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恵子は今、WuerzburgでWolfsburgに向かう電車を待っている。途中Kasselで乗り換えるが、KasselからBerlinに向かう電車が40分以上遅れているとのこと。このままだと、Wolfsburgに着くのは、午後10時ごろ。夫がStuttgartに恵子を迎えに行くために出た後、恵子から電話があり、「カウンターの人に、今、Esslingenに行けば、特急に乗れるかもしれない。っ言われたの? どうしよう?」と言われた。急いで、ネットで調べたら、EsslingenからWolfsburgに行く電車はすべて、Stuttgart経由になっていた。そのことを伝えると、「今日は、すべてのダイヤが乱れ、ルートが変更になったから、大丈夫だっていわれた。」と言った。「パパは、もうそっちに向かっているけど、恵ちゃんはどうしたいの? ダメかもしれないけど、Esslingenまで行ってみたいの? それともパパとうちに帰ってくる?」と聞いたら、「ダメかもしれないけど、行ってみたい。でも、カウンターの人にいわれた乗り場が全然わからないの。」と少し泣きそうだった。やっぱり、本人は参加したいのだ。それで、「じゃあ、パパにはEsslingenに行くように伝えるから、もし、電車がなかったら、Esslingenから一緒に帰っておいで。」と伝えた。夫に電話をしたら、「Esslingenにどうやっていくのかわからない。今は、StuttgartでVolksfestが開かれているから、すごい交通量で、街中は通れない。」と言われた。やっぱり、こういうときに、NAVIがあったらよかったのに・・・・。私がネットで調べて、夫に行き方を伝えた。Esslingenから、どうやって次の電車に乗り継ぐのか恵子は全然わかっていなくて、結局、夫はそこから恵子をWuerzburgに連れて行き、そこから電車に乗せることにした。恵子はしっかりしているようで、やっぱりそこはまだ子供で、カウンターで払い戻しを請求しても、結局、「まだいける方法はありますよ。」と言われて、それで引き下がってしまうし、「Esslingenで乗り換えればいい、」と言われたら、それで納得してしまい、その後の接続や何時に着くなどの情報を全くもらっていなかった。とにかく、窓口はすごい列だから、要領よく自分の言いたいことを言わないとそれで打ち切られてしまう。悠長に、子供の話を聞いている暇はないのだ。賢浩が、「恵ちゃんは、アンラッキーだったね。タクシーに乗せてもらえないで・・・」と言った。バカだなーと思った。こんな状況でいちいちタクシーを手配していたら、ドイツ鉄道は破産してしまう。夫は、結局、片道300kmも運転する羽目になった。Kasselからの電車は、よく調べてみたら、ミュンヘンからベルリンに行く電車で、なんとStuttgart経由になっていた。この電車は、Esslingenも通るので、たぶん、恵子は、Stuttgartの窓口でこの電車に乗るように言われたのかもしれない。だから、こんなに遅れが生じているのだろう。とにかく、夫から、Wolfsburgにいける電車を調べろ、と言われ、MannhaimかWuerzburgで調べて、時間的にこれが一番だと思っていた。いちいちひとつひとつの電車の始発駅や終点まで調べていなかった。この電車で大丈夫なのだろうか? 恵子は、Kasselで1時間以上も待つことになってしまう。外は暗いし、寒いし、心配で心配で涙が出てくる。主催者とは連絡が取れず、仕方なく、今夜泊まる予定で、夕食会が開かれる場所でもあるユースホステルに電話をし、事情を話した。ユースホステルは、午後10時で鍵が閉まるとのことで、10時までにつけるかどうかわからない、という話をしたところ、担当者に伝えるといって、恵子に担当者が電話してくれたようだ。これで、何時に着いても、恵子が宿無し、という心配だけはなくなった。本当にドキドキしっぱなしの1日だ。「たくさん電車に乗るから、その中で勉強する」といって、せっかくたくさんの参考書を持っていったのに、重たいだけで、ほとんど役に立たなかったと思う。一人でStuttgartで待っているときや、参加を取りやめにする、と聞いたときやEsslingenまで藁をもつかむ気持ちで電車に乗っているとき、いったい、どんな気持ちだったんだろう。すごく心細くて、悲しくて、不安だったと思う。そして、現在も、不安で一杯だろう。せめて、明日、悔いのないように、2次試験を終えて欲しい。結果はどうであれ、アクシデントを乗り越えて参加したことは、今後の自信につながると思う。是非そうあって欲しい。
2012年09月29日
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今、夫がStuttgartに向けて出かけていった。車で恵子を駅まで迎えに行ったのだ。結局、Stuttgart駅の混乱は終結せず、カウンターには100人以上の行列。並んで、次の電車の事を聞いても、「現在はすべて運休。いつ再開させるかわからない。」との返事しかもらえない。現地に行くことも、家に戻ることも出来ない状況。恵子のインタビューは明日の11時からだが、車で行っても6時間かかる。その上、夫はそのインタビュー30分のために、往復で12時間も運転しなくてはいけない。そこまでする価値はない、というのが夫の判断で、結局は、恵子を家に連れ戻す、ということになった。恵子がどれだけがっかりするかと考えたら、本当にかわいそうで、涙が出てきた。でも、電車が動かない以上、仕方ない。とにかく、コンテストへの参加を取りやめると言うことを関係者に伝えたいのだが、誰にも連絡がつかない。私が知っている連絡先は、本部のあるボン。でも、今回は、Wolfsburgの学校やVHSを借りて行うので、どこにかけても、つながらない。こんな結果になるとは・・・・・とりあえず、恵子には、カウンターに並んで、全額返金してもらうように言いなさい、と伝えた。たぶん、返金を求める人でカウンターはごったがえしているのだろう。恵子一人でうまく対応できるのか不安だ。本当にかわいそうなことをしてしまった。
2012年09月29日
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今朝、恵子を駅まで送ってきた。今日から始まる「外国語コンテストー東アジア部門」に参加するため、恵子は、Wolfsburgに行かなければならない。切符は事前に私が買っておいた。うちからWolfsburgまでは、急行と特急を乗り継いで、6時間以上かかる。まずは、急行でStuttgartまで出るのだが、うちは割りと始発よりの駅なのに、すでに、満席状態だった。よくみると、電車の中では宴席が始まっていて、バイエルンの伝統衣装を着た若者がたくさんいた。1年前の光景がフラッシュバック。たぶん、StuttgartのVolksfestか、ミュンヘンのオクトーバーフェストに行く人たちなのだろう。恵子は、電車の中で、勉強する、といって、中国語の教材をたくさん持っていったけど、そういうことが出来るような状態ではないような気がした。11時半ごろに、恵子から電話があった。「今、Stuttgartにいるんだけど、電車がストップして、でないの。どうすればいい?」と言われた。理由を聞いたのだけど、わからないと言うだけ。とにかく、駅が混乱しているようだった。窓口で聞いて、と言うしかないのだけど、窓口も大混乱。