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少し間が開きましたが、このシリーズを続けます。一人暮らしの家を、窓や扉で象徴しましたがそれだけではあまりにも寂しいので、これまた無言の花を添えています。何かを感じ取っていただけたら、あるいはこんな風変わりな写真もたまには良いなと感じていただけたら嬉しいです。今回は順番を入れ替えて、花の方から先に載せてみますね。では始まり、始まり~。 * ハコネウツギです * ウツギの仲間です * 花の名前は不明です * ペチュニアです * ペチュニアです * 我が家の紫陽花です。(以下同様) * キンシバイです 家と花の対比はモノクロとカラーの対比とも言えますね。どうも退屈様でした。<完>
2017.06.30
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時々梅雨寒の日はあるが、そろそろ変え時だろう。そう判断して布団を冬用から夏蒲団に変えた。それは何の問題もないのだが、先ずは布団カバーを外して洗濯する必要がある。それもまあまあ簡単なのだが、問題は布団に縫い付けるカバー。それ用のバスタオルもある。何が問題かと言えば、針に糸を通せないこと。それが面倒でカバー無しで済まそうと思うのである。う~む。何だかなあ。 先日リフォームが終わって足場を撤去したばかりの我が家だが、近くまた足場を組む。塗装工事をするのだ。先日したのは住宅メーカーの20年点検を受けてのもので、最小限度の修理と無料の塗装をした。手違いで塗装部分に「膨れ」が出たという先方の話。それに合わせて全面的に塗装し直すと200万円以上かかり、10年保証付きの工事をすると300万円以上を要するとの見積もりだった。 女房と別れ、年金分割の身となった私にそんな大金を支払う余裕はない。そこで最小限度の修理に留め、大部分の塗装は他の業者にしてもらおうと計画。見積もりを取ったら住宅メーカーの最大値の半分以下で済んだ。前妻は「修理にお金をかけないで」と言いつつ家を出たが、私は必要な修理はする方針。家が長持ちするし、家を売る際の評価額が上がると考えた訳だ。近く正式契約を取り交わす予定。 町内会主催の講演会に行った。今回の講師は町内会の住人で元アナウンサーの方。さすがにしゃべりは上手いし、話題が満載。人間のコミュニケーション能力や、東日本大震災当時の支援活動などが興味深かった。私の印象に強く残ったのが一人暮らしの人の話。長い間会話をしないでいると声帯、つまり喉の筋肉が衰えてしまう由。なるほどねえ。かと言って誰もいない家の中で、一人で話をしてたら変。それなら歌でも歌って見ようかと思うのだが。 さて会話と言って思い出すのがこの人。朝の連続ドラマに出ている女優有村架純さんだ。彼女が話す茨城弁が何とも素朴かつ暖かい感じで良い。筑波、水戸と合計11年間勤務して、茨城弁は馴染み深いせいもある。ふんわかとしたあのイントネーションがとても懐かしい。「お父さん、どうしたんでしょうね?」。今日もあの決め台詞がTVから聞こえて来そうだ。頑張れ~っ、矢田部みね子~!! 頑張ってると言えば、この人は代表格かもね。ご存じ将棋のプロ棋士藤井4段。先日はまたまた先輩を破って29連勝の新記録を樹立した。これは30年ぶりの快挙とか。そんな大記録を打ち立てながら、受け答えは至って謙虚だ。「読み」通り勝っても冷静沈着な答えと言葉の選び方。とても中学3年生とは思えない。「負けた方が本人のため」と言う人もいるが、この記録が一体どこまで伸びるのか楽しみだ。 さて話題の人と言えばこの人。シュールレアリスムの巨匠サルバドール・ダリだ。本人は1989年に亡くなったが、数十億円の遺産を財団が管理している。ところがつい最近ダリの娘と名乗る女が裁判に訴えた。マドリードの裁判所はDNA鑑定をするため、ダリの墓を掘って遺骨から検体を採取するよう命じた。これに財団は猛反発。今後の行方が注目される。 妻はいたものの、これまで子供はいないとされていたダリ。61歳の霊媒師は、「自分はダリが妻に隠れて交際していたスペインの田舎娘との間に生まれた」と主張し、今回の結果となった次第。今頃地下のダリもきっと驚いているに違いない。「あんたダリ?」と。
2017.06.29
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<漬物2種類など・・> 最近は朝起きて直ぐに散歩することが多い。左足甲に痛みがあるため、走れないからだ。かと言って運動しなければ、確実に筋力は落ちる。朝の風は心地良い。寒さを感じる時もあれば無風で比較的暖かい時もあるが、生きていることを実感する一時だ。坂道を往復する3kmのコース。帰宅後、カボチャの無駄蔓を3本ほど切った。玉ネギの収穫もそろそろ潮時のようだ。梅雨の晴れ間のうちに抜いて干さないとね。 1週間ぶりに買い物に行く。一番遠い園芸店で買ったのがこれ。サクランボ1パックで250円の見切り品。粒が小さい上、多少歪なものが混じっている。でも自分で食べる分にはこれで十分。5個で200円のミカンも2パック買い、冷蔵庫へ収納。私の貴重なビタミンCだ。 銚子沖産のカツオの刺身を別の店で買った。先だっては半身で300円台の逸品があったのだが、その時は魚がまだあったために見合わせた。ところがその日は高い物だけ。でもどうしても食べたくなって買ったのがこれ。4分の1で300円台。先日の倍の値段だが仕方ない。家に帰って半分に切り、その夜にいただく。脂が乗って実に旨い。「でーじ上等やっさ」。沖縄の言葉で大変上物ですね。半分は翌日に残した。 普段食べているのはイワシなど。これは8匹で300円だった。丸々太って脂が乗っている。頭と内臓を抜き取り、塩を振って一夜干しにしたもの。焼くと脂が滴り落ちて、掃除をするのが面倒だ。一度に食べるのは1匹だけ。他のおかずと合わせてバランスの良い食事を心がけている積り。 先日は煮物を2種類作った。1つは野菜とさつま揚げで。もう1つは野菜と手羽先の組み合わせ。さすがに似たようなものが2種類だと飽きる。その中の小松菜の煮物だけを混ぜ「出汁巻き卵」風の卵焼きを作った。これも目先が変わって食欲をそそる。 食欲を誘うものと言えば、私の場合は漬物。先日は尾瀬の帰りに「溜まり漬け」を買った。これは溜まり醤油に大根などの野菜を漬け込んだもの。今回自分で作ったのはキュウリとキャベツの漬物(上)とカブの甘酢漬け(下)。そろそろ古びて来たキャベツとキュウリを塩でもんだのが上。3個で100円の大きなカブは、薄く切って一旦塩漬けにした後塩を切り、甘酢に漬けた。どちらもなかなかの味。 葉の陰に隠れていた巨大なズッキーニを発見。2本切って豚のひき肉と一緒にオリーブ油で炒めた。鶏ガラスープの素、塩、コショウ、料理酒少々。実に適当だが、自分で言うのも何だが味はなかなかのもの。 雲南百薬 トウが立って来た春菊は抜いて処分した。最後の春菊を、町内会費を集金に来た近所の方に上げた。早速すき焼きに入れて食べたら、柔らかくて美味しかった由。喜んでもらえて良かった。私は残りをお浸しにした。雲南百薬も時々葉を摘み、お浸しにしている。自分が作った野菜が自分の健康を守ってくれるとは嬉しい。男やもめの暮しはこんな風に、驚くほどシンプルだ。
2017.06.28
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一人暮らしの家の中は、いつもひっそりとしています。誰も話し相手がいないからです。そんな家の様子を「窓」を中心に撮ってみました。それだけを列挙する手もあるのですが、それだと少し暗い印象が強くなるので、その間に花を挟んで見ました。だが、花も無言です。無言同士の家と花が、どんな相乗効果をもたらすか楽しみです。 本当はタイトルに相応しく、全く説明しないことも考えたのですが、いきなり無言はどうかと思い直し、趣旨だけ書き添えた次第です。あとは「ひっそり感」を思う存分楽しんでくださいませ。 * ここまではエゴノキです * ここまではコデマリです * クレマチスです * ヒナゲシです 面白いか面白くないかは分かりませんが、実験はまた明日も続きます。なお、今日載せた窓(扉)の写真は、工事で足場を組んでいた当時のものです。<続く>
2017.06.27
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<健康に良くない食品とは・・> 小さなカボチャ 朝の散歩のこと。農家の小母さんが畑で作業をしていた。「何をしてるの?」と聞いたら、「花粉付けと蔓切り」だそうだ。雄花を切ってその花粉を雌花につけると受精する。本来は虫の仕事なのだが、今は蜜蜂が少なくなったのだろう。外来種のスズメバチがニホンミツバチを食い殺すと言う話を聞いたことがある。蔓切りの方は、無駄な蔓の間引き。これはカボチャの実を大きく育てるための措置だ。 家に帰って畑を見たら、小さなカボチャが生っていた。これは野菜屑に混じっていた種から発芽したもの。独り暮らしになった今年は、面白いのでそのまま放置することにしたのだ。場所は取るが、適当に蔓切りすれば良いのかも知れないね。 ズッキーニ 散歩の途中、M井さんに会った。「函館マラソン」に向けて練習中らしい。私が「目が悪くて近づくまで誰だか分からなかった」と言うとM仙人が白内障で手術するとか。白内障は手術で治るけど、私の緑内障は進行を目薬で抑えるしかないんだよなあ。 10月の「東北みやぎ復興マラソン」で、走友会としてエイドステーションを出す件についてメールが来た。手伝いしたい気持ちはあるのだが、その頃は旅行などが重なっているためまだ返事はしていない。久々に走友達が走る姿を観たいものだが。 ホタルブクロ 庭のワスレナグサを抜いた。暫く前に全部抜いた積りでいたのだが、なぜかユズの樹の周辺にまとまって残っていたのだ。種が落ちたら大変なことになる。結局その他の雑草と合わせて40リットルのゴミ袋が半分以上埋まってしまった。畑の管理は私の役目で、庭の管理は女房の担当だった。その女房が離婚を申し出て家を出た。私はあまり花のことは良く知らない。まあ、そんなことも言っておれないのだが。 ユズの実 そのユズの樹に小さな実が生っている。今年は2年ぶりにたくさん花が咲いた。これならきっと実が生るだろう。そう思って楽しみにしていたのだ。それをようやく確認出来て良かった。きっと秋には黄金色のユズが鈴生りになる光景が見られるはずだ。 電線に鳥が停まってるのが見えた。尾が長い鳥だ。ひょっとしてツバメの巣立ちだろうか。そう言えば2,3日前に近所の人が「ツバメがどうのこうの」と言う声が聞こえたので、そう思ったのだ。そのことを書いている途中、鳥が畑にやって来て鳴いた。ヒヨドリだった。そして次にスズメの鳴き声が聞こえた。 ゴムノキの若葉 昨夜の男子100m決勝には痺れた。大阪長居スタジアムで行われた「陸上日本選手権」はロンドンの世界選手権大会の予選を兼ねている。男子100mではこの標準記録を突破した選手が5人ほどいた。日本最速の記録を持つ桐生(東洋大)もその1人だった。 だが決勝で勝ったのはサニブラウン。ガーナ人の父親を持つ18歳の若者は、今年練習の拠点をオランダ胃に移し、アメリカ人のコーチからフォームの改造を徹底された。今回の優勝でロンドンが内定。2位は多田(関学大)。3位のケンブリッジ飛鳥(ナイキ)はジャマイカ人の父を持つ。彼らもロンドン行きがほぼ確定だろう。第一人者桐生の4位は意外な結果。なお、サニブラウンは200mでも優勝した。 トマト 何気なくYouTubeの動画を観ていたら、体に良くない食品と言うのがあった。植物油、トマトの缶詰、マーガリン、卵(食べ方で)などだ。そう言えば、家を出た前妻がマーガリンや古いトマトの缶詰を残していた。マーガリンは組成が人工的で良くないみたいだし、トマトの古い缶詰は、トマトの酸味が缶詰の被膜を溶かし、有害物質が滲出すると言われている由。 植物油はかつて体に良いとされ、卵は物価の優良児だった。私は全部食べ、植物油、塩、酢、コショウを混ぜてドレッシングまで作る。動画の真偽は不明だが、「評価」が時代によって異なるのは事実。だが国内産の食品を摂る限り、被害はさほどでもないだろう。根拠はないが、私は勝手にそう思っている。
2017.06.26
