その誰かが包丁を買い、あなたを刺したら、私はいったい何か。あなたにとって。憲法九条をこのまま放置することは、日本国および日本人をうそつき、甘え、ご都合主義の中にとどめ置くことである。憲法改正は憲法に規定された手続きであり、改正こそ憲法を守るという道である。(この日記は「君は憲法を見たか」「僕らの戦争と平和」等過去のページが基礎になっています。それらのページは現在表示できません。いずれまとめて日記に掲載するか、別のホームページ上に載せます。)
2005年03月09日
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何が情けないと言って最近の「年寄り」の情けなさほど、情けないものは無い。己の弱さを恥じるどころか、「できない・やりにくい」と文句を言えば「サービスが悪い」ということらしい。自転車一つ決められた所に置けないで、置けない自分を恥ずかしく思うどころか文句を言っている。こんなだから、他人を思いやるなど想像も及ばないのだ。いったいそれで、「日本の繁栄のために努力して来た」などと、誰がそんな言葉を信じるのか。もう、意地も見栄も体裁もかなぐり捨てて、できる事といったら、金を持ってどこかで「客」になり、人の横面を張り倒すくらいか。ところがその金も乏しいときた日には、さて本当の「弱者」になるほかは無い。こんなんじゃ、戦争はやる前から負けに決まっている。
2005年03月08日
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当サイト(日記)をリンクしてくれている人たちは現在六人。このたび、指摘により判明したのであるが、自分のブックマークはこれらのホームページ名を誤って載せていた。サイト名が正しかったのは、「オハイオ日記」だけ。ほかの方々、どうもすみませんでした。お詫びします。訂正しときました。尚、今後の予定としては、Bookmarksではなく、トップページに直接リンクを作るつもりです。
2005年03月07日
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