予定としては、特急で、Mannheimまで出て、そこから別の特急でWolfsburgに向かうことになっていたのだが、Mannheimで次の特急に乗り継ぐのは絶望的。今日は、4時半から夕食会があるのでそれに間に合うように出かけたのに、今日中につくかどうかもわからない状態になってしまった。その後、恵子からまた電話があり、窓口の人に、Sバーン(近郊電車)でエスリンゲンまで行けば、Mannheim行きの特急に間に合う、と言われたそうだが、Sバーンの駅に行ってみたら(長距離と短距離の電車は駅が違う)、Sバーンも運転していないことがわかったそうで、「どうしたらいい?」と聞かれた。とにかく、もう一度窓口に行って、今日中にWolfsburgにつくような電車を教えてもらうように言った。もしそれが無理なら、車で迎えに行って、送るしかない。もう一度確認した、と電話があった。でも、とにかく、すべての電車がストップしている状態で、いつまで続くかわからない、という回答だったらしい。「2時か3時ごろまでに、電車が再開すれば、今日中につけるはずだから、そこで待つか、パパに迎えに行ってもらうか・・・」といったら、「ここで待つ」と言われた。幸い、恵子の番は、明日の11時。今日は、顔合わせの食事会に出席するだけだったので、最悪の場合でも、なんとかなるはず。それだとしても、恵子にはかわいそうなことになった。混乱している駅で、一人で待っているなんて・・・・やっぱり、電車は信用できない。
2012年09月29日
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昨日こどもを歯医者に連れて行った。ニコチャンは、前歯の裏に小さな虫歯があるということで少し削ってクリームのようなものを塗ってもらった。2-3箇所あるのだが、ニコチャンが拒否反応を示し、なかなか口を開けないので、1箇所づつ治すことしましょう、と提案され、次回は2週間後。歯医者に行くたびに、虫歯が見つかって、うんざり。甘いものの食べすぎが原因だけど、きっと、歯自体も虫歯が出来やすい体質なんだと思う。賢浩のほうは、虫歯はないが、あと2本残っていた乳歯が少しぐらぐらしてきて、食べるときに痛いので、抜くことになった。先生は、1本づつにするか、まとめて今日2本抜くか、どちらがいいか? と賢浩に聞いたそうだが、賢浩は、まとめてぬくことを選択した。麻酔注射を4本もうったとのこと。48時間は、熱いもの、固いものは食べないように指示されていた。これでととう、賢浩の乳歯はなくなってしまった。12歳と4ヶ月。 恵子は、賢浩の年齢のとき、歯の矯正を始めていたから、そんなものかな。いまのところ、賢浩は、矯正は必要ないといわれている。これから生えてくる3本の永久歯次第だが、問題ないといいな。恵子の場合、矯正には3年かかると言われたが、下の歯だけ、いまだにブリッジをしている。丸々4年もつけている。たぶん、次回の検診でそのブリッジにも取れると思うのだが、矯正って、やっぱり時間がかかるものなのだなー。
2012年09月27日
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恵子は、2週間前に15歳になった。ドイツでは、14歳までは、公共交通機関は子供料金。子供が親と一緒に旅行する場合は、2名まで無料。私たちは、滅多に電車で旅行しないので、今までドイツ鉄道の割り引きカードの存在は知っていたが、持ってはいない。恵子は、学校に電車で行き来することも増えたが、友達と帰ってくるときは、だいたいBaden-Wuerttembergチケットという、お得なチケットを使っていたし、一人でも、子供料金だったので、割り引きカードは持っていなかった。しかし、15歳になり、大人料金になるので、いつでも25パーセント割引きになる、Bahn25というカードを買うつもりでいた。これは39ユーロで1年間有効。ところが、恵子がお友達から、若者向けの25パーセント割引きのカードがあると教えてもらったそうだ。調べたら、初回に10ユーロ払えば、18歳になるまで有効なカードで、これさえもっていれば、25パーセント割引きになる。そんなお得なカードがあったなんて・・・・。早速恵子のカードの手続きをした。今週の土曜日に、恵子は、Bundeswettbewerb Fremdsprachen の中国語の部門に参加する。その電車の切符を昨日買いに行った。一番安い切符を買ったが、それでも、普通に買えば200ユーロ以上。でも、「Jugend BahnCard 25」があるので、161ユーロだった。これだけで、すでにカードの申し込み代金がペイできている。持っていて絶対損はないから、賢浩の分も申し込んでおこうかな、と思った。昨日は、切符を買った帰りに、役所に行って、恵子の奨学金の申し込みをしてきた。ドアをノックしたら、「(Guten)Morgen!(おはようございます)」と聞こえたので、ドアを開けた。部屋の中には、3人いて(二人は机に座り、一人は、その前に立って3人で話をしていたようにみえた)、再び、「Morgen!」と言われた。そのまま中に入ろうとして、また「Morgen!」と言われたところで、初めて、「Morgen」(おはよう)ではなく、「Moment(待って)」と言われていたことに気がついた。赤面・・・思い込みとは恐ろしい。その後ドアの前で20分立ったまま待った。中から人が出てきた。しかし、廊下で待っている私に見向きもせず、隣の隣のドアの中に消えた。接客中だと思っていたのに、同僚と話していて、客(?)を20分以上も待たせるなんて、ここが大阪市だったら、市長に訴えてやるところなのに・・・と思った。その後、中から「どうぞ」という言葉がかかるのを待ったが、10分待っても何も言われないので、もう一度ノックしたら、「どうぞ」と言われた。書類を渡しながら、「奨学金の申請をしたいのですが」といったら、「わかりました。後で確認します。」といって、書類の中を確かめることもせず、机の脇に置かれた。それで、「書類が揃っているか、確認してもらえますか?」と聞いたのだが、「あとで見ます。」とまた言われた。「でも、記入の仕方がわからなくて、空欄にしているところもあるのですが・・・」と食い下がったが、「不備があるようなら、あとで連絡します。」と相手も譲らなかった。結局、30分待って、書類を渡しただけ。これで、サインが1箇所足りない、とか、この書類のコピーがない、とか、そういう些細なことで、呼び出しがかかる。それを避けるために、わざわざ持参したのに、役所の対応に腹が立った。
2012年09月25日