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~快進撃と怪現象~ 花のある階段 中学生棋士将棋の藤井聡太4段の快進撃が続いている。最も若くしてプロになったのも彼が記録を作ったが、それ以降負け知らずで先日28連勝のタイ記録を作った。だが、プロになって一度も負けずの28連勝は6億数千万分の1の確率なのだとか。幼い頃プロの棋士と将棋を指して負けた時、彼は悔しさのあまり泣いたそうだ。それを観て、これは将来大物になると見込まれた由。さてこの快進撃が、果たしてどこまで続くのだろう。 雲南百薬 ようやく「尾瀬ハイキング」のレポートを書き上げた。ところが第4回(6月23日)の夕方頃から、ブログのアクセス数が急に動き出した。気になって夜中にも覗いて見たが、翌日に確認したら3818件になっていた。いつもは500件ほどなのに、この急上昇ぶりは異常。元々楽天ブログはおかしな現象ばかり起きるのでこの数字も信用してないが、一体何が原因なんだろうね。 コデマリ 乳がんで闘病中だった小林麻央さんが亡くなった。まだ34歳の若さだった。インタビューを受けた夫の歌舞伎俳優市川海老蔵が涙を流しながら受け答えしていたのが印象的。死に行く間際、彼女は薄れ行く記憶の中で、夫に「愛してる」と言ったそうだ。最後の言葉を海老蔵はどう聞いたのだろう。結婚前の彼は華やかなロマンスが有名な持て男。真央さんの必死な言葉は、彼の胸にずっしりと響いたようだ。 柿の実 2か月ぶりに循環器内科へ行った。血圧、胸部X線写真、心電図の結果は正常。血液検査の結果は異常値が出たら郵送で送られて来る由。4月の末に肩を怪我したことをドクターに言うと、肩の周囲は色んな靱帯が複雑に絡み合っている場所なのだとか。それに骨折はMRIじゃないと分からない由。 痛みはまだ残っているものの、右肩は一応回るようになった。鏡で見ると右肩周辺の筋肉がすっかり落ちてしまっている。痛みのため約2か月間右肩をあまり動かさなかったのが原因だろう。左足甲の痛みと言い、筋力、体力の衰えの早さには驚くばかり。老化とは何と惨い事実なのだろう。 エゴの花 「豊洲を生かす。築地を守る」。それが小池東京都知事の方針らしい。何だか訳が分からない話だが、中にはそれで納得した人もいるようだ。かくて6月23日に都議会選挙の告示日を迎えた。果たして都民はどんな選択をするのだろう。政策よりも選挙受けを狙ったパフォーマンスが多過ぎると言うのが私の印象。それは東京オリンピックの会場騒動の際、強く感じたことでもあった。劇場型政治の良し悪しが問われる。 茹でたちびジャガイモ 梅雨の晴れ間を縫ってジャガイモを掘った。プラスチックの箱に2つ分収穫があった。これはそのうち小さい物。茹でて一部は昼食に食べた。残りは皮を剥き、キュウリやトマト、刻んだハムと混ぜてポテトサラダにした。ドイツ人はジャガイモが主食と言うが、慣れないとジャガイモだけ食べるのは結構きついものがある。干し場の都合上、玉ネギはまだ畑に植えたまま。どちらも独り暮らしには多過ぎる量だ。 シーサー 「加計問題」で各党の動きが激しい。都議会選挙に合わせて、自党に有利な展開にしようとの思惑が見え見えだ。おまけに前川前文科省事務次官の怪しげな記者会見などがマスコミを賑わし、国民に不信感を抱かせているようだ。私はどうも彼を信用出来ないでいる。申し分のない経歴の持ち主の彼が、退職後もなぜあそこまでむきになって弁明し、文科省を弁護しようとしているのか。 文科省は既得権益の塊だ。大学に対する規制や予算配分などで首根っこを押さえている。それがなぜ「政府が文科行政を捻じ曲げた」と言うのか。捻じ曲げたのは自分達。それも自らの天下り先を確保するための方便に過ぎない。ただ世論はそうではなく支持率に大きな影響を与えた。このことを受け、政府は今治以外にも獣医学部の新設を認可する方針のようだ。 キウイの実 週末は忙しい。洗濯機を動かしながら朝食を摂り、終わると家の中の掃除。はたき、掃除機、乾いたモップ、ワックス付きモップの順で6つの部屋などを隈なく掃除すると汗だくになる。それから布団と洗濯物を干し、ブログにいただいたコメントへの返事、そしてブログ友への書き込み。それが終わると翌日のブログの原稿書きを予約機能で。昼食後は買い物とおかずも作らないとね。ああ、主夫は忙しい。
2017.06.25
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<帰途へ> 大江湿原 ヤナギランの丘の平野家三代の墓に別れを告げる。水辺に沿って点々と水芭蕉が咲いている。やがて大江湿原へ出た。ワタスゲの花が咲いていた。暫く行くと、ガイドさんが後ろを振り返れと言う。そこには小さくなった尾瀬沼が見えた。ここから先はもう見えない。それが最後の別れだ。ありがとうね、尾瀬ヶ原と尾瀬沼。あの見事な風景を再び見ることが出来るだろうか。 沼山峠への登り道 やがて沼山峠への登りが始まった。またしても雪道だ。慎重に一歩一歩足を進める。沢の近くでは、所々に雪を踏み抜いた跡が深い穴になっていた。峠の途中の展望台で小休止して水を飲む。出発して暫くすると、皆寡黙になった。足元が滑って不安定なのと、疲れが出て来たのだろう。 私も足の痛みも忘れ、最後の戦いをしていた。上空が明るくなった。間もなく峠に違いない。私がそう言うと、ガイドさんが「これから、これから」と制する。最後まで油断は禁物と言うことなのだろう。 沼山峠休憩所 やがて上りは終わり、下り坂になった。もう雪もない。林の間から建物が見え出した。「あっ、沼山峠だ」。ガイドさんももう否定はしなかった。最後の階段を先頭の夫婦が降りた。奥さんの方がかなりへばっていた。「毎日1万歩歩いてるんですが」。関西出身の夫婦が言った。「町は平坦だからなるべく歩道橋を歩かないと」。これにはグウの音も出なかったようだ。 トイレから出て来ると前夜論争した山形の男が私に言った。「ずいぶん走ってたと言うのにねえ」。私が足を傷めたと聞いての皮肉のようだ。「山もランニングも昔やってたと言うのは通用しないんだよ」。そう答えると、それ以上の追求はなかった。 ブナの天然林 そこから御池までは会津バスによるピストン輸送。バスの車中から見事なブナ林が見えた。ブナは「山のダム」と呼ばれるほど保水力が高い。樹下に堆積した落ち葉が、雨水をゆっくり浸透させるらしい。私は数分間眠った。実に心地良い眠りだった。 多分この道は100kmレース「伊奈川ウルトラ遠足」のコースだと思う。出場するはずだった年に不整脈が出て、ついに参加出来なかった幻の大会だ。そうか。もし元気だったら、この山道を俺も走っていたのか。そう考えると感無量。それにしても実に厳しい下り坂。沼山峠から御池まで真っ直ぐに下る「沼田街道」はもっと厳しいはず。走友達はそこを毎回走って登ったのだ。 観光バスは御池で待っていた。それに乗り換え、麓の桧枝岐温泉「アルザ尾瀬の郷」へ行った。ここで1時間のお風呂タイム。昨夜はシャンプーも石鹸も使えなかったが、ここでは存分に体を洗える。だが内湯はなく、見事な露天風呂だけだった。直ぐ目の前に広がる白樺林。これは良い。今までの苦労が全部吹っ飛んだ。足の傷んだ箇所を丁寧にマッサージ。ありがとうね、俺の足。良く最後まで持ってくれて。 温泉から上がり、隣のレストランで「はっとう」を食べた。前夜同部屋だった人が美味しいと教えてくれたのだ。10割の蕎麦粉と餅米粉を半々にしてお湯で溶いて作った「ういろう」様の素材に、エゴマと砂糖、塩を混ぜたものが掛けてある。素朴な味わいだ。「はっとう」はあまりに美味しいためかつては「ご法度」(はっと)になったことからの命名らしい。 道の駅しもごう 次に寄ったのが「道の駅しもごう」。ここでお土産に「溜まり漬け」を買った。頑張った自分へのご褒美だ。1つは行者ニンニク入りのもの。もう1つはたくさんの野菜が入ったもの。後日食べたが、食欲増進になる、とても美味しい漬物だった。そこから「甲子トンネル」を抜け、白河から東北道に乗って仙台へ向かった。 今回の尾瀬ハイキングはカメラを忘れ、足に痛みが出るなど散々だった。体力の衰えは如何ともし難いとも感じた。厳しいがこれが自分の現実。それでも旅は良いし、自然は最高だ。機会があったらまたどこかへ行きたい。 それにしても福島県、特に奥会津の広さはどうだろう。あんな山間に結構広い土地が開け、道は各方面と繋がっていた。また歴史と文化の奥深さを教えられ、尾瀬の自然を三代に亘って守り通した一家の執念を知った。ありがとう尾瀬の旅。ありがとう旅の仲間たち。<完> 本日載せた写真とイラストはネット及び、関係団体のパンフレットから借用したものです。この場をお借りし、御礼申し上げます。
2017.06.24
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<尾瀬を守る> これは尾瀬沼周辺の地図。2日目は左手の道を来た。雪の白砂峠を越えるとやがて沼尻平に到着する。ここから沼の北側を通って右側のオレンジの丸の部分に寄って昼食を摂り、そこから再び戻って右側の大江湿原を越えて沼山峠へと向かう。尾瀬沼は標高1660mの高地にあり、一周すると7km、面積は1.67平方kmある。昔は小型の船があったようだが、今はない。 福島県、群馬県、新潟県の3県に亘る周囲一帯が尾瀬国立公園の域内で、一木一草たりとも持ち出すことは出来ない。右上の沼山峠から中央下の三平峠を越えて大清水方面に向かうこの山道が、会津街道(群馬県側の呼称)であり、沼田街道(福島県側の呼称)であった。この山道が戊辰戦争時の官軍側が侵攻し、会津藩が大清水まで迎え討ちに行った道なのだ。今はその面影もない静かな道だ。 沼尻休憩所跡 ここはかつて沼尻休憩所があった跡地。2年前に火事で焼け、今は土台のコンクリート柱が残っているだけ。この右手にトイレがあり、ここでトイレ休憩した。尾瀬のトイレは山小屋以外は全て有料で、1回100円。小便は飲めるほどきれいにしてから沼に戻し、大便は乾燥させてヘリコプターで麓まで運ぶ。もしトイレ外で小便すると、鹿が塩分を求めて国立公園内に侵入するのだそうだ。 ここが昼食を摂った尾瀬沼ビジターセンター。登山者はここで入山届に記載する。私はようやくここでトイレに行った。腹が痛んだ原因はリュックのベルトがきつかったせいだ。山小屋提供のお握り2個だけでなく、前日仙台で買ったお握りも食べた。添乗員さんがわざわざ私を捜し、足の傷み具合を尋ねてくれた。湿布薬を張ったので大丈夫と答えると、安心したようだ。右側の望遠鏡で覗くと、燧ケ岳山頂の登山者まで見えた。 休憩を終えてスタートする際、ガイドさんが尾瀬沼の水芭蕉を見せてくれた。左手方向に向かうと、三平峠を経て群馬県片品村の大清水へ出る。これが沼田(会津)街道で、2人のガイドさんは私達を沼山峠まで案内した後、再びこの道を通って大清水へと帰る由。彼らは群馬県人なのだ。 来た道を少し戻ると遥か前方に小高い「ヤナギランの丘」が見える。その先に見えるのが標高2356mの燧ケ岳。小高い丘を良く見ると、石の塔らしきものが見えた。尾瀬を守った平野家三代の墓だ。 左から2番目奥の墓が初代長蔵の墓。彼は明治22年(1889年)22歳で燧ケ岳に登るため、新たな登山道を開拓した。43歳の時、尾瀬沼の湖畔に長蔵小屋を建て、栃木県今市の実家と山小屋を往復した。その墓石には「ひらのむを心つくしてをせの沼に鳴く水鳥の声をききつつ 尾瀬沼山人」と刻まれている。 中列左とその右側が二代目長英とその妻の墓。長英は長蔵の子で長靖の父。燧ケ岳への新たな登山道「長英新道」(地図上の右側の点線)を開いた。また東京電力による尾瀬のダム化計画に反対し、それを阻止した。歌人でもあった彼の墓には、「上つ毛と岩代国の境なる尾瀬の沼べに住みつくわれは 長英」と刻まれている。「上つ毛」は上つ毛野国(通常は上野国)で群馬県の古称。岩代国は古代と明治の一時期福島県会津地方につけられた呼称。 <写真右側の山裾がヤナギランの丘> 一番右側の黒い墓石が三代目長靖の墓。彼は群馬県立沼田高校、京都大学文学部卒の秀才で北海道新聞の記者だったのを、弟に代わって小屋の経営を受け継いだ。群馬県の大清水から福島県の沼山峠に抜ける自動車道建設に反対し、当時の大石環境庁長官を現地に招いて抗議。これがきっかけとなって道路建設を諦めさせた。 彼の墓石には「まもる 峠の道を 鳥たちのすみかを みんなの尾瀬を 人間にとって本当にたいせつなものを」と刻まれている。昭和41年(1966年)12月。小屋から大清水へ帰る途中、雪の三平峠で遭難死した。まだ36歳の若さだった。嗚呼。 左手前の石碑は、長蔵と親交が篤かった植物学者武田久吉「追慕の碑」。ここには武田博士が着用したジャンパーが埋められた由。いずれも尾瀬をこよなく愛し、尾瀬を守った人たちだ。これらの人が居なかったら、今頃尾瀬はダムの底に沈んでいたかも知れないのだ。<続く> (お断り)本日使用した写真は、ネットと「尾瀬桧枝岐温泉観光協会」のパンフレットから借用したものです。
