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読売歌壇 小池 光選 入選 平成28年7月25日(月) 読売歌壇 小池 光選 天に向き身の潔白を晴すごと泰山木の高枝の花 下田市 後藤瑞義
2016.07.25
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七月号歌評(歌誌「賀茂短歌」)下書き 後藤瑞義原 明男棚ボタの腕ほどの伊勢海老(えび)放しやる八十余年の深沈の海(評)「棚ボタ」は、「棚から牡丹餅」の略でしょう。広辞苑に「思いがけない好運がめぐってくるたとえ」と書いてあります。「腕ほどの伊勢海老」、腕ほどの太さのある伊勢海老なのでしょう。、棚ボタですから、偶然手に入ったのでしょう、それも生きているわけです、ですから、海に放してやったのでしょう。この歌の不思議なのは、偶然棚ボタ式に生きた伊勢海老を手に入れた、そして、それを家に持って帰ったというのではないことです。海に放してやったという歌なのです。「八十余年」というのは、現在の作者の年齢と思われます。色々な事のあった作者の八十余年だったのでしょう。「深沈の海」とはどういうことでしょうか。これは、作者しか分からない内面的な心の有り様のようにも思えて難しい、分かりにくい言葉です。「深沈」とは、広辞苑に1.落ち着いて物事に動じないこと2.夜がふけて物音が聞えないこと、とあります。個人的には、こういう観念的な言葉より、平凡でも、「凪渡る海」などとすると目に浮かぶように分かると思うのです。「沈黙の海」などもまだ分かるような気がします。しかし、作者の思いは、「深沈の海」なのだと思います。それが、作者にとっての核心なのでしょう。渡辺つぎいつ来てもいいよいいよと思うまで命いただき神佛に謝す (評)作者は、満百五歳過ぎていらっしゃいます。「いつ来てもいいよ」というのは、「いつ死がきてもいいよ」ということなのでしょう。それを誰かに言うのではなく、作者自身がそのように自然に思うまで、長く命をいただいて、百五歳になったということでしょう。それは、神佛のおかげだと思っているのです、それで「神佛に謝す」となります。この歌の内容は、あるいは単純かもしれませんが、「い」音の繰り返しによるリズム、古典的な和歌における観念性のよさを感じたのです。「神佛に謝す」は、たとえば、「いつ来てもいいよいいよと思うまで命いただきわれ百五歳」などとしますと、より現実感が増すように思います。作者は年齢を短歌に入れるのにある抵抗を感じているようですが、事実の重みです、これは短歌実作の上で大変重要なことであると私は思っています。鈴木菊江花粒をやさしく抱き花筏光りとなりて若葉こぎゆく (評)「花筏」、1.花が散って水面に浮かび流れるのを筏にみたてていう語。2.ミズキ科の落葉低木、葉の上面の中央に淡緑色の小花をつけ、これを、花を乗せた筏に見立てる。と広辞苑にあります。この歌は、もちろん2.でしょう。紫陽花のような大きい葉でしょうか。その若葉の上を花筏が光となって漕いでゆくようだというのです。これも観念的な歌と言ってよいでしょう。写生的に詠むとしますと、たとえば、「花粒を広葉に乗せて花筏輝きながら若葉に揺るる」というような感じでしょうか。観念的な歌が悪いとか良いとかは一概に言えないでしょう。観念的な歌の、幻想的な想像は楽しいものです。高齢になり行動範囲や視野の狭さを嘆く人がおりますが、そういう人こそ観念の世界を開拓していったらよろしいかと思います。 黒田幸子ネガティブなことのみ思う雨の日に息子の声が明るく届く (評)「ネガティブ」(否定的、消極的)なことのみ作者は思っています。それも雨の日だというのです。そこに、息子さんからの電話があったのだと思うのです。その声が明るかったというのです。注目したのは、その声が「届く」と表現しています。まるで目に見えない声が、宅急便ででも届いたように、物体のように思えたのでしょう。息子さんは一人住まいの母のことを思い(あるいは心配して)、明るい声で電話してくる、母親は母親で、息子さんの気持ちを十分察知している、それが、このような一首として結実したのでしょう。「雨の日に」という表現と「雨の夜(よる)」、「雨の夜(よ)に」などとするのとの違いを考えました。 後藤早苗紅あずま紅金時を挿し終えて予報通りの雨を待ちおる(評)短歌の観念性と写生性の違いを最近よく考えています。それを踏まえて原さん渡辺さん鈴木さん黒田さんと歌評してきました。そう言った意味でこの歌も読みました。そうしたとき、この歌の特徴がよく分かると思います。この歌にはいっさいの観念性はないと思います。事実をそのままを詠っています。