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今年の夏は、南仏で家族集会だった。メルカントゥール国立公園(parc national du Mercantour)とコートダジュール。1週間滞在のうち、コートダジュールで泳いだのは2回だけ。私たちは毎日海で過ごしても良かったのだけど、メルカントゥール国立公園もたくさんみるべきところがあったし、ほかのメンバーは、1日泳げば十分という人たちだったので、せっかく南仏まで来たのに、山の中で過ごすことのほうが多かった。私たちが泊まった「Guillaumes」から2202号線をVar川に沿って南下する道は、絶景。渓谷になっていて、奇岩が見られる。202号線をニース方面に左折してしばらく行くと、「Entrevaux」という街がある。丘の上に要塞があり城壁で囲まれた街。中世の街のミニチュアがそのまま実物大になったような街だっった。この近くでは、カヌーにのれるところもあった。海岸は、私たちは、ニースを避けて、カンヌとの間にあるAntibes付近で泳いだ。海岸沿いに簡単に駐車できて、車からそのまま海に直行できるので、便利。ビーチは砂浜ではなく、小石。波が強いので、全部石はまん丸になっている。きれいな貝殻を集めたりするには不向き。本当に波が強くて、波打ち際に座っているだけでもさらわれそうになる。ビーチパラソルやデッキチェアーの貸し出しや売店等があるわけではないので、近くのスーパーで私たちはパラソルを買った。子供たちは、今回の旅行で、ビーチで泳いだことが一番のハイライトだったといっていた。海に行ったのは2日間だけだが、私たちは、湖にも行った。湖の名前がわからないのだが、エメラルド色のきれいで大きい湖だった。その日は曇りで寒かったのだが、子供たちは喜んで泳いでいた。地中海アルプスの山道をドライブした日もあった。GuillaumesからBarcelonnetteへの道は、すごく素敵だった。私たちは、ドイツから来るとき、グルノーブルまで高速を使い、そこから間違って、Brianconに行く道路に入ってしまったので、行けども行けども山道で、大変な思いをした。Barcelonnetteを経由したのだけど、真っ暗で、まわりがどんな景色かは全くわからなかった。キツネやウサギや鹿など野生動物にたくさん遭遇したので、ものすごい山の中を走っているのだろうなーとは想像はついていたが、昼間走ってみると、想像以上に美しい場所だった。2000メートルを越える山道。細い道だが、結構すれ違う車が多く、私が運転するのは無理だと思った。ロバも歩いていた。たぶん、ロバを借りて荷物を持たせ、一緒に山道を歩くとことが出来るのだろう。滞在中は、おいしいものを食べ、海で泳いだり、山をハイキングしたりと、楽しかったのだけど、とにかく、遠かった。行きは20時間、帰りは16時間かかった。もちろん、途中で休憩したりしているので実際の走行時間はもっと短いが、とにかく山道ばっかり。ニースまで南下し、イタリア、スイス経由で帰った方が早いといわれたが、私たちは、最後、ドイツとの国境近くで、新鮮な魚介類やフランスでしか買えない食材をたくさん買って帰りたかったので、フランス経由にこだわった。グルノーブルまででれば、あとは高速を使えるので、2000メートル級の山道は避けて、Dinge、Gap経由でグルノーブルに出ることにした。Gapからグルノーブルへの道は、ナポレオン街道と呼ばれているようで、ナポレオンの銅像も建っていた。途中、Corpsという街のレストランで私たちは昼食をとったが、フランスは何を食べてもはずれがない、と思った。私は、鴨肉のステーキ、義母は、スズキのグリルを頼んだ。スズキは、丸ごと出てきて、目の前で、骨をとったりして、身だけをお皿に盛ってくれた。一口もらったが、すごくおいしかった。こんなにおいしい魚のグリル、ドイツでは滅多にお目にかからない。そのほか、この辺は、養蜂家も多く、自家製の蜂蜜を販売している店があったので、いくつか買い込んだ。700mから1000mの山の蜂蜜、1200mから1800mの山の蜂蜜、などもあった。標高によって花の種類が違うのだろうが、どうちらがおいしいかはよくわかんなかった。「自家販売」の看板を見るたびに立ち寄って、蜂蜜やら果物を買ったりもしていたので、朝8時に別荘を後にしたのに、グルノーブルに着いた時点ですでに3時を過ぎていた。フランスの高速は、それほどの交通量ではなかったが、何箇所も料金所があるので、そこで待たされる。自動販売機とのやりとりなので、コインを投入したり、おつりを受け取ったり、一人ひとりが時間がかかりすぎ。また、コインを入れる位置が低いので、私の場合、車を一旦とめて、ドアを開けて、外に出ないと、窓を開けただけでは、手が届かない。料金所で、20分ぐらいのロス。いつも、私たちが並んだ列がなかなか進まないので、いらいらしてしまった。今度こそ、一番早い列に並ぼう、と思ったのに、そのときは、一台の車が、5分ぐらい機械とにらめっこしていて、挙句の果てに、リバースをしてきたので、その列に並んでいた車全車が他の列に移動することになった。そこでまた30分以上のロス。高速代がただで、道路の路面状況も良いドイツって、本当に素晴らしい、と思った。不満も一杯あったけど、振り返ってみれば、楽しかったことばかりが思い出される。もう一度行きたいかと聞かれたら、遠すぎるから嫌だけど、5時間程度でいける距離なら、また行きたいと思う。ただし、今度は、純粋に、私たち家族5人だけど行きたい。そうえば、日曜日に、義母が帰るとき、恵子に向かって、「See you next year」と言ったのが、本当に気になる。いったい、どういう意図があるのだろうか????
2012年09月20日
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以前、夫がイギリス領事館にパスポートを申請しようとして、証明写真に「本人に間違いない」ということを書いて、サインをしてくれる人を探すのが大変だ、ということをブログに書いた。そのとき、Rathausでサインがもらえる、というコメントをいただいた。(ありがとうございます!)早速、夫が地元のRathausに出向いたが、1.ここではサインはできない。管轄区の外国人局にいってくれ。2.この証明写真は、バイオメトリスクになっていないので、この写真では、サインは出来ない。証明写真をバイオメトリスク仕様で取り直せ。と言われた。しかし、証明写真だが、今までイギリス領事館からクレームがついたことはなかった。だから、また写真を取り直すのは面倒くさい、と思った。それで、ダメモトで、ニコチャンの幼稚園の先生に頼んでみたら、簡単にOKしてくれて、その場でさっとサインをして、幼稚園のスタンプも押してくれた。ハウスドクターにサインをする料金として、30ユーロぐらい請求されていたのは、何だったのだろうか、と思った。海外に住んでいても、日本の教科書を希望すれば、領事館から送ってもらえる。送料は自己負担。今まで、恵子と賢浩の教科書を送ってもらっていたが、科目指定は出来ず、全教科送られてくるので、たまる一方で、未使用の教科書もある。恵子の中3用の教科書を送っていただいた今年の4月の時点で、今後は賢浩は、恵子のお古を使えばいいと判断し、教科書配布希望をやめた。しかし、来年の4月、ニコチャンは日本にいたら小1になる。恵子や賢浩の教科書があるが、数年前に大幅な内容改定があったようで、新しいものが欲しいと思った。それで、たいてい、半年前が希望受付の締め切りなので、先日、領事館に、ニコチャンの教科書を送って欲しい、という電話をかけた。教科書係の方に、「来年の新1年生には、すでに先週、教科書希望届けの確認の手紙を送っていますが、届いていませんか?」と聞かれた。届いていないことを言うと、「確認します。」とのことで、一旦電話を切った。調べてもらった結果、在留届にニコちゃんの名前がない、と言われた。私は、ニコチャンの出生届は出したのだが、在留届の内容変更届までは出していなかった。そもそも、その必要性かあることを知らなかった。在留届は、1度出せば済むものだと思っていたが、引っ越したり、子供が生まれたり、離婚した等の「変化」があったときに、出さなくてはいけないものだそうだ。それで、在留届内容変更届を提出し、教科書配布希望の旨を追記した。日ごろ日本人と接触の少ない暮らしをしていると、いろいろと情報が抜け落ちてしまうことが多い。領事館から送られてくる教科書は、日本とつながっていることが確認できるツールでもあるので、受け取ると、うれしい。来年4月から、無事に受け取ることが出来るといいのだけど・・・・