2017.06.23
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<悪夢そして痛み> 「見晴十字路」の山小屋「桧枝岐小屋」へ着いたのは4時20分ごろ。早速小屋主のひげくま氏が我々に「問題」を出しながら注意事項を話し、部屋割りをした。私達男4人は「玄関」と言われたが実際は6号室の相部屋。お風呂は5時までに入り、夕食は5時半から。消灯は9時。ここでは環境保護のため、石鹸、シャンプー、歯磨き粉も一切使えない規則。だがトイレはウォシュレットで助かった。 お風呂は汗を流すだけ。1泊9千円の割に、夕食の内容は粗末なもの。まあ不便な山小屋なのでこんなものだろう。窮屈な食堂で何とか食べた。自分へのご褒美に、缶ビールのロング缶を1本。小屋の外へ出ると、至仏山が夕焼けに染まっていた。どうやら明日も天気は持ちそうだ。酔った勢いで部屋の人と「加計学園」を論議。どうやら私は少数意見のようだ。気まずい思いをしつつ部屋に戻る。 皆はパジャマに着替えていた。私はその日の服装のまま。20リットルのザックだと、入れる物が限られてしまう。たとえ使わなくても雨具は必携だし、最小限度の着替えは必要。それに水分も。宮城の1人はその日の朝に登山靴の底が剥がれ、鳩待峠の小屋で登山靴を購入したそうだ。良く売ってたもんだ。添乗員がガイドさんに頼んで、レンタル用のシューズを用意してくれてたそうだが。 9時。部屋の照明が消えた。廊下やトイレには最低限度の灯りがあるみたい。深夜、いびきの音で目が覚めた。「あっ、ここは自宅じゃないな」。とっさにそう判断した。私以外にもいびきをかく人が2人いたのだ。再び眠りに落ちたが、肩の痛みを感じた。右脚に痙攣が起きたが何とか治まった。ところが左足の甲が痛む。どうしたのだろう。変だなあ。トイレにも2度起きた。果たして何時間眠れたのか。 朝食は5時半からだが、4時に目が覚めた。朝の気温は5度ほどと聞いていたが、さほど寒くは感じない。小屋の外へ出て、早朝の湿原と山々を見渡す。朝食は夕食よりは幾分マシなメニュー。小屋主のひげくま氏が弁当を配りに来た。お握り2個とちょっとしたおかず付き。これが2日目の昼食の全てだ。 思い切って部屋の相棒に足に痛みがあることを告げ、何か薬を持ってないか聞いた。1人は消炎剤の塗り薬を貸してくれ、もう1人は湿布薬をくれた。助かった。これで何とか2日目が持つことを願うのみ。念のため添乗員には左足に捻挫のような痛みがあることを話した。 それにしてもこの痛みは尋常ではない。痛みの原因は何だろう。どこかで捻挫した覚えも全くないのだ。原因が思い当たったのはずっと後になってから。今回履いた登山靴の底が硬く、アーチが落ちた私の足には負担になったのだ。ランニングの際は「医療用インソール」を入れているが、登山靴には入ってない。最初の下り階段で体重がかかったことが、痛みを誘発したのだろう。 2日目の最初の難関、白砂峠が目の前に現れた。所々にまだ雪が残っている。ガイドさんが荒縄を切ってくれた。それをシューズに縛ると滑り難いと言う訳だ。だが、3,4人分にしかならない。私は注意深く雪道に足を載せた。わっ、危ない。滑る滑る。これは前途多難。果たしてこの体で、どこまで行けるのか。<続く> (お断り)使用した写真とイラストは、全てネットから借用したものです。
2017.06.22
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<鳩待峠から尾瀬ヶ原へ> 観光バスの中では、座ってるだけだから楽だった。栃木県内の地名は栃木のブロ友こうさんのブログで、また群馬の地名は群馬のブロ友yuriさんのブログで何度か目にしていたので、それらの地名が目につくたびに、「ああ、ここがそうだったのか」と思い返して楽しむことが出来た。 だがここ鳩待峠からは明日観光バスに乗るまで、すべて自分の足で移動するしかない。21人の客に対してガイドさんは2人。私は11人のA班に入り、若いガイドさんのグループだった。その中をさらに3つに分け、私は3人の第2グループ。他の2人は老年の女性の方だった。 ここが「山ノ鼻」まで下る入り口で、手前に見える緑のマットで靴底を丁寧にこする。外来の種を尾瀬に持ち込まないための措置だ。その先は階段状の下り坂が続く。一見楽なように感じるのだが、私は次第に疲れて行った。 私は緑内障で視角に欠損部分がある。その上両方の目の焦点距離が違うため、物が二重に見えるのだ。目を見開いて下るのだが、ずっと下を観ていても段差が見辛い。もし階段を踏み外したら怪我をし、同行の人たちに迷惑が掛かる。それで必死だった。昔は良く目も見えたし、こんな坂道など走って登り下りしたものだが、老齢の今は筋力も衰えている。「山ノ鼻」まで約1時間の下り坂。 片品の鳩待峠下り坂見え難き目に苦しみながら 「山ノ鼻」から「中田代」方面に向かう。来た道を振り返ると山が見える。左が日本百名山の一つの至仏山(2228m)。ここは元々海の底で、何億年前か隆起して高い山になったそうだ。山名の由来は不明。右手の山は八海山(1811m)で通称「背中アブリ山」のようだ。 木道は所々が朽ちつつも尾瀬の自然を護らむとして 遥か前方は日本百名山の一つ燧ケ岳(ひうちがたけ2355m)で、それぞれの嶺に名前がある。山名の由来は雪形で、鍛冶に使う「火鋏」(ひばさみ)から来てる由。この間の尾瀬ヶ原は、TDL、TDSを合わせた7倍の面積なのだとか。この環境を守るため、来訪者は木道以外を通ることを厳しく禁止され、トイレも最低限の設置なのだ。 この美しい湿原に、今大きな変化が出ている。原因は鹿の増え過ぎによる食害。湿原に鹿が入り込み、貴重な高山植物を食べてしまうのだ。鹿の足跡を何か所かで見かけた。 尾瀬ヶ原鹿の足跡残りたり高山植物餌にせむとて 水芭蕉 ショウジョウバカマリュウキンカ タテヤマリンドウ ミネザクラ 高山の湿原では、植物は冬になると雪に覆われてしまうために腐らない。その残骸が何千年も積み重なったのが湿原だ。1年間の堆積物はわずか1ミリ程度。腐らないため土はない。所々に池塘(ちとう=小さな沼)があり、中には浮島も観られる。そんな過酷な条件の中でも、美しい花々が咲いている。上記の他に、ワタスゲ、チングルマ、オオバキスミレなども観た。 峰桜薄紅色の花びらも仰ぎてやまぬ尾瀬至仏山 中でも水芭蕉は尾瀬の代表的な花だ。今年は積雪が多く、運が良くて6月中旬でも美しい姿を観ることが出来た。ここはガイドさんお勧めのスポット。至仏山を背景に見事な水芭蕉の群落を楽しめた。 水芭蕉流れの畔湿原にほの白き花点々と見ゆ 竜宮の入り口 竜宮の出口 「竜宮」にも寄った。上の写真は竜宮の入り口で、二手の流れが穴に吸い込まれて消える場所。下の写真はその水が再び地表に現れる出口。何かの拍子に湿原の堆積物が陥没し、サイフォンの原理で流れが地下に潜ったのだろう。実に不思議な自然現象。良いものを見せてもらった。<続く> カメラを忘れたため、写真の大部分はネットから借用したものです。
2017.06.21
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<マックス爺の大失敗> N駅のホームに立って電車を待っていたが何か変。首にあるべき物がない。これから旅をするブロガーにとって何よりも大事なカメラを持って来なかったことに、その時初めて気が付いた。前日から20リットル用のザックに何をどんな風に詰め込むか、そればかりが頭にあった。コンビニで昼食も買ったし、飲み物も多めに持った。しかし肝心なものを忘れた。ショックは大きかった。 仙台駅東口方面 仙台駅東口の所定の場所にバスは待っていた。座席は運良く前から2番目。それも夫婦者が後ろの席に移動したため、その後に1人で座った。失敗をいつまでも悔いても仕方ない。添乗員の爽やかな挨拶で旅は始まった。最初は諸注意。一通り説明が済むと、後は静かになった。新聞を読み終えると手持無沙汰。手帳を開いて下手な短歌を書き留めることにした。写真がないならせめて文章だ。 福島盆地 空晴れてバス南へと一直線添乗員の説明優し 峠より福島盆地を見下ろして吾妻連峰頂上は雲 安達太良連峰 バスツアー老齢の客多かりし夫婦者あり独り者あり 人生は旅七十を超へし今最後の旅と覚悟を決めて 那須連山 東北道那須の連山青々と梅雨の晴れ間の空にくっきり さわさわとニッコウキスゲ揺れてをりパーキングエリアのその森陰に <尾瀬の地図> 今回の旅は「尾瀬ヶ原から尾瀬沼へ縦走 ~尾瀬花街道2日間~」と銘打った1泊2日のハイキングで、初日は群馬県片品村の鳩待峠から尾瀬ヶ原見晴十字路の山小屋まで9kmの行程。2日目は山小屋から雪の峠を越えて尾瀬沼を経由し、福島県の沼山峠までの12kmを歩くもの。2回も雪の峠越えがあり、老齢者にとっては結構きついコースみたいだ。 高速道乗り継ぎて行く尾瀬の旅梅雨忘れたる夏空の雲 父の日も独り暮らしのバスツアー尾瀬の湿原山々を観て 憂き心しばし忘れて尾瀬ハイク21キロ歩かん我も 日光いろは坂 ここは「日光いろは坂」48ものヘアピンカーブがある急坂。ここを走っているランナーも見かけたし、必死でペダルを踏むサイクリストの姿も見かけた。 バイク疾走ここは日光いろは坂苦戦の車横目に眺め いろは坂緑の森の急斜面ランナー走るサイクリスト漕ぐ <金精道路から湯ノ湖と男体山を望む> 中禅寺湖畔を抜け、湯ノ湖湖畔から金精道路へ入る。ここは群馬県北部への近道だ。 男体山中禅寺湖を見下ろせど雲頂を覆ひてゐたり 二荒山神社鎮まるその湖畔湖の色太陽に透け 奥日光湯ノ湖湯の滝湯の香り金精峠の道急峻に 天気急変外輪山の雲去りて男体山の頂露(あら)は ヤマボウシ 金精道路の道沿いに真っ白いヤマボウシの花が見えた。だが折角の清楚な姿がトンネルに入ると見えなくなった。そしてトンネルを抜けるとまたヤマボウシの大木。間もなく群馬県だろう。 片品川 県境を越えると群馬県片品村。渓谷の奥に雪が見えた。片品川に架かる橋を渡り、観光バスはまたまた山へと入って行く。私たちが歩き始める鳩待峠へと向かうのだ。昼食は早めに車中で摂った。 奥山の渓の残雪汚れても木々の新緑勢ひ強し ダケカンバ薄緑の葉萌へ出でて道を下れば丸沼公園 樹は戦(そよ)ぎ葉の裏光る片品の村の小川の懐かしきこと 鳩待峠 鳩待峠に到着。ここでトイレと水の補給。歩き出す前に軽いストレッチ体操を全員で実施。ここからが尾瀬ヶ原への下り坂が始まるのだが、この時はまだ前途の苦労を知らない。<続く> (お断り) カメラを忘れたため、使用した写真のほとんどはネットから借用したものです。
2017.06.20
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皆さまおはようございます。あるいは今日は~!!昨夜遅く尾瀬のハイキングから帰宅しました。今朝は疲れ果て、ぐっすり眠っていることでしょう。それでもブロガーとして日記を欠かすわけには行きませんものね。と言う訳で夜遅く予約機能を使ってブログを書いています。でも尾瀬の写真は全く整理が出来てません。と言うより、とんでもない事態が発生してしまいました。 いえいえ、私はちゃんと生きていますし、足も2本ついているのです。その訳は明日以降に書くことにして、今日もまた予め用意していた花の写真で許していただこうと思います。あ、そうそう、留守中のコメントありがとうございました。またブロ友さんのところにお邪魔出来ないでスミマセンでしたね。今日はちゃんとお邪魔する予定ですが、何せ冷蔵庫がすっからかん。買い物にも行かないとねえ。 載せた花の中に「シラン」と言う花もありますが、名前を忘れた訳ではありません。それも省略させていただきました。ではまた睡眠の続きをば。
2017.06.19