「紅あずま紅金時」と「紅」の文字が印象的です。大きな、紅い皮のサツマイモをイメージします。その蔓をさし終えて安堵している作者です。天気予報では「夕方より雨」というのだったのでしょうか。作者はあらかめ天気予報などを調べて、サツマイモの蔓を挿す日を決めたりもしたのかもしれません。なにはともあれ、「万事を尽くし天命を待つ」といった心境でしょうか。 藤井美智子吟の道入会四年目はるばると新奇一発全国大会(評)五首すべて、詩吟の全国大会に出場した感激を歌にしています。そうした中のこれは一首です。「吟の道」は、勿論「詩吟の道」です。作者としては、詩吟を歌道、華道、茶道などと同様「詩吟の道」と言いたいのでしょう。「入会四年目」、今年が四年目ということは、丸三年ということでしょう。「はるばると」というのは、距離的というより、全国大会が心理的に遠い目標だったように感じます。「新奇」は初の試みを強めて言っているようです。「一発」は、思いきって、ひとつやってみよう、と言った感じでしょうか。「全国大会」は、全国から自信のある人達が一同に会いする、晴れやかな場所でしょう。このように、言葉を分解して作者の全体の思いを察したのです。これを、そのままに、観念性をなるべく排除して詠うとすると、次のようになるでしょうか。参考:三年間詩吟を習い東京(川崎でしたか)の全国大会初参加するたぶん、作者にとっては、参考の歌は物足りないものと思うはずです。しかし、そのまま、ありのままに詠う勇気を持つことも必要ではないかと自分に言い聞かせています。 小池美恵子耳遠き夫と腕組む散歩道互いの話は一方通行(評)「耳遠き」、人間は年とともに遅かれ早かれ難聴になるようです。長生きをする人は難聴になり易いと言うような事も聞いた記憶があります。私も左耳に耳鳴りと難聴があります。「夫と腕組む散歩道」、海外生活が長かった作者と聞いています、「腕組む」はご夫婦にとって、ごく自然なしぐさなのだと思います。次に、「互いの話は」ですが、「たがいの話は」がよいか「たがいの言葉は」がよいかは、一考する価値はあると思います。「一方通行」この言葉はなんの飾りもない、そのままの、ありのままの言葉ですが、しいて言えば比喩的な言葉でもあるでしょう。それはそれとしまして、作者はこの「一方通行」が良いとも悪いとも、あるいは悲しいとも言っていません。それが良かったと思います。言葉の一方通行も、なにもかも、受け入れて、腕を組んで生きて行く夫婦の姿、夫婦のきずなのようなものをわたしは感じたのです。 鈴木きみ風やさし散りし桜の花びらも流れに乗れず花筏となる(評)この歌の場合、花筏は、散った桜の花が、連なって筏のようになったものでしょう。まず、「風やさし」です、「風強し、風弱し、風暑し、風寒し、風涼し…等」色々表現できるでしょうが、「風やさし」は特殊です。ただ、この「やさし」という言葉は、注意が必要でしょう。いろいろな意味が含まれているからです、この歌の場合はどういう意味かちょっと苦慮します。そして、それに連動するかのような、「花びらも」の助詞「も」です。「わたしも」と作者自身も加わるような「も」であるかもしれません。この歌は、目の前の景色を写生的に詠んでいるように思えます。多分作者はそのように思っているのではないでしょうか。もしそうであれば、「穏やかな風に散りたる花びらが流れに乗れず花筏となる」のような感じになるでしょう。それを、「やさし」というような感情語、「も」というような助詞を使っていますので、あたかも作者の胸の内を告白している様に感じるのです。ただ、作者にとってみれば、思ったまま、心を素直に表現しているのでしょう。あたかも写生をするように…。ですから、技巧的、観念的な歌ではないように私には思えるのです。 土屋文恵雨の尾瀬水芭蕉は生き生きと緑つややか大手をひろぐ (評)「雨の尾瀬」と雨を強調しているようです。雨ですから、雨に濡れた水芭蕉の葉が「生き生き」としているように感じたのでしょう。「葉」という語は使われていませんが、「緑」というのが葉を表している様に感じます。そして、その葉が「つややか」だと言うのです。そして加えて「大手をひろぐ」としています。「生き生き」として、「つややか」で、「大手をひろぐ」る水芭蕉の葉ということなのでしょうか。雨の日に尾瀬沼に行き、心をとらえたものを作者は精一杯表そうと苦心しているように思えます。ただ、やはり的が絞り切れていない感じを受けました。それは、結句の「大手をひろぐ」という言葉にあるような気もします。水芭蕉の葉にしろ、あるいは花にしろ、「大手をひろぐ」とはどういうことなのでしょうか。なにか、作者の心象風景を見る思いがしたのです。参考:尾瀬沼の水芭蕉の花雨に濡れ生き生きとして手のひらひろぐ