2012年09月20日
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賢浩は、ドイツ語の授業で現在、ゲーテの「魔法使いの弟子」という詩を勉強していて、前回の宿題が、その詩を暗誦することで、今回は、7つの節から出来ているこの詩のイメージを節ごとに絵にすることが宿題になっていた。私にとって、「魔法使いの弟子」といったら、ディズニー映画のミッキーマウスが直ぐ浮かぶ。ゲーテの詩だったとは知らなかった。子供たちにとってもそれは同じで、賢浩の書いた絵は、どうみても、ミッキーマウスの映画を連想させる。事情を何も知らないニコチャンさえ、賢浩の絵をみて、「あれ、これ、ミッキーマウスのでしょ。」と言った。ところで、今回のフランス旅行のことを記憶が劣化しないうちに書きとどめておこうと思う。タイトルの「GUILLAUMES」は、私たちが泊まった街。最後までなんと発音する街なのかわからなかった。義姉たちは、「ギルモア」といっていたような気がするが、すでに記憶が定かではない。今年の夏は、恵子が一人で日本に行くことが決まっていた。義姉たちは、フランスに行く予定をもともと立てていて、私たちに現地で合流できないか?と打診してきた。それで、義姉夫婦と私たち家族4人の6人用の部屋を1週間借りよう、ということになった。場所は、義姉がすでに決めていた「Alpes-Maritimes」(フランス、アルプ=マリティーム県)。義姉がそこの観光局に電話をして宿を取ってくれた。場所的には山岳地帯だが、ニースからも近い、というので、夫は、喜んでいた。観光地の貸し別荘は、夏休み中は、1週間単位でしか借りることが出来ず、土曜日チェックインの土曜日チェックアウト。たとえ、2-3日しか泊まらなくても、1週間分の料金を払わなくてはいけない。義姉たちは、仕事の関係で、8月の最後の週しか休めないといった。しかし、私たちのほうは、すでに、恵子のフライトを予約しており、チェックアウトの予定日の土曜日に恵子を空港まで迎えに行かないといけないので、金曜日にはチェックアウトをしなくてはいけないことはあらかじめわかっていた。それでも、そこしか、お互いのスケジュールが合う日がなかったので、義姉にすべて任せた。その後、もう一組の義姉夫婦と義父母も参加することになり、義姉が追加でもう1軒別荘を借りた。義父母は、私たちの家に先に来て、その後一緒にフランスに行くということになってので、私たちは、ミニバスをレンタカーすることにした。当初は、7人乗りのVW Sharanだったが、直前にレンタカー会社の人から、6人で旅行に行くのに、Sharanでは小さすぎる、と電話があり、アドバイスに従い、VW Maltivan に変更した。結果的にこれは正解だった。車内が広々としていて、長時間ドライブでも快適だった。NAVIシステムがついていて、その画面でDVDも再生できた。子供たちは大喜び。旅行の前日、自分の荷造りより、どのDVDを持っていくか、そんなことにばかり時間を使っていた。当日、最初はNAVIを使っていたが、知っている道だし、NAVIと違う行き方を選ぶと、「すぐに戻ってください。」と壊れたテープのように繰り返し言うので、NAVIを消してしまった。助手席に座っていた賢浩は、待ってましたとばかり、DVDを再生しようとしたら、「運転中は、安全面を考慮して、再生できません。」と表示されて、ものすごくがっかりしていた。つまり、このNAVI画面を利用したDVD機能は、車が停止中にしか使えない、とうことがわかった。まあ、ある意味、当然と言えば当然だが、それならDVD機能をつける必要があるのかと不思議に思った。でも、私たちは、今回の旅行中、この「NAVIシステム」に1番感動した。本当に便利な機能。今まで、NAVIなんてなくても、地図があれば大丈夫だと思っていたけど、欲しくなった。さっそく旅行後、夫が自分の車に内蔵するとしたらいくらかかるか見積もりを取ってみたら、なんと4000ユーロ(40万円)以上もすることがわかった。メーカー指定のものだから、そこまで高いのだろうけど、外付けのNAVIなら2万円以下で買えるのもあるはず。レンタカーに内蔵されていたNAVIは本当にいろいろな機能があり、素晴らしかったので、同じような性能のものが欲しいと思ったけど、ちょっと高すぎる。安いNAVIの機能でも、満足できるのかどうかわからず、もうしばらく、NAVIなしの生活は続くと思う。今回、義姉が取ってくれた貸別荘は、なんと切り立った崖の上に一軒だけ建っていた。付近には何にもない。参加人数が膨れ上がり、4人用の別荘を追加したのだけど、私たちは、2つの別荘は隣同士に建っているとばかり思っていた。ところが、2つの別荘は、かなり離れた場所にあった。義姉たちが、4人用、私たちと義父母が6人用の家に泊まることになったのだが、私たちのミニバスで、山の上の別荘まで行くのに、問題が生じた。私たちが現地に着いたのは朝4時に家を出たのにもかかわらず、夜の11時ごろ。前日までの雨で道がぬかるんでいるし、暗くてよく周りが見えないし、Uカーブの連続で、曲がりきれなくて、途中で車を放棄。本当に最初の夜は怖かった。ミニバスではこの別荘に泊まるのは無理、という結論に達した。しかし、義姉が借りている車は5人乗り。山の上の別荘が6人用、街に近い別荘が4人用。義姉は、観光局を通して予約していたので、別荘のオーナーがそれぞれ違う人たちだった。翌日、姉がそれぞれのオーナーと交渉してくれた。4人用の別荘に6人泊まるのは出来ない、と言われた。幼児なら、一人増えてもいい、といってくれ、結局は、街に近い新しい別荘に私たち夫婦とニコチャン、義父母がとまり、山の上の古い別荘には、義姉夫婦2組と賢浩が泊まる、ということで、解決した。第一日めは、道を間違えてしまい、2000メートル級の山道を走ることになってしまい、20時間もかかった。そのうえ、宿も最悪で、「こんな夏休み、最低」と思った。そもそも私たちは山で過ごすことに興味があまりない。ふだんから、山に囲まれて生活しているようなものだから・・・。今回は、南仏で、地中海で泳ぐのも可能、ということで、楽しみにしていたのだが、現地に着くまで、5時間ぐらい山の中をさまよった。夫は、「ニースに近いと言う言葉にだまされた。こんな山の中とは・・」と絶句していた。自分たちで積極的に調べず、すべて義姉に任せていた自分たちが悪いのだが、「どうして、こんなところに来ちゃったんだろう・・・」と本当に初日はへこんだ。
2012年09月19日