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<白い花特集日> ハ~イ。みなさん今日は。今日は6月18日の日曜日。私は福島県の山奥にある尾瀬沼周辺を歩いていますよ。と言っても、これは予約機能を使った事前に投稿した日記なので、どうなっているかは神様しか知らないのですがね。まあ、何もないよりはマシかと思って、今日は花を載せることにしました。それもねえ、なんと白~いはなばっかりの特集なんです。淋しい気もしますが、ブロ友さんの中には白い花が好きな方もおりますのでね。 てな訳で、今日もブロ友さんからいただいたコメントへの返事も、直接お邪魔することも困難な状況なんですよね。細かいことは言わず、そこんとこよろしくね~!! 白い花の代表格ではないのですが、仙台でも紫陽花が裂き出しました。まだほんのりとしか色がついてない状態の紫陽花も可愛いものですが。以下、花だけ載せておきましょう。 いやはや参った。ここまで書いてたら、急に雨が降って来た。もちろん日曜日ではなく、書いている金曜日のお昼前。慌てて干していた布団を入れ、洗濯物を室内に取り込んだ爺であった。 この紫陽花は上の3枚とは違うもの。高い所にあったため、横からの撮影です。 ガクアジサイの仲間ですね。 上と同じもの。素朴な味わいがありますね。 ガクアジサイの一種類で「墨田の花火」。以下同様。 「墨田の花火」の縁取りの花は、まだ咲き揃っていない段階ですね。 紫陽花の仲間であるノリウツギ(糊空木)だと思われますが。 バイカウツギ(梅花空木)その1 バイカウツギ その2 真っ白いバイカウツギ。可憐ですね。 クローバー(白詰め草) 明治の頃はこの干し草がパッキング代わりに舶来品に詰められていたそうです。 白いサツキにピンク色のアクセントが。 白いバラはまるでクチナシのような。 自然種のヤマボウシは終わりましたが、街路樹の花が咲き出しました。 背伸びをして撮ったのですが。 街路樹のヤマボウシにも秋には実が生ります。 園芸用のヤマボウシ。葉が斑入りで珍しいですねえ。
2017.06.18
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今日は、みなさん。さてみなさんが今日のブログを読み、コメントを書いてくださっている時間に、私は尾瀬に向かっています。いや時間帯によっては尾瀬ヶ原を歩いているかも知れません。そんな訳で、今日はせっかくいただいたコメントへ返事を書くことも、またブロ友さんのところへお邪魔することも出来ないのです。今日は尾瀬に1泊して、明日は尾瀬沼をハイキングする予定でいます。 そんなわけで、ここに書いた日記は予約機能を使って前もって書いたものです。時間は少しずれますが、お付き合いいただけたら嬉しいです。 家のリフォームが終わって、担当者が報告に来た。足掛け1か月の工期だったが、実質的な補修は2週間もかからなかったろう。それでも家の周囲には頑丈な足場を組み、ガレージには仮設トイレを設置した。ようやく工事が終わって、足場が取り払われた時にはホッとした。鬱陶しいだけでなく、自由に家の周囲を行き来出来ないため、かなりの不便を感じたのだ。 屋久島杉の花台 工事担当者からは使用したペンキのメーカーと色番を聞いた。今後の工事に役立てるためだ。「本当は2階も屋根も塗り直した方が良いのですが」。チェックに来たS氏が言う。それは重々承知の上で、「離婚してお金がないんでねえ」と撃退。実はペンキの品番を聞いたのは、他の塗装業者に安く頼むため。住宅メーカーの工事はしっかりしてるけど、その分お金が1.5倍は高いことを前回のリフォームで学んでいた。 床に引っ付いた屋久島杉の花台を剥がすのは難しいらしい。お掃除の会社にも、塗装屋さんにも聞いた。最後は住宅メーカーが頼りだったのだが、無理に剥がすとフローリングが傷む可能性大とのこと。う~む、困った。家を売る際にはこのまま置いて行くしかないかもねえ。鹿児島県の指宿で買った花台は高かったし、重たかったのだが。せいぜいこの家に居るうちに楽しむしかないかな。 いやはや参った。昨日の朝、目が覚めたら7時。かなりの寝坊だが何から取り掛かるべきか。布団を上げ、洗顔し、それから洗濯の準備。併せて朝食を摂っていた時、洗面所の音がおかしい。洗濯機が停まってしまったようだ。買ってから20年近く。これもいよいよ故障かと諦めつつ、再度コンセントを入れ直してセット。んんん?動いたのは動いたのだが、再び脱水の箇所で止まった。急遽「自分流」の1分に直し、何とか続行。 脱水はやや甘かったものの、干せないこともない。今の時期なら十分乾くはず。食べ終えた食器を洗い、洗濯物と布団を干す。梅雨の期間の貴重な晴れ間の有効活用だ。次に6部屋とトイレ2か所、クローゼット2か所の大掃除。はたき、掃除機、乾いたモップの順で実施。掃除機のゴミを捨て、トイレは便器の周辺も濡れ雑巾で見えない「跳ね」の汚れを拭く。トイレにはキッチンハイターも。最後に外部の掃き掃除。 人間の暮しが優先だが、次が植物のお世話。外の植木鉢にはほぼ毎日水やりをしているのだが、室内の観葉植物への水やりが忘れがち。そこでハイポネットを薄めた溶液を時々与えている。さて今度の日曜日は「父の日」だが、私には何のプレゼントも届かないようだ。良いさ良いさ。自分で自分へご褒美を上げよう。てな訳で、「父の日」には悠然と尾瀬を闊歩する予定でいる。ではね。
2017.06.17
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<暇人の短歌三首> ハナズオウの実 朝の散歩から帰宅し、トイレに飛び込む。ふ~っ、ぎりぎりセーフ。最近では珍しいことだ。以前の好調な時期なら、起きて布団を畳んだだけでもトイレに行きたくなった。それが最近は「朝一」が少なくなったし、二度の場合も増えた。やはり不調で運動量が落ちたせいだろう。それはともかく、カメラを持ってもう一度出かける。最初の散歩中に撮りたい対象が見つかったのだ。 ブドウの赤ちゃん 私にとって早朝の散歩は貴重で手頃な運動だ。近所の坂道を往復3km歩く。まだ痛む肩を動かしたり、痛む腰をひねったりしながら歩く。鳥の声を聴きながらブログの着想を練り、料理の献立や食事の内容を考えることも多い。つい最近まで不調続きでもうしばらくの間走っていないのだが、これならまた走れそうな気もする。年寄りの体調はその日次第。当てにならないと言った方が良いようだ。 シャラの蕾 組合から証明書が届いた。前妻との離婚に伴う年金分割の再計算書だ。基本的に2分の1なので、これからの収入は半減することになるが、それに比例して支出も半減とは行かないのは明白。まあ「命あっての物種」なので、緊縮財政になり過ぎ健康を損ねてもいけない。生きてる時に楽しむことも必要と思い、離島へのツアーを申し込んだのだ。本当は一緒に旅してくれる伴侶がいたら嬉しいのだが。 ヒナゲシの蕾 先日郵便局へ行った際に、近所のグループホームを覗いて見た。それまでは誰もいなかった建物内にカーテンが引かれ、人影が見えた。ようやく入居者が集まって来たようだ。このまま子供が誰も帰らずに歳を取れば、俺もあんな施設に入るのか。そしてどれだけの費用がかかるのか。それが自分にも支払えるのかどうか。それが現実になるかも知れないのだ。 柿の花と実 最近S先輩の奥さんに遭わない。以前は帰宅ランの際に良く道端で出会い、話し込んだものだ。先日聞いたS先輩の話では、認知症気味なのだとか。素行の良くない隣人に脅され、委縮していたとも聞く。年齢は私と同じ。若い頃は美人で色気があったが、そんな彼女が認知症とはねえ。そんなことを思いながら花や植物の写真を撮った。ある家では奥様が庭の消毒をされていた。きれいな花がたくさん咲いていた。 皮を剥いたズッキーニ 二度目の散歩から帰宅し、畑からズッキーニを2本切り取った。皮むき器で軽く剥き、刻んでハムと一緒に炒めた。あるブログ友がバターや少量の塩と相性が良いと教えてくれたのだが、生憎バターが無い。そこで止むを得ずマーガリンを使った。中まで火が通る程度に炒めて味見したら、結構いける。冬瓜(とうがん)同様、元々淡泊な野菜なのだろう。たまにはこんな味と食感も悪くはないね。 キウイの赤ちゃん 昨夜はご飯を炊き、カレーを作り、煮物を作り、魚を焼いた。私は料理をしながら使い終わった道具を片づけている。そのせいで、料理が終了とほぼ同時に片づけ方も終了。これは散歩中に頭を働かすのと一緒。同時に物事をこなし、どうすれば効果的、効率的かを考えるのも面白いものだ。乏しい素材、乏しいメニューを、どう組み合わせて美味しく食事を摂るか。少しでも老化を遅らせられたら嬉しい。 シロタエギク そうそう。散歩中に1人の老婆と出会った。恐らく年齢は90歳近いはず。それでも腰はちゃんと伸び、トイプードルを散歩させていた。上品な老婆は私と顔を合わせると、自分から挨拶をしてくれた。きっとしっかりした家族に守られているんだろうね。そして子犬を散歩させると言う「役割」も、ちゃんと持ってるんだねえ。それが健康で長生きの秘訣かも知れないねえ。マックス爺はそんな風に思ったのさ。 時鳥いつしか夏は近づきぬ朝の小径に昏き啼き声 梅雨入りの宣言もなき陸奥の侘び住まひなり布団干しけり 畑よりズッキーニ二本切り取りてハムと炒めぬ男の暮し
2017.06.16
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<女と男> 先日TVを観ていたら、テーマは男女の脳の仕組みの違いだった。女性は右脳、左脳の両方を上手に使うようだが、男性は左脳を中心に使うのだとか。これはどうも人類の祖先たちの暮らし方に起源があるようだ。男は家族を食わすために狩りへ行って獲物を獲る。その間女は家で家族を守るため、他の女たちと協調を保つ。この際、左右の脳をフル回転させる必要があったのだとか。 男はたとえ過去に怖いことがあっても狩りに行く運命。獲物を獲るためにはどうすべきかを常に考えている。そのためには意識を集中させる必要があった。こうして男は論理的になり、女はより感情的な存在になった由。そのせいか、女性の脳梁は男性に比べて太い。これは左右の脳を活用するためだ。また女性の脳には周期性があり、古い嫌な思い出を何度も繰り返し思い出すのもそのせいなのだとか。 電話が鳴った。ツーリストの添乗員からの連絡。今週末、私は1泊で尾瀬へ行く。電話はその注意事項だった。先ず雪が残っていて、朝の最低気温は5度くらいであること。以前ブロ友のyuriさんにも聞いていた通りだった。ハイキングの積りでいたのが、意識が変わった。服装に注意する必要がある。それに登山靴かトレッキングシューズが必要だと。 私のシューズは使い出してから25年ほど経つ。時々登山中に靴底が剥がれる人がいる。そうなった時に縛るよう、予備の靴紐を4本持参することにした。泥除けもセーターも必要だ。初日の食料と飲み物も出発前に買う必要がある。急に気忙しくなって準備を始めた私だった・ さて、添乗員には不整脈の持病があることも伝えた。念のための申告だ。コースの高低差は250mほど。2日間それぞれ4時間半ほどの行程で、雪の上も歩くらしい。気合を入れる必要がありそうだ。郵便局へ行ってお金を下ろした。その後別のツーリストに10月の離島ツアーを申し込んだ。もし来年も元気だったら、他の離島へも行って見たいと思っている。 上野動物園のパンダが赤ちゃんを産んだとかで、ニュースになっている。まあ目出度いのは目出度いが、あんまり騒ぎ過ぎじゃないのか。皮肉れ爺はそんな風にも思うのだ。和歌山県白浜の動物園では、確かこれまでに8頭の赤ちゃんパンダが産まれている。そして今も雄雌2頭が中国に「妊活」に行っている。そっちの方は全然騒がれてないのもどうかと思うんだがなあ。まあ、どうでも良いけど。 畑の春菊を全て抜いた。トウが立って来たからだ。茎も硬くなり、花が咲き出す。種を結んで子孫を残そうとするのは自然の摂理。まだ柔らかい所だけ摘んで冷蔵庫で保存。雲南百薬の葉を30枚ほど摘んで茹でた。約8か月ぶりに食べるお浸しで、今年の初物。今夜は焼き魚、冷奴、雲南百薬のお浸し、納豆、トマトとキュウリのサラダなど。実にささやかな一人暮らし。男の脳は単純だ。オーノー(脳)。
2017.06.15