2016.07.24
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よみうり文芸(静岡版) 入選空に向きちいさき花を掲げいるこの草の名をわれは知らざり 下田市 後藤瑞義 (読売新聞静岡版 よみうり文芸 七月二十日 入選 花山多佳子 選)
2016.07.20
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観念的短歌と写生的短歌 後藤瑞義 近代短歌・俳句の先駆者といわれている正岡子規に「絵あまたひろげ見てつくれる」という連作があります。明治三十二年の作で、三十二歳、その短い生涯の晩年、つまり死の三年前です。なむあみだ仏つくりがつくりたる仏見あげて驚くところもんごるのつはもの三人二人立ちて一人すわりて盾つくところ岡の上に黒き人立ち天の川敵の陣屋に傾くところあるじ馬にしもべ四五人行き過ぎて傘持ひとり追ひ行くところ木のもとに臥せる仏をうちかこみ象蛇どもの泣き居るところところが明治三十九年、子規の弟子の伊藤左千夫に師事した斎藤茂吉が、これと同じスタイルの歌を発表しています。それは「地獄極楽図」という十一首の連作です。浄瑠璃にあらはれにけり脇差を差して女をいぢめるところ飯(いひ)(いひ)の中ゆとろとろと上(のぼ)(のぼ)る炎見てほそき炎口(えんく)(えんく)のおどろくところ赤き池にひとりぼつちの真裸(まはだか)(まはだか)のをんな亡者の泣きいるところいろいろの色の鬼ども集りて蓮(はちす)(はちす)の華にゆびさすところ人の世に嘘をつきけるもろもろの亡者の舌を抜き居るところ 子規の歌と形がよく似ていることに気がつくと思います。似ているというよりそっくりです。子規の歌が先にあるのですから、これは、茂吉がそれを模倣したといわれても仕方がありませんが、ただの模倣ではないと思われてなりません。子規を先駆者として尊敬していたにちがいない茂吉の心のなかには、わざと、意識的に「絵あまたひろげ見てつくれる」のスタイルをそっくりに作ることになって、少しでも子規の影響を受けたかったのかしれません。茂吉の中にある人懐かしさといったものを、私はこういう連作を読んで感じます。以上:大野誠夫『短歌入門』より ところで、子規は「歌よみにあたふる書」に、「古今集はくだらぬ集に有之候」と書いています。古典として名高い古今集、そのどこが、くだらないというのでしょうか。たとえば、古今集に次のような歌があります。世の中にたえてさくらのなかりせば春のこころはのどけからまし 在原業平朝臣作者は、花吹雪を見たのでしょうか、あるいは、一夜の雨や風に散ってしまった桜の花を見たのでしょうか。しかし、そういったリアリティー、あるいは目に見える風景を作者はすべて消し去って、単に観念的な、頭で考えたような作品にしています。作者としてみれば、物事の本質みたいな、目に見えないものを歌いたかったのかもしれませんが、その点を子規が指摘しているんだと思うのです。花吹雪や一夜に散ってしまった桜の姿を見たままに写生することなく、観念的な歌にしている点を指摘しているのだろうと思います。先に書きました子規や茂吉の歌は、古今集のこの欠点と思われるところを補っているように思います。ただ、私としては、「世の中に」といった、おおまかさ、「たえて」といったおおげさな表現、「春のこころ」といった観念的な表現に、実は引かれるところがあるのです。なにはともかく、明治以降現在に通じます、短歌革新の大きな流れのひとつに、この和歌における観念性の否定があると思います。正岡子規より始まりました写生を重視した写生主義、それに続く斎藤茂吉などの写実主義にあることを知らなければならないと思います。
2016.07.15
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読売歌壇 小池 光選 入選 平成28年7月13日(水) 読売歌壇 小池 光選 中学へ坂道登る通学路いま栗の花匂いておらん 下田市 後藤瑞義
2016.07.13
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後藤瑞義の入選歌(読売新聞静岡版)平成28年7月6日(水) よみうり文芸 花山多佳子選 秀逸 入選日々卵を産みくれし鶏(とり)ケダモノに食べられたれば小屋のみ残る 下田市 後藤瑞義(評)毎日、卵を産んでくれた鶏。「ケダモノに食べられた」という言い方が生々しく、口惜しさが滲む。「小屋のみ残る」にもう姿もない虚ろさが伝わってくる。
2016.07.06
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