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義父母が帰る間際に、義父が、「ちょっと話がある。」といって、私と夫を地下の夫の仕事場に呼び出した。義父は、USBスティックを取り出し、夫に、「この中味をコピーしなさい。」と命令した。中味は、遺言書のコピーと銀行口座のパスワードだった。恵子が生まれた年、つまり15年前に、夫の家族は、私たちを除いて、エジプトに家族旅行に出かけた。出かける前に、義父は、「私たちの遺言はここに入っている。銀行の金庫の鍵はこっちにある。」というようなことを、私に伝えた。私は、「そんな話、縁起でもない。」と思ったし、「私に言われても・・・」と戸惑ったことを覚えている。遺言書の内容は、常に、アップデートしているそうだ。15年前は、内容まで知らなかったが、今回は、コピーを見せてくれた。「たいした資産はないから、期待しないで。」と言われたが、こういう内容に、義理の娘の私が積極的に興味を示すのはいかがなものか・・・と思い、わざと見ないようにしてしまった。そのほか、「私たちが死んだら火葬にして、灰はどこにでもいいからまいてくれればいい。私たちは旅行が好きだから、海でも、山でも、どこでもうれしい。」とも言われた。「骨はどうしたらいいですか?」と聞いたら、「火葬を知らないの? 焼いたら骨も灰になるのよ。灰以外何も残らないわよ。」と言われた。日本と香港では、火葬の温度が違うのだろうか??? こういう話は、必要なのだろうけど、聞いていると寂しい気分になってくる。別れ際、義母が、恵子に、「See you next year!」(来年、会いましょうね)と言ったのが気になった。本当に、今回のような旅行はあと何回できるのかわからないから、貴重な時間なのだけど、来年またあったら、私的には遠慮したい。義理の家族大集合の旅行に参加すると、やはり、心の底からは楽しめない。その原因のひとつは、言葉の壁。夫の家族は、義父母も義姉夫婦たちもみんな英語が達者。私や子供たちとは英語で会話しているので、問題なくコミュニケーションはとれる。でも、みんなで夕食を食べるとか、集うときは、どうしても、彼らは、「広東語」をしゃべる。簡単な広東語なら私も理解できるが、ぽんぽんと弾む会話には私は入っていけないし、理解も出来ない。疎外感が半端ない。テーブルについていても、することないので、結局は、子供の面倒を見るか、後片付けをしたりすることで時間をつぶす。毎回、毎回、そうなる。最初の頃は、夫に通訳を頼んでいたが、夫も最初だけは通訳してくれても、そのうち、自分も会話に混じりたくて、面倒になって、私は置いてけぼり。まあ、でも、いちいち通訳するのが面倒なのはわかるから、私としては、私が「参加しない」という選択が、平和的解決方法ではないかと思っている。また、義姉がすべての計画を立てるが、私は、蚊帳の外なのも嫌だ。まあ、意見を聞かれたところで、「お好きなように決めてください。」としかいえないと思うが・・・・。3世代が一緒に旅行するので、5歳から77歳までいて、健康な人もいれば、足腰の弱い人もいて、全員の希望に沿うのは難しい。そんな中で、姉は、みんなが楽しめるように、ものすごくリサーチしてくれている。だからこそ、余計、自分の意見はわがままに聞こえるから言えない。今回のフランス旅行も、「もう二度と参加したくない。」と思う日々の連続だった。しかしながら、楽しいことも多かったし、思い出に残したいので、ぼちぼち旅行記を綴っていきたい。
2012年09月18日
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今日、義父母が香港に帰っていった。そして、夫と恵子も 保護者会が午後2時からあったので、今日はいつもより早く家を出た。我が家の人口が7人からいっきに3人になった。今週末は、本当にバタバタしていて、今日までが締め切りだった「HMUN」への出欠の返事を恵子に持たすのを忘れてしまっていた。学校から督促のメールが来て気づいた。恵子の学校は、親への手紙が、すべてメールで送られてくる。たぶん、全校一斉送信なので、学年的に関係ない手紙も多く、どれが必要なのかよくわからない。1週間前に送られてきたメールは、タイトルが「HMUN」だった。送り主は、全然知らない人で、最初はスパムメールかと思った。だから添付資料を開かずに削除しようとしたのだが、よくメールアドレスを見ると恵子の学校名が入っていたので、恐る恐る開いてみた。「HMUN」というのは、ハーバード模擬国連 と日本では訳されているようだ。来年の1月末から2月頭にボストンで大会が開かれるとのことで、毎年、恵子の学校では、11年生が参加している。参加は任意で、その出欠の知らせを今日までに提出になっていたが、すっかり忘れていた。滞在は、4-5日間だが、費用が12万円ぐらいかかる。恵子は、来年の6月にTSA(技術クラブ)の大会に出場する気でおり、それがフロリダで開かれる。半年間に2回もアメリカに行くのはお金がかかりすぎるので、HMUNには参加しなくてもいい、というのが恵子の考えだった。今回のプログラムの中には、ハーバード模擬国連に参加するほか、MITやハーバード大学を訪問し、恵子たちの学校のOBとお話をするチャンスもあるそうだ。私は、恵子が、そういう一流大学を見学するチャンスを持つことは、すごく意味があることのように思う。その反面、やはり、お金がかかりすぎる。夫は、お金がかかっても行かせたらいい、という考え。私も本人がどうしても行きたいというなら反対はしない。でも、本人が遠慮して、「いいよ、フロリダに行くから・・・」という姿勢なのだ。いまひとつ強く希望しないのは、私も恵子も、模擬国連が何をする場所なのかよく理解していない、ということもある。たぶん、恵子は、そういう政治的ディベートには余り興味がないのではないかと思う。迷うところだ。2日前に来たメールの一つは、州のアンケート調査に回答してください、という内容だった。たぶん、わが州(BW州)の学校に通う生徒全員が対象なのだろう。賢浩も新学期が始まった初日に同じアンケート用紙を持ち帰ってきた。州の教育省が行っている調査で、質問事項は3つで、すべて、はい、いいえ、で回答するだけ。「ドイツ国籍を持っているか?」(2重国籍の場合は、はい、を選択)「ドイツで生まれたか?」「家で話している言葉はドイツ語か?」ものの10秒で記入できるアンケートだった。恵子のにも記入しようとプリントアウトをしていたら、夫が、「それ、何?」と聞いた。説明したら、「何のためにそんなことするの?」と疑問を投げかけられた。「州の教育省が、生徒のバックグラウンドについて統計をとりたいんじゃないの? それによって、ドイツ語教育の方針とかサポート方法をかんがえようとしているんじゃないかな?」と答えた。すると夫は、「ただ、統計を取りたいだけなら、無記名でもいいのではないか? なぜ、調査用紙にいちいち名前を書かせるのか? 統計のためなら、名前は要らないから、うちは、名前を無記入で提出しろ。」と言われた。調査用紙には、子供の氏名と親のサインを書く欄がある。私は、そのことに何にも疑問を抱かなかったが、夫があまりにも、「そんな調査はおかしい。」と言い張るので、面倒くさい人だなーと辟易した。夫婦喧嘩にまで発展してしまった。私が、「家でドイツ語を話していない子が多い学校は、それなりのドイツ語支援が必要になるだろうし、政府は今後の教育政策の資料にしたいだけでしょ。まさか悪用するわけでもないし、そもそも、他人に知られて困るような質問内容じゃないでしょ。学校だって子供たちの国籍や出生地を把握しているわけだし・・・」といったら、「学校が知っているなら、なぜ学校がまとめて答えないのか?個人名で提出させるのは納得できない。それに、ドイツ語能力は家庭環境は関係ないだろう。恵子はものすごく出来るし、ニコチャンはぜんぜんできない。同じバックグランドを持っていても子供の能力なんて全く違うのに、そんな調査、何の役に立つのかわからない。」と反論された。夫がどうしてここまで気にするのか理解できない。それとも、私が無関心すぎるのだろうか??