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<ラスコー洞窟の工夫> 「ラスコー洞窟はすっかり有名になったんじゃが、そのお陰でわしらが描いた絵がすっかりダメになった」。クロマニョン人が悲しそうに言った。見学者が次々に洞窟に訪れ、彼らが吐いた息で洞窟内の湿度が上がり、カビが生えて来たんだねえ。これは日本の高松塚古墳も一緒。あの貴重な壁画も古墳に入った研究者の吐く息でダメになったんじゃ。人間は同じような過ちをするんだねえ。 フランス文化省が採った措置は素早かった。先ずラスコー洞窟を封鎖したのさ。 驚くべきことに、フランス文化省は次の手を打った。何とラスコー洞窟そっくりの洞窟を作り、そこに元の絵を再現したんだよ。これにはクロマニョン人もビックリと言う訳。 それだけじゃないぞ若い衆。この第2の洞窟では、見学者も模写体験を出来るようにしたんだ。さすがはフランス文化省。見るだけでなく、自分でも描く喜びを味わい、引いては芸術や文化に対する理解を深めるようにしたんだねえ。 そして最近では「貸し出し用の展示」まで作ったんだ。つまりこれは第3の洞窟って訳。東北歴史博物館の特別展でも、この第2洞窟、第3洞窟の試みが生かされているんだよ。この絵などは洞窟内の暗闇でも絵の輪郭が浮き出て、臨場感が持てるように工夫されているのさ。 「わしらが描いた絵を観てほしいな。これはすべてレプリカで、わしらが描いた絵の方が上手だが。そう言ってクロマニョン人は姿を消した。 どちらもバファローだ。近鉄球団が懐かしいね。 どちらにも様々な動物が、とても正確に描かれているね。 こちらは馬の群れ。デッサンだけど素晴らしい描写力だねえ。 力強いバファローの姿。良く観察してると驚くよね。 堂々とした彩色の馬を中心にして。 牛と馬が入り乱れて。 草を食む馬の群れ。群馬県の人が観たら喜ぶかな? ラフなデッサンですが・・。 右を向いた牛の顔。ウッシッシ。 まるで抽象画のようなオオツノシカ。 彩色された馬。 当時の絵具に関する説明です。<不定期に続く>
2017.06.14
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<マックス爺またまた博物館へ行く> 5月中旬のある日、私は多賀城市にある東北歴史博物館を訪ねた。 『特別展 世界遺産ラスコー展』を観るためだった。会期は3月25日から5月28日まで(2017年)なので、残念ながら既に終了しているのだが、今日はこの展示を紹介したい。なお、ほとんどの展示物はレプリカで撮影が可能だったが、一部はレプリカでありながら不許可のものもあった。その差が何なのか、私はついに分からないままだった。 世界遺産ラスコー洞窟はスペインのアルタミラ洞窟と並ぶ壁画で有名な洞窟。フランスの西南部ドルドーニュ県にある。 モンティニャック村はとても静かな山村。 1940年のこと。ヴェルゼール渓谷の河畔で遊んでいた少年たちが、愛犬が落ちた穴に入って助けようとした。 愛犬が落ちた穴の奥には洞窟が続いていた。そこで少年たちは驚くべきものを観た。 そこには今にも飛び出そうとするようなたくさんの動物たちが、色鮮やかな絵の具で描かれていたのだ。一体誰がこんな絵を描いたのだろう。評判は直ぐに広まり、やがて洞窟は学術調査の対象となった。 発掘調査の結果人骨が発見され、クロマニョン人と命名された。洞窟の絵を描いたのは彼らであることも分かった。 従来ヨーロッパ人の祖先はネアンデルタール人だと考えられて来た。35万年前に出現した彼らは、2万数千年前に絶滅したことが分かった。 これに対してクロマニョン人はホモサピエンスの直接の祖先であることが分かった。 2万年前のヨーロッパ北部は分厚い氷床で覆われていた。地図の白い部分だ。 同じ時期の日本列島も、北部でアジア大陸と陸続きだった。間宮海峡が凍り付き、歩いて渡ることが出来たのだ。 発掘された人骨から復元されたクロマニョン人の肖像。(以下同じ) 女性の頭部には見事な装飾品も。 彼らは賢明で、かつ優れた芸術性を有していた。 当時のユーラシア大陸に棲んでいた動物たち。 彼らが実際に目にした動物たち。その1 目にした動物たち。その2 オオツノシカの利用例。肉は食料に。角は彫刻の材料に。毛皮は服の素材として。骨は針など裁縫道具として利用した。クロマニョン人は高い文化性を持った人種だったのだ。<続く>
2017.06.13
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家の裏から話し声が聞こえた。私が台所で料理中のことだ。「あれっ、裏の親父が退院したのかな?」。そのうち私を呼ぶ声。網戸を開けると裏の住人だ。この家を建てた20年前は因業親父で、ろくなことがなかった。今年のお正月に入院して退院と言う日にドクターに異常を告げたら、循環器内科に急遽入院することになった由。肺に水が溜まっていたとか。心臓の調子も悪かったようだ。 彼の用件は、松の木を切ることの了承だった。枯れた松葉が我が家に落ちるのが嫌だったが、これまで黙っていた。もちろん良いことなので了承。私は彼の入院中に前妻と離婚したことと、近く外壁の塗装工事をすることを告げた。そのうちに煮物が焦げる心配があったので窓を閉めた。だが、その決断が遅過ぎたようだ。網戸を開けている間に入り込んだ蚊に刺されたのだ。今年もまたそんな季節になった。 先日同じ班のHさんがグランドゴルフをしないかと私に声を掛けてくれた。一人暮らしの私を気遣ってくれたのだろう。ゲーム中に人と会話するのが楽しい由。でもねえ、爺さんと話すよりもブログを書いてた方が楽しいんだよなあ俺って。そのHさんが昨日は「雨が降って来たよ」と教えてくれた。ベランダの手すりに布団が干してあるのを観ていたのだ。「どうも済みません」。そう答え、慌てて布団を入れた。 お向かいのKさんと話したら、ママチャリで山まで上ると言う。家の近所は坂道の途中で、下りは楽だが上りは自転車ではかなり辛い。私よりも年上の彼がそれを「運動になって良い」と答える若さはどうだろう。かつてレースで100kmや200kmを走っていた私は、自分では体力がある方だと思っていた。その確信が最近はとみに怪しくなった。この歳になっての体力の逆転は、悲しい現実だ。 畑のズッキーニを獲った。ネットで調べたら、生でも食べられる由。そこで皮を剥いて漬物にした。切った感触はカボチャのような硬さ。それもそのはずキュウリではなくカボチャの仲間らしい。小さいのが2本では量不足と感じてナスとキュウリも刻み、若いミョウガの芽と一緒に漬けた。さっぱりした味だった。 しかし3食とも自分で作って食べていると、直ぐにおかずが無くなってしまう。つくづく主婦は大変だと実感。それは掃除や洗濯をしていても同じ。家事とブログと買い物だけで一日が終わる日もある。今日はイワシを丸干しにした。先日は麻婆ナスを作り、残り汁で麻婆豆腐も作ったが、あっと言う間に平らげた。今日はさつま揚げと昆布の、そして野菜とベーコンの煮物を作った。炒め物が続いていた反省だ。 今日は「絆まつり」を取材する予定でいたが止めた。プロ野球の交流戦実況中継を観ているうちに気が変わったのだ。もし取材していれば東北の主だった祭りを紹介出来たと思う。だがサボったお陰で読者はこんなどうでも良い話に付き合う羽目になった。済まんと思うが無理はしない。今日は25度に達するような暑さ。足の弱った爺が街に出かけて倒れるよりはマシだろう。それも変てこな屁理屈だが。
2017.06.12
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<古代史はお好き?> <仙台市地底の森ミュージアム> 今年の大型連休のさ中、マックス爺は何度か博物館へ行った。最初に行ったのはこの楕円形の博物館。まるでUFOのような外観だが、ここには約3万年前の遺跡が眠っている。そう、旧石器時代の森が、そっくりそのまま博物館の地下に収まっているのだ。 だが、この日の目的は違っていた。開催中の企画展「陸奥の国府郡山遺跡と周辺の遺跡」を観るためだ。「陸奥の国府って多賀城じゃないの?」。東北の古代史に明るい人ならきっとそう言うはず。だが多賀城に国府が建てられる以前、仙台市太白区郡山の地に国府が置かれたことを知る人はそう多くはない。それだけ研究の歴史が浅いのだ。新たにどんなことが分かるのか、私は喜び勇んで出かけたのだった。 これまでの発掘調査で、官衙(かんが=官庁の建物)は2期に亘って建てられたことが判明している。第一期の建物は真北から東に約60度傾いていた。ところが第2期の建物はほぼ北向きに建て直され、付属寺院まであった。官衙は材木塀で周囲を取り囲まれ、その外に大濠があり、さらに外濠で厳重に囲まれていた。南門の南西部にあるのが付属寺院で、正式な名称が不明のため地名を採って「郡山廃寺」と呼ばれている。 発掘調査後に作成した平面図から復元した第2期の官衙。東北に初めて置かれた国府の姿は、実に堂々としている。左手前方に見えるのが大年寺山。江戸時代には伊達家の廟が置かれたが、この周囲には横穴古墳が多く存在する。一説によれば、この官衙に勤務した役人達が葬られたとの説もある。 官衙の敷地内には役人たちが住んだ家もあった。官衙に比べれば粗末な掘っ立て柱の家だが、すぐ外に材木塀があり、大濠が見えるところから武人の住居とも考えられる(私見)。恐らくは蝦夷(えみし)の襲撃から護ったのだろう。 左は円面硯(えんめんけん)で焼き物の硯(すずり)。右は刀自(とじ)でナイフのこと。これで木を削って字を書いた。両方とも当時の役人の必需品。国府の役人は税や国内の状況などを都に報告する必要があったし、刀自は木製の荷札や木簡(もっかん=木に書く記録)の間違った箇所を削って書き直すための道具。つまりそれほど紙が貴重品だった証でもある。 どちらも郡山廃寺跡からの出土品。左は軒丸瓦(のきまるがわら)で右が平瓦(ひらがわら)。 この時点ではまだ陸奥国分寺と国分尼寺は建てられておらず、瓦は超貴重品だった。官衙の建物でさえ板葺きなので、いかに寺が大切な存在かが分かる。蝦夷と接する最前線に、学生(がくしょう=勉学に励む僧)が居たことも想定される。 さらに驚かされるのは、第2期の官衙跡から石組みの池が出土したこと。同じ例が明日香村の藤原宮跡に存在する。その目的は蝦夷などの饗応にあるとされているが、この最前線にも京と同じ施設が設けられた意図が重要。当然池の傍では恭順した蝦夷を酒食でもてなしたことだろう。さらに藤原宮から神の住まう三輪山が見えたように、ここからは太白山(当時は生出が森か)を仰いだのだろう。 5月20日に開催された講演会にも私は参加申し込みをした。講師は仙台市教育委員会文化財保護課長の長嶋栄一氏。企画展は単なる発掘物の展示だが、こちらは実際に発掘した当事者から話が聞けるのだから面白い。興味深い話がたくさんあったが、ここではその一部を紹介しよう。 土師器 須恵器 土師器(はじき)は低い温度で焼いた分厚い土器で、須恵器(すえき)は高温で焼いた薄手の土器。当然須恵器の方が高い技術力を要する。郡山官衙の造営に際して、陸奥の住民だけで創ることは無理。そこで京の命により、関東から高い技術を持った人々が派遣された。なぜそれが分かるかと言うと、関東様式の土器が出土しているからだ。 だが彼らだけでも官衙は出来ない。東北様式の土器も出土しているため、土着民も一緒になって最先端の国府を創建したことが分かる。東北土着の人間が果たして役に立ったのだろうか。その謎を解く「鍵」が近くの古墳にある。 隼人の革盾 これは郡山遺跡から南西へ3kmほど離れた大野田古墳群の春日社古墳から出土した「隼人の革盾」のレプリカ。盾自体は腐って失われたが、その紋様が地中に残っていた。隼人は京を護る武人で、盾はその防具。各地に出土例はあるが、東北では初めてのものだった。古墳時代末期であれ、都と繋がりの深い豪族がこの地にいた何よりの証。さらに郡山官衙と関係の深い大型の建物跡もこの周囲で見つかっている。 土器の拡大部分 さて、郡山遺跡発掘された土器に「名取」と読める字が刻まれていたものがある。一時、郡山遺跡は「名取郡衙」だと考えられた時期があった。だが付属寺院を備えた巨大な遺構などから、多賀城の創建に先立つ「陸奥国府」と認識を変えたのだ。だとするとこの「名取」が意味するものは何か。 講師は言う。名取郡出身の兵士がいたのではないかと。それも名取郡は「名取南方」と「名取北方」の2つに分かれ、この地は名取北方に当たると考えられている由。そうか。それでかつて長町は名取郡長町村」だったのかと納得。 航空写真 最後に2人に対して質問が許された。関東から参加した1人は専門的なことを尋ねたが、その後誰も手を挙げない。そこで私が質問した。郡山の国府と水運の関係についてだ。図は遺跡付近の航空写真。左の枠内が第2期の付属寺院(郡山廃寺)で右の枠内が官衙跡(陸奥国府)。右手の川が広瀬川で左手下に少し見えるのが名取川。 郡山遺跡は2つの川の自然堤防上にあり、第1期の建物は東側に正門があり、広瀬川に向いていたことから広瀬川の水運を利用したことが分かる。第2期になると正門(南門)は西を向き、陸路(官道か)を利用した由。なお第2期後半の官衙は蛇行した広瀬川が浸食したせいで、北側(写真では右側)の敷地の余裕が無くなったことも分かっている。こんなことにも面白がるマックス爺であった。
2017.06.11
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歩いている途中にふらっと来た。昨日(と言ってもこれは予約機能を使って書いているため、正確には一昨日)歩いて買い物に行く途中だった。暫く運動してなかったせいか(そんなこともない。前日は自転車に10km乗った)。久しぶりに不整脈の発生か(そんな兆候はなかった)。すると低気圧の通過で、体調がちょっぴり異変を感じたのだろう。それに老人には「ふらつき」など友達のようなものだし。 昨夜は久しぶりに目が冴えて眠れなかった。則本が日本新記録を更新して4連敗を止めた興奮が残っていたのだと思う。ラジオで野球を聞いていたのだが、大差になった所で浴室でシャワーを浴びた。だがスポーツニュースの楽天のところで眠ったようだ。結局12時過ぎにスポーツニュースを観、睡眠薬を飲んで寝た。有り余っている睡眠薬は滅多に飲まなくなった。 今自分は少しすっきりしていない。先日一緒に飲んだ大学のクラスメートにメールをしてないのもその一つ。本来なら早々にお礼を言い、こちらの経済状況と今後の見通し、そして嫁さんに来てくれる人への希望なども記して依頼すべきなのだろうが、なぜかそのままの愚図な私。功なり名遂げた彼らに簡単に頭を下げるのが嫌なのかも知れない。 天皇陛下の退位に関する特例法が参議院の本会議で成立した。この分で行けば2年後の元旦から「新元号」となることが濃厚だ。その際の陛下の年齢は85歳。もう十分じゃないかと思う。それだけ長年公務に携わり、国家のために尽力下さっただけで有難い。ただ女性宮家創設に関しては、さほど活発でない感じ。さて、イギリスの総選挙で過半数が獲得出来なかった保守党だが今後どんな影響が出るか。 昨日のブログに花がなくて淋しいと書いたのだが、今日は庭の花を切り、花瓶に差してみた。「プレバト才能ランキング」など観ていない我が身。超適当なものだ。左からミニバラとムラサキツユクサ(玄関)、バラ(床の間)、シャラ(下駄箱)。 実は旅行の申し込みで迷っている。梅雨の時期は天候が問題の上に、自分の体調も少々心配。今年行くべきか、それとも来年以降に延ばすか、どうしたもんだろうねえ。お中元も含めて。
2017.06.10
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昨夜は風呂にも入らずに寝てしまった。「それじゃシャワーを浴びたんだろ」と言う声が聞こえて来そうだが、そうではない。わが東北楽天が3連敗したことでガッカリしたんだよねえ。それで久しぶりに8時間も眠れたのだから、まあ良いとするか。ジャイアンツの12連敗に比べたらまだ可愛いもの。ちゃんと貯金も18あるんだしね。それに今夜の先発は則本。きっと彼が連敗を止めてくれるさ。 しかし将棋の藤井4段は凄い。中学生でプロ入りしてから何と23連勝中の快進撃。そして彼が揮毫した扇子の売れ行きが抜群なのだとか。「段」がついた扇子は希少価値になるとの評判。今の勢いならきっと何かの称号を得るのは確実。そうなると印刷でも、扇子の値打ちは高まる由。扇子ならぬセンスが違うんだねえ俗人とは。子供の頃は将棋を考えるのに夢中で、ドブに落ちたこともあるらしいよ。 昨夜ようやく冷やし中華を食べた。今年の初物だ。日中はヒンヤリしていたのが、夕方から蒸し暑く感じたからだ。家を覆っていた足場が外され、気温が上がったのだろうか。具はトマト、春雨などのサラダ、そしてタケノコの煮物、そしてハム。納豆の洋辛子も「たれ」に混ぜた。ところで冷やし中華の発祥地が仙台だと知ってましたか。昭和30年代の「龍亭」の味と具。今でも良く覚えていますよ。 足場を外したら部屋が少しは明るくなったような気がする。まあ一人暮らしのため、空間は広いんだけど。そうそう。電気屋に電話する前に、掃除機の具合を確かめた。なぜか嵌らなかったゴミ収集の容器が、今朝はピタリと収まった。何のことはない。ちゃんと穴の位置を確かめなかった自分の不注意。「勘」に頼るだけでは駄目なんだねえ。マックス爺お粗末の一席でした。 昨日(7日)のブログにさるブログ友が「独り暮らしを楽しんでいるようだ」とのコメントを寄せてくれた。ふ~む。爺は必死で生活と戦っているつもりなんだが、外目にはそう見えるんだねえ。これでもまだ余裕があるのかなあ。それはそれで嬉しいし、「やせ我慢」が出来そうな気もする。 「それでもなあ」と独り言。玄関にも居間にも花が無い。だからと言って自分で花を切り、花瓶に差すまでには至らない。何だか侘しいんだよねえ、独り者って。 さて8月の「薬莱山とお足」には、電動アシスト付き自転車で参加すると返事を出した。往復110kmの道のりは今の自分にはかなり負担で、きっと地獄の憂き目を見ることだろう。それでも挑戦する価値はある。その挑戦心だけが唯一の頼りだね。 「ブログ管理」の「アクセスレポートをもっと見る」をクリックすると、前日のアクセスの内訳が表示されるが、これがいかにも不可解。自分の例で言えば、昨日分のブログのアクセス数は497件中34件のみ。「全体」でも43件と言うから20分の1にしかならない。最新の記事が10分の1以下で、それ以外は別のブログを観てるなんて到底信じられない。どこか変だよ、楽天ブログ。 話は変わって、世界有数のヨットレース「America's Cup」に出場している各国のヨットの仕様が凄い。これでは航空機並みじゃないか。かつてのような体力勝負のヨットレースではなく、最新技術と情報収集能力を駆使した戦いであることを痛感。時代は変わった。日本チームは決勝進出まで後2勝。何とか世界のレベルに食らいついてほしいものだ。 さて昨夜のプロ野球の結果だが、楽天は勝って4連敗を免れ、則本は2桁奪三振の連続記録を8に伸ばした。巨人はさらに負けて13連敗の球団新記録となった。嗚呼。
2017.06.09
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「年金に見合った暮しまっさきに割引コーナーの疲れた野菜」 新聞の県内版に載った短歌である。まったく同感だ。女房に見捨てられ年金分割となった身には、一層身に沁みる内容。この歌を観たせいでもないが、今日は遠く離れた園芸店へ行って来た。野菜の苗を買うのではなく、目的は安い野菜と果物の入手だった。 返歌 「我もまた年金暮らしの厳しき身けふも買ひたりお値打ち野菜」 マックス爺 この日買ったのはキャベツ1個100円。キュウリ3本60円。ジャガイモ7個150円。オレンジ(小)5個200円。ネギ6本50円。大根(中)1本50円。タケノコ(破竹)1本98円。ナス5個120円。消費税込みで合計894円也。ジャガイモ以外は全て見切り品で、ジャガイモはこの春掘った新しいものだった。 タケノコは初物。前妻が家を出る前から私は全ての食事を自分で作っていたのだが、値段が高い食材や手がかかる料理には手が出せないでいた。最近は生きるための食事から一歩前進し、安い素材でも極力美味い料理へと切り変えた。先日はワラビの煮物に挑戦し、昨夜は春雨、レタス、キュウリ、ハムの酢の物を作った。 シャキシャキした食感の破竹とは、何が相性が良いのだろう。もちろん手元にある食材でのことだ。そこでベーコン、油揚げ、刻んだニンジンと一緒に煮ることにした。ただ、残ったワラビの煮物の煮汁を使ったため、少々味が薄くなったのが残念。だが料理は直感を養うには良いゲームだと思う。 新ジャガイモが出だしたと言うことは、我が家の「北あかり」も収穫が近いと言うことだろう。ズッキーニの花が咲き、小さな実が少しずつ大きく育って来た。玉ネギの収穫も近く、そうなるとジャガイモと玉ネギは今年いっぱい買う必要がなくなる。春菊は「トウ」が立ち出した。雲南百薬の葉が大きくなり、もう直ぐ食べられそう。パセリも大きくなり、ニラも成長。三つ葉は種が出来始めた。 居間の窓辺に座ってPCを開く。時にはここで新聞を読み、お茶を飲む。先日買った「抹茶入り玄米茶」は飽きが来ない。ただし安いだけあって2回ほどしたら味が出なくなる。まあそんなものだが、急須が詰まらないのが助かる。袋菓子をおやつにしてお茶を飲む至福の時。Y紙の文化欄で歴史物を読んだのは初めてかも。A紙には劣るが、連載中の歴史小説はなかなか面白い。 捨てた部分 風呂に入るのは3日か4日に1度。その間体を洗わない訳ではない。我が家の風呂は夜間電力で安くお湯を沸かして溜める方式。追い炊きも出来るが、電気代と水の節約でシャワーを使用中。風呂の残り湯は洗濯に使うが、1人暮らしのため3日か4日に1度の洗濯で十分なのだ。庭木や野菜への水やりも毎日は必要ないし、梅雨に入るこれからは全く不要だもんねえ。 破竹の皮 電動アシスト付き自転車だって、常にスイッチは入れない。下りは自力だし、フラットの部分も極力自分で漕ぐようにしている。バッテリーへの充電回数が900回までらしい。まあ私が生きてる間にそれだけ充電することは多分ないのだろうけど。 断捨離を進める中で、長男が10年以上も前に我が家に置いて行ったパンツと靴下が出て来た。今更送るような物でもないので、私が使うことに。比較的新しく、着用していても心地良い。40半ばの息子のパンツを穿く爺さんの気持ち、分かるかなあ。分かんないだろうなあ。離婚でバラバラになった家族だが、これもまたわが人生。本日リフォーム用の足場が外され、家の周囲が再び明るくなった。
2017.06.08
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空気がヒンヤリしている。朝の散歩時には寒いくらいで、北風が身に沁みた。そんな訳で、先日買った冷やし中華がなかなか食べられずにいる。今日は肉じゃがを作ったが、もっと脂身のある肉の方が良かったかも知れない。 きれいな青梅が実った。さて今年は何に使おうかと考え中だったのだが、先日観たら真っ黒。どうやら若葉を食べたアブラムシの糞が周囲を真っ黒に変えたようだ。あれまあ。今年は生った実が少ないけどきれいな実だと喜んでいたのになあ。 新しい掃除機を買った。さすがに調子が良くてゴミをドンドン吸い取ってくれ、これは助かると思っていたのだが、ゴミを容器から取った後が上手くはまらなくなった。本当なら「カチッ」と音がして納まるはず。それがどうしても固定しないんだよなあ。人生同様、俺って本当にドジで不器用なんだよなあ。 先日ペンキ屋さんが近所のSさんと一緒にやって来た。これから行う塗装工事の相談だった。現場を見てもらった上で見積もりを出してもらう予定。その後2階から1階の居間へデスクを移動してもらった。場所もまあまあ。後は本などを移動するだけなのだが、さっぱり進まない。そんな時は疲労回復を待つしかない。でも食欲だけはあるんだよなあ、一人前に。 肩の痛みはかなり引いたが、本来の動きは出来ないまま。恐らく1か月以上も痛んだ所をみると、単なる打撲ではなく骨折(ヒビ)していたのだと思う。それも何とか薄らいで、いよいよ走れるかと思ったら今度は膝が痛む。年寄りと言うものは、自分の体でありながらなかなか思うように動かないものだと知る。こんな風にして少しずつ弱って行くのかねえ。 ジャイアンツが何と10連敗中。これは予約機能を使って書いているため、今日(正確には昨日の6日)の結果は不明の段階。しかしかつてはV9を果たした勇者が、まさかこの体たらくとはねえ。ビックリ仰天でお口がアングリ。あれだけ選手を補強してるのになあ。ジャイアンツファンの皆さん、ゴメンナサイネ~!! プロゴルフのタイガー・ウッズ選手が逮捕された。アルコールか薬物を服用しての運転の疑いだった。TVの画面に映った彼の表情が酷いのにビックリ。あれは薬物の影響だろうと直ぐに感じた。かつては世界ランク1位の堂々たる実力者が、今ではランクも700位前後に低迷。 奥様とも離婚して大金を失った彼だが、今は貧乏人になったかと思いきやトンデモナイ。なぜかコマーシャルに引っ張りだこで、財産は数百億円に上るのだとか。ある所にはあるんだねえ、お金って。 ドイツで開催されていた卓球の世界選手権での日本人の活躍が凄かったですね。男子シングルスでは、13歳の張本選手がベスト8入り。ランク上位の水谷選手を破ったのですから大したもの。女子のシングルス、ダブルス、男子のダブルス、男女混合ダブルスでもそれぞれ上位に食い込み、3年後の東京オリンピックが楽しみになりました。 これは日本の国内での強化計画が順調に進んでいる証拠。有望な選手は中学生に進学する時から東京に招集され、宿泊費や強化費は無料の待遇を受けているそうです。でもジュニアの世界ランキングが20位以下に落ちると、自動的に適用外になるとか。選手強化の陰には、こんな厳しい現実があるんですねえ。でも若い選手達には夢と希望を持って頑張って欲しいな。