2012年09月16日
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義父母は明日香港に帰る。でも、ここに来て、だんだんストレスの限界になってきた。いい人たちなのだけど、やっぱり一緒に生活するのは、気疲れがする。たとえば、朝早く起きても、向こうが寝ていたら、物音を立てないように気を遣ったり、朝食も、子供たちの起きる時間、出かける時間がばらばらなので、平日は個人で適当に食べているのだが、こちらが何もしないと、お皿やナイフを並べたり、飲み物ほか、チーズやハムやヨーグルト、果物なども用意してくれるので、義父母が起きてくる前に、私がテーブルセッティングを済ますとか、本当に小さいことなのだけど、自分の家にいるのに、私自身がくつろげない。友達は、「義理の両親が3週間以上も滞在するなんて大変だね。」と私の気苦労を理解してくれる。しかし、一番の私のストレスは、夫に理解がないこと。義理の家族、実家族、という考え方が理解できないらしい。自分の親ならいいけど、夫(妻)の親とは一緒にいるのは疲れる、という考えがわからない、という。「僕にとっては、君の家族も自分の家族も全く一緒だけど。君の家族が1ヶ月泊まりに来てもなんとも思わない。むしろうれしい。君はなんで、自分の親と僕の親を区別するの?」と言うのだ。世の中に、嫁姑問題が存在することを夫は知らないのだろうか? もちろん、うちにはそんな問題はなく、関係は良好なのだけど、やっぱり一緒にずっと生活するのは別問題。特に、私は一日中家にいて彼らと顔を突き合わしているので、なおさらだ。「買い物に行こう。彼女に車を出してもらおう。」という会話が聞こえる。二人は広東語で話しているが、簡単な日常会話なら、私も理解できる。買い物も一緒に行くと、「子供たちは何が好きかしら?」といって、いろいろなものを大量に買い物カートに入れる。料理するのは私だから、「何を料理するつもりなの? 何が必要なの?」と聞かれるのだが、私は、3-4日分の献立を考えることは出来なくて、1-2日分の材料しか普段は買わない。でも、「そんだけじゃ、足りないわよ。もっと買いましょう。」と何でも、たくさん買おうとするので、「冷蔵庫に入りきりませんから・・・」と制するのが大変。義父母は自分たちが支払う気なので、なんでも買い物カートに入れてしまう。でも、こちらもいつもいつも払ってもらうわけにはいかないし、必要以上のものを買うのもためらいがあるし、かといって、本人たちがカートに入れたものを棚に戻す勇気もないし、買い物に行くのもストレス。何がしたいのかな? どこに行きたいのかな? と常に考えてしまう。義父母もやさしい人たちなので、「私たちのために何かするなんて考えなくていい。どこにも行かなくてもいい。」といつも言ってくれる。どんな料理を作っても、「おいしい!」と食べてくれるし、「料理してもらったから、片付けは私たちの仕事。」といって、率先して洗いものもしてくれる。洗濯をして、干しておいても、乾いていたら、いつの間にか取り込んであって、アイロンまでビチッとかけておいてくれる。部屋もバスルームもすごくきれい。それでも、こんなにストレスがたまる。せめて、夫が、「僕の両親によくしてくれてありがとう。大変だったね。」とねぎらってくれれば気持ちも落ち着くのに、「何でそんなに気を遣っているの?」といわれるので、ますますストレス。
2012年09月15日
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今日、幼稚園にニコチャンを迎えに行ったら、園庭のベンチに座らされていた。「どうしたの? 座ってなさいって言われたの?」と聞いたら、「うん」と返事した。「どうして?」と聞いたら、「わからない」と答えた。悪いことをした子供は、反省させる意味で、ベンチに座らされる。今までニコチャンは何度もそういう状況があった。しかし、本人がベンチに座らされている意味がわかっていなければ、意味がない。それで、先生に何があったかを聞いてみたら、みんなが整列して歩いているときに、足を出して引っ掛けて、子供が将棋倒しのようになったらしい。もちろん、その場で注意されたのだが、その後も、園庭で遊んでいるときに、先生のことを蹴っ飛ばすので、辞めなさいと注意してもやめなかったそうだ。それで、座らされたというわけ。そんなひどいことをしておいて、本人は、全く反省の色がない。自分が悪いことをしたと思っていない。家に帰ってきてから注意したら、「みんながドミノみたいになった。すごい!」と自慢げに言うのでびっくりした。我が家のリビングにおいてある照明器具は、スタンド式のランプ。お皿のような形をしておりその上にハロゲンランプがついている。水曜日は雨で日中も暗かった。義父母が本を読んだりテレビを見たりするのに、ランプをつけてあげたのだが、ニコチャンは、そのお皿のところに水をいれ、さらに鉛筆でかき混ぜで何かしていたようだ。私は隣の部屋にいたので気づかなかったのだが、しばらくしてリビングに足を踏み入れた賢浩が、「ママ、大変だ。燃えている」と叫んだ。鉛筆が黒鉛のようになって、ランプから煙が出ていた。義父母は読書に没頭して、ニコチャンが何をしているのか見ていなかった。「電気で遊ぶな。危ないんだぞ。」ということをみんなで教えた。しかし、ニコチャンは、「消防車が来たらすごいな。」と反省の色を見せなかった。今日の幼稚園のことといい、水曜日の出来事といい、ニコチャンの思考回路はどこかがおかしいのではないかと不安になった。我が家には、義父母が3-4週間滞在しているのだが、幸い、バスルームが二つあるので、トイレやシャワーや洗面所を共有しなくても済んでいる。しかし、水曜日の夜、突然、義父母たちに使ってもらっているバスルームの電気系統が壊れてしまった。ブレーカーが落ちていたので戻したのだが、すぐに、パチッと火花が散って、また落ちてしまった。トイレやシャワーは日中明るいときであれば使える。一番の問題は、洗面台の水が蛇口をひねる方式ではなく。電気ででるしくみになっているで、水が出なくて、顔を洗ったり、手を洗うことが出来ないといういことだった。私たちのほうのバスルームの洗面台を共有することになった。木曜日の夜に、夫と恵子が帰ってきたので、7人でひとつの洗面台を共有するのかと思ったら、気が重くなった。しかし、今朝、夫がすぐに修理してくれた。トイレの横に自分が用を足した後の臭いを消すための換気扇のスイッチがあるのだが、窓があるから、普段は全く私たちは使っていない。しかし、義父母たちはそのスイッチをずっと入れっぱなしにしていたので、ショートしたのが原因だった。この換気扇は、どこにあるのか目には見えないし、自動的にオフになり、またしばらくしてから作動するという、よくわからないややこしいタイプ。夫は、スイッチのパネルを開き、恵子に、「こういう場合、どうやって修理するか、教えるから、次からは、恵ちゃんが修理してね。」と言った。(半ば、冗談だけど) 夫は、「まず、ライフラインを切る。」と言った。「そんなのいっぱい線があって、どれがライフラインかなんてわからないじゃない。」と私が言ったら、「えっ? 青い線に決まっているでしょ。」と逆に驚かれた。そんなこと学校で習ったっけ? 誰でも知っていること?? まあ、とにかく、バスルームが使えるようになってよかった。実は、今回のこの事件、水曜日の夜に、義父母の使うバスルームの付近から変なにおいがしていることには気づいていた。私は、失礼ながら、「これが加齢臭というものなのだろうか?」と思ってしまっていた。木曜日の朝に、義母から、洗面台の水が出ないし、電気がつかない。」と言われた。そのとき、義父母は、「ニコチャンがブレーカーをいじって落としたに違いない」と思っていたようだ。私も、一応、ニコチャンに、「ここ(ブレーカー)いじってないよね?」と確認してしまった。何かトラブルが生じると、我が家では、「ニコがしたのではないか?」と疑うのが常識。そういうことを本人がしょっちゅうしているから、自業自得なのだけど、幼稚園でもそうだったらちょっと悲しいかも・・・
2012年09月14日