2017.06.07
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<偶然の産物> 指定のシアターの入り口でこんなパンフレットをもらった。これから観る映画のPR用のものらしい。こんなのは初めて。でも内容を読もうとしても既に室内は薄暗い。それに映画は全く何の説明もなく始まった。時代設定も場所も分からない。こんなのも初めての経験。ただただ静謐な場面が目の前を通り過ぎ、自然の音がどこからともなく聞こえて来る。 この映画を観ようとしたのも偶然から。たまたま他の映画を捜していて目についた。作品の解説を読んだら面白そう。だが封切からかなり日にちが経って、上映は朝一での1回だけ。それで朝から用事がある日は行けずにいた。 大体にしてタイトルが変。「たたら」は製鉄に関する用語で、これがなぜ侍と結び付くのかが分からない。それも結果的に私の興味を引いた。この映画に関しては何の予備知識もない。ただ好きな「歴史」と、私が勝手に結び付けていただけの話。 「たたら」とは鉄を作る際の道具の一つで、炉を高温に保つために強い風を送る装置。これを複数人の男が交互に踏んで風を起こすのだ。「たたらを踏む」はここから来た言葉。鉄の原料となる砂鉄は貴重品で、しかも製鉄技法は秘伝中の秘伝。マニュアルのない時代は全てが「勘」に頼っていて、しかも「一子相伝」が原則だった。こうして生み出された玉鋼(たまはがね)が日本刀の良質な材料になる。 出雲の国(現在の島根県)斐伊川の上流では古代より良質の砂鉄が採れた。ここはかつて素戔嗚尊(スサノオノミコト)が八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治した場所でもあった。この神話は8つの頭を持つ大蛇を、山中を曲がりくねりながら流れる斐伊川に喩えたとも言われる。そして大蛇の腹の中から出て来た雨の群雲の剣こそが製鉄の象徴であり、後に天皇家の神宝ともなったと私は理解している。 豊かな出雲は古代より「出雲族」が治めていた。出雲氏は古代豪族の一つで畿内にもいたのだが、大和を支配した天皇家により出雲へ退却した。だが天皇家と吉備族の連合軍によって敗れた。これが形を変えて「国譲り神話」となったのだろう。出雲族は九州の宗像氏とも誼を通じており、共に海人族で日本海の水運を牛耳った。荒神山遺跡から大量に出土した銅剣も出雲族の遠い先祖が遺したと私は考えている。 時は戦国時代の末期。このたたら村を狙う武将も現れた。村を護ろうとして侍になろうとする若者もいた。たたら吹きを司る村下むらげ)の息子である伍助もその一人だが、良質な玉鋼を独占しようとする商人の策謀にはまる。彼らはこの危機からどうやって逃れ、村を護るのかが見ものだ。 映像は実に美しい。全てフィルムを使用しての撮影だったとか。神に捧げる神楽の舞も本物。歌舞伎の祖である出雲阿国を生んだ土地柄だけあって、舞も一流。またロケの場所も選りすぐったお陰で、神秘的でかつ自然豊かな日本の姿を映像化出来、これが第40回モントリオール世界映画祭最優秀芸術賞受賞の決め手になったのだろう。 監督の錦織良成は出雲市の出身。この作品は彼自身が原作を書き、脚本も書いた。それだけこの映画にかける想いが強かったのだろう。だが時代考証には疑問が残る。製鉄技術者自身が刀鍛冶になることはまずないし、それもいきなり鉄砲鍛冶になるなどは無茶。当時極秘の「設計図」の入手など至難の業だと思うのだが。 さて伍助が都に上る際に乗った船は、青森県で復元された北前船。絵や写真では観たことがあったし、佐渡島では博物館で本物も観た。だが実際に海を走る姿を観たのは今回が初めてだった。日本海を北から南へと自由に航行し、蝦夷地(北海道)などの産物を大坂まで運び流通経済を盛んにした北前船。その走る姿を観られたのが嬉しい。CGに比べたら「本物の良さ」が全く違う。 背後に流れていた音楽も良かった。初めて聞く名前の歌手だが、オーケストラの指揮は久石譲。今回観た3本の映画全てが、彼の音楽とは奇遇としか言えない。 若手の演技を際立たせたベテラン俳優の名を以下に挙げておこう。津川雅彦、奈良岡朋子、笹野高史、山本圭、中村嘉葎雄、高橋長英、宮崎美子、でんでん。一方若手は、青柳翔、小林直己、AKIRAなど。なお薬物所持の疑いで逮捕された橋爪遼の名前はクレジットから消されたようだ。これも何かの因縁か。
2017.06.06
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<家族はつらいよ2> かつての名画『東京物語』に着想を得た『東京家族』→『家族はつらいよ』も今回が第2作となった。「寅さんシリーズ」の山田洋次が自ら原作を書き、しかも監督する次作が果たしてどんな趣向を凝らすのか。それが今回の興味の的だった。せいぜい前作の焼き直し程度ではないのか。そんな疑念を払拭するようなストーリー。良い意味で期待を外された私だった。 横浜の郊外に住む3世代同居の家族。それに3人の兄弟夫婦がからむホームコメディ。話の主人公は70台半ばの夫婦(橋爪功、吉行和子)で、兄弟役は前回と全く変わってない。頑固な爺さんがもたらす大騒動は今回も健在で、高齢ドライバー問題が話題の中心だった。それに加えて老いらくの恋や、高校時代の同級生の没落や離婚問題がクローズアップされる。現代日本の家族問題の典型とも言えようか。 老夫婦の心理描写もごく自然で、3兄弟とその連れ合いが置かれている社会的な位置なども興味深い。映画は現実社会を切り取り、見事に描き切っている。だからこそドタバタ喜劇の面白さと同時に、人間の本質から来る哀しみをも味わうことが出来るのだろう。だがその哀しみも決して暗いものではない。どこにでも転がっている身近なエピソードの積み重ねだからこそ現実味があり、安心して笑えるのだろう。 3兄弟とその連れ合い、そして孫たちの今後の成長が楽しみだ。出演者は他に西村雅彦、夏川結衣(長男夫婦)、中島朋子、林家正蔵(長女夫妻)、妻夫木聡、蒼井優(次男夫婦)、小林稔侍、風吹ジュン、劇団ひとり他。このシリーズが果たして何作続くのか、楽しみにしていよう。なお橋爪功の長男で俳優の遼が薬物使用の疑いで逮捕され、父の橋爪功は謹慎し当分活動を休止するみたいで残念だ。<花戦さ> 世は天下を統一した秀吉が太閤となった時代。千利休は茶道の師匠として秀吉に仕えた。ところが京の都には花を以て仏に仕える僧達がいた。これが花僧である。時代は信長の時代に戻る。六角堂の花僧である池坊専好は推薦されて岐阜城に赴き、信長のために花を生ける。それは信長の野望を称える雄大なものなのだが、結果は大失敗。それを救ったのが「サル」と呼ばれた秀吉だった。 信長亡き後天下を取った秀吉は横暴を極め、自分を馬鹿にした町人すら許さない。茶の師匠である千利休すら秀吉の怒りを買って切腹させられた。これを諫めようとしたのが一介の花僧である池坊専好。彼の命がけの諫めは果たして聞き入れられたのだろうか。この生け花を以ってした無言の抗議が、タイトルの「花戦さ」となった。 原作は鬼場忠の小説で、とある伝説を下敷きにしたものとか。出演者は野村萬斎、市川猿之助、中井貴一、佐藤浩市、佐々木蔵之介、高橋克実、吉田栄作、竹下景子ら錚々たるメンバー。日本の華道界を牽引する池坊の祖となった人のエピソードで、歴史的な裏付けはともかく、軽快でコミカルな内容だった。 人々の衆目を集めるため金の茶室を建てた秀吉。だが茶の本質から外れるとして、秀吉が嫌った黒い茶碗をその茶会で用いた利休。その緊迫感がたまらない。なぜ利休はたかが茶碗一つのために、自らの命を投げ出したのだろう。 利休と聞いて思い出す人が一人いる。静岡文化芸術大学前学長の熊倉功氏だ。先生とはつくばのT大学で一緒だったが、何の専門かその時は知らなかった。千利休研究の第一人者と知ったのはその15年後。ある国立博物館で再び一緒に勤務した時だ。歴史家と言うより、千利休の精神についてメスを入れた人との認識が植え付けられた。先生の名は時々テレビや映画(時代考証)で見かける。 私は歴史が好きだ。長年日本古代史に魅かれていたのだが、その後は幕末や明治維新などを含めて、日本史全体への関心へと広がった。この作品からも歴史を学び、乏しい知見を広げることも出来る。今回は華道の元となった花僧の存在を知った。池坊宗主の「専」は、琉球王朝時代の武士の「名乗り頭」(代々名に同じ漢字を使う)と同じ思想だろう。2つの作品共に、音楽担当が久石譲だったのが愉快。
2017.06.05
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ムラサキツユクサ 早朝に目覚めた時はテレビのスイッチを入れ、「おは4ニュース」を聞きながら二度寝することにしている。これがなかなか気持ち良くて、最低でも15分は寝られるし、長い時などは1時間半ほども眠ることが出来てグーだ。しかしなぜこんなに疲れるのだろう。やっぱり歳のせいだと思ったのだが、昨夜の場合は違っていた。急に思いついてデスクの中身を整理したのだ。 カエデ 日曜日に塗装屋さんが打ち合わせに来ることになっている。その時に2階からデスクを1階の居間に移してもらおうと言うのだ。それなら予め準備しておく必要がある。そう思って本やら子供達の幼かった頃のアルバムなどを邪魔にならない場所に移動した。ガラス戸や棚板も外した。そう。私のデスクは本棚と机が一体化したもの。しかも分離できないタイプなので、他人の力を借りる必要があった。 花水木の仲間 その上、よせば良いのに洗濯までやった。翌日は週に1度の大掃除の日。かなりの時間がかかるため、前夜のうちに洗濯を済ませて置けば少しは楽だろうと考えた訳。きっとそれも疲労の原因になったのかもね。ともあれ以前に比べて疲れやすくなったのは紛れもない事実。 キウイの蕾 最近とみに物忘れが酷い。先日は眼鏡を必死になって探した。自分の行動パターンは良く知ってるので、順番に探すのだが見当たらない。2巡目にしてようやく居間のソファーの上で見つけた。座布団の濃い色に、透明な眼鏡が吸収されていたのかも。緑内障で視覚欠損部分があるのも大きい。その翌日も眼鏡を見失ったが、それは短時間で発見。下駄箱の上に何気なく置いたようだ。 老化は悲しいが、こればかりはどうにもならない。でも悪いことだけではない。少し早めに外へ出して霜にやられ枯れた観葉樹の葉が、また息を吹き返した。大丈夫とは思ったが生命力の強さを感じて嬉しくなる。TVドラマを観てウルウル来ることも増えた。涙もろくなるのは歳を取った証拠と言われるが、「何とでも言え」と思っている。感激して何が悪いものか。 今年もシャラが咲き始めた。ナツツバキとも言われるこの木は、家を新築した年に植えた。涼し気で私は好きな花の一つだが、花の命はとても短い。道路側から見たら、キュウリの苗が窮屈そう。ジャガイモの伸びた茎を縛ると、その陰からヒョロリとしたキュウリの苗。日陰で大きくなれなかったんだねえ。ゴメンゴメン。伸びた春菊は、町内会費の集金に来た近所の人に切って差し上げた。 昨日は小雨降る中を歩いて、今日は曇り空の下を自転車で街へ行った。ともに映画を観るため。映画は2月の「沈黙」以来。観たい映画がなかったこともあるが、離婚調停の真最中で観る気がしなかったのが本当のところ。映画の話は改めて書きたい。なお今日の話は一日ずれている。まあ読者の皆様にとってはどうでも良い話だろうが。