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ニコチャンは、今週は朝8時過ぎに起き、おじいちゃんおばあちゃんと一緒に朝食を食べ、9時近くに登園する、という生活サイクル。今日の幼稚園での予定は、裏山探索だった。「自然観察の日」というネーミングで月に1度ある。ニコチャンに、「どうだった? 何が見えた?」と聞いたら、「ニコチャンは、外に出かけてないよ。朝の自由時間に大部屋で遊んでたのだけど、片づけをしなかったから、出かけちゃダメだったの。」と悪びれる風でもなく、さらっと答えた。片づけするまで居残りさせられたようだ。しかし、ニコチャンのクラスの子は出かけてしまったので、片付け終わった後、ほかのクラスにいれてもらったらしい。・・・午後は、歯医者。今回もニコチャンには虫歯があり、治療することになった。でも、前回の治療のときのトラウマが残っているのか、先生がドリルをもっただけで、「嫌だ!」と拒否。口をあけようとしない。普通、先生に助手一人という組み合わせで治療に当たるが、ニコチャンの場合、自分の手で先生の手を払いのけようとするし、体をよじって泣き叫ぶし、口をあけないので、助手3人がかり。私もニコチャンの両手を押さえつけるお手伝い。治療中は大騒ぎだったが、終わって、先生が、「好きなおもちゃを選んでいいよ。」とおもちゃがたくさん入った引き出しを開けたとたん、けろっとして、いつものニコチャンに戻った。ニコチャンの下の前歯の1本が少しぐらぐらしていて、もうすぐ抜けるかもしれない、とのことだった。ニコチャンは本当に虫歯の多い子なので、永久歯はなるべく遅くに生えてきて欲しいのになー。賢浩は、虫歯はなかったが、乳歯の奥歯がぐらぐらで、永久歯が下に生えてきているので、乳歯を麻酔をしてから抜くことになった。下の歯の奥歯にあと1本乳歯が残っているそうだ。今のところ、歯並びはいいが、やはり歯の大きさに比べあごが小さいので、全部永久歯に生え変わった時点で、もしかして、矯正が必要になるかもしれません・・と言われた。夕方6時から、小学校のプールで、地元の水泳クラブ主催の子供向け(5歳児以上)の水泳教室があった。1週間に1回45分間で全15回。5歳児の水泳教室にしては開催時間が遅いが、これは、教えてくれる人が、水泳クラブの人で、彼ら自身も日中はほかの仕事をしているからだ。この水泳教室は、「無料」なのだが、50ユーロの「寄付金」を水泳クラブにすることを強制されている。今日は、第1回目。50歳ぐらいの男性が先生で、そのほか、30-40歳ぐらいの女性が3人アシスタントとしてついた。ニコチャンは、最初、「ママも一緒に来て」と私に引っ付いていたが、先生に促され、プールのほうにいった。私たち保護者は、更衣室で先生の注意事項を聞いた。その後、「今日は特別に見学できますが、今後は、私たちに任せてください。」とのことで、プールサイドで見学した。一人の男の子は、泣きっぱなしで、抱きかかえているアシスタントの腕を振りほどいて、何度もお父さんのところに戻っていった。ほかにも泣きっぱなしの子がいて、アシスタント3人のうち、2人は、その子たちのケア。ニコチャンは、プールの中で、楽しそうにしていたが、全然先生の話を聞いていないのか、はたまた、聞いているけど理解できないのか、何をするべきなのか、わかっていないようだった。最後に、鬼ごっこのようなことをした。一人の子が鬼になり、プールの反対サイドにいて、あとの子は、別のサイドに一列になり、掛け声とともに、それぞれ反対サイドに移動する。鬼は一人でも多く捕まえようとして、鬼でない子は、鬼に捕まらないようにするゲームなのに、ニコチャンは、この遊びを知らなかったようで(私も知らなかった)、ほかの子達は、大きな声で掛け声をかけているのに、ニコチャンは、ボーっとして、とりあえず、向こう岸まで泳げばいいんだな。。と思ったようで、まっしぐらに泳いで、真っ先に鬼に捕まったいたし、自分が鬼になっても、全くほかの子を捕まえようとせず、ひたすら、逆サイドに向けて泳いでいた。今日は、初回と言うこともあり、お遊びに終始した。向こうサイドまで「歩いて」と指示されているのに、泳いでしまったり、プールサイドに上がって並んで、といわれているのにいつまでも水の中でぼーっとしていたり、見ていて手出しをしたくてたまらなくなった。子供は全部で15人いたが、ニコチャンは、体格的にも他の子に劣っていないし、水を怖がることもなく、たぶん、「泳げる」方に入るのではないかと思った。でも、とにかく、先生の指示に従わない、というか、従えないというか・・・・きっと幼稚園でも協調性がなくて、団体行動が出来ていないのだろうなーと想像がついた。子供15人に大人が複数ついても、泣いている子や水を怖がる子の方に注意が向くので、ニコチャンはスルーされている状態。今日の様子を見て、1年後にニコチャンは小学校にいけるのだろうか?と不安になった。小学校は、子供30人に先生一人。ニコチャンのドイツ語ってかなりまずい状況ではないかと本当に心配になってきた。そういえば、今月から、「Sprachfoederung」(言語の補習クラス)が始まり、ニコチャンも参加することになった。週2回あるそうだ。参加している子供は8人。幼稚園にはあまっている部屋がないので、となりの小学校の教室を借りている。週に2回、「小学校で勉強する」ことをニコチャンは誇らしく思っているようだ。いったいどんなことをしているのか、ニコちゃんの説明ではあまりわからないのだけど、効果があると信じたい。現在、我が家に滞在している義父母は、うちの子供たちとは英語で話している。ニコチャンの英語は、ドイツ語の文法にひきづられ、「I like you not」「I want this not」という発言を平気でする。その都度、義父母は「I don't like you」「I don't want this」と直してくれる。そのおかげで、ニコチャンの英語はずいぶん改善された。そのほか、「エイ、ピー、ピー、エル、イー、Apple!」とスペルまで教え始めた。最初は、「後についていってごらん、エイ・・」と言っても、わざと「エフ ビー キュー・・・」とめちゃくちゃなことを言ったり、「Kein Bock」(やる気ない)ってどっかに行ってしまっていたのに、最近は、「エイ、ピー、ピー、エル、イー Apple, ディー、オー、ジー Dog」とすらすら出るようになった。ニコチャンに物事を教えるのは本当に根気がいる。私は気が短いから、途中で、「やる気がないのなら、こっちも馬鹿馬鹿しくてやってられない。勝手にしろ!」と投げ出してしまう。おじいちゃんおばあちゃんが近くに住んでいる環境というのはいいなーと思う。
2012年09月12日
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昨日の夕方、恵子から電話があった。恵子は11年生に進級したが、ドイツでは、ギムナジウムの11年生、12年生は「高学年」でそれまでの10年生とはちょっと勉強内容も変わってくる。大学入学に向けて、選択科目が増える。でも大学入試があるわけではなく、ギムナジウムの卒業試験の点数で、大学入学許可が決まる。点数がいいほうが自分の好きな大学の好きな学科に進みやすい。だから、将来勉強したい科目より高得点が取れる科目を履修するほうが有利になる。事実、恵子の友達のお姉さんの話によると、生物学科なのに、Abitur(卒業試験)で生物を選択しなかった人もいるそうだ。恵子からの電話は、選択科目の相談だった。恵子は、生物、化学、物理を全部選択しているのだが、化学と物理の授業時間がバッティングしていて両方履修するのは無理ということがわかった。たぶん、両方を選択する子なんてほとんどいないのだろう。 恵子は将来何を勉強したい、何になりたい、という明確なビジョンをまだ持っていない。漠然と、研究職につきたいと思っており、今は、どちらかというと、パパみたいに、コンピューターを使って機械をデザインする、ということに興味を持っている。もし、そういう方向に行くのであれば、化学より物理のほうがいいのではないか? とアドバイスした。本人もそう思っているようだが、物理は4コマ、化学は2コマ。物理を選択すると、恵子の時間割は破裂状態になるそうだ。そもそも32コマ取得すればいいらしいのだが、恵子は42コマも選択している。それで、このままでは、勉強漬けの毎日になるので、ほかの科目の履修をやめたほうがいいと周りからアドバイスされ、英語かラテン語の履修をやめたら? と言われたらしい。恵子は、将来的に、語学を生かした職業につくつもりはないからだ。しかし、英語もラテン語も恵子にとっては楽勝科目で、たぶんAbiturでも、無理せず1,0がとれる成績。それを考えると、やめるのはもったいない。ほかは、音楽を現在の4コマから2コマに減らし、ITの授業(2コマ)をやめる、という選択もあるそうだ。恵子は音楽が大好きだから、減らしたくはないようだが、まったく履修しないわけではないので、その方向で考えているようだ。「ITの先生は、TSA(技術クラブ)の先生で、たぶん、先生は、私にTSAにいて欲しいから、授業で使った教材を私にもくださいって言えば、くれると思うの。だから、ITは自分で勉強できると思うから、選択をやめてもいいかな、と思う。」と言った。「自分で勉強するぐらいなら、授業に出ても負担は変わらないんじゃない?」と聞いたら、でも、宿題やテスト勉強をする時間はないと思うから、授業を選択するのと自習するのでは全然違う。」と言われた。私は、「クラブ活動をやめれば?」とアドバイスした。11年生は、勉強で忙しいので、クラブに入る必要はないそうだ。でも、恵子は、TSAで来年フロリダの大会に出場して今年のリベンジをしたい、と思っており、さらに、囲碁は、せっかく夏休み中におじいちゃんに鍛えてもらったので、続けたい、と言うし、中国語もせっかくコンテストに出場するために頑張ったので、ここでやめたくない、という。そのうえ、バイオリンを弾く時間も必要になるし、本当に1日24時間では足りない感じらしい。「勉強したいことが多すぎて、時間が足りない」という悩み。恵子らしくて、すごいな、と思った。
2012年09月12日
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8月22日から香港に住む義父母が我が家に滞在している。今日は、義父の77歳の誕生日だった。夫もいないし、恵子もいない状態で、どうやって祝っていいのか、結構悩みの種だった。2日前は恵子の誕生日だった。日曜日で、恵子は夕食までに寮に戻らないといけなかったので、限られたことしか出来ない。朝はとりあえず早起きしてパン屋に行った。でも、日曜日は8時から12時まで、と書いてあった。別のパン屋にも行ったのだが、そこは日曜日は閉店。日曜日はお店は休みだが、パン屋だけは午前中開けている店もある。パン屋なのに、8時からってずいぶん遅いなーと思ったけど、日曜日はそんなに朝早くからパンを買いに来る人などいないのだろう。仕方なく、8時にまた出かけたら、ニコチャンのクラスメートのお母さんがそこで働いていた。幼稚園に行けば、先生が、病院に行けば、看護婦さんが、お店に行けば、店員が、子供のクラスメートのお母さん、というケースがものすごく多くてびっくりする。そういう狭い社会に、息苦しさを最近感じる。話を戻すと、恵子の誕生日は、朝食は、焼きたてのおいしいパンとチーズやハムやフルーツという、ちょっといいホテルの朝食・・・というスタイルにした。昼食は、フランスに行った時に買い込んで来た「鴨」と「フォアグラ」をメインにしたフレンチスタイル。結構豪華な食事になった。だから、余計、義父の誕生日があまりにも質素だと差をつけた感じになるかな・・・と気を遣った。とりあえず、昨日、賢浩にチーズケーキを焼くように頼んだ。賢浩が作っている間、ニコチャンも「自分も何か作りたい!」と愚図ったので、マフィンを作らせることにした。材料は私が計り、ボールにいれ、それをニコチャンは、ひたすら泡だて器でかき混ぜるだけ。焼きあがったあと、賢浩と一緒にデコレーションもした。今朝は、朝食にマフィンを出した。ニコチャンは、自分が作った、とおおいばり。お昼は、賢浩の作ったチーズケーキにろうそくをさしてお祝いした。孫の手作りケーキということで、予想以上に喜んでくれた。まあ、とりあえず、今日が無事終了してホッとした。義父母が来て、すぐにフランスに一緒に旅行に行き、帰って来た翌日に恵子が日本から戻ってきて、夫もさらに1週間夏休みをとっていたので、先週は我が家に7人もいた。今週から学校が始まり、日曜日の午後に恵子と夫が出て行き、午前中は、私と義父母の3人だけ。仲はいいのだけど、やっぱり気を遣う。普段、子供のいない午前中は、ネット三昧の私なのだけど、さすがに今はそういうことはできない。一人きりの時間が懐かしい。義父は、春先に、急に足が動かなくなり、車椅子生活をしていた時期があったそうだ。鍼治療を人に勧められ、半信半疑で、12回1セットのコースを2セット受けてみたら、歩けるようになったのだそうだ。西洋医学ではどうにもならなかったことが、鍼で治った、鍼はすごい、と感心していた。治ったといっても、やはり、長時間歩いたり、階段の上り下りは大変で、歩調もゆっくり。今回は、直前まで、ドイツに来るのは無理かも・・・と思っていたそうだ。そんな状況だから、次、またドイツに来てもらえる可能性は、かなり低いのではないかと思う。私が香港に行くのもいつになるかわからない(そのお金と時間があれば、日本に行きたい)から、次に会えるのはいったいいつになるんだろう・・・と考えてしまう。義父母は日曜日まで我が家に滞在する。3週間半の滞在は、結構きついなーと思っていたのだが、別れの日が近づくにつれ、我が家に滞在して楽しかったかな?快適だったかな?と気になるようになってきた。義父は、足の調子がいまひとつだから、散歩ぐらいしかできないのだけど、義母はすごくしゃっきりしている。テニスが大好きで、以前は、義父と一緒にしていたが、義父は医者からテニスをするなといわれてしまった。それで、賢浩が義母と一緒に2回ほどプレーをした。日曜日はすごく暑かったので、恵子と夫が家を出た後、子供たちはプールに行きたがった。義父母も誘ったのだが、義父は、「面倒くさい」と言った。義父が行かないので、義母も行かない、と言った。そして、「夕方、もう少し、涼しくなったら、賢ちゃんと一緒にテニスでもしようかな?」と言った。それなのに、賢浩はプールに行くといって譲らなかった。その前の週も、同じような状況があったのだけど、賢浩は、テニスではなく、プールに行きたい、と義母の前で言った。私が、「テニスをしなさい。」と言ったので、賢浩は、「おばあちゃん、僕、テニスでもいいよ。」と言いなおしたけど、義母は気を遣って、「いいよ、プールに行っておいで」と言った。今日の午前中は、USオープンの決勝をテレビ観戦。その後、義父がテラスに腰掛けて本を読み始めたので、義母は庭でテニスのサーブの練習を一人で黙々としていた。義母は本当にテニスが好きなんだなーと思った。それで、賢浩に、「おばあちゃんに一緒にテニスをしよう、っていってあげなさい。」といったのだが、「明日は友達と遊ぶ約束しちゃったよ。」とつれない返事。今日の午後は、ニコチャンは、お友達の誕生会に呼ばれていた。賢浩は、3時半から5時半まで授業。その前に時間があったので、ひとりでテレビ(マンガ)を見ていた。その横で、義母は「数独」をしていた。義父は部屋で横になっていた。賢浩に、「テレビを見るのをやめて、おばあちゃんが暇そうだから、地下室でおばあちゃんと一緒に卓球したら?」と伝えた。賢浩は、「なんで? おばあちゃんたちは、いつも本を読んだり、数独したりしているじゃない。暇じゃないじゃん。」と反発した。することがないから、退屈しのぎに本を読んでいる・・・という発想はできないのだろうか?? 結局は、賢浩が声をかけて、二人で楽しそうに卓球を始めた。ところが、運悪く、友達から電話があり、授業前にサッカーをしようぜと誘われ、卓球はゲームセット。嫁の私が何かするより、孫と一緒に何かするほうが楽しいにきまっている。恵子がいない間は、賢浩にもっと義父母と一緒に何かしてほしいのに、なかなかこちらの思うようには動いてもらえない。こんなにかわいがってもらっているのに、「恩返し」という言葉を知らない。「あの時、もっとしておけばよかった・・・」と思っても、遅いのに・・・・
2012年09月11日
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