2017.06.04
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私は予約機能を使ってブログを書いている。従って「今日」と言うのはたいてい前日の話であることが多い。さりながら、書いてる内容はたとえ昨日だろうが今日だろうが、さほど問題になるようなものではないのだが。 ゴムの葉 またしても朝から雨。これでは散歩は無理と判断し、新聞を取りに行きながらバラの花弁だけ掃除した。室内が暗い。いつもなら食堂の窓辺の明るさでもPCは操作出来るのだが、この日は照明を点けた。それも暖色のLED電球。こんなのもまた楽しいではないか。 カキの花 昨日近所の電気屋さんが来て、浴室の換気扇のスイッチを直してくれた。直接メーカーの部品センターまで取りに行ってくれたお陰で、短時間で解決したのが嬉しい。新しいスイッチは2時間、4時間と、連続のタイマーの3種類。カバーも新しくなって気持ちが良い。人件費込みで6800円也。親子3人でやってる電気屋さんの下の息子さん。社会に揉まれて結構逞しくなり、商売上手になって来たのも頼もしい。 晴れ間を利用して野菜の花を撮っていた。これはジャガイモで品種は「北あかり」。今年は春先から気温が高かった上適度にお湿りもあって、生育は順調だった。土寄せもしてないがまあまあの収穫量になるのではないか。 こちらはトマトの花。ジャガイモもトマトもナス科の植物なので花は似ている。水やりと適当な雨で生育は順調。時々見て回り、脇芽を摘んだり伸びた茎を縛ったりしている。ミニトマトの方は脇芽を摘まず、そのまま伸ばしている。実の大きさよりも数を重視してるからだが、一人暮らしの今年は収穫量に消費が追いつくかどうか。 ナスは当然ナス科なので花の形は似ている。今年は4本の苗を全て長ナスにしてしまったが、問題はないはず。まだ茎の成長は遅いので大丈夫だが、「三本仕立て」の方法を忘れてしまった。そのうちネットで復習しないとね。 これは万願寺唐辛子の花。唐辛子やピーマンなどの仲間なので、花の色や形はそっくりだ。今年が初挑戦の野菜だけに順調な発育を願っているが、さほど難しくはないような感じがする。 これは春菊。今年の種は優秀で、発芽率がかなり良かった。その上に成長も順調だったため、一人暮らしでは食べるのが追い付かなかった。このままだと「トウ」が立ち、花が咲いてしまう。植物は子孫を残すため花を咲かせ種を結ぶのが自然の姿だから、たとえ人間さまでも文句を言えないのだよねえ。 これはズッキーニ。中央部分の斜め右に花のツボミが付いている。そしてその下に小さな実も。万願寺唐辛子同様、私にとっては初めて育てる野菜で知識がない。まあそれほど難しい気はしないが、問題は調理法だね。そのうち収穫が近くなったらネットで研究してみる積りだ。 そして昨年の晩秋に苗を植えたタマネギは今こんな状況。茎が倒れ始めたので収穫は間もなく。恐らく後3週間もすれば、完璧に近いのではないか。紫色のタマネギは初めて作ったが、多分これは皮だけが紫で、中身は変わらないように思うのだが、どうだろうね。いずれにしても野菜がまだまだ高いので、収穫出来たらかなり助かるよね。 青梅も順調ですよ。梅の先端の枝がアブラムシに若葉をやられたが、実は美しい姿のまま。この梅の実が私の健康を維持していると言っても過言ではない。昨年私が作った梅干しはまだ残っているし、梅酢や梅ジュース、そしてそれらに使った実もたくさん残っていて、私はそれらを日常的にせっせと食べている。ひょっとして私は梅のパワーで支えられているのかもねえ。 庭の角の木がこんな花を咲かせた。白くて良い匂いがする花。木には鋭い棘がビッシリ。間違って刺されたらとても痛いんだよねえ。堅くて強い棘は、簡単にランニングシューズの底くらいなら突き通すだろう。 その名前はユズ。と言っても歌手ではない。植えてから今年でちょうど20年目。16年目にして初めて花を咲かせて30個ほどの実がなった。とても小さい実の種類だけど、味は良かったんだよね。それが翌年はパタリと鳴りを潜め、18年目の一昨年にたった1個だけ実をつけた。そして昨年も音沙汰なく、今年は特定の枝にだけ40もの花が咲いた。離婚した年だが、果たして喜ぶべきかどうか。ふう~っ。
2017.06.03
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雨の音が聞こえると思って外を見ると、敷石が濡れていた。やはり雨が降り出したようだ。もう六月だもの、いつ梅雨が来てもおかしくない時期。仙台の紫陽花はまだ蕾。全く花の色すら分からない。一頃励んでいた「断捨離」は一旦休止状態。やはり離婚後気負っていた疲れが、今頃になって出たのだろう。今日はリフォームの工事もなく、静かな家の内外だ。ブログを書くには最適かも知れない。 昨日はブログに5月の支払いを載せた。これは前月と比較するためのメモで、正式な家計簿ではないし、そんな気持ちもない。まあこれから生きるための「ヒント」が得られれば良いと思ってのこと。節約に心掛けているせいか、掃除機やカーペットなど臨時的な経費を除けば、かなり健全な暮らしぶりであることが分かった。口座引き落とし分は住民税やインターネット代金などで、これ以上節約しようのないものだしね。 最近買ったものを紹介したい。これは200g入りで237円(消費税なし=以下同様)。これまで飲んでいたのは玉露の粉茶。値段は600円台だが、急須が目詰まりするのが難点だった。スーパーでこれを大量に買っている人から評判を聞いたら、値段の割には美味しいとのこと。それで今回買ってみた次第。封を切ったら、お茶の茎が目に入った。安くてもお茶の味がすれば私は許せる。 トマトが切れたので往復10kmもある遠くの店に買いに行った。ここは本来植木の苗や花を売ってる店だが、市場から仕入れた野菜や、産直の野菜も売っている。その野菜の品質が良く、しかも安くて助かっている。大小併せて9個で300円だから、近所のスーパーよりはずっと良心的だ。 ピーマンは確か4袋で100円だった。袋から開けたら全部で16個あった。小ぶりだが、今時こんな値段では買えない。早速野菜炒めにし、次は焼肉と一緒に焼こうかと思案中。こんな風にして料理法を考えるのも、脳の活性化に良いように思う。 これはウルイと言う食用のギボシで、シャキシャキとした食感が楽しめる。高級なので買わないが、1把98円と安かったので購入。茹でて酢味噌和えが定番だが、面倒なので酢味噌を作らずに味噌汁に入れた。多少「筋」はあったが、食感は悪くない。全くのお買い得商品だったと自画自賛。 これは3束100円のワラビ。普段なら手を出さないのだが、見切り品で値段が下がっていた。店員にアクの取り方を確認。ところが重曹を入れて茹で、油揚げ、さつま揚げ、ニンジンと一緒に煮物にしたら苦かった。原因は他の野菜を茹でたお湯を使ったため、何かと反応したのかもしれない。でも平気。折角の料理を、絶対に捨てたりなんかはしないさ。 豆パン 他の店も含めて、以下のようなものも買った。木綿豆腐48円。もやし26円。レーズン小袋98円。バタピー1袋128円。若鶏レバー1トレー115円(2割引きで)。ネギ1束68円。プルーンヨーグルト118円。ミネラルオレンジ5個入り298円。豆パン88円。(私の大好物) 私は「折込ちらし」も念入りには見ず、その商品に釣られて他の商品を買うこともしない。どの店ならどの品が安いか予め研究しており、中でも品質の良い見切り品を選ぶことが多い。早く消費すれば大丈夫だし、買い物から料理、保存までの全てを、ボケ防止に役立てようと心掛けているつもり。「終活」に向けて、極力浪費は避けたいしね。『マックス爺奮闘記』、お粗末の一席でした。さて昨夜のわが東北楽天、先発の則本投手がジャイアンツを相手に7試合連続の2桁奪三振の日本新記録を達成。あの野茂投手の大記録を破ったのだから大したもの。試合も3対2の逆転で対巨人戦3連勝、今季初の5連勝で貯金21と絶好調。この勢いで優勝してほしいなあ。
2017.06.02
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「たまりまへんなあ」。この人のフレーズの一つである。意味はあってないようなもの。どうとでも受け止められるし、言ってみればご挨拶のようなもの。やんわりとしてしかも漠然とした物の言い方は、東北弁には少ないかも知れない。今日は彼のこのフレーズを借りて、私の日常を語ってみたい。これもまた実験。「人生とは毎日が実験」。それが私の信条でもある。 目下リフォーム中の我が家は、ムッとするような暑さ。理由は外壁の塗装中でガラス戸に目張りがしてあり、開けることが出来ないためだ。そしてペンキやシンナーの臭いもする。本来ならここで「たまりまへんなあ」と言うべきなのだろうが、さほど不快ではないのが不思議。暑いと言っても室内は30度もなく、十分に耐えられるからだ。そして職人さんの人柄にも救われている。 一昨日から始まった今年のセパ交流戦。わが東北楽天は本拠地koboパークでジャイアンツとの3連戦で幕を切った。結果は大勝。何と敵のエースである菅野から8点を奪うなどして、パリーグ1位の実力をいかんなく発揮した。これはもはや「たまりまへんなあ」の世界。仙台弁で「こでらんね」(嬉しくてこたえられない)。さて昨夜も6対0の完勝で2連勝。貯金20とはたまりまへんなあ 仙台鉄人会から、先日出場した5時間走大会の結果とゴール時の写真が届いた。写真は既に自分のカメラで撮ったものを完走記に載せたので二番煎じだが、こちらはこちらで良く撮れている。記録の8周24kmは出場選手のビリだろうと気にもしてなかったのだが、実は同じ記録のランナーが他にも2人いたのには驚いた。やはりあのコースを甘く見ていた選手が多かったのだろう。 天女さまは初フルマラソンを5時間21分余の堂々たるタイム。フラットなコースだったら多分4時間40分ほどでは走れたはず。体調を整えて来年も何とか参加したい。やりまっせ~っ、わても。 9月の「みやぎ湯めぐりウルトラ」のスタッフとして前泊する宿の宿泊費を昨日早速振り込んで来た。金8千円也。これも体調を整え、出場選手たちをしっかりとサポートしたい。最近は早朝に坂道を3km散歩している。走友会のM井さんと2度出会った。最近のレースでは途中で気力をなくし、リタイヤするケースが多いと嘆いていた彼。いつか誰もが通る道だ。たまりまへんなあ。頑張りやM井はん。 5月のラン&ウォークは、ランが4回で53km。ウォークが27回で119km。月間合計は172km。年間合計が618km。これまでの累計は88653kmとなった。これには自転車の走行距離の40%相当分も含まれている。 3km歩いた後に走った日の疲労感が激しい。歳を取ったと感じる時だ。距離がなかなか伸びない理由もここにある。右肩の痛みはかなり緩和されたが、肩を回すと関節からゴリゴリ音がする。8月の「薬莱山とお足」へは電動アシスト付き自転車で参加する予定。それでも往復で110kmの距離は厳しいものがある。夏は暑くてたまりまへんなあ。 <ホヤの酢の物> <調理前のホヤ> 私はほとんど外食をしない。大半は自分で調理して食べるせいで、おかずが直ぐに無くなる。食欲を維持するためには、食材や味付けを時々変える必要があり、これがなかなかの難題だ。ホヤは三陸海岸の特産品で、「海のパイナップル」と呼ばれている。先日は2個買って酢の物にした。酒の「あて」にはたまりまへんなあ、おっちゃん。 <ワラビの煮物> 3把100円の見切り品。 さて5月の支払いメモを以下に。(口座振り込み分を除く)〇掃除機29190円 〇カーペット17601円 〇医療費1700円 〇園芸関係1604円〇食品24503円(一部生活用品を含む) 〇文化費(博物館、新聞代)4393円〇厚生費(床屋、クリーニング、清掃用具)4456円 〇体育費8000円 <合計>95297円 公的年金だけではギリギリだ。 たまりまへんなあ、貧乏人は。
2017.06